【リフォージング・ザ・ヘイトレッド】
◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上の物理書籍に収録されています。第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。
リフォージング・ザ・ヘイトレッド
1
サイレン音。ネオサイタマの夜を走る、一台の装甲マッポビークル。屋根にはことさら強大な無線LANユニット。車体には威圧的な「ポリス」の文字。「ペケロッパ!」違法電波の海に精神を浮かせ瞑想歩行していた迂闊なハッカーカルト団員が、強力無線電波の干渉にニューロンを焼き切られ歩道で即死。
「全ての電波とデータに自由を!」無軌道学生が蛍光トーフをマッポビークルに投げつける。車内後部に向かい合わせで座るマッポたちは、苦虫を噛み潰したような顔で耐える。数ヶ月前、爆発物を投げられたと思ったマッポが咄嗟に学生を射殺し、非難に晒され、公然ケジメののち辞職に追い込まれた教訓。
「あんなガキ、相手にするんじゃねえぞ。俺たちが49課なら、射殺してもむしろ英雄扱いだろうがなあ……。お前ら49課、行きたいか?」助手席には厳ついサイバーサングラスをかけたデッカー。ダスターコートに帽子。後頭部には四個の生体LAN端子。「「「行きたくないです」」」部下たちが即答。
その古参デッカーは、ダッシュボードのUNIXモニタに映った現在進行形の犯罪リストを、素早いタイピング速度で解決プライオリティ順にソートしながら、IRC暗号化が施された音声通信で上司に詫びを入れる。「ノボセ=サン、すみません。こりゃあ今夜は行けそうにありませんや。ハイ……ハイ…」
座標、件名、推定獲得マッポスコア、捜査参加人数などの情報マトリックスがずらりと並ぶ。まるで映画のエンドロールめいて長大だ。件名も多彩……電脳麻薬の売人探し、メガコーポ重役の息子の身代金誘拐、オスモウギルドの立て篭り、イクラ製造プラント爆破予告……ありとあらゆる犯罪の坩堝である。
「ノボセ=サンと何か約束が?」運転席のグレーターマッポが訊ねた。「ああ、例のな、慰霊碑撤去だよ。非公式で参列する予定だったんだが……」デッカーは犯罪リストの詳細をあたりながら、三個先まで行動予約を入れる。「ああ、スゴイタカイビルの。撤去……遺憾ですな。私も同僚を一人失いました」
「仕方ないさ。式典の日だからって犯罪が減ってくれるなんてこたあ、あるまい。来週センコをあげに行く」とデッカー。グレーターマッポは頷いた。高速道に乗る。アクセルを踏む。ネオンが光の筋を描く。世界の速度は増し続ける。デッカーは後部座席を向いた。「よし、いいかお前ら!また一仕事だ!」
◆◆◆
マルノウチ・スゴイタカイビル。かつてここで、反政府組織の爆弾テロ事件と新興ヤクザクラン同士の抗争事件が同時に起こり、民間人とマッポが大勢死んだ。表向きはそうなっている。
痛ましい事件。だがありふれた悲劇のひとつ。いまや世論は無情なまでに無関心。灰色の電脳メガロシティ、ネオサイタマは、いわば限界まで積み上げられ危うく軋むジェンガだ。間もなく慰霊碑は撤去され、商業施設に押し潰される。コンクリで埋め立てられ、ビルの中で電子化されるハカバのごとく。
静かな重金属酸性雨。屋上のシャチホコに佇むニンジャが独り。男は錆び果てた血染めの心臓を万力で締め上げられるような想いで、下界を見下ろしている。彼の名はフジキド・ケンジ。ニンジャスレイヤー。ネオサイタマの死神。そしてベイン・オブ・ソウカイヤ。彼の妻子はマルノウチ抗争で殺された。
ニンジャスレイヤーは精密望遠レンズめいたニンジャ視力で、広場の一角に奥ゆかしく立つ慰霊碑を見た。四方に電子ボンボリが立ち、縄が張られて立ち入り禁止を示す。仰々しいマキモノとタリスマンを持つボンズに続いて、大型マトックを担いだ正装スモトリが何人も現れた。撤去作業が始まるのだ。
祈りを捧げる市民は皆無。慰霊碑撤去計画を事前に知っている者がそもそも少ない。「スゴイ!」「伝統的だ!」「オスモウが特に!」物珍しそうに足を止め、映像データ化する者がいくらか。彼らにとってはツチノコストリートで行われる猥雑なケジメショーと何ら変わらぬ、好奇心の対象のひとつだ。
フジキドは既に、心の準備ができている。慰霊碑撤去はネオサイタマの決定だ。そこにニンジャである己が関与することは許されない。慰霊碑が無くなろうとも、妻子に対する弔いは終わらない。このスゴイタカイビルそのものが、そして己の心臓こそが、祭壇なのだ。今夜ばかりは静かに見守ろう……。
ガガーン!ガガガーン!その時、フジキドの安寧を打ち砕く不吉な遠雷の音!そして何者かの気配!ニンジャスレイヤーは背後を振り返った。非常階段を登ってきた黒尽くめのスーツの男たちが見える。全員が同じ顔立ち、同じ髪型、整然とした行進。クローンヤクザだ。彼は立ち上がり、カラテを構えた。
戦闘意志がない事を示すため、クローンヤクザたちは後ろに手を組んだまま、無言で整列した。今回、ニンジャの気配はない。加えてクローンヤクザたちも銃器を持っていない。これまで、敵は屋上に何度も刺客を送り込んできたというのに。まるでいい予感がしない。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せる。
「ボスからの贈り物だ」ボーリングの1番ピンの位置に立つクローンヤクザが、アマクダリの紋章が刻まれたオカモチを掲げ、その蓋を開いた。おお……ナムアミダブツ!なんたる挑発的な進物か!中には額にドスダガーを突き立てられたマグロの生首!酒瓶!そしてUNIXモニタが!
「ザザザ……ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ラオモト・チバです」UNIXのスピーカーから、尊大な少年の声が聞こえた。少年は穏やかな口調の中にも、暴君めいた残忍な性質と激しい敵意を隠そうとしない。彼はかつてニンジャスレイヤーが殺した妻子の仇、ラオモト・カンの……息子の一人だ。
UNIX画面に、グンバイを持つチバの姿がノイズ混じりで映し出された。相手もモニタ越しにニンジャスレイヤーを見ている。クローンヤクザたちは口を開かず、雨の中でただ整然と立つ。「ドーモ、ラオモト・チバ=サン。ニンジャスレイヤーです」フジキドはジゴクめいた禍々しい声でアイサツした。
「趣向を変えてきたか。もっとニンジャを送り込んでくるがいい。私はここにいる。送り込まれたニンジャはその都度殺す」ニンジャスレイヤーは粛々と歩み寄り、カメラを睨む。「ムハハハハ!お前が生きていたという噂は、本当だったようだな…」机に向かうチバは、勿体ぶった仕草で葉巻を所望する。
「ニンジャの姿が見当たらぬが」「ふん、今夜ばかりは休戦だ。聖ラオモトの……生誕記念日だからな」チバが最高級葉巻を咥える。「休戦だと…?和平協定を結びにきたという訳か。だが私に貴様らのルールは通用せん。オショガツであろうが、祭日であろうが、妻子の仇たるオヌシらを屠り続けるのみ」
「ムハハハハ!相変わらずの狂犬ぶりだな。だがそうでなくては殺し甲斐が無い!苦しめ甲斐が無い!ニンジャスレイヤー=サン、今日はもうひとつ用件がある。…僕がマルノウチ抗争慰霊碑の撤去をともに祝してやろう」「……何と言った?」フジキドの心臓が激しく拍動し、黒い憎悪が全身を駆け巡る。
「この性急すぎる撤去計画はオヌシらが……」「ムハハハハハハハ!勘違いをするな。何でもアマクダリ・セクトのせいにするニンジャ陰謀視点は、お前の悪い癖だな。これはあくまで…スゴイタカイビルの経営陣が決めた事」フジキドは知らぬが、実際はネコソギ・ファンドがその株主に名を連ねている。
……遠く離れたアマクダリ地下秘密基地では、カメラの横に立つ参謀アガメムノンが満足そうに頷く。チバの威光はますます強まり、セクトの結束は強まるだろう。傀儡君主。チバにはそれが気に喰わぬ。故に彼はその怒り全てをモニタの向こうの敵へ叩き付ける。このような屈辱の引き金を引いた男へと。
「マケグミが何人死んだだの拘り続けていては、経済が動脈硬化を起こすぞ!ニンジャスレイヤー=サン、お前もセプクしてジョウブツするがいい!お前はもう妻子の仇を取ったのだろう?何故いつまでもスゴイタカイビルにしがみついている?ムハハハハ!」チバは暴君の本性を剥き出しにして笑った!
「ジョウブツすべき亡霊はオヌシらだ、アマクダリ。ラオモトの亡霊め。そこには他の幹部共もいるな?自意識過剰なこわっぱを祭り上げ、己は安全圏にいる腰抜け共が」「黙れ!あの時僕を殺さなかった事を後悔させてやる!お前はラオモト・ファミリーのメンツに泥を塗った!復讐するは我にあり!」
「アマクダリよ、いずれそこへ殴り込ませてもらう。そしてオヌシらニンジャを、全員殺す」「お前は絶対にアマクダリには勝てない!現にお前は、僕の本拠地すら掴めてはいないではないか!ここに辿り着く前に、お前の協力者は全員死に、お前はセプクしているだろう!ムハハハハ!ムッハハハハハ!」
「「「「「「ムハハハハハハハハ!ムッハハハハハハハハハハ!」」」」」」クローンヤクザたちはサラウンド音響システムめいて、チバと同時に笑った。下界からは痛々しいマトックの破砕音が、ウシミツ・アワーに衝き鳴らされるジンジャ・カテドラルの鐘のごとく響き始め、フジキドの魂を責め苛む!
「ザザザ……この首は今回はマグロだが、次は協力者の首になっているだろう……さらばだ……なお僕は手掛かりを残さん主義だ……!」チバの音声にノイズが混じり始める。そしてマグロの両目が突如赤く光り……望遠レンズめいて突き出した!ナムサン!ニンジャスレイヤーは咄嗟に防御姿勢を取る!
「「「「「「ムハハハハハハハハハハ!ムッハハハハハハハハハハハハ!」」」」」」クローンヤクザたちが不気味に笑い続ける中……KRA-TOOOOOOM!マグロの生首内に隠されていた恐るべき爆弾が作動し、ニンジャスレイヤーの視界を真っ白に変えた!「グワーッ!」ナムアミダブツ!
硝煙が晴れると、そこにはボーリングのピンめいて倒れたヤクザたちの死体が。ニンジャスレイヤーは大の字に倒れ曇天の月を睨んでいる。赤黒のニンジャ装束は所々が焼け焦げ、ぶすぶすと煙を上げている。爆弾の熱波と、血肉の焦げる匂いがトリガとなり、あの夜の記憶をフラッシュバックさせていた。
「愚かなり、フジキド・ケンジよ!何たるブザマか!」ナラク・ニンジャの哄笑がニューロンのチャノマで響き渡る。フジキドは「忍」「殺」メンポのスリットから煙を吐きながら、ゆっくりと身をもたげる。燃料を焼べられた胸の奥で、黒い殺忍衝動が沸き上がる。御し難い全方向性の憎悪が。力が。
「ニンジャ……殺すべし……!」ニンジャスレイヤーは呻き声にも近い声を発し、シャチホコ・ガーゴイルへと歩む。憎悪を糧として燃やしたその全身は、異常に発熱し、降り注ぐ重金属酸性雨を蒸発させる。「……おお、殺そうぞ!殺そうぞ!今宵の首級は十を超えよう!」ナラク・ニンジャの声が響く。
ニンジャスレイヤーはシャチホコに片足をかけ、ネオサイタマの夜景を見渡した。五感を研ぎ澄まし、ニンジャの気配と痕跡を探る。だが胸を焼く憎悪と殺意の炎は、彼を急き立てる。彼は狙いも定めぬまま、猥雑たるネオンの海へとダイブした。
ニンジャスレイヤーの鋼鉄メンポから、ジゴクめいた瘴気が漏れ出る。ニンジャを殺す……ニンジャを……エーリアス、ヤモト、ネザークィーン、ウミノ……近しい者らの爆発四散する光景すら浮かぶ。己を戒めるように首を振る。慰霊碑撤去の痛ましい音が魂を責める。殺忍衝動が昂りすぎているのだ。
「妻子の仇!ニンジャ……殺すべし……!」フジキドは手綱を奪い返すかの如く呻いた。爆発的な力が……危険すぎる力が無限に沸き出し、彼を前へ、前へと押し進める。岡山県で得た神秘的なインストラクション「憎悪を鍛え直すべし。さもなくば破滅あるのみ」の文字がニューロンに浮かび、燃えた。
2
デッカーは助手席のダッシュボード冷蔵庫を開け、よく冷えたネギトロ・マキを2ピース、順番に口に放り込んで黙々と咀嚼する。オスモウギルドの事件現場で惨殺死体を見た直後だというのに、驚嘆すべきタフネスだ。
「応援を待ってる暇はねえな。俺たちだけでやるぞ。こいつは不当にスコアが低いが、放っとけねえ。ハイスコア狙い?クソ喰らえだ」デッカーが手短にブリーフィングし、4人のマッポが頷く。2人組の犯人は相当なイディオットで、IPアドレスから簡単に居所が割れた。つまり短絡的で暴力的な連中だ。
マッポビークルが停車したのは、治安レベル劣悪のジョチダ・ストリートだ。電柱は傾き、老朽ケーブル束が所々で千切れ、断裂筋繊維めいてバチバチと火花を散らす。誰が住んでいるか解らない廃墟団地の窓から、剣呑な目が光る。壁には「バカ」「スラムダンク」「マイコ」等の悲痛なスプレー落書き。
万が一の事態に備えてグレーターマッポを車内に残し、公僕たちは降車する。「おい、マッポだぜ。あの人数なら、俺たちでもやれるんじゃねえか?」廃墟団地の一室にいた全身カタカナ刺青だらけの痩せたヨタモノが、割れた窓からそれを見下ろして笑った。バリキ成分でずいぶん気が大きくなっている。
眼帯の兄貴分ヨタモノが鼻で笑った。「ダメだ、見ろ。全員が銃器で武装。先頭に居るのはデッカーだ。あいつはLAN直結認証型のデッカーガンを持ってやがる。あいつ一人で五十人分は殺すと思え」「五十と四だ、敵わねえ。コワイ」「そうだ」「コワイ…」刺青ヨタモノは部屋の奥の暗がりに消える。
「この先の廃マンションだ」デッカーは声も無く、IRCで周囲のマッポに命令を下す。サイバーサングラスには無数の情報が映し出される。特殊なUNIXビジョーンモードに視界が切り替わる。不動産情報をもとに、マンション内の間取りを透過ワイヤフレーム化して投影。最適な突入ルートを共有する。
「目的地は四階。非常階段破損。隣のマンションから跳び渡る。よし、待ってろよ…」その通信を発した直後、デッカーは糸が切れたジョルリめいて力無く横に倒れ、動かなくなった。首筋からバチバチと火花。「アイエエエエエ!?」後続のマッポたちが困惑する。まさかこんな時に限ってカロウシか?
LAN直結者でないマッポは、膨大な情報を処理する能力を持たない。ハッカーの電脳攻撃か?だがIRCの出力はタタミ8枚の最低セル単位だったはず。「アイエッ!」また別なマッポがひとり、倒れた。今回は他の者たちにもすぐに解った。青白い電弧を放つクナイ・ダートが、額に突き刺さっていた。
「クナイ・ダートだって?」「クナイといえばニンジャだが……」「ニンジャ!?」後方を振り向いたマッポの一人が、錆び付いた自動販売機の上にいる黒い人影を見て発砲!BLAMN!「イヤーッ!」謎のニンジャは回転跳躍し、そのままマッポの首筋にカラテチョップを叩き込んだ!「アバーッ!」
「動くな!」マッポが発砲するが、ニンジャは超人的なブリッジで弾丸を回避。そして起き上がりにカラテチョップで殺す!「イヤーッ!」「アバーッ!」まるでベイビー・サブミッションだ。十三秒後……マッポは一人残らず殺され、ゴミ集積所に放り込まれていた。この暗闘を目撃した住人は居ない。
そのニンジャ……プラズマリザードは、マッポの血で染まった両手を見ながら、メンポの奥で残忍な笑みを浮かべた。その瞳からは、青白い電弧がバチバチと放たれている。「俺は…デッカーすら殺せる……!」彼は自動販売機から柱を蹴り渡り、破れた鉄網を抜けて廃マンションの四階ベランダに着地。
「おい、俺だ、開けろ。プラズマリザードだ」ニンジャはアジトの黒スモーク窓ガラスをモールス信号めいて叩く。「マウンテン」中から声が聞こえる。「リバー」謎めいた暗号を返す。すると、もう一人のニンジャ、トリガーハッピーが内側から鍵を開けた。「誰かと思ったぜ。マッポを殺ったのか?」
「ああ、デッカー1にマッポが4だ。おい、待てよ……何だこりゃあ?……なんでババアも死んでんだ?」プラズマリザードは死体の襟首を掴んで持ち上げ、額の銃創を確認してから離した。黒ドレスを着た女性の死体は、UNIXチャブの上に落ち、タタミに転がった。横にはハッカーの死体もあった。
「俺じゃねえ」「手錠嵌めたババアがネンリキで自殺するか?トリガーハッピー=サン、お前が殺ったんだろ?」「しょうがねえだろ、暴れるもんだから」トリガーハッピーが弁解する。「バカ!」プラズマリザードは相手の胸板を押して口汚く罵った。「人質を!殺したら!カネが手に入らねえんだよ!」
「おい、その言い方は、流石の俺もちょいとカチンと来たぜ」トリガーハッピーは両手でプラズマリザードの胸板を押して突き放す。「デッカーが来たんなら、もうお前の作戦はオブツダンに片足を突っ込んだも同然じゃねえのか?脅迫IRC電話なんてトロくせえ事するから、こんな事になったんだろ?」
「上の言う通り暗殺なんざやってたら、俺たちの取り分が少ねえんだよ!だから誘拐にしたんだ!」プラズマリザードの瞳からバチバチと青白いアーク放電。もともと彼らがマルナゲされた仕事は、ネコソギ社の介入を拒んだメガコーポ重役の家族に対する恐怖攻撃……手段は問わない……であった。
「そもそもお前のプランがダセえんだ。見ろ!俺たちの事件の事なんざ、これっぽっちもニュースに出てこねえ!こんなんじゃ、ターゲットの家族をビビらせられねえだろ!?灰色のニューロンは詰まってんのか?」トリガーハッピーは、暗い部屋の中でノイズ混じりの光を放つ旧型のTVを指差した。
「いつからそんなに偉そうになった、トリガーハッピー=サン?」プラズマリザードはクナイ・ダートを抜いて自らの目の前にかざす。すると瞳から青白い電弧が放たれ、鋼鉄のクナイ・ダートにからみついた。「上等だ、カラテで決めようぜ」トリガーハッピーも黒いマシンピストルを両手に構えた。
その時、何者かがベランダに着地した。「おい、待て、ボスじゃねえのか?」トリガーハッピーは装甲スモーク窓に近づき、秘密の合い言葉を投げかけた。「マウンテン」「イヤーッ!」KRAAAAAAASH!突如窓ガラスが外側から蹴破られ、重いカラテキックが彼の鳩尾を抉る!「グワーッ!?」
「な、何者だテメェは!?」プラズマリザードが身構える。TVの明滅に照らされたその男は、まるでジゴクの死神めいた姿。赤黒い装束は所々が破れ、傷つき、焦げている。鋼鉄メンポが禍々しく変形し、軋んだ音を立て、瘴気を吐く。ぽたり、ぽたりと血の滴る音……腰には首級が四個吊られていた。
「ドーモ、プラズマリザード=サン、トリガーハッピー=サン、ニンジャスレイヤーです」彼は片目を赤く発光させながらアイサツする。その一挙手一投足に、ただならぬキリングオーラが宿る。「ドーモ、トリガーハッピーです」「ドーモ、プラズマリザードです。テメェ、何故俺たちの名を……!?」
ネオサイタマの死神は彼らのボスであるウォーヘッドの首級をぐいと持ち上げて嗤った。「オヌシらも後を追うがいい」「「イヤーッ!」」RATATATATA!トリガーハッピーがマシンピストルを連射する!プラズマリザードもクナイを投擲!「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーが跳躍する!
銃弾の雨をかいくぐり……多少の肉を削り取らせ……プラズマ・クナイの電弧に頬を掠めさせながら、殺戮者は襲いかかった。血の油を注された復讐という名の心臓がピストンの如く暴れ回り、全身にニンジャアドレナリンが駆け巡る!前方回転の勢いを乗せたカラテチョップが闇に光る!「イヤーッ!」
「グワーッ!」トリガーハッピーの肘が一撃で破壊され、折れ曲がった前腕部に握られたマシンピストルは、射撃者本人の顔面に重金属弾頭弾を数発発作的に叩き込む!フレンドリーファイア!「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの背後めがけて、プラズマリザードがクナイを連続投擲!
ナムサン!青白い電弧をまとったクナイが迫る!全て神経を狙っており、一発でも刺さればプラズマ・クナイは筋肉痙攣を引き起こす!「イヤーッ!」だが殺戮者は回避行動もとらず、目の前のトリガーハッピーへと痛烈なカラテ回し蹴り!命中!「グワーッ!」フスマを破壊しながら隣室へと吹っ飛ぶ!
ニンジャスレイヤーは血のように赤い光の軌跡を空中で二回転させ、低姿勢で背後を振り向く。「サツバツ!」そして瞬時に加速!次の敵へと突進!クナイ・ダートは何処へ?回転蹴りの勢いで高く回転していた生首に突き刺さり、電気刺激でウォーヘッドの目玉を不吉にウインクさせていた。ワザマエ!
相手は狂人か?復讐の獣か?カラテモンスターか?「イヤーッ!」プラズマリザードは瞳から威圧的にアーク放電し、ジュー・ジツを構えて応戦する!だが「イヤーッ!」「グワーッ!」狙い澄ましたカラテパンチが胸骨を砕く!「イヤーッ!」「グワーッ!」砕く!「イヤーッ!」「グワーッ!」砕く!
「グワーッ!」壁に叩き付けられるプラズマリザード!「……ハイクを詠め」「…バカめ……俺たちの……バックに何がついてるか……知ってんのかァ…?」「アマクダリ。オヌシらを皆殺しにする。……イイイヤアアァーッ!」ニンジャスレイヤーのカラテが敵の心臓を破壊し、背後の壁をも破壊する!
「サヨナラ!」プラズマリザードはメンポから血を吐き、砕けた壁と共に背後に倒れ、無人廃墟の隣家にある薄汚れた便器に頭から落下して爆発四散!ニンジャスレイヤーは鋼鉄メンポから瘴気を吐き出しつつ、背後を振り向く。トリガーハッピーの投擲した手榴弾がTVの明滅を受けて空中で鈍く光る。
「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは前傾姿勢で飛び出し、手榴弾を摑み取る。「イイイヤアアアーーーーーッハッハハハハハハ!!」隣室の壁際にいるトリガーハッピーが狂ったように笑いながら残った片腕でマシンピストルを乱射する!マズルフラッシュと騒音が荒れ果てた部屋を切り裂く!
殺戮者は壁と柱とオブツダンを左右に高速で蹴り渡り、銃弾を巧みに回避して飛び掛かる!襲撃時とは異なり、マシンピストルの弾はかすりもしない!「イヤーッハハハハハッハハハハハハハハアーッ!」発火炎がストロボめいて焚かれるたびに、赤黒い死神が接近し、接近し、接近し!
眼前で息がかかるほどの距離へ!ナラク・ニンジャはメンポの奥でにたりと邪悪に嗤う!「え?」トリガーハッピーのニンジャソウルが恐怖に呑まれた直後「イヤーッ!」手榴弾を握った手が腹に突き刺さった!「グワーッ!」血飛沫がスプリンクラーめいて噴出!ニンジャスレイヤーが大きくバック転!
「サツバツ!」ニンジャスレイヤーが手に纏わり付いた体液と血を振ってザンシンを決めた直後!「サヨナラ!」トリガーハッピーは手榴弾の起爆と同時に爆発四散した!
(((愉悦!だがサンシタ相手に危ない橋を渡りおって、フジキドよ……次の標的は知れていよう。憎悪が冷めぬうちに急ぐのだ!)))ナラクがニューロンの中で吠える。現在のフジキドとナラクは、危険なトモエ回転めいた状態にあり、両者の自我は憎悪という坩堝の中で熱され溶け合おうとしていた。
ニューロンが熱い。心臓が熱い。熱病のように。彼は割れた窓を睨んだ。次なるニンジャを殺す。その通りだ。だが先にやるべき事があった。軋む重機関車めいて鋼鉄メンポから断続的に蒸気を吐き出す。重重力惑星に着陸した宇宙飛行士の如く、苦しげに、一歩、また一歩と、別方向へ足を踏み出した。
憎悪によって発生した爆発的な暗黒カラテを虚無に散らすのではなく、鋼鉄ボイラーに閉じ込めるように、彼は己の左胸を抑えた。激痛が全身を苛む。一歩、また一歩。カブキ・カトゥーンめいた、滑稽で大仰な歩み。「トチノキ……」フジキドは呻いた。そして首を振る。幻覚や狂気に屈する気はない。
歯を食いしばれ。対峙しなければならぬ。フジキドは両目を開いた。重圧を跳ね返して体を起こす。向かい合わねばならぬ。彼は己の血塗れの手を見た。一歩、また一歩。これは彼の精神にとって極めて過酷な戦いであった。ある意味において、いかなるニンジャと対峙するよりも恐ろしいイクサであった。
彼はフスマの残骸を踏み越えて、最初の部屋へと戻った。カルト教団のサブリミナル啓蒙音声電波が混じった、TVニュースの音が聞こえる。「ザザザ……(((人類の魂は)))もはや覚えている方も少ないとは思いますが……(((クロックアップされ加速し)))……慰霊碑の撤去式典が行われ……」
TVの明滅は明後日の方向を向き、殺戮者を照らすことはなかった。死神は部屋の隅に向かって歩いた。壊れた冷蔵庫の陰から、柵越しに、小さな瞳が彼を見つめる。彼は一部始終を見ていた。部屋に明かりがほとんど無かったのが幸いだ。ここにいたのは人間ではない。埒外の、人外の怪物なのだから。
ニュース音声を背に、フジキドは歩み寄った。すでに蒸気は収まっていた。「ザザザザザ……その模様を再度放映いたします……(((人間性の定義など最早無意味)))……痛ましい事件ではありましたが……(((人類は次のステップへと進化し)))……社会はこれを乗り越え進まねばならず……」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは両腕に力を込め、彼を閉じ込めている粗悪な檻めいた柵を破壊し、放り投げた。混乱し怯え切っているのが解る。ここに放置すれば、何が起こるかは想像に難くない。それは見殺しにも等しい。ゴミ集積所には早くもハイエナたちが群がり、マッポの装備を剥いでいる。
満身創痍の死神は片膝をつき、恐怖に震えながら、血塗れの両手を差し伸べた。誘拐された子供は、嗚咽を漏らした。暗い室内には、大きな黒いシルエットしか見えない。そしてこの日、ネオサイタマの夜は珍しくも慈悲深かった。懐かしい重みを感じる。あの日突然に奪われた。子供が言った。「父さん」
トチノキよりも小さなその子は、覚束ない語彙で、もう一度言った。「父さん、ニンジャが、おばあちゃんが」「ニンジャなど居ない」フジキドは夜中に起きた子を諭すように、押し殺した声で言った。そして立ち上がり、背中を優しく叩いた。TV画面を睨みつける彼の両目からは、血の涙が流れていた。
死神はもはや恐怖を克服している。憎悪は失われたか?いまや、より強固になった。「悪い夢を見たのだ。そして悪い夢は追い払った。私にはまだ仕事がある。また後で会おう。またすぐ後で」「……大好き」小さな腕が殺戮者の肩を抱き返し、指を咥えて眠った。腰に吊った首級が小さくウインクした。
暫くして銃声が鳴り、正面のドアが破壊された。グレーターマッポに肩を担がれた半死のデッカーが踏み込んだのだ。「坊や、可哀相に…」サイバーサングラスは、室内に生命反応がひとつしか存在しないことを察知する。疲れ切った子供は老婦人の死体に抱かれ、ぼろぼろのカウチで寝息を立てていた。
ニンジャスレイヤーはすでに居ない。彼は昂りすぎた殺忍衝動を、赤熱した鋼鉄を冷ますように、ネオサイタマの夜を駆け抜けていた。アマクダリは邪悪なニンジャ組織であり、ディセンションは加速している。この先に何が起こるのかは想像に難くない。爆弾が爆発してからでは何もかもが遅いのだ。
【リフォージング・ザ・ヘイトレッド】終
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