【ヒア・カムズ・ザ・サン】
◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは上記物理書籍に加筆修正版が収録されています。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。
1
ポグポグポグ……ポグポグポグポグ。定期運行バスのマフラーが吐き出す排気サウンドすらも頼りない。この乾ききった虚無の地を好んで訪れる外部者などおらず、異常なまでに整備された産業道路だけがくっきりと輪郭を浮かび上がらせる一方で、周囲のインフラ整備は全くの無だ。
ネオサイタマ北東、無個性なショーギ盤じみた郊外プロジェクトすら越えて、もはやこの地には何もない。自然景観もない(手入れのされないガードレールや、閉店した道沿い飲食店、どぎつい色の看板を掲げる量販店……)。すなわち、無。埃。人の砂漠だ。バスの少年は窓ガラス越しにそのさまを見る。
少年は年季の入ったスーツケースを、大事そうに、膝の間に抱えるようにしている。制服の上に野暮な耐重金属ダッフルコートを着ている。抑え気味の表情には、微かな喜びと、懐かしさの色があった。同時に、この荒廃の地への、なんとも言えない、諦念とも、悲哀とも言えない感傷が。
歪んだ停留所標識を数十メートル通過してから、バスは停まった。それから、じりじりとバックして戻った。ガゴンプシュー……重苦しい音を立ててドアが開く。少年がスーツケースと共に降りると、バスはクラクションを鳴らし、黒煙を吐きながら走り去る。ポグポグポグ……。
少年は息を吐き、スーツケースを引いて、道路を背にしばらく進んだ。生え放題のススキを掻き分け、やがて、高台の縁から見下ろす、彼の故郷……。少年は眼下の光景に立ち尽くした。ガターン。スーツケースが音を立てて倒れた。風が少年の前髪を揺らした。標識には村の名。「この先カナリーヴィル」。
【ヒア・カムズ・ザ・サン】
スーツケースの重みももどかしく、少年は錆びた手すりつきの階段を、ガタガタと音を鳴らしながら降りてゆく。(((一体、これはなんだ?))) 降りながら、少年は何度も村を見下ろす。たった半年。半年の不在のうちに、彼のカナリーヴィルに何があったのか。
まず目についたのは、大蛇じみたパイプを這わせる奇怪な建築物であった。遠目にも、専門知識のない少年にも、それはいかにも急拵えのものとみえた。黒い煙を天に向かって吐き出し、無数のライトを光らせる。それから、金網だ。村を城塞めいて囲んでいる金網。「許可が要る」「平和です」の表示。
金網の向こう、密集する家々のさらに奥から、天を衝く謎の光の柱。断続的に。少年はそれを幾つかの映画で見た気がする。キョートの空港の特徴的な光景で。「ハァーッ!ハァーッ!」少年はほとんどスーツケースを持ち上げて走った。金網に沿って延々歩くと、ようやく入り口らしき鉄門が現れた。
鉄門の左右にはスピーカーを備えた柱が立ち、武装したサイバーサングラスの男が警戒していた。「何だこれ……」少年は後ずさった。足元の小枝がパキリと音を立てる。門番達はすぐに少年を見咎めた。数分後、少年は困惑と屈辱に顔を歪め、ホールドアップさせられていた。背中には銃……そう、銃だ。
「ザッケンナコラー」門番はヤクザスラングで凄んだ。「名前を言ってIDを出せ」「ハマ・カワコイデです」「ハマ。カワコイデ。どこのどいつだッコラー」「カナリーヴィルの住人です!ネオ、ネオサイタマの学校……休暇に入ったから、こうやって帰省を……」「アッコラー?」
「……ハイ。ハイ。ハイヨロコンデー」もう一人の門番がインカムに何事かを問い掛け、返答に応じた。そしてハマの襟元をぐいと引いた。「連れて行きます」「オツカレサマデス」頷きあう二人の顔は双子じみて同じであることにハマは気づく。「歩けッコラー!スッゾオラー!」「アイエエ!」
銃口で背中を押され、ホールドアップしたままハマは門をくぐる。道の左右、沈黙する家々がハマを出迎えた。故郷であるはずなのに、ここがどこの何丁目かもわからない。ゴーン……。カゴーン……。あちこちで響く重機の音、クレーンの影。工事だ。進行中の。
「あの、どこに……連れて行くんです」「クチゴタエスルナー!」「アイエエエ!」「ジャベルネッゾコラー!」「アイエエエ!」ハマは泣きべそをかいていた。当然だ。だが、涙と鼻水を拭うことも許されない。ホールドアップさせられたままだからだ。歩みが遅れれば、すかさず銃で小突かれる。
屈辱と悲しみの中、ハマは家族の、近所の人々の笑顔を思い浮かべる。学業に優れた彼がこんな田舎でくすぶっていては勿体無いと、皆でカンパまでして、ネオサイタマの進学校へ送り出してくれた。半年経って戻ってみれば、この不条理……何たるマッポーの一側面であろうか。ハマは嗚咽する。
「アイエエエ……」左右の建物。沈黙。遠景、クレーンのシルエット。ハマは躓き、地面に手をついた。「立てッコラー!」門番が咎めた。だが、ハマは精魂尽きて立ち上がる気力もなし。「許してください……助けてください」泣きながら首を振った。門番はそのこめかみに銃口を突きつけた。
「立てッコラー!」「許してください」「立てッコラー!」「許してください……」「カーッ!ペッ!」門番は痰を吐き捨てると、インカムに指示を仰ぐ。「こういうわけなんで。……ハイ。ハイスンマセン。キリキリ。キリキリやりますんでスンマセン」男はハマを蹴る!「スッゾー!」「アイエエエ!」
脇腹を蹴られハマは地面を転がる!なんたる暴力!「ザッケンナコラー!」「アイエエエ!」「スッゾオラー!」「アイエエエ!」「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「アバーッ!」
門番の頭がカチ割られながら地面の舗装道路にめり込んだ。建物の屋根から降ってきた赤黒の影は即死した門番から飛び離れ、ザンシンした。ハマは痛みも忘れ、恐怖に叫びかけた。「アイ……アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナン……」「静かに」赤黒のニンジャは屈み込み、険しい顔で指を立てた。
「イヤーッ!」さらに一人、ハマの傍らに飛び降りてきた者がある。こちらは女だ。赤い布で口元を覆い、赤い鞘を帯びている。やはりニンジャなのだ……!ハマは白目を剥きかけたが、「イヤーッ!」赤黒のニンジャが首筋に気つけのヒーリング・チョップを一打。正気を取り戻させた。
「あの、貴方達は……」「話は後だ」赤黒の恐ろしいニンジャは周囲を見渡した。「飛行砲台やヤクザの巡回が来る」「全く!こんなガキを……面倒増やしやがってさ」黒髪の女ニンジャは赤黒のニンジャに文句を言ったが、ハマに向けた目は優しかった。両目の下に涙ボクロがある。美人だ。
「あの……ありがとうございます」ハマは顔の汚れを腕で拭った。「なんていうか……スミマセン。わけがわからないんです」「だろうね」女ニンジャは鼻を鳴らした。赤い覆面が風に散ると、すかさずタバコを懐から二本取り出して咥え、火をつけた。「アタシ達も、ここまで進んでるとは予想外さ」
「俺……ハマです」ハマは頭を下げた。「ニンジャスレイヤーです」「レッドハッグです」二人のニンジャは少年のアイサツに応えた。ニンジャスレイヤーはレッドハッグの背中をどんと押した。「さしあたり、彼女がオヌシを守る。彼女についていけ。道中、オヌシの事情を話すといい」「アタシが?」
「オヌシの他に誰がいる」言って、彼は道に面した店のシャッターに向かい、カラテを構えた。レッドハッグは眉根を寄せた。彼女のニンジャ第六感も迫り来る危機を察知したのだ。「アー……アイ、アイ。後で合流、仕切り直しだね」「そういう事だ」「行くよ」彼女はハマに囁き、グイと手を引いた。
「ゴウオオオーン!」次の瞬間、シャッターが内側から引き裂かれ、巨大なスモトリじみた存在が出現した!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこのアンブッシュ者にカラテでかかっていく!「アイエエエ!」「ほっときな!アンタはこっちだ」レッドハッグはハマの腕を引き、狭い路地に滑り込んだ。
切り取られた夕空の下、路地裏を進みながら、二人は話した。「どうして連行されてた!」「俺……帰省して来たんです、そうしたら、急にあんな風に。カナリーヴィルも、こんな……」「ふるさとか、ここが!不幸だね。だけど不幸中の幸い、あのままついて行ったら、奴隷さね」
「ここで何が起きているんです」「正直、アタシらもそれを確かめに来た。いや……」レッドハッグは一度言葉を切り、それから言った。「ブッ潰しに来たのさ。クソ野郎どもの計画を」二人は路地裏を抜け、歪んだ広場に出た。人影はない。「シーッ……待ちな。たまに、無人機が飛んでるんだ」
彼女はハマを促し、闇へ一歩下がった。フィンフィンフィンフィン……早速、奇妙なジャイロ音が近づいてきた。息を潜める二人の視界を、三つのローターによって浮遊する機銃付きのドローンが複数機、通過していった。「……わかった?」「ハイ」ハマは問いを繰り返した。「俺の村で何が」
「悪い連中が、突貫工事でロケットの実験施設を作ってる」広場を横切りながら、レッドハッグはハマに説明した。「ある意味アタシらにも責任があってさ……いや、ないね……あんなンでアタシらが責任を負わされちゃたまらない……とにかく、アタシらは、アンタの村がこうなる事を、少し前に知った」
坂を上がり、オジゾウが並ぶ塚を左に。「村を作り替えるッてわけ。だけどアタシらは、まだせいぜい、反対派と推進派の村人同士が喧々諤々やりあってるとかさ……そういう段階を予想してた。で、現地に入ってみたら、これだものね」ゴーン……カゴーン……重苦しい工事音が響く中、夕闇が訪れる。
「発電所、見えたろ?あんなものまで新しく拵えてさ……有害な化学物質も山ほど集まってる(アタシらが村に向かう途中、川岸には死んだラッコが打ち上げられていた)。目的は何かッて言や、あれさ」公園の茂みを掻き分け、彼女は遠方、更地に建つ巨大な骨組みを指さした。日は完全に落ち、夜。
トラックの灯りが闇を行き来し、時折、何らかの巨大機械が光の柱を立ち上らせる。「あれは磁気嵐に穴を開けるテック」「キョートの空港にあるやつ……」「詳しいね」バオーウ……バオーウ……ルルルル……奇怪なタービン音は離れた位置にいる彼らのもとまで届く。ハマは激しい頭痛に顔をしかめた。
「耳鳴りがひどい」「この音だろ?アタシには不快なだけだが、非ニンジャにはつらいね。ゲホゲホ。ウェーゲホ!」レッドハッグは咳き込んだ。ハマは首を振った。「村の誰がこんな事をさせたんだよ!」「大人はいろいろあンのさ……ムカつく事情がいろいろね」レッドハッグはハマの肩に手を置いた。
「何処に向かってるんです」「拠点さ」闇の中を足早に歩きながら、レッドハッグが言った。ハマはついていくのがやっとだ。女ニンジャは時折振り返り、少年を待つ。「アタシらは四人でピクニックに来た。さっきのニンジャスレイヤーとアタシが力仕事。それからハッカーと、エンジニア」
「ハッカー。エンジニア」ハマは呟いた。カナリーヴィルでバスを降りて以降、彼の親しむ日常の存在が一つも現れない。もしかしたら、「夢なのかも。だったらいいのに」「でも夢じゃないってわけ」レッドハッグは答えた。「どちらも非ニンジャ。ハッカーの女は……ハ!美人だよ。握手してもらいな」
「エンジニアは?」「パッとしない男だけど、度胸はあるさ。アタシらについてきたって事はね……ストップ」レッドハッグは手で制した。コンクリートで覆われた崖に横向きのマンホールがある。レッドハッグはニンジャ膂力によってこれを引き開け、マグライトで円い穴を照らした。「先、行きな」
湿った闇の中を、ハマは張って進んだ。彼の心を再び惨めさが満たし始めた頃、前方に別の明かりが見えた。設置式携帯ボンボリの緑の光に照らされながら、ハマはやや開けた空間に降りた。地下通路かなにかの一角だ。下水だろうか?異臭がする。「そこの扉だ」レッドハッグが遅れて這い出した。
ビボバボビボ……扉の脇には設置式のキーロックがあった。レッドハッグはパスコードを入力し、数秒待った。ガゴン。鉄扉が重苦しく開く。「おいで」ハマを促し、入っていく。奥には更に別の明かり。ピコココ……UNIXモニタの光に照らされた中の二人が顔を上げ、入ってきた二人を見る。
「仕切り直し。うまく行かなかった」レッドハッグは肩をすくめてみせた。そして手近の椅子に腰を下ろした。「この子に構ってたらね。で、ニンジャスレイヤー=サンは戦闘中。例のアレと」「厄介ね……」「この子の名前、ハマ。ハマ=サン、こちらナンシー=サン。それから、サヌマ=サン」
2
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの強烈なボディチェックが、鉄めいた装束で覆われた巨躯を吹き飛ばした。スモトリじみたそのニンジャは転がりながら荒屋の壁に穴を穿ち、路上へ粉塵を撒き散らした。ニンジャスレイヤーはザンシンした。これで倒せる敵ならば苦労はないのだ。
ニンジャスレイヤーは摺り足で路上をやや後退する。見よ……粉塵の中に浮かび上がるシルエットを。「AAAARGH……」鉄のスモトリニンジャ、コーナラーは、鉄のニンジャフルヘルムの覗き穴から紫の炎を滾らせ、唸りながら進み出た。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せる。鉄の装束に多少の傷。
ニンジャスレイヤーは鉄塊を殴っているかのような無益さを覚える。多少のダメージはある。まったく多少の。たとえばオムラのロボニンジャは鋼鉄装甲の中に精密なUNIX回路やエンジンを隠しており、継ぎ目を狙ったり、装甲ごと内部を損壊する事で、最終的には破壊が可能だ。だがこれは勝手が違う。
「虫ケラァ……虫ケラァ」マントラじみた呟きを吐きながら、コーナラーは張り手を振り上げた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転を繰り出す。コンマ2秒後、彼が居た空間を、致命的な張り手攻撃が抉り取った。勢い余って、張り手はアスファルトにめり込み、亀裂と震動を生み出した。アブナイ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは斜め後ろからコーナラーの脇腹をジゴクめいて蹴った。コーナラーは振り向きざまの裏拳で襲いかかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転を繰り出し、危うくこれを回避!「虫ケラァ……虫ケラァ」コーナラーが接近!
「イヤーッ!」右張り手!ニンジャスレイヤーはスウェー回避!「イヤーッ!」左張り手!ニンジャスレイヤーはスウェー回避!「イヤーッ!」右張り手!スウェー回避!「イヤーッ!」左張り手!スウェー回避!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」右!左!右!左!
「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーは路上角に追い詰められた己を見出す!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」右!左!右!左!ニンジャスレイヤーはワン・インチ距離でスウェーし続けるしかない。木人拳めいた打ち合いはこれほどの硬度と質量の持ち主には危険な策だ。
燃える紫の眼光は嘲笑うかのようだ。ニンジャスレイヤーは過去の似たタイプの敵とのイクサの記憶を呼び起こそうとする。(((フジキド。後がないぞ。なんたる不甲斐なさ!)))(黙れナラク)(((オダ・ニンジャのジツを忘れたか)))(ケイビインのジツか。私もそれを考えていた。だが……)
かつてニンジャスレイヤーが戦ったケイビインというニンジャは、命持たぬカラテゴーレムを自在に操る強敵であった。だが、(此奴はニンジャだ。知性を備え、カラテで攻撃してくる。人形使いのニンジャ存在感も付近に無し!)(((ジツには亜種が常にあり、イクサには謎が常にあるものよ)))
「イヤーッ!」更なる張り手!ニンジャスレイヤーは上体を屈めて躱し、回し蹴りで反撃した。狙い澄ました攻防一体のカラテ、メイアルーアジコンパッソだ!「グワーッ!」切れ味鋭い蹴り技がコーナラーの顎先を捉える!並のニンジャならば脳震盪を起こし致命的な隙を作っただろう。だが……。
「ドッソイ!」「グワーッ!」ナムサン!強引なケリ・キックがニンジャスレイヤーを襲う!ニンジャスレイヤーは腹を蹴られ、背中から角に叩きつけられる!ニンジャスレイヤーは腹筋に力を込め、嘔吐を堪える。(((ブザマな状態を脱せ!話はそれからぞ!)))「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」再び張り手が襲いかかる!ニンジャスレイヤーは両腕をクロスし、ブレーサーでこれを受ける!張り手、右!左!右!左!もはやニンジャスレイヤーは地面から数インチ浮き上がった状態に置かれて、打撃を強制的に受け続けるばかりだ!「ヌウウウーッ!」「イヤーッ!」まだ張り手!
ニンジャスレイヤーは耐える!耐える!背中を衝撃が伝わり、石壁を震動させ始める。「イヤーッ!」更なる張り手!ニンジャスレイヤーはカッと目を見開く!彼は張り手をクロス腕で受けながら、瞬間的に両脚を上げ、胎児めいて身体を丸めた。そして、「イヤーッ!」コーナラーの胸を両足で蹴った!
KRAAASH!「グワーッ!」ナムサン!?何が起きた!?石壁が破砕し、粉塵がコーナラーを包む!「虫ケラァ……虫ケラァ!」コーナラーは煙を振り払う。ゴウランガ!角の石壁がぽっかりと失われ、石材が散っていた。壁穴の向こう側には、受け身を取るニンジャスレイヤーの姿あり!
壁穴を挟んで両者は対峙する。いったい何が起こったのか?ニンジャスレイヤーはコーナラーの張り手ガード時のベクトルと、胎児姿勢からバネ仕掛けめいて胸を蹴ったベクトルを二乗の推進力として、背後の壁に渾身の両肘打ちを叩き込んだのである。厚い石壁とてこれではひとたまりもなし!
やがてニンジャスレイヤーは未練なく踵を返した。「ARRRRGH!」コーナラーが吠え猛り、壁穴周囲の石材を引き剥がし始める。その巨体が通過するにはいささか狭い穴なのだ。ニンジャスレイヤーは石段を駆け下り、バラックに左右を挟まれた路地へ逃れた。戦略的撤退である!
(((グググ……己が無力を噛みしめよ)))ナラク・ニンジャの念話がニンジャスレイヤーのニューロンをざわつかせる。(戯言は不要)ニンジャスレイヤーは陰から大通りの様子をうかがう。(謎も要らぬ。オヌシの知見を言え)(((精密ではあるが、あれもまたカゲムシャだ。原理は同じぞ)))
大通りを飛行無人機が横切る。「スウーッ……ハアーッ」ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸を深め、そのまま、もうしばし待った。(カゲムシャだと?あれは紛れも無きニンジャだ。拳を合わせればわかる。高みの見物を決め込むオヌシには……)ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。精密なカゲムシャ。
(操作対象を一体に絞る事で力と距離を得ている)(((左様!要はジツの資質を修行の中でいかに伸ばしたかだ。わかったか?ともあれ一旦イクサを避けたはチョージョー。オヌシ自身の救いがたい弱さを自覚した今、オヌシは儂無くば、いまだヒヨッコに過ぎぬという謙虚な……)))「本体を叩くか」
(((実際、あれほど強固に仕上げたカゲムシャにかかずらうは徒労が勝つ)))ナラクが認めた。(((アイサツするほどの礼儀作法と意志力。過去においても例無し、何となればバカバカしい無駄な努力ゆえ!左様くだらぬ真似に修行を費やす暇があればチョップのひとつでも多く打つべし)))
ニンジャスレイヤーは不意に大通りへ踏み出した。決断的足取りで進む彼の視線の先には武装ヤクザ集団が……そして集団に囲まれ、ライフルの銃身で殴り倒される市民の姿があった。「アイエエエ!」「スッゾオラー!」(((捨て置け!ニンジャと関係無し)))ナラクが咎める。足取りは速まった。
市民は粗末ななりをしていた。およそ文明から隔絶されたかのような貫頭衣は、地理的要素を加味してなお凄まじい。禿げた中年の男は頭から血を流しながら、ぼんやりと、近づいてくるニンジャスレイヤーを見る。その目がニンジャへの恐怖で見開かれるより早く、ヤクザ達が銃を構えた。「スッゾー!」
その指が引き金を引くより早く、投擲されたスリケンがヤクザの眉間を貫いていた。「「グワーッ!」」二人死亡!残るクローンヤクザが銃撃を開始!BRATATATAT……「イヤーッ!」弾丸めいた跳び蹴りが一人の首骨を粉砕!死亡!「イヤーッ!」三角飛び蹴りが隣のヤクザの頭蓋骨破壊!死亡!
「ニンジャ!ニンジャナンデ!」中年市民が叫んだ。「ザッケンナコラー!」最後のクローンヤクザがチャカ・ガンをニンジャスレイヤーへ向ける!「イヤーッ!」「グワーッ!」掌打が顎を破壊!その勢いで頭が540度回転し死亡!ニンジャスレイヤーは中年市民の首根を掴む!「アイエエエ!」
市民をほとんど引きずるようにして、ニンジャスレイヤーは別の路地へ入っていった。トタンの壁はまるで迷路じみて、彼らを深みに誘う。入り組んだ路地を幾つか経由し、錆びついたソバ屋台の陰に市民を座らせると、ニンジャスレイヤーはその肩を揺さぶり、問いかけた。「そこで何をしていた」
「つ……」市民の瞳孔はほとんど開ききっていたが、己が危機から脱したこと、それがこのニンジャスレイヤーによって為されたことを認識するにつれ、市民は徐々に落ち着きを取り戻していった。「捕まったのです。"外"に出ようとして。失敗しました」「オヌシ一人か」「いえ、三人で。二人はきっと」
「……」ニンジャスレイヤーは市民を観察する。この者は元村人、現在は奴隷だ。貫頭衣は強いられたものである。人間の尊厳を奪い、反抗の意思を削ぐ事を目的にしているのだ。「私は侵略者の手のものではない」ニンジャスレイヤーは厳かに言った。「外とは……村の外を意味しておらぬだろう」
「アイエッ?」市民は目をしばたたいた。「何をご存知で」「この村の何処かに脱走民の隠れ家がある筈。我々はそこに用がある」「どこまで知ってるんです……いや、言えやしません」市民は首を振った。「アンタみたいな人、こうやって助けて警戒を解いて、場所まで案内させて、一網打尽狙いでしょ」
「一網打尽だと?成る程その通りだ」彼は頭を上げ、空を裂く光線を睨んだ。「我々はこのふざけたアマクダリ施設を叩き潰す為にやって来た。だが、その為にはオヌシらの情報が要る。たとえそれが断片であってもだ」
「潰す?あの工事を?ここらの、そこらの。あいつらを?」男は声ひそめ、信じられぬという様子で周囲を見渡した。「無理だ。ニンジャだって居るんです!いや、アンタもニンジャですけど……つまり、そうだ!ニンジャは恐ろしいんです」「こうして話す時間も惜しい」ニンジャスレイヤーは遮った。
彼は懐から携帯端末を取り出し、ノーティスを確認した。違法暗号短距離信号無線ネットワーク基地局からのIRCメッセージ。彼は男に言った。「ハマという少年を保護している。ネオサイタマからカナリーヴィルに先頃帰ってきて、誰何された」「ハマ!カワコイデのとこの天才児!」男は目を見開く。
「畜生、めでたい話もあったもんじゃないかよ」男は目頭を押さえた。「いや、めでたくない!よりによってこんな時に!無事ですか!」「保護している」ニンジャスレイヤーは繰り返した。「知人か」「近所付き合いですよ」男は俯いた。「カワコイデの一家はきっともう……いや、わからねえ」
「アジトへ案内する理由はできたか」「ハマの名に免じて、いや、そんな偉そうな事言うつもりはありません。わかりました。考えてみりゃ、私一人で行き着けるとも思えねえ。一か八かですよ、私にとっちゃ。アンタを連れて行けば、少なくとも道中のヤクザを倒してくれるでしょう」二人は歩き出した。
「もう夜だ。夜陰に乗じるってンです」男は歩きながら振り返り、そのつど話す。「これね、はじめはロケット打ち上げ場を作って村おこしをするって話だった。いや、今もそうなのかもしれませんがね。もはやわかりません。明らかなのは、とにかく私達の描いた絵と全然違う話だったッてだけです」
後について路地を進みながら、ニンジャスレイヤーは遮らず聞いた。男は続けた。「失われていた宇宙計画再開!夢だ。産業道路を使って、ネオサイタマから人がわんさと来る。需要ですよ。そう思っていた。村長もえらく乗り気だった。結局騙された。胡乱な毒物タンクローリー車が続々やってきた」
「待て。10秒」ニンジャスレイヤーは男を促し、交差路へ出るのを留めた。無人哨戒機が夕闇に走査光を投げながら通過する。男は声を潜め、「急に発電所まで作って!あれよあれよという間に、どんどん進んでいくんです。フクトシン博士の事も我々は大歓迎でね、宴会もした。最初に会えただけです」
ニンジャスレイヤーは多少の危険を冒してマグライトをつけた。「持っていろ」彼のニンジャ暗視力があれば彼自身の行動に支障はないが、この男とはぐれれば、掴みかけた糸口がふいになってしまう。「何か誤解があった、甘い事を考えていた、そう気づいた時にはもう、村は深みにハメられていました」
彼は壁の金属看板に顔を近づけた。事前の取り決めを知らねば気付く事のない、傷めいた矢印が刻まれている。「こっちです。……エンタープライズ会社が弁護士の連中を集め、質疑応答の場を設けた。それが罠、いや終わりだった!参加した自治会の人間はその場で銃に囲まれた。まるでクーデターです」
有無をいわさぬ開発、住民の奴隷化、地域そのものの破壊的改造。悪夢じみた行いである。だが、その拙速さが気にもなった。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せる。何らかの期日があると見るのが自然か。モジュール式の発電所まで設営する大掛かりな工事。恐らくロケット工場という点に嘘はない……。
今この瞬間ニンジャスレイヤーの胸中によぎったのは、アマクダリの陰謀とは何の関係もない過去のイクサである。「ここだ……やった」男の声が彼を現実に引き戻す。男は安堵のあまり座り込みそうになった。「畜生あいつらは辿り着けているか……」男は呟き、道路脇のワータヌキ像に手をかける。
「私がやろう」ニンジャスレイヤーのニンジャ膂力が、容易にワータヌキ像を動かした。等身大彫像をずらした奥の袋小路には古ぼけたマンホールがある。「昔使われていた避難所の名残です。町自体が随分変えられちまってて、探すのに難儀しました」男は屈み込み、マンホールの蓋を外した。
蓋の下にはタオルを頭に巻いた男の顔があった。歩哨だ。無愛想な睨みが見上げた。「オミロ=サン。辿り着いたな」「アイエッ!……シグノ=サンか。その、なんだ、随分深さがねえ穴だな……」「つけられていないか?」「いない、いないが、そのう……いいか?敵じゃねえんだが、ニンジャがよ……」
……本来は災害時の急場をしのぐ貯蔵庫として作られたと思しき空間、弱いLEDボンボリの灯りが、車座になってアグラする者達を照らしていた。彼らはみな屈辱的貫頭衣を捨て、この場に備蓄されていたとおぼしきジュー・ウェアで身を固めている。オミロもだ。赤黒のニンジャだけが例外である。
やがて、頭目とおぼしき髭面の村人が、厳かに告げた。「我々はアンタを歓迎する。ニンジャスレイヤー=サン。所詮我々はカラテカでもなければ、まして兵隊でもない。とにかく戦力がほしいのだ」「ハマを助けてくれたッて言うんだ!ハマのやつ、立派になったに違いない」オミロが口を挟んだ。
「共に村へ入った者達が違法暗号短距離信号無線ネットワーク拠点を築いている。ハマは現在その場所にいる」ニンジャスレイヤーは補足した。彼は貯蔵庫の隅に神棚めいて飾られたUNIXを見やった。「ただ、通信を長時間維持する事は不可能だ」「充分に大きな助けだ」頭目のコバチは拳を握った。
「家族にあわせてやりたいもんだが」シグノが言った。一同は苦い顔だ。「見ての通り、連中を逃れることができたのは、たったこれだけ」シグノがニンジャスレイヤーに説明した。「村人の大部分は、村に数箇所作られた奴隷寮に押し込められてる。そういう場所で寝食して、あとは強制労働だ」
「俺達がすべき事はシンプルだ」コバチが言った。「皆を解放して暴動だ!奴らは所詮、村人よりもずっと少数だ。機に乗じて一気にやれば勝機はある!希望はずっと増えた、ニンジャスレイヤー=サン。こんな期待ばかりしちまって悪いがな……」コバチは自嘲的に笑った。
「アンタ達の実際の目的はよく知らんし、そんなつもりも無いのかもしれん。だがとにかく、他所の奴らが助けに来るなんて、考えもしなかった。こんな寂れた村は、人知れず地図から消えて、ロケット基地になっちまうんだろうとな。だから嬉しいんだ」皆がニンジャスレイヤーを見た。彼は無言だった。
◆◆◆
「フシューッ……」そのニンジャ、ヘファイストスは、蒸気じみた息をメンポの呼吸孔から吐き出し、アグラを解いて立ち上がった。ジツを維持し続けるには小休止とスシの補給が必要だ。フスマを開けて廊下へ出ると、壁によりかかるニンジャと目があった。「首尾はどうだ」「どうかな……」
「メフィストフェレス=サンが来るという噂がある」壁によりかかったニンジャ、ユリシーズが呟いた。「視察にか」ヘファイストスは眉根を寄せた。「クソ辺境田舎くんだりまでご苦労な事だ」「失敗は許されん」ユリシーズは自嘲めいて、「失敗したとしても、どのみち俺はケジメもセプクもできぬが」
3
「スケジュールの点で我々に落ち度はない。理想的と言ってもよい」ユリシーズは言った。「為せば成る」「うむ」どこか浮世離れした厭世的なアトモスフィアを漂わせるユリシーズはもとより、ヘファイストスの目にも楽観の色はない。ユリシーズはヘファイストスを見、もう一度尋ねた。「首尾は」
「それを確かめるにはコーナラーを一度呼び戻さねばならん」ヘファイストスはむっつりと答えた。「その間、警戒と探索が手薄になる」「ままならんな……貴公のブードゥーは」ユリシーズが無感情に呟いた。ヘファイストスはやや険しく言った。「だが、強い」
「否定せんよ」ユリシーズは言った。ヘファイストスは納得しなかった。「ブードゥー呼ばわりもやめろ。コーナラーはアーティファクトだ。優雅で強力な古代のジツの体現だ。この地のセキュリティは奴のカラテに負うところが大きい事、忘れるな」「否定せんよ。その通りだ。有害電磁波を差し引いても」
一言多いニンジャだ。ヘファイストスはユリシーズを睨んだ。実際、コーナラーの体内に燻るジツの炎は電磁波の発生源であり、記録カメラの類を拒む。コーナラーはヘファイストスの忠実な下僕であるが、ヘファイストス自身ではない。ジツをかけ直す際に記憶を吸い出すまで、正確な成果はわからぬ。
「兵卒の点呼に乱れが生じている」廊下を歩いてきた第三のニンジャがいきなり会話に加わった。「好ましからぬインシデントを感じる」「ドーモ。ロングカット=サン」「ドーモ」二人はアイサツした。「ドーモ」ロングカットはオジギを返した。右腕には特徴的なガントレット。スナイパースリケンだ。
ロングカットは謎めいた暗殺クラン「シャーテック」の出身であり、極めて遠い距離にスリケンを投擲するスナイパースリケンのワザを受け継いでいる。アマクダリ・セクトには何人かのシャーテック出身者がいた。「メフィストフェレス=サンが来るのか?」「らしいぞ」「物見遊山よな」
「ならば尚更、懸念は断つがよかろう」ロングカットは言った。「虫の一匹を捕らえた」「虫?」ヘファイストスは彼女を見た。「反動分子か」「然り。其奴を練り餌にして残るシロアリをおびき出し、一網打尽だ」ロングカットは目を細めた。それからユリシーズを見た。「どうした。何か言いたげだな」
「それは脱走者の一匹か」「ああ、そうだ。レジスタンス気取りのカス共に合流しようとしていた」「それはグッドニュースではあるが、所詮は非ニンジャ……」ユリシーズはなにか言いかけ、やめた。「否、まあいい。進めるといい」「お前の物言いはどこか不愉快だ」「同意するね」とヘファイストス。
「お前は何か気にしている。それは形のないものか」「然り、形のない予感だ。ゆえに議題に載せるには弱い……」ユリシーズは呟く。「とにかく言え」「兵卒に生じた波紋、貴公のブードゥーの動き、そうしたものだ。レジスタンスは所詮非ニンジャの屑。それと別種の異物を感じる。この地にな」
「不愉快だがお前のニンジャ第六感は特に鋭い」ロングカットは言った。「頭の隅には入れておくさ」「……やはりコーナラーを一度戻す」ヘファイストスも認めた。「そうすればはっきりする。余所者を仕留めているかもしれん」三人のニンジャは通路を進み、青いUNIX光で満たされた管制室に入る。
壁の一面はガラス張りで、このタワー周囲の空白地を見下ろすことが出来る。空白地の先に、彼らが手中に収めたくだらぬ村、カナリーヴィル居住地。光はまばらだ。ネオサイタマとはまるで違う闇である。ヘファイストスは管制室を横切り、床の間のショウジ戸を開けると、重箱のスシを食べ始める。
ロングカットはそれを横目に見ながら、UNIXデッキを操作し、IRCメッセージのキャッシュ確認を始める。ユリシーズはガラス窓の前で佇み、動かない。ヘファイストスはスシを食べ続ける。ジツのエネルギーのためだ。……ガゴンプシュー。「到着ドスエ」やがて床の間の逆方向のフスマが開く。
「ああ皆さんお揃いですか」ブツブツと呟き、頭を搔きながらエレベータから出てきたのは、ネルシャツと色あせたジーンズ姿の男。油っこい髪を撫で付け、メガネには指紋がつき、シャツのポケットに5,6本のボールペンが収まる。三人のニンジャも特に彼に注目しない。彼がフクトシン博士である。
「忘れ物をしたんでね」博士の落ち窪んだ目は、誰のことも見ていない。ロングカットの横を通過し、キャビネットからファイルを回収した。ロングカットは巡回クローンヤクザ部隊からの通信キャッシュ確認を続ける。彼女も博士の事はほとんど無視に近い。博士は"非ニンジャの屑"だからだ。
「大規模な破壊痕跡が複数確認された」ロングカットが呟く。「お前だ、ヘファイストス=サン」「コーナラーは理由も無しに破壊行動などせぬ。注意深く調整されたアーティファクトだ」ヘファイストスはスシを食べ終え、床の間を出る。「戦闘痕だとよ。第六感が裏付けられたか?ユリシーズ=サン」
「そうか」ユリシーズはほとんど上の空で答えた。彼はガラス越しに闇夜を見ていた。ヘファイストスは思い出したように尋ねた。「どんな気持ちなんだ?栄光か?恐れか?」ユリシーズは答えない。フクトシン博士はデスクの引き出しからレポート類をかき集めながら、その姿を盗み見るように眺めた。
ロングカットはUNIXモニタから顔を上げた。「捕らえた脱走者が下に連行されてきた。今からちと、作業をしてくる」スタスタとエレベータのフスマに歩き、中へ消えた。「ああ、私も乗ります」博士が後を追った。「俺はコーナラーとリンクする」ヘファイストスは先程入ってきたゲートから出た。
廊下を歩きながら、ヘファイストスは胸中にしこりのような不安がわだかまるのを感じる。何らかの敵対者がこのカナリーヴィルへ潜り込んだとすれば、それは誰だ。答えの幅はそう広くない。……そう広くはない。
◆◆◆
「そいつ好きだったよ」レッドハッグはハマの読むカートゥーンを後ろから覗き込んだ。タイトルは「ネコケイン」、野伏じみたフード姿でカタナ銃剣を構えたヒーローの名である。ハマは振り返り、「アー、子供っぽいと思うよね」「いや、本当に好きさ。ネコケインはマジでやさぐれたヒーローで、ホームレスになったりする」
「好きなの?」「子供の頃、姉さんがまとめてアタシにくれた。アメリカン・ニューシネマ趣味がモロでさ……売れるわけないよね、そんなもん。でも、そのせいで妙に引っかかるんだよね、クールだ。アタシはカートゥーン趣味は無いけどね……」「ルームメイトが貸してくれた」「いい奴じゃないか」
レッドハッグがハマの相手をする横で、サヌマとナンシーはセットアップUNIXを前にハッキング作業に没頭している。サヌマはこのロケット基地計画の電子システムに関わったプログラム職人であり、いわば、ナンシーの侵入路を照らす水先案内人。秘密の洞窟じみたこの場所が暫定ハッキング施設だ。
初老の男と金髪の謎めいた美女、二者はUNIXを武器とする点では同じだが、かたや構築する者、かたや暴き荒らし盗む者……その生業は真逆である。しかし不思議とおさまりの良い眺めでもあった。モニタには兎とカエルの進捗バーが複数現れては消え、そのたびBEEP音が囀った。
カカカピピピ……坑道カナリア・プログラムがアラート音を鳴らす。ナンシーはそれとほぼ同時に生体LANジャックからケーブルを引き抜き、UNIXを一時的にオフライン化した。レッドハッグは地面に転がしてあった朱塗り鞘のカタナを掴み、立ち上がった。「引越しかい」「ええ。移動する」
カナリーヴィルの防衛網は現在、相当に神経質だ。奴隷化した住人の一部が脱走・潜伏して、レジスタンス行動の機を伺っている。アマクダリ・セクトはこれを嫌い、炙り出しをはかっている他、外部への通信を遮断する為に電子的防備も強化している。そのとばっちりを受けている形だ。
システムの逆探知プログラムにかかれば、すぐさま敵が向かってくるだろう。ヤクザやボットはまだいい。最悪の場合、潜入後に彼らを襲った鋼鉄のゴーレムニンジャが明確な目的意識を持って追って来る可能性がある。ニンジャスレイヤーとレッドハッグの二人掛かりでどうにか撒いた強敵だ。
「この状況はそう悪くない」闇の中を進みながら、ナンシーが言った。「家に火がついていれば、泥棒してもバレにくい、でしょ」「それも一つの理屈か」とレッドハッグ、「ニンジャスレイヤー=サンは、うまくやれてるかね……」
「あの後一度通信を行って、目的を変更した。追跡者を撒いた後、レジスタンスを探してもらう」ナンシーは説明した。サヌマが言葉を継いだ。「踏み台にするアクセスポイントが必要だ。それを確保しないといけないんだが、場所を割り出すために、ここの住人にインタビューする必要があってな……」
この地は急拵えのロケット実験施設だ。ナンシー達はある程度の情報を得ている。ロケット実験は何らかの投資の名目や隠れ蓑ではない。アマクダリ・セクトは本当にロケットを飛ばす気でいるのだ。キョートの空港じみて磁気嵐に穴を開け、ロケットを飛ばす……どこへ向けて。そして何のために。
もはやロケット実験施設建造阻止は目的とならない。ほぼ実現されてしまったからだ。今はただ……陰謀の正体を掴み、奴隷化された住人を解放し、セクトに何がしかの打撃を与える。それら要素のどれか。あるいは全てを達成する。「無事だといいね、アンタの家族に、ご近所さん達……」
「施設を潰せば、このふざけた体制を維持する意味がなくなる」ナンシーは言った。村の後ろの広大な空白地と、その中央に屹立する管制塔が最終目的地だ。外部から切り離されたクリティカルなシステムに直接侵入し、電子的に破壊する。そう簡単にはいかない。空白地は防衛システムが展開している。
自動プラズマ・カカシやオナタカミ戦車、地雷等を、ニンジャスレイヤーやレッドハッグは、あるいは切り抜けられるかもしれない。だが、そんな戦場じみた状況下で、さらに未知のニンジャが襲ってくればどうなる?そもそも、サヌマやナンシーには何もかもが無理な話。防衛システムの無力化は必須だ。
彼らはトンネルを抜け出し、まばらな石畳を降りてゆく。レッドハッグが一足飛びに先行、ライトを周囲に投げながら進んできたクローンヤクザ集団へ、淡々と襲いかかる。「イヤーッ!」「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「スッゾオラー!」「イヤーッ!」
◆◆◆
「……電子振興センター」レジスタンス・リーダーのコバチが、厳かに言った。ニンジャスレイヤーは彼を凝視した。コバチは頷き、説明した。「税金で作った学習施設だ。誰もがUNIXを学ぶことができ、手に職がつき、地域が振興する。そういう触れ込みで建てられた。成果は無かったが」
コバチは鼻を鳴らし、「だがまあ、UNIX設備自体は、しっかりしている(無駄金さ)。アンタの言う電子ネットワーク拠点とやらを敵が設置するとして、候補に挙げられるのは、まず間違いなくそこだよ」「充分だ」ニンジャスレイヤーは立ち上がった。「時間をくれ。先に用事を済ませてくる」
「なあ、本当に戻ってきてくれよ?アンタが必要だ。引き留めようにも、こちらから出せるのは今の情報ぐらいだが……」「充分だ」ニンジャスレイヤーはもう一度言った。「率直に言って、オヌシらが的確に行動すれば、それは我々の利益にもなる。敵は同じだ。貸しも借りもない話だ」
出てゆくニンジャスレイヤーの後ろ姿へ向かって、コバチは立ち上がり、オジギをした。そして他の者達も。彼らが着るジュー・ウェアと相まって、そのアトモスフィアはゼンめいてすらいた。だが、おお、ナムアミダブツ……彼らレジスタンスは、自ら求めた信頼を、自ら反故にしてしまうのだった。
ピボッ。アジトのUNIXがIRCセッションリクエストをアラートしたのは、ニンジャスレイヤーが出て行ってから、それほど経過せぬうちだった。「セッションリクエスト?」「誰だ?オイ、探知されていないか?」「位置情報は不可視化できている。ファイヤーウォールも正常だ」彼らは囁きあった。
「どうする」レジスタンス達はコバチを見た。「位置情報は伝わらない」シグノが言った。「もしかしたら逃げ遅れた奴が……」「……つなげ」やがてコバチは促した。モニタに「セッション確立な」のミンチョ文字が走り、IRC窓が開いた。表示されたIDに彼らはどよめいた。「ミヨボ=サンだ!」
「ミヨボ=サン!」オミロが叫んだ。「に、逃げ遅れて、ダメになっちまったかと」彼は涙を拭った。「生きてやがった」「つなぐぞ」シグノがUNIXを操作した。『ドーモ。アイサツは後だ』モニタにミヨボのタイピング文言が流れる。皆、食い入るように見た。『時間がない。すぐに辿られちまう』
「どこにいる」『まず合言葉だ。言うぞ。ヤマダ』「スズキ」コバチが応じた。『コバヤシ』ミヨボは合言葉を完成させた。レジスタンスは囁きあった。「本物だ」『すぐにそこを離れろ。俺達と合流しろ!』ミヨボのタイピングには切迫感が溢れていた。一同がどよめいた。「"達"?どういう事だ?」
『オミロ=サン達、そこにいるか?』「いる!」『よかった!そう、オミロ=サンやシグノ=サンとはぐれた俺は、ヤクザやボットから逃げて逃げて……そして、そっちとは別のレジスタンス・アジトの奴に、助けられたんだ』再び一同がどよめいた。「本当か?」「別の?」「なんてこッた!」
『そっち、武器はどうだ!火器!』「バカ言うな。そんなものがありゃあ今すぐにでも……」『その、今すぐに、だ!』ミヨボは畳み掛けた。『こっちにはライフルやジュッテがある!連中の武器庫からかっさらってきた物資だ。これだけありゃあ……戦争ができる。こっちとそっち、人数が集まれば!』
ミヨボは続けた。『いかんせん、頭数が足りん。だけど、そっちのお前たちが合流できれば、人数と武器、両方揃う。戦力になる。やるなら今すぐにだ。そうだろ!敵が勘付いたらおしまいだ。この通信だってギリギリなんだ。もう切断しなきゃいけない!』「……」一同は顔を見合わせた。
『物資が多すぎて、こっちの連中だけではこの場所を離れられない。お前たちがこっちに来次第、装備を整えて、反撃だ!奴隷になった皆を解放しよう!そうすりゃ、奴らには止められやしない!このカナリーヴィルを奴らの好きにさせない!』「どうする」シグノがコバチを見た。
「……」「でも、今ここを引き払ったらよ」オミロはニンジャスレイヤーの事を示唆した。コバチは顔をしかめ、沈思黙考した。レジスタンス達はリーダーを見つめ、決断を待つ。「あいつは戻ってこないかもしれねえ。でなきゃ、遅れて、手遅れかも」誰かが言った。重苦しい空気が場を満たした。
『頼む!まとまった力が必要だ!ここで決断しないと、こっちも、そっちも、遅かれ早かれ各個撃破だ。……もう数分も接続していられない状況だ。探知されちまうぞ』ミヨボが急かす。ファイヤーウォールが点滅する。コバチは歯を食いしばった。そして、ついに首を縦に振った。「わかった!合流だ!」
『ブッダ!これで奴らに一泡吹かせる事ができる!今すぐ合流座標軸を送る。もうセッションは切断しないといけねえ。後は、現地で!』キャバアーン!ミヨボが切断するや、合流座標情報がすぐさま流れ込んできた。「行くぞ!お前ら!」コバチが一同を振り返った。「「オオーッ!」」鬨の声が応える!
……「ご苦労」管制塔の一室、ロングカットは椅子に拘束されたミヨボの肩に手を置き、言った。ミヨボは絶望と恐怖から激しく震え続けている。ロングカットはせせら笑った。「まこと貴様らの愚鈍さは底なしだ!救いようがない」「ウウーッ」ミヨボは嗚咽する。ナムアミダブツ……ナムアミダブツ。
4
真っ白のコンクリート壁、やはり白塗りの瓦屋根、強化ガラスの巨大な玄関フスマの両脇には立派なワータヌキ像が飾られ、ノレンにミンチョ文字で「経」「済」「成」「長」と書かれたこの建物こそが電子振興センターであり、今やその周囲には金網と鉄条網が張り巡らされて、市民の立ち入りを拒む。
かつて、地域振興の為、公的資金を使って建てられ、そのまま利用者もほぼ無いままに放置され、清掃業者と受付窓口業務の若干の雇用を生み出していた建物であったが、今は違う。この地の電子拠点として稼働し、実際役に立つようになった。専らアマクダリ・セクトの計画のためだけに。
そして今、本来の利用者たるべき住民を恐ろしげな鬼瓦と天下紋のノボリ旗によって拒むこの建物の周辺には、破壊された飛行ボット2機と死亡したクローンヤクザ1ダースが転がり、サツバツたる眺めを形成している。地面を汚す緑の液体は空気に触れて酸化し、赤色に変わり始めている。
金網には引き裂かれた箇所がある。人ひとりが通れるぐらいの裂け目を越えて敷地内に入り、建物の横へ回ると、今度は破壊された小窓が発見できるはずだ。その窓枠から薄暗い資料室の室内へ入り、そのまま廊下へ出て、前へ。すると3つ目のショウジ戸が開いている。赤黒のニンジャの背中あり。
この部屋はUNIX制御室だ。「ヌンヌンヌンヌン……」赤黒のニンジャの手元からドロイド音が聴こえてくる。何らかのハッキング行為である。そのまま後ろから掴みかかり、押しつぶし、引き裂いて殺すべし。だが赤黒のニンジャがその2秒前に振り返り、チョップを繰り出した。「イヤーッ!」
「虫ケラァ!」腕を振り、チョップを弾き返すと、「イヤーッ!」赤黒のニンジャは逆の手を鳩尾に叩き込んだ。「グワーッ!」鋼鉄の身体を衝撃がさざ波めいて伝う。よろめき一歩後退。カラテを構える。赤黒のニンジャも戦闘体勢だ。「虫ケラァ」彼のニューロンに帰還命令が届いたのはこの時である。
赤黒のニンジャの更なる攻撃を待たず、瞬時に踵を返すと、もと来た道を走りだす。建物から飛び出し、金網を突破し、地面を蹴って方向転換し、区画から区画へ走り、空白地……管制塔……アグラする使役者010110ヌウーッ!」ヘファイストスは目を開き、ドゲザするコーナラーの額から手を離した。
ヘファイストスの目は血走り、吐く息は荒い。それは当然、コーナラーから記憶を吸い出す行為が彼のニューロンにかける多大な負荷のせいだけではない。予感は的中した。赤黒のニンジャ、即ちアマクダリ・セクトの敵、即ちニンジャスレイヤーである。
先程のインシデント……電子振興センターUNIX拠点のネットワーク・ノイズの1秒間のオフライン化、冗長性による即時復旧……の原因は、間違いなくこれだ。ヘファイストスは立ち上がった。「立て!コーナラー=サン!」「ハイ!」コーナラーはバネ仕掛けめいてドゲザから立ち上がった。
イクサの直前に呼び戻したのはバッドタイミングであったろうか?ヘファイストスは沈思黙考する。あのままニンジャスレイヤーとこのコーナラーが戦闘しておれば、倒せただろうか?わからない。記憶を更に遡ると、コーナラーは別の場所で既に数度交戦。倒しきれずにいる。持ち帰った情報は値千金だ。
まず、切断後に復旧されたネットワークは非常にマズい!正常を擬態しているにすぎない。ニンジャスレイヤーは単身この地に乗り込んできたわけではない。コーナラーは更に一人、女のニンジャを相手にしている。彼らは別の同行者を護っていた。「ハッカーだ。コシャク!」ヘファイストスは唸った。
管制塔を囲む空白地の防衛システムは強力無比。ニンジャであろうと同じこと、立ち入ることはできぬ。だがその制御システムが万一無力化されれば……「ニンジャスレイヤーを殺せ!」「ハイ!」コーナラーはバック転でザゼン・ルームを飛び出していく!「イヤーッ!」ヘファイストスも走り出る!
仲間とのIRC通信確立よりも先にヘファイストスが目指したのは管制ルーム!その隅、警戒色のレバー装置!「普通は触らない」と書かれたガラスカバーを「イヤーッ!」チョップで叩き割ると、力任せに引き下ろす!ブガーブガーブガー!照明が点滅し、UNIXモニタに「再設定開始」の文字が走る!
「な……」ヘファイストスはガラス窓の外を見やり、凍りついた。彼のニンジャ視力は遠い空に明滅する薄緑の光を確かに認めた。「ナイミツ」彼が呻くように口に出したのは、アマクダリ・セクトのハイ・テック秘密ステルス輸送機の名称だ。即ち、薄緑の光を放つあの機体に乗っている者は……。
◆◆◆
「……」ニンジャスレイヤーを出迎えたのは、闇の中へ走って逃げてゆく一匹のバイオネズミの後ろ姿ただ一匹であった。アジトはもぬけの殻だ。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せる。レジスタンスの者達は、襲われ、連行されたか?否……戦闘の痕はない。彼は戦略机に駆け寄った。
そこには石で重しをされた紙の切れ端があり、「スミマセン。急ぎ合流必要で」という言葉が殴り書きされていた。ニンジャスレイヤーは立ち尽くした。合流?奴隷化されていない別の村人が見つかったか?彼は強い胸騒ぎを覚えた。この後先考えぬ拙速さ。何かマズい。
……残念ながら、ニンジャスレイヤーの懸念は現実のものとなった。その時、レジスタンスの者達は、ミヨボから合流地点として指定された公園に到着していた。彼らはブッシュの中に身を潜め、時を待った。息を殺し、互いの眼光を見交わし、彼らは待った。やがて、一人の男が姿を現す。ミヨボだ。
「皆いるか」ミヨボは言った。ガサガサとブッシュを鳴らし、コバチが這い出した。「他の連中は?」「ドーモ。コバチ=サン。ミヨボです」「アイサツはいい。つけられていないか。他の連中はどこだ?」「皆同行してきてる」ミヨボは弱々しく言った。「コバチ=サン。すまん」「何がだ」「家族……」
「どうした?」「俺、兵隊でもセンシでもない、だから、家族が人質に取られると、」BANG!音を立てて、引きつったミヨボの頭が破裂した。首なしの身体は驚愕するコバチの目の前でたたらを踏み、仰向けに倒れた。すぐ傍の立木に、ミヨボの頭を貫通破壊した飛来物が突き刺さった。スリケンだ。
「な……」コバチは後ずさった。「アイエエエエ!」ブッシュの中から、一人、また一人と、レジスタンス達が悲鳴を上げて飛び出す。だがすぐに「アイエエエエ!」彼らはその場で立ちすくみ、ホールドアップしていった。ナムアミダブツ!四方八方からアサルトライフル銃口と光が突きつけられたのだ。
「スッゾオラー」包囲ヤクザトルーパーの一人が前へ出た。片手にアサルトライフル、片手にIRCスピーカー装置を持っている。『貴様らは終わりだ』女の声がスピーカーから発せられた。『下手な動きを取れば皆殺しにする。貴様らには情報提供の義務がある。ここでこのまま尋問する』
「助けて!奴隷に戻」BRRRTTT!「アバーッ!」マズル光が闇を裂いた。命乞いをしたその者は死んで倒れた。スピーカーから再び女の声が発せられた。『下手な動きを取るなと言ったはずだ。愚鈍な非ニンジャの屑が一度で命令の意味を理解できない事は当然ゆえ、初回は許す。次は皆殺しだ』
コバチの横でホールドアップを維持しながら、オミロはなかば離人症めいて、この状況を眺めていた。(((とんだ間違いをしちまった。何で俺はこいつらについてきちまったんだ。そもそも、あの赤黒のニンジャを目の当たりにしながら、何でこいつらを止められず、流されちまったんだ)))
彼は地面に転がる首なしの死体を見下ろした。(((だって、そりゃあよォ……)))彼の目に涙がたまった。(((ミヨボ=サンは、友達じゃねえかよォ……急いじまうじゃねえかよォ……)))『貴様らに問う。貴様らはこれで全部か?他に潜伏している仲間はいないか。答えろ』
レジスタンス達は目だけ動かし、互いを見た。マグライトの光が威嚇的に揺らされる。「……いる」コバチは言った。オミロは瞬きした。彼の知らぬ事実であった。「あと三箇所、潜伏地点がある」『言え』コバチの頬を汗が流れ落ちるさまを、ライトが照らしていた。オミロは気づいた。これは出任せだ。
「まず一つ目」コバチは言い淀んだ。『早くしろ。ランダムに一人処刑する』「言うとも!ちと待ってくれ。住所で言ったほうがいいだろう。あの区画は……」コバチは時間を稼いでいるのだ。言わずにおれば皆殺し。言っても用済みとなれば皆殺しだろう。ならばせめて、嘘でも話す時間を延ばし……。
オミロは歯を食い縛る。時間を延ばし……数十秒?おお、結局それが何になるだろう。ハイクを詠む時間ぐらいは稼げるだろうか。「村役場の南西2ブロックのところにタバコ屋がある。そこの」「ん」オミロは思わず声を出した。すぐさま銃口が向く。「スミマセン!」マグライトの数が減っていないか?
『今声を出した奴。次に誰かが粗相をすれば、死ぬのはお前だ。わかったな』「……!」オミロはぎゅっと目を閉じた。『続けザリザリザリ続けろ』「ああ、タバコ屋の裏に使われていない井戸がある。そこを降りると……」シュウウウ……妙な音がやや離れた場所で聴こえる。オミロは薄目を開ける。霞?
シュウウウ……シュウウウウ……この公園が急激に曇ってきている。霞ではない。煙だ。刺激臭。クローンヤクザが周囲を見回し始める。そしてマグライトの数が更に減っていないか?「シャッコラー!?」その時だ!ヤクザの一人が突如叫び、ブッシュに銃を向けた!だが!「イヤーッ!」「グワーッ!」
ブッシュの中から飛び出した影が空中で一回転して着地すると、そのクローンヤクザの首から鮮血が噴き出し絶命!山猫めいた影がゆらりと立ち上がると、赤い二つの光が闇に刻まれた。光る目?否、それはタバコの火だ。二つのタバコの火だ。タバコを二つ咥え、抜身のカタナを持つ女である!
「チェラッコラー!」ヤクザ達が一斉に銃を構える!「ッたく!ステルスは苦手なンだよ!面倒くせえ!」女は叫び、次の獲物をめがける!「イヤーッ!」「ザッケンナコラー!」BRRRRTTTTT!「イヤーッ!」「グワーッ!」そして、刺激臭をともなう白煙はいよいよ濃さを増して回り込む!
「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」遠巻きに新たなヤクザスラングの波!白煙の中、カタナ持つ女は唖然とするレジスタンス達を見渡し、叫んだ。「アンタ達、何寝てンだい!」「ウオッ!」オミロは我に返った。地面に屈み、クローンヤクザの死体の手からライフルを奪い取った!「ウオーッ!」
BRATATATATA……BRATATATATATAT!「グワーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン!はやくも乱戦の様相!オミロは自分のすぐ横を走り過ぎる別の影を見た。顔を恐怖に引きつらせた少年が両手に持っているのは……おお、この白煙の源!発煙筒である!
「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」おお、おおナムサン!銃声にまぎれ、公園に次々にエントリーしてくるヤクザスラング!増援が集まってきているのではないか?「ウワーッ!ウワーッ!」少年の叫び!今やオミロにははっきりとわかる。ハマだ!
『ザリザリ状況ザリザリ』スピーカー音声はノイズ塗れだ。「ついて来な!」カタナ持つ女の声が遠ざかる。慌ててオミロは追う!「スッゾー!」木陰からヤクザが飛び出し、ドス・ダガーでオミロに斬りかかる!「アイエエエ!」「イヤーッ!」男の叫び!ヤクザの額にスリケン!「グワーッ!」即死!
「畜生!畜生!」オミロは必死で女の背中を追う。女のジャケットの背には「婆」の逆さ漢字が刺繍されている。「イヤーッ!」女がヤクザを斬り殺した。強い!この女、まるでニンジャだ!オミロが歓喜の叫びを押し殺したその時、「イヤーッ!」煙の中から巨体が飛び出し、女を横から弾き飛ばした。
「グワーッ!」アンブッシュを受けた女は背中から立ち木に叩きつけられた。「虫ケラァ!」鋼鉄スモトリ怪物は巨大な腕を振り上げ、女の顔面に容赦なく拳を叩きつけに行く!「イヤーッ!」右後ろから風が吹き抜け、「アイエエエ!」オミロは回転ドアめいて回転した。赤黒のニンジャが拳を止めた!
オミロはミシミシと何かが軋む音を聴いた。この相対するジゴクめいた戦闘者の筋組織が、骨が、互いに押し合う音と思われた。赤黒のニンジャは女に言った。「任せるぞ」「アイ、アイ、大歓迎」女はタバコを潰し、赤い布で口元を覆うと、再び走りだした。「アンタ達!こいつらほっといて、走れ!」
「虫ケラァーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」赤黒のニンジャの身体が沈み込むや、鋼鉄スモトリニンジャが宙を飛び、ブッシュの中に叩き込まれた。見事なイポン背負い光景を背後に、オミロは走った。とにかく走った。銃声。叫び。悲鳴。転びかけたオミロを、並走者が助け起こした。コバチだ。
「まだいける。まだやれる!」コバチは自身の額の血を拭い、銃を握り直した。公園を抜けると、一人また一人、散ったレジスタンスが合流してきた。何人かはアサルトライフルを持って。「暴動だ!」「ああそうだ」黒髪の女は彼らを振り返った。「アンタらが暴れてくれないと、こっちも困るンだよ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」後方の公園からはなおも赤黒のニンジャの叫びと、銃声、ヤクザスラングが聴こえてくる。「すまん……本当にすまなかった!」オミロは嗚咽した。「どうせ聞こえやしないよ」女が言った。「カワコイデの坊主!」シグノが叫んだ。ハマが合流したのだ。
「俺ッ、俺の両親」ハマはぜいぜいと息を吐き、発煙筒を取り落とした。「近所の皆。助けるんだ。畜生こんな、許せない」「坊主……」「ッてわけで」女が割って入った。「この子アンタらに返す」そして言った。「で、ここ。手近の収容所」女が略地図を突きつけた。「ここだけ手伝ってやる」
「ああ……ああ」レジスタンス達は顔を見合わせた。「そッからは自分の尻、自分で拭きな。助けた奴らも使ってさ……」女は言い、視線を巡らせた。そして管制塔の方角を見やった。彼女は訝しげに目を細めた。管制塔に接近する薄緑の光は、まるでUFOじみていた。
5
心臓に電気ショックを受けたようにナンシー・リーの身体は激しく仰け反り、物理復帰した。荒い息を吐きながらデスクを手探りする。サヌマは電解水のボトルを差し出した。美女はこれを掴み取ると、喉を鳴らして中身を一息に飲み、空になったボトルを隅へ投げ捨てた。「ハァーッ……忙しいこと」
「ここまで上々だと思うが、どうだ」サヌマは額の汗を拭い、タイピングを続ける。「もう少し早くにあのアジトと繋げられれば、こうも忙しくならなかったが」「時勢って、そういうものよ」ナンシーは言った。「それに、もっと忙しくなる」「何だこりゃ」サヌマはモニタの新たな進捗バーを見た。
「管理者側のカウンターよ」とナンシー。進捗バーは非常な勢いでグイグイと100%を目指し満たされてゆく。「セキュリティの再設定のトリガーが引かれた。想定はしていたけど、相当早いわね」「100%になると、あれか、元の木阿弥ッて事か?」「そういう事」だがナンシーは席を離れ通路に出た。
「ここ、うっちゃるのか?」「そうはいかない」奥の闇からナンシーの声が返る。「サヌマ=サン、来て!一秒でも惜しい」「ああ、そりゃそうだ」サヌマはモニタ上で不気味に伸びる再設定進捗バーを何度か振り返りながら通路を走った。ナンシーは隔壁ゲートの前で待っていた。「手伝ってもらえる?」
「肉体労働、よし」サヌマは地面から生えた炭鉱めいた無骨なレバーを掴んだ。「俺に任せろ!嬢ちゃんは作業に戻れ」サヌマは力を込めた。「ヌウーッ!」バキバキと錆びたレバーが軋んだ。サヌマは更に力を込める。ナンシーが見かねて手を貸すと、二人がかりの力でレバーがようやく言う事を聞いた。
ガゴッ……カゴーン!二人が跳び下がると、ギロチンめいた勢いで隔壁が落下し、通路を塞いだ。更にその奥で、同様のギロチン・サウンドが木霊した。カゴーン……カゴーン……カゴーン。「何重だ?」「五重か、そこら」ハンカチーフで指先の錆を拭き取りながら、ナンシーが答えた。「急がないと」
「これで少しは保つかね」「そうね。気休めにはなる」とナンシー。「ニンジャが直接やって来たら、気休めにもならないかもしれない」「……」サヌマは早足に進むナンシーの横顔を見た。「実感がこもってるのか」「貴方も今回、体験できるかも。運が悪ければね」
このUNIX拠点につながる通路は、隔壁を下ろした今の一つしかない。ドン詰まりだ。つまり彼らの行動は、もはやこれ以上の拠点替えを行わない事を意味していた。セキュリティ再設定。移動をしていては、間に合わぬ。ナンシーは軽く息を吸うと、再びLAN直結し、論理タイピング行為に没入した。
ニンジャスレイヤーが確保したUNIX拠点を踏み台にする事で充分な回線太さを確保したナンシーは、バックドア……設計者であるサヌマが導いた侵入路だ……を用いて、カナリーヴィル中枢システムに到達。一部アクセス権限を奪い取った。管制塔周辺の防衛システムを停止するにはもうひと頑張り要る。
もぬけの殻となったレジスタンス・アジトではUNIXデッキがそのままになっていた。電子振興センターから帰還したニンジャスレイヤーに対し、ナンシー達はこのデッキとIRCセッションを確立することで、至急の追加ブリーフィングを行う事に成功した。デッキには不穏な通信ログが残されていた。
レジスタンスに対する合流指示はあからさまなトラップである。だが、百戦錬磨の戦士ならばいざ知らず、市民にすぎない彼らにそこまでの用心深さを要求することは酷であったかもしれない。ニンジャスレイヤーはすぐさまアジトを飛び出し、合流地点に向かった。レッドハッグも。そして、ハマも。
アジトを出ようとするレッドハッグに対し、ハマは自ら同行を申し出たのだ。「あの子大丈夫か」サヌマはタイピングしながら言った。没入を開始したナンシーの応答は弱い。「……わからない。だけど……やるからには、あの子もリスクを冒さなければ……この村はあの子の村……傍観するのは……違う」
リスクを取るのはナンシーとサヌマも同様だ。ニンジャであるレッドハッグがアジトから駆り出され、もはやカラテの護りは無くなった。そして、レジスタンス、村人達……彼らもまた戦わねばならない。村人が同時多発的に行動を開始し、システムの目を逸らさねば、ナンシーらのハッキングは通らない。
早く。もっと早く。祈るようにタイピングしながら、サヌマは思う。このイクサは総力戦だ。「俺もその一画か」「チチチ」UNIXデッキの陰から小型カニ型マスドロイドが現れ、激しくテンキーをタイプし始める。今回のミッションにあたって、ジミチとハデを分解して組み上げた携行可能な小型機だ。
「お前、ファイアウォールまわりの修理は終わったのか」「チチチ」カニはLEDを点滅させた。「よし、じゃあ頼む」「チチチチ」「その子には名前あるの……」朦朧としながらナンシーが問うた。「ある」サヌマは頷いた。「ホドホドだ」ナンシーは微かに笑った。「頑張りましょ、ホドホド=サン」
◆◆◆
「再設定まで!あと何分だ!」ヘファイストスが吠えた。「とにかく順調です」カスタムヤクザオペレータが答えた。彼らはフクトシン博士のもとで使われていた人員であり、緊急動員された形である。モニタ上の進捗バーは順調な速度で伸び続けている。ヘファイストスの咄嗟の機転が功を奏したのだ。
ガゴンプシュー……エレベータが開き、新たに一人、息を弾ませながら管制室にエントリーした。ロングカットだ。「どういう事だ!何が起きている」「今しがた伝えたとおりだ」ヘファイストスはロングカットを睨んだ。そしてモニタの一つを指さした。村の区画図。その一部が赤く染まった。「見ろ」
「暴動だと?」「レジスタンスだ。貴様が仕留め損なった連中が」「バカな」ロングカットは眉根を寄せた。「たかが村人。ヤクザ兵をそう易々と打ち破れるはずも無し。例のニンジャスレイヤーは貴様のゴーレムが相手をしていよう」「もう一人ニンジャが居るのだ!カメラ記録を見ろ」
区画図に奴隷居住施設正門の監視カメラ映像が映し出された。クローンヤクザ達が女のニンジャを包囲している。それらが一斉に襲いかかる。女のニンジャがカタナを抜いて身を沈め、ジグザグに走ると、ヤクザ達は一人また一人とバイオ血液を噴き上げ死んでゆく。克明な犯罪記録映像だ!
折り重なって倒れるクローンヤクザを踏み越え、四方八方から武装レジスタンスが集まってくる。銃のない者はクローンヤクザの死体からライフルを回収してゆく。ヤクザが死ぬほどに、レジスタンスが武力を増している。ロングカットは絶句する。「待て……これではこの居住区は……」「そうだ!」
ヘファイストスは叫んだ。「被害はあれひとつに留める!ニンジャが一人増えたから何だ?とにかく戦力を集結し、思い上がった屑を制圧!」「既に指示している!」ロングカットは叫び返した。「どこだユリシーズ=サンは!」その時である。「カミンガロングサイドな」合成音声がアラートを発した。
そしてモニタには、管制塔の側面図と、屋上部にドッキングしたUFOめいた機体のワイヤフレームが映しだされた。「なにか大変なことになっているんですかね」階段を上がってきたフクトシン博士が頭を掻いた。「そろそろ人員、戻してもらう事できますか」「ダマラッシェー!」「アイエエエ!」
ヘファイストスが反射的に一喝すると、フクトシン博士は悲鳴を上げて後ずさった。だが失禁はしない!「よせ、ヘファイストス=サン」ロングカットはヘファイストスの手首を掴んだ。「あれでもVIPだ」「そんな事はわかっている」ヘファイストスは激昂していた。「教育が必要だ!恐れの教育が!」
「到着ドスエ」合成マイコ音声が発せられた。ガゴンプシュー。エレベータのフスマが開く。ニンジャ二人は弾かれたように向き直った。爛々と輝く目が彼らを見返す。悠然と進み出たその男は、まず、待った。ヘファイストスはアイサツした。「ドーモ!メフィストフェレス=サン!ヘファイストスです」
「ドーモ。ロングカットです」「うむ」メフィストフェレスは山羊じみた顎鬚を尊大にいじりながら、エシャクを返す。「メフェイストフェレスです」「メフィストフェレス」フクトシン博士の表情に畏怖めいた感情が灯った。「メフィストフェレスよ!珍しい。これはどうした事だね?何かマズいのか?」
「その通り。のっぴきならぬ状況のようだ」メフィストフェレスと呼ばれた男は……おお……もみあげから顎までつながった白髭、しっかりとシワの刻まれた顔、しかし、なめし革めいた皮膚の下に異常な生命エネルギーが駆け巡っている事が明らかな、この不穏な老人は、無感情に管制室を見渡した。
「ナイミツのUNIXと管制室を同期し、多少の事前情報は得ているぞ」メフィストフェレスは二人のニンジャを見た。ヘファイストスは言葉を探した。「……つまり……」ブガーブガーブガー!アラート音が遮る!「防衛システム過負荷!プラズマ・カカシ制御システムに論理矛盾、強制停止な」「うむ」
「メフィストフェレス」フクトシン博士がよろめいた。「飛ばないのか。私のロケットは。よくないことが起ころうとしているな?」「飛ぶさ」老人の目がギラギラと輝いた。彼はフクトシン博士に向かって一歩踏み出した。「飛ばねばならん」「アイエッ!」博士はボーで打たれたように短く痙攣した。
「……防衛システムが無力化された。では誰が守る」メフィストフェレスはロングカットを見た。「何をしている。君はオイランか?シャーテックのスナイパーニンジャか?」「イヤーッ!」ロングカットはバック転からフリップジャンプを繰り出し、エレベータに乗り込んだ。そして屋上へ上がる!
ヘファイストスは歯を食いしばり、後ずさった。「状況は早急に……」「ンンッ」メフィストフェレスは咳払いした。「多少スケジュールを早める。できるね、博士」フクトシン博士はマネキネコ時計を素早く見た。「ア……星辰は……アアッ!既に可能な域に入った!正確には12分前から既に!」
「ユリシーズ=サンは?」「彼はメディテーションを行っております」「よかろう」意外にもメフィストフェレスはそれを許容した。「到着ドスエ」ガゴンプシュー……再びエレベータが開いた。「噂をすれば、か」エレベータの中から現れたのは、ユリシーズと……影めいて全身が黒い竜頭のニンジャだ。
「シャドウドラゴン……。サン」ヘファイストスは呻いた。シャドウドラゴン。セクトの実質的なトップであるアガメムノンの忠実なるハタモト・エージェント。「12人」の一人であるメフィストフェレスが、護衛も無しにこんな場所を訪れる筈もなかった。しかしその護衛がシャドウドラゴンとは……。
「ドーモ。メフィストフェレス=サン」ユリシーズがオジギをした。「スクランブルというわけですか」「騒がしいのでな」メフィストフェレスは頷いた。「何の娯楽もない忌々しき場所。すぐに離れる口実ができた事は喜ばしい」老人は歯を剥きだして笑った。だが怒っているようでもあった。
ヘファイストスはヤクザオペレータの間を動きまわり、状況改善に努めた。既に2つ目の奴隷居住地に火の手が上がっていた。電磁ノイズを追う。コーナラーは恐らく今もニンジャスレイヤーと戦い続けている。ニンジャスレイヤーを釘付けにしている。いや……釘付けにされているのはコーナラーの方か?
「この拠点は本来、ロケットひとつ飛ばしてお終いにするような場所ではない」メフィストフェレスは低く言った。「しかし……最悪その事態も織り込まねばならんか」「それは絶対にありません」とヘファイストス。「すぐに秩序を復帰させます。これまでやってきたように」「命に替えても、か?」
「命に。命に替えてもです」「然り。君の仲間が命を懸けるのだから、当然、君も命を懸けねばならんぞ、ヘファイストス=サンよ。……ユリシーズ=サン、スクランブルせよ」「ハイヨロコンデー」ユリシーズはうっそりと応え、シャドウドラゴンに付き添われて退出した。
フクトシン博士はユリシーズの背中をじっと見送った。メフィストフェレスは頷いた。「よいカラテが漲っておる」「そう!」とフクトシン博士、「実際、"将来性"のパイロットは彼でなくば務まらんだろう!身体的な要素はもとより、恐らくニンジャソウルの適性も関係してくる。とても試練!」
窓の強化ガラスの外、屹立する鉄骨にくるまれた巨大なミサイルめいた影がライトアップされた。白い機体には機体名「将来性」の漢字がペイントされている。ロケットだ。天を衝く。磁気嵐突破システムとこのロケットは閉鎖的ネットワークが割り当てられており、まとめてハッキングされることはない。
「ヘファイストス=サン。残念ながら君らはこの施設の重要性についてほぼ知らされていない」メフィストフェレスは不意に言った。「知るのは、12人。加えて数名だ」「……!」「こんな田舎で己の運命を呪った日もあろう」「……」「だが責任は取ってもらう。気張れ」「ハイ……ヨロコンデー!」
◆◆◆
BRATATAT……「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」BRATAT!「グワーッ!」遮蔽物を挟み銃撃の応酬を続けていたクローンヤクザとレジスタンス陣営であったが、乱射銃弾が幸運にもクローンヤクザの一人の眉間を撃ち抜くと、ボーや角材を持った市民がダム決壊めいて押し寄せた!
「ザッケンナコラー!」「アバーッ!」「グワーッ!」角材でアサルトライフルと戦うのはあまりに無謀!だが、炎のようにデスパレート化したレジスタンス市民は恐怖を捨て、死体を踏み越えて殺到するのだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」囲んで棒で叩く!
「ゴーゴーゴーゴー!」コバチはグルグルと腕を回して後続者を促し、懐からバクチク・グレネードを取り出すと、監視窓から攻撃を繰り返すクローンヤクザめがけ投擲した。「グワーッ!」肩を撃ち抜かれたコバチが片膝をつくのと、グレネードが爆発したのは同時だった。KABOOM!「アバーッ!」
「大丈夫かよ」オミロが駆け寄るが、コバチは己を強いて素早く立ち上がり、市民たちに指示を下した。「いけっ!脚立とハシゴだ!」「ヨロコンデー!」「ウオーッ!」三階の高さにある窓に次々にハシゴが立てかけられ、市民たちが上ってゆく!BRATATATAT!「グワーッ!」「グワーッ!」
ナムサン!横から襲いきた新たな増援クローンヤクザの銃弾がハシゴの市民を撃ち落としてゆく!BRRRRTTTT……コバチはアサルトライフルを打ち振り、増援クローンヤクザを銃撃!撫で斬りにする!「グワーッ!」「グワーッ!」「くじけるな!行け!行……」KBAM!「グワーッ!」
コバチは吹き飛び、瓦礫に沈んだ。「コバチ=サン!」「スッゾオラー!」屍を踏み越え、ショットガンをポンプしながら更なるクローンヤクザだ!BLAM!BLAM!BLAM!「グワーッ!」ラッキーカジバショット!泣き叫ぶオミロのチャカ・ガンの弾は、ショットガンヤクザに全弾命中!殺害!
「コバチ=サン!」オミロがコバチを助け起こそうとした。「行け……戦え」コバチは譫言めいて呟く。致命傷である。ナムアミダブツ。オミロは涙を拳で拭った。「こいつは、どうなっちまってるんだろなァ、畜生……」「……」コバチの返事はない。その目はどこも見ていなかった。
「ハァーッ……」物陰から這い出したハマは、アビ・インフェルノ・ジゴク光景の凄まじさに衝撃を受けた。だが少年は恐怖を振り払った。次のクローンヤクザが来る前に!彼は収容所窓にかかったハシゴを上る市民に加わる。「父さん!母さん!みんな!」ALAS!彼の叫びは必死の祈りであった。
既に二つの収容所を解放したカナリーヴィル住人はヤクザ軍団に大きく数で勝っていた。もはやこの暴動を力で止める事ができるものはいない……ニンジャを除いては。ニンジャスレイヤーがニンジャと戦っている。このカナリーヴィルのどこかで戦っている!「ウオオーッ!」市民が廊下に雪崩れ込む!
「ヤメテ!やめてくれ」銃口を前にホールドアップするのはカナリーヴィル村長であった。かつて反対派を力づくで抑え込んで意気軒昂の村長も、今やアワレ、アマクダリのクーデター後は貫頭衣を着せられ、決議書のハンコを言われるがままに捺すだけの奴隷存在に堕していた。
「スッゾオラー!引き摺り下ろして処……」「ヤメロ!」ハマは大声で叫び、興奮した市民に食ってかかった。「皆同士でそんな……やめろよ!グワーッ!」銃身で殴られ、ハマは床に突っ伏した。咄嗟にふるった暴力に、誰よりも興奮市民自身がショックを受けたようだった。「ア……おい……」
「もうよせ」駆けつけたオミロは興奮市民の銃に触れ、ゆっくり降ろさせた。「「ウオオーッ!」」外の廊下からは次々に牢獄じみた部屋部屋を解放してゆく市民の叫びが聞こえてくる。オミロはハマに手を差し伸べて立たせ、興奮市民を見た。「奴らのせいで同じ村の人間が争うなんて、ブルシットだろ」
彼らは村長を伴ってしめやかに部屋を出た。「ウオオーッ!」「ウオオーッ!」あちこちで叫び。雪崩出てくる貫頭衣姿の新たな人々。その場で脱ぎ捨てフンドシ姿になる者もいる。この収容施設もカナリーヴィル市民が奪回だ!「居そうか、お前の親」オミロが尋ねた。ハマは血を拭い、首を振った。
◆◆◆
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後ろへ倒れ込みながらコーナラーの巨体を背後の地面に叩きつける!「グワーッ!」トモエ投げだ!だが恐るべきはコーナラーの不屈のニンジャ耐久力!強力無比の投げ技を受けて身体が砕けるどころか、ニンジャスレイヤーを離さず……投げ返す!「イヤーッ!」
コーナラーは起き上がりながらニンジャスレイヤーを前方の地面に叩きつける!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは堪えた。コーナラーを離さず、叩きつけられた勢いによってその巨体を再び持ち上げ……「イヤーッ!」ブリッジしながら背後に叩きつける!「グワーッ!」
「イヤーッ!」コーナラーはニンジャスレイヤーを離さず、叩きつけられた勢いを乗せて……前に叩きつける!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは勢いを殺さず、コーナラーの巨体を……「イヤーッ!」叩きつける!「グワーッ!」
ゴウランガ!一体何が起こっているのか!鈍色の巨体と赤黒の殺戮者は互いに互いを叩きつけ、さながら二色風車のごとく混じり合いながら、やがて公園の後ろの山肌もむき出しの坂道を転がり始めた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
異常耐久コーナラーはもとより、我らがニンジャスレイヤーが全身バラバラになることなくこの危険なラリーを続けられるのはなぜか?秘密は決して互いの身体を掴んだ腕を離さぬ特殊な組み合い状況にあった。投げのダメージをそのまま相手へ返し、相手もまた投げのダメージを返す……危険循環状態!
「虫ケラァーッ!」「イイイヤアーッ!」圧倒的風車存在と化した二者が回転しながら坂道を転げ落ちる!循環される衝撃力は決して外へ逃れることなく、この危険なホイールの中を循環し続ける。いわば破壊力が際限なく加算されてゆくカラテ・スノーボール!ラリーを止めた者が負債を払うのだ!
転がる!転がる!転がる!やがて二者は村の舗装道路へ!そして下り坂へ!「アバーッ!」交差路で歩哨に立っていた警備ヤクザがこのカラテ・スノーボールに巻き込まれ、ネギトロと化してアスファルトに緑のバイオ血液をまき散らした。サツバツ!二者はなおも転がり続ける!むしろ加速!アブナイ!
「虫ケラァーッ!」「イイイイヤァーッ!」殺戮風車ニンジャ存在は道中の消火栓を吹き飛ばし、粗末なトタン製の封鎖壁を破砕し、なおも転がる!その進路には第四の収容所へ通ずるヤクザバリケードだ!「イイイイヤアアアアアーッ!」KRAAAAASH!「「「アバーッ!」」」KABOOOM!
彼らがトラックの横をすり抜け、赤いドラム缶に衝突すると、中に満載された可燃性液体が火花を受けて爆発炎上!避けようとしたクローンヤクザ数人を炎の中に巻き込んだ!ナムアミダブツ!炎と黒煙の中、ひしゃげた装甲車のもとで、地獄のラリーはついに停止した……上となったのはどちらか!見よ!
立ち上がり、よろめく。黒煙の中、レーザーポインターじみた光が軌跡を残し、険しく黒い眼が戻った。ニンジャスレイヤーである!ジゴクめいたカラテ狩人は仰向けに倒れ動かぬコーナラーを見下ろす。そしてザンシンした。彼は眉根を寄せた。「虫ケラァ……」紫の炎がコーナラーの眼窩に燃えた!
「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」更に周囲のクローンヤクザが集まってくる。ニンジャスレイヤーは舌打ちした。時間がない。だが……彼は第四の収容所が付近にある事に気付く。放置もならぬか。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転ジャンプ!「アバーッ!」着地点のヤクザを蹴り殺す!
BRATATATA!BRATATAT!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤクザを一人、二人とスリケンで殺し、彼はバリケード付近に放置された中型トラックのドアを破壊、挿さったままのキーをまわしてエンジンを始動させた。BRATATAT!車体が銃弾を受ける!
「虫……ケラァー!」「……!」ニンジャスレイヤーは窓から身を乗り出し、身を起こすコーナラーを振り返った。その鈍色の身体はあちこちが惨たらしくひしゃげ、裂け目からはチロチロと紫の炎を垣間見せている。その頑強、わかりきっていた事ではあるが、あらためて超自然のジツの産物だ。
ゴウウウ!ゴウウウ!空ぶかしをくりかえし、マフラーが黒煙を噴き上げ、ヤクザの銃撃はバチバチと音を立てる。コーナラーがトラックめがけ走り出した。「虫ッ!ケラッ!」ギャギャギャギャ!タイヤが悲鳴を上げ、トラックは走り出した。コーナラーがこれを追う!トラックが加速……!
◆◆◆
「イヤーッ!」「アバーッ!」レッドハッグは二階建て家屋の屋根から飛び降り、警戒するクローンヤクザの脳天を踏み抜いて殺すと、もう一人を振り向きざまの斬撃で殺害。身を沈め、しめやかに駆けると、空白地を隔てる金網を前にした。「風が止んだね」彼女はIRCインカムに呟いた。
『ようやくご入場』ナンシーの通信がすぐに返った。それまで遠景の中で不穏なパルスを散らしていた物体の存在はなく、ただ、だだっ広い闇と、その奥に光る二つの塔と、天を衝くレーザーの光だけが見えた。『でも急いで。システムダウンはじきに復旧する。そして、再度ダウンさせる事はできない』
「何分ある?」『……よしなに』「ヒッ、ヒ、了解」レッドハッグは笑った。カタナを無雑作に振るうと金網が歪な四角に切り裂かれ、人ひとり通れる口を開けた。KABOOOM……くぐもった爆発音が遠くに聞こえた。彼女が後方を振り返ると、重苦しい爆発煙が天に昇るところだった。「やってるね」
……ルルルル……ルルルルル。レッドハッグの耳は空気の唸りの接近を感じ取る。そしてニンジャ第六感は致命的危険を。彼女はやや首を傾げるようにした。そのコンマ2秒後、咥えタバコが飛来物の衝撃余波を受けて粉々に散り砕け、頬に赤い筋が刻まれた。KBAM!そして着弾音が聴こえた。
彼女は走り出していた。蹴った地面が爆発した。KBAM!地雷?否。飛来物がコンマ2秒前まで彼女のアキレス腱があった空間を掠め、そののち地面を抉り取ったのだ。レッドハッグは全速力で走りだす。ルルル……再び空気の唸りが接近。ルルルル!彼女は急角度で横に跳んだ。だが!「グワーッ!」
横跳びに跳んだレッドハッグは空中でバランスを崩し、ゴロゴロと地面を転がった。……ルルルル!空気の唸りが接近!うつ伏せから仰向けに!KBAM!地面が爆ぜる!仰向けからうつ伏せに!KBAM!地面が爆ぜる!KBAM!KBAM!「アアアア畜生!」彼女は毒づき、地を蹴って跳ね起きる!
ナムサン……彼女の右太腿にはえぐり取られたような傷が生じ、血が滲み出していた。決して小さな傷ではない。彼女のステップは不規則軌道を描き、時には後退すら織り交ぜて、ほんの20フィート程度しか離れていない土管の陰へ飛び込んだ。KBAM!土管が抉り取られ、彼女の額を破片で傷つけた。
「ハァーッ……ハァーッ……」レッドハッグは土管の陰で身を縮め、太腿にハンカチーフを堅く縛りつけて止血した。「シャレになってない……アタシの今の居場所わかるか?二週間ぐらいありゃ、管制塔に辿り着けるだろうよ!」『テクノロジーではなさそうね』「ンなこたァ、やりあえばわかる」
レッドハッグは呟き、タバコを点火しようとして、思い留まった。闇夜にわざわざ照準をくれてやる事はない。ただでさえこの正確さだ。「スリケンだね。多分管制塔から……」彼女は土管から微かに頭を出した。すぐに引っ込めた。KBAM!土管が削られた。「ああ、管制塔から投げて来やがる」
『DAMN……プラズマ・カカシ無しで、護りきるつもりかしら』「そういう事だね。スシのデリバリーを頼んでいいか」『配達出来る人がいないわ』「言うじゃない」レッドハッグは目を閉じ、肺の空気を全て吐き出すと、思い切り吸い込んだ。そして、「イヤーッ!」側転で飛び出した。ルルルルル!
「イヤーッ!」レッドハッグはさらにバック転を繰り出し、飛来したスナイパースリケンを回避!そしてさらにバック転!「イヤーッ!」バック転!「イヤーッ!」バック転!「イヤーッ!」……ルルルル……移動先を読んだ更なるスリケンが飛来!アブナイ!「イヤーッ!」
ギュイイイ!闇夜に火花が爆ぜた。レッドハッグはバック転の最中、空中上下逆さの状態でカタナを振り抜いて、スナイパースリケンを真っ二つに叩き斬ったのだ。彼女はそのまま背中から着地、ゴロゴロと転がると、活動停止している不気味な電子カカシの陰へ走りこんだ。
「ハァーッ……ハァーッ」レッドハッグは電子カカシの陰から首を巡らし、管制塔の冷たい光を見る。「グッドニュース。2週間の到着時間を、予定より15分ぐらい縮めることに成功」『なにか……手段を考える』「そうね」彼女は上の空で呟いた。
何か打開策がほしい。スリケンを斬る?今のアクロバットを二度三度と繰り返すのは至難だ。ましてあの管制塔まで行くとなると、百度以上繰り返すハメに。「管制塔じゃなきゃダメかい」『そうね。最もクリティカルなシステムがあそこに隔離されている。さっき渡したウイルスを直接撃ち込まないと』
「そうすりゃ……アー……管制塔やら、ロケット発射台やら、燃料の毒タンクやらが派手に吹っ飛んで、クローンヤクザどもの頭が爆発して、一件落着ってわけ。胸躍るね」『化合物タンクもヤクザも爆発しないけど、概ね半分ぐらいは合ってるから、それでいいわ』「ロケット……ふざけやがって」
あらためて彼女は管制塔を見る。塔の上には薄緑の光を放つ影が浮いている。機影か。不穏だ。そしてやや離れた発射台……目を細めて見れば、そのロケットの機体には大きく「将来性」とショドーされているのが確認できる。「アー。穴でも掘るかね」『待って。もう少し良い選択肢ができた』「あン?」
『見える?』「だから何が」『聴こえる?』ゴゴゴゴ!レッドハッグは後方を振り返り、目を見開いた。彼女を目掛けて蛇行しながら走ってくる鋼鉄の塊有り……トラックだ!「あン?何だ!アンタの手配?ちょっと……」ギャギャギャギャギャ!タイヤが唸る!トラックが突っ込んでくる!ナムサン!
「イヤーッ!」車内で発せられたカラテ・シャウトをレッドハッグは聴いた。助手席のドアが弾かれるように開いた。運転者が蹴り開けたか。運転者は窓から顔を出し、「乗れ!」と叫んだ。レッドハッグは手段の評価を先送りし、すぐさま動いた。「イヤーッ!」跳躍する彼女にトラックがドリフト接近!
レッドハッグは手を伸ばす!車内から赤黒の腕が伸び、彼女の手を掴んだ。彼女は一瞬、無重力を感じた。「イヤーッ!」レッドハッグを助手席へ引きずり込むと、ニンジャスレイヤーは再びハンドルを掴み、アクセルを踏み込んだ。KRAASH!フロントガラスを突き破り、スリケンが顔の横を掠める!
「ドーモ。奇遇だねェ。ちょうど足が欲しかったとこさ」レッドハッグは髪をかきあげ、苦笑した。「どこ行きの便だい」ニンジャスレイヤーはレッドハッグを見た。そして頷いた。「行き先は地獄だ」「じゃ、とっとと行こうじゃないか」
6
シュイイイイ……モーター回転するガンドレットのスリケン射出機構音が屋上の夜闇に響く。ロングカットの表情は険しい。突如現れたトラックは女ニンジャを引きずり上げた後、蛇行しながらこの管制塔を目指してくる。……バヂュン!スナイパーガントレットから凶悪な勢いで新たなスリケンが放たれる。
トラックのフロントウインドウが破砕し、車体がスピンしかかる。だが運転者は死んでおらず、土煙を上げながら走行復帰した。運転席にいたのは赤黒のニンジャ……即ちニンジャスレイヤーである。「無駄な真似を」ロングカットは舌打ちした。IRCインカムからは不快なノイズ。通信状況が劣悪だ。
ガントレット駆動音がかき消すのは、後方、管制塔最上部に横付けするような位置で浮遊する巨大なステルス戦闘機のミステリアスな浮遊音だ。欠けた円形ディスクのようなナイミツの機体は複数の静音ジャイロ機構を備え、VTOLじみた空中静止をしてのける。漏れる緑の光がロングカットの背を照らす。
通信状況の劣悪さはこの忌々しい機体が原因かと、彼女は当初、疑った。だがすぐに理解できた。ハッキングである。この管制塔自体はカナリーヴィルのネットワークから切り離された電子システムを持ち、本体セキュリティは極めて堅牢だ。しかしカナリーヴィルとの通信接続に支障が出ている。
「イヤーッ!」ロングカットはキアイを入れ、スリケン射出の衝撃に耐えた。彼女はトラックのタイヤを狙った。だがトラックは微妙な進路調整を行い、これを横腹で受けた。運転席のニンジャと目があったように思った。ニンジャ動体視力、ニンジャ判断力による軌道予測か。
ZBOOOM……遠くカナリーヴィルで新たな火の手が上がる。ロングカットは新たなZBRガムを口に含み、集中力をブーストさせる。ナイミツがこの屋上に着陸していない状況は不穏だ。メフィストフェレスに長居するつもりはないのかもしれない。ロケットのスクランブルを強行し、帰還するつもりか。
忌々しい。何もかも。ロングカットはZBRガムを強く噛み、再びスリケンを射出した。「イヤーッ!」トラックは再び車体にスリケンを受け、半球状の抉れを生じて、横転しかかる。所詮、急所を外すのがせいぜい。トラックごとクズ鉄にしてしまえば、後は臆病なウジ虫が中から這い出てくるのみだ。
次のスリケンを仕込む。この状況は何が頼みだ?スクランブル射出を成功させる事か?暴動を収める事か?事態は急転直下。施設の存続事態が危うい。48時間前にこの状況を想像できたろうか。メフィストフェレスがロケット射出を強行し、去った後、残されたロングカットやヘファイストスはどうなる。
この村は歪で、忌々しい。歪な計画が生み出した汚い世界だ。フクトシン博士の算出した非現実的なスケジュールはアマクダリ・セクトのトップからの絶対命令となり、ヘファイストスらは容赦のない突貫工事を行った。建造も、住人の支配も。博士はしきりに「星辰」と口にした。おかしなメタファーだ。
ここまで強引な手段を進めて、結果ロケット一つ飛ぶかどうか。夢見がちな博士の戯言を信じ込んだ愚かな中枢が招いた結果だ。最善は尽くす。だが、最悪の状況下での身の振り方も考えねばなるまい……バヂュン!KBAM!トラック後部が火を吹いた。鉄塊は走行を止めぬ。ロングカットは舌打ちした。
◆◆◆
「システム総じ緑」「体格性」「ハジキ」「殴り薬」。視界のHUD表示がチカチカと瞬き、余韻を伴って消えていく。ユリシーズは深く息を吸い、深く息を吐いた。彼の背中には地面が。前には空がある。バイオ超低反発シートはしとやかに包み込む女神の抱擁じみている。この女神の名は「将来性」。
『ドーモ。ユリシーズ=サン。フクトシンです』HUDに3D顔面モデルワイヤーフレームが浮かび上がった。『君のバイタルはしっかりとモニタリングしている。素晴らしい数値だ。君はニンジャで、じっくりと時間をかけてザゼンしてきた。とても科学的。気分はどうだね』「何も感じない」『グッド』
『シミュレーション通りやればいい。月の位置、磁力風、全て最適な周期に入った。何か周りが騒がしいが、栄光を前にすればそれはデジタルな0と1の区別だ。わかるだろう。獅子がインパラを狩り、少年が野球し、老婆がスシを食べ、男女が諍い合い、セックスをする。それらは総じて0。君の飛翔は1だ」
「何も感じない」『グッド。君は極度のザゼン集中状態にある。自然なことだ。科学的だ。だから私が君の分も感動するのだ。いいかね。宇宙移民など稚気じみた夢。人類は翼を失い、科学者は栄光を失った。私が今、その手に掴む。叡智を取り戻す。おお。私のメフィストフェレス。時が来たのだな……』
そこで博士は絶句し、しばし感慨に浸っていた。それから我に返った。『手順はシムの通り。特に君のニンジャ性を発揮せねばならん局面は、宇宙ゴミと防衛システムだ。電子戦争によって狂い、堕落した蛮神の園だ。だが君は克服できる。君の非凡なニンジャ動体視力、ニンジャ器用さによって』「ああ」
『ニンジャ憑依者の力なくば、決して突破することのできぬ障壁だよ!古代のニンジャソウルとやらは、恐らくこの為に現世に降り来たったのだね。ゆえに、君は地上最高のニンジャ、ニンジャの中のニンジャといえる。実際に宇宙への道を切り拓くのは他でもない君だからだ。スゴイ事なんだ!』「ああ」
ユリシーズは目を閉じる。おかしな人生だ。この世に生を受け、ニンジャとなり、アガメムノンの元へ。そして今、宇宙へ。……月へ。彼は笑った。空虚な笑いである。彼はコンソールの質感を感じる。失敗したところでケジメもセプクもできまい。ただ最善を尽くすのみである。
◆◆◆
ZBOOOM!強烈な震動の直後、車体の後ろから明らかに不穏な爆発音。「何だ!?」レッドハッグは窓から顔を出そうとしたが、ニンジャスレイヤーがその肩を掴んで制した。「首が吹き飛ぶぞ」「……アイ、アイ」レッドハッグは素直に従った。「クソ忌々しいスナイパー!」
「この車も、そう長くは保つまい」震動の中でニンジャスレイヤーが告げた。荒っぽいシフトチェンジを行うたび、車体がバネ仕掛けめいて上下に揺さぶられる。レッドハッグは天井を両手で押さえ、支え棒じみて身体を支えた。「ンなこたァわかってる。だけど、もうちょいだね。奴らをブッ叩くまでさ」
「そういう事だ」限界までアクセルを踏み込むと、タイヤが悲鳴を上げ、加速Gが襲いかかった。「ホラこれ、ヤバイ」レッドハッグが燃料メーターを指さした。「グングン減ってる。タンクをやられたよね」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは急ハンドル!BOOOM!直後、再びトラックに着弾!
「グワーッ!」レッドハッグは額を車体にぶつけて呻いた。「もっと安全運転しなよ!」「かわれ」ニンジャスレイヤーがレッドハッグの腕をぐいと掴み、ハンドルに引き寄せた。「あン?こんな時に冗談は……」「理由あっての事だ」言うなり彼は滑るように窓から外へ出、ルーフに這い上がった!
ギャギャギャギャ!ギャギャギャギャ!乗り手の交替直後の暴れるトラック上でニンジャスレイヤーは見事なニンジャバランス感覚を発揮。振り落とされまいとする。彼は管制塔を見上げる。既に実際相当近い。彼の視線は屋上の影を捉える。「スゥーッ……ハァーッ……」呼吸を深める。チャドー呼吸を!
ルルルル……ルルルルル!不穏な高速回転音が接近する!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは恐るべき勢いでスリケンを投擲した。数十メートル離れた地点に火花が閃いた。コンマ数秒後、あさっての方向で何かが地面を抉った。ゴウランガ!彼はスリケンにスリケンをぶつけ、軌道を逸らせたのだ!
「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは呻いた。確かにこれはブルズアイだ。足場は不安定、高速移動しながらのスリケン投擲。困難を極めるカラテだ。だが、狙撃手に決定打を与えるには足りず、当座の凌ぎにしかなるまい。ルルルル……ルルルル!次なる高速回転音接近!「イヤーッ!」
再び数十メートル地点で火花!ギャルルル!轍を踏んだ車体が傾ぎ、ニンジャスレイヤーは振り落とされかける。ルルルル!更なる高速回転音接近!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはのけぞる!肩口に深い抉り傷!管制塔上、殺意で研ぎ澄まされた視線がニンジャスレイヤーを射る!さらに、その時!
「虫ケラァーッ!」KRAAASH!巨大な質量がトラック後部に叩きつけられた!ニンジャスレイヤーは体勢復帰し、降ってきたものを振り返った。否、それは降ってきたのではなかった。追って走ってきたのだ。そして跳躍し、取り付いたのだ。……ナムサン!鈍色の頑強ニンジャ、コーナラーである!
「どうなッてる!」車内からレッドハッグの声が聴こえた。ニンジャスレイヤーは車上でカラテを構え、叫び返した。「野暮用だ!走れ!とにかく距離を詰めろ!」「虫!ケラッ!」コーナラーが車上を接近!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出す!「イヤーッ!」コーナラーが応戦!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかりあうカラテ!ギャギャギャギャ!ドリフトめいた転回でトラック後部が流れる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは体勢を崩したコーナラーの膝を蹴り潰しに行く!「グワーッ!」だが、硬い!ルルルル……スリケン飛来!「イヤーッ!」ブリッジ回避!
「イヤーッ!」コーナラーが拳を振り下ろす!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは転がって回避!寝た姿勢からコーナラーの腿を蹴る!「グワーッ!」身をひねり、手をついて起き上がりながら回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」メイア・ルーア・ジ・コンパッソだ!「グワーッ!」だが硬い!
「虫ケラ!虫!虫!ケラッ!」コーナラーはニンジャスレイヤーの脚を抱えながら、押し潰す!「グワーッ!」車上でマウント・ポジションを取る!ナムサン!ニンジャスレイヤー、これはかなりアブナイ!「イヤーッ!」「グワーッ!」マウントパンチ!「イヤーッ!」「グワーッ!」マウントパンチ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは身を捩り、振り下ろされる無骨な拳を受ける。重く硬い!だが一方で彼は敵のカラテの力量を測ってもいた。オートマトンじみたこの敵が振るう力任せの拳を!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
このまま殴られ続ければ爆発四散してしまう!だが彼は絶望していなかった。拳を受けながら、彼は風を感じていた!トラックの速度を!「イヤーッ!」「グワーッ!」重く硬い拳!だがスナイパースリケンは飛ばない。コーナラーの巨体が邪魔になのだ。そして、角度……ついに狙撃可能域を越え……!
KRAAAAAASH!管制塔セキュリティゲートに、キャノンボール棺桶と化したトラックは衝突した!そして、KRA-TOOOOOOOM!爆発!炎が四方八方に拡散!「グワーッ!」吹き飛ばされる二者!やや離れた地点で受け身を取ったのはレッドハッグ!衝突直前に車外へ逃れていたのだ!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」転がり落ちた二者はそのままカラテ応酬を再開する。レッドハッグは駆け出した。「そいつ、任せたよ!塔の中は任せな!」「このゴーレムを操作するニンジャが必ず居る!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。「見つけ出し、殺せ!」
◆◆◆
「カウントダウンだ……」フクトシン博士が強化ガラス窓に手をつき、万感を込めて呟いた時、ヘファイストスは血走った目を見開き、拳を固め、踵を返して出口へ向かった。「入られたのか?」腰の後ろで手を組み、悠然と見守るはメフィストフェレス、その眼差しは冷たかった。
「仕留めます。ニンジャの一匹ごとき」ヘファイストスは言った。「最重点敵のニンジャスレイヤーは、我がジツを前に手も足も出ておりません!」メフィストフェレスの横でシャドウドラゴンは無言。微動だにしない。権限者からの……即ちこの場においてはメフィストフェレスからの命令が無いからだ。
「イヤーッ!」ヘファイストスが回転ジャンプで退出すると、「フクトシン博士!」メフィストフェレスが恐ろしく張りのある声を放った。「終わりだ。十分だ」「そんな!」フクトシン博士は、信じられぬ、といった様子、傷ついた目で老人を振り返った。「今、飛ぶんだ」「そうだ。仕事は終わった」
「しかし……飛ぶんだ!」「飛ぶとも」メフィストフェレスは頷いた。「だからこそだ。管制室に不粋なニンジャが踏み込めば、我々の身に危険が及ぶ。よいかね、博士。残念ながら今は最大エマージェンシーだ。大変に敵が近いのだ。迫っている。ここにおれば成果を見届けず死ぬ事になるやも知れぬ」
「メフィストフェレス……」「ナイミツから見届けるがいい。そこを君の特等席とすればよい。下手なリムジンよりも快適だ。リシャールを開けようじゃないか」「ここが現場だ!これが我が人生の極限なのに!」「寂しい事を言うな」たしなめる悪魔の声音は優しかった。「全ての始まりだよ」
ブガーブガー!アラート音が鳴り響き、照明が激しく点滅する。「ア……」フクトシン博士は凍りつく。光と影の中、メフィストフェレスの……己に全てを与えた存在の、メンポと装束が垣間見えたからだ。「アイエエエ」「来たまえ。見苦しいぞ」悪魔は手招きし、エレベーターへ向かう。博士は従った。
ピロコピロコピココ……冷たいUNIX駆動音と、エンジニア達の寡黙なキータイプ音が後に残った。モニタの一つは、着々とゼロに向かって縮小する数字が表示されていた。エンジニア達は厳粛な儀式を進行させる修道士めいて、その数字を……そして闇に浮かぶ光の柱を……凝視するのだった。
◆◆◆
「イヤーッ!」首をへし折られながら吹き飛ぶクローンヤクザが円形エントランスホールに叩き込まれ、一瞬後には飛び蹴り姿勢のレッドハッグがエントリーした。スターン!スターン!スターン!円形エントランスホールに等間隔で設けられたフスマが一斉に開き、機銃を構えたクローンヤクザが出現!
「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」「ワメッコラー!」BRRRRTTTT……マズル光が弾け、恐るべき掃射がレッドハッグを襲う!レッドハッグの目が光った。回転しながら身を沈めてゆく!「イヤーッ!」放たれるスリケン!一枚!二枚!三枚!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」
「ザッケンナコラー!」「スッゾー!」ロングドスを抜いた追加クローンヤクザが次々に現れる!「イヤーッ!」レッドハッグは身を沈めての回転から床を蹴って跳躍、着地と同時にロングドスヤクザの一人を斬り殺した。「グワーッ!」「チェラッコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに一人!
「アッコラー……」死体を踏み越え現れたのは、二刀流を構え、「御意見番」の旗を背負ったクローンヤクザだ。両腕がサイバネティクス置換された特殊運用タイプ……サムライヤクザである。「ツカマツル!」「イヤーッ!」レッドハッグは躍りかかる!所詮はクローンヤクザだ!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」切り結ぶ二者!そのサイバネティクス腕は本体クローンヤクザのカスタム費用に十倍をかけてなお勝るコストであろう。レッドハッグの激しい打ち込みに二刀で対応する。扱うカタナの数が二倍!つまり二倍の対応力なのだ。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」サムライヤクザの激しい打ち込みにレッドハッグの切っ先がぶれる。舌打ちする彼女へサムライヤクザは踏み込み、二刀を振りかぶった。「ツカマツル!」アブナイ!?否、誘い込みだ!既にサムライヤクザの腹には水平の裂傷が刻まれていた!
「グワーッ!」サムライヤクザの腹から臓腑が零れた。強力な斬撃をあえて呼び込み、予備動作にかかる時間を利用したレッドハッグ見事!両膝をついたサムライヤクザの首を、「イヤーッ!」「アバーッ!」一息に刎ね飛ばす!だが、まだだ!カタナを朱塗り鞘に納めながら、彼女は天井を振り仰いだ。
「イヤーッ!」ギイイイン……盾めいて掲げた朱塗り鞘に、落下してきたニンジャのサイの切っ先が食い込んだ。「イヤーッ!」そのニンジャは更に蹴りを繰り出し、反動で後方へ回転ジャンプ、着地と同時にオジギした。「ドーモ。ヘファイストスです」「ようやくニンジャのお出ましだね」
天井の円形の穴から落下してきたヘファイストスに、レッドハッグはオジギを返した。「ドーモ。レッドハッグです。で……誰だっけな?そっちのアンタは」「ドーモ。レッドハッグ=サン。シャドウドラゴンです」機銃ヤクザの死体を踏み越え現れたのは、竜頭の、影めいたニンジャである。「忘れたね」
「目的は何だ、女?」ヘファイストスが問う。「狂人に付き従い、無謀なイクサに参加する理由は何だ」「売られたケンカを買ってンだろうが」レッドハッグはヘファイストスを睨み、頭を掻いた。「こちとらカラテで食ってンだ」「貴様の行いは高くつくぞ」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
レッドハッグめがけ、シャドウドラゴンの影のクナイ・ダートが飛んだ。レッドハッグは床へ跳んで転がり、そのままヘファイストスの足首をカタナで切り裂こうとした。ヘファイストスは回転ジャンプでこれを躱し、空中で上下逆さになりながら、下のレッドハッグめがけサイの突き攻撃を繰り出した。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヘファイストスの突き下ろした危険なサイは、レッドハッグの頭を床へ縫い付けかかった。彼女は首を動かし、右の耳朶にひどいピアス穴を作るに留めた。そして、シャドウドラゴンがアンダースローした影のクナイにスリケンを投げ返し、対消滅させた。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」レッドハッグは顔の横に突き立てられたサイをチョップで弾き、そのままウインドミル回転。ヘファイストスの横腹をカタナで斬りにいった。ヘファイストスはもう一方のサイで受け、反動で後方へ跳んだ。シャドウドラゴンはレッドハッグに飛びかかった。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」レッドハッグとシャドウドラゴンの回し蹴りがぶつかり合った。後方へ跳びながら、ヘファイストスはサイを投げつけた。レッドハッグの回し蹴りのムーブは、カタナの動きを兼ねていた。彼女は飛来したサイに斬りつけ、弾き飛ばした。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」シャドウドラゴンはワン・インチ距離のチョップを繰り出した。レッドハッグは朱塗り鞘を持つ腕で肘打ちを繰り出し、これを受けるとともに、カタナを鞘へ戻した。ヘファイストスは着地と同時に床を蹴り、腰に帯びた予備サイを両手で構えて襲いかかった。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」レッドハッグは朱塗り鞘ごとカタナを振り、ヘファイストスの側頭部に叩きつけた。納刀の動きに目測を狂わされたヘファイストスは強打をまともに受けた。シャドウドラゴンはレッドハッグの脇腹に蹴りを叩き込んだ。レッドハッグはこれをまともに受けた。
「グワーッ!」ヘファイストスは血走った目を見開いた。「ヌウーッ!」」レッドハッグはヒビが入るほどに奥歯を食いしばり、このダメージに耐えた。踏みしめた足元の床に亀裂が走った。「イヤーッ!」シャドウドラゴンが更なるチョップを振り上げかけ、止めた。そしてブリッジした。
ブリッジしたシャドウドラゴンの腹の上をカタナが通過した。レッドハッグは斬撃を止めず、そのまま回転した。左側頭部に朱塗り鞘を叩きつけられたヘファイストスの右側頭部にカタナが届いた。彼はサイを上げて斬撃を受けようとしたが、ALAS、その動きは、側頭部がカタナを受け入れた後だった。
「イヤーッ!」レッドハッグはカタナを振り抜いた。ヘファイストスの頭部、耳から上が北半球めいて切り離され、脳が吹き飛んだ。「サヨナラ!」ヘファイストスは爆発四散した。「イヤーッ!」コンマ2秒後、ブリッジ姿勢からバネめいて復帰しながらの両腕チョップをシャドウドラゴンが繰り出した。
「グワーッ!」レッドハッグは両肩にチョップを叩き込まれ、膝をつく。鎖骨が折れた。「イヤーッ!」シャドウドラゴンはヤリめいたサイドキックを冷徹に繰り出した。「グワーッ!」レッドハッグは逆くの字に仰け反り、そののち床を転がり、クローンヤクザの死体の上に重なった。ナムサン……!
ブガーブガーブガー……再びアラート音が鳴り、照明が明滅した。「カウントダウンを開始ドスエ」合成マイコ音声がアナウンスした。「20……」「……」シャドウドラゴンは足を止め、アナウンスに注意を払った。「19……」「……」シャドウドラゴンは歩みを再開。呻くレッドハッグを目指す。
「18」「畜生テメェ……」レッドハッグは床に手を突き、身を起こそうとした。彼女は顔を歪め、凄まじい苦痛に耐える。「やってくれるじゃねェか……」「17」「イヤーッ!」レッドハッグはスリケンを投げた。シャドウドラゴンは指先でスリケンを挟み取り、捻じり潰した。「16」
「もうやれないと思うか?エエッ?」レッドハッグは立ち上がり、後ずさった。下がりながら彼女はファイティングポーズを取る。右拳にはナックルダスター。「またブザマにノされたいなら、来な。あン時みたいにさ……」「忘れたと言ったが、出任せか」シャドウドラゴンが無感情に指摘した。「15」
「このカウントダウン、何?大急ぎで飛ばすのか」レッドハッグは不敵な笑みを作ろうとした。「14」『ザリザリ……焦らないで』ナンシー・リーの声がIRCインカムから発せられる。『射出はこの際関係ない。施設を最終的に破壊すればいい……切り抜けて』「13」「ああ、それが一番キツいんだ」
『もう少し……ああ!もう少しだから』「そりゃよかった」レッドハッグは左腕をやや下ろした。「右なら殴れるよ。やろうじゃないか。来なよ」「12」「イヤーッ!」だが、シャドウドラゴンは彼女の足元にクナイ・ダートを投げたのだ!レッドハッグはステップでこれを避けたが、狙いは影にあった。
レッドハッグはもはやステップを踏めなかった。彼女の影にシャドウドラゴンのクナイが刺さると、何たる面妖、その身体はギシギシと軋み、足は床を離れることを拒否した。ナムサン……これは秘密のヒサツ・ワザ、敵の動きを封じるシャドウピン・ジツである!「11」シャドウドラゴンが踏み込む!
「イヤーッ!」回転跳び蹴りが狙ったのはレッドハッグの頭だ!一撃でその首を刎ね飛ばそうというのだ。無慈悲な蹴りは死神の鎌めいて、レッドハッグの命を狩りにゆく!レッドハッグはジツを破ろうともがく!その時だ!「Wasshoi!」
その瞬間、天井の円形穴から弾丸めいて飛び出し、シャドウドラゴンを上から強襲したのは、ニンジャスレイヤーであった!「グワーッ!」死角からアンブッシュを受けたシャドウドラゴンはカイシャクを遮られ、床に叩きつけられた。「10」赤黒の死神はクルクルと回転し、片膝を突いて着地した!
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて名を告げると、決断的なジュー・ジツを構えた……。
「9」……「10」……「11」……「12」……「13」……「14」……「15」……。……。 ……数分前!
ニンジャスレイヤーがその脇腹にショートフックを叩き込み、振り下ろされた拳を肘打ちで返し、更に股間をコンパクトな動作で蹴り上げ、喉元にチョップ突きを叩き込んでも、コーナラーの鈍色スモトリ巨体は崩れなかった。コーナラーは後ずさり、両手を威嚇的に拡げてみせた。「虫……」
ニンジャスレイヤーへ再び襲いかかろうとしたコーナラーが電気ショックを受けたように引きつけを起こしたのはこの瞬間だった。不意に内なる紫の火が掻き消え、眼窩は黒く虚ろな闇に変わった。考えるまでもない。ニンジャスレイヤーはこの瞬間を待ち続けていたのだ。炎は再び熾ったが、ずっと弱い。
(((すぐに再生する)))ナラクが告げた。(((今が機ぞ!これを逃すは恥も恥!儂を失望させるな!)))ニンジャスレイヤーは既に踏み込んでいた!「イヤーッ!」そして腰を捻る!右チョップ突きがコーナラーの右腕付け根を撃ちぬく!そして腰を捻る!左チョップ突きが左腕付け根を撃ちぬく!
繰り返し加え続けた打撃の蓄積は今まさに具体的成果を伴ってニンジャスレイヤーにこたえた。コーナラーの両腕付け根の金属が砕けた。紫の炎が溢れ出るが、やや遅かった。両腕がボロボロと地面に落ちた。「グワーッ!」その腹部にニンジャスレイヤーの拳がぴたりと触れていた。彼は更に踏み込んだ。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身体をじわりと動かし、踵から爪先へ重心を動かした。コーナラーの巨体がワイヤーで引っ張られたように吹き飛ばされた!「グワーッ!?」コーナラーは管制塔壁面に大の字に叩きつけられる。ゴウランガ!何たる巨山が大地を震わせ鳴動するが如きカラテ!
「虫……ケラァ、虫」もがくコーナラー!紫の炎がその体内でゴウゴウと燃えるが、もはや先程までの絶望的安定からは程遠い!「グワーッ!」喉元にスリケンが突き刺さる!「イヤーッ!」更にニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!喉元のスリケンを、次なるスリケンが杭打ちする!「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーの上体はほとんど真後ろを向いていた。その腕に、肩に、背に、装束越し、縄めいた筋肉が浮き上がる!そしてスリケンを……投げた!「イイイイヤアーッ!」ツヨイ・スリケン!赤黒の軌跡を残す致命的スリケンは喉元のスリケンをコーナラーの奥深くまで捩じ込んだ!「サヨナラ!」
爆発四散するコーナラーを尻目に、ニンジャスレイヤーはフックロープを振り回し投擲!管制塔3階高さの出っ張りにフックを引っ掛け、巻き上げ機構を働かせて、窓から中へ入り込んだ。『レッドハッグ=サンが交戦中だ!』サヌマのIRC通信が入り、道筋のマーカーガイドが転送された。そして……。
10……9……「8」シャドウドラゴンはニンジャスレイヤーとレッドハッグを見比べ、吟味するかのように首を傾げた。「7」シャドウドラゴンは一歩下がった。輪郭がじわりと揺らぎ、フスマ戸の奥へと流れ、消えた。割に合わぬイクサと見たか。カウントダウンが進んだ事に満足したか。彼は去った。
クローンヤクザの血は酸化を始め、緑から赤へ変わりつつあった。「7」ニンジャスレイヤーはレッドハッグを見た。レッドハッグはタバコを咥えた。「疲れた。一服いいか」「吸いながら来い」二者は歩き出す。「6」『基幹UNIXの位置を転送するわ』ナンシーの通信。『終わりにしましょう』
7
「4」……「4だ」フクトシン博士は震え声で呟き、メフィストフェレスを振り返った。巨大ステルス機「ナイミツ」の司令室は実際高級リムジンじみて格調高い。同期された管制塔UNIXが転送するカウントダウン・マイコ音声の間隔は、おそらくフクトシン博士にとっては永遠にも感じられた事だろう。
「見えるかね?」メフィストフェレスはカットクリスタルの酒盃を傾け、言った。フクトシン博士は数度頷き、強化ガラスにほとんど全身を張り付けた。「ああ……見える」その熱狂的な目はライトアップされるロケット発射台に注がれている。「電子戦争後、初めての……宇宙飛行……有人宇宙飛行……」
「かえってここの方が見易かろう。安全な場所で、何に邪魔されることもなく」メフィストフェレスが言った。「3」……「だが、あそこが現場だ!」フクトシンは悔しげに、「君にはわからんのだメフィストフェレス。残念ながら」「2」……「それは先駆者の孤独とやらだな、博士」
「1」「イチ!!!」フクトシン博士が叫んだ。「飛べ!飛べ!飛べ!お願いだ!」彼は拳を振り上げ、飛び上がった。メフィストフェレスは苦笑した。しかしこの悪魔にもそれなりに期するものがあったか、一人、酒盃をカンパイじみて無言で掲げたのだった。……閃光。数度の閃光。そして。
BDDDDDOOOOOOM……重い金色の煙がロケットの足元から沸き起こり、地に溢れ、拡散した。フクトシン博士は力なく両膝をついた。彼は泣いていた。「発射成りました。オツカレサマドスエ」マイコ音声の無機的なサウンドすらも優しかった。悪魔はギラギラと輝く目でコンソールを凝視した。
「見ろ……メフィストフェレス見てくれ、"将来性"が。私の"将来性"が飛んでいく。私の夢だ」「あれは嚆矢だ、フクトシン博士」メフィストフェレスは言った。「ここで終わりにされては困るのだ。わかっているかね」その時、後部扉が開き、シャドウドラゴンが入室した。「帰還しました」「うむ」
「ガンバレ……ガンバレ」フクトシン博士は跪いたまま、念じるように、硬く組んだ拳を額の上に掲げていた。「どうか!どうか」「ヘファイストス=サンが戦死しました」「そうか。仕方がない」メフィストフェレスは淡々と言った。「この施設はあまりにも拙速であった。早晩、自壊したことだろう」
明滅する光の柱がロケットに寄り添う。磁気嵐層に僅かな間の穴を穿つ神秘的なテクノロジーだ。「ああ。どうだ。どうなっている。大丈夫だな」フクトシン博士はコンソール・モニタに駆け寄り、顔を近づけた。「間違いは絶対にない!私がやったんだ!たとえ隕石が降ろうとも!」
「適切に後始末し、情報を統制したうえで、カナリーヴィルには義損金でもくれてやればよい」メフィストフェレスは言った。「所詮、村を占拠したのは"日本政府に反旗を翻した正体不明のヤクザ武装組織"でしかないのだ」「御意」シャドウドラゴンは直立姿勢である。
「ヘファイストスらがもう少し有能であれば、継続的に使用できる基地も成ったであろうに」メフィストフェレスは他人事のように言った。「ニンジャスレイヤー。奴の無軌道かつ野蛮な行いときたら、まったくもって閉口の限りよな」「御意」「施設の再建造……カネも時間もかかる。頭の痛い問題だ」
メフィストフェレスは眼下のカナリーヴィルを一瞥した。新たな火の手があがる。更なる収容施設が解放されたのだろう。フクトシン博士は天へ昇るロケットとコンソールを1秒間隔で交互に注視している。シャドウドラゴンは微かに首を動かし……ロケットを目で追っていた……。
◆◆◆
「カワコイデ……カワコイデ家の人間を探しています!」枯れた声で叫びながら人々の間を走り抜ける少年を、憔悴しきった人々は目で追った。負傷者、死んだ人間の傍で涙を流す者、手を取り合う者。広場の中心には引き裂かれたトタン材が集められ、篝火の火の粉を空へ噴き上げていた。
「ハマ?」呼びかける声があった。少年は足を止めた。座り込む人々をよけながら進み出たのは、頭と右目を包帯で覆った男だった。「なんでお前がここに」「シワバキ=サン」ハマは駆け寄った。「シワバキ=サン、父さんと母さん……見なかったですか」「お前……そうか」
シワバキは気遣わしげに、「じゃあお前、今まで家族を探して……こんなになっちまった村を走り回って……」「ハマ!」愕然とした叫びが遮った。シワバキとハマは同時にそちらを見た。ハマの目にみるみる涙が溢れた。「父さん……!」「お前……なんでここに!」「父さん!」
「ハマ!」「ウワーッ!」「この馬鹿野郎!」ハマの父親は日に焼けた太い腕で我が子を抱きしめた。「こんな時に帰って来やがって」「ハマ!」人々をかきわけ、子供を二人連れた女性が進み出た。「お前、どうしてここに!」「母さん!ミメ!キワ!」ハマは叫んだ。人目も構わず、彼は泣き続けた。
「よ、良かった、とにかくよかったなあ!畜生よかったなあ!」シワバキは涙をぬぐった。見守る他の者たちも泣いていた。「学業はおまえ、だけどお前学業どうしたんだ!」父親は泣きながらハマを揺すった。「休み、休みなんだ、休みなんだよ!」「そうか……休みか……勉強してるか!」「してる!」
「よくこんな村ン中、走り回って……」「ニンジャ……」「何だって?」「ニンジャが助けてくれた……ニンジャが助けてくれたんだ……!」「全くこいつは……わけのわからん事を……!」抱き合う家族は、やがて、天を裂いて昇る一筋の炎の尾を見上げた。彼らは言葉を失い、ただ、畏怖した。
◆◆◆
空白地帯を、村とは逆方向に遠ざかる装甲車両あり。ロケットの金の光から、ナイミツの緑の光から、赤黒の死神から逃れ、その女ニンジャはアクセルを踏み続ける。敗走の屈辱がロングカットの目に影を落としていた。彼女は憔悴でどっと老け込んで見えた。
「命あっての物種……死んだら終わり……ハ!バカどもめ!最後まで殺し合っていればいいさ!」ロングカットはマントラめいてブツブツと呟いていた。轍にハンドルをとられ、装甲車両が激しくスピン、音を立てて停止した。「畜生!畜生ーッ!」ロングカットはダッシュボードを殴りつけた。
◆◆◆
『基幹システムに到達した。恐らくここだ』ニンジャスレイヤーからのIRC通信に、ナンシーは応える。「ブルズアイ。間違いないわ」彼女は緑の格子の彼方から煌めく階段が降りてくるイメージを見る。それは彼女自身の足元のデータと繋がり合い、道を拓いた。
『いけるか?』サヌマの手によって、無数のガイド・ボンボリが階段上の回廊に次々に設置され、偽装された迂回路を暴く。ナンシーは飛翔し、躊躇うことなく奥へ進んだ。「ミャオーウー」電子マネキネコの腹部には鍵穴があった。『これを』サヌマがナンシーの手にトゲだらけの鍵を落とした。
ナンシーは電子マネキネコに鍵を差し込み、ロックを解除した。「ミャオーウー」マネキネコがゆっくりと沈み込み、かわりに、ナンシーの周囲に数え切れないほどの四角柱が浮上してきた。基幹システムのライブラリーだ。『これと、これと、これ……』サヌマが目ぼしい柱にマーカーを乗せて行く。
「ハヤイ。才能がある」ナンシーは微笑んだ。サヌマの声が返る。『ハッキングの?よしてくれ』ナンシーはマーキングされた四角柱のひとつに手を挿し入れ、内部にしまわれたガラス球を握り潰した。澄んだ破壊音は断末魔の悲鳴めいてコトダマ空間に響き渡った。『計算できません』システムが泣いた。
『自壊を始めるぞ』サヌマの声が警告する。「ええ。システムは終わりね。そしてまだ、やる事がある」ナンシーは遥か地平、それまで電子のオーロラで隠されていた巨大なピラミッドを見る。ピラミッドには「天下」のエンブレム。ナンシーはピラミッドめがけ飛んだ。頭上には見慣れた黄金の立方体。
『ニンジャスレイヤー=サン達は?』「離脱するわ」『あんたは大丈夫なのか?』「多分ね」『おお、飛んだ……飛んだぞ……奴ら、ロケットを飛ばしやがった』「それがこの施設の最初で最後の仕事になったわね」
彼女は視界にロケット航行軌道図を重ね合わせた。流れ込んでくるデータが今まさに飛翔するロケットの位置を刻む。行き先は……「月の裏側?」『俺が力になれるのはここまでだが……俺はうまくやったか?』「素晴らしかった」『この後どうする』「データを盗む」
背中から白い小鳩が生まれ、離脱。ロケットめがけ飛んだ。「今ならまだ強制接続が可能」小鳩は飛びながらコバンザメに変形してゆく。「管制プログラムの表面を辿り、ロケットの内部システムに寄生して、月の裏側とやらへ妖精を運んでもらうわ」一方、ナンシーはピラミッドを真っ直ぐに目指す……。
◆◆◆
ユリシーズは短時間の気絶から覚醒した。予めプログラムされた投薬によってニューロンをキックされたのだ。彼のニューロンは一瞬で冴え渡り、リンクされた"将来性"の全方位視界を共有する。彼は光と闇の狭間に存在している。一基。二基。ブースターを切り離す。
「バイタル数値は平常」ユリシーズは呟いた。「静かだ。とても。そして深い色だ」誰に対する通信でもない。「さあ始めようか」予め定められたプログラムが働き、ハニワじみたオービターが重い衣を脱ぎ棄てる。アンタイ・スペースデブリ・スリケンの射出機構が彼のニンジャ自律神経と噛み合った。
数秒後、彼は「汚れた宇宙」の只中にいた。「イイイヤアアーッ!」オービターは球状の闇を纏う。機体に接近する宇宙ゴミの全てが、千手観音じみて放たれるすさまじい量のスリケンによって破砕し、取り払われるからだ。スリケン投擲を続けながら、ユリシーズのニンジャ動体視力は遠い影を捉える。
それは……おお、ナムサン……放棄され、なお自律する、多国籍攻撃衛星の眼差しである。ユリシーズのニンジャ第六感は、テリトリーを侵した存在に多国籍攻撃衛星が裁きの鉄槌を下そうとする兆候を察知していた。レーザー兵器の動きを。「イヤーッ!」ユリシーズは狙いすましたスリケンを放った。
多国籍攻撃衛星の影が傾いだ。光の線はあさっての方向へ放たれた。フクトシン博士曰くの「蛮神」は静止状態から剥がされ、地球の方向へ吸い寄せられてゆく。地上のどこかへ墜ちるだろう。「システム総じ緑な」マイコ音声が告げた。ユリシーズは月を見た。それから白い炎の塊を見た。太陽を。
その瞬間、ユリシーズは全てを手に入れたように思った。「おお」彼は心を動かし、スペースメンポの奥で、微かに涙を流した。チカチカ……ユリシーズの網膜に「第一次接続の確立が可能な」のミンチョ文字が映しだされる。「第一次接続を確立」ユリシーズは答え、論理ボタンを押した。
その瞬間、月の裏側のアクセスポイントがユリシーズのオービターを発見した。ユリシーズは長く巨大な手が己を捉えた感覚をおぼえた。寒さを。それはオービターを経由し、地球……アマクダリ・セクトの基幹IPアドレスを発見した。「第一次接続が確立されましたア、アアア」マイコ音声が歪んだ。
「ザリザリ……ザリザリザリ」ノイズ。ユリシーズは瞬きした。彼は月の付近で静止する数個の立方体を見た。黒い立方体だった。そして黒い立方体の下、月の地0100100001001001てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだり
てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからく
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『爆発四散した』ナンシーが答えた。『機密保持……何らかの目的を果たして……NO!』彼女の呟きは悲鳴に変わった。「大丈夫か!ナンシー=サン!」サヌマは躍起になってタイピングを速め、隣で昏睡する彼女の物理肉体とモニタを交互に見た。「アバー!」カニ型ドロイドのホドホドが煙を吹いた。
「何が……ハッカーか?アマクダリの?」サヌマは滝のように汗を流した。「ナンシー=サン!」『010010001』「ナンシー=サン!無事か!」『ドーモ。アルゴスです』
KBAM!KBAM!KBAM!ファイアウォールが連鎖爆発し、飛来した破片がサヌマの頬にざっくりと切り傷を作った。「グワーッ!?」「ン……ンア……」ナンシーの身体が痙攣を始め、目、鼻、口から血が流れ出した。「アイエエエエ!」サヌマは椅子から転げ落ちた。アジト出口を振り返った。
非常にまずい!逃げなければ!「ア……ア……」ナンシーは呻いた。「ウオオオーッ!」サヌマは髪を振り乱し、キーボードへ再び向かった。ヤバレカバレ!タイピングを再開する!「ウオオオーッ!」速く!もっと速く010010010010010011……サヌマはナンシーの手を掴んだ。
「エ?どこ」サヌマは状況にそぐわぬ幼い反応を、思わず口に出した。彼は緑の格子模様の崖縁に立つ己を見出したのだ。そして己が掴むナンシーの手を。彼女は崖下へ飲み込まれる寸前のところで、サヌマに助けられた。ナンシーがサヌマを見た。「引き上げられる?」「ああ!」サヌマは従った。
「あなた、やっぱり才能あるわ」ナンシーは笑おうとした。サヌマの力を借り、己の身体を崖上へ引き上げる。彼女の腰から下は無惨にちぎられ、消失していたが、その切断面から01ノイズが湧きだすと、彼女自身の下半身を元通りに形成した。「イヤーッ!」崖下から光り輝くニンジャが跳躍した。
「こいつが」……アルゴス。サヌマは恐怖のあまり、その名前を口に出せなかった。光り輝くニンジャは彼らの目の前に着地した。着地点から四方八方に01ノイズの亀裂が生じた。ナンシーがサヌマの首根を掴んだ。「遠くへ!」ゴウ……音を立てて、アルゴスの姿が見る見るうちに遠ざかる。
アルゴスは侮蔑の目で二人を見る。01ノイズの亀裂はどこまでも彼らを追った。ナンシーは加速する。加速する。加速する。加速する……01001001001001000……「ンアーッ!」「アバーッ!」KABOOOM!UNIXデッキ爆発!彼らは吹き飛ばされ、背後の者に受け止められた!
ニンジャスレイヤーは苦痛に呻いた。激しいイクサによる負傷が回復していないのだ。「無事か!何があった」「データ……データを」ナンシーが震え声で言った。レッドハッグが情報端末を抜き取った。「こいつか?」「……」ナンシーは気を失った。「私は、立てます、なんとか」サヌマが言った。
「ゲホゲホ……ミーティングは後にしようかね」レッドハッグはサヌマに肩を貸した。「こっちは片付いたけど、なにか面倒でもあったかい?」「私には……何だ?何があった?」サヌマは呟く。「本当に立って歩けンのかい、アンタ」「施設のシステムは滅ぼした。それは間違いない。……それは確かだ」
「ならば……」ニンジャスレイヤーはUNIXの残骸を見た。「……この場を離れるとしよう」「医者にかかりたい」レッドハッグは忌々しげに言い、サヌマを引きずるようにアジト出口へ導く。ニンジャスレイヤーは意識を失ったナンシーを抱え、その後に続く。鼓動がある。無事だ。
傷つき打ちひしがれた彼らは獣道を辿り、やがて、村を見下ろす地点に留め置いたRVカーのシートを剥がした。この地にやってくる為に使った、サヌマの車である。ナンシーを後部シートに横たえ、水を含ませると、やがて彼女は意識を取り戻した。「調子に乗りすぎたかしら」彼女は弱々しく言った。
「村の連中、どうやらうまくやれたようだけど」レッドハッグは村の遠景を眺め、苦心してタバコを吸った。「このまま放ったらかして帰るのも、どうにもッて感じだね。ま、仕方ないか」「仕方ない」ニンジャスレイヤーは低く言った。レッドハッグは肩をすくめた。「あの子、家族に会えたかしら」
「その……」サヌマがおずおずと言った。彼は半壊のカニドロイドを所在なさげにいじっていた。「私は……我々は、その……善い事をしたと……考えていいか」ニンジャスレイヤーは無言。レッドハッグが煙を吐いた。「した、した。とにかく奴らに一発カマしてやッたろ。万々歳さね」
「カマしてやったわよね」ナンシーが言葉を継いだ。彼女はゆっくりと身を起こした。そしてニンジャスレイヤーを見た。「……ね」「……」ニンジャスレイヤーは数秒後、頷いた。「ああ。そうだ」「フーッ」サヌマは長く息を吐いた。空が白み始めている。「太陽だ」サヌマは呟き、目を細めた。
【ヒア・カムズ・ザ・サン】終
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
ネオサイタマの北東。産業道路沿いの寒村カナリーヴィルは、アマクダリ・セクトの陰謀により密かにロケット打上実験場へと作り換えられ、住民らは脱出不能の強制労働を強いられていた。ニンジャスレイヤーとレッドハッグがこれに挑む! メイン著者はブラッドレー・ボンド。
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