S4第1話【ザ・シェイプ・オブ・ニンジャ・トゥ・カム】分割版 #1
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若きオリガミ・アーティストとして生きていたマスラダ・カイは、マルノウチ・スゴイタカイビルの悲劇によって邪悪なニンジャソウル「ナラク・ニンジャ」をその身に宿し、ニンジャスレイヤーとなった。
それまでの生き方を全て捨て、復讐者となったマスラダは、ピザタキの情報屋タキ、自我を持つオイランドロイドのコトブキの助けを得て、熾烈な戦いをくぐり抜けた。ブラスハート、シンウインター、クローザー、サツガイ、明智光秀。
明智光秀との決戦を終えたマスラダは故郷ネオサイタマへ帰還し、ピザタキを根城に、ニンジャスレイヤーとしての生き方を模索した。戦いの中で育てた凄まじきカラテ……ニンジャを殺す力を以て、己が為せる事はあるか。
マスラダが最初に殺めたニンジャ「カノープス」が、かつてネオサイタマで成そうとしていた事。彼はその足跡を辿るように、ニンジャ絡みの荒事を解決する存在として、あらたな人生を一歩先に進めようとしていた。
【ザ・シェイプ・オブ・ニンジャ・トゥ・カム】
1
「聞け。偉大なるカツ・ワンソーの子らよ」セトは鮮血の盃を掲げてみせた。
セトは茫漠たる荒野の只中に居る。彼の頭上では黄金の立方体が輝いている。即ち……この荒野は尋常の世界ではない。オヒガンと呼ばれる超自然の次元だ。そして荒野に彼はただ一人。彼を取り囲む石板群の表面には今、一人ずつ、恐るべきニンジャたちの不明瞭なバストアップが映し出されていた。
セトは石版を悠然と見渡した。「この肥沃な世界の土を再び踏みし我らは、時にいがみ合い、時に憎しみ合い、血塗られし領土争いを繰り広げても来た。だが、今はひととき禍根を忘れん。古式ゆかしきイクサ儀式の場で、互いの戦士の優劣を決めるとしよう。恰好の獲物が現れた今この時にな……」
『獲物?』『異な事を』『……』石板の影の反応は様々。シルエットも様々だった。なかには人の姿から遠くかけ離れた者もあった。『試合の類か?』ムカデじみた異形の影は、昆虫めいた顎をカチカチと鳴らした。『企んでおるな、セト=サン』『よいではないか。まずは訊こう』レイヨウめいた角の持ち主が宥めた。
『セトよ。お前がこそこそと何かしておった事、我らが見通しておらぬと思うておるのなら、ちと増上慢が過ぎようもの也』『然り。ドラゴン・ニンジャの似姿、あれをネザーオヒガンに遣って、何を得た?』石板に映し出されたニンジャ達が口々に言葉を発し、しばしの紛糾。セトの魔術的な目が細まった。
『クキキキ……まあまあお歴々!』石板の一人が耳障りな笑いを放つ。『私もセト=サンの提案は尊重したい。実際、彼は研究熱心な方でおられるし……何事にも深甚なお考えがあろう。そんな彼が敢えて……ムフ……遊ばれるというのならば、その趣向に全力で乗らせていただくのが実際、粋というもの』
『貴殿もなにかお考えのようだが……まあ、良いでしょう』影のひとつが頷いた。『右往左往する貴殿のありさまには愉しませてもらっている事ですし』『クキキ……それは何より』「では、よろしいか」セトはあらためて確認した。このうえで四の五の言うものはシツレイであり不粋である。
無言の肯定。
セトは満足げに喉を鳴らし、片手を差し上げた。そして言った。「ストラグル・オブ・カリュドーンの儀式を、ネオサイタマの地にて執り行う。狩りの獲物はニンジャスレイヤー也」セトの眼前に赤黒の炎が浮かび上がり、それがニンジャの姿をとった。石板の影たちが身じろぎした。
彼らは儀式の意味を熟知していた。ストラグル・オブ・カリュドーン。即ち「狩人の印」を刻んだ獲物を追い詰め、最初に獲物の心臓を引きずり出して血を飲んだ者が勝者となる。勝者に与えられるのは絶対の承認……!『ニンジャ……何?』『ニンジャスレイヤーですな』『詳しいのか?』『例のアケチを』
『ほう。ニンジャスレイヤーとやらがアケチを処したとは初耳』『アケチは、ちと増上慢の傾向が見られた事よ』『然り』『だが確かに……ならば狩りの獲物としてもそれなりに満足なカラテを持つであろうな。そのニンジャスレイヤーとやら』『クキキ……私が太鼓判を押します。奇遇にも、あれの事は存じております』
ナラク・ニンジャを宿した災厄、即ち「ニンジャスレイヤー」は、平安時代に初めて出現した大禍であり、当時のソガ・ニンジャによって対処された。この場に集う者らは平安時代よりなお旧きリアルニンジャ達だ。それゆえ直接にその災いの委細は知らぬ。知ったところで、畏れる者はないだろう。
『ハトリの者らは下賤なモータル一匹始末するにも手こずったとな』『クキキ……』『無論、我ら自身が狩りを行うわけではあるまい? セト=サン。それは "試し" の範疇を超える事になる……』レイヨウの角の影が促した。セトは頷いた。「試練にあたりては、無論、我ら各自が代理戦士をたてる」
セトの両手の間に、色分けされた地球のビジョンが生じ、自転した。「我らは各々が領域を持ち、その維持に腐心しておる。故に代理戦士をネオサイタマへ遣わすべし。粛々と試練を執り行い、勝者となった者の主が、ダークカラテエンパイアの空なる玉座を守る摂政の座につき、余の者らを従えるのだ」
ダークカラテエンパイアの、空なる玉座。かつて玉座に在りし者。その不在が醸し出す存在の重さは、質量を伴った風となって、このオヒガンの荒野を、そして石板の向こうのリアルニンジャ達の頬の横を流れていった。セトはホロ地球を砕き、マキモノめいたパピルスを長く広げ、示した。
「カツ・ワンソーの子らよ。試練に名乗り出るならば、この神聖パピルス片に各々のハンコをつくべし!」セトが掲げたパピルスには、既に彼自身のハンコが打たれていた。そして、おお、見よ! 連なるように、六つの刻印がたちまち焼き付く! 則ち計七名のリアルニンジャが儀式に参加する事が決まった!
バチバチとささくれた雷鳴じみ音が鳴り、モザイク状のノイズが荒野を満たす001010000010101
01001010010100101
010010010101001再び晴れると、物理世界において議決から数ヶ月が経過している。セトは同じ荒野に再び立ち、空間に刻まれた七つの名をあらためて確かめていった。
サロウ。
メイヘム。
コンヴァージ。
ベルゼブブ。
アヴァリス。
マークスリー。
そしてセトの戦士、ブラックティアーズ。
……ブラックティアーズの名がチカチカと光った。セトはそちらに注意を向けた。
光る名が、跪くブラックティアーズの姿に変わった。「戦士たち全て、一つ所に集まりましてございます」ブラックティアーズが報告した。セトは天を見た。黄金のキンカク・テンプルの周囲の星のめぐりを。彼は満足し、頷いた。「狩りを始めるがよい。すみやかに、獣に印を打つべし」
◆◆◆
『安い、安い、実際安い』重金属酸性雨の中、鈍色の空に、マグロツェッペリンの広告音声が響き渡る。昼下りの市場を行き交う者達の佇まいは雑多だ。編笠を被った電子傭兵、自我もつウキヨ、スモトリ崩れ、ジャンク屋、サラリパンクス。月破砕から10年以上が過ぎ、街は混沌の色彩をより鮮やかにする。
出自も所属も目的も異なる人の群れを掻き分け、ケブラー装束の男が荒っぽく押し通る。男はニンジャであった。追われていた。血塗れの刃を手に、息荒く、幾度も後ろを振り返る。だが追跡者を引き離す事はできていない。「どけ!」「アイエエエ!」スシ・ソバ屋台を薙ぎ倒し、路地裏へ走り込んだ。
一方、追う者は着実な足取り。極彩の人々を最小限の動きでかわしながら、ニンジャの後に続く。七色のペンキに、黒い墨を垂らしたようだった。短い黒髪、黒いPVCパーカー姿の、鋭い目つきの男だった。彼の名は、マスラダ・カイ。またの名をニンジャスレイヤー。
『いいか、ニンジャスレイヤー=サン。繰り返すが……』ニンジャスレイヤーはニューロンに響く声を聞く。タキのIRC通信だ。『そのファッキング・ニンジャ野郎の心臓だ。心臓を……ウェーッ! 引きずり出して、持ってこなきゃいけねえんだからな』「わかっている」『でないと……』「始める。切るぞ」
彼が追うニンジャ、シンセシスは危険なサイコパスであり、無作為に選んだ被害者市民の心臓を己の心臓の鼓動と遠隔同期させて、予告のうえで24時間のカウントダウンから心停止せしめて殺すという回りくどい手口で恐怖を呼び起こしていた。だが、それも今日で終わりだ。
『安い。安い。実際安い』『凄いローンだ! 今すぐ借金!』『愛、それは我が社です』けたたましい広告音声は闇の後ろに遠ざかる。マスラダは雑居ビルの谷間へ分け入っていった。空は狭く切り取られ、古樹めいて張り巡らされた配管パイプが水蒸気を噴き上げる。闇を照らすのは大小のネオン看板だ。
『電話王子様』『スピーカモゲル』『だんご』『裕司と典子』『絶対はい』。様々なフォントとネオンの色彩、ステーキ皿を差し出す牛などが賑やかな看板群が、バチバチと音を立てて漏電するたび、路地は闇と薄明かりを行き来する。裏通りにも市民の姿は多い。表通りよりも胡乱で、敵意ある者達。
マスラダはニンジャを追い、都市の闇へ分け入ってゆく。タキとのIRCが乱れ、ネオン看板が明滅する。影がマスラダの後に続く。ネオンが火花を散らすたび、続く影の数は増えてゆく。ひとり。ふたり。三人。マスラダは歩みを止めぬまま、追ってくる者達に注意を振り分けた。頭上のビルを影が横切った。
今や追跡者は七人に増えていた。追跡……否、包囲である。マスラダは顔に手を当て、離した。ニンジャスレイヤーの顔には「忍」「殺」のメンポが装着されていた。前、後ろ、上。彼は足を止めた。そして、取り囲む正体不明の敵に向かって、アイサツした。「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
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