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S3第8話【カレイドスコープ・オブ・ケオス】エピローグ

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「イヤーッ!」アナイアレイターは着地と同時に四方八方に渦巻く鉄線を撒き散らした。それは落下の衝撃を相殺するとともに、着地点を包囲するゲニントルーパー達の身体を貫き、無惨なる死を遂げさせた!「「アババーッ!?」」ナムアミダブツ! アナイアレイターはニューロンを研ぎ澄ませた。いける!

 ジツで補う左半身の末端まで、彼自身のコントロールが行き届いている。掌握できている……思えばそれは久方ぶりの感覚であった。発揮できる力はニンジャソウル暴走の危険と隣り合わせだったここ最近と比べれば、随分抑えられている。だが、自分の力だとようやく言える状態が戻ったのだ。「感謝するぜ」

「デアエ!」「デアエーッ!」ゲニントルーパーもさる者、第一波を生き延びた者達は相当数存在した。彼らは目を光らせて鉄線を飛び渡り、なお襲い来る!「デアイオレーッ!」チューニントルーパーはむしろ鉄線攻撃を飛び石踏み台に、空中で高速回転して斬りかかってきた!「イヤーッ!」

 GRRRR! チューニンに斜めから襲いかかるは透明の獣!「グワーッ!?」身を捩り、血しぶきをあげてもがくチューニン! アズールが銃をリロードし、向かってくるゲニンに撃ち込んだ! BLAM! BLAM!「グワーッ!」「アバーッ!」ドリフトする獣の背で手を差し伸べる。アナイアレイターが跳んだ!

「イヤーッ!」鉄線が、幾つもの拡声器がくくりつけられた街灯に巻き付き、アナイアレイターの身体を跳ね上げる。その勢いでアズールの手を掴んだ彼もまた獣の背に着地する!「どこへ!?」アズールは問う。「西だ! このクソッタレ街を出て、奴らと合流する。ジョージもそこだ」

 ワアン! ワアン! ワアン! 街灯スピーカーが警報音を鳴り響かせる中、ゲニン達が屋根にガトリング砲を据え付け、彼らを狙った。BRRRRTTTT! BRRRRTTTTT! 火線の中、走り抜ける! 警報音! ワアン! ワアン! ワアン……ザリザリ……そこに雑音が混じり、不明瞭な電子IRC音声が取って代わった。

『ザリザリ……おれはこのままホンノウジに向かう。何人でもニンジャを送って来い。そいつらを相手にしてやるかどうかはおれが決める。どちらにせよ、貴様がおれを畏れる証拠になるだけだ……ザリザリザリ』街角の古道具屋に並ぶTVモニタには赤黒の不穏なアスキーアートが乱れ飛んでいた。

 インターネット最終処分塔の轟音を訝しんで表に出てきた住人たちは、そうした映像や恐ろしい音声に釘付けとなり、広場やTVモニタ前に集まり出ていた。「イヤーッ!」「グワーッ!」アナイアレイターは鉄線を飛ばし、屋根上の三人をまとめて絡め取り、逆側の屋根に叩きつけた。敵は浮足立っている!

「イヤーッ!」「グワーッ!」追いくる者らを返り討ちにし、やがて二人は透明の獣から転がり落ちて、路地裏を抜け、何食わぬ顔で雑踏に紛れた。『おれはザンマ・ニンジャを殺した。さっき相手にしたのはリディーマーだ!』ざわめく市民! そしてゲニン!「待て、今の放送は……?」「何だと?」

 アナイアレイターとアズールは歩きながら耳をそばだてた。「しかし……」「デスベレーの強制警察の皆さんにも通信が繋がらんのだ」「シッ。声が大きいぞ。クズどもに聞かれれば面倒だ……」「市民め。勝手に集まりおって」KA-DOOOOM! 放送に呼応するように、処分塔頂上付近で爆発! 先端部崩落!

「おいアンタ! ザンマ・ニンジャは天上天下大英雄なんだろ? 今のどういう事だ!」泥酔した市民がゲニンに詰め寄った。「シテンノは文明国の奴らを皆殺しにしてカネや奴隷を集めてくるんじゃなかったのかよ!」「いま、リディーマー=サンって言ってなかったか?」「黙れ! 確認中である!」混乱!

「やりやがったな」アナイアレイターは呟き、アズールとともに路地裏に向かう。『シテンノだと? どうでもいい話だ。おれは、やる』拡声器から聞こえる電子音から、アナイアレイターは短く会話しただけの発言主をありありと想像できた。「今度のニンジャスレイヤーもだいぶ厄介な野郎みてえだぜ」


◆◆◆


 トム・ダイスが両手を差し出すと、淡々と手錠がかけられた。UCA兵達は構えた銃を下ろさなかった。一方のサクタ・イイダは健康状態を懸念され、強制的にストレッチャーに乗せられていた。彼らの背後では、並べられたモニタ上でポリゴン・アイドルが麻雀牌と共に乱れ踊り狂っていた。

「何かが……何かが起きておる」同様にストレッチャーに乗せられたバトラー長官のサイバーサングラスに、弱々しく「今すぐニュークしなければ?」というミンチョ文字が流れている。「一体何が起きたのだ……」「悪い夢ですな」事態収集にかけつけたエヴァンズ中尉が呟く。長官は再び気絶した。

「これで、やったというわけか。貴様ら」エヴァンズ中尉は腰の後ろで手を組み、言った。「ええ、バッチリです」ストレッチャーのサクタが答えた。「すごいものを見ました。連なるトリイ、黄金立方体、五重塔……」「そのようだな。詳しい話は法廷でしてもらう事になろう」「科学を……証明しますよ」

 長官とサクタが運ばれてゆく。そしてトムは肩を突かれ、歩かされる。エヴァンズ中尉とトムの視線が交錯した。「……」「……」アイサツも、目配せもない。「連れて行け」中尉は命じた。


◆◆◆


 堰を切って溢れ出したトラフィックは、どうやら一過性のもので終わらなかった。通信を支えているのは……「リコナーって奴らがいてよ」タキがナンシーに語る。「ネザーキョウで放置されてるインフラをディグして回ってる奴らだと。とっとと国外へ逃げだしゃいいのによ」

「色々事情があったんでしょうね」ナンシーは言った。「意地か。使命感か。興味か……」「まあ、イカレ野郎どもは勝手にすりゃいい、あとは野となれ山となれだ。オレらがナガシノでやる事は終わった。ニンジャスレイヤー=サンは無茶苦茶やりやがったし。全部オレが尻拭いして面倒見てやってンだ」

「よかったじゃない、きっと、やり甲斐がある仕事よ」ナンシーは笑った。「遭遇した顛末も聞きたいところね」「いくらでも話してやら。あのバカ野郎は、ニンジャに監禁されてたオレを脅迫して……ア?」タキとナンシーの目の前に、一つのアカウントが電子的に出現した。「ファストストリーム」。

「……お前か」電子的に警戒するタキに、存在はojigiコマンドを送った。ファストストリーム。最初のリコナーとしての名はA-1。「00101……」アカウントがザラついた。「すまない、ヨロシサンの監視の隙をぬってコンタクトしている」「ああ、まだ奴らと一緒にいるのか、大変だな」

「保護と軟禁は紙一重だ。それが彼らの取引きだからな」ファストストリームの図像が乱れる。「ともあれ、目下の生命の安全は確保できた。そして……ニンジャスレイヤー=サンの挑戦を見届けた」「ああそうだ。完全にお尋ね者ッてわけよ」「我々リコナーが、解放されたトラフィックを必ず維持しよう」

「そうだぜ、感謝しろよ。オレがネザーキョウにネットワークを復活させた……いわば神……」「YCNAN。伝説のハッカー」ファストストリームはナンシーに深くオジギした。「この機会を、我々も無駄にはしない」「巡り合わせよ」と、ナンシー。「UCA領域からの強力な電子攻撃も、今回の大きな要素」

「ン? UCA?」タキはナンシーを振り返った。ナンシーは頷いた。「あの時流されてった奴か? だからこんな大事に?」「そうね。背中を押してあげたというわけ」「成る程……アー、ファストストリーム=サン、わかったか? この凄さが。オレらは抜け目なく立ち回る」彼らの眼下、トラフィックが輝く。

「ヤレヤレだな、市民もゲニンも、どいつもこいつもヘンタイ・ポリゴンにお熱と来たか」「フフッ。刺激が強い」ファストストリームが笑った。「だが、そればかりでもないのだ。彼らはようやく、領域外の者達と通信のやり取りが行えるようになったのだよ」行き交う光。「離れ離れの家族、友人達」

 明るく照らし出されるネザーキョウに、タキは感慨めいたものを覚えた。ハッキングを行う際、垣間見える世界のデータの流れ……その中でこれまでカナダ地域は、真空地帯じみた、ぽっかりと口を開けた闇だったのだ。「漸く生じたこの光を、止めさせはしない。我々リコナーの戦いの正念場だ」


◆◆◆


『アイサツはこれで終わりだ。……逃げるなよ』携帯IRC端末に飛び込んできた恐るべき宣戦布告を固唾を呑んで見守っていたグラニテは、無言で顔を上げ、共に見ていたモモジのコメントを仰いだ。「ニンジャスレイヤー、生きておったか?」モモジは尻を掻いた。「ヤマザキでは覚束ぬ有様だったがのォ」

「え? オジサン、知ってるの?」「知っておるもなにも、アレは畢竟、大災厄よ。しかしながら、ヤマザキで見た彼奴はな、サンシタ相手に七転八倒、四苦八苦といった様子じゃったわ。しかも奴は身の程知らずにもネザーキョウの現地軍を大いに挑発しておったゆえ、ま、長くはないと思うとったが」

「現地軍どころじゃないじゃん。タイクーンにケンカ売ってるじゃん」「うむ。そうよのう」モモジは頷いた。「ザンマ・ニンジャを討ち取ったとなれば聞き捨てならず。三日会わざれば刮目して見よ、とはこの事じゃ。しかし、こうまでされてはアケチも放置はできまいな。荒れるぞ、これは」

「荒れ……ええ? こっちもヤバい?」「シッ」モモジは制し、眉根を寄せ、鼻を鳴らして空気を吸った。「これは……ククン、クンクン……スーン」「何?」「エテルのにおいが変わった! 面妖!」「エテル?」「今の若い者はエテルを知らんのか?」「知らないよ!」

「ネザーの空気が減衰してゆくぞ!」モモジは空を仰いだ。グラニテは訝しんだ。「空? 変わらないじゃん」「バカ! 色彩の波長が僅かに変じておる。修行をせよ!」「オジサンだけだよ、わかるの」「否、この変化はいずれオヌシ如きサンシタにも分かる程度まで進む。この地のイクサが変わるやもしれん!」「え、待って? ラッキーって事?」

「ラッキー?」今度はモモジが訝しむ番だった。グラニテは力強く頷く。「だって、そしたらオニとか化け物が退くかもでしょ? このまま前線が下がってくれないと、いつまでたっても、お宝をゲットしにいけないもん」「ま、そうじゃな」「約束だもん。まず、私の手伝いをして、それが終わってからだよ」


◆◆◆


 タキは己の鼓動の音を聞いた。幾重にもブレる視界が徐々に正常化してゆくと、そこは彼の物理肉体の在り処……ウシゴームの地下UNIXアジトのレリック機器の狭間だった。

『ヌンヌンヌンヌン……』LAN直結を解除したモーターツクモがケーブルを収納し、光をランダムに発しながら、脱力してシートにもたれかかるタキの周りを飛んだ。タキの手元に投射される青いスポットライトの中に、ナンシー・リーの姿が浮かんだ。

『おつかれさま』「アンタもな」タキは息を吐いた。「つくづく、ブルッたぜ」タキは己の掌を見つめた。「オレのタイピングとは思えねえ」『貴方の力よ。私は背中を押した』「まあ、ありがたく受け取っとくがよ。オレもそこまで調子に乗れはしねえよ、アンタ相手には」『フフ……』

「それで? この後、どうすンだ」『まずは……そうね』ナンシーの姿がザラついた。『少し休憩させてもらうわ。すぐにまた……このツクモを通して貴方にコンタクトを……』モーターツクモがUNIXライトを点滅させ、ナンシーの姿が消えた。そしてリラグゼーション音楽が流れた。『今回のデータストリームの旅はいかがでしたか? タキ=サン。私もご一緒したかったです。私の事も、今後ともよろしくお願いします』

 タキは顔をしかめた。そして我に返った。ムギコはどこだ? 応えるように、モーターツクモは出口方向に走査ライトを伸ばした。『ムギコ=サンは現在、お仲間に加勢し、防衛戦の最中……』「オイオイ!」

 タキはUNIXアジトを飛び出し、地上へ急いだ。恐る恐る階段から市街を覗く……「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アババーッ!」タフガイのカラテシャウトとゲニンの悲鳴! そしてムギコのデッカーガン銃撃音! BLAMBLAM!「アバーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」最後とおぼしきゲニンを吹き飛ばし、タフガイはザンシン姿勢をとった。「何だオイ……もう平気か? 終わったか?」タキは身を乗り出し、彼らに尋ねた。「タキ=サン?」ムギコがデッカーガンをリロードしながらやってきた。「終わったの?」「そりゃお前……こっちのセリフっつうか、オレを置いていきやがって」

「見ての通り、戦闘に加勢」ムギコは言った。タキは頭を掻いた。「ああ、まあ、終わったさ」「例のハッカーは……?」「ああ」タキは横を見た。モーターツクモがふわふわと浮かんでいる。「……コイツ経由で、また来るんだと」

 ムギコは何か言おうとした。「見ろ、オイ!」タフガイの声を振り返った。タフガイが指差す先の空で、巨大な龍にまたがる影が身を翻し、飛び去ってゆくのが、たしかに見えた。


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