【セカンド・サイン・オブ・ハンザイ】
【セカンド・サイン・オブ・ハンザイ】
#1
フジサンに隠されたデンワ・テレコム社のデータセンター要塞崩壊から、約十年が経過。アルプス山脈のどこかに隠された、カタナ社のデータセンター要塞にて……。
「繰り返すが、データセンター勤務においてまず求められるのは、マシーンめいた自律心と平常心だ。体重制限ボクサーさながらの、徹底した自己管理が求められる。毎日決まった時間に、決まった量の運動、タイピング鍛錬、栄養摂取、ザゼン、薬物摂取などを行い、コンディションを整えねばならない」
リケ・シマタはコーヒーで喉を潤すと、研修ルームを歩きながら、インストラクションを続けた。「より重要なのは、チームワークと対話だ。最小単位であるツーマンセルから、大規模なプロジェクトチームまで、あらゆる規模のチームにおいて、適切な量の意思疎通が求められる」
「チームの距離が近すぎても、遠すぎても、エンジニアの精神には破滅が訪れる。難解に思えるだろう。ゆえに若いうちは、一切の人間関係を必要としない単身プロジェクトが、とても魅力的で、理想的なものに思える。永遠に快適な環境ならば、それもいいかもしれない。だが……」リケは息をつく。
そして、研修室に集まった数名の若いエンジニア達の顔を、ひとりひとり見渡しながら続けた。「永遠などない。全ては変化する……」彼らの中にはいずれ、エベレストの隠しIP要塞や、衛星軌道上に建造中のデータセンターに単身赴任する者もいるだろう。だが今はまだ、危なっかしい青二才ばかりだ。
「変化に対応できる精神の柔軟さもなければ、不測の事態には耐えられないのだ。想像してみるといい。衛星軌道上でIRCが途絶し、たった独りで、何十年もデータセンターに取り残されるハメになったらどうする? 狂気に陥らずに、保守業務を続ける自信がある者は?」リケの言葉には実感がこもる。
「……そう、いないだろう。ゆえに、常日頃からのチームワークと対話が重要だ。全ては、襲い来る孤独に備えるためなのだ。わかるな?」「「「ハイ!」」」若手エンジニアらは、リケ教官の言葉に礼儀正しく返事をした。彼らの眼差しには、深いリスペクトの色が見える。
何しろリケは電子戦争の経験者であり、旧時代の保守技術を知る数少ないエンジニアなのだ。ある時など、彼はフジサンの隠しデータセンターに三十年以上も籠り、たった一人で秘匿IPを守ったのだという。まさに生ける伝説だ。ゆえに若手らは、リケを深くリスペクトし、多くのことを学ぼうとする。
「では、午前の研修はこれで終わる。残りの時間は、各自、チームワークを高めておいてくれ」リケは二本指で“チームワーク”を強調すると、小さく微笑んだ。「「「ハイ!」」」若手エンジニアは立ち上がり礼をした。それから横を向き……各自の机に置かれたショーギ盤に、駒をてきぱきと並べ始めた。
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