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【スリー・ダーティー・ニンジャボンド】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、このエピソードのコミカライズが刊行されています。



【スリー・ダーティー・ニンジャボンド】


1

「ナムアミダッハイ」ボンズが怪しげな作法で弔いの儀式をそそくさと済ませると、陰気な面構えの村人達は硬い土をシャベルで掘り返しては、死体に土を被せて行った。傷だらけ、血みどろの死体である。川向こうの村の人間だ。このオタカラ村のゲートを越えた時、既に彼の意識は無く、そのまま死んだ。

 村人達は恐ろしい予感を秘め、互いの目を見交わした。死んだ男はその手にオリガミメールを握りしめていた。字が読める村長の元にメールは渡った。この後の会合で皆に発表があるだろう。だが内容ははなから察しがついた。SOSの類いだ。あのカタナ傷、銃創。つまり隣のチョジャ村は……。

 地平を洗う断崖の下は死の荒野セキバハラ、あの呪われた大地にあえて踏み込むものなどいない。いわばこの乾いたヒースの野は、キョート・ワイルダネスにおけるポイント・オブ・ノーリターン、かつては採石場として人の流れも活発であったが、今となってはサンズのほとりめいた暗い世界である。

「奴ら、ついにこのあたりまで……」「実際おしまいでは……」「ヤバイ」ボソボソと呟く声には疲労と苦悩が滲む。彼らにもとより日々の喜びや希望など無い。しかし、それを嘆く生活すらも、今まさにおびやかされようとしているのだった。最近になってこの広野へ現れた、あの呪われた盗賊団……!

「ブッダァは救うゥよ!」物狂いで知られる老婆が地面に身を投げ出した。葬儀を嗅ぎつけて現れたのだ。「三にィンの!戦士を遣わす!じゃもんで」「ババァ!うるせえぞ」一人が石を投げつける、老婆は敏捷にこれをかわし、遠くから唾を噴いた。「ブーッ!ブーッ!」「ええい」「ほっとけ、全く」

 村はずれで葬儀を終えた男達は肩を落として村の会議場へ足を向けた。会議場の前には四頭のサイバー馬がつながれている。余所者である。男達は顔を見合わせ、「村の笑顔はいっぱい」と書かれた汚いノレンをくぐった。

「ドーモ、ご苦労だった」日焼けした痩せた老人が男達にアイサツした。村長である。彼とともにタタミでチャブを囲む四人の厳めしい男達は村人達を見やり、座ったまま、帽子を傾けて軽くオジギした。「ヨージンボーのヤマモト一家の皆さんだ」と村長。「ワシが呼んだ」

 四人は使い込まれた旅装、カタナやジュッテ、リボルバーをこれみよがしに身につけ、手練れめいていた。「なんと」「対応がハヤイですね!」男たちの顔が輝いた。「ワシは以前から警戒しておったのだ。結果的に素晴らしいタイミングで間に合ったぞ」村長が力強く言った。

「マネー、マーネー、マァーネー!」喜びにわきかかった村人を遮るように、頭目のヤマモトが強調した。「そして!セックス!」「アイエッ……」歓声は静まり返った。「……承知しております」村長が目を伏せて頷いた。「大丈夫です」

 戸口に立つ若い娘が身を固くした。ヤマモトは下品に舌なめずりした。「おう、おう。あれよ。あれ。マイコではああはいかん。オボコ!」「ヒッ……」「ハイ」村長は頷いた。「孫娘のワタアメです。あれがお相手を」「今夜からだぞ。ワシら四人の相手だ」「ハイ」

 ワタアメは助けを求めるように、男衆の中の若い一人を見た。若い男は口を開き、何か言おうとした。だが村長が彼を睨み、無言で黙らせた。「まあ、その、なんとかいう野盗どものことなど、ワシらに黙って任せておけ。報酬あらばワシらは千人力。特にセックスを絶やすなよ」「……ハイ」

 その時である!「ブモオオオオ!」表でバイオ水牛の吠え声!つながれているサイバー馬たちも蹄を鳴らし、いなないている。いくつかの悲鳴!そして破壊音と哄笑!「ヒャーハハーッ!」「アイエエエ!」「き、来た!もう来たんだ!ヤバイ!」誰かが震え声で言った。「センセイ!」村長が叫んだ。

「どォーれ」ヤマモト一家が一斉に腰をあげ、カタナとリボルバーを抜いた。「お楽しみの前の準備運動と行くか」「どうかお願いします!」「どけッ!」入り口近くでまごまごしている村人達を蹴散らし、四人のならず者は屋外へ飛び出す!直後!「イヤーッ!」「アバーッ!」ヤマモトの首が切断!

 ヤマモトの首は回転しながら村のゲートの向こうへ消えて行った。ポイント倍点!ならず者の首を刎ねたのは何者であるか?水銀めいた腕先を刃状に尖らせた奇怪なニンジャである。そう!ニンジャ!「ニンジャナンデ!?」ヤマモトの部下が唖然として叫ぶ。そこへ横から襲いかかる柔らかい肉の鞭!

「アイエッ」肉の鞭はヤマモト部下の身体にグルグルと巻きつき、ひょいと無雑作に引っ張りあげると、その先には巨大なバイオ蛙の口が地獄の釜めいて開いている!ナムサン!肉の鞭すなわちバイオ蛙の舌である!ゴクリとひと呑み!「ハハーッ!」蛙の上にまたがるニンジャが愉快そうに笑う!

「ウ、ウオオオーッ!」残る二人のヨージンボーは狂ったようにリボルバーを乱射した。さらに別のニンジャが進み出る。手脚が長く、メンポの奥には白目のない赤く円い瞳が三つある!コワイ!「ウオオオー!」乱射は続く!躱すこと無く銃撃を受け続けたそのニンジャの左腕が千切れ飛んだ!「あれ?」

「ザ、ザッケンナコラー!」勢い込んだヨージンボー二人は弾切れしたリボルバーを投げ捨て、カタナを構えた。蛙のニンジャと腕先が刃状になったニンジャは仲間の窮地を何をするでも無く眺めている。三眼ニンジャは残った手で頭を掻いた。「アー……」「遊び過ぎだ、バカめ」蛙のニンジャが嘲る。

「スッゾコラー!」二人のヨージンボーが斬りかかる!三眼ニンジャは切断された腕先を前に伸ばす。すると、ナムサン!トカゲの尻尾再生の早送りめいて、ズボリと湿った音を鳴らし、腕先が再生!「イヤーッ!」「アバーッ!?」繰り出したそれぞれの腕がヨージンボーの心臓を摘出!二人とも死亡!

「兄者たち!この中に人間いっぱいだぜ!」三眼ニンジャは会議場の戸口を覗き込んだ。「アイエエエ!」「ハッハッハァー!」彼らの背後、近くの民家から火の手が上がり、住人が焼け出されてまろび出る!彼らを楽しそうに追うのは猿めいて身軽な数人の野盗……ニンジャではないが何かおかしい!

「ヒャーハァー!」焼け出された老人の背中めがけ、猿めいた盗賊が回転しながら飛びかかる。手にした鉈で首の後ろをざっくりと切断!血が噴き出し老人が倒れる。ナムアミダブツ!盗賊は乱杭歯が生えた巨大な口を開き、死体にかぶりついた!サツバツ!盗賊達の肌は赤紫で、明らかに正気では無い!

 ゴブリンめいた赤紫の盗賊達が残虐行為を繰り広げる中、「よおし!よォーし!上首尾だぞ貴様らーッ!」サイバー馬にまたがったさらに一人のニンジャが角を曲がって現れ、会議場前の三人の異形ニンジャに合流した。赤紫の盗賊達は飛び跳ねながらそのニンジャのもとへ集合、ドゲザした。

 三人の異形ニンジャもその馬上の新手ニンジャにオジギし、道を開けた。馬上ニンジャはひらりと馬から降り、ツカツカと会議場にエントリーした。村人達はタタミの上、隅にかたまり、震え上がっている。ニンジャはアイサツした。「ドーモ、ゴミども!我々はサヴァイヴァー・ドージョーだ!」


◆◆◆


「ワンダラス町」とポップ体でショドーされたゲートをくぐったところで一度立ち止まり、長身の男は乾いた町並みを見渡した。その顔を影の中に隠すつば広帽子も、くたびれたカソック(しかも、どう見てもこの男は聖職者ではない)も泥と埃でひどく汚れており、その身体の周囲にハエがたかっている。

 酒場の日陰に座るチョンマゲ酔漢が鼻をつまみ「くせぇ余所者」と罵る。カソックの男は歩み寄り、いきなり酔漢を蹴り飛ばし、手の中のスピリッツ瓶を奪い取って、中身を頭から浴びた。「何しやがる……アイエッ!」その顔面に素子トークンを叩きつけて黙らせると、男は酒場の中に足を踏み入れた。

 薄暗く広い酒場のホールが、この異邦人の登場に一瞬静まり返った。

「……で、俺の増設端子、これ、メッキよ。しかもクリスタル含有で」「ヤンバーイ」「あー、キク、キク……」「まるっきりネオサイタマめいて……」「ビョウキとかは?」「ヤケルー」すぐにさざ波のように会話が寄せ返し、タバコ臭い空気は無関心を取り戻す。男はカウンターにドカリと腕を載せる。

 両腕をサイバネ義手に変えたバーテンダーが男に近づいた。「御用は」「トビッコ・ギムレットあるか」「トビッコ?無いね。陸の孤島よ。バリキあるよ?バリキハイ」「クソだ」男は酒臭い息を吐き出し、「じゃあジンはやめだ。ウォートカ……いやズブロッカあるか」「ズブロッカあるよ」「よこせ」 

 男が黙々と酒を飲んでいると、サイバーサングラスをつけたオイランが隣に座り、しなだれる。サイバーサングラスに「危険な香りの男が好き」と蛍光表示される。「消えろ。今は気分じゃねェ」男はジゴクめいて言った。オイランは小馬鹿にしたように肩を竦め、別の客のところへ歩き去った。 

「おい、コラ!これ!」カウンターの端で、店員にクレームを入れている男がある。「……」カソック男はそちらへ視線を投げた。「何スかァ」「何じゃない!見ろ、この、ペペロンチーノソバを」「ソバすかァ」「ソバだッ!」まくし立てているのは編笠を被った妙な男である。 

「入ってないンだよ!バイオトウガラシが!」「辛くなかったすかァ」店員は面倒そうにソバを一本つまんだ。「本当スねェ」「ウソなどつくか!」編笠の男は椅子を蹴って立ち上がった。「金は払ってるンだ!バカにするな!」「作り直しますんでェ」「ミートソースもつけろ!」「ちょっとそれはァ」

 カソック男は椅子を立ち、そちらへ歩いてゆく。客たちがただならぬアトモスフィアを察し、ざわつきのトーンを落とした。「あらわさんか!この……この実際、私の困惑に対するこの……補償を!心外すぎる」「ミートソースはちょっとそれはァ……」「タンパク質だ!」「おい、おいお前」「え?」

 答えるかわりに、カソック男は編笠男の迷彩装束の襟元を掴んだ。そう、迷彩でカムフラージュしているが、それはニンジャ装束なのだ。つまりニンジャもしくはニンジャを真似た狂人なのだ!しかしてこの男は前者であった!瞬時に物騒なククリナイフがカソック男の首筋に当てかえされたのである!

「えっ?アイエッ!?」店員は突然の修羅場めいた状況に衝撃を受け、飛び下がって失禁した。ククリナイフを首筋に当てられながら、カソック男は平然としている。革手袋に包まれたその左手で固く拳を握り、「やってみろ。俺はそれより早くケチな顔面を殴り潰す」「何の用だ」編笠男が睨み上げる。

「酒がまずくなる。イラつかせるな。クソくだらん騒ぎは俺のいない所でやれ」「……くだらん、だと?くだらんと言ったか?」二者の瞳に油断ならぬ敵意が満ち満ちる。今や店内はしんと静まり返ってこのやり取りを注視しており、二者の近くの客何人かの失禁音だけが聞こえてくる。

「ザッケンナコラー!」「アイエエエ!」沈黙を思いがけず破ったのはカソック男でも編笠男でも無かった。蹴飛ばされ店内へブザマに転がり込んで来た中年男と、十人前後のヤクザめいた悪漢達のエントリーだ!「アイエエエ!?」客達は怯えた悲鳴を口々に上げ、テーブルをひっくり返して逃げ回る!

「スッゾオラー!?チェラッコラー!」「アイエエエ!」「ナンオラー?アッコラー!」「アイエエエエエ!」「ルルァックァラー!ウルルァッカラー!?」「アイエエエエエ!」悪漢のボスおぼしき男がサッカーボールめいて中年男を蹴飛ばし回す!「オーナー=サン?」バーテンダーが目を見張った。

「ヤメテ」中年男は震えながら訴えた。丸眼鏡が無残に割れてしまっている。「ダッテメッコラー!?」悪漢のボスが声を荒げた。「チェラッコラー!ズラッガー!?ダァー!?」「アイエエエエエ!」ボスが合図すると、部下達が店内を荒らし出す!テーブルを、椅子を蹴り、酒瓶を叩き割る!

「アイエエエエ!?」たちまち店内は阿鼻叫喚の地獄図と化す!押されて倒れこんだ客がカウンターのペペロンチーノソバ皿を跳ね返し、ソバは宙を飛んでカソック男の頭へ!カソック男は舌打ちし、フォークを掴むと空中でそれをクルクルと受け止めた!フォークによって巻き取られるソバ!ワザマエ!

「待て!それはおれの食物だ!何をするか」編笠男が食ってかかる。「……」カソック男は答えるかわりにソバを巻いたフォークを編笠男の口の中に突っ込み、捨て置いて、騒ぎの元へ向き直った。「アイエエエ!」「滞納したら一括回収、これ、基本ネ」出っ歯の手下が中年男に借用書をチラつかせる。

「だってそんな……あまりにも」中年男が涙声で言った。「さっき振り込んだじゃないですか」「20分も滞納オラー!」ボスが叫び返す!「タイム!イズ!マネー!」「アイエエエエ!?許してください!ヤメテ」「ザッケンナコラー!じゃあ利息分、カネを二倍にして15分後にアバッ」

 ボスが膝をついた。……顔が無い。口の高さを真横に切断された形だ。切断面からは下の歯と舌が見えており、即死だった。死体はそのままうつ伏せに倒れた。「アイエエエアバッ!」チュン、と金属めいた音が鳴り、悲鳴を上げかけた出っ歯ヤクザの額が真横に切断され、脳味噌がこぼれて死んだ。

「な……え?」「え……」「ボス?」「え……」手下ヤクザ達が異変に気づき、下手人とおぼしきカソック男を凝視した。カソックの下から二本の長い鎖が伸び、床には円形のギザギザ刃を生やしたバズソーが二つ、ゴトリと転がった。刃は血塗れだ。「え……」「ザ……?」「ザッケンナコラー!」

 手下達が一斉にチャカ・ガンを抜く!「アイエエエ!」悲鳴を上げ、失禁しながら床に伏せる客達!ただ一人、ソバ巻きフォークで口を塞がれた編笠男を除いては!彼は目を見開きカソック男を凝視!カソック男がヤクザ達を睨み渡す、「黙ってりゃ、つけあがりやがって」床のバズソー刃が回転を再開!

「スッゾオラー!」手下達が一斉にチャカ・ガンの引き金を引く!カソック男は横回転しながら一瞬にして身を沈め弾丸を回避!チュイイイイイ!鎖つきバズソーが宙を飛び、旋回!チュン!チュン!チュン!チュン!チュン!一瞬にして五人がバラバラに切断され、クズ肉となって床にぶちまけられる!

「ダ……ダッテメッコラー!?」残る手下ヤクザの一人が誰何するヤクザスラングを吐いた。カソック男はそちらを睨んだ。帽子が傾き、包帯が乱雑に巻きつけられた異相がわずかに覗く!「俺は!」打ち振る二つの鎖!「ジェノサイドだ!」襲いかかる回転刃!「イヤーッ!」「アバババ、アババーッ!」

 ……ぶちまけられた料理や酒瓶、割れ砕けた皿、四肢、血飛沫……ヤクザは全員無残な死を遂げ、罪のない市民の死体も幾つか混じっていた。凄惨な血の池と化した店内を、ジェノサイドはピシャピシャと液体を蹴散らしながら歩く。カウンターに残されたズブロッカ瓶を掴み、一口呷ってから懐にしまう。

「ヒ……」先程ジェノサイドにしなだれかかったオイランが、床で腰を抜かし、出口へ向かうジェノサイドを見上げた。ガタガタと震え、口を歪めて首を振る。サイバーサングラスには依然「危険な香りの男が好き」と表示されていたが、オイランは尻餅をついたまま後ずさるばかりだ。 48

「……」それを柱の陰から目で追うのは、先程の編笠男である。もぐもぐと口を動かし、ソバを咀嚼している。「アバッ」床に転がるヤクザの一人に息があり、腕を上げチャカ・ガンをジェノサイドの背中に定めようとする。編笠男は素早く近づき、瀕死ヤクザの脊髄にフォークを刺してカイシャクした。

 オイランを一瞥、無視して、ジゴクめいた酒場を後にしたジェノサイドであったが、すぐさまそこに駆け寄る人間あり。ジェノサイドは足を止めた。粗末ななりをした若い女である。このワンダラス町も所詮はガイオンを遠く離れた辺境の荒野の町に過ぎぬが、そこにあっても場違いだ。「何だ」

「……今の、見ました。見てました」と若い女。そして、やおらドゲザしようとする。ジェノサイドは素早く女の腕を掴み、無理に立たせた。「何してやがる……ふざけるな」「どうか!お助けください!貴方ならきっと助けてくださいます。貴方の力があれば!」「……」ジェノサイドは去ろうとした。

「どうか!」女はカソックにすがりついた。「……」ジェノサイドは舌打ちした。「私、ワタアメといいます。ここからもっと先に行った……オタカラから来ました。逃げて来たんです!」「だから何だ……」ジェノサイドは帽子を目深に被り直した。「襲われたんです、村が……ニ、ニンジャに」

 ジェノサイドは振り返り、腰を落としてワタアメの目線まで顔を下げた。そして睨んだ。「俺も。ニンジャだ」酒臭い息がワタアメにかかる。「……!」「わかったら。どこへでも行け」「ニンジャでなければ……助けてもらえない」ワタアメの目に涙が浮かんだ。「私の婚約者もいます」「死んださ」

 ワタアメは俯き、声を殺して嗚咽した。ジェノサイドは女の粗末なサンダルが血に染まっているのに気づいた。自分の足で逃げて来たか。「……待てよ、オタカラ?オタカラ村と言ったか?今」「ハイ」ワタアメは涙声で答えた。「そうです。私だけ逃がされました。ト、トンネルで……秘密の」

「どうでもいい」ジェノサイドは言い、「……ついでだ。オタカラ村は俺の目的地に近い」「え……」「案内しろ」ワタアメは思いがけないジェノサイドの答えに一瞬、言葉を失い、それからまたドゲザしようとした。ジェノサイドは今度も腕を掴んで立たせ、それを止めた。「くだらねえ事をするな」

「ありがとうございます……ありがとうございます!」「だがどうせお前の村はおしまいだぜ。多分な」ジェノサイドは無愛想に言った。「で、なんて名前のニンジャどもだ。名乗ったか」ワタアメはその身を震わせ、呟いた。「……サヴァイヴァー・ドージョー……」「何だと!?」肩越しに叫び声!

 ワタアメは振り返り、ジェノサイドは睨んだ。町の住人が遠巻きに見守る中、酒場の方角から転がるような勢いで走ってくるのは編笠男である。「いまサヴァイヴァー・ドージョーと言ったかッ!サ、サヴァイヴァー、ドージョー!」

 編笠男は二人の目の前に数秒で辿り着き、オジギした。「ドーモ、フォレスト・サワタリです!お前はさっきジェノサイドと名乗っていたな。ジェノサイド=サン!」「ああそうだ、ドーモ」ジェノサイドは面倒そうに頷いた。「ワタアメです」ワタアメもアイサツした。「可憐な」フォレストは呟いた。

「そのサヴァイヴァー・ドージョーとやらを知っているのか、お前」ワタアメに顔を近づけるフォレストにジェノサイドは口を挟んだ。「そうだッ!」その目から涙が溢れ出す。「や、ヤツら……やっと」涙を拭い、「おれの家族だ!おれがいないと奴らはダメなんだ、それが、はぐれてもう一体どれだけ」

「家族?そいつらと」ジェノサイドは首を傾げた。ガチャリ、とバズソーの先端が地面に落ちる。「ここで殺しておくか」「イヤーッ!」フォレストはバック転して間合いを取った。そしてカラテを構え、叫び返す。「そうはいかんぞ!やっと見つけたのだ!どれだけ探したかわからん!案内してもらう!」

 ジェノサイドとワタアメは顔を見合わせる。「話が見えねェ」ジェノサイドは言った。「お前はサヴァイヴァー・ドージョーのボスだったと」「そうだ」「追い出されたわけか」「そう……違う!はぐれたのだ!もう何ヶ月も……」「ワタアメ=サン。襲って来た連中のボスはどんなだ。名乗ったろ」

「ハイ……」ワタアメはジェノサイドの背後に少し隠れるように動きながら、「率いていたニンジャは『イヴォルヴァー』と」「知らないッ!知らないぞ!」フォレストは絶叫した。「なんだその!ふざけた名前は!」そして地面に突っ伏し、オイオイと泣き出した。「クッソーッ!」


◆◆◆


「よォし!イイ按配だ!」地面に伏せてじっと様子を見守っていたフォレストは勢いよく立ち上がり、焚火の下にうずめたバンブーの包みを箸で挟んで取り出した。頭上の夜空には眩しく星々が輝く。ガイオン市やネオサイタマでは決して望めぬ空だ。「さあ!食うがいい!」フォレストは包みを配った。

 三者は今、荒野の只中で野営の焚き火を囲み、フォレストが見つけてきた食糧を取ろうとしているのだ。すこし離れた場所には二頭のサイバー馬。これもフォレストが盗んで来た。「ありがとうございます」「……」ワタアメとジェノサイドはそれぞれバンブー包みを開く。バイオダチョウの蒸し焼きだ。

 ダチョウの下にはコメが敷き詰められており、肉汁が染みている。ワタアメは涙すら浮かべてこれを食べる。フォレストは莞爾としてそれを見、自身の分をムシャムシャと食べた。「モッチャム!」そしてジェノサイドを見、「遠慮をするな、いつベトコンのアンブッシュがあるかわからんぞ」

 ジェノサイドはモソモソと料理を口に運ぶ。「ああ、うむ」「実にうまい!日々の中で小さな楽しみを出来るだけ見出すのがサヴァイヴァルに肝要なところだぞ!……何を泣いている?」フォレストがワタアメを怪訝そうに見た。号泣しているのだ。「すみません……美味しくて……嬉しくて」「フゥーム」

「貴方の言う、日々の楽しみ……そんな事、考えたこともありませんでした」ワタアメは泣きながら、「毎日、毎日……苦しい事ばかり」「それはいかんぞ!」とフォレスト、「何事も気の持ちようだ!」「……なんでそんな辛いだけの村の事を気にかける」ジェノサイドは口を挟んだ。

「私にはあの場所が……あの場所そのものが私の一部なんです。辛くても、離れるなんて、想像すら。それに愛する人がいます」とワタアメ。「例の婚約者か」とジェノサイド。ワタアメは頷いた。「将来を誓い合いました」「呪いめいてるな」ジェノサイドは焚き火に背を向け、ごろりと横になった。

「ワタアメ=サン」フォレストが神妙に言った。「おれの家族の狼藉をお詫びする」「え……」「確かにサヴァイヴァー・ドージョーはサヴァイヴァルの一環で物資の調達も強奪も行う。人も殺す。生きるとはそう言う事だ。殺らねば殺られる、それがジャングルだ。だが!」フォレストは目を輝かせた。

「おれは今まで、不必要な、無駄な殺しはさせて来なかった。工場や倉庫は襲った。セキュリティを殺す事もある。奴らにも家族はある。だがそれは生き残るためだ。……しかしアンタの話は、おれの知るサヴァイヴァー・ドージョーと違う」「……」「すまん」フォレストは頭を下げた。

 それは実際、共感可能性の低い、狂人の勝手な理屈であった。ワタアメも彼の言うところは半分もわからなかっただろう。だが彼女は穏やかに言った。「私にはよくわかりません。でも、あなたは悪い人には思えません……だから、わかりません」「すまぬ……すまぬ」


◆◆◆


 翌日!早朝から雲一つない大空には死神めいた太陽が照りつけ、容赦なく馬上のワタアメの体力を奪った。フォレストは道中の植物で器用に編笠を作り、これをワタアメに与えた。重金属酸性雨の降りしきる都市にありては誰もが夢見る明るい太陽も、この地では有害な気候要素に過ぎない。

 これほどに過酷な環境下を着の身着のままで旅してきたワタアメは、ワンダラス町への旅の中途で死んでいても実際おかしくなかった。しかしながら今回の帰り道は二人のニンジャと共にある。サイバー馬もいる。あきらかに発狂してはいるが、フォレストの野伏めいた技術と知識は信頼に足るものだ。

「ジェノサイド=サン」フォレストがジェノサイドに話しかけた。ともに馬上で、ワタアメはフォレストの後ろでまどろんでいる。ジェノサイドは身体が大きく、二人乗りには不向きだ。「目的地があると言っておったな、オタカラの先に」「フン」「何がある。救援物資か。財宝か」「俺にとってはな」

 単調な荒野の旅と言う事もあり、この男にしては珍しく、まともにフォレストの質問に答えた。「その先の廃墟に用がある。狂った科学者の城よ」「科学者とな」「そうだ。言わばリー先生の同類だ。……リー先生と言っても知らんか」「いや。おれはナムで徴兵される前はヨロシサンにいた」

「ナム……とにかく、その城……廃墟には研究の成果が残されている。おれの呪いを解く研究が」「呪い?」ジェノサイドは喉を鳴らした。「……こっちの事情だ。期待はしちゃァおらんが、呪いを解くとまではいかんでも、多少、肉が欲しい。体にあちこちガタが来ているんでな」「フーム」

 フォレストは編笠を直し、「お互い難儀な事よな」と言った。ジェノサイドは喉を鳴らした。笑いに似た仕草である。「おお、あの川だ。あとは川に沿って進めばよい」フォレストはサイバー馬の背中の液晶表示と太陽を見比べながら言った。右手に川が見えて来た。「魚が獲れるかもしれん。スシだ」

「川のほとりで野営か」ジェノサイドは言った。「娘を休ませねばなるまい」「左様」……二人は馬を走らせ、川沿いの岩場でキャンプの準備をした。フォレストは岩の淵に屈み込み、手で冷たい川の水を掬い、舐めた。「砂利で濾過すれば飲める。網も張ってみるとしよう。スシだ」彼は強調した。

 ワタアメが目を覚ますと、三人は再び焚き火を囲んだ。バイオフナを串刺しに焼いたものと、とろけるような舌触りの、バイオアナゴ蒲焼スシである。三人はそれに舌鼓を打ち……ジェノサイドは申し訳のように少量を口にいれただけであったが……食後にはワタアメが素朴な歌を歌った。

「うまいもんじゃねェか」ジェノサイドは呟き、岩に身をもたせかけた。「ありがとう」「村の歌か」「お母さんに教わったの。死んでしまったけど」「そういう楽しみは他にも案外あるのかもよ。あいつが昨日言ってた話のようなさ」ジェノサイドは背中を向けた。「1時間後に出発」とフォレスト。

 彼は川の上流の白い泡の塊に気づき、手をかざして注視した。「……何だ」「あン?」横になったばかりのジェノサイドが面倒そうにその方角を見た。何か大きなものが川を流れてくる。「嫌な感じだぜ」フォレストは頷き、眉間にシワを寄せた。「ベトコンはああして水中から近づき奇襲をかける」

「お前のドージョーにゃ、水棲ニンジャもいるのか」ジェノサイドのバズソー刃が岩場の上にゴトリと落ちた。「あっちがやる気なら、悪いがサシミにするぜ」「……」フォレストは無言だ。彼もマチェーテを構えた。「川から離れておれ、ワタアメ=サン。だが離れすぎるのもいかん」「……!」

 まさに彼らのキャンプのすぐ手前、流れて来たものが飛沫をあげ、岩を掴んで水から這い上がった!「グハァーッ!」草の上に転がり出たそれは……そのニンジャは野営に瞬時に気づき、バック転で飛び離れる!「……」ジュー・ジツを構えたそのニンジャを見、フォレストとジェノサイドは目を見開く!

「「お前は!」」二者は同時に叫んだ。そして顔を見合わせた。「「知っているのか、こいつを」」「……ゴホッ……」濡れそぼった赤黒のニンジャは咳き込んだ。そして、雫を滴らせながらアイサツした。「ゴホッ、……。……ドーモ……ニンジャスレイヤーです」


2

「ハァーッ……ハァーッ……」咄嗟にジュー・ジツを構え間合いを取ったニンジャスレイヤーであるが、己の巻き込まれた状況にニューロンが追いつかずにいた。負傷と疲労も深い。ダークニンジャから受けたカタナ傷……肩の傷は実際軽視できない。彼は目の前の三者を睨んだ。

 ザイバツ・グランドマスターたるイグゾーションからの拷問、その撃破、その帰途での襲撃……あまりにも多くの事が起こりすぎた。そして今度はフォレスト・サワタリ!そしてあれは確かジェノサイド!どちらも油断ならぬニンジャだ。彼らの後ろに立つ若い女は何であろう?ニンジャではない。捕虜か?

「ジェノサイドです。てめェには貸しがあるよな。おぼえているぜ」岩場の上でジェノサイドが口火を切った。地面に落ちたバズソーが回転を始める。「何の用でこんな田舎に来やがった?」「……」「ドーモ、フォレスト・サワタリです」続いてフォレストがアイサツした。「ここで会ったが百年め……」

「おい、もう少し下がってろ。危ねェ」ジェノサイドが後ろの娘に言った。「お前がネギトロになったら無駄足だ」「……そのムスメは何だ」ニンジャスレイヤーは問うた。「言え」「お前にゃ関係ねェんだよ」とジェノサイド。「……」ニンジャスレイヤーは一歩踏み出す。フォレストもだ。一触即発!

 均衡を破り、無雑作に飛び出して三者の間に割って入ったのは、当の娘!「ワタアメです!ニンジャスレイヤー=サン!待って!」彼女は名乗られたばかりの名を叫んだ。「おいコラ!」ジェノサイドが目を見開く。ワタアメは振り返り叫んだ。「あなたも!」さらにフォレストに向き直り「あなたも!」

「嬢!」ジェノサイドが咎めた。フォレストもマチェーテを構えながら、「ワタアメ=サン!そいつはな!特にこのおれと因縁浅からぬ相手なのだ!敵だ!話せば長いが……」「じゃあ話してください!」ワタアメは気丈に言い返した。「今、敵なんですか!」そしてニンジャスレイヤーへ、「話して!」

 ワタアメの叱咤に、三人のニンジャは確かにこの一瞬、呆気に取られたのである。三者とも、どれだけの命をこれまで無慈悲に奪ってきたかわからぬ危険な存在だ。ワタアメの必死の言葉が、彼ら戦闘者の心の琴線に、唐突に、するりと触れたのだ。それは実際不思議な瞬間であった。

「……」まず、ニンジャスレイヤーが無言でその場にアグラした。ワタアメは、このニンジャスレイヤーが、戦闘の前にまずワタアメを案ずるような口調で言葉を投げた事を覚えていた。それに賭けたのだ。「……」そしてフォレストがアグラした。最後にジェノサイドが肩を竦め、バズソーを戻した。

「出鼻をくじかれた」とフォレスト。「やるか?ニンジャスレイヤー=サン」念を押すようにフォレストが訊いた。ニンジャスレイヤーは無言でかぶりを振った。そして、ナムサン、彼はアグラ姿勢のまま、失神した。ジゴクめいた旅を支えていた緊張の糸が切れたのである。


◆◆◆


 ……時間はやや遡る!

「アイエエエ……ははは……ニンジャですよ……」ガンドーのサイバー馬の後ろに座らされたウミノであるが、秘密アジトを助け出して以来ずっとこの調子で、朦朧状態でうわ言を呟き続けている。ガンドーは隣を行くニンジャスレイヤーに目くばせする。「ダメかも知れんな、こりゃ」「……」

 既に、求める情報の肝要なところはあらかた聞き出した……いや、彼らが監禁されたウミノを解放するや、堰を切ったように話し出し、そして電池切れのトーキングフクスケめいて、壊れたのだ。そのまま置いて行くのも偲びないという結論で、二人は彼をサイバー馬の背に乗せた。

 彼らはセキバハラとキョート・ワイルダネスを隔てる断崖の道を慎重に昇り、帰路を急いでいた。ニンジャスレイヤーの疲労蓄積は重篤である。彼はほとんど無言だった。「ニンジャアイエエ……えへへ……実際窓に……」ウミノが笑う。「捨ててきたほうが良かったかな」ガンドーは顔をしかめた。

 彼らの右手は壁めいた崖、左手は深い深淵が続く。剣呑なバイオ針葉樹。遥か下からはせせらぎの音。「えらい遠回りになっちまったなァ」ガンドーはぼやいた。サイバー馬の残骸に残されたランドマーク情報を辿ってアジトへ到達したまでは良かったが、予想外に複雑な地理状況が帰郷を阻む……。

「アイエエエエー!アイイーアイー!イーアイーエエエー!?」ウミノが絶叫した。「おい揺らすなって……ナンデ!?」ガンドーは前方へ視線を戻し、絶句!対岸に生えたバイオ針葉樹の頂点に、まっすぐ立つニンジャ!ニンジャである!「ニンジャナンデ!」「奴は」ニンジャスレイヤーが低く呟く!

 太陽を背に逆光となったそのニンジャは……水平にカタナを構えた十字のシルエットは……紛れもなし!ダークニンジャである!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン」「ドーモ、ダークニンジャ=サン」ニンジャスレイヤーは馬上に立ち上がった。

「長旅ご苦労だった」ダークニンジャの冷たい声が対岸から空気を裂いて届く。「イグゾーションは死んだか、ニンジャスレイヤー=サン。奴は貴様より少し上の使い手だが」「何故お前がここに!」ガンドーが叫んだ。ダークニンジャは答える「奴の秘密めかした動きは常に注視していた。個人的にな」

「ウミノ=サンを帰してもらおう」ダークニンジャは言った。 「貴様らには彼の価値がわからぬ」「来い」ニンジャスレイヤーは馬上で言い放った。「くだらんお喋りは終わりにしろ」(おい)ガンドーはニンジャスレイヤーを案じた。彼の身体は万全からは程遠い。そして相手はダークニンジャ……!

「……では望み通りにしよう」ダークニンジャは言った。「イヤーッ!」遥か遠方、バイオ針葉樹の上から、黒曜石めいた影は高く跳躍した!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはツヨイ・スリケンを構える!「アイエエエエ!イア!イエエエエ!」ウミノが涎を垂らし泣き叫ぶ!ナムアミダブツ!


◆◆◆


「お前幸運だったかもな」フォレストは焚き火に火をくべながら言った。「星も読めん、土地勘も無い奴が、一人で歩いて帰るなど」「好きでそうしたわけではない」ニンジャスレイヤーはフォレストを睨み、バイオアナゴ蒲焼スシを口に運んだ。昼間の作り置きだ。「……だが、礼は言う」

「明日昼には到着だ」フォレストは言った。ワタアメは炎を凝視している。ジェノサイドは背を向け、横になっている。寝ているかと見えたが不意に言った。「もう一度確認だ。フォレスト=サン、おまえの家族とやらを排除するのが第一目的だぜ」「……」「奴らが仕掛けて来れば、俺は容赦せん」

「そりゃあそんな事は」フォレストは自信ありげに何か言いかけたが、そのまま言葉は尻すぼみに沈黙した。「あンたもそうだろ。ニンジャスレイヤー=サン」ジェノサイドが言った。上空の夜空は昨日同様に眩しい銀河の海であり、その美しさは何らかの代償を、インガオホーを恐れさせるほどだった。

「嬢は」「え」「オタカラに誰もいなかったら、どうすンだ」「それは……」ワタアメは言葉を探した。「今は信じるしか無いです」「信じる?どうせくだらねェ連中だぜ。迷惑してたンだろ?そもそも皆殺しだって十分ある」「それぐらいにしておけ」ニンジャスレイヤーが遮った。

「調子が狂うンだよ……この妙な旅は」ジェノサイドは再び背を向けた。フォレストはニンジャスレイヤーとワタアメに香りの強いチャを振舞った。「ヒースの一種を煎じたものだ。今日見つけて来た。あまり無い種類だ。僥倖だ。疲れに効く」彼は目を細めた。「いよいよ明日だからな」

 ニンジャスレイヤーは奇妙な苦味の有るチャを飲んだ。腹の底から熱がこみ上げる。認めたくないところだが、フォレストのスシや薬草は実際ありがたい。栄養と薬効成分を彼自身のニンジャ代謝力がブーストし、疲労を拭い去る。彼は力を取り戻しつつある。

 彼はダークニンジャとのイクサに思いを巡らせた。ニンジャスレイヤーはダークニンジャに肩を斬られながら吊り橋を破壊、ガンドーの事はどうにか逃がした。彼にはサイバー馬がある。帰る事ができるだろう。代償としてニンジャスレイヤー自身は谷底の川へ落ちた。ウミノの事は逃がせなかった。

 明日はワタアメのオタカラ村だ。殺すべきニンジャがいる。ニンジャを殺す。そしてその後、帰路をあらためて検討し、体勢を立て直す。ガンドーと再び合流する方法を考える。そして、今一度最下層へ……コフーン遺跡……「!」フォレストはいきなり焚き火に飛びかかり、火を叩き消した。

 ジェノサイドが起き上がる。三人のニンジャは全方位を警戒するように散らばり、息を殺した。ワタアメは邪魔にならぬよう身を沈め、耐えている。強い心を持った娘だ。「……ァハッハー……ハッハーッハー……」「ウーハハハー、アハーハハハー……」遠く、猿めいて甲高い複数の笑い声。

「……ハッハー、ハハー、ハッハ!」「ハーッハーッ!」声は近づいてくる。こちらの野営地へ、間違いなく接近して来ている。「来る」ニンジャスレイヤーが呟く。「退屈してたところだぜ」ジェノサイドがズブロッカ瓶を呷った。バズソーがカソックの中から零れ落ち、ゴトリゴトリと地面に落下する。

 三者のニンジャ暗視眼は遠方の闇の中の集団を視界に捉えた……サンズデーモンめいた奇怪な集団を!走り、あるいは飛び跳ね、なかにはバイオ狼めいた獰猛な獣の背にまたがった者もいる。手に手に斧やカタナ、ライフル銃を持ち、歪んだ口の端から泡を噴き出している。コワイ!

 フォレストは接近集団全てを素早く脳内でカウントした。いない。ディスターブドもフロッグマンも、ハイドラもいない。彼は密かに安堵した。と同時に、その感情に狼狽えた。さらに彼は見た。バイオ獣の背に乗った、小隊のチーフらしき存在が掲げる旗を。「サヴァイヴァードージョー」のカタカナを。

 フォレストの視界はイクサの高揚に濁り、実在しないマングローブ林が周囲に立ち現れた。上空を実在しないヘリのローター音が横切る。ゲリラ達が口々に喚き散らし、迫ってくる。彼の小隊はわずかに三人。しかもこちらには保護すべき民間人が一人。だが戦え。サイゴン・ロア!「ジェロニモ!」

「イヤーッ!」口火を切ったのはニンジャスレイヤーのスリケンだ!いきなりそれは奇怪な獣にまたがったチーフ存在の脳天を貫通破壊!「アバーッ!」乗り手は死んで転がり落ちるが、獣は鬼人たちと共にひるむ事なく殺到してくる!「ゼツ!」ジェノサイドが両腕をしならせ、鎖が宙を飛ぶ!「メツ!」

「!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に身を沈め、フォレストは高くジャンプした。彼らの身体が一瞬前まであった場所をバズソーが通過!チュイイイイ!殺到する鬼人の群れに回転刃が襲いかかる!ギャリギャリギャリ!「アバババババーッ!?」血飛沫とともに切断された四肢が夜の荒野に乱れ飛ぶ!

「サイゴン!」フォレストが空中からマチェーテ二本を両手で同時投擲!「アバーッ!?」「アババーッ!」二匹の鬼人が頭を割られ即死!さらに着地と同時にバイオバンブー槍を組み立て、刺突突進!「イヤーッ!」「アッバババーッ!」貫通し三人同時に即死!

「……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがその場で回転しながら無数のスリケンを投擲!放射状に飛散するスリケン!ヘルタツマキである!「グワーッ!グワーッ!グワーッ!グワーッ!グワーッ!」五匹強の鬼人が即死!ゴウランガ!三人のニンジャが強い!相当に強い!相手にならぬ!

 一瞬にしてゴアめいた激戦の場と化した野営地の真ん中で、ワタアメは気丈にうつ伏せ姿勢を取り、ニンジャ達の災害めいた攻撃の邪魔にならぬようつとめていた。吹き飛んだ首が彼女の目と鼻の先を転がっていった。「ヒャハーッハハー!」攻撃網を抜けた鬼人の一人がワタアメを発見!アブナイ!

「イヤーッ!」その胸元を後ろから突き破り、バンブー槍の先端が飛び出す!「アバッ!?」「イヤーッ!」さらに、どこからか飛来したニンジャスレイヤーのスリケンが鬼人の側頭部を貫通!「アバーッ!」「GRRRR!」さらに迫るのはバイオ狼めいた獣!やはり狙いはワタアメ!

「クズ犬がァ」巨大な影が立ちはだかり、バイオ狼めいた獣の不快な頭部を上から地面に圧しつける!ジェノサイド!「GRRRR」「イヤーッ!」ナムアミダブツ!毛皮も目もない頭部を逆向きに捻じ曲げ、背骨ごと引き剥がす!サツバツ! 「イイイーアアア!」「ヒィーハハハ!」包囲を狭める鬼人!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは飛び蹴りで手近の鬼人の首を折り殺す!「イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」さらに空中で二枚スリケンを投擲し二人殺す!「イイイヤーッ!」「アバーッ!」さらに着地の勢いを乗せたチョップで一人を唐竹割り!真っ二つ殺!

 視線を転じれば、二刀流ククリナイフを車輪めいて振り回すフォレストが敵の四肢を切断しながら突き進む!両足を大きく開いて仁王立ちのジェノサイドの股下には、うずくまるワタアメ!腐肉のかけらがジェノサイドから剥がれ落ちるが、闇の中でわからぬ!「ゼツメツ!」振り回されるバズソー!

 ギャリギャリギャリギャリ!「アバババッ、アッババババーッアバーッバーッ!」「イヤーッ!」「アバババーッ!アバババーッ!アバーッ!」「ホーチミン!」「アババババッババッババババーッ!」ナムアミダブツ!星明かりの下は、夜である事がむしろ幸いなゴア光景!ナムアミダブツ!

 ドォン!ドォン!その時、遠方から太鼓の音が闇を裂き、なおも殺到しようとしていた鬼人の生き残り達は不安げに顔を見合わせた。ドォン!「ヒッ、ヒヒーッ!」ドォン!「ヒーッ!」さざ波めいて退散してゆく異形襲撃者!

 血飛沫に濡れ、すさまじい臭気で満たされた野営地に三者は立ち尽くす。ジェノサイドの股下の地面から、息を殺していたワタアメが這い出る。襲撃の起こりと同様、退散もあっという間だった。「……」彼らは互いを見やった。「ここで夜は明かせんな」ニンジャスレイヤーは言った。


3

「インゴットが」フロッグマンは"首領"を見下ろした。バイオ蛙は現在休眠モードにあり、フットボール大の干からびた袋めいて腰に吊るされている。「インゴットが少なくねぇか」「少ない?」首領は陰気な目で見返す。黒い癖毛、ツェペシュ公じみた蒼白の顔に黒いメンポ。彼がイヴォルヴァーだ。

「少ないだろ」「ああ、あれか。あれの事か。フフフ。バイオインゴットの」イヴォルヴァーは笑った。「遠征が長引いておるからな。すまぬが……しばらくあれで我慢してもらうしかない。お前らもインゴット切れで死ぬのは嫌だろう」「これではギリギリだ。特にハイドラには」「やり繰りしたまえ」

 フロッグマンはイヴォルヴァーを睨んだ。首領の背後、壁際にはもう一人ニンジャがいる。挑発的に睨み返す彼はカーバンクル。イヴォルヴァーの太鼓持ちで、イヴォルヴァーとは旧知だ。「……めんどくせェよな、お前ら」カーバンクルは嘲った。「ヨウカン無しで生きられねぇポンコツだ」「……」

 フロッグマンの手が素早くマキモノに伸びる。カーバンクルもカラテ姿勢を取る。「やめろカーバンクル=サン。くだらん事を」イヴォルヴァーが叱責した。フロッグマンは舌打ちした。「……足りなくなれば、もらうぞ。インゴットを」「うむ」イヴォルヴァーは頷いた。「まずは、やり繰りしたまえ」

 フロッグマンは踵を返した。会議場を出ると、出入り口の両脇には鬼人の中でもひときわ大きい身長8フィートの"エリート"が二人、門番めいて立っており、フロッグマンの背中にあからさまな侮蔑笑いを投げる。鬼人。クローンヤクザや生きた人間をもとに、イヴォルヴァーが作り出す奴隷達だ。

 襲撃を繰り返し、村人を鬼人につくりかえ、そうしてドージョーの規模が大きくなるにつれ、イヴォルヴァーの態度は徐々にぞんざいに、カーバンクルはあからさまに不快な態度を取るようになった。奴隷めいた鬼人どもですら、バイオニンジャ達へのリスペクトは薄い。

 彼フロッグマンとディスターブド、ハイドラは人間ではない。バイオ生成された胚にニンジャソウルを宿し成長した特殊生命体だ。自然界への不完全な適応は彼らに定期的なバイオインゴット摂取を強いる。かつては元ヨロシサン研究員のリーダーが、工場や倉庫への襲撃計画を立てて賄っていたが……。

「兄者ァ、どうだった」村はずれの馬小屋からディスターブドが顔を出した。明け方の光を水銀めいたボディが受け、光沢をきらめかせる。ディスターブドは液体金属でできており、自由に形を変えられる。ニンジャ装束も実際彼自身を変質させたもので、体の一部なのだ。「首尾は?」「よくねぇ」

「ハイドラは」「寝てるよ」彼らは不潔な厩舎に入った。隅で手足の長いハイドラがうずくまっている。「……」フロッグマンは懐から緑色のインゴットを取り出した。「配給分だ」「こンだけかよ」とディスターブド。「隠してねぇだろうな」「誰にモノを言ってやがるんだ!」「だってよォ……」

 ディスターブドのナーバスさは仕方のないところだ。彼らはそれぞれバイオ度合いが異なり、作られ方も違う。死んだノトーリアスやフロッグマンは幾分人間に近い(フロッグマンはこうしていれば人間にそっくりだが、実際、臍から生えたバイオ管がバイオ蛙につながっている)。だが残る二人は……。

「俺はよう本当にヤバイんだぜ。兄者より!すぐに死ぬ!」ディスターブドは叫び、バイオインゴットをひったくった。「じゃあ、とっとと食えよ」「食うよ!お……お前なんかと違うんだ!俺とハイドラはよ!」「……」「あ……」ディスターブドは目を逸らし、「言い過ぎたよ」「わかりゃいいんだ」

「おいハイドラ、おい」ディスターブドは俯くハイドラの肩を揺さぶり、「メシだ。インゴットだ。……だがよう兄者!この扱い、おかしくねェか?」「あァ?」「わかってンだろ?お、俺はノトーリアスより頭がいいから覚えてンだ。あのイヴォルヴアーの奴、最初は『パートナーシップ』っつったよ」

「……」ディスターブドは勢いづいた。「あいつ、ウィン・ウィンだ、つったよ!俺たちが戦闘して、あいつがバイオインゴットを作る。新生サヴァイヴァー!……だろォ?なんか最近おかしいぜ!あいつら……あの、なんだよ兵隊どもまでナメやがって……」「あのな、気持ちはわかるがなァ」

 フロッグマンはしかし、言葉が続かなかった。ディスターブドはなんら筋違いの事を言っていないのだ。フォレスト・サワタリの号令一下、彼らはシンカンセンに忍び込んでネオサイタマからキョートに渡った。それがケチのつき始めで、以来、襲撃計画はいつものように行かず、潜伏場所にも困る始末。

 ある日フォレストは彼らをアウターガイオンの洞窟に匿った。「次の標的は、お前らと一緒だと実際目立つ。俺がどうにかしてくる。もし俺が24時間で帰らなければ、フロッグマン=サン、お前がリーダーとなってサヴァイヴしろ。幸いこの前のアガリは大きかった」彼はバイオ背嚢を残し、旅立った。

 それが、彼らがフォレストを見た最後である。……「ふざけやがって」フロッグマンは吐き捨てた。「だろ?」とディスターブド。「我慢ならねぇんだ、俺は!やっちまおうぜ!」「やるってのは?イヴォルヴァーをか?バカを言うな」フロッグマンはたしなめた。「インゴットはどうするんだ。それに」

(ゴッホ!ゴッホ!)(ハーッ!)厩舎のそばを、鬼人達の唸り声が通り過ぎる。「今のあいつは違う……力をつけてやがる」「じゃあ舐められっぱなしか?インゴットまで減らされてよ!」ディスターブドが石を蹴った。フロッグマンは沈思黙考した。確かにこのままではジリープアー(徐々に不利)だ。

 しかし、たった三人のバイオニンジャに何ができよう?イヴォルヴァーの不浄のジツは、捕らえた村人を怪物に作り変えてしまう。今も村のブッダ教会にはこのオタカラの村人が監禁され、彼のジツの順番を待っている。最初に彼が連れていた鬼人は、クローンヤクザを作り変えた数人だった。今は違う。

 ただの鬼人だけではない。8フィートのエリート鬼人や、猟犬、さらにもっとおぞましい奴もいる。このまま行けば、遅かれ早かれ、イヴォルヴァーは実際バイオニンジャ達を用済みとして棄てる決定を下すのでは無かろうか。指をくわえてそれを待っていろというのか。いや、しかし……。

 ドォン!ドォン!ドォン!明け方のオタカラ村に、割れ鐘めいた太鼓乱打音が鳴り響く。「ヒーッ!ヒヒーッ!」そしてカーバンクルの「何だこりゃあ!」という怒声。徴発隊の帰還だ。だがアトモスフィアがおかしい。フロッグマンは仲間達を置いて表へ出た。「何があった」「ザッケンナコラー!」

 フロッグマンの目の前には、傷つき打ちひしがれたごく少数の鬼人部隊と、激昂するカーバンクルの姿があった。「他の奴らどうなったってンだよォ!カスどもがァ!」「オ、オヤブン」片腕となった鬼人がぎこちない発声で答える「ニンジャ……ニンジャ」「ニンジャナンデ!?」カーバンクルが叫ぶ。

「と、とにかくテメェラおめおめとこの役立たずどもがァ!」「私の子供達を役立たずと?」騒ぎを聞きつけ、遅れてやってきたイヴォルヴァーがピシャリと遮った。「アイエッ!あ、いや、ニンジャがどうとか言うもんで」カーバンクルが小さくなった。イヴォルヴァーが進み出た。「ニンジャだと?」

「グガガ……」鬼人は身振り手振りを交え訴えた。「ニンジャ……三つ。あと女。うまそうな女ァ。女ァー!」「ニンジャ三人?こんな最果てにか」「ニンジャ……ニンジャ……あと女ァ!うまそうな!」「マジかよ」とカーバンクル。「子供らは嘘をつかん」イヴォルヴァーが睨んだ。

「どんなニンジャだ」「コワイ……コワイ」鬼人が身震いした。「ス、スリケン……スリケン。ノコギリ。ノコギリ、ノコギリ。……バンブー、ジェロニモ、ホーチミン」「何だそりゃあ!」とカーバンクル。「待て」イヴォルヴァーが遮る。そしてフロッグマンを見た。「聞いた言葉だ」「……」

「昔のサヴァイヴァー・ドージョーのボスは確か……」イヴォルヴァーがもったいつけて言った。「……フォレスト・サワタリ。ベトコンかぶれのヨロシサン研究員!そうだったな?」「……ああそうだよ」フロッグマンは頷いた。「ジェロニモ?ホーチミン?何だか胸騒ぎがしないか?」「けっ」

 フロッグマンは肩を揺すった。「あの野郎だったら?だったらどうだッてんだよ。赤の他人……いや……」血走った目を見開き、「仇だ!」「そうか」イヴォルヴァーはフロッグマンを凝視した。「成る程しかし辻褄は合う。お前らを再び下僕としてこき使おうと、都合よく考えて、探しに来たわけだ」

「女ってのは、あれか」カーバンクルが言った。「ドサクサで逃がされたとかいう女!さてはヨージンボーを雇って戻ってきたってわけかよ?」「そんなところだろう」とイヴォルヴァー。「フォレスト・サワタリとは利害が一致するな」「他の二人は?ニンジャ三人なんて……」「問題ない」

 イヴォルヴァーは笑い、フロッグマンを指差す。「そんな時のためのバイオニンジャよ」「ああ、ブッ殺してやるよ」フロッグマンは即答した。「俺たちの力を見せてやる」「まずは力を削いでくれよう」とイヴォルヴァー「依頼者の女だ。それがいなくなれば、そもそもニンジャ共の戦う理由も失せる」

「それだけじゃねえんだろ」カーバンクルが舌なめずりした。「大丈夫だよォ、俺はおこぼれ貰うだけでいいからよォ。それまで傷はつけずにおくからよォ。独り占めはダメだぜ、なァ」「まったく下品な奴だ」イヴォルヴァーは呆れてみせるが、否定はしなかった。


◆◆◆


「起きろ」とジェノサイドを揺さぶったのはニンジャスレイヤーだ。ジェノサイドの眠りは浅い。それが真の眠りと呼べるものかすら定かでない。だが彼ですら気づかなかった。それだけフォレスト・サワタリの忍び足は熟練されたものだった。「……いなくなった」ニンジャスレイヤーは告げた。

「……」ワタアメが目をこすりながら起き上がる。彼女もすぐに気づいた。ニンジャスレイヤーは無言で頷いた。「小便か」ジェノサイドは言った。「まあ、そりゃねぇよな」「……これだ」ニンジャスレイヤーは地面の微かな足跡を示した。「村の方角か?」「ええ……多分……」ワタアメが頷く。

 夜明け前のイクサの後、野営地を移し彼らは休んだ。フォレストが抜けたのはその後だ。太陽はまだ低い。さほど時間は経過していない筈である。「どちらにせよ」ニンジャスレイヤーは言った。「村へ向かって進めばいずれ明らかになろう」「全く馬鹿馬鹿しい話だぜ」ジェノサイドは言った。

「ドージョーを元鞘に収める夢、本気で見てやがるのか、あいつ。狂ってやがるのは承知だがよ」「オヌシの目的はどうなのだ」「城の研究の事か?期待してるかって?」ジェノサイドは喉を鳴らした。「しちゃいねェさ。これっぽっちもな。人生ってのはままならねェんだ。退屈しのぎの口実だよ」

「急ぎましょう!」ワタアメがそそくさと準備を終え、サイバー馬に荷物をくくりつけた。そこにフォレストの背嚢は無い。ニンジャスレイヤーもまた馬へ近づいたが、彼のニンジャ聴力はその時、遠くに異変を感じ取った。地鳴り。そして地平を見やり、砂塵に気づいた。「……懲りもせず来おったな」


4

「ハハーッ!」「ハーッ、ハーッ!」「ハァー!」砂塵は見る間に大きくなる。「早く乗れ」ジェノサイドはワタアメの背中を叩いて急がせた。バズソーが荒々しく大地を噛む。「俺はここでやる。二つに分けて始末だ。先に行ってろ」サイバー馬に同乗したニンジャスレイヤーとワタアメに言い放つ。

「ジェノサイド=サン」ワタアメが振り返ろうとする。「承知した」ニンジャスレイヤーはサイバー馬にひと蹴り入れて駆け出した。地平線の襲撃者は目ざとくそれに気づき、砂塵が二つに分かれる。「さァ来やがれ、出来損ないのクズどもめ」ジェノサイドがゴロゴロと喉を鳴らした。

「ヒィーハハハ!」「アッハー!」先陣を切ってくるのは、ナムサン、犬どころか、あれはバイオ熊の病みものであろうか?スモトリほどもある毛無しの桃色の獣が二頭!それぞれの背に鬼人がまたがるが、乗り手もまた図抜けて大きい。8フィートはあるだろう!手にはサスマタを持ち、突っ込んでくる!

 ジェノサイドは仁王立ちとなり、両腕をしならせる。鎖が跳ね、バズソーが弧を描いて襲いかかる!「イヤーッ!」チュイイイイ!「GRRRR!」「ガフッ!ガフッ!」どろりと濁った血液と臓物を噴き散らし、鬼熊がバズソーの餌食!だが、なかば崩れながらもその突進は止まらぬ!「ヒィーハハハ!」

 バズソーがいまだ鬼熊を苛むなか、鬼人はこの隙にジェノサイドをつき殺さんとサスマタを振り上げる。ジェノサイドは両腕をかかげた。鎖つきバズソーは手首の鉄輪に接続されており、彼の拳は自由なのだ……ワン・インチ距離の敵に対して彼が用いるのは己の拳!ネクロ・カラテ!

「ハハーッ!」突き下ろされるサスマタを掴み、乗り手を引きずり降ろす!そして、「イヤーッ!」「アバーッ!」金床めいたストンピングで鬼人の頭部を踏みつけ粉砕!もう一人が突きにかかる頃には、鬼熊をクズ肉に変え終えたバズソーが両脇から襲いかかる!「アバッアバババーッ!」

「ヒヒーッハハ!」「アーッハハハ!」「ヒィーッ!」敵を殺し終えたジェノサイドの背後へ、さらなる新手が殺到!一人がその手の猟銃を発砲、至近距離でこれを肩に受けたジェノサイドはよろめく!睨み返すジェノサイド!「俺は!」「ヒヒヒーッ!」「ヒィーハハ!」「ヒーッ!」「ジェノサイドだ!」

 血と肉を絡みつかせたバズソーが、ジェノサイドの身体の周囲を竜巻めいて激しく旋回!ドォン!ドォン!鳴らされ続ける太鼓!なおも襲いかかる巨大な猟犬!鬼人!ライフル銃!削り取られる腐肉!おお、これは……錯覚であってくれないのか?数の力に、ジェノサイドが徐々に押されていないか?

「お前ッ!」ナムサン!さらに、ゼェゼェと濁った呼吸を繰り返す奇怪なニンジャがジェノサイドの目の前に飛び降りる!手足が長い異形ニンジャ、メンポの奥の瞳は三つ!「俺とどっちが不死身だァ……!お、俺は、ハイドラ!サヴァイヴァー・ドージョー!」「取り込み中だ!クソカスがァ! 」

 鬼人だかりの奥から、鎖つきバズソーがハイドラめがけていきなり真っ直ぐに飛び出す!「グワーッ!?」バズソーで胴体を切断され、ハイドラの上半身が地べたに転がる!ハイドラはしかし手で地面を這いながら笑う「痛くもなんともねェ!……そうだ、遊び過ぎるなって兄者に言われてたんだ」

 ハイドラは地面に顔を突っ伏し、震え出す、するとズボリと湿った音を立て、下半身が元通りに丸々生えた!コワイ!「俺はよォー!不死身なんだよォー!」ハイドラが立ち上がる!その直後、ジェノサイドのバズソーが舞い狂い、取り付いていた鬼人を全て吹き飛ばす!おお、だがジェノサイドは……!

「ハァー……」肩で息するジェノサイドのカソックはズタズタに傷つき、破れた箇所からおぞましく崩れかかった腐肉がのぞく!ゾンビーの肉体が!彼は背中に手を回し、突き刺さったままのサスマタを引き抜いた。「あとはテメェ一匹か」銃創まみれのウエスタンハットが傾き、射殺すような視線が飛ぶ!

「一騎打ちだ!」ハイドラは叫んだ。腰から下の装束は破け、生殖器官の無い、爬虫類のミイラめいた不気味な身体が露わだ。彼は残りの装束も自ら剥ぎ取った。なんたる呪われた肉体!カラテを構え、吼える!「ルオオオオ!」「イヤーッ!」ジェノサイドのバズソーが襲いかかる!

 バヂュン!左腕が吹き飛ぶ!だがハイドラは突進!「イヤーッ!」ハイドラの右手チョップ!「グワーッ!」左肩に攻撃を受け、ジェノサイドの身体が沈む!反撃にもう一方のバズソーが跳ねる!チュン!ハイドラの頭が吹き飛ぶ!「イヤーッ!」前蹴り!ハイドラの腹部を直撃、頭の無い身体が倒れる!

「……」大の字に倒れた首無しのハイドラが激しく痙攣する。ジェノサイドはそれを睨み下ろす。と、ハイドラの左腕が生えた!遅れて頭が生えた!新たな三眼がジェノサイドを見上げる。「俺は不死身だァ……」「そうかい、やるじゃねェか」ジェノサイドは腕を振った。バズソーが再び回転を始める!

「イヤーッ!」ハイドラは素早く起き上がり、瞬時に跳躍!バズソーが襲いかかる!左腕と右脚を切断!そのままハイドラは残る左脚でジェノサイドの側頭部を蹴る!嫌な軋み音が鳴り、ジェノサイドの首がほぼ真後ろを向いた!ジェノサイドはその蹴り足をマンリキめいた握力で掴み、地面に叩きつける!

「イヤーッ!」さらにジェノサイドは叩きつけられたハイドラの頭をストンピング、踏み潰した!それだけでは終わらぬ!両腕を高く掲げると、空中に二つのバズソーが跳ね上がる!「俺は……」振り下ろす!「ジェノサイドだ!」マグロ解体めいてハイドラの胴体を切断!さらに振り上げる!「俺は!」

 切断された四肢が生え変わる。頭もだ!だがジェノサイドは構わぬ!「俺はジェノサイド!」振り下ろす!振り上げる!「俺はジェノサイド!」振り下ろす!「俺は!ジェノサイドだ!」ナムアミダブツ!


◆◆◆


「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」速駆けしながら大きく曲がるサイバー馬の背中に直立し、ニンジャスレイヤーはスリケンを連続投擲!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」彼の手が小刻みに動くたび、狼めいた怪物にまたがった鬼人が死んで転げ落ちる。

「アオオーン!」乗り手を失った四匹がサイバー馬めがけて突進してくる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは馬から跳び、手近の一匹の頭を蹴り潰す!「アバーッ!」その反動で隣の一匹に向けてジャンプ!「イヤーッ!」頭を蹴り潰す!「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」

「アバーッ!」ナムサン!一瞬にして四匹を葬り去ると、回転ジャンプしながら、走り来た馬の背に再び戻る!ワタアメは馬の背から振り落とされぬよう必死だ。「もう少し辛抱しろ」ニンジャスレイヤーが彼女を振り返り低く言った。「GRRRR!」前方にスモトリよりも大きい熊の怪物が飛び出す!

「ヌウーッ」ニンジャスレイヤーがニューロンを加速させ、この獣の効率的な殺戮方法を四種類の中から選択しようとした時だ!「イヤーッ!」スリケンが別方向から飛来し、サイバー馬の頭部を破壊!「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは咄嗟にワタアメを庇いながら、共にサイバー馬を飛び降りる!

 熊めいた獣はサイバー馬を押し潰し、生身の箇所を貪りだす!ニンジャスレイヤーはワタアメを護りながら地面を転がり、素早く起き上がった。その目の前にいきなり現れたのは、たった今のスリケンの主!額に赤い宝石を埋め込んだ不気味なニンジャだ!「ドーモ、はじめまして。カーバンクルです」

「ドーモ、はじめましてカーバンクル=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーは電撃的速度でオジギし、頭を戻すや否や、足元の砂を蹴った。目くらましである!「イヤーッ!」「イヤーッ!」カーバンクルは目くらましの範囲からギリギリ外れた距離に出現!……そう、出現だ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらにスリケンを投げる!「イヤーッ!」カーバンクルは再び、スリケンの飛行ルートをやや外れた位置に出現!ニンジャスレイヤーは目を細めた。瞬間移動のジツ?「ニンジャスレイヤー?ふざけた名を名乗りおって!」カーバンクルは嘲った。「貴様が死ね!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらにスリケンを投げる。「イヤーッ!」カーバンクルは近距離を移動し再出現!しかし驚きはしない、もとよりこのスリケンは牽制だ。ワタアメがいる以上、おいそれと大技に賭けるわけにはゆかぬ。「よォし!撃ち方!」だがその時カーバンクルは片手を上げた!

 途端に、岩陰に伏せていた数人の鬼人がライフル銃を発砲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは両手指で熱い弾丸を全て掴み取る!そして弾き返す!「イヤーッ!」「アバババーッ!」ライフルマン全滅!インガオホー!だがその隙を狙い、背後から熊の怪物が襲いかかる!「GRRRR!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは眉一つ動かさず、振り下ろされた熊怪物の腕を振り向きざまに殴って破壊!逆の手でチョップ突きをくりだし、心臓を射抜いて握り潰した!「アバーッ!」ゴウランガ!殺戮の申し子!……だがしかし、ここまで全てカーバンクルの想定内だったとすればどうだ?

「お留守を頂きーッ!」「!」すぐ横でカーバンクルの邪悪な声!ワタアメを羽交い締めにしている!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に肘打ちを繰り出す!カーバンクルの側頭部を直撃!だがあくまでワタアメを羽交い締めにしたまま吹っ飛ぶ!そしてやや離れた地点にワタアメごと再出現!

「アバッ痛てえ!」カーバンクルは目から血を流し毒づく、「だがこれこの通り!」とワタアメの首を掴んで嘲笑い、白い頬を指でなぞる!「俺のマバタキ・ジツを侮ったなァ?」ニンジャスレイヤーは既にカーバンクルめがけて駆け出している、だが逃げるように距離を取り再出現!ワタアメも道連れだ!

「無理だ!」再出現!「諦めろ!」再出現!「よろしくやってやるからよ!」再出現!「激しく前後しまくってやる!」再出現!ニンジャスレイヤーは疾走する!ナムサン……ついにカーバンクルはやや離れた位置に待っていたサイバー馬の鞍の上にワタアメと共に再出現!「ハハーッ!」「ンアーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは恐るべき速度でスリケンを投擲!ワタアメのすぐ横をすり抜け、カーバンクルの左肩を破壊!「グワーッ!?」カーバンクルは悶えながら馬にキックを入れ、駆ける!「む、無茶苦茶やりやがる!人質がいるんだぞバカめが!」「……!」ニンジャスレイヤーが追う!

「ハイハイッ!ハイッ!」カーバンクルは繰り返しサイバー馬にゲキを入れる。遠ざかる……徐々に……徐々に、遠ざかる……!そして行く手を遮るは、新たに現れた三頭の熊の怪物……!「ヌウウーッ!」ニンジャスレイヤーは応戦せざるをえない……そして、ナムサン……ナムアミダブツ……!


5

 フォレスト・サワタリは足を止めた。荒野には白い岩が散乱し、茶色の花を咲かせるヒースがまばらに生えている。彼は竹槍を構え、待った。「……やっぱりアンタか」岩の陰から姿を現したのは巨大なバイオカエルと、そこにまたがったニンジャである。「ドーモ、フロッグマン=サン」

「ペッ」フロッグマンはメンポをオープンし、ツバを地面に吐いて、またメンポをクローズした。フォレストは背後を振り返り、オジギした。「ドーモ、ディスターブド=サン」そこには水銀のニンジャがいる。「ボ、ボ……」「そいつはボスじゃねェ!」フロッグマンが剣呑にディスターブドを遮った。

「ハイドラはどうした」フォレストはフロッグマンに向き直った。フロッグマンは腕を組んだ。「てめェこそ、一人でおめおめと何しに来た。一緒の仲間はどうしたんだよ。ハイドラはそっちに行った。……殺しにな!」「そうか。他のあの、あの連中と?」「そうだよ!」

「ハイドラか」フォレストはジェノサイドの言葉を思い浮かべた。ジェノサイドは容赦なくやるだろう。「俺はお前らに会いに来た」フォレストは言った。フロッグマンは声を荒げた。「今更何の用だ!放ったらかしにしやがって!だいたいアンタがシンカンセンで撤退だの、バカな事言わなきゃよ……!」

「うるさいッ!」フォレストはいきなり、地面に竹槍を突き刺した。そして拳を握り、フロッグマンに一歩踏み出した。「御託はいい!こういう時、俺のサヴァイヴァー・ドージョーはどうするんだ!言ってみろ!」「何ィ?今の首領はなァ、イヴォルヴァー……」「言ってみろッ!」「……カラテだ!」

「そうだ!」フォレストは叫び、素手カラテのファイティング・ポーズを取った。「ボス」ディスターブドが呻いた。フロッグマンはわなわなと震えた。「畜生……俺は絶対許さねえ!」バイオ蛙ジャンプ!巨大な蛙の舌が繰り出される!「イヤーッ!」フォレストが飛び来たる舌を殴る!「ゲコーッ!」

 蛙は目を白黒させて着地!そこへダッシュするサワタリ!だらしなく延びたままの舌を踏み台めいて蹴り、蛙の頭に飛び乗った。フロッグマンも慌てて立ち上がる。「偉そうに!」フロッグマンがフォレストを殴りつけた。「グワーッ!」「アンタの気まぐれのせいで俺達がどれだけ大変だったか!」

「何をバカな!」フォレストが殴り返す!「グワーッ!」「ナパーム掃討の脅威を知らんのか!実際あれは全滅の危機だった!」「ふざけるな!」フロッグマンが殴り返す!「グワーッ!」「バイオ・インゴットがねぇと、俺たちはお終いなんだ!あんなクソ野郎に従う俺達の屈辱がわかるか!」

「わかるか!そんな戯言など!」フォレストが殴り返す! 「グワーッ!」「わかる気も無い!何がイヴォルヴァーだ!どうでもいい!甘えるな!」「畜生ーッ!」フロッグマンが殴り返す!「グワーッ!」「今更来やがって!」「黙れーッ!」「グワーッ!畜生ーッ!」「グワーッ!黙れーッ!」


◆◆◆


「スゥーッ……ハァーッ……」崩れ去った廃墟の壁の跡と思われる物体の陰、ニンジャスレイヤーは致死的太陽光を避けてアグラ・メディテーションし、チャドー呼吸を繰り返していた。強行軍の中で彼が自身に許したこの休息は2分。「スゥーッ……」彼は目を開く。出発時間である。

 彼は立ち上がり、地平を横切ってゆく砂塵を見た。彼のニンジャ視力は砂塵の主を見極めた。サイバー馬を駆るジェノサイドである。その移動に迷いは無い。サイバー馬にはオタカラ村の緯度経度情報が入っている。ニンジャスレイヤーは馬を追い、風めいてスプリントを開始した。


◆◆◆


 薄暗い会議場、タタミ上で後ろ手に縛られたワタアメと向かい合っていたイヴォルヴァーは、ツェペシュ公めいた蒼ざめた顔を上げた。「おお、来たな。ドーモ、ドーモ」「ワタアメ……!」力なく戸口の床に座り込んだのは、同様に縛られ、鬼人に牽かれてきた村長であった。

「お爺様」「なんという事だ」イヴォルヴァーは満ち足りた目つきで両者を交互に見た。「無駄な努力であったな。どうかね、今の気分は」「ワタアメ……!」「気分を、訊いているんだ。まあよい。本題に入ろう」彼は立ち上がり、村長の元へ降りて行った。「これでようやく腹を割って話せるな」

「アイエエ……」村長はがっくりとうなだれる。傍のエリート鬼人が彼の白髪を掴み、顔を上げさせた。「アイエッ!」「見ての通り我々サヴァイヴァー・ドージョーはそこらの野党風情では無い」イヴォルヴァーは村長に顔を近づけた。「お前達のケチな迷信の拠り所が、私にとって大変重要なのだ!」

「神殿の扉を開けば災いが……」「トンネルの下にあるのは20世紀の研究施設だ!」イヴォルヴァーは言った。「全く、そう昔の事でもないぞ?だがお前らの愚昧さは十分理解している、黙れ」イヴォルヴァーはせせら笑った。彼の手には鋼鉄製の精巧な鍵があった。村長が震えた。「おお、ワタアメ」

 ナムサン、この鍵は村からワタアメを逃がす際に村長が持たせた秘密トンネルの鍵だ。彼女はこの鍵を使ってトンネルを抜け、村の近くの荒地に逃れた。だがその短いトンネルは実際避難用に作られた物では無い。トンネルの中途には分かれ道があり、その先には閉ざされた鋼鉄製の巨大な扉があるのだ。

 鋼鉄の扉の先にある研究施設こそ、このイヴォルヴァーが……辺境の医師の成れの果てであるニンジャが、村々を蹂躙しながら探し求めていたものであった。20世紀、国家の諜報機関が秘密裏に進めていたニンジャ研究施設……常人をニンジャに作り替える禁断の研究!

 それは、イヴォルヴァーがニンジャとなったあのセキバハラ境界線上の古城廃墟、あの場所に残されていた研究成果を完全なものとする最後のピース!このパズルが完成すれば、イヴォルヴァーの進化したジツが作り出す軍勢は、辺境のみならずガイオンをも手中に収められよう!イクサである!

「なぜ戻ってきたのだワタアメ!バカ!」村長は涙を流してなじった。「あのまま帰って来るなと言ったはずだ!」「お爺様……!」「ええい、くだらん事で騒ぐでない!それにしても、まさにブッダオハギとはこの事!あのような小娘に預けたのが間違いであったな!」イヴォルヴァーの哄笑!

「さあ、末期のアイサツも済ませた事だ。お前も私の子供にしてあげよう、ご老体」「アイ……アイエエエ……!」イヴォルヴァーが両手で村長の顔を掴み、そして、おお……ナムアミダブツ!イヴォルヴァーの両手が不気味な紫の光を発すると、村長が泡を噴いて痙攣!開かれた両目が紫の光を放つ!

「アバッ!アバッ……アバババババババーッ!アバッ、バハッ、ハーッ、ハーッ……!」叫び声が徐々にねじくれてゆくそのさまを、ワタアメは硬く目を閉じて耐え忍んでいた。その目を恐怖の涙が流れた。「来た、来やがった!あいつら!」そこへ転がりこんできたのはカーバンクルだ。「馬一頭だ!」

「追ってきたか」イヴォルヴァーは顔を上げた。「この寒村に何を期待しておるのだ。俗人に価値あるものなど何も無い」「全くです!そこの女かな?確かに一刻も早く激しく前後したいぜ!」「……行け!村の中へ誘い込んで、囲んで料理しろ」「兵隊を皆出しますぜ!皆!」「勿論だ!叩き潰せ」

「オタカラのお楽し」とショドーされた木製の粗末なゲートを今、サイバー馬がくぐり抜ける!疾駆するサイバー馬を駆るのは黒い巨躯!ジェノサイド!そしてその背後、馬の鞍の淵に、恐るべきニンジャバランス感覚で腕組みして直立するは赤黒の装束!ニンジャスレイヤー!殺戮者のエントリーだ!

「ギャハーッ!」「ハッハハーッ!」上から口々に笑いと罵声!村の屋根に続々と現れる人影!ライフル銃を構えた鬼人達だ!さらに家々の扉が内側から破られ、中から続々と白兵戦装備の鬼人が湧き出してくる!「ハーッ!」「バハーッ!」

「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは馬の鞍から回転ジャンプし、近くの建物の屋根に着地した。既にその動作のなかでスリケンを三枚投擲し終えており、屋根の上の鬼人はいきなり三人即死!ジェノサイドは両腕を振る!左右にバズソーの鎖が展開!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは一番近くの鬼人にイナズマめいて近づくと、その首骨をチョップ一撃で折って殺害!ニンジャスレイヤーめがけライフルの火線が集中!ニンジャスレイヤーはその鬼人の身体を盾めいて掲げ、突き進む!全ての銃撃が無効!

 弾丸の嵐でみるみる肉の盾は崩れてゆく。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは目の前の敵めがけその死骸を投げつける!「グワーッ!?」ひるんだその鬼人の頭を掴み、首骨を折って殺す!今度はその死骸を盾に掲げ、次の敵を睨む!コワイ!

 下ではどうだ?ジェノサイドのバズソーが狂ったように乱れ舞い、血煙と共に飛び散る四肢!広場の枯れた噴水に、今、不浄の鮮血が降り注ぐ!「ヒーッ!」「ヒヒーッ!」銃弾がその巨躯を撃ち抜き、腐肉が跳ねるが、死神めいたその動きは少しも鈍る事は無い!「イヤーッ!」

「行け!どんどん行け!とにかく圧し殺せ!」細かい瞬間移動を繰り返して安全なポイントを飛び移りながら、カーバンクルが叫ぶ。「……よォし、いいぞ!行け!」角を曲がって現れた複数のバイオスモトリ鬼人がジェノサイドのもとへ次々に突進していくのを満足げに見やる!「フゴーッ!フゴーッ!」

「フゴゴゴーッ!」二匹のバイオスモトリ鬼人がジェノサイドへ殺到するが、低空を撫でるように飛んだバズソーがその丸太めいた脚を切断!「フッゴーッ!」「ブモーッ!」転倒するそれらを飛び越えるように、猟犬にまたがった大柄な鬼人が一度に三人襲いかかる!両腕をしならせるジェノサイド!

「ゼツ!」バズソーが挟み込むように飛び、猟犬三匹の頭部が跳ね飛ばされる!「メツ!」クロスしたバズソーが再び戻るように弧を描く!乗り手の頭が一度に切断され吹き飛ぶ!「アバーッ!」そのとき背後で両腕を振り上げるのは熊めいた怪物!これまで相手にした熊怪物の二倍の大きさだ!

「イヤーッ!」「フゴーッ!」ゴウランガ!直立する熊怪物の延髄にジゴクめいた空中サイドキックを叩き込んだのはニンジャスレイヤーだ!熊怪物の首が捻じ曲がり、吐血!崩れ落ちる!「ブゴオオ!」「イヤーッ!」彼はそのまま着地、突進して来たバイオスモトリ鬼人にポン・パンチを打ち込む!

「ブゴーッ!」バイオスモトリは回転しながら吹き飛び、後続の鬼人を圧し潰して死亡!ジェノサイドと背中合わせに立ったニンジャスレイヤー、すなわち既に屋根の上の鬼人を全滅させ終えているのだ!「……ニンジャは。ニンジャはいないのか」


6

「出ろ!行けーッ!」ブッダ教会の屋根に出現したカーバンクルが手を振り回し叫ぶと、教会の扉が内側から破られ、鬼人達が雪崩れ出てきた!ナムサン……知る由も無い事であるが、彼らはこのオタカラ村の村人なのだ……!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは次々に彼らをスリケンで射殺してゆく!

「くだらねえ!邪魔だ!」ジェノサイドが吐き捨てる。スリケン攻撃をくぐり抜けた生き残りに荒々しいバズソー竜巻で切り込んでゆく!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは噴水跡、屋根と飛び移り、さらにジャンプして教会屋根のカーバンクルへ迫った。「何なんだ!お前らは!」カーバンクルが叫ぶ!

「私は通りすがりの者だ。だがオヌシは殺す」ニンジャスレイヤーは言い放ち、屋根の上、タタミ2枚距離にまで接近した。「アイエッ!?何故だ!」カーバンクルが後ずさる「異常者め!あの小娘にいくらなんでもそこまで執着……」「人に害をなす者に何故も無い。ニンジャ殺すべし」「アイエッ!?」

「娘はどこだ。この村か」「イヤーッ!」答えずカーバンクルはマバタキ・ジツの瞬間移動で逃れようと試みた。「イヤーッ!」「グワーッ!?」だが、ナムサン!失敗し屋根に叩きつけられる!一瞬早く、ニンジャスレイヤーが放った物体が彼の手首に硬く巻きついていた。ドウグ社のカギつきロープだ!

「なるほど、原理はわからぬが縄抜けの類いはできんと言う事だな」ロープを片手できつく手繰りながらニンジャスレイヤーが決断的速度で間合いを詰める!「ち、畜生!」「娘はどこだ」「イヤーッ!」カーバンクルがチョップを繰り出す!ヤバレカバレ!しかし、「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 ニンジャスレイヤーは繰り出されたチョップを懐に潜り込み、左肩で受けると、そのまま左手の甲を叩きつけ、カーバンクルのメンポを粉砕!よろけるカーバンクル!「ま、待ってくれ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」鳩尾に右フックが叩き込まれる!「娘は村の」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「む、村の会議場」「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤリめいたサイドキックで吹き飛ぶカーバンクル!だが手首のロープで無惨にも巻き戻し、さらにサイドキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」吹き飛ぶカーバンクル!さらに引き戻しサイドキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 吹き飛ぶカーバンクル!それを引き戻しさらにサイドキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」吹き飛ぶカーバンクル!さらに引き戻し!トドメの一撃!踏み込んで、フックロープを外すと共にジゴクめいたポン・パンチを叩き込んだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 カーバンクルは道路を挟んだ宿屋の錆びた看板、「休みを少しちょっとな」のミンチョ文字の真ん中に大の字に釘付けられた!「グワーッ!」ナムアミダブツ!二秒後、その体が看板の鉄板から剥がれ落ち、落下しながら爆発四散した!「サヨナラ!」

「ワタアメ=サンはまだ村にいる!会議場だ!ジェノサイド=サン!」ニンジャスレイヤーは下で殺戮をいまだ繰り広げるジェノサイドに叫んだ。「ゼツメツ!」ジェノサイドのバズソーが唸り、最後のバイオスモトリ鬼人を三枚下ろしにする!

「会議場だと」ジェノサイドはバズソーを巻き取ると、屋根から着地したニンジャスレイヤーを見やった。ジェノサイドのカソックは血肉にまみれ、突入前の時点でただでさえ裂け破れていた状態がますますひどく、顔に巻かれた包帯も乱れ、腐れ顔がのぞいていた。ニンジャスレイヤーは目を細めた。

 ニンジャスレイヤーはジェノサイドの肉体の秘密を具体的には聞かされていない。だが彼は「会議場だ」とだけ答え、素早く村を見渡した。「あれだ」彼は「村の笑顔はいっぱい」とノレンに書かれた建物を示す。「……顔の包帯を」歩きながら彼はジェノサイドを振り返り、直すよう手振りで促した。

 二人が無雑作に会議場の入口へ近づくと、敵のほうから出迎えに来た。ノレンをくぐって現れたのは、8フィート級の鬼人が二人、手にはブロードカタナ!リベットを打ち込んだ革のベルトで装甲を固め、手練れめいた佇まいである。「ハーッ……!」

「だから」ジェノサイドのバズソー鎖が伸び地面に落ちる。それらが、「どうしたッてんだよ!」唸りをあげて鬼人に襲いかかる!ギャリギャリギャリ!斜めに飛ぶバズソー!だが二人の鬼人は一瞬早く踏み込んでミンチ殺の運命を回避!袈裟懸けにジェノサイドを斬り下ろす!「ハーッ!」「グワーッ!」

 二人からの同時攻撃、決して浅くは無い傷!ジェノサイドの戦いは広い範囲をまとめて巻き込むおそるべきワザマエだが、他方、その身をかえりみぬネクロ戦術は、必要以上の負傷を許してしまうのだ!だがジェノサイドはひるまず「先に入ってろ」とニンジャスレイヤーへ言い放つ!

 ニンジャスレイヤーは横を走り抜け、会議場へエントリーした。奥のタタミザシキを睨む!縛られたワタアメ!そしてその差し向かい、いまだアグラでオチョコのサケを飲む、不気味に落ち着いたニンジャがいる!「ハーッ!」左右から新たな8フィート級鬼人が二人、ニンジャスレイヤーに斬りかかる!

 左右から真横に振り抜かれる二本のカタナを、ニンジャスレイヤーは前転で躱す!まるで鬼人二体が目に入らぬかのように、前転からそのまま前方のタタミザシキに向かって跳躍!アグラするニンジャに飛び蹴りを繰り出した!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャは立ち上がり、オチョコでニンジャスレイヤーの蹴りをガード!ニンジャスレイヤーは着地しながらチョップで肩口に連続で攻撃!「イヤーッ!」「イヤーッ!」敵ニンジャは同様にオチョコでこれをガード!タツジン!「イヤーッ!」そして反撃のコンパクトな掌打を見舞う!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟のハーフブリッジでこれを回避!身を反らしながら左脚で側頭部を蹴りに行く!「イヤーッ!」「イヤーッ!」敵ニンジャもこれをブリッジで回避!さらにバック転で間合いを取り、アイサツした。「ドーモ、イヴォルヴァーです」

「ドーモ、イヴォルヴァー=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーも起き上がり、素早くアイサツを返した。「カーバンクルとかいうニンジャは先にサンズに行った。兵隊もだ。オヌシもすぐに後を追え」「フン」イヴォルヴァーは鼻を鳴らした。「いい気になっておるな」

「それはオヌシだ」ニンジャスレイヤーは言った。「ハハッ!」イヴォルヴァーは笑う「子は親を生めぬ。親が子を作るのだ。子をどれだけ殺されようと、最終的に親であるこの私一人おれば、子は幾らでも増やす事ができる……いくらでもな!」「……それは、ここから生き延びる事ができればの話だ」

「できるとも!イヤーッ!」イヴォルヴァーはニンジャスレイヤーの顎を狙い、削り取るような掌打を繰り出す。ニンジャスレイヤーはギリギリでこれを回避!イヴォルヴァーが笑う。「私はニンジャとなって五年!この辺境に雌伏した!カラテ鍛錬は万全!カーバンクル=サンのような下郎とは違うぞ」

「アブナイ!」ワタアメが叫んだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは後方にトラースキックを繰り出し、背後から斬りかかろうとしていた8フィート鬼人の顔面を粉砕殺!さらに「イヤーッ!」襲いかかるイヴォルヴァーのチョップ突きを、片足を上げたままの両腕クロスでガード!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」立て続けに繰り出されるイヴォルヴァーの強烈なチョップ突きをさばきながら、ニンジャスレイヤーは会議場戸口へ視線を投げた。血煙とともにジゴクめいたバズソーが飛び込んで来て、そちらへ向かったもう一人の鬼人の首を刎ねたところだった。「アバーッ!」

「ジェノサイド=サン!」ワタアメが涙声で叫ぶ。「嬢!」「フン」イヴォルヴァーは新たな闖入者を一瞥、いきなり身を沈め、足下のタタミを掌打した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの目の前で壁めいて跳ね上がり、視界を遮るタタミ!「ヌウッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 ニンジャスレイヤーを壁まで吹き飛ばしたのは、タタミを突き破って飛び出した丸太めいた腕!ニンジャ装束の破片がまとわりつき、紫の筋肉を浮き上がらせた腕……!「アイエエエ!」ワタアメが悲鳴を上げる!タタミを引き裂き仁王立ちしたのは、9フィートの巨体!信じ難いがイヴォルヴァーだ!

「イヴォルーション(進化)!素晴らしいジツ!」イヴォルヴァーはなかば恍惚として、フロアのニンジャ二人を侮蔑的に見下ろした。髪は逆立ち、膨れ上がった筋肉に装束は破けて腰から上は裸だ。ナムアミダブツ!自らにあの怪物を作り出すジツを作用させたというのか!なんたるデーモンじみた姿!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが咄嗟に投げたスリケンを、イヴォルヴァーはハエめいて煩わしげにつまみ取る。「イヤーッ!」ジェノサイドは一跳びに跳躍し、バズソーで斬りかかる!「イヤーッ!」だが、ナムサン!次の瞬間身体をくの字に折り曲げて吹き飛んだのはジェノサイドだ!

「グワーッ!」速い!バズソーが振り抜かれるより早く、真っ直ぐな飛び蹴りがジェノサイドの腹部を直撃したのだ!蹴りの反動で後方へクルクルと回転着地したイヴォルヴァーはワタアメの服を掴み、彼女を目の高さまで持ち上げる!「アイエエエ!」「お前を忘れてはいないぞ」「アイエエエ!」

「お前!お前……!訊きたいことがある」ジェノサイドが叫んだ。「ンー?何だね」ワタアメを吊り上げたまま、イヴォルヴァーが見下ろす。「そのジツは!何処で手に入れた!」「ンー?」「この先の古城だ、そうだろ!」イヴォルヴァーは目を細めた。「……だったら何だね?お前は死ぬんだぞ」

「それだけわかりゃァ十分だ、ありがとよ……」ジェノサイドは喉を鳴らした。「あとはテメェを殺してスッキリお終いだ……」「そのザマでよく言えたものだ!」イヴォルヴァーは嘲笑った。「悪いが全然痛くも痒くもねェんだよ……!」ジェノサイドが一歩踏み出す。ニンジャスレイヤーもだ!

 ミシッ!その時だ、天井が嫌な軋み音を鳴らし、パラパラと木屑が床へ降ってきた。その直後、天井が裂け、巨大なバイオ蛙が落下して来た!「!?」「ドーモ!フロッグマンです」蛙にまたがったニンジャはタタミのたもとの床に着地、会議場の人間にアイサツした。「フフフ」イヴォルヴァーが笑う!

 さらにその天井の穴から水銀めいたスライム体がボドボドと滴り落ち、フシギめいて人型に隆起、フロッグマンのすぐそばでニンジャの姿をとった。「ディスターブドです」「遅いぞ、役立たずども」イヴォルヴァーは尊大に言った。「インゴットを減らされたいか」「それは許してくれ」とフロッグマン。

「首尾は」「ああ、いいぜ。一人減らせただろ」フロッグマンはニンジャスレイヤーとジェノサイドを見た。「雁首そろえてその程度の成果、アテにならん奴らよ」イヴォルヴァーは言った。「もう一匹、ハイドラは」「……俺はここだぜ」入り口のノレンをくぐり、手足の長いニンジャが歩いてきた。

「……テメェ」ハイドラの姿を目にしたジェノサイドが目を丸くした。「寸刻みでもまだ足りねェのか」ハイドラは耳障りな声で笑う「俺は不死身よォ!兄者に拾ってもらったンだ、元通りよ!」三眼が光り、ジェノサイドを睨み返す。「役者が揃ったぞ」とイヴォルヴァー。「二人でどう切り抜けるね」

「全くだぜ」フロッグマンはイヴォルヴァーを睨み、小声で呟いた。そしてニンジャスレイヤーに言った。「久しぶりだなぁニンジャスレイヤー=サン。ノトーリアスが実際世話になったじゃねェか」「……」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。まさに今、六人ものニンジャが会議場に敵対す!

「……だがまァ、ノトーリアスの奴は戦って死んだと聞いてる。不名誉な死じゃねェと」フロッグマンが付け足した。「だから復讐だけは勘弁してやる。普通の殺し合いに戻してやるよ」「何をくだらん話をしている」イヴォルヴァーは苛立たしげに口を挟んだ。「フォレストの首は……」「イヤーッ!」

 ゴウランガ!天井の穴からイヴォルヴァーめがけ斜めに飛び降りてきた新たなニンジャが、回転しながら足元に着地!「グワーッ!?」イヴォルヴァーは手首を押さえ苦しむ!切り株めいてケジメされた手首から噴き出す鮮血!「ゲコーッ!」すかさず蛙の舌が伸び、手首ごとワタアメを巻き取った!

 編笠を被ったアンブッシュ者は素早くステップアウトし間合いを取る。クロスさせた二刀流のマチェーテが血に濡れている!たった今切り落とした手首の血に!「ドーモ、はじめましてイヴォルヴァー=サン。サヴァイヴァー・ドージョーのフォレスト・サワタリです!」彼はアイサツした!誇り高く!


7

「ウオオーッ!」手首のケジメを押さえ、イヴォルヴァーが苦痛に吠えた。丸太めいた蹴りがフォレスト・サワタリを襲う!「イヤーッ!」フォレストは飛び上がってこの致死的な蹴りを回避!クルクルとマチェーテを振り回し、血汚れを振り払った。

「これがサイゴン・ロアだ。いつ何時どこからアンブッシュが襲い来るかわからぬナムの地獄……昨日の友すら今日の敵となる極限のイクサにおいて、なお揺るがぬ信頼は、コーベイン(訳注:小判)よりも重い価値を持つ……」フォレストはを射抜くように見据えた。「お前は戦う前から負けているのだ」

「な……まさか貴様ら」イヴォルヴァーはフォレストの暗示的な言葉にうろたえた。そしてバイオニンジャ達を見渡した。「裏切ったのか」「ヘッ」フロッグマンが笑った。バイオ蛙の舌が緩み、ワタアメは床に降ろされた。彼女は怪訝な顔で異形ニンジャを見たが、すぐに事態を察した。

「まるで忠犬だな、貴様ら。なんとバカバカしい」イヴォルヴァーが言った。「見捨てられた恨みはどうした?貴様らを棄てた男だぞ。バイオインゴットの生産もできん行き当たりばったりのサンシタについて行くと?」「どうでもいいんだよォ、そんな事は」フロッグマンは言った。「くだらねえ事は!」

「お、俺は嬉しいぜ」ディスターブドは言った。両手が形を変え、鋭利な刃物となる。「やっとドージョーが元通りなんだ!」「俺はよォ、どっちでもいいんだよォ、どっちでもいいんだけどよォ」とハイドラ。長い指でイヴォルヴァーを指さし、「とにかくお前が気に入らねェー、コキ使いやがってよォー」

「そういうわけでな。サヴァイヴァー・ドージョーは返してもらったぞ」フォレストが腕組みして言った。そしてニンジャスレイヤーとジェノサイドに言う「ややこしい話は、こいつをやった後に幾らでも相手をしてやる」「ウ……ウヌ……」タタミザシキの上で独り、イヴォルヴァーは後ずさった。

「ウオーッ!」イヴォルヴァーが吠え、飛び上がった!そして、出来たばかりの天井の穴に、片腕でゴリラめいてしがみつく!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがスリケンを投擲!「ウオーッ!」だが一瞬後、そこにイヴォルヴァーの姿はない!消えた!いや、天井の穴から懸垂して外へ逃げたのだ!

「ハッ!とんだ臆病……」フォレストが言いかけるが、「貴様らナゾ!まとめて叩き潰してクレル!」屋根の上から轟く、さらに異形めいて変質したイヴォルヴァーの声は、彼にまだ手の内がある事を示唆していた!「アガッ!アガガガッ!アガガガッゴボッ!ゴボゴボーッ!」

 会議場外へ飛び出した一行が目撃したのは、ひと飛びにブッダ教会の屋根の上へ飛び移ったイヴォルヴァーの異形!屋根瓦の上で四つん這いになり、震えながら吼えている!「ウオッ!ウオッゴボッ!ゴボーッ!」その背中にラクダめいたコブが盛り上がり、奇怪に光る緑の斑点が全身を覆い尽くす!コワイ!

「ゴボ、イヴォッ……イヴォルー、イ、イア!イアーッ!イア!イーアイ!イーアアーッ!」四つん這いの四肢は手脚ともに同じだけ太く巨大になり、背中のコブから新たな頭めいた突起が隆起!歪な配置の目が五つ、ギョロリと開く!さらにコブから新たな二本の腕が生える!関節が三つある!コワイ!

 今や、教会の屋根にとりつき吼えるのは、人の形すらとどめぬ名状しがたい異形ニンジャ!四本の脚と五つの目を持ち、関節の三つある長い腕を振り回す!全長12フィート!なんたる事か!存在そのものが正気に対する挑戦!それでも尚、あえて記述を進めねばならない筆者の苦悩をお察しいただきたい!11

「イア!イアーッ!」巨獣が跳んだ!着地点にはハイドラ!咄嗟に踏み潰されぬよう離れようとした彼を、三つの関節がある長い腕が捉える!「アバーッ!」一瞬だ!もう片方の手が一瞬にしてハイドラの頭を掴んで引きちぎり、ばたつく身体を地面に叩きつけて捨てた!ナムアミダブツ!

 チュイイイイ!掬い上げるように飛んだジェノサイドのバズソーが巨獣の腕を斬り落としにゆく!第三関節に喰い込み、回転する刃!「イア!イアーッ!」だが切断はかなわず!骨で止まっているのだ!巨獣がバズソーごと腕を振ると、ジェノサイドが投げ縄めいて空中へ跳ね飛ばされた!「グワーッ!」

「ウオオーッ!」両腕を刃に変えて斬りかかるはディスターブド!丸太めいた四本の脚の一つへ二刀で繰り返し斬りつける!血が噴き出すがやはり切断ならず!後ろからジャンプし、そのディスターブドの頭を踏みつけて二段ジャンプを繰り出したのはニンジャスレイヤーだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イアー!」空中でムーンサルト回転、掴み取ろうと襲い来る腕を躱しながら、ニンジャスレイヤーは巨獣を飛び越しざまにスリケン連続投擲!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イア!イア、アバーッ!」五つの目のうち少なくとも二つがスリケンによって潰れ、体液を噴く!

「行くぞディスターブド=サン!イヤーッ!」続けて飛び出したのはフォレスト・サワタリ!「グワーッ!」同様にディスターブドの頭を踏み台に二段ジャンプ、マチェーテで巨獣の腕に斬りかかる!狙いはいまだバズソー食い込む第三関節!「サイゴン!」マチェーテが閃く!

 マチェーテが続けざまに食い込む!「イアッ!イアッ!」二度の再斬撃を受けてなお切断されぬ腕!なんたる名状しがたいニンジャ耐久力!だがフォレストは空中で素早く得物を手離し、ククリナイフを抜いて三度斬りつける!「サイゴン!」「イア、アバーッ!」ケジメ!ついに腕は第三関節で切断!

 振り回されようとしていたジェノサイドがこれで自由になり、空中で弧を描きつつ、もう一方のバズソーを投げる!「イヤーッ!」「イア!アバッ!」巨獣の胸に食い込むバズソー!「イヤーッ!」さらに、切断された腕が噛んだままのバズソーも投擲!これが分銅めいて胴体に巻きつく!「イヤーッ!」

 ゴウランガ!巻きつけたバズソー鎖によってサーカスめいて斜めに飛行するジェノサイド!着地点にはディスターブド!「イヤーッ!」「グワーッ!」頭を踏み台に二段ジャンプし、巨獣の胴体にしがみつく!そしてバズソーを直接ねじ込みにかかる!「イヤーッ!」「アババーッ!」

「くそォ!こいつ硬いぜ!」踏み台になりながら愚直に繰り返し斬りつけるディスターブドであったが、巨獣の丸太めいた脚が持ち上がり、蹴りつけた!「グワーッ!」腹を蹴られ吹き飛ぶディスターブド!「ゲコーッ!」フロッグマンはバイオ蛙を操作し、長い舌でディスターブドを受け止める!

「イア!イア!イア!」片腕は手首から先が無く、片腕は第三関節から先を消失した巨獣が、狂ったように地団駄を踏む。しがみつくジェノサイドは振り落とされまいとしながら執拗に胴体をバズソー攻撃!「イヤーッ!」さらにフロッグマンがマキモノを取り出し、投げつける!マキモノ・ジツだ!

 マキモノ、すなわちショドー・スクロールはくるくると開かれながら飛び、鉄の芯が巨獣の頭を目潰しめいて打ち据える!「イヤーッ!」フロッグマンが腕を引くと、伸び切ったマキモノは再び巻き取られて手の中へ!同時に、もう一方の手が投げたマキモノが飛び、巨獣の顔を打つ!「イヤーッ!」

 もう一方のマキモノもくるくると開かれながら飛び、鉄の芯が巨獣の頭を目潰しめいて打ち据える!「イヤーッ!」フロッグマンが腕を引くと、伸び切ったマキモノは再び巻き取られて手の中へ!交互にマキモノが巨獣の頭部を絶え間なく攻撃!

 ゴウランガ!なんたるタクミ!これぞトラディショナルなマキモノ攻撃のワザマエである!江戸戦争において伝説のガマ・ニンジャは巨大な蛙にまたがり、マキモノを用いて敵を倒したという。フロッグマンの攻撃はこの歴史的攻撃を彷彿とさせ、当時のニンジャが見れば驚きに目を見張ったはずだ!

「イヤーッ!」さらにフロッグマンはマキモノを上下に打ち振る!スクリーンめいて舞い踊るマキモノには「生き残り達が道場」のオスモウ書体!雄々しい文字の背景には幻惑的な渦巻き模様が極彩色で描かれている!これが実際催眠的作用を及ぼすのだ!「イア!?イアッ!」巨獣が苦しみだす! 25

「ディスターブド=サン!久しぶりにアレをやる!」フォレストが駆け寄りながら指示した。「大将!ガッチャ!」ディスターブドは叫び返し、高く跳んだ。すると、おお、ゴウランガ!水銀めいたボディが空中で変形、ハープーンめいた剣呑な巨大長槍の形を取ったのだ!それを掴み取るフォレスト!

「ヌウウーッ!」フォレストがディスターブド槍を構え、トップスピードで助走!そして投擲!「ジェロニモ!」稲妻めいて飛ぶ水銀のハープーン!「イアーッ!イア!イア、アバーッ!」巨獣の胸の中心を深々と貫いた!ナムアミダブツ!

「ゼツ!」さらに、見よ!腹部にとりついたジェノサイドが、硬い腹筋を破り、そのバズソーをついに、振り抜く!「メツ!」「イア、オボーッ!」引き裂かれ、飛び出す名状しがたいハラワタの数々!悶え苦しむ巨獣!そこへ、さらに駆け来るは……ニンジャスレイヤーだ!「Wasshoi!」

「オボーッ!」四本の脚の中から元の頭の名残りが首を伸ばし、ニンジャスレイヤーめがけ強酸をガンフィッシュめいて噴きつける!ニンジャスレイヤーはジグザグに走り、これを回避!そして、跳んだ!「イヤーッ!」「イアアア!イーアイー!」胸に刺さった槍を引き抜こうともがく巨獣!

 ニンジャスレイヤーは空中でドロップキックめいた両脚蹴りを繰り出す!ただの蹴りではない!その身体はドリルめいてキリモミ回転、ディスターブド槍を後ろから直撃!あまりの衝撃に柄の部分をクギめいて円く変形させるディスターブド!ニンジャスレイヤーはなおも回転!槍をねじ込む!ねじ込む!

「イイイイイヤァーッ!」回転!回転!回転!ディスターブドの形状がドリルめいて徐々に変形し、巨獣の胸板を抉り、心臓部を破壊し、背中を爆ぜさせて、飛び出した!「オゴゴゴッ!オゴーッ!」大穴を空け、断末魔の咆哮とともに痙攣する巨獣!サツバツ!ナムアミダブツ!

 ディスターブドはスライム状に変形して地面に叩きつけられる衝撃を散らし、素早く人間体に戻る。不浄の獣の身体から、ジェノサイド、ニンジャスレイヤーが飛び降りる。邪悪ニンジャ・イヴォルヴァーの成れの果ての怪物は、四本の脚をわななかせ、震え、そして、爆発四散した。「サヨナラ!」


◆◆◆


「嬢」揺さぶりながら呼びかける声とアルコール臭に、ワタアメは呻き、目を開いた。「私は!今の……アイエエ!」気を失う直前の光景がフラッシュバックしかかる。あの、醜く捻じ曲がった反自然の、ナムアミダブツ……だが、見下ろす包帯だらけの顔、その緑の目と目が合うと、彼女は我に返った。

 少し離れた場所ではニンジャスレイヤーがアグラし、また、反対側にはフォレスト・サワタリと、サヴァイヴァー・ドージョーのバイオニンジャ達が焚き火を囲んでいる。フロッグマン、ハイドラ、ディスターブド。「ここは」「ああ。村外れだ」ジェノサイドが言った。「終わったぜ。……お前の件はな」

「村の皆は……」ワタアメは呟いた。「……」ニンジャスレイヤーは無言でかぶりを振った。捻じ曲げられた人々は全て倒され、戻る事は無い。だが、少なくとも、これ以上、同様の悲劇が繰り返される事は無い。ワタアメは胸の奥に痛みを覚えた。大きく絶対的であるがゆえ、実感のわかぬ、喪失感を。

「私」「お前の事はまぁ、町まで送り届けるさ」ジェノサイドが言った。そしてニンジャスレイヤーを、サヴァイヴァー・ドージョーを見た。「この中の誰かがよ」「……え……」ジェノサイドは喉を鳴らした。そして立ち上がった。ニンジャスレイヤーもアグラを解き、立った。

「皆さん……」ワタアメが問おうとした。ジェノサイドは手振りでワタアメに下がるよう促した。フォレストはマチェーテを無言で構え、バイオニンジャの達の目が油断無く光る。ニンジャスレイヤーはゆっくりとジュー・ジツを構えた。ジェノサイドの鎖つきバズソーがガチャリと地面に落ちた。


その後、彼らの間に何が起こったのか、いかなるやり取りが為されたのか。ワタアメはどこに生活を見出したのか。残念ながら、それはワタアメの手記にも残されていない。手記は彼女の手を離れたのち、所持者の不注意により破損し、この後に起こった出来事の記述は失われてしまった。

彼女自身が今、どこで何をしているのか。そもそも無事なのか……新たな家庭を見出したのか……あるいはオイラン、マイコの類になったのか……野垂れ死んだか……残された資料からは、知る由の無い事だ。そして三者の、その後の動きについても。それは、別の資料を辿るしかあるまい。

彼女の手記はしかし、少なくとも、確認できる部分に関しては……踊るような筆致で、三人のニンジャとの会話や、食事、空の色、サイバー馬の背中の揺れ心地を……短い旅の喜びを……鮮やかな非日常を、晴れやかに綴っている。

ゆえに我々としては願いたい、願うしかない。この、恐らくは生まれて以来、笑顔も無く、無知と貧困のなかで虐げられてきた哀れな娘の魂が、少なくともこのわずかな期間の旅の間には優しく解き放たれて、コトダマの永遠と、微かなりとも接続することができていたと。

今となっては世の中のマッポーもいよいよ厳しく、ただワタアメという名を頼りに方々探したとて、望む結果が得られるとは思えない。……いわんや、闇に生きるニンジャの行方をや。ゆえに、我々は、願う。ただ、願う。コトダマにつつまれてあれと。


【スリー・ダーティー・ニンジャボンド】終



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)


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N-FILESは原作者コメンタリーや設定資料等を含んでいます。
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