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【アウェイクニング・イン・ジ・アビス】後編

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。


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4

 既にジルコニア率いる探索チームは四人のニンジャだけとなっていた。ジルコニアは実にザイバツ・マスターニンジャの規範めいた無慈悲さを発揮し、この遺跡が用意したデストラップの数々に人海戦術で挑んだ。ためらう事なく、クローンヤクザを次々に使い潰して行ったのだ。

 第十の試練門を開いた先、彼らを出迎えたのは、井戸の底めいた円柱状の竪穴の底であった。広さは……実際広い。そして天井は見えぬ。竪穴は遥か頭上へ真っ直ぐ伸び、闇に溶けているのだ。

 竪穴の底めいた空間の反対側にある門は、今までの試練門とは比較にならぬほどに巨大だ。門の左右には12メートル程はある戦士像が厳かに立ち、片手で棍棒を振り上げ、片手を前に出して、侵入者を警告している。「感じるぞ。近い筈」メイガスは呟いた。彼のニンジャ第六感は四人の中で最も強い。

「想定内の戦力消費で辿り着いたな」ジルコニアが冷たく言った。シャドウウィーヴは緊張してジルコニアの酷薄そうな横顔を見た。次にデストラップがあれば、飛び込んでゆくのは自分だろうか?彼はクローンヤクザという存在に慣れることが出来なかった。人間ではないが機械でも無い。命ある者達だ。

 不平も言わず罠へ飛び込み、人柱めいて道を築いた彼らの事は、深く考えぬようにした。それらを物として扱うジルコニアの事も。シャドウウィーヴ自身、ニンジャになるにあたって怒りのまま非道な大量殺戮を果たした。だがそれは彼自身の心で消化できる殺しだ。クローンヤクザの存在は不気味だ……。

「聖なるヌンチャク。そしてコーデックス(写本)」ジルコニアは巨大な門を見上げた。「ショーグン・オーヴァーロードの治世をも超える、来たるべき究極の格差社会。そのカギが目と鼻の先に……」「おそらくはこの門が最終の試練門」メイガスがうっそりと言った。

 ジルコニアは頷いた。「神器が揃えば、既に並ぶ物なきロードの御力がより一層に磐石のものとなる。我々がそのしるべとなる事ができる。光栄な事だ」シャドウウィーヴは唾を飲んだ。ここまでの道程で、ジルコニアの二心は確認できなかった。証拠となる品はもちろん、言動、アトモスフィアにおいても。

 シャドウウィーヴはソルヴェントを見た。やや不安げに、マスターの次の指示を見守っている。シャドウウィーヴの心に安堵めいたものが広がった。(ジルコニア隊による神器破壊のおそれは、グランドマスター・パラゴン=サンの杞憂だったという事なんだ……きっとそうだ。そうに違いない)

「マスター・ジルコニア=サン」シャドウウィーヴは言った。「何だ?小僧っ子」ジルコニアは彼を見返した。沈思黙考を破るなと言いたげだ。彼の心はチリチリとささくれた。複雑な思いだ。このまま探索が問題無く終わればソルヴェントと戦う事も無い。だがジルコニアは貴族主義派閥の男……。

「三神器とは……そしてコーデックスとは、何なのでしょう」「差し出がましいぞ、小僧」ジルコニアは冷たく言った。「我々がそれを知る必要は無い。全てはロードの御意志のままに」「申し訳ありません!」シャドウウィーヴは素早く頭を下げて謝罪した。「愚鈍に過ぎました!」 

「ガキは口を閉じておけ」ジルコニアは言い捨て、巨大門に向き直った。シャドウウィーヴは屈辱に震えた。しかしながら、やはりジルコニアには二心無しと結論づけるのが妥当と思えた。彼はダークニンジャから伝えられた今回のミッションの背景に思いを馳せる。

 パラゴンの疑念は、キョート城に幽閉されている神秘ニンジャ、アラクニッドの占いに基づいている。彼はアラクニッドから、神器に迫る暗黒の危機を伝えられた。それから何がしかのやりとりが懲罰騎士ダークニンジャとの間で為され、今回のミッションが下されたのだ。(占いは占いなんだ)

 アラクニッドはソウカイヤの首領の死を予言した。これによりギルドは電撃的なネオサイタマ攻略作戦を成功させる事ができた。(とはいえ、占いは占いなんだ)シャドウウィーヴは俯いた。(帰ろう。地上へ。ここは苦しい)

「帰るがよい!」割れ鐘めいた怒声が広間に響き渡った。シャドウウィーヴは悲鳴を押し殺した。だが、他の三人も周囲を見渡している。自分が言われたのではない!そして、見よ、壁面を螺旋に沿って石の板が迫り出す!突然生まれた螺旋階段は頭上の闇まで続いている!

「お主らの探索は報われた。十分な宝を持ち、凱旋せよ!階段を用いて帰還せよ!」割れ鐘声が告げる。そして広間の中央の床が開き、黄金のダルマが迫り上がってきた。その両目は巨大なダイヤだ!「宝だ!」ソルヴェントが思わず叫んだ。ジルコニアは彼を睨んだ。「未熟者!」「アイエッ!」

「ケチなダルマ一つで今回の探索に十分と思うか?ケジメものの不覚悟だ、ソルヴェント=サン!」「アイエエッ!申し訳……!」「まあよい。我々の目的はあくまでこの先だ。仮にもこのジルコニアのアプレンティスが、そこの小僧のごときサンシタを退けるための、しみったれた宝に惑わされるな!」

「はい!絶対に、はい!申し訳ありません!どうか!」ソルヴェントはドゲザした。「どうかお許しを!」シャドウウィーヴの胸がちくりと痛んだ。「……最後の試練はすなわちそのダルマだ」メイガスは素早くウミノのメモを頭から総ざらいし、呟いた。「恐らくこれ以上の罠は無し」「恐らく、か」

 ジルコニアはシャドウウィーヴを見た。「貴様、やれ」「……?」「貴様が門を開け、シャドウウィーヴ=サン。役に立て」ジルコニアの目は冷酷だった。シャドウウィーヴのニューロンに、八つ裂きで死んだクローンヤクザのビジョンが走った。彼は蒼白になりながら頷いた。「ヨロコンデー!」

 ドォン……再び太鼓めいた音が響いた。折に触れ、繰り返し聴こえてきた音だ。結局その音の正体はわからぬまま……「なにをボサッとしておるか。やれ」「ハイ!」シャドウウィーヴはソルヴェントを見た。彼は目を逸らした。

 大門に手をかけ、押す。シャドウウィーヴが力を込めると、意外なほどに容易く、門は両側に開き始めた。「……!」さらに押す。門が開いてゆく……その先にあったのは、円くくり抜かれた床だ。底が見えぬ。そして人一人が通れる程度の幅の石の橋が、中央の小さな足場へ伸びている。そこには……。

「あれだ……」背後でジルコニアが呻いた。「間違いなし。聖なるヌンチャク。そしてコーデックスだ!」メイガスが言った。シャドウウィーヴは石の橋の先の足場に立つ黒檀のニンジャ像を見た。像が片手に持つ武器は、同様に黒檀で作られたヌンチャク!そしてもう片方の手には、コーデックス!

「行け。何をしている」ジルコニアが命じた。「あそこの秘宝を取って戻れ、シャドウウィーヴ=サン。ガキのお使いよりも簡単な仕事だぞ。やれ」「ヨロコンデー!」シャドウウィーヴは即答した。石橋へ踏み出す。一歩。二歩。(どうってこと無い……どうってこと無い。他の事を考えろ)

 彼は黒檀のニンジャ像へ一歩一歩歩みを進めながら、とりとめもなく考える。(ダークニンジャ=サンは褒めてくれるだろうか?パープルタコ=サンは?初めての単独ミッション……俺を男と認めてくれるだろうか?……それは無いかな……裏切りは無かった、いわば不発。俺は何もしていない)

 この遺跡で彼のした事といえば、意地の悪いマスターニンジャに顎で使われ、こうして捨て石の扱い……情けない。彼はそろそろと歩みを進め、ようやく中央の小島めいた足場に到達した。コーデックスを取り、懐へしまう。そしてヌンチャクを掴み取った。彼はもときた道を振り返った。

 そして、遠くに見える、もと来た広間の光景に目を見張った。おそらくは竪穴のはるか上から、よくわからぬ黒い泥……巨大なヘドロ塊めいた何かが降ってきて、べしゃりと地面に広がった、その瞬間を……。


◆◆◆


「ここだ、例のこれだぜ!」ガンドーはウミノのメモを突き出した。そして床に埋め込まれた金属板を示す。そこには「入るは一人、出るは二人」と書かれている。彼らの目の前には川が流れていた。激流だ。そして細い石橋。血みどろだ。石橋には全部で17のトリイがある。だが……。 

「ウープス」ガンドーは顔をしかめた。石橋の上にはクローンヤクザの 惨殺体が無数に転がっている。鋭利な刃物で切断された遺体である。「待て」ニンジャスレイヤーはニンジャ視力でトリイ・ゲートの秘密を見て取った。「ギロチンだ」全てのトリイ・ゲートの上部に鋭利な刃が仕込まれている!

「入るは一人、出るのは二人」ガンドーが呻いた。「二人?二つの間違いだよな?」「……」ニンジャスレイヤーは腕組みして沈思黙考した。「メモには続く文言があったはずだ」「ああ、そうだな」ガンドーはメモを見返す。「ゴリラの背を鳴らし、しかるのち、災厄のニンジャを正しき順序で唱えよ」

「それらしい物は」ニンジャスレイヤーはこちら側の岸を見渡す。金属板の他には何も無し。ガンドーが目を細めてトリイゲート列の奥……向こう岸を見やった。「……ありゃ何だ?俺にはよく見えんが、何か無いか?」「……」ニンジャスレイヤーはニンジャ視力で奥の闇を見通した。

 向こう岸、鳥居の列を真っ直ぐ抜けた突き当たりの壁に、「汝の多いニンジャ腕力を試したい」と古代フォントで刻まれた金属板がある。金属板には文章の下に円い印がつけられている。「……」ニンジャスレイヤーは考える。これまで通過した仕掛けはニンジャとしての能力を試す物が多かった。

 となれば、これもまた……。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはおもむろにスリケンを投擲した。スリケンは真っ直ぐに17のトリイゲートを通過し、見事な狙いで、対岸の壁の印に突き刺さった。するとどうだ、こちら側の岸の地面の例の金属板が、音を立てて迫り上がったではないか!

 迫り出した床のそれは四角い柱となった。柱の四側面にはそれぞれ窪みがあり、小指ほどの小さな鐘が吊り下げられている。ガンドーは口笛を吹いた。ニンジャスレイヤーが問う「コンパスはあるか」「こんな地下深くで効くかね」ガンドーは携帯端末を取り出した。「ああ、こっちが北だ。で、どうする」

「ゴリラの背を鳴らせ、だ」とニンジャスレイヤー。ガンドーは頷いた。ガイオンのゴリラ門は東にある。これは四聖獣の伝説由来だ。ガンドーは西側の鐘を銃の背で小突いた。澄んだ音が鳴り、柱の天辺から、さらに小さな四角柱が迫り上がった。「災厄のニンジャだな」とガンドー。

 柱の四側面にはそれぞれ、「イクサ(原註:war)」「ゼツメツ(原註:death)」「ヤマイ(原註:pestilence)」「キキン(原註:famine)」と書かれている。「オイオイオイ、災厄のニンジャだと?黙示録の四騎士だろ。聖書だ」ガンドーが両手を広げた。「どういうこった」

 禍々しいルーンカタカナ……そこに込められた何らかの示唆、秘密が、非ニンジャであるガンドーにもたらす悪影響を、ニンジャスレイヤーは直感的に恐れた。「正き順序と言ったか?」彼はガンドーを遮った。ガンドーは彼を見返した。「……ん?ああ。黙示録の四騎士の順序って事だろうな。ワカル」

「正しき順序。となれば、ヤマイ、イクサ、キキン、ゼツメツって事になる。名を呼ぶ?声に出す?まさかだよな」とガンドー。「てことは再度鐘だ。今度は四聖獣じゃねえ。上の四騎士を見ながら、同じ方向の側面の鐘を、こう……」ガンドーはためらう事無く、鐘を叩いていく。

 四度、違った音程の鐘の音が地下空間を揺らす。アタリだ!唸りを上げて、17の危険なトリイゲートを列した石橋が180度回転!トリイゲート列が下を、まっさらな面が上を向いた。逆さになったクローンヤクザの惨殺体は全て下へ落ち、激流に流された。

「行こうぜ」ガンドーは親指で行く手を示した。「ガンドー=サン」ニンジャスレイヤーが名を呼んだ。「あン?」「よからぬ予感がするのだ」「何だよ、いきなり」「ここは侵入者のニンジャとしての力を試す場所だ。オヌシはニンジャではない。仮にこの後、我々に等しく罠が発動する事があれば」

「ああ?」「……等しく罠が発動する事があれば、私でもオヌシを守りきれる自信は無い」「……」ガンドーは肩をすくめた。「ああ。仕方ねえ。ヤバくなりゃトンズラさ」ガンドーは肩をすくめ、素直に言った。「大変そうだけどな」「分断された時は地上で落ち合う」ニンジャスレイヤーは言った。

「いいぜ。そん時はIRCだ。探偵のカンだが、この手の建物は地上へのショートカットが所々にあるもんさ」ガンドーは言った。「もちろんそうそう脱落するつもりはねェぞ」……ニンジャスレイヤーは頷いた。「次の門だ」

 二者はためらう事無く次なる門を開け放った。窮屈な直進通路だ。両側の壁には稚拙な筆致で何らかの伝説の絵巻が描かれている。ここまでの道のり、それぞれの区画に描かれるモチーフには相互のつながりが無く、その出来栄えもまちまちである。その統一感の無さに、かえって奇怪な迫力があった。

 壁画のモチーフは実際何であろう?筏が小さな島に打ち上げられると、生き残った老人は、老木がただひとつぶら下げた果実を見出す。桃めいた果実を老人は捧げ持つ。それを洞窟の闇の中から、無数の目が見つめている。「そんな事を言っていたら、早速別れ道と来たぜ」ガンドーが指差した。

 現れたのはT字の別れ道だ。突き当たりの壁には金属板が貼られ、「ニンジャ知恵と規則」と書かれている。左右の道はどちらもタタミ1枚程度で行き止まりだ。だが、どちらの行き止まりにも、ヒビ割れた粘土像がある。ガーゴイルめいて遺跡を守護する戦士像、ハニワだ!

「これってのはよ……」ガンドーは頭を掻いた。ニンジャスレイヤーは金属板に目を近づけた。「微かに副文が読み取れるようだ。……『英雄と介添人を要する。介添人無くば去るべし。王子と乞食に扮する』?」「童話か?」ガンドーは言った。「ハニワと関係ねぇよな」

 ガンドーは左右のハニワを見比べた。「介添人ってのは俺の事かね?気に入らねえがまあいい。……アレだ、それぞれが左右のハニワのところへ行くんだろ、まずは」「他に無かろうな」ニンジャスレイヤーは頷いた。ニンジャスレイヤーは左、ガンドーは右のハニワのもとへ移動し、向かい合った。

「よし。俺が介添人だ。そっちのハニワのほうが偉そうなナリをしてる」ガンドーは反対側のニンジャスレイヤーに向かって言った。「英雄ってのはニンジャだろ。介添人は俺のような非ニンジャって事だ。両方ニンジャでもいいんだろうが、とにかく英雄側はニンジャだ」

 ガンドーはハニワの頭頂部にレバーを見つけた。「こうしていても仕方ねェ。やっちまうぞ」「よかろう」ニンジャスレイヤーが頷いた。ガンドーはレバーを引いた。即座に鉄格子が落下し、二者をそれぞれのハニワとともに閉じ込める!そしてガーランド銃めいた金属音が鳴った。チーン!

 そして、ナムサン!天井がゆっくりと下がってくる!押し潰される!「ヤバイヤバイヤバイ!」ガンドーは横の壁に銃眼めいた隙間が開き、その奥に文字が表示された事に気づいた。『右45』「エッ!?」「どうした!」「ああ、ワカル!回すんだぜ!」ガンドーはハニワの両脇を抱えた。回る!

「右45度!」ガンドーはハニワを回す!「何だと?」ニンジャスレイヤーは迫り来る天井とガンドーを交互に見た。ガンドーは叫んだ。「王子と乞食!あの寓話だ!服の下はお互いそっくりだ!わかるか!同じだ!同じように動く!動かす!」天井が迫る!ニンジャスレイヤーは理解! 右45度!

 ニンジャスレイヤーがハニワを回し終えると、ガーランド銃めいたチーン音が再び鳴り、天井の高さがリセットされた。だがまた下がってくる!先程より速い!ガンドーは壁を見る。「左180」!回す!ニンジャスレイヤーはニンジャ動体視力で回す角度を目視確認!同様に左180度! 

 チーン!再び天井の高さが戻る!そしてさらに速く下がってくる!ガンドーは表示板を見る。左105度!ナムサン、口で言っていては間に合わぬ!だがニンジャスレイヤーはそれを承知している。つまりこれはニンジャ動体視力の勝負!目視確認!左105度!チーン!

 右40度!チーン!左90度!チーン!右240度!チーン!右90度!チーン!左720度!チーン!おお、ゴウランガ!眼に焼き付けるがよい!古代人の仕掛けとの、全く馬鹿げた、だが命がけ、死と隣り合わせのジゴクめいた強制遊戯!「イイイイヤァァァーッ!」

 ガゴン!鉄格子が跳ね上がる!天井がリセットされた。下がらない。ニンジャスレイヤーとガンドーは荒い息を吐きながら分岐点に戻ってきた。おお、見よ、金属板があったはずの分岐点に口が開き、下へと降りる階段が現れているではないか!「ヘッ!」ガンドーは獰猛に笑った。「何でも来やがれ!」


◆◆◆


 高高度を落下し、ドップリと床にたわんだ黒い巨塊は、四方八方へその触手を跳ね散らかし広がった。その表面潮力が破られると、中から二人の男が現れた。タールめいた物質は意外にも、こびりついたり染みる事無く、彼らの足元に澱んだ。三人のザイバツ・ニンジャは咄嗟にそれを包囲し、構えた。

「アー……」拘束衣めいたニンジャ装束を着た男が小首を傾げ、耳穴をほじくりながら、彼ら三人を順繰りに見た。メンポは着けているが頭巾は無く、黒髪は逆立ち、眠たげな目が、よからぬ期待に濁っている。「いる?アイツ。いねェんじゃねェの?これ。よォ」「……ああ。いないようだ」

 もう一人は顔全体を覆う不穏なメンポを装着していた。そして白いニンジャ装束の上体をはだけている。それもそのはず、その両腕は絶対的に間違ったバランスであったのだ。重機、あるいは鉄塊めいたサイバネアーム……腕先が床まであり、指は無骨なマニピュレーターだ。

「……まあいいか?」拘束衣のニンジャは片割れを見やった。「なンか あるだろ、こいつら殺せば」「ああ」片割れは頷いた。「何者だ、貴様らは!」ソルヴェントが誰何した。拘束衣のニンジャは無視し、続けた。「なァ、ちゃんと待ってるよな?アズールは。待ってるよな?俺らが戻るまで」

「待っているさ」片割れはまた頷いた。「あれは一人では何も出来ない」「そうかァ!」彼は邪悪な光で瞳を爛々と輝かせた。そして見渡す「ドーモ、デスドレインってンだよォ俺は!こいつはランペイジ!テメェらアイサツしろよォ!ダークニンジャがいねェのはわかったよ!どいつがジルコニアだ?」

「エッ!?」ソルヴェントは戸惑ってジルコニアを見た。ジルコニアは冷静にアイサツを返した。「ドーモ、はじめましてデスドレイン=サン。ジルコニアです。……貴様らは例のオミヤゲ・ストリートの賊どもか」「知ってンの?」デスドレインは身を乗り出す。

「俺、お前宛の何かマキモノを運んでたザイバツの、エート」ランペイジを見る。「……ブロンズデーモン」「そう!そのゴミと遊んでやったよ。糞だめに突っ込んで殺してやったんだ。命乞いするのをさ。観察してたンだ俺達。まあいいや、それでな、ダークニンジャがここにいるンじゃねえの?って」

「旧いな、その情報は」ジルコニアは眉ひとつ動かさず答えた。「行き当たりばったりのクズ虫。わざわざそのためにここまで来たか。あまりにも愚か」「上から真下へ穴掘って来たンだ、こいつの腕で。……ランペイジ!あの弱っちい奴、殺せ。見てらンねェ。オドオドしてっから」「わかった」

 ランペイジはソルヴェントめがけ真っ直ぐに歩いてゆく。「何だと!?畜生!来るな!」ソルヴェントは後ずさる。一方デスドレインはジルコニアに向き直った。「お前、ダークニンジャのかわりだ、お前!お前ちったァやンのか?え?やンのかよ?」メイガスは床に膝をつく。その姿が白く輝きだす。

「イヤーッ!」ランペイジが踏み込む!恐るべきストレートパンチがソルヴェントに向けて撃ち出される!「……イヤーッ!」ソルヴェントは瞬間的に足元の床へ沈み、逃れようとした。石にすら潜り込む、強化されたドトン・ジツだ!だがその判断は遅かった。彼の腰から上は無惨に吹き飛び、消失した。

「イヤーッ!」白熱するコロナ塊がランペイジに背中から襲いかかる!ストレートパンチを出し終えた直後のランペイジはこれを躱しきれない。コロナ塊が爆発!「グワーッ!?」ランペイジは吹き飛び、壁に叩きつけられる!爆発したコロナ塊の光は再び収束し、ニンジャとなった……メイガスだ。

「何?立つのか。浅かったか」メイガスは呟いた。「ヌウウ……」ランペイジはぎこちなく起き上がった。背中が黒く煤けているが、致命傷ではない!「へへへへ!喰らってやがンの!」味方の苦境であるにも関わらず、笑ったのはデスドレイン!「わけわかンねえ腕してっからだ!」「問題無い」

「ドーモ。申し遅れたがメイガスです」メイガスはオジギした。その身体が再び白熱コロナ塊と化し、その場で爆発、竪穴内に拡散した。輝きが竪穴内を満たす!何かが起こる!「ンだァ?あいつ……」デスドレインはイライラと耳を掻いた。そこへ間合いを詰めるのはジルコニアだ!

 ……シャドウウィーヴは雷に打たれたように竪穴の門の下で立ち尽くし、離人症めいて、実感の湧かぬ光景を眺めていた。ソルヴェントが死んだ。ソルヴェントが、死んだ。ナンデ?侵入してきた敵は?ワカル。オミヤゲ・ストリートを破壊した犯罪者ニンジャの生き残り達だ。

 どうして奴らがここに?……まさか神器か?神器を破壊する者たち……?アラクニッド、パラゴンの懸念の正体は、実のところこいつらだったのか?(ならば戦え)架空のブラックドラゴン師の声がシャドウウィーヴを叱咤した。(倒すべき敵だ。神器を護れ)

「でも、どうやって」どうやって?ああ、もし自分がブラックドラゴン師であったなら、どうするだろう?彼は己を省みた。褒めてもらう……認めてもらう……才能をわかってもらう……?「なんだ、それは?なんだ、その、甘っちょろいブルシットは?この俺は!?ええっ?シャドウウィーヴ!」

 彼は己を罵った。何とくだらない……何とくだらぬ事か。(やめだ、そういう考えは!)こんな時、ブラックドラゴン師ならどうする?彼は一歩踏みだした。二歩。三歩。顔を上げた。広間へ進み出た……戦いに加わるべく!


5

「ヘヘヘヘハハハッハハハハァー!」デスドレインが哄笑して仰け反ると、その足元から3メートルの高さまで、粘つく暗黒物質が噴き上がった。ジルコニアを呑み込まんとする!「イヤーッ!」ジルコニアは素早く側転!彼がいた場所にヘドロのスライムがのしかかり、うねる。アブナイ!

「そっちにもあるッてンだよ!」デスドレインが叫ぶ。然り、彼の後ろから大蛇めいて滑るように這い出してきた別の暗黒物質塊がジルコニアの側転先に回り込み、絡め取ろうとする!「イヤーッ!」だがジルコニアは側転から高く回転ジャンプしてこれをも回避!そして壁を蹴った!「イヤーッ!」

 三角飛びを行ったジルコニアは斜めに滑空、デスドレインの横面を殴りつける!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ハヤイ!デスドレインは防御をしくじり、たたらを踏んだ。「……あン?」彼は己の頬を撫でた。油じみて虹色にきらめく細かい結晶が、殴られた場所に寄生している。

「てめェ何だこれ……汚ねェ物くっつけやがッ」「イヤーッ!」「グワーッ!?」ジルコニアがさらに踏み込み、左脇腹にショートフックを叩き込む!すかさず暗黒物質がジルコニアを後ろから呑み込みにかかるが、すでにそこに彼の姿は無し!横へ転がって回避!タツジン的ヒット・アンド・アウェイだ!

「イヤァァーッ!」そこへ殴りかかるのはランペイジ!ジルコニアは身体を捻って致命パンチをくぐると、横からその鉄塊を抱え、投げつけた!「イヤーッ!」イポン背負い!「グワーッ!?」

 ランペイジが床に叩きつけられると蜘蛛の巣状のヒビが床に広がった。すでにジルコニアはランペイジのマウントを取っている。「ランペイジ!……グワーッ!」デスドレインが苦悶する。顔の右半分と左脇腹に無数の結晶が育っている。コワイ!「痛てェ畜生ッ!」

 一体これはいかなるジツか?デスドレインの動きはぎこちなかった。身体の表面に育った結晶は、装束を破って体内に根を張りつつあるのだ。これぞジルコニアの恐るべきジツ、ヒカリ・ジツ!ジルコニアはランペイジを馬乗りでパウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ランペイジのフルメンポに、細かい結晶が生え始める!ジルコニアは殴り続ける!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに!空気中に拡散していた白い輝きの粒が、今、デスドレインの周囲に急速に収束しつつあった。コロナの火球が具現化しつつある!メイガス!

「ウオオオーッ!戻れ!戻れテメェら!」デスドレインは錯乱めいて叫んだ。周囲の暗黒物質が螺旋状に渦巻きながら、デスドレインを包み込む。それらはデスドレインの目、鼻、耳、口へズルズルと滑り込んでゆく。恐るべき速度だ!1秒後、デスドレインの身体を中心にコロナが爆発!カブーン!

 閃光が去ると、そこには仁王立ちする真っ黒の人影が残された。そのすぐそばにメイガスが膝まづき、再実体化した。ドォン!割れ鐘のような音と激しい地響き。組み伏せられたランペイジだ。しゃにむに、床に腕を叩きつけたのだ。ドォン!……ドォン!

 デスドレインであった黒い人体に、ゆらめく炎が灯る。メイガスは万が一の警戒のためバック転で間合いを取った。身体を光と熱に還元する脅威のコロナ・ジツであるが、使用の度に大量消費される己の血中カラテを再充填する必要があり、決して万能無敵のジツでは無い。

 ドォン!ランペイジが再度、鉄塊めいた腕で床を打った。深く穿たれた床の裂け目から黒いタール噴水が噴き出す!「何!?」ジルコニアは咄嗟にマウントを解き、飛び下がった。その足に暗黒物質が絡みつく!彼のバランスが崩されたのは恐らくほんの1秒足らず。だがランペイジは身を起こしていた。

 ドウ!ランペイジの肘が蒸気を噴いた。信じられぬ速度のフックだった。ジルコニアは咄嗟にそれをガードしようとした。その両腕がひしゃげた。身体がひしゃげた。次の瞬間、ジルコニアは壁になかば埋め込まれるように叩きつけられていた。

「ジルコニア=サン」メイガスは驚愕した。だがそれだけではない。黒い人体の頭部が剥がれ、中のデスドレインの顔が露わになる。白目が無い。よくよくみればそれは黒目でもない。眼球のあるべき場所はタール物質で覆われている。「アー……」呻き声。開いた口からドボドボと暗黒物質が流れ出る。

 彼の身体の暗黒物質は急速に流れ落ち、足元の小さな穴に吸い込まれてゆく。彼がその物質で掘った穴であろうか。「アー……だりィ」デスドレインは膝から崩れ落ち、両手をついた。「だりィよ」今度はランペイジの亀裂から、さらなる暗黒物質が噴き出す。下でつながっているのだ!

 噴き出した暗黒物質は鎌首をもたげ、壁から這い出そうともがくジルコニアに襲いかかった。「グワーッ!」ジルコニアは完全に黒い粘液体に飲み込まれた。助かるまい。ランペイジはメイガスに向かってゆく。その頭部はグロテスクな結晶の塊だ。彼は難儀しながら己のフルメンポを掴み、剥がし取った。

「あーあ……オボッ……オボッ」デスドレインは四つん這いのまま、口から暗黒物質を吐き出し続ける。黒い粘体に覆われたジルコニアのいる地点から、ミシミシと嫌な音が聴こえる。メイガスが後ずさる。ランペイジは無表情だ。ツカツカと近づく。サイバネアームがシュウシュウと蒸気を噴く。

 メイガスの後ろから、もう一人のニンジャが進み出る。オジギし、ランペイジを睨んだ。「ドーモ。シャドウウィーヴです」「ランペイジ」歩きながらランペイジは応じた。「俺はもう少しかかる」メイガスは低く言った。シャドウウィーヴは頷いた。そしてカラテを構えた。

 メイガスは片膝をつき、カラテを充填しながら、デスドレインとシャドウウィーヴを交互に見やる。この広間の灯りは探索用の浮動ボンボリと、各自のマグライトだけだ。シャドウウィーヴの影は他者のそれより色濃い。彼の何らかのジツに由来するのは間違いない。……と、その影がランペイジへ伸びた。

 ランペイジは立ち止まった。彼とシャドウウィーヴの間に、遮るように、その影が立ち上がった。立体化したのだ。メイガスは目を見開いた。「……バカな?あれは……」影はシャドウウィーヴとは違う姿形を取った。影はランペイジにオジギした。そして言った!『ドーモ。ブラックドラゴンです』

「ブラックドラゴン=サンだと?」メイガスは凍りついた。確かにその立ち姿……彼もよく知る、あの死んだシテンノ、ブラックドラゴンそのものだ。生き返った?バカな。そんな事はあり得ぬ。(つまりあれは……)メイガスはカラテを構えるアプレンティスを見やる……(シャドウウィーヴの……!)

 実際、ブラックドラゴンはその装束、身体、何もかも墨で塗りつぶしたように黒く、真っ当な存在では無い事が伺える。だがそれは確かに質量を備え、呼吸し、紫に光る目は敵対者ランペイジを見据えていた。そう、漆黒の全身の中で瞳だけは紫に光っているのだ!

「イヤーッ!」ランペイジがブラックドラゴンに殴りかかる!『イヤーッ!』ブラックドラゴンは超自然的なスライド動作でパンチを回避!「イヤーッ!」シャドウウィーヴはベルトからクナイ・ダートを引き抜き、ランペイジの足元へ投擲!「グワーッ!」ランペイジは呻いた。足が床から離れぬのだ!

「ヌウウーッ!」極度の集中状態にあるシャドウウィーヴの眉間に血管が浮き上がった。ブラックドラゴンがランペイジの背後へ回り込み、チョップで首を折りにいく!『イヤーッ!』「!」止まった!止めたのは、ランペイジの足元から跳ね上がった暗黒物質だ!デスドレイン!

「イヤーッ!」ランペイジの肘が蒸気を噴出!振り回す鉄塊めいた腕はブラックドラゴンの回避に一瞬先んじた。ブラックドラゴンはランペイジの打撃衝撃に耐えきれず、ショットガンで撃たれたスイカめいて粉々に砕け散る!「もう面倒くせェわ……」四つん這いのデスドレインがゆらりと立ち上がる!

「今だ……!」カラテ充填の完了したメイガスがその身体を白熱化!コロナ・ジツ「ヌウッ!?」メイガスは狼狽した。彼の周りは闇だった。全方位から一瞬で迫り来たデスドレインの暗黒物質が、白熱化しつつあった彼の全身をくるんだ。「……!……!」

「アアアアー!」シャドウウィーヴは仰け反って叫んだ。ナムサン!再び影が具現化する!ブラックドラゴン!「マスター!マスターッ!倒したいんだ!倒したいんです!」ブラックドラゴンは意表を突かれたランペイジにヤリめいたキックを叩き込む!『イヤーッ!』「グワーッ!?」

「ランペイジ!」デスドレインは叫んだ。彼の目の前には直径3メートルの黒いゴム状の球体が、同材質の支柱に支えられていた。メイガスを包んだ球体だ。球体は次の瞬間、直径50センチにまで圧縮!爆発四散!ナムアミダブツ!飛び散った暗黒物質は再び寄り集まり、ブラックドラゴンめがけて滑る!

 ブラックドラゴンは既にランペイジを壁にまで殴りながら追い詰めていた。『イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!』「グワーッ!グワーッ!……グワーッ!」ナムサン、一撃必殺の無慈悲なサイバネアームも、懐に潜られれば鈍重な鉄塊に過ぎぬのだ!壁を背に、一方的に殴られるランペイジ!

 だがその攻撃が止まった!ブラックドラゴンの身体はデスドレインの暗黒物質に後ろから絡め取られていた。まず振り上げた腕が。次に脚が。頭が!絡みついた粘液が、縄めいてランペイジから引き剥がす!ランペイジは両腕を頭上へ振り上げた……そして振り下ろし、ブラックドラゴンを叩き潰した。

「アア……」シャドウウィーヴはへたり込んだ。両目から出血していた。負担が過大に過ぎたのだ。だがデスドレインとランペイジの消耗も 並ではない。三者はゼイゼイと息を吐き、互いに疲弊した視線をかわした。シャドウウィーヴは死を覚悟した。懐のコーデックス……ヌンチャク……使命……。

 ……そこへ新たに、三人のニンジャが出現した。二人は虚空から風と共に現れた。どちらも異常な長身のニンジャで、どちらもシシマイめいた仮面を装着している。一方の装束には「ツル」とあり、もう一方には「カメ」とある。

 三人目は?……彼はその数秒後、ザイバツ・シャドーギルドが来たのと同様に……試練門をくぐって、歩いて現れた。浮動ボンボリに赤黒のニンジャ装束が照らされ、「忍」「殺」のメンポが光を受けた。

 シャドウウィーヴは三人目のニンジャを目にするや、その呼吸を二倍にも速めた。彼は雷に打たれたようになった。激しく震え出し、胸を押さえ、うずくまった。「ニンジャ……ニ、ニンジャ、ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー!畜生……!畜生!」

 シャドウウィーヴはもがいた。息が出来ない。以前の記憶が……返り討ちの体験が……ブラックドラゴン師の死に際の通信が、あのミッションで失われた腕の痛みが、彼のニューロンを否応なく苛むのだ。(ニンジャスレイヤー……!)

「ドーモ。マスタークレインです」装束にツルと書かれた方のシシマイニンジャが無雑作にシャドウウィーヴのもとへ近づき、その首根を掴んだ。「ダークニンジャ=サンの御命令です。お連れ致します」シャドウウィーヴとマスタークレインの身体はつむじ風に包まれた。シャドウウィーヴは失神した。


◆◆◆


 ……数分前!キョート某所!ザゼンルーム!

 猶予無し!ダークニンジャは目を見開く。ザゼンルームの向かいには秘匿されたニンジャ、ミイラめいたネクサスがザゼンしている。ダークニンジャは反ザイバツのニンジャ四人を誅したのち、一秒たりとも休まずここへ来た。ネクサスと超自然コトダマ空間を共有し、シャドウウィーヴの位置を把握した。

 きっかけは懲罰ミッション中に無雑作に送られてきたニュースだ。ブロンズデーモンとトライデントの死。殺したのはオミヤゲ・ストリートから逃れた犯罪者ニンジャ。遺跡の情報を得た可能性がある。彼のニンジャ第六感は虫の知らせめいたノーティスをニューロンに送り込んで来た。

 仮にあの二人がコフーン遺跡に到達する事があれば、シャドウウィーヴは死ぬ。偶然に偶然が積み重なればそうした事態が導かれる。しかして、その直感は当たった。ダークニンジャは立ち上がり、ネクサスのザゼン・ルームを出る。暗黒の廊下を足早に進みながら、彼は二体の運命者へ呼びかけた。

(来い)「いかがなされた」「いかがされました」即座に応答があり、廊下の突き当たりにマスタークレイン、マスタートータスの姿が現れた。ダークニンジャは言った「今からコフーン遺跡へ飛べ。ベッピンの名において命ずる」「コフーン?」「ヌンチャクにご執着と?」彼らは訝しげに首を傾げた。

「違う」ダークニンジャは否定した。「ニンジャを連れて戻れ。私の部下のシャドウウィーヴを」「何を仰るか!?」マスタートータスが食い下がった。「下郎の命を?なんとおいたわしきか。お疲れです」「我らが運命力は左様な卑小目的に用いてはなりませぬ」マスタークレインが言った。

「切り捨てなされい」マスタートータスが言った。「栄光に影が落ちまする」とマスタークレイン。ダークニンジャはベヒーモスでの事件を……トゥールビヨンの死を思い返した。無慈悲に切り捨てた部下を。トゥールビヨンはカラテの才に長けていた。だが愚かなニンジャだった。

 そして何より、懲罰騎士となり、足掛かりを得た今は状況が違う。シャドウウィーヴには才能がある。そして想像力が。アイボリーイーグル。パープルタコ。ダークニンジャの後ろ盾であるニーズヘグ。彼ら同様、シャドウウィーヴもまた、今のダークニンジャがいたずらに失ってはならぬ力のひとつ。

 彼の胸には、容易に明かす事の無い、漠然とした構想があった。ニーズヘグですら、彼の無言のアトモスフィアの内に、何がしか感じ取っている程度だろう。ましてやそれは、彼の目の前に立つ二体の運命者に、むざむざと言って聞かせる話ではあり得ない。

 彼は運命を激しく憎悪した。それは激情であった。同時に、彼の冷たい理性は、淡々と、その激情を実行に移すロジックを……運命を呪う方策を、組み立てつつあった。「繰り返す。ベッピンにおいて命ずる。ゆけ」「……」「……」ダークニンジャは妖刀を抜いた。刃が鳴った。二体は風に消えた。


◆◆◆


 ……再びコフーン遺跡!

「ゼンダ=サンか?オヌシ」ニンジャスレイヤーの第一声はそれであった。ランペイジはニンジャスレイヤーを見た。「……」その眉がぴくりと動いた。ニンジャスレイヤーの声と眼光とで、思い当たったのである。「……ランペイジ」だが、彼は無感情にそう名乗ったのだ。

「あン?」デスドレインはニンジャスレイヤーを睨んだ。「……どっかで見たなァ、アー……気に入らねェ目をしてやがるぜ、お前!」一方、マスタークレインはシャドウウィーヴを掴み上げていた。「ダークニンジャ=サンの御命令です。お連れ致します」二者の身体がつむじ風に包まれる。

 コォン……何かが鳴った。木が打ち鳴らされるような音が。消滅するシャドウウィーヴの懐から、ヌンチャクが弾き飛ばされた。『神器への運命者の介入を許可しない』男とも女とも取れぬ声が降ってきた。誰もがヌンチャクを見上げた。それはクルクルと回転しながら、元あった場所へ飛行する。

 奥の円型穴の中心、鍾乳石の足場上、黒檀のニンジャ像が動いた。飛行するヌンチャクを掴み取り、護るように抱え込んだのだ。『運命者の介入を許可しない』超自然の声が繰り返した。マスタートータスはその場のニンジャ達にまるで頓着せず、重大な関心事であるかのように、そちらへ首を巡らせた。

 ニンジャスレイヤーは眼前の状況を整理した。ガンドーは門の外だ。対峙するニンジャが多過ぎる為、彼はガンドーを待機させた。広間の中央には黄金のダルマ。そしてさらに奥。あれがヌンチャク。神器とやらだ。マスタートータス。ダークニンジャの手の者。ゼンダともう一人は?ザイバツ?違う。

「おいてめェ!名乗れよ。俺はデスドレインだ」ニンジャスレイヤーを指差す。手負いだ。「ドーモ。デスドレイン=サン。……ランペイジ=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツした。そしてジュー・ジツを構えた。「ニンジャ殺すべし」「アァー?できンのかァクソ野郎!」

 デスドレインの周囲で黒いタールが沸騰した。「殺してやるよォ!グチャグチャにしてやるぜ!グチャグチャに!」彼は叫んだ。壁の亀裂からはみ出したニンジャの屍の腕が、ニンジャスレイヤーの目に入った。手負いとはいえ、ザイバツとの戦闘を制したニンジャ。ジツの正体もわからぬ。油断は禁物だ。

「……ヤメだ」思いがけず口を挟んだのはランペイジである。異形ニンジャは鉄塊のごとき腕を床に下ろす。「帰るぞ」「あァ?」デスドレインがランペイジを睨んだ。その目が殺気に満ちた。ランペイジはさらに言う「次だ。正直、疲れた。次に殺せばいい」「嫌だ!てめェ!殺すぞ!」

 ニンジャスレイヤーは己のニンジャ洞察力で、ランペイジの真意を探ろうとした。息づかいを、表情を注視した。そして激しい負傷を。デスドレインも同様だ。疲れたというのは随分と柔らかな表現だ。しかし、この二人の関係は一体どういったものなのか?撤退の為に、説得?なだめすかしているのか?

 だがそれは格好の機会でもある。ニンジャスレイヤーは踏み出す。手負いのニンジャ。殺せる時に殺しておくのがよい。このデスドレインと、 ゼンダ。いや、ランペイジを。ランペイジがニンジャスレイヤーを見やった。ニンジャスレイヤーは逡巡した。リンドウ。刑務作業。(……否!殺すべし!)

 その時、彫像めいて立ち尽くしていたマスタートータスが180度ぐるりと振り返り、両手指を掲げたのである!「ランペイジ!黙ってろよ!」デスドレインはニンジャスレイヤーに暗黒物質を襲いかからせようとした!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ランペイジがデスドレインに肩からぶつかる!

 倒れこむ二者!彼らが一秒前までいた場所が、嵐のごときマイクロスリケン攻撃にさらされる!スポスポスポスポ!「イヤーッ!」もう一方の腕はニンジャスレイヤーを狙う!側転回避!「ウオオーッ!」デスドレインが狂ったように叫ぶ。ランペイジは無骨なマニピュレーターでその首根を掴み上げる!

 スポスポスポ!スポスポスポ!マスタートータスの両手指全ての先端に穴が開き、そこから大量のマイクロスリケンが射出され続ける!ランペイジは広間中央を横切りながら黄金のダルマをもう一方の腕のマニピュレーターで掴む!そして跳躍!「イヤーッ!」スポスポスポ!後を追うマイクロスリケン!

 マスタートータスの攻撃は執拗だ。だがしかし、左右の手それぞれをデスドレイン・ランペイジとニンジャスレイヤーとに振り向けている為、それぞれを追い詰めるにはスリケンの絶対量が足りぬ。ランペイジは壁から螺旋階段めいて生えた板を次々に蹴り、竪穴を一気に登ってゆく!

「畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!」頭上の闇の中、デスドレインの絶叫がどんどん遠ざかる。「何なんだよ!アイツ何なんだよ!アイツ何なんだよ!何様だよ!何様だよ!何様だよ!何様だよ!何様だよ!何様だよォー!……」

 デスドレイン、ランペイジがこの場を去る事を確認した途端、マスタートータスは即座に目標を切り替えた。ニンジャスレイヤー一人に!集中する両手指のマイクロスリケン!スポスポスポスポスポ!

 ニンジャスレイヤーは旋回するように駆けながら、マスタートータスへ徐々に近づこうとする。トコロザワ・ピラーで舐めた苦渋が、そして先日の悪夢が、彼のニューロンを燃やす。二度目のイクサ!そして敵は一人!負けぬ!絶対に!

 駆けるニンジャスレイヤーの目に赤熱の輝きが宿る!そしてニューロンに響く声は……『フジキド!』(何だと!?)『フジキド!』スポスポスポスポスポ!追い詰めるかの様なマイクロスリケン!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍!さらにタイドー・バックフリップ!

『ヌンチャクを取れ!』(ナラク!ナラクか!)『ヌンチャクを!』その時だ!内なるナラク・ニンジャの声に呼応するかのように、入場してきたゲートが勢いよく閉じる!(ガンドー=サン!?)さらに、おお、なんたる大掛かり!奥の円型穴の底から床が高速でせり上がり、この広間と相似の姿となる!

『ヌンチャクを取れ!オヌシの!武器を!』ニンジャスレイヤーは奥の広間へジグザグに駆けた。その後をマイクロスリケンが執拗に追う!突如黒檀のニンジャ像が粉々に砕け、風に散る!もとは足場であった鍾乳石の台座があとに残ると、そこにずっしりと存在するのは黒檀のヌンチャクただ一つ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳んだ!ヌンチャクを掴み取り、床を転がる!「下郎」マイクロスリケンをなおも連射しながら、マスタートータスもまた、奥の広間へ進入してくる。「排除すべし」スポスポスポスポスポ!

 ニンジャスレイヤーはヌンチャクを掲げた。U字に固定されていた封印がいともたやすく解け、収納されていた鎖が伸びる!彼は知らぬ、その鎖を練ったのがいかなるレジェンドニンジャの血と骨であるかを!「イイイイヤァァァァーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り回す!

 スポスポスポスポ!襲いくるマイクロスリケン!だがしかし、高速で振り回される黒檀のヌンチャクは、それらを全て弾き返す!ニンジャスレイヤーはゆっくりと前進!ついにマスタートータスは後ずさった!

「……貴様は何者だ」突如マスタートータスは腕を下ろした。その口調はどこか機械めいていたそれまでとは、全く異質な、理性ある声であった。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを構える。「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「貴様を滅ぼす。ここで」マスタートータスは両手を広げた。

 異常な長身が……ゴウランガ!垂直に浮かび上がる!いかなる反重力のジツか?全身を走る稲妻!身体の内部から激しく発光!ニンジャスレイヤーは閃光に耐えた。マスタートータスの身体が……ナ、ナムアミダブツ!?ブッダ!?巨大化した!一秒後、そこには15メートルの巨人が立っていた!

『殺せ!』ニューロンにナラクの叱咤が木霊する。『殺すのだフジキド!』ニンジャスレイヤーはヌンチャクを打ち振り、中腰に構えた。「……無論だ!」


6

「貴様はマスタートータスを倒す運命に無い」15メートルにまで巨大化したマスタートータスの奇怪なシシマイ顔から、ややエコーのかかった冷たい声が放たれた。装束は稲妻によって焼け落ち、なんらかの妖木から成る、スクエアな甲冑めいた身体が露わになった。人の身体にあらず!

「運命者を阻む力が存在してはならぬ。そんなヌンチャクは、あってはならぬ。そんなニンジャは、あってはならぬ」マスタートータスの両手首が分離!そのまま宙に浮かび、指先が空中からニンジャスレイヤーに照準した。「運命を正しく修正する」

「定まった運命だと?それは即ち、オヌシの破壊だ。積み木玩具め」ニンジャスレイヤーの決断的な眼光がマスタートータスを射る。「遅かれ早かれ、その後ろでジョルリ遊びに明け暮れる何某の首もへし折って、運命とやらの結末を見せてやる」

「イーアアアアー」シシマイ顔が唸りながら1080度回転、再び正面を見据えた。手首から先を失った腕がその先端を向ける。ナムサン!そこは戦車主砲めいた発射口だ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは斜め後ろに跳んだ。直後、彼が立っていた位置に硫酸弾が着弾、爆発!かなりアブナイだった!

 さらに、空中のニンジャスレイヤーめがけ、分離した両手指の先からスリケンバルカンが撃ち出される!ズガガガガガガガ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは壁を蹴りさらに跳躍!スリケンバルカンはニンジャスレイヤーを捉えるが、彼は跳びながらヌンチャクを振り回して弾き返す!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ズガガガガガ!ニンジャスレイヤーは全て弾き返す!タツジン!彼のニューロンを燃やすのは怒りだった。かつてトコロザワ・ピラーにおいて、忌まわしき麻痺毒スリケンによって路傍の石を蹴りのけるようにあしらわれ、捨ておかれた屈辱……己の力不足への怒り!

 然り、怒りである。神器?ヌンチャク?ナラク?それもあろう。だがそれを力に昇華し、過去と同じ轍を踏ませぬのは、なによりニンジャスレイヤー自身の怒り!ニンジャスレイヤー自身の、かつて以上に死線をくぐり抜け、研ぎ澄まされたカラテなのだ!「イヤーッ!」

 ナラクがニューロンにその声を響かせる『ここまではよし!だがセキバハラの情けなき戦闘はまるで落第点であったぞ、気を抜くな!まずは邪魔な支援体、つまり浮…』「イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは浮遊する右手にヌンチャクを叩きつける!「バモォォォ!」ナムアミダブツ!粉砕破壊!

 硫酸弾が放たれる!ニンジャスレイヤーは身を沈め、風めいて駆ける!硫酸弾を回避!そして跳躍!サテライト回転しながらのドロップキックを叩き込んだ!「イヤーッ!」「バモォォォォ!」

 マスタートータスはしかし、この地獄攻撃に対して数歩後ろへよろけたのみだ!ナムサン、15メートルの頑強な巨体、どれほどのニンジャ耐久力か?『ええい、頭だ!来るぞフジキド』ナラクの声と共に、彼の網膜でシシマイ頭の口元が陽炎めいて灼けた。『まだだ!引きつけて躱せ!』

「リンピオトーシ!カイジンリッツァイゼン!」不気味なチャントの後、シシマイの目が光り、巨大な下顎が開く!ZAAAAAP!正体不明の光線が発せられた!「イヤーッ!」致命的攻撃をナラク・サインを通じて予期していたニンジャスレイヤーは横へ走りこれを躱す!光線すなわち光速!アブナイ!

 ZAAAAAAAAAP!照射される光線は消えず、そのまま舐めるようにニンジャスレイヤーを追う!だが光すなわち光速の攻撃といえど、最初の照射さえ予期すれば、あとはシシマイの首の動きを見ながら回避可能!「イヤーッ!」走りながらニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!「バモォォ!」

 鼻面にスリケンを撃ち込まれたマスタートータスは苦悶、レーザー照射を中止した。かわりに襲いくるは残る左手!巨大な握り拳がニンジャスレイヤーへ飛来殺到する!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを縦にピンと張り、これを受ける!激烈な衝撃によろめくが、耐えた!

 ニンジャスレイヤーはタタミ一枚分は後ろへ押され、地面には彼の足が擦れた痕、黒い焦げ目がついた。恐るべき打撃質量でありながら、それを受けた黒檀のヌンチャクにはヒビひとつ入らぬ!(ナラク!何だ?この神器とやらは)『何でもワシに訊くでない。それよりも機を逃すな!』

「イヤーッ!」空中へ再び浮かび上がる左手めがけ、ドウグ社のフックロープを投げつける。人差し指に絡みつく強靭なロープ!再三の硫酸弾が放たれるが、ニンジャスレイヤーは巻き上げ機構を働かせてこれを回避!中途でロープを手放した彼は、巻き上げ推進力によって左手の上へ着地!

 シシマイ頭部がぐるりと巡り、ニンジャスレイヤーを睨む。「リンピオトーシャ……」「イヤーッ!」ナムサン!レーザー照射を待つはずもなし!ニンジャスレイヤーは再度跳躍し、マスタートータスの肩の上に着地した!首にヌンチャクをかけると、拳を握り締め……シシマイ頭部を、殴りつける!

「イヤーッ!」「バモォォ!」「イヤーッ!」「バモォォ!」「イヤーッ!」「バモォォ!」「イヤーッ!」「バモォォ!」「イヤーッ!」「バモォォ!」「イヤーッ!」「バモォォ!」「イヤーッ!」「バモォォ!」「イヤーッ!」「バモォォ!」「イヤーッ!」「バモォォ!」

 ゴウランガ!ワン・インチ距離の絶え間なき攻撃において、最も頼れる武器は己の素手のカラテ!瞬時の切り替えは実際見事!「カトンボめ」マスタートータスが呻く。『来るぞフジキド!』ナラクが警告した。左手拳が肩のニンジャスレイヤーに向かって飛来!

「……イイイヤァーッ!」ニンジャスレイヤーは肩の上で瞬時に向き直ると、イアイめいてヌンチャクを振り抜き迎撃!「バモォォーッ!」拳は弾き返され、煙を吹きながら斜めに広間を飛ぶと爆発四散!インガオホー!だが、まだだ!マスタートータスの手首から、やや小ぶりな手が瞬時に生えたのだ!

「イーアアアアー」マスタートータスは肩の上のニンジャスレイヤーを掴む!ハヤイ!「グワーッ!?」引き剥がされたニンジャスレイヤーは、そのままマンリキめいたニンジャ握力に圧迫される!「握り潰して引き裂いてくれよう。湖への一石。誤差の範囲。所詮は下郎。有象無象のニンジャに過ぎぬ」

 ニンジャ握力が増す!「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーはもがくが、両手で覆い被せるように掴まれれば、そのサイズ差はいかんともしがたい!「グワーッ!」「イーアアアー」「グワーッ!」「イーアアアー」「グワーッ!」ナムアミダブツ!このままでは死ぬ!

『フジキド!』ナラクの声が木霊した。世界から外界の音が失われ、ニンジャスレイヤー自身の鼓動頻度が急激にトーンダウンしてゆく。だがこれは心臓が止まりかけているわけでは無い!これは死線において生ずる、ニンジャアドレナリン過剰分泌現象による主観時間の鈍化現象!

『フジキド。よいか。このままでは死ぬ。だがオヌシはワシに身体を貸すまい。……なによりワシとしても、セキバハラのイクサの時が如き無責任なマルナゲはまっぴら御免被る』ナラクの言葉は辛辣であったが、真摯であった。(何を考えている)『ゆえにワシらは今一度試みねばならぬ』(何をだ)

『思い出せ。ブケ・ニンジャとのイクサを。ワシが望まぬ眠りを眠るに至った忌々しき戦いを!』……フジキドはすぐにそれを理解した。彼はあの時の高揚を、ぞっとするような後ろめたさを、思い出した。彼は躊躇った。

 だが、その躊躇は、乗り越えねばならぬ感情であった。ラオモト・カンのヒサツ・ワザからフジキドのニューロンを庇ったナラクが眠りについて以来、激化するイクサの中で、彼はいずれ訪れるこの日の事を予期していた。彼は覚悟を決めねばならない。否。覚悟はとうに決めたはずだ!

 ……ニンジャスレイヤーの両目に赤い燃焼光が灯る!「バモォォー!?」マスタートータスが怯む。まるで、弄んでいた玩具が予期せぬ発熱によって自身の手を焦がしたかのように!ナムサン!それは比喩では無い!現実にマスタートータスの手は焼けていた!そのニンジャ握力が緩む!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは大の字に四肢を開き、マスタートータスの捕縛を跳ね飛ばした!「バモォーッ?」おお、見よ!ニンジャスレイヤーの両手はその覚醒を象徴する赤黒の炎で包まれている!「リンピオトーシ!カイジン……」マスタートータスは咄嗟にレーザーを準備!しかし!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーはマスタートータスの眼前、空中で高速回転!その回転の中から立て続けに6枚のスリケンが射出される!しかもスリケンを包むのはやはり赤黒の炎!レーザー照射のカラテを充填しつつあったマスタートータスの口中へ、それが立て続けに撃ち込まれる!「バモォォォォ!」

 カブーム!シシマイの口の何らかのレーザー照射機構が爆発!鼻の穴と口から煙を噴き出し、マスタートータスがたたらを踏む!ニンジャスレイヤーは着地し、ヌンチャクを構える。彼の中に今、他者としてのナラクは無い。今のニンジャスレイヤーはフジキド・ケンジであり、ナラク・ニンジャであった。

 後退しながら巨人は両手指をニンジャスレイヤーへ向ける。その指先が展開!またしてもあのスリケン攻撃か!?だがニンジャスレイヤーはヌンチャクをただ構えるのみ!その時だ!ヌンチャクの両端に赤熱するカンジが浮かび上がったではないか!「忍」「殺」の二文字が!ゴウランガ!ゴウランガ!

「マスタートータスはケオス懸念を排除する!」マスタートータスが叫んだ。スポスポスポスポスポスポスポ!両手指から射出される無数のマイクロスリケン!先ほどの手よりも小振りであった為、あれほどの威力は無い……だがそれは実際悪夢的な連射速度でニンジャスレイヤーに襲いかかる!

「イイイイイイイヤァァァァァーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り回しながら前進!赤黒い炎で軌跡を描くヌンチャクは、マイクロスリケンを粉々に破壊!マスタートータスへ間合いを詰める!攻撃範囲に……捉える!

「イヤーッ!イヤーッ!」「バモォーッ!バモォーッ!」ヌンチャクの鎖が伸び、強烈な打撃がマスタートータスの両足を吹き飛ばす!ズシンと音を立て、落下したマスタートータスは足首で地面に立つ!

「イヤーッ!イヤーッ!」「バモォーッ!バモォーッ!」ヌンチャクの鎖が伸び、強烈な打撃がマスタートータスの両脛を吹き飛ばす!ズシンと音を立て、落下したマスタートータスは膝で地面に立つ!

「イヤーッ!イヤーッ!」「バモォーッ!バモォーッ!」ヌンチャクの鎖が伸び、強烈な打撃がマスタートータスの両膝を吹き飛ばす!ズシンと音を立て、落下したマスタートータスは腰で地面に立つ!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは乱打!乱打!乱打!乱打!腰が吹き飛び、腹部が吹き飛び、腕が!胸が吹き飛んだ!「バモォォォォォォーッ!?」

 ナムサン……今や広間には砕けたボディが散乱し、ニンジャスレイヤーの目の前には巨大なシシマイ頭がなす術なく落下している。「ケオス。こんな事はあってはならない、こんな事は実際おかしい」その目がチカチカと明滅した。それとは別の声が広間に轟く!『モータルの怒りを叩き込め!この者へ!』

「ニンジャ!」ヌンチャクの鎖が10メートルもの長さへ伸びる!ニンジャスレイヤーはそれを振り上げ、しならせ……振り下ろす!「殺すべし!」「バモォォォォーッ!」KRATOOOOOOM!

 シシマイ頭はヌンチャクによって叩き潰され、爆発四散!呼応するように散乱したボディ全てが爆発!噴き上がった白い炎はニンジャスレイヤーの眼前に集積し、輪郭が激しく乱れる朧な巨人の姿を作る!「運命者は……ケオス懸念……ケオス懸念を……」

 ニンジャスレイヤーに、白く沸騰する手がなおも伸びる。だがヌンチャクで迎え撃つまでも無い。白い影めいた巨人は崩れるように倒れた。ニンジャスレイヤーもまた、その超自然の崩壊現象を目に焼きつけながら、がっくりと膝をついた……。


◆◆◆


 マスタークレインは確かにシャドウウィーヴを持ち来たった。巨躯の運命者は、シャドウウィーヴのぐったりとした身体を恭しくダークニンジャの前に横たえると、片膝をついてオジギした。ダークニンジャは動かぬ部下を見下ろす。……死んではいない。傷も深くは無い。

「マスタートータスが戻らぬな」ダークニンジャはシシマイを見据え、言った。「滅びました」マスタークレインは、ごまかす事なく即答した。機械めいたこの運命者は、ある意味で定命者よりはるかに賢く、ある意味では全く単純で、愚かだ。「何故だ」「わかりませぬ。ニンジャの手で滅びました」

「いかなるニンジャに」「あの場にいた生きたニンジャは三人」「う……」シャドウウィーヴが呻いた。「ニンジャスレイヤー……ニンジャ……スレイヤーが……遺跡に……」譫言めいて呟く。マスタークレインはダークニンジャにオジギした。「貴方こそ器なれば」その巨躯を風が包み、かき消えた。

「立てるか。シャドウウィーヴ=サン」ダークニンジャは膝をついた。「ダークニンジャ……サン……僕、私は!ここは?」シャドウウィーヴは弾かれたように身を起こした。「お前は遺跡から救出された」ダークニンジャは低く言った。シャドウウィーヴの目に、みるみるうちに狼狽の色が生ずる。

「申し訳ありません!」シャドウウィーヴはドゲザしようとした。ダークニンジャはやめさせた。「引き際を見極めろ。シャドウウィーヴ。それだけだ。遺跡で起こった出来事について、何か話せる事はあるか」「申し訳……」「無意味な謝罪を繰り返し聞かせろと命じたか?俺は?」「も、申し訳」

「おう小僧」フスマが開き姿を見せたのは、誰あろう、グランドマスターのニーズヘグである。シャドウウィーヴは凍りついた。「戻ったか。チョージョー」ニーズヘグは短く笑った。「では事情の説明は、しっかりせよ。お前がセプクか、ケジメか、お咎め無しか。この後に頑張るのは俺だ」

「ア……アイエエエ」悔しさ、安堵、恐怖、様々な感情がない交ぜとなり、彼は堪えきれずに涙を流した。「フハッ!泣きおったわ。しょうのない奴!」ニーズヘグは苦笑した。「失禁はするなよ。オーガニック・タタミだ」「アイエエ……」

「……ま、上へのあれこれは俺に任せれば良い」ニーズヘグはダークニンジャに囁いた。「せっかくのグランドマスターだ。好きに使え」「実際有難い」ダークニンジャは頷いた。シャドウウィーヴを眺めながら、彼は沈思黙考した。……運命者の一体が滅びた。これは吉か凶か。

 だが、シャドウウィーヴの言葉が事実であれば、恐らくあれを滅ぼしたのはニンジャスレイヤー。(またしてもニンジャスレイヤーだ。またしても!)「どうした」ニーズヘグが声をかけた。「……ニンジャスレイヤー」彼は呟いた。


◆◆◆


 ゴウウウ……。ゴウウウ……。ゴウウウ……。風穴を吹き抜ける凍るような風の音が、五体を投げ出し遥か上の天井を見上げるフジキドを幽鬼めいてなぶってゆく。彼のすぐそばには鍾乳石の台座がある。そこにあったものは今、力尽きたフジキドの手の中だ。

 ほとんど意識を失いかけながらも、彼はマンリキめいたニンジャ握力でもって、その握りを堅く掴んだままだ。その……ヌンチャクを。イクサを終えた今、その黒檀めいた二本の棒はUの字に硬直し、決して開かれる事は無い。

 フジキドは難儀して顔をもたげ、己が滅ぼした敵を視界に入れようとした。彼は目を見開いた。白く細かい光の粒が巨人の周囲に激しく生じ、弾け、今こうして見守るうちにもシュウシュウと音を立てて溶けながら蒸発したのだ。一般的なニンジャ憑依者の断末魔の爆発四散とは異なる崩壊のさまであった。

「ナラク」フジキドは声に出した。……答えは無い。彼は目を閉じかけ、そのあと驚いて身を起こした。赤黒いおぼろな影が彼の傍に立って見下ろしていたのだ。フジキドが起き上がったのちも、影は消えずにいた。「ナラク?」影は答えない。ただ、その腕がゆっくりと上がり、ある方角を指し示した。

「……マルノウチ」彼はなぜか自然に思い至った。「スゴイタカイビル」赤黒い影はぼんやりと薄らぎ、見えなくなった。ナラクはフジキドのニューロンの中、再び眠りについたのである。……「開いた!クソッ」毒づく声が聞こえ、ガンドーが走り込んできた。「カヤの外ってのは落ち着かねえ」

「終わった」ニンジャスレイヤーは言った。「そうか!」とガンドー。「そいつがヌンチャク?結果オーライ、まあ、ニンジャのイクサの中に俺が紛れ込んだら実際邪魔になっちまうだけか?ハハハ!」ニンジャスレイヤーはガンドーの背中をどやした。「行くか。出口を探す」「おう、おう、おう」

 ガンドーは広間を見渡し、「しかし、すげえなここは。ま、俺は学者でもねえし、早いとこ二層へ戻ってスシでも引っ掛けたいところだ」「帰り方はわかるか」「これから考える」


◆◆◆


「フクスケ良し!」「花瓶良し!」「……アーッ!畜生!」



【アウェイクニング・イン・ジ・アビス】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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