【キョート・ヘル・オン・アース:急:ラスト・スキャッタリング・サーフィス】 後編
◇総合目次 ◇エピソード一覧 ◇前編へ
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。
親愛なる読者の皆さんへ:ロード・オブ・ザイバツの正体に関する注意:ニンジャスレイヤーシリーズにはほとんどネタバレ注意が存在しませんが、唯一、ロード・オブ・ザイバツに関しては、その正体を奥ゆかしく秘していただけるようお願いします。
【キョート・ヘル・オン・アース:急:ラスト・スキャッタリング・サーフィス】 後編
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海水にまみれたガンドーは、自らの探偵事務所の中で自覚的に目覚めた。
懐かしいレトロ調の家具の手触り。まだシキベがいた頃の事務所。チューニングがズレているのか、錆び付いたノイズ混じりのオスモウ・レディオ音声が聞こえていた。
「オイオイオイ、俺のベッドが……」クスリ切れか、あるいはアルコールから来るいつもの頑固な偏頭痛を噛み潰して、ガンドーは立ち上がる。シャツハンガーが空っぽだ。
推理机の横を通り、助手のUNIXルームに出る。実際は仕切りのない広い事務所だが、そう呼ばれていた。「……何だ、シキベ=サン、いねえのか」ガンドーはメインUNIXの前、いつもシキベが座っていた場所に、マグカップのようにちょこんと置かれたサボテンを見ながら拍子抜けしたように言った。
UNIX画面のログを覗き込むと、深刻なエラーからの強制切断が起こっていた。彼自身はそのような概念を知らないが、ここはガンドーがニューロン内に構築したローカルコトダマ空間であり、彼が初めてダイヴし視覚化した危険なグローバルコトダマ空間からの一時避難所であった。
ナンシー=サンは巧くやった。彼はそう直感して愉快そうに笑った。さて、俺の仕事はここまでだ。ぐしょ濡れの服を着替えたら、ズバリテキーラでも飲んで、オスモウ・サルサでもつまんで、寝っころがって、ガンドー探偵事務所は営業終了だ。
不意に、探偵事務所のドアがノックされる。ガンドーは眉根を潜めた。厄介事の臭いがする。探偵の勘というやつだ。「押し売りか、借金取りか、狂言強盗か……どちらにしろ、お呼びじゃねえぞ……」ガンドーは49マグナムの重みを頼りにしながら、ドアへと向かう。リズムが聞こえる。
暗号だ。それを知っている人間は少ない。ままよ。ガンドーは鍵を開いた。バチバチバチと、外の探偵事務所カンバンを照らすかさ付きタングステン電灯が明滅し、レトロ調ストライプ探偵スーツの男を照らし出す。背丈はガンドーよりも少し低く、痩せぎすの伊達男。ハットで目元は見えない。
彼は短い顎髭をかきながら、ノックの続きで鼻歌を歌っている。「なんであんたが帰って来るんだ、クルゼ所長」ガンドーは唖然としていた。しかも彼は若い。ガンドーと出会った頃の……二度とは来ない黄金時代のポートレイト。
ガンドーはしどろもどろになる。「ウェイッ!ウェイウェイウェイ!俺はもうあんたの助けなんて……!」「修行のやり直しだ、バカタレめ。……イヤーッ!」クルゼ・ケンは有無を言わさずガンドーの巨体をトモエ投げした!ワザマエ!
「ブッダ!?」ガンドーは探偵事務所から放り出され、01ノイズの浮かぶ白い光の中を抜けてから、残留ZBRの残り香めいた虹色の空の世界をスカイダイビング姿勢で下降した!ナムアミダブツ!「ウワーッ!ウワーッ!ウワーッ!」キャニオンが眼下に迫る!風圧に顔が歪む!
「ウワーッ!ウワーッ!ウワーッ!」ガンドーは叫び……着地する。ここはセキバハラ荒野だ。大西部めいた灼熱の太陽が照りつけ、バイオハゲタカが旋回する。「オイオイオイオイ、どうなってんだ!オイオイオイオイ!」
黄色いキャニオンの間……地上数十メートルの場所に長大な丸太が渡され、その上にクルゼとガンドーは横並びに立っていた。遥か下の砂漠では、ピンク色の象が落下者を求めてのし歩いている。鮮烈な記憶と脳内UNIXとケミカルな幻覚が入り交じった、悪夢のようなローカルコトダマ空間だった。
「銃を抜け」クルゼ・ケンは有無を言わさず言い放った。そして両手に中口径マグナムを構え、虚空に向かって腰だめ姿勢で左右のパチスを交互に繰り出し、ピストルカラテの基本ムーブを繰り返した。ガンドーも慌ててそれに従った。かつてのように、黙々と、脇目も振らず、一心不乱に。
「「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!……」」 ……
◆◆◆
「ポータルを……広い場所で……お願い!」ナンシーは顔面蒼白で、まるで冬の海から救い出されたタラバーカニ漁船員のように震えていた。だが言葉の響きは決断的であった。ディプロマットとキンギョ屋は目を見交わした。「アンバサダーと繋ぐのか?」とディプロマット。「しかし……」
「違う」ナンシーは即座に否定した。「出口は要らない。通路から引きずり出すの!」「通路から?」ディプロマットは眉根を寄せた。ナンシーは頷いた。「説明している時間は無い……そのまま聞いて、実行して。ポータルはコトダマ空間を経由して現世の二地点を結ぶ。今回はコトダマ空間に扉を……」
「何じゃア?」キンギョ屋がドアの外を見て驚愕の声をあげた。彼はライトを照らした。水?地面を大量のタール状液体が滑ってゆく!顔を上げると、洞窟の天井部のあちこちから黒い液体がボタボタと染み出してきているのだ。地下水か?「何かマズイぞ!マズイ事になっとる!なりかかっとる!」
「……!」ナンシーは車内のアサルトライフルを取り、サブマシンガンをキンギョ屋に投げた。「……貴方は?」「スリケンだな」ディプロマットは真面目くさって答えた。ナンシーの指示を聞き返しはしない。「フラグもあるぞ」キンギョ屋は手早く手榴弾をジャケットのフックに吊るし始めた。
「地上へ」ナンシーは気力をふるい、バンから飛び降りた。「ここでやる事はやった。あとはポータルを!」「とにかく生き埋めはゴメンじゃぞ」とキンギョ屋。三人は黒い水を跳ね散らし、庭園につながるエレベーターへ走る。ザブザブと音をたて、黒い水は後方へ流れてゆく。
ギュグン!エレベーターが動き出した。頭上に円い穴が開き、竪穴の壁を不気味な黒い流れが伝い、滑り落ちてくる。「……」三人は互いの目を見交わす。やがてエレベーターは庭園地表に辿り着いた。彼らは呆気に取られた。
ナムサン……噴水に偽装したこの秘密エレベーターを、クローンヤクザが既に包囲しているのだ。「これはこれは。ネズミのほうから出て参ったか」指揮官らしき馬上のニンジャが尊大にアイサツした。「ドーモ。チマチマと偽装しおって。貴様はディプロマット=サンだな?」
「ドーモ。ナイトメア=サン。……ディプロマットです」東の塀の向こうでは、白夜めいて明るく照らし出された空、本丸の周囲を花火めいて飛び回る光と、地から噴き上がっては砕けて散る黒い濁流。あちらこちら天に向かってそそり立つ黒い柱。イクサだ。地面を流れるいく筋もの黒い水はそこからか。
ハリーハリーハリー!ハリーハリーハリー!
位相がズレちまうぞ!知らねえぞ!
オカメオメーンを装着したクローンヤクザ達が一斉に銃を構えた。さらにヤクザの後ろにはスモトリが控え、それらは鎖付き鉄球やバズーカ砲を抜け目なく構えている。「……」ディプロマットはナンシーに目配せした。ナンシーは頷き、ホールドアップした。キンギョ屋も従った。
「殊勝ではないか。その態度正解」ナイトメアは黒鋼カブトメンポの奥で残忍な目を光らせた。「貴様らテロリストに勝ち無し。東のあれも貴様らの仲間か?城を穢し不快」「いや」ディプロマットは両手を上げ、進み出た。「……実際知らない」「どのみちパーガトリー=サンのカラテが早晩制圧圧倒的」
ちょっと!モー!なんだよそいつ!早くしろ!俺だってなあ……俺だってなんかエントリーをなあ……
BOOM!BOOM!東の空で花火めいた光が爆発する。パーガトリーのカラテミサイルだ。彼の血中カラテ容量、血中カラテ再生産能力は他を圧する。ナイトメアは柄の長い三日月斧をディプロマットに突きつけた。「非ニンジャと交わり臭い。もともと胡散臭い兄弟。グランドマスターが絶対に断罪」
「イヤーッ!」ディプロマットは斜め上の空にホールドアップした両手を翳した!「Taste this!」ナンシーが馬上のナイトメアを銃撃し、キンギョ屋が手榴弾を闇雲に投げ、身を伏せる!「ヌウーッ!」ナイトメアは馬首を巡らせて回避、銃撃指示を下す!
みえた!
ポータルが……開く!
ウィーピピー!
KA-BOOOOM!手榴弾が立て続けに爆発!その爆風の中から、ポータルを通過した超自然の何かが飛び出した!「「グワーッ!」」超自然の突風を受けたクローンヤクザ達は後ろへ押し倒され、ナンシー達を銃撃できない!「ア、アイエエエエ!」キンギョ屋は耳をふさぎ、目を閉じ、絶叫した!
「一体これは何事?」馬上のナイトメアは裂け目から這い出し頭上の空を旋回する巨大な影を見上げた。リュウグウノツカイ?蛇?ワカラナイ!「これは!」ディプロマットは巨大な半径のポータルを維持すべく全身に力を込め、歯を食い縛った。ナンシーはその傍で会心の笑みを浮かべた。「銀の鍵の門」
ザワザワと泡立ち分解し再生を繰り返す冒涜的な龍めいた怪物の背に立つニンジャ有り!ピンク色の装束と銀の装甲はテレビノイズめいた不安定なさざ波に乱れ、フルメンポの覗き穴の奥は得体のしれぬ深淵だ。超自然の声を放ってアイサツする!「やあやあ我こそは!三千世界にその名を轟かせし……」
「……」その傍ら、邪悪な怪物の背にしがみつく別の存在が何か呟いた。顔はよく見えない。
あン? いいんだよウエスギ=サン!ここが晴れ舞台だろ!
ザ・ヴァーティゴは振り返って何か答え、それからアイサツを続けた。「我は世界を渡る者!誇り高き戦士!万軍の敵!近くに在りては目にも見よ!遠くに在りては音に聴け!我が名はザ・ヴァーティゴだ!」
というわけで、ここで再び俺は本編の物理世界に堂々出現だ。このアーカイブ版で初めて読んでる君たちも、そろそろ俺の事を認知してくれてると思うんだよね。チャンピオンREDで連載されているコミカライズ版の「ニンジャスレイヤー・キョート・ヘル・オン・アース」のコミックス巻末にも告知漫画で俺が描いてある。コミカライズ版の第2部連載、知った人が今、いるかも知れない。この前最新の5巻が出たところだ(2020.4月現在)。皆の応援のおかげで連載は順調だ! これからも頑張っていくから、俺がコミックスにおいてもこうやって登場できるように、絶対にコミックスを買ってほしい。第1部が完結してからチャンピオンREDで連載が始まるまでに半年ぐらい間が空いたから、意外と第2部の連載を知らない人もいるんだよね。だから、君の身の回りの人にも、伝えまくってくれ。それで……ああ、ウエスギ=サンっていうのは、なんかそのへんにいるキツネの名前だ。あんまり気にしないでいいよ。それで、どこまで話したっけ? 俺は結構ヤンチャしていてな、このあたりで俺ザ・ヴァーティゴの名前がTwitterトレンドに入ったわけだ。Twitterのアルゴリズムは刻々と変化してよくわからんが、今でも、ギャラクシー胎内マントラ美男子とかスケベドミネイターみたいなプログラム名や、ガーランド=サンとかコルヴェット=サンとか、ニンジャの名前がトレンドに入るよね。ああいう感じでな、ちょうどその時は俺の名前がトレンドに入ったから、そのトレンドパワーを利用して戦いを有利に進める事を俺は考えたわけだ。これは実際、使用シチュエーションが限られていて、物理書籍のときはTwitterじゃないからトレンドパワーを使えないだろ? だから事前にお便りコーナーで俺が使う超自然兵器を募集したんだよ。それを使って戦ったりしてた。で、今回はTwitter版を基本そのままアーカイブしてるわけだから、そのまま当時のようにトレンド武器を使う事になると思うよ。資料的価値っていうやつを重んずるってワケ。それにしても、ナイトメア=サンはどうしてこんなに韻を踏みまくってるんだろうな。
「飛行物体とにかく反ザイバツ存在!速やかに破壊し撃墜!」ナイトメアが暴れる馬を御しながら上空の超自然の影を指し示した。「ドッソーイ!」「チェラッコラー!」スモトリがバズーカ砲を構え、ヤクザ達が一斉に銃撃を開始!超自然ニンジャは片手を翳した。掌には球状に凝集した01のノイズ!
「イヤーッ!」超自然ニンジャは掌の球状ノイズ塊を下めがけて投げつける!ナンシーはキンギョ屋と共に、元来た庵型エレベーター下へ避難した。KRATOOOOM!包囲網に直撃!爆発!半数が死滅!ナムアミダブツ!「ヌウーッ!」ナイトメアは三日月斧を振り回す。「撃ち方第二回!」
そう、このへんで俺はトレンド砲の応用でトレンドソード(トレンドパワーの剣)を生成する。トレンドソードっていうのは強い武器だよ。ザ・ヴァーティゴ通信1回分ぐらいの宇宙的パワーがあると考えられる。
「ドッソーイ!」スモトリがロケットを発射!邪悪な怪物の頭部に直撃!「ARRRGH」怪物が呻き、のたうちながらさらに上空へのぼってゆく。「イヤーッ!」だがその時には超自然ニンジャは回転ジャンプで降下していた。その手には凝集した01ノイズで作られた光の剣!
「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ナイトメアが超人的乗馬術で上空からのアンブッシュを回避!だが超人的ニンジャは着地と同時に振り下ろした光の剣を上へ跳ね上げる!「イヤーッ!」馬の首を切断!噴き出す鮮血!ナムアミダブツ!「「スッゾコラー!」」ヤクザが取り囲み銃撃!「イヤーッ!」
光の剣の回転斬撃!周囲のクローンヤクザがまとめて胴体切断し死亡!「イヤーッ!」ナイトメアは死んだ馬から飛び降り、三日月斧で攻撃!「イヤーッ!」光の剣とかち合う!01ノイズが飛び散る!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」激しい撃ち合いだ!
俺は邪竜ミーミーに乗ってやって来てた。そこにキツネ・ウエスギっていう俺の友達の野良猫みたいなやつが一緒にくっついてたんだよね。まあとにかくミーミーに帰ってもらったよ。
「AAAAARGH010100011」遥か上空で8の字を描いて旋回する邪悪な怪物が先端からボロボロと分解し、消滅した。ディプロマットは既にポータルを閉じ、この異様な光景がもたらす衝撃をやり過ごしていた。その目の前では超自然ニンジャとナイトメアが撃ち合いを続けている!
「こいつ、やるじゃねえか。早く倒さないと……俺もどれだけこの位相を維持できるか……導き無しで、どこかにランダムに飛ばされちまうんだ。来るは難し、離れるはあまりに易し……え?トレンドソードもトレンドしたの?そんなら、こいつでケリをつけるぜ……これがトレンドチェーンソーだ!レッツゴー!」
↑
この時、俺はこんな感じで考えていた。だから、やっちまうんだぜ今回も!
「「イヤーッ!」」三日月斧と光の剣がかち合う!ナイトメアのニンジャ膂力は非凡であり、超自然ニンジャを一瞬圧倒しかかった。だがその時だ。光の剣が形状を変えた。平たく太く長くなり、その刀身に01凝集したソーが生えた。そして高速回転を開始した!KRASH!三日月斧を切断破壊!
「あり得ない!」ナイトメアは怯んだ。だが手遅れだ……光のチェーンソーがナイトメアに到達し、惨たらしくも正中線から真っ二つに両断した。ナムアミダブツ!「サヨナラ!」ナイトメアは爆発四散!「010111」超自然ニンジャはナンシーを振り返り、何か問うた。ナンシーがホンマルを指さす。
よし、今回もやっつけたぜ! 俺は時空を超えて巡り続け、戦う、愛と宇宙と平和の戦士、エターナルニンジャチャンピオンなんだ。おい、ナンシー=サン。俺は身体の中のコイツをどこへ連れてきゃいいんだ?もう相当ヤバイ。位相が……ちとはしゃぎすぎたかも……あっちか?
「天守閣へ!」「0100」超自然ニンジャは走り出した。BOOM!庭園と中庭を隔てる塀がカラテミサイルの流れ弾で破壊され、穴が空いた。「010」超自然ニンジャは恐るべき速度の全力疾走で塀の穴へ飛び込み、くぐり抜け、さらに走った。
ああ、ああ、ああ、ああ、
疾駆する超自然ニンジャの身体は既に二割程が01のノイズに分解されていた。だが肉体の拡散が進むほど、彼は質量から解き放たれ、そのスピードが益々速くなるのだった。ぶつかり合う暗黒物質とカラテミサイルの爆発のさなかへ飛び込み、きりきり舞いで二人の恐るべきニンジャの間を通過した。
拡散分解するノイズの矢は、白砂を噴き上げながら地を這い、ホンマルの壁を這い、目指した。天守閣を。銀の鍵を!
◆◆◆
「オヤブン……オヤブンスンマセン……おれ、俺が……ダラダラしてっから俺が……オヤブンの命を畜生……スンマセン……」白い壁、白い床、白い天井、白いタタミ、タタミを汚す赤い血、天井を穿つ侵入口、水盤で唸り泣くパラゴン。墓標めいてダークニンジャの背に突き立つ妖刀。
「クルシュナイ」ロード・オブ・ザイバツは穏やかに言った。「今や、我がニンジャ性は神聖不可侵である」内側から発せられる光は、彼を死に至らしめる筈であったダークニンジャのアンブッシュの傷を完全に無かったものとした。キョート城のクリスタル装置が吸い上げたモータルソウルの働きだ。
「モッタイナイ。我が生命力は万端である。琥珀ニンジャ像を再びゲートに向けよ」「ハイヨロコンデー!」パラゴンは素早く水盤を操作した。その目は既に抜け目無き大参謀のそれに戻っている。「……」ダークニンジャの指先が微かに動き、タタミを掻いた。パラゴンが弾かれたようにそちらを見た。
「スッゾコラー……」一歩、二歩、パラゴンはダークニンジャをカイシャクすべく、足を踏み出した。「よい」ロードはダークニンジャの背中を貫くベッピンの柄頭に軽く手を触れた。「余力あらば言ってみよ、ダークニンジャ=サン。この神聖装置キョート城の用い方は誤謬と?お前は何を知る?」
「貴様は」ダークニンジャの口が震えた。血泡が溢れた。「貴様の罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰もっともなれど、キンカク・テンプルを現世に引き込むなどすれば……左様な行いは」「何の懸念があろう」ロードは厳かに言った。「ニンジャをあるがまま支配する。それが私だ。私のジツだ。ヌンジャのワザだ」
「御身はヌンジャではござらぬ」ダークニンジャは震えた。「三神器はアンタイ・ヌンジャ・アーティファクト。ヌンジャの目をごまかし、出し抜く力を備えている……ヌンジャとはカツ・ワンソーであり……現世に帰還する。ソガ・ニンジャはドラゴン・ニンジャに機構を作らせ……それを防ごうと」
「ソガ・ニンジャか」ロードは笑った。「くだらぬニンジャよ。古代のニンジャは話にならぬ。生まれついてカツ・ワンソーにへつらう。いかに避け、逃れるか……そればかり考えておる。カツ・ワンソーなど所詮は強いニンジャでしかない。私は全ニンジャに君臨する。カツ・ワンソーとて例外でない」
「野良犬がァー」パラゴンが唸った。「ロードの御美情に触れつつなお、不届きな自説を並べたてやがる……古代ニンジャどものカビくさい理論をテメッコラー……」「よい」ロードは制した。「所詮、我々の先端理論、先端解釈を更新する価値のある知識では無かったというもの。それがわかればよい」
「御身のこのやり方では……奴を出し抜く事はできない……奴に届かない……」ダークニンジャが言った。「偽りのマッポーカリプスがいたずらに現世を崩すばかり……これでは何もかも」「ナマッコラー!」パラゴンがドスを抜いた。「ロード!美耳が汚れます!この者を今すぐカイシャクさせて頂きたい」
「許可する」ロードはベッピンの柄頭から手を離し、興味が失せたとばかりにホログラフ地球儀を見上げた「ガイオンのモータルソウル全てを吸い尽くし、キンカクのニンジャを従え、天下平定すべし」「何を置いてもヨロシサン製薬でございます」とパラゴン。「一切の禍根を断ち、新世界の幕開けと」
ALAS……彼らの意図は何か?ニンジャを従え、天下統一……神器の誤用……この乱暴な短絡に、いかな意図が潜む?……何も無い。虚無だ。何と稚児じみた夢であろう?彼らには深甚な意図など、何も無い。何も無いが……それを止める術は無い。
彼らには何も無い。ドゴジマ・ゼイモンとその舎弟の夢見る天下統一。武力統一。ニンジャ支配。キョジツテンカンホーで築かれた権威。稚児じみた夢。虚無。だが、ひとたびそこに私利私欲の徒が己の欲望を持ち寄り、エンジンの最初の火花を入れれば、巨大な機構は動く。現実に動く。抑圧を開始する。
巨大な機構は動く。現実に動く。キョートを私する。モータルを殺す。無限に殺す!止める術は無い!そしてそこに意味など!意味など無いのだ!ナムアミダブツ!これもまた古事記に記されたマッポーの一側面なのか?
イグゾーションやスローハンド、サラマンダーを始めとする恐るべきグランドマスター達……彼らが仮にこの虚しき真実を知ったとして、掌を返したろうか。答えは否。これこそが彼らを利するシステム。絶対のシステムだ!パラゴンが歩く。決断的に。ドスをダークニンジャに突き刺し、首を切り取る為!
「イヤーッ!」「!」パラゴンは反射的にドス持たぬ腕をかざした。そこへ鎖が巻きついた。ユカノだ!「何をなさる。ドラゴン・ニンジャ=サン」「私は……私は納得がゆきません」その目は怒りに見開かれていた。「まだ折れぬか。流石は六騎士という事ですかな」パラゴンは嘲笑い、腕を引いた。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」ユカノは抵抗した。パラゴンは実際強いユカノの力にやや驚き、片眉を上げた。ロードは気にしない。ただ、超然とその手を腰の後ろで組み、地球儀を見上げている。パラゴンは力を込めた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ユカノがなお抵抗した。
「いい加減にせよ。くされ骨董めが!」パラゴンが毒づいた。ユカノが睨み返した。その時だ。彼女の豊満な裸体に突如、赤い龍の刺青が浮かび上がった。刺青は幻影めいて彼女の身体の周囲を螺旋状に舞う。一瞬後それは、彼女の身体を包む、威厳に満ちた赤と金のニンジャ装束となった!「イヤーッ!」
ユカノのニンジャ膂力がパラゴンのそれを上回った!「ヌウーッ!」引き寄せられるパラゴンの脇腹に、「イヤーッ!」ユカノのヤリめいたサイドキックが突き刺さる!「グワーッ!」不覚!パラゴンは両手で鎖を抱え、キアイとともに引いた!「イヤーッ!」
「ンアーッ!」ユカノの身体がイポン背負いめいて宙を飛び、背中からタタミに叩きつけられる!「スッゾオラー!」パラゴンがケリ・キックを繰り出す!ユカノは横に転がるワーム・ムーブメントで追撃をかわし、立ち上がってジュー・ジツを構えた。打ち振る鎖は龍の尾を思わせる!
「成る程。ドラゴン・ニンジャ自らによるカラテ」パラゴンは興味深げに言った。「古文書に記されしムーブメントの起源者が実際こうして私に対するのは、なかなかウィアードな心持ちがするものよ」神話級ニンジャを前に、彼は淡々と述べた「私は貴様以降に改善されたカラテに触れておるがな」
「イヤーッ!」ユカノが腕をしならせると、ヤリめいて鎖がパラゴンを襲った。「イヤーッ!」パラゴンはブリッジでこれをかわし、バネ仕掛けめいて素早く起き上がり、走り出した。「龍の髭、そしてそこからの」「イヤーッ!」ユカノは鎖を引き戻しながら小手先を振った。「龍の巣。セオリーだな」
稲妻めいたジグザグの軌跡を描き、鎖がパラゴンを打ち据えにゆく!パラゴンは幾度も襲い来る鎖を紙一重で躱しながら、あっというまにユカノの懐へ踏み込んだ。「そう、そして」「イヤーッ!」ユカノが掌打を繰り出す!「セオリーだな。そう、懐へ呼び込み、顎を撃つわけだ。私には通じぬが」回避!
「貴様のカラテは時代遅れだ、骨董ニンジャ殿」パラゴンが右手人差し指と中指でユカノの鎖骨を打ち据えた。「ンアーッ!」ユカノがひるんだ。鎖骨が折れたか?「イヤーッ!」さらにパラゴンの首刈り水平チョップ!ユカノの目が燃える!「私はドラゴン・ニンジャ。同時に、ゲンドーソーの弟子!」
「ヌゥッ!」「イヤーッ!」ユカノの身体が消えた!違う!チョップをくぐり、死角方向へ身体をずらしたのだ!次の瞬間、パラゴンの身体は宙を飛んでいた!「グワーッ!」ゴウランガ!側宙しながらの二段蹴り!更に襲う第三の蹴り!サマーソルトキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」ドラゴン!
パラゴンは空中で体勢を回復し、着地しようとした。ユカノが鎖を繰り出す!「イヤーッ!」パラゴンは身をそらした。こめかみからわずか1ミリのところを致命的な鎖打撃が通過した。「ンアーッ!?」ユカノが怯んだ。何が?人差し指だ。パラゴンの人差し指のレーザーポインターが目を射たのだ。
「イヤーッ!」「ンアーッ!?」ユカノの両腕付け根にスリケンが突き刺さる!着地と同時にパラゴンが両手でスリケンを投擲したのだ!腕の動きを封じられ、視界が濁らされたユカノめがけ、パラゴンはスプリント!「イイイヤアァーッ!」側転接近!そこから背面ムーンサルト!上からの殺人カラテ!
「Wasshoi!」
疾風怒濤の直線的突入!瞬時にパラゴンの背中を羽交い締めにした赤黒のニンジャはそのまま天地逆さになり、キリモミ回転しながら垂直落下した!「イヤーッ!」ゴウランガ!見よ!凝視せよ!これは必殺のカラテ!アラバマオトシ!「な……これは……グワーッ!」KRAAAAAASH!
白いタタミが衝撃で跳ね飛ぶ!赤黒いニンジャは回転ジャンプで飛び離れ、ユカノを護るように着地すると、電撃的にアイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです。ザイバツ・シャドーギルド、滅すべし」「ふむ」ロード・オブ・ザイバツは手を後ろで組んだまま、彼を振り返った。「ほう、お前が」
ロードは崩れたタタミを一瞥した。「パラゴン=サン」「平気です、マイロード」呻き声がタタミの間から聴こえて来た。パラゴンだ。タタミを蹴り分けて現れ、カラテを構え直した。「これがウケミよ……」ナムサン?近代カラテ知識が彼をカラテ致命傷から救ったのか?だが到底ノーダメージではない!
「先程ドゲザし、再びまたドゲザしに参ったか。愛しきマジックモンキーよ」ロードはニンジャスレイヤーに「イヤーッ!」ボウ!その背後に炎のリングが生じた。中から飛び出して来たのは……イグナイト!反対方向の入り口からほぼ同時タイミングでの侵入というのか!なんたる同期的突入!
イグナイトはロード罪罰罪罰罪罰グナイトは罪罰罪罰罪罰ードは罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰イトが仰向けに叩きつけられた。ニンジャスレイヤーはドゲ罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰ジャスレイ罪罰ゲ罪罰ドゲザ罪罰罪罰ンジャスレイヤーは訝った。ユカノ。パラゴン。なぜ自分がここへ来たか認識せよ。
ユカノ。天守閣。ここへ至る道筋。ニンジャスレイヤーはド罪罰罪罰罪罰ジャスレイヤーはカラテを構えようと罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罪罰ヤーはカラテを構えた!ロードはニンジャスレイヤーの胸に掌を当てた。「ヤンナルネ」ニンジャスレイヤーの身体はくの字に吹き飛んだ。「グワーッ!」
「チッくしょう!」イグナイトは跳ね起き、ロードはそちらへ歩いて行った。ロードは右手を振り上げた。右手を振り下ろした。心臓を打った。イグナイトの手が燃え上がる。イグナイトはロードに攻撃を加えようとして、ロードはイグナイトの心臓をもう一度打った。イグナイトは。ロードは離れた。
イグナイトは両膝をついた。血を吐き、炎を発しようともがき、倒れた。「クルシュナイ」ロードは頷いた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳ね起き、ロードはニンジャスレイヤーの心臓にドス・ダガーを突き刺した。いや、急所は微かにそらした。ニンジャスレイヤーはそれを微かに逸らした。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはロードの首筋めがけチョップを罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罰罪罰罪罰ロードはニンジャスレイヤーの首筋にチョップを叩き込罪罰罪罰罰罪罰罪罰否」ニンジャイヤーは強く思い起こした。この打撃に至るまでの己の動き、その理由罪罰罪罰罪罰罪
罰罪罰罪罰罪罰罰罪罰罪罰ロードはニンジャスレイヤーの首筋にチョップを叩き込んだ。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは片膝を着いた。ニンジャスレイヤーはロードの水月に拳を罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罰罪ロードはニンジャスレイヤーの首筋にチョップを罪罰罪ニンジャスレイヤーは両膝を着いた。
ニンジャスレイヤーは罪罰罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰ードはニンジャスレイヤーの首筋にチョップ罪罰罪罰罪罰罪罰ニンジャスレイヤーはバック転を繰り出した。ロードは追わなかった。キツネオメーンの下の表情は窺い知れない。ニンジャスレイヤーは後ずさった。胸から血が滴る。ユカノが倒れている。
ニンジャスレイヤーは罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰ロードの掌がニンジャス罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰抗え!そして抗え!罪罰罪罰罪ドゲ罰罪罰罪罰否!ニンジャスレイヤーは目を見開く。抗え!抗え!彼は己の名を叫んだ。「ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー!ニンジャスレイヤーッ!」
「何と」ロードが小首を傾げた。ニンジャスレイヤーは両足でタタミをしっかりと踏みしめ、立った。抗った。抗った!「いじましき努力」ロードは呟き、再び掌をニンジャスレイヤーに……ロードは追撃を諦め、バック転を繰り出した。……彼らの間に、風が割って入った。01のノイズの風が。
「001」人の形をした白いノイズはニンジャスレイヤーに何かを促した。ニンジャスレイヤーは咳き込み、血を吐いた。だが、為すべき事はわかっていた。懐から銀の鍵を取り出した。「0100010」「……」ロードが阻止するべく近づく。パラゴンは助けようとした。その足首をユカノが掴んだ。
ノイズの塊からロードに向かって一つ、人間型の影が分離した。それがロードの行く手を阻むように立った。どこかロードに似たシルエットの影である。そして、銀の鍵……ニンジャスレイヤーの手から鍵が離れた。空中で停止した。0と1のノイズが鍵にまとわりつき、そちらにも人体を形成した。
「幻め」ロードが苛立たしげに呟いた。「去れ」「すぐに去るとも」立ちはだかる影は思いがけず返事をした。影は今や、ロード同様、キツネオメーンを被ったニンジャの姿を取っていた。「お前に会いたかった気持ちがある。俺のひとつのケジメだ」ニンジャの幻影は言った。
「よく見える。お前の思考パルス。ニューロンのパルス。何しろ、俺はお前だ。俺はお前と同じだから」幻影は呟く。「俺はただ、確かめようとした」彼は見据え、無感情な声で言った。「くだらないな」「……」笑いめいた残り香を漂わせ、幻影は薄らいだ。
ニンジャスレイヤーは……目の前に立つ存在を認識した。銀色のノイズで構成されつつある人の姿を。思えば、そう昔の事でもない。この男がマルノウチ・スゴイタカイビルの地下で彼と銀のオベリスクをつなぎ、去ってから。
不意に彼は、あの日の事だけでなく、キョートを初めて訪れた過去、さらにはラオモトとのイクサ、さらにはあの……全ての始まりとなった悲劇に……全ての発端のあの日に……記憶をフラッシュバックさせた。「まさかだが、忘れてないよな?苦労したンだ本当に」銀色の影が言った。「俺だぜ」
シルバーキー=サンは俺のことを覚えていてくれてるかな。わからないが、いい体験だったよ。 *GRIN*
7
徐々に現実の質量を備え行く銀色装束のニンジャは、天守閣に集う者達をぐるりと見渡した。「ドーモ。シルバーキーです」ロードの目の前の影が雲散霧消した。ダークニンジャの背中に刺さったカタナがひとりでに垂直に引き抜かれ、空中に跳ね上がって静止した。パラゴンがユカノを蹴り、振り払った。
「やる事ァ大体、伝わってる。乗り掛かった船だ。任せとけ」シルバーキーはニンジャスレイヤーに言った。「寝起きに大仕事ッてな」「ドーモ、シルバーキー=サン。ロード・オブ・ザイバツです」ロードがアイサツした。「クルシュナイ」掌がシルバーキーの胴体に触れた。シルバーキーは爆発四散した。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはロー罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罰罪罰罪罰ードは仰向けに倒れたニンジャスレイヤーの胴体を踏みしめ、見下ろした。「我が子よ、愛しき鉄砲玉よ。お前は既に十分働いた。よくぞラオモトを倒し、神器を持ち来たった。十分だ。永劫に休む時が来たのだ」「……!」
ニンジャスレイヤーはもがき、打つべき手を探した。自分はロードに献身できて幸罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰否!否!否!ニンジャスレイヤーは首を動かした。ダークニンジャは血の筋を白いタタミに残しながら、震える腕を動かし、這いずっている。ベッピンは空中に静止し、これを見下ろしているかのようだ。
ダークニンジャは瀕死だ。ニンジャスレイヤーのエントリーに先んじて、何かがあった。そして見ての通り今や、もはやイクサに関わる力もあるまい。這って逃げようというのか?そしてニンジャスレイヤー自身はどうだ。咳き込み、血を吐いた。彼もまた罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪
罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰0罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰01罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪010罰罪罰罪罰罪01001罰罪罰罪01001罰罪罰010110罪罰罪01010001001001罰罪0101001001010010010100101001000010
00010101ッてんだ、こりゃ」シルバーキーは上空から下のシュラバ・インシデントを見下ろした。ぼんやりと燐光を放つ輪郭群を。ニンジャスレイヤーを踏みつけたロード・オブ・ザイバツ。這いずって離れようとするニンジャ。水盤に向かう小柄なニンジャ。横たわる若い女のニンジャが二人。
若い女の一方は既に死んでいるようだ。鼓動のパルスが無く、ニューロンもログインしていない。シルバーキーは己の掌を見下ろす。湯気めいて0と1のノイズが立ち上り、拡散消滅してゆく。己の存在は下の者達には見えていない。(((戻っちまったのか?……いや……いける))) 彼はロードを見た。
ゴーン……ゴーン……遠くを吹き抜ける風の唸りが、01ノイズで構成されたシルバーキーの身体を震わせる。巨大な黄金立方体が自転している。おぼつかない夢の断片の記憶に焼きつく、超自然の太陽だ。ニンジャスレイヤーのローカルコトダマ空間で敵愾心が燃える。ロードは即座に定義を書き換える。
(((悪さしてンじゃねェか。なるほどな)))シルバーキーは片目を細めた。(((だけどあンた、馴染みがあるぜ。あンたのニューロンの葉脈……わかり易いぜ……)))彼は手をかざした。(((悪さしてやろうじゃねェか)))
定義情報を書き換えられた側から、ニンジャスレイヤーのローカルコトダマ空間は恐るべき新陳代謝めいた作用でそれらを廃棄し、あらたな敵愾心を産み出す。ロードによる定義情報書き換えは圧倒的な速度でそれを何度も駆逐する。だが、代謝自体を停止させる事ができていない。
(((涼しい顔しやがって、苦労してンのか?ロード=サン。あンた、コトダマ・ニューロンポートが……)))シルバーキーはロード・オブ・ザイバツのニューロンに浸食した。(((ガラ空きだ!)))焼き切る!「グワーッ!?」ロードがのけぞった!(((逃がすかよ!3!2!1!)))
「グワーッ!?」「マイロード!マイロォード!」「グワーッ!」小柄なニンジャが水盤型端末にかけこみ、コマンドを入力した。輝くエネルギーが下方向からコトダマ・パスを開き、ロードに流れ込んだ。(((グワーッ!)))シルバーキーは弾かれた。焼き切りかけたニューロンが修復!
(((何だそりゃ。ずりィぞ!)))シルバーキーは憤慨した。(((だが……休ませる気はねェぞ……)))シルバーキーは再びロードのニューロンに攻撃を開始!すると眼下の天守閣空間に張り巡らされた格子状のフィールドが瞬時に折り畳まれて回収され、ニューロン・ポートを堅牢に塞いだのだ!
01001……(((今だニンジャスレイヤー=サン!)))ニンジャスレイヤーのニューロンをシルバーキーの声がどよもした。(((俺が奴のチートを抑えてる。奴には好き勝手させねェぞ!)))「イヤーッ!」考えるより速くニンジャスレイヤーの身体が動いた!
「グワーッ!」ウインドミル蹴りを繰り出し、ニンジャスレイヤーは起き上がる!足元をすくわれたロードめがけて、踏み込みながらの肘打ちを叩き込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」ロードが回転しながら吹き飛び、白いタタミをウケミして着地!二者の視線がぶつかり合った。「異な事を」
「マイロード!」「よい。モータルソウルはゲート開放に回せ」ロードはパラゴンに命じ……帝王のキモノを脱ぎ捨て、紫のニンジャ装束となった。両手それぞれにはドス・ダガーが握られている!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを二枚同時投擲!「イヤーッ!」ロードはコマめいて回転!
スリケンをタツマキめいたドス・ダガー回転が切り刻み、弾き飛ばす!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イイイヤァーッ!」立て続けに投擲されるニンジャスレイヤーのスリケンとタツマキ回転が恐るべきイクサ火花を散らす!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イイイヤァーッ!」
「おのれーッ!」水盤を操作し終えると、パラゴンは有害レーザーポインターによる外部からのインターラプトを行おうとした。「イヤーッ!」「グワーッ!?」ドラゴン!ユカノは決死のトビゲリでパラゴンを吹き飛ばし、回転着地!「私が……相手です!」「なぜ黙って死なぬ!ズンビーめがァー!」
「イヤーッ!」襲い来るドス・ダガーをニンジャスレイヤーは裏拳で逸らす!「イヤーッ!」そしてチョップを放つ!「イヤーッ!」ロードはその腕を切り裂きにかかる!「イヤーッ!」だがその時にはニンジャスレイヤーの前蹴りがロードの腹を捉えた!「グワーッ!」
「オヌシのカラテは猿真似の紛いか」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。その胸元から零れ出る血は白いタタミを焼き、煙を噴き上げた。「かつて、似たニンジャと戦った事がある。そして殺した。あのスシからワサビを抜いたようなカラテだ」「イヤーッ!」ロードはタタミを蹴って再突入!
「イヤーッ!」右ドス!ニンジャスレイヤーは上体を反らし回避!「イヤーッ!」左ドス!ニンジャスレイヤーはハイキックを腕先に当てて切っ先を逸らし、その勢いで後ろ回し蹴りを放つ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ロードは回し蹴りを潜り、自らも蹴りを放つ!メイアルーア・ジ・コンパッソだ!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはメイアルーアジコンパッソを回転して潜り、自らもメイアルーアジコンパッソを繰り出す!「イヤーッ!」ロードはこれを潜り、自らもメイアルーアジコンパッソを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤー!「イヤーッ!」ロード!「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」24
ゴウランガ!なんたる二つのタイフーンがぶつかり合い雷雨をまき散らす荘厳かつ恐るべき天災めいたカラテ応酬!だが!ナムサン!見よ!ニンジャスレイヤーの体軸がブレた!胸の負傷が重いのだ!「イヤーッ!」一瞬の隙をついたロードが不意に両手ドスを構え、ニンジャスレイヤーめがけ繰り出す!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは地面と水平にキリモミ回転ジャンプし、恐るべき二連続斬撃をかろうじて回避!ロードをプロペラめいて蹴りにゆく!だがロードはこれを回避!瞬時にドス・ダガーを腰の鞘にしまうと、空中のニンジャスレイヤーに重ねた両掌を当てた!「イヤーッ!」「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーのキリモミ回転は妨げられる事は無かった。ロードはスルリと間合いを離した。これは、危険だ!ダメージが外部に拡散せず、体内を駆け巡っているのだ!「……グワーッ!」やがてニンジャスレイヤーの胸の傷から血が噴き出す!ニンジャスレイヤーはタタミ上に倒れ伏す!
0101(((畜生!ダメか?頑張れ!頑張れ!)))シルバーキーはロードのニューロンに繰り返し焦点を絞り込み、アタックを駆け続けた。あまりにも堅牢なニューロン・ファイアーウォールは彼の攻撃にびくともしない。キョジツテンカンホーを行わず、全てをニューロン防衛に回しているからだ!
(((このまま……畜生、何だァ?)))シルバーキーは狼狽した。気づけば彼のコトダマ身体はもはやその8割が01ノイズに還元され、定まった形を取れていないのだ!(((時間が……時間が無いのか?ふざけるなよ!)))シルバーキーはさらにアタックをかけようとした。(((ふざ01001
010001011罪00100罰罪罰0101罪罰罪罰罪罰罪罰01罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰クルシュナイ」ロードは装束を手で払い、侮蔑的に埃を払う仕草をした。「よい余興よ。手負いであるにも関わらず、流石のカラテであった」彼は後ろで手を組んだ。「しかし私は総理大臣を殺した事もある」
「私はヤクザアサシンで、あの料亭の名は何であったか……総理大臣を傀儡するニンジャが同席しておった。私はそのとき非ニンジャであった。……それなりに骨が折れた事よな」「オヤブン」パラゴンが涙を流した。その目の前で、ポン・パンチのダメージを堪えていたユカノが膝をつき、倒れ伏した。
「あれほどまでの事を……世直し……それを、ヨロシサンのクソども……ゆるさねえ……ゆるさねえ」パラゴンはぶつぶつと呟いた。「マイロード。高貴な御身に、さよう血なまぐさい仕事は無縁になります。必ずや無縁になります」パラゴンが言った。「ニューワールドオダー」
ロードはタタミに残る赤い血の道を見やった。ダークニンジャの逃走経路だ。彼の姿は既になく、得物のカタナも無い。「そう長く保つ事はありますまい」パラゴンが言った。「ブザマかつ哀れ」彼はニンジャスレイヤーを睨み、「こいつをカイシャクした後、追いかけて殺します」「クルシュナイ」
「スゥーッ……ハァーッ」ニンジャスレイヤーが震えながら起き上がった。パラゴンがカラテを構えた。「ザッケンナコラー……」「スゥーッ……」ニンジャスレイヤーは後ろへよろけた。ジュー・ジツを構えた。「ハァーッ……」「マイロード。私めが」「よい」ロードは制した。「私がやれば、早い」
ニンジャスレイヤーが一歩前へ出た。ロードが目の前に立った。ニンジャスレイヤーが拳を握り、ショートフッ罪罰罪罰罪罰罪罰ロードがヤリめいたサイドキックを叩き込み、ニンジャスレイヤーは白い壁に叩きつけられた。ロードは不服げに呟いた「いまだ身を守るか。余興は終わりぞ」「スゥーッ……」
ニンジャスレイヤーはやめない。チャドー呼吸を罪罰罪罰罪罰01罪罰罪01001罰01000100100011そのとき「アアアアア!」火球が爆ぜた!パラゴンが素早くカラテを構えた。彼が睨んだ方角、アンブッシュを破られ倒れ伏したはずのイグナイトが起き上がった!「ふざけンなァ!」
「イヤーッ!」パラゴンがスリケンを二枚同時投擲!「アアアア!」イグナイトは飛来するスリケンを焼き切る!ロードは罪10罰罪01001罰0101000「……不快である」彼はドスを抜き壁際のニンジャスレイヤーへ間合いを詰める。「あれを片付けよ、パラゴン=サン」「ハイヨロコンデー!」
「アアアア!」BANG!タタミが爆発した。パラゴンは側転で回避した。彼は注意深くスリケンを投げた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」イグナイトは片手を翳し、スリケンを焼いた。ボウ、ボ、ボ、ボボウ、指先の火花がくすぶり、消えた。彼女はよろめいた。炎色に輝いていた髪は一瞬で黒くなった。
「おいマジかよ」イグナイトは呟いた。「なんでこうなる」「イヤーッ!」「イヤーッ!」イグナイトは反射的にバック転で間合いを離した。それが彼女の命を救った。小柄でありながら恐るべきリーチをもつパラゴンの回し蹴りが一瞬前まで彼女がいた空間を薙ぎ払った。「おい!こんなのってないぞ!」
パラゴンは決断的にスプリントしてきていた。右手をチョップ突き予備動作に構え、肉迫する。目玉を突き刺しそのまま脳を破壊するつもりだ。「畜生!」イグナイトは後ずさり、反射的に片手を翳した。パラゴンはしかし、突如回転ジャンプを繰り出し、イグナイトを飛び越した。「イヤーッ!」
イグナイトの目と鼻の先を黒い弾丸が通過した。空中で回転するパラゴンを追って、さらに数発の黒い弾丸が発射された。「イヤーッ!」パラゴンはその幾つかを回避し、幾つかを空中チョップで弾き壊して着地した。「またしても下郎……」怒りに満ちた視線の先には白髪巨躯のエントリー者がいた。
「ドーモ、パラゴン=サン。ディテクティヴです。さっきはありがとうよ」「貴様ァーッ……」ディテクティヴは2丁拳銃をクルクルとスピンした。影の中からカラスが飛び集まり、銃の中に入っていった。彼は両腕を交差させ、用心深くピストルカラテの構えを取った。「あンた実際、禍根を残したねェ」
イグナイト……否。その意識はイグナイトのものではない……(((どうしちまった?)))……ニューロンが異常加速し、全てがスローモーションになった。(((俺、どうしちまッたンだ?)))彼は一瞬前の出来事を思い起こそうとした。
肉体の錨が無いゆえにコトダマ空間に拡散しかかった彼は、全てをかけてロードのニューロンへヤバレカバレに突進した。ロードのニューロン・ファイアーウォールと彼の意識体が真正面から衝突し、破片は01ノイズと化して散った。全てが白く染まった。憤怒と生への渇望のパルスが遠くに聴こえた。
(((やめろ)))拡散した彼の意識は再び集束を開始した。だがそれはロードのニューロンを奪う結果にはならなかった。彼はその憤怒と生への渇望のパルスに引き寄せられてしまった。彼は手から炎を放つ己自身を認識し、叫ぶ己自身を認識した。そして独り、現世に取り残されていた。
とにかく、まずやるべき事がある。彼はこめかみに指を当てた。(((ああ!いける。とにかくいける!畜生!)))今の彼にはコトダマ空間と現世が重なって見えている。何と懐かしい視界か。己が己の肉体を持っていたあの頃の、ユメミル・ジツの視界だ。「イヤーッ!」彼はロードをアタックした。
「ヌゥーッ!?」ロードがひるんだ。そこへニンジャスレイヤーのポン・パンチが叩き込まれた。「グワーッ!」ロードは身体をくの字に曲げて吹き飛び、空中で一回転して着地した。「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは中腰姿勢を取り、荘厳な修行僧めいて無心に呼吸した。
「おッさん!」彼は……彼女は……彼は……パラゴンと対峙するディテクティヴに叫んだ。ディテクティヴは一瞥した。「おッさん!ニンジャスレイヤー=サンの仲間か?俺にそいつ……そのニンジャを近づけないでくれ!」ディテクティヴは素早く察した。彼は頷いた。「ああ。お前、名乗っとくがいい」
コンマ01秒で彼は逡巡した。無限の深みを持つ井戸の縁で、片脚立ちしているような心持ちだった。(((身体は俺のじゃない。彼女のだ。意識は……俺だ。これは、俺か?俺じゃない……俺が俺と名乗れば……これを俺にしたら……これが俺になったら……彼女も俺も、戻れないんじゃないか?)))
そして、彼……彼女は名乗った。「アー……ドーモ。エーリアス(訳註:「別名」の意)です」「何だそりゃァ」ディテクティヴがしかめ面で言った。途端にイクサの火蓋が再び切られた。ロードが、ニンジャスレイヤーが、ディテクティヴが、パラゴンが、エーリアスが、一斉に動いた。「イヤーッ!」
◆◆◆
ダークニンジャはナメクジめいた血の筋を引きずりながらブザマに這い進み、震える腕でフスマを開け放ち、天守閣を脱していた。フスマの横で振り返って正座し、これを奥ゆかしく閉めて退室するほどの余裕など、彼にはもはや残されていない。形振り構ってなどいられないのだ。
「……ハァーッ!……ハァーッ!」彼は黒漆塗りの廊下をさらに這い進む。その歩みは遅い。切り立った垂直斜面を片手で登るロッククライマーめいて。もう片方の手には妖刀ベッピンが。先程、突如浮遊した妖刀は、方位磁針めいてフスマへの道を指し示すと、落下して再び彼の手に握られたのだった。
血を失いすぎたダークニンジャの顔は蒼ざめ、絶望の影が周囲に重く垂れ込める。朱色の欄干を掴み、歯を食いしばりながら身を引き寄せる。力を込めるたびに、傷口から体温が失われてゆくのが解る。ただの傷ではない。呪われた刃に身体を貫かれたのだ。その危険性は、彼自身が誰よりも知っている。
(((ベッピンが浮き、道を示すとは……)))ダークニンジャにはその意味が解っていた。先程から、彼は気配を感じ取っていた。強大な存在の接近を。衝突の定めにある惑星同士が幾星霜の時を経てついに邂逅を果たすかのような、遅遅とした、しかし厳然とした運命がすぐそこに迫っていることを。
「……ウフッ!ウフフーッ!」血の跡を追い、瀕死のダークニンジャを追う者あり!ジェスターである。狂った女道化は、人差指を自分の口の前に当て、ビークワイエットの仕草を作りながら、大袈裟な忍び足で迫ってきていた。反対の手にはモールが握られ、彼女の目は相手の後頭部に向けられていた。
ジェスターとの距離はタタミ十枚。ダークニンジャは未だ気付いていないのか、あるいは、この奴隷ニンジャにすら勝てないことを悟ったのか、後ろを振り返る暇すらも惜しんで這い進むのみ。(((空を……空を……)))彼は欄干の隙間からトコロテンめいて這い出し、カワラ屋根で仰向けになった。
キョート城天守閣のさらに上方で、黒雲が不吉に渦巻き、巨大化を続けているのが解った。それは一切の反射を返さない、巨大な黒い水鏡のようにも見えた。その巨大な「門」が何処に繋がっているかフジオ・カタクラは知っている。(((オヒガン……!そしてその先には、キンカク・テンプル!)))
俺は虫にも等しい。ダークニンジャは自嘲気味に嗤った。運命者どもを殺そうとも、結局のところ運命から逃れることはできないのか。全ては占いの通り。定められた運命。遺伝。カンジの呪い。「呪われろ……!」彼は天に唾を吐きかけ裏返ると、天守閣から少しでも離れるように、再び這い進んだ。
(((虫……地べたを這いずる虫?結構じゃねえか)))フジオの混濁する意識はあの日のコジマの声を聞いた。(((クソどもに何を言われようが、最後に笑うのはおれ達だ)))(((ああ。そうだ)))マコが頷いた。(((おれ達は無敵のギャングで、ゲリラで、怒り狂った騎士)))
全員がチャントを唱和した。(((その絆は血縁よりも分かち難く、一人の恥は残る全ての報復によって雪ぐ)))五人の少年は互いに拳をあわせた。(((くだらねえ連中は……安全な場所から石を投げた気になってる思い上がり野郎は、そのつど引きずり出して、這いつくばらせてやれ)))
ケナキは厳かに言った。(((おれ達は無敵のギャング。これから先、お互いどこに居たって、独りで居たって、おれ達は五人)))後ろから近づく追っ手の灯。暗闇の中で少年達は頷き合った。
(((オタッシャで)))最後にカズミはフジオを見た。(((おれ達はともかく、お前は絶対凄い奴になる)))(((何を言ってる)))(((天啓さ)))
……それは彼が初めて運命に抗いかりそめの勝利を収めた夜の記憶。キョート城天守閣から逃げ出すフジオ・カタクラの魂は、黒い金床の上で胎児の如く苦悶した。続けざま、封印したはずの記憶の数々が、捨て去ったはずの弱く未熟な記憶が、ソーマト・リコールと化してニューロンの中に溢れ出す……
……クリスマス・イブの夜。ネオサイタマに降る重金属酸性雨が、灰色の雪に変わりつつあった夜。首からアミュレットを下げた小学生のフジオ・カタクラは、両親と共にネオカブキチョ近くのレストランに来ていた。家の経済状況が良くないことに薄々気付いていたフジオは、久々の贅沢に驚いた。
(((いいの?こんなに贅沢。スゴイよね)))さほど豪華な料理ではない。(((いいんだよ)))父親はあの夜のような、乾いた笑いを笑った。力の無い笑いを。スシが運ばれてくる。(((お父さん、僕……)))フジオは何かを伝えようとして、言葉に詰まった(((ごめん、トイレ)))
(((何度も練習したのに)))フジオはトイレの鏡の前で独り復唱した(((……一生懸命勉強して、奨学金でネオサイタマ大に入る。そして考古学を勉強する。漢字の秘密を解くんだ。最初から決められている、どうしようもできない事なんて、信じたくないから)))その言葉の重みすら知らずに。
フジオ少年がトイレから戻ると、両親の姿は無かった。不思議に思いながらも、彼はタタミに座り、胸のアミュレットを天井の光にかざして、テーブルに映し出されるエンシェント漢字を見ていた。少しして、煙草の臭いを纏ったヤクザ達が、彼の前に座った。(((フジオ・カタクラ君だね?)))……
「……呪われろ……呪われろ……!」フジオは吐き捨てた。そしていよいよ、妖刀の声とネンリキめいた対話を行った。オヒガンへの門が開きかけた直後から、妖刀は彼方からの思考パルスを送り込み続けていた。だがソーマト・リコールが、しばしの間、フジオの精神を繭のように包み込んでいたのだ。
ニンジャピラミッドで妖刀を発見して以来、初めてのことであった。ネクサスの用いるコトダマ遠隔通信にも似ていたが、遥かに強大で、得体が知れず、超然とした声であった。空が落ちてくるかのような感覚であった。それは断片的な古代ニンジャ言語の形で、ダークニンジャの脳内へと響いてきた。
フジオは思考パルスを読み解いた。神々が人に、或いは人が虫に対して投げかけるような言葉を。傷は苦しいか、と妖刀は問う。(((苦しい)))とフジオは答える。生きたいか、と妖刀は問う。(((生きたい)))とフジオは答える。ならば運命を認めよ、と妖刀は問う。(((運命を認める)))
ならばハラキリの時、と妖刀は言った。フジオは最後の力を振り絞って正座し、ベッピンの背を口で咥えたまま上着を脱ぎ捨て、大理石像めいて研ぎ澄まされた筋肉質の肉体を露にする。ナムアミダブツ!何が起ころうというのか!その異様な行動にジェスターも怯え、目を背けて欄干の陰で縮こまった。
目が霞む。非合法施設の反省房に入れられ低血糖症状を起こした時のように手が震える。自らの命はロウソク・ビフォア・ザ・ウィンドであることを、彼は悟っていた。これ以外に選ぶべき道は無かったのだ。それはひとつの賭けである。フジオはカツ・ワンソーの魂の欠片が宿る妖刀を、握り直した。
彼は数々の古文書から得た断片的な知識から、既にこの運命を知っていた。……カツ・ワンソーの器となるべきニンジャ、妖刀ベッピンに数多のニンジャソウルを集め、マッポーカリプスの夜にハラキリ・リチュアルを行うべし。カツ・ワンソーは天より還り、マルスは平和の内に支配されるであろう……
おお……おお……ナムアミダブツ!フジオ・カタクラは曇りかけた瞳で中庭と、それから天上の大渦を睨みつけてから、大きく息を吸った。そして神聖なるセプク・チャントを叫びながら……自らの腹部へとひとおもいに妖刀を突き立てたのだ!「モハヤコレマデー!」無惨!刃は肉をえぐり臓腑を貫く!
「グワーーーッ!」ダークニンジャは想像を絶する激痛を味わいながらも辛うじて意識を保ち、自らの腹筋を冷えたバターのようにゆっくりと切り開いてゆく!断固たるセプク行為により、おびただしい血が白い肌を伝ってカワラ屋根にこぼれる!金床に転がるフジオの魂へ、ハンマーが振り下ろされる!
契約は果たされり!妖刀は思考パルスで歓喜の叫びを放った。それは妖刀を侵食し乗っ取ったヌンジャの自我の欠片か、あるいは数々のニンジャの血と記憶と自我が渾然一体となった、超常の存在か!ワンソーのソウルを降ろすべく、妖刀は器の肉体にこれまで吸収してきたニンジャソウルの力を注いだ!
「グワーーーーーッ!」フジオは白目を剥き痙攣する。数多のニンジャソウルが器の体内で薪の如く燃やされると、彼の眼球からサーチライトめいた光が投射され、上空に開きかけたオヒガンの大渦に「大」の漢字がノロシめいて出現した!コワイ!あれはカツ・ワンソーを呼ぶノロシめいた光なのか!?
そのとき、何か巨大な存在が、IRCコトダマ空間の奥底で微かに身をもたげた。見えないショウジが突き破られた。世界各地で直結中だった高位ハッカーの多くが、一瞬、UNIXの彼方に無限の地平を視た。……だが、不意にそれは終わった。フジオは片方の口角を吊り上げて嗤い、眼を閉じたのだ。
「イヤーッ!」暗い精神の金床の上に押さえつけられていたフジオ・カタクラの魂は、ハンマーが振り下ろされる直前に回転跳躍し、無限の暗黒のただなかへと飛び込んだ!同時に「イヤーッ!」ディセンション時と同等の力が自らの体内に流れ込んだのを見計らい、ダークニンジャは妖刀を引き抜いた!
「馬鹿めが!」ダークニンジャは邪悪な笑みを浮かべながら、片膝をつき、力強く立ち上がった。セプク痕から血と臓腑をこぼしながら。ゴウランガ!だが如何にして?彼は如何にしてコトダマの契約を欺いたのか?それは狡猾な精神力!「俺は俺の運命を認めたのだ!お前の運命など、知ったことか!」
「世界の運命など、世界の都合など、知ったことか!俺は世界の心臓に刃を突き立ててやる!カツ・ワンソー=サン!聞こえているか!?引きずり出し、這いつくばらせて心臓に刃を突き立ててやる!」ダークニンジャは腸を掴んで腹に戻した。ディセンション現象めいて新陳代謝が加速し、傷が塞がる。
それと同時に、ダークニンジャの剥き出しの上半身を、ニンジャ装束が覆い始めた。セプクによって一度死に、カワラ屋根にブチまけられたはずの血と臓物の切片が、溶け合って形を成した……それ自体に命があるような、裾の長い、修道僧めいたフードを備えた黒くシンプルなニンジャローブであった。
「何だァ……?」中庭で、デスドレインが顔を歪めた。咎の漢字がうずく。彼は天守閣を仰ぎ見た。ジェスターから一瞬でソウルを吸い上げ爆発四散させ終えたダークニンジャは、カワラ屋根の端に立つシャチホコへと歩み、その頭の上に片足を乗せた。彼は中庭を見下ろし、挑発的にベッピンを掲げた。
8
咎。咎。咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎。「うるせェ!」デスドレインは腕を振り、アンコカクトンをカラテミサイルにぶつけて相殺した。光り輝くミサイルがさらに飛来!デスドレインは横に駆けた。その足跡の白砂が爆発し、アンコクトンが次々に鎌首をもたげる!
渦巻くアンコクトンが大蛇めいて襲いかかる。「イヤーッ!」パーガトリーは回転ジャンプで包囲攻撃を回避、更にカラテミサイルを放つ。「うざッてェぞ!」デスドレインはアンコクトンを繰り出し、これらを撃墜!だがその一瞬後、彼の目の前にパーガトリーが瞬時に踏み込んでいた!「そこで、これよ」
「守れ!」デスドレインが叫んだ。瞬時にアンコクトンが身体を這い、鎧めいて覆う。「イヤーッ!」パーガトリーがパンチを繰り出した。「グワーッ!?」デスドレインは怯んだ。アンコクトン鎧が弾け飛んだ。何故?パーガトリーの拳を見よ。球状収束カラテ粒子が拳を覆っているのがわかるだろう!
「イヤーッ!」パーガトリーは逆の拳を繰り出す!「グワーッ!」カラテ粒子パンチが直撃!デスドレインは吹き飛ぶ!飛ばされた先にアンコクトンが網目状に張り渡され、クッションめいて受け止めた。すぐさま襲いかかる八発のカラテミサイル!アンコクトンが六発を撃墜!二発が直撃!「グワーッ!」
「痛ェ、痛ェ、痛ェ……へへへへへ」デスドレインはしかし、おかしそうに笑いだした。「どうしたァー?お前……」「イヤーッ!」パーガトリーが踏み込む!カラテ!右拳!「イヤーッ!」アンコクトンが割り込む!カラテ粒子で粉砕!「イヤーッ!」カラテ!左拳!
「イヤーッ!」デスドレインは空中に逃れた。足元の白砂を割って噴き出したアンコクトンが上空へ主を跳ね上げたのだ!「イヤーッ!」パーガトリーがカラテミサイルを射出!三発!「ヘヘヘヘハハハハ!」噴き上がったアンコクトンから触手が枝分かれし、それらを握り潰す!パーガトリーは中腰待機!
「うるせェー!」デスドレインは叫んだ。パーガトリーに向かってではない……ホンマルだ。咎。咎。咎咎咎。「なァおい……もうイイや、お前。飽きちまった。お前もだろ」パーガトリーは中腰ため姿勢から動かない。「殴りてェんだろ?遠くからじゃキリねェもんなァ?打ち止めになっちまうもんなァ?」
デスドレインは頭を抑えた。咎。咎咎。「アー……アーアー」己の破壊を見渡した。白砂は掘り起こされた土塊と石で汚され、ジグザグに走る亀裂からはアンコクトンが噴き出し、四方八方に黒い水を流す。「俺は……だいたい……掴んだぜ」デスドレインは真顔になった。「なァ、つまンねェんだよ。お前」
パーガトリーの周囲の陽炎が収縮し、消滅した。「何だ。これは」パーガトリーからも笑みは消えた。彼の問いは誰に向けられたものでも無かった。「……何だ。この有り様は」「知らねえよ」デスドレインは腕をだらりと垂らした。「なァ付き合ってやるよ。西部劇みたいにやろうぜ。西部劇みたいによォ」
「ロードは不滅。ゆえにわが権勢も不滅。ロードは」パーガトリーは呟いた。「不滅……のはずだ」「5」デスドレインはカウントダウンを開始した。パーガトリーはカラテを構え直した。「なに、どちらにせよ、軍を掌握し……後はあのパラゴン=サンを……さすれば同じ事……軍を……」「4」
パーガトリーは血中カラテを練り上げた。何しろ、吐き出した血中カラテを再充填する間の時間稼ぎとして、捨て駒めいて繰り出す手勢はもはやおらず……軍……軍?もはやおらず?城が……この汚染され尽くした中庭の?……否、ホンマルにはロード……ロード?ロードが何を?「一人か?ワシは」「3」
とにかくこの不届きな野良犬を倒し……そしてロードのもと……何のために?権勢をほしいままに……そして軍勢を……どこに軍勢が?「2」なに、カラテはまだある、此奴を一撃で倒すべし。さすれば「 ウラッ!」「ヒッ!」パーガトリーはデスドレインの踏み込みに短い悲鳴をあげ、飛びすさった。
「……嘘だバァカ」デスドレインは踵を返し、背中を向けた。「イ、イヤーッ!」パーガトリーがデスドレインの背中へ襲いかかる!両拳を包む渾身のカラテ粒子!ピシャリ!その額に黒い飛沫がかかる!「アイエエエ!?」パーガトリーは悲鳴をあげ、自らまろび転がった。
「……」デスドレインは、振り向きざまに人差し指でアンコクトンを一滴弾き飛ばした姿勢のまま、動きを止めた。彼は顔をしかめた。パーガトリーは犬めいた四つん這いで逃れようとした。「……」デスドレインはケリを入れた。「アイエエエ!」パーガトリーは地べたに倒れ、起き上がり、走り出した。
SPIT!デスドレインは足元に黒いツバを吐き捨てた。咎。咎咎咎咎咎咎。彼はホンマルを見やった。先程逃げおおせたニンジャの男女が入ってゆくのが見えた。デスドレインは上を睨んだ。咎咎咎咎咎咎。「うるせぇぞ……」咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎咎。咎。咎。咎。咎咎咎咎咎。「うるせぇぞ!」
ドウ!デスドレインの足元の地面が裂けた。極大のアンコクトンが噴出した。デスドレインはその勢いで跳んだ。彼よりも速く、アンコクトンの枝が育ち、捻じれた空の道を作った。キョート城はその瞬間、大きく傾いだ事だろう。亀裂が拡がった。中庭と庭園を隔てる塀が崩れ出した。
デスドレインは枝の上を走り出した。その背後下方、庭園以西は侵食する亀裂から暗黒物質を断末魔の血しぶきめいて噴き上げ、ガイオンに崩落してゆく。その淵から何者かがグライダーで飛び立ったが、誰も気に留めなかった。
◆◆◆
天守閣の玉座の間では、熾烈な戦いが続いていた。エーリアスは壁を蹴り、連続側転を打ち、必死に間合いを取りながら、ロードに対するニューロン攻撃のチャンスを窺う。ニンジャスレイヤーは彼女を庇うべく、常にロードに対し密着状態のカラテを迫る。ショウギのキングを守るドラゴンの如き機動。
エーリアスのカラテは絶望的に弱い。だが彼女がチェックメイトされれば、敵は再びキョジツテンカンホー・ジツを振りかざし、ニンジャスレイヤーは敗北するだろう!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーとロード・オブ・ザイバツのカラテが火花を散らす!
「ロード!今私めが、その死に損ないのあばずれ女を!イヤーッ!」制御水盤の周囲を守るパラゴンが、エーリアス目掛けてクナイ・ダートを投げ放つ!BBLLAAMN!ガンドーが左右の49マグナムからカラス弾を撃ち出し、クナイを空中で叩き落した。「てめえの相手は俺だ」「スッゾコラー!」
パラゴンは怒りに一瞬顔を歪ませた後、グレーター・インテリヤクザめいた知性で戦況を分析し、先にディテクティヴを仕留めるべくカラテを構えて突撃する。BLAMBLAMBLAM!カラス・ガンの連射が迎え撃つ!「イヤーッ!」パラゴンはそのトリッキーな弾道を易々と見切りながら接近!
(((オイオイオイ、やべえぞ……!)))ガンドーは歯噛みしながら、なおもトリガを引いた。カラス・ガンをあと二発撃つまでに、パラゴンは懐へ飛び込んでくるだろう。先の戦いで網膜インプラント型ディプレイを割られたガンドーの視界は、事故車のフロントガラスめいて覚束ない。
「無駄である!奇抜なジツだが、所詮はカラテミサイルの一種!」パラゴンは嘲笑った。BLAM!「最初の戦いでは温存したか?だが軌道を変えられる点まで、既にヴィジランス=サンが報告済みよ!」BLAM!「そして貴様のピストルカラテは既に見切っている!イヤーッ!」パラゴンが懐に潜る!
「イヤーッ!」右の49マグナム射撃反動を用いたピストルカラテ!ディテクティヴの上半身が沈み込みながら回転し、重い鋼鉄銃底でスピニング・バックナックルを前方に叩き込む!「セオリー通り!」パラゴンはこれを悠々と回避しカウンターを叩き込む筈であった。だが、ガンドーの動きは、速い。
跳躍したパラゴンは咄嗟に、両腕で右方向にガードを固める。「グワーッ!」ラグビーボールめいて弾き飛ばされるパラゴン!タタミへの回転着地で衝撃を消す!ガードの上からでも骨が軋んでいる。一瞬判断が遅ければ頭蓋骨を粉砕されていただろう。「ウカツ」慢心を認め敵の戦力を見積もり直す。
「オイオイオイ、こいつは、やれるんじゃねえのか」ガンドーは肩で息をしながらマグナムを握り直した。完璧に油を差され整備された時代遅れの重機関車。黄金時代のキレが戻ってきた。彼は新しい技など何ひとつ授かっていない。基礎の動きを再確認しただけだ。答えは結局の所、自らの中にあった。
ヤクザと探偵の視線が交錯して火花を散らし、再び接近激突!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ガンドーの鳩尾に重い膝蹴り!だが持ちこたえ続行!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
一方ニンジャスレイヤーとロードは、常人にはほぼ視認不可能な動きでカラテを続けていた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」だが蓄積したダメージのせいか、ニンジャスレイヤーが所々で押し負け、ドスダガーの浅い斬撃や、重いヤクザカラテを喰らう。それを見ながら歯痒い思いで逃げ回るエーリアス。
(((悪いけど、もうちょっとだけ凌いでくれよ!俺だって一生懸命やってるンだぜ!慣れない女の子の体でさ!)))エーリアスのこめかみに当てられた指が汗で滲む。ロードが一瞬でもジツを使えば……その隙を狙ってニューロンに攻撃を……でもそれにはまず、ニンジャスレイヤーがカラテで……
(((これならどうだよッ!……無理か!硬すぎるぞ!いい加減にしろよ!)))また別の精神波長でニューロン攻撃を試みるが、何の効果も無く遮断されてしまう。全ポートを虱潰しに攻撃する古典的ハッカーめいた戦法。(((ヤバイぞ、これじゃ時間がどんどん…)))彼女が舌打ちした、その時。
「……何か来る!」壁に寄りかかりポン・パンチのダメージに喘いでいたドラゴン・ニンジャが、不意に天を仰いで眼を見開いた。彼女だけではない。エーリアスやロードも、天上で弾けるハナビめいた何かを感じ取った。ニンジャスレイヤーの中にくすぶるナラク・ニンジャも、短い警告を発していた。
動力炉では九重扉のオブツダンがすでに八割がた開きかけていた。それと対応するように、キョート城の真上に形成されていた巨大な黒渦が……オヒガンへの門がなお成長し、その闇の中から数多のニンジャソウルが地上へと放たれ始めたのだ。水門は開かれた。そしてその一部が、天守閣へと墜落した。
エーリアスは、頭上に巨大なプラネタリウムが輝くのを感じた。多くのニンジャソウルは星座のように散らばり、キョートのみならず日本全土へと落下していった。しかしその中のひとかたまりが……天守閣に!ZANK!ZANK!ZANK!十数個の黒い光が天井を突き抜け、タタミに突き刺さる!
次の瞬間、タタミから立ち上った煙が凝縮するかのように、人型をとってうっそりと立ち上がる。ナムアミダブツ!肉体無しでソウルが実体化するとは!?「……」「……」「……」アイサツは無い。無個性な漆黒のニンジャ装束と黒漆塗りの防具を纏ったそれらの人型は、顔を持たず声を持たなかった。
全員が異常を察知し、バック転で目の前の相手から距離を取る。そして「我が名はロード・オブ・ザイバツ!ショーグン・オーヴァーロードの末裔!ソガ・ニンジャの名において、ムーホン者どもを屠れ!」ロードが叫ぶ!「ヒカエオラー!」パラゴンは隠し持っていたインロウ・オブ・パワーを掲げた!
「ズガタッキェー!」ロードもまた古代ニンジャスラングを詠唱する!おお、ブッダ!何が起こっている?一瞬のキョジツテンカンホー・ジツか?エーリアスは当惑した。だがロードのニューロン防御は堅牢なままだ!「……」「……」「……」ナムアミダブツ!顔無しニンジャたちは一斉にドゲザした!
何たる番狂わせ!だがこの理不尽かつ絶望的状況の中、ニンジャスレイヤーは断固たる殺意をもって誰よりも速く行動を起こした!「イヤーッ!」短く駆け込み、ドゲザ状態の顔無しソウルの顔面を蹴り上げる完璧なアンブッシュ!「グワーッ!」頭巾に覆われた頭部が千切れ飛び爆発四散!キックオフ!
たちまち戦闘再開!ニンジャスレイヤーはロードに向かって矢の如く飛びかかった。顔無しソウル2体が、左右からのトビゲリでこれを妨害!ニンジャスレイヤーは身を捻り、流れるような空中回し蹴りで敵二人を蹴散らすが、勢いを減じたその空中突撃はロードの対空カラテで容易く撃墜されてしまう!
「クルシュナイ」「グワーッ!」弾き飛ばされるニンジャスレイヤー!空中で薙ぎ払われた顔無しソウル2体は、タタミへの回転着地からネックスプリングで軽々と身を起こし、カラテを構える。その強さは恐らくグレーター級か。初撃のアンブッシュこそ成功したが、ここから先はそう容易くいくまい。
別な場所では、背格好や装束の微妙に異なる4体の顔無しソウルが、重傷のドラゴン・ニンジャを取り囲む。チャドー呼吸でダメージから回復する暇すらない。「キンカク・テンプルが近い……!」彼女はジュー・ジツを構えた。希望はまだある。殺せる相手だ。ニンジャスレイヤーがそれを証明した。
ドラゴン・ニンジャは左側面からの殺人ストレートをしゃがんで回避。そのまま片脚に全体重を預けて身体を垂直に傾け、引き締まった筋肉をバネのごとく躍動させながら、真上に向けヤリめいたキックを叩きこむ。「キエーッ!」「グワーッ!」腕切断!だが背後から別の敵が迫り彼女を羽交い絞めに!
残る顔無しソウルたちが、無防備状態の彼女に対して連続カラテを叩きこむ!「ンアーッ!」連打を受けて顔を歪めるユカノ!敵はアイサツすらできぬ半実体の存在であり、ジツは行使できぬ模様。だがカラテ質量は確かに存在する!彼らはまさに4対14の絶望的戦力差へと追い込まれてしまったのだ。
残る二人の状況も推して知るべしであった。一対多を旨とする暗黒武道ピストルカラテを駆使するガンドーは、辛うじて1対3の均衡状態を保っていたが、パラゴンは彼を嘲笑うように退き、制御水盤を再び確保している。エーリアスも殴り飛ばされ蹴り飛ばされながら、死に物狂いで逃げ回っていた。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはロードとの戦闘を一時諦め、壁を蹴った三角飛びからのジャンプチョップで、エーリアスの背後に迫る顔無しを爆発四散させる「グワーッ!」「こいつらクローンじゃない……一体一体違うんだ……!」彼女は鼻血を拭いながら敵のニューロン的構造をスキャンした。
その瞬間、ロードへのポート攻撃重圧が一瞬だけ止んだ。ニンジャスレイヤーはロードを睨み跳躍を罪罰罪罰るが罪罰ロードが混沌たる戦闘の中を悠然と歩み罪罰罪罰罪罰エーリアスへと罪罰罪罰次の瞬間には彼女の隣に立ちドスダガーを罪罰罪罰(((……しまった!)))罪罰罪が閃き血飛沫が飛ぶ。
「グワーッ!」エーリアスは押し飛ばされ、タタミを転がって壁に叩きつけられた。ドスダガーによる傷は無い。何が起こったのか、彼女も瞬時には理解できなかった。歯を食いしばって意識を保ち、ポート攻撃の手を緩めぬのが精一杯。先程まで自分が立っていた場所には……ニンジャスレイヤー!
だが彼も無傷ではない。その肩口には深々とドスダガーが突き刺さっている。ロードがエーリアスを殺すべくドスダガーを振り下ろした瞬間、辛うじて彼女のユメミル・ジツによる反撃が決まり、キョジツテンカンホーによる認識ラグから開放されたニンジャスレイヤーが、エーリアスを押しのけたのだ。
鋼鉄めいた筋肉硬直によってドスダガーをシラハドリし、引き抜かせず、獲物の一本を失わせたニンジャスレイヤーは、そのままロードと激しい近接カラテの応酬を再開していた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」黒い炎が現れない。肩の傷を焼いて塞ぐことができない。
エーリアスは立ち上がり、また逃走を再開した。大きく跳躍した時、彼女は大広間の隅に現れる新たな2体の顔無しニンジャを見た「まだ増えるのかよ!」「イヤーッ!」ユカノもまた、背後の敵をジュージツで投げ飛ばして仕切り直した直後、さらなる敵の出現を察知した「制御権さえ……奪えれば!」
ドラゴン・ニンジャは制御水盤を睨む。開きすぎたオヒガンへの門を閉じねば…敵は永遠に増え続ける。だがガードは硬い。ニンジャスレイヤーを含め、全ての者たちの心に「ジリー・プアー」の6文字が容赦なく点灯し始めた。「オイオイオイ、何か番狂わせはねえのか!」ガンドーが叫んだ。その時。
SMAAAASH!天守閣玉座の間のフスマを蹴破って現れたのは、ダークニンジャ!彼は黒いニンジャローブの裾を生物のようにはためかせながら、切れ味鋭く回転着地する。少し遅れて、何本もの極太アンコクトン触手がフスマに対して叩きつけられ、このイクサの場に侵入してきた。デスドレイン!
「アァ!?逃げンじゃねえよ!てめえはヨォ、半殺しにしてアンダーに引きずり込んで、俺の知ってる飛び切り汚ねえ便器の中に頭突っ込んで窒息死させてやらあ!」盲目的な怒りに囚われたデスドレインは、何本もの暗黒触手を伸ばしながらダークニンジャを追う。狩人に罠へと誘い込まれる獣の如く。
ダークニンジャは後方から無秩序に迫る暗黒触手を鮮やかに回避しながら、軍事用UNIXめいた状況判断を行う。脳内麻薬物質が劇的に分泌され、全てがコマ送りに見える。フェイスレス(顔無し)どもが多い。ロードとニンジャスレイヤーの位置を把握。ドラゴン・ユカノは無事か。制御盤はどこだ。
ロードへの最適経路を模索する。駆け続ける。フェイスレスを可能な限り暗黒触手に巻き込むように。体勢を低く。暗黒触手をかわす。ベッピンで右のフェイスレスの首を後ろから撥ねる。広大な天守閣内部を放物線状に左旋回。前方に敵。パルクールで飛び越える。触手が下のフェイスレスに命中する。
何本もの暗黒触手が白タタミの上で跳ね、絡み合い、あるものは染み込んで天守閣に隠されたメカニズムへと浸透する。キョジツテンカンホー・ジツは、全速力で突っ込んでくるダンプカーを即座に停止することは出来ない。そしてアンコクトンは、ダンプカー以上の勢いを持つ、いわばケオスの濁流だ。
「グワーッ!」「サヨナラ!」暗黒触手に飲み込まれたフェイスレスが、成すすべなく爆発四散してゆく。だが……ZANK!ZANK!新たなソウルも間断なく到着するのだ。ダークニンジャは舌打ちする。水盤には接近できない。根幹部を汚染されればキョート城は暴走し、何が起こるか解らない。
「イヤーッ!」ダークニンジャは前方で彼を迎え撃つフェイスレスの正拳突きの上に飛び乗り、一歩で頭へと駆け上り、後頭部を踵で蹴り飛ばしながら水平コマめいて回転跳躍。水盤前を守るパラゴン目掛けて三本のクナイを長距離スローし叫ぶ「ドラゴン・ニンジャ=サン!閉じろ!ゲートを閉じろ!」
ダークニンジャは前転着地の後、後方から迫る触手を壁走りで四本続けざまに回避。カラテ激突を続けるロードとニンジャスレイヤーが近い。ロードの圧倒的カラテを感じる。混戦の中でナラク・ソウルを吸う余裕はあるか?全てがケオスの中で未確定だ。(((カラテだ……!カラテあるのみ!)))
「キリステ・ゴーメン……!」(((アブハチトラズ!今はただ全力でロードを屠り、オヒガンへの門を封ずる!)))ダークニンジャはベッピンを閃かせながら跳躍し、カラテ激突を続けるロードに斬りかかる!紙一重!ロードはニンジャスレイヤーにカラテをぶつけた斥力で、弾けるように離れた!
ダークニンジャは飛び込み前転着地から高速側転を打って素早く体制を立て直し、ニンジャスレイヤーとの間でロードを挟み込む位置取りを作った。解っているな、と言わんばかりに。一瞬遅れてそこへデスドレインが到達し、ダークニンジャ、ニンジャスレイヤー、ロードを巻き込む大乱闘が始まった。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは暗黒触手を紙一重のブリッジでかわし、ロードに回転チョップを叩き込む。反対側からは、暗黒間欠泉で吹き上げられた白タタミを回避しながら、妖刀を逆手に構えて切りかかるダークニンジャ!「クルシュナイ」悠然と暗黒触手を避け両掌を左右に突き出すロード!
「「グワーッ!」」弾き飛ばされる両者!「…何だテメェ!?」デスドレインが啖呵を切る。ロードは両手を後ろに組んだまま、暗黒触手を悠々と見切る。「土砂降りの雨の中、デッドスコーピオン・ヤクザクランに嵌められた私とパラゴンは、採石場で銃撃を受け満身創痍の中、奴らを全員ケジメした」
「マイロード!マイロード!今すぐそちらにさらなるソウルの力を!」ロードたちの場所が暗黒触手ヴェールに覆われ戦況を見通せなくなったパラゴンは、ダークニンジャの放ったクナイを忌々しげに回避した後、制御水盤に手を伸ばす。だが「イヤーッ!」ガンドーのピストルカラテが頭上をかすめる!
フェイスレスの一部が暗黒触手に呑まれたことで、ガンドーに再びパラゴンを攻撃するチャンスが生まれたのだ。これをブリッジ回避したパラゴンは、胸元からドスダガーを抜き放ってガンドーに襲い掛かる。「ダッテメッコラー!」ナムサン!そして再びヤクザと探偵は激しいカラテの火花を散らす!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」徐々にカラテ総合力で押し負けるガンドー!フェイスレスとの戦闘で負った傷が痛む。「こんちくしょうめ……!」BLAM!反動カラテでドスダガーを粉砕したが、相手を見くびらぬパラゴンは抜け目無く回避動作を行い、ダメージは皆無!
「違うぜ!」BLAM!フェイントから新たな反動カラテ!繰り返した基本動作のひとつ!「グワーッ!」パラゴンはガードの上からスレッジハンマーめいた痛烈な一撃を受けて床に叩きつけられ、骨を軋ませる。そのまま頭を撃ち抜くべく49マグナム!BLAM!「イヤーッ!」回転回避のパラゴン!
「てめえらの美学に付き合ってる暇はねえんだ!」ガンドーが至近距離の裏拳反動カラテを叩き込む!だがパラゴンは巧みな垂直跳躍でこれを回避する。ガンドーの傷だらけの顔前に、パラゴンの姿がふわりと浮かぶ。そして「イヤーッ!」三本の指が突き出され、ガンドーの眼球を摘出!「グワーッ!」
「イヤーッ!」パラゴンは闇雲な反撃を回避すべく、敵の胸板を蹴ってサマーソルト後方回避。眼を撃ち抜かれたドサンコ・グリズリーの如く顔を覆い、その場で暴れるガンドー!「誰にも私とオヤブンの美学を否定することは許されぬ!」パラゴンは新たなドスダガーを抜き、処刑者めいて歩み寄った!
BLAM!BLAM!闇雲に撃ち出されるカラス・ガン。「完全にカイシャクする!私は完璧主義者なのだ!」パラゴンは残忍な言葉とともに跳躍し、ガンドーの急所目掛けてあやまたずドスダガーを突き出す!その時、黒眼帯に隠されていた、潰れていた筈のガンドーの片眼が、サイバネの光を放つ!
(((所長、すまねえな、やっぱり俺は、こういう奇策に頼っちまう)))カラテは尽き果てる寸前だ。実弾も無い今、この状態から一撃でパラゴン殺害可能性が最も高い攻撃は何か。探偵は答えを導き出し、敵のドスを敢えて利き腕で受け止めると、逆の袖に隠していたLAN直結ケーブルを延ばした。
0101001011110101111パラゴンは驚いた顔で周囲を見渡した。グランド・オモシロイのカワラ屋根の上。鴉たちがゲーゲーと鳴く声が聞こえる。琵琶湖の風が覆面に隠された顔を撫でる。
01101111ハッキング攻撃がパラゴンのニューロンを焼き始めていた。そしてあの夜の出来事が……三者三様の記憶が……ローカルコトダマ空間内に浮かび01010111「良かった……所長……捕まえたんスね……!」シキベはシャチホコに掴まって泣きじゃくりながら中庭を見下ろしていた。
01100111シキベは、屋根の上に残された武者鎧や拳銃などを眺めてから、シャチホコに背を預け安堵を覚える01100111(((……お許しくださいマイロード。御身の力になんら疑いは御座いませぬ……)))00111彼女は何者かの存在を感じ取った!身の毛もよだつような恐怖感を!
0101111鴉たちが飛び去る0011パラゴンはスズキ・キヨシのそれと同型の拳銃を抜いて接近する111101シキベは震えながらも、接近者の正体を突き止めるべくシャチホコの陰から姿を露にし0011111パラゴンを見た0111100111パラゴンは無力な女探偵助手を見て嘲笑った
01011次の瞬間、パラゴンは異常を察した。鴉の羽のように黒い闇が、シキベを包み隠したからだ。意識が1レイヤ上に飛んだかのような覚醒感と恐怖をパラゴンは覚えた。(((あの夜と違う!この空間は!何だ!)))0101111それは闇ではなく傷だらけの探偵が纏うロングコートだった。
010111「ようやく事件解決だぜ、なあ!十年だぞ!」ディテクィヴは49マグナムを抜き放つ!パラゴンも反射的に銃を撃とうと西部劇ガンマンめいて手を動かす!(((そして排除する!私の美学と満足のために!)))0100100 BBLLAAMMNN!ガンドーが速い!「グワーッ!」
だが倒れぬ!パラゴンもまたこの一瞬でコトダマ空間認識者となったからだ!49マグナムの一撃は、カラテ1発ほどの重みに定義を書き換えられている!BLAMBLAMBLAM!ガンドーはさらに撃つ!「マイロード!マイロードォ!」パラゴンは肉体を徐々に崩壊させながらもドスを抜いて迫る!
「マイロードォ!非人道手術で辱められ……傷付いた貴方を後部座席に乗せ……ヤクザクランの包囲網を抜け……血みどろで見たあの海を……朝焼けの海を!おお、マイロード!誰も貴方の高貴さと苦しみを知らぬ!」パラゴンはブリザードの中を進む求道者の如く、銃弾の雨の中を前のめりに歩み寄る!
「せめて、貴様を!ジゴクへの道連れにィ!」すでにニンジャ装束は剥がれ落ち、01半壊しかけた傷だらけの肉体を晒すグレーターヤクザは、鬼気迫る形相でドスダガーを構え、ガンドーらのもとへ歩み寄ってくるのだ!何たる執念か!だがその時、一陣の風!ロングコートの裾が後方へ吹き流される!
パラゴンの執念により、ガンドーのニューロンが損傷を負い始めたまさにその時であった。コートの裾は後方へばさばさと吹き流され、ガンドーと同じ49マグナムニ挺を構えたシキベが現れた!ガンドーとシキベは視線も交わさぬまま、ZBR覚醒めいて瞳を大きく見開き、小さく笑った!笑ったのだ!
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!!四挺拳銃の馬鹿馬鹿しいほどに大袈裟なマズルフラッシュが、琵琶湖の闇を力強く切り裂く!
「!?マイロード……!マイロオオオオオード……!」パラゴンの論理肉体はついに崩壊し、シキベのすぐ手前でドスを握った手首だけとなって落ちた。それも、すぐに01還元されて消滅していった。蒸気を吐いてリボルバーが開き、空薬莢がこぼれ、KILLIN'、KILLIN'とサツバツの音。
ガンドーは、物理肉体のニューロンがチリチリ言い始めているのが解った。シャチホコの上に置かれたレトロな黒電話が、けたたましく鳴り出した。「なあ、カラスの旦那、まだちょっと時間はあるだろ」ガンドーは49マグナムを収めると、まだ少し困惑しているシキベの背中をどやして、駆けた。
「どこに行くんスか、所長ォ!?」シキベもコトダマ空間に順応している。その証拠に、時速100KMの速さで、ガンドーと並んでカワラ屋根を駆ける。「ずっとやりたいことが、あったのさ」実際ここは、彼女のためにあるような世界なのだ。探偵と助手は時間の止まった船内を並んで駆け抜けた。
階段を下り廊下を駆け抜けて……そうだ、豪勢なスシとワインが載った、白い分厚いクロスが敷かれた丸テーブルがいくつも並んでいる、あの大広間だ。ガンドーはコートをいつの間にか脱ぎ捨て、あの日のパーティ衣装になった。「アハッ!」シキベも、ガンドーの意図を感じ取り、泣きながら笑った。
テーブルの上にはまだ黒電話。「スゴイ贅沢」シキベは生まれて一度も食べたことが無いようなスシを見た。ガンドーは上等なワインを自分とシキベのグラスに注ぐと、おどけたような調子で座り、グラスを掲げた。「なあ、俺もシキベ=サンも、一仕事やり遂げたんだ!このくらい、いいじゃねえか!」
そして二人は痛快に笑いながらグラスを掲げ0101100111101111スシを頬ばり01111010111黒電話011110101011111なあ、クルゼ所長呼んだの、シキベ=サンなんだろ?00101001111いや、知らないスよ00001011それより眠くて0000110
「…ーッ!ハァーッ!ハァーッ!」ガンドーの物理肉体は、琵琶湖ダイブしてきたかのような汗で全身を包み、歯を食いしばって眼を開けた。それはLAN直結攻撃からわずか数秒の出来事!眼前ではパラゴンが爆発四散。よたよたと後ろに歩き、へたりこむ。「まだ、死なねえぞ」そして額を撫でる。
フェイスレスが無防備な彼をカイシャクすべく、背後から迫った。それすらも気付かぬガンドー。座り込むのみ。だが「キエーッ!」「グワーッ!」ドラゴン!ユカノのトビゲリが背後の敵を爆発四散させ、彼の頭上を飛び越えていった!ガンドーもまた、男の美学に浸って死ぬことは許されぬのだった!
ドラゴン・ニンジャは覚束ない記憶を手繰り寄せながら、水盤の制御にとりかかる。そうだ、まだシキベ=サンは生きてるんだぜ、とガンドーは自分の額の奥にあるバイオチップに言った。
だがカラテは尽き果て、身体を起こすことすら難しい。ガンドーはオスモウ観戦めいて座ったまま呟く。「それにな、あいつもだよ」ロードとカラテを激突させるフジキド・ケンジを見た。「あいつも少しは救われるべきなんだ。なあ、そうじゃねえか?」「そうね」ユカノが水盤を制御しながら言った。
9
ロードは忠実なるパラゴンの死を視界の端に捉えた。「クルシュナイ」彼は呟く。ギルドの最初の一人、そして最後の一人か。ショーグン・オーヴァーロードの実の子孫、インロウ・オブ・パワーの資格者であるドゴジマに今後付き従うのは、キンカク・テンプルから肉体を備えて降臨するニンジャ達だ。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが投擲したスリケンを指先で捉え、反対方向から斬りかかるダークニンジャに投げ返す。「イヤーッ!」ダークニンジャは側転で回避し、ベッピンをイアイ。ロードは素早く回転してドス・ダガーで二度ベッピンを切り払い、打ち返す。後ろ足でニンジャスレイヤーを蹴る。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を沈めてロードの蹴りをかわし、メイアルーアジコンパッソを繰り出す。ロードはブリッジしてこれをかわし、足元を狙ってきたダークニンジャのクナイをバック転で回避する。すぐにニンジャスレイヤーが踏み込んでくる。だが、所詮は手負い。「イヤーッ!」
接近しながらのチョップが届くよりも早く、ロードは懐に足を進め、掌を当てる。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは吹き飛び、堪え、回転着地した。「イヤーッ!」ダークニンジャの横斬撃を前転跳躍で飛び越し、頭部に蹴りを放つ。「イヤーッ!」黒ローブが斥力を生み、ダークニンジャは飛び下がる。
ロードの心中には、二人のニンジャを手玉に取る余裕よりも、不満が大きい。彼は制御水盤を見やる。ドラゴン・ニンジャが新たな命令を入力しようとしている。操作記憶を引き出そうとしているのだ。だがインターラプトが行えない。水盤の側へ逃れたあの正体不明の小娘のニンジャも邪魔、実に邪魔だ。
ZANKZANKZANK……現世に近づいたキンカクからは続々と新たなニンジャが送り込まれる。アーチニンジャ達を初めとする強者の降臨には、まだまだ時間がかかる。情報量の少ないニンジャから先に、こうして肉体を構成し、出現してくるのだ。
彼らはロードの血統力、そして身に宿すソガの威光には逆らわない。彼らは朧な存在であり、短時間のうちにアイデンティティや意志を構築する事ができないのだ。完全体となれば疑念や反抗心も湧いてこよう。その時までにこの場の邪魔者を全て殺し尽くし、万全にキョジツテンカンを整える必要がある。
「イヤーッ!」ダークニンジャが襲いかかる暗黒物質をカラテ斥力で牽制し、反動で宙を飛ぶ。あれも邪魔だ。もっぱらダークニンジャを狙うが、キンカクのニンジャ達もあの無軌道な攻撃に……否、ダークニンジャがそれとなく誘導しているのだ……少なからず犠牲になっている。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの中段突き、そして下段蹴りを素早くガード。今のドゴジマにはレジェンドヤクザ全盛期の肉体とカラテ、ソガのニンジャソウルがある。ぬるい。彼は掌打を繰り出す。ニンジャスレイヤーは身をそらし回避。もう一撃。「グワーッ!」「……」吹き飛ばしたが、やや浅い。
「イヤーッ!」ダークニンジャのクナイを弾き返す。さらに蹴りが来る。これもかわす。ダークニンジャが側転すると、その後ろから暗黒物質がロードに襲いかかる。「てめェもだ!」「イヤーッ!」掌打。暗黒物質が跳ね散る。「オオオ!」それらが渦巻き、ダークニンジャを襲う。カラテで弾き、跳ぶ。
ロードはドラゴン・ニンジャを一瞥する。水盤が光り輝き、照り返しを受けた。命令を通したか。その傍で小娘はロードを凝視している。ロードのニューロン鎧は強固だ。だが早々に排除せねばならぬ。この膠着を破る一瞬の揺らぎが必ず来る。その瞬間を捉えて、全ての敵を一秒で殺すべし。
くだらぬイクサである。しかしこの瑣末時を片付ければ、ニンジャミレニアムは美しく到来する。ニンジャ軍団を従え、ネオサイタマを、日本を平定すべし。ニンジャソウル憑依者達を地ならしし、ヨロシサン製薬を潰す。あれにはパラゴンが特にこだわっていた。もはやくだらぬが、ケジメである。
ZANKZANKZANK!さらなるニンジャが出現した。うち一体がドラゴン・ニンジャの攻撃をくぐり抜け、痛烈な一撃を叩き込んだ。さらに一体。さらに一体。……ロードの待ち望んだ瞬間が訪れた。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはロードへの二段目の蹴りを諦め、ユカノとエーリアスそれぞれにトドメを繰り出そうとしたフェイスレスめがけ、スリケンを投擲した。「グワーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」ユカノは体勢を立て直す。エーリアスを庇い、二体に立て続けに拳を打ち込んで破壊!
「命取りである」ロードはニンジャスレイヤーの胸に当てた掌を放し、ダークニンジャに向き直った。「ア……アバーッ!」ニンジャスレイヤーは両膝を突き、崩れた。胸の傷から血が噴き出した。「イヤーッ!」ロードはダークニンジャの斬撃をワン・インチで躱し、掌を通した。「グワーッ!」
ダークニンジャへのダメージは浅かった。ダークローブはそれ自体が命を持ったように動き、斥力を生み出すからだ。彼は体勢を整えようとした。「いただきィー!」「グワーッ!?」その身体に暗黒物質が巻きつく!「「アバーッ!」」惨殺されたフェイスレスの血溜まりの中からデスドレインが浮上!
「ヌウッ!」ダークニンジャが顔をしかめ、カラテで圧殺に抵抗した。デスドレインは吼えた。「アアー?頑張るのか?脳味噌撒き散らして歌えェ!」デスドレインはロードを睨んだ。ダークニンジャを空中で捉えた暗黒物質が、そのままロードめがけ巨人の腕めいて叩きつけられる!「イヤーッ!」
「イイイイヤアァーッ!」ダークニンジャを圧し包むアンコクトンが爆発した!内側からのカラテで拘束を破壊したダークニンジャは飛行方向のロードめがけベッピンを構える!キィィィィィ……切っ先が消えた!「イヤーッ!」「グワーッ!」デス・キリ!だが……浅い!ロードは切断されなかった!
ベッピンの刃はロードの筋肉と左肘骨を半ばまで断ち切っていたが、通り抜ける事はなかった。ロードは右掌をダークニンジャの胴体に叩きつけた。「グワーッ!」ダークニンジャは吹き飛ぶ!そこへ更にコマ回転しドスで斬りかかるロード!「イヤーッ!」「グワーッ!」斜めに斬り上げる!鮮血!
「アアアア!」そこへ雪崩れ込むアンコクトン!ロードは腕を庇い、回転跳躍した。アンコクトンは螺旋を描き襲いかかる!ロードは蹴りでカラテを叩き込み、再跳躍!アンコクトンはバラバラにほぐれて床に拡がり、無差別に跳ね回る!「「アバーッ!」」呑み込まれるフェイスレス!ロードは降下!
「クソがァ!」デスドレインが両手を広げ仰け反った。黒い毒花めいて拡がったアンコクトンが渦を巻き、触手が雌しべめいて十数本伸びる!ロードを迎え撃つ!「イヤーッ!」落ちながらロードはコマめいてキリモミ回転!両手にはドス・ダガー!触手を切断!切断!切断!切断!切断!そして本体を!
上腕!肘!肩!鎖骨!首!胴体!ロードは張力を失い崩れるアンコクトンの毒花の中へ着地した。ダークニンジャは転がって離れ、カタナを杖に身を支えた。デスドレインはバラバラに……なりかかった。血の代わりにアンコクトンが噴き出し、身体中を結び合わせ、縫い合わせた。「……ガイオン……」
「イヤーッ!」ロードはデスドレインにサマーソルトキックを繰り出した。デスドレインはまともにこれを受け、黒い水の中に叩きつけられた。「ガイオン……ショージャ……ノ……カネノオト」広大な天守閣の方々で白いタタミが天へ跳ね上げられた。アンコクトンが噴き出した。
ドウ!ドウ!ドウ!宙を舞うタタミ!ねじ切られるフスマ群!天守閣が!黒く汚されてゆく!「フジキド!」ユカノが咄嗟にニンジャスレイヤーのもとへ飛び、助け起こした。エーリアスはニューロン攻撃を絶やさず、鼻血を流しながらガンドーの手を掴む。ガンドーは水盤に寄りかかって起き、呻いた。
その場の者達はこの後のカタストロフを直感した。「イヤーッ!」ダークニンジャは遥か上の壁柱めがけてベッピンを投げて刺し、跳躍。柄の上に立つ。斜めの傷は深い。ダークローブは互いに侵食しあって修復されるが、肉体はそうはいかぬ。一方、ロードは片手を差し上げ、超自然タタミを召喚した。
然り。彼のやや上方に出現した白金のタタミ物体こそ、古事記にも書かれているジツ。ソガ・ニンジャことマスター・タタミの「タタミ・ジツ」である。ロードはひらりと飛び乗り、さらに幾つか白金タタミを召喚し、空中に固定すると、軽々と渡っていった。「ヤンナルネ」彼は呟き、見下ろした。
「ショッギョ……ムッジョノ……ヒビキアリ……オゴレルモノ……ヒサシカラズ……」デスドレインの人の形が黒く沸騰した。膨れ上がり、爆発した。天守閣に黒い濁流が溢れ出た。白いタタミが次々と宙を飛び、暗黒物質に呑み込まれてゆく。他の者達に脱出手段は?……無い。
ホログラム地球儀が消滅した。白いタタミは操作水盤周辺を除いてあらかた剥がされ尽くし、荒れ狂う暗黒物質の下、不可思議な真鍮のキョート城骨組みを剥き出しにしていた。「……」ダークニンジャは意識を保とうと努め、水盤の表示をニンジャ視力で注視した。ゲートは……閉じられつつある!
暗黒物質は意志を持って跳ね、フェイスレスを呑み込んでは押し潰し、殺害してゆく。新たなフェイスレスの出現はもはや無い。ゲートだ。真上の巨大な黒渦は、現れた時と同様、急速に薄らぎつつあった。ダークニンジャとロードは睨み合った。アンコクトンは生きたニンジャ達のもとへ雪崩れ込んだ。
「タダハルノヨ……ユメゴトシ……ヒトエカゼ……チリオナジ……」呪詛を、黒い飛沫を撒き散らし、アンコクトンが鎌首をもたげた。そして襲いかかった。ユカノ達は身構えた。身構えてどうしろというのだろう?アンコクトンが斜めに叩きつけられ……「イヤーッ!」「グワーッ!?」
ユカノは覚悟に閉じかけた目を見開いた。彼女は、そしてガンドーは、エーリアスは、目の前に立ちはだかる赤黒のニンジャの背中を見た。ニンジャスレイヤーは黒い呪われたニンジャの首を掴み、吊り上げていた。人型がもがいた。黒い液体が滑り落ち、デスドレインの姿が再び現れた。
「アバッ……アバッ、なん、だ、テメェ……」「こわっぱ」ぐい、と腕を持ち上げ、ニンジャスレイヤーはさらにデスドレインを高く吊り上げた。「オゴーッ!?」「泥遊びは、終いぞ」赤黒の背中から血が逆さに流れ、白い蒸気が立ち昇る。「……フジキド……?」ユカノの額を汗が流れ落ちる。
「オイ……オイ」ガンドーは呻いた。水盤にもたれかかった背中が滑り、再び座り込んだ。彼は震える手でマグナムを構えた。「ここで悪い冗談はやめてくれ……頼む」彼は祈るように言った。「頼む」「……」赤黒のニンジャはデスドレインを吊ったまま首を巡らせ(「離せ!畜生!」)、彼を見た。
その目に赤黒い炎が燃えていた。ガンドーは息を呑み、エーリアスは眉根を寄せて、危うくニューロンアタックの手綱を放しかけた。「冗談?私は冗談など申さぬ。オヌシと違ってな」「オゴッ、オゴーッ!殺す!殺す!」デスドレインがアンコクトンを再び渦巻かせた。「イヤーッ!」「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーは腕に力を込めた。その腕を赤黒く燃える血が伝い、新たなブレーサーを生成した。メンポが自ずから歪み、より禍々しい形状を作った。赤黒の炎は腕から指先へ!そしてデスドレインの体内へ流れ込む!「アアア!アアアアアア!」「カラテ知らずのサンシタめが!イクサの邪魔だ!」
痙攣するデスドレインの身体が内側から炎を放ち始めた!インガオホー!そして頭上!「イヤーッ!」ダークニンジャは跳ぶ!跳びながら後ろへ手を翳す!ベッピンが不服げに呻き、自ら柱から放たれて彼の手に戻る。ダークニンジャは超自然タタミを次々に蹴り上がる!ロードはカラテを構える!
「イヤーッ!」第一の切り結び!二者は互いを弾き合い、別の超自然タタミの上に着地!ロードはひらりと踵を返し、さらなる超自然タタミを次々に召喚、不完全な螺旋階段めいて天井の穴を抜け、天守閣カワラ屋根へ上がった。すぐさまダークニンジャも後を追い、空の下で対峙する!
「この城は貴様には過ぎた玩具であった」ダークニンジャはベッピンを構えた。その足元におびただしい血が溢れる。「ゲートは閉じ、キンカクとの接続は絶たれる。ゴハサンだ」一方、ロードは傷ついた左腕をだらりと垂らし、片手のカラテ姿勢を取った。「よい。やや時間が延びた、それだけの事」
「……」空気が張り詰めた。「お前の傷は実際重い」ロードは超然と言った。「もはや、一度の切り結びにも耐えられまい。息のひと吹きで消える虚しき命。ひれ伏し、ハイクを詠むのが最もよい」「断る。生きる」
ダークニンジャのローブの裾が風にはためいた。彼は生への渇望を殺意に換え、研ぎ澄ませた。ロードは手負いだ。一刀に賭ける。切り伏せ、殺し、ヤミ・ウチでソウルを吸い、己の命を繋ぐ。捨て鉢なヤバレカバレと言わば言え!「最後に笑うのはおれだ!」その時、城が激しく揺れた。二者は跳んだ!
……「アアアアアアアア!」デスドレインは苦悶した。目から、口から、無数の傷口の裂け目から、噴き出すのは血ではない。アンコクトンでも無い。赤黒の炎なのだ。ニンジャスレイヤーは決断的無慈悲で恐るべきエネルギーを送り込み続けた。「ヌウーッ!」「やめろ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!」
「笑止!」ニンジャスレイヤーは燃える目を見開いた。「己はブザマに命乞いてか!生きてなんとする!申してみよ!」「アガッ、アアア、アア!AAARGH!」デスドレインはニンジャスレイヤーの腕を両手で掴んだ。その手が焼け、ブスブスと煙を噴いた。「き、決まってらァ!殺すんだよォーッ!」
ニンジャスレイヤーは……ナラク、否、フジキド・ケンジは!彼は目の前のデスドレインを炎によって苛みながら、とめどなく涌き出して来ようとする邪悪な歓喜、暗い快楽の気配と闘う。これはイクサ!敵を滅ぼす!厳粛な道を踏み外せば、途端に己はナラク・ニンジャとなるであろう。「イヤーッ!」
力が要る!力に堕してはならぬ!マルノウチ・スゴイタカイビル!カラテ!チャドー!フーリンカザン!そしてチャドー!「イヤーッ!」「AAAAARGHH!」デスドレインはもがき続ける!並のニンジャであれば四度は消し炭と化したであろうカトン・トーチャリングだ!なんたるニンジャ生命力か!
「畜生!畜生!まだだ!死にたくねえ!死にたくねェんだよォ!」デスドレインは足掻いた。執着!身勝手極まる、だがあまりにも強い底なしの執着!自らの生命への執着!「もっとだ!もっとやるンだよォ!なんとか!なんとかしろォ!アアアア!」彼が呼びかけるのはニューロンの同居者!ダイコク!
……このコンマ5秒後、ニンジャスレイヤーを襲った葛藤は強烈であった。彼の、フジキドの、ナラクに対するある種無謀な駆け引きの、最初の試金石でもあった。
デスドレインの身体を内側から冒す炎よりもなお激しい勢いで、黒い液体が泡立ちながら噴き出して来た。ニンジャスレイヤーは決して離しはしない。ずるりと何かが落ちた。……デスドレイン?ニンジャスレイヤーは依然、アンコクトンの人型を吊り上げている。だが生身の男が足元に落ちたのだ。
「ハァーッ……ハァーッ」デスドレインだ。制御水盤を中心とするこの足場だけは白いタタミが無事だ。男は這う。ニンジャスレイヤーは予兆を察知した。(((殺せ)))だが彼はガンドー達に向き直った。真鍮骨組が剥き出しになった天守閣にわだかまるアンコクトンが、全方向から飛び来たった。
ニンジャスレイヤーはもはや起き上がる余力の無いガンドーを両手で掴み上げた。そしてユカノとエーリアスに叫んだ。「跳べ!上の足場だ!」逡巡の間は無い!「「イヤーッ!」」二人は跳んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは同じ方向めがけ、ガンドーを米俵めいて投げつけた!
「アバッ、ハーッ……もう知らねェ……ぜ」デスドレインが白タタミの縁へ這った。そこから床下の闇へ、こぼれ落ちた。「ハッ、ヘ、ハッハハハ!ヘハハハハハ……」笑いながら真っ逆さまに落ちてゆくデスドレイン……見届ける間などありはしない。ニンジャスレイヤーにアンコクトンが襲いかかった。
黒い濁流が渦巻き、水盤のある白タタミに龍めいて次々に体当たりをかける!「フジキドーッ!」ユカノが叫んだ。「危ねえ!」エーリアスは後ろから組みつき、落ちぬよう助けた。ガンドーが呻いた「アバッ……」ナムアミダブツ!これは一体何であるか?主の失せたアンコクトン!制御不能!
BOOOM!BOOOOOOOM!城が鳴動した。黒い奔流が下の闇から迫り上がって来た。壁が崩れ、空が見えた。ニンジャスレイヤーのいた場所は黒い雪玉めいた物体と化している。ナムサン!だが、(イヤーッ!)聴くがいい!(イヤーッ!イヤーッ!)黒い雪玉が震える!内側からの打撃で歪む!
(イヤーッ!イヤーッ!)歪む!爆ぜる!「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーがアンコクトン球体を破壊し、斜めに飛び出す!然り!ヘカトンケイルの体内をも打ち破った男がこれで死ぬ筈無し!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはフックロープを放ち、超自然タタミに引っ掛けて更に跳んだ。
「ニンジャスレイヤー=サン!」エーリアスが叫んだ。ニンジャスレイヤーは再びフックロープを放ち、より上の超自然タタミに取り付きながら、エーリアスを見た。「攻撃の手を休めるな!」「まッ……任せとけよ!」「イヤーッ!」さらに上のタタミへフックロープ!「イヤーッ!」
BOOM!BOOOM!黒い泥で覆われた盲目の大蛇あるいは蚯蚓めいて、アンコクトンが城中に体当たりを繰り返す音!弾けたアンコクトンの大玉は無数の触手と化して、白かったこの巨大な天守閣空間をいまだ蹂躙し続ける。ユカノは眉根を寄せ、再び現れた制御水盤を見やった。ナムサン……無事だ。
「どうすンだ……」ガンドーが呻いた。「私がやらねばならない」ユカノは決断的に答えた。「イヤーッ!」彼女はいまだアンコクトン渦巻く下方、制御水盤めがけ跳んだ。
◆◆◆
ダークニンジャはロードと同時に跳んだ。一撃で決める。ロードの言葉はあながち当てずっぽうの挑発でもない。斜めに斬り上げられた傷は相当に深い。(((失血死だと?ふざけるな)))飛びながらダークニンジャはイアイを構えた。ベッピンが鳴いた。彼の目の前に光り輝く壁が出現した。タタミだ。
ダークニンジャのニューロンが加速した。このあとタタミ越しの掌打が来る。ソガ・ニンジャは召喚タタミで盾めいて敵の攻撃を防ぐとともに、それを掌で打ち、衝撃波を浸透させて向こう側の敵を攻撃する攻防一体のカラテを得意としたという。自らの目で歴史的アーツを目にする感慨は残念ながら皆無。
タタミを切断する?否。敵はもとよりそれが狙いだ。だからといってタタミに激突するなど愚の骨頂。ダークニンジャは己のニューロンでダークローブを制御し、斥力を発生させた。彼の飛行軌道は直角に修正され、真横にタタミを避けた。直後、タタミが爆発した。ロードが内側から掌打を当てたのだ。
ダークニンジャはこれを避ける事ができた。ダークローブが再び斥力を発生させた。ロードの側面!死角だ。彼はベッピンを構える。ロードはぐるりと方向転換した。足場として新たな超自然タタミを発生させている。ダークニンジャはデス・キリを……放たない。カタナの鞘を掲げ、強烈な蹴りを受けた。
ダークニンジャは弾き飛ばされ、カワラを吹き飛ばして転がる。「グワーッ!」何故?彼のニンジャ第六感が接近する災害存在を察知したのだ。屋根の下から次々にアンコクトンが飛び出し、空をうねくった。ロードは回転ジャンプし回避。一瞬前に二者が居た箇所をアンコクトンが通過した。ナムサン!
次々に黒い龍が空を踊り、旋回しては、屋根めがけて降り注ぐ。ダークニンジャ、そしてロードはこれを回避せざるを得ない。「ガイオン」「ショージャノ」「カネノコエ」「ショッギョムッジョノ」「ヒビキアリ」呪詛が空気を震わせる。ダークニンジャは転がって躱し、起き上がる。命。命はまだある。
それは悪夢めいた光景である。デスドレインにかようなジツ・ワザマエがあろうものか。否……神話級ニンジャその人でなくば、到底かような天災めいたジツなど為せるべくも無し。デスドレインの姿も見えない。となれば、これはこの恐るべきエネルギー存在それ自体が意志もて動いているのだ。何故?
デスドレインは己が欲望の為、無自覚にこの邪神存在を押さえ込んでいたとすれば皮肉な話だ。ダークニンジャは高速思考した。この命。どう使う。ロードか?このアンコクトンか?どちらだ。「Wasshoi!」その瞬間、新たなニンジャが天守閣からこの場へ到達した。ニンジャスレイヤー。
(((ならば……)))ダークニンジャは結論を出した。ネクサスのリンケージは?活きている。だが今繋ぐべきはホンマル下方の部下達ではない。ドラゴン・ニンジャだ。制御水盤だ。アンコクトンが降り注ぐ。「イヤーッ!」ダークニンジャは駆けた。そしてカワラ屋根から下へ飛び降りた。
……「次から次へと」ロード・オブ・ザイバツはニンジャスレイヤーと対峙した。「ヤンナルネ」「ソガ・ニンジャ」ニンジャスレイヤーは低く言った。メンポの呼吸孔から火煙を吐く。「相手に不足無し」ジュー・ジツを構えた。普段の構えよりもやや前傾姿勢である。獰猛なアトモスフィアであった。
「……何をした」ロードが問うた。ニンジャスレイヤーの別人めいた圧力を。ニンジャスレイヤーはただ、言い放った。「ニンジャ、殺すべし!」「イヤーッ!」彼らは駆け出した!周囲にアンコクトン触手が降り注ぐが、二者はニンジャ判断力によりアンコクトン落下軌道を読み、回避は行わない!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出した。ロードは前転してこれを躱し、後ろのニンジャスレイヤーめがけタタミを召喚!視界を遮り、死角へ飛び出しながらドス・ダガーを投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは反応し、裏拳でこれを弾き返す!「イヤーッ!」
既にロードはニンジャスレイヤーの腹に掌を当てていた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ドウ!空気が震えた。ニンジャスレイヤーが震動し、カワラ上を1フィート後ろへ滑った。「ハーッ……」「何と?」ロードは訝しんだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが至近距離からスリケン投擲!そして跳ぶ!
ロードはスリケンを回避できない。右手を回して弾き飛ばす。ナムサン、さきのデス・キリによって左腕はざっくりと裂けており、防御と攻撃を一時に行うのが困難な状況なのだ。ニンジャスレイヤーが空中で一回転し、踵を振り下ろす!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ロードは右腕でこれを受ける!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踵を支点にぐるりとロードの右腕に飛びつき、転倒させた!「グワーッ!」腕十字をかけにゆく!「イヤーッ!」ロードは頭上に超自然タタミを瞬時に召喚!ニンジャスレイヤーの首めがけ、ギロチンめいてタタミが落下!「イヤーッ!」関節を諦め、バック転回避!
「イヤーッ!」ロードは落下させた超自然タタミを、間合いを取ったニンジャスレイヤーめがけて蹴る!壁めいて飛来する超自然タタミをニンジャスレイヤーは側転回避!スリケンを投擲!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ロードはコマめいたキリモミ回転でスリケンを躱しながら接近、回し蹴りを放つ!
「イヤーッ!」今度はニンジャスレイヤーが回避が間に合わぬ!彼は腕を上げて蹴り足を受けた。重い!「ヌウーッ!」ガードが開いた。そこへ叩き込まれるヤリめいたサイドキック!喉下に命中!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは吹き飛び、カワラをウケミした。落下地点にアンコクトンが降る!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟にこれをワーム・ムーブメントで側面回避し、転がりながらスリケンを四連続投擲!ロードは天高く回転ジャンプしてこれを回避!落下しながらのカワラ割りパンチをまさにカワラ上のニンジャスレイヤーめがけ撃ち下ろす!「イヤーッ!」KRAAAASH!
複数枚のカワラが宙を舞った。ニンジャスレイヤーは転がってこの恐るべき破壊攻撃を回避すると、起き上がって、宙に舞ったカワラを間にロードと向かい合った。二者は手近のカワラを次々に殴りつける!「イヤーッ!」「イヤーッ!」互いめがけて射出されるカワラ弾丸!「イヤーッ!」「イヤーッ!」
カワラ同士が互いにぶつかり合い、次々に空中で粉砕!全てのカワラが粉砕消滅した瞬間、ロードは懐に潜り込み、再び掌打を当てた!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの身体は後ろへ押され震動した。これはチャドー暗殺拳の秘技!掌打の蓄積ダメージを拡散する専用防御技術だ!
だが!「今の一打は深く通った」ロードは優雅にカラテを構え直す。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが不可視の鞭で激しく打たれたように苦悶!そこへ襲い来る踏み込みながらの激烈なフック!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーを直撃!さらに回し蹴り!「イヤーッ!」「グワーッ!」
BOOOM!BOOOOM!城が震動を繰り返し、下方では崩壊めいた轟音がこの天守閣屋根にまで届いて来る。BOOOOOM!黒い蛇が躍り上がった。キョート城のホンマルの堀以西に亀裂が生じ、ついにバラバラに砕けて遙か下のガイオンへ降り始めた。ホウリュウ・テンプル!史跡がもうダメだ!
「グワーッ……」苦悶するニンジャスレイヤーめがけ、ロードはゆっくり歩きながら超自然タタミギロチンを召喚、落下させる。ニンジャスレイヤーは咄嗟に跳ね起きこれを回避!回避先の頭上にも新たな超自然タタミ!再び落下!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転回避、そのままバックフリップ!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」空中からスリケンを連続投擲!ロードはそれらを素早い右手動作で全て受け流してしまった。しかもニンジャスレイヤーの落下地点を見よ!ボックス状に発生した四枚のタタミだ!罠だ!ニンジャスレイヤーはその中へ着地するしかない!「ヌゥーッ!」
そして五枚目のタタミが上を塞ぐ!「モスキート・ダイビング・トゥ・ベイルファイアな」ロードはタタミの前に立ち、掌打を叩きつけた!「イヤーッ!」「グワーッ!」ナ、ナムサン!なんたる回避不能非道打撃か!四方と頭上を電話ボックスめいて塞がれ、回避手段が奪われたところへ衝撃波攻撃だ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」中から聴こえるくぐもった呻き声!「イヤーッ!」「グワーッ!」またしても!「イヤーッ!」「グワーッ!」回避手段無し!「イヤーッ!」「グワーッ!」アナヤ!これではジリー・プアー(徐々に不利)どころの話ではない……実際死ぬ!「イヤーッ!」「グワーッ!」
ズシッ……ズシッ……ズシッ……ズシッ……ロードは粛々と、粛々と掌打を打ち込み続けた。これは処刑である。どんなニンジャであろうと、死ぬまで打撃を打ち込み続ければ、死ぬ。
彼のジゴクめいた攻撃の周囲ではアンコクトンが飛び回り、城を破壊し続ける。だがニンジャ真鍮の骨組みや底部の動力装置、琥珀ニンジャ像装置など、クリティカルな機構を壊す事など到底できはしない。それらが無事であれば、所詮どうでもよいことだ。
ズシッ……ズシッ……ズシッ……ズシズシッ。「?」ロードは己の掌に不可解な痺れを感じ取った。だが彼は処刑の手を緩めはしない。ズシズシッ。「……?」またしてもだ。ロードはカラテを構え直し、再び掌打を叩き込んだ。ズズシシッ、「ヌウッ!?」ロードは後ずさった。「これは?」
ロードはある可能性に思い至る。内側から、打ち返しているというのか?衝撃を相殺し、むしろこちらへ……返す?「コシャク」ロードは再び踏み込んだ。攻撃の手、緩めるべからず!「イヤーッ!」「イヤーッ!」内側からニンジャスレイヤーの叫び!「グワーッ!?」タタミが震え、ロードが弾かれた!
「ヌウウーッ!」ロードは踏みとどまり、さらなる掌打を繰り出す!だが「イヤーッ!」「グワーッ!」再びタタミが衝撃をロードへフィードバック!ロードは仰向けに倒され、カワラにウケミして起き上がった。「バカな……」「イヤーッ!」SMASH!ロードめがけ、そのタタミが射出された!
「グワーッ!?」ロードは射出されたタタミを壁めいて受け、再び打ち倒された!ゴウランガ!崩されたタタミ封印の中から決断的に歩み出てくるのはニンジャスレイヤーだ!ニンジャスレイヤーは何をしていたのか?タタミの反対側から全く同じタイミングで打撃を加え、衝撃波を跳ね返したのだ!
チャドー!フーリンカザン!そしてチャドー!ニンジャスレイヤーはタタミの外のニンジャソウルの動きを極度の精神集中によって読み取り、反撃タイミングを同期させてみせた!「何故、かような打開策を……」ロードは思わず呻いた。ニンジャスレイヤーは言い捨てた。「状況判断だ」
「おのれニンジャスレイヤー=サン」ロードは後ずさり、片手のカラテを構え直した。「おのれ、路傍の石に過ぎず、所詮はこの日の為の我が装置にすぎぬお前が、こうまで牙を剥くとは……こうまでも……」「……」ニンジャスレイヤーはツカツカと接近する。ロードは激昂した。「私は創造主であるぞ」
歩きながら、ニンジャスレイヤーはひととき、目を閉じた。(((力を。やり遂げる力を。フユコ。トチノキ。やり遂げる力を。成し遂げる力を)))「イヤーッ!」ロードは踏み込んだ。狙い澄ました、渦を巻くような捻りを加えた暗殺掌打だ!ニンジャスレイヤーは目を見開く!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは水の流れのように自然に、一切の淀み無く、回転しながらロードのワン・インチ距離に滑り込んだ。ニンジャスレイヤーはそのまま回転し続ける。ロードは己の掌打が躱されていた事にその時気づいた。ニンジャスレイヤーは回転し続ける。何かが来る。
何が来る?何をすべきか?今インターラプトすべきか?だがそれよりも早いカウンター打撃が来れば終いだ。ロードは逡巡した。逡巡。ソガ・ニンジャの憑依者、ショーグン・オーヴァーロードの直系、レジェンドヤクザ・ドゴジマ・ゼイモンたる彼が、逡巡している。呑まれている。気圧されている。
いつだ。いつこの……いつ、この振り上げた再度の掌打を繰り出し、インターラプトすべきか。失敗は許されない。許されない?なぜだ。なぜこうも圧されている。路傍の石に。(((此奴などよりも重い宿命を背負い、支配者としての力と責任を歴史に託されたこの私がこのような))) パ ァ ン
奇妙な破裂音が響き渡った。ニンジャスレイヤーはロードを飛び越し、両手を広げて上空にいた。十字のシルエットはそのままクルクルと回転し、ロードの背後に着地した。……右足首に蹴り。脇腹に拳。跳びながら肩に肘。側頭部に蹴り。打撃は一瞬のうちに四度。チャドー奥義。アラシノケン。
「アバーッ!」ドウドウドウドウ!ロード・オブ・ザイバツの身体が激烈に痙攣し、のけぞり、吹き飛んだ。白金のキツネオメーンが粉々に砕け、ドゴジマの素顔があらわになった。耳、鼻、口から血を噴き、膝から崩れ落ちた。「……これが路傍の石だ。何某とやら」ニンジャスレイヤーは言い捨てた。
10
「アバッ!」ロードは起き上がろうとし、再び倒れた。「アバ、アバババーッ!」吐血!さらに吐血!内臓破裂!アラシノケン完全成功時の恐るべきエフェクト!超音速で4度の打撃をほぼ同時に叩き込まれた対象の体内ではカラテ衝撃力が互いに衝突して内的爆発を生じ、ズタズタに破壊してしまうのだ!
かつての死闘においてこのチャドー暗殺拳必殺奥義を用いた事は数度ある。だが、ここまでのエフェクトを引き起こす四打撃合一の結果はニンジャスレイヤー自身にとっても初めての経験だ。ニンジャスレイヤーの目は燃えていた。赤黒く燃えていた!「アバババーッ!」ロードがカワラ上をのたうつ!
ニンジャスレイヤーはザンシンした。もはやロードは数分も生きられぬであろう。カイシャクせよ!ニンジャスレイヤーは決断的に近づく。彼の周囲ではアンコクトンがグルグルと飛び交う。もはや城の震動は地震めいて恐るべきさまだ。と、それらアンコクトンが突如、一斉に弾けた。
爆発した黒い飛翔粘液体は蜘蛛の巣状に城の上空を、周囲を包み込むように覆った。(((AAAARRGHH)))ニンジャスレイヤーのニューロンが断末魔を聴き取った。アンコクトンが放った悲鳴であろうか?ドウ!ドウドウ!蜘蛛の巣状のアンコクトンがさらに細かい爆発を繰り返し、拡散してゆく。
ゴウランガ!まさにそれはドラゴン・ユカノの仕事だ!下の天守閣巨大広間ではユカノが制御水盤から顔を上げ、額の汗を拭った。水盤周囲のアンコクトンは苦悶するかのように引きつり、黒いセンコ花火めいて爆発を繰り返す。その傍ら、ダークニンジャはベッピンを鞘に納めた。彼はその場でアグラした。
制御盤の古代ニンジャ文字を読む事ができたなら、その者は、キョート城が備えるアンタイ・ニンジャソウル・フィールド発生装置がアクティブになった事を理解したはずだ。「キンカクテンプルのバックドアをこじ開け、カツ・ワンソーのコトダマ領土へ進撃する為の超自然前哨基地。それがキョート城だ」
ダークニンジャは己のニンジャ耐久力、ニンジャ回復力を少しでも補う為にアグラし、虚空を睨んでいた。彼はユカノに言った。「ゆえに当然、キンカク・テンプルから迎撃に現れるニンジャソウル体を想定した防衛機構も備わっている。貴方の機構だ。ドラゴン・ニンジャ=サン」「……」
「主なきアンコクトンにこの機構が働くかどうかは賭けであった。だが賭けに勝った」ダークニンジャは続けた。「ロードとパラゴンは誤った知識のもと、誤った運用を行った。愚かな事だ。現世から攻め込むべき城塞の護りを無防備にも開き、みすみす奴らの現世への侵入を許そうとするなど」
ダークニンジャは今なお強固に浮かんだままの超自然タタミ上で彼にリボルバーを向けるディテクティヴを見た。ダークニンジャは鞘を掴んだままだ。「そンで、お前さんはどうするってんだ」ガンドーは言い、ユカノを顎で指した「用が済んだら、そこのユカノ=サンをこっちへ渡してもらおうか」
「断る」ダークニンジャはアグラしたまま言った。「城の機構に最も精通するのは残念ながらおれではない。ドラゴン・ニンジャ=サンだ。彼女が万全な記憶を取り戻せば、万事巧くいく」「アア?」ディテクティヴが顔をしかめた。「カツ・ワンソーとやらに戦争をおっぱじめようってのか?」「そうだ」
「何を身勝手な」ユカノが言った。「私が易々と従うとお考えか。我が師ドラゴン・ゲンドーソーの仇」「易々と従うとは思っておらん」ダークニンジャは睨んだ。「だが従ってもらう」ガンドーが唾を飲んだ。「てめえ……」「やめておけ」とダークニンジャ。「お前を十人殺す程度の余力はある」
一瞬にして天守閣巨大広間のアトモスフィアが張りつめた。BOOOM!BOOOOOM!亀裂だらけの壁の外からは、アンコクトンが粉々に爆発し拡散する轟音が今なお聴こえて来る。「……」「……」「……」「グワーッ!?」突如その剣呑な静寂を破ったのは、誰あろう、エーリアスであった。
「どうしたァ」ディテクティヴはダークニンジャにリボルバーを照準したままエーリアスに言った。「なん……だ……こりゃ……畜生!」エーリアスの目から赤い血が流れ出した。「オオオ!クソったれ!」彼女は頭を抱え、超自然タタミに突っ伏した。「アアアアア」「オイオイ!」何が……一体何が?
「ロード……何考えて……死ねッて……いい加減、クソッ!グワーッ!」エーリアスがのたうった。「オイ!」ガンドーはエーリアスを揺さぶった。「どうした!オイオイオイ罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰
罪罰罪罰罪罰罪罰ルシュナイ……クルシュナイ、クル……罪罰罪罰ードはカワラ上を這いずった。ニンジャスレイヤーはツカツカとロードにカイシャクすべく近づいて来る罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰ロードはその脇を這いずって通り抜けた。彼のニューロンはエーリアスによって焼き尽されようとしている。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはカワラ屋根を踏み砕いた。そこにロードの頭部は無い。ニンジャスレイヤーは訝っ罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰ロードは己のニューロンポート・ファイアーウォールを塞ぐ鎧をもはや捨て、己の脳を焼かれながら、キョジツテンカンホーの網を再び展開し罪罰罪罰
彼を動かすものはなんであろう?体内はもはやミキサーをかけられたかのように損壊し、這いずるたび、体中から血や肉が溢れて来る。意志だ。邪悪な執念が彼の体を動かしている。ドゴジマ・ゼイモンの意志。そして身に宿すソガ・ニンジャの、自我無き精神力が・その体を動か罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪
罪罰あるいは彼の肉体そのものがキョジツテンカンされ、肉体が自らの死をも忘れているとでも罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰ロードはカワラ屋根に大きく穿た罪罰罪罰罪罰罪罰た穴へ身を投げ出した。「ヤンナルネ……」
彼は落下した。その直下には……琥珀の玉座がある。アンコクトンの渦が既にそれを覆う円形屋根など破壊し去り、タタミも床も剥がし尽くして、円形の石の足場と玉座だけが、対岸の制御水盤と向かい合うように罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰
罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰ードは琥珀の玉座に深々ともたれた。玉座は既に認証を行ったこのロード・オブ・ザイバツを主として受け入れる。玉座が輝きを放った。ロードの肉体もまた光り始める。輪郭がぼやける。細かい0と1で構成された超自然の霧に罪罰罪罰罪罰罪罰罪罰罪
「大儀である」ロードは片手を上げ、対岸のドラゴン・ニンジャに、ダークニンジャに、超自然タタミ上の二人のニンジャに、ドゲザを命じた。なぜなら彼はキョート城の正当支配者であり、帝王だ。滅び行く彼の肉体は琥珀玉座の転送システムによって01還元され、キンカク・テンプルで永遠の罪罰罪罰
罪罰罪0100罰罪罰罪罰罪罰罪01000010罰罪罰罪罰罪罪罰罪罰罪罰01000010010001001「イヤーッ!」「アバーッ!?」ロードは血を吐いた。目の前のダークニンジャを見た。それから己の胸に鍔まで埋め込まれ、玉座をも貫通した冷たい刃を見た。「なぜ」ロードは呟いた。
「俺だ」超自然タタミの上の女が身を起こした。目鼻から血を流しながら、苦しげに笑った。「お前が捨て身で来るってンなら、他の奴らの心に傘を差すしかねえ。無茶させやがってよォ、一瞬なら……」女は気を失い、倒れ込んだ。ロードはダークニンジャの目を見た。もはや悲鳴を上げる力も無し。
「キリステ……」ダークニンジャが刃を捻った。「ゴーメン!」「アバーッ!」もはや肉体すら満足に留めおかぬ様と成り果てたロードの魂を、呪われた刃は容易く啜った。ドゴジマ・ゼイモンは、ソガ・ニンジャのソウルは、一瞬で闇に囚われ消滅した。ナムアミダブツ!インガオホー!インガオッホー!
そして不可思議な事が起こる!BOOOMBOOOMBOOOM……拡散したアンコクトンが壁の裂け目から蠅めいて玉座へ跳び来たり、ダークニンジャと、そしてロードを黒い渦で囲い込んだのだ。渦は無数の罪罰のカンジとなり、二者にまとわりついた。だがやがてそれらは01のノイズと化す。
キョジツテンカン……暴走……アンコクトン……ダークニンジャの脳裏に幾つかの可能性検証のパルスが閃いた。しかしそれも、巨大なニンジャソウルが刃を通って自らに流れ込む苦痛が押し流した。彼は奥歯を噛み締め、強固な意志によって自我を保った。彼の周囲には闇があった。闇が。
◆◆◆
エーリアスは強く揺さぶられ、目を開いた。「アイエッ!?」覗き込むディテクティヴ。「よし。異常ねえな……ZBRキメるか?」「エッ!?」ディテクティヴは頭に手を乗せた。「ハ。冗談さ。持ってねえしな」「オヌシはどうなのだ」その側に立つニンジャスレイヤーが問うた。「立てるのか」
「どうってことないさ。本当だぜ」ディテクティヴは呻き、立ち上がった。「行くぞ」ニンジャスレイヤーが促した。「実際、時間がありません」ユカノが言った。「今の出来事がこの城の機構に何かを」彼女は水盤を示した。沸騰し、煮えたぎっている!「おッ、俺、どれくらい寝てた?」「一分だ」
エーリアスは対岸、玉座が会った場所で渦巻く黒い質量を持った竜巻を見やった。彼女はすぐに一分前の出来事を思い出した。彼女のコトダマ視界が黒い竜巻の中を透かそうとした。あれでロードが死んだ事は確かだ。だがダークニンジャは……?KABOOOM!天井が崩落する!「走れ!」
「走る?」ニンジャスレイヤーがディテクティヴを見た。足場は小さい。下は骨組みばかりの闇。かすかに真鍮の螺旋階段が見える。「跳べ!」ディテクティヴは慌てて言い直し、身を踊らせた。「イヤーッ!」ドウ!ドウドウドウ!一時は制御された筈のアンコクトンが再び城内に流れ込んで来た!
四人は真鍮螺旋階段を駆け下りる!激しい揺れが繰り返し襲い来る。ZMZMZMZMZM……生き物めいた黒い濁流の存在が頭上を蠢く!この階段はどこに通じるのか?そもそも、どう逃げる?ガイオン上空を浮遊するこの孤立城塞から?絶望的な問いに答えるかのように、IRCノーティスを受信!
「ドーモ、ナンシー・リーです」「無事か!」ニンジャスレイヤーは応答した。「ええ。そっちはどう」「終わった。ロードは滅びた。ユカノ=サンは無事だ。脱出せねば」「ルートを送る。合流地点に急いで。……キョート旅行もお終いね」「ああ。そうだ」ニンジャスレイヤーは言った。「お終いだ」
【キョート・ヘル・オン・アース:急:ラスト・スキャッタリング・サーフィス】終
エピローグ
天守閣から城の地下・琥珀ニンジャ像の広間まで、真っ直ぐに竪穴が貫通している事は、皆さんがご存知の通りである。崩壊した天守閣の穴から滑り落ちたデスドレインは、真っ逆さまにこの竪穴を落ちて行った。
行き着く先、琥珀ニンジャ像の間は、既に少し前までの豪壮な面影既になく、アンコクトンによって蹂躙され、その床にはめちゃくちゃな亀裂と大穴が穿たれていた。デスドレインは真っすぐに落下した。やがて、城の底部、吸魂クリスタルの隙間から、地上へと墜ちて行った。
墜ちながら、デスドレインは巨大な浮遊キョート城を見上げた。彼の落下に従ってどんどん視界の中で小さくなる城は、分離したアンコクトンの竜巻めいた濁流に包まれつつあった。デスドレインは目を細めた。彼の身体には今なお、身体を繋ぎ止めるだけのアンコクトンが残存している。他を切って捨てた。
「ざまァ見ろ」デスドレインは呟いた。「早く無くなっちまえ」黒い渦。不思議と今の彼の心の中には、焦りや怒りは無かった。「さすがに終わりかァ?しょうもねェな、ハ、ハ、ハ!」彼は墜ちて行った。墜ちて行った。咎。咎咎咎咎笑って死ねると思うなよ咎咎咎
……「冷てェ!」自らの叫びで彼は目を覚ました。「ンだァ、ここは」起き上がろうとした。そこで彼は己の両腕両足に繋がれた枷に気づいた。無骨で、錆が浮き、何か嫌な感じがする。鼻をひくつかせた。頭上に光が見える。ここはどこか洞窟じみた場所であり、遥か上の裂け目から空が覗いているのだ。
「ナメたクチききやがって」デスドレインは唸った。己のニューロンをざわつかせる怨嗟の声は常に、はっきりと聴き取れぬざわめきに過ぎない。あのとき不意に、ざわめきはユニゾンとなって、呪詛を吐いた。「クソが」アンコクトンを染み出させるが、期待した量が生まれない。もっと殺さないとダメだ。
どうする。誰だ。ここに繋ぎやがったのは。デスドレインは眼前の壁を睨んだ。断崖めいた壁に、消えかかった文字がある。「反省房」。……「反省?ナメんなよ……」「そう。反省です」凛とした声が響いた。デスドレインはそちらを睨んだ。不快な声だ。現れたのは、粥を手に持ったボンズだった。
「おォォ!」デスドレインは襲いかかろうとした。鎖がピンと張り、彼は跳ね返って後ろの岩壁に叩きつけられた。「グワーッ!」「ニンジャとなった直後、私はこのハンセイボウ・マウンテンに籠もり、己を律する修行をしました」若いボンズはよく通る声で言った。「その鎖に、自らを繋ぎ、ザゼンした」
ボンズは粥をデスドレインの目の前に置こうとした。デスドレインは再び襲いかかった。「オォォ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」容赦なき正拳突きがデスドレインの顔面に叩き込まれた!背中から再び壁に激突!「グワーッ!」粥を片手に持ちながら、なんという打撃!ボンズは平然と椀を置いた。
「オゲーッ」デスドレインは口からアンコクトンを吐いた。椀の中の粥に黒い粘液がピシャリと被さり、汚染した。デスドレインはボンズを睨んだ。「反省だァ?」「反省です。それはジツを封じる鎖です」「反省です、じゃねェー!殺してェなら殺せ!楽しい人生だったぜ、アァ?」「ゆえに殺しません」
ボンズは言った。「これは私に課せられた試練と考えています」「試練だァ!?てめェ、ふざけるなよ……おい!チンケな鎖だァ!とっとと引きちぎって、口から腕を押し込んで心臓を潰してやる!アア?それともテメェの内臓を鏡で見ながら死ぬか?絶対に許さねェ!」「私は絶対にやり遂げます」
「オオォォォ!」デスドレインは再び飛びかかろうとした。ボンズの鼻を噛みちぎろうとした。「イヤーッ!」「グワーッ!?」ショートアッパーめいた拳が顎に叩き込まれ、デスドレインは仰け反った。「ボンジャン!イヤーッ!」さらに手加減無しのミドルキックが腹部に叩き込まれる!「グワーッ!」
咎咎咎咎笑って死ねると思うなよ咎咎咎咎デスドレインは思い出そうとした、墜落直後、彼に襲いかかろうとした暴徒を殺してアンコクトンを養い、避難しようとする何組かの家族を殺し、そしてこのボンズと遭遇した、ボンズは名乗った……アコライト……「明日また来ます」彼は立ち上がった。
◆◆◆
……時系列はロード消滅直後へと遡る。崩壊が始まったキョート城内で、IRC誘導を受けながらニンジャスレイヤーたちは合流地点へと急いでいた。そこにはナンシー・リー、ディプロマット、キンギョ屋が待つ。
「ホンマルを下っている」「そのまま直進、カドマツの十字路を右へ……」ニンジャ千年紀を描き出す荘厳な油絵が廊下に転がり、無残に踏みしだかれている横を、ニンジャスレイヤーたちは駆けた。どれが真実で、どれが嘘で塗り固められた紛い物なのか、もはや誰もそれを気に留める者はいなかった。
「遅いな」ディプロマットは頭痛を堪えるように言った。酷い冷汗だ。「ええ」ナンシーらは城内のヘリポートで整備資材の陰に隠れ、ニンジャスレイヤーたちの到着を待っていた。床が揺れ、ひび割れ、そこかしこが陥没している。崩壊が近い。ここがナンシーの導き出した、ベストな合流地点だった。
既に大半はザイバツニンジャを乗せて離陸したか、あるいは落下してきた天井によって砕かれた後だったが、幸いにも黒塗りの中型武装ヘリが無傷のまま一機残されていた。「来たわ」ナンシーは壁のLAN端子に直結していたケーブルを抜き、ゲートを見やる。直後、ニンジャスレイヤーたちが現れた。
「まったく、生きた心地がしねえ」キンギョ屋は立ち上がり、ナンシーや重傷のディプロマットとともに整備資材の陰から駆け出す。お互いを認めた彼らは、地下駐車場めいた構造のヘリポートを駆け抜け、中間地点にある中型武装ヘリへと向かった。その時、天井の大穴から不意に黒い濁流が溢れ出す。
反応する暇は無かった。武装ヘリが直撃を受け羽がひしゃげる。「DAMN IT!」ナンシーが叫ぶ。他の穴からも大黒柱めいて暗黒物質が勢いよく溢れ出し、彼らを巨大な檻の如く囲んだ。自我無き災厄と化しキョート城を蝕むアンコクトンは、生存者たちの希望を嘲笑うかのように押し寄せてきた。
満身創痍のニンジャスレイヤーも、その片腕に覚束ないナラクの炎を纏い振るった。松明で獣を追い払おうとするかのようにカラテを振りしぼったが、相手は津波のように無情であった。ディプロマットも半ば諦め、ニヒルな諦観の表情を浮かべる。……その時、エーリアスの髪が逆立ち赤色に変わった。
「辛気臭いんだよ!この便所野郎!」それは確かにイグナイトの声!ニンジャスレイヤーたちを取り巻くように、盛大な炎の円弧が描かれる!発火したアンコクトンは下卑た獣のように恐れおののき、燃焼部分を切り捨てて、床の亀裂から逃走していった。イグナイトはまた黒髪に戻り、へたりこんだ。
アンコクトンは去った。城内の別な場所を蝕みに行ったのだろう。だが床の揺れは一層激しくなり、ナンシーやキンギョ屋は立っていることすらままならなくなった。「こいつぁもう、使い物になんねえぞ」ガンドーが玩具のように捻じ曲がってしまったヘリのローター部を見た。内部も汚染されている。
「こうなるような気がしていた」ディプロマットが言った。その顔は悲壮感に満ち溢れ、ジツのための精神集中でさらに蒼白していた。何をしようとしているのか、全員が理解していた。ガスの切れかけたライターを擦るように、ポータル展開は四回続けて失敗し、五回目にようやく脱出路が開かれた。
ポータルを潜れば、ネオサイタマで待つ双子の片割れ、アンバサダーのもとへ辿り着くはずだ。だが、何割かの確率で転送事故が起こる。全員が覚悟を決めていた。ポータル・ジツとコトダマ空間の関連性を不確かながら推測していた彼らは、せめてもの気休めにと、キンギョ屋の入る順番を間に挟んだ。
ガンドーがまず米俵めいて放り込まれた。次にユカノが飛び込む。「先に行くわ」ナンシーがサムズアップして後続へ微笑みかけた。キンギョ屋が恐る恐る跳んだ。エーリアスも不安そうに最後尾を振り返り、意を決して飛び込んだ。「さあ、あんたの番だ、もう持たないぞ」ディプロマットが言った。
ニンジャスレイヤーは片膝をついて精神集中を続けるディプロマットの目を見据えた。「オヌシはくぐれるのか?」「実際無理だ」ディプロマットは自己完結的な笑みをもらした。「さあ早くしろ、こんな繋ぎ方はイレギュラーなんだ。俺はディプロマットじゃない。アンバサダーだ。遠隔操作してるんだ」
「オタッシャには未だ早い、未だ爆発四散はしていない」ニンジャスレイヤーが言う。ポータルにノイズが入り、アンバサダーの二重の精神集中が乱れ始める「おい、何が言いたいんだ!早く潜れ!ポータルを……!」テレパス操作された兄の肉体は、遂に力を失ってへたり込み、ポータルも消え去った。
フジキドは彼の体を抱え上げ、おもむろに駆け出した。「……何を、考え……おい、無理だ……」ディプロマットの口が言った。遂にソウカイヤとザイバツを滅ぼし、ナンシーたちを逃がし終えたフジキドは、ゼンめいた悟りを開いたかのように言った。「……私はニンジャだ、やってみる価値はある」
「イヤーッ!」ヘリポートから跳び、半ば崩落した中庭へ!さらに走る!走る!カラテの力で駆け抜ける!無謀なる決断!カラテあるのみ!だがその先には空しかない!世界の終わりだ!「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーは跳躍した!崩落する岩から岩へ跳び渡る!ニンジャ神話の如く!跳んだ!
◆◆◆
テーテテレテテレテレテテー。フォアーズクズン。勇壮なオープニング・ジングルをバックに、「ガイオンシティニューズメント並び」という立体フォントが液晶モニタ上に迫り出す。黒縁眼鏡のサラリマン風アナウンサーが原稿に目を落とし、読み上げ始めた。
「こうして再び皆様にニューズ情報をお届けする事ができ、大変嬉しく思います。キョート城消失現象と原因不明の人体無差別発火現象、さらに、なんらかの電子パルスによるセキュリティ機能喪失に伴う極度の治安悪化、アンダー市民の暴動が引き起こした混乱は現在、無事に集束へ向かっております」
「ガイオン市民の約3割が死亡したとされており、今後の情報収集の結果如何では更にその数が増える可能性もあるとされています。しかしながら勇敢な共和国軍、ケビーシ、マッポの目覚ましい働きで、秩序は急速に取り戻されつつあり……我が国にテロ行為を行ったオムラ社は倒産……整理作業……」
電子モニタを悲しげに見上げていた裕福そうな紳士が、後ろから名を呼ばれて振り返った。カートを引く貴婦人めいた女性が手を振りながら近づいて来る。「ごめんなさいね、お手洗いすごく混んでいて」「そりゃ仕方ないね、こんなだから」紳士は隣に立つ少女を促した。「行こうか」
こくり、空色の目をした美しい少女は頷き、彼ら富裕老夫婦と共に歩き出した。あてがわれたばかりの瀟洒な洋服。「オバンデス航空、キョート・ネオサイタマ間、次の便は……」マイコ音声が遠くで聴こえる。紳士はにっこり笑った。「大変だったね。でももう安心だ」「うん」少女は無感情に頷いた。
「……」貴婦人が涙ぐんでハンケチを取り出した。紳士は痛ましく呟いた。「この娘が心から笑える日が来るだろうか」「そうね」貴婦人は泣きながら頷いた。「きっと大丈夫よ」「そうだね」紳士は少女を見た。「アズール。とっても大きなお家と、お部屋があるよ。ぬいぐるみも買ってあげる」「うん」
「素敵な名前よ、アズール」貴婦人は言った。アズールは床を凝視し、ただ着いてゆく。彼らが通り過ぎた第2ポートのチケット窓口では、若い夫婦と幼い男の子が、発券手続きの最中だ。「ええ、マツノキ……ハイ、そうです」夫は片脚を引き摺り、杖をついている。実際、行き交う人々に負傷者は多い。
なにしろあの天変地異はジゴクめいた様相であったのだ……。あちらから歩いて来るテイラードジャケットの若い男も、やはりご多分に漏れず、歩き方はぎこちなく、頬には包帯だ。彼とともに歩くトレンチコートにハンチング帽の男は、何度か彼を振り返り、着いて来られている事を確かめていた。
二人の男はゲート前で待った。交わす言葉はさほど無い。やがて、彼らの待つ便が到着し、人々がゲートから吐き出される。キョートから出てゆく人々に比べ、入ってくる人々はずっと少ない。トレンチコートの男が顔を上げた。連れの若い男の肩を叩き、ゲートを指差した。
彼らの視線は統一感に欠ける四人連れに注がれた。サングラスをかけた長身巨躯の白髪の男、美しいコーカソイド女性、ガンジーめいた老人、重金属耐性のライダースジャケットを着た若い男。迎えの若い男と瓜二つの顔をした。……ライダースジャケットの男は立ちすくみ、突然ボロボロと涙をこぼした。
白髪の男……タカギ・ガンドーが、号泣するアンバサダーの背中をどんと叩いた。「兄……兄さん」「何だ恥ずかしい奴だな。あの後テレパス・ジツで話したろ」そう言うディプロマットも目をまっ赤にしていた。「恥ずかしい、やつだ、お前、」二人は感極まって抱き合い、一目もはばからず、声を上げて号泣した。
「感動的じゃねえか……おっと」ガンドーが懐からIRC通信機を取り出した。「アー、ドーモ。ディテクティヴです。いや、確認しとかんとなあ。社屋が焼かれたりしなかったかね?ま、よく生き残ったじゃねえか。良かった良かった。俺か?事件は解決だ。仇も討った。……ああ。ブルズアイだ」
「エーリアス=サンから伝言」ナンシーがフジキドに言った。「『コトダマ空間に実際精通した自分の導きのおかげで、危険なポータル移動は一人の犠牲者も出す事が無かったわけだが、特に恩に着せるつもりは無い』との事、です」「奴め」フジキドは少し笑った。「ユカノ=サンは?」
「勿論」ナンシーはオリガミ・メールをフジキドに渡した。フジキドは文面を読み、頷いた。「探索と修行の旅か」彼はチベットの山林を駆ける旅姿のユカノを思い浮かべた。ナンシーはフジキドを見た。「一段落ってとこ?」「そうかも知れん」「これから、どうするの?」ナンシーの目は優しかった。
フジキドは口を開き……答えあぐね、曖昧に頷いた。「とにかくまずは、スシでも食わんか、ええ、お前さんがた?」キンギョ屋の老人が塩辛い声で提案した。「こういう時は、スシとサケだぜ」「その通りだ」ガンドーが言った。「それから、オスモウ・バーだ」ナンシーは笑い、肩をすくめた。
◆◆◆◆◆ NINJASLAYER ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ KYOTO : HELL ON EARTH ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ NINJA ENTERT@INMENT ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ BRADLEY BOND ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ FHILIP NINJ@ MORZEZ ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ ブラッドレー・ボンドと ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ フィリップ・ニンジャ・モーゼズの ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ 創作物に基づく。 ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ ニンジャスレイヤー ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ 猥褻が一切無い。 ◆◆◆◆◆
0101010111111010101111111111
雲ひとつなく晴れ渡るガイオン上空。何食わぬ顔で存在する暗黒の大渦……!現世とオヒガンの狭間に浮かぶは、廃墟と化したキョート城……!
ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……暗い廊下……破れたショウジ戸を抜け……血飛沫のフスマ……砕かれた渡り廊下……不気味なイクサ太鼓が鳴り響く……ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……城内を照らすは、不吉な蝋燭の灯りのみ……!
ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……天守閣への階段を登る……オヒガンへの門は一時的に塞がれた……キョート城そのものを蓋として用いることによって……ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……天守閣、玉座の間……ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……
ドンドン……ドンコドンコドンドン……砕け傾いた玉座を中心に控えるニンジャたち……蝋燭の灯りが辛うじて顔を照らす……ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……パープルタコ……ニーズヘグ……ミラーシェード……パーガトリー……他にも得体の知れぬニンジャどもの影多数。
ドンドン……ドンコドンコドンドン……「間もなく生還される。キンカク・テンプルより」ネクサスが言った。その静かな声は玉座の間に響き渡り、全員が跪き最敬礼の姿勢を取った。ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……ドン……イヨオーッ!……蝋燭の群れがこの世ならぬ風に揺れる!
玉座の前には光り輝く人型の01が出現し、ドゴジマの首級と妖刀ベッピンを持つダークニンジャの姿に変わった。フジオ・カタクラは手勢をゆっくりと見渡すと、邪悪な笑みを浮かべて玉座についた「……イクサはこれからだ」内なるニンジャソウルとカツ・ワンソーへの怨念をその瞳に燃やしながら。
(ニンジャスレイヤー 第2部「キョート殺伐都市」 ここに終わる)
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
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