S3第7話【ナラク・ウィズイン】全セクション版
1
崖の上でマスラダとコトブキはバイクを停止させ、眼下に霞む光景を見下ろした。空の色は薄紫の色彩を帯び、漂う空気は独特の香気を含んでいる。「すげえ……」マスラダの後ろで、ザックが驚嘆の声をあげた。確かにそれは、感傷的なモミジに覆われたネザーキョウの他の地方よりも、なお非現実的な美だ。
靄がかかった自然は崖上からさやかには見て取れぬが、澄んだ水、群生キキョウの青紫、藤の花が作り出す夢幻的な美の気配は、遠目からでも彼らを驚かせるに十分だった。これが彼らの目的地……ライディングマウンテン自然公園が歪められた姿……ハリマ離宮の姿だった。「感じるぞ」マスラダは呟いた。
S3第7話【ナラク・ウィズイン】
一方、ネザーキョウ、ネザーオヒガン。極彩色渦巻く闇の下、アケチ紋が描かれた旗や槍が連なる古戦場にほど近い場所に小さな庵が存在する。実際それは茶室であり、タイクーンと招かれた特別な客にしか使用を許されぬ場所であった。茶室を包むように、長虫めいた邪龍オオカゲがとぐろを巻いていた。
ネザータタミの敷かれたミニマルな茶室空間に対座するのは、タイクーンその人……アケチ・ニンジャと、しなを作って艶かしく座る女のニンジャ……ティアマトであった。髪は黒曜石めいて黒く、その眼差しはけぶるようで、唇はつややか、豊満な胸を強調するように、緩く交差させた腕を腿に置いている。
茶室には「不如帰」のショドーが飾られ、三本足の蛙の香炉からは、ネザーウィードと忌まわしきセトの薬粉をブレンドさせたインセンスが奇妙な香りを立ち上らせていた。茶釜は黒紫のネザー石炭にくべられている。邪悪な熱に耐えられる茶器は実際希少である。名物、ヒラグモであった。
「芳しいでしょう?」ティアマトは鈴のように笑い、薬粉をおさめたカノプス壺の蓋を閉めた。壺は実際セトの肖像を象ったものであり、エジプト考古学者が目にすれば発狂するだろう。ティアマトの膝下には、宇宙的な色彩を秘めた椀が置かれている。名物オモカゲ。
ティアマトは淫らな微笑みによってタイクーンを促した。タイクーンは笑みひとつ浮かべず、組んだ腕にはカラテの血管が漲っていた。「……」彼は懐から古びた茶器を取り出した。オオオオン……。その瞬間、茶室の名物達は共鳴するように、たしかに震動した。茶壺。ニッタ・カタツキだ。
「嗚呼……凄い。これ程の品が、これ程オヒガンに近い場所に……」ティアマトは潤んだ目を蕩けさせた。タイクーンは私語を咎めるように睨みつけた。ティアマトは悪びれず言った。「チャドーならば私にただ従えばよい……堅苦しい決まりなど、愚鈍で臆病な者達の枷に過ぎないのだから」「御託はいい」
ティアマトは瞬きした。タイクーンは虚空にあらわれたハイク・カードと筆を2本の腕で取った。そして素早くハイクの前半をしたためた。「死せる不如帰 / 」ティアマトは自身のハイクカードに後半を書いた。タイクーンの禍々しい句に合わせた即興である。「 / 冥府にては飛ぶ」……茶器が輝き始めた。
「スゥーッ……ハァーッ……」ティアマトは深く呼吸した。タイクーンは導かれるように呼吸を連ねた。「スウーッ……ハアーッ……」二者の呼吸と、茶器の唸りが同期した。香炉から漂う煙に色が生じた。金色の雲だ。さながらそれはキョート市街を俯瞰した古代ビヨンボの芸術表現めいていた。
ティアマトはチャを泡立てた。ニッタ・カタツキにおさめられていたチャは砂金めいて輝く。タイクーンは差し出された椀を取り、だが、すぐには飲まず、目を閉じて、口元に留めた。「スウーッ……! ハアーッ……!」「ふふ……そのまま」ティアマトはオーバーサイズの羽織を肩にまとい、立ち上がった。
ティアマトはいつの間にかタイクーンの背後にいた。抱きしめるようにして、後ろから密着し、顔を寄せて、再び深く呼吸する。「スゥーッ……ハァーッ」「スウーッ……ハアーッ」タイクーンの目が呼吸にあわせて明滅する。ティアマトは後ろから手を伸ばし、椀に添える。「ふふふ……身体が大きい」
これにてニニンバオリ状態! そして今や、チャの輝きは椀に収まらず、金色の光柱と化して迸り出た! タイクーンは椀を高く掲げ、胸を反らせ……飲んだ! ティアマトはいつの間にか前へまわり、アグラするタイクーンの膝の上で自身もアグラし、密着して向かい合っていた。「嗚呼!」……やがて、離れた。
二者は再び厳粛に、正座して向かい合い、同時にオジギをした。「「結構なオテマエでした」」ナムサン……これは、まぎれもなくチャドー! 地水火風空の五大元素およびエテルを取り込み、カラテに換える行為! 精神は深層へ潜り、裏返り、オヒガンへと達し、その力を自らの肉体に取り込む! フーリンカザンの極地也! しかしそれは……!
そして、見よ!「エイッ!」タイクーンは4本の腕を掲げた! 壁の四方にあらかじめ立てかけられていた4本のネザーアイアンの槍がテレキネシス飛翔! それぞれの手で、掴み取る! 今やそのカラテの充実あまりに凄まじく、茶室はガタガタと揺れ、茶釜の水が溢れてネザー石炭に触れ、蒸気を噴いた!
「ヌウウウーッ!」タイクーンがカラテを注ぐと、4本の槍は黒黒と輝き始めた! おお、おお!なんたるダーク・チャドーの禁忌がオヒガンに実際近いこのネザーオヒガンの地にて為される事の冒涜的な有様か! ティアマトは興奮に頬を上気させ、舌舐めずりした。「時、来たれり!」タイクーンは叫んだ!
「ゆめ忘るなかれ、アケチ・ニンジャ=サン」ティアマトが言った。「グレーター・ハマヤをひとたびで4本。我がダーク・チャドーの助けなくば、そなたの野望もビヨンボに描いた虎に過ぎなかった事」「我が后となれ、ティアマト=サン!」タイクーンの目が燃えた。
「それもよいが……」ティアマトは答えをはぐらかした。「……そなたが一番欲しいものは私ではないでしょう?」「無論!」「私は一番でなければ気乗りせぬゆえ」「フン。言いも言うたり」タイクーンは途端に興味が失せたようだった。ティアマトはやや不満そうに続けた。「オダのソウルはサツガイによりてもたらされる。必ず」「……」
「その沈黙は信頼の証よな?」ティアマトは念を押した。タイクーンはティアマトを睨んだ。「誓約など惰弱な商人のもの。我には不要」彼は力に満ち溢れたハマヤを矢筒に収めた。そして言った。「ネザーオヒガンの探索を許す」「素敵」ティアマトは目を細めた。「これで、そなたの願いも叶うであろう」
◆◆◆
ハリマ離宮は澄んだ水とともにあった。足首ほどの深さの浅い水に、キキョウが咲き乱れている。遠くで滝の音が聞こえる。水はそこから流れてくるのだろうか。マングローブじみた白くねじれた木々がそこかしこに生え、視界を遮る役に立つ。マスラダのニンジャ聴力は歩哨の動きを捉えていた。危険だ。
「タイクーンは感傷とともにこの地に離宮を建て、家紋のキキョウを愛でる地としたのだそうですよ」ミコー姿のコトブキは、リコナーから授けられた地域ガイド文書の内容を諳んじた。「もともとここはライディングマウンテン自然公園……風光明媚な、緑と水の地でした。生態系を変えてしまったようですね」
「……」マスラダはコトブキを黙らせ、ザックを手招きして、マングローブの木陰に身を潜めた。ダカダ。ダカダ。ダカダッ。赤い鎧に身を包んだゲニン・トルーパーの騎兵が、周囲を哨戒しながら、木々の反対側を走り抜けていった。「ものものしいぜ」ザックが騎兵を見送り、呟いた。「どうしてかな」
「それはもう、フィルギア=サンの話が裏付けられたという事ではないでしょうか」コトブキが請け合った。「マスラダ=サン、どうですか。感じますか?」「……」マスラダはマングローブの陰から身を乗り出した。靄のせいで視界が思いのほか悪かった。だが、それを透かし、超自然の気配が確かにある。
銀の火だ。
こめかみが痛む。マスラダは反射的に目を閉じた。銀の火は瞼の裏では赤黒の火となった。(((……マスラダ……!)))「ナラク!」マスラダは目を開いた。赤い血が頬を伝い流れた。「まあ! 大丈夫ですか!?」「感じる」マスラダは拳で血を拭い、靄の中へ歩き出す。「この先だ……」
彼らは地面が水上に出ている部分を選んで、白い木々のあわいを進んだ。「マングローブって、ライディングマウンテンに生えるのかい」ザックが不安そうに言った。「多分生えませんね」と、コトブキ。「キキョウも水棲ではありませんし……カラテビーストの襲撃にも備えなければいけないかも」
「シャシャーッ!」そのときだ! まるでその言葉が呼び寄せたように、土を抉って、黒帯をしめた巨大なザリガニが行く手を遮った! カラテヤシガニだ!「シャシャーッ!シャーッ!」SMASH!巨大ハサミがザックを襲う!「アイエエエ!」「イヤーッ!」マスラダはザックを抱え、横に跳ぶ!
「シャシャーッ!」カラテヤシガニはハサミを振り回し、次にコトブキを狙った。「シャーッ!」「ハイッ! ハイッ!」コトブキは一瞬で意を決し、残虐なハサミ攻撃をいなす!その隙に、マスラダが黒帯を締めたヤシガニの巨大な腹部を後ろから掴み……投げ飛ばした!「イヤーッ!」「アバーッ!」
背中からマングローブに叩きつけられたヤシガニの黒帯が弾け飛び、痙攣、死亡!「あ……危なかった」邪悪なカラテヤシガニの死体を恐怖とともに見るザックを、コトブキが気遣う。「気をつけましょう。戦闘が重なれば、偵察兵の気を引いてしまう……」「!」マスラダは振り返り、カラテを構えた!
「エエッ!?」コトブキは驚き、手を口に当てた。マスラダが構えたカラテの先……靄の中から現れ、ホールドアップして近づいてきたのは、つば広の旅人帽を被り、マントを身にまとったニンジャだった。「ヤバイ!」ザックはスパナを振り上げた。「今度こそニンジャだ!……兄貴? どうしたんだよ!」
「これはこれは……騒ぎを聞きつけてみれば、なんと思いがけぬ邂逅か」旅人帽のニンジャのやや風変わりな物言いを、ザックは不審に思った。彼はマスラダ達とこのニンジャを交互に見比べた。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。コトブキ=サン」旅人はアイサツした。「……コルヴェットです」
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「コトブキです! お久しぶりです!」「コルヴェットって?」ザックは驚き、そして旅人の佇まいに目を見張った。「このコルヴェット=サンは……エエッ? アニキの知り合いなのか?」「然り、然りよ少年。お初にお目にかかる」「ネザーキョウの人じゃないよな」「根無し草の詩人よ。著作もある」
……数分後、彼らはマングローブの狭間に乾いた地面を見出し、車座になって、カラテヤシガニの即席のボイルを食べていた。
「スゲエ……魔術ってスゲエ!」ザックは感嘆し、カラテヤシガニを頬張った。「このエビもめちゃくちゃウマいし!」「焚き火は目立つが、魔術式の小発火ならば、この通りよ」
コトブキはザックに、このコルヴェットの出自、ともにくぐりぬけた冒険について、簡潔に語って聞かせた。見る見るうちにザックは目を輝かせ、コルヴェットは満更でもない様子だった。「だけど、どうして他所者のアニキと、他所者の魔術のおっさんが、こんな場所で会うんだ?」「うむ、そこが俺も気になる部分よ。だが、察しもつく……とある事情からな」
コルヴェットは、黙々とカラテヤシガニを食すマスラダを見た。「当然、観光目的ではない。実際驚くような景観ではあるが。しかし、ちと、自然を超えた思惑の絡む植物相は、こう……くつろげんものだな。観光機会があっても御免被りたい場所……」「おれはギンカクを求めて、ここに来た」
「やはりか」コルヴェットは咳払いし、思いを巡らせた。「貴公の知らぬところで、ちと、"ニンジャスレイヤー" について、複雑な体験をして参った。実際それは恐ろしき体験であってな」彼は語った。「ドイツ、シュヴァルツヴァルトにギンカクあり。そこにかつてのニンジャスレイヤーの痕跡があった」
「かつて?」マスラダは顔をしかめた。コルヴェットは頷いた。「然り、それは電子戦争以前の出来事よ。貴公同様、赤黒の装束を纏い、苛烈なイクサに身を投じ、ニンジャスレイヤーと名乗った者があってな……」「昔の話はどうでもいい」「ムム」「ギンカクが、ドイツに?」コトブキが助け舟を出した。
「然りよ。ギンカクは地球上に複数箇所存在しており……そのひとつがシュヴァルツヴァルトであったのだが」彼は説明した。極めて強い力を秘める「ギンカク」について。暗黒メガコーポがその力を利用しようと試みた事。垣間見た過去のニンジャスレイヤーのヴィジョン。「魔術ギルドは現状を憂慮した」
ギンカクの力を搾取しようと試み、手ひどいしっぺ返しをうけたカタナ・オブ・リバプール社と魔術ギルドは折衝し、最終的に、ギルドが隔離・封印管理を受け持つ形に収めた。人の手に余る危険なモニュメントである事は明らかだったのだ。だがそれと同様の呪物が、尋常の文明の及ばぬネザーキョウに現れたとすれば?
「当然、このカラテの国が、ギルドとの理性的な話し合いに応ずる筈もなし(俺は吊るし首やら、晒し首やら、ここへ至るまでに幾度も目にしたものだ)。このハリマ離宮とやらに、ギンカク・オベリスクは放置されているというわけだ」「あるんですね! ギンカクが! フィルギア=サンの言う通りです!」
「フィルギア?……後で訊くとしてだな……俺としては、カゼのジツを支えに、このハリマの探索・偵察を試みておったところ。実際、状況は放置よりなお悪かった」「何があった」「連中はどうやらギンカクの力の搾取に積極的に乗り出しておる。超自然的な手段……まじないの類いでな。この目で見えるまでには近づけなんだが」
「おれは、それを見た」マスラダは言った。ドリームキャッチャーが見せたヴィジョンが脳裏に蘇る。タイコ。祈祷ボンズ。そして……クローザー。
(あの者は何事か為そうとしている。今の光景は過去視でも予言でもない。今まさに行われている行為なのだ)(奴の目的は何だ)(ギンカクへの干渉……)あの時のドリームキャッチャーとの会話が、今一度、マスラダの耳に焼きついた。
コルヴェットは不思議そうにした。やがてマスラダは呟いた。「おれはギンカクを見つけ出す。そこにおれの力がある。取り戻す」「取り戻すとは……」「一度失われた力が、そこにある……らしいんです」コトブキが言った。
「状況証拠や、人づての話の積み重ねですが……」「詳しい事情はおいおい訊くとして、ニンジャスレイヤーの力はギンカクにまつわるものだ。何の疑いもなし。そして……そうか。つまり貴公がギンカクを……」「おれがギンカクの力を取り戻せば、ふざけた真似を出来る奴は居なくなる。そういう話だ」
「……成る程」コルヴェットはマスラダをじっと見た。「俺は俺で、じつに驚嘆すべき物事を経験してきた。俺からすれば合理的で自然な話だ。ニンジャスレイヤーにまつわる力をニンジャスレイヤーに返す……とでも言おうか。ギルドは嫌な顔をするやも知れんな」「……」マスラダはコルヴェットを見た。
「ギルド? あのデジ・プラーグの連中の顔色を窺う理由は、おれにはない。おれは、おれ自身の為にここに来た」「だろうな、ニンジャスレイヤー=サン」コルヴェットは肩をすくめた。「俺とてギルド内部の人間ではない。俺が従うのは俺の直感、俺の正義よ」「……それで?」「消極的に賛成だ、貴公に」
「消極的にか」「それで勘弁してもらいたい。なにぶん俺も臆病なニンジャでな。選びうる中から最善の選択肢を選ぶとなると、ネザーキョウのタイクーンにも、暗黒メガコーポにも、ギンカクの力を明け渡すわけにはいかんのは明白だ! 一方、貴公の人となりは……知らん俺ではない。なんと確かな燈火か」
「……そうか」2人がかわす言葉は出尽くした。ザックが手をのばした。「カラテヤシガニ、食わないなら、もらってもいいか?」コルヴェットが苦笑し、差し出そうとしたとき……シャーン! シャーン! シャーン! 真鍮の半鐘が打ち鳴らされる音が、靄の向こうから聞こえてきた!
「この音は!?」コトブキは腰を浮かせた。「これはしたり!」コルヴェットは旅人帽を押さえ、立ち上がった。「処刑セレモニーの時間が近い! この辺りも慌ただしくなる。離れたほうがよいな。ハリマ離宮へ、いざゆかん!」「処刑セレモニーとは!?」コトブキが聞き咎めた。
「ンンッ? それはな、ここのところ実際頻繁な凶事、このハリマ離宮に降って湧いた、呪わしき日常よ」「つまり!?」ダカダ! ダカダ! ダカダ! 蹄の音が走り抜ける。彼らは慌てて木陰に身を潜め、囁きあった。「ネザーキョウの実際偉いジョウゴ親王がこの離宮に来たりて以来、上を下への大騒ぎでな!」
「ジョウゴ親王!?」「まあアレよ、ジョウゴ親王は父君に輪をかけて気短な暴君でな……奴は、コショウや召使い、気に入らぬ職人、そういった哀れな市民をすぐにテウチにするのだ。その場でキリステするならまだ幸い、衆人の慰みと畏れを引き出した上で処刑するという寸法よ! 恐ろしい!」
「ユルセナイゼ!」コトブキは反射的に怒りの言葉を発し、拳を固めた。「ニンジャスレイヤー=サン! 奴らの狼藉を止めなければ!」コルヴェットが割って入った。「待った、コトブキ=サン、短絡はいかん! 我らは重大な計画が今まさに……」「黙って見ているのは腰抜け! 降りかかる火の粉です!」
◆◆◆
シャーン! シャーン! シャーン! シャーン!
「オナーリー!」真鍮の半鐘が鳴る中、コショウがか細い声を張り上げる。五重塔が見下ろす庭園じみた場所に、今、人だかりが生じていた。集まったのはこのハリマ離宮に暮らす市民たちと見え、平安時代じみた服装を着せられた者達である。
朱塗りの演台には既に、この日の処刑セレモニーの犠牲となる者が後手に縛られ、膝をつかされている。咎人は2人。どちらも頭に麻袋を被せられており、その顔はわからぬ。だが、その身なりはハリマ市民の服装ではなかった。彼らは明らかにネザーキョウ外、文明国の人間であった。
決定的処刑地点からやや離れたマングローブ林で、影たちが身じろぎした。(……本当にやるのか)コルヴェットが念を押した。コトブキは頷いた。(助けます)(いいのか、ニンジャスレイヤー=サン)(何がだ)(アニキは、やる気だぜ)彼らが見守る中……咎人達の麻袋が取り払われた。
(……!)(……!)コトブキは驚愕に目を見開き、ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「この者らは手形無しで通過せんとした罪により……」コショウがか細い声で罪名を張り上げるが、それどころではない。1人は……知らぬUCAの兵士。もう1人は、フィルギアだった。
2
民衆の歓喜の声が、ジョウゴ親王とクセツの居室にまで届いてきた。ジョウゴ親王はこめかみに青筋を浮かび上がらせ、片目を開いた。クセツは奥ゆかしく告げた。「例の者らの処刑の時刻かと」「薄汚いネズミめが」ジョウゴ親王は呟いた。「吐いたか? ニンジャスレイヤーの手の者であると」「いいえ」
クセツは普段よりもなお畏まっている。ギンカクの力を引き出す祈祷行為がたけなわであるとの報を得ると、親王は事前の通告ほぼ無いままに、籠すら使わず、己の青銅馬で、部下のニンジャと共にこのハリマ離宮に駆けつけたのである。以来、離宮の者達は実際、おおわらわであった。
ジョウゴ親王は実際、猛り狂う一寸手前であった。インターネットを操る不遜なオオケモノを狩猟する折、彼は己のカゲムシャ・ジツを用いてオオケモノと戦い……奇妙な反撃を受けた。リコナーに与して手勢を殺戮し、さらにジョウゴ親王のジツをも打ち破ったのは、ニンジャスレイヤーなる存在だ。
すぐに彼は支配地である東域の警備を強化し、胡乱な旅人は全て捕らえさせた。どの者がニンジャスレイヤーであるか油断はならぬ。ゆえに、コクダカ無き越境者は、全て処刑する事とした。ジョウゴ親王はシツレイを許さぬ。そして、己のイサオシを汚す者を決して許さぬのだ。
(素晴らしき狩りでございました……)オオケモノ狩り自体は成功した。それを讃えようとした役人はその場でテウチにし、真っ二つに斬り殺した。(覇王の相がございます)その場のおべんちゃらで顔に言及したまじない師の事は……(オダの面影があると申したか、貴様!)カラテで首を締め、殺した。
このハリマ離宮を訪れてからも、つまらぬ不興をかって殺される召使いやコショウは後を絶たぬ。クセツは親王を言い含め、まず、殿中での直接のテウチをやめさせた(御カラテが穢れ、勿体なき事でございます)。そして、まずは罪人を五重塔に送り、順番に公開処刑とすることで、ペースを管理したのだ。
ジョウゴ親王の苛烈は、父アケチ・ニンジャに対する複雑な感情によるところが大きい。彼は常に偉大な父と己をひきくらべ、武勲を焦っていた。そんな中、自領ハリマに、強い力を持った謎のオベリスクが出現した。殺生石めいて、触れようとする者が皆、死んでゆく。祈祷するボンズも次々に死ぬ。
その正体を確かめねばならぬと考えていたところ、耳ざとく、クローザーなる胡乱者を連れて、クセツが現れた。クローザーは(父君にまさる力を得る鍵がございます)と癇に障る甘言を弄し、クセツもそれを否定しなかった。やがてこのハリマ離宮に、大規模な祈祷所「ゴマグラウンド」が築かれた。
以来、クセツにその研究を任せ、成果を急がせていたジョウゴ親王であったが、ニンジャスレイヤーにジツを破られた事を機に、いよいよ力への渇望に火が入った。彼はハリマを訪れ、そのまま滞在し、プレッシャーをかけ……そして、願いの叶う時が今まさに来ようとしている事を告げられた。
「処刑場へ向かいますか」「話は終わっておらぬ」ジョウゴ親王はクセツを制し、声のトーンを落とした。「聞け、クセツ」「……は」「これから貴様に話して聞かせるのは、偉大なるタイクーンにも伝えておらぬ事だ」室内の空気が張り詰めた。ショウジ戸の外で侍っていた召使いはたちどころに気絶した。
親王は右腕を強く振り、己の胸を掴んだ。そして、呻くように言った。「……ワシには魂がない」苛烈な目がクセツを凝視していた。「ワシの全ての空虚と不満は、それが原因なのだ。ネザーオヒガンのオオイクサ。現世における数々の殺戮。武勲。何を以てしても、ワシの心は満たされぬ。喜びは湧かぬ」
「……」クセツは包帯の下で1ミリたりとも表情を動かさなかった。親王は続けた。「忌まわしきギンカクのオベリスクに我が手で触れし時、それをおのずと悟った。ワシにはソウルが欠けておる。そして気づいた。クローザーの言葉は、コシャクなれど、ワシの気づきを裏付けるものであった」
「如何なる事でございましょう」「ギンカクはワシに無尽蔵の力をもたらす。それだけではない」ジョウゴ親王は血が出るほどに己の胸に爪を立てた。「無尽蔵の力を繋ぐもの……ギンカクに眠りし禍々しきソウル。それこそがワシの欲するもの……ワシは、それがほしいのだ……!」「殿下……!」
クセツは呻き、震えた。彼はジョウゴ親王に身を乗り出し、何かを言おうとして、呑み込んだ。「……殿下……」「……」ジョウゴ親王はクセツを凝視した。何かを言いやめた事はわかったが、問い質しはしなかった。彼はただ言った。「ギンカクを制したならば、クローザーはもはや不要。時を見て、殺せ」
◆◆◆
シャーン! シャーン! シャーン! シャーン! 半鐘の音と光の刺激に、フィルギアの意識は鈍く覚醒した。まず気づいたのは、後ろ手に枷を嵌められた状態である事。膝をつかされている事。隣には……ナムサン……同じ状態のトム・ダイス。時間の経過はどれ程だろう。1日や2日ではきかない。
激しい痛みと空腹と乾きが、マンゲキョめいてニューロンを刻み、乱れ舞うなか、断片的な記憶が蘇る。あれは……国境付近……フィルギアは南下、トムはそのまま東へ……別れようとしたまさにその時の遭遇だった。気の緩みはなかった。いや、それすらもわからぬ程に消耗していただろうか。
シテンノに雷撃を受け、重傷を負って以来、彼は本来の変身能力を発揮する事ができず、ニンジャ第六感もひどく減衰してしまっている。わざわざそれをアピールしたくないだけだ(しかしトムはいまだに彼がニンジャである事を信じない)。単なるゲニン集団相手ならば、それでもどうにかなったろう。
彼とトムは過酷な旅を続け、追手として現れたドーンブレイドをも……奇妙な縁に助けられ……仕留める事ができた。それが最後の幸運だったろうか。国境付近で襲撃をかけてきたのは、赤い甲冑を身にまとった精強なゲニン騎兵の集団と、カイコ・ニンジャクランにまつわるニンジャのセンシであった。
名前は何と言ったか……「どんな気持ちだい。エエッ?」耳元で囁いた掠れ声の女の声で、苦笑と共に思い出す。そうだ、そのニンジャはネフィラと名乗った。ジツの網を使う、国境警備のセンシ……「アタシに雅の心があって良かったねェ。あの場で殺さなかった事を感謝しな。こんな衆人環視のもとで、華々しく死ねるんだ。たまらないね……」
「ウ……ア」フィルギアは気の利いた答えを返そうとしたが、乾いた唇はうまく言葉を発する事ができなかった。朱塗りの処刑台を、平安時代を模したような服装の者達が、なかば呆然としながら見上げている。わざわざご苦労にいたぶってくるこの憎きネフィラの他、台の下ではアカゾナエのセンシが2人。
1人はスモトリめいた巨漢で、もう1人は痩せ型。どちらも腕を組み、侮蔑の目でフィルギアを見ている。そして……ナムサン……衆人がざわつき、見つめる方向、馬上の2人が近づいてきていた。どちらも明らかに只者ではない。1人はシテンノのクセツ。青銅馬にまたがるもう1人は……ジョウゴ親王!
「ほらァ」ネフィラがキリキリと不可視糸を引き絞ると、フィルギアの首が絞まり、強制的にのけぞらされた。それからネフィラはフィルギアの頭を掴み、足元に押し付けた。「殿下にドゲザするんだよ!」「……ッ!」朦朧としながら、隣のトムを見る。気絶している。幸いだろう。……逃がせなかった。
「クルシュナイ」クセツがネフィラに手振りすると、ネフィラは不満げに退がり、跪いた。……テン、テテン、テン、テン。やがて聞こえてきたのはオコトの音だった。親王とクセツが飾り椅子に腰掛け、周囲にはアカゾナエのゲニンが集まった。オコトを弾くのはオイラン達。この並びは宴席のそれだ。
「さて。あらためて問う」クセツが言った。「貴様らはニンジャスレイヤーの手の者であるか」「違う」「惰弱なるUCAの間諜であるか」「違う……わかるだろ……観光……」「いつまで持つかな」クセツは無感情に言った。フィルギア達は五重塔に幽閉され、責めを受けた。それを……再び? 処刑の前に?
「ハッ! ハッ! ハッ!」イナセな掛け声が聞こえた。左手を見ると、イタマエが四人がかりでマグロを捌いていた。オーガニック・シャケもだ。彼らは見事な包丁さばきで脂の乗ったトロやサーモンなどを切り出し、そして……酢飯と共に握る。スシである。しかも、滋養に満ちた見事なオーガニックスシ。
なんというスシだ。このネザーキョウにあのような見事なスシが……? あれを食べれば、この数日の強行軍の疲れと傷も癒える。あれを食べれば、何らかの策を思いつき、窮地を脱する事が……。「ドーモ」イタマエが一礼し、ジョウゴらの席にスシを配置して行った。やめろ。頼む。フィルギアは祈った。
「「イタダキマス」」ジョウゴらはフィルギアを無視し、淡々とそれを食し始めた。艷やかなスシをショーユにつけ、口に運ぶ。飢えて乾いた囚人に、その一部始終を、敢えて見せつける……。平安時代より続く雅なる拷問、スシ・トーチャリングである。「アアアア……!」フィルギアは身悶えした。狂気はすぐそこにある。
さらに、見よ。この広場を見下ろす五重塔の第三層に、福々しいスモトリが顔を見せた。スモトリは肩にかついだ重箱に手を入れ、満載された白とピンクのモチを掴み、群衆に向かってバラ撒くのだった。「ドッソイ! タベナサイネ!」群衆は随喜の涙を流し、手を掲げた。「親王殿下、バンザイ!」
ピンクのモチがひとつ、フィルギアの顔の横に落下した。フィルギアは息を荒げた。ヒュパン!ネフィラの操る糸がモチを捉え、素早く取り上げた。フィルギアは震えた。そしてクセツが問う。「貴様らはニンジャスレイヤーの手の者であるか」「違う……」「惰弱なるUCAの間諜であるか」「違……う……」
「クルシュナイ。スシを」クセツはイタマエを見て手を叩いた。「ハッ!」イタマエ達が更なるスシを握る。処刑前の最終拷問はどこまで続くのか。「アアアア……」フィルギアは身悶えした。狂気はすぐそこにある。そしてトムは……「オゴッ……!」ネフィラの糸が彼の首を締め上げていた。
ジョウゴ親王も、クセツも、それを咎めはしない。ネフィラは舌なめずりして、締め上げる力を強めた。「惰弱な文明玩具は1人で十分だってよ! 顔のキレイなお前だけで十分な……!」トムが痙攣する。フィルギアは芋虫めいてもがく。なんとか変身を……なんとか……だが、その時だ!「Wasshoi!」
カゼが渦巻き、放射状に、ひろがりながら散っていった。「え……?」ネフィラはトムを拷問殺する事に必死だった。ゆえに遅れた。その咎めは死だった。虚空より処刑演台に現れ出でたニンジャスレイヤーは、ネフィラの背中からチョップを貫いていた。「アバッ」ネフィラは血を吐いた。場が凍りついた。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは掴みだしたネフィラの心臓を無慈悲に握り潰した。「サヨナラ!」ネフィラは爆発四散した。「さあて……知らんぞォ……!」ニンジャスレイヤーの傍らで膝をつき、帽子を押さえるコルヴェットが、群衆を見渡し、酒臭いしゃっくりをした。「イック!」
「ゲホッ! ゲホーッ!」トムが解放され、うつ伏せに倒れて激しく咳き込んだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは彼の枷を踏み砕いた。コルヴェットはフィルギアを解放した。「き……奇遇だなニンジャスレイヤー=サン……それから、知らないアンタ……」彼は譫言を呟くフィルギアを抱え上げた。
「ズガタキェーッ!」絶叫し、椅子から立ち上がったのはクセツである。歴史がかったパワーワードに打たれた群衆のほとんどが失禁気絶して声もなく倒れ込む! アカゾナエのニンジャ2人がカラテを漲らせる! ジョウゴ親王が憎悪に怒りをこわばらせ、扇子を開いて口元を隠す!
「アケチ・ジョウゴ親王殿下の雅な処刑遊戯の場にむさ苦しくも乱入したる卑しき者共よ! 名乗りおれ!」クセツは両手を開き、力を込めた。ブスブスと音を立て、彼の両手は松明めいて炎を纏った。だがその炎の色はこの世ならざるネザーの黒紫色なのだ! ネザーカトンの炎である!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの手が閃く! 手甲に巻きつけられていた黒縄が火めいて走り、イタマエの手元の重箱を捉えて奪い取った!「何!?」慌てて重箱を受け取るコルヴェット。フィルギアが呻いた。「スシを……すまん……俺にくれ……申し訳ないんだが……働けねえ……」
「コシャクな!」「コヤツ!」アカゾナエのニンジャ達が唸った。だが彼らの眼前に黒紫のネザーカトンがひるがえり、制した。クセツは凄まじい怒気を漲らせ、名乗りを待った。やがてニンジャスレイヤーは彼らをふてぶてしく睨み返し、アイサツした!「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
3
フィルギアは朦朧としながら、互いの陣営のアイサツを聞いた。風が吹き抜け、気づけば、彼はトムと共に、少し離れた地点、マングローブの木陰に寝かされていた。「ウ……ア」フィルギアは震える手で重箱に手を伸ばした。「スシか。スシだな」コルヴェットが察し、サーモンを手渡した。
咀嚼したサーモン・スシが口の中でとろけると、滋味がカラテとなって彼の全身を駆け巡った。「……!」フィルギアは起き上がり、重箱を抱え、トロ・スシを食らう!「デアエ!」処刑場からそう離れていない。すぐにゲニンが見咎め、向かってくる!「ココマデ、ヤメテダゼ!」コトブキが立ちはだかる!
彼女はガトリングガンを腰だめで構えていた。「ナッ?」「デアエ?」BRRTTTT!「グワーッ!」「アバーッ!」容赦なきガトリングガン攻撃に蹴散らされるゲニン達!「おっさん、ワープして、すげえ!」ザックがコルヴェット達に駆け寄る。「ウイック。み、見ての通り、サケが必要ゆえ子供には無理だ」
「お、俺も……ヒヒ……少しは頭数に入れるように頑張るぜ……ゲニンぐらいの役には立つ……」フィルギアはトロ・スシを掴み、喰らう。恥も外聞もなしだ。「アンタ、ニンジャだってさっき聞いたぜ。頑張ってくれよな」ザックが励ました。そして、見よ、罪人をまんまと奪われた処刑演台では、今!
「イイイイヤアアーッ!」KA-BOOOOOM! 黒紫の炎波が迸り、処刑演台をえぐり取った! ニンジャスレイヤーは咄嗟のジャンプで逃れたが、ナムサン!? 見物市民やゲニン数名が巻き添えとなる!「アバーッ!」「アバババーッ!?」黒い火がこびりついた彼らの身体がみるみるうちに枯れて、萎びてゆく!
ネザーカトンは消えない炎! 大地を侵食し、くすぶり、その火は見ようによっては苦しみ呻く人のようにも見え、怨嗟の声に似た音を響かせる。「ドゥーム」「ドゥゥーム…」コワイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは着地点付近のアカゾナエ達を強引なカラテでなぎ倒す!「グワーッ!」「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーは身をかがめ、ジョウゴ親王を狙うが、すぐさま立ちはだかったのはスモトリめいた巨漢のアカゾナエ甲冑ニンジャ、レッドテラーである。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのチョップを、赤い斧の柄で受ける!「調子に乗るな下郎……!」
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは連続打撃でレッドテラーに攻撃をしかけた。ワン・インチ距離ならば、巨大武器を持つレッドテラーよりもニンジャスレイヤーに利がある。怒涛の打撃で脇腹を殴りつける! レッドテラーの目が残虐な輝きを帯びる!「コシャク! コシャクゥ!」
「イ……」「イヤーッ!」レッドテラーは一瞬身を縮め、そして、解き放った!スモトリめいた巨大な腹圧が、ニンジャスレイヤーを跳ね飛ばした!「グワーッ!」吹き飛ばされるニンジャスレイヤーをめがけ、斧を振り上げたレッドテラーは片足立ちでステップを踏む。そして振り下ろす!「イヤーッ!」
SLAAAASH! マングローブ樹が真っ二つになった。ニンジャスレイヤーは咄嗟にフックロープを隣の木へ放ち、跳ね逃れた。「蚊、蚊、蚊!」レッドテラーがマングローブ樹を蹂躙しながら罵った。「リキッド=サン!」「応よ!」着地したニンジャスレイヤーの足元の水が声を発し、ゼリーめいて凝縮した!
「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーは異常を察知し、ゼリーじみて固まろうとする足元の水を蹴り払った。すると、ナムサン! 飛沫は空中で人の形を成し、アカゾナエのニンジャとなって、ニンジャスレイヤーの脚に絡みついているではないか! これがリキッド! そして彼が操るスイトン・ジツの一種だ!
「喰らえィ!」リキッドはニンジャスレイヤーにアキレス腱がためをかけにいく! スワ、人体破壊! ニンジャスレイヤーのニンジャ第六感は腱を捻じり来られるより一瞬速くその危険を察知し、リキッドごと、踵を地面に叩きつけるように振り下ろした!「イヤーッ!」「グワーッ!」
リキッドは背中から地面に叩きつけられ、水しぶきが散った。しかし、噴き上がった飛沫が空中で凝集し、再びニンジャの姿を成して着地したのである!「惰弱惰弱! 惰弱也! その程度のカラテでワシやレッドテラー=サンを倒そうてか」挑発! そしてその後ろから突進してくるレッドテラー!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは横に跳び、マングローブ樹を掴んだ。「イヤーッ!」レッドテラーは巨大斧を振り抜く! SLASH! 樹木破壊!「チィ……」ニンジャスレイヤーは舌打ちし、砕けた木片をジグザグに跳んだ。だが、その時! 空中には何らかのネンリキで浮遊するクセツあり!「オロカ!」
ボウ、ボウ、ボボウ、ボウ。高く掲げたクセツの両手にはネザーカトンの黒紫火球が育ち、邪悪な双太陽じみて煮えたぎっていた。「アァァァ」「ドゥーゥゥム」嘆き叫ぶ火の塊が……ニンジャスレイヤーをめがけ、凄まじく分裂拡散飛翔する! DOOOM! DOOOM! DOOOM! DOOOM! DOOOOM!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは地面のマングローブの根にフックロープを投じ、一瞬で着地した。そこへ火山弾じみてめちゃくちゃに降り注ぐネザーカトン!「アナヤ!」「これは閉口也」レッドテラーとリキッドはフレンドリーファイアを避けて後退した。たちまちその地点にもネザーカトンが降る!
DOOOM! DOOOM! DOOOOM! DOOOOM! 黒く燃える飛沫が散る中、ニンジャスレイヤーは前転と側転を繰り返し、必死に回避に専念した。(((マスラダ……!))) 微弱な思念がニンジャスレイヤーのニューロンに混線した。(((あれはネザーカトン……禁忌のジツ……)))「ナラク!」(((……早くせよ……)))
DOOM! DOOM! DOOM! ニンジャスレイヤーは走る!(((儂が共にあれば……あの程度のジツに遅れを取る事は……))) 空中で両手をひろげるクセツの目が光り、その肩の上には、もはや巨大な怨霊じみた炎の姿が立ち上っていた。コワイ!「イヤーッ!」風が吹いた。コルヴェットがニンジャスレイヤーを掴んだ。
魔術師はニンジャスレイヤーと共に落下し、地面を転がった。彼らは風をまとって忽然と姿を消した。「クセツ!」ジョウゴ親王が叫んだ。クセツは振り返り、頷き、ネザーカトンをおさめた。たちどころに異界の炎は消え去る。クセツはゆっくりと降下し、跪く。「殿下」「捨て置け。奴はすぐに戻る」
「ハーッ!」クセツは深く頭を下げた。レッドテラーとリキッドも転がるように現れ、ジョウゴ親王に跪いた。「貴様らは……」ジョウゴ親王はアカゾナエの2人を睨む。「今の邪魔者を追い、殺せ」「「ハーッ!」」「そしてクセツ。雅な遊びは終わりじゃ。これ即ち、一刻も早く儀式を完遂する時」
「げに、まこと!」「クローザーはゴマグラウンドよな?」「は!」「ワシも向かう。ギンカクのソウルを得次第、やつを殺す。その準備をしておけ」「ぬかりございませぬ」親王は青銅馬に、クセツはネザーメアに跨った。彼らは水を跳ね散らし、遠く靄に霞む平城の方角を目指す……!
◆◆◆
……その、数時間前のこと。
丘で野営するテツバ・ドラグーンのファーネイスとクロスファイアは、一直線に近づいてくる蹄鉄の音を聞いて、互いに目を見合わせ、立ち上がって、狼煙を消した。クロスファイアが咳払いし、ファーネイスに話しかけようとした時……蹄の音の主の影は地平に現れ、あっという間に彼らの元に至った。
ダカカカカカカカカ!「イイイイヤアアーッ!」「ブルルルルル!」特に秀でた体格のネザーメアは土煙を上げて一気に迫り、ドリフトして停止した。ファーネイスとクロスファイアは後退りし、反射的に防御姿勢を取った。その乗り手の凄まじいカラテの圧が、そのような姿勢を取らせるのだ。
ヌウウウ……ヌウウウ。乗り手の肩に満ちるキリングオーラが語りかける。直視できぬほどの眼光で、その者はテツバの2人を見下ろした。テツバの2人は恭しくオジギした。「ドーモ。ファーネイスです」「クロスファイアです」ファーネイスは続ける。「なんと迅速極まるご決断か。感服の極み」
「……」乗り手はネザーメアを降り、あらためて、テツバの2人を見た。テツバの2人はザンマ・ニンジャを畏怖と共に見上げた。馬上で背中を丸めた状態よりも、馬から降りて直立した今のほうが、背が、高い。「……ドーモ。……ザンマ・ニンジャです」3メートル超のニンジャはアイサツを返した。
ザンマ・ニンジャはまさに半神めいている。後ろで結わえた髪と龍じみた髭は風の流れとは無関係におのずから揺らめいており、溶岩石じみた目は白く光っている。背に負うは、ネザーで彼が獲得した呪われし両刃剣。刀身には彼自身が刻んだルーンカタカナの刻印あり。ザ ン マ ブ リ ン ガ ー。
ザンマ・ニンジャはアケチ・シテンノの1人(シテンノは4人ではない。シテンノは4人でなければならない……そのような惰弱な言葉遊びにアケチは興味がない)。彼は謎めいたリアルニンジャであり、ネザーオヒガン雌伏時代のアケチ・ニンジャとクセツが見出した存在である。
ザンマとはザマであり、「ザマを見よ」の語源となったのは実際このニンジャだ。テツバの2人は今、アケチ・ニンジャと同様の歴史的存在を前にしているのである。だが彼らの胸中にあるのは光栄や陶酔ではなく、ただひたすら畏怖であった。ザンマは魔を狩る中で魔と化した狂気の英雄であった。
ドリームキャッチャーの事件とニンジャスレイヤーの出現について、ファーネイスがタイクーンに送った矢文に応え、召喚されたのは、実際やや近い地点にいたこのシテンノであったというわけだ。「……して、この度はご足労を……」ザンマは手振りでファーネイスを黙らせる。「ザンマは言う。沈黙は金」
「……!」「……」ファーネイスとクロスファイアは無言で視線をかわした。ザンマ・ニンジャは頷いた。「華々しき歴史の陰に、尊き犠牲あり。英雄に生贄あり」「……は」ファーネイスは柔和な笑顔で相槌を打ち、クロスファイアも咳払いして、頷いた。ザンマ・ニンジャはザンマブリンガーを抜いた。
「イヤーッ!」「グワーッ!?」ザンマ・ニンジャはファーネイスを叩き斬った。凄まじき太刀筋だった。袈裟懸けに斬られたファーネイスは意外そうに瞬きし、クロスファイアを見た。クロスファイアは叫びだした。そして、ファーネイスも。「ア……アバーッ! サヨナラ!」ファーネイスは爆発四散した!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ブオウ! ブオウ! ザンマ・ニンジャは頭上でザンマブリンガーを振り回し、全身にカラテを漲らせた。クロスファイアは叫びを止め、瞬き一つせず、己が手にかかる瞬間を絶望的に待ち受けた。「而してザンマの運命は定まった」ザンマ・ニンジャは呟き、剣を背負った。
生かされる?恐怖は不条理に去り、怒りが湧いてきた。「お……お、お」クロスファイアはその手をカタカタと震わせた。考えるより早く、彼自身が不可解に思うほどであったが、その手は銃に伸びていた。「お前ッ!」BLAMBLAM! クロスファイアはザンマを撃った! ザンマは背中を向き、刀身で弾を防いだ!
「吉兆じゃ。ザンマは感謝する」ザンマ・ニンジャはクロスファイアを一瞥し、呟いた。「而してザンマはイクサの地に向かう」巨馬に跨ると、ザンマは地の底から響くような奇妙な笑いを笑った。「ザンマはニンジャスレイヤーを知っておる。心は逸る。オニ退治じゃ」馬の腹を蹴り、走り去る……!
◆◆◆
「空気の色が変わった」馬を並べるニーズヘグが言った。ヘラルドもそれを感じていた。ニーズヘグの目には青い火が宿り、ヘラルドの胸にはエメツの結晶が突き刺さっている。どちらも、いわば、この世とオヒガンの狭間に立つ存在といえた。「ハリマ離宮は近いようじゃ」
ヘラルドは頷き、前方を指差した。"マスラダ" を呼ぶ声を、彼はもはやメディテーションを行わずとも感じるようになっていた。距離が近いのだ。「植物相が変わりつつある……」「然り。気味が悪いの」ニーズヘグは言った。そして笑った。「……ま、ワシらも大概よ」
「ギンカクにゆけば、本当に貴方の望みが果たせると?」ヘラルドはニーズヘグに尋ねた。「さあ、ようは知らん」ニーズヘグは答えた。携えたヘビ・ケンがチャリチャリと鳴っている。「だがイクサのニオイはする。そう思わんか」
「……それは、そうでしょう」ヘラルドは頷いた。「私がニンジャスレイヤーと戦うのだから。そして、倒す。この私の運命に決着をつける……」「カカカ! 運命、と来たか。ヘラルド=サン」「何が可笑しいのか! 私は……屈辱を雪ぐ事ができるのならば、この覚束ない生命さえ!」「剣先の熱さ、少しは羨ましいわい。ギルドにとってはちと、邪魔くさいがな」脅すように言った。
ヘラルドはニーズヘグの殺気に身をこわばらせる。「もはやギルドを恐れはしない。そもそも、奴……奴さえいなければ、私は……」「言い訳がましい奴じゃの! 言い訳を喚きながら突っ走り、払い除けられて終わるか、ひとかどのセンシとしてイサオシを成すか、正念場じゃぞ」「……」「見定めるがいい」
見定める、何を……。ヘラルドは問い直そうとしたが、ニーズヘグは呵々大笑し、カタナ状態のヘビ・ケンを頭上に振り上げて、馬に拍車を当てたのだ。「さあて、ちょうどいい肩慣らしじゃ!」関所! ヘラルドは歯を食いしばり、ニーズヘグに続く!
「なッ……貴様ら!? 止まれ! 止ま……」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニーズヘグは誰何しようとする槍ゲニンを馬上から斬り捨てる! 斬ったツルギが分離し、鞭状に変化!「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」砦から現れるアカゾナエのゲニン達を切り裂いてゆく!「デアエ!」「デアエー!」
ブオウ! ブオウー! 法螺貝が鳴らされ、突っ切る2人の騎馬にゲニンが追いすがる。「イヤーッ!」ニーズヘグはヘビ・ケンを振り回して後続のゲニンを次々に倒す!「グワーッ!」「グワーッ!」「ドーモ! マグノリアです!」並走してきた馬の背に直立するニンジャがアイサツする!
「ドーモ。ニーズヘグです」「ヘラルドです」「この先、神聖精強なるハリマ離宮! 偉大なるタイクーン御郷愁の地であると知っての狼藉か!」「知らぬわ!」ニーズヘグは笑い飛ばした。「しかしあいにく、用はある。押し通るぞ! ヘラルド=サン! やれ!」「私……イヤーッ!」ヘラルドは跳んだ!
「イヤーッ!」マグノリアは応戦! 二者は馬上直立ワン・インチ距離で激しく打ち合い、殴り合う。ニーズヘグはこの敵をヘラルドに敢えてよこした。ヘラルドは彼に値踏みされる事が気に食わなかった。だが、この程度の敵に苦戦するのは二重に不快!「イヤーッ!」「グワーッ!」チョップが首を刎ねる!
「サヨナラ!」後方へバウンドした首が叫び、マグノリアの身体が爆発四散した。「カカカカカカ!」ニーズヘグは笑い吠え、次々に襲いくるアカゾナエの騎兵をヘビ・ケンで倒してゆく!「そうじゃ! イクサじゃ! 華々しくゆくぞ!」「イイイヤアアーッ!」
4
「何たる事か」つば広の旅人帽を傾け、真鍮の魔術望遠鏡を覗き込んでいたコルヴェットはこめかみに冷や汗を垂らし、呻き声をあげた。彼は相当離れた地点のマングローブの樹上から、ゴマグラウンドを偵察しているのだった。「これは想像以上だぞ、ニンジャスレイヤー=サン」彼は呟いた。
キキョウ紋の刻印された陣幕に四角く囲われただだっ広い空間。その四隅には篝火が焚かれ、暮れ始めの空を焼き焦がす。中央には小さな塔ほどもある鈍色のモニュメントが屹立し、それを円状に幾重にも囲むのは、休まず祈祷するモータル・ボンズの集団である。
これがゴマグラウンド……競技場ほどもある広さの場所で、実際恐るべき儀式がたけなわであり……「イヤーッ!」「イヤーッ!」そこへ繋がるジップラインを伝って、チューニンを先頭にしたゲニン集団が、今まさに集まってきていた。彼らはハリマ離宮の東西南北の五重塔から吐き出される兵士達だ!
ドオン! ドオン! ドオン! ドオン! 一斉に打ち鳴らされるタイコ! ビイン! ビイン! ビイン! ビイン! 一斉に弾かれる矢無きセイクリッド儀式弓!「ハンニャー……ハンニャー……ハンニャー……」休まず唱え続けられるボンズ・チャント! ナムサン……おお……ナムサン! これでは正面突破は不可能だ!
「ウーム……」コルヴェットはスキットルのサケを口に含み、風をまとって退散した。……その、ゴマグラウンドの中心部。ギンカク・オベリスクを前に、腰に手を当てて満足そうに首をコキコキ鳴らしているのは、読者の皆さんもひどくご存知であろう、邪悪なるクローザーであった。
「ムフ……!」クローザーは三日月じみて目を細め、過酷なボンズの祈祷儀式の進行つつがなきを見守っていた。「ハンニャー……ハンニャー!」オベリスクの周りの地面には焼ける石炭が敷かれていた。意を決したボンズは裸足でその上に跳び乗る。合掌しチャントを唱えれば、このような火でも涼しい。
「ハンニャー……ハンニャー……!」唱えながら一周すると、満身創痍となって飛び降りる。新たなボンズが入れ替わる。「ハンニャー……ハンニャー……アバーッ!」ナムサン!そのボンズの場合はセイシンテキが足りなかったか、歩く途中で足元から全身火に包まれ、焼死! 急いで次のボンズが交替!
「なんと恐ろしい。モータルは容易に死ぬ、実に心臓に悪いな」クローザーは顔をしかめた。儀式を続けるボンズ達に、彼は呼びかけた。「もっと気持ちを高めてくれたまえ! 親王殿下は人遣いが荒くていらっしゃるゆえに! この祈祷の素晴らしいありがたさで、君らのボンズ・ステージは実際すごい効率で高まるのだ。修行の機会なんだからな?」
「……つつがないか」「おや、クセツ君!」進み出たクセツをクローザーは振り返った。「ご覧の通りだ、ひとまず人材資源は足りている。親王殿下のご機嫌いかがかね?」「1秒でも早くギンカクを最適化する……それだけを考えろ」「クキキ……簡単に言ってくれる! 命がけのボンズ達を労ってあげ給え」
「恩着せがましい言葉は私には通じんぞ」「わかっているとも! 獄より救ってくれた恩を強く感じているのは私のほうだ。君はネザーキョウで一番の友達だ! ……ええと、要はこのギンカクが強力なUNIXサーバーだと思い給え。これに対しハッカー集団でDDOS攻撃を休まずかけ続けるという霊感プロセスだ」
「アバーッ!」どこかでボンズが死んだ。「……無論、あのようにニューロンを焼かれる。冗長性を確保する為に、この人数が必要だ……さあ、さあ……聞こえないかね?」クローザーは耳に手を当て、促した。オオオン……オオオン。確かに、呻き声じみた響きが、オベリスクから発せられている。
「ギンカクが……応えている」「然り!霊感コンサルタントの面目躍如だ」「親王殿下は、ギンカクの力を……その全てを欲しておられる」クセツは言った。「そしてそれは私の願いでもある。土壇場でおかしな真似をしてみろ。たちまちのうちに貴様は代償の重さを知る事になる。我が火は消えぬぞ」
「クキキ……わ、わかっているとも。ネザーの火で死ぬのだけは勘弁願いたい。むしろ今は歓喜する時だ。寿ぎたまえ、敵意は不要!」「黙るがいい」クセツは冷たく言った。
◆◆◆
……オオオン……オオオン……そのゴマグラウンドから中庭を挟み、屋敷の一室、窓辺でジョウゴ親王はオベリスクの呻きを聞く。
「聞こえるぞ」親王は呟いた。そして視線を同室の者……向かい合う相手に戻した。正座する巨躯の男の全身から不穏なカラテが放出され続けている。屋内にあっても背負う刃は降ろさない。アケチ・シテンノの1人……ザンマ・ニンジャであった。「ザンマは憩うておる」彼は低く言った。
このザンマ。タイクーンの命により、ニンジャスレイヤーを討つべく、このハリマ離宮へ馬を飛ばしたという。馬は恐るべき巨大さで、気が荒く、到着早々に馬丁を1人食い殺した。親王はタイクーンの実子であり、無論シテンノよりも上の立場にあるが……親王として、ザンマには然るべき対応が必要だ。
今すぐにでもギンカク・オベリスクの前に陣取り、待ち構えたい思いはあった。ザンマの相手は面倒ですらある。しかし、矢も盾もたまらぬ姿勢をクローザーに見せれば、あの者を調子づかせる事になるだろう。「ニンジャスレイヤーは我にとっても不快な敵じゃ」「ザンマが鬼を討つ。わかるな?」
「フン」親王は鼻を鳴らした。「ニンジャスレイヤーは貴様にくれてやる。十中八九、奴の目的はギンカク。いずれ参ろう。討つべし」「ザンマは高ぶっておる」ミシミシと音が鳴った。ザンマのカラテが部屋全体を軋ませているのだ。「ザンマは知る。ニンジャスレイヤーはシテンノを殺した」
ソガの治世、ニンジャスレイヤーは突如現れ出で、数多くのニンジャを殺し、キョートの平城京の東西南北を守っていたシテンノを皆殺しにしたという。ジョウゴはその言い伝えを耳にしていた。ザンマは頷いた。「ソガはおらぬな」「おらぬ。とうの昔に」「ショッギョ・ムッジョの響きあり」
ブオウ! 風圧がジョウゴの髪と髭を揺らした。ザンマは予告なく抜き払った自剣を膝の上に置き、手でなぞった。ムウウウ……。刃が鳴った。「ザンマブリンガーは魔狩りの剣、オニ狩りの剣。ジゴクが鍛え、ザンマが名付けし刃也」「名に恥じぬはたらきを見せてみよ」「英雄に剣あり。剣は災い也」
親王は扇子で口元を隠し、目を細めた……その時、窓の外で光が生じた。親王は見やった。オベリスクの光である!「ザンマは光に興味なし」ザンマが先んじて言い、刃を撫でた。そして不意に懐に手を入れ、オリガミ・メールを取り出した。「矢文よりもザンマは疾し。タイクーンの言伝である」
「……」ジョウゴ親王はその場でオリガミ・メールを開いた。そこにはタイクーン直筆のショドーにて、「天下布武」と書かれていた。「……そうか」親王は頷き、立ち上がった。ザンマは腕を組み、目を閉じた。「この部屋で、ゆるりと過ごせ。貴様のイクサの時が来るまでは」「ザンマは憩う」
◆◆◆
シンデンヅクリ・パレスの炊事場で、ニンジャスレイヤーらは互いに向かい合って座った。全員が揃っている。イタマエは手足を縛られ、目隠しをされて、片隅に転がっている。「た、頼みます」イタマエが言った。「殴ってください。気絶しますので。それで私のせいにならずに済む」
「……わかりました」コトブキが立ち上がった。「しのびないですが……」「へへっ」イタマエは苦笑した。「や、やるなら奴らに一泡吹かせてやってくだせえ。俺はもう、こんな奴隷生活は懲り懲りなんです」「頑張ります。ハイヤーッ!」コトブキは一礼ののち、チョップを食らわせた。「ムン」イタマエは気絶した。
「もう少しスシをもらうよ」フィルギアは円形重箱に詰められたスシを取り、口に運ぶ。2人の虜囚のうち、フィルギアは特に重点的に責められたと見え、消耗が激しかった。「彼はもともとの負傷もある」トムが説明すると、フィルギアは嫌な顔をした。「よせよ。心配無用だ」「そうも言っていられない」
コルヴェットとフィルギアはギンカクに関し、それぞれに情報を掴んでおり、ある程度の交換を済ませていた。フィルギアが平安時代から生き続けているという話について、コルヴェットは抵抗なく信じた。「その方が理にかなう」と。トムは顔をしかめ、フィルギア自身ですら、その理解に少し驚いた。
「ギンカクの力の搾取を特に懸念するに至ったきっかけは、これよ」コルヴェットは不明瞭な写真プリントアウトを見せた。「シュヴァルツヴァルトの霊廟……ギンカクがある場所だ……に忍び込んだ者の姿だ」「これは」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「……奴だ。クローザー」「知った相手か」
「シュヴァルツヴァルトのギンカクは……詳しい話は省くが、霊的に護られている。その際、奴は目的を果たせず退散したのだ。ギルドの魔術師は殺されたが」「それで次はここのギンカクを、というわけか」「然り。俺が望遠鏡にてこの目で見た。奴はまんまとネザーキョウに取り入り、オベリスクを恣(ほしいまま)にしている」
「チッ。やはりそうなる」フィルギアが言った。「ネオサイタマのギンカクには、奴は近づかない。今は厄介な奴が睨みを効かせてるとわかっているんだ……つまり、サツバツナイト=サンやら、何やらがな」フィルギアはニンジャスレイヤーを見てから、言葉を続けた。「その点、ここは文明の目が及ばない」
「やっとここまで辿り着いたのに、横取りされてしまったら酷すぎます!」コトブキが憤慨した。「やはり正面突破ダメですか?」「うむ。ニンジャスレイヤー=サンも本調子ではなかろう」「おれの調子は関係ない」「……まあ、とにかく、最善の手段が別にあるのだから」コルヴェットはなだめた。
「このハリマ離宮には東西南北に五重塔があって、そこからチューニン、ゲニンが供給される。儀式が進む中、明らかに今、ゴマグラウンドの守りは分厚いぞ。俺が偵察した時点で数十名のゲニンにチューニン。センシ階級のニンジャも何人もおった。さらにはシテンノのクセツ。あのジツは恐るべきもの」
「では、どうしますか」「陽動だな」トムが引き継いだ。「無視できない混乱を周囲に引き起こし、ある程度の人員を割かざるをえない状況を作り出す」フィルギアがトムを見た。「泥棒がバレたら家に火をつけろ、って?」「道中、やり方は頭に浮かんだ」トムは重箱のスシを配置し、イメージする。
「五重塔はネザーキョウの力の源だ」東西南北のポイントを示す。「五重塔を破壊すれば、奴らの力を削ぐ事ができる。原理はわからないが、俺はホンノウジで実際に、身を持って確かめてきた」「実際、理にかなった話だな」フィルギアが認めた。「平安時代でも五重塔は時々使われたものさ……」
「確かに東西南北でシンボルが燃やされれば、無視はできまいな。なかんずく、五重塔からジップラインでゴマグラウンドに供給されるゲニン達の増援可能性も断てるが……」コルヴェットは懸念した。「しかし、霊的な力場を乱す事にならんか。儀式が暴走する可能性も捨てきれんところだ」
「他にうまい方法があるなら、それでいい」トムが言った。「だが、ニンジャを直接相手にできる戦力が、ここにどれだけ居る?」「……然り、然りよ」コルヴェットは帽子を直した。「貴公の言葉は実際正しい」「ああ」トムは頷いた。「あんたとニンジャスレイヤー=サンはゴマグラウンド付近で待機だ」
「待機?」ニンジャスレイヤーはトムを見た。トムはスシを動かす。「そうだ。あんたの仕事はその後にある。手薄になったところを、あんたらがニンジャの力で突破し、ギンカクに到達。それが……少なくとも、物理的にできる事の全てという事になるが」「わかった」ニンジャスレイヤーは頷いた。「このやり方でいく。ギンカクに辿り着けば、後はどうにかする」
「やれそうかい……」フィルギアが尋ねた。ニンジャスレイヤーは決断的に頷いた。「イメージできた。じゅうぶんだ」「後は野となれ山となれよ」コルヴェットが微笑した。「では、散開作戦ですね!」コトブキがニンジャスレイヤーを見た。「通信環境があれば、タキ=サンが皆さんをオペレーションできると思いますが……」
ニンジャスレイヤーは己のIPアドレスからタキを探った。「繋がっているぞ。タキ」しばらくして応答があった。『嘘だ。ネザーキョウはインターネット禁止なんだ。オレは働けない、残念だ、とても』「カナダ時代のネット網は生きている」トムが請け合った。
「よかった! タキ=サンも一緒に頑張りましょうね!」コトブキが喜んだ。「これでバッチリです!」『……』「アニキ、俺はどうしよう?」ザックが尋ねた。「フィルギア=サンと共に行け」ニンジャスレイヤーが判断した。「怪我人だ。守ってやれ。無茶はするな」「イヒヒ……そしたら俺が頑張るよ」「ああ」
「アンタもザックと一緒にいろ」ニンジャスレイヤーはトムに言った。「アンタも怪我をしているし、ニンジャでもない」「そうはいかない」トムは首を振った。「北の五重塔は俺に任せてほしい。俺の奪われた荷物は北に運び込まれた。取り戻しがてら、爆破する」「そう、うまくいくものか」「やる」
「必要なら、おれが動いて、その荷物とやらを持ってくればいい」「この話は終わりだ。俺が、やる」「……まあ、いい」ニンジャスレイヤーは引き下がった。「後悔するなよ」「するものか。必要な事だ」トムは言った。彼は皆を見た。「始めるか。炎の嵐作戦だ」一人ひとり、スシを掴み、食べた。
スシの咀嚼を終えたニンジャスレイヤーはもう一つ、トムに問おうとした。「何故……」その問いを遮ったのは、KRAAASH! 戸口を叩き割り、躍り込んできたアカゾナエのセンシだった! 天井を衝くような巨体!「見つけたぞネズミども!」レッドテラーは巨大斧を振り回し、調度を叩き斬った。
ニンジャスレイヤーは動いた!「イヤーッ!」キャノンボールじみて瞬時に突進したニンジャスレイヤーはヤリめいたサイドキックをレッドテラーの腹に突き刺し、斧斬撃をインタラプトした!「グワーッ!」後ずさるレッドテラー!「走れ! 行け!」彼は他の者らに叫んだ。聞き返す者はない。コトブキ達はすぐさま駆けだした!
「ヌウーッ!」レッドテラーはこめかみに怒りの血管を浮き上がらせる。ニンジャスレイヤーはそれをキアイで制し、アイサツを繰り出した!「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「……ドーモ。レッドテラーです」「「イヤーッ!」」オジギ終了からコンマ2秒、彼らは真正面からカラテを衝突させた!
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