【ア・グレイト・ディスカバリー・オブ・ファッキン・シリアス・ニンジャ・パワー】
【ア・グレイト・ディスカバリー・オブ・ファッキン・シリアス・ニンジャ・パワー】
1
「ファーック!」マナブはシャッターを全力で閉めながら、カビ臭いガレージの中で叫んだ。「ファーック!」もう一度叫んだ。「ファーーーック!」さらに叫んだ。「チッ、うるッせえなあ」ガレージの隠し扉の奥で、スゴイヘッドは舌打ちし、ヘッドホンをかけてヘンタイオイランポルノの視聴を継続した。
「ファーック!」マナブはガレージの隅に設置された監視カメラに向かって、攻撃的サインを作り叫んだ。「ファーック!」さらに左の中指も立てて叫んだ!「ファックオフ!暗黒管理社会ファック!オーーフ!」「勘弁してくれよ全くよ……」スゴイヘッドはため息をつき、ヘッドホンのボリュームを上げた。
マナブは隠し扉を開け、スゴイヘッドのいる隠しガレージへと入ってきた。「ファーック!」そしてパーカーフードを脱ぐ。頭からは怒りの湯気が立ち上らんばかり。背負った大型リュックを長テーブルに放り投げる。「また返品だクソッタレめ!これも!これも!これも!」リュックの中にはTシャツが山程。
「クソーッ!」マナブは酒専用冷蔵庫からケモビール缶を一本取る。そして堪えきれぬ怒りを冷ますように、一気に飲み、握りつぶした。「プハーッ……クソッタレめ……」「お疲れさん、ナブ」スゴイヘッドは画面から目をそらさず手でアイサツする。『ンアーッ!』ヘッドホンからは甘ったるい電子音声。
「また返品の山だぜ、見ろよ!ブルタル・ショーギ・サイボーグのTシャツとかはまだ解る、放送禁止だからな。暗い都市部のTシャツも返品!この芸術的ファックオフTシャツも返品!」マナブは一枚ずつTシャツを広げ、小型ビデオTVで旧世紀ヘンタイプログラムを見続けるスゴイヘッドの視界を遮った。
「わかったよ、もう」スゴイヘッドは手でTシャツを払いのける。「ケツ・ノ・アナTシャツも返品!」「だからわかったって。もうヤバイ音楽とか反体制的なのはムリなんだって」「これもだ!お前の自信作のネコネコハードコアセルガTシャツも返品だぞ!」「だから俺のせいじゃ無いって、勘弁してよ」
「プハーッ!」マナブは二本目を飲んだ。『ンアーッ!』「いいね、ここ」「いいか、スゴイヘッド。そんなの見てる場合か?次はそれでTシャツ作るのか?」マナブはヘッドホンを取り上げて投げた。「そうだよナブ。リバイバルっやつ。このスケッチ。わかる?夜景にコラージュしてさ、サブリミナルで…」
「売れんのか?」マナブが三本目を空けて睨んだ。スゴイヘッドは自分で刺繍したジーザスII野球キャップを被り直しセル眼鏡を輝かせた。「実際自信作」「売れんの?」「店がビビらなければ」「おい、どうにかしろ、どうにかしろよ、マジでどうにかしろ、スゴイヘッド」マナブは懇願めいて肩を叩いた。
「マジで、このまま返品が続いたらな、オレらは終わりだぞ。ファック……」ビールがまわり顔が真っ赤になったマナブは、パーカーを脱ぎ捨てた。汗だくになったジェット・ヤマガタTシャツと、逞しい腕が露わになる。このTシャツもスゴイヘッドの4年前の作品で、今もマナブの一番のお気に入りで、誇りだ。
「いいか、ナブ、だからこれも全部暗黒管理社会のせいなんだって。俺たちチーム・イディオットのTシャツは絶対ブレイクするはずだった」「ファーック!」マナブは表ガレージに出た。そして壊れた監視カメラに中指を立てて叫んだ。「くたばれ暗黒管理社会!」本当の言葉を叫べる場所は、ここしか無い。
ひとしきり叫ぶと、マナブは酒に酔った足でトボトボと歩き隠し部屋に戻った。輝かしきチーム・イディオットの秘密の工房へ。棚という棚に返品Tシャツが詰め込まれ、もはや過剰積載自爆寸前の火薬庫の如き場所へ。「スゴイヘッド、今月も家賃が払えなきゃな、追い出されて工房もバレるぞ」「マジで?」
「お前、金の事全然考えねえしな。オレが先月金の話した時もずっと音楽聴いてたろ、どうせ」「……たぶん」スゴイヘッドは深刻な顔を作り、キャップを目深に被った。「……それか、ヘンタイとか映画見てた、ゴメン」「次が最後だ。だからもっと無難で売れるT作れよ。お前はテンサイだ。できるはずなんだよ」
「俺テンサイだと思うけどさ」彼は自分の頭をピストルめいた二本指で差した。「無難で売れるのなんて、無理だよ、矛盾してるよ」「ファック!矛盾しねえよ!もうこの際ネコネコのライブ盗撮映像でもそのまま使って作れよ!」「ダメだって」彼は首を振った。「俺たちのポリシー的にそんなのダメだって」
「ファーック……!」マナブは頭を抱え、長テーブルを叩き、6本目を空けた。彼は逞しく、カラテの心得もあり、数件隣のリアルオイランパブにたむろするゴロツキ連中とも談笑できる程度にはガラが悪い。「ゴメン、ナブ…」だがスゴイヘッドに暴力をふるう気配は無い。中学からの友人で、今彼らは30だ。
「スゴイヘッド、会議すっぞ……」マナブは泥酔しながら、まだビールを飲み、チョークを持って薄汚い黒板に向かった。「いいか……新製品何にするか……アイディア出し合うぞ……まずネコネコカワイイT……」「旧世紀ヘンタイT」「ダメ」「ハイデッカーT」「ダメ」「49課T」「ダメ」……「ダメ…」……
「……ファック……」マナブは長テーブルに突っ伏して眠っていた。「うーん……」スゴイヘッドもビールを飲んで眠っていた。だがスゴイヘッドの眠りは浅かった。深夜に一人目覚め、苦しみながら何時間もスケッチし、ビデオを見た。そして不意に、思い出した「あれだ」雷撃に打たれたかのように「あれがある!」
朝「ファックチクショウ……眠っちまった……今日も仕事だってのに……」マナブは眠た目を擦り、あたりを見た。スゴイヘッドがいない。物音が聞こえる。工房からだ。そこかしこに謎のスケッチが転がり、吊るされている。デジャヴ。テンサイの仕事が始まったのだ。「おい、もしかして徹夜して何か作っ……!」
ゴミクズとビール缶と画材とポルノ本と詩集と布キレが転がる床の上、明滅するタングステン灯の下、ヘッドホンで音楽を聴くスゴイヘッドは背を向け、トルソに着せた試作Tに最後の仕上げを施していた。「おい、何だこりゃ、何だこりゃあ…」マナブは声を失った。「こいつはファッキン……シリアスだぞ」
その黒地Tシャツの胸には、禍々しくも躍動感のある書体で、大きく「忍」「殺」の白い漢字が躍っていた。
「スゴイだろ?褒めてよ」スゴイヘッドがバリキガムを噛みながら笑った。相当な体力を使ったようで、目の下には濃いクマができていた。だが瞳は、野心と自信に満ちていた。「これ、あれだよな?」「そう」「あの日のTVに映ったノイズまみれの」「そう」「お前マジでテンサイだぜ!」マナブが吠えた。
10月10日のあの日。禍々しくはためく謎の「忍」「殺」旗が、放送事故でNSTVに映し出された。あの夜、二人は偶然にも街頭モニタでそれを見ていた。彼らはニンジャが実在する事など知らない。「忍」「殺」の文字が誰のシグネチュアなのかも知らない。ニンジャスレイヤーという名前すら知らない。
「これ見てよ、あの日スケッチしてたんだ。忘れてたけど、思い出した。で、作った」彼はスクラップブックを叩いて見せた。マナブは頭を振った。「何なんだよこのパワー…これマジでニンジャだろ。ニンジャ・パワーを感じるぜ…」「ね」「説明しろよスゴイヘッド、これ、何なんだ?」「反抗のシンボル」
「反抗のシンボル?」「そう。だから俺たちのTを買う奴に売れるよ、絶対売れる」「スゴイヘッド、お前あの旗の正体、調べたってのか?」あの日以来、TVは何も説明していない。世界は黙殺している。政府にとって不都合な他の様々な物事と同じく、なかった事になっているし、深入りすれば危険を招く。
「調べるわけないじゃんあんなヤバそうなの」「じゃあ何で解ったんだよ?」「だって俺、グラフィックアーティストだから。作ったやつの気持ちが解る」スゴイヘッドはスクラップノートを開き、ノイズを払いデザインを再現した過程を見せた。「完全にさ、ケンカ売ってるよ。絶対かなわないはずの何かに」
「何かって、何だよ?勿体ぶんなよ」マナブは興奮気味に缶ビールを空けながら問う。スゴイヘッドは首をひねった。「いや、何だろ。考えとくわ。でもなんか感じるだろ?凄いパワーをさ!」「ギンギンに感じるぜ。ニンジャだ。ニンジャ・パワーだ……!」「HEHEHE、じゃあ印刷しよう、500枚?」
「よし、刷るぞ!お前マジで鋭いなスゴイヘッド!まだこの街の誰も……ボンジ・ブラザーズも、テクノダ・スタジオだって、このグラフでT作ろうなんて思いついてねえよ!」「HEHEHE」「よし、この最高にヤバいTで最後の大勝負……」マナブは我に返りビールを吹いた!「ヤバすぎて売れねえ!!」
「売ろうよ。やっちゃおうぜ、ナブ」「ファーック!ダメだダメだダメだ!どの店も買い取ってくれねえんだよ!ヤバイやつは流通させられねえんだよ!」「マジで?これせっかく作ったのに?ダメなの?」スゴイヘッドは意気消沈した。「ダメかあー」無気力状態で床に転がりヘンタイプログラムを見始めた。
マナブは机で頭を抱えビールを飲み、苦悩した。失敗だ。デザイナーの火が消えればTは作れない。「どうすりゃいいんだ…」このままではチーム・イディオットは終了だ。チャンスは無くなる。イディオットでも、この先世界がどこに向かうかは、直感的に解っている。締め出され、すり潰され、終わるのだ。
『ンアーッ!』スゴイヘッドのヘッドホンから甘いマイコ音声が漏れ出す。「ハッ!」その音がマナブのニューロンにデジャヴをもたらした!「おい、スゴイヘッド!」ヘッドホンを外し放り投げる!「何だよ、勘弁してくれよ」「スゴイヘッド!昨日何か専門用語で言ってたろ!?サブリミナルとか何とか!」
「あ、作っていいの?旧世紀ヘンタイオイラン…」「ファック!違う!あの超クールなグラフィックを!コラージュだかリバイバルだかサブリミナルだか何でもいいから!元がわかんねえくらいにしてアートにしろよ!」マナブは『忍』『殺』Tを指差した。「ニンジャ・パワーだけ滲み出させンだよ!な!?」
「無理だって……俺がやろうとしたのはさ」スゴイヘッドはヘッドホンを掛け直した。『ンアーッ!』「あ」そしてまたヘッドホンを取った!「あ、いいの思いついた」起き上がった!「よし!」「ありがと、ナブ、やってみる」「よし!俺が帰るまでに仕上げろ!」ビールを飲み干しマナブは仕事に向かった!
◆◆◆
42時間後。2人は空っぽになったリュックやスーツケースとともに、肌寒い深夜の繁華街を歩いていた。久々に街中に出たスゴイヘッドは、ピアスを全部つけて革ジャンに自作ヘンタイT、ジーザス野球帽の完全武装。怯え睨むような目つきで、雑踏や壁の落書きや、人々のイヤホンから漏れ出す音楽を観察。
その隣をヨタモノじみた態度で歩くのは、無地の安物パーカーフードを被った逞しいマナブ。「ファーック、マジかよ、ヤバいぜ…」彼は財布を開き、頭を叩いて計算する。何も知らぬ者から見れば、二人はカツアゲ・インティミデイト行為の犯人と哀れな被害者。だが実際は、デザイナーとその護衛者である。
6個もピアスをつけたこのナードは、金をカツアゲされた上にこのまま事務所に連れ込まれ、ファック&サヨナラか?…違う。彼らは金を生み出したのだ!Tを売って!「おいヤバいぞ、マジ10万だ。今日1日で余裕で10万売れちまった。このままいったら、もしかして……オレたち年収3000万だぞ!」
「マジで?滞納分返せる?」「1ヶ月ありゃ余裕だ」「そしたらもっと俺の好きなT作っていい?」「ああ、いくらでもな」…『実際安い』『監視カメラ1個買うと1個無料』『秩序』『ハイデッカー頼もしい』『安全未来』巨大ビルの谷、欺瞞に満ちたネオン看板群、チーム・イディオットは意気揚々と歩む!
その時。「ヨー、マザファカ!」暗い路地裏から、厳ついスキンヘッド男が2人を呼び止めた。2人が振り向くと、その男の違法屋台の頭上で『実際安い』『Tシャツとオミヤゲ』のネオンが明滅した。スゴイヘッドは一歩後ろに下がった。「アア…?」マナブが睨む。「クソTシャツ作ったマザファカ共め!」
その違法オミヤゲ屋台には、製造元の怪しい東京タワー文鎮や、ジグラット・マグカップ、NSPDマグネットなどに並び、カナガワなどの暴力的バンドT、アクション映画スターT、ネコネコカワイイT、猥褻ジョークTなど、様々なスカム物品が吊るされ、ストリートアーティストらの新作Tも並んでいた。
「また返品じゃねえよな?」「ハハハ!見ろ、マザファカ共!」スキンヘッド店主は突如破顔し、吊るされたチーム・イディオットの最新Tと、店の前でカネを握る少しラリった感じのスケーターをそれぞれ指差した!「今まさに最後の一枚が売れた!追加注文だ!明日までに十枚持って来いマザファカ共!」
「あんたら、これ、作ったの…?」客は、スカム商品群の中で圧倒的パワーを放つ、1枚のネオサイタマ夜景コラージュTを指差した。「そう、俺たちの作品」「超クールだわこれ……」Tの中心には荘厳なるジグラットと監視カメラ。『秩序が好き』などの無数の抑圧的カンバン。スシ。UNIX。オイランドロイド。重金属酸性雨のノイズ。
『忍』『殺』の文字はどこにも無い。どこにも。あるのは写真と、手描きの稚拙なヘンタイと、ノイズだけ。反体制的ニュアンスは無く、無害なオミヤゲTに見えるため、店は気兼ね無く販売できる。だがスゴイヘッドはマナブの知らぬテクとデジ・トリックを施し、巧みにそのシンボルを封じ込めていたのだ。
「超いいよこれ……」この隠しグラフィックがパワーを生み、主にラリった連中を中心に爆発的売れ行きを見せ始めていたのだ!スケーターは微妙に左右に揺れながら、このマンダラめいたTシャツを見て微笑む「なんかこう、来るわ、パワーが……」「ああ、そりゃニン」マナブは言いかけ口を閉じた。
「ニン……?」「ファーック!何でもねえよ!ともかくだ!」マナブは笑い、スケーターとスキンヘッド店主の肩を叩き、熱っぽくまくしたてた!「このTシャツはな、うちのテンサイ・デザイナーが作った最高のシリーズになるぞ!10枚?ケチくさい事言うなよ!今すぐ30枚行こうぜ!前金でさ!」
◆◆◆
1時間後。チーム・イディオットはガレージの並びの繁盛しているリアルオイランパブ「砲撃」のカウンターで泥酔していた。「「ファックイェー!」」カーン!スゴイヘッドには2杯目の、マナブには6杯目のジョッキが誇らしげに打ち鳴らされる。2人は違法カキノタネを噛み、ケモビールで押し流した。
2人は既に1万円分も飲み、食っていた!このような贅沢は久方ぶりだ!危険音楽がボリューム10で流れる店内、後方のテーブル席の方では地元のヨタモノたちがハナフダや電子競馬に興じマイコポールダンスに見惚れる。「プハー!ファーック!年収5000万いくぞ!……おい、ケモビールもう1杯!」
スゴイヘッドは店内BGMを打ち消すほどの大音量でヘッドホン音楽を聴き、マナブの仕草に頷きながらリズムを取る。そして不意にヘッドホンを取り、肘でマナブの脇腹を叩き、耳元で言う。「ナブ、まだ金ある?」「あるぜ、たんまりな。売りまくるぞ!」「店のオイランドロイドと前後する金ちょうだい」
「アア?オイランドロイドなんかでいいのかよ?もっと金あるぞ!贅沢しろよ!」「オイランドロイドがいいんだって」「まったく、お前の趣味、相変わらずワケわかんねえ!」マナブは万札を手渡す。「ありがと」スゴイヘッドはシンピテキ煙草を揉み消し、意味深な『前後』ネオン看板の下に消えていった。
「ハイ、ケモ」ジョッキが荒くカウンターに置かれた。バーテンは会計システムと直結した、片腕サイバネ、蛍光グリーン髪のいい女だった。「マナブ、あんたまだTシャツで一攫千金とかバカやってんの?」「うるせえバカ」「あのギークと?」「うるせえバカ」「あの薄汚いガレージで?」「うるせえバカ」
「あんたらデキてんじゃないの?」元同級生のバーテン女は笑った。彼女の唇のピアスがカウンターのUNIX光を浴び、電子的に艶かしく輝いた。「うるせえバカ。ならオチヨ、オレと前後しようぜ」「ファック!アタシはバーテンだよ!立場解ってんの?アア?」オチヨはサイバネ義手で襟首を締め上げた。
それからBGMが何曲か巡った。「砲撃」のテーブル席では、電子競馬のレースが終わり、笑い声と罵声が響いていた。前後し終えたスゴイヘッドがカウンターに戻ってくると、マナブとオチヨが言い争いをしていた。代金を払い、フラフラに酔っ払いながら、チーム・イディオットは、ガレージへと帰った。
彼らはこの時、まだ、自分たちが作り出したものの真のパワーに気づいていなかったのだ。
2
(ファーック……!)マナブは脂汗を垂らし、苦虫を噛み潰したような顔を作る。隣のスゴイヘッドは今にも失禁しそうなほど怯えている。即席検問所の壁に、ハイデッカーの威圧的な声が響いた。「これは何だ、市民」「Tシャツっスよ、ただのTシャツっスよ、この中身も、全部」マナブが釈明する。
(ファック!ヤバすぎるだろ……!)この狭い空間にハイデッカーが三人も。凄まじい筋肉量だ。マナブには多少カラテの心得もあるが、サシでも勝てる気はしなかった。ハイデッカーらは、リュックやスーツケースの中身を全て改める。「何故同じ柄のTシャツを何十枚も持っている」「商品なんスよ、商品」
ハイデッカー隊員はTシャツを持ち、奥の部屋の検問隊長に判断を仰ぎに向かう。「何だこれは?」隊長は潔癖そうな中年の男で、その猥雑なTシャツを見て顔をしかめた。「Tシャツ商品です」「ハァーッ」隊長はため息をつく。「そいつらがアマクダリネット指名手配か違法スキャンにでもかかったのか?」
「いいえ、ランダム検査です」「だろうな」隊長は知能指数の無駄とでも言いたげに、机のUNIXに視線を戻す。低俗なTシャツ屋など社会の真の敗北者だ。特にオイランやヘンタイが入っていればその低俗さは乗算される。「それが爆発物だと思うか」「思えません」「放っておけ。低俗な。時間の無駄だ」
スターン!強化フスマを閉じ、厳しい顔つきでハイデッカー隊員が取調室に戻ってきた。死刑宣告を待つような心地で立ち尽くすマナブとスゴイヘッド。Tシャツを持ったハイデッカーはその前に立つと、地面に痰を吐き、威圧的に言い捨てた。「市民、通ってよし!」
間一髪、ハイデッカーの臨時検問を超えたチーム・イディオットは、検問所を離れてLED傘を差し直し、再び重金属酸性雨降りしきるネオサイタマの中心部を歩いた。「ヤバかったな」「マジでヤバかった」「失禁してない、ナブ?」「あと少しでクソ漏らしそうだったぜ……」
空を埋め尽くす高層ビル。ネオンサインの海。上空にはマグロツェッペリンの編隊。雑踏の群れ。『安心、安全、平和社会』頭上を、巡回武装治安ドローンがしばしば飛んでゆく。「あれ見ろよスゴイヘッド。ジグラットの前、凄えぞ」マナブが指差す。大交差点には多脚戦車NT-80が踏ん反り返っていた。
戦争とやらは終わったのに、いつまでもハイデッカーは幅を利かせ続ける。『治安を守る!市民の味方!最新鋭治安維持ロボット!多脚戦車NT-80!アクションフィギュアになって近日発売!』『『『ワースゴーイ!』』』キッズが目を輝かせるCM番組が、巨大プラズマに映る。『洗練、オナタカミです』
テロ対策で続く戒厳令。平然と街区に溶け込む兵器。空には黄金立方体。抑圧感。アイドルのニュースと野球と株価ばかり報道するTV。職務質問されぬための笑顔。あるいは無表情。無関心。何かが妙だ。何かが狂っている。ネオサイタマが作り変えられている。皆薄々感じる。だがもう誰にも止められない。
「ファック!何でこんな事になっちまったのかね」マナブが声を潜めて言う。通りでは治安維持機構ハイデッカーの公式Tやマグカップが人気だ。皆、この平和が正しいのだと己に言い聞かせようとしている。「結局、誰もこの街を愛してなかったって事だろ」スゴイヘッドが言った。「俺は好きだったけどさ」
二人は流れに乗り、大交差点へ。まるで最新自動車のショウブースだ。ライトアップされた白いNT-80が上体をもたげ、両脇には青地に白の巨大なハイデッカー紋章旗が2本、法と秩序の象徴の如く。「ファック……!近くで見ると相当凄えな……あの銃とか…!」「うん」二人は通行人らと共に写真撮影。
「バッチリ撮った、いい素材」スゴイヘッドが頷く。「ハイデッカーも撮ろう。ハイデッカー大好き。囲んでファックされたい位だわ、ホント」「ああ、全く、検問でスキャンされた時にゃ、死ぬかと思ったぜ……」マナブはぼやく。なぜチーム・イディオットの2人は危険を冒し、このような場所へ来たのか?
その理由は、無論、カネのためだ。確かに、前回のバカ売れしたTシャツでかなりのカネが入った。毎晩好きなだけ酒を飲み、オイランパブにも行き、マナブが中古デジドラムセットを買ってガレージに置き、スゴイヘッドが年代物のプレミア中古スニーカーや電子素材を買っても、それでもまだ余る程だった。
だが、さすがに新作一種類では陰りが見え始めた。1人で同じ柄のTシャツを何枚も買う者は、ラリった連中でも滅多にいない。これは無論、マナブにも予想できた結果だ。必要な行動をマナブは知っている。販路拡大と、新作Tの発売だ。そして新作Tを作るには、デザイナーをその気にさせねばならない。
二人は最もハイデッカーの影響力が強い地区から、郊外へと歩いた。殆どの時間、スゴイヘッドは不機嫌そうにヘッドホンをかけ、敵地偵察じみた眼差しで人ごみの中を歩いた。「ネオサイタマ好きなんじゃねえのォ!?」マナブが耳元でがなる。「俺ネオサイタマは好きだけど、こいつら全員嫌い、全員敵」
「ハハハ!」マナブが笑い、肩を抱いた。「お前、その変なスニーカーが濡れて機嫌悪いんだろ!?だから履いてくんなって言ったんだよ!」「うるせェな、違うって」「デザイン思いついたか!?」「相当キた」「よし、とっとと稼ごうぜ!オレらのTでな!」「ナブ、俺ヌードル食いたい、お金ちょうだい」
「ファック!しょうがねえ、腹ごしらえでもするか……さっきの店でT売れたしな!……ああ、待てよ、この先のストリートは止めようぜ」「ヤバい?」「少しな」マナブは知っている。このネオサイタマで生き抜くために、やるべきでは無い事。行くべきでは無い場所。おおっぴらに口にすべきでは無い話題。
「どっちの意味でヤバい?」とスゴイヘッド。暗黒管理体制によるハイデッカー検問か、それとも治安の悪さかを聞いているのだ。「今は……ミックスだな。マジで、新しく覚えなきゃならねえ事ばっかだぜ。久々に見てきて解ったろ?ハイデッカーがそこら中にいて、監視カメラも凄え勢いで増えてる」
「1ヶ月前よりひどい、どんどん郊外まで来てる。俺たちのストリートにもさ、もうすぐだな」「ああ、だからとっととカネを稼いで……」マナブが返そうとした時、交差点の近くにハイデッカー車両を発見した。「何だ」この辺りは女子高生も多く、比較的治安が良いストリートのはずだ。
「アイエエエエエ!」突如、ストリートの2階の窓から店員らしきモヒカンが顔を出し叫ぶ。看板には『趣味の店』『蛍光流体タトゥーパーラー』『ポルノ玩具』『サイバネアイ手術日帰り』などの文字。「「「スッゾコラー市民!」」」ハイデッカーの怒号。「アバババババーッ!」モヒカンの悲鳴が響いた。
何か違法行為が行われていたのか。解らぬ。ハイデッカーが排除すれば、それは悪なのだ。社会治安を乱すという理由で、自我科患者の強制隔離も始まった。夜中にギターを弾いていただけで反政府団体との関与を疑われ隣人にIRC密告され、ハイデッカーに訪問され、そのまま帰ってこない者もいるという。
「あの店がなくなって、この辺りも完全クリーンですね」「良かったです」近くの小綺麗なコーヒーショップでは、最新のエコロジカル象徴であるマイ・ハイデッカー・マグを持ち込んだカチグミ・サラリマン2人が、オーガニックコーヒーを飲みながら無表情で笑っていた。
「この店は不衛生行為が行なわれていたので閉鎖!」ハイデッカーが拡声器で叫ぶ。近くのオデン屋台店主と女子高生向けTシャツ露天商が不安げに目を合わせる。チーム・イディオットは腹の中で中指を突き立て、雨の中を進んだ。「ナブ、俺すごいの作るからさ」「おう」「めちゃくちゃ儲けよう」「おう」
◆◆◆
『私はあまり長くありませんー』ドコドコドコドコ!スコスコカンカン!『嘘の舌!/巧妙に隠されたブッダが横行する』ドコドコドコドコ!「平安時代の戦争から一時的な忘却により放逐された俺は/ブッダ軍団に再び戦いを挑む/我が手には聖人を殺すために悪魔に鍛えられし冷たい鉄のマサカリ!』
ドコドコドコドコドコドコドコドコ!ツーバスが速い!自作のBSSVATMTシャツ(返品された)に汗が滲む!ヘッドホンが熱い!「『ARRRRRGH!コロス!コロス!コロス・オブリヴィオン!』」タダーン!デジドラムセットのシンバルを叩き、叫び、マナブは立ち上がる!「ファック!イェー!」
「お前まだカナガワとか聴いてたの?ナブ」「うるせえバカ!この昔のアルバムはマジで最高なんだよ!ツーバスとタムがマジで…」「お前もハルバードとか買ってテンプル襲いに行くの?」「オレはムカついてる時に速いドラム叩きたいんだよ!ファック!デザインできたのか!?」「HEHEHE、できた」
「プハーッ!」マナブはビールを飲み干し工房の安いライトに照らされたトルソの新作Tを見る!「ファック!凄えぞこれ!ニンジャ・パワーを前よりもギンギンに感じるぜ!」手を叩いて笑い、ガッツポーズ!それは撮り下ろした写真素材コラージュが化学反応し凄いパワー!「売れる?」「マジ売れるぞ!」
◆◆◆
「ヨー、マザファカ!」暗い路地裏から、厳しいスキンヘッド男が呼び止める。「クソTシャツ作ってるマザファカ共!殺すぞマザファカ共!とっとと新作オミヤゲTシリーズを50枚ずつ納品しろ!治安維持Tと流体蛍光イレズミパーラーTだ!」スキンヘッドが笑う!「バカ売れなんだよ!」キャバァーン!
◆◆◆
「ハイデッカーに目つけられたんだろ?」「ファックノー!検問通って確かめたんだよ!お咎めナシ!マジでうちのTは大丈夫なんだよ!店がビビり過ぎてんだよ!買ってくれよ!」マナブが取調室の顛末を語る。目を見て、ヤクザじみたTシャツ店員が頷く「お前の言葉、信じるわ」販路拡大!キャバァーン!
◆◆◆
「ファック!おい、何だよこの店…!」「HEHE、凄いだろ、宝の山」「ふざけんじゃねえぞ……!こんな店から出てきたら俺までギークに見られンだろうがオイ……!」二人は電子素材購入のため地下旧世紀ヘンタイショップへ!「ここ潰れたらさ、俺死んじゃうかも」「なら今のうちに買いだめしとけよ」
「ナブ、10万円位ちょうだい」「10万?ファック!お前もっとさ、あらかじめ言うとかしろよ!予算オーバーに決まってんだろうが!」その時、IRC着信!『チーム・イディオットか?Tを追加で50買いたい』キャバァーン!チーム・イディオットはガッツポーズを作る!「「ファック・イェー!」」
◆◆◆
「「ニンジャ・パワー・イェー!」」二人はビール瓶を高々と掲げ、スプレーとペンキまみれの工房机の上で打ち鳴らす!「売れてるが、まだ油断すんなよスゴイヘッド、今日はマジな会議だ。ギャラリーに特注品を置けたらハクがつくってお前前言ってたろ」マナブは新品スーツを着て伊達眼鏡をかけている。
「今のとこ、オレらのTはラリってる連中にしか売れてねえ。何でだ?」マナブは黒板に『ラリってる』と項目を書く。「アー、たぶん、ラリってる位のやつじゃないと、まだ読み取れないのかも。サブリミナル。濃くする?」「ファック!あれがバレるだろ!バレたら売れねえ!濃くするのは最後の手段だ!」
「この会議さ面倒くさいよ、ナブ」「いいか、明日行くギャラリーはオレが前行って失敗したトコだ。門前払を食らった。お前が何か説明したら売れるンじゃねえか?」「ニンジャ・パワーをバラすの?」「違う!お前のアートだよ!」「ああ……?ああ!」スゴイヘッドは顔を上げた。「いいよ、一緒に行こ」
「ファック・イェー!」マナブはガッツポーズを作り、ビールを飲み干す!「あ、ナブ」スゴイヘッドは買い溜めしたヘンタイを視聴しながら言う。「お前それ、全然似合わねえ。サラリマン?」「うるせえバカ!パーカーで行ったら門前払されたんだよ!」「HEHE、それダサいから俺が仕立て直してやる」
◆◆◆
「アーハ?前無理やりTシャツ置いてった子?何、キミたち、うちでTを売りたいの?ウチのギャラリーはカチグミも来るのよ?解ってる?」ギャラリーオーナーは、奇妙な二人組を興味深そうに交互に見ながら言った。スゴイヘッドの作ったスーツは着れたものではなかったので二人ともいつもの格好で来た。
「つまり、何ですか?」マナブはぎこちない笑みを浮かべる。「つまり低俗な大量生産品なんて置いとけないって事」「カチグミもクソみたいな大量生産マグカップを有難」「おいスゴイヘッドお前ちょっと黙ってろ。いいから!これ見て下さいよ!新作だ!こいつデザイナー!おい説明しろよスゴイヘッド!」
「全部シルクスクリーンで、小洒落たコーヒー屋にだって置ける」「あら方向転換?安っぽい信念ね、こんなの…ちょっとよく見せて」「ファック、方向転換なんてしねえよゲイ野郎」「オイやめろスゴイヘッド中指はマジやめろ」「何か言った?こんなの、中々イイじゃない。5枚、いいわよ」キャバァーン!
◆◆◆
「「ファック・イェー!」」売れている!実際売れている!二人はビールジョッキを高々と掲げ、「砲撃」のカウンターで打ち鳴らす!スゴイヘッドはまた金をせびり、オイランドロイド部屋に吸い込まれてゆく!その時またもIRC着信!『チーム・イディオットか?Tを追加で50買いたい』キャバァーン!
オチヨがサイバネ義手でビールをサーヴ。「あんたのツレさ、今日はオイランドロイド相手に個室でずっと話してるらしいんだけど」「うるせえバカ」「やっぱアンタたち、デキてんの?」「うるせえバカ。あのな、今日はお前に話が…」「4番にケモ?5番もね?!…で、マナブは今日はどのマイコにすンの」
「なあオチヨ、事業が軌道に乗ってきててよ」「5番にカキノタネ!?ハイヨ!」「相当考えたんだ。カネが必要だって。で実際カネがある。な、だからオレと」「ファック!」殴り飛ばす!「グワーッ!」「アタシは売りモンじゃないよ、バーテンダーだ!立場解ってんの!?ア!?ボール握りつぶすよ!?」
◆◆◆
儲かったカネで復活したバンで2人は街へ!「HEHEHE、オチヨに殴られたって?」「うるせえバカ」「中古でいいから、工房にベッド買ってよベッド。デカいの」「女でも連れ込むのか?アア、あれか?前ヘンタイショップに、挙動不審の…男かと思ったら女で…お前話しかけたら気絶しそうになってた」
「いや、ああいうの趣味じゃないって、俺ああいうのじゃないって」「ああいうのやめとけよ、面倒くさそうだから、プハーッ!」マナブは疲れを飛ばすためバリキドリンクを飲む。「だから、ンな事しないって。人間は絶対裏切るから嫌なんだって。ベッド買おうぜ、小汚いベッド。いいデザイン思いつくよ」
◆◆◆
『ンアーッ!』「アア!?」工房の机に突っ伏して寝ていたマナブは、暗がりから聞こえる甘ったるい電子音声に気づいて目覚める。「やべえ……今日は仕事の日じゃねえか!?ファックチクショウ!オイ!スゴイヘッド!今何時だ!?オイ!?何してんだ!」『ンアーッ!』「ハァーッ…ハァーッ」これは!?
「ファーック!何でガレージにオイランドロイド連れ込んでんだ!」「借りた…ツケで」ベッドの上にスゴイヘッド。「今何時だ!」ビールを飲む!「10時」「遅刻じゃねえか!」「仕事やめりゃいいのに」『もっとしてください』「まだまだアンダーグラウンドなんだよ!」マナブはガレージを飛び出した!
◆◆◆
キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!
◆◆◆
「ファック!スゴイヘッド!死ぬんじゃねえぞ!馬鹿野郎!酒にザゼン決めすぎてんじゃねえよ!アドレナリン買ってきたからな!」「アー…」『もっとしてください』「ファック!動くなオイランドロイド!そのまま座ってろ!」『ハイ』「アー、ア……アー、ナブ、俺が死んだら……データを全部、爆破…」
◆◆◆
「死ぬかと思ったわ」「ファック!お前に死なれたら破産すンだよ。まだまだこれからってトコで、死ぬんじゃねえよバカ!」二人は小汚い工房机でビールを飲み交わす。「あ、借りたカナガワの昔のCD、今聴くと、以外とよかった」「だろ。ああ、そういや DJタニグチが海賊ラジオやってるんだってな」
「俺も噂、聞いた。全然知らなかったわ」「前のアルバム、何年前だっけな」「まだやってたんだ。Tシャツ作ったの懐かしいな」「あ、ナブのそのTさ。ジェット・ヤマガタ」「おう」「ヤマガタ、最近何やってんだろ」「確か今月やってるぜ」「マジで?」「酒飲んで映画館行くか?」「「レッツゴー!」」
かくしてチーム・イディオットは、久々のオフを取り、映画館に向かう。だがジェット・ヤマガタ出演の最新映画作品は、内容が暴力的であるとして公開禁止となり、代替の最新アクション作品が上映されていた。
「アイエエエ!」「「ドッソイ!ドッソイ!」」スモトリ強盗団に攫われる子供!「スッゾコラー、市民!」CRAAASH!窓を割ってハイデッカー突入!「「ドッソイ!ドッソイ!!」」「イヤーッ!」「アバーッ!」ハイデッカーが強い!「イヤーッ!」「アバーッ!」強い!「協力に感謝する、市民!」
感動的音楽にアナウンス!『ハイデッカー、秩序の護衛者!治安維持のため、皆さんのお宅にお邪魔する事があります。抵抗しないでください。データ提出命令には必ず従ってください。ハイデッカーは秩序の護衛者!』「ハイデッカー大好き!」子供が笑顔で抱きつき、サングラスのハイデッカー隊員が笑む!
『次作はついにNT-80登場!トイとTシャツも販売開始!』「ファック・オーフ!クソ映画ファック・オーフ!ジェット・ヤマガタのをやれ!」怒り狂いポップコーンを放り投げるスゴイヘッド!「オイやめろスゴイヘッド中指はマジでやめろ」「こんなのにカネ使うなら俺によこせ!ファック・オーフ!」
「おいマジでヤバイ、マジでヤバいから明かりがつく前に出るぞスゴイヘッド」マナブが血相を変え、スゴイヘッドを小脇に抱える。繁華街なら危なかった。場末の映画館レイトショーから、バンに乗ってアジトへ帰り、酒を飲む。二人は怒りを新たにした。愛するものが消されてゆく。いずれ自分たちの番だ。
◆◆◆
『平安時代の戦争から一時的な忘却により放逐された俺は/ブッダ軍団に再び戦いを挑む/我が手には聖人を殺すために悪魔に鍛えられし冷たい鉄のマサカリ!』ドコドコドコドコドコドコドコドジャーン!『切断されし聖徳太子の首を見よ/俺は再び蘇りて忘却を殺す!/殺す!殺す!殺す!忘却を殺す!』
「『ARRRRRGH!コロス!コロス!コロス・オブリヴィオン!』」タダーン!デジドラムセットのシンバルを叩き、叫び、マナブは立ち上がる!「ファック!イェー!暗黒管理社会!ファックオフ!ファック・オーフ!」そして酒を飲む!「プハーッ!」「うるッせえなあ…」スゴイヘッドが戻ってきた。
「新作できたのか?」「HEHE、できた」スゴイヘッドは野球キャップを目深にかぶって笑む。そしてトルソを指差す。いつもの抑圧的夜景ヘンタイT。サブリミナル濃度は同じ。だが、凄みが違った。「おい……ファック……何だ。すげえぞ……ニンジャ・パワーと……何だ、すげえぞ」マナブが首を振る。
「だから俺のアートだって」「ファーック、これはマジで売れる、マジで売れるぞ」マナブはケモビールを飲み、額を叩いた。「…この手描きヘンタイは……相変わらずワケわかんねえケドさ。でも、マジすげえパワーだ。アンダーグラウンドから這い上がれる」「カブーム。これ、爆発すると思う?」「する」
◆◆◆
『チーム・イディオットか?Tを追加で50買いたい』キャバァーン!『チーム・イディオットか?Tを追加で50買いたい』キャバァーン!『チーム・イディオットか?Tを追加で50買いたい』『チーム・イディオットかしら?Tを追加で50買いたいんだけど』キャババァーン!
「ファーック、ついに来る、ついに来るぞ……!ついにこのクソ仕事から足を洗える日が…!」マナブは水色の作業着に身を包み、IRC端末の鳴り止まぬ注文受付をチェックしながら、クリーニング回収バンを運転していた。そして営業所に戻るや否や、上司の刺すような視線も顧みず、笑顔で定時退社した!
それでも時刻は夜8時。いつものようにガレージを開け、チーム・イディオットの秘密の工房へと帰る。「おい、スゴイヘッド!ギャラリーからも追加発注来たぞ!カチグミどもがもうすぐ、お前のTを有り難がる時代がくるぞ!」だが返事が無い。
「おい……スゴイヘッド?」マナブは黒板に書きおきを見つけた。『砲撃でオイランドロイドと飲んでる スゴイヘッド』「何だ、またかよ……」マナブは息を吐く。「マジでしょうがねえな、あいつ……!」だが、笑い声がそれに続く。Tシャツは作った端から完売。もう火薬庫めいたTシャツ棚は空っぽだ。
マナブはいつものように、ビールを軽く1杯飲んでから、デジドラムセットで一曲叩いて、汗を流した。その時、違和感に気付いた。「何だ……?」マナブはヘッドホンを外し、耳を澄ます。音。振動。近い。「ファック……おい。まさか……!」マナブは凄まじい焦燥感に襲われ、ガレージの外へ飛び出す!
ストリートの先、交差点。物々しいサイレンと明滅。「ファック」マナブは言葉を失った。ならず者の集まるリアルオイランパブ『砲撃』前に、治安維持機構ハイデッカーの装甲車両が停車し、威圧的な拡声器の音が店内へと投げ込まれていた。「「「スッゾコラー、市民!」」」そして、暴力の衝突があった。
3
「抵抗か?」輸送ビークルの後部座席に陣取る男が、嬉しげに問うた。「ハイ」運転席のハイデッカーが答えた。「では一仕事するとしよう」男はメンポの下で残忍な笑みを浮かべると、『砲撃』前に駐車中の輸送ビークルから降りた。その姿はハイデッカー部隊長のコートと帽子でカモフラージュされていた。
「監視社会ファックオフ!」パブ前では興奮したモヒカンが蛍光色のバイオペイント弾銃を乱射し、交差点の監視カメラを破壊している。通り過ぎざま、ハイデッカーコートの男が手をかざす。「夜はお静かに」「アイエッ!?」モヒカンは動きを止め、首から上をチアノゼ気味に変色させ、倒れ、痙攣した。
ハイデッカーに前後を守らせながら、男は階段を降りて『砲撃』へと入店。「まるでクズの見本市だな」彼は鼻で笑う。アブク銭、賭博、酒に煙草、違法薬物、そして女の匂い。「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」聞こえてくる怒号と罵声。ガラスの割れる音。30名近い客と店員が未だ抵抗している。
男は薄暗く猥雑な店内を見渡す。「フゥーム…」壁に貼られているのは、ネオサイタマの一区画の大きな地図。この店に出入りするヨタモノらが作り随時更新している監視カメラマップだろう。地下のハイデッカー隊員は四人。敵は所詮ヨタモノ。放っておいても、発砲許可さえ下せば即座に制圧できるはずだ。
だが男はそうしない。ひとつは任務のため。もうひとつは楽しみのためだ。「何人か眼につくやつをピックアップしろ、尋問用だ」「「ヨロコンデー!」」部下が敬礼する。男は冷たい目で店内を物色。オイランドロイド部屋から出てきた妙なギークが、ハイデッカーに中指を突き立てている。「あいつもだ」
「「「アイエエエエ!」」」悲鳴が聞こえた。店内にはマイコも何人かいるのだ。男は片眉を吊り上げ、指差しでハイデッカーに特別なサインを伝えた。「「スッゾコラー市民!」」「「アーレエエエ!?」」特に上等なマイコが何人か、たちまち問答無用で手錠拘束されてゆく!ナムアミダブツ!職権乱用だ!
その時!「ファック・ユー!」カウンターの奥からオチヨが大ビールジョッキを全力投擲!サイバネ義手によって投じられたビールジョッキは殺人的速度で飛んで行く!CRAAAASH!「グワーッ!?」マイコ拘束任務中だったハイデッカー隊員のヘルメット後頭部に命中し、盛大なガラス片が飛び散った!
「「「ヤッチマエー!」」」このクラッシュ音を合図に、電子競馬テーブル奥に陣取っていた厳めしいバイカー軍団が一気呵成に殴りかかる!だが「イヤーッ!」「「グワーッ!」」隊長コートの男がカラテシャウトとともに連続回し蹴り!「イヤーッ!」裏拳!「アバーッ!」ナムサン!目にも留まらぬ早業!
たちまち恐怖に凍りつくフロア。「「「スッゾコラー市民!」」」「「「アイエエエエエ!」」」ハイデッカーが次々と警棒で叩き拘束してゆく。だがカウンター側にはまだ反乱分子が数名!オチヨをはじめとする筋金入りの『砲撃』の店員たちだ!「「「ファック・オーフ!」」」飛来するビールジョッキ弾!
男はそれを回避し、隊長コートと帽子を脱ぎ捨てた!恐るべきニンジャ装束が露わになる!「ドーモ、私の名前はサフォケイトです!」「「「アイエエエ!?ニンジャ!?」」」「イヤーッ!」サフォケイトは両手をかざす!「アバッ!?」「息……息…が!」「アバババーッ!」皆バタバタと倒れ苦しみだす!
何たることか。たちまち数名の店員や客が、浜に打ち上げられたマグロめいて床に転がり、喘ぎ始めた。化学兵器であろうか?……否、これこそは恐るべきチソク・ジツ。生かすも殺すも、全ては術者次第なのだ。後方では、この恐怖光景に震え上がったヨタモノらをハイデッカーが拘束し、上へ連行していた。
「さて」サフォケイトは両手を叩いた。床に転がる犠牲者たちは、水中からようやく顔を出せたかのように、息を吸い始めた。「順番に尋問を開始しよう、市民。この女に見覚えは無いか?答えぬ場合は、残念な事になる」ニンジャは懐からホロ・マキモノを取り出す。そこにはヤモトの姿が映し出されていた。
……何故ヤモトが!?順を追って説明せねばなるまい。サフォケイトに与えられた任務は、ハイデッカー小隊の監督であった。『砲撃』のような犯罪温床スポットに対するハイデッカーの強制捜査を支援し、障害があればこれを排除するのだ。だがこのストリートを掃除するのは、本来、数週間後のはずだった。
では何故?それは彼らのもう一つの目的に「反乱分子ニンジャらの潜伏場所と協力者発見」があるからだ。アルゴスはネオサイタマ全域の監視カメラを支配しており、数日前、このストリートの周辺でヤモトらしき姿をスキャンした。かくして、この地区を担当するサフォケイトに重点浄化命令が下されたのだ。
「どうだね?」「し、知りません!」手をかざされた店員が呻いた。彼は実際何も知らぬ。ニンジャとの繋がりも無い。だがハイデッカー理論によれば、犯罪温床なのでどちらにせよ有罪なのだ。「答えぬなら、この客がマグロめいて死ぬぞ」ニンジャは苦悶と恐怖の表情を楽しむように、ジツを強めていった。
◆◆◆
ストリートの先、交差点。物々しいサイレンと明滅。「ファック」マナブは言葉を失った。ならず者の集まるリアルオイランパブ『砲撃』前に、治安維持機構ハイデッカーの装甲車両が停車し、威圧的な拡声器の音が店内へと投げ込まれていた。「「「スッゾコラー、市民!」」」そして、暴力の衝突があった。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け、クレバーにやれ、いましくじったら、全てがダイナシだ」マナブは自分に言い聞かせた。今にも飛び出したくなる衝動を抑え、かろうじて平静を保ちながら、ガレージ工房に戻った。そして頭をかきむしり叫んだ。「ARRRRRRRGH!ファック!ファック!ファック!」
マナブの頭の中でグルグルと思考が回転する。視界の端が白くぼやけ始める。「スゴイヘッド、いねえな、ここにいねえな」黒板の書きおき。『砲撃でオイランドロイドと飲んでる』「そうだよな、あそこに今いるんだよな!ファック!」熱い。身体中から伸びた何本もの導火線に一斉に火がついたかのようだ。
思考がチカチカする。以前パブのヨタモノと情報交換。強制捜査が来るのは数ヶ月先だとタカ括ってる。強制捜査切り抜ける方法は服従。中指さえ立てなきゃいい。ケツ・ノ・アナまで覗かれても笑って無抵抗。それが生き残る秘訣。「スゴイヘッドもオチヨも中指立てるに決まってンだよ!ARRRRGH!」
だからスゴイヘッドと組んだのだ。だから共に戦っているのだ。二人でいつか世界の鼻をあかす。ニブい奴らも日和見も蹴散らして大金をせしめる。『チーム・イディオットか?Tを追加で50買いたい』キャバァーン!マナブの精神を逆なでする電子音!「ARRRRGH!あと少しで成功できるってのに!」
カネは大丈夫だ。証拠隠滅?どうしたらいい。スゴイヘッドがブチこまれたら御仕舞いだ。どっちが欠けてもダメだ。何すりゃいい。『チーム・イディオットか?』あいつのスケッチブックがない。またオイランドロイドに見せに行ったか。ヤバイぞ。『チーム・イディオットか?Tを追加で50買いたい』
机で作戦を立てていたマナブは突然、バネじかけめいて立ちあがり、護身用金属バットで携帯IRC端末を殴った!「ファーック!」SMAASH!「ファック!」SMAASH!「ファック!」SMAASH!木っ端微塵に破壊!「黙ってろ!ARRRRRGH!」鈍っていた攻撃的で危うい心が蘇っていく!
「ARRRRRGH!ファック!ファック!ファック!」SMAAAAASH!ドラムセットを何度も何度も殴りつけ、破壊してゆく!衝撃が腕に伝わる!暴力。暴力。暴力の血が、全身を駆け巡る!興奮でアドレナリンが湧き出す!アスファルトの上で死んだヨタモノの父親から授かったヨタモノの血が騒ぐ!
もうダメだ。導火線に火がついてしまった。冷静な判断ができなくなるまで秒読み寸前。最後の理性で装備を整える。チーム・イディオットをナメるな。マナブは完全にキレていた。ここ2、3年は荒事とは無縁だが、若い頃は仲間のために無謀なケンカに挑み、刺された事3回、相手を半殺しにした事6回。
誰もが将来はヤクザと思っていた。裏社会のツテもそのためだ。それが数年前、元同級生のギークと組んで、おかしなTシャツを売り始めた。カネを稼いでまっとうな家庭を持ちたいと思ったからだ。幼馴染のオチヨと。マナブは30。後が無い。道が絶たれれば暴力のみ。だが暴力の世界には戻りたくない。
「ARRRRRGH!」バットを振り回し、割れた鏡の中を覗く。己の眼を見る。売り物の違法薬物メン・タイを持ってストリートを駆けずり回る最低のクズの目。縄張り争いでスモトリ崩れのヨタモノを半殺しにするまで殴り続ける時の目!違う、もっとだ!もっとだ!「もっとだ!ブッ殺すときの目だ!」
スゴイヘッド待ってろ!全員ブッ殺す!ちくしょう!助けてくれ!オレがまたおかしくなっちまわないように!マナブは机の上のTを手に取り、それを覆面状に被った!刹那、ニューロンに電撃が走った!「ARRRRRRRRRRGH!」彼は狂ったように叫ぶ!「ファキン・シリアス・ニンジャ・パワー!」
マナブは完全にキレていた。もう何も聞こえなかった。彼は人とは思えぬほどの低い唸り声とともに、シャッターを上げ、ガレージから出撃した。暗闇。渋滞。人の群れ。ストリートの連中よりも野次馬が多い。邪魔者達を押しのけ進む。誰かが呼び止め服を引っ張る。そいつを殴りつけた。鼻血が噴き出した。
バーガーを食いながら写真を撮るスモトリ崩れの膝を後ろから蹴りつける。くずおれた巨漢の背中を踏み台に、して停車中の車に飛び乗る。走る。ボンネット、屋根、またボンネット。跳び渡る。横にズラリと並んだ砲列と砲兵たち、リアルオイランパブ『砲撃(バテリー)』の色褪せたネオンカンバン目の前。
テンサイ・ヨコみたいに3ポイント決める。ヘルゲートみたいに徹底的に叩きつける。BSCVATMみたいなグルーヴで。ジェット・ヤマガタや暗殺者トウゼンのようにブチのめす。パーカーの下の色あせたTよ、守りたまえ。マナブは車の屋根から飛び降り、ハイデッカーの頭に金属バットを振り下ろした。
◆◆◆
「ア……ア……ちっくしょう……」オチヨは喉を押さえ苦しげにもだえる。サフォケイトが笑う。「次はこの客が死ぬぞ?」「そいつ…は…やめろ……」「ア……ア……ナブ……助けて…う……」スゴイヘッドが泡を吹く。「やめろ……アタシを……殺しな…」「ダメだ」サフォケイトが手をかざした、その時!
「グワーッ!」階段を転げ落ちるハイデッカー!「何」サフォケイトが顔を。「ウオオオアアアーーーーッ!」CRAAAAAASH!暴力が来た!階段下のガラス戸を血塗れの金属バットで叩き割り、暴力が現れた!見よ!その者が纏う赤いフードパーカーを!その口元を覆う禍々しき「忍」「殺」メンポを!
(そんな!)サフォケイトの視線は、敵の眼とメンポに釘付けになった!マナブの顔を覆うのは、最初に作られた「忍」「殺」T。その文字がメンポの如く口元を隠す!(まさか……)露出するのは暴力に輝く双眼のみ!その上からさらに正体を隠すべく、赤いフードパーカを頭巾めいて目深に被る!(奴は!)
マナブとサフォケイトは睨み合った!(こいつは……ニンジャスレイヤー=サン!!)「アイエエエエエ!」サフォケイトが……ニンジャが……怯んだ!ゴウランガ!鬼気迫るアトモスフィアにより、彼はマナブを、金属バットを構えた狂人を、ネオサイタマの死神と誤認したのである!
マナブは生死不明のスゴイヘッドとオチヨを認め、金属バットを掲げ怒りに燃えて叫んだ!「ホウアアアアーーーッ!」その睨み!咆哮が!サフォケイトを突き刺す!都市伝説的恐怖が、ニンジャの心臓を掴み上げパニックに陥れる!「た……退却せよーッ!」逃げた!サフォケイトは連続側転を打ち、逃げた!
「イヤーッ!」サフォケイトは地上のハイデッカービークルに逃げ帰り、発進!現在アマクダリ・ニンジャには、ニンジャスレイヤーと単独遭遇した場合、即時の撤退とアクシスへの即時通報が推奨されているのだ!「アクシス!アクシス!応答せよ!ニンジャスレイヤー=サンに遭遇!アクシス!応答せよ!」
「ハッ!?」マナブは正気に戻った!今目の前にニンジャがいたのでは?狂気と脳内薬物によって塗りつぶされていたニンジャ・リアリティ・ショックが、奇妙な残響となって彼のニューロンをざわめかせた。だが今はそれより重要なことがあった!「おい!スゴイヘッド!生きてるな!オチヨ!大丈夫か!?」
「アイエエエ……?その声……」「アンタまさか……マナブ……!?」二人は息を吸いしながら目を疑った。つい先ほどまで、二人の目からマナブはサフォケイトと何ら変わらぬニンジャに見えていた。いや、それよりも遥かに禍々しいニンジャに。だが、今は違った。「黙れ!今のうちに逃げるぞ……!」
ハイデッカーの退却を知り、熱狂した店員やヨタモノ客が店内に雪崩れ込む。火花が散り、店内のタングステンボンボリ灯はそこかしこで明滅。その混沌に紛れながらスゴイヘッドはスケッチブックを小脇に抱えてオイランドロイドの手を引き、マナブは足を負傷したオチヨを連れ、しめやかに店外へ脱出した。
「「「ワオオオオーーーッ!」」」「ハイデッカーが撃退された!」「信じられねえ!」「一体誰がやったんだ!」「全員に決まってんだろ!」「今から花火あげようぜ!」「車を燃やそうぜ!」凄まじい熱狂だ!二人は人の波に押され二手に!「ナブ、俺、証拠隠滅して逃げる!ナブはオチヨを!」「おう!」
マナブはオチヨを背負い走った。オチヨの高い体温と、片腕サイバネ義手の冷たさが、マナブに触れていた。マナブはまだ喜ぶ暇も無かった。ストリートのルール。最後まで気をぬくな。今にも焦げ付きそうな頭をフル回転させ、監視カメラ地図を頭に思い浮かべ走った。オチヨのナビで、近くのアパートへと。
「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」カラテを振り絞り階段を駆け上がる。何階かも解らない。エレベータを使う頭も無い。だがそれがエレベータ監視カメラを避けるサイオー・ホースをもたらす。オチヨが鍵代わりのサイバネ義手で家のドアを開ける。洗濯物が干された薄汚いワンルームへ。安全な避難所へ。
オチヨは背中から降りる。電気はつけない。窓の外から差し込むネオン光が、暗い部屋の中で二人を照らす。「逃げ切ったか……」マナブが息を吐き、汗だくのTシャツメンポを脱ごうとした。だが、オチヨがその手を止めた。マナブが見たことのない目をしていた。「アタシ今、体温何度あるんだろ」「ア?」
「ねえナブ、前後しよう」「……ファック?」マナブは己の耳と、オチヨの正気を疑った。少し様子がおかしかった。ニンジャの熱狂が何らかのケミカル反応を起こしているのだろうか。解らぬ。マナブの目の前に、オチヨの肉感的な唇とピアス。舌。そして、汗の匂い。「……今することか?」「今すること」
◆◆◆
バラバラバラバラ……アクシスを乗せた高速輸送ヘリが、漢字サーチライトであたりを威圧的に照らしながら、ストリート上空を旋回する。やがて四名のニンジャがビル街へと回転着地し、『砲撃』前の車両火災を横目に見ながら、作戦行動を開始した。すでにこの区画は地上、地下、ともに封鎖されていた。
「……この区画から、ニンジャソウルは一切感知できません。かつ包囲網突破の報告も無い」アクシスの一人イスパイアルは、ニンジャソウル痕跡を検知すべく、夜の闇に不可視なるニューロンの根を張りめぐらしながら言った。「バカな!確かに遭遇した、ネオサイタマの死神に!」サフォケイトが主張する。
「イスパイアル=サンの感知能力は極めて高い」「アクシス内でも随一だ。その彼が一切感知できないと言っているのだ」「誤認で我々のリソースを浪費させたか?」他アクシスも彼に怪訝な目を向ける。「待ってくれ!」「サフォケイト=サン、言い難いが、お前には以前から職権乱用の嫌疑がかかっていた」
「そんな!待ってくれ!」「続きはヴァニティ=サンの法廷で聞くとしよう……どうした、イスパイアル=サン?」「念のためにもう一度、ニンジャソウル検知を行ってみよう」彼は精神集中を行う。…その遥か下のアパートの一室では、アドレナリン過剰分泌興奮したマナブとオチヨが、激しく上下していた。
「ハァーッ!ハァーッ!」マナブはパーカーとTシャツを着たまま立ち、カラテで彼女を抱きかかえる。「スゴイ……!ニンジャにファックされてるみたい!」オチヨ背中に足を絡ませながら、「忍」「殺」メンポのモータルに何度もキスした。彼女は今夜スゴイヘッドから全てを聞き、誤解を解いていたのだ。
「……やはり、この区画からニンジャソウルは一切感知できませんね。時間の無駄でした」イスパイアルは冷たく言い放った。「待ってくれ!ならば俺が遭遇したのは一体……!あれは確かにニンジャスレイヤー=サンだったのだ!ヤメロー!」サフォケイトは両脇を抱えられ、アクシス輸送ヘリに連行された。
◆◆◆
避難場所として用意していた別なガレージの中で、スゴイヘッドはマナブの到着をずっと待っていた。別れてから既に四時間以上が経過している。
熱狂は既に消え去り、凄まじい不安感があった。「ナブ、捕まったのかな……俺も捕まっちまうかなあ……」『もっとしてください』オイランドロイドが喘いだ。彼は不安感を紛らわすため、違法電子ヘンタイを最大音量でヘッドホン再生しながらシンピテキを決め、ベッドでオイランドロイドと前後していた。
ガラガラガラ!突然、錆び付いたガレージドアが押し開けられる。ハイデッカーかマッポが、ここを見つけたのだろう。何しろ、マナブのIRCは返事すら来ない。「あーあ、やっぱダメだったかあ……暗黒管理社会……ファック・オーフ!」スゴイヘッドはもうこの際違法行為の数々を見せつけることにした。
「おい!」「ファック・オーフ……ナブとアノヨで逢えますように……」「おい!何寝言言ってんだてめえ!」「エッ!」彼はヘッドホンを取り、目を細めた。「ナブ…!?」そこには監視カメラに備え周到に着替えを済ませたマナブが立っていた。パーカーは捨て、色あせたジェット・ヤマガタTを着ていた。
ではあの「忍」「殺」Tシャツは?スゴイヘッドが一着だけ最初に作成し、ヤバすぎて販売することもできず、シンボルめいてガレージ工房に一着だけ残されていたあのTシャツは?「こいつがオレたちを救った」マナブは汗まみれのそれを、リュックから取り出した……!危険を承知で持ち帰っていたのだ!
「俺のTだ……!」スゴイヘッドがそれを受け取り、広げた。黒地に白で、禍々しくも躍動感のある「忍」「殺」の文字が踊っていた。「ハハハハハハ!すごいよな!これ!ニンジャ・パワー!」「ハハハハハハハ!俺たち、生き残ったぜ!」「「ファック!イェー!」」チーム・イディオットの二人は笑った!
それは二人の手によって、この図形に宿る偉大なるファッキン・シリアス・ニンジャ・パワーが実証された記念すべき日であった。「幸いカネはある。二、三日潜伏したら、またTを売りまくるぞ!カネを稼ぎまくるぞ!オチヨと結婚するからな!」「あ、ナブ」スゴイヘッドが上の空で何か言った。「ア?」
「ナブ、めちゃくちゃ金儲けたらさ、試したい事ができた」スゴイヘッドは真面目な顔で言った。「ア?何だよ?」「サブリミナル・デザインじゃなくてさ、俺のこのTさ、これそのものをさ、メチャクチャ大量に擦ってバラ撒いたら、どうなる?」「ア?そりゃ……決まってるだろ」「「KA-BOOOM」」
鷲の翼が開かれるまで、あと64日。
【ア・グレイト・ディスカバリー・オブ・ファッキン・シリアス・ニンジャパワー】了
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
もう後がなくなったガレージTシャツデザイン屋「チーム・イディオット」のマナブとスゴイヘッドは、以前一瞬だけTVに映った謎の文字「忍」「殺」を、記憶を頼りにデザイン再現。最新作の抑圧的夜景ヘンタイTに「忍」「殺」グラフィックをサブリミナル配置したところ……バカ売れした! メイン著者はフィリップ・N・モーゼズ。
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