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【アウェイクニング・イン・ジ・アビス】前編

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。


1

 その闇サイバネ施療院で起こった出来事は、配慮無き描写がはばかられる程のマッポー的地獄図であった。逃走死刑囚ゴトー・ボリス、今の名はデスドレイン(愚かな名だ)、彼がその施療院で行った無意味かつ恥知らずな陵辱と破壊、不条理な殺しについては、出来るだけ無味乾燥な筆記を心がけたい。

 彼は引き連れて来た瀕死の男の処置をサイバネ医師に依頼した。……依頼?強要?とにかく、やらせた。瀕死の男は両腕を失っていた。彼はゴトー同様の凶悪犯であり、大規模な破壊行為を行ったかどで服役中であったが、ゴトーが彼の刑務所を襲撃し、脱獄した経緯がある。彼はランペイジと名乗っていた。

 端的に記すと、この施療院には4人の男女のスタッフが勤めていたが、諸々の手術の後、全員死んだ。医師も死んだ。施療院の二階には医師の家族が住んでいたが、死んだ。医師の三人の子のうち一人、14才の娘は、事件の後、行方が知れない。私はこれ以上を語る筆をもたず……。

「へへへははははは!何だそれェ!はははははは!」デスドレインは戸口をくぐって現れた相棒の姿を見るなり、身をのけぞらせて爆笑した。「へへへへへへ!頭がおかしいのかお前!その腕!どうすンだよォ!」「壊すのさ」ランペイジはデスドレインの目を真っ直ぐに見返した。「もっと壊す。壊せる」

「バカだ!お前!へへへへ!」デスドレインは手を叩いて笑った。拘束衣型ニンジャ装束をはだけた彼の上半身(顔にもだ)には、ケルト戦士の戦刺青めいて、恐るべき傷跡が残されている。彼のそれは刺青ではなく無残な刀傷なのだ。

「お前そんなンで、いよいよ後戻りできねェなあ。いいよいいよ」デスドレインは言った。「アイエエ」彼が椅子にしている裸の女が呻いた。「ア?家具は喋らねえぞ?」デスドレインは立ち上がり、女の髪を掴んだ。その手から黒いタール状の物質が伝い、女の顔を塞いだ。女は苦しんだのちに事切れた。

「死んだら家具にもなれねえな。失敗だ」デスドレインは呟いた。「へへへへへ!」「……後戻りも何もないさ」ランペイジは殺しを無感情に眺めたのち、答えた。そして、部屋の隅で膝を抱えて座る少女を見やった。少女の目は澱んでいた。「あれも殺すのか」

「いや。あれは殺さねェ。上玉だ。それにな……」デスドレインは答えた。「おーい、マーもパーも死んで悲しいなァー。へへへへ」デスドレインは少女に言葉をかけたが、少女は無反応だ。デスドレインはランペイジに視線を戻し、「あれには、入ってンだよな。わかるんだよ」

「娘は……娘はどうか」ランペイジの出てきた手術室から片足を引きずって現れた医師を、デスドレインは見た。血で汚れた床を黒い暗黒物質が流れ滑り、即座に医師を捉えた。身体に絡みつき、首を吊り上げる。「アバッ、アバッ」「アバッ!アバッ!へへへへ!」デスドレインは口真似をした。

「娘はどうか、娘だけは」「ダメだな。やっぱり殺すぜ。お前の後に」「……!……アバッ!」医師は絶望の中で、首の骨を折られて死んだ。デスドレインはランペイジに言った。「面白ェから、嘘ついちまった」「これでここも用済みだ。離れよう」とランペイジ。「連れて行くのか、あれを」

「そうだよ」とデスドレイン。ランペイジは反対した。「何も出来んぞ、あれは。ソウルが入っている?どのみち寝ているのだろう。生身の人間と変わらんぞ。子供だ」「面倒見りゃいいよ。あいつ自身が。それか、お前が」デスドレインは即答した。「連れて行くんだよォ」

「……」ランペイジは少女を見た。「立てるか。立て」彼は命じた。意外にも少女は頷き、立ち上がった。「な?問題ねェだろ。じゃあお望み通り、オサラバしようぜ。スシが食いてェよ」「……」ランペイジは壁に向き直った。そして腕を振り上げた……ナムサン!異形のサイバネ腕を!

 それはテッコをはじめとする一般的なサイバネ義手とは明らかに異質な代物だ。いや、むしろ義手などと比較すべきでは無い。比較対象はクレーンやブルドーザーだ。無骨な鉄塊と言ったほうがよい。円柱状の腕部と、何もかも潰し砕くような、稚拙な指マニピュレーター!

 その無骨な腕部がために、ランペイジのシルエットの横幅は以前の二倍以上に見える事だろう。しなやかに引き締まった彼の身体に、この腕は残酷なまでにアンバランスであった。だがこれこそが彼の望みであったのだ。「……イイヤァーッ!」彼はいきなり壁を殴りつけた。壁一面を一撃で粉々に粉砕!

「おほッ!壊すだけだなァ、その腕!」デスドレインが笑った。「壊すだけだ」ランペイジは頷き、外の路地を眺めた。時刻はウシミツ・アワー。「行くぞ」「なァ、あのよォ」デスドレインがランペイジの肩を掴んだ。「楽しかったよな、あの衛星レーザーよォ?」

 ……ランペイジは微笑んだ。


◆◆◆


「民間人の生き残りです、いかがしますか?」硝煙の奥に、黒いニンジャの姿が浮かび上がる。(やめろ)「目撃者は全て殺せ。このフロアにいるのはどうせ、カチグミフロアに行けない貧民どもだ。ネオサイタマ経済に影響はない」(やめろ!)「御意」

 ダークニンジャが答え、くるくると妖刀ベッピンを回し、刃を下にして持ち直す。(((やめろ!やめてくれ!フユコ!トチノキ!逃げろ!逃げろ!)))フジキドが叫ぶ!だがダークニンジャは容赦なく、感情なき殺戮マシーンめいて素早く2回ベッピンを床に突き立てる!2つの泣き声が、消えた。

「ウオオオーッ!」フジキドは絶叫しながら駆けた。その両腕が赤黒いナラクの炎に包まれる!ダークニンジャは冷たく侮蔑的な視線を返し、カタナを構える。不吉な刀身を。ベッピンを!「くだらぬ野良ニンジャ」激突せんとする両者の間につむじ風が巻き起こり、新たな二人のニンジャが立ち塞がる!

 二人はほとんど同じ外見をしている。身長240センチ強。シシマイめいた奇怪なメンポ。どことなく自動人形めいた不自然さを醸し出す佇まい。右のニンジャの装束には「ツル」のショドー。左には「カメ」のショドーがパターンされている。「ドーモ、マスタートータスです」「マスタークレインです」

「邪魔だ!どけ!」フジキドは叫んだ。ナラクの炎で殴りかかる。炎?そんなものは無い。フジキドは愕然とした。ナラクは?何をバカな。ラオモトとのイクサを忘れたか。ナラクは眠りについたのだ。「私は過去を見ます」とクレイン。「私は未来を」とトータス。「「あまり遠くまでは見えませんが」」

 二人の巨人が同時に両手指先をフジキドに向けた。指先に円く穿たれた発射口からマイクロスリケンが無数に連射される!スポスポスポスポスポスポ!「グワーッ!」避けられない!「下がりおれ下郎」「下がりおれ」スポスポスポスポスポスポ!「グワーッ!」

 避けられない!避けられない!「グワーッ麻痺毒!グワーッ!」フジキドが痙攣し始めたのを見計らうと、二人は顔を見合わせてシシマイめいた歯をカタカタと鳴らし、指先のフタをパタンと閉じた。そしてダークニンジャへと向き直る。「さあ急ぎましょう、ダークニンジャ=サン」 

「三種の神器を探すのです、ダークニンジャ=サン。ひとつでも手に出来れば」……「私は過去を見ました。それにはベッピンと同じ金属が」……「三種の神器?ソード、ジュエル、ミラーか?」……「いいえ、それは捏造された歴史」……「真の三種の神器とは」……「メンポ、ヌンチャク、ブレーサー」

「神器だと!」フジキドは身体中にマイクロスリケンを撃ち込まれながら叫んだ。「三種の神器!覚えたぞ!」「下がりおれ下郎」「下がりおれ」スポスポスポスポスポスポ!「グワーッ!」「似合いのザマだ、ニンジャスレイヤー=サン」ダークニンジャが冷たく言い放った。

「どのみち貴様には価値がわからぬ」ダークニンジャは涎を垂らして笑うウミノの襟首を掴んで引きずってゆく。「ウミノ=サンは返してもらおう」「下がりおれ下郎」「下がりおれ」スポスポスポスポスポスポスポスポ!「グワーッ!……三種の神器……!三種の……!」

「手ひどい夢だね」その場に残され独りブザマに痙攣するフジキドのもとへ、訪れる存在があった。フジキドは顔を上げた。そこにはボロ布を幾重にも纏った老婆が立っていた。「まだ、そう遅れてもいない」「……?」「さあ、ごらん。お仲間のお帰りだ」彼女は地平を指差した。フジキドは顔を上げた。

……「ガンドー=サン」ニンジャスレイヤーは荒野をこちらへ近づいてくる大柄な白髪の男を見、呟いた。サイバー馬にまたがった彼であるが、その後ろにウミノはいない。ニンジャスレイヤーは周囲を見渡した。荒野、空、焚き火の跡。「今のは夢か」言い聞かせるように呟いた。

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。お目覚めか」馬上でガンドーがアイサツした。「すまんかった」彼は謝罪した。仔細はIRC通信で既に伝えられている。ニンジャスレイヤーがダークニンジャに崖から落とされたのち、ガンドーは逃走、命は拾ったものの、ウミノの身柄は確保された。

「……オヌシに非は無い」ニンジャスレイヤーはガンドーの謝罪を遮った。ガンドーは頭を掻いた。「そっちも色々あったようじゃねえか」「ああ、そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「出発するとしよう」「神器だな?」「そうだ」「わかっちゃいたが、ゾッとしねえよな」「ああ、そうだ」 29

「俺らがまごまごしてる間によォ。随分経っちまっただろ」とガンドー。「ガイオンに帰った頃にゃ、何もかも終わった後かも知れんぜ。あの野郎が馬の旅で帰ったわけはねぇよ」「ならば別の手がかりを探すまで」ニンジャスレイヤーは即答した。「それに」まだ遅くは無い。彼は今の夢に思いを馳せた。

 神器……すなわち、メンポ。ヌンチャク。ブレーサー。それらが一体何を意味するのか、ニンジャスレイヤーは把握できていない。だが、それら神器にまつわる何らかの闇の陰謀が、例えばアンダーガイオン下層における大規模破壊と虐殺に繋がっているのは、紛れもない事実なのだ。 

 ニンジャは人を躊躇なく殺す。それこそ蟻でも潰すように。あのアンダーガイオン下層の事件は苦い体験となった。ニンジャスレイヤーとガンドーは虐殺の計画を知りながら、結局それを防ぐ事ができなかった。彼らは今、幾らかの情報を得、計画の目的だけは掴んでいた。 

 超弩級ハンマーシリンダー装置「ベヒーモス」が、居住区を灰燼に帰して通した最下層への道筋の先にあるのは、いにしえのコフーン遺跡。そこに安置されているのは三神器のひとつ!ダークニンジャはソウカイヤにいる時点で神器の企みを口にしていた。ザイバツの発案ではない。奴だ。奴の計画!

「この件、俺は付き合うからな」先回りするようにガンドーが言った。実際、ニンジャスレイヤーは今まさに、ガンドーに対して潜伏を勧めようとしたところだった。このイクサはおそらく熾烈を極め、何人ものニンジャを殺す事になるだろう。ガンドーはよく鍛錬されているが、敵はニンジャだ。

「死ぬぞ」ニンジャスレイヤーは言い切った。「死なねえさ」ガンドーは口の端を歪めて笑う。「こちとら逃げ足は速いんだ。それに、どうせハッカーも要るだろ。俺は専業じゃねえが」ニンジャスレイヤーはそれ以上言わなかった。ガンドー自身は否定したが、やはり彼の生まれ故郷の事があるのだろう。

 ニンジャスレイヤーは黙考する。ダークニンジャに味方するあの異形ニンジャは何なのか。そもそもダークニンジャとは。ニンジャスレイヤーにとって彼は、何よりまず家族の仇に他ならない。だがあの男自身の目的は何なのか?憎しみに身を任せていれば、答えを出す必要も無い問いではあったが……。


◆◆◆


 ガイオン地表。ドラゴン・ヒスイ・クダル・ストリートは、カンジ・トーチ・サンのカンジ・ディスプレイがよく見える、景観にすぐれた高級住宅街だ。居並ぶ家々のほとんどが平安時代に築かれたとされるが、その中でも特にゼンめいた奥ゆかしい迫力を放つ邸宅があった。

 ウルシ塗りの塀に囲まれているのは琵琶湖の景色をミニマルに再現した人工池であり、水の中からあちらこちらに突き出す岩々は濃い緑の苔で覆われている。人工池の中心に建つ高床式の邸宅の瓦屋根がカンジ・ディスプレイ「読」の炎明かりを受けるさまは、初めて見る者の涙を誘ってやまない。

 この美しくも奥ゆかしく、なおかつ危険なアトモスフィアをもたたえた文化財めいた豪邸こそが、ダークニンジャ=フジオ・カタクラの現在の住居であった。ロード・オブ・ザイバツからの賜り物である。これは実際ザイバツ・シャドーギルドの中でも十人に満たない高位ニンジャの待遇と言える。

 その一室のショウジ戸が音も無く引き開けられ、ユカタ姿のダークニンジャが縁側に現れた。この高級住宅街は何らかのテクノロジーによって重金属スモッグの類いを妨げられており、夜空に輝く星々と月明かりは煌々としている。人工池をわたる風がフジオの髪を撫でる。時刻はウシミツ・アワー。

 月明かりは室内の闇をわずかに切り取り、はだけたフートンの下、女の白い背中を照らす。ダークニンジャは池のさざ波を眺めた。彼が右に目をやると、縁側を跳ねるように、ホタルめいたLEDライトを光らせながら接近する物体があった。モーターチビだ。「重点!」「重点!」

 実際この静かな夜にそのサウンドは無粋であった。だが即ちそれは無視してはならないノーティスである事を意味している。モーターチビはフジオの目の高さまで浮かび上がると、内部から小型オーガニックモニタを展開させた。「重点!」「懲罰ミッションな!」

「なァに?ねえ」室内から寝返りの音と甘い声が発せられた。「あたしもう……ねえ許して」「誅殺すべきニンジャだ」ダークニンジャは室内に戻り、そのままフートンのわきを横切って奥の部屋へ向かった。ダークニンジャの接近を感知し、精密な自動動作でフスマが開いた。「支度をしろ」「アーララ」


◆◆◆


 ……事件はヒスイ・クダル・ストリートから北東へやや上ったヒスイ・アガリノボル・スクエアで起こっていた。平安時代よりも古くからある宝物殿ウツクシミ・テンプル、今は博物館として市民を迎え入れている重要文化財にニンジャが立て篭ったのである。

「君たち、ちょっとやめないか。カネならある。どうか穏便に」役員めいたスーツ姿の太った男がハンケチで額の汗を拭いながら諭す。「ダマラッシェー!」ニンジャの一人が右手を素早く閃かせると、ハンケチだけが細切れになり、ハラハラと散った。「ア、アイエエエエエ!」尻餅をつき失禁!

 ナムサン!重要文化財の床板が失禁で汚れてしまう!だがそのニンジャは役員のネクタイを掴んで無理矢理立ち上がらせる。「宝物殿だろ。ファイヤーソードを持ってこい。あるんだろファイヤーソード。マジックアイテムだ」六つの目穴が開いた鉄仮面メンポのニンジャである。コワイ!

「アイエエ……ニンジャ?ニンジャナンデ?」大黒柱のもとでドゲザ姿勢のままホールドさせられている係官達が震え声を漏らす。「もう一度言う。ファイヤーソードを持ってこい。ケチなブッダ像が何になる」「アイエエ!」「そう虐めるな。急いだら失敗する」もう一人のニンジャが近づく。

「どうか」役員が新手のニンジャに懇願した。このニンジャならば話がわかると思ったのだ。馬の頭蓋骨めいたメンポのニンジャだ。コワイ!そのニンジャはくぐもった声で言う「お前達の事情もわかるよ。だからファイヤーソードじゃなくていい。ジツ反射アミュレットを持ってこい」「アイエエ!?」

 役員は馬の頭蓋骨ニンジャにすがりついた。「そ、そんなものは無い!そんな……ファンタジーの世界じゃないんですから!」「ズガタッキェー!」マントラめいた恐ろしいニンジャスラングが馬の頭蓋骨ニンジャから発せられた。「アイエエエエ!」役員はわけもわからぬ言葉に威圧され再失禁!

 荒ぶる本性をあらわした馬の頭蓋骨ニンジャは役員の顔を踏みつけた!「ファンタジー?我々はニンジャだ。ニンジャがこうして貴様の目の前にいるのだ。つまりファンタジーは現実だろうが!貴様は宝物殿を司る役職者でありながら、世界の暗号を読み取る気高さを持たんのか!」「アイエエエ!?」

 役員はもはや死を覚悟した。本当にマジックアイテムなどないのだ!ここは博物館なのだ!……彼を強請っても何も出ぬ事を感じ取った馬の頭蓋骨ニンジャは、腕に嵌めたカタール剣を振り上げる。「ならば串刺し重点!隠したところで我々のニンジャ感覚は隠し扉を発見する!無駄なあがきだ!死ね!」

「最初から俺にやらせればよかったのだ」六眼仮面ニンジャが腕組みして不満げに言った。馬の頭蓋骨ニンジャがカタール剣を振り下ろす「死ね!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」何かが空気を裂いて飛来し、馬の頭蓋骨ニンジャの腕に突き刺さった。クナイ・ダートだ!

「貴様らの行動はギルドに許容されぬ」言い放ち、入り口から進み来るニンジャ存在は二人。即ちダークニンジャとパープルタコだ。「ギルド?何を言ってる」「ニンジャだと?俺達はニンジャソウルが……」狼藉ニンジャは口々に騒ぐが、二人は一切の容赦なき抜き身の殺意とともに接近する!

「屑共め」ダークニンジャは言い捨てる。「アハハハ!アカチャン!おイタしちゃったわね」パープルタコが嘲った。ダークニンジャに言う「坊やにやらせても良かったわね、これなら」「シャドウウィーヴ=サンは別のミッションに行かせた。奴は自分の面倒を見られるニンジャだ。アデプトに推薦する」

「何をゴチャゴチャと!」六眼仮面ニンジャが叫び、両手首から隠し剣を飛び出させた。「アイエエエエ!ニンジャ!?ニンジャまたナンデ!?」役員が泡を吹いて仰向けに倒れた!「ドーモ。ダークニンジャです」「ドーモ。パープルタコです」二人は先手を打ってアイサツした。

「ドーモ。ゲイザーです」六眼仮面ニンジャがアイサツした。「デッドメドウです」馬の頭蓋骨ニンジャがアイサツした。「屑はニンジャとなっても屑」ダークニンジャはツカツカと接近しながらカタナを抜き放つ。ゲイザーとデッドメドウの視線がその刀身に惹きつけられた。「マジックアイテム……」

「屑ニンジャといえど嗅覚はある。だがそれは豚の卑しさ故」ダークニンジャは無造作にデッドメドウへ向かう。「井戸を覗き込めば落ちる。宝物殿の物色は死を持って償うべし」「イ、イヤーッ!」ゲイザーがダークニンジャへ両腕を突き出す。隠し剣が射出される!だがダークニンジャは避けぬ!

 なぜ避けぬ?一瞬後!「イヤーッ!」影のようにダークニンジャの傍らへ進み出たパープルタコが隠し剣を叩き落す!彼の部下はこの状況下であれば必ずこのようにインターラプト行動をとる。ゆえにダークニンジャは最初から回避という選択肢を用意しない。これが即ちイクサにおける信頼というもの!

「もう斬れる」ダークニンジャはデッドメドウを見据えた。「エッ?」デッドメドウは慌てて回避姿勢を取ろうとし、惑い、やはり迎撃しようとした。カタール剣の三本の刃を「イヤーッ!」「グワーッ!?」ナムサン!ダークニンジャは既にデッドメドウの背後に立っていた。デッドメドウの胸が裂ける!

「ナンデ……?我々はソウルに選ばれてニンジャに……なんで他の……ニンジャナンデ……」デッドメドウががっくりと膝をつく。ダークニンジャはその背中から心臓へ、深々と己のカタナを……『ベッピン』を突き刺す!ヤミ・ウチ!(貴様の人生は無意味で無価値。誰も顧みぬ)流し込まれる呪詛!

 呪詛が哀れな犠牲ニンジャの中に満ち、その記憶を、思考を、ソウルを、ベッピンの刃の中へ押し出す!「何?これ?ヤメテ!そんな……こんなのは!アバババーッ!アバババーッ!」ナムアミダブツ!ダークニンジャは抜け殻となったデッドメドウの背中を蹴って押し、刃を引き抜く!

「卑しい。ガリ(訳注:寿司のガリか)ほどの価値も無し」ダークニンジャはカタナの血を払う。そしてパープルタコのもとへ向かった。パープルタコはゲイザーを抱きしめ、開いたメンポから飛び出した奇怪なバッカルコーン触手を、鉄仮面の六つの穴へねじ込んでいた!なんたる悪夢的光景か!

 彼女パープルタコは、メンポの奥、その口に肉の触手を隠し持つ恐るべきニンジャなのだ!仮面の中で一体どんな恐るべき事態が起こっているのか?ナムサン!描写は控えよう!ゲイザーは悲鳴すら上げられず痙攣!だがその時!ヤバレカバレめいてゲイザーは隠し剣をパープルタコへ突き刺そうとした!

「イヤーッ!」ナムアミダブツ、隠し剣は目的を果たす事なく、手首ごと切断されて吹き飛んだ。ダークニンジャのイアイ斬撃である!「ゾブッ……ゾブブッ」パープルタコは犠牲ニンジャの蹂躙を続け、ようやく濡れた触手を引き抜いたときには、当然ゲイザーはもの言わぬ屍と成り果てていた。

「ファハハハ!」パープルタコは伸びをした。触手が縮み、メンポが閉じれば、そこには蠱惑的な美女がいる。彼女は目を細めた。「ねェあたし死ぬかと思ったの。ねぇ」「遊ぶからだ」「違う、こんなつまらないイクサの事は言ってないの。ねェ好きになってもいいよね……?」「くだらんな」


◆◆◆


 パープルタコが一足先に宝物殿を去った後、ダークニンジャはブッダ方舟をモチーフとした、巨大なフレスコ絵画の展示を見上げる。スタッフや役員は急性ニンジャリアリティショックを発症、誰一人として意識を保っている者はいない。彼はニンジャ死体処理班の手配を済ませていた。

 彼は物思いに沈んでいた。ディセンション現象の変化について。イクサに身を置く彼が肌で感じるのは、ニンジャ憑依者の絶対数が明らかに数年前よりも増加傾向にあるという事だ。公に議題とされた事はこれまでにあっただろうか?ニンジャが増えれば今日のようなサンシタ以下の屑も現れる。

 このままニンジャが増え続ければ、ザイバツ・シャドーギルドが掲げる「格差社会」、選ばれた少数の支配種族たるニンジャが大多数の奴隷を使役する社会とやらも、絵空事に過ぎなくなるのでは?ありふれた大衆がありふれたニンジャ大衆に置き換わるのでは無意味だ。無秩序な力の時代は変わらない。

「懸念がございますか」「懸念がおありですか」ダークニンジャは振り返った。二人のニンジャがそこに立っていた。身長のほど240センチ強、シシマイめいたメンポを被り、一人は装束に「ツル」のショドー・テキスタイル、一人は「カメ」。マスター・クレインとマスター・トータス!

「啓示とやらを持ち来ったか、胡乱な使者ども」ダークニンジャは眉根を寄せた。二者はシシマイめいたメンポの歯をカタカタと噛み合わせた。「懸念はお体を蝕みます」「イクサに障ります」「我らは御身を案じておりますゆえ」「我らは御身を危機より遠ざけんが為に」

 二者はおもむろに膝を折り曲げ、ダークニンジャにかしづいた。「「よくぞ偉大なる冒険の達成を」」ベッピンの再生の事だ。ダークニンジャはカタナの重みを意識した。刃が鞘の中で応えたように感じた。「やはり神器」「神器は役に立ちましたと見え」「何を見出された?」「ブレーサー?」

「ブレーサーだ」ダークニンジャは頷いた。「素材……」「はて。御身のその腕」「溶かさず?」「事足りたので?」膝を折り曲げたまま、二者は同時に斜めへ首を傾けた。「そうだ。破壊する必要は無かった」ダークニンジャの腕には聖なるブレーサーが装着されているのだ。

「「……それはチョージョーでございました」」しばしの沈黙の後、二者は深々と頭を下げた。「いまだ神器を探されていると?」「三神器の探索を続けておられる?」……「それがどうかしたか」二者は同時に斜めへ首を傾ける。「御身は三神器を必要とされておられぬ」「有り無しに大差は無く」

「三神器はギルドの求めるところでもある」ダークニンジャは答えた。……「ギ、ル、ド」「ギルド」「三神器は御身に要らぬ危険をもたらします故」「三神器は未来を曇らせます故に」「御身は選ばれしもの」「御身に成り代わる事ができる者などなく」「ベッピンが」「ベッピンさえあれば」

「粛々とその尊き刃に」「ただ粛々と力を集めなされ」……「ニンジャスレイヤー」ダークニンジャは心に小骨のように刺さった言葉を口にした。「あれは何だ」……「くだらぬ者です」「取るに足らぬ者」「足をすくわれる事の無きように」「御身の輝かしき道には不要な石くれにございます」

「不要な石くれ?同感だ」ダークニンジャの眼差しが険しくなった。「故に看過できぬ」……「看過できぬと?」「取るに足らぬ下郎を御身が」二者は顔を見合わせた。ダークニンジャは言った。「取るに足らぬ下郎が生き存え、俺の前に繰り返し現れる。我慢ならぬ」

「お心を乱されぬよう」「障ります」二者は答えた。「ベッピンを第一にお考えなされませ」「さすればいずれ正しき時に正しき道が」「その下郎めも、正しき道の端にて、御身が気づかぬままに果てましょう」「お心を乱されますな」

 ……つむじ風が吹き抜け、現れた時と同様、二者は唐突にその場からいなくなった。ダークニンジャは澱のようにわだかまる憎悪、ニンジャスレイヤーへの憎悪を自覚していた。彼はその不定形な感情を、ぼんやりと弄んだ。


2

「闇……母胎にも似て暖かいこの深淵……まるで……」そのニンジャは遺跡の門の周辺をそぞろ歩き、ぶつぶつと呟いていた。彼の背後には、いつの世に建造されたとも知れぬ巨大遺跡「コフーン」が。そして前方には、隧道の突き当たり、急ごしらえの隔壁貫通エレベーターの不粋な金属が見える。

 背後にある巨大な門を四つ経る事で、ようやく遺跡の本殿への入り口が姿を現す。驚異的な古代建造物の中に身をおくこの若いニンジャは、正体のわからぬ感動と不安とに、どうにも落ち着かず、遺跡内にあてがわれた自室から忍び出たのである。「こんなものがアンダーガイオンのなお下に……」

 遺跡の門の左右にはザイバツ・シャドーギルドの旗が垂らされ、四人の武装クローンヤクザが彫像めいて立っている。若いニンジャは彼らを一瞥した。そして目をそらした。(それでもここは息が詰まる……陰謀と猜疑……四方を塞ぐ土……我が使命……)「おう、シャドウウィーヴ=サン」

 シャドウウィーヴは弾かれたように門を振り返った。「……ソルヴェント=サン」「眠れんのか?確かに気味の悪い場所よな」「ああ、まあな」シャドウウィーヴは生返事をしながら、うろたえを隠した。先ほどの呟きがソルヴェントのニンジャ聴力に捉えられていない事を祈った。

 彼にとってポエトリーは、ニンジャとなった今でもなお大切なニューロンの聖域であった。彼は己のウカツを呪った。もしもソルヴェント=サンが己の聖域に土足で踏み込み、無粋な言葉などかけて来たら……。そればかりではない。無意識にパープルタコ=サンの事を口に出してしまっていたとしたら!

「何か用か?」シャドウウィーヴは問い、サイバネ手術した右肘から先を押さえた。失われた右腕が痛むのだ。ザイバツのテクノロジーは素晴らしく、ニューロン接続された最新の義手は生身の腕とほとんど変わらない。実際彼のカラテやジツにはなんの支障も無いが、幻肢痛は残った。

 シャドウウィーヴは幻肢痛を憎んだ。ニューロンが昂ぶると顔を出すこの痛みは、かつての弱い自分の残滓が己を嘲笑しているようであったからだ。「調子が悪いのか」とソルヴェント。シャドウウィーヴは首を振った。「何も」「ええと、用はねぇよ。俺も落ち着かねぇんだ」ソルヴェントは言った。

「本当に?」「本当に?ってなんだよ!」ソルヴェントは笑った。そして懐から小さな金属シリンダーを取り出し、そこから手の平に爽快ガン(※訳註:銃ではなく、丸薬を指す)を振り出して飲んだ。「お前にも」シリンダーを差し出す。「……ドーモ」シャドウウィーヴは受け取り、爽快ガンを飲んだ。

 爽やかな成分が彼の口中に広がり、煩悶を洗い流した。爽快ガンはドラッグでは無いが、驚くほどに効いた。「ありがとう」シャドウウィーヴはシリンダーを返した。ソルヴェントは笑った。「な。いいだろ、こんな物でもよ。……しかし遺跡から離れても結局は洞窟、滅入るよなぁ」

「ああ。本当に」シャドウウィーヴはひそかに安堵し、そしてソルヴェントの気遣いを有難く思った。彼もシャドウウィーヴ同様のアプレンティスであったが、この遺跡探索ミッションの後にはアデプトへの昇格を控えている。彼のメンターは現在の遺跡ミッションの指揮官、ジルコニアだ。

(本当に滅入る)シャドウウィーヴは心中で繰り返した。ソルヴェントは気持ちのよい男だ、と彼は思った。パープルタコの手を離れ、初めての単独ミッション……たった一人でこの深淵に送り込まれたシャドウウィーヴにとって、彼の善意は意外な助けだった。それが別の不安を呼んだ。

(いや、彼はアプレンティスだ。だから大丈夫だ)シャドウウィーヴは己に言い聞かせた。ソルヴェントはジルコニアの企みを知らされていないのでは?いや、きっとそうだ。のちのザイバツの審判でも、きっと彼の事は酌量してくれるはずだ。シャドウウィーヴが気にする事は無い。

 もっと気を強く持たねばならない。なまなかな覚悟で乗り切れるミッションではない。ジルコニアはマスターニンジャだ。なるべく早く奴の反ザイバツ的な企みの証拠を持ち帰る……状況が急を要するようであれば、彼自身の手で阻止せねばならない。場合によっては、戦闘も……!

「もう一粒くれないか」シャドウウィーヴは言った。「気に入ったか」ソルヴェントはシリンダーを放った。「やるよ」「ドーモ」シャドウウィーヴはうつむいた。右腕が痛い。だが初めての単独ミッション。高揚感もまた、ある。(俺の力を信頼してくれたダークニンジャ=サンに報いたい)

(「お前には確かに才能がある。シャドウウィーヴ=サン。引き際を心得れば大丈夫だ」)あのどこか恐ろしげなダークニンジャが思いがけず掛けてくれた言葉を、彼は反芻した。その口調にブラックドラゴンのような優しさは無かったが、かえってそれは客観的な指摘めいて、素直に嬉しかった。

 彼はあの日の事を……月下に敵の生首と妖刀を持って立ったダークニンジャの啓示的な姿を思う。彼はあの時、密かに泣いた。そして芸術への謙虚を知った。いつの日か、彼のポエトリーが豊かに開花し、自在に言葉を紡ぐワザマエを身につけたその時、あの光景をハイクにしたい。彼はそう考えていた。

 ゆえに彼は、ダークニンジャを口さがなく言う者を心底軽蔑していた。余所者、親しめぬ堅物、真意の読めぬ冷血……だから何だ?そんな俗な尺度で彼を汚す連中は、その実、怖れているに過ぎない。ジルコニアもそんな下衆の一人だ。死んだイグゾーションの派閥に属するニンジャなのだから!

 故イグゾーション、スローハンド、パーガトリー。上流階級出身者たる三人のグランドマスターは特に親しく、最大の派閥を形成していた。イグゾーションに対し、シャドウウィーヴは個人的な恨みをも抱いていた。あの時、彼を虫かなにかのように見下ろした、あの……。(考えるな、それは)

 今回ジルコニアのチームに滞りなく加わる事ができたのも、実際シャドウウィーヴが実績の無い無名者である事が大きい。ダークニンジャ当人は勿論、シテンノの二人でも立場的に出来ぬ仕事だ。やるなら自分しか無い。期待に応えねば。(そしてパープルタコ=サンにも俺の成長を、力を……)「おい」

 ソルヴェントの気遣わしげな目がシャドウウィーヴを見ていた。「本当に大丈夫か?」「ああ、大丈夫だ。本当に大丈夫」彼は素早く頷いた。「爽快ガンも貰ったしな」「何だよそれ」ソルヴェントは苦笑し、「お役に立てて良かったよ。本当にヤバかったらドクターに診てもらえよ?」「ああ」

 シャドウウィーヴは声を潜め、ソルヴェントに問うた。「ところで、この遺跡の最奥……本当にあると思うか。神器とやらが」彼はソルヴェントの瞳孔を注視した。「さあな。仕事さ」ソルヴェントは肩を竦めた。「そんなのは偉い人が考えりゃいい」「そうだな」シャドウウィーヴは微笑し、頷いた。


◆◆◆


「ハイ、それェー!」デスドレインが哄笑した。「残念!そう動くのはダメだったなァー?」「グ、グワーッ!?」ナムサン!ザイバツ・ニンジャのブロンズデーモンは壁を蹴ることができなかった。踵にはタールめいた暗黒物質が絡みついているのだ。壁を伝う配管パイプの裂け目から飛び出したのだ!

「ち、畜生ッ!」そのままバンジージャンプのゴム紐めいてブザマに壁から逆さに吊り下げられ、ブロンズデーモンは喚いた。「こんなクズどもに!」「へへへへ!クズどもだなァー!」デスドレインは満面の笑みを浮かべた。「もう少し殺すのは待ってろよな!そこでな!自害もダメだ」「オゴッ!」

 ブロンズデーモンの体にアナコンダめいて暗黒物質が巻きつき、口をこじ開け、侵入して黙らせる!デスドレインは相棒を振り返る。ランペイジはもう一人のニンジャに対していた。そのニンジャは下半身を暗黒物質に呑まれ、動けずにいた。ランペイジはサイバネアームから蒸気を噴き出した。

「……やってくれ」ランペイジは首をゴキゴキと鳴らし、動けないニンジャ、ザイバツのトライデントを見据えた。デスドレインが片手を上げると、その暗黒物質は突如として締めつけを解き、地面に飛び散った。「!……イ、イヤーッ!」僥倖とばかり、トライデントがランペイジに飛びかかる!

 トライデントの右手から三つ又の槍状サイバネクローが展開!先端は過電流でバチバチと火花を散らしている!ランペイジは一歩踏み出した。サイバネアームが引かれ……「イヤーッ!」ストレートを繰り出す!手首関節部が蒸気を噴き出し、拳がやや前に迫り出す!CRAAAAAAASSSH!

 衝突直後、腕は反動制御の蒸気を噴いた。ランペイジは踏み留まる。トライデントは吹き飛んだ。吹き飛んだとしか形容のしようが無い。両足首から下が飛び散り、地面に落ちた。他の部位はどこにも無い。粉々に粉砕されて、血かなにかの染みになったのだろう。トライデントはこの世から消えた。

「消えちまった!」デスドレインが目を丸くして叫び、そして腹を抱えて笑い出した。「へへへへへははははははは!消えたァー!バカだお前!何だそりゃあ!意味がわからねえ、そんなもの!」「これが俺という力だ」ランペイジは無感情に答えた。「俺の意志が俺のニンジャソウルであり、俺の腕だ」

 ナムアミダブツ……ランペイジの冷静な言葉はある意味で真実であった。ビルすら素手で破壊できた彼の不可解なまでのニンジャ膂力が、両腕を失い、かわりにただ破壊だけを目的としたサイバネアームの質量を得たことで、マッポー的なまでの相乗効果が生み出された……そのように仮定するしかない!

「あ!忘れてた!」デスドレインは我に返った。「違う!お前じゃねェよアズール!」彼へ反射的に視線を向けた少女に対して邪険に言うと、壁からぶら下げられたブロンズデーモンを振り返った。「なァ悔しいか?ザイバツ・ニンジャ=サンよォ?」「……!」「俺は面白ェ!」

「こんな狼藉!ギルドは許さんぞ」喋れるようにされたブロンズデーモンが息も絶え絶えに言った。「またそれだ。ギルド。ギルド。ギルド。……つまんね」デスドレインは絞り上げた。「アバッ!グワーッ!」「まだ殺すな」とランペイジが口を挟む。デスドレインは肩を竦めた。

「ゆっくりだ。殺さぬように痛めつけろ。拷問して聞き出す」犠牲者を見上げ、ランペイジは平然と言った。デスドレインは頭を掻いた。「難しいぜ」「お前が知りたい事だ」とランペイジ。「ゲーッ」デスドレインは苦り切って舌を出した。「まァいいかァ!おいザイバツ・ニンジャ=サン!」「……!」

「密書って何かなァー?最下層に何があンの?」「アバッ……グ、グワーッ!グワーッ!」「ジルコニアって誰だ?あいつ!いるの?あいつ!なァあいついるかァ?」「アババッ!アババババーッ!」「もしもォーし!」「アバーッ!」「へへへへへ!なかなか良くなってきた!良くなってきちまった!」


◆◆◆


 二人は丘から禍々しい裂け目を見下ろした。散在する鉄塔は「無理」「禁止」「素麺」といったミンチョ文字の漢字サーチライトを旋回させ、武装クローンヤクザを載せた屋形ジープがコンテナ群の間をせわしなく行き来している。「ホーム・スウィート・ホーム……とはいかねえか」ガンドーが呟いた。

「様変わりしている」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「そうだな」ガンドーはズバリガムを口に入れた。彼らは今、因縁のアンダーガイオン第13層にいる。丘の上には労働配備センターや労働者の列、炊き出し等が変わらず風物詩めいて存在している。だが丘の下はご覧の有様だ。

 かつてあの場所には巨大な要塞、ハンマーシリンダー施設「ベヒーモス」が存在していた。今は影も形もない。彼らが(……正確にはダークニンジャが最後に手を下したわけだが……)破壊したからだ。ベヒーモスは壊れたが、殺戮は止められなかった。隔壁は貫かれ、下の層の人々は皆殺しになった。

 かつてベヒーモスがあった地点には巨大な裂け目が口を開けていた。その淵に、鉄塔よりもやや大きい、クレーンめいた施設がある。ニンジャ視力をもってすれば、それが鉱山に設置するようなタイプのエレベーターだとわかる。エレベーターの周囲の護りは厳重だった。セントリーガンのヤグラも複数。

「それじゃ、落とし前をつけようぜ」ガンドーが言った。ニンジャスレイヤーは頷いた。トレンチコートにハンチング帽姿。その服装の下には、ニンジャ殺しの悪鬼が潜んでいる。彼の目は決断的な殺意に澄んでいた。


◆◆◆


 恐怖を煽る書体で「め組」とショドーされた垂れ幕を垂らしたヤグラ上にはクローンヤクザが一人おり、こめかみを据付のセントリーガンとLAN直結して、双眼鏡で定期的に下をクリアリングしていた。「アバッ?」飛来物がその喉もとを貫通し、直結されたセントリーガンが火花を噴いた。

 やや遅れて、そのヤグラの足元にニンジャスレイヤーとガンドーが駆けてきた。ニンジャスレイヤーは既に赤黒のニンジャ装束姿、「忍」「殺」のメンポも禍々しい。「ポイント倍点」ガンドーは地面に落ちていた双眼鏡を拾う。クローンヤクザを音もなく殺めたのはニンジャスレイヤーのスリケンだ。

「今回は別行動の必要もあるまい」ガンドーは言った。「どうってこたァ無い。突っ込みゃいいんだ。まず管理施設を叩く。で、そこのUNIXをぶっ叩く。エレベーターを主動コントロール状態にしたら、そのまま下だ」「うむ」ニンジャスレイヤーは頷いた。

 コンテナの陰から陰へ、二人は身を低くして進んでゆく。コンテナにはそれぞれに「アンコ」「サツマイモ」「米粉」「バイオ」「覚醒剤」など、さまざまなミンチョ書きが為されている。「アバッ」ニンジャスレイヤーは角を曲がってきたクローンヤクザの首を、後ろから240度捻じって殺した。

「ザイバツゆかりの暗黒物資の一時保管所と言ったところか」ニンジャスレイヤーが呟いた。ガンドーは顔をしかめ、「そうだな。闇の経済の一端をご覧あれってか……」だが必要以上の時間は無い。彼らは淡々と遭遇したクローンヤクザをカラテで殺しながら先を急ぐ。

「40時間働いた」「オタッシャですねえ」「スシが効く」……コンテナの向こうではクローンヤクザ五人が簡易テーブルを囲み、奇妙な会話を互いにかわしながらスシを食べている。ニンジャスレイヤーとガンドーは視線をかわした。「1、2の」「3だ」二者は突入した。「「イヤーッ!」」

「アバッ!」「アバーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはジャンプ右手パンチでクローンヤクザAの首を折って破壊、同時に左脚の鹿めいたキックを繰り出しクローンヤクザBの心臓を肋ごと破壊。ガンドーは左銃底殴打でCの後頭部を破壊、右肘打ちでDの額を割って破壊した。

「スッゾコラー!」残るクローンヤクザEがチャカ・ガンを構えた時には、投擲されたスリケンが脳天に刺さっていた。瞬殺である。タツジン!緑色の血液が散り、やがて赤色に変わる。「しかしまあ、こいつらにも命はある。毎度毎度たまらんな」とガンドー。「そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。

 ガンドーはコンテナ群から顔を出す台形の建物へ顎をしゃくった。建物の屋根には巨大なダルマが設置され、巨大な看板に「大きく管理」とショドーされている。「あれか」ニンジャスレイヤーは呟いた。「おそらくな」とガンドー。「大穴も近いぜ」

 二者はしめやかに前進し、ためらいなく管理施設に突入した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが鉄扉を蹴って一撃で破壊、施設内へ雪崩れ込む。「「ア、アイエエエエ!?」」UNIXを睨んでいたオペレータ二名がバネ仕掛けめいて椅子から立ち上がり、ホールドアップした。「「ヤメテ」」

 非ニンジャかつ非戦闘員の降伏者を理由もなく殺すほど堕ちてはいない。ニンジャスレイヤーとガンドーは手早く二名を拘束した。ガンドーは何も言わずUNIXデッキ席に腰を下ろす。「丁度よかったぜ、システムを動かしている途中でよ」彼は素早くキーをパンチした。

「上がってドスエ」マイコ音声がUNIXスピーカーから発せられ、計器のメーター類の針がせわしなく左右に触れた。屋外の軋み音が管理施設内にまで届く。「エレベーターのお迎えだぜ」ガンドーは言った。


◆◆◆


「二つ。曲がる柳。そのあと三つ、それから北へ四、ハイ、そこに騎士を配置。グリフォンは?グリフォンはどこだ。エート」マキモノから顔を上げたのは、五芒星がレリーフされた仮面型メンポのニンジャ。遺跡ミッションの副官、メイガスだ。「グリフォンはハンニャの右だ」ジルコニアが指示した。

 左目を眼帯で覆ったジルコニアは大柄で鍛え抜かれた体躯をジルコン色のニンジャ装束で包み、立ち振る舞いの端々から尊大さが滲み出ている。彼もまたマキモノに素早く目を走らせている。ソルヴェントとシャドウウィーヴは出口付近でそれを見守る。彼らが今いるのは閉ざされた第六の扉の広間だ。

 彼らが格闘しているのは広間中央の台座の古代パズル……今や継承するものの無い、失われた原型ショーギを用いた仕掛けである。彼らが頼りとするマキモノは考古学者ウミノ・スドから搾り取った情報に基づく手順書だ。第五の扉から先は、このような試練が毎回設えられ、探索者の資格を試すらしい。

 広間の天井は高く、互いの脚を喰いあう円環のイカの飾り彫りが施されている。美術的価値は高いかもしれぬが、怪物めいたイカが放つただならぬアトモスフィアは、ニンジャの彼らをも威圧してやまない。「向かい合わせる。そう!これで西からの曙を示すモージョーになる!」メイガンが手を打った。

 ドォン……扉の向こうで太鼓めいた音が鳴った。さらに無数の空気穴を風が吹き抜け、不穏な音を鳴らす。弱々しく調子外れのフルートを思わせるその音色は、彼らをさらなる深淵へ導くがごとし。そして巨大な第六の扉が唸りながら開いて行った。「よし」ジルコニアが奥の闇を睨んだ。

「続け」メイガスが命じた。ソルヴェントは回廊で待機するクローンヤクザ達に追従を合図。シャドウウィーヴはソルヴェントと共に高位ニンジャを追い、螺旋状の石段に足をかける。(……まだ下るのか)マグライトが目の前の闇を照らすたび、ぞわぞわとした何かが光から逃げる。否、否、錯覚だ。

 指先で無意識に撫ぜた壁画が、カエルの大群をメンポから吐く悪夢的ニンジャ災厄の絵図である事に気づいた時、シャドウウィーヴは思わず声をあげそうになった。(気を確かに持て!これではジルコニアの企みを阻止する事など、かなわんぞ)彼のニューロンの中で、架空のブラックドラゴン師が諌める。

 彼は驚いた。架空のブラックドラゴン師に喋らせるほどに己は緊張しているのか?独りである事が、そんなにも……?あるいはこの遺跡そのものが持つアトモスフィアのせいで……?だが彼はかえってそれにより幾らか平静を取り戻す事ができた。

(落ち着け。そしてミッション重点)彼はジルコニアの背中を追った。陰謀を事前に暴き外部へ知らせる時間は、もはや無かったと……そう考えるしかない。彼自身が阻止するしか無いのだ。もしもジルコニアがこのまま神器の間まで辿り着くようなら……。そして、神器の破壊を試みるのなら!


3

 降下するエレベーターがゴウンと音を立てて震動。停止した。「……」ニンジャスレイヤーとガンドーは顔を見合わせた。「故障かな」とガンドー。「……いや、わかってる。言ってみただけだ。言っただけさ。要するにアレだ」ガンドーの言葉はアラームに遮られた。ブガー!ブガー!「そう、ヤバイ」

「なんらかのインシデント重点!何かが重点な!」剣呑なマイコ音声が叫ぶ。「各自で対処し問題を起こしてはいけませんね!カラダニキヲツケテネ!」ブガー!ブガー!「そんなに派手にやってねェのによ。ショックだぜ」ガンドーは肩を竦めた。ニンジャスレイヤーはエレベーターの縁から見下ろす。

「ヤバイぜ。このままこんな中途でボンヤリ捕まるのを待つわけにも……なんだ、おい」ガンドーは後ずさった。「お前まさか」ニンジャスレイヤーは頷き、詰め寄る。「勘弁してくれよ!グワーッ!」ニンジャスレイヤーはガンドーの190センチ超の長身を米俵めいて抱え上げた。そして飛び降りる!

 ナムアミダブツ!ガンドーを担いだニンジャスレイヤーは停止したリフトエレベーターから躊躇なく飛び降りたのだ!彼のニンジャ視力は闇を見通し、底がさほど遠くはない事を読み取っていた。それゆえのダイブ!「イヤーッ!」

 ガンドーを抱えたまま、ニンジャスレイヤーは問題なく下の地面に着地!「オゴッ!」ガンドーが咳き込む!ニンジャスレイヤーはガンドーを降ろし、着地点の空洞を見渡す。岩壁に一箇所、PVC警戒色テープで養生された穴が口を開けている。そこからクローンヤクザが二人飛び出した!「アッコラー!」

 ガンドーは両手の拳銃を突き出す。BLAM!BLAM!49口径マグナム弾が彼らの脳天を同時に吹き飛ばし即死!二者はそのまま穴へ突き進んだ。「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」隧道を曲がって現れたクローンヤクザをニンジャスレイヤーはスリケン殺!

 タタタタタ!タタタタタ!定期的なアサルトライフル射撃音が鳴り、壁や床に銃弾が跳ねる。隧道が開けたところに土嚢が築かれ、その陰からクローンヤクザ二人が銃撃してくるのだ!「ヤバイヤバイヤバイ」ガンドーは岩陰に身を隠す。「否」だがニンジャスレイヤーは突っ込んで行った!「イヤーッ!」

「グワーッ!」土嚢を回転ジャンプで飛び越え、空中から振り下ろされた踵がクローンヤクザの頭を砕いた。もう一人の土嚢ヤクザはニンジャスレイヤーに銃口を向ける。「スッゾコラ、グワーッ!?」それが命取りだ。BLAM!ガンドーが岩陰から顔を出しそれを射殺!

「クリアか!?」ガンドーは再び岩陰に引っ込み叫んだ。「いや。まだだ」ニンジャスレイヤーが答える。「そこにおれ」開け放たれた門扉の陰からガシャガシャと音を立てて登場した逆関節ロボニンジャに向かってジュー・ジツを構えた。「ドーモ、モーターヤブ改善!モーターヤブ改善は賢く強い!」

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは奥ゆかしくアイサツを返す。タタタ!タタタタ!ヤブの両肩ガトリングがアイサツの戻り際に火を吹く!いまだその人工知能は人間の思考に劣るとみえて、礼儀アルゴリズムも不完全なのだ!「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーは側転回避!

 側転しながら放たれた二枚のスリケンが両肩ガトリングを破壊!「ピガガーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは地面を蹴って懐へ飛び込む!「改善イヤーッ!」モーターヤブがサスマタを突き出す!だがニンジャスレイヤーは跳躍して回避!空中回転!垂直カワラ割りパンチを脳天に叩き込む!

「イヤーッ!」「ピガガガガーッ!」モーターヤブの頭部が撃ち抜かれ、爆発四散!「サヨナラ!」ニンジャスレイヤーは破壊されたロボニンジャから飛び離れ、しめやかに着地した。「……機械は機械のままか」「終わったかァー?」ガンドーの声が届く。「終わった」

「ここが入り口ってか」ガンドーは隧道から進み出、目の前の巨大門から奥を覗き込んだ。「門の奥にまた門……地図を調達する必要があるかもな。UNIXデッキがありゃいいが」「所詮は古代の建造物だ」ニンジャスレイヤーは言った。「迷わされる程ではあるまい」「本当にそう思うか」「判らぬ」

「とにかくだ!警戒を解かず、慎重にかつ大胆にってな」ガンドーは呟いた。「同感だ」ニンジャスレイヤーは頷いた。二者は進み出る……さらなる扉を開ける。中は巨大な玄室だ。敵はいない。奥にもまた扉がある。彼らはそれをも開けた。同様の玄室。敵は無し。さらに扉。それも開ける。

「……オイオイオイ、こりゃあ……」ガンドーは絶句した。門扉を開けた二者を出迎えたのは、スモウ・アリーナ程もある巨大な円形ホールであった。壁沿いに十数体、背丈6メートル弱の石像が立ち並び、手に手にブッダ武器を構えている。どれも首から上が欠落していたり、顔が削り取られている。

「これが……ザイバツの連中が無茶苦茶やってまで手中にしようとした遺跡」ガンドーは呻いた。広間の床には青いPVCコーティングが施された配電ケーブルが蛇のごとく這い、奥の大扉へ続いている。「ザイバツの連中の涙ぐましい下準備だよな。ついていくか?」とガンドー。「そうだな」

 実際、LEDボンボリで照らされた円形の広間は、七つの大扉に繋がっているのだ。「古代人の稚拙な遺跡が何だって?」前方を警戒しながら、ガンドーがやや嬉しそうに言った。「やはり地図が要るな」ニンジャスレイヤーは呟いた。ガンドーは剥がれたページを取り出し「このメモしか無いからな」

「ウミノ=サンから渡されたのか?」「まあ、盗んだというか」ガンドーは答えた「咄嗟だったんでな。地図ならよかったんだが。こんな暗号めいたものじゃなく」彼は歩きながらメモを音読する。「入るは一人、出るは二人。ゴリラの背を鳴らし、しかるのち、災厄のニンジャを正しき順序で唱えよ」

「災厄のニンジャ?」「おかしな文言よな。古事記かね?」ガンドーは肩を竦めた。「あいにくと、そのへんの話はサッパリだぜ」「私もだ」二人はおそらくザイバツ関係者の手で「第四な」とショドーされた張り紙が突き立てられた門を押し開く……。

 ドォン……腹の底に響く太鼓の音が微かに聴こえた。だが二人の注意を引きつけたのは音ではなく、断崖である。門をくぐるとそこは竪穴。足場はタタミ七枚分程度の広さしかないバルコニーであった。ガンドーは淵から下を見る。深淵が闇に溶け込んでいる。「オイオイ行き止まりか」

「いや」ニンジャスレイヤーは否定した。配電ケーブルは壁伝いに固定され、深淵へ落ち込んでいる。彼はバルコニーの端に、海賊船の舵めいた装置を見出した。「……」彼は舵に手を掛け、力を込めて回す。「ヌウッ……!」歯車の作動音と石が擦れる唸りが聴こえ、バルコニー自体が下降し始める!

「ビンゴだ!……けどよ」ガンドーはニンジャスレイヤーを見る。「ヌウーッ!」彼は己のニンジャ膂力を最大限に引き出し、キアイとともに舵を回していた。その背中と肩に縄のような筋肉が浮かび上がる!「替わってやれそうもねえな、それ……」ナムサン、ニンジャ以外の者を拒む物理装置なのだ!

 ゴゴゴ、ゴゴ……バルコニーはリフトエレベーターめいて、ゆっくりと下降を続ける。回せば回しただけ降りるのだ。ガンドーはやや手持ち無沙汰げに2丁拳銃を構えて周囲を警戒した。「すまんなニンジャスレイヤー=サン。ラクしちまって」「気が……散る!」彼はキアイで舵を回し続ける。

 ゴゴ、ゴゴ……10分程の降下時間であったが、ニンジャスレイヤーにとっては十倍にも感じられた苦役では無かったろうか?壁面には天から降りる不吉な長虫ドラゴンの果てしなく長い胴体が描かれていた。胴体には模様めいて無数の眼球があり、侮蔑的に侵入者を眺めているのだ。やがて床が見えた!

「ドーモ!貴様はニンジャスレイヤー=サンだな?そしてこいつは……まあいい!」ナムサン!ようやく底にたどりついたバルコニーを待ち構えていたニンジャあり!奥へ続く隧道の戸口に立つザイバツ・ニンジャは、舵を押さえたままのニンジャスレイヤー、そしてガンドーに対し、オジギしてみせる!

「俺様はパルスコブラ!覚悟せよニンジャスレイヤーと、そこの貴様!」「ヌウウーッ!」ニンジャスレイヤーはアイサツも返せず、舵に掛かりきりだ。BLAMBLAM!ガンドーは咄嗟に拳銃を撃つ!「イヤーッ!」敵ニンジャは銃弾を回転ジャンプで躱して飛び蹴り!ニンジャスレイヤーを襲う!

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは背中を蹴られ呻く。なぜ舵を離さぬ?答えは明白!蹴りを受けて力が緩むと、バネじかけめいてバルコニーが跳ね上がりかけたのだ!ニンジャスレイヤーは力を込め直す!「だよなァ、努力を無駄にするなよ?」卑劣!パルスコブラの両手ブレーサーが青い電光を纏う!

「畜生め!」BLAMBLAM!ガンドーの49口径マグナムが火を噴く!「フハハーッ!」パルスコブラはブリッジでこれを躱す!さらにブリッジ姿勢から戻りつつニンジャスレイヤーの背中を殴る!「グワーッ!」飛び散る電光!アブナイ!「そうだぞ!離すと大変だァー!」卑劣!

「ウオオーッ!」ガンドーは至近距離からマグナムを乱射!「黙っておれ非ニンジャ!イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン、雑な攻撃はニンジャには当たらぬのだ!ヤリめいたキックを受け、ガンドーはバルコニーから床へ転がり落ちた!「これで貴様一人!舵は離せぬぞォー!」卑劣!卑劣過ぎる!

 パルスコブラがニンジャスレイヤーの背中に両手をあてる!激しい火花!「グワーッ!」ナムサン……ナムサン!これは確かに地形を利用したフーリンカザンと強弁できなくもない。だがミヤモトマサシや武田信玄がこの浅ましき戦術を目の当たりにすれば、眉をひそめ「ヤンナルネ」と呟くこと必定!

 電撃はニンジャスレイヤーを苛み続ける!「グ、グワーッ!」どうするのだニンジャスレイヤー!だが見よ!苦しみながらも、彼の目に燃える闘士は死んでいないのだ!「噂のニンジャスレイヤーも仕掛けを利用すればこの通り!『強い敵は落とし穴に落とせ』とはミヤモト・マサシの至言よーッ!」

「イ……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは苦しみながら、なぜかドウグ社のロープをあさっての方向に投擲!それだけの動作でもバルコニーが跳ね上がりかかる!「何を馬鹿な苦し紛れ!」ニンジャスレイヤーを電撃で苛み続けながらパルスコブラが勝ち誇った。「……オヌシは死ぬ気か?」 「え?」

「さっさと!やってくれ!」苦しげなガンドーの声。彼が掲げた左腕にはフックロープが巻きつき、右半身で隧道への戸口にぴったりとしがみつく。ドウグ社のロープは特殊カーボンナノチューブ製、電気を通さない!「え?」もう遅い。ニンジャスレイヤーは舵から手を離し、巻き上げ機構を働かせた。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの身体が跳んだ!「グワーッ!」ガンドーは戸口にしがみつき、耐える!「え……エッ」そしてバルコニーが跳ね上がる!「グワーッ!?」急加速する足場のGによってバルコニー上に叩き伏せられるパルスコブラ!そのままロケットめいて急上昇!

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはガンドーに衝突!両者は衝撃に呻く!「アーアアー!」遥か頭上へ消えて行くパルスコブラの悲鳴!やがて、ガゴンという急停止音!そしてその急停止でピンボール発射台めいて吹き飛ばされ、天井に叩きつけられたパルスコブラの断末魔!「サヨナラ!」爆発四散!

「強い敵は落とし穴に落とせ、か」ニンジャスレイヤーは荒い息を吐き、頭上の闇を見上げた。「同感だが、サンシタを落としても良いという事だな」「俺も格言がある」と、しかめ面のガンドー。「電気ビリビリで敵を倒せた奴は歴史上存在しない」「何だそれは?」「……いや、カートゥーンの話さ」

「仮に私があのまま死んだとして、奴はその後どうするつもりだったのだろうな」「頑張って舵を掴むんだろ。無理そうだが」他愛の無い言葉をかわしながら、二者は隧道に進む。しばしの前進ののち、あらたな広間と、次なる巨大な門が姿を現した。ニンジャスレイヤーは門に手をかけ、押した。

 ……再び足場が消失している。ガンドーは肩をすくめた。「またバルコニーだ」「前を見ろ」とニンジャスレイヤー。今度は竪穴ではない。奥へと伸びるトンネル状だ。そしてバルコニーの淵には三台の……トロッコ。「トロッコだと?」ガンドーが顔をしかめた。

 確かに、間隔をおいて設置された三台のトロッコの足元には線路。線路はそのまま三本の細長い橋となり、それぞれがカーブとアーチ曲線を描きながら前方の闇の中へ消えている。「乗れってか」ガンドーが呻いた。「タノシイランドじゃねえんだぞ……」「待て」ニンジャスレイヤーが留める。

「それぞれがどこへ繋がるという保証もないぞ。バンブートラップにトロッコごと転落など、御免こうむる」「お、おう、まあ、そうだな」ガンドーは頷いた。「だが、ここでこうしてぼんやり休むわけにも行かんだろ」ニンジャスレイヤーはトロッコの背面に刻まれた文様を示した。「見ろ」

 トロッコに刻まれているのは、様式化された文様だ。左から順に「猟犬」「モンキー」「孔雀」。「ああ、こいつはさすがに俺にもわかる。古事記のモタロ伝説のしもべ動物だ」ガンドーは言った。「だがそれだけじゃあ……」「壁だ」ニンジャスレイヤーは背後の門の脇を指差した。

 壁には劣化したタペストリーが貼り付けられている。鑑賞に耐える程度には保たれている。もう千年もすれば塵と化すだろう……。ニンジャスレイヤーはタペストリーの簡易古語をどうにか読んだ。「モタロが死んだのち、猟犬は亡骸を、モンキーはモタロの財宝を受け取った。孔雀は語り継いだ」

「正解をその文言から解き明かせって事か」とガンドー。「間違いはバンブートラップかね?やれやれ、財宝を受け取ったならモンキーが正解」ガンドーは断定しかけたが、首を振った。「……と行きたいが、もう一捻りあるぜ。探偵のカンだが……」彼はタペストリーに顔を近づけた。

「なぁニンジャスレイヤー=サン、アレだろ、モタロの死のくだりは、子供向けの絵本で省かれてるくだりだよな。モタロを葬った三匹は、結局のところよ……」「インガオホーだ。全員死んだ」ニンジャスレイヤーはガンドーの言葉を引き継いだ。

「モンキーは帰り道の豪遊がたたって、盗賊の罠にかかり、惨たらしく痛めつけられて死んだ。猟犬はモタロの遺体から不死性を盗もうとしたが、不死性は宿らず、かえって腐肉の病によって苦しんで死んだ。孔雀は欺瞞の帝国を築いたが、権力闘争によって半年も保たず国は滅び、火で焼かれて死んだ」

「どれも不正解って事だろ」とガンドー。「……いや、その後は?その後はどうなった?知らねえか?俺はここまでしか知らん」「テンプルだ」ニンジャスレイヤーは言った。「モタロが死んだその場所に、賢者はテンプルを建てた。彼のカタナを聖遺物として、彼のゴーストを鎮めた。それで終わりだ」

「て事は、正解はカタナかテンプルかモタロだ。だがそんなトロッコは無い」ガンドーは渋面を作った。タペストリーを撫でる手が止まる。「……いや、まて」彼は注意深くタペストリーを注意深くめくった。

 ナムサン!ここがネオサイタマTVのオイランクイズ放送であれば、キャバァーン音が鳴らされた事であろう。タペストリーの裏側には四つの小さなくぼみがあった。それぞれ、タペストリーがかかっていれば「モタロ」「猟犬」「モンキー」「孔雀」の文字の位置!「オイオイオイ!」「……モタロだ」

 ガンドーは一瞬ためらったのち、「モタロ」の位置の窪みに指を差し込んだ。ガチャリと仕掛けが動く音が壁の向こうで鳴った。「さあどうなる……」二人は周囲を警戒する……。

 ゴゴツ、ゴゴゴ!なんらかの機構が唸りを上げ、彼らの眼前の三台のトロッコが床に収納された!それだけでは無い!三つのレーンが分離しながら配置を変え、組み合わさって、新たな一本のレーンを形成したではないか!さらに手前の床が開き、新たな一台のトロッコがせり上がってきた! 

 ゴウランガ!なんたる奥ゆかしくかつ大掛かりで謎めいた古代人の秘匿技術か!「オイオイオイ!大掛かりなもんだぜ!だが結局トロッコだ。参るよな」ガンドーはトロッコに乗り込んだ。「早く行こうぜ!ニンジャスレイヤー=サン。ザイバツにはウミノ=サンの謎解きがある。時間が無いかも知れんぞ」

「レバーは私がやる」ニンジャスレイヤーは後ろ側に乗り込み、レバーを掴んだ。やはり硬い!「ヌウーッ!」力を込めて漕ぐと、トロッコが徐々に進み出す。レーンは下り坂へ差し掛かり、トロッコが加速を開始する!「イヤッハー!」ガンドーが風を受けて叫んだ。ジェットコースターめいた速度!

 風が唸り、ガンドーの白髪やニンジャスレイヤーの装束をはためかせる!急カーブだ!「ウオオーッ!ヤバイヤバイ!」強烈なGを堪え、ガンドーはトロッコの縁にしがみつく。ニンジャスレイヤーは持ち前のニンジャバランス感覚を発揮し、さほど苦もない様子、流れゆく周囲の様子を警戒する!

 さらにカーブ!そして下り坂!「ウオオーッ!」その後トロッコは一直線に進行!やがて前方、トンネルの両壁に、円く口を開けた穴が近づいてくる。左右それぞれの穴の中からは別のレーンが吐き出されており、このトロッコのレーンに合流・並走する形となっている……ナムサン!見よ!

 左右の穴から別のトロッコが飛び出したのだ!トロッコにはそれぞれ三人ずつのクローンヤクザが乗り込んでいる。それがニンジャスレイヤー達のトロッコを並走しながら追ってくるではないか!「ザッケンナコラー!」クローンヤクザ達はアサルトライフルで狙う!

「オイオイオイ!ふざけるなよ……!」ガンドーは素早く49口径マグナムで右後方のトロッコを狙い、発砲した。BLAMBLAM!「グワーッ!」「グワーッ!」クローンヤクザ二人がトロッコから転落!ガンドーが急いでトロッコの中へ身を沈めると、銃弾が無数に車体を跳ねる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左後方トロッコめがけスリケンを投擲、アサルトライフルを激しく撃ち込んできたクローンヤクザの脳天を破壊!「グワーッ!」ポイント倍点!「イヤーッ!」さらに投擲!「グワーッ!」さらに一人をヘッドショット重点!「チェラッコラー!」

 ナムサン!右後方の残るヤクザが身をかがめ、ロケットランチャーを取り出して構えた!「ヤバイヤバイヤバイ!RPGだとォ!?」ガンドーは慌てて銃弾を撃ち込む!BLAMBLAM!カーブ!当たらない!「スッゾコラー!」引き金が引かれんとす!BLAM!「グワーッ!?」

 RPGヤクザが仰け反る。必死の銃弾がロケットランチャーの側面に当たり、そらしたのだ!ロケット弾は花火めいた光る煙の尾を引いてニンジャスレイヤー達のトロッコの横をすり抜け、そのまま旋回して壁に衝突!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケンがRPGヤクザを殺害!

「ダッテメッコラー!」右後方トロッコはもはや無人!残るは左後方のトロッコに一人!アサルトライフルを乱射!だがここで右へ急カーブだ!「ウオオオーッ!」ガンドーは振り落とされそうになりながら必死でトロッコを掴む。ニンジャスレイヤーはニンジャバランス感覚によりものともせぬ!

「グワーッ!?」だがクローンヤクザはダメだ!身を乗り出してアサルトライフルを撃っていた事が仇となった。悪魔めいた遠心力でトロッコから壮絶な速度で振り落とされ、斜めに吹き飛ぶ!「アー……アバッ!」インガオホー!トロッコは爆走、周囲のトンネルはいつしか狭い剥き出しの鍾乳洞に!

 ゴウゴウと空気が唸り、前方からなにか暗い霧めいたものがトロッコを包み込む!「グワーッ!グワーッ!ペッ!ペッ!」ガンドーが悲鳴をあげる。ナムサン!洞窟コウモリの大群に出迎えられたのだ!ニンジャスレイヤーはトロッコの後ろ側であったため、身を沈めるだけで問題無し!

 鍾乳洞が開ける!そこは再び人の手が加えられた空間、地下鉄駅のホームめいた場所だ!ニンジャスレイヤーは力任せにブレーキをかける!「イヤーッ!」前方は行き止まりだ!「ウオオーッ!ヤバイヤバイヤバイ!」「イヤァァーッ!」CRAAAASSH! トロッコは転倒!二人を投げ出す!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは突き当たりの壁を蹴って跳び、くるくると回転しながら着地した。タツジン!「グワーッ畜生!」一方ガンドーはブザマに地面へ落ち、ゴロゴロと転がってようやく停止した。「……トロッコは。ああ。ああ二度とごめんだ。ブッダ」

 二人は新たな門を見上げる。やはりこの門の入り口にも、ザイバツ・シャドーギルドのエンブレムが書かれた禍々しい旗が垂らされている。「この騒ぎ。様子を見にくるかね」「判らぬ。備えろ」ニンジャスレイヤーはこの先で遭遇するであろう「先客」の微かな気配を、確かに感じ取っている……。

→ 【後編へ続く】


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