見出し画像

S4第8話【ビースト・オブ・マッポーカリプス 前編】分割版 #5

◇メンバーシップ ◇初めて購読した方へ
◇まとめ版で読む

4 ←


5

 コトブキは両手で紙コップを持ち、難しい顔でコブチャを啜った。「時間の流れがはっきりしません。わたしの体内時計に齟齬があります。どうもおかしいです」「やはり、そうですか」マークスリーは店内のディジタル時計を見て表情を曇らせた。「このビル自体が、もはや尋常の領域ではないと理解すべきなのでしょう」

 美少年はカタナの柄に手をかけ、幾度か店の外に注意を向けた。テナント街は死んだように静まり返っている。「マークスリー=サン」「……」「リバティ=サンと呼んだほうがよいですね。まだ慣れなくて」「いえ……」言いかけ、美少年は首を振って、「はい。リバティが嬉しく思います」と答えた。

「わかりました。リバティ=サン」コトブキは頷いた。当初の剣呑なアトモスフィアは、この直前までの逃走劇を経て、幾分緩和されていた。『状況は010001どうだ』タキのIRC通信は継続している。奇妙だった。ビル内は時間の流れが一定していない。いつのタキだろう?「苦戦しています」彼女は答えた。

 リバティの視線を受け、コトブキはやや考えた後、明かした。「外のタキ=サンとの通信が確立しました。これで状況が把握できます。不安なのは、どうも外では随分と日にちが進んでいるようなのです。まるでウラシマ・ニンジャです」「ウラシマ」「ニンジャスレイヤー=サンは実物と戦ったらしいです」

「実物? ウラシマ・ニンジャとですか? バカな」「私も、あまり詳しい話は知りません。どうしてこんな事を私は話しているのでしょう。それより、あなたは何故死なずに済んだのですか?」コトブキは唐突に尋ねた。「それは」リバティは言葉に詰まった。先程の問いが、あらためて発せられたのだ。


◆◆◆


 しばし前。コトブキとリバティは、このマルノウチ・スゴイタカイビルの地下深く、謎の空洞に居たのである。二人の目の前にはオベリスクが祀られ、その前に、神秘的なアトモスフィアを放つ古い茶器が鎮座していた。それは実際、マツナガ・ニンジャとオダ・ニンジャ因縁の品……「ヒラグモ」であった。

『なんてこと! やはり、これは!』IRC通信のナンシーが驚愕した。コトブキは返した。「ナンシー=サン! 茶器が! ここにある茶器に、上から強い光が降り注ぎましたよ!」『ええ。茶器。私も今、言霊空間上で、形而上の茶器を見ているわ』「邪悪な儀式のパワーが溜まったのですね! 破壊します!」

 コトブキは決断的に拳を固め、振り上げた。「ハイヤーッ!」「いけない! 短絡は!」リバティが割って入り、思い留まらせようとした。コトブキは抵抗した。「やめてください! 邪魔をするのですか?」「ヒラグモは爆発するおそれがあります! 危険な茶器です」『破壊してはダメ!』ナンシーも強調した。

『儀式が集めた巨大なエネルギーが、ヒラグモに注がれた。少なくとも、今はまだ破壊はダメ。敵の陰謀に対する切り札にもなりうる。とにかく、今すぐ私がどうにかする。だから……0100101』ナンシーの通信が乱れた。『メエエエエエイイイイイヘエエエムウウウウウ!』邪悪なノイズが混線した。

「ンアアアアッ!」コトブキはIRCフィードバックに苦しみ、頭を押さえた。リバティが気遣った。「どうしました!?」「平気……です。ノイズは去りました」首を振り、そして呆然とした。「でも……通信が……途絶……」リバティは状況を確認しようとして……背後を振り返った。「まずい」

「ムーブムーブムーブ!」「警戒を怠るな!」「恐らく、パイラミッダル=サンを爆発四散させた相手が潜伏している!」黒い装備に金のセトの目を刺繍した装備に身を包んだ企業兵の一団が、油断ない言葉をかわしながら、大空洞にしめやかに進入してきた。

「エネアド……!」トリイの陰に身を潜めたコトブキは、彼らの姿に身震いした。「エネアド社の戦士たちです。強行突破しなければ……!」「シッ」リバティが制した。「それは最後の手段です」「そうですね」コトブキは頷いた。エネアド兵の一団にはニンジャ戦士も含まれている。危険だ。

「対ニンジャ兵装の使用は全て許可する。パイラミッダル=サンを倒したからには、十中八九ニンジャ。それも、戦闘訓練を受けた者だ!」隊長格のニンジャが命じた。「ハイ、ディヴィナー=サン」「必殺致します!」兵士達は危険な電磁ライフルをアクティベートした。

(状況が悪化する……! 打って出ねば……)コトブキは呻いた。実際、普段の平静なコトブキからすれば、今の彼女は、ややバランスを欠いていた。その要因のひとつでもあるリバティは、それを自覚し、心苦しそうにしつつも、あくまで紳士的に、穏やかに首を振って落ち着かせた。(逸らずに。僕に、策があります)

(策とは?)(あの男が、僕を失望させるような輩でないのならば……!)リバティはひとりごちた。そして懐から奇妙な布を取り出した。ハンケチめいて、ごく小さく畳まれた布は、広げると大きなマントのように展開された。(タンモノ・オブ・コンシーリングといいます。神話時代の呪物です)

(まあ)(メカニズムはわかりません。胡乱な品だ。だが、僕の血中カラテを触媒に機能します。その最中は戦えなくなりますが……やり過ごす事ができる)リバティは自身とコトブキの上から奇妙な布をかぶせた。布を二人で支え、息を殺す。やがて兵士達は電磁ライフルでクリアリングを行いながらオベリスクに至る。

「クリア」「クリア」……エネアド兵は隊列を展開させ、警戒姿勢を維持。ディヴィナーは進み出、オベリスクの前にしゃがんだ。彼女は冷たい金のメンポの奥で目を細めた。コトブキとリバティはトリイの柱とほとんど一体化したようになりながら、その一部始終を見守る。

 ディヴィナーは手にしたカウンターをかざす。キュウイイイー。甲高い音を発し、カウンターの液晶パネルに「正常」の漢字が灯る。「フム」ディヴィナーは頷き、立ち上がった。「このまま警戒を維持せよ」「「ハイヨロコンデー!」」エネアド兵は彫像めいて警戒……ディヴィナーが反応! 銃口が向く!

 エネアド兵が銃を向けた先は、リバティ達の方向ではなかった。彼らが注意するのは来た道だ。赤い走査レーザーを受けながら、平然と歩いてくる女の姿があった。「近づくな!」「そこのお前!」「おやおや」進み来た女が、たおやかに笑った。ディヴィナーが慌てた。「よせ! 貴様たち!」

 要領を得ない兵士は警告を続けた。「近づ……」バッ。バ。バッ。奇妙な風切り音が数度。女は瞬きごとに瞬間移動じみて距離を詰め、銃を構えたエネアド兵の顔面を掴んでいた。コキ、と音を立てて、無雑作にその首を折って殺したとき、ディヴィナーは地を這うように最オジギしていた。「お許しを!」

 エネアド兵達は困惑しながら、隊長に倣った。上司よりもオジギが浅いことはあり得ぬ。彼らはドゲザした。「ティアマト=サン。ヒラグモの無事を確認しております!」「クルシュナイ」ティアマトはディヴィナーの顎に指を添えて上向かせ、目を細めて微笑んだ。そしてヒラグモをあらためた。

(……!)(……!)タンモノの陰で、コトブキとリバティは目で会話した。ティアマトはヒラグモの表面を撫でた。「入っておる……入っておる」「ティアマト=サン。パイラミッダル=サンが倒されております。下手人はこの空洞内に逃れたと目しております。僭越ながら、御身もどうか、ご警戒を」

「それじゃ。異を感じたぞ。面白いのう」ティアマトは鈴の音めいて笑い、ヒラグモを取り上げた。そして無雑作に、懐にしまい入れた。「次の狩りまで時間もある。ならば携えておこうの」「は」「この地の防備はそなたに任せた。ディヴィナー=サン」「ア……」ディヴィナーは陶然とした。「ハイ……」

 ティアマトは地面の岩の表面に視線を彷徨わせる。彼女の凝視はやがてトリイの柱に向かっていった。「痕は残せど、姿なし、文明の玩具をもってしても見破ること能わず。と、なれば」彼女はそれ以上詮索しなかった。実際、その時には、コトブキとリバティは息を殺してステルス移動を開始していたのだ。

 空洞から脱出し、上の地下駐車場を抜けたところで、初めてリバティはタンモノの力を解除した。彼の目はしばし真っ赤に充血していた。それがステルスの力の負担を示していた。「あれは、まずい」リバティは呻くように言った。「何と恐るべきニンジャ……!」「極めて邪悪な、宿敵です」と、コトブキ。

「そろそろ教えてもらいましょう」「何ですか?」リバティはコトブキを見た。コトブキは言った。「あなたは何故、死なずに済んだのですか?」


◆◆◆


(実際、君は私に感謝すべきといえば、フム……感謝すべきかもしれん。君の死を偽装し、カリュドーンの儀式から離脱せしめたのは、控えめに言って私の根回しによるのだからね。この、スカーレットの)ネオサイタマのバラック小屋に満身創痍の彼を運び込んだ男は、椅子にかけ、自信に満ちて、足を組み替えた。

ここから先は

3,063字 / 2画像

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?