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【バトル・オブ・ザ・ネスト】

◇総合目次 ◇エピソード一覧


この小説は2012年にニンジャスレイヤー物理書籍発売を記念して書き下ろされた、第3部時系列のショートエピソードです。そのTwitter連載時ログに若干の加筆修正を加え、アーカイブしています。このエピソードは物理書籍未収録です。第2部のコミカライズが現在チャンピオンRED誌上で行われています。



【バトル・オブ・ザ・ネスト】


 ギョクヤマ・ストリートに冷たい重金属酸性雨が降る。ネオサイタマ市警のツェッペリンから漢字サーチライトが気怠げに照射され、がらの悪い場末のサルーン『アタマ・ハンザイ』の前で艶めかしく欠伸するオイランドロイドと、その後ろに奴隷商人めいて立つ女衒ヤクザを無表情に撫でた。

 女衒ヤクザは、このちんけなネストの入口を守るガードマンでもある。入店を許可されるのは、顔見知りの老人か、地元のヨタモノ、あるいは事前に連絡のあった非合法組織のエージェントだけ。余所者の入店は、丁重にお断りされる。女衒ヤクザは腕時計を何度も確かめていた。

 定刻より少し遅れ、黒いLED傘をさした男が現れた。出で立ちは、襟を立てたサイバー・ピーコートにギャング帽。この男は雨の中に立ち、アタマ・ハンザイのネオン看板をしばらく見つめてから、女衒ヤクザの待つエントランスに向かった。オイランドロイドが男に優しく微笑みかけた。

「経験しますか? 経験しますか?」制御回路がおかしくなっているのか、オイランドロイドは何度もその言葉と欠伸を繰り返しながら、男の腕に絡みついた。「……この人はただの客じゃねえ」女衒ヤクザが初期化コマンドを叩くと、ドロイドは椅子に座り直した。「ドーモ、シツレイしました」と女衒ヤクザ。「他の連中はもう中に?」と傘の男が問うた。

「もう来てますよ。30分ほど前に。……お2人で来られる予定では?」女衒ヤクザが答え、問うた。その声からは、上位の暴力者に対するリスペクトが窺えた。カラテ有段者が高段者を一瞬の身のこなしだけで判断するように、ヤクザもそういった暴力の臭いを瞬時に嗅ぎ取るのだ。「運悪く、クルマが襲撃されてな……」LED傘の男は無表情に、どこか嫌世的に言った。

「それは大変でしたね」女衒ヤクザは愛想笑いを作ったが、あいにく冗談ではなかった。男は返事もせず、LED傘を閉じて立てかけた。それからタイガー墨絵の描かれたウエスタン扉に手をかけ、薄汚い店内を見渡した。フロアに漂う焦げたショーユの匂いがトリガとなり、この街で暮らしていた頃の記憶を、男のニューロンの片隅に再投影した。

 男の名はワタリ。とうの昔にギョクヤマ・ストリートを捨てたアウトローだ。彼は古巣に戻って来た。しかし、彼を覚えている者などいない。余所者嫌いのヨタモノや老人、そして屈強なバーテンの視線が彼に突き刺さった。『アタマ・ハンザイ』と書かれた緑色のネオン看板がバチバチと火花を散らして明滅し、一瞬だけ『ソクシ』と不吉な文字列を描き出した。

 冷たいネオンの火花を後ろに背負いながら、ワタリは扉を押し開け、バーカウンターに向かった。透明な薄型ボードの上には、アルコールやオニギリやサシミの値段だけでなく、各種違法素子や大トロ粉末、オイランに臓器、果てはチャカ・ガンの取引時価までがも明滅しながら表示されていた。

 カウンターに座ると、ワタリはぬるいビールを1杯頼んだ。ジョッキが乱暴に置かれた。それを一口だけ飲むと「デスアンコウ・ヤクザクランから、話し合いに来た」とだけ告げた。店内がしんと静まり返り、ヨタモノたちは耳をそばだてた。「これはシツレイしました」バーテンは恐れ入った表情を作り、フロアの奥、ノレンで隠された暗がりの向こうを指し示した。

「奥のサツキ個室へどうぞ……。皆さんお待ちです」「ああ」ワタリはまた無表情にビールを呷り、口の中の血の味を喉の奥に流し込んで、ジョッキを置いた。それから立ち上がり、フロアを横切って、宴会個室へと続く薄暗い廊下を歩いた。

 ワタリが見えなくなると、フロアの老人やヨタモノたちはまた酒を飲んで笑い、明日の無い語らいを始めた。ブーンブブブンブンブーン、ブーンブブブンブンブーン、シュワオーンシュワオオーン……2人組の老人バンドが演奏を再開し、軽妙な電子ベース音と、キーボード演奏によるギター音を静かに響かせた。

 それらのBGMを背負いながら、ワタリは「サ」「ツ」「キ」と書かれたノレンをくぐった。十二畳ほどの個室の真ん中に、背の高いチャブテーブルと椅子が一揃い置かれている。三人の先客が席に着き、スシを食いながら、彼の到着を待っていた。

 こいつはタフな「話し合い」になるぞ、とワタリはすぐに気づいた。ワタリが座るべき席には、空っぽの木製スシ・トレイと並んで、遅刻ケジメ用のドスダガーが置かれていたからだ。

「ブッダ、たちの悪いジョークだな」ワタリは抜き身のドスダガーを閉じて、バンブー製の筒に立て直した。その間にも、先客三人の表情や感情の機微を、抜かりなく読み取りながら。「ここに来る道すがら、クルマを襲撃されたんだ。少しの遅れは、大目に見てくれよ、なあ」

 先客の三人は顔を見合わせ、了承するように頷いた。「大変でしたね。まあ、スシを頼んでくださいよ」と、正面席に座る大柄なヤクザが言った。その目元はオレンジ光のサイバーサングラスに隠されていた。左席にはハッカー・カルトの男。両目をサイバネ化し、片腕にはIRC端末をインプラント。右席にはレインコートのフードを目深に被った厳ついギャングスタ。

「じゃあ、イカと……マグロを……」ワタリは椅子にかけると、チャブの下に隠されたUNIXキーボードを引き出して特筆的な速さでブラインドタッチし、バーカウンターにIRCメッセージを送った。天井のボンボリ灯が頼りなく明滅し、壁に貼られた『アブハチトラズ』『一方通行』などの警句を意味ありげに照らし出す。

 それから、しばしの沈黙。ブーンブブブンブンブーン、ブーンブブブンブンブーン……単調な電子ベースBGMがフロアから聞こえてくる。ヨタモノたちの笑い声がそれに混じる。やがてワタリが注文したイカ、マグロ、ビールが届き、彼がそれを口にすると、重苦しい雰囲気がようやく少し和らいだ。

「オツカレサマデス」「ドーモ」「ドーモ」「イカが美味しいですね」サツキ宴会室のアウトロー四人は、互いの腹を探り合いながらサケを呑み、スシを食った。彼らは先週このストリートで起こった「問題事」を調停すべく送り込まれた、四組織の交渉人である。

「問題事」は、今なお続いている。今夜、ワタリを乗せた車がここに向かう途中にRPG弾を撃ち込まれたのも、そうした「問題事」の一環だろう。だがワタリの遅刻や襲撃の件については、誰も敢えて触れようとはしなかった。

「昨日のオスモウ中継は見ましたか?」「すごかったですね」「スシが美味しいです」見え透いたはぐらかしや社交辞令が繰り返され、当たり障りの無い会話だけが続いた。時間だけが刻々と浪費されてゆく。ワタリは歯痒い思いで時計を見た。

 ウシミツ・アワーまで、あと1時間弱。それが今回の交渉のタイムリミットであり、この場にいる全員が、それを承知しているはずだ。ウシミツ・アワーまでに交渉がまとまらなければ、四組織は本格的な抗争に入り、この店とストリートは血に染まるだろう。

「ところで、ウチのナワバリについてだが」「まあまあ、デスアンコウ=サン、それよりもう一杯どうです? グラスが空いてますよ」「ああ、これはシツレイ……」ワタリは5杯目のビールを飲み干しながら、熟練のアウトローらしい狡猾さで交渉の主導権を握ろうとしたが、まるで上手くいかない。

 それどころか、いずれの組織も全く引く気が無いことがわかった。四組織すべてが、複雑に絡み合った「貸し」と「借り」を持ち合っており、この機会にそれを清算しに掛かっているのだ。

 制限時間は30分を切った。「礼拝の時間なので、少し席をはずします」「わかりました」「どうぞ」ようやく話がまとまりかけた所でハッカーが席を立ち、部屋の隅で定時礼拝を始めた。「……そして天使は2600Hzのクラリオンを高らかに吹き鳴らし……」不気味なハッカーチャントが響く中、他の三人は無言でスシを食べた。フロアからは、あのオイランドロイドのプログラムされた歌声が聞こえてきた。

 残り20分。ハッカーが定時礼拝を終えて席に戻った。「どこまで話したか忘れました」……おお、ナムサン! 交渉は再び振り出しに戻ってしまった。このまま調停交渉が失敗に終われば、いずれの組織もメンツが立たず、抗争が始まるだろう。既にワタリは、ひとつの結論に達していた。この場にいる他の交渉人全員が、それを望んでいるのではないか、と。

 ワタリは既に、他の交渉人たちが武器を持ち込んでいるのを見抜いている。正面のヤクザがチャカ。右のギャングスタが鉄パイプ。左のハッカーも何らかの非道サイバネ武器をインプラントしているに違いなかった。無論、ワタリ自身も殺しの道具を持ち合わせてはいるが。

 ここにいる誰もが、交渉は決裂すると踏んでいるのだろう。そして交渉が決裂すれば、この場にいる交渉人もまた、ウシミツ・アワーの鐘とともに一斉に武器を抜いて殺し合いを始めねばならない。それがギョクヤマ・ストリートに残された哀しき暗黒伝統だ。

 ワタリはライターを取り出し、煙草に火をつけ、一服した。いまや四組織は一触即発。抗争のテンションが最大限に張り詰めた時……組織が求めるのは全面戦争の撃鉄を叩きつけるための引き金であり、最初の引き金を引く役目は交渉人らが果たさねばならない。自らの血によって。

 ワタリはライターを胸元に仕舞いながら、黒くて硬い鋼鉄殺人武器の手触りを密かに確かめた。それこそは……おお、ナムアミダブツ……! スリケンである。ワタリの正体は、悪のニンジャ組織アマクダリ・セクトの末端に属するニンジャ……ペイバックだったのだ。

 残り10分。もはや殺し合いは避けられまい。ワタリはふと思いつき、最後のオーダーとしてショーユ・オニギリを4個頼んだ。それは彼が一介のヨタモノとして“巣”に通っていた頃の、遠い昔の癖だった。

「おい、煙草の後にショーユ・オニギリを、しかも4個だって? その特徴的なオーダー……もしかしてお前、ワタリ・ジロチョかよ?」トビッコ・スシを咀嚼し終えたギャングスタが、不意にサングラスを外して彼を見た。

 以前よりも遥かに凶悪な目つきであったが、確かに見覚えがあった。「もしや、クロイモリ=サンか?」とワタリは言った。「おいおい待てよ、お前ら……ワタリ=サンに、クロイモリ=サンだと?」大柄な正面のヤクザが身を乗り出した。「覚えてるか? 俺はアシガル・リョウヘイだ!」「もしかして、ハッカー・カルトのあんたは……ヤスシ=サン?」「ハイそうです」

 おお、何たる巡り合わせか……! 平安時代の哲学剣士ミヤモト・マサシがこの場にいたならば、サイオー・ホースのコトワザを詠んだであろう。彼らは全員このギョクヤマ・ストリートの出身者であった。そしてハイスクール卒業から20年後……彼らは偶然にも、このストリートの支配権をベン図積集合めいて狙う四つのアンダーグラウンド組織に所属していたのだ。

 残り5分。ショーユの香りと味が神経を刺激し、ワタリのニューロンに、一時的なセンチメントをもたらした。若き日の“巣”の記憶の輪郭を、おぼろげに浮かび上がらせた。だがそれは老朽ネオン文字めいて火花を散らし、再び、暗い闇の底へと沈んでゆく。他の三人も同様であった。彼らはいまや組織の代理人であり、組織は血と引金と撃鉄だけを求めているのだ。

 四人の誰もが、一瞬だけ蘇ったハイスクール時代の顔を捨て去り、再び交渉人の……いや、冷酷な殺人者の顔つきに変わっていった。笑い声が、どんどん乾いていった。「衝突回避は?」「まあ無理だな」「バンドでも組むか?」「年を取り過ぎた」「ウシミツ・アワーに何が起こるか、解っているだろうな」「ハイ」「悪く思うなよ」「こっちの台詞だぜ」

 ウシミツ・アワーまで、残り1分。ペイバックはこの三人を殺すイメージを完全にシミュレートし終え、鐘の音に備えていた。

 だがここで、信じ難いことが起こった。不意に、ノーレンをくぐって、一人の男が入ってきた。皆が一斉にそちらを見た。「ドーモ……」現れたのは店員ではなく、トレンチコートの襟を立て、ハンチング帽を目深に被る男であった。その男は、ただならぬ暴力の気配とキリングオーラを纏っていた。

 四人の犯罪者たちも気圧され、直ちには手を出さなかった。ハンチング帽の男は目元を隠したまま、ずかずかと歩いて、部屋の隅の空いた椅子に座った。(おい、あいつはデスアンコウ・ヤクザクランの……もう一人の交渉人か……?)アシガルが小声で問うた。(いいや、違う)ワタリが返す。

 椅子に座ったハンチング帽の男は、腕組みをしながら四人を見渡し、ジゴクめいた声で言った。「……この中にニンジャがいる。そして私は、そのニンジャを殺しに来た……」ナムアミダブツ。その荒唐無稽な言葉を聞き、皆が、ごくりと唾を呑んだ。

「おいおい、アンタ、一体、何モンだ……?」四人のうちの一人が、男にそう問うた。すると男はアイサツした。「……ドーモ、ニンジャスレイヤーです」と。その不吉な名前を聞くと、ペイバックは動揺し、小さく身震いした。反射的にアイサツすら返してしまうところであった。己の心音が際限なく大きくなり、フロアから聞こえてくる電子ベース音を塗り潰した。

 ニンジャスレイヤー、ニンジャを殺す者、ジゴクの猟犬、ネオサイタマの死神、狂った復讐鬼、ベイン・オブ・ソウカイヤ、暗黒非合法探偵、スゴイタカイビルの悪魔……その不吉な二つ名の数々は、アマクダリの末端ニンジャであるペイバックですらも知っている。その怪物が、突如現れたのだ。

 ペイバックの脳内でアドレナリンが湧き出し、危機に備えるよう告げていた。よく見れば、この男のハンチング帽の落とす影の下では、「忍」「殺」と刻まれたメンポが鈍い光を放っているではないか。ニンジャ装束をトレンチコートと帽子で隠しているのだ。完璧な変装である。ペイバックは汗を拭った。

 残り30秒。ニンジャスレイヤーと名乗る侵入者は、腕を組んで奇妙な呼吸を行いながら、一人一人の魂を品定めするかのように、四人の交渉人の顔を左から右へと、ゆっくりと、順番に睨みつけた。(((こうして俺のニンジャソウルを感知しようとしているのか?)))ペイバックは戦慄した。

 ウシミツ・アワーはもはや秒読み段階だ。一触即発アトモスフィアの中、ペイバックは己を鼓舞する。(((目の前の三人は簡単に殺せる。問題はニンジャスレイヤーだ……。この男を一撃で始末しなければならない。怪物と呼ばれる男だが、俺と同じニンジャであることに変わりはない。ならば殺せるはずだ……!)))ペイバックは呼吸を整え、殺人感覚を研ぎ澄ました。先程、クルマを襲撃してきたギャングどもを皆殺しにした時のように。

 残り5秒。ペイバックは室内の状況を素早く確認した。他の三人もただならぬ状況に脂汗を流し、己の武器に手をかけながらも、ちらちらとトレンチコートの狂人を見ている。(((奴が動かずとも、ウシミツ・アワーの鐘が突き鳴らされれば、他の三人が動く……! それに乗じ、俺のヒサツ・スリケンとソクシ・ジツで、ニンジャスレイヤーを殺す……!)))

 ……0秒! ネオサイタマ全域のジンジャ・カテドラルで、ウシミツ・アワーを告げる鐘が一斉に鳴り響いた!「「「「イヤーッ!」」」」四人の交渉人全員が同時に立ち上がり、コートやローブを脱ぎ捨てた! その下から現れたのは色違いのニンジャ装束! おお、ナムサン! ペイバックだけではなく、ここにいる全員がニンジャだったのである!

「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーもまた、鐘が鳴った0コンマ2秒後に、超人的速度で立ち上がっていた! 投げ捨てたトレンチコートとハンチング帽の下より現れたのは、赤黒いニンジャ装束! 右眼の瞳が小さな点に変わり、有無を言わせぬ殺意をたたえて、センコの如く赤々と燃え上がった!

 四人のシツレイなニンジャ達は、アイサツを返すこともなく、同時にニンジャスレイヤーに対してカラテやジツを浴びせかけた! ペイバックも右手でスリケンを投げながら左手を突き出し、ネンリキによって相手の心臓を握りつぶすソクシ・ジツの構えを取る!「イイイヤアアアアアーッ!」

 だがペイバックのカラテには乱れがあった! “巣”のヨタモノ仲間四人が、そして交渉人四人全員が、ニンジャソウル憑依者となっていた事実ゆえである!(((アマクダリはこの状況を把握していたのか? いや、末端のサンシタニンジャのことなど、もはや把握できていないのか? そもそも俺たちは……)))

「サツバツ!」ニンジャスレイヤーは敵の投擲武器やジツを紙一重でかわしながら、左から右へ、マシンガン一斉掃射めいてスリケンを連続投擲!「グワーッ!」ハッカーニンジャの喉元に命中!「グワーッ!」ヤクザニンジャの喉元に命中!「グワーッ!」ギャングスタニンジャの喉元に命中!

 無論、この距離ではニンジャスレイヤーも無傷とはゆかぬ! 彼は身体の所々にスリケンやクナイ・ダートを喰らいながらも、研ぎ澄まされた殺意と化してスリケンを投げ続けていた! これがカラテの力だ!「イヤーッ!」「グワーッ!」遂にスリケンがペイバックの喉元に!

 ペイバックは霞む視界の中、最後の力を振り絞り、ソクシ・ジツの左手に力を込めた。敵の心臓の感触が伝わってくる。一気に握りつぶしに掛かる。だがニンジャスレイヤーは顔をしかめ、ネンリキを心臓筋力で弾き返した! カラテだ! 喉元にスリケンを受けた四人のニンジャは力尽き、ほぼ同時に後ろに倒れて爆発四散した! 「「「「サヨナラ!!」」」」

 サツバツ! 鐘が鳴り始めてから決着まで、僅か2秒の出来事であった。ラストオーダーを取りに来たバーテンは、「サツキ」ノレンをくぐって部屋から出てくるハンチング帽の男を見て、不思議そうに首を捻った。それからバーテンは、宴会室に残された四つの爆発四散痕を見て、また首を捻った。

「ウォーホー!」「ウィーピピピー!」「前後したい!」「ウワー!」フロアには、酩酊したヨタモノたちの乾いた歓声や口笛が響き渡っていた。ギタリスト老人とベーシスト、そして壊れたオイランドロイドが即興でバンドを組み、電子マイコ音声で艶めかしい歌を歌い始めていたからだ。 

「エレクトリック経験ー」オイランドロイドは何度もそのフレーズを繰り返す。ヨタモノたちには歌詞など解らない。酩酊して笑うだけだ。片足で後ろに跳びはねながらベースを引いていた老人が、トレンチコートにハンチング帽の男……フジキド・ケンジにぶつかった。「おっとっと、シツレイ」

「ドーモ、こちらこそシツレイ……」フジキドはハンチング帽の端をつまみ、老人に小さく一礼した。彼の顔を覆っていた「忍」「殺」メンポは、いつの間にか消えていた。スリケンと血の跡はトレンチコートに覆い隠されていた。ブーンブブブンブンブーン……ベースを弾きながら、老人は目をぱちぱちさせた。「あんた、見ない顔だ」「ああ、来る店を間違えたらしい」

 フジキド・ケンジは老人に乾いた笑みを投げてから、再び厳粛なる殺戮者の顔に戻って、エントランスに向き直り、重い足取りでタイガー墨絵の扉を押し開けた。外では重金属酸性雨がしとしとと降り続けていた。四組織の調停交渉は明確な勝者なしで有耶無耶に終わり、一ヶ月後に非ニンジャの交渉人が再度集った。



【バトル・オブ・ザ・ネスト】終わり


N-FILES

場末のサルーン「アタマ・ハンザイ」に、一触即発の状態にあった地元のアンダーグラウンド4組織から、4人の交渉人が集合した。驚くべきことに、彼ら4人は全員が幼馴染。そして今はニンジャであった。衝突不可避のアトモスフィアの中、招かれざる5人目のニンジャが何の前触れもなく現れ……。メイン著者はフィリップ・N・モーゼズ。

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