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【キョート・ヘル・オン・アース:急:ラスト・スキャッタリング・サーフィス】 前編

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。



1

 夜明けにはまだ早い。だが、真昼のように明るい空だ。黒人のボンズはウォッチタワーの窓際に立ち、光の源の方角を眺める。ガイオン上空を。そこに太陽が浮かんでいる。偽の太陽が。わけがわからずとも、打ちのめされる光景だった。視線を下げると、山道を粗末なバンがのぼってくるのが見えた。

「ワッザ……」彼は足早にウォッチタワーを降り、バンを出迎えた。運転席から出てきたのはオンダ=サンだ。ボンジャン・テンプルが世話になっている恰幅の良い行商人の女性である。ひどく憔悴した様子だ。「ドーモ、オンダ=サン。こんな時間に……」「わかるだろ、わかるだろ、ここから見えるだろ」

 オンダは震えていた。スミスは頷いた。「ガイオンか。あの空、気になってたんだ」「そうだよ、スミス=サン。ジゴクだよ」オンダは掠れ声で言った。そして、後ろのスライドドアを開けた。やはり、ひどく憔悴した女性が降りてきた。「ワッザ?親戚か?」「成り行きで連れてきたんだ!不憫でね……」

「……ドーモ……マツノキです」女性はオジギした。「ドーモ。スミスです。……そのう……」「家族とはぐれちまったんだ、この人は」オンダが口を挟んだ。「ワッザ?そんな、こんな山の中に連れてきたら尚更……」「仕方ないじゃないか!」とオンダ、「置いといたら、何されるかわからん状況だよ!」

「じゃ、じゃあよォ、とりあえず中に……」スミスは促した。「あんたじゃ頼りにならんよ!ボンズ様はおらんか?」オンダはやかましく言った。「大変なんだ!ガイオンは!一体これは何なんだい?教えてもらわなきゃ!」「なんて言い草だ!」スミスは憤慨し、「あいにくアイツは下だよ!ガイオンだ!」

「ナンデ!?」「役所に用事だよ、俺やニュービーどもが行くワケにゃ行かんよ」「知らないよ!水が飲みたい!」「……」マツノキを連れて門をくぐるオンダの後ろ姿に肩を竦めたスミスは、山道を再び振り返った。またも車だ。数台続いて来る。やはり避難のクチであろう。「ワッ……ザヘゥ?」


◆◆◆

 

「アッへフー!」頭に「米」と剃り込みアートしたヨタモノが鉄パイプを振り下ろす!「グワーッ!」寝巻き姿の中年男性は背中を殴られて倒れる!「助けてください!」「何を言っちゃってンの?」頭に「鹿」と剃り込みアートしたヨタモノが顔を踏みつけた。「インガオホーでしょッ!」「アイエエエ!」

「なンかとにかく全部よこせばいいでしょ?俺らアンダー市民様でしょ?」「アイエエエ!」破壊されたガラスを踏み越え、三人目が店内から出てきた。頭には「苦」の剃り込みアート。「何も無いジャンよ?外れジャンよ?」「ア?」「現金無いよ?」「ア?おっさん、ナンデ?」「うちはギリギリです!」

「イヤーッ!」鉄パイプ打擲!「アイエエエ!」「イヤーッ!」鉄パイプ打擲!「アイエエエ!」BOMB!通りの向こうで破裂音!燃える建物!「あっち明るくね?」「まずは殴ろうぜ!イヤーッ!」「アイエエエ!」「おまえ娘いないの?」「別居です!タスケテ!」「イヤーッ!」「アイエエエ!」

 キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!遠くで引っ切り無しに鳴り続ける恐るべき死のジングルも、彼らにとってはBGMに過ぎない。「こいつに火をつけよう!そしたらゲームソフト探そうぜ!」「女をヤりたい!」「うん!で、ライターある?」「あるある!」「ヤッター!」「アイエエエ!」

「やめなさい!」凛とした静止の声が飛び、ヨタモノ達が顔を上げた。真っ直ぐに走って来るのは、簡素なバトルカフタン姿、荷袋を斜めにかけたボンズである。「ボンズじゃん?」「ボンズだね?」「ボンズ殴るの一番乗りマブいよ!」ヨタモノ「鹿」が鉄パイプを構え、踊りかかった。「イヤーッ!」

「セイヤッサーボンジャン!」ボンズはバトルチャントを唱え、鉄パイプを片手でいなした。「イヤーッ!」「グワーッ!?」ヨタモノは吹き飛び、建物シャッターに叩きつけられ、泡を噴いて気絶!恐るべき速度のケリ・キックだ!「イヤーッ!」さらに鉄パイプを両手でU字に捻じ曲げ、捨てる!

「イヤーッ!」「米」が躍りかかる!「セイヤッサーボンジャン!」ボンズは懐に滑り込む!「ボンジャン!イヤーッ!」「グワーッ!?」ボンジャン・ポン・パンチを腹部に受けた「米」は吹き飛んで「苦」にブチ当たり、もろともに気絶!「ボンジャンハイ!」ボンズはザンシンし、息を吐く。

「アイ、アイエエ」中年店主は震えた。「立てますか」ボンズは手を差し伸べた。中年店主は起き上がった。「ボンズ様、ありがとうございました」「安全なバリケードは数ブロック東にあります。そこに逃れなさい」彼は言った。「アイエエ……」中年店主は呻いた。「ボンズ様、一体これは何なのです」

「私にはわかりません」ボンズは正直に答えた。彼は禍々しきキョート城を見上げた。キャバァーン!キャバァーン!クリスタルはカンジを輝かせ、虹色光線を放ち続ける。店主は泣いた。「頑張って生きていてどうしてこんな!ブッダは寝ているのですか?」ボンズは彼を見た。「寝ているのは私達です」

 ……「これはインガオホーです」長髪の男は壇上に立ち、集まったまばらな人々に話しかけている。「アンダー民のリアルな息吹だ。我らは共感し、全てを差し出」キャバァーン!虹色光線が彼を直撃して殺す!光は撫でるように周囲の者たちを取り込み、まとめて灰色の死体と化す!「アイエエエ!」

 キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!「アイエエエ!」人々は散り散りに広場から走って逃げようとする。運悪くヨタモノが暴れる通りへ入り込んでしまった者たちは、たちまち鉄パイプやバット、スタンガンの餌食だ!「アッヘ!マブ!」「アイエエエ!」「イヤーッ!」「アイエエエ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「アイエエエ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「アイエエエ!」ボンズは非道狼藉者達を鉄拳制裁し、傷ついた人々を逃す。彼の表情は沈痛だ。果たすべき目的があるわけでもない。焼け石に水とはこの事である。彼が見上げた空には戦闘機の機影と、飛び交う光と煙の矢。

 グゴゴゴゴルルルル、怪音とともにボンズの頭上に飛来した鉄塊は地上を睥睨するかのように旋回した。巨人鎧じみた巨大な肩・背部装甲からロケット噴射を繰り返し、新たな敵を探している。キィィィ、飛来した戦闘機がミサイルを発射、飛び去る。鉄塊に到達する前にミサイルは爆発せず消滅。

 チチチチピピピ、鉄塊の走査音をボンズのニンジャ聴力(左様、彼はニンジャだ)が捉えるほどに近い。鉄塊に抱かれたサイボーグ存在が首を巡らせ、ふとボンズを見た。二者の視線が交錯した。ボンズは身構える。「……」サイボーグ存在は飛び去った戦闘機に向き直り、高速のミサイルを発射した。

 SMACK……飛び去る戦闘機にミサイルが命中、爆発しながら墜落した。ボンズは目を細めた。墜落地点に人がいれば、死傷者が出ただろう。キャバァーン!キャバァーン!鳴り続ける殺人光線の照射音。そして、遠くにあっても耳に届いた狂騒の声。「「ウオオオーッ!」」鉄塊は声の方角へ旋回した。

 ボンズは声の方角を反射的に見やった。黒煙が立ち昇った。一筋。また一筋。「「ウオーッ!」」……ドウ!鉄塊が背部ロケットを噴射し、あっという間に飛び去った。 

 

◆◆◆

 

「ボス。ザイバツとの通ザザザ断絶し、600秒経過です。何らかのインシデント下とザザザ判断」「何だと?どうしたって言うんだ」モーティマーは声を荒げた。「こっちじゃ何もわからないぞ。理由を考えろ」「ザイバツの通信環境にも何らかの異常を認めますザザッこれまでのノイズとは異なザザッ」

「どういう事だ!」「ザイバツのシステムに何らかザザッのトラブルが発生しザザザザザリザリザリザリ……ザザザザ……」「おい!ハローハロー?ハローハロー?」「ザザザザ、オムラキョート……キョート支社が暴徒の襲撃を受けています。どうしますかザザザザ」「え?何だって!?」

 ブツン!その時である。社長室が闇に包まれた。数秒後、予備電源が起動し、明かりが回復した。モーティマーはオメガを振り返った。「なんだ、今のは」「潮時です。社長」ウルシ色装束のニンジャは後ろで手を組んだ直立姿勢を崩さず、無感情に言った。

 モーティマーは再起動するUNIXをイライラと睨んだ。「ああ遅い!こんなんじゃ困るんだよ!早く通信を再確立しろよ!」彼は卓上の通話器を取った。「……?」彼は小さい目を瞬かせた。「なんだ?社内線がオフラインだな」「潮時です」「黙ってろよオメガ。色々あるんだ、経営ってのは!」

 ドォン!破砕音。物理、破砕音!BRATATATATAT!物理、銃撃音!「……」オメガは手を後ろで組んだまま、沈黙する。「何だよ」モーティマーは落ち着かなげに、社長室に視線を走らせた。「本社だぞ、ここは」「……」ドォン!「アバーッ!」悲鳴……このフロア。警備員の悲鳴、108階。

「オメガ?」「潮時です、社長」ニンジャは繰り返した。顔を横向け、強化ガラス窓の外、ネオサイタマの景色を見下ろす。BRATATATAT!BRATATATAT!廊下の銃撃音。近い。「……私は貴方の命を護ります。脱出させます。ご安心めされよ」「何を言ってる?」「遺言に従います」

 KRAAAAASH!ドアが破壊され、社長室に吹き飛んで来た。「イヤーッ!」オメガは裏拳を繰り出し、超剛性ドアを弾き返した。超剛性ドアは、飴細工のように歪んで壁にめり込んだ。「アイエエエ!」モーティマーが叫んだ。オメガはカラテを構え、戸口に現れた黒いロボットを見た。

「データベース照合完了。共有完了。ドーモ、モーティマー・オムラ=サン。オメガ=サン。ドラグーンです。シリアルナンバーは非公開です」黒く宇宙的なシルエットのパーツで構成された人型ロボットはモーター音を鳴らしてアイサツした。頭部前面のX字の切れ込みの奥で、青いLED光が点滅した。

「アイサツか」オメガは呟いた。「私からは必要無い」キュウウン、ドラグーンの腕部バルカン砲が展開、狙いを定めた。オメガのウルシ色装束は角度によって様々な色彩をはらむ。その身体が微かに揺れた。ドラグーンの両腕があさっての方向に捻じ曲がった。「グワッ」ドラグーンが合成音声で呻いた。

 オメガはもう一歩踏み込んだ。「イヤーッ!」「アバーッ!」掬い上げるように下から撃ち込まれた掌打がドラグーンの頭部を揺らした。関節部からウルシ色の液体が噴き出し、黒いロボットはバラバラに砕けて破壊された。オメガはモーティマーを振り返った。「貴方を脱出させます」

「脱出とかそういうの……」モーティマーは気色ばんだ。「業績回復するんだよ!ネブカドネザルが暴れるんだ!キョートで!武力だぞ?お前はわかってない……」「バンク・オブ・ネオサイタマが融資を打ち切りました」オメガは無感情に言った。「流動性が確保できていません」「融資?ナンデ?」

「私は秘書ではない」オメガはモーティマーを見た。「会長の遺言に従い、こうした事態に際し、貴方を安全な場所へ送り届けるのみです」「安全?ここは?」モーティマーは叫んだ。「本社なんだぞここは!」「防衛網が突破されたわけです。なお、この社屋は抵当に取られています。オナタカミ社に」

「おかしい」モーティマーはカラカラに乾いた声を絞り出した。「エンジニアの連中だっているんだ」「不法滞在者として、逮捕、もしくは殺害が許可されます。尤も、才能のある研究者達ゆえ、命乞いは聞き入れられましょう」「バカな。オナタカミが攻めて来るなんて」「イッキ・ウチコワシです」

 呼応するかのように、社長室の外から「ワオオーッ!」「反動的資本家、吊るし上げるべし!」という叫びが微かに聴こえて来た。「だって、キョートを今すごく、ネブカドネザルが!」話が戻って来た。「……」オメガは人差し指と中指を立て、強化窓ガラスにゆっくりと突き刺し、貫通させた。

 突き刺した指をぐるりと動かし、直径1.8メートルほどの円を描く。そして蹴りを入れた。ドウ!円盤状のガラスが空へ放たれ、窓に穴!「シツレイします」オメガはモーティマーの首の後ろと腰を掴んだ。「やめろ……」シューンと音を立て、パワードスーツからバイザーが展開、頭部を保護した。

「イヤーッ!」オメガはモーティマーを108階の高さの空へ投げ放った。そして自らも飛んだ。「イヤーッ!」「アイエエエ!」モーティマーがバイザーの中で絶叫する。オメガはモーティマーを掴み、一体となって垂直落下した。眼下、社屋前の広場、赤い旗を大量に掲げた者達が集会を開いている。

「悪い資本家だ」「殴ってもいい」「やる」「上司は給料泥棒」「粉砕骨折」といったスローガンが力強いアバンギャルド書体で描かれたノボリ群は、高高度からも大変に目立つ。武装した運動家達。イッキ・ウチコワシ。積み上げたコンテナの上で熱弁を振るう赤いマントの男。両脇にニンジャが二人。

 運動家は10人前後のブロックにわかれ、時間差で社屋内へ突入してゆく。運動家達を囲むように、先程の黒いロボット「ドラグーン」が待機している。そして装甲車が数台。上空には報道ヘリやツェッペリン。用意のいい事だ。「アアアアアアアアア!」モーティマーは落ちながら絶叫し続ける。

 オメガは途方も無いイマジナリー・カラテを行い、着地後の戦闘に備える。「アアアアアア!」モーティマーが叫ぶ。このままでは、いかにパワードスーツといえど、地面の染みだ!オメガはモーティマーの背中の機構を操作し、パラシュートを展開!BRATATAT!下からの銃撃が襲い来る!

「イイイイイイヤァーッ!」オメガは落下しながら小型のスリケンを一度に複数枚、連射し続ける。これにより装甲車とドラグーンの銃撃を跳ね返した。己の身体に繰り返し銃弾が命中し、幾つかは貫通した。モーティマーは無傷である。落下速度を十分に殺すと、いまだ高度はあるがパラシュートを切断。

 そして着地!着地と同時にオメガはスリケンを投げた。壇上の男、バスター・テツオへ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」脇に立つニンジャが射線上に立ちはだかり、円形に腕を動かして、オメガのスリケンを指先で挟み取った。「グワーッ!」バスター・テツオは苦しんで膝をつき、不屈めいて立ち上がる。

「嗚呼!」運動家達が悲鳴をあげた。「諸君!怖れるな!」テツオが叫んだ。「決して屈する事は無い。私は決して死なぬ。諸君の声が革命細胞を構成し、私は決断的に何度でも立ち上がる!何度でもだ!諸君が私なのだ。そして見よ!今まさに堕落資本家の象徴存在が卑屈な豚めいて逃走するぞ!」

 スリケンを受け止めたニンジャはそれを素早く握り込み、後ろ手に隠した。オメガはもはや構わず、モーティマーを脇に抱えて全速で走り出した。BRATATATATATATATAT!銃撃が追い来る。ドラグーン二体が脚部ローラーを駆動し、滑るように前を塞ぐ!「イヤーッ!」オメガは跳んだ。

 BRATATATATATATAT!「イヤーッ!」オメガはモーティマーを抱えたままドラグーンの胸部を蹴った。跳ね返るように再度跳躍、もう一体を後ろ足で蹴り、モーティマーを前方へ投げ、自らは前転着地で衝撃をゼロにし、走りながらモーティマーを再び受け止め、全速を維持して駆け続ける。

 ゴボッ!走り抜ける彼の背後、ドラグーン二体は関節部の隙間から不可思議な漆色の毒液を漏出し、崩れ落ちた。BRATATATAT……銃撃が引き続き浴びせかけられる。「やめよ!もはや豚にこだわる事は無い」投げかけられるバスター・テツオの声。「我らの眼差しは建設的未来に向けられている」

「イヤーッ!」公園へ駆け込み、ブッシュを抜け、その先へ。「オメガ!オメガ!こうなったらキョート支社に……」「当然、抵当です。貴方は無一文です」走りながら彼は答えた。「安全な場所までは、お連れします」「その後は……」「ご自分でお考えなされ。貴方に私を雇うカネは無い」

 

◆◆◆

 

「アバーッ!」KABOOM!最後の装甲ケビーシ・ビークルが逆さまに落下、中のケビーシを圧殺しながら、他のビークル・スクラップに積み重なった。黒ヘドロが車両群に浸食し、鉄と汚濁のピラミッドを作り上げる。ザクザクと音を立ててその頂上まで登ったのは、これを作り上げた当の本人である。

 己のアンコクトン・ジツで即席の黒い玉座を作り上げると、デスドレインはどっかと腰を下ろし、下を見下ろした。方々で火の手が上がり、ヨタモノが、労働者が、アッパー民が破壊を繰り返すジゴクめいた光景を。「ヘヘヘヘヘ、だいぶ自由になって来たじゃねえか!自由によ!」

 彼の少し下の車両にアズールが腰を下ろし、サブマシンガンをかき抱いて、同様に眼下のジゴクを見下ろしている。「アイエエエ!」スクラップのすぐ下に、モヒカン二名が初老の男を引き摺って来た。もとは上等だったとおぼしきキモノ姿であるが、泥濘と暴力でズタズタだ。「助けてください!」

「助けてクダサイ!」デスドレインは口を尖らせ、復唱して嘲った。山の周囲でドラム缶や瓦礫に火を灯すヨタモノたちがゲラゲラと笑った。「おめェら、こいつどうすンの?」下のモヒカンに問う。モヒカンは首を傾げた「だってよォ、なんか偉いンだろォー」もう一人が頷いた。「アッパー住まいだし」

「こんな事をして、何がしたいんですか!」初老の男は嗚咽しながら訴えた。「私はもう、何もかも盗られてしまった……なにもかも!一文無しです!貴方は何なんですか……!」「俺か?」デスドレインは歯を剥き出して笑った。「俺って善悪の区別がつかねえんだよォー!純粋なンだよォ!美徳だろ?」

「スッゾー!」モヒカンの一人が初老の男の髪を掴んだ。「今までカネモチしやがって許せねェ」「アイエエ」「ヘヘハハ!お前その理由よォー、今思いついたンじゃねェの?」デスドレインは舌を出して笑った。キャバァーン!遠くキョート城から照射された虹色の光線がそのモヒカンをソクシさせた。

「あッぶね!」デスドレインは身をすくめた。「こんなところまで届くかよ、怖えェなァー」「アイエエエ!」「アイエエエー!」たちまちヨタモノ達にパニックが伝染し、戦利品やドラッグを抱えて方々へ走り出す。キャバァーン!キャバァーン!光線がヨタモノの何人かに注ぎ、連続でソクシ!

「アイエエエ!」初老の男がよろめきながら走り出した。誰かがその背に火炎瓶を投げた。「アイエエー!」男は地面を転がって必死に火を消し、走って逃げてゆく。「ヘヘヘハハッハハハハハァ!」デスドレインは手を叩いて爆笑した。アズールは彼を凝視した。「……あン?何だよ、見てンじゃねぇよ」

 アズールは目を逸らさなかった。彼女は言った。「これから、何するの?」「アァ?」デスドレインの目が細まった。アズールは震えた。額を汗が流れ落ちた。だが彼女は震えながら口の端を歪めて笑った。「いっぱい殺すの?これが貴方の城?」足をぶらつかせ、踵で車体を蹴った。「しょうもないね」

「……」デスドレインは立ち上がった。アズールはびくりとして銃を向けた。スクラップ・ピラミッドに浸食したアンコクトンがざわめき、瓦礫の山が揺れた。「……」彼はアズールを殺さなかった。ひょいひょいとビークルを辿り、山を下りて行った。逃げずにいたモヒカン達が不安げに彼を見た。

 猫背気味に歩き進む彼の足元から伸びる影は影ではなく、アンコクトンである。「アバッ!」「アバーッ!?」モヒカン達が続けざまに捻り殺された。デスドレインはそちらを見てもいない。そのすぐ横、透明の獣に横座りになったアズールが追いつく。彼を見る。ドォン!再び近くで建物が炎上する。

 暴動は瞬く間に拡散し、今では遠くに聴こえる。空にはキョート城。禍々しいカンジを輝かせ、汚い虹色の光を地上へ注ぎ続ける。キャバァーン!キャバァーン!鳴り止まぬジングル。アンコクトンがデスドレインの脚を伝い、目、口、指先に吸い込まれてゆく。彼はアズールの透明の獣の背に飛び乗った。


【キョート・ヘル・オン・アース:急:ラスト・スキャッタリング・サーフィス】


「Wasshoi!」琥珀ニンジャ像の間に回転ジャンプで突入したニンジャスレイヤーに対し、その場に列席したザイバツ・ニンジャが一斉に向き直る。殺到するニンジャ。一人殺し、二人殺し、三人、四人……(ダメだ)ニンジャスレイヤーは脳内イマジナリーカラテを取りやめ、行動を却下した。

 彼は壁に背をつけ、しめやかに通路の端から広間の中を覗き込む。百人以上のニンジャが。更に多くの、オカメ・オメーンを被った親衛クローンヤクザが、円形の台座を向いている。場の空気が奇妙だ。ニンジャスレイヤーのニンジャ洞察力は、何らかのイレギュラー・インシデントの残り香を感じ取った。

 屋根つきの円形台には……ユカノがいた。台の両端のシャチホコガーゴイルに鎖で両手を結ばれ、腰に薄布一枚。豊満な乳房はあらわだ。ニンジャスレイヤーは心を痛め、焦燥した。他に三人。ジェスター。小柄な側近のニンジャ。琥珀の玉座に座る白金のキツネオメーンの男……ロード・オブ・ザイバツ。

 どうやって、あの場まで辿り着くか?彼のニューロンは熱を帯びた。この場にいる敵全てを同時に相手をする事はできぬ。セレモニー会場の注意は台上に向けられている。何らかの方法でステルスを行い、あの台上まで辿り着き、最小限の敵と戦う。ガンドーやナンシーの応答は無い。それしかない……。

 その時だ。ロードが片手を上げ、小柄なニンジャ(パラゴンだ。ニンジャスレイヤーは見当をつけた)に合図した。パラゴンは頷き、大仰に両手を開き、吠えた。「時は至れり!地上を這う卑しき非ニンジャの虫は新世界秩序の糧たるモータルソウルに転生昇華され、この城を!ロードの御美体を満たす!」

 ズグン!地面が揺れた。そして、ゴウランガ!ニンジャ達がどよめく。円形の台はゴリゴリと石臼めいた音を(その轟音たるや、鼓膜を脅かす程だ)たてながら、真上に向かって伸びてゆく。どこまでも!天井には円形の穴が開き、上昇してゆく台座を迎える。ロードは玉座を立ち、満足げに見下ろした。

(ユカノ!)ニンジャスレイヤーは目を見開いた。もはや台座ではない。円柱である。円柱はみるみるうちに迫り上がり、あっという間に琥珀ニンジャ像の天井の円形穴を貫いて、ユカノ達の姿が見えなくなった。ザイバツ・ニンジャ達はバンザイしながら唱和した。「ガンバルゾー!ガンバルゾー!」

(これは……!)ニンジャスレイヤーは逡巡した。琥珀ニンジャ像の間はキョート城ホンマルの下部。どこまで上がってゆくのか?何が起こっている?いまだ石臼めいた上昇音は轟き続ける!「……ニンジャスレイヤー=サン!」そこに、ひとつのIRCノーティスが飛び込んで来た!

(これは……!)ニンジャスレイヤーは逡巡した。琥珀ニンジャ像の間はキョート城ホンマルの下部。どこまで上がってゆくのか?何が起こっている?いまだ石臼めいた上昇音は轟き続ける!「……ニンジャスレイヤー=サン!」そこに、ひとつのIRCノーティスが飛び込んで来た!

「ナンシー=サンか」「ご無沙汰ね」冗談めかして彼女は言った。様々な感情が綯い交ぜにニンジャスレイヤーのニューロンを駆け巡った。彼は思わずよろめきかけた。壁に手を突き、言った「……無事か。無事か」「そうね、ここからまた私達のターンってとこ」ナンシーは言った。「始めようじゃない」

 ナンシーは問いを遮り、「いい?今から貴方の携帯端末に、最適ルートを送る」「ルート?」「ユカノ=サンが上昇を始めたでしょう?把握してるわ」とナンシー。「今の状況については、動きながら話しましょ。痛い思いをした甲斐あって、ネットワークはいただいた。道中はVIP待遇にしてあげる」

 携帯端末の液晶パネルに「奮起」の文字が閃き、ワイヤーフレーム地図が表示された。まずはこの回廊を後ろへ戻り、方々の階段を継いでホンマル上層を目指す。琥珀ニンジャ像の間からは垂直上昇経路が伸びており、上向きの矢印が、ロードやユカノを載せた台座の行き着く先を示唆する。……天守閣!

 ニンジャスレイヤーは走り出す!「イヤーッ!」「ザッケ、アバー!?」角から現れた巡回エリートヤクザをアンブッシュ・トビゲリで首を刎ねて殺し、フスマを開け放つ。スパーン!「ザッケンナコラー!?」「スッゾコラー!」ナムサン、ヤクザ詰所だ。ニンジャスレイヤーは高速キリモミ回転跳躍!

「イヤーッ!」回転着地し、そのまま奥のフスマを開け放つ!スパーン!立ち止まる事なく駆け抜ける彼の背後では、四方八方に放たれたヘルタツマキ・スリケンを脳天に受けた8人の精鋭クローンヤクザが全員死んでバタバタと倒れ伏した。

「今はどこにいる」「物理?最初と同じよ、ヨロシサン・トンネル。邪魔が入ったけど、もう平気。奴らには、私達が殲滅され排除されたという偽の報せが行っている。ネットワークの私は……そうね……ポイント・オブ・ノー・リターンってとこかしら」ナンシーは言った。

 スパーン!「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「なッ……ニンジャスレイヤー=サン!?なぜ貴様がここに」枯山水玄室でなんらかのショドー作業をしていたニンジャが泡を食って身構えた。「貴様はロードにドゲザし忠誠を誓ったはずだ!なぜ……」「名乗れ!」「カ、カクタスです!」「イヤーッ!」

 オジギ終了直後、ワン・インチ距離からのショートフックがカクタスの鳩尾を貫いた。「グワーッ!?」殴られつつも、カクタスは両肩の射出機構から無数の棘を放つ!「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーの姿が無い。「え?グワーッ!」ニンジャスレイヤーは既に彼の背後!両肘打ちが直撃!

「イヤーッ!」エビ反りで吹き飛んだカクタスの後頭部とキドニーにカイシャクのスリケンが突き刺さる!「サヨナラ!」爆発四散!ニンジャスレイヤーは既に奥のフスマに手をかけている!スパーン!

「いい?最適ルート表示はリアルタイム更新。システムはセミオート。城内のニンジャの編成を評価して、一番容易なルートを表示する。それでも戦いは避けられないから、その時は排除して。今みたいに」「うむ」ニンジャスレイヤーは廊下を走り抜ける。

「ガンドー=サンは無事か」「多分、無事……多分だけど」ナンシーは言った。「彼がネットワークセキュリティ管理者をスラッシュしたから、私は今こうしてシステムを完全掌握できている。で、その事なんだけど、途中で寄り道をお願い」地図上のある地点が緑に点滅した。「電算室」の表示。

「ガンドー=サンはここに突入した。その後連絡が取れていないの。幸い、経路から大きく外れる事は無い。電算室は重要なポイントだから、そこで合流して」「了解だ」「それから、貴方の気に入らない事だろうけど……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバルコニー対岸の銃撃ヤクザをスリケン殺!

「何だ?」「城内にブラックヘイズ=サンがいる」「……またしても、奴か」「味方なの。今回は」ナンシーは言った。「彼と、フェイタル=サン、イグナイト=サンが、ディプロマット=サンのポータルでネオサイタマから、ここに。私達は助けられた」「……そうか」

 ニンジャスレイヤーは斜め上対岸の屋根に飛び移った。「解せん。なぜ彼らが協力する」「キルゾーンのミッションの後、彼らはザイバツに裏切られ、消されかけた。その報復」「……」「敵の敵は味方、ってことね。少なくとも、今回は」「信用するか?ナンシー=サンは」「彼はプロフェッショナルね」

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、アノマロカリスです。ネズミめいて現れたな。忠誠の意味を知らぬ野犬はドゲザしても野犬は野アバーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「助け」「イヤーッ!」「アバーッ!サヨナラ!」「……了解した」ニンジャスレイヤーはナンシーに言った。

「え?」「すまぬ。イクサだった。もう終わった。……了解した。ブラックヘイズ=サン達との件、了解だ」ニンジャスレイヤーは言った。ナンシーは少し笑った。「そう言ってくれると思ったわ」「そうか」彼は次のフスマに手を掛けた。

 スパーン!再びバルコニー渡り廊下だ。キュッキュッと床板が音を立てる。接近者を報せるナリコめいた不可思議な構造であるが、今や、存在敵を把握しているのはザイバツではない。ニンジャスレイヤーだ。「貴方が持ち帰ったアラクニッド=サンの暗号だけど」ナンシーは言った。

「……なにか、わかったか」ニンジャスレイヤーの心の内奥がざわめく。彼は憤怒を抑え込む。ボロ屑のように打倒されたニーズヘグと、己を満たした不浄の歓喜。呑まれるな。呑まれるな。ナンシーは続けた「あれは四行詩……ハッカーはしばしば、ネットワーク上のある地点を、四行詩の暗号で表す」

 ニンジャスレイヤーは上めがけてフックロープを投げ、登山家めいて壁を蹴り登る。「ネットワーク?古式ゆかしいウラナイの文言が、IRCやUNIXと結びつくのか」「……そう。古式ゆかしい文言よ。……ネットワークは、いつからある?」ナンシーは呟いた。

「どうした」「……私は今、ポイント・オブ・ノーリターンにいる」ナンシーは言った。「ブリーフィングはこれでおしまい。伝えるべき事は伝えたわね。ナビゲーションはセミオート。うまく使って頂戴」「……」

「私はこれから崖下にダイブする。その先に、四行詩が示すポイントがある。ここから先は未知……連絡も取れなくなると思う」「銀の鍵」ニンジャスレイヤーは呟いた。ナンシーは言った「そう。銀の鍵の門を繋ぐ。道を拓く。戻ってくるわ。必ず」数秒の沈黙。ニンジャスレイヤーは言った「頼んだぞ」

「アイ、アイ」通信が切断された。ニンジャスレイヤーは垂直の壁を登り切り、長方形の窓から新たな玄室に滑り込んだ。骨董めいた壺やマキモノ、オメーンの類い。小さな倉庫だ。博物的価値があるのかもしれぬ。ニンジャスレイヤーはそれらを無視し、狭い廊下を進んだ。前方の 広間にニンジャ有り。

 ニンジャスレイヤーはアーチ状の入り口をくぐり、エントリーした。広間の天井は高く、長椅子が並ぶ。壁にはニンジャ神話のステンドグラス。八つ首の竜を退治するニンジャ英雄の図。それへ跪き、祈り続けるニンジャあり。ニンジャスレイヤーの気配を察知しているのは確かだ。だが動かない。

「そのまま祈っておる気か」ニンジャスレイヤーは声をかけた。乳白色の装束を着た女のニンジャは跪いたままだ。見もしない。「ニンジャスレイヤー=サンですね」「そうだ」「私はディグニティです」「ドーモ」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。

 ディグニティは跪いたままだ。「非礼をお許しください。見えています」静かに言った。「かかってくるがいい。カラテを構えよ」ニンジャスレイヤーは言い放った。ディグニティは跪いたまま答えた。「お許しください。できないのです」

「私にはあいにく時間が無い」ニンジャスレイヤーはスリケンを構えた。「スリケンを投げて殺そうと?」ディグニティは振り返らず言った。「意味の無い事です」「……」ニンジャスレイヤーは表情を動かさない。「禅問答でも始める気か」

「私には、祈る事しかできません、ニンジャスレイヤー=サン」ディグニティは言った。「戦って死んで行った者の為に祈るのです」「祈りだと?」「貴方の指は殺戮にまみれています。貴方の足は無数の屍の上に立っています。ゆえに、祈るのです。死んで行ったニンジャの為に」

 ニンジャスレイヤーはスリケンをしまった。「そうして祈るのがオヌシの仕事か」「貴方は罪に塗れています。どうしてそんな事が出来るのですか?貴方は何人殺せば満足するのですか?貴方の歩みに答えなど……」「笑止」ニンジャスレイヤーはピシャリと言った。

「もう十年、そうして祈っておれ」彼は踵を返し、奥のアーチ扉へ向かった。「待ちなさい!貴方は貴方の殺戮を独善的な……」「……」ニンジャスレイヤーは一度足を止め、振り返った。ディグニティはニンジャスレイヤーへ向き直り、膝を擦って追いすがろうとしていた。二者の視線がかち合った。

「ヒッ」彼女の目が恐怖で見開かれた。ニンジャスレイヤーの瞳には、無限に等しい自責、自問自答の経験の痕跡があった。彼女は女児めいて打ちのめされ、怯んだ。ニンジャスレイヤーは再び歩き出す。アーチをくぐり、次の階段を上る。「お許しを……マイロード……お許しを」嗚咽が聴こえてきた。

 

◆◆◆

 

「そいつじゃ。そいつを取ってくれ」ニーズヘグが顎で指した先の壁には風変わりな長竿武器がかけられている。ナギナタ……あるいはヤリ……そのどちらとも言い切れない形状だ。ジグザグの穂先はヘビめいており、彼が普段使う武器群と共通のアトモスフィアを持っているようでもある。

 ミラーシェードは長く重いその武器を壁から外し、ニーズヘグに渡した。手負いのグランドマスターの目は獰猛に輝いた。「これなら肩で扱えるわい。いい按配じゃ」彼らが辿り着いたのは薄暗い武器庫である。銃火器や弾薬の他、ヤリやジュッテのようなニンジャの武器も豊富にある。

 パープルタコはサイとダガー、棘の生えた分銅鞭を。ミラーシェードは閃光弾を補充し、リング状の風変わりなスリケンの束を取った。インドのニンジャが好んだ飛び道具で、チャクラムと呼ばれる。ブーメランめいて、投げれば戻ってくる。行きと戻りで二度攻撃できる武器だ。

「さァてェ……何人殺せるか……」ニーズヘグが首関節を鳴らした。パープルタコはクスクス笑った。ミラーシェードはブレーサーから飛び出す暗殺剣の稼動を確かめる。バンシーとシャドウウィーヴは合流出来ていない。

 三者は冷たい視線を交わす。彼らは先程のダークニンジャとのコトダマ・ブリーフィングを反芻していた。彼らは十分に正気であったが、十分にデスパレートであった。


2

 焼け落ちた寺の四方は断崖に囲われ、断崖にへばりつく不気味なモミジ、くすぶる焼け跡、腐乱死体やハイエナ……到底親しみようの無い凄絶な光景が、朽ちたショウジ戸の向こうに広がっている。ネクサスのローカルコトダマ空間は常にそうなのだ。オブツダン前のこの部屋だけが清潔に整えられている。

 柱やショウジのあちこちには「不如帰」のお札が貼られ、開け放たれたオブツダンにはオジゾウが鎮座して、チャブを囲むニンジャ達を半眼で見つめている。「奴はダメかも知れませんぜ」ショウジ戸の側でアグラするバンシーが言う。「まるで耳に入っちゃいなかった」「そうか」ダークニンジャは頷いた。

 バンシーはかつてグランドマスター・サラマンダーの側近であった。サラマンダーはパーガトリーとスローハンドの企みによって名誉を失墜した。ユカノを匿い、己の目的に利用しているという嫌疑をかけられたのだ。その時サラマンダー自身が既にニンジャスレイヤーの手にかかっていた事は幸か、不幸か。

 シャドー・コンに突入した懲罰騎士の一団に身柄を確保されたバンシーはアイボリーイーグルによる拷問死を覚悟した。だが、最終的に彼は秘密裏に助けられた。己を囚えた懲罰騎士によって。のちに、身を隠していたミラーシェードも合流した。ムーホン。望むところである。

「難しい年頃ねェ」パープルタコが笑う。「捨て置け」ニーズヘグは腕組みして吐き捨てた。「才能だけではどうにもならん」「始めるとしよう」ダークニンジャは一同を見渡す。バンシー、ミラーシェード、パープルタコ、ニーズヘグ。そしてネクサス。現実と違い、ここでは特徴の無い壮年のボンズだ。

「ロードのキョジツテンカンホーは想像を超えていた。不覚をとった」ダークニンジャは言った。「ドゲザし、神器を献上した時、おれは一瞬たりとも疑問を抱かなかった」……そしてキョート城は浮上し、パラゴンの指示下、パーガトリーらが反乱分子狩りを開始した。手痛く先手を打たれた。絶望的な程に。

 敵は全ザイバツ。城は空。彼らは数人。いまさらロードに降伏したところで、セプクすら許されまい。カマユデののち斬首だ。……もとより、そのような怯懦な選択を秤にかけた者はこの場にはいない。サイは投げられた。ならば、より激しく戦い、より多く殺し、より深い爪痕を残して、死ぬだけだ。

「強襲をかけたところで、ロードを前にすれば、わしら一同、有り難き忠誠を上書きされて、おしまいじゃ」ニーズヘグは言った。「その死に方は、つまらん」「そう、奴を前にすればそうなる。……ゆえに、単独で奇襲をかけ、暗殺する」ダークニンジャは言った。一同が彼を見た。

「あのジツは完全無欠では無い。ヤミ・ウチで殺す」ダークニンジャはベッピンの鍔を鳴らした。「ハ!よかろう」ニーズへグは全てを理解した。「派手なマツリにしてやる」 「できれば生き残れ」ダークニンジャは一同に言った。「ロードの先に、より大きなイクサがある」

「眉唾物のコーデックスか」ニーズヘグは笑った。「嘘ならば、せいぜい笑うてやるわい」「是非そうしろ」ダークニンジャは頷いた。「生きて確かめろ」


◆◆◆


 電算室は……死と破壊で満たされていた。黒煙を噴き上げるUNIX群、破砕したデスク群、爆発してガラスと水を散乱させたウォーターサーバー、LAN直結したまま死んで動かないニンジャやエンジニア達。ニンジャスレイヤーはカラテ警戒し、注意深く歩みを進める。

 生存者無し。あったとしても既にこの場を去っただろう。彼は耳から血を流して息絶えた女ニンジャの傍らを通り過ぎた。「……」彼は天井を見上げた。数秒の黙考後、彼は跳んだ。「イヤーッ!」

 逆立ちしながら飛び上がって天井を蹴る!KRAAAAASH!やはり秘密があった!天井のパネルを破砕したニンジャスレイヤーは、その上に隠された弦室に着地した。「んんッ!ゲホッ!ゲホッ!」弦室には先客がいた。ニンジャスレイヤーの突然のエントリーに驚き、背中を丸めて咳き込んだ。

「……なんだ?ここは」まずニンジャスレイヤーが発したのは問いであった。下のジゴクと対照的な上質の安らぎ空間がそこにはあった。音楽が流れている。ロックンロールだ。バーカウンターの先客……ガンドーは、喉につまらせたスシをフジサン・ウォーターで流し込み、答えた。「笑えるだろ」

 ガンドーはスシの重箱を差し出した。「オーガニック・トロマグロだぜ。大トロじゃねえかと思うんだ……ふざけた味だ。旨過ぎる。罪悪感の味だぜ」ニンジャスレイヤーは頷き、それを受け取った。ヘカトンケイルと戦闘しながらの最低限の栄養補給では、カロリーを賄いきれない。

「下の破壊はオヌシか」「いや、ナンシー=サンだな」ガンドーはようやく人心地ついたか、深く息を吐いた。「あいつら、UNIXに直結していただろ。フィードバックで全滅だ。俺が殺ったのはここのボスだよ。グランドマスターだったが、大した事無かったぜ」と爆発四散痕を顎で示す。

「……」ニンジャスレイヤーはスシを食べながらガンドーを見た。その状態を。そして頷いた。「そうか。流石だな」「だろ」ガンドーは水を飲んだ。ニンジャスレイヤーはマッチャを。「ナンシー=サンから通信があった。そして、ここへ」「ああ。俺も今さっき起こされた。疲れて寝ちまっててな」

 ロックンロールが鳴り続ける。「ラジオの電波は良好みてえだな、どうやら」ガンドーは言った「……前にもあったよなァ、こんなシチュエーションが」「セキバハラだ」「そう、セキバハラ」ガンドーは低く笑い、「あン時も大概キツかったぜ」「そうだな」

「さあて、腹もたまった。作戦会議と行くか」ガンドーは伸びをした「あァ、痛てて!……目標は天守閣、慎重に、だがイナズマのように素早くだ。まずは現状把握と行こうや」「うむ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「私はロードのキョジツテンカンホーに敗れた。ドゲザを見ただろう。あれは本当だ」

「生きてて良かったじゃねえか」ガンドーは言い、水を飲んだ。彼らは互いの情報を共有した。パラゴンのカラテ。ロード。奪われた神器。キョート城の浮上事実。「推理の時間だぜ」とガンドー。「お前さん、ドゲザはしたが、カイシャクはされなかったし、催眠術めいてセプクさせられもしなかった」

「そうだ」ニンジャスレイヤーは認めた。ガンドーは続けた。「なのに、ザイバツは殺しに戻って来た。パーガトリー=サンやら、ヘカトンケイル=サンやら。後からそれをやるなら、ドゲザの場でそのまま殺すだろ?って事はよ、何でも出来るってわけじゃねえんだ。ジョルリめいて操るワケじゃない」

 ガンドーはサイバー・エルゴノミクスチェアに移動した。「結構しんどいからよ、失礼するぜ……安楽椅子探偵だ、ははは。……でだ、勿体つけたロードが、わざわざ車椅子を引っ張らせてまで?カワラ屋根の上まで?ジョークだな。神器を直接手に入れたかったッてのも当然あるだろうが、近い、近いぜ」

「ってことは、ロードはそうしなけりゃいけないから、そうするんだ。ロードの例のジツには、こう、焦点があるんだろうな。虫眼鏡で光を集めれば火もつくが、そのまま照ってりゃ、ただ明るい太陽って訳で。どこまでも、何でもできるってンなら、そもそも俺らは最初から城に乗り込む発想すらしねえ」

「ヌンチャクを……献上……した時、私は当然そうすべきと考えた。一片の疑いも無しに。自分の力を彼の役に立てる事ができて幸せだ。そう思った。思わされた」「そうすべき相手。そうすべき権威、か?」ガンドーは言った「お前の中で、ロードの定義が転換させられていたわけさ」

「定義を転換する……書き換える」「そうだ」ガンドーは机から調達した葉巻に着火した。(「これはノーZBRだ」彼は強調した。「今の俺は冴えてる。遥かにいい」)「まるでハッキングだろ」「……」ニンジャスレイヤーはかつての潜入作戦、金融機関CEOになりすましたナンシーを想起した。

「時間が経てば齟齬が出てくる。何しろ嘘っぱちだからな。急拵えの認識のツギハギ。だからお前さんも、今となっては『してやられた』事がわかってる。……まるでハッキング。まるで」「どうした」ニンジャスレイヤーはガンドーから葉巻を受け取った。ガンドーは頷いた。「突拍子も無い話だがよ」

 ガンドーは厳かに言った。「ネットワークってのは、いつからある?何年前からだ?……いつ発見されたかじゃない。どっかのエンジニアだか先生だかか?いいや、コロンブスの話じゃない。アメリカ大陸は、いつからあった?って事だ。そういう話だ。いいか、大事なとこなんだ。俺は冴えてる」

「全部真っ直ぐ通るんだ。お前がアラクニッドから持ち帰った四行詩。ナンシー=サンが言うには、ハッカーの流儀に重ねると、それはIPアドレス。アラクニッドの奴はハッカーじゃない。古代のウラナイだ。じゃあ、ハッカーの流儀はどこから来てる?ドグマの源は?ネットワークはいつからある?」

 ガンドーの目はらんらんと輝いた。ニンジャスレイヤーは煙を吐いた。「つまり、ロードのジツとは、ネットワークを……コトダマ空間を経由し、現世の……」「ああ」ガンドーは留めた。彼らは"キョジツテンカンホーをいかに破るか"という直接の問いのやり取りを避けた。「突拍子もねえ仮説さ」

「そして銀の鍵だ」「シルバーキー=サンはマルノウチ・スゴイタカイビルの地下遺跡で姿を消した。そしてこの鍵を」「ああ、ユメミル・ジツだったな。ニューロンをどうかする」「そうだ」「似てるッちゃあ、似てる。ジツの分野が」「……」「多分、そいつが文字通り、鍵になる。必要なんだ」

「ナンシー=サンはネットワークの奥底へ飛び、道を繋ぐ。その鍵で開く門へ通じる道を。比喩なのか本当に門なのか。そんな事はいい。とにかく門を開いた先にシルバーキー=サンがいる。そいつが必要になる」ガンドーはまくし立て、言葉のトーンを落とした「……俺はよ。心配してる。嫌な予感だ」

「ナンシー=サンか」「そうだ」ガンドーは苦労してエルゴノミクスチェアから立つ。「一人で行って、捜して、帰ってくる気でいるが、そううまく行くかね」「……」「悪いが俺はもう少し休んで行く。体もしんどい」ガンドーは端末に触れた。ニンジャスレイヤーは察した。そして頷く。「彼女を頼む」

「ああ。任せとけ。捜し物ってのは探偵の領分なんだ。彼女には帰り道の灯りが要るだろうよ。カラス・ニンジャの奴が引き上げる……あの時、俺を引き上げたように。俺はイマイチ頼りにならんが、なあに、カラスの奴と二人でやるさ」彼は額の黒渦に親指を当てた。「いや……三人でだな」

 ニンジャスレイヤーは葉巻の火を消し、立ち上がった。ガンドーは端末モニタを見つめていた。「道中を掃除してくれ。後から追いつく」彼は呟いた「ロードのジツは万能じゃない。だが、パズルのピースは絶対に必要だ」「ああ」「無茶するのはその後だ」「了解した」ニンジャスレイヤーは飛び降りた。

 

◆◆◆

 

 SMACK……飛び去る戦闘機にミサイルが命中、爆発しながら墜落した。撃墜カウント更新。キャバァーン!キャバァーン!鳴り続ける殺人光線の照射音。HUDがノイズで歪む。許容範囲。「「ウオオオーッ!」」声。騒ぎの座標を確認。オムラキョート敷地。ネブカドネザルは声の方角へ旋回した。

 真下にニンジャ反応有り。当面の殺害対象外であり、こちらへの攻撃手段を持たない。ネブカドネザルは無視した。「ボス。ザイバツとの通信が断絶し、600秒経過です。何らかのインシデント下と判断」「何ザザどうザザ言うザザザだ!」通信品質劣悪。「こっちじゃ何もわかザザザザ理由を考えザザ」

「どういう事だ!」「ザイバツのシステムに何らかのトラブルが発生したものと判断します。どうしますか」「ザザザザ、ザザザザザ、ザザザ」社屋敷地の位置から黒煙が立ち昇る。目視確認。一筋。また一筋。「オムラキョート……キョート支社が暴徒の襲撃を受けています。どうしますか」

「回線失踪な」のHUD表示。ネブカドネザルは状況判断した。オムラキョートが暴徒に制圧されれば補給手段が失われ、共和国軍と戦闘する任務に支障を来たす。すべき事はシンプルである。ネブカドネザルはボンズ姿のニンジャに構わず、オムラキョートめがけロケットを噴射した。

 たちまちネブカドネザルはオムラキョートの社屋上空に到達。階数制限がある為、社屋は平たく、屋上部は雷神のエンブレムがペイントされた巨大なヘリポートだ。そこには既に暴徒がひしめき、焚き火を囲んで踊り、あるいは殴り合っている。チチチチチ、それら暴徒を四角いマーカーが囲んでいく。

 モーターツヨシ肩部から対人マルチプル機銃が展開する。ミサイルは社屋を損壊する為、不適切。ネブカドネザルは急降下した。「高度注意」の表示。暴徒達がネブカドネザルを見上げた。パパパパ。トマト祭りめいて肉体が爆ぜ飛ぶ。暴徒は恐慌に陥った。ネブカドネザルは旋回し、掃射を継続した。

 ヤグラを占拠した暴徒がネブカドネザルめがけミサイルランチャーを放った。ネブカドネザルはブースター噴射とチャフ散布でこれを回避。機銃掃射で殺害した。ヤグラが崩れ、下の人々を巻き込んで潰れた。ネブカドネザルはこれを許容範囲内の社屋施設損害と判断した。

 ミサイルランチャーはオムラの備品であり、社屋は実際短時間で制圧されたと見てよい。正門は粉砕され、ガラスが散っている。ネブカドネザルは中庭を逃げ惑う暴徒……あるいはアサルトライフルで応戦する暴徒……を、空中からの掃射で無差別に殺していく。やがてアウトオブアモー。機銃をパージ。

 ネブカドネザルは垂直上昇し、再度の状況判断機会を持った。本社への通信は回復しない。オムラキョートへの短距離通信にも応答は無い。キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!浮遊するキョート城は光線照射を継続している。電磁ノイズは懸念材料だ。……やはり本社応答無し。残燃料僅か。

 ピピピ、ニンジャソウル反応を検出。その直後、オムラキョート社屋の開口部から、黒い汚泥が一斉に吐き出された。スポンジケーキを上からプレスし、クリームが吐き出されたようでもある。

 ネブカドネザルは攻撃準備に入る。共和国軍の戦闘機は周囲に無い。最初の波はすべて排除した。社屋の状況を注視。噴き出す黒い泥を踏み、社屋の東通用門からオムラタンクが五台、進み出る。西通用門からもやはり五台。オムラタンクの武装はレールガンと高射砲だ。熱反応。

 ネブカドネザルはガンマ線視界に切り替える。有人操縦だ。社員反応は 無い。ネブカドネザルは回避行動を取った。BOOM、BOOM、BOOM、東門のタンクのレールガンがネブカドネザルに撃ち込まれる。高射砲が追う。ネブカドネザルは回避し、ミサイルを撃ち返した。

 SMACK!ミサイルが連鎖爆発し、タンク群が沈黙した。西門のタンク群の狙いはネブカドネザルでは無い。キョート城だ。BOOM!BOOM!数発はあさっての方向へ。数発はキョート城に着弾。クリスタルが一部破損、虹色の閃光爆発。ネブカドネザルは西へ飛び、この五台をミサイルで焼き払う。

 ……その時、黒い汚水がオムラ屋上部に描かれた巨大な雷神のエンブレム、その額の部分を貫き、垂直100メートルを超えて噴き上がった。ネブカドネザルは距離を取り、対ニンジャ戦闘を想定。電磁バリアを展開する。間欠泉めいた奔流の頂点にニンジャ有り。

 奔流の頂点にはニンジャが二体。巨大な獣の背に立っている。光学迷彩めいたステルス状態にあるが、ネブカドネザルは視認できる。……垂直の黒い泥が突如その枝葉を無数に展開し、生命の樹のようなシルエットを形作った。ネブカドネザルはアンタイ・ニンジャ・アサルトキャノンを展開した。

「ドーモ。ネブカドネザルです。オムラ社への攻撃行動、所有権侵害行動を確認。また、現在、キョート城はオムラ社の防衛対象であり、これへ向けての攻撃行動も同様に確認されました。これより攻撃を行いますが、これは法的に正当な権利行使です」「邪魔だ」ニンジャが言った。

 

◆◆◆

 

 ……アズールは獣にしがみついた。そのすぐ後ろで直立するデスドレインは、前方に浮遊する機械を細目で睨んだ。「くだらねェ真似すンじゃねえ」アンコクトンの樹は育ち続ける。社屋内の暴徒や社員のみならず、地下を貫き、アンダーガイオン第一層の市民をも殺し、栄養とする。

 キョート城はクリスタルを破壊され、少し傾いだ。だが、すぐに何事も無かったかのようにバランスを取り戻した。クリスタルは無数だ。タンクは全滅。デスドレインは舌打ちし、ネブカドネザルと名乗った敵を品定めする。「小せえ」BOOM!アサルトキャノンが火を吹く。だが獣は既に跳んでいた。

 跳んだ獣の足元にアンコクトンの枝が伸びる。BOOM!キャノン砲が時間差で撃ち込まれる。獣はアンコクトンの枝を蹴って再び跳ぶ!その先へ更なるアンコクトンの枝が伸びる。BRATATAT、アズールがネブカドネザルへサブマシンガンを撃ち込む。バリアーが銃弾をかき消す!獣が枝を蹴る!

 ネブカドネザルのバルカン砲が火を吹く。獣は駆ける。その足元を黒い枝がアーチ状にしなり伸び、道を作る。バルカン砲が枝の根元を砕き壊すと、近くの別の枝からおそるべき速度で別の枝が生え、足場を作る。ネブカドネザルは距離を取り、銃撃を絶やさない。

「黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!うるせェー!」デスドレインは獣の背で叫んだ。「外野は!黙れェ!」彼はニューロンを震わす怨嗟の声をかき消し、己の奥底で沈黙する「神様」を乱暴に引きずり出そうとした。「お前!何とか言ってみろォ!」(((ガイ……オン……ガイオン……ショウジャ……)))

「来たぜ来たぜ」デスドレインはようやく歪んだ笑みを浮かべた「基本に還ろうじゃねえか。俺たちのよォー!」(((ガイオン……ショウジャの……鐘の声……ショッギョ・ムッジョの……)))「響きありッてンだ!ヘヘハハハ!」BOOM!胴体にアサルトキャノン着弾!爆ぜる!「ハハッハァー!」

 胴体に大穴を開けながら、デスドレインは嘲笑う!「ヘヘヘハハハハ!」無惨な傷口からタール状の膨大な粘液が溢れ出し、その身体を繋ぎ止めた。砕けて零れた心臓に黒い糸が巻きつき、寄せ合わせ、包み込んで、体内に押し戻した!ナムアミダブツ!「ご苦労さん!ヘヘヘハハハハ!」

 ドウドウドウ、バックファイアで距離を取ったネブカドネザルの両腕がミサイルを射出!「つまんねェオモチャは」デスドレインの腹の傷からアンコクトンが噴き出す。それらが一瞬で四方八方に触手を枝分かれさせ、ミサイル群を絡め取ると、ネブカドネザルに次々に叩きつけにかかる!「いらねェ!」

 パパパパパパ、ネブカドネザルの迎撃機構がマルチプル精密射撃を行い、投げ返されたミサイル群を起爆前に全て撃ち落とした。ネブカトネザルは右腕ミサイルランチャーをパージした。「モーターブレード展開」赤熱する刃が飛び出す。「イヤーッ!」獣に斬りつける!「GRRR!」「ンアーッ!?」

「イヤーッ!」振り落とされかけたデスドレインはアズールと獣を捨てて跳んだ。足元に伸びた黒い枝を蹴り、さらに跳ぶ。ネブカドネザルの頭上からアンコクトンを雪崩めいて叩きつける。ZZZZT!電磁バリアが輝き、アンコクトンを打ち消す。アズールと獣は下の枝々に跳ね返り、墜落を免れた。

「アアア!アアアッ!」アズールが声を絞り出した。横腹を斬られた獣が血を零した。空に傷口が裂け開き、赤黒い飛沫を降らせる。アズールは獣の背にしがみつく。獣はアンコクトンを辿り再び走り出す。アズールはネブカドネザルを再び銃撃!BRATATATATAT!

 電磁バリアが活動限界時間を超え、縮小してゆく!そこへ再びデスドレインが躍りかかる!「イヤーッ!」螺旋状に渦を巻いたアンコクトンが襲いかかる!ネブカドネザルは左腕のミサイルランチャーをパージ!アンコクトンに投げつけて囮とし、右腕モーターブレードで斬りつける!「イヤーッ!」

「ハハァーッ!」デスドレインは黒い舌を垂らして笑った。身体の周囲を渦巻くように別の暗黒触手が迫り出し、ブレードを押し留めた。ジュウジュウと音を立ててブレードがアンコクトンを焼き切る!「イヤーッ!」「あッぶね!」デスドレインは身をそらし回避!そこへ左腕ブレード!「イヤーッ!」

「グワーッ!?」灼ける刃がデスドレインの鼻柱に水平に斬り込み、右頬骨を、顎関節を切断し、抜けた。デスドレインは吹き飛ばされ、くるくると空中で回転!あっという間に手近のアンコクトンの枝が分かれて伸び、受け止める!「おオオオッ!」デスドレインは顔の右半分を押さえて呻く!

 ヒュンヒュン、ネブカドネザルは両腕をクロスし攻撃姿勢を取る。「痛ェ畜生ッ!」デスドレインがメンポを掴み、毟り取った。切断傷をアンコクトンが繋げ合わせ、黒い泡が溢れて零れ落ちる。ネブカドネザルをギロリと睨む!その時!「GRRR!」斜め横からアズールの獣!ネブカドネザルを襲う!

 BANG!ネブカドネザルの胸部ショットガンが火を噴き、獣を、そして、その背にしがみつき身を伏せるアズールを襲う!「GRRR!」「ンアーッ!」獣はしかしネブカドネザルの肩部に食らいつき、牙を深々と食い込ませる!「グワーッ!」「イヤーッ!」デスドレインがアンコクトンを放つ!

「グワーッ!」足場のアンコクトンの枝から分かれ伸びた触手はブレード斬撃を掻い潜り、ネブカドネザルの頭部を叩いた。ネブカドネザルはブースターを噴射!飛んで逃れようとする!「イヤーッ!」デスドレインはネブカドネザルと繫がる触手の上を走る!跳ぶ!ネブカドネザルはブースト上昇!

「つッかまえたァー!」デスドレインが後ろからネブカドネザルに取り付く!見る見るうちに溢れ出したアンコクトンがネブカドネザルの関節部に注ぎ込まれる。「ヘヘヘハハハハ!残念だったなァー!もうちょいだったなァー!ハハハハハ!」デスドレインは狂笑した。斬撃は脳と脊髄から逸れていた!

「グワーッ!」顔面をアンコクトンで覆われたネブカドネザルは、アズール、デスドレインに取りつかれたまま空中で旋回!アサルトキャノンを無駄撃ちした。それらは地上に着弾し、破壊を拡げた。めちゃくちゃに飛ぶネブカドネザルに、アンコクトンの枝がギュルギュルと音を立てて追いすがる。

「グワーッ!」ドウ!ネブカドネザルの肩部が火を噴いた。「ウオオッ!」デスドレインは振り落とされ、アンコクトンの枝に絡め取られた。別の枝がさらに伸び、足場となった。ネブカドネザルが肩部アーマーを分離させた。しかしアズールの獣は遮二無二暴れ、ネブカドネザル本体に喰らいついた。

 墜ちる。……墜ちる。もはやアンコクトンの枝は届かぬ。墜ちながらアズールがデスドレインを見上げた。デスドレインはアズールの顔を見つめた。彼はあくびを一つ。頭を掻いた。「じゃァな。置いてくぜアズール」ネブカドネザルが爆発四散した。アズールと獣は墜ちていった。

「……」デスドレインはメチャクチャに枝を伸ばしたアンコクトンの大樹を振り返った。醜く放任されたケオスを。それから炎と煙を方々で噴き上げるガイオンを見下ろした。そのあと、空のキョート城を見た。枝は……樹は、際限なく育ち続ける。キョート城を目がけ。


3

「ダークニンジャ=サンめ」「グランドマスターの圧倒的カラテから逃げ仰せ……」「ホウリュウ・テンプルか」「だが奴は侮れぬ……」「なに、ぐるりと包囲して、一人一人誅すればよい」「違いない!」「多勢に無勢!」三人のニンジャはボソボソと会話しながら、黒塗りの廊下を足早に渡ってゆく。

 ニンジャ達はホンマルを高速移動し、中庭のホウリュウ・テンプル包囲部隊への合流を急いでいる。敵はダークニンジャとグランドマスター・ニーズヘグ、パープルタコ、シャドウウィーヴ、セプクを逃れたサラマンダー派のニンジャの僅かな生き残り(ミノタウル、フューズフィンガーらはセプクした)だ。

「ムーホンとはしかし」「スローハンド=サンといい、わきまえぬことじゃのう」「アラクニッド殺しとは……」「ホウリュウ・テンプルに執着しておったと聞く」「不穏の極み」「過ぎた野心……」「まこと、ニンジャミレニアムの汚点めいた出来事よの。ムーホン、そしてニンジャスレイヤーだ」

「奴はロードに恭順したと聞いたぞ」「情報が古いな。奴にはヘカトンケイル=サンが差し向けられたという」「何」「なんたるオーバーキル」「ニンジャスレイヤーの命運尽きたり」「となれば後はムーホン者じゃ。ニーズヘグ=サンはそのニンジャスレイヤーとやり合い、既に瀕死」「醜い争い」「好機」

「包囲連中は何処までやるかの?」「堕ちたりとも懲罰騎士、シテンノ、グランドマスターぞ。そう簡単にはくたばらぬわ。いい具合に潰しあったところを、我らが頂く寸法じゃ」「キンボシ・オオキイ!」「残り物にフクスケよ」「応!」

 三者は和気あいあいに廊下の角を曲がった。そして、曲がった先の床にうずくまるニンジャに躓きそうになった。「これ!無礼……」「往来でござる」「待て。此奴どうした?」「助け、アバ、すぐ逃げ、アバッ……」身体の六割が焼け焦げて炭化しかかったニンジャは声にならぬ警告を発しようとした。

「サ、サヨナラ!」限界だ。焼けたニンジャは爆発四散した。「これは!」三者は素早くカラテ警戒した。先頭の一人がバネじかけめいた勢いで垂直に跳ね上げられた。「グワーッ!」ゴギリ、と嫌な音が鳴った。「リマインダー=サン!?」「何が……」リマインダーは首が吊られて死んでいる。「え?」

 二者は角を曲がった先を凝視した。廊下は酷い有様だ。何が起きた?「火事?」「リマインダー=サン?え……?」「ドーモ」そこに無雑作に立つプラチナブロンドの美女が一瞬にして醜怪な獣に変貌した。「フェイタルです」「フェイタル?え?」「十秒待つ」傍に屈んだニンジャが低く言った。「名乗れ」

「ドーモ……メズマライズです」「ラカンターです」「ドーモ。ブラックヘイズです」ニンジャは立ち上がった。リマインダーの死体がドサリと床に落ち、爆発四散した。「イヤーッ!」ラカンターが仕掛けた!彼は焼け焦げた壁を蹴り、斜め上空からフェイタルに蹴りを放つ。メズマライズは両手をかざす!

「イヤーッ!」ラカンターの蹴りは襲いかかったフェイタルの豪腕を撃って逸らし、もう一方の脚で側頭部を狙った。フェイタルは頭突きを繰り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ラカンターは跳ね飛び、壁に跳ね返った。バック転で受け身を取り、二人の侵入者を挟んで立つ!

「フゥーム」メズマライズは中腰姿勢で両手を翳したまま、小首を傾げた。「ブラックヘイズ=サンとな。わしの情報によれば、貴様はそこのフェイタル=サンを謀り、ドラゴン・ユカノをアマクダリに売ろうとして抹殺されたはず」「なかなか面白い。そういう話になっているか」

「違うのか?」「謀(たばか)ったとは人聞きの悪い」ブラックヘイズは葉巻に着火し、煙を吐き出した。メズマライズが両手を幻惑的に揺らす。「卑しき傭兵に、護るべき名誉など一切無し。ゆえにギルドは何をしてもよいのじゃ」「その通り!」ラカンターが両手にバイポーラ・クナイを構える。

「こいつらに何かコメントはあるか、フェイタル=サン」ブラックヘイズは煙を吐いた。「いや、特に無い」フェイタルはカチャカチャと爪を鳴らした。「そうか」「所詮はサンシタのヘンゲヨーカイ使い」ラカンターがバイポーラ・クナイをゆっくりと動かす。「どうせ死ぬのだから艶姿に戻っては?」

「ククク……」メズマライズは幻惑的な手の動きを早める。「どうじゃ……もはや動けまい……」既に彼は恐るべきヒュプノ・ジツを発動しているのだ!「すまん、よく見えんのだ」ブラックヘイズが言った。葉巻から尋常ではない量の煙が出ている事にメズマライズは気づく。「ムム?」「見えんのだ」

「ア……これは煙幕!」メズマライズはジツを取りやめ、防御姿勢を取る。だが遅い!煙の中からワイヤーアームが飛び来たり、顔面を掴んだ。「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!ワイヤーが引き戻される!煙の中にメズマライズが飛び込む!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「GRRRRR!」「アバ、アバーッ!?」煙の中で残忍な咀嚼音!「プッ!」朦々たる煙の中から飛び出したのは……メズマライズの生首だ!ナムアミダブツ!「どうした!なんだこの煙は!」ラカンターはバイポーラ・クナイを煙に向かってむやみに振り回し、後ずさる。

「何だーッ!」彼はパニックに陥りかけていた。やがて煙の中から、上半身をはだけたプラチナブロンドの美女が現れた。「艶姿だ」フェイタルが言った。「え?」ラカンターは一瞬呆気に取られた。ナムサン!「イヤーッ!」懐に飛び込んだフェイタルはイポン背負いで煙の中にラカンターを投げ飛ばす!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「……イヤーッ!」煙の中からブラックヘイズが転がり出て来た。彼は煙を振り返り、UNIX起爆スイッチを操作した。KA-BOOOOOOM!「サヨナラ!」煙の中でラカンターが爆発!煙幕を吹き飛ばすとともに跡形も無く四散!

「……さて。それにしても、あの跳ねッ返りの進行ルートがいよいよわからん」ブラックヘイズは回廊の先を覗き込む。「ここで暴れたのは確かだが……先に行った様子は無い」「完全にはぐれたな」とフェイタル。「あいつはバカだからしょうがない」彼女は髪をかきあげ、歩き出した。「先に進もう」

 

◆◆◆

 

「クローンヤクザ重点展開!」ヴェラーのIRC指示に従い、ヤクザ達がゾロゾロと列を為し、やがてホウリュウ・テンプルを取り囲んだ。「文化的価値が高い建造物であるため、爆破はダメだ。わかるな。RPG、グレネードの類いは使用禁止だ。いいか、これは訓練ではない。訓練ではないぞ」

 彼はIRCインカム通信を終了した。潰れた左目は摘出され、包帯で覆われている。スローハンドに側頭部を蹴られた際に破裂したのだ。彼のニンジャ耐久力を持ってすれば、その程度の負傷では戦線離脱の必要無し。ヘリオンとワールウィンドが彼の両脇を固める。どちらも歴戦のニンジャである。

「まさにネズミ袋」彼らの背後で尊大な声。「我がカラテミサイルによってじわりじわりと追いつめられたムーホン者に逃げ場無し!これが用兵術というものだ。学びたまえよ?」ニンジャ達は素早く振り返り、オジギした。「ドーモ。パーガトリー=サン」「ドーモ」彼は浅いオジギを返した。

「知っての通りホウリュウ・テンプルは文化的価値が高い建造物であるため、蹂躙はならんぞ?蹂躙は」パーガトリーは強調した。「ほれ……古代書物やら」「ハイ。重点指示しております」とヴェラー。パーガトリーはセンスで己をあおいだ。「しかし、歴史に抱かれ死にたいてか。センチメントの極み」

「テンプルの地下には垂直状に牢獄が伸びておりますゆえ、そこに篭られれば、やや少しフーリンカザンが。やや少し」ヴェラーは耳打ちした。「よい」とパーガトリー。「逃げ場はどこにも無し。ワールウインド=サン」「は」「ガスを流し込んで殺せ」「ハイヨロコンデー!」

 ワールウインドの象徴は、「風」「神」とそれぞれに金で箔押しされた巨大なファンがついたニンジャアーマーである。ビッグニンジャ・クランのニンジャソウルをその身に宿すニンジャであるが、カラテだけでなく、この装置を用いた突風攻撃は実際恐ろしく、並のニンジャであれば接近すら許さない。

「ニーズヘグ=サンにはまともな毒が効かん」パーガトリーは言った。「虫めいてしぶといのじゃ。蛇王などと誇りたてておるが、その実、ザザムシやオケラの類いよ。マスタードガスを使え」「は」ワールウインドはカートリッジを交換した「心得まして」「うむ。だが、まずは図書館の掃討よ」

 ナムサン!マスタード・ガス!読者諸氏の中にご存知の方はおられようか?第一次世界大戦時に用いられたこの糜爛ガスは、空気よりも重く、塹壕に隠れた兵士を惨たらしく虐殺した悪魔兵器!何故そんなものが当時用いられたか?歴史の闇は深い。そして今再びニンジャはこの悪魔兵器を紐解く!

「ゆけ!じわりじわりと搾り込むべし!」「「スッゾー!」」クローンヤクザ連隊がホウリュウ・テンプルに一斉突入!KABOOOOM!「アバーッ!」地雷が炸裂!吹き飛んで死ぬ!飛び散る四肢!「愉快愉快!」パーガトリーはどこ吹く風!さらなる連隊が死骸を踏み越え突入!「「スッゾー!」」

 KABOOOOM!「アバーッ!」さらに地雷が炸裂!吹き飛んで死ぬ!飛び散る四肢!「「スッゾー!」」さらなる連隊が死骸を踏み越え突入!「……イヤーッ!」「アバーッ!」「ア、アバーッ!?」「ファハハハハ!」「アバババーッ!?」たちまちテンプル内部からイクサの音が漏れ聞こえる!

「始まったな」パーガトリーがセンスで己を扇ぐ。「クローンヤクザでは万に一つも仕留める事はできまい!だがこれでよい。絶え間なく攻め続けい。時折ニンジャを混ぜよ」「は」ヴェラーが頷き、IRC指示を下す。「地下へ押し込み、そののちワールウインド=サンのガスで皆殺しにすべし」

 ウォルルン!ウォルルン!ワールウインドがモーターを暖めながらズシリズシリと前進する。クローンヤクザがテンプルに吸い込まれてゆく。「イヤーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」そして戦闘音。「休ませるでない。攻める程に乱戦中のアンブッシュ成功率が底上げされるのだ」

 大将の側を離れ、包囲網の前線に立つヘリオンに合流すべく歩みを進めようとしたワールウインドがビクリと震えた。「……」突如、彼は引きつけを起こしたように仰け反った。「アバーッ!?」心臓部から血が噴き出す!「何だ!」ヴェラーがパーガトリーを庇うように立ち、カラテを構えた。

 ニンジャアーマーの機械装置が鮮血と反応して火花を散らす。バチバチと音が鳴り、ステルスしていたニンジャの姿が露になった。ワールウインドにぴったりと身体をつけ、心臓に暗殺剣を深々と突き立てたニンジャの姿が。「……」ミラーシェードである!彼は暗殺剣を引き抜き、巨体を蹴り倒した。

「ミラーシェード=サンだと!」ヴェラーがスリケンを投擲!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ミラーシェードは側転してこれを回避、さらにバック転を繰り出し、地面に膝をつく!ステルス装束が再び働き、ミラーシェードの姿が透明化する!「イヤーッ!」ヴェラーが次々にスリケンを投擲!

「退(の)けい!」パーガトリーが中腰姿勢を取った。たちまちその身体にカラテ粒子が収束!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」連続で拳を繰り出す!背中から次々にカラテミサイルが分離!ミラーシェードめがけて飛来!炸裂!「グワーッ!」ミラーシェードはバック転のさなか一つを背中に受ける!

 ミラーシェードは受け身を取り着地した。ステルス装束にノイズが走る。背中に受けたダメージだ!「チェラッコラー!」後衛のクローンヤクザが一斉にアサルトライフルを構えた。「イヤーッ!」ミラーシェードは身を翻した。「アバーッ!」放たれたチャクラムがクローンヤクザ五人の首を一度に切断!

「イヤーッ!」さらに回転!ヴェラーめがけ、そしてパーガトリーめがけチャクラムを放つ!「イヤーッ!」ヴェラーはスリケンをぶつけて勢いを殺し、人差し指を飛来した輪の内側に差し込むと、回して投げ返した。「イヤーッ!」パーガトリーはカラテ粒子を最濃縮、チャクラムを消し飛ばす!

 その時だ!「ミラーシェード=サン!」飛んで来た声にミラーシェードは頷き、装束の防音機構をアクティブにした。「……遅いが、良し」直後!キィィィィィ!「グワーッ!」ガラスを引っ掻いたような不快な音が恐るべき音量で空気中を満たす!クローンヤクザは悶絶!ニンジャ達も膝をつき苦しむ!

 それは全く予想外の方向からのエントリーであった。周囲の松の木の枝から回転ジャンプで飛び降り、そのまま短距離走者めいてスプリントしてくるニンジャが怪音の源だ。バンシーである!「グワーッ鼓膜!」「鼓膜グワーッ!」「脳グワーッ!」だがパーガトリーにはカラテバリアでほぼ無効!

 ミラーシェードも駆け出す。二者はテンプルの入り口めがけ、クローンヤクザ達を蹴散らしながら突進!「コシャクな真似……」前線のヘリオンが振り返りカラテを構えた。その時だ!「イヤーッ!」「アバババーッ!」長柄武器を振り回し、血と臓物の渦を噴き上げ、中から飛び出して来たニンジャ有り!

「イヤーッ!?」ヘリオンは咄嗟に回転ジャンプで飛び離れる。一瞬遅ければジグザグ刃の穂先がその頭をスイカめいて切断していただろう!「どォーれェー!」テンプル内へ突入した二人のニンジャと入れ違い、片脚立ちで着地したニーズヘグは、その肩にヘビ・ナギナタを背負い構えた!

「イヤーッ!?」ヘリオンは咄嗟に回転ジャンプで飛び離れる。一瞬遅ければジグザグ刃の穂先がその頭をスイカめいて切断していただろう!「どォーれェー!」テンプル内へ突入した二人のニンジャと入れ違い、片脚立ちで着地したニーズヘグは、その肩にヘビ・ナギナタを背負い構えた!

「ドーモ、ニーズヘグ=サン。パーガトリーです」遠くからパーガトリーがオジギした。「これはまた、立っておるのもやっとのご様子。外様の裏切り者に誑かされ、さらには得体の知れぬヨタモノに敗れ、こうして追い詰められて見苦しく最期を遂げる……見る影も無しとはこの事。涙を誘う」

「ははッ」ニーズヘグは笑った。「貴様は変わらずで何よりじゃ。ワシは貴様の事はそう嫌いでは無かったぞ」「おやおや」パーガトリーはセンスをパタパタと動かした。「むさ苦しうてかなわんな。ものども。そこの長虫に引導を渡せ」

「ハーッ!」ヘリオンがアイサツした。「ドーモ、ニーズヘグ=サン。ヘリオンです」「ドーモ、ヘリオン=サン。ニーズヘグです」「「スッゾー!」」ヘリオンの左右からクローンヤクザがニーズヘグめがけ突撃!ヘリオンは両拳を天に向け、力を溜めた。己のカラテを一時強化するヤルキ・ジツだ!

「イヤーッ!」ニーズヘグがヘビ・ナギナタを二度振り回し、その勢いで跳び上がった。「「アバーッ!」」クローンヤクザの手や頭が無数に宙を飛び、血煙がイクサオニの後を追って噴き上がった。「イヤーッ!」ヤルキ充填したヘリオンは高く回転ジャンプして踵落としを繰り出す!

「イヤーッ!」ヘビ・ナギナタの柄を蹴り、ヘリオンはさらに跳んだ。「イヤーッ!イヤーッ!」空中からスリケンを連続投擲!「イヤーッ!」ニーズヘグはクローンヤクザを殺しながらスリケンをも斬って壊す。「イヤーッ!」パーガトリーが遠くからカラテ・ミサイルを放つ!

 ニーズヘグは横に跳んでこれを躱す。空中のヘリオンを斬り上げて真っ二つにする筈であったが、カラテ・ミサイルに阻まれた。さらに、ニーズヘグが引き離された事でガラ空きとなったホウリュウ・テンプルの入口めがけ、クローンヤクザ達が再び突入を開始した。「「スッゾー!」」

「イヤーッ!」ニーズヘグへ果敢に向かっていくヘリオンは、チョップ、肘打ち、ポン・パンチのコンビネーションを繰り出す。ニーズヘグはヘビ・ナギナタを操り連続攻撃をいなしてゆく。さらにカラテ・ミサイルが反撃を封ずる。主導権を握らせない苛烈な攻撃がニーズヘグをさらに引き離してゆく。

「善哉!敵はホウリュウ・テンプルの中にあり!ダークニンジャ=サンは不穏な企みをしておるやも知れぬ。中の者達を皆殺しにせよ」「「スッゾー!」」クローンヤクザが、ヴェラーを始めとするニンジャ達が、ホウリュウ・テンプルに入り込む。ニーズヘグとヘリオンはカラテ応酬を続ける……!

「厄介じゃのう」ニーズヘグは目を細めた。ヘリオンは油断無くカラテを構える。彼らの周囲をクローンヤクザが取り囲む。増援として何人かのスモトリ戦士も加わった。「ハイクを詠みなされ、ニーズヘグ=サン」ヘリオンが言い放った。「今なら綺麗に死ねますぞ」「貴様のジツはいつまで保つ?」

 ヘリオンは鼻を鳴らした。「御身の心配をなされよ」ヒュルヒュルヒュル、複数のカラテミサイルが弧を描いて飛来する。ヘリオンはそれにあわせ再び攻めかかった。「イヤーッ!」ヤリめいたサイドキック!「イヤーッ!」ニーズヘグは瞬時に垂直跳躍!ヘリオンの足先を蹴ってさらに跳んだ!

 ゴウランガ!まるで自重無きがごとし!湖面の落ち葉を蹴って渡る古事記伝承めいて、ニーズヘグは跳んだのだ。カラテミサイルが追尾飛行!「イイイヤァーッ!」ニーズヘグはヘリコプターめいてヘビ・ナギナタを振り回し、それらを弾き消す!やがてその肩からナギナタが滑り落ちる!「イヤーッ!」

 負傷によるファンブルか?違う!「グワーッ!?」次の瞬間、地上のヘリオンの胸の中心にヘビ・ナギナタが突き刺さっていた。ニーズヘグは空中でナギナタの柄の先端を蹴り、弩めいてへリオンに撃ち込んだのである!「グワーッ!?」「イヤーッ!」ニーズヘグは突き出した柄に垂直落下!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ゴウランガ!テコの原理!落下したニーズヘグが柄の先端を踏みつけながら着地すると、穂先側のヘリオンはシーソーめいて空中へ跳ね飛ばされた!ニーズヘグは器用にナギナタを再び抱え上げ、逆さに落下して来たヘリオンの首を刎ねた。「サヨナラ!」爆発四散!

「フホホホ、悪足掻きもここまで来ると単に鬱陶しい!」パーガトリーはカラテ粒子を集束させる!「者共!そ奴を死にながら押さえ込めい!ニンジャは死後の名誉を約束してやる!」「イ……イヤーッ!」「「チェラッコラー!」」クローンヤクザとアデプトニンジャ、スモトリが殺到する!

「カーッ!」パーガトリーが両手を突き出した!KRA-TOOOOOOOM!全方向にカラテ粒子を放出!「イヤーッ!」ニーズヘグが跳ぶ!クローンヤクザの頭を蹴り、殺しながらムーンサルト回転!ニンジャの首を刎ね、別のクローンヤクザを蹴って跳ぶ!「イヤーッ!」「アバーッ!」

「ドッソラー!」スモトリがバンザイ体当たり!「グワーッ!」ニーズヘグは地面に叩きつけられる。アメフト選手めいた集団ボディプレスで押さえつけにかかるクローンヤクザ達!「イヤーッ!」片足のぎこちないウインドミル回転とともにナギナタを振り回すと、無数の足首が切断!

「アバッ!アバッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ナムサン!血煙と内臓が渦を巻く!中心には回転しながら起き上がるニーズヘグ!そこへヒトダマめいて尾を引く無数のカラテ粒子が集中!「イイイイヤァァーッ!」ニーズヘグが跳躍!粒子が着弾!着弾!着弾!着弾!着弾!

 ニーズヘグはホウリュウ・テンプルの前に着地。うつ伏せに崩れ落ちる。パーガトリーは中腰姿勢を取り、血中カラテの再生産を行う。被害は甚大である。だが彼はさほど気にしなかった。このままキョート城内の敵を殲滅すれば、もはや地上の有象無象など問題にならぬ。彼はテンプルの戸口を見やる。

「よう」テンプルの中から男が一人。ザイバツ・ニンジャではない。戸口の影に立ち、ニーズヘグを見下ろす。「俺、記憶力いいのかもな。あンたのこと覚えてらァ!ま、死んだら終わりだな」「……」パーガトリーは目を細めた。残ったクローンヤクザとスモトリが、彼を守るように展開する。

「ザァーイ……バァー……ツゥー」人影は背をかがめ、上目遣いにパーガトリーを睨んだ。「シャドォォー……ギィー、ルゥー、ドォー」テンプルの中から黒い液体がスルスルと染み出し、男の足元を伝った。「ドーモ、デスドレインです」「……」パーガトリーは目を細めた。

「ワケわかんねェんだけどさ……これ、ここ、何?なァ。パッとしねンだよな……」デスドレインは耳をほじった。「パッとしねェ。俺がパッとしねェの。引きずり下ろしてェんだ、これ」「殺せ」パーガトリーが片手を上げた。「「ザッケンナコラー!」」アサルトライフル掃射!

 足元の黒い液体が跳ね上がり、螺旋状にデスドレインを取り囲んだ。ZMZMZMZM!フルオート銃撃を受け、黒い壁がひしゃげ、潰れた。その中から、地面すれすれに身を屈めたデスドレインが走り出た。スモトリが立ちはだかる!「ドッソイオラー!」「イヤーッ!」デスドレインは跳躍!

「ドッソイ!」スモトリは素早くベアハッグめいてデスドレインをキャッチしようとする!「うるせェー!」デスドレインは右手をスモトリの顔面に当てた。「イヤーッ!」「アバーッ!?」スモトリの両耳穴からアンコクトンが噴出!死亡!仰向け転倒!彼は死体を踏み越え、パーガトリーめがけ駆ける!

 たちまちそれをクローンヤクザ達が取り囲む!「「ダッテメッコラー!」」「ヘヘハハハ!」「アバーッ!」「アバーッ!」ヤクザだかりの中から二つ!三つ!四つ!黒い噴水が噴き上がり、死体が跳ね上がる!さらに一つ!ひときわ巨大な黒い水柱!その上に立つデスドレイン!パーガトリーを見下ろす!

「お前!お前さァ」デスドレインは腕を組んだ。その目は白目も瞳もなく、ぬば玉めいた黒一色だ。「お前のその感じよォ……引っかかるんだよなァ……」背後のホウリュウテンプルの方々からアンコクトンが噴出し始めた。「お前、俺らをハメた奴か?」パーガトリーの眉が動いた。

「何のことやら」パーガトリーはセンスをパタパタと動かした。「犬畜生の一匹一匹、長々と覚えておられぬからな」そしてセンスをスリケンめいて投げつけた「イヤーッ!」「ハ!」噴水から黒い枝が生え、センスを絡め取った。下ではクローンヤクザが次々に取り込まれ、死んでゆく。

「どっちでもイイんだ!滅茶苦茶にするだけだからよォ」「イヤーッ!」中腰ため姿勢をとったパーガトリーの周囲にカラテ粒子が膨れ上がり、カラテ・ミサイルが放たれた。二つ!三つ!デスドレインは仰け反り、後ろに落下した。黒い噴水が崩れ、枝分かれして空中を旋回。ミサイルとぶつかり合う!

 落ちる下の地面を割って別の暗黒噴水が噴き出し、デスドレインを受け止める。そこへ更なるカラテミサイルが飛来。デスドレインはバック転で跳び離れ、噴水からアンコクトンを枝分かれさせてミサイルを撃ち落とした。彼の周囲の地面に亀裂が拡がり、白砂が爆発した。アンコクトンが溢れ出した。

 

◆◆◆

 

「ハァーッ……ハァーッ」シャドウウィーヴは足を止めた。ここはニンジャ礼拝堂だ。警戒しながらクリアリングを行う。ニンジャステンドグラスに向かい、ドゲザするような格好で、自害しているニンジャがいる。「……?」近づくまい。彼は奥へ続く道を見やった。彼はカラテを構えた。

 ニンジャ聴力が、接近するニンジャへのニューロン警鐘を鳴らしたのだ。一秒後、大柄なニンジャが一人、礼拝堂へエントリーしてきた。彼はシャドウウィーヴを認め、敵意と悪意でその目を濁らせた。「……ドーモ。シャドウウィーヴ=サン。コンフロントです」

「ドーモ、コンフロント=サン。シャドウウィーヴです」シャドウウィーヴはアイサツを返した。コンフロントはガムを噛みながら指をポキポキと鳴らした。「俺はツイてると思わんか、シャドウウィーヴ=サン」「……」「お前のような弱いガキをブッ殺してキンボシだぜ。ツイてる、本当」

「死ぬのはお前だぞ、コンフロン……」「アアッ!?」怒声でシャドウウィーヴを圧した。「聴こえねェー、聴こえねェー、聴こえねェーのナンデ?調子に乗ってるシャドウウィーヴ=サンがひ弱坊やだから、声が聴こえないからかな?ン?そうだよな?もっかい言ってくれネェかな?」

「貴様」「ユー!と来たか!エ?」コンフロントは遮った。「俺に貴様呼ばわりできンのか?いつも他のニンジャに護られてるガキができんのか?できんのかァー?それも、プッ!お前がメソメソ助けを求めるのは落ちこぼれのムーホン者ばっかりと来てるじゃねえか、エ?それとも疫病神か?お前は?」

 コンフロントはここで女ニンジャの自殺体に気づいた。「……ア?お前……」彼はあざ笑った。「ハハハ!お前あれかよ!切羽詰まって!あの女と無理やり前後しようとして死なれちまったとか?サンシタ以下のサンシタだ!ハハハ!」「どういう事だ、これは」シャドウウィーヴは俯いた。「何なんだ」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ハヤイ!極めて素早く速いパンチがシャドウウィーヴを捉えた。シャドウウィーヴは吹き飛び、長椅子を壊しながら転がった。「注意散漫重点いただきィー!やっぱり弱過ぎるぜ!」コンフロントはボックス・カラテのステップを踏む。シャドウウィーヴは起き上がった。

「シュシュシューシュシュ!」威圧的にジャブを繰り出しながらコンフロントが迫る。シャドウウィーヴは睨んだ。「何なんだよ。これ」「イヤーッ!」「イヤーッ!」シャドウウィーヴは片手をあげた。彼の代わりに、影の手がパンチを受け止めた。「何なんですか?これは。マスター」

「ア?」コンフロントが目を見開く。「何だこりゃあ……シャドウピンじゃねえ、グワーッ!?」影の腕がコンフロントの腕を捻じった。「イ、イヤーッ!」「グワーッ!」シャドウウィーヴは素早いショートフックを受け、よろめいた。だが、コンフロントを睨むのをやめない。影は掴んだ手を離さない。

「同じじゃないかよ……お前……」シャドウウィーヴは熱に浮かされたような目を光らせた。「なんでお前がいるんだよ……」「グワーッ!」影の竜人はコンフロントの腕を捻じり、背中を向かせた。「イヤーッ!」その背中を蹴って踏み倒した。コンフロントの肩関節が外れた。「グワーッ!」

「……何がムーホンだよ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」影の竜人がコンフロントの脇腹を蹴り上げた。「理想社会……何でこんな事になってンだよ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」影が脇腹を蹴る!蹴る!蹴る!

 シャドウウィーヴは悶絶するコンフロントの背中を踏みつけ、踵を捻じり込んだ。「アバ、アバーッ!」竜人は頭側にまわり、屈み込むと、コンフロントの頭を両手で掴み、グイと持ち上げた。竜頭がガパリと口を開いた。「ヤメテ」「SHHHH!」影を吐き、顔面に浴びせかけた。「アバーッ!?」

「SHHHHH!」「アバババ、アバババババ!」奇怪な影のブレスに酸めいてその顔を焼かれ続け、コンフロントは激しく痙攣した。「アババババババ!アババババ……」シャドウウィーヴは無言だった。やがてコンフロントは動かなくなった。竜人が創造者を見た。「……」頷き、床に溶け消えた。

 シャドウウィーヴは元来たアーチ門を振り返った。新たなエントリー者。彼は先手を打ってアイサツした。「ドーモ。イグナイト=サン。シャドウウィーヴです」「お前ッ!」イグナイトは指差し、喚いた。「お前、シャドウウィーヴ=サンじゃねえか!あの……変な奴!」「お前がだ」「やンのか!?」

「何でキョートにいる」「うるせェな!色々ムカついてんだよ。カマしてやりに来たのさ。……ハン?そいつ死んでンじゃん。お前がやったの?」「そうだ」シャドウウィーヴは頷いた。「あそこの女は違うぞ」「あッソ。どうでもイイよ」イグナイトはやや考えた。「お前が何でザイバツと戦ってんだよ」

「何でもいいさ」シャドウウィーヴは言った。「俺はギルドを追われる身だ。全てはまやかしだ!俺は愚かだった、俺には……かかって来るなら、お前の事も容赦なく倒す」「何かねェかな」イグナイトはその場で腰を落として座り、コンフロントの懐からガムを盗み取った。「ちェッ、カフェインかよ」

 二人は知らぬ同士ではない。かつて、とあるセレモニーでニンジャが城に集められた折、イグナイトは年が近いシャドウウィーヴを捕まえ、話しかけた事があったのだ。シャドウウィーヴは居心地悪げに、行く先のアーチを見やった。イグナイトは文句を言いながらガムを噛んだ。「やンねぇからな」

「……俺は行く」シャドウウィーヴは歩き出した。「オイ待てよ!」イグナイトが呼びとめた。「オイ!行くって、どこ行くンだ」「……」シャドウウィーヴは立ち止まった。イグナイトは頭を掻いた。「ギルドに追われてるって?お前、さっきの放送のアレか?仲間どうしたんだよ」「仲間は、いない」

「……」マイコ放送が流れる。『参集……ムーホン敵はホウリュウ・テンプルに立て籠もった……シャドウウィーヴ=サン、バンシー=サンは恐らくいまだホンマルに……』「いるじゃンか」「いない」彼は首を振った。「ムーホン……権力闘争……まるで変わらない。ギルドの外と」「ア?」

「そういう物の無い、美しい世界だ。俺が望んだのは。ここには、そんなものは無かった。英雄も、理想社会も無い」「ウェー」イグナイトはガムを吐き出した。「あるわけねェじゃん!」彼女は立ち上がった。自分の腕をパンと平手で張った。「結局、これだろ!自分だろォ!ニンジャッてのは!」

「お前にはわからない!」「わかるッてンだよ!」イグナイトはシャドウウィーヴの脚を蹴った。「どうせ、お涙頂戴の昔話だろ?アタシが何もねェと思ってんのか?メソメソしてンじゃねェよ、ムカついたらブッ飛ばしゃいいンだよ!」二人は睨み合った。「アタシはロードをブン殴って来るからな」

「ロードを?」「そうすりゃザイバツも終わりだろ!」「……」シャドウウィーヴは俯いた。「そんな事をしても、外に再び醜い世界を見るだけだ。俺は……」イグナイトはうんざりと首を振り、キツネサインした。「なら、せいぜい悩ンでな!」ボウ。炎の輪が生じた。彼女は輪の中へ飛び込み、消えた。

「ああ……そうさ」シャドウウィーヴは己の手を見つめた。その手に影の手が重なり、すぐに消えた。既にイグナイトの姿は無い。彼もまた歩き出す。

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの回転ミドルキックが「罪罰」と箔押しされた鉄扉を一撃で破壊した。彼が脚を踏み入れたのは巨大なホールだ。太く巨大な柱には鉄の鎖が巻きつき、左右にブッダデーモン像が並ぶ。正面の奥には鍛冶場が備えられ、炉から舞い散る火の粉がイクサを予感させた。

 鍛冶場の左右には扉の無いアーチ門。奥には登り階段が続く。ニンジャスレイヤーは足早に、だが全方向への警戒を張り巡らせて広間を進む。ドジャーン!巨大な銅鑼が打ち鳴らされた。ニンジャスレイヤーは見上げる。天井近くの銅鑼台に立ったスモトリが、侵入者を見るや銅鑼を打ち鳴らしたのだ。

「フーンク!」くぐもった叫び声!ニンジャスレイヤーは声の方向を見やる。柱の陰から、巨大なニンジャがのそりと姿を現した。平たく丸みを帯びたニンジャヘルム。凶悪なニンジャアーマー。その身長は3メートルを超える。銅鑼スモトリは急いで作業し、巨大カケジクを解き放った。「ゴライアス」。

「ドーモ、ゴライアス=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはオジギした。「フーンク!」巨人は己の胸板を荒々しく叩き、オジギを返す。ドクン……ニンジャスレイヤーの鼓動が警鐘を鳴らす。彼のニンジャ第六感が、目の前の敵とは別の危険存在アトモスフィアを感じ取ったのだ。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはあさっての方角へスリケンを投げた。だがそれで正しいのだ!スリケンは鍛冶場に置かれた真鍮の臼を破壊した。バチバチと音が鳴り、鍛冶場に脈打つ人間型の光は奇怪なニンジャ存在となった。「おれは手に入れたぞ。おれは。真実を手に入れた。お前はどうだ」

「真実を手に入れたと?ならばコソコソせずに首を置いてゆけ」ニンジャスレイヤーは言い放った。「フーンク!」ゴライアスがケリ・キックで襲いかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳んで回避!柱に巻きついた鎖を掴み、さらにスリケンを鍛冶場めがけ投擲!「イヤーッ!」

「アーハハハハハ」脈打つ光のニンジャはクルクルと回転しながら鍛冶場から飛び出してスリケンを躱し、ニンジャスレイヤーめがけ着地と同時にオジギを繰り出した。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。メンタリストです」じわじわとステルス機構が時間限界を迎え、その正体が露になる。

 奇怪なニンジャの首回りには襟巻き状に湾曲させたガラスシリンダーが巻かれ、液体がその中を満たしていた。シリンダーからはLANケーブルめいたチューブが伸び、それらは全て両こめかみに直結されている。「俺は実際救われた。世界の危機からな。ウフフ」メンタリストは首を傾げて笑った。

「フーンク!」ゴライアスが殴りかかる。拳は血染めのバイオ包帯で覆われ、血濡れの釘が打ち付けられている。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転で攻撃を回避。ゴライアスへ2枚、メンタリストへ3枚のスリケンを投げつけた。メンタリストの姿が霞み、やや離れた場所に再出現した。

「攻撃をする必要などないのに」メンタリストは消え、また現れた。「控えた方が良い。そうすればお前もこうなる。じきに、こうなる。手に入れるぞ。沢山の大切なものを再び手に入れる。何でも見えるのだ」「フーンク!」ゴライアスが丸太めいた蹴りを繰り出す!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーはゴライアスの土石流めいた打撃を辛うじて受ける!重い!受け身を取りながらスリケン投擲!「フーンク!」ゴライアスは手を腰の位置に下げて上向け、中腰姿勢を取る。ムテキ・アティチュードだ!スリケンは鋼の盾めいて跳ね返される!

 ニンジャスレイヤーは立て続けにスリケンを投げた。ゴライアスに投げつけながら、地蔵やタケノコを壊し、メンタリストにも投げつける。メンタリストは消え、現れ、それらを回避する。「ああ、お前は俺のジツを破ったのだった。そうだった、エネルギースリケンが投げにくい、はは」

 メンタリストはスリケンを避けながらニンジャスレイヤーを指差す。「ならば真実を体験させるか?この俺がお前に入門させるといいですね」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケン投擲!「ローン太鼓判」のネオン看板を破壊する。「あなた何が幻覚かわかっていないでしょう」とメンタリスト。

「フーンク!」ゴライアスの蹴りが再び飛んでくる。ニンジャスレイヤーはこれをガード。重い。ネオサイタマの重金属酸性雨は人体に有害です。ニンジャスレイヤーは床を転がった。ゴライアスが向かってくる。メンタリストは現れたり消えたりを繰り返す。

「ここは鍛冶屋ですか?キョートに鍛冶屋は有りますか?おかしいと思いませんか?あなた。ニンジャが闘う?あなた本当に?人間は光りませんか?」メンタリストの声が広がる。もっと楽しくなると約束した。そこで君は頷く。ニンジャスレイヤーは柱の陰に飛び込む。ゴライアスの拳が柱を砕いた。 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲した。投擲した。投擲した。投擲した。投擲した。「アハハハハハハ」メンタリストが笑う。おマミ?ゴライアスが接近する。「フーンク!」でも、天気は良かったし、うまく行っている。大丈夫だ。ニンジャスレイヤーは側転する。

 【NINJA!SLAYER!】

 【ニンジャスレイヤー】

 ニンジャスレイヤーのネオン看板がスリケンで破壊しました。「どうだ。世界は真実に近い。とても近くなっている」メンタリストの声が響いた。ニンジャスレイヤーは頭を押さえた。「フーンク!」丸太めいた蹴りが突き刺さった。フジ・サン・ライジング#4-33否

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは身体をくの字に折り曲げ、ブッダデーモン戦士像に叩きつけられた。ブッダデーモン戦士像とはブッダの降臨時にその身を守る戦士の事で、目が六つあったり、鎧が光っていたりするそうです。たくさんの種類があります。君もよく調べるといい。よくわかる。さ15

 ◆忍◆ ニンジャ名鑑#340【グワーッ!ニン】ジャスレイヤーはゴライアスの拳を叩き込まれ、横ざまに吹き飛んだ。「見えるか貴方?だいぶ見えて来ました。そうですね?」メンタリストが叫んだ。「もっと見えたいですか?見えますよ」 ◆殺◆
 ◆認◆ ニンジャ名鑑#341【子規】 。杜鵑草 ◆刹役◆

 ニンジャスレイヤーはカラテを構え直す。「フーンク!」ゴライアスが迫って来た。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回し蹴りを繰り出す。ムテキアティチュードで無効!頭突きが返る!「フーンク!」「グワーッ!」 #njslyr 1008

「フーンク!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは横腹に強打を受けた。ソウカイ・シンジケートのドンにして、七つのニンジャ・ソウルを同時に憑依させた悪魔的存在「デモリション・ニンジャ」。平安時代の伝説的剣豪ミヤモト・マサシを崇拝し、彼が使ったとされる双子の刀「ナンバン」「カロウシ」を

 ◆?◆

「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」「フーンク!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは防御に専念した。ダメージを最小限に抑えねばならぬ。それでいて身体に響くこの強打!恐るべき打撃力だ。足元がぐらぐらと歪んでいる。メンタリストは笑っている。宇宙開発時代。柱に巻かれたレースのカーテン。鍛冶場でハンマーを振るう巨人のニンジャが二人。火の粉が舞う。

「フーンク!」「グワーッ!」ガードの上からの重圧!ニンジャスレイヤーは呻いた。このまま耐えきれる筈も無し。「フーンク!」「グワーッ!」彼は目の前の敵を睨む。睨む……ゴライアスに集中せよ。ゴライアスだけが不変だ。この世界の普遍だ。し?じつだ、オーチン・プリヤートナ……パニマーエチェ

 ニンジャスレイヤーは朦朧として……ガードを下げぬよう努力する……耐えねば……耐えねばゴライアスのビッグカラテはニンジャスレイヤーの顔面を捉え……頭部が360度回転して死ぬ事になる……ゆがむ……たたらを踏む……ゴライアスの拳を……緩慢な拳を……避ける……メンタリスト……ジツ……

「フーンク」さらにゴライアスの拳が飛んでくる。緩慢な拳が。よろめく。よろめきながら躱す。黄色と緑の光が雲になってニンジャスレイヤーの視界を包む。吐き気を催す。何かがおかしい。メンタリストはどこだ?ニンジャスレイヤーは蹴りを繰り出そうとして、膝をついてしまう。植物が発芽だ。

 床を割って生えて来た植物群は天井まであっという間に伸び、枝枝から分厚い唇を生やして嘲笑った。植物群の根元には馬に乗った小さなニンジャが百人はいる。足元を駆け回り、槍で攻撃してくる。ニンジャスレイヤーは振り払おうとする。ゴライアスは呻いた。「フーンク」

「どこだ……メンタリスト=サン、どこだ……」泥のような空気だ。ゴライアスは後ずさった。だが、ニンジャスレイヤーはそれどころではない。蟻ニンジャ達が身体を這い登って来るからだ。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは登ってくる蟻ニンジャを引き剥がし投げつける。

「フーンク」ゴライアスが両膝をついた。ニンジャスレイヤーもだ。彼は吐き気と闘った。手足が鉛のインゴットに変わり、地面に落ちた。「どこだ……メンタリスト=サン……どこだ……」「おかしい!」「おかしい?おかしいとは?そうだろうな。おかしいだろうな」

 ニンジャスレイヤーは床を転がった。音楽を吐き出した。重低音は青い厚みのあるカーテンに、高音は透明がかった綺麗な欠片になって、この広間を満たす、ゴライアス……ゴライアスがぼやける「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは轟音に包まれる……。「イヤーッ!」「グワーッ!」

 チャドー……チャドーせよ。チャドー、フーリンカザン……チャドーせよ。まず呼吸の仕方を思い出す必要がある。「イヤーッ!」「グワーッ!」「スゥー……ハァーッ……」立て……立ってカラテを構えよ……「スゥーッ、ハァーッ……」「やめろ……見えなくなる」「そりゃよかった」

 ニンジャスレイヤーはゴライアスの肩越し、遠くぼやける影を見ようとした。「やめろ。完全性を汚すべからず」「毒には毒を以ってすべし、実際それだな」「やめろ……」「GRRRRR!」ニンジャスレイヤーは震えながらカラテを構える。身体コントロールを取り戻さねば……。

 ゴライアスもまた、頭を振って起き上がる。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ブラックヘイズです。フェイタル=サンはちと忙しい」「GRRR!」「グワーッ!」「オヌシ……」ニンジャスレイヤーはよろめいた。「立つのか?つくづく化け物だな。だが、今なら殺せるか」「これは……」

「俺の幻覚剤だ」ブラックヘイズは言った。彼の足元に転がる葉巻から今なお噴き出す不穏な色彩……その向こうで揺らぐ影……戦闘……「ニンジャはこれをそうそう喰らってくれんのだが、よき時に居合わせたようだ。お互い手一杯かね」「GRRR!」「グワーッ!」

「フェイタル=サンは心配せんでいい。頑丈のようだから。俺はといえば……葉巻が吸えん」ブラックヘイズのメンポは変形し、ガスマスク機構を働かせている。ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を繰り返す。幻覚剤が本当なら、より深く汚染空気を吸い込む事になる。だがチャドーによる浄化が克つ。

「今なら殺せるかもしれんな」ブラックヘイズが繰り返した。彼はサイバネアームを音を立てて握り、開いた。「お前には何度も煮え湯を呑まされて来たわけだが」「スゥー……ハァーッ……」「GRRR!」「グワーッ!」メンタリストが攻撃を受けている。防御はなお素早いが、精彩が無い。

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。一秒でも早く身体コントロールを取り戻さねば……「だが、今回はナンシー=サンとの契約があってな」ブラックヘイズは言った「またの機会にするしかない。……ま、お前が俺に借りを作るというのも中々いい気分だ。見逃してやろう」「ヌゥーッ……」

「GRRRR!」「グワーッ!」袈裟懸けに爪の一撃を受け、メンタリストは膝から崩れ落ちた。ブラックヘイズはそちらへ歩いてゆく。フェイタルが牙を剥いて笑う「気分はどうだメンタリスト=サン。最悪か」「俺の真実を返してくれ」「できない相談だ」ブラックヘイズが答えた。「命を請求する」

「フーンク!」その時、ゴライアスがバンザイ姿勢で立ち上がった!ナムサン!なんたる規格外のニンジャ耐久力による薬物影響からの回復!「いい、イイぞ!」メンタリストが叫ぶ!「フーンク!」ゴライアスはブラックヘイズを瞬時に振り返り、死角から殴りかかる!「イヤーッ!」「フーンク!?」

 ゴライアスは振り返る。手首にニンジャスレイヤーのフックロープが巻きつき、死角襲撃パンチを留めている。「これで貸し借り無しと?」ブラックヘイズは咄嗟の防御を解き、肩を竦めた。「やれ。フェイタル=サン」彼は合図した。「イヤーッ!」「アバーッ!」メンタリストが首に蹴りを受ける!

 シリンダーが粉々に砕け割れ、液体が飛び散った。「はははは真実が!ははははは!」メンタリストは狂笑し、身悶えした。一瞬後、その首が吹き飛んだ。フェイタルによるカイシャクだ。「サヨナラ!」メンタリストは爆発四散した。「よし。行くか」フェイタルが広間の入り口めがけ歩き出した。

 ロープを振りほどこうとするゴライアスと格闘するニンジャスレイヤーの脇を通り過ぎる際、彼女は彼の肩をポンと叩いた。「オタッシャデ」「……あとは宝物殿だ」ブラックヘイズはその後に続き、ニンジャスレイヤーの横を通り過ぎた。「お前の命があれば、また……会いたくもないか。俺もだ」

「フーンク!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは力を込めてロープを引き、ゴライアスの巨体を打ち倒した。薬物からの回復度合いは、ややニンジャスレイヤーの有利か。ブラックヘイズは去り際、一度振り返った。「サラバ」そして、出て行った。

「フーンク!」「イヤーッ!」ケリ・キック!起き上がろうともがくゴライアスが、顔面に蹴りを受ける。ニンジャヘルムがひしゃげた。だが、ムテキ・アティチュードに頼らずとも、そのニンジャ耐久力は 凄まじい。並のニンジャならば死ぬような蹴りの受け方であったというのに!

「フーンク!」ゴライアスは起き上がりざま、ニンジャスレイヤーにタックルをかけた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは力を振り絞って回転ジャンプし、巨体を跳び越えた。ゴライアスはよろめき、頭から床に滑り込んだ。いまだ薬物の影響下だ!ニンジャスレイヤーは振り向き、腕に力を込める。

「イイイ……」その腕に縄のような筋肉が浮き上がる。手に構えるはスリケン!ツヨイ・スリケンだ!薬物影響下、チャドー呼吸によって限界まで己の力を引き出す!「フーンク!」ゴライアスがよろよろと振り返り、再突進!「イヤーッ!」ツヨイ・スリケン投擲!ゴライアスの顔面に火花が散る!

 パァン!金属音が鳴り響き、ニンジャヘルムが真っ二つに割れた。口をケジメ縄で封じられ、両目にケジメサイバーサングラスを埋め込んだゴライアスの顔面が露わだ!「イヤーッ!」よろけるゴライアスの顔面に再度スリケン投擲!そして側転!スリケンはケジメ縄を破壊し、口を破壊!「オゴーッ!」

 側転しながらニンジャスレイヤーが床から拾い上げたものがある。いまだ煙を吐く幻覚葉巻だ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンめいてそれを投擲!「オゴーッ!」ゴライアスの口中へストライク!「AAAAARGH!?」ゴライアスは苦悶!千鳥足だ!ムテキ・アティチュード到底不可!

「スゥーッ……ハァーッ」ニンジャスレイヤーは足を開いて中腰姿勢を取り、チャドーを深める。幻覚の残り香を締め出し、ともすれば身をもたげかける殺しの喜びを切って捨て、目の前の敵に集中した。世界が暗転し、ゴライアスだけが見える!「イイイヤァーッ!」ドラゴン!トビゲリ!

「アバーッ!」決断的トビゲリでゴライアスの頭部を吹き飛ばし、ニンジャスレイヤーは回転着地!首無しのゴライアスがジタバタとよろめく!「ドッソーイ……」幻覚にやられた銅鑼台のスモトリが足を滑らせ落下!床に叩きつけられ潰れたその瞬間、ゴライアスの巨体は爆発四散した。「サヨナラ!」

 スモトリの断末魔はゴライアスの叫びの代弁めいていた。ニンジャスレイヤーはなおチャドーし、奥の鍛治場の脇にあるアーチ門の階段を睨んだ。メンタリストが死んだ今、彼の言葉が欺瞞に過ぎない事が容易にわかる。キョートに鍛冶屋はある。ニンジャは闘う。ニンジャスレイヤーはニンジャと闘う!


4

 ネオサイタマ某所。

 ダーダッダーズガズガバシバシ、ダーダッダダズガズガバシバシ……不吉な8bit瞑想ミュージックが、小さな地下礼拝堂に響く。所狭しと積み上げられたUNIX。直結した信者達。古のBASIC言語で制御された四本のスシメカ・アームが香炉を揺らし、違法薬物「シンピテキ」の煙を振りまく。

「「「ゲート、ゲート、パラゲート…」」」修道僧めいたローブで全身を隠し、背骨部分から直結LANケーブルを何本も露出させたペケロッパ・カルトの高位信者たち数名が、サークル状に立って機械音声交じりのチャントを捧げる。薬物吸引によって全員目は虚ろ……あるいはそもそも肉眼を持たない。

「何が見えますか今?」クワイアの中心部にひとり立つ、やはり全身をローブで隠した高位のカルティストが、IRC内と現実世界で同時にそう呟いた。男の声帯は旧世紀の音声チップ……稀少かつ神聖な最初期の合成マイコ音声チップに置換されており、崇高なまでの無表情アトモスフィアを醸し出す。

 彼の背後には、何十基もの旧型UNIXがマーシャルアンプめかして積み上げられている。モニタに映る文字は、とても肉眼では追いきれない。超人的なタイピング速度を強く感じさせる。そして彼の背中から伸びるLANケーブルは、16本。ナムアミダブツ!人類の限界を遥かに超えたUNIX一体感!

「恐ろしい……ペケロッパ……」「おお、ペケロッパ……コワイ…」直結した信者らは、一様に怯えを見せていた。一日数回、定時に捧げる祈りの儀式の中で、このような現象が起こるのは極めて稀なことである。彼らは自らの精神を1bitに退行させてゆく中で、恐怖の感情も失ってゆくはずだからだ。

「ゲート……」「オブツダンです……金色の光漏れ出す」「ファラオの門めいた……」非直結者ら数名が声を発した。高位司祭は興味を抱いた。ここにいる信者の半数は、コトダマ空間認識者である。残る半数は、未だ悟りを開けていない。このような直結儀式の中で、彼らはごく稀に第三の眼を得るのだ。

「何が起こりますか……」高位司祭はゆっくりと歩を進め、頭巾を外した。右眼があるべき場所には、四個の小型サイバネアイが虫めいて動く。左眼は頭髪めいたLANケーブルに隠され見えない。彼はY2Kの秘密の欠片を集積した聖なるMO磁気ディスクを聖櫃から取り出し、自らの腕に挿入した。

「何が起こりますか……」司祭は電子マイコ音声で呟いた「彼方へ参ります……彼方へ参ります……。私たちはまだ、あの温かな8bit世界へも帰っていないというのに……」「ペケロッパー!」ナムサン!礼拝堂で直結していた信者の一人が、何を見たのか、異常興奮によって心停止を起こして死んだ。

 異常興奮死したペケロッパ信者のニューロンには……すなわち精神の網膜には、厳重なオブツダンめいて徐々に開き続ける9個の門が映し出されていた。それはファラオの門のようにも見え、大きな門の向こうには小さな門がマトリョーシカめいて隠れていた。そして彼方から金色の光が漏れ出していた。


◆◆◆


 同時刻、キョート。ガイオンシティ上空。

 天守閣から遥か下方。キョート城秘密動力炉。そこは動力炉と呼ぶにはあまりにも質素で奥ゆかしい空間であった。そこにはニューク発電所もスモトリが回す車輪も無い。平安時代めいた畳敷きの部屋の中心には琥珀ニンジャ像が立ち、眩い光を放っている。キモンの方角には黒いオブツダンめいた物体。

 チャブの上に乗る琥珀ニンジャ像。周囲のタタミには、CPU足のごとく規則正しく配された四角い光がいくつも明滅していた。光源はどこか解らないが、その個数と配列から、各々の光がキョート城下腹部に生えるクリスタルに対応していることは推測できる。その1個が、先刻破壊されて光を失った。

 ガガガガ……ガガガガ……琥珀ニンジャ像の乗るチャブへと何らかの秘密めいたエネルギーが集積され、像はロボットダンスを踊っているかのように直立不動のまま左右に小刻みに回転する。おお……ナムアミダブツ……!そしてマグロめいた空虚な両目から射出されるのは、禍々しいレーザー光線!

 そのレーザーの射出先には漆黒のオブツダンがある。レーザーによって力を与えられ、金装飾が施された重厚な扉が少しずつ開いてゆく。今、その六枚目が開ききろうとするところだ。ブッダ!果たしてこれは、いかなる禁忌のオーパーツか!平安時代にこれほどの高度なメカニズムを作り得た者とは!?

 ……ニンジャである。オブツダンの上には、古代ショドーが収められた横長の額。最後に何人かのニンジャ名が書き連ねられていた。九つの扉が開ききった時、果たして何が起こるのか。CPU足めいた光点はその秘密を語ることなく、地上のモータルソウルを奪うたびに黙々と明滅するのみであった。

 そしてまた、クリスタルの一本から放たれた光線が、地上へと無慈悲に降り注ぐ……

 キャバァーン!「アバーッ!」スモトリ暴徒が、一瞬にして灰色の死体へと変わった。僥倖である。アナカ・マコトの引くリキシャーは、スモトリ暴徒の振りかぶったスレッジハンマーによって粉砕されることなく、無事にアンダーガイオン第2階層の無人商店街を駆け抜けることができたからだ。

 だが安堵にはほど遠い。謎の殺人光線がアンダーにまで届いてくる事が、眼前で証明されたからだ。アナカは妻の身を案じた。そして後部座席に乗せた新しい乗客二人のことも。そこに座るのはマツノキ父子。先程まで座っていた老夫婦の死体は、燃え尽きたセンコのごとく灰の山に変わって崩れていた。

 第2階層も暴徒らで溢れていた。叩き割られるスシトレーラーのフロントガラス!地表から降り注ぐコンクリート片!捻じ曲げられる道路標識!シャッターを焼き切られ略奪を受けるCD屋!繁華街の大型プラズマディスプレイでは、ネコネコカワイイの最新PVが場違いなほどの笑顔を振りまいていた。

「ネコ!ネコ!カワイイー!」バットを構えた暴徒達が、スクラップと化した車の上で狂ったように垂直ジャンプを繰り返す横を駆け抜ける。「イヨーッ!イヨオーッ!」前方では狂言強盗団がフロシキを抱えた暴徒らを脅して略奪品を奪っている。アナカは咄嗟の判断で小道へと入り、遭遇を回避した。

 アンダーの生まれでなければ、複雑な裏路地を駆使して安全なリフトまで逃げ果せることはできなかっただろう。アナカも今日ばかりは、この猥雑たる地下都市に感謝した。数十メートル先に、パトライトの回転が見える。数名のケビーシ・ガードが、市民を避難させるために小型リフトを確保していた。

「おいちょっと止まるんだ!」リキシャーの接近に気付き、ケビーシらが暴徒鎮圧用ショットガンを向けた。「負傷した観光客を乗せてるんだ!」アナカは焦燥感に胸を焦がされながらも制止し叫んだ。背後からは狂言強盗団の声が迫る。ケビーシらは顔を見合わせて頷き、アナカらをリフトへ誘導した。

「下層は、どうなんです?」アナカは肩で息をし、リキシャーのバーに身体を預けながら聞いた。「解りません」ケビーシの一人が答える。錆び付いた音が鳴り、二十人乗りの小型リフトが下降を始めた。「イヨーッ!イヨオーッ!」狂言強盗団の声が上から聞こえた。ケビーシらの銃声がそれに続いた。

「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」アナカの声が、暗いリフトの縦穴に響く。「どこに、向かってるんですか?」これまで声を潜めていたマツノキ父が、子を抱きながら訊ねた。「もっと下層だよ、妻が待ってるんだ」アナカが言った。下層のリフト乗場が暴徒に制圧されていないことを祈りながら。

 リフトが下層に打ち付けられた。自動ライトが照らされ、何本もの銃口がアナカに向けられる。幸いにもそれは、ケビーシ部隊と連携を取っていたマッポたちの銃であった。暴徒でないことを確認すると、彼らは肩を叩きアナカを励ます。「シマッテコーゼ!」「ドーモ」アナカは一礼して駆け出した。

 幸いにも、下層はゴーストタウンめいて静まり返っていた。下層民は略奪のために上へ向かうか、あるいは家に閉じこもり嵐が去るのを待つか、いずれかであったからだ。鹿たちが我が物顔で「そでん」「トップ」と書かれた屋台に群がっている。アナカは残された力を振り絞って、自宅へと駆けた。

 ジゴクと化したアッパーとは対照的に、アンダーは奥ゆかしい静寂に包まれていた。……暫くして、リキシャーの揺れが止まる。アナカの家の前に到着したのだ。アナカがインターホンを押し、シャッターを叩く。妻の名を呼ぶ。しばらくして電動シャッターが開かれ、泣き腫らした妻が彼を迎えた。

 アナカは居間で柱に背を預け、息を整えていた。心臓が破裂しそうだった。アナカの妻がマツノキの傷を応急手当すると、マツノキの息子は父の陰に隠れて、人見知りな目を向けた。「すみません」マツノキは憔悴しきった顔で言う。「奥ゆかしさ、それがキョートです」アナカの妻は静かに微笑んだ。

「これからどうするかだが」アナカが言いかけたその時。ガシャン!ガシャン!不意にシャッターを叩く音。アナカは立ち上がり、インターホンのカメラを見た。「ウオーッ!」オニ・オメーンを被り包丁を持った男がひとり、シャッターをこじ開けようとしていた。「コワイ!」マツノキの息子が泣く。

 アナカは銃を取り出し、祈るような気持ちでインターホン映像を睨み続けた。疲労で手が震え、撃鉄を起こすのも覚束ない。だが幸いにも「ウオーッ!ウオーッ!…ウオーッ……」オニ・オメーンの男はシャッターと格闘した後、アナカ家への侵入を諦め隣家へと向かった。空家を探していたのだろうか。

「ハァーッ!ハァーッ!」張り詰めていた緊張の糸が切れ、アナカはタタミに大の字に転がった。下層も安全には程遠いのだ。マツノキ父子が妻とはぐれた事を知ってはいたが、アナカにはもう何も出来なかった。「……祈ろう。祈ろう。祈ろう。嵐が、過ぎ去るのを」アナカは息を吐きながら言った。


◆◆◆


 ……ガイオンから数十キロ東に離れたキョート・ワイルダネスにおいても、異変は十分に視認できた。特にニンジャ遠視力の持ち主には。

「……雲。いや、樹か」フォレスト・サワタリは丸めた拳を望遠鏡めいて覗き込み、西の空の不吉な夜の太陽を見やった。地上から生えた黒い何かが、浮遊する建造物に絡みつく。そして相変わらず、稲妻めいた断続的な輝き。「もういいじゃねえか」ハイドラはフードを目深に被った。「気に入らねえよ」

「ビビってんのか、お前」ディスカバリーがハイドラにからかうように言ったが、目は笑っていない。フォレストは向き直った。「核では無いのか」「核?俺に聞くなよ」とディスカバリー。「知らねえし、俺達の行く先は東だし、どっちにせよ何もできやしねえよ」彼は寝転がった。「関係ねえ」

「偉そうによ!すかしやがって!」ハイドラは石を蹴った。「まだかよォ、モジャモジャの奴!」「シーッ」フロッグマンが黙らせた。地面に耳をつけている。「……蹄はセントール=サンか?他に……車の音だな、これは」「車?」ディスカバリーが素早く立ち上がる。フォレストは弓を手にした。

「ニィィーッ」ゴララララ……土煙とともに現れたのは、半人半鹿のバイオニンジャ=セントールと、並走する古びたバギーだった。「……」フォレストは構えた弓矢を降ろした。運転しているイエティめいた毛むくじゃらの存在は、彼らの仲間のファーリーマンである。「車だ!」ハイドラが叫んだ。

 ゴララララ、バギーはガタつきながら停止し、ファーリーマンが飛び降りた。後部にはドラム缶が二つとアタッシェケース、ザック類が積まれている。「何だそりゃ!すっげえな」ディスカバリーが指差した。「分捕ったのか?」「そう」モップのような長い毛で全身が覆われたファーリーマンは頷いた。

「……俺、セントール=サン、盗賊、返り討ち、皆殺し」「素晴らしい戦果だ!」フォレストは戦利品をあらためた。「お前達二人の殊勲の申請を行う!これで我が部隊は実際非常に強化されたぞ!移動手段!」「クルマ!」「いや、たいしたもんだ」

「キョート、ネオサイタマ、遠い、無計画、実際死ぬ」ファーリーマンは手振りをまじえて言った。毛に隠れてその表情は窺えぬが、彼は思慮深く、謎めいて哲学的なニンジャであった。「違いない、違いない」ディスカバリーが言い、バギー後部座席に乗り込んだ。「これで楽できるな」

「文明、不可欠」ファーリーマンはフォレストに言った。「無くば、死ぬ。サヴァイヴ、する、できぬ」「……そうだ」フォレストは頷いた。彼らは文明の枠組みから逸脱した生き方を選んだ存在でありながら、その実、文明の産物を必要とする。矛盾を抱えているのだ。

 フォレストは一同を見渡した。「出発だ。ゴー・イーストだ。西に、後ろに道は無し」遠く彼の背後の空では、浮遊する建造物が奇怪な光を地上に放ち続けている。ファーリーマンはそちらへ首を巡らせ、呟いた。「恐ろしき光」

 

◆◆◆

 

 バンシー、ミラーシェードは次々にクローンヤクザを蹴散らし、テンプルの入り口めがけスプリントした。「コシャクな真似……」ヘリオンが立ちはだかるが、「イヤーッ!」「アバババーッ!」突如、血と臓物の渦を噴き上げてテンプル内から現れたニーズヘグが、二人と入れ替わった。

 テンプル内は凄惨なありさまである。書棚の間にはクローンヤクザやニンジャ達の惨殺体が散乱し、鮮血が貴重な書物群を汚していた。バンシーとミラーシェードは生存者を探した。「下だろう」ミラーシェードはバンシーに言った。「地下牢まで後退したに違いない……」「イヤーッ!」

 死体を跳ね除け現れた生き残りのニンジャが、ミラーシェードめがけ吹き矢でアンブッシュした。「イヤーッ!」振り向きざまにミラーシェードは暗殺剣を閃かせ、これを弾き飛ばす。バンシーは既にアンブッシュ者の目の前に到達していた。「イヤーッ!」彼の蹴りは敵の顎から上を一撃で砕き飛ばした。

「アーララ」螺旋階段を上がって、女のニンジャが姿を現す。「ヘビのおじさま、しずまらないのね……こんなにしちゃッて、お外まで」「ドーモ、パープルタコ=サン」バンシーがアイサツした。「ドーモ……あの子、結局ダメね?」「ネクサス=サンが引き続きコンタクトし、撹乱の助けともしよう」

「いないほうが良いかもね」パープルタコは笑った。バンシーは腕を組んだ。「ダークニンジャ=サンには恩がある。こうして、イクサの中で死ねる。不名誉な死ではなく」ミラーシェードは頷いた。「できるだけ殺す。オヤブンへの土産だ」不完全なステルスをオンにする。背中の傷は浅くない。

「死なずにすむかもよ」パープルタコが言った。バンシーは低く笑った。「ムーホンの成功か。では祈ってでもみるか。案外早くダークニンジャ=サンの刃が敵に届く事を」「ファハハハ!」「そういうお前は命が惜しくないか」「もう、どうでもいいの、そういうの」彼女は言った「どっちでもいいの」

 彼らの役目は、ここホウリュウ・テンプルにおいて敵と対し、捨て石となる事だ。包囲軍は気づいておらぬが、ダークニンジャは実際このテンプルの奥底にはいない。彼は今、独りホンマルを上へ向かって進み、天守閣のロードを目指している。この場で長く激しく暴れるほどに、暗殺の成功率は上がる。

 戦術に関しては、ネクサスを通してダークニンジャ、ニーズヘグが協議し、急ごしらえのものを定めた。ロードに神器を奪われた時点で、計画の変更を余儀なくされた。ロードとパラゴンは初めからダークニンジャやニーズヘグを切り捨てるつもりであったのだ。

『次の波な』ネクサスの超自然のIRC通信がニューロンに響く。そしてパーガトリーの声が外から聴こえた。「善哉!敵はホウリュウ・テンプルの中にあり!ダークニンジャ=サンは不穏な企みをしておるやも知れぬ。中の者達を皆殺しにせよ」「「スッゾー!」」クローンヤクザが雪崩れ込んできた!

「イヤーッ!」書棚の上に片膝をついたバンシーが掌を入り口に向かって突き出す。キィィィィ!「「アッバーッ!?」」屋内に入り込んだクローンヤクザ達から順に耳鼻から出血し、折り重なって倒れてゆく。それらに混じってスモトリが二人突入!「ドッソーイ!」書棚にオスモウ・タックルだ!

 KRAAASH!「チィーッ!」バンシーは隣の書棚に飛び移った。「荒っぽくなって来やがった」「イヤーッ!」スモトリの肩の上にミラーシェード!暗殺剣を脊髄に差し込み殺す!「アバーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」戸の脇に潜んだパープルタコが鞭を繰り出し、残る一人の首に巻きつける!

「ファハハハ!こっち見てェ!」パープルタコが鞭に力を込め、スモトリの顔を強制的に向けた。彼女の目が紫に光った!「ドッソイ……ドッ……ドッソーイ!」スモトリは突如その場で回転オスモウ・ラリアットを繰り出す!「「グワーッ!?」」後続の襲撃者が吹き飛び、あるいは頭を砕かれ即死!

「イヤーッ!」血と肉の間から回転ジャンプでエントリーしてきたのはニンジャだ!「ドーモ。ヴェラーです」「ヴァルチャーです。イヤーッ!」乱戦下の非一騎打ちエントリーであり、アイサツはキャンセルされた。狂ったスモトリの首が突如切断されて真上に吹き飛んだ!そしてヴァルチャーが跳ぶ!

「イヤーッ!」書棚上のバンシーめがけ、ヴァルチャーが飛び蹴りを繰り出す。重い!「ヌウーッ!?」カラテ自慢のバンシーが怯む。下ではヤクザに護られたヴェラーが両目を眩しい青に光らせていた。周囲のニンジャのカラテを強化するツワミ・ジツ!影響下のヴァルチャーの目も同色に光る!

 ツワミ・ジツの基本有効範囲は20フィート!範囲内の強化対象は無差別だが、ヴェラーは巧妙に有効範囲レンジを調整し、ぎりぎりのところで仲間ニンジャやヤクザだけに効果が及ぶように立ち回っている!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」三連キックを受け、バンシーが転落!

「イヤーッ!」パープルタコがサイを投擲!「グワーッ!」クローンヤクザが反応し、ヴェラーを庇う。額にサイが突き刺さり即死!並のヤクザならば反応できない筈だ。なんたる非ニンジャにもある程度効果のある厄介なジツ!「スッゾコラー!」数人がロングドスソードでパープルタコに斬りかかる!

「SHH!」パープルタコのヴェールが揺らぎ、触手が八方向に開いた。「「グワーッ!」」ロングドスソードヤクザは触手から高圧力で射出された液状スリケンに貫かれ即死!「イヤーッ!」ヴァルチャーの背後にミラーシェードが接近!「イヤーッ!」だがヴァルチャーは反応!転がって間合いを取る!

 ミラーシェードは舌打ちした。カラテが強化されているがゆえだ!殺し損ねたヴァルチャーめがけパープルタコが鞭で襲いかかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヴァルチャーは素早い裏拳で鞭を弾き返し、さらにクナイを放つ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」パープルタコはブリッジ回避!

「「ワドルナッケングラー!」」更なるヤクザウェーヴが突入!各々のロングドスソードを抜き放ち、書棚をぬって展開!ミラーシェードはヴェラーへ近づこうとするが、ヤクザが物量で押し寄せ近づけぬ!「バンシー=サン!どうだ!」「あいにく後門のバッファローだかタイガーだかだぜ!」

 彼はこのイクサに一人背を向け、後ろの螺旋階段に向き直っていた。その視線は、螺旋階段の下から噴き出し、テンプルの天井に粘着した黒い物質を捉えていたのだ。『それはデスドレインのアンコクトン・ジツだ』バンシーの驚愕をネクサスがダークニンジャに伝え、ダークニンジャが返した。

 なぜ非ザイバツの無秩序破壊者が浮遊城に?そんなことを考える暇は無い。センシ達のニューロンに戦術情報が木霊した。ダークニンジャは全速で天守閣を目指しており、通信をそう頻繁に通す事はできない。ゆえにこの瞬間の通信確立は僥倖であった。

 バンシーのニンジャ第六感、通信、イクサの一瞬の機微が、初撃から彼らを救った。「「「イヤーッ!」」」三人は一斉に垂直跳躍し、天井に渡された飾り鎖にしがみついた。次の瞬間、螺旋階段の下から生えた黒い柱が崩れ、奔流となって、テンプルの床を襲った。「「アバーッ!?」」

 ヤクザほぼ全滅!濁流が屋内を渦巻き、書棚は全て粉砕しながら倒れ、貴重な書物が損壊した。「イヤーッ!?」「イヤーッ!」ヴァルチャー、ヴェラーは咄嗟の跳躍で波をかわすが、着地した転倒書棚に、さらなる波だ!ドウ!間欠泉めいて黒い潮が噴き出す!「グワーッ!?」膝下が絡め取られる!

 黒い潮の中から一人のニンジャが零れ落ちた。デスドレイン。アンコクトン第二波がグルグルとテンプル内を蹂躙し、ヴェラーとヴァルチャーはなす術なく暗黒物資の中に沈み、浮上する事はなかった。「イヤーッ!」バンシーは飛び降りた。ナムサン、自殺か?落ちながら掌を真下に向け、音波を放つ!

 BOOM!音波が暗黒物質を跳ね飛ばし、黒い死の海に円形の空白地を作り出す。ミラーシェードとパープルタコはバンシーに続いて円の中に着地!直後、彼らが居た天井近くを、トビウオめいて跳ねたアンコクトンが通過した。アブナイ!「アアー?調子くるッちまうなァー」デスドレインが頭を掻いた。

「ドーモ。バンシーです」「ドーモ。ミラーシェードです」「ドーモ。パープルタコです」「おほッ?女じゃねェか」デスドレインは舌舐めずりした。「たまんねェな……アー、ドーモ、デスドレインです」「イヤーッ!」BOOOOOM!バンシーの音波がテンプルを震わせる!アンコクトンが沸き立つ!

「グワーッ!」デスドレインは怯んだ。黒い水が耳から溢れ出す。己のジツで塞いだか。「ンだァこりゃァ?」アンコクトンは質量を感じるほどの強烈な音にさらされ、それ自体が苦悶するかのように震えた。ミラーシェードがまっすぐにデスドレインめがけ飛んだ。そして拳を叩き込んだ。「イヤーッ!」

「グワーッ!」デスドレインはアンコクトンで身を守ろうとする。「イヤーッ!」ミラーシェードは黒い触手を裏拳で弾き返し、腹に蹴りを打ち込む。デスドレインの胴体の黒い部分は肉体では無い。傷口に埋め込んだ圧縮アンコクトンだ。アンコクトンはそのまま足を喰おうとしたが弾かれた。カラテだ!

「ヘッ」デスドレインはミラーシェードを睨み、笑った。「俺はてめェみてェな奴をさァ」「イヤーッ!」ミラーシェードのポン・パンチ!デスドレインの胴体から液状化した圧縮アンコクトンが流れ落ち、がらんどうになった。ミラーシェードの拳が通り抜ける!「ゴボッ」デスドレインが黒い血を吐く。

 あまりにも無茶である!だが次の瞬間デスドレインの胴体には再びアンコクトンが染み出し、再充填された!ミラーシェードの右腕を咥え込んだまま!「グワーッ!?」「ヘへへ!出来ちまった!抜けネェぞォ?俺はさァ、気取った野郎を、何もさせねェまま殺すのが……好きなんだよなァ……」

 デスドレインはアンコクトンでミラーシェードを苛みながら、後方のバンシー達への注意も怠らない。彼は再度のアンコクトン攻撃を試みようとしていた。既に吐き出したアンコクトンは不快な音波で萎縮しており、役に立たない。だが彼の「神様」には余力がある。足元から新たな触手が這い出した。

「イヤーッ!」ミラーシェードが自由な手で掌打を繰り出し、デスドレインの顔面を打った。だが浅い。もはやミラーシェードの全身にアンコクトンが巻きつき、掌握している。「ヘヘヘヘ!コイツも何もできずに死にましたとさァ!ざまァ見ろ!」「「イヤーッ!」」パープルタコが、バンシーが跳んだ。

 パープルタコは、横へ……あさっての方向へ。バンシーはデスドレインへ向かって。「ヘッ」デスドレインは嘲笑った。サイドワインダーめいてテンプルの左右を迂回した新たなアンコクトンが跳ね、空中の二人に襲いかかった。

 BOOM!バンシーはアンコクトンを跳ね飛ばした。パープルタコへ跳んだ方を。バンシーの胴体にアンコクトンが巻きつき、デスドレインのもとに引き寄せた。パープルタコは天井鎖を掴み、さらに跳んだ。……「二人いただき。女も逃がさねェ」デスドレインは目を細めた。バンシーは音波を放った。

 BOOM……MMMMMM!ZZZZZZT!バンシーの身体をアンコクトンが包み込む。バンシーは両手を伸ばした。デスドレインは異常を察知した。バンシーは己の身を守ろうともしないのだ、ミラーシェードとデスドレインに、指向性の音波を放つ!最大出力!「グワーッ!?」「イヤーッ!」

「グワーッ!?」ミラーシェードの片手が自由を取り戻した。さらに掌打を食らわせた。「グワーッ!てめェ!」デスドレインは……「グワーッ!?」バンシーは止まらぬ!デスドレインの身体に両掌をあて、ゼロ距離の音波を注ぎ込む!「グワーッ!?」アンコクトンが爆ぜた。「イヤーッ!」

 ミラーシェードが右腕を引き抜く!「畜生がァ!」「イヤーッ!」彼はアンコクトンを跳ね散らかし、跳んだ!そして蹴る!「イヤーッ!」そこへ新たなアンコクトンが回り込む!ミラーシェードの蹴りを受ける!だが取り込めぬ!カラテだ!蹴りの反動でミラーシェードは後方へムーンサルト跳躍脱出!

「オアア!」二本の暗黒触手がギュルギュルと渦巻き空中のミラーシェードを追撃する。ミラーシェードは触手を蹴る!そして反動でさらに跳ぶ!カラテなのだ!弾丸めいて一直線にガラスショウジ戸へ!パープルタコが蹴り壊し逃れたガラス穴に彼もまた飛び込む!「アアアアア!」デスドレインは絶叫!

「アアアアア!」デスドレインは仰け反った。そのすぐ前で、黒い柱は膝から崩れた。もはや柱は音波を発する事も無い。「アアア糞がァァ!」8、16、32本の暗黒物質の枝が柱の中を破って生えた。枝には細切れの肉と装束が混じっていたが、すぐに黒く塗り潰された。「アアアア……あーあ」

 たちまちアンコクトンは表面張力を失い、べシャリと床にのびた。「アー……締まらねェーの」デスドレインは頭を掻き、出口へ向かって歩いた。「まァいいか」外では別のイクサが終わる。

 浮遊キョート城へのデスドレインの侵入経路には、さしたる工夫も無い。無秩序に伸ばしたアンコクトンの枝々の上を走って、城の底部へ近づき、レールガンによるクリスタルの爆発が作り出した裂け目を見出すと、アンコクトンでそれを押し拡げ、入り込んだ。ホウリュウ・テンプル地下につながった。

 ダイコク・ニンジャのアンコクトンは、大地を貪るジツだ。土を食い、石を食い、死体を食い、己の力に換える。キョート城は邪魔だ。デスドレインが地上で殺しをしようが、暴動を煽ろうが、この城は天上から彼を超然と見下ろす。引きずり降ろさぬ限り、彼の所業には価値が無い。

 デスドレインは今まさに終わった別のイクサに注意を払った。出口のすぐ外にニンジャが着地した。満身創痍のニンジャで、両腕には包帯が巻かれ、片脚は海賊めいた棒だ。ニンジャはそのままうつ伏せに倒れた。デスドレインは歩みを進める。アンコクトンが屋外に染み出す。

「よう」デスドレインは戸口に寄りかかって立ち、そのニンジャを見下ろす。ザイバツ・シャドーギルド。「俺、記憶力いいのかもな。あンたのこと覚えてらァ!ま、死んだら終わりだな」テンプルを包囲するクローンヤクザとスモトリがザクザクと動いた。イクサの勝者がその奥にいる。

「ザァーイ……バァー……ツゥー」デスドレインは背をかがめ、上目遣いに奥のニンジャを睨んだ。「シャドォォー……ギィー、ルゥー、ドォー」生きているアンコクトンが足元を伝う。「ドーモ、デスドレインです」「……」ニンジャは目を細めた。デスドレインはなにかを理解した。

 ……ホウリュウ・テンプルの裏では、転がりながら着地したミラーシェードとパープルタコが互いに視線を交わした。戦闘者の視線を。……ミラーシェードは呟いた。「思いがけずロスタイムを頂いてしまったぞ、バンシー=サン」

 

◆◆◆

 

 キョート城、天守閣。

 タタミ、壁、フスマ、ボンボリ、全てが雪のように白く、天井はジェット機格納庫めいた高さがある。非現実的な無限をはらむ光景だ。だだっ広いこの空間に異物めいているのは、中央に位置する円形の屋根つき石台座……ユカノは鎖で繋がれたままだ。今後の城の操作に必要となる可能性が残っている。

「長う……ございました」パラゴンが、折に触れて口にした言葉を繰り返した。ロードは頷いた。手を後ろで組んで立ち、頭上のホログラム地球儀を見上げている。今やロードは他者の助けを必要としない。モータルの命をキョート城を通して吸収した彼は、既に壮年の生命力を取り戻している。

「私が今後経験する生の永遠めいた長さと比すれば、所詮、これまでの人生など、瞬きひとつにも満たぬものだ」ロードの表情は白金のキツネオメーンの下、窺い知れぬ。パラゴンはゆっくりとオジギし、白いタタミを歩いて行った。その先には白大理石の水盤がある。パラゴンは瞑想的に水面を見やる。

「キョートは一度焼かれねばなりません」パラゴンは呟いた。「堕落都市ガイオンも、この城の糧として……モータルの卑しき命屑を崇高な生命に変換する神聖装置に供されるさだめであったとするならば……惰眠むさぼるその醜怪な姿が同じ世にのさばって来た事にも、かろうじて耐えられようもの」

 パラゴンは水盤の表面に映し出される光文字を見、眉をわずかに動かした。「7つめのゲートが開かれようとしている」「9つのゲートが開ききった先には」ユカノが不意に問いを発した。「先には何が」「……」ロードはホログラム地球儀を見上げたまま動かない。パラゴンは首を振った。「悲しいかな」

 パラゴンはユカノを見る。「これは貴方が構築した装置だ。我らにとっていまだ不完全な情報を、創り手に語ってきかせねばならぬとは。ブッダに問答するにも等しい。残酷なお方だ」「……」「神器は羅針盤です。動力装置の琥珀ニンジャ像に力を与え、同時に、キンカク・テンプルの位置を示す」

「私は何の為に、これを」ユカノは歯を食いしばった。「殺戮の為にですか?バカな」「むしろ教えて頂きたい。その真意を」パラゴンは冷たく言った「ともあれ我らは正しき目的にこの装置を用いる事ができる。神聖な目的に。……9つのゲートの先に、キンカク・テンプルを繋ぐ。神器の導きによって」

「キンカクを?」「覚えておいでですか?キンカクを。ニンジャのヴァルハラを!」パラゴンは言った。「……」「オヒガンの果てにあるキンカク・テンプルは、9つのゲートで隔離されたエーテル通路を通り、現世に顕現する。それを可能にするのがこの装置だ。全ニンジャが現世に顕現するのだ!」

 ロードは一切の感情を表現せず、頭上の地球儀を眺めるばかりである。一方パラゴンは殆ど叫んでいた。「現世に出現したキンカク・テンプルから、血肉備えしニンジャ達が蘇る!それらを支配するのは超ニンジャ存在、即ちヌンジャとなられたマイロードだ。貴様ら古代の悪獣を奴隷使役する神だ!」

「なんと大それた事を……」ユカノが蒼褪めた。「私の記憶はおぼろです。ですが、貴方がたの為そうとしている事がまったくの誤りである事ははっきりとわかる。神器を創りしソガ・ニンジャの目的は……そしてこの装置を……作らせた私の……目的は……」鎖がジャラジャラと鳴った。

 ロードが口を開いた。「まさにそのソガ・ニンジャの魂を身に宿す者こそが、私だ」「はい」ユカノは頷いた。ロードは続けた。「ニンジャなど所詮は獣。我がソガ・ニンジャとて同様である。なべて、我、ドゴジマ・ゼイモンの永遠世界の歯車となるべく宇宙創造時点から決定づけられた奴隷に過ぎぬ」

「ですがそれでは……」「ヴォラッケラー!」パラゴンのヤクザスラングが響き渡った。「スッゾコラー!」「よい」ロードが制した。「老いた肉体を抱えていた私はキョートを動く事ままならず、キョジツテンカンホーの為にはガイオン街路のチェスボードめいた魔法陣構造を必要としてきた」

「だが既に私は老いた肉体の枷を脱した。ガイオンの全モータルソウルを吸い尽くした暁には、我が完全性は揺るぎなきものとなる。キョジツテンカンホー・ジツを全世界に拡大し、以て、キンカクから蘇生させたニンジャ達を支配する。カツ・ワンソーは所詮ニンジャに過ぎぬ。ヌンジャとは私なのだ」

「それは……しかしそれは……」ユカノは頭を揺らした。その方法は明らかにイビツ……イビツに過ぎる。稚気じみて……だがロードの正当性は既に確かめたではないか。現にこうして……「でも……」『ドラゴン・ユカノ。目を閉じろ』不意に不明瞭な声がニューロンに流れ込んだ。

 ユカノは思わずそれに従った。彼女は目を閉じた。外界が断たれた。『鎖を引きちぎれ』(((鎖を?)))『やらねば終わりだ。出来る筈だニンジャ六騎士。ドラゴン・ニンジャ=サン』彼女は……そうした。両腕に力を込めた。出来るわけが無い。でも、どうしてそんな風に思った?「イヤーッ!」

 ユカノは目を見開いた。ロードが、パラゴンが、彼女を凝視した。パラゴンの目は驚愕に見開かれていた。ユカノはシャチホコガーゴイルを破壊し、拘束から解き放たれていた。上からは白大理石の破片が降って来た。天井を切り開き、真上から振って来るのは、オブシディアン色のニンジャだった。

「イヤーッ!」ユカノは腕輪につながれた鎖を振り回し、ロードに攻撃を罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰ードはダークニンジャを見上げ罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰

 罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ罪罰罪罰罪罰罪罰ィィィィィィィィィィィ、ベッピンの刃が鳴り響き、落下するダークニンジャの姿がブレ罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰キィィィィィィィ、ベッピンの刃が鳴り響き、落下するダークニンジャの姿がブレる。

 罪罰キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ罪ィィィィィィィィィィィィィィィィ、ベッピンの刃が鳴り響き、落下するダークニンジャの姿がブレ罪罰罪罰キィィィィィィィ、ベッピンの刃が鳴り響き、落下するダークニンジャの姿がブレる。

 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ、ベッピンの刃が鳴り響き、落下するダークニンジャの姿がブレる。ロードはダークニンジャを捉えきれない!「マイロォード!」パラゴンが絶叫した。「マイロォード!」ユカノがパラゴンに鎖で殴りかかった。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」パラゴンはヤリめいたサイドキックでユカノを蹴り飛ばした。「ンアーッ!」「マイロォード!」ズグン。ロードの身体が揺れた。その首の後ろからベッピンが貫通し、鎖骨を、肋骨を貫き、切っ先が飛び出した。「グワーッ!?」鮮血が天めがけて噴き上がった。

「キリステ……」「グワーッ!」「ゴーメン!」ダークニンジャはロードの身体をうつ伏せに倒し、刃を捻り込んだ!「アアバーッ!」「死ね!貴様は単なるヤクザだ!貴様では城を、神器を扱えぬ。妄想を何一つ実現できぬまま、恥辱に死ね!」「アアア!」ロードは抵抗した。だが傷はあまりに深い!

「マ……マイロォード!」パラゴンはあまりの衝撃に激しく痙攣し、涙をあふれさせた。だがすぐに克己した。彼は水盤の存在を思い出した。水盤だ!ウカツであった!ウカツがロードをこうまで苦しめた!「マイロード!マイロード!」彼は水盤に手を翳す!「マイロード!今少し!今少し!」

「アバーッ!アバーッ!アバーッ!」ロードは魂を啜り上げられる予感に震えた。そして全力で抵抗した。だが命が失せつつある!魂を厚くくるむ命の灯が!血とともに身体から流れ出そうとしている!「イイイヤァーッ!」ダークニンジャは刃を捻る!ロードは身悶えした。命が!命が……戻って来た。

 遥か下の秘密動力室で、琥珀ニンジャ像が稼動した。そのときニンジャ像はクリスタルが吸い上げたモータルソウルの大部分を九つのゲートに向かって注ぎ込んでいたが、命令を受けると突如その向きを変え、頭上……天守閣へ、力の流れを集中させた。琥珀玉座によって認証された主のもとへ。

「グワーッ!グワーッ!……グ……イヤーッ!」ロードは身体を捻った。そしてダークニンジャの足首を掴み引き寄せ、膝下を掴み引き寄せ、襟元を掴み引き寄せ、その胴体に手を当て罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰

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「……ヤンナルネ」ロードが少しよろめいた。ボタボタと血が零れ、白いタタミを汚す。ベッピンで縫い付けられたダークニンジャの身体からも血が溢れる。白いタタミに血染みが拡がってゆく。ロードの身体は内側から輝いている。その身体の傷が治ってゆく。ダークニンジャの傷は治らない。

「ロード……マイロード……マイロード……オヤブン……オ、オヤブン」パラゴンは水盤にすがりつき号泣した。「スンマセン……本当スンマセン……!オヤブンスンマセン……オオオオ……!」「……」ユカノは力なく両膝をつき、へたりこんだ。鎖がジャラリと音を立てた。


5

 崖下へとダイブしてから、果たしてどれほどの時間が経ったか……。ナンシー・リーはすでに、時間間隔を完全に喪失していた。

 聖四行詩の座標情報を目指してIRCコトダマ空間を潜行し続けたナンシーは、やがてマリアナ海溝めいた暗黒の深海世界へと達していた。タイトな黒いボディスーツが、豊満なバストを隠す。微かな燐光を放つ美しいブロンドが、無重力めいて幻想的に揺らめく。

 開闢から蓄積されてきた無数のコトダマが、闇の中に稀少な深海魚めいて漂い、ナンシーの目を感じると忘却の暗闇の中に消えてゆく。この暗い海水すら無数のコトダマによって織られたものなのかもしれないし、あるいはネットワーク最深部に対するナンシーの思考が視覚化された結果なのかもしれない。

 おそらくはその両方なのだろう。コトダマ空間認識者は、周囲の定義情報を上書きする強い意志力と言語能力、そして高速タイピング能力がなければ、無数のコトダマの海で自我を失い01拡散し消滅してしまうからだ。少なくともナンシーはそう教わった。死滅したネオン鉄骨海底都市が彼方に仄見えた。

 ナンシーは時に力強くトーピードめいて垂直潜行し、時に船から投げ捨てられたブロンド人形めいて暗闇を漂った。それは覚醒と睡眠を痙攣的に繰り返すザゼン・カナシバリにも似ていた。「実際安い」と書かれたネオンが視界限界で明滅し、リュウグウノツカイが彼女の周囲を一周して静かに上に登った。

 ナンシーは重い畏怖を覚えていた。暗黒時代の人間たちが海に対して覚えていたような畏怖を。果たして誰がこのような空間を作り得たのか。だが無力感に屈すれば、自らもまた01に消えてしまうだろう。死者のポーズから醒めるヨガボンズめいて、指先から順番にナンシーは論理肉体の感覚を取り戻す。

 微かに温かい水流を感じる。「ゲート、ゲート、パラゲート……」「ゴーン、ゴーン、ゴーン、ビヨンド……」「皆逝ってしまった……彼方へ……彼方への……大門……」それはキョート市民が捧げる悲痛な祈りか、IRCに流れるカルト教団のチャントか、ブディズム経典に隠されたニンジャ暗号か……。

 ナンシーが知覚したそれらの新鮮なIRC流入は、視界の端でイクラサーモンの魚群となって上へ登っていった。遥か上方世界……黄金立方体が浮かぶ場所に、何か巨大なものが生成されてゆく感覚を、彼女は直感的に味わった。「もっと深く……」ナンシーは焦燥感に抱かれながら、さらに潜行を続ける。

 彼女はさらに何度も自我を失いかけ、そのたびに取り戻してダイブを続けた。全体の接合部が緩んだブロック玩具を、強く全方向から押さえ直し、凝縮するように。……自分の名前すらも忘却しかける頃、彼女は完全な暗黒の中で浮遊しながら再覚醒した。IRC定義情報が高密度すぎ、視覚化すら不可能。

 そこで彼女は、薄ぼんやりとした光の接近を見た。何か巨大な物体に跨った人型が、接近してくる。……おお、ナムアミダブツ。傾き朽ち果てたトリイ・ゲートをくぐって。ナンシーにはそれが何者なのか視認できなかった。それは近くて遠い場所から彼女を見つめていた。WhoIsの視線を感じた。

 それはイルカめいたエコー言語によって、Whisperを送ってきた。周囲の水が優しく揺れるのを感じた。だがナンシーの意識は混濁し、そのIRCを拒絶してしまう。彼女もまたWhoIsをタイプした。だが自我を失いかけた彼女の目には、その人型の背後に浮かんだ真の名前すら滲んで見える。

 相手は一段階高度な存在なのだと直感する。それは常人がIRCチャット内でヤバイ級ハッカーに遭遇した時に抱くような恐怖。不意に、ナンシーの心を恐怖が満たした。理解できぬ眼前の相手に対する恐怖。相手もまた身構えた。その言葉がイルカめいたエコー言語となってナンシーに返った。

 両者が互いをKickしかけた時、頭上を無骨な松明の火が照らした。それは松明を咥え水中を旋回する大鴉であった。ナンシーは不意に自らの名を思い出し、それと同時に相手の名を知った。姿は未だ人型の光としてしか認識できないが、頭の後ろにはThe Vertigoの文字が浮かんでいた。

 二者はイルカエコーで意思疎通を行った。ニューロンリンクの速度で。(((ヴァーティゴ=サン、ちょっと付き合ってくれない)))(((ワッザ!)))(((ニンジャスレイヤー=サンがあなたを必要としてる。彼は銀の鍵を持っている)))(((でも俺は大きなミーミーに跨ってるんだぞ)))

 ナンシーはハッカー時代の教えやネットワーク神話を思い出し、眼前の狂人が何を言っているのか理解しようとした。だが答えは思考するまでもなくニューロンの速度で訪れた。(((リアル世界に出てこれないのね?)))(((ああ、何しろふにゃふにゃした悪竜のミーミーはかなり大きいんだ)))

 ザ・ヴァーティゴはコトダマ空間の住人であり、現実世界に肉体を持たないため、彼をキョート城へと呼ぶことができないのだ。(((策を練りましょう。大きな門が開こうとしている……でもそれが開いてからでは間に合わない)))(((ニンジャスレイヤー=サンとはすれ違ったきりなんだ)))

 (((すれ違った……ポータルの中を流される時に)))ナンシーは、ブリーフィングでニンジャスレイヤーが語った物語を思い出した。(((IPさえ見せてくれたら、大まかな方向は解るんだが)))ザ・ヴァーティゴも思案していた。(((あの時のポータルを開くわ、もう一度)))とナンシー。

 我ながら突拍子も無い話だ、と彼女は思った。そして物理空間座標を知る手助けになればと、危険を承知で自らのIPを明かした。(((落胆させたくないから最初に言うけど、俺に肉体は無いんだ。でも、俺の一部がそこに行きたがってる。だから試しにやってみよう。どうなるかやってみよう)))

 ナンシーは論理肉体が軋み、自我が崩壊しかけるのを感じた。そろそろ潮時だ。(((私の後を追ってきて。すぐにポータルを開いてもらうから)))(((アイ、アイ)))そしてナンシーは光速で浮上した。大鴉も少し遅れて上に昇ってきた。ナンシーほどの速さはなかったが。

 ナンシーはWhoIsで大鴉の正体を知った。それはディテクティヴであった。ガンドーは彼女を支援すべくLAN直結した時、開きかける九つの門を視て気絶し、突如IRCコトダマ空間を認識したのだ。ナンシーが初ダイブに成功した時と同じく、彼は未だぎこちなく、発言ができないようだった。

 (((大丈夫よ、戻ってこれるわ)))ナンシーはNooBを勇気付けるように、イルカエコーを飛ばした。本来ならば彼を手助けしたいところだが、彼女は余りにも長く息継ぎ無しで潜りすぎたのだ。相手は、実際チャットが届く限界の距離にいた。(((大丈夫よ、守護精霊がついている……)))

 大鴉は上を目指し懸命に羽ばたいた。ナンシーは知覚範囲から消え、ザ・ヴァーティゴも彼を追い越していった。彼は暗闇の中に独り。(((オイオイオイ、ヤバいんじゃないのか)))そう呟いた瞬間、ディテクティヴは悪夢から醒めるように目を開いた。彼はガンドー探偵事務所のベッドに寝ていた。

「……ッ!ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」ナンシー・リーの物理肉体は、現実世界のUNIXバンの中で目覚めた。キンギョ屋とディプロマットの神妙な顔が視界いっぱいに広がり、次いで彼らは驚嘆の表情を作った。……無理もない。ナンシーの脳波と心拍は、実際何度も平坦化していたからだ。

「……1010101111」ナムサン!ナンシーは突如ダイヤルアップめいた言葉を発し、マグロめいて口をパクパクとさせた。まるで何百年もエコー会話を続け、言葉を忘れてしまったかのように。だがすぐに彼女は意識のチャネルを切り替え、告げた。「ポータルを……広い場所で……お願い!」

 

◆◆◆

 

 過剰なまでのクナイダート・ベルトを全身に巻いた刺々しいシルエットは、暗く病的な攻撃性と孤立を連想させる。黒灰色の装束を纏った若いニンジャが、キョート城内を駆け上っていた。先刻まで、彼はシャドーギルドの一員であり侵入者を狩る立場にあったが、叛逆罪を宣告され今では追われる側だ。

「ダッテメッコラー!」階段の踊り場に陣取ったクローンヤクザたちが、一斉にチャカ・ガンを構えて彼を迎え撃つ。「イヤーッ!」シャドウウィーヴは壁を蹴って三角飛びで銃弾を回避しながら、ダートを連続で投げ放つ。狙いは喉元。「グワーッ!」ワザマエ!三体のヤクザがソクシし道を空ける。

 彼は後ろ向きに倒れたヤクザの胸の上に着地すると、前転しながら素早く繊細な動きでダートを引き抜き、ベルトに刺し直しながら駆ける。一撃必殺のシャドウピン・ジツを持つ彼にとっては、クナイダートの残弾数こそが生命線だからだ。それでもニンジャの追っ手を撒くために既に三割を失っている。

 立ち止まって苦悩する暇は無い。階下からは追っ手の気配が迫る。過酷な木人拳トレーニングでカラテを高めたとはいえ、多数のニンジャを始末するほどの力は彼には無い……足留めが精一杯だ。囲んで棒で叩かれ爆発四散する不名誉な死をありありと想像しながら、シャドウウィーヴは駆け続けた。

 (((状況は何も変わっていない!あの夜のままだ!)))シャドウウィーヴは片手で頭髪を乱暴に鷲づかみしながら、迷宮じみた廊下を駆け抜ける。(((いや、それよりも遥かに悪い!マスター!マスター!失われてしまった!美しきものや、崇高なものや、優しきものは、全て!未来は暗黒!)))

 ショウジ戸を突き破ってカワラ屋根を走る。遥か下の中庭ではデスドレインとパーガトリーが松の木を飛び渡り、暗黒物質とカラテミサイルをぶつけ合っている。何が起こっているのかは、もうどうでもよかった。ネクサスからの通信も拒絶している。結局のところ、派閥争いの延長に過ぎないのだから。

 シャドウウィーヴは天守閣を睨む。そして滅び行く下界を。最後に、右斜め前方のステンドグラスを突き破り、ワインレッド色の絨毯が敷かれた広大な晩餐の間に着地した。縦長の大テーブルを挟んだ反対側には、天守閣を目指していた赤黒いニンジャ装束の男が、今しがた扉を蹴破ったところだった。

 直前まで、彼の選択肢はふたつあった。ひとつはキョート城からの逃亡。だがこの男……すなわち師父の仇と遭遇を果たしたことで、そちらの選択肢は却下された。この男が現れさえしなければ。いま自分の側にはマスターが居たのだ。「……ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、シャドウウィーヴです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです。聞き覚えのある名だ」満身創痍の死神は敵と向かい合い、ジュー・ジツを構えた。「かけがえの無い人を、貴様に殺された。大切なことを教わる前に」シャドウウィーヴはクナイを抜いて言った。「ならばアノヨで師と再会するがいい」ニンジャスレイヤーは言った。

「イヤーッ!」シャドウウィーヴは怒りに衝き動かされるままクナイダートを放った!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは連続側転からの開脚ジャンプで回避し、逆に五連発のスリケンを投げ放つ!「イヤーッ!」シャドウウィーヴは側転回避しながら、敵の落下地点……その影を狙ってクナイを投擲!

 だが「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは着地寸前に回転しながら素早く腕を伸ばし、ブレーサーでダートを受け流す!鋭角の刃物は斜め後方の壁に向かって飛んで行き、そこに掛けられた油絵……ニンジャが天井裏から竹筒で毒液を落とそうとする、「最後の晩餐」の真実を描いた絵画に突き刺さった。

 ニンジャスレイヤーは敵のジツを見抜いている。厄介なジツだ。あの時まとめてスレイし損ねた禍根が、ここへきて響くとは。「イヤーッ!」着地から0コンマ3秒、ニンジャスレイヤーは電撃的なトビゲリを真正面から繰り出す!「グワーッ!?」弾き飛ばされ、壁に叩きつけられるシャドウウィーヴ!

 一撃で敵の心臓を破壊すべく、ニンジャスレイヤーは駆け込み、ポン・パンチを叩き込む!「イヤーッ!」……だがその腕を、思いがけぬ伏兵が掴んだ。ウカツ!いつの間にか、シャドウウィーヴの影の中から人型が編み上げられ、墨絵の如き漆黒のブラックドラゴンが現れたのだ!「オヌシは死んだ筈」

『イヤーッ!』ジツで編まれたブラックドラゴンはリバースイポン背負いを繰り出す。ナムアミダブツ!これは江戸時代に禁止されたジュー・ジツの禁じ手であり、腕を折りながら敵を投げる残虐殺法だ!「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは投げられる直前に自らタンブリングし、辛うじてこれを回避!

「イヤーッ!」『イヤーッ!』「イヤーッ!」『イヤーッ!』両者は大テーブルを乗り越えながら、激しい近接カラテの応酬を続ける。その間にシャドウウィーヴは、トビゲリのダメージから体勢を立て直し、影を狙ってクナイを投げ放つ!「死者に敬意を払え、ニンジャスレイヤー=サン!イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは間一髪のブリッジで影の形を変え、シャドウピン・ジツを回避!だが致命的な隙が生まれ、ブラックドラゴンの痛烈なカラテキックが連続でニンジャスレイヤーを襲った!『イヤーッ!』「グワーッ!」『イヤーッ!』「グワーッ!」『イヤーッ!』「グワーッ!」

 後ろによろめくニンジャスレイヤー。『イイイヤアアアーッ!』ブラックドラゴンの手に影のヤリが出現し、勢いを乗せた一撃を生み出すために巧みな回転を始める。距離を取ったシャドウウィーヴも、両手に十本のクナイを構え、抜かりなく援護の姿勢を見せた。ナムサン!恐るべきコンビネーション!

 そしてついに、ニンジャスレイヤーの心臓目掛けてヤリが突き出される!同時に、シャドウウィーヴもクナイ・ダートを投げ放つ!「イヤーッ!」ナムアミダブツ!だがニンジャスレイヤーは僅かに身体をスライドさせ、ヤリを脇に抱え込む形で咄嗟にホールドすると、渾身の力を込めた!「イヤーッ!」

 ニンジャテコの原理で持ち上げられたブラックドラゴンの身体は、そのままニンジャスレイヤーの周囲を半周し、シャドウウィーヴの放ったクナイがその背中に突き刺さった。『グワーッ!』「マスター!」実戦慣れしていないシャドウウィーヴの想像力を、ニンジャスレイヤーのカラテが上回ったのだ!

 ニンジャスレイヤーはそのまま影の竜を放り捨て、静かな怒りに満ちた、葬列の如く厳粛な足取りでレイジへと迫る。「忍」「殺」メンポからは、ジゴクめいた蒸気が噴出していた。シャドウウィーヴはバック転回避し、仕切り直しをはかるが……動けない!「モータルに敬意を払え」死神が低く言った。

「ああ、ああ!」シャドウウィーヴはジゴクの化身のごときニンジャを前に、彫像のように固まり、涙を流し嗚咽した。計り知れぬ恐怖に打たれたか?……否!自らの暗い影から生み出されたブラックドラゴン……その背に深々と突き刺さった何本ものクナイが、彼自身をシャドウピンしていたのである!

 シャドウウィーヴは己のジツに嵌まったことを悟り、意識を集中させて師の幻影を消し去る。だが時既に遅し。目の前へと歩み寄ったニンジャスレイヤーの右フック!「イヤーッ!」「グワーッ!」左!「イヤーッ!」「グワーッ!」右!「イヤーッ!」「グワーッ!」左!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 カナシバリからは既に脱していたが、シャドウウィーヴは棒立ちのまま動くことすらできなかった。視界が光に包まれ、ニューロンだけが速度をブーストさせた。あの夜のように。何故自分は涙を流しているのか。無念の涙か。恐怖か。それとも、忌むべき宿敵のうちに何か崇高なハイクを感じ取ったか。

 それはモータルの儚き美しさか。未だ心の奥底で捨てきれぬ人間性か。光の奥にヨモギが現れ手を伸ばす。だがレイジは小さく謝り、その手を振り払った。それを受け入れれば、彼は発狂し爆発四散しただろう。だが敵に抗う術もない。彼にとって、美しく崇高なるものに唾吐くことは不可能だからだ。

 彼にとってハイクとは、そこにある崇高なものを如何に詠むかなのだ。食卓の上に自ら花やフルーツを置けば美しかろう。だがそれではハイクではない。だがそれでも行動を起こすにはどうすれば。(((ああ、結局のところ、俺は俺を一番愛しているのか!?それでも俺は、まだ生きたいのか!?)))

 (((俺自身が詠われるべき存在となればいいのか!師父の如く!)))そしてシャドウウィーヴは、ニンジャソウル憑依時に無意識のうちに詠んだ暗黒ハイクを再び唱えた。生まれて初めて自らを讃えたハイクを。だが……ALAS!それは自らのソウルを牢獄に閉じ込めることとなってしまったのだ!

 (((骸怨ノ/死セル陽ノ下/影ヲ編ム)))その刹那!シャドウウィーヴ自身の影が二個に、四個に、八個に、そして十二個に分裂し、おぼろげな影の外骨格のごとく彼を包み始めた。「ヌゥーッ!?」ニンジャスレイヤーは異変を察知し、三連続バック転ののち四連続側転で距離を取りスリケン投擲!

 ニンジャスレイヤーよりも師よりも大きな背丈へ成長したその竜人めいた影は、棘だらけの尾でスリケンを薙ぎ払った。質量は備えていたが、その黒い輪郭は、不完全燃焼する黒煙めいて揺らいでいた。それは彼の煉獄であり、鎧であった。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、シャドウドラゴンです」

 それは顎まで裂けた口からぶすぶすと影の煙を吐き出す。マッシヴな上半身に比して、上腕と脛は細く、腰は病的なまでにくびれ、華奢。それを支える逞しい両腿が、ハカマ・スカートめいて広がる。手足の先には鋭利な鉤爪。それは師弟の外見と内面を混ぜ合わせたような、グロテスクな容姿であった。

「ニンジャソウルの闇に呑まれたか」ニンジャスレイヤーはスクエア・チャブの上でジュー・ジツを構え直した。そして息を整え、駆け込む!「ARRRRRRRGH!」シャドウドラゴンは腰を捻って鞭めいた尾を振り、敵の足を狙う!「Wasshoi!」紙一重で前方跳躍するニンジャスレイヤー!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは高速回転しながら、相手の脳天目掛けて殺人カラテチョップを振り下ろす。ナムサン!だがシャドウドラゴンは人間離れした爬虫類じみた動きで上半身をくねらせ、紙一重でチョップをかわすと、敵の脇腹に喰らい付いたのだ!「ARRRRRGH!」「グワーッ!」

「GRRRRRGH!」シャドウドラゴンは長い両腕をだらりと垂らしたまま天頂を仰ぎ、首を振って獲物の肉を喰いちぎろうと試みた。クナイめいた牙が肉を裂く。「ヌウウウウーッ!」高々と掲げられたニンジャスレイヤーはカラテを振り絞り、万力の如く締め付けてくる顎を強引にこじ開けてゆく。

「GRRRGH!」だがシャドウドラゴンの顎はさらに強さを増し、ニンジャスレイヤーのカラテを押し返す!「グワーッ!」(((陽ヲ睨ミ/祭壇砕ク/竜ノ顎……!)))曖昧模糊とした影の奥で、レイジは昂揚し、無我夢中でハイクを詠んでいた。ヴァルハラの争いを仰ぐマツオ・バショーめいて。

 ナムアミダブツ!彼はこのまま、天守閣に辿り着くことなく食い殺されてしまうのか!?こうしている間にも、地上では無数のモータルの魂がセンコの如く燃やされているのに!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは片手を一瞬放し、不完全な体勢から敵の片眼をえぐるヤリめいたチョップを繰り出した!

「ARRRRRGH!」黒い片眼が質量を失って崩壊する!(((マスター!マスター!)))危険を察したシャドウドラゴンは上半身を大きくスイングさせながら獲物を吐き捨て、敵を壁に向かって放り投げる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは壁に叩きつけられる寸前で回転し三角飛びを決めた!

 シャドウドラゴンは異形のカラテを構え、影の片眼を再び編み上げ再生させる。傷は浅い。本体は無傷。いや、彼自身の精神がジツのフィードバックにより打撃を受けてはいた。シャドウドラゴンはマスターであり、レイジ自身でもあるからだ。彼はニンジャスレイヤーを睨み、顎の端から煙を漏らした。

「イイイヤアアーッ!」ニンジャスレイヤーは揺らぐことの無い殺意をたたえて、再び駆け込む!「イヤーッ!」「ARRRRRGH!」「イヤーッ!」「ARRRRGH!」「イヤーッ!」「ARRRRGH!」激しいカラテが交錯する!さらに加速!高まり続けるカラテ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのカラテフックが、シャドウドラゴンの鳩尾に叩き込まれる!だが分厚い影に阻まれダメージは届かない!「ARRRRGH!」鉤爪が横薙ぎに!ニンジャスレイヤーはこれをブリッジ回避し、なおもカラテフック!「イヤーッ!」「ARRRRGH!」やはり効かぬ!

 (((効かない!痛くも痒くも無い!俺は無敵の存在となった!太陽にすら弓を引いてやる!)))レイジは全能感に溢れ、影の筋肉の鎧をさらに硬く編み上げた。対するニンジャスレイヤーは暴風雨の如きカラテをかい潜りながら、最も華奢な敵の下腹部に対しフックを叩き込み続ける!「イヤーッ!」

 命中するも、レイジの肉体は無傷!……だが不意に、シャドウドラゴンの右半身がよろめいた。足元が覚束ぬ。反撃の鉤爪は虚しく空を切る。「イヤーッ!」重いカラテフックが再び鳩尾に叩き込まれる。「グワーッ!?」影の鎧を超えてカラテ衝撃が伝わり、シャドウドラゴンは仰け反りながら呻いた。

 ナムサン!果たしてニンジャスレイヤーは、いかなるジツを使ったのか!?否、カラテである。シャドウドラゴンの鎧は硬度を増したことによって柔軟性を欠き、カラテ衝撃波がイルカエコーめいて内臓に響いていたのだ!その真理を知らぬレイジはさらに鎧を硬く編み……「イヤーッ!」「グワーッ!」

 影の体が苦痛によろめき、僅かに内側へ収縮する。その隙を見逃すニンジャスレイヤーではない。敵の腕を掴み無慈悲なるリバース・イポン背負いを決める!「イヤーッ!」「グワーッ!」利き腕を容赦なく破壊!さらに床に叩きつけた敵に対しマウントからの右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 左!「イヤーッ!」「グワーッ!」右!「イヤーッ!」「グワーッ!」シャドウドラゴンの輪郭は再び蜃気楼の如く揺らぎ始めたが、それはむしろ最悪のタイミングであった。今度はニンジャスレイヤーの鉄拳が竜人の頭部を一発ごとに徐々に剥ぎ取り、黒墨めいた煙として雲散霧消させていったのだ。

「お前は死神か」半ば露出した顔でレイジは呟いた。口元には内臓ハレツの血の筋。既にカラテは尽き果てていた。辛うじて影が顔面粉砕を守る。「いかにも」ニンジャスレイヤーは未熟なる青年に殺人拳を叩き込み続けながら言った。「なら、なぜ一撃で終わらせない!夜のように慈悲深く!静かに!」

「死は無慈悲でブルタルだ。死者は還らぬ。オヌシの影はマヤカシに過ぎぬ……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはカラテを振り下ろす。重い右パウンドがハンマーめいて叩き込「グワーッ!」レイジの頭が浮かび白目を剥く!視界が一瞬真っ白になる。「さらばだシャドウウィーヴ=サン!イヤーッ!」

 止めの右フックを繰り出す!だがその時!『シテンノ!』「グワーッ!?」後方からの低空トビゲリが彼を蹴り飛ばす!何者?ワイヤーアクションめいて吹っ飛び壁に叩きつけられた彼は、直ちに背後を振り向いた!あなや!そこには虫の息のシャドウウィーヴを抱え逃走する、幻影のブラックドラゴン!

 敵はすでにショウジ戸を蹴破り、カワラ屋根へと逃げようとしている。天守閣へと向かうニンジャスレイヤーにとって、これ以上の深追いは不可能。だが生かせば必ずや「……禍根を残す……!イイイヤアアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは全身の筋力を引き絞り、ツヨイ・スリケンを投げ放った!

 SMACK!強烈なスリケンはニンジャ脚力をも凌駕する速度で飛び、ブラックドラゴンの心臓部を突き破る!影の操り人形はなおもカワラ屋根を駆けるが、それは爪先から徐々に雲散霧消していった。ついに師弟の姿は視界から消える。ニンジャスレイヤーは唸り声を残して踵を返し、上へと向かった。

 シャドウウィーヴは朦朧とした意識のまま、影の操り人形とともに、カワラ屋根を転がり落ちた。下階の屋根に叩きつけられ、さらに転がり、灯篭に引っ掛かって止まった。末端から消滅し胸像のごとき有様となった師と並んで、中庭を眺める。暗黒物質の間欠泉がそこかしこで高々と吹き上がっていた。

 あの狂った快楽殺人者の耳障りな笑い声や、パーガトリーのカラテシャウトが彼方で聞こえ、彼の鼓膜を引っ掻く。これが現実だと言わんばかりに。全身が軋み、もはや動けない。彼は涙を浮かべ、嗚咽しながら、無表情な師の眼を覗き込んだ。「何故最後に貴方を動かせたか、俺は知ってるんです……」

「死は、無慈悲で、ブルタルだと」レイジは歯を食いしばった。既に影の鎧は消え細身のパーカーとジーンズめいたぼろぼろの装束だけが残っていた。「反抗したんです……死は……認めたくない!死は!慈悲深く、優しく、撫でるように!ああ!そうでなかったら、彼女は微笑みながら死ななかった!」

「彼女はただの人間で、狂っていたけれど」シャドウウィーヴは泣き咽びながら、幻影の師匠を見た。自らの妄執が作り出した影を。その影はすでに生首ほどの大きさになり、人形めいた無表情を続けていた。師に何度も否定された人間性の脆弱さが最後に自分を救った。その意味する所は明らかだった。

 レイジは、自らの死がすぐそこに迫っていることを悟った。彼の閉じた空想の中で、蒼ざめた馬の蹄音が聞こえてきたからだ。「マスター、ありがとうございました、生まれて初めて尊敬した人だった。でも俺は結局、ニンジャにすらなれなかった。サヨナラ……!」すると影の生首は雲散霧消した。

「…………」力を失ったレイジは、平安時代製の苔むした見事な御影石の灯篭にもたれた。その冷たい石を、自らのオブツダンと定めたかのように。彼の後ろに伸びる影は、無自覚のまま細く細く編み上げられて影の紙を作り、何度もくしゃくしゃに丸まってから、食卓につく幸せな家族の影絵を作った。

「ああ、俺の人生は終わった!それほど悪くなかったな!できることなら、俺の自分勝手な想像の中で死なせてくれ!…死よ!死よ!お前がもし今、蒼ざめた馬に乗って現れるなら、僕はこの首を差し出そう!」背後の影が波うち大きく編まれ、死せる馬に跨り鎌を持つ、幻想的な死神の姿を取り始めた。

 流れ弾となったパーガトリーのカラテミサイルが、彼方から飛来する。レイジは覚悟を決め、物語に幕を下ろし、自分勝手な死を望んだ。彼の預かり知らぬまま、影で編まれた死神が、大鎌を振り上げる。彼の首を一思いに撥ね、醜い現実に蓋をするために。「サヨナラ!」レイジは血咳を吐き、叫んだ!

 だが……ALAS!あの夜、彼の胸に宿った同居人は、その自分勝手な死を認めようとはしなかったのだ!幻影の死神は無数の影の糸になってほつれ、代わりに彼の体を牢獄の如く包み始める!「……嫌だ!」聡くも何かを察知したレイジは、恐怖の表情を浮かべた「……嫌だ!この先には闇しかない!」

「セプクを!」レイジが末期の叫びの如く突き出した腕を、影が包み込む。レイジは自我が混濁してゆくのを感じた。ようやく純粋な、けがれ無き存在になれたはずが、救いが、遠ざかってゆく。彼に憑依したニンジャソウルは、この上なく無慈悲であった。次の瞬間、シャドウドラゴンが身をもたげた。


【後編へ続く】


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