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【キョート・ヘル・オン・アース:破:ライジング・タイド】

◇総合目次 ◇エピソード一覧

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。




1

 ガイオン・シティは奥ゆかしい夜の帳に包まれていた。電子基板のように規則的な道路や水路。黒漆塗りの低階層ビル群に、洗練されたネオン文字やプラズマカンバンの灯りが燈る。無数の五重塔がコンデンサめいた等間隔で並び、最上階に備わった大型アンプからサイバーな雅楽音声を鳴り響かせていた。

「すごいもんだねえ!」「そうだねえ」ネオサイタマから観光に来た老夫婦は、リキシャーシートに座り、キョート山脈から望む夜景に感服していた。参道に立てられたボンボリの灯りすらも幻想的に見える。「なんだってキョートは、こんな作りにしたんだい!」老婆はリキシャー・ドライバーに訊ねた。

「何千年も前、平安時代に作られた規則的な街並みです。そのパターンのまま、ガイオンは拡張されてきました」ヤマト社の新人リキシャー・ドライバーであるアナカ・マコトは、ガイドを志す者としての基礎的な歴史知識で老婆の問いに答える「何かとてもシステマティックな文明が存在したんでしょう」

「すごいねえ」老婆は頷き、夫とともに目を細めて夜景を眺めた。アナカは一瞬、不意に胸騒ぎを覚えた。ごく当たり前だと思っていた事が、ぐにゃぐにゃと曲がって揺らぐような感覚。吹き出す冷汗をテヌギー・タオルで拭いつつ、見慣れたはずの夜景を睨みつける。そこにはいつものガイオンがあった。

 

◆◆◆


 儀式控え室前。ガンドーは両手に49マグナムを構え、静かに呼吸を整えていた。ショウジ戸を隔てた向こうには、ユカノとパラゴン。……幸い、二人の位置は離れている。ニンジャソウルで解る。ブッダラッキーだ。ユカノ=サンを巻き添えにする心配が無い。ガンドーは右上に浮遊するチイサイを見た。

 モーターチイサイはLAN触手を壁穴に直結し、防弾ショウジ戸のロック解除コードを入力している。通信が途絶える前にナンシーから送られたものだ。ここから先はガンドーが独力でカタをつける。計画では既にナンシーがセキュリティを完全掌握し、援護してくれる筈だったが……計画は常に流動的だ。

 ガンドーは心の中で秒読みした。1……2……3! モーターチイサイがロックを解除し、鶴の透かしが入った電動ショウジ戸が左右に勢いよく開く!スターン!ショウジ戸が雅な音を鳴らすと同時に、ガンドーは49マグナム二挺拳銃を前方に突き出しながら、正座するパラゴンめがけ突撃する!

「イヤーッ!」ガンドーがシャウトを発する。BLAM!右の49マグナム!BLAM!左の49マグナム!壁際に拘束されていたユカノは驚きに目を見開き、そのアンブッシュを見やる。彼女の目には、部屋の中の出来事がスローモーション再生され、ガンドーが水の中を走っているかのように見えた。

 49口径の銃弾は、巨大なゼリーの中をえぐるようにゆっくりと、パラゴン目掛け飛んでゆく。「イヤーッ!」ガンドーが3歩目を踏み出しながら、さらにシャウトを発する。BLAM!右の49マグナム!BLAM!左の49マグナム!オーバーキル級の銃弾が、チャを啜る小柄なニンジャに迫った。

 パラゴンは敵の方向に目を向けると、正しいプロトコルで茶碗をタタミの上に置く。そして右足、左足と順に礼儀正しく腰を上げる。この動きもまた、ユカノにはスローモーションに見える。だがパラゴンの身のこなしは、荒削りなガンドーの動作と比べて、明らかに洗練された無駄の無いものであった。

 ガンドー自身の視界もまた、ZBRブーストによってスローモーションの中にあった。立ち上がったパラゴンはジュー・ジツを構え、最低限のダッキングで最初の2発の銃弾をかいくぐる。ナムアミダブツ!弾道を完全に見切るニンジャ動体視力だ。(((オイオイオイ、何だコイツは、話が違うぜ)))

 ガンドーはアンブッシュ失敗に気付く。だがすでに脳は、突撃プロトコルを全身に発動した後だ。前面に二門のキャノン砲を生やした武装新幹線めいて突き進むガンドーの巨体は、ひとたび動き出すと、そう簡単には止められない。敵は3発目4発目の弾丸をスウェー回避しながら、懐に潜り込んできた。

 ガンドーの精神は敵の動きに気付きながらも、カラテがそれに追いつかない。BLAMBLAM!左右の49マグナムは先程まで敵の座っていた場所を狙って火を噴くブザマ。(((ああ、ちくしょうめ。ナンシー=サン、これが補助輪って奴かよ)))敵はガンドーの眼前で腰を沈め、そして跳躍した。

 あれは伝説のカラテ技、サマーソルトキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」パラゴンの放った一撃はガンドーの岩のような顎をしたたかに蹴り上げ、彼の巨体を仰け反り姿勢で弾き飛ばした。猛烈な脳震盪がガンドーを襲う。ディテクト能力を重点すべくZBRを増やしたのが、裏目に出てしまった。

 白目を剥くガンドー。アブナイ!このままでは、威風堂々たるショウグン・オーヴァーロードの墨絵が描かれた天井に頭から突っ込み、虚無僧めいた姿勢で死を迎えることになるだろう!だがガンドーは直前で意識を取り戻して身を捻り、片膝立ちで床に着地した。忠誠を誓う騎士めいた屈辱的な姿勢で。

 敵はアンブッシュ失敗を嘲笑うかのように、ジュー・ジツを構えてガンドーのアイサツを待ち受ける。「ドーモ、パラゴン=サン、ディテクティヴです」「ドーモ、パラゴンです。今の技はサマーソルト・キック。マケド・ズンイチが平安時代に編み出し、当初はマケドズ・デッドリーアーチと呼ばれた」

 ガンドーは血の混じった唾を吐き捨てると、ピストルカラテを構えて突き進む。「イヤーッ!」重い49マグナムを両手に握りながら、目の前の小柄なニンジャに対して強烈なカラテパンチを連続で繰り出すガンドー!「イヤーッ!」だがパラゴンは、それを軽やかなジュー・ジツで捌き続ける。

 対格差は、スーパーヘビー級とストロー級ほどもある。実際一発でもクリーンヒットを叩き込めれば、ガンドーは敵をノックアウトできるはずだ。だがガンドーの攻撃は、軽々といなされてしまう。「ピストルカラテの起源はさほど古くない、マスケット銃の発明以降だ」パラゴンが陰気な声で解説する。

 ガンドーに一瞬迷いが生じる。相手はピストルカラテの秘密を知リ尽くしているのか?それともブラフか?かまわねえ、やるぞ。「イヤーッ!」BLAM!反動カラテ!重いバックスピンキック!だがパラゴンはこれをジュー・ジツで捌き、逆にその力を利用して彼を後方へと放り投げた!「イヤーッ!」

「グワーッ!」イポン!ガンドーは壁に叩きつけられる。ただ投げられただけではない。彼が繰り出そうとしていた全カラテは、インガオホーめいて彼自身に返されたのだ。「貴様は私に指一本触れる事ができぬ。掠り傷ひとつ負わせる事ができぬ。私は完璧主義者なのだ」パラゴンが振り返って言った。

 ガンドーは頭を振って立ち上がり、ガンスピンを行ってから再びピストルカラテを構える。脳震盪で微かに体がぐらつく。「オイオイオイ、話が違うぜパラゴン=サン。弱いんじゃなかったのか?」ガンドーが抵抗するように笑みを作る。「あれは嘘だ。貴様のような者を欺くための」パラゴンが言った。

「実際、私のカラテの力量を知るグランドマスターは、独りもいない!」パラゴンが駆け込んでくる。「「イヤーッ!」」交錯するカラテ!「イヤーッ!」BLAM!再びガンドーの反動カラテ!だがパラゴンはこれをジュー・ジツで捌き、逆にその力を利用して彼を後方へと放り投げた!「イヤーッ!」

「グワーッ!」イポン!ガンドーは壁に叩きつけられる。骨が軋み内臓が悲鳴をあげる。「頑丈な奴だ。貴様は捕えて生かしておこう。地上がメギドの火により浄化され、ロードの千年王国が到来したならば、踊るモンキーの区に檻を作り、貴様をアニマルめいて展示する」パラゴンが振り返って言った。

「ハカセって仇名だったろ?」立ち上がったガンドーは、肩で息をしながら吐き捨てる。「饒舌にもなろう。ニンジャミレニアムが到来せんとしているのだから。人間は愚かだ。ピラミッドの建造方法すら忘れ去ってしまった。そのような悲劇を繰り返さぬためにも」「じゃあひとつ教えてくれよ……」

 私立探偵ガンドーは、短く深呼吸してから言った。「昔々ある所に……そうだな、十年前くらいに、琵琶湖クルーズ船、グランド・オモシロイの船上で、ビジネス・ショウが開かれた……」「……」それまで余裕めかしていたパラゴンの顔が、一瞬だけ醜く歪み、知能派ヤクザめいた冷酷な殺意が走った。

 ガンドーは敵との圧倒的戦力差を知っていた。出方を一歩間違えば直ちに殺されることも知っていた。だが彼は頑固な探偵であり、パラゴンの声と言葉の癖に、ある特徴を見出してしまったからには、それを問わずにはいられないのだった。「そこで、あんたは、ガンドー探偵事務所の、女助手を殺した」

 パラゴンは動かない。ガンドーがどこまで知っているのかを品定めしているかのようだ。「どうやったかまでは知らねえが、スズキ・キヨシが鎧甲冑を盗むよう仕向けたのも、ザイバツだな。鎧を盗ませて、さらにスズキ・キヨシから盗む。そういう計画だった。だが探偵が思いのほかハッスルした……」

 ガンドーはごくりと唾を呑みながら続ける。「キヨシと探偵は落下した。屋上には、鎧甲冑が残された。そこにあんたは現れた。用意周到なことに、スズキ・キヨシ愛用の拳銃と同じピストルを持って。いささか予想外だったのは、女助手に姿を見られたことだ……。そこであんたは、彼女を撃った……」

 ZBRブーストされた思考速度は、ガンドーをいつになく饒舌にさせた。彼はここで推理を止め、怒りを堪えるように奥歯を噛んだ。自分の顔を鏡で見たら、死ぬ直前のクルゼ・ケン所長と同じになっているはずだ、と自制しながら。パラゴンが冷たく言った「それで?貴様は何を聞きたいというのか?」

「ここまでの推理は、合ってるってことだよな」ガンドーが不敵に笑った。肋骨に痛みが走った。「……じゃあ質問だがよ、その女助手は、なんで死ななきゃならなかったんだ?何故そこまでして、ザイバツはあの鎧甲冑にこだわった?しかも、あの鎧甲冑は盗まれること無く、ネオサイタマに帰ったろ」

「ハハハハハ!ハハハハハ!くだらん!」パラゴンはヒステリックに哄笑した。そして冷酷な殺意をたたえた目でガンドーを睨むと、ジュー・ジツを構えたまま突き進んだ。ガンドーのピストルカラテを掻い潜り、カラテキックが膝と腹を襲う!「ザッケンナコラーッ!」「グワーッ!」鳩尾に深い一撃!

 大岩のようなガンドーの体が沈みかける。パラゴンは隠していたドスダガーを抜き、ガンドーの後頭部に突きたてるべく振り上げた。「貴様らのような屑どもが、我がロードの御心を責め苛むのだ!イヤーッ!」

 だがガンドーは不沈艦めいたタフネスで持ちこたえた。確かにパラゴンのカラテは強力だが、体格差の有利がまだガンドーにはある。だからこそ敵は、隠し得物で一気に勝負をつけにきたのだ。ガンドーは片膝立ちの状態で辛くも上体の崩れを支えると、下に向けて49マグナムを放つ!BLAM!

「イヤーッ!」反動カラテ!膝立ち敬礼めいた姿勢で無防備な後頭部をパラゴンにさらしていたガンドーは、上半身を右に開きながら右手を後方に振り抜き、殺人鈍器めいた49マグナム重底でドスダガーの刃を破壊する!続けざまトリガを引き、ノールック射撃でパラゴンを仕留めにかかる!BLAM!

 ガンドーの試みは実際悪くなかった。だがアイキドーめいた投げ技による脳震盪のダメージと、ZBR過剰摂取による精神と肉体の不均衡が、ガンドーのカラテを僅かにぶれさせていたのだ。ナムアミダブツ!「イヤーッ!」弾丸をブリッジで軽々と回避するパラゴン!

 パラゴンは電撃的速度で身を起こし、相手の肩をジュー・ジツで捻る!「イヤーッ!」「グワーッ!」ゴキゴキリ!ガンドーの右肩が外れる!さらに前屈みになったガンドーの顔面へ連続カラテキックを叩き込む!「イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!グワーッ!」網膜ディスプレイにヒビが入る!

「ガハッ、ちくしょうめ……」ガンドーはそれでも倒れず、闇雲に49マグナムを撃って敵をバックステップさせると、血まみれの顔でファイティングポーズを取った。右腕は垂れ下がったままだが。「……シキベに比べりゃあ、全然痛くねえぞ。来いよヤクザ野朗」「イヤーッ!」パラゴンが突き進む!

 BLAM!三度目の反動バックスピンキックが繰り出される。「イヤーッ!」だがカラテは無情であった!「イヤーッ!」パラゴンは乱れ切ったガンドーの蹴りをジュー・ジツで受け流し、巻き込むような姿勢でガンドーをタタミに直接叩きつけたのだ!「グワーッ!」ゴキゴキリ!膝と股関節に異音!

 苦痛に顔を歪めながら、タタミで仰向けに倒れるガンドー。ショッギョ・ムッジョ!やはりグランドマスターとのカラテ力量差は歴然であったか!「貴様は知りすぎたのだ!生かしてはおかん!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」パラゴンはガンドーの頭を激しくストンピングする!「グワーッ!」

「キエーッ!」ドラゴン!「グワーッ!?」突如、ジェットロケットめいたトビゲリ・アンブッシュが空気を裂いて飛び、パラゴンに側面から命中した!ゴウランガ!それはドラゴン・ユカノ!パラゴンはワイヤーアクションめいて吹っ飛び、壁に叩きつけられる!「グワーッ!」

 ユカノは拘束されていたはずでは?「重点!」モーターチイサイである。ユカノの声に反応したモーターチイサイが、LAN触手で拘束機械の端子に直結を行い、彼女を拘束から解き放っていた。ガンドーの推理と身を挺した戦闘がパラゴンの注意を引き続け、モーターチイサイの活躍を許したのだ。

「キエーッ!」ドラゴン!「グワーッ!?」突如、ジェットロケットめいたトビゲリ・アンブッシュが空気を裂いて飛び、パラゴンに側面から命中した!ゴウランガ!それはドラゴン・ユカノ!パラゴンはワイヤーアクションめいて吹っ飛び、壁に叩きつけられる!「グワーッ!」

 ユカノは拘束されていたはずでは?「重点!」モーターチイサイである。ユカノの声に反応したモーターチイサイが、LAN触手で拘束機械の端子に直結を行い、彼女を拘束から解き放っていた。ガンドーの推理と身を挺した戦闘がパラゴンの注意を引き続け、モーターチイサイの活躍を許したのだ。

「敬意を払うにも限度があるぞ」壁に叩きつけられたパラゴンは、激突の衝撃から回復し、ジュー・ジツを構えた。アンブッシュは彼に冷静さを取り戻させてしまったようだ。「こちらも限界です」ユカノもジュー・ジツを構え迎撃態勢を取る「ザイバツ・シャドーギルド。虚構の砂の上に築かれた城」

「ダメだ、ユカノ=サン、ここは逃げてくれ!増援が来たら袋の鼠だ!」ガンドーが仰向けのまま叫んだ。「しかし」ユカノが短く言い、ガンドーとパラゴンを交互に見る。「その男は死ぬぞ」パラゴンが言う。「俺は大丈夫だ、後から行く!」ガンドーが叫ぶ。ユカノは頷き、ショウジ戸の方向へ走る。

「ハッハー!それでいい!外でニンジャスレイヤー=サンと合流しろ!そうすりゃ何とかなる!」ガンドーは仰向けのまま叫んだ。パラゴンは小さく舌打ちしてから、ガンドーとモーターチイサイに対してありったけのスリケンを投擲しつつ、身を翻してユカノ追跡に向かう。「イヤーッ!イヤーッ!」

 パラゴンの放ったスリケンは、ヤバレカバレな悪足掻きなどではなかった。目、喉、眉間、股間など、ガンドーの急所を確実に狙って十二枚ものスリケンを投擲していったのだ。「ピガーッ!」そのうちの一枚がモーターチイサイに突き刺さり、小型ドロイドはバチバチと火花を散らして墜落した。

「いけるかな……」BLAM!49マグナムで畳を撃ち、辛うじて体を横に転がして、背中で全てのスリケンを受ける構えを取った。首筋は腕で守る。「グワーッ!」ガンドーの腕から背中、臀部にかけて、スリケンが深々と突き刺さる。探偵時代にドジを踏み、滅茶苦茶な暴行を受けた夜を思い出した。

 三十秒後。死んだように横たわっていたガンドーは、戦闘ダメージから辛くも回復し、呻き声と共にゆっくり身をもたげた。儀式控え室にはもう、彼とモーターチイサイしか残されてはいない。ZBRがまだ回っているおかげで、背中に生えたカイジュウめいた棘の痛みはさほど感じないが、満身創痍だ。

「オイオイ……死にたかねえぞ……」ガンドーは片脚を引きずりながら歩き、全身に受けたダメージを値踏みした。良くない。歩くたび、背中から血がタタミに垂れる。網膜ディスプレイが破損し、視界は事故車のフロントガラスめいてヒビが入ってる。「とっととずらからねえと……アブハチトラズだ」

 ガンドーは防弾ショウジ戸へ歩き、途中で少し道を外れて、瀕死のモーターチイサイを掴みあげ懐に押し込んだ。「……まだやれるかもな」自分に言い聞かせるように言うと、敵と遭遇しないまましばらく回廊を進む。ガソリンが漏れているような感覚。歯を食いしばり、スリケンを何枚か抜いて捨てる。

 IRC端末は未だ沈黙中。これはナンシーがハッキングを撃退され、敵に城内ネットワークの制御権を無線有線問わずほぼ奪い返されているという意味だ。この状態では、ニンジャスレイヤーとの通信もできない。「ZBR……ZBRどこだ…」痛みと恐怖がじわじわと体を蝕んできたことに彼は気付く。

 だが、ZBRアンプルは割れていた。血の気が引き始めた。車輪の壊れたディーゼル機関車めいた足取りで、長い廊下を歩く。辛うじてスリケンは全て抜き取り、出血はおさまっているが、眩暈がする。城内は騒然としている。ニンジャたちが動き回っているのが解る。ユカノを捕えようとしているのが。

 ガンドーは嫌な視線を直感的にディテクトし、振り返る。数十メートル背後で、3人のアデプトがこちらを指差し……明らかな敵意を持って駆け込んできた。「オイオイオイ……勘弁してくれよ、死にたくねえぜ……」ガンドーは毎回片脚を泥沼から引き抜くような動きで、不恰好に駆けて角を曲がった。

 迷宮めいた長い廊下がガンドーの前に姿を現す。直線的に走れば確実に追いつかれる。左右には無数のフスマやショウジ戸があるが、どれが安全かはナンシーとの通信が途絶えた今、皆目検討がつかない。ガンドーはヤバレカバレで走り、直感で無人茶室のフスマを開け、転がり込み、フスマを閉じた。

 ガンドーは暗い茶室内にある大きな衣装箪笥と、大きなチャブを見た。それからあまりのカトゥーンめいた行動に馬鹿馬鹿しさを感じつつも、衣装箪笥の中に逃げ込んだ。覚悟を決めて、眼を閉じた。ZBR切れの恐怖がじわじわと彼を襲い、思考が曇ってきた。疲労がピークに達し、意識が遠のいた。

「クセモノダー!」「クセモノダー!」「クセモノダー!」アデプトたちは、フスマやショウジ戸を片端から開け放ち、手負いの侵入者を探す。いない。いない。ここにもいない。ガンドーが隠れた無人茶室のフスマが開かれる。いない。「待て」「何だ?」「衣装箪笥……隠れようと思えば隠れられる」

「まるでカトゥーンだな!」格上と思しきアデプトが、相手を嘲るように言った。「馬鹿馬鹿しい、時間の無駄だ」もう一人のアデプトも同調した。「だが……」発案者が言いかけたところで、城内に奴隷マイコ音声の緊急放送が流された。「緊急事態ドスエ……ドラゴン・ユカノ=サンが脱走中……」

「聞いたか、ワンハンドレッド・トリイの渡り廊下だ」「ああ、行くぞ。……どうした?」二人のアデプトたちは頷き、ユカノ追跡に向かおうとする。もう一人のアデプトが頭を振る。「……もう少し探索していく」「勝手にしろ」2人のアデプトは長廊下を走り去った。

「さてと……」残されたアデプト、エクスターミネイターは、背中のニンジャソードをくるくると回して構えながら、箪笥に向かって摺り足でゆっくりと歩いた。ニンジャ聴覚を研ぎ澄ます。寝息のような音が聞こえる。こいつはビンゴか?壁に掛けられた「不如帰」のショドーが不吉な運命を暗示する。

 エクスターミネイターは箪笥の取っ手に手を掛け、開く。暗がりに何者かの気配!ニンジャソードを突き刺そうとした瞬間!BBLAM!ユカタ・ウェアの間から49マグナムを握った腕がぬっと突き出し、火を噴いた。「グワーッ!」右肩周辺を吹き飛ばされるエクスターミネイター!

 衝撃で後ずさりながら、エクスターミネイターは血みどろのニンジャの隻眼を見た。脳内UNIXが誤作動しているのか、ひび割れた網膜ディスプレイに、「REBOOT」の大文字が逆写しになって光っていた。BLAM!エクスターミネイターの頭が消し飛ぶ!「サヨナ」爆発四散!

「ハァーッ!ハァーッ!」ガンドーは肩で大きく息をしながら、箪笥の中に座り込む。敵が突き刺そうとしていた場所には、飛行能力を失ったモーターチイサイがユカタに包まれ、わざとらしい寝息音を再生していた。「オイオイオイ……勘弁してくれよ……こんなにチカチカされちゃあ、眠れねえよ…」

 ガンドーは鉛のように重い四肢を引きずって、立ち上がった。こめかみをバンバンと叩いて、網膜ディスプレイの異常表示を消す。ZBRがまた薄れ、痛みと不安が全身を蝕む。「……シキベに比べりゃあ、全然痛くねえぞ……」満身創痍のガンドーは、頭を抱えながら歩き始めた。電算機室へ向かって。


2

「ザッ……ザザ、ん入者は速やかに排除された……ザザ……予定通り執り行われる……ザザ……琥珀ニンジャ像の聖なるセレモニー……ザザ……集合せよ……ただちに……ザザ……」ガンドーは壁に手をつき、数秒、呼吸を整えようとした。別れ道の壁に吊り下げられた液晶モニタがさざめき、像を結んだ。

 ガンドーは息を呑んだ。だが、再び歩き出した。少なくともガンドーはこうして生きている。ユカノも……逃げおおせたかはわからないが、死んではいない。だから、イクサは終わらない。彼はモニタの前を通り過ぎた。ドゲザしヌンチャクを掲げるニンジャスレイヤーが映された映像の前を。

 映像に映るのはニンジャスレイヤーのみ。俯瞰の角度からズームされており、画質は粗い。周囲の状況は不鮮明だ。「……ワカル、ワカル」ガンドーはうわ言めいて呟く。「俺は詳しいんだ。キツいな、おい……とにかく、まだ終わっちゃいねえ。後で会おうぜ、城内か……それか、お互い、ジゴクでよ」

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはダークニンジャめがけ稲妻めいた軌道でスプリントし、クナイ・ダートをかわしながら接近した。だがダークニンジャの膝蹴りが先読みの形で待ち構える!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に側転、さらにバックフリップして飛び越す!

「イヤーッ!」飛び越しながらニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!「イヤーッ!」ダークニンジャは振り向きざまにクナイ投擲!相殺消滅!さらに落ち際のニンジャスレイヤーめがけ飛び回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」着地しながらニンジャスレイヤーは両手で蹴り足を挟み取る!

「ヌウッ……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはダークニンジャの脚を捻じ切ろうとした。ダークニンジャは自ら身体を捻り、スピンしながらこれを逃れる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ダークニンジャは一瞬早くカワラに手をつき、側転で躱す!

 二者はカラテを構え直す。いまだダークニンジャはベッピンを繰り出して来ない。冷却期間のさなかなのか。あるいは、ブラフか。ニンジャスレイヤーはニンジャ洞察力を動員する。ヌンチャクを本来あるべきロードのもとに献上し、ドウグ社のブレーサーも砕かれた今、頼れるは己の素手のカラテのみ。

 一方のダークニンジャも、ただならぬアトモスフィアのガントレットを、ヌンチャク同様、ロードへ献上したのだ。条件は同じ。カラテで打ち破るべし!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは斜めから接近しチョップを繰り出す!「イヤーッ!」ダークニンジャはこれを手でそらし、チョップ突きを返す!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはダークニンジャの肘を下から打ってそらし、肘打ちを繰り出す!「イヤーッ!」ダークニンジャは肘を防御し、ローキックを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは脚を上げてこれを防御し、チョップを振り下ろす!

「イヤーッ!」だが、ダークニンジャが一瞬ハヤイ!ワン・インチ・パンチがニンジャスレイヤーの脇腹に突き刺さっていた!「イヤーッ!」「グワーッ!」キリモミ回転しながら吹き飛ぶニンジャスレイヤー!ダークニンジャは注意深くステップを踏み、ニンジャスレイヤーのリカバリー奇襲を警戒する!

 カーン!その瞬間、奇妙な射出音が鳴り響いた。ニンジャスレイヤーは瞬時に跳ね起き、遠方の物見ヤグラの一つから放たれた物体を宙返りで回避した。カワラを砕いて突き刺さったのは、恐るべき速度で飛来したスリケン!ダークニンジャは眉根を寄せた。

 (((……スナイパースリケンだと?ディスタンス=サン、勝負を愚弄するか?)))投擲者はダークニンジャもよく知るザイバツ・ニンジャだ。ディスタンス!「今こそいッただきィー!」さらにニンジャスレイヤーめがけ背後から飛びかかるニンジャの影あり!「ヌゥーッ!?」

 そのとき既にダークニンジャは動いていた。アンブッシュ者めがけて。ニンジャスレイヤーはダークニンジャの意図を悟った。宙返り回避から着地した彼は腕が裂けるほどに力を込め、スリケン投擲動作を取った。狙いはダークニンジャではない。飛来方向である。ダークニンジャは跳んだ。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを放った。奥義ツヨイ・スリケン!そこへ襲いかかるは、アンブッシュ者であるザイバツ・ニンジャ、グラスホッパーの改造草刈り鎌!「俺の狙い澄ましたアンブッシュがキンボシ・オ……グワーッ!?」ダークニンジャの飛び蹴りがその横面に突き刺さる!

 グラスホッパーの攻撃はインターラプトされ、首は180度回転した。彼は死にかけながら、身内であるはずのダークニンジャから激烈な攻撃を受けた理由をソーマト思考しようとした。(((決闘者の間に割って入ったからだとでもいうのか?なんたるワガママ!敵は敵!)))

 だが、その不平思考はそこで途絶えた。ツヨイ・スリケン投擲の勢いのままにニンジャスレイヤーは回転し、体勢を崩したグラスホッパーの後ろ向いた頭に裏拳を叩き込んだのだ。これにより合計360度回転したグラスホッパーの首はねじ切れ、吹き飛んだ。「サヨナラ!」爆発四散!

 さらに、遠く物見ヤグラの中では、首無しのディスタンスが噴水めいて鮮血を吹き上げ、痙攣しながら倒れて死んだ。ツヨイ・スリケンが頭部を直撃したのだ。ガントレットという名のソウカイ・ニンジャが生み出した狙撃傭兵組織「シャーテック」から放たれた危険なニンジャは、こうして死んだ。

「イヤーッ!」グラスホッパーを殺した回転の勢いをそのままに、ニンジャスレイヤーはダークニンジャへ回し蹴りを繰り出した。一方ダークニンジャは身体を捻って背向け着地し、ニンジャスレイヤーめがけ背面ムーンサルト跳躍!カポエイラにも伝わるエリアルカラテ技、フォーリャ・セッカである!

 ダークニンジャのインターラプトは同士討ちであろうか?是、同時に、否!邪魔なサンシタの乱入など百害あって一理無し。カラテを乱す外部者は、納得のゆかぬ不慮の致命要因を招きかねない。ニーズヘグ、ダークニンジャの行動原理は、非情なイクサ・ルーチンと礼儀作法の複雑な混合物であった。

 ダークニンジャのムーンサルトが上から襲い来る!ニンジャスレイヤーのニューロンをニンジャアドレナリンがどよもし、彼の主観的時間感覚はさらに鈍化した。回し蹴りの戻しが間に合わぬ。延髄にダークニンジャの蹴りが降って来る。間に合わない。……間に合え!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは信じ難い速度で回転しながらブリッジした!ダークニンジャのフォーリャ・セッカは延髄を捉え損ねる。ならば、踏むのみ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ブリッジ姿勢のニンジャスレイヤーはダークニンジャの落下を……受け止めた!その腹筋によって!ゴウランガ!崩れぬ!

 なんたる堅牢!なんたる世界遺産アーチ門建築技術にも喩うべき、地についた両手両足と弓なりにそらした身体の完璧なバランスによる保持力!「何!?」ダークニンジャはニンジャスレイヤーの腹筋に直立し、己が目を疑う!

 あるいはそのとき、ダークニンジャの古代ニンジャ知識は、思い出さずにいられなかったやも知れぬ。現代のニンジャの回避動作の根幹を為すブリッジ姿勢は古代ローマカラテによって完成され、その不動の堅牢さが、やがて人類史におけるアーチ建築の発明に繋がったという闇の真実を!ナムサン!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ姿勢からの腹筋力で、バネめいてダークニンジャを跳ね上げた!「グワーッ!?」ダークニンジャは空中で回転、コントロールを取り戻そうとする。ニンジャスレイヤーは!?見よ!ブリッジを解いた彼は低く身を沈め、深くチャドー呼吸!「スゥーッ!」

 ダークニンジャはニンジャスレイヤーの来たるべき攻撃を察知し、ベッピンの柄を握った。(((応えよ!おれの声に応えよ!)))カンジ・キルのフィードバックによって休眠に入っていた妖刀は、あるじの意志力に負け、不服げに震動を始めた。そして、あの金切り声を上げ始めた。キィィィィィ……!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは上空のダークニンジャめがけツヨイ・スリケンを投擲!殺戮弾丸めいたスリケンが空気を焼きながら飛ぶ!ダークニンジャは空中でイアイを構え、放つ!「イヤーッ!」

 その瞬間、ダークニンジャとニンジャスレイヤーを結ぶ空気中に、花火めいた爆発が生じた。イアイ斬撃がツヨイ・スリケンを斬ったのだ!だが、見よ!さらなるツヨイ・スリケンだ!「イイイヤァーッ!」投擲!「イヤーッ!」イアイ!

 再び花火めいた爆発!ニンジャスレイヤーはしかし三度目のツヨイ・スリケン!「イヤーッ!」「イアイ!」またも切り裂く!さらにダークニンジャは落下しつつ四度目のイアイ斬撃を繰り出す……ニンジャスレイヤーめがけ!「イイイヤァーッ!」ニンジャスレイヤーの 両腕がしなる!「イヤーッ!」

 取った!刃を!手の平で挟み、押さえ込んだのだ!ゴウランガ!シラハドリ・アーツ!「「ヌウウーッ!」」ニンジャスレイヤーは手を倒してダークニンジャをカタナごと組み伏せようとした。だがダークニンジャはニンジャ膂力を振り絞り、これに抵抗する。ベッピンは?……折れぬ!折れぬのだ!

「「ヌウウーッ!」」二者はベッピンの刃を……刀身の、淡い紫の光を脈打たせる邪悪なルーン漢字を挟んで、睨み合った。倒す……相手を、倒す。カラテだ。カラテあるのみ!ニンジャスレイヤーは祈りにも似た気迫で敵に対した。仇!討つ!そしてザイバツ・シャドーギルドを……ザイバツ……ロード!

 ロード?その時ニンジャスレイヤーの瞳によぎった怪訝さを、ダークニンジャは見逃さなかった。生死をかけたカラテのイクサにおいて、生ずるべくもない感情だ。ダークニンジャは唐突な違和感に襲われた。「イヤーッ!」蹴りを繰り出す。ニンジャスレイヤーは刃を手離し、バック転で間合いを取った。

「……」二者はカラテを構え直した。ニンジャスレイヤーは訝った。ザイバツを滅ぼす……欺瞞のシステムを……そのシステムを維持するのがロード……ならば、ヌンチャクをなぜロードに渡した?……ダークニンジャも同様の不可解感に襲われた。互いに神器が無いのは何故だ?何故、みすみす手渡した?

 ……これは、いかなる事であろう?認識をところどころ醜いツギハギめいて汚す、この不可解な矛盾は?思考するほどに道理が通らぬ。ニンジャスレイヤーは戦慄した。キョジツテンカンホー?これは、キョジツテンカンホーなのか?

 その時、大地が鳴動し、轟音が夜の空気を揺るがしたのである。世界の終わりめいて。

 

◆◆◆

 

 010「彼らはある意味、非常に神聖な存在だ。我々よりも、より高く、より近い位置に在る」0011「導師」0110「君の懸念は尤もだ、ナンシー=サン。だが、その抵抗感こそ、我々を捕らえる肉の檻であり……」0「それは……」01「ワインを飲むといい。そしてタイピング修行を続けなさい」

 0101「お目覚めかね」ナンシーの前に中年の女性が立っている。長い黒髪に、幾筋かの白髪が混じっている。なぜか一瞬、鏡像と錯覚した。だが顔かたちはナンシーと全く違う。でも面影は微かに?いや、似ていない。ナンシーはこの女性に覚えがあった。もっと年をとった彼女と接した覚えが。

「ドーモ、バーバヤガです」中年女性はオジギした。「ドーモ、ナンシー・リーです」ナンシーはアイサツを返した「何だか……おかしな感じ」「だろうね」バーバヤガは思慮深く頷いた。「その節はすまなかったね」「その節?」「そうさ」

 二人は暗い海の真ん中に立っている。水位は足首まである。頭上では黄金の立方体が自転する。ナンシーは涙を堪える。バーバヤガは言った「あンたはあの時あの場に居合わせただけなんだ」「何の話?」「連れて行ってやろうか」バーバヤガはナンシーの目を見た。「連れて行ってやろうか」

 バーバヤガの背後の水面に、巨大なあばら家が浮かび上がる。飛沫が舞い、ある飛沫は白い鳥に、ある飛沫は泡に、ある飛沫は0と1に姿を変えて、散ってゆく。ナンシーは首を振った。バーバヤガは微笑み、頷いた。「変な事を聞いて悪かったよ」水面が透明になり、足の下でチカチカと緑の光が瞬く。

「あンた、下じゃ随分手ひどくやられているようだが、あいにく手出しはできないんでね」バーバヤガは肩をすくめた。ナンシーは問うた「何をしに来たの」「用は無い。用が無くても、時に会いたくなるものさ」「……」「簡単だろ?その暗号」バーバヤガは言った。「……そうね」ナンシーは頷いた。

 01001「まるでハイクね」「当たらずとも遠からず、と言っておこう、ナンシー=サン。聖四行詩は実際、ハイクの起源だから」導師はソファに腰掛け、コーヒーを口に運んだ。ナンシーは苦笑した。「唱えると力が湧いて来るってわけ?モージョーみたいに……」「ふふふ」導師は笑った「奥義だよ」

 導師はいつものように厚手のガウンに身を包み、リラックスしている。「君の口から今にも辛辣な見解が飛んで来そうだね」導師は微笑した。「そんな事ないわ」ナンシーは肩をすくめた。「そんな事無いけど……」「リラックスして。唱えて見ることだ。そのうち、わかる」「また、それ?」「そうさ」

 導師はナンシーにワインを勧めた。ナンシーは受け取った。導師は快活で余裕あるユーモアの持ち主、清潔感のある丸刈りの髪に、首から下げたモデストなアクセサリー……「リラックスして。ナンシー=サン」「してるわ」「もっとだ。いずれ、わかる」「いずれって、いつ」「いずれさ0100101

 0100101101そう、だから、飛翔する際に彼らは聖四行詩を唱える。四つの行でひとつのIPアドレスを言い表す事ができる。赤、象牙、黒、紫は、ハッカーにとって神聖で重要な四色。コトダマ空間のエーテルの色。

 四つのエーテル色は他色を従え、それを透明が統べる。……色。トーテム動物。浜、雪、桜といった、季節をあらわすエレメント。宇宙時代すら挫折の過去に葬った退廃の時代、彼らは埃まみれの古文書をIPアドレスに重ね、その先に何を見ようとしているのか?……「真実だよ、ナンシー=サン」

「赤い波/象牙の浜/黒い雪/紫の松」。256を超える、存在しないIPアドレス。ナンセンス……だがナンシーはあの時の記憶の影に触れた。あの時、存在しないIPアドレスは存在した。そこにフジキドが居た。……今回の場所には何がある?あの時と同じようにやる。彼女は目を開いた。

 

◆◆◆

 

 ディプロマットの視線はスローハンドに釘付けとなっていた。「バカな……貴方……自ら……」「当然、私自らだ」スローハンドは低く言った。「私は困惑し、怖れ、最善を尽くさねばならぬと感じている」彼はディプロマットのアイサツを待った。

「ドーモ。スローハンド=サン。ジャバウォック=サン。ブルーオーブ=サン」ディプロマットは絶望的にオジギした。「……ディプロマットです」彼の若い目には悲壮な決意があった。(((命にかえても背後のものを守ると?……見上げた勇気。そして無知だ)))スローハンドは哀れんだ。

 このトンネルの情報が、果たしてどこから漏れたものか。杜撰な施設の一つ二つでもあったろうか。非ニンジャ主体の企業とは、そうしたものか。彼はヨロシサンをそこまで信頼してはいないが……。「ドーモ。スローハンドです」「ジャバウォックです」「ブルーオーブです」ディプロマットは上の空だ。

 スローハンドのニューロンが加速する。聴覚情報に極度のイコライジングがかかり、ディプロマットが緩慢にその手をかざそうとする動作が見える。遅い世界を、スローハンドだけが平常に動く。彼は己のヘイスト・ジツに、このジツを与えたイダテン・ニンジャに、愛憎半ばする感情を抱いている。

 ヘイスト・ジツは彼の両肩に時間の重みを集中させる。このジツは、おいそれと用いてよいジツではない。それは死を意味する。使えば使うほどに彼は老いるのだ。重い代償であった。

 ニンジャ憑依者は成人以降の老化速度が遅くなる。憑依時点から若返る事はなく、程度の個人差も大きいが、なべて共通する肉体変化だ……スローハンドただ一人を除き。彼は、老いる。非ニンジャよりもずっと速く。

 このままでは、彼は長くない。ヨロシサン製薬のバイオ延命技術への投資は遠からず彼の命綱となろう。ここに利害の一致がある。彼はヨロシサン製薬と自分以外のグランドマスター勢力全てを引き換えにしても構わないと考えていた。

 精神的支柱であるロード。摂政スローハンド。彼の指揮下、サブジュゲイターのヨロシ・ジツによって管理されるバイオニンジャとクローンヤクザ。派閥争いと無縁の、昆虫めいた社会。それが革命後のザイバツ・シャドーギルドであり、ヴィジランス以前から根を張るシステム・バックドアの目的だ。

 ゆえに、このシステム・バックドアの秘密は守られねばならない。特に、彼自身の関与の証は。……スローハンドはディプロマットに近づく。この若いニンジャは苦し紛れの攻性ポータルを開くつもりだろう。いじましい抵抗だ。何が彼をそうさせる?スローハンドは懐へ潜り込み、二度、拳を叩き込んだ。

「グワーッ」ディプロマットはゆっくりと宙を飛び、奥のバン車両に激突した。バンからは様々なケーブル類が地を這う。彼は沈思する。この愚者をこの後どうしたものか。城外はどうだ。連なる者はいるか。インタビューの必要があるか。スローハンドは加速を解く。

 その時、彼のIRC通信機が鳴る。『ドーモ。パラゴンです。どこにおられるか?スローハンド=サン』「如何なされた」『セレモニーだ。間もなく準備は整う。全て揃うがゆえに』スローハンドは片眉を上げた。「それはチョージョー」『……どこにおられるか?スローハンド=サン』

「当然、城内に」『それはそうだ』パラゴンは言った。そして沈黙した。スローハンドは苛立つ。会話をしていれば加速はできぬ。『……すぐに琥珀ニンジャ像の間へ。急がれよ。急がれぬ理由は無いな?』スローハンドは眉根を寄せた。「当然だ」『……どこにおられる?』「馳せ参じる」

 スローハンドは通信を終了した。ディプロマットを殺すなら一瞬だ。だが、加減が必要だ。どれだけ加速し、どれだけ寿命を磨り減らす事が許されよう。そして奥に他のニンジャがいる可能性はどうだ。イクサは長引くか。リスク。パラゴンの疑念。(((毒蛙めが)))彼は判断を下した。

「ゆけ」スローハンドは二人の配下に命じた。「一切の痕跡を残すべからず」「「ヨロコンデー!」」ジャバウォックとブルーオーブが駆け出した。 「一匹生かして持ち帰るべし。ディプロマットの他に虫が居れば、それでも構わぬ」「「ヨロコンデー!」」

 判断を下すや、スローハンドは無駄に躊躇わず去った。……そして、ディプロマットにとってのジゴクが始まった。

 ……「イヤーッ!」ディプロマットは攻性ポータルを己の前方に設置し、防御しながら体勢を立て直した。ジャバウォックが放った鉄針は出口の無いポータルに吸い込まれた。サイドから切り込んできたのはブルーオーブだ。「イヤーッ!」大振りのフックが襲いかかる!

「イヤーッ!」ディプロマットはバック転を繰り出し、これを回避!飛びながらジャバウォックめがけスリケンを投擲!ジャバウォックはスリケンを側転で躱し、鉄針を放射状に放つ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」再びポータルを張って相殺!ブルーオーブが迫る!

「イヤーッ!」ディプロマットはブルーオーブのケリ・キックを危うく躱し、ジャバウォックの方向に再度ポータルを展開した。「ハ!そんなに俺が怖いか!」ジャバウォックは嘲り、注意深くポータルを回り込む。「イヤーッ!」ブルーオーブがチョップを繰り出す!

「イヤーッ!」ディプロマットは腕を翳してこれを受けた。背後にジャバウォック!「イヤーッ!」「グワーッ!」背中にミドルキックを食らい、ディプロマットがのけぞる!「イヤーッ!」ブルーオーブがみぞおちにフックを叩き込む!「グワーッ!」ディプロマットが前屈みになる!

「ハハーッ!」ブルーオーブが残忍に笑い、ディプロマットの顔を殴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」「ハハーッ!」ジャバウォックがディプロマットを羽交い締めにした。「助けはおらんのか?一人で頑張るのか?」ブルーオーブが羽交い締めのディプロマットを蹴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ディプロマットはどこまで耐えられるのか?残忍な攻撃に晒されながら、彼の意識はバンの中の二人の非ニンジャに向いた。意識を失ったナンシーとキンギョ屋に。彼らを護らねば……護らねば……BRATATATATAT!「グワーッ!?」ジャバウォックが呻いた。背中に銃弾を叩き込まれたのだ!

「イヤーッ!?」ブルーオーブはディプロマットを嬲るような左拳を繰り出しながら目を見張った。背中からジャバウォックを撃ったのは……UNIXバンから迫り出したミニガンだというのか?何たる武装!?「グワーッ!」更に悲鳴をあげたのはブルーオーブ!ナムサン!左手首から先がケジメ!?

 羽交い締めが解かれたディプロマットがポータルを咄嗟に開いたのだ。ブルーオーブはポータルにパンチを繰り出してしまった!「俺の腕ーッ!」ブルーオーブが仰け反った。「イヤーッ!」ディプロマットはブルーオーブにサイドキックを叩き込む!「グワーッ!」

 ディプロマットは晴れやかな気持ちか?否……彼の顔は苦悩に歪んでいた。ミニガン攻撃はキンギョ屋だ。これにより彼のバンもまた激烈な攻撃に晒される事になる。彼の未熟が巻き込んでしまった。ミニガンを十分に撃ち込めばニンジャも死ぬ。だが、ニンジャは動かぬ的ではないのだ。どこまでやれる?

 そして実際彼のヒサツ・ワザである攻性ポータル……確かに強力なジツであるが、本来これは攻撃の為のジツでは無い。ダークドメインのムシアナ・ジツのようにアンタイ・ウェポンを取り出す事もできなければ、自身の存在次元をずらして攻撃を回避する事も当然できない。単なる穴だ。

 素手のカラテで襲いかかる暗殺者を、アイロンや寸胴鍋で殴り殺す事は実際たいへんに難しい筈だ。見よ、ブルーオーブはすぐさま装束の止血機構を働かせ、再びディプロマットに向かって来る。彼の中に恐らくあったであろう侮りの気持ちは既に怒りが塗りつぶしてしまった。

「イヤーッ!」ブルーオーブが巨大なシャボン玉を形成する。カラテ・バブルだ!ジャバウォックは側転からバックフリップで一旦バンから間合いを取り、ディプロマットめがけ鉄針を連射した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ディプロマットは盾めいてポータルを開き、これを防ぐ!

 BRATATAT!ミニガンがジャバウォックを襲う!「イヤーッ!」跳んで躱し、ミニガン砲身に横から蹴りを叩き込む!CRASH!さらに三角飛びめいてディプロマットへ空中踵落とし!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ディプロマットは両腕をクロスしガード!「オーブ!バブルはクソ銃に当てろ!」

「ガッチャ!」ジャバウォックの指示を受けたブルーオーブは側転し、生成した巨大なシャボン玉をバンのミニガンめがけ放った。SPLASH!高速飛行したシャボン玉がミニガンの銃撃を受けながら砕け、砲身を包み込むように爆発!何たる不可思議なジツか?ミニガンは完全沈黙!

「とりあえずニンジャはお前一人ってわけだな?ディプロマット=サン?」ジャバウォックは首をゴキリゴキリと鳴らして忌々しげに言った。「おいオーブ。ふざけた外装だが、クソ車は装甲車だ。ちと骨だぜ。クソ武器を出すたび壊しゃいい。まず柔らかい肉からだ」「要するに、さっきと同じだな」

 ディプロマットはバンを背にしてカラテを構えた。遠巻きに間合いをはかる二人の敵と対する。彼の呼吸は荒い。相当のダメージを既に受けている。だが護らねば……護る?いつまで護るのだ?殺されるまで?「ハーッ……」二人のマスターニンジャは、獲物を前に、残忍な喜色を目に湛えた!


3

「グワーッ!」……「グワーッ!」……「グワーッ!」……「脚は?折るか?」「そうさなァ……おい、ジャビー!」「おっと!イヤーッ!」「グワーッ!」「なかなかやるな、こいつ。油断も隙もないぜ」「ヘッ」「手はどうすんだ、オーブ?」「哀れんでくれよ」「ははは」

 

◆◆◆

 

 キョート城ホンマル地下……琥珀ニンジャ像の間!

 コロセウムめいた円形巨大ホールの中央、円柱状に迫り上がった円形カワラ屋根付きの円形台座を覆う円形ハイ・テック・ショウジ戸が展開し、中のものが明らかになると、広間を埋め尽くすニンジャ達は一様にどよめき、嵐の前の雷鳴めいて、パイプオルガンと歌奴隷オイランによるBGMをかき消した。

 円形台座の左右の縁には、鋭利な尾を真上に逆立てる金のシャチホコ・ガーゴイルがあった。尾の先端からは金の鎖が伸び、それぞれが左右の枷に接続されている……腰の薄絹一枚の他には何も身に纏わぬドラゴン・ユカノの腕枷に。彼女は鎖で両腕を引っ張られた格好で、歯を食い縛り、もがいていた。

 ユカノの白い裸体を背後に、玉座に腰掛けるはロード・オブ・ザイバツ。白く大きい衿飾りのついた白いハカマキモノを身につけている。その顔にヴェールは無い。かわりに、古代神器のメンポがその顔を覆い隠している。メンポの頬には「罪」「罰」のカンジがレリーフされていた。その傍にはパラゴン。

 パラゴンは腰の後ろで手を組み、無表情な目で、広間を埋め尽くしたザイバツ・ニンジャ達を見渡す。台座の真下には囲むようにタタミが重ねられている。グランドマスター席だが、そこで正座するのはパーガトリーとスローハンドだけだ。ヴィジランスは電算室。ニーズヘグは集中治療を受けている。

 パラゴンは片手を上げた。ニンジャ達は静まり、音楽も停止した。彼らは固唾を飲んで、この小柄な大参謀の挙動を見守った。「……式典に先んじて、まず、悼まねばならぬことを残念に思う」

 広間後方の壁、吊るされた巨大な掛け軸が次々と開かれていく。「イグゾーション=サン」「ダークドメイン=サン」「サラマンダー=サン」……既に死んだグランドマスター・ニンジャの名をあらわすルーンカタカナ。「彼らはこの美しく荘厳な瞬間を知らぬまま、逝った。加えて……ケイビイン=サンだ」

 事情をいまだ知らぬ者達が訝しげな囁きをかわす。パラゴンは目を閉じ、頷いた。「まこと忠義のニンジャであった。残念でならぬ。死亡の報せがもたらされたのは、つい先頃だ。だが、彼は名誉に包まれてアノヨへ向かったであろう。なぜなら全ての憂いは絶たれたのだから」

 ふたたび、囁き声の連鎖。パラゴンは片手をあげた。巨大掛け軸と同様に、巨大スクリーンが引き下ろされ、城内あまねく流されていた例の映像が映写された。「見よ。邪悪なる反ギルド存在、ニンジャスレイヤー=サンのドゲザである。この者は卑劣な手管でグランドマスター暗殺を繰り返してきた」

「だが見よ。卑劣な悪はついに寛容なるロードの御怒りに触れた。さすればかように醜いザマを晒し、恥辱に塗れ地に伏すが必定」パラゴンは睨み渡した。ドゲザ映像がループする。ニンジャ達の中から、ニンジャスレイヤーのブザマをせせら笑う声が聴こえてきた。パラゴンは頷いた。

「実際この哀れな男の手により、尊いザイバツ・ニンジャの命はあまりに多く失われた。諸君らとかつて同じ茶室のチャを飲んだ者らの中にも犠牲者はいよう!だが!ギルドの権勢にいささかも曇り無し!なぜなら我らは一人一人の細胞一つに至るまで、ロードに奉仕するザイバツという単一存在である!」

「ロードの美しく勿体無き御涙粒をもって、今ここに尊き犠牲は栄光のニンジャ・ヴァルハラ戦士に昇華されたのだ。悲しむなかれ!彼らはギルドであり、我らはギルドである!その情報遺伝子は絶えず永遠であり、そしてここに……聖なる三神器と……絶対審判機構構築者たるドラゴン・ニンジャを見る」

 ロードの玉座の隣の床が開き、下からゆっくりと迫り上がってくるものがあった。琥珀ニンジャ像である。ユカノは慄いた。なお激しくもがいた。その裸の胸は豊満である。パラゴンはユカノの顎を掴んだ。そしてロードの方へ顔を向けさせた。ロードは震えながら玉座から立ち上がった。

「ムーフォーフォーフォー……今宵は実際めでたい……」巨大掛け軸が巻き取られて行き、再び、パイプオルガンと、音域を人工的に制限された歌奴隷オイラン達による邪悪なるニンジャ讃美歌が再開された。ニンジャ達が固唾を飲んで見守る中、ロードはヨロヨロと琥珀ニンジャ像へ歩き進む。

 歩きながら、ロードは暴れるユカノを諭すように片手を掲げた。ユカノは抵抗をやめ、ロードへ頷いて見せた。パラゴンはユカノから手を離した。玉座の後ろにしゃがんでいたジェスターが身体をくねらせて現れ、戯画めかした仕草で、ロードが倒れぬよう補助した。

 まずロードは己の腕に装着していた聖なるブレーサーを外し、琥珀ニンジャ像の腕に装着した。次に、腰に吊り下げていた聖なるヌンチャクを取り出し、琥珀ニンジャ像の手に構えさせた。最後に、ロードはニンジャ達に背を向け、琥珀ニンジャ像と対面すると、聖なるメンポを取り外した。

 ……(((あれが聖なるメンポ?神器?)))列席するニンジャの一角、シャドウウィーヴは息を呑んだ。(((発見されていたのか?一体いつ……そのような情報は……)))彼は反射的に周囲を見渡した。当然、答えなど得られよう筈もない。ニンジャ達は熱狂めいたアトモスフィアを共有している。

 ロードは己の聖なるメンポを琥珀ニンジャ像の顔に嵌め込んだ。パラゴンは懐から、新たにロードの顔を隠すものを取り出した。それは白金のキツネオメーンであった。恭しく差し出すと、ロードは受け取り、装着して、ニンジャ達の方へ向き直った。拍手が沸き起こった。

「まだ、お体に障りますから」パラゴンは言った。「……ヤンナルネ」ロードは呟き、玉座へ座り直した。パラゴンはユカノを見た。「さあ。パワーハイクを詠むのだ、ドラゴン・ニンジャ=サン。汝、神器システムの構築者よ。当然、汝のニューロンに今、滑らかな文言が湧き出でて参った筈」

 ユカノはパラゴンを睨んだ。「貴方が私に命ずる事などできようか?」「……」「私、ドラゴン・ニンジャの意志において、ロードの為に力をお貸し申し上げるゆえ。わきまえよ下郎」「……左様でございますか、ニンジャ六騎士殿」パラゴンは陰気に睨み返した。

 両手を鎖に繋がれたまま、ユカノは琥珀ニンジャ像を見やった。……彼女は唱えた。「旧く空/洗う白波/夢の穂な」……ズン!広間の空気が震えた。琥珀ニンジャ像は回転しながら台座の中へ再び吸い込まれて行った。パラゴンがニンジャ達へ両手を翳し、鳴り響くような荒々しい大声で演説を開始した。

「諸君は何であるか?ニンジャである。ニンジャとは何か?力持たずへつらうばかりの犬でなく。博物館に陳列される時代遅れの骨董でもない。我々こそは選ばれた新人類である。ロードの勿体無き寵愛を受け、太古の愚かな半神の魂を知恵と意志でねじ伏せ、現世において金剛の力を引き出す神人である」

「諸君はロードの正当を信じ、ギルドの秩序を信じるべく運命づけられ生まれてきた。賢明に生まれる定めであったのだ。一方、ギルドに対して嫉妬し、その栄光を盗み取ろうとした暗愚なる偽のニンジャ存在、あるいは非ニンジャの虫ども。それらに用意された相応の末路はわざわざ繰り返すまでも無し」

「ギルドは諸君を迎え入れ、ロードは諸君らが当然受けてしかるべき敬意と恩寵を与える。諸君らはニンジャ存在すなわち支配階級としての己を知るまで、不本意な境遇、不本意な社会、不本意な運命に置かれてきた。何故であるか?劣等者どもが我々の内なる神性を恐れ、陥れ、搾取してきたからだ!」

 ……シャドウウィーヴの目から、不意に涙が零れた。彼は非ニンジャであった頃の過去を思い、ニンジャになった後の過去を思い、現在を思った。パラゴンは力強く腕を振り、睨み渡し、言葉を吐き続ける。

「今、諸君があらためて己の尊いニンジャ性に問う時が訪れた……己に問え!搾取者をどうすべきか?脆弱な者どもがただ己の弱さを取り繕うために築きあげた、卑しく醜い継ぎ接ぎのあばら家をどうすべきか?暗黒メガコーポをどうすべきか?政府をどうすべきか?何たる欺瞞の巨塊!どうすべきか!」

「……コロセー!」ニンジャの誰かが叫んだ。パラゴンは頷いた。「諸君を煩わせた愚者の群れをどうすべきか!」「コロセー!コロセー!」「諸君より劣っていながら諸君を否定し操作せんとした非ニンジャの父を!母を!偽のセンセイをどうすべきか!」「コロセー!コロセー!コロセー!」

 ……シャドウウィーヴは振り上げかけた拳を曖昧に泳がせた。今や、周囲のニンジャ達は泣き叫び、吠え、唸っていた。シャドウウィーヴは熱狂の渦の中にいる自身を見出した。(((そこまで……?そこまで?)))(((でも、パラゴン=サンの言葉は真実だ。過去を思い出せ)))(((しかし)))

「今、ギルドは約束されし神聖手段を手にした……ニューワールドオダー!時は来た!キョート城は天高く飛翔し、地を這う愚者を睥睨する。キョート城とは新たなニンジャ・ミレニアムにおけるキンカク・テンプルだ!諸君はこのヴァルハラに集いし神の戦士!諸君は今、ノアの方舟の中にいる!」

 ズン!再び空気が震動した。否、大地が揺れたのだ。「今、新たなニンジャ・ミレニアムの幕が開ける!備えよ!ニンジャを統べるニンジャ、即ちヌンジャであらせられるロードの御意志を遂げるべく生きる歯車概念の幸福に服せ!神の裁きをくだす!イカヅチを!ヌンジャの鉄槌を!」「鉄槌を!」

「キョートに蔓延りし修復不能の汚濁を洗い流すのは誰か?ロードであらせられる!全てを浄化せよ!そののち裁きの意志は邪悪なる東、偽りの太陽を迎える貪婪の都ネオサイタマへ至り、劣等者の伽藍を叩き潰す!醜き偽神話を垂れ流すヨロシサン製薬に鉄槌を下す!ニューワールドオダー!」

「「ニューワールドオダー!」」(ウゥーッ!)シャドウウィーヴの背筋を怖気が駆け上がる。彼は突然の吐き気に苦しみ、えづいた。周囲のニンジャは彼の事になど構っていない。シャドウウィーヴはしめやかに列をすり抜け、広間から退出した。(((これが……こんな……マスター!こんな!)))

 ……その時、大地が鳴動し、轟音が夜の空気を揺るがしたのである。世界の終わりめいて。

「ガンバルゾー!」パラゴンは恐るべき速度で両手を振り上げ、バンザイして叫んだ。ニンジャ達は一斉にバンザイし、唱和した。「ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!」

「ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!」

「ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!」

「ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!」

 

◆◆◆

 

 その時、平和なガイオン・シティ地表の住人たちは突然の不気味な鳴動に驚き、家々の窓を開け放って、てんでに顔を出した。彼らは眉をひそめ、口々に囁きあい、夜空を舞う鳥達を訝しんだ。誰かが叫び声を上げた。指差す先はキョート城であった。

 イビツな逆三角錐の巨大な土台もろともに、ゆっくりと浮かび上がるキョート城のシルエット……その禍々しき姿。残念ながらそれは夢では無かった。それはヘル・オン・アースの始まりを意味していた。


4

 アッパーガイオン、オミヤゲストリート。キョート観光業の要であるこの区画は、暴徒鎮圧ショットガンを装備した機動マッポ部隊に出入口を守られ、粗悪オミヤゲ品を売りつけたり違法ポンビキ行為に及ぶような低俗な下層民は立ち入りを許されない。ゆえに今夜も、一帯は温かな笑顔で満たされている。

 旅行者であるマツノキ夫妻も、ペナント屋の軒下で見つめ合っていた。夫が肩車した幼い息子は、疲れ果てて寝ている。「想い出になるかしら?」「まだ小さすぎるからね」「また来なくちゃね」「そうだね」その時、地面が激しく揺れた。ストリートが悲鳴や祈りで満たされ、全員が地面にへたり込んだ。

「アイエエエエエエエ!」「ナムアミダブツ!」「アイエエエエエエエ!」「ナムアミダブツ!」「オーマイガー!」「アイエエエエエ!」「ナムアミダブツ!」「アイエエエエエ!」「ナムアミダブツ!」大地震か?フジサン噴火か?ガイオン全域で、市民や旅行者はなすすべも無く困惑の叫びを上げた。

「絶対に離れるな」マツノキ・タカヤマは妻と子を抱き、揺れが収まるのを待った。「緊急アナウンス重点、観光客の皆さんはその場から動かずに待機ドスエ」五重塔に備わったスピーカーから電子マイコ音声が各国語で流れる。それらが時間差でエコーし、不気味なマントラめいたアトモスフィアを醸す。

 揺れは数分続いただろうか、それとも数十分間に渡って持続しただろうか、あるいは数十秒の出来事だったのか。凄まじい緊張状態に置かれたことで、マツノキの時間感覚は麻痺していた。彼の隣、「奥ゆかしさキョートです」と書かれたTシャツを着た初老の外国人旅行者が、何かを見上げて涙を流した。

「……オーマイガー」旅行者は、フジサン山頂のトリイをくぐって朝焼けの光を浴びたピルグリムたちが必ずそうするように、胸の前で両手を広げ感動の涙を流していた。手に持っていたキンギョ袋が地面に落ちた。彼方には、キョート城がライトアップされたまま浮上していた。「……オー、マイ、ガー」

 浮上したのだ。キョート城は。大地を圧する轟音とともに。三重構造のお堀の最外縁部を境目として、基礎の岩盤ごと。巨大なボンサイの如く。大型客船の出港時に投げ込まれる色とりどりのテープめいて、無数のケーブル群が土中から姿を現し、上方へと引っ張られ、ぶちぶちと千切れて火花を散らした。

 アッパーガイオンの全ての人間が息を呑み、魂を奪われたかのように、その荘厳なる光景に見入った。カチグミ・オフィスビルの屋上から。「ショッギョ・ムッジョ」と映し出されたキョート山脈の参道から。オミヤゲ・ストリートから。今しがたキョート上空に到着したばかりのオバンデス航空の窓から。

「スゴイ!」「スゴスギル!」「ワンドフォー!」「ハナビを上げてください!」死の静寂から一転、オミヤゲ・ストリートは歓声に包まれた。目を閉じてブッダに感謝を告げる、敬虔なブディストも大勢いた。「聞いているか?」「まさか、こんなアトラクション…」重武装マッポたちは怪訝な顔で囁く。

 キョート城はさらに高く浮上し、旋回を始める。やがてそれは、ひときわ大きく震動した。鉢から抜いたボンサイをシェイクした時のように、岩盤の下部から土や岩がぼろぼろと落下する。すると、銀色オベリスクめいた下向きの大型構造物が、何十本も姿を現した。遥か古の時代に作られたオーパーツが。

 岩盤から生えた銀色オベリスク群は、CPUの金属足めいて、不気味なほど規則正しく並んでいた。表面には、古代の漢字やルーンカタカナが刻まれている。もしそれらを間近で見る者がいれば、ナスカ地上絵を初めて上空から見た者が味わったかのような、重篤な急性NRS症状により発狂しただろう。

 バチバチと空気の焼け爆ぜるような音を立てながら、オベリスク群の先端部がセンコの如く赤熱を開始した。その直後、テスラコイル放電現象めいた不吉な光を放ち始める。月夜にわだかまっていた黒雲が、キョート城の周囲で渦を巻いた。ナムアミダブツ!それは古事記に予言されしマッポーの一側面!

 その光を見たマツノキは、不意に、周囲の熱狂が薄ら寒く感じられるほどの怖気をふるった。そして立ち上がる。「どうしたの?」息子を抱いた妻が、満面の笑顔で彼を見上げた。「逃げよう、何か妙だ。少なくとも建物の中……」不意に、遥か上空のオベリスクの一本から、虹色の光線が降り注いだ!

 キャバァーン!この世のものとは思えぬ異様な音を放ちながら、不浄なるビームはマツノキの隣に立つ外国人観光客に命中する!男は白目を剥き、「ゴウランガ」と叫びながら、その場で灰色の死体へと変わって倒れた!その背中からは黄金のエクトプラズム体が抜け出し、キョート城へと昇ってゆく!

「アイエエエエエエエエ!」オミヤゲストリートが、いや、アッパーガイオン全域が、絶叫で満たされた!キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!上空のオベリスク群からは、凄まじい頻度で無作為に殺人ビームが降り注ぐ!「逃げろ!逃げろ!」マツノキは子を抱き抱え、妻の手を引いて駆けた!

 市民や観光客らが、オミヤゲストリートの建物内へと一斉に雪崩れ込む。キャバァーン!またもマツノキの横で誰かがソクシした。「サヨナラ!」「アイエエエエ!」「アババババーッ!」断末魔の悲鳴がストリートを圧する。「絶対に手を離すな!怖くないぞ!」マツノキは妻と子を同時に勇気付ける。

「皆さん、冷静さを保ってください!譲り合い!奥ゆかしさ!キョート市民の誇りです!」マツノキ家が逃げ込んだペナント屋の店内中央。レジテーブルの上に重武装マッポが立ち、サイバー拡声器で叫んでいた。その時、コンクリートを透過して虹色のビームが重武装マッポに直撃する。キャバァーン!

「どこへ逃げる!?」マツノキが妻の手を引きながら人の洪水の中を逃げる。片腕で抱いた息子の小さな両足が彼の胸をきゅっと締め付ける。「アンダーガイオン!?」妻が叫ぶ。「キョート山脈に逃げろ!」と叫ぶ声も聞こえる。「マッポーカリプス!」天を仰ぎ歓喜の声を捧げる、終末論者たちの声。

 放出される何十本ものビームは、基板配線めいた鋭角パターンを空に刻む。無数のモータルソウルを吸収したキョート城は、神々しい金色の光を放ち、暗黒の太陽の如く夜を照らし始めた。オベリスク群の周囲には「大」「法」「祝」「稲」などの巨大な漢字が現れ、ネオンめいて瞬いては消えていった。

 共和国防衛軍の哨戒機編隊が五機、大きく右に機首を傾けながらガイオン上空を旋回する。「一体何が起こった、ドーゾ!」「皆目検討がつきません、ドーゾ!」「キョート城が浮遊しております、どうすればいいでしょうか、ドーゾ!」「キョート城は重要文化財だ!敵国の戦闘機を探せ!ドーゾ!」

 ザリザリザリ……通信網に激しいノイズが混じり始める。ガイオンのUNIXネットワーク群が混乱をきたし初めているのだ。「……ザリザリ……ベースより……アケビ編隊、ビワ編隊、応答せよ」「アケビ編隊、全力で頑張っています、ドーゾ!」「……ネオサイタマ方面……謎の超高速飛行物体……」

 地上では、マツノキが妻子を連れ、人の流れと標識を頼りに手近なリフトに向かって目抜き通りを駆けていた。立ち止まる余裕など無い。そんなことをすれば、たちまちモッシュピットめいた流れに呑まれ離散するだろう。道路には幸福の象徴であるオミヤゲの数々がうち捨てられ、踏みにじられていた。

 妻は完全に恐怖に呑まれ、首を横に振っていた。怒号がストリートに満ち、マツノキがかける励ましの言葉をかき消してしまう。誰もが皆、自分だけは助かろうと必死だ。キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!そこかしこで断末魔の悲鳴が聞こえ、市民の顔から奥ゆかしさの仮面が剥ぎ取られる。

 あと百メートル弱で、アンダーに向かう大型リフトがある。ここで不意に、人の流れが止まった。そして逆流が始まる。何が起こっているのか解らない。前方で銃声。閃光。悲鳴。その他思いつく限りのケオス。思わぬ動きに体勢を崩したマツノキは、息子を抱く腕に力を込めて、その場に踏みとどまる。

「俺達の時代がついに到来したのだァーッ!」ナムアミダブツ!筋骨隆々たる上半身をレザーベストで包んだ身長2メートルのモヒカンが、下層の暴徒を率いてリフトから一斉に溢れ出して来たのだ!「ウォーッ!」振り下ろされる棍棒!「アバーッ!」スーツ姿のカチグミがソクシし財布を奪われる!

 それはマツノキ一家が避難しようとしたリフトだけではなかった。地上部の警察機構が混乱をきたしたのを見計らい、ガイオン全域のおよそ半数のリフトや秘密下水路から、下層労働者や地下犯罪者たちが続々と姿を現したのだ。無論彼らもビームでソクシするが、略奪の欲望は死の恐怖を上回った。

「一旦逃げよう!」マツノキは前方から迫ってくる暴徒軍団から逃れるべく、後方を振り返る。その時、同じ事を考えた他の市民たちの波が、無情にも彼と妻の手を引き離してしまうのだった。「アイエエエ!」人の流れに呑まれ、妻の顔が、腕が、見えなくなる!マツノキは必死に彼女の名前を叫んだ!

「ウオーッ!」「アバーッ!」マツノキの後ろにいた観光客が、下層から溢れ出てきた発狂マニアックに撲殺される。先の十字路で渋滞が起こっているのか、流れが止まり、マツノキの前に肉の壁が作られてしまった。一歩も前へ踏み出せず、それどころか押し返される始末。「コワイ!」息子が叫ぶ!

「ナムサン!」マツノキは子供を地面に下ろすと、学生時代にかじっただけのカラテ・ファイティングポーズを構えながら、後方の暴徒たちを振り返る。「ウォーッ!」強制ペナント工場のツナギを着た労働者が、棍棒を振りかぶって襲い掛かってきた。「イヤーッ!」「ウォーッ!」絶望的な殴り合い!

「ウォーッ!」横から割り込んできた身長2メートルのモヒカンの棍棒が、マツノキの肩を打ち据える!「グワーッ!」彼は辛うじて防御姿勢を取ったが、ブザマに地に転がった。息子が彼の名を呼び、陰に隠れて震える。モヒカンは彼を指差して嗤った。「観光客め!貴様らは淘汰される運命にある!」

 その時、リフト方向でこの世のものとは思えぬ絶叫が上がった。何十人もの人間が、一気に息を詰まらせて死んだかのような、異様な悲鳴。モヒカンたちも困惑し、後方を振り返った。銃声。悲鳴。壊れた玩具のように空中に放り投げられる人間たち。気まぐれな死の波が近づいてくる。恐るべき速さで。

 ゴボッゴボッ、という粘性の泡音がリフト乗り場から聞こえる。次の瞬間、便器の奥底に詰まって吸い出された汚物の塊めいて、黒い粘液に包まれた死体の山が勢い良く地下から吐き出された。大量のタール状暗黒物質とともに。それとともに姿を現し、黒い波の上を滑るように進むのは、デスドレイン!

「へへへへへ!ヘヘヘヘハハハハ!良くなってきちまった!だんだん暖かくなってきちまったよ!アズール!アズールゥ!ハハハハハハ!そうだァ、ちゃんと数えろよ?数え漏らすんじゃねえぞ?ハハハハハハ!」デスドレインは黒い高波の上に立ち、体を仰け反らせて頭を抑えながら、無邪気に笑った。

 BRATATATA!「アイエエエエエ!」「アバーッ!」サブマシンガンが情け容赦なく乱射され、市民も観光客も犯罪者も区別なく殺戮される。アズールと呼ばれたその少女は、不可視の大狼の背に跨ったまま、いかにも不機嫌そうなしかめっ面でサブマシンガンを構え、黙々と殺害数を数えていた。

「アババババーッ!」マツノキを殴っていた暴徒らが銃弾を浴びて死ぬ!地面に座り込んだままのマツノキは、空中に浮かぶ仏頂面の少女を見た。視線が一瞬交錯。BRATATATA!アズールはまたも闇雲なフルオート射撃でストリートを薙ぎ払った。「アイエエエ!」マツノキは脚を撃ち抜かれる!

「ウォーッ!」ヤバレカバレを起こしたケビーシ・ガードが、サスマタを構えて、浮遊少女の背後へと突撃を仕掛ける。白く華奢な首に鋼鉄サスマタが突き刺さろうとした瞬間、不意に彼女は空中を飛び去り旋回した。「ナンデアバーッ!」ケビーシが叫んだ時には、彼の半身は狼に喰いちぎられていた。

 アズールは弾を再装填しながら、仕留め損ねた子連れ観光客を再度射撃しようとする。「アズールゥ!?すっトロいことやってると、置いてくぜェ!ヘヘヘへへへ!ボーナスステージじゃねえか!大好きなんだよ!バカだよなァ!あいつ!まだ生きてりゃ、楽しめたのによ!ヘヘヘハハ!アハハハハー!」

 アズールはまた深刻そうな顔で舌打ちすると、デスドレインを追った。より人気の多い場所へ向かって。「お父さん!」背後に隠れていて難を逃れた息子が、泣きながら父の顔を覗き込んだ。「ウーッ……大丈夫だ。母さんを探すぞ。でも、その前に、お前を安全な場所に運ぶ」「どこ?」「山……だな」

「生憎、キョート山脈も安全じゃない」後ろから見知らぬ男の声が聞こえた。苦渋と焦燥にまみれながらも、奥ゆかしさと理性を保つ声だった。それは、灰色の亡骸に変わった老夫婦を運び続ける、リキシャードライバーのアナカ・マコトであった。「アンダーの家に帰る。合席でもよければ乗ってくれ」


5

 キョート城。緊急治療室。

 かつてこの医療エリアはサージョンによって取り仕切られていたが、現在では彼の下で修行を積んでいた2名のアデプトニンジャと、数十人の奴隷オイランナースによって運営されている。ニンジャスレイヤーとの戦いで片脚を失い重傷を負ったニーズヘグは、パープルタコによってここに担ぎ込まれた。

 止血と義肢化のための基礎手術だけを受けたニーズヘグは、八畳トコノマで豪快な寝息を立てていた。部屋の名はアヤメ。このような閑静な造りの医療トコノマが、集中治療室の周囲に1ダースほど並んでいる。フスマの外には、眠る前に彼が食べたオーガニック・ウナギスシの容器が積み重なっていた。

 くつろぎ感を重点するため、電子医療機器や点滴台など、見苦しい無機物は全て、見事な鶴の金箔装飾が施された押し入れの中に隠されている。押入れの隙間からフートンに伸びる何本もの赤いケーブルを不安そうに撫でながら、ニーズヘグの横に正座し、カケジク型ディスプレイを凝視するパープルタコ。

 医療ニンジャたちは皆、琥珀ニンジャの間へ行ってしまった。城内の各所に配置されたモニタ群から漏れる儀式の中継音声だけが、医療エリアの廊下に静かに響き渡る。パラゴンの演説とチャントの狂熱が、医療機器の定期的ビープ音と消毒アルコール臭に漂白され、グロテスクな異様さを醸し出していた。

 数分前に激しい揺れが起こり、キョート城が浮上した。彼女はそれを、このトコノマで知った。一時電源が不安定になったが、城内のジェネレータに完全に切り替わったようで、現在は安定している。カケジク型モニタには時折、儀式映像に混じって、地上の地獄絵図が激しいノイズ交じりで映し出された。

 パープルタコの息は粗い。不安感が背中から圧し掛かってくるようだ。ヘル・オン・アースは遥か先の事と思っていた。自分が死んだ後の、もっと先の世界のこと。それが今まさに到来し、かつキョート城内は不気味な奥ゆかしさに包まれている。自分はひとり、熱狂の蚊帳の外。師父もシテンノもいない。

「ファハハ……」パープルタコは自嘲気味に笑う。彼女のバストは豊満であった。額から伝った汗粒が、ボンテージから露出した上胸に滴る。息はますます荒くなる。体温が上がってきた。彼女は視線をニーズヘグに落とした。豪壮な男。フートンを剥がす。包帯の巻かれた厚い胸板に、そっと指を這わす。

「何じゃ?」ニーズヘグは鎮痛剤の眠りから目覚め、覚束ない視界で豊満なバストを見上げた。「ハァーッ、ハァーッ……」パープルタコはもどかしそうにメンポを外し、紫色の覆い布から粘液の滴る触手を覗かせる。(((そうだ、ファックしよう)))彼女はニーズヘグの腰の上に這うように移動した。

 

◆◆◆

 

 キョート城。電算機室。

「我々の死の行軍は終わらない!永遠にだ!付いてこれない者は切り捨てる!」ヴィジランスは戦略チャブから熱烈なブリーフィングを行っていた。クセモノダ報告にやってきたアデプトとアプレンティスも生体LAN端子を持っていたため、未経験ではあるが急遽プロジェクトチームに編入されていた。

「君たちは、永遠の存在になりたくないか!?」ヴィジランスがおかしな目つきで四方の奴隷ハッカーやクローンヤクザや並列直結ニンジャを見渡す。「なりたいです」何度かの失敗の後、全員が声を揃えて返す。ストーカーは騎乗鞭を持って歩き回り、声を出していない者の顔をヒステリックに殴った。

「ここにはニンジャならぬ卑しい常人もいる。だが君たちはいわば、ノアの方舟のために選び抜かれた上等なアニマルだ!下界で死んでゆく人間達とは違う!その誇りを!その誇りを持って戦って欲しい!その気持ちがあれば、我々は勝利できる!」彼は自我の破壊された奴隷達の横を歩きながら叫んだ。

「我々の戦闘目的は変わった!キョート市場は忘れろ!戦争は常に流動的だ!」ヴィジランスは持ち前の高い交渉能力を発揮し、両手をドラマチックに振りながら戦略チャブ上のホログラフィ画面を指差す。LAN直結を続けるストーカーが目を閉じて集中し、映像や文字情報や折れ線グラフを映し出す。

「城内のいずこかに敵のハッカーが潜伏!我々が築いた無敵のUNIX電子要塞に戦いを挑む愚か者だ!」凶悪そうなナンシーの電子イメージが映し出される。「これの排除が第1!第2に下界の情報操作だ!共和国防衛軍やメディア緊急放送等に電子攻撃を仕掛け、ロードの偉大なるジツを支援する!」

「現在、ガイオン周辺に強力な磁気嵐とノイズが発生し、UNIXネットワークとIRC通信を妨害している!これを味方につければ、我々は勝利するだろう!主戦力である私とストーカー=サンの足を絶対に引っ張らないことだ!タイピングだけに集中しろ!無慈悲なるタイピング・マシーンとなれ!」

「ガンバルゾー!ガンバルゾー!ガンバルゾー!」奴隷ハッカーやクローンヤクザや直結アデプトたちは、バンザイチャントを行う。ヴィジランスが腕を振って突撃サインを出すと、彼らは一斉にタイピング作業へと戻った。「ストーカー=サン、頼りにしているぞ」ヴィジランスは部下の肩を叩く。

「ヨロコンデー」ストーカーは整った前歯を微かに覗かせ、冷たい眼の奥に殺意の炎を燃やした「あの売女ハッカーのニューロンを焼き切って、必ず始末します。……しかし、IPが何故あの時守られたのか……・。電算機室が把握していないLAN端子があるとは」「それについては、私に考えがある」

「イヤーッ!」ヴィジランスは回転ジャンプで天井の穴へと消えた。パタンと蓋が閉じ、電算機室とのコミュニケーションが完全遮断される。プレジデントルームめいた上質な安らぎ空間がそこにあり、壁には様々なエコノミクス・ショドーが貼られていた。電算機室の上に隠された、彼の居室である。

 彼は壁と一体化した漆塗りの小型冷蔵庫から、スシとコールド・マッチャを取る。心身の疲れをリラックスさせるサイバー・エルゴノミクスチェアに深く腰掛け、高級一枚板のデスクに向かい、卓上ボンボリの穏やかな光のもとでそれを咀嚼した。「フゥー……」マッチャを啜り、息をつき、眼を閉じる。

 それから彼は小型モニタで下界のジゴクを鑑賞してから、ゆっくりと引き出しを開け、紙とスズリと筆を取り出して、いくつかハイクをしたためた。そしてまたチャを啜る。指揮官は常に、体力と精神力を温存せねばならない。彼はブリーフィングで昂ぶったニューロンを、意図的にザゼンしているのだ。

 ヴィジランスは机のボタンを押し、小粋なジャズを静かに室内に鳴り響かせると、思い立ったようにバーカウンターに向かった。「やはりそういう事になるか……」そして上等なアンコ・ラムをグラスに注ぐ。その匂いを嗅ぎながら端末を操作し、パラゴンと自分とを結ぶIRCホットラインを開いた。

「ドーモ、ヴィジランスです……儀式の最中の再インタラプトをご容赦いただきたい……ハイ、ハイ……ええ、我々の攻撃精神は全く衰えておりません……感動しております、このヘル・オン・アースに。……ハイ、ハイ……例の件ですが、私の前任者が何らかのシステム抜け穴を作っていたとしか……」

「ハイ、ハイ……物理的にも、また電子的にも……。前任者、あの呪われるべきトランスペアレントクィリンが、かつて何らかのムーホンを企てていたのだとしか……。ハイ、ハイ……そして残念ながら、城内に今、その計画を引き継いだ者がいるとしか……」ヴィジランスはまたアンコ・ラムを嗅いだ。

「少なくともグランドマスターの中にひとり、ヨロシサンと秘密コネクションを持つ者が……。ハッキング直後からの電子ログ分析の結果、その者の名は……」ヴィジランスは息を吸った。バックスタブ報告は、失敗すればセプクに繋がる。だが、セキュリティこそが彼の命なのだ。「……スローハンド」

 居室をしばし沈黙が包む。「最後にもうひとつ……。ハッキング攻撃を凌ぎ、ネットワークを再掌握したことで明らかに……。ハイ、ハイ……ホウリュウ・テンプル地下座敷牢……アラクニッド=サンの生命反応モニタリングが、実際停止……ログ分析によると、これはスローハンド=サンではない……」

 

◆◆◆

 

 シャドウウィーヴは酷い吐気を堪えながら、上階への階段を登っていた。城内各所に設置されたモニタ群からは、儀式と下界の様子がまるで別世界の出来事のように中継されてくる。言いしれぬ不安感から、親指の爪を噛む動作が収まらない。マスターに何度も殴られ、克服する事に成功したはずなのに。

 キョート城という巨大な生命体が、自分を取り込もうとしているかのような感覚。地上で起こっている美しさの欠片も無い殺戮。「マスター!道を!」レイジは叫んだ。答えは無い。俺は何かを間違ったか?全身にどっと汗が滲む。「夜よ!夜よ!」窓のフスマを開け、金色の光に包まれ始める空を見た。

 彼の目からその黄金は、いかにも色の薄いメッキに見えた。シャドウウィーヴは激しい眩暈を覚えながら、なおも階段を登った。ニーズヘグとパープルタコがいる集中治療室へ向かって。モニタの向こうでは、パラゴンが壇上に進み出てまた演説を行っていた「……この目出度き日に、残念至極な報告を」

「死よ!死よ!何故人間たちが寝静まっている間に、全ての命を刈り取ってゆかなかったのか!ひとおもいに!」レイジがニンジャ覆面を脱ぎ、頭を掻き毟りながら叫ぶ。足が独りでに速まる。自らの世界が崩壊する。それを本能的に嗅ぎ取って。パラゴンの声が響く「……反逆の種が蒔かれていたのだ」

「…儀式の場にさえ出席せず、利己的な欲望を追い求めている!ロードの祝福の御光から目を逸らしている!この裏切者たちを如何にすべきか?」パラゴンが両手を広げ大広間のニンジャたちを煽った。「コロセー!」「コロセー!」「コロセー!」ニンジャたちが怒りに燃え、得物や拳を高々と掲げる!

「ARRRRRRRRRRRRRRRGH!」シャドウウィーヴは目を血走らせながら、集中治療室へと駆けた。家族、ヨモギ、師匠、パープルタコ、ダークニンジャの顔がソーマト・リコールする。(((人間性を捨てろ、脆弱さとともに歩めば、実際死ぬ……))))マスターの教えが脳内に響いた。


6

 通信を終えたパラゴンは熱狂アトモスフィアを共有するニンジャ達を手で制し、ゆっくりと見渡した。「……この目出たき日に、残念至極な報告を」幾らかのニンジャ達はざわつき、互いに憤慨した目を見交わした。「反逆の種が蒔かれていたのだ」

 スローハンドは表情を変えなかった。パーガトリーは眉をひそめ、スローハンドを見た。「なんと」「……」「反逆と?パラゴン=サンは申されたようですが」「そのようですな」スローハンドは石のような無感情で応じた。パーガトリーは言った「この光栄極まるニュー・ミレニアムの第一日に?」

「実に不遜な事だ」スローハンドは言った。パーガトリーはスローハンドの目をじっと見ながら言った「不遜。不遜極まります。反逆の芽は、かように長い期間に渡って、ギルドを毒しておったのでしょうか。ずっと昔から……」「……」「誰にも尻尾を掴ませぬようにしながら……本人は涼しい顔で……」

 パラゴンは拳を握りしめ、語気を強める。「儀式の場にさえ出席せず、利己的な欲望を追い求めている!ロードの祝福の御光から目を逸らしている!この裏切者たちを如何にすべきか?」パラゴンが両手を広げ大広間のニンジャたちを煽った。

「コロセー!」「コロセー!」「コロセー!」ニンジャたちが怒りに燃え、得物や拳を高々と掲げる!パラゴンは背後のモニタを振り仰いだ。「まずはこの者だ!懲罰騎士ダークニンジャ=サン!そして、それに連なるニンジャだ!」映し出されるダークニンジャの画像!彼一人では無い!

 ダークニンジャの写真と並び、やや小さく映し出されたのは、パープルタコ!シャドウウィーヴ!「ダークニンジャ=サンに寄せられたロードの御期待は勿体無き甚大さである。外様の出自など関係無し。ギルドとは、ニンジャ理想実現に共感した者へ完全均等な機会を与える公正公平な組織だからだ!」

「な……なぜダークニンジャ=サンが」ニンジャの一人が震え声で呻いた。「あれ程のニンジャが」「君の困惑と悲嘆はロード御自らの美感情と同様である。光栄に思うがいい」パラゴンがそのアデプトを指差した。「そして私もまったく同じ気持ちだ!」「ククーッ!光栄です!」アデプトは泣き出した。

「ダークニンジャ=サンの忠誠、カラテ、奥ゆかしさ!全ては隠された利己的な野心に紐付いた邪悪な反逆の伏線に他ならず!彼は神器簒奪を目論んでおったのだ!これは何を意味するか?そして彼を庇護してきたのは誰か?グランドマスターのニーズヘグ=サンだ……これは何を意味するか!」

「ムーホンだ!」誰かが叫んだ。パラゴンはそちらを指差した「左様!ムーホンである!何たる……何たる悲しきかな!だがギルドは乗り越えねばならぬ……黄金のニンジャ・ミレニアムに船出したからには!では、この悲劇をいかにして乗り越えるか!」「コロセー!」「コロセー!」「コロセー!」

「そういえば!パラゴン=サンは『まずは』……と申されました」パーガトリーはスローハンドにしつこく話しかける。「まずはダークニンジャ=サン、そしてニーズヘグ=サン……では、その他にまだ……何者か……不遜なものが?」「……」「膿を出し切らねばなりませんからな。膿を……クク……」

 スローハンドは目を細めた。ヘイスト・ジツを最大解放し、パーガトリーの喉首を掴み、もう一方の手でその両目に指を突き刺し、眼球を摘出する。そしてうつ伏せにタタミへ引き倒し、首骨を断頭チョップで折って殺す。そして……否、パラゴンがいる。他のニンジャがいる。彼はイメージを打ち消した。

「さて。見届けられぬのが残念ですが」パーガトリーはスローハンドに笑いかけ、やおら立ち上がった。「カラダニキヲツケテネ。グランドマスター・スローハンド=サン。私は御しやすい愚鈍者でしたかな?」「……」「堕落した懲罰騎士と、それに連なる者は速やかに排除されよう!」パラゴンが叫ぶ。

「陣頭指揮はグランドマスター・パーガトリー=サンだ!このあと大命に任じられる勇敢なニンジャ戦士達は彼に付き従い、城内IRC指示のもと、速やかにこのキョート城を汚すヴァイラスを滅ぼすべし!油断するなかれ!裏切り者どもの首を持ち来たるべし!」「コロセー!コロセー!コロセー!」

 パーガトリーは胸を張って歩き出す。ニンジャの列から一人、また一人、また一人と、彼の派閥下にあると思しきニンジャ達が進み出、合流してゆく。それらとは別の新たな数人のニンジャが、逆に広間の外から入って来たことにスローハンドは気づく。己めがけ穏やかに、だが決断的に近づいて来る。

 ゴリゴリゴリ、石臼めいた音と共に、台上には再び琥珀ニンジャ像がせり上がってきた……否、もはやそれは像ではない。変形している。琥珀の玉座だ。ロードが立ち上がる。「ウフーッ!」ジェスターは無礼にも、ロードが座っていた玉座をニンジャ腕力で台の下へ投げ捨てた。彼はブレイコウである。

 ロードはゆっくりと琥珀の玉座に腰掛けた。琥珀の玉座は生き物めいて脈打つ。ロードは心地良さげに震えた。パラゴンはスローハンドを一瞥した。見下ろすその目は……。

 スローハンドは立ち上がった。行動を起こそうとした。時間が鈍化する。彼は左踵に違和感を覚えた。虹色の刃が踵の内側から生えかかっている。

 これは。メンタリストのエネルギー・スリケン。スローハンドはヘイスト・ジツを重点する。ゲン・ジツを破らねばこの刃は彼の踵を実際破壊する。広間に居並ぶニンジャ達。それらの中で現実と異なる装束をしたものを……あるいは調度……掛軸……どれほどのオブジェクトが……「フーンク!」

 鈍化した時間感覚は、すぐ隣の畳が内側から破られつつあるのを認識した。中からドトン・ジツめいて飛び出して来るニンジャ存在を。スローハンドはメリメリと現れる巨大な上半身を見る。ニンジャ?その肩幅から察せられる身長は3メートル近い。鉄仮面フルメンポは平たく、地雷を思わせる。

 このリアリティ……幻ではない……アンブッシュは当然スローハンドには通じない。彼は巨人めいたニンジャの頭部を蹴った。手応えは薄い。平たく丸いニンジャヘルム一体型フルメンポの流線型がダメージを反らすのだ。二度蹴るか?だが踵に育ちつつあるスリケンも無視できぬ。幻はどこだ。

 ……シャンデリアだ!蝋燭と火が下をむいている。スローハンドはスリケンを投げつける。スリケンはゆっくりと飛行する。巨人ニンジャが畳から這い出す。スローハンドは拳を叩き込む。一撃。二撃。三撃。金属めいたニンジャ装束が衝撃に波打つ。だが巨人ニンジャは多少堪えた程度だ。

 スローハンドはヘイスト・ジツを解除した。ジツをかけ続けるわけにはゆかぬ。それもまた老衰による死と地続きの行為なのだ。「乱心!乱心である!」叫び声が飛び込んでくる。スリケンがシャンデリアを破壊した。落下!「アイエエエ!」下にいるニンジャは散会!ニュービーが一人逃げ遅れ死!

 踵の違和感か消失した。ではこの鉄仮面の巨人を!「フーンク」巨人はアイサツした。「そやつは喋れんのだ、スローハンド=サン。ゴライアス=サンだ。有事に備えておる……」パラゴンは言った。スローハンドはアイサツを返した。「ドーモ、ゴライアス=サン。スローハンドです」

 身長はやはり3メートル。胸板。肩。腕。脚。全てが丸太めいて太く、屈強な装束の下の肉体は鋼鉄めいた重厚なニンジャ筋肉で覆われていよう。「スローハンド=サンの真意をたださねばならぬ」パラゴンは言った。スローハンドは加速した。ためらうわけにはゆかぬ。心臓を摘出して即死させる。

 スローハンドはチョップ突きを繰り出した。心臓をくり抜く。一撃。二撃。三撃。無傷。膝を蹴り砕こうとする。だが弾き返される。股間に蹴りを繰り出す。一撃。二撃。三撃。四撃。無傷!ゴライアスは反撃せず、両掌を上向け腰の横に定めた姿勢を維持する。……ムテキ・アティチュードか!?

 スローハンドは広間にエントリーしてきたニンジャ達が包囲にかかっている事に気づいている。ゴライアス同様、ロード直属ないしパラゴン傘下のニンジャであろうか。ゴライアスを含め五人。全てがマスターニンジャであろうか?そして踵に再び違和感!間に合わぬ。エネルギースリケンは左踵を破壊!

「グワーッ!」スローハンドは呻いた。ヘイスト・ジツ解除!「フーンク……」ゴライアスはムテキ・アティチュードを維持!濁った眼光が見下ろす!四人の新手がアイサツ!「ドーモ。ヴェラーです」「ドーモ。ヘリオンです」「ドーモ。バードゥンです」「ドーモ。ノクターンです」「イヤーッ!」

 スローハンドは再び加速した!彼は傷ついた足を駆り立て、カラテを構えたノクターンのワン・インチ距離に辿り着くと、喉笛を引きちぎって殺し、ヴェラーの側頭部に蹴りを叩き込んだ。バードゥンが後ろからタックルをかけてきた。緩慢だ。スローハンドは蹴ろうとしたが、片足の傷が重い。

 バードゥンがスローハンドを捉える。不可思議な重圧がかかる。なんらかのジツだ。加速で振り払うしかない。スローハンドは肘打ちをバードゥンの延髄に叩き込む。二撃入れようとしたが、ヘリオンのヤリめいたサイドキックに対応せねばならぬ。彼は片手でいなす。そこへ丸太めいた拳が飛んで来る。

 ゴライアスだ。バードゥンに動きを封じられたスローハンドは側転で回避できない。裏拳を拳めがけ三度繰り出す。ゴライアスの指骨を二本折った。だが弾き返し切ることができぬ。ガードするしかない。スローハンドは側頭部に腕をそわせ、ゆっくり飛んでくる拳を受ける。ミシミシと腕骨が軋む。

「……!」スローハンドは顔を歪めた。躱す事ができねばヘイスト・ジツの恩恵は無い。単にゆっくりとした衝撃を受けるだけだ。鎖骨に虹色の刃が生える。スローハンドは己のスリケンをヤバレカバレめいて三枚投げた。出口のパーガトリーの後姿めがけ。パーガトリーは振り返った。

 パーガトリーは庇いに入ろうとした部下の一人を制した。必要が無いのだ。……スリケン三枚はパーガトリーのもとへ辿り着くことはなかった。彼の身体の周囲半径1メートルに球状に展開する不可視のカラテ粒子がスリケンを破壊したのである。

 パーガトリーは慇懃無礼にオジギし、踵を返して悠々退出する。斜めからゴライアスの逆の手が降って来る。スローハンドは裏拳でこのチョップを打ち返す。一撃。二撃。三撃。ゴライアスの手を破壊。ヘリオンの二度目の蹴り。片手で絡め取り、よろめいているヴェラーめがけ投げ飛ばす。

「グワーッ」ヴェラーとヘリオンが倒れ込む。「サヨナラ」断末魔の痙攣を繰り返していたノクターンが爆発四散する。バードゥンの延髄にさらに一撃。拘束力が弱まる。その首を後ろ手に掴み、180度捻じって折り、殺す。虹色の刃が鎖骨を突き破る。スローハンドは耐える。苦痛に耐える。台座!

 スローハンドは跳躍した。そして手を砕かれ苦しむゴライアスの身体を蹴ってさらに飛んだ。屋根つきの円形台に着地した。パラゴンが陰気な目を細め、カラテで立ちはだかる。ドラゴン・ニンジャが目を見開き、スローハンドを見る。スローハンドはパラゴンのミドルキックをすり抜け、駆ける。ロード。

 加速が切れる。「ロード!マイロード!」スローハンドは嗄れ声で訴えた。彼は膝から崩れ落ち、片手を突いた。「イヤーッ!」「グワーッ!」その背をパラゴンの容赦無きストンピングが踏み潰し、釘付けにした。「ロード……ロード……」スローハンドは震えた。白金のキツネオメーンが彼を見た。

「サヨナラ!」下ではバードゥンが爆発四散した。パラゴンの踵に容赦なく背中を抉られながら、スローハンドは言葉を絞り出した。「わかっていただきたい……二心など無し……私、私は、私はただ、ヨロシサンの科学力によって、ギルドを……ロードの御力を一層盤石のものに……私は……!」

「ムフゥーン……」ロードは脈打つ琥珀の玉座に背中をもたせ、恍惚とした呻き声を漏らした。「よいぞ、パラゴン=サン……徐々に満ちておる……甘露であるぞ……」「ハーッ!」スローハンドの背中を踏みつけたまま、パラゴンは片膝をついた。「グワーッ!」スローハンドは苦悶!

「ロード!どうか、どうかこの毒蛙めの佞言から目を覚まされよ!この者はヨロシサン製薬を理不尽に遠ざけ、ギルドを理不尽なドグマによって支配しようと目論んでおるのです!神話……神話など!なんたる欺瞞!私は真の支配の形を!格差社会の形を知っております!私は……」ロードは片手を上げた。

 円形屋根に沿った円形カーテンがぐるりと囲い、外界の視線を隔絶した。「ロード……」スローハンドは震えた。「ヨロシサン製薬にこそ……バイオ、バイオテックにこそロードの1000年2000年に渡る無限の支配があるのです!」「マジックモンキーの寓話を知っておるか」ロードは唐突に言った。

「……!」スローハンドは玉座のロードを見上げた。ロードの低い声は常よりも幾分しっかりとしていた。何かがロードの身に起こっている。名状し難い何かが。「マジックモンキーは己の所業の意味に気づく事ができなんだ。己が飛翔する大地が何であったのか気づく事は無かった。余は汝を哀れに思う」

「……?」「ヨロシサン製薬への怒り。パラゴン=サンの私怨であると考えておるな」「私は……バイオテックこそがギルドを、ロードを」「テメッコラー……テメッスッゾコラー!」パラゴンが背中を踏みにじる!「グワーッ!」「よい」ロードはパラゴンを制した。「この者も所詮、哀れな存在である」

 ロードはおもむろにその手を自らの頭の後ろへやると、飾り紐を解き、オメーンを外した。「ニンジャミレニアムの始まりに、私はヨロシサン製薬を完膚なきまでに叩き潰す。これはケジメである」スローハンドはキツネオメーンの下から現れたロードの顔を直視した。年老いたクローンヤクザの顔を。

「ア……アア……アアア」スローハンドは恐怖のあまり小刻みに震え出した。真実への恐怖であった。クローンヤクザは槽培養され、成人として生まれ出る。そして数年で免疫力を失い、死に至る。年老いたクローンヤクザなどというものは存在せぬ。つまりロードはクローンではない。つまりロードとは。

「ドゴジマ・ゼイモンを知っておるかね」ロードはスローハンドを見下ろした。「かつて内閣総理大臣を暗殺したレジェンドヤクザ……それがクローンヤクザの遺伝子提供者だ」「アア……アアア……」「"提供"」ロードは自嘲的に笑った。そして続けた。「つまり、私がドゴジマ・ゼイモンだ」

 スローハンドは死んだ。

 

◆◆◆

 

 既に二者は包囲されている。二者がイクサを始めた時と同様だ。だが今度は包囲ニンジャ達は撤収しない。殺しに来たのだ。空はほの白い。夜明けには随分早いにも関わらず。異常な何かが起こっている。キャバアーン!キャバァーン!下方で断続的に異様な音が鳴り響いている。黙示録のラッパめいて。

「そのまま分断せよ」パーガトリーと名乗った指揮官ニンジャ……当然ながらグランドマスター位階であった……の尊大な立ち振る舞いを、ニンジャスレイヤーは睨み返す。パーガトリーは続ける「おかしな真似をさせるなよ。正義も恥も知らぬクズ犬は敵とも容易くユウジョウする。誇りが無いゆえにな」

 当然、パーガトリーの邪推は余計なお世話と言える。ダークニンジャはニンジャスレイヤーのナラク・ニンジャを狙っている。そこには邪悪な意図がある。一方、ニンジャスレイヤーにとってダークニンジャこそ直接に妻子を手にかけた仇。仇……そして、このパーガトリー。その名を忘れよう筈も無し。

 ニンジャスレイヤーが摺り足で横へと動くと、取り囲む三人のニンジャが間合いを保ったまま動く。ダークニンジャにもやはり三人のザイバツ・ニンジャ。ムーホンだという。やや離れて戦局を眺めるパーガトリーへのスリケン攻撃は無効だ。何らかのバリアめいた能力がスリケンを破壊してしまうのだ。

 ニンジャスレイヤーを囲む三人の名はブリアレウス、コットゥス、ガイギス。体格も動きも似ており、兄弟めいている。ダークニンジャに対する者達はまた違ったアトモスフィアをもつ。三人ずつの包囲者と、それをさらに取り囲むニンジャ達。

「マルノウチ・スゴイタカイビル。抗争参加者はオヌシを殺せばスローハンドとやらが最後だ、パーガトリー=サン」ニンジャスレイヤーは三人の敵を牽制しつつ、パーガトリーに言った。パーガトリーは鼻を鳴らした。「そんな事もあったな。貴公のおかげで私はケジメまでしてみせた事よ。フフフ」

「ならば今度は五臓六腑をケジメせよ。私の手で!」「怖や、怖や!」パーガトリーは笑った。「マルノウチ抗争と言えば貴公もよ、ダークニンジャ=サン。思えば、あの場で殺し損ねた事が、こうしてギルドの禍根となった。これも数奇な運命と言えようか」「後陣で震えていた臆病者の顔は知らぬ」

「左様、左様」パーガトリーは頷いて見せた。「粗野で愚鈍な闘犬同士の殺し合いは震えるほどに怖いからな。ほれ、臭いも獣じみておろう?実際たまらぬ!ゆえに私はこの位置がよい」彼は手を叩いた。「ほれ、ほれ!戦え!戦え!余興を見せい!さもなくば……」「イヤーッ!」

 ブリアレウスがニンジャスレイヤーに仕掛ける!回し蹴りだ!ニンジャスレイヤーは上体を屈めて回転し、これをくぐり抜ける。その回転のままに蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」メイアルーアジコンパッソがコットゥスのチョップを弾き返す!「イヤーッ!」ガイギスがタックルを試みる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側宙でタックル回避!その時だ!弧を描いて飛来する握り拳大の輝く光球!「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーは背中に受け、落下!正拳突き姿勢のパーガトリーがニヤリと笑う。彼の身体を、光球と同色の輝く光球が包み込んでいた。カラテ粒子のバリアーだ!

「イヤーッ!」すかさず三者が落下地点を再包囲、連携攻撃にかかる!「イヤーッ!」そしてパーガトリー!正拳突き!バリアの背中から光球が剥がれ、飛び出す!正拳!光球!さらに正拳!光球!次々に射出されるカラテ・ミサイルは空中で旋回し、ニンジャスレイヤーへ!ダークニンジャへ降り注ぐ!

「舞え!見苦しく舞ってみせい!」パーガトリーが叫ぶ。「ヌウウーッ!」ニンジャスレイヤーは激烈なワン・インチ・カラテを捌き、なおかつ隙をついて飛来するカラテミサイルを避けねばならない!「グワーッ!」ナムサン!再び着弾!「イヤーッ!」さらにガイギスの蹴りが腹部に!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは吹き飛ぶ!だが、飛びながら回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「グワーッ!?」攻守一体!ブリアレウスは不意をつかれて倒れる!「イヤーッ!」そこへ襲いかかるコットゥス!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらに蹴りを繰り出し相殺!そこへ光球!「グワーッ!」

 このままではジリー・プアーではないか?「ほれ!ほれ!ほれほれほれほれ!」パーガトリーは中腰姿勢で正拳を繰り出し続ける。徐々にその速度が増してゆく!流れ星めいてカラテミサイルが降り注ぐ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはダーカイ掌打をコットゥスに叩き込み、ひるんだその顎を蹴り上げた。「グワーッ!」コットゥスはバック転で転倒を避け、さらに脇からブリアレウスが割り込む。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍し、両脚でブリアレウスのガードを蹴ってムーンサルト!

「イヤーッ!」そこへ飛び込んで来るガイギスの低空ジャンプパンチ!ニンジャスレイヤーはムーンサルト跳躍でこれを回避!ガイギスのパンチはフレンドリーファイアめいてブリアレウスのガードに突き刺さる!「グワーッ!?」さらにニンジャスレイヤーはスリケンを……「ヌウーッ!」

 投げられぬ!ひるんだガイギスへのスリケン投擲は見送られた。かわりにニンジャスレイヤーは空中で身を捻り、飛来するカラテミサイルをガード!飛来!飛来!飛来!飛来!飛来!「ヌウウーッ!」「ほれほれほれほれほれほれ!ほれほれほれ!」

 さらに跳び来たるカラテミサイル!今や遠巻きにする包囲ニンジャ達もダークニンジャとニンジャスレイヤーに分かれ、両者を引き離す。パーガトリーはさらに遠い位置にいる!ニンジャスレイヤーは落下しながらキリモミ回転!「イイイイイヤアアアァーッ!」 これは!奥義ヘルタツマキである!

「「「アブナイ!」」」ブリアレウス、ガイギス、コットゥスはハーモニー警戒シャウトし、スリケンを防御!回転するニンジャスレイヤーから四方八方にスリケンが放たれる!「アバーッ!」遠巻き包囲ニンジャの一人、アデプトのスカラベーがスリケンに額、胸、股間を打ち抜かれてソクシ爆発四散!

 雨アラレと降り注ぐカラテ・ミサイルをスリケンが迎撃して相殺消滅させてゆく。さらに4枚!5枚!スリケンが包囲網を突破しパーガトリーを狙う!だが見よ!球状展開されているカラテ粒子がスリケンを消滅させてしまうのだ!「ゴジュッポ・ヒャッポ!」パーガトリーはあざ笑い正拳連打!

 回転しながら着地したニンジャスレイヤーは、カワラを吹き飛ばしながら再度跳躍!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは垂直上昇しながら更にキリモミ回転!ヘルタツマキだ!「イイイイイヤアアアアァーッ!」またしても四方八方にスリケンが放たれる!

「「「アブナイ!」」」ブリアレウス、ガイギス、コットゥスはハーモニー警戒シャウトし、三人同時にブリッジしスリケンを回避!「アバーッ!」包囲ニンジャの一人、アデプトのオストリッチがスリケンに額、胸、股間を撃ち抜かれてソクシ爆発四散!

 大量に飛び来るカラテ・ミサイルをスリケンが次々に迎撃!包囲を破った数発はパーガトリーに飛来、やはりカラテ粒子バリアによって打ち消される。無傷!だが、「何ぞ?」パーガトリーは眉をしかめた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはキリモミ回転し着地!着地……?屋根をドリル回転破壊!

「アイエエエ!」直下の厨房でスシを握っていた奴隷シェフ達が、天井を突き破って着地した赤黒のニンジャに悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように失禁しつつ逃走!「追え!」「「「ヨロコンデー!」」」ブリアレウス、ガイギス、コットゥスがニンジャスレイヤーを追って数秒後に天井から落下し着地!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転ジャンプしてまな板に逆さに手を突き、セイロの中のオーガニック・トロ・スシを三つ掴み取って側転!「イヤーッ!」ガイギスがクナイダートを投擲するも、ニンジャスレイヤーはキッチンカウンターの陰に身を潜めて回避!メンポを開き瞬時にスシを連続咀嚼!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ブリアレウス、コットゥスがキッチンカウンターを飛び越えて襲撃!ニンジャスレイヤーはスシを食べ終え、メンポを閉じてこれに応戦する!「「イヤーッ!」」「イヤーッ!」

 ……「構うべからず!奴は魔窟に脚を踏み入れたも同然よ。捨て置き、大逆者ダークニンジャ=サンに包囲集中すべし!」パーガトリーは正拳突き速度を緩める事無くニンジャ達に指示した。「ヨロコンデー!」ニンジャ達は一気にダークニンジャ包囲の層を厚くした。

 パーガトリーはほくそ笑んだ。(((ニンジャスレイヤー=サンはあの三戦士の恐ろしさをわかっておらぬゆえ)))……「今頃貴公の頼みの綱も処刑されていよう事よ、ダークニンジャ=サン!あの蛇殿もな!貴公の野心につらなる者は内外問わずネコソギ・キリステよ!ザマを見よ!」

「イヤーッ!」「アバーッ!?」脇の下から背後へ繰り出したベッピンの奇襲攻撃がアンダバタエを捉えた。貪欲な刃が心臓を貫通し、肩甲骨を割って飛び出す!「キリステ・ゴーメン」ダークニンジャは冷たく言い放った。「アバッ!アバッ?」「イヤーッ!」そこへコープサーのドク・ケンが襲い来る!

「イヤーッ!」「アバッ!?」ダークニンジャはベッピンで貫かれたアンダバタエの身体を振って盾とし、コープサーのドク・ケンを受けた。爪先の毒が一瞬でアンダバタエの肉体を駆け巡り、体細胞を破壊しつつ三倍に膨張させる!コワイ!「イヤーッ!」ダークニンジャはベッピンを空中に振り抜く!

 膨れ上がったアンダバタエは空中でカラテミサイルの雨を受け、破裂!爆発四散!血と毒の汚液が屋根上に降り注ぐ!「イヤーッ!」ダークニンジャは足元スレスレで回転し、怯んだコープサーの両足首を切断!さらにビッグフットの巨体の陰へ潜り込むと、下から腹へ深々と刃を突き刺す!「アバーッ!」

「貴様は屑だが、最後に肉の傘として役に立った」ダークニンジャは死にゆくビッグフットに囁いた。その身体の下で、毒雨を防ぐ。こぼれる臓物。遠方から睨むパーガトリー。降り注ぐ毒雨はカラテ粒子バリアが全て消し飛ばす。包囲ニンジャの中で毒耐性の無いニュービーがいきなり倒れて死んだ。

 イクサの趨勢は一瞬!奇襲攻撃がアンダバタエの心臓を貫くその瞬間まで、ダークニンジャは三者の連携攻撃を防ぐのに手一杯だった。この一瞬を捉えるべく命をすり減らすのがイアイドの奥義なのだ!……パーガトリーはカラテミサイル射出を休む。粒子バリアが濃度を増し、縮んでいた球体の半径が拡大。

「パーガトリー=サン?」包囲ニンジャの一人が何かに思い至り、怯えた目を見開いた。「パーガトリー=サン?パ……パーガトリー=サン……?」「……」ダークニンジャはビッグフットの死体を捨てず警戒した。怖れた包囲ニンジャの数人がてんでに駆け出した。「ワアアーッ!」その瞬間!

「カーッ!」パーガトリーが両手を開いた!KRA-TOOOOOOOM!カラテ粒子が!全方位に弾けとんだ!「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」近くにいたニンジャ達は飛散したカラテミサイルに撃ち抜かれ数人まとめてソクシ!さらにそれらミサイルは空中でランダム方向へ飛行!

 数百発の蛇めいたカラテミサイルは空中をヒュルヒュルと飛び、カワラに着弾し、あるいは不幸な包囲ニンジャに命中し、あるいは空中でコントロールを取り戻し……ダークニンジャをめがけた!「イヤーッ!」ダークニンジャはその場でベッピンを一回転、ビッグフットをアンダバタエ同様に投げ飛ばす!

 BOOM!BOOM!BOOM!空中でビッグフットの死体が無数のカラテミサイルを受け、チーズのように削り取られてゆく。しかし無数のミサイルはそれだけでは到底防ぎきれない。ダークニンジャをロックオンしたミサイル達は空を染め、やがて一斉に襲いかかった!

 # NEXUS:nexus:エマージェント|……ダークニンジャのニューロンに突如飛び込んで来た声が、彼の判断を遅らせた。# NEXUS:nexus:ニーズへグ=サンらと合流されたし|# NEXUS:nexus:キョート城が浮上。情報収集されたし|……ダークニンジャは駆け出す!

 どちらへ?判断を決めた彼は迷う訳には行かなかった。彼はパーガトリーから踵を返した。当初彼はカラテミサイルを躱しつつ接近し、デス・キリを放ち、近接カラテ戦闘へ持ち込むつもりでいた。だがパーガトリーの戦闘能力には未知数な点が多く、時間を要する事は間違いない。彼はその選択を捨てた。

 ヒュンヒュン、カラテミサイルがクネクネと旋回して追いすがる。ダークニンジャはジグザグに駆ける。包囲ニンジャは雲散している。BOOM!避けきれない!「グワーッ!」ダークニンジャは横へ転び、手をついて跳ね起き、駆ける。BOOM!右腿!「グワーッ!」BOOM!背中!「グワーッ!」

 パーガトリーは歩いて追いかけて来る。カラテミサイルの嵐はなおも襲い来る。ダークニンジャは駆ける!# NEXUS:nexus:合流地点のルートを送信する。実際非常に良くない。集合し情報収集せよ|……「チィーッ!」ダークニンジャは走る!走る!走る!


7

「ねえ……ねえ、ねえ、ねえ、ねえ」「タワケめが、これでは物狂いじゃ」ニーズヘグは顔をしかめた。苦笑だ。「城が浮き、毒蛙の有り難き演説も終わっとらん、なによりワシゃあ生死の境を……」「あなた優しいの、ねえ、優しい……ねえ嬉しい……嬉しいの……」「ハ!ワシもたいがい狂っておるか!」

 ニーズヘグは己の上のパープルタコを見上げる。豊満なバストが揺れ、滑らかな髪は乱れる。そしてその口。シュウシュウとうねる触手だ。「ねえ、ずっと優しい?ずっと優しい?嘘吐かない?」「知らんわい……」その後ろ、壁にはチカチカとまたたくカケジク型モニタ。パラゴンの演説である。

「……この目出たき日に、残念至極な報告を」「ねえ、ねえ……ねえ」「反逆の種が蒔かれていたのだ」「ねえ、わたしこれでいい?もう大丈夫?」「知らん」「ねえ、わたし嬉しい、ねえ……」「儀式の場にさえ出席せず、利己的な欲望を追い求めている!ロードの祝福の御光から目を逸らしている!」

「この裏切り者たちを如何にすべきか?」徐々に荒く速くなる両者の息遣いに、モニタからの激昂の叫びが入り交じる。「コロセー!」「コロセー!」「コロセー!」「ハァーッ……。……ハァーッ」パープルタコが震え、柔らかい身体がフートンめいてぐったりとニーズヘグに覆い被さった。「……」

「まずはこの者だ!懲罰騎士ダークニンジャ=サン!そして、それに連なるニンジャだ!」「こいつァ……」ニーズヘグは笑顔になった。「実際、予定が早まったわい」「……」パープルタコが胸板に頬をすりつけた。ニーズヘグは低く言った。「しまいじゃ。今度は殺して、殺して、殺す時間じゃぞ」

 パープルタコは、どかない。「アタマ撫でて」「無茶を言いおる」ニーズへグの両腕はニンジャスレイヤーによってへし折られ、止血処置を施され、骨折部がバイオ包帯で硬く縛られている。ニーズへグは腕を上げて撫でてやった。パープルタコは身を離した。「わしのワキザシを持ってこい」「アイ、アイ」

「イヤーッ!」そのときだ!トコノマへのエントリー者あり!「イヤーッ!」一瞬後その者は裸のパープルタコに組み伏せられていた。「グワーッ!?」「ファハハハハ!おイタしちゃダメよ……」パープルタコは闖入者の腕を捻り上げた。その目が残忍な紫の光を帯びる。「待ってくれ!私です!医者だ!」

「なァにを、やっとる」ニーズヘグは首を傾げた。「死ににきたか。演説を聴いておったろう。ナメるな。せめてグランドマスターを連れて来い」「しめやかに途中退出し、駆け戻ったのです!」医者ニンジャは叫んだ。「私にだってプライドがある!治した患者をそのまま殺させるなんて、できません!」

 ニーズヘグとパープルタコは顔を見合わせた。パープルタコは頷いた。たしかに外科手術を行ったのはこのニンジャである。彼女は医者ニンジャの頭を掴み、その目を覗き込んだ。「アカチャン。立派よ……すごく立派なのね」その目の紫の光が強まり、医者の目はとろりと濁った。「これは念のため、ね?」

「脚の長さが揃っておらんと、実際やりづらくてかなわん」ニーズヘグは唸った。「贅沢は言わん。添え木なり、杭をブッ刺すなり、そいつにさせろ」「……聴こえた?」パープルタコは医者ニンジャを解放した。医者ニンジャは従順に頷く「アッハイ」「いい子ね」彼女は素早く己の装束を身にまとう。

 # NEXUS:nexus:エマージェント|ニーズヘグのニューロンに超自然IRC音声が響いた。ネクサス。秘匿された空間にザゼンし、不可思議なジツでニンジャを繋ぐ者。「この城は浮いとるらしいぞ。通じるか」# NEXUS:nexus:ゆえにエマージェント。貴方がたに追っ手も。|

 ネクサスはダークニンジャがどこからか見出し、ギルドから隠していた存在だ……今回のこの、否応無しに早められたムーホンの計画の為に。ニーズヘグは鼻を鳴らす。「もう少し有用な話をせい」# NEXUS:nexus:合流ポイントを送信……ダークニンジャ=サンの交戦状況は把握出来次第|

 パープルタコがワキザシを差し出す。「フフフ、ドーゾ、ヘビ=サン」「実際そのヘビよ、問題はな」ニーズヘグは言った。「ヘビ・ケンまで放っぽり投げよってからに。あのオバケ死神め」彼は歯を剥き出し、その柄を咥えた。医者ニンジャが処置を開始した。ニーズヘグは柄を噛み締め、耐えた。

 

◆◆◆

 

「フン……のうのうと眠り散らかしておる」医療エリアに入り込んだ三者はトライアングルフォーメーションで警戒しながら歩き進む。「グランドマスターといえど、あれではな」ファルコンはブラックバックとシーシュポスを見た。二人は満足げに頷き返した。 「「キンボシ・カナリオオキイ!」」

「よいか、まず俺がフラッシュバンをトコノマに投げ込む。そしてお前らがアンブッシュ」「イージー!」とシーシュポス。ブラックバックは口を挟む「シテンノがいなかったか?あとガキが。一カ所におるやも」「とにかくニーズヘグ=サンを殺し、あとは数に任せファック・アンド・サヨナラ重点よ」

「本当?」フスマが開き、トコノマから無造作にパープルタコが進み出た「ファック・アンド・サヨナラしていいの?」「!」三者の間に緊張が走る。彼らはカラテを構えた。「イヤーッ!」トコノマから何かが飛び出してきた。それはニンジャ「アバーッ!?」シーシュポスの首が斬られ、刎ねとんだ。

「アーララ」パープルタコが肩をすくめた。「え……」「な、ニーズヘ、アバーッ!?」ブラックバックの胸が斜めに切り裂かれ、鮮血が噴き出す。ワキザシを口に咥えたニーズヘグはイルカめいて身をひねりながら跳躍していた。「サヨナラ!」「サヨナラ!」シーシュポスとブラックバックは爆発四散!

 着地したニーズヘグの目がファルコンを射抜いた。ファルコンは失禁を堪えた。「ドーモ、ニーズヘグ=サン。ファルコンです」「ドーモ。話し難いわい。ニーズヘグです」切断したベッドの脚を海賊めいてサイバネ基礎部に突き立て、ワキザシを口に咥えた手負いのイクサ・オニは、凶暴に笑った!

「ニ、ニ、ニーズヘグ=サン、貴公は懲罰騎士ダークニンジャ=サンと共に、ロードに対するムーホンを画策した嫌疑が……」「おう、その通りじゃ」ニーズヘグは頷いた。「イクサよ。ムーホンよ。で、お前はこの後どうやって生き残るね。ファルコン=サン」

「え?裁判を受けるのは貴公だ!正しき申し開きを……」ファルコンは支離滅裂に喚きながら後退する。パープルタコはくすくす笑った。ニーズヘグは膝を曲げ、かすかに身を屈めた。「キョート城を乗っ取り、三神器とやらを頂く。後は更なるイクサよ。敵はヌンジャだ。羨ましかろ」「え?ヌンジャ?」

「GRRR!」ニーズヘグが跳ねた。「イヤーッ!?」ファルコンがファルコン・ツキで応戦しようとした。その右腕は肘先から切断されていた。「え?」呆然と己の傷を見た。そしてニーズヘグがいない。「え?」違う。足元だ。着地と同時に身を屈めてい「GRRR!」「グワーッ!?」左足首切断!

 バランスを崩して倒れるファルコンめがけ、ニーズヘグがさらに跳ねる!「GRRR!」「アバーッ!」その首、切断!思い出したように三箇所の切断面から鮮血が迸り出る!「ファファ!」パープルタコは飛来した首をキャッチした。「アカチャン」メンポを引き剥がし、触手でファルコンの顔をねぶる。

 触手はファルコンの眼窩から脳に侵入し、残忍に啜る。そして抜け殻を投げ捨てた。「ファハハハハ!」ファルコンの首無し死体が倒れ、爆発四散した。ニーズヘグは前方を睨んだ。廊下から親衛クローンヤクザを従えたニンジャがエントリーしてくる。「さァーてェー……」ニーズヘグは目を細めた。

「ドーモ。ニーズヘグ=サン。ルーシディティです。パープルタコ=サンもご一緒ですな」白いニンジャは慇懃にアイサツした。その間にも医療エリアには続々とオカメオメーンを被ったクローンヤクザが展開、金箔塗りのアサルトライフルをそれぞれ構える。「貴方を武人として尊敬しておりましたが」

「ドーモ。ニーズヘグです」「パープルタコです」「……無残なお姿。そのうえ名誉まで自ら汚されて。英雄墜つ、ですな」ルーシディティは悲しげに首を振り、合図した。BRATATATATAT!ナムアミダブツ!一斉掃射である!

「シューッ!」パープルタコの触手がしなり、ドク・スリケンが放たれた。弾薬を相殺、あるいはクローンヤクザの脳天を貫通し殺害!「GRRR!」ニーズヘグは横へ跳んでさらに跳ね、横から襲いかかる!ルーシディティはマントを翻し、ブレーサーでワキザシ攻撃をガード!

「情けなや。グランドマスターともあろうお方が」「GRRR!」「イヤーッ!」ルーシディティは蹴りを放つ!ニーズヘグは宙返りでかわし、さらに飛んだ。「グワーッ!」クローンヤクザ数名の首が切断!ソクシ!BRATATATATAT!掃射は絶え間なく続く!

「シューッ!」パープルタコがふたたびマルチプル・ドク・スリケンを放射状に放つ!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」クローンヤクザが倒れてゆく。だが、 おお……ナムサン!銃弾は徐々にニーズヘグとパープルタコの身体に傷を追わせてゆく……!多勢に無勢!避けきれぬのだ!

 パープルタコがさらにドク・スリケンを放つ!……放つ!クローンヤクザが倒れ、その分、後方の部隊が前に迫り出して掃射に加わる!ルーシディティはやや後方でカラテ警戒。刃を咥えて跳ね回り、殺しまくるグランドマスターが、身体のあちこちを銃弾に削り取らてゆくさまを、満足げに眺める!

「イヤーッ!」その斜め後方!突如としてチョップ突きが襲いかかった。キドニーを貫通破壊せんとする一撃!だがルーシディティのニンジャ第六感はこのワン・インチ・アンブッシュを一瞬早く察知、振り向きざまのチョップで弾き返す!「イヤーッ!」攻撃者の輪郭がバチバチと音を立てて滲み出す!

「貴様?」ルーシディティは訝った。ステルスニンジャ装束のカモフラージュ機構にノイズが生じ、現れた姿は、「ミラー……」ルーシディティの首が後ろからの斬撃を受けて刎ね飛んだ。ニーズヘグは着地した。噴水めいて迸る血飛沫を浴び、彼の身は赤く染まる。その傍らに立つステルス身体輪郭も。

「油断禁物」蛙の跳躍予備動作めいて屈んだニーズヘグが、新たに出現したステルス装束ニンジャを見上げた。「ドーモ、ミラーシェード=サン。……バンシー=サンは」「シャドウウィーヴのもとへ」「善哉」ニーズヘグは頷いた。「「イヤーッ!」」二者は跳んだ。周囲のクローンヤクザが弾け飛んだ。

 

◆◆◆

 

 ナンシーは覚醒と同時に耳の後ろのLANケーブルを引き抜いた。ZMZMZM……モニタが高速点滅、細い煙の筋がUNIX排気口から立ち上る。反射が数秒遅れていればニューロンをフィードバックで焼かれていたであろう事は、容易に想像できた。サブモニタの一つを見やる。「掌握率:0%な」

「DAMN!」ナンシーはモニタを殴りつけた。掌握率0%。つまり全くの白紙!ヨロシサン・トンネルのバックドアを踏み台にした電撃的ハッキングがもたらした掌握率は50%。カメラ類操作すらも可能だった。今のこの状態はオフラインと同等だ。ニンジャスレイヤー達との通信すら行えぬ!

 モニタ明かりが機材満載の車内ハッキング空間をぼんやりと照らしている。(((せめて通信を回復しないと……少なくとも20%……30……足がかりを)))そしてあのIPに……彼女は乱れ髪をかきあげ、時刻を確認した。高度計が彼女の目に入った。……故障?「イヤーッ!」KRAAAASH!

「ンアーッ!」車体を襲った突然の衝撃、ナンシーは背中をデッキに打ちつけてむせた。「ゲホッ!これは……」「イヤーッ!」KRAAAASH!さらに衝撃!まるで衝突事故でも起こっているかのような……衝突?「イヤーッ!」外から発せられる叫び!KRAAASH!「ンアーッ!」

「イヤーッ!」KRAAASH!ナンシーは目を見開く。鋼板とカーボン、バイオバンブーの三層構造の車体が軋み、衝突のたび、ドアが内側に少しずつへこんできている。「イヤーッ!」KRAAASH!ナンシーは外部モニタを確認しようとした。ブルーバックに無情なミンチョ文字「カメラ失踪な」!

 ナンシーは運転席を覗き込んだ。キンギョ屋。シートにもたれかかっている。眠っている?否……額から流れる血が腕を伝って……「イヤーッ!」KRAAASH!「ンアーッ!」

 ナンシーはシートにすがりつき、堪える。絶望とともに呼気を。脈を調べる。……息はある。「イヤーッ!」KRAAASH!「ンアーッ!」「イヤーッ!」ボキリ、何かが折れた音。ガゴン!とスライドドアが音を立てた。ナンシーは息を呑んだ。スライドドアはフスマめいて勢いよく開け放たれた。

「……女かよ」ズカズカと乗り込んできたニンジャはナンシーの顔から足先までをジロジロと見た。角の生えた恐ろしげなフルメンポ。ニンジャは容赦なくナンシーの首もとを掴み、引きずり出し、車外の地面に叩きつけた。「ンアーッ!」「オーブ!こいつは殺しちゃダメだぜ。お前はウカツだからな」

「うるせえ」マント姿の大柄なニンジャが角ニンジャを睨む「お前がムカつく事を言うから俺は……」「中にもう一人いる」車内に戻った角ニンジャの声。「ジジイだ!俺はジジイは興味ねえ。よかったな、オーブ」「そういうの、やめろ!」大柄なニンジャは向き直り、ナンシーの髪を掴む。「起きろ!」

 大柄なニンジャはナンシーの髪を掴んで起こし、顔を近づけた。ナンシーはもがいた。ニンジャのもう一方の手首から先が無い。負傷?ナンシーは状況を把握しようとした。壁際に座って動かないのは……ディプロマット。「お友達は残念だな。ムカついて殺しちまったよ。ジャビーが俺を怒らせるからよ」

「ジジイはほっとけ。そいつ締め上げようぜ。今度は殺すなよ」"ジャビー"が降りてきた。"オーブ"は不満気に「お前があんな事言うから!本当に縁を切るぞ!」「できねえくせによ」「できるさ!こいつも殺す」「殺すな!つってんだ。オーブ」"ジャビー"の怒声が遮った。「殺すな。キレるぞ」

「俺の方はもうキレてる」"オーブ"は唸った。「俺達のこと、ここで誓えよ。今!」「ふざけるな。そんな時じゃねえ。ボスも急いで……」「今じゃなきゃダメだ!」「……」"ジャビー"は頭を掻いた。「誓う、誓う」「よしッ!」"オーブ"はナンシーを地面に叩きつけた。「ンアーッ!」

「城外に仲間は。双子の弟はどこにいる」角のニンジャが言った。「城外?」ナンシーは笑おうとした。「それより、お熱いわね、TPO考えたら……」ブルーオーブは即座にその頬を張った。「ウッ!」「茶化すな。これはインタビューだ。話さねば、殺す以外の事は何でもするぞ。非ニンジャの屑め」

「何をするの?やってみれば」「イヤーッ!」「ンアーッ!」"オーブ"はナンシーの右手小指を逆側に捻じ曲げ、折った。「こういう事だよ」オーブは言った。「り、理解……理解し……したわ」ナンシーはガクガクと震えた。そして再び睨みつけ、不敵に笑う。「……で、それがどうしたの。次は?」

「イヤーッ!」「ンアーッ!」"オーブ"はナンシーの右手薬指を逆側に捻じ曲げ、折った。「どんどんやるぞ」"オーブ"は言った。「とりあえず右手指を全部折って、次は手首。俺と同じにする」「あら素敵……せいぜい楽しんでね」 ナンシーは歪んだ笑いで応じた。

「このアマ!」「ンアーッ!」"オーブ"はナンシーを地面に叩きつけ、"ジャビー"を見た。"ジャビー"は頷き、親指を下向けて振った。オーブはナンシーを再び引きずり起こし、手首の無いほうの腕で再びナンシーの右手を抱えた。「イヤーッ!」そして中指を折った。「ンアーッ!」

「ハァーッ!……ハァーッ!ハァーッ!」ナンシーは嗚咽した。"オーブ"は抑揚のない声で言った。「次は人差し指だ」「ハァーッ……ハァーッ……」「それとも、吐く気になったか」「……!」「お前はムカつくから、吐いた後にもう一本、ボーナスをつける。次、行くぞ」

「言う……」ナンシーは弱々しく言った「言う……」「何をだ?」"オーブ"は人差し指を握った。「今朝食ったメシの事でも教えてくれるのか」「城外……仲間……」「仲間?仲間がどうかしたか?」「聞きたい事……あなた達の聞きたい事……」

「なら、とっとと話せ。ボーナス増やすぞ」「後ろ。あなたの後ろ」「オーブ!女は後回しだ!」"ジャビー"が叫んだ。「クソポータル野郎にトドメをさせ!」「トドメ?確かめたろ?衰弱死は爆発しねえし、実際、脈も、」「なら首を刎ねろ!」"ジャビー"は叫び、宙に開いた円形の大穴を警戒した!

「え?」"オーブ"はポータルとディプロマットを交互に見た。ナンシーが腕からこぼれ、地面にうつ伏せに倒れた。「……え?」ディプロマットは……両手をかざしていた。ポータルに。そのまま、ゆっくりと立ち上がった。

 01000100101011……具現化は一瞬であった。通り抜けてきたニンジャ存在は親指のサイバネ・ライターで葉巻に点火し、ひと吸いして捨てた。ガンメタルカラーの忍者装束。「この移動手段、稀有な体験だが……」二人のザイバツ・ニンジャに冷たい視線を放つ。「二度は御免蒙りたい」

「誰だ!」"オーブ"はカラテ警戒し、叫んだ。「イヤーッ!」"ジャビー"がバック転を繰り出し、その隣でカラテを構えた。「バカな。死んだと聞いている。ドラゴン・ユカノを確保し、そして」「俺は悲劇のたぐいとは無縁でな」ガンメタル装束のニンジャはゴギリゴギリと己の首関節を鳴らした。

「ドーモ……ジャバウォックです」「ブルーオーブです」二人のザイバツ・ニンジャは虚をつかれた怒りに燃えてアイサツした。「そんなら、これから悲劇を始めてやるよ!」「悪いが、他所をあたれ」ガンメタル装束のニンジャはアイサツを返した。「ドーモ。ブラックヘイズです」

 010111011……さらに一人。ブラックヘイズのすぐ側に、別のニンジャが具現化する。胸元の深く開いたニンジャ装束。長いストレート・プラチナブロンドの美女だ。「フェイタル=サンだと?」ジャバウォックが唖然と呟く。ブラックヘイズはしかめつらしく頷いた。「当然、そういう事だ」

「ドーモ。フェイタルです。ジャバウォック=サンにブルーオーブ=サン、ご機嫌麗しう」フェイタルはアイサツした。ブラックヘイズは肩をすくめた。そしてあらためてザイバツ・ニンジャを見た。「貴様らに科す契約違反のペナルティは重いぞ。俺のようなフリーは、ナメられたら仕事にならん」

「ドーモ。フェイタルです。ジャバウォック=サンにブルーオーブ=サン、ご機嫌麗しう」フェイタルはアイサツした。ブラックヘイズは肩をすくめた。そしてあらためてザイバツ・ニンジャを見た。「貴様らに科す契約違反のペナルティは重いぞ。俺のようなフリーは、ナメられたら仕事にならん」

「私も動機を語るか?ザイバツ・ニンジャども」フェイタルが睨んだ。「この私を咎めてみるか?ギルドへの裏切りと?」涼しい目の奥には、覗き込んだ者を実際殺すほどの底知れぬ怒りが煮えていた。口を歪めて笑い、装束をはだけた。豊かな胸がこぼれ出た。「お前ら二人には褒美にならんな」

 したたるように美しい裸体は残念ながら一瞬の事、縄状の血管組織があっというまにそれを覆い、鋼鉄めいた筋肉が鎧っていく。第三、第四の目が眉の上に開くと、瞳は拡大して白目が失せた。鼻は猪めいて反り返り、犬歯が伸び、耳はロップイヤーウサギめいて垂れ、美しい髪は鬣に同化した。

「ハーッ……」獣じみた息を吐き出し、凶暴でありながら知性を保った目がまばたいた。「イヤーッ!」ブルーオーブは大きく育てたカラテ・バブルを放出!だがそれは空中で何かに受け止められる!「焦る事はない」ブラックヘイズが言った。サイバネアームから放たれたヘイズ・ネットだ!

「イヤーッ!」変身完了したフェイタルが滑るように突進、鉄針攻撃の姿勢をとったジャバウォックの下腹に、抉るようなフックを叩き込む。「グワーッ!」吹き飛ぶジャバウォック!「な。早かったろうが」ブラックヘイズが言い、手首のスナップを効かせると、シャボン玉は明後日の方向へ飛び去った。

「手品風情めが!」ジャバウォックは空中で姿勢復帰、壁を蹴る!「イヤーッ!」ブラックヘイズは牽制のネットを射出!「オーブ!」「応!」ジャバウォックは空中で一回転、ブルーオーブは両手をバレーボール・レシーバーめいて組み、跳ね上げた。飛行軌道がトリッキーに変化!

「イヤーッ!」ジャバウォックは空中で両手を拡げ、鉄針を放射状に射出!「イヤーッ!」フェイタルとブラックヘイズは両横へ跳んで回避!「イヤーッ!」ブルーオーブが無数のカラテ・バブルを生成、解き放つ!おお、だが、ナムサン!今度は飛びすらしないではないか。「バブルが俺を包む!?」

 ナムサン!ブラックヘイズはブルーオーブの目の前に透明のヘイズネットを展開していたのだ!「俺のバブルの質量が!」ブルーオーブは大小のシャボンに圧されてもがいた。「手品もなかなかどうしてバカにできんのだ」ブラックヘイズは地面に捨てた葉巻を蹴った。「吸ってみるか」「ウオオーッ!」

 ブラックヘイズはサイバネアームの遠隔起爆装置をON!KABOOM!葉巻爆弾が爆発し、カラテ・バブルもろとも炎上!「グワーッ!」「オーブ!」ジャバウォックが叫ぶ。その眼前にフェイタル!ハヤイ!「イヤーッ!」ヤリめいたサイドキックがジャバウォックの下腹に突き刺さる!「グワーッ!」

 ジャバウォックは洞窟の壁に大の字に叩きつけられた。「グワーッ!」「イヤーッ!」ブラックヘイズは蹴りを繰り出し終えたフェイタルめがけサイバネアームの手首から先を有線射出!フェイタルが片腕を上げると、ワイヤーアームはグルグルと巻き付いた。「イヤーッ!」その腕を、振る!

「イヤーッ!」ハンマー投げめいた遠心力加速で勢いをつけたブラックヘイズが、壁に釘付けになったジャバウォックに飛び蹴りを叩き込む!「グワーッ!」蜘蛛の巣状のヒビが入り、ジャバウォックは嘔吐!「オゴーッ!」ブラックヘイズはワイヤーを巻き上げて戻り、フェイタルの傍らに着地した。

「燃える!燃えちまう」炎と煙に包まれ、ブルーオーブがフラフラとよろけた。「ジャビー!見えない!」「オーブ!オーブ、出し惜しみするな」壁を滑り落ちたジャバウォックが言った。「今がその時だ」「でも、やったら戻れねえぞ?あの女なんかアデプトなのに!」「今が!その時だ!」「畜生!」

 フェイタルとブラックヘイズはカラテ警戒した。「アバーッ!」叫んだのはジャバウォックだ。突如その背中から節くれ立った六本の長い骨が飛び出し、コウモリめいた皮の翼が展開!装束の上半身が裂け、鱗状の肌が現れるや、それら鱗がメキメキと開き、育ち、一枚一枚が奇怪な赤紫色の羽根と化す!

「AAAAAAARGH!」そしてブルーオーブ!その身を包む炎は、内側から溢れ出した粘液質の液体が洗い流す。不透明な液体が身体を滴り落ちて地面に拡散すると、そこに立っていたのは……ナムサン……奇怪なエイ人間だ!マントはもはや装束ではなく、ブルーオーブ自身の皮なのである!コワイ!

「フェイタル=サン!貴様ごときサンシタ・ヘンゲヨーカイ・ジツと、俺達の命がけのバイオボディとでは、格が違う!」ジャバウォックが金切り声で叫んだ。「AAARGH!乾く!苦しい」ブルーオーブが喚いた。ジャバウォックの目が怒りに燃えた。「これがヨロシサンの力!バイオニンジャの力!」

「哀れだな」フェイタルは低く言った。「ウォーッ!」ブルーオーブが跳躍、その胸の二つの切れ込みが開き、ギョロリと巨大な目が見下ろす!さらに腹部の切れ込みが開く。口だ!なんたる冒涜的身体!「オゲーッ!」ブルーオーブはその冒涜的な口から拳大のシャボンを噴射!

「イヤーッ!」ブラックヘイズがヘイズ・ネットを複数射出、奇怪なブレス攻撃を遮るように展開させながら、赤紫のバイオ鳥竜ニンジャと化したジャバウォックめがけスプリントした。ブレスは徐々にネットの隙間を乗り越え降り注ぐ!「ヌウーッ!」フェイタルが両腕を交差し、ブラックヘイズを庇う!

「シューッ!」ジャバウォックがブラックヘイズへ両腕を向ける。十数枚の羽根がスリケンめいて放たれる!「イヤーッ!」ブラックヘイズは地面と水平にキリモミ回転跳躍!羽根スリケンを躱しながら接近、着地と同時に拳を叩き込む!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ジャバウォックが裏拳で弾き返す!

「イヤーッ!」ブラックヘイズが逆の拳で殴りかかる。「イヤーッ!」ジャバウォックの蹴りがハヤイ!「グワーッ!」喉を蹴られたブラックヘイズは吹き飛び、床に手をついてバック転した。一方のフェイタルはバブルブレスを防ぎきる事に成功したが、その腕からは痛々しい酸の煙が立ち上っていた。

「酸だ。厄介だぞ」フェイタルが言った。ブラックヘイズは頷いた「短時間でカタをつけるとしよう」「……馴れてきたぞジャビー」皮のマントをはばたかせ、ブルーオーブが降下した。「苦しく無い。むしろ心地良いんだ。世界は奇麗だ。こいつらは醜いな」「その通りだ」ジャバウォックは同意した。

「奇麗な世界に、クソみたいな社会は、嫌だ。醜い奴らを、みんな殺そう」ブルーオーブがフェイタルを目指し、ズシリ、ズシリと歩を進める。フェイタルはビーストカラテを構えた。ジャバウォックはブラックヘイズに対す。「そうだ、オーブ。新しい王国だ。スローハンド=サンと。ロードと」

「キューバ葉巻と、トビッコ・スシもあるか?」ブラックヘイズがジャバウォックに向かってゆく。「その王国とやらに」「シューッ!」ジャバウォックが羽根スリケンを放つ!「イヤーッ!」ブラックヘイズは駆けた。肩、脇腹をスリケンがかすめ、よろめく。「イヤーッ!」ジャバウォックのチョップ!

「イヤーッ!」ブラックヘイズは側面に転身してこれを回避、ローキックを打ち込む。「イヤーッ!」ジャバウォックは片脚を上げてこれを受ける。「イヤーッ!」そしてチョップ!「イヤーッ!」ブラックヘイズは片腕でこれをいなし、逆の手で顔面に拳を繰り出す!

「イヤーッ!」ジャバウォックはスウェーしてこれを回避……だが、繰り出された拳はサイバネ化したほうの腕だ!BOOM!一度は届かなかった拳が射出され、スウェーしたジャバウォックの顔面を直撃!「グワーッ!」のけぞりながら、両腕を突き出す!羽根スリケンだ!「シューッ!」

「イヤーッ!」ブラックヘイズはブリッジでこれを回避!「イヤーッ!」ジャバウォックが蹴り上げる!「イヤーッ!」ブラックヘイズは180度回転し後ろ向き四つん這い姿勢!そこから後ろ脚で蹴る!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ジャバウォックがガード!「イヤーッ!」ブラックヘイズは背面跳躍!

「シューッ!」ジャバウォックは羽根スリケンを前方、斜め上、上方へ射出!ブラックヘイズのムーンサルト跳躍はこれよりもわずかにハヤイ!背後上方からヘイズ・ネットを射出!「イヤーッ!」ジャバウォックはサイドステップでこれを回避……回避できぬ!「グワーッ!」

 一瞬後、ヘイズ・ネットがジャバウォックに被さり、動きを完全に搦め捕った。ナムサン!回避動作をわずかに妨害したのは、周囲をぐるぐると回るように攻撃したブラックヘイズが、毒を垂らすがごとくジャバウォックの身体に巻き付けていた一筋のヘイズネット素材であった。わずかな妨害で十分!

「末期の葉巻だ」ブラックヘイズは動けぬジャバウォックに背後から近づき、葉巻爆弾を竜めいたメンポに差し込んだ。「しかもお前は二本吸える。さっきはお前の相棒が生き残って、俺は自信喪失もいいところ」二本差し込む!「手痛い出費だが、問題にならんだけの金額を後で回収する。安心して死ね」

「ウオオーッ!」ジャバウォックがもがいた。「オーブ!オーブ!どうにかしろ、」「イヤーッ!」ブラックヘイズは三連バックフリップで飛び離れる!KRA-TOOOOM!「アバーッ!」ジャバウォックは爆炎に包まれた。先程ブルーオーブを襲った爆発の二倍火力。腹から下が残り、崩れ落ちた。

「ジャビー!?」ブルーオーブが狼狽の叫びをあげた。「さき、先に死んじまったのかよ!」ガードが遅れ、フェイタルの恐るべき爪の一撃が脇腹から胸へかけて逆さに切り裂いた。「グワーッ!」顔と腹の口が二重の悲鳴を上げる!腹の口がバブル・ブレスを至近から吐き出す!「ゲボォーッ」

 攻撃直後のフェイタルは避けきれぬ!酸が彼女の鋼めいた身体を焼く!「グワーッ!」「イヤーッ!」飛び来ったワイヤーハンドがその腕に絡み付き、横から一本釣りめいて引き寄せた。「ハ!私は重いぞ」宙を飛んだフェイタルは牙を剥いて笑い、ブラックヘイズを両脚で蹴って飛び戻る!「イヤーッ!」

「オゴーッ!」ブルーオーブは迎撃のバブルを吐き出す!無数のシャボンがフェイタルを捉え、弾ける!だが止まらぬ!「イヤーッ!」空中で二回転したフェイタルの回し蹴りがブルーオーブの頭部を直撃!「グワーッ!」更に回転、爪で殴りつけ地面に引き摺り倒す!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 のしかかったフェイタルはマウント・ポジションを取り、「イヤーッ!」殴りつけ、爪で引きちぎる!「アバーッ!」「イヤーッ!」さらに抉り取る!「アバーッ!」上体をのけぞらせ……齧りつく!「GRRRRR!」「アバッ!アバーッ!アバーッ!」齧る!齧る!噛む!引き裂く!「アバーッ!」

 既にブルーオーブの顔と肩の五割は消失している。フェイタルは再び上体を仰け反らせ、「イヤーッ!」右手を振り下ろした。心臓を掴み、引きずり出し、握りつぶした。「サヨナラ!」ブルーオーブは爆発四散した。

「凄まじいな」ブラックヘイズは葉巻に着火、「相変わらず無茶を。これでミッション達成ってわけじゃないぞ」「治る」フェイタルは獣姿のまま言った「……から、平気だ。これくらいなら平気。心配したか?」「ああ心配した、だがこっちには処置が要る」ナンシーを見た。そしてディプロマットを。

「来ないんだ」ディプロマットはブラックヘイズに言った。「ポータル維持が限界に近い……」翳した両腕が震えた。「三割になったか」ブラックヘイズは煙を吐いた。「どのみち納得ずくだ。お前がこれで死んだら二人死ぬ事になる。止めろ」「……まだだ」ディプロマットは首を振った。

「貴方が呼んだの……」ナンシーがディプロマットに問うた。ディプロマットは頷いた。「弟とイグナイト=サンはネオサイタマで、この二人を探していた」「正確にはフェイタル=サンをだな。俺はコバンザメめいて命拾いした。人生、何があるかわからんものさ」ブラックヘイズが言った。

「情報の共有は、その怪我を処置しながらでも出来よう」彼は促した。「我ながらバカバカしい気分だ、お前達と顔を突き合わせるとは。ナンシー=サン」ナンシーは肩を竦めて見せようとし、苦痛に顔を歪めた。「……!」ディプロマットが眉間に皺を寄せた。「おい。潮時だ」「もう少し」

「来たぞ」フェイタルが彼らに背を向けたまま言った。彼女は奥の闇を見据えていた。「……そして、すまんが変身は今はここまで。回復に力を使いすぎた」屈強なその背中が数秒のうちに白くきめ細かい肌となった。そこにはもとの美しい女がいた。「発見したぞ!」奥の闇から緊迫した声が飛んで来た。

「何だ、このトンネルは!」「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」ヤクザスラングとザカザカという足音が無数に展開、マグライトの明かりが指揮ニンジャの姿をぼんやりと照らし出す。「……つまり、俺一人か?」ブラックヘイズが一同を見渡した。

「!」ディプロマットが目を見開いた。ポータル。01000100……ニンジャ存在が具現化し始める。ディプロマットは肩を揺らし、叫んだ。「来た。イグナイト=サンだ。来るぞ」「そうか」ブラックヘイズは言った。「そりゃ、謝らんとな」


8

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。全員が同じ背丈、同じ髪型、同じ服装。クローンヤクザ達は軍隊じみた一糸乱れぬ足取りで、ヨロシサン・トンネルを進む。彼らの目的は侵入者の排除。装備はアサルトライフルやショットガン。ニンジャに常人が立ち向かう時の最も有効な戦法は、狭い空間を銃弾で満たすこと。

 その数およそ40人。威圧的なヤクザシューズの音が、軍靴の如くトンネルに響く。「ザッケンナコラー!」「ナンオラー!」おそるべきヤクザスラングがそれに続く。先頭を歩くクローンヤクザが、「プーレク宿原」とスプレーペイントされた武装UNIXバンと、その近くに立つニンジャの姿を捉えた。

「スッゾコラー!」指揮官級クローンヤクザが怒号とともに射撃を開始する。全員がクローンならではの統一感で同時にトリガを引く!ナムアミダブツ!トンネル内は金属音と硝煙に満たされる。「ダッコラー!」銃声がやむ。再装填。三歩前へ。「スッゾコラー!」さらに一斉射撃!再装填!三歩前へ!

 ナムアミダブツ!これは武田信玄が対ニンジャ用に編み出したとされる禁断の戦法、サンダンウチ・タクティクス!「ダッコラー!」銃声がやむ!再装填!三歩前へ!「スッゾコラー!」さらに一斉射撃!再装填!三歩前へ!いかに強固な三重装甲で守られた武装バンでも、このままでは爆発してしまうぞ!

 バチバチ!バチバチバチ!車内では何台かのUNIXモニタが火花を散らす。その時だ!「ダッ……ナンオラー?」先頭の指揮官級クローンヤクザが、不意に動きを止めた。ヤクザスーツが、何の前触れも無く、発火したのだ。いや、彼だけではない。後続のクローンヤクザ十人も、一瞬で火達磨と化した!

 敵は何処だ!?地面に転がって火を消そうとする前衛を無視し、後方のクローンヤクザたちはライトで闇を裂く。バンの天井に、ヤンクめいた不敵な姿勢で座る女ニンジャの姿を捕えた!首に巻いたマフラーには「地獄お」の文字!「ヘル・オー!イグナイトです!……メンタリスト=サン、居るかァ!?」

「ザッケンナコラー!」クローンヤクザは一斉にバンの屋根部分を狙う!だが遅い!「イヤーッ!」イグナイトは素早くバンを蹴り、銃弾の網を掻い潜るように前方回転飛び込みを決めた!さらにバンの左右からは、熟練のツーマンセルめいたコンビネーションでブラックヘイズとフェイタルが飛び出す!

「怒ってんだよ!」イグナイトはそのまま前傾姿勢で駆ける。痩せた指先を強張らせ、空中を左から右へと薙ぎ払う。蛍光オレンジのマニキュアを塗られた爪の先に、火が灯る。ファイアスターター!直後、十数メートル先の隊列を薙ぎ払うように炎が横一文字に現れ、ヤクザスーツに引火!「グワーッ!」

「「イヤーッ!」」イグナイトの焼き払い損ねた敵を、傭兵と美女が始末する!「「グワーッ!」」クローンヤクザは即死!人間形態でもフェイタルのカラテは実際強い!「ザッケンナコラー!」後続ヤクザが至近距離で射撃応戦!だがすでに、その制圧射撃の密度は母親を失望させるほどに薄まっていた!

「イヤーッ!」ブラックヘイズのヘイズネット!「イヤーッ!」イグナイトが炎で薙ぎ払う!「イヤーッ!」フェイタルは爪先で蹴って拾い上げたショットガンで射撃する!BLAM!「「「グワーッ!」」」ヤクザ・ファランクスは壊滅!

「アアッ!?もう終わりか!?いくらでも燃やしてやるよ!」目を剥いて叫ぶイグナイト。「すぐに後続部隊が来るだろうさ」片耳を塞ぐジェスチャーで呆れたような表情を作るブラックヘイズ。「アタシは怒ってんだ!メンタリスト=サンの野朗はいねェし!……それに!何で『あの』女がいンのさ!」

 

◆◆◆

 

「ザリザリザリ……ガイオン上空の全戦闘機編隊……戦闘態勢を取れ!……明らかな空域侵犯!……三時方面……謎の高速飛行物体……接近中!ドーゾ!」ベースからノイズ交じりの通信が届く。パイロットたちは血眼で、レーダーUNIXの画面とにらめっこした。「まだ何も見えません!ドーゾ!」

 直後!「「アイエエエエ!」」KABOOOOM!突然の爆発!サキモリ高速戦闘機の2機が逆にレーダーから消失した。それは一瞬の出来事だった。「どうした!ビワ編隊、何が起こった、ドーゾ!」「わかりません!何か巨大な!鋼鉄モンスターめいた!カイジュウ的な何かが!横を通過!ドーゾ!」

「防衛軍戦闘機に衝突。損傷ゼロ。ガイオン上空に到着。MAAAパージ重点な」エレクトリック合成マイコ音声が、モーターツヨシの制御サーキット内で響く。ネブカドネザルは無表情に報告を聞く。巨大なマイナスドライバーネジめいた機構が三十六個所で解除されて突出し、圧縮空気が排出される。

 このまま火星まで飛んでいくつもりと言われても可笑しくないほどの巨大なロケットエンジン複合体が、モーターツヨシの背面部から切り離され、ガイオン地表部へと落下。DOOOOM……そのまま暴徒多数を巻き込んで五重塔を破壊し、アンダーガイオンにまで食い込む巨大な破壊の爪痕を描いた。

「成功体験。MAAAシステム運用テストに成功」巨大機動兵器モーターツヨシと一体化したサイバネニンジャ、ネブカドネザルは、脊椎連結IRCによって独自モーターエンジンを作動させた。きりもみ状に飛行して何本もの白いコントレイルを刻みつけながら、ガイオン上空を我が物顔で旋回する。

 ……ザリザリザリ、ザリザリザリ……モーターツヨシのバックパック中心部に搭載された有害無線LAN装置が、衛星軌道上のオムラ社無人UNIX衛星「デジマXI」と通信を開始する。「到着したか!?キョートなんだな!?」激しいノイズ交じりにモーティマー社長の声が聞こえる。「イエスボス」

「モーターヤッター!科学の勝利だ!史上最強の決戦兵器が誕生したぞ!株価も上がる!」数千マイル東、ネオサイタマのオムラ・インダストリ本社で、モーティマーは拳を大きく振り上げた。その社内放送を聴き、MAAA開発に携わった職人たちも、一斉に椅子から立ち上がってバンザイし涙ぐんだ。

「現状を報告しろネブカドネザル=サン!現在、キョート支社との有線LANネットワークが遮断中だ。磁気嵐を通り抜けたか?」モーティマーは熱っぽい調子で問う。「イエスボス、キョート全体が猛烈な電子ノイズに覆われています」「制御システムに影響は!?」「通信機能にのみ軽度の障害です」

「撃墜カウンターが2になっているぞ」「イエスボス、スクランブル状態の防衛軍戦闘機と衝突しました」「損傷は?」「皆無です」「流石はモーターツヨシだ!硬さが違う!」モーティマーは拳を強く握り締めながら続ける「戦闘機はどうでもいい!ザイバツがいつものように隠蔽してくれるだろう!」

「イエスボス」ネブカドネザルは右肩の小型ポッドからクラスターミサイルを射出し、飛行に邪魔な三機のサキモリを撃墜した。撃墜カウンターが5に上がった。「キョート城が飛んでいます」「キョート城が、飛んでいる?」社長はオウム返しに返した。IRCノイズにより映像がリレイできないのだ。

「そうだ、ニンジャスレイヤーはどうした?ザイバツの電算機室と通信を試みるんだ!」「イエスボス」しばしの沈黙。IRC通信だ。ガイオン内であれば、モーターツヨシに内蔵された通常の無線LAN装置が通じる。「すでにニンジャスレイヤーの脅威は排除されたとのこと」「何だと?バカなー!」

 モーティマーは振り上げたパワードスーツの拳を見ながら、歯軋りした。この拳を、どこへ振り下ろせばいいというのだ!?(((カハァーッ!オロカモノ、メ!)))亡霊の如き父の声が脳内に響く!「どうしてだよ!モーターツヨシは最高傑作なんだぞ!強い物を作ったら儲かる!当然じゃないか!」

「ボス、電算機室ヴィジランス=サンからの新たな戦闘オッファーです」「何だと!?」モーティマーは曇りかけた瞳を再び輝かせた。「キョート城周囲を飛行する共和国防衛軍航空戦力を排除して欲しいとのこと」「それだ!いいぞいいぞ!お前には空中機動戦闘のほうが向いている!」「イエスボス」

 モーターツヨシはアーム部に備わったバルカンで共和国戦闘機を撃墜し始めた。「こちらベース!何をやっている!?敵はたったの一機だぞ!?ドーゾ!」「こちらも頑張っているんです!ドーゾ!」「敵は何者だ!?ドーゾ!」「あれは……雷神!オムラのエンブレ……ウワーッ!」KABOOOOM!

「背後より追尾ミサイルの接近を複数確認。電磁バリア展開」機体周辺の大気が、ボンボリ状に歪む。BLAMBLAMBLAM!キョート上空に爆炎の花が連鎖的に咲く。「どうした!?」モーティマーが問う。高速旋回を終えたネブカドネザルが答える「距離2000。武装マグロツェッペリン編隊」

「武装ツェッペリンだと!?まるで戦争じゃないか!」「イエスボス、防衛軍が武装蜂起したとのこと」「何だと!?」「地上は暴徒であふれています。そこかしこで火の手があっています。キョート城が空を飛んでいます。ボス、命令を」

「ついにこの時が来た!ずっと待ち望んでいたんだ!」モーティマーは涙を流していた。「侵略軍を叩き潰せ!正面から行け!オムラとモーター理念の威光を全世界に知らしめろ!行け!」モーティマーが叫ぶ。彼の暴走を止める忠臣は、もう誰一人としてオムラ上層部には残っていない。「イエスボス」

 忠実なるネブカドネザルとモーターツヨシは、電磁バリアを展開したまま武装マグロツェッペリン編隊へと突撃飛行を敢行した。「目標に接近中。距離1000、500……ミサイル飛来」ネブカドネザルが報告する。BLAMBLAMBLAMBLAM!ガイオン上空に爆発と光球の回廊が作られた!

「やれ!お前は強い!ツーヨーシ!ツーヨーシ!」モーティマーはネブカドネザルからの音声報告をもとに輝かしい戦場の光景を夢想しながら、熱っぽく呼びかけた。その声は大ホールにも響き渡り、職人や残業社員らは全員席について、涙ぐみながら手拍子とともに叫ぶ!「ツーヨーシ!ツーヨーシ!」

 モーターツヨシはミサイルを強引に電磁バリア突破しながら、武装ツェッペリンの横腹に密着する。「距離ゼロ。直接攻撃開始」「ツーヨーシ!ツーヨーシ!」「右」KBAM!ニトロ爆発によって巨大アームがピストン駆動!「左」KBAM!「ツーヨーシ!ツーヨーシ!ツーヨーシ!ツーヨーシ!」

「こちらベース!ツェッペリン部隊、何をやっている!?ドーゾ!」「謎のオムラの機動兵器が!おお、信じられない!殴っています!ブッダ!ブッダ!そんな!」KADOOOM!「装甲貫通。機関部大破。ツェッペリンを一機撃墜」「モーターヤッター!」社長が叫ぶ!社員も全員起立で泣きむせぶ!

 

◆◆◆

 

 タララッ、タララッ、タララッ……オレンジ色のネイルが武装UNIXバンの屋根をリズミカルに、かつ苛立たしげに叩く。「なあ、もういいだろ?サッサと行こうぜ!?」武装バンの屋根に座るイグナイトは、不機嫌そうに呟いた。檻の中に閉じ込められた欲求不満の小動物のように落ち着きが無い。

 銃弾の雨を受けて変形したドアが、キイイ、と悲痛な金属の叫びを上げつつ内側から開かれる。UNIXバンの外見は、戦場のど真ん中に何年間も放置された民間車両のような有様だ。中から出てくるのは、ブラックヘイズとフェイタル。イグナイトはナンシーと同じ空間にいることを拒み、車外にいた。

 イグナイトは何時間にも感じたかもしれないが、彼らのブリーフィングは実際短かった。クローン軍団を掃討した後、まずは敵の増援に備え最低限のトラップが仕掛けられた。次いで、頭を打って気絶していたキンギョ屋が正気づけられ、バンに積まれていた応急キットでナンシーの指が治療された。

 バンに乗り込んだ面々は、互いの持つカードを交換し合った。主導するのはナンシー・リーとブラックヘイズ。無論、全ての手札は見せない。「思いがけずハードなディーラーに出会った」傭兵は煙を吐きながら豪胆なレディ・ハッカーに敬意を払った。ディプロマットは言葉を発さず、その様子をじっと見ていた。

 琥珀ニンジャの間や地上での顛末は、車内のUNIXモニタ群が断片的な情報を淡々と吐き出し続けていた。「核シェルターに篭ってた気分だわ」ナンシーは冗談めかして言った。だがその瞳の奥には、ジャーナリスト精神からか、あるいは一人の人間としてか、ザイバツへの確固たる怒りが燃えていた。

「我々の目的は、メンタリスト=サンの首だ。あとは適当に、違約金の埋め合わせを失敬して帰る」スピーディーな腹の探りあいの後、ブラックヘイズはぶっきらぼうに言った。フェイタルは少し落ち着かない様子で、彼の言動を見守っていた。

「こちらから提供するのは、城内のマップと、現在までに解っているパスコード」ナンシーはブラックヘイズのハンドヘルドUNIXに直結してデータを転送する。「ああ、感謝の至りだ」「そして、これね」黒塗りの違法IRC端末をクレープ鉄板に置いた。「メンタリストの位置が解ったら、伝えるわ」

 …かくして傭兵と美女はUNIXバンから降り、イグナイトを伴って城内へと向かった。彼らが視界から消えると、ナンシーは額の汗を拭いながらエルゴノミクスUNIX椅子に身を預けた。ニンジャとの交渉は心臓に悪い。少しでも妙な動きをすれば、ブラックヘイズは躊躇無く彼女を始末しただろう。

 ナンシーはサイバーサングラスを掛け直しながら、再ダイブのために呼吸を整える。「……若い兄さんは、大丈夫かい?」キンギョ屋は、車内の隅にうっそりと立つディプロマットに声を掛けた。セルフ応急手当を行っていたディプロマットは、バイオ包帯を巻きかけた状態で動きが止まっていたからだ。

「え、ああ」彼は白昼夢から目覚めたようにバイオ包帯を巻き直した。満身創痍ではあるが、ぎこちない動作はない。双子との重度テレパス通信から醒めるとき、彼はしばしばトランス状態に陥る。「……大丈夫だ。外の見張りに戻る」「彼らが道中に掃除してくから、暫くは敵も来ないわ」とナンシー。

「それでも外の方が集中できそうだ」ディプロマットは頭痛を堪えるように顔をしかめ、外へ出た。「ちょっと、本当に大丈夫?」ナンシーはサイバーサングラスを特殊モードに切り替えた。体温や拍動に問題なし。敵は彼が死んだと誤認したのだろう。ナンシーは胸を撫で下ろし、ダイヴを開始する。

「気をつけなよ、UNIXが3割ほどイカれてる」キンギョ屋の声がナンシーの物理肉体に届く。「いいわ、ハンデキャップ・マッチね」ナンシーはUNIX画面に不敵なコメントを返した。彼女は圧倒的不利を承知していたが、ダメージ覚悟でアタックを仕掛けなければ、仲間との通信もできないのだ。

 論理タイピングの慣らしを終えた彼女は、小さく短い呼吸で精神を集中させる。「直結まで、3,2,1」キンギョ屋がもう一本のケーブルを構えて秒読みする。そして「ンッ……!」ナンシーの物理肉体がガクガクと痙攣を始め、だらりと弛緩した。視界が緑の光に覆われる。0100110101……

 ナンシーの論理肉体が構成される。彼女の意識は電脳IRC空間を旋回しながら飛翔し、十数個のトリイゲートを超音速で潜り抜ける。やがて彼女の論理肉体は黒いライダースーツを纏い、飛天使の翼を生やす。激痛もまた定期的なパルスとなって押し寄せ、論理肉体の指を軋ませ、顔を苦痛に歪ませた。

 苦渋の選択だ。ケミカル鎮痛剤を使用すれば、コトダマ空間とのリンクが弱まり、死を招く。違法プロキシを経由することなく、ナンシーはキョート城電算機室のIPアドレスへと飛翔した。正面切っての殴り合いだ。「そろそろ、来る頃かしら……」Whisperした直後、彼女の足に鎖が巻きつく!

「ンアーッ!」ナンシーは長いブロンドを乱しながら落下し、雲を突き抜ける。だが彼女はシームレスな多重ログインで鎖拘束を脱し、すぐ横に分身の如く出現すると、落下を回避すべく翼を広げた。彼女はフジサンの斜面上空にいた。驚くべき光景だ。百メートル下の地上では、軍と軍がぶつかり合う。

 ナンシーはこの広大な部屋の定義情報を俯瞰し、眩暈を覚えた。こちらではスモトリ巨人部隊が突進し、あちらではヤリを構えたニンジャ将軍が見事な松の上で三段ジャンプを決めている。これらのモブにIPの気配は感じられない。敵が全てを定義したか、あるいは黄金立方体か、はたまたその両方か。

「来ると思ってたわよ、メギツネェ!」背後から声!振り返る間もなく、ギザギザの歯を剥き出しにしたストーカーが彼女のワン・インチ背後に突如ログインし、豊満なバストを羽交い絞めにした!アブナイ!「イヤーッ!」ナンシーは咄嗟にOjigiコマンドを叩き、敵をイポン背負いめいて投げる!

「イヤーッ!」ストーカーは空中で軽やかに前方回転しつつ体を捻り、ナンシーと向かい合う。前回砂浜でやりあった時と同じ、黒のビジネススーツを着ている。長髪がメデューサの髪めいて不吉にうごめく。「イヤーッ!」ナンシーのKickコマンド!「イヤーッ!」回避して姿を消すストーカー!

「今度こそニューロン焼いてやるわ」耳元から声!振り返る間もなく、ギザギザの歯を剥き出しにしたストーカーが彼女のワン・インチ背後に突如再ログインし、豊満なバストを羽交い絞めにした!アブナイ!「イヤーッ!」ナンシーは咄嗟にOjigiコマンドを叩き、敵をイポン背負いめいて投げる!

「イヤーッ!」ストーカーは空中で軽やかに前方回転しつつ体を捻り、ナンシーと向かい合う。「イヤーッ!」ナンシーのKickコマンド!「イヤーッ!」またも回避して姿を消すストーカー!ザリザリザリ……ノイズが走り、眼下の光景が揺らぎ、リアルタイムのガイオンシティ地獄映像に変わった。

「Damnit」ナンシーは飛天使の姿には不似合いな呪い文句を吐く。戦闘機が凄まじい音とともに彼女の横を通過してゆく。ストーカーのタイピング速度は、これまでとは比べ物にならないほど速い。敵はすでにコトダマ空間に順応してきている。先程の戦闘で、敵の「眼」を開いてしまったのだ。

「私が無敵です」威圧的なNoticeが上空に雷鳴のごとく轟く。このIPが敵の本拠地であることをナンシーは痛感する。直後、ストーカーの乗った戦闘機が飛来!ナンシーは華麗な螺旋飛行で機関銃射撃を回避!だが続けざま、敵のウィルス攻撃が具現化した対空コケシミサイル群が地上から飛来!

 ナンシーは舌打ちしながら地上のビル街を縫うように飛び、Kickでコケシミサイルを破壊しつつ逃げ回る。Whoisを仕掛け、それがヴィジランスの支援であることを暴いたが、防ぐ手立ては無い。「侵入者の勝ち目が無い」再び威圧的なNoticeが上空から轟く。あたかも全能の神の如く。

 道路がタタミの如く回転し、コケシミサイルが絶え間なく射出されてくる。一度全てを空中にひきつけ始末すべく、ナンシーが螺旋状に高速上昇するが、そこを同じく急上昇するストーカー戦闘機が狙い撃った。「イヤーッ!」「ウカツ!」翼で身体を包み込むナンシー!機銃は容赦なくその守りを破る!

 BRATATATA!引き千切られた羽毛ピローのごとく、無数の羽根が舞い散る。間髪入れず、コケシミサイルが直撃し連鎖爆発!「ンアーッ!」ナンシーの物理肉体は激しく頭を横に振り、両鼻から血を流した!落下する飛天使を嘲笑うように、威圧的Noticeが響く。「我が名はヴィジランス」

 

◆◆◆

 

 (((確か……こうか?いや、こっちか……?ブッダ、頼むぜ!)))ガンドーは愛銃49マグナムのマホガニー製グリップを歯で噛みながら、ニンジャ筋力で肩の関節をひと思いに捻った。ゴキゴキリ!「……!」歯を食いしばり、ブッダへの罵り声と、絶叫と、月まで飛んでいきそうな激痛を堪える。

 彼の体内にZBR成分はほとんど残っていない。先送りにしていた激痛と恐怖が、パットン大戦車軍団も真っ青の大軍となって、清算に来たのだ。しかも関節の直し方を間違った。無人茶室のタタミに激しくストンピングを入れながら、別方向に再度関節を捻る。「……!ブッダ!アウチ!アーウチ!」

 ガンドーはあまりの痛みに49マグナムを吐き出し、絶叫していた。幸運にも、敵がその声を聞きつけることはなかったが、筋が痛んでしまったことは解る。暗黒武道ピストルカラテの師であり、探偵の師でもあるクルゼ・ケン所長から遥か昔に教わったインストラクションは、錆びついて久しいようだ。

「ハアーッ、ハァーッ……仕方ねえだろ、何十年も経ってりゃ、忘れるもんさ」彼は頭を抱えてうずくまり、少しだけ弱音を吐いた。全身が悲鳴を上げ、恐怖が鎌首をもたげる。老いぼれめ、引退試合のつもりか、そううまくいくものか、と。だが愛銃とモーターチイサイを掴み、彼はまた立ち上がった。

 ガイオンは焼き払われる、老いぼれめ、お前の努力は無駄だった、お前は何も伝えられず、何も残せなかった。恐怖とZBRの残り香が、全身を燻す。手足が鉛のように重く感じられる。フートンがあれば入りたい。だがガンドーは歯を食いしばり、無人茶室のフスマを開けた。電算機室は目と鼻の先だ。

 ガイオンは焼き払われる、老いぼれめ、お前の努力は無駄だった、お前は何も伝えられず、何も残せなかった。恐怖とZBRの残り香が、全身を燻す。手足が鉛のように重く感じられる。フートンがあれば入りたい。だがガンドーは歯を食いしばり、無人茶室のフスマを開けた。電算機室は目と鼻の先だ。

 49マグナムを構えて低姿勢で廊下を駆ける。朧ろげに、ニンジャソウルの接近をディテクトする。フスマを開け、手近なカラテルームに逃げ込む。壁に背を当てて敵の通過を待つ。現れない。ソウルの気配が曇るように消える。誤認か。ZBR切れが思考と知覚の冴えを鈍らせる。推理の閃きと同じだ。

「往時のキレはどこへやら、か」。本当にそうだったか。かつては推理も冴え渡り……本当にそうか。元々こんなものだったのでは?黙ってろ。ジョークのひとつも言ってみろ。しゃんとしろ。シキベに手本を見せてやれ。少しばかり長く生きた奴が、何をすべきか見せてやれ。心の中で歯を食いしばる。

 ガンドーは再び廊下を駆け、電算機室前に辿り着く。マグロ冷凍庫めいた冷気が内側から漏れ出してきている。室内からUNIXファンファーレ音や絶叫が聞こえてくる。入口に掲げられた「厳守」のノボリが威圧的に揺れる。メイン扉が物理破壊され、半開き状態で死後硬直めいた痙攣を起こしている。

 ナンシー=サンの最初のハッキング攻撃でロックされていた扉を、連中が強引に破壊したか。ガンドーは素早く状況を推理する。いずれにせよ、今となっては好都合だ。周辺に敵がいない事を確認すると、その巨体を窮屈そうに半開きドアの中へと詰め込み、ペンギン飼育所めいた冷気の只中に忍び込む。

 電算機室は薄暗く、規則的に配列されたUNIXメインフレーム群が緑の光を発している。ガンドーは注意深く進む。足元には金属格子が、その下には毛細血管めいた大量のLANケーブル類が走る。「「「アーッ!アッ!アーッ!」」」並列直結された奴隷ハッカーたちの悲鳴がユニゾンで響いてくる。

「ザッケンナコラー!ワッドルザナックルァー!ドゥラッコラー!?」クローンヤクザが上げる血も涙も無い粛正音。「アーッ!アッ!ウッ!……ウッ……」すぐに奴隷エンジニアは大人しくなった。ガンドーの場所からは見えないが、人間を安物のキーボードか何かのように扱っているのは間違いない。

 彼は旧世紀スパイアクションめいた大仰な動きで、UNIXモノリス群の迷路の中を進む。破壊では意味が無い。目的はあくまでも、ナンシーが全システムを掌握するための手助けだ。「よう、頑張ったな」モーターチビの亡骸の横を通過し、バリキサーバーの陰に隠れ、戦略チャブ周辺を遠目に窺う。

「オイオイオイ……どいつだ、どいつを止めりゃあいいんだ」ガンドーは49マグナムの残り実弾数を確認しながら、低い姿勢で敵の様子を窺う。戦略チャブの近くに、大型のサイバーサングラスで頭部を隠した女ニンジャが座っている。しかしクローンヤクザに護衛されているようで、狙撃ができない。

 落ち着け、他にはどうだ……ガンドーはニンジャ知覚能力と探偵の勘を酷使する。奴隷ハッカーたちは椅子に固定され身動きが取れない。直結して悲鳴を上げる格下のニンジャたちもいるが、明らかにあの女ニンジャがシステム全体を統括しているようだ。時折、ヒステリックな声で何かを罵っている。

 ガンドーは胸の前で拳銃を交差させるように構え、息を整える。49マグナム弾は残り少ない。カラス弾ではニンジャを一撃殺傷できない。大胆にやるか!ガンドーがニ挺拳銃を構えて立ち上がり、アラスカめいた防寒服を着込んだ護衛ヤクザもろとも、ストーカーをネギトロに変えようとした、その時!

「イヤーッ!」突如、天井ドアがパカリと開き、ヴィジランスが回転ジャンプとともに出現したのだ!振り下ろされるチョップ!「グワーッ!」予想外の場所からアンブッシュを受け、よろめくガンドー!電算機室主任はそのまま、ガンドーの巨体をカラテで天井ドアの中へと放り投げた!「イヤーッ!」


9

 キョート城電算機室の上に隠されていたのは、おそるべきグランドマスター、ヴィジランスの居室であった。「イヤーッ!」階下から放り込まれたガンドーは、フローリング床を転がって素早く横転回避行動を取り、トラップドアから離れた。「イヤーッ!」ヴィジランスが間髪入れず出現し、蓋を閉じる。

 眩暈を覚えながら、ガンドーはネックスプリングで身体を起こすと、二挺の凶暴な撲殺凶器49マグナムでピストルカラテを構えた。「ドーモ、ディテクティヴ=サン。我が名はヴィジランス」敵が先に冷酷なアイサツを決める。無慈悲なまでに全能的。背後では小粋なジャズBGMがピアノソロに入った。

「ドーモ、ヴィジランス=サン……カラテはからっきしって聞いてたが、あんたもパラゴン=サンと同じクチか?」ガンドーはアイサツを返し、じりじりと横歩きで距離を保ちながら、その落ち着かない口を開く。広大な居室に瀟洒に配置された間接照明がガンドーの額を照らし、伝い落ちる汗をなぞった。

「他のグランドマスターに比べれば、私は実際弱かろう。だが君を殺すこと位はできる、それも片手間に……」両者の距離はタタミ5枚。ヴィジランスは両腕をホームポジションで交差させた面妖なエコノミック・カラテの姿勢を保ったまま、不動の構えを取る。ガンドーの全動作をつぶさに監視しながら。

 ガンドーは攻めあぐね、49マグナムのトリガすら引けない。確かに、先程のアンブッシュのチョップの強さから推理するならば、動きは素早くトリッキーだが、打撃力はさほどでもない。しかし、カラテとはそれだけで推し量れるほど単純なものではないのだ。単一の側面だけを見れば、即ち死ぬだろう。

 ドゥラッタッタッタッタータタタ、タ!タ!タッター!……控えめなジャズピアノ音が煽情的なインプロヴィゼーションを奏で、女シャンソンじみたシャウトが静かに響く「マワッテ、マワッテ、マワッテ、マイアガルー」それが絶頂を迎えた時、同時に書斎机のウイスキーグラスの氷が、カランと鳴った。

 琥珀色の海に浮かんだミクロ氷山が崩れると同時に、両者は動いた!「イヤーッ!」BLAMBLAMBLAM!必殺の49マグナムを連射!「イヤーッ!」ヴィジランスが弾丸を紙一重で側転回避!スズズズズット!電子ノイズ音が鳴り、腰のUNIXベルトから全方位にホログラフィキーボードが展開!

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM!ガンドーは敵の側転回避に合わせて横に駆けながら49マグナムを連射する。「イヤーッ!」ヴィジランスは出現したキーボードを正確無比に高速タイピングしながら、全ての弾丸を紙一重で回避する!背後の防弾ガラス書棚のUNIXモニタが一斉起動する!

「……畜生め、ふざけやがって」実体弾が残り少ない。ガンドーは痺れを切らし、明後日の方向を撃った反動速度で敵の側転着地点へと疾駆して、近接カラテを挑む!「イヤーッ!」ガンドーのケリ・キック!「イヤーッ!」巧みな片手防御であしらうヴィジランス!その間ももう片手はタイピングを続行!

「イヤーッ!」反動カラテの回し蹴り!「イヤーッ!」ヴィジランスはブリッジ回避!その間も両腕は別の生き物のように高速タイピングを続ける!あるモニタでは対ナンシーのIRC戦闘!別のモニタではネブカドネザルとの通信!また別のモニタでは死に体のキョート市場の難しい折れ線チャート!

 ヴィジランスは流れるようなカラテで身体を捻り、ガンドーの負傷膝めがけて鋭いレッグスイープを繰り出す!「グワーッ!」弱いが的確な打撃でガンドーの姿勢を崩した。ナムアミダブツ!無論、その間も彼のマルチタスクIRC処理は全く澱まない。LAN直結しながらでは、この物理戦闘は不可能!

「イヤーッ!」さらにヴィジランスは蹴りを腹に叩き込む。ネブカドネザルに防衛軍撃墜要請をIRC送信しながら。「グワーッ!」ガンドーはノックバックされ、力量差を察知して横っ飛びでキングサイズベッドの上に避難!この判断は正しかった。敵の次の蹴りは、彼の目を破壊していただろうから。

 ガンドーは素早く立ち上がり、ピストルカラテを構える。ねじ伏せていた膝の痛みが蘇る。一瞬の静寂。「ケズッテ、ケズッテ、ケズッテ、ソイトゲルー」背後ではまたもジャズBGM。ガンドーが苛立ち、舌打ちする。「言っただろう、君を片手間で殺せると」ヴィジランスが書棚モニタ群を背に笑う。

 既に銃弾は撃ちつくされている。ヴィジランスの監視の眼はそれを見逃さない。「どうした、ディテクティヴ=サン、掛かってきたまえ!いや、私立探偵タカギ・ガンドー=サンか?グズグズしていると君のお仲間が死ぬぞ!?ナンシー・リー=サンが!見ろ、私のタイピングを止められる者はいない!」

 密かにカラス弾丸を装填し終えていたガンドーは、小さく息を吐くと、追い詰められた手負いの獣を装って飛びかかった。躍動!「イヤーッ!」BBLAMN!影の弾丸を打ち出す!暗いマズルフラッシュ!「ジツか!?」ヴィジランスの監視の目は、相手の指がトリガを引く予備動作を見逃さなかった!

「グワーッ!」ヴィジランスは防弾ガラス書棚で三角跳びし、紙一重で回避。だがカラス弾の軌道が僅かに変わり、彼の右脛に命中して空中で前方スピン回転させた。タイピングが一瞬止まる!「イヤーッ!」ガンドーが追撃のカラテを放つが、これは着地後ブリッジ回避「ヒヤリ!」タイピングが再開!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」両者は至近距離のカラテを激突させる。「ファンタスティック!やる!今のは実際危なかった!リスク回避を重点したい!」ヴィジランスが戦闘高揚を始めるが、彼の省力的な動きと正確無比なタイピングはむしろその精度を高めるのだった。

「どうした、随分とチャットが減ったじゃないか!イヤーッ!イヤーッ!」実体弾であればヴィジランスの左足は吹き飛んでいただろう。だが残念ながらカラス弾では、ニンジャに致命的ダメージを与えるには役不足なのだ。そして実際、これでもまだ手負いのガンドーはカラテ面で敵に圧倒されていた。

 一方その頃、コトダマ空間内では。ヴィジランスの一瞬タイプ停止で制圧射撃から脱したナンシーが、意を決して廃墟ビルの中から飛び出し、数十発のコケシミサイルを纏いながらストーカーの乗るファイター機に追いすがった。だがその一瞬後……「私が無敵です」のNoticeが再び上空に輝く!

 突如中空に四本の鎖が出現し、ナンシーの両手両足に絡みついた!ヴィジランスの支援的UNIXコマンドだ!「ンアーッ!」ブロンドの飛天使はビルとビルの間の中空に大の字に磔にされる!ナムサン!「いいザマ!」多重ログインし戦闘機から降りたストーカーが、電磁鞭を持って空中に出現する!

「イヤーッ!」鞭を容赦なく叩き込むストーカー!「ンアーッ!」「イヤーッ!」叩き込む!「ンアーッ!」「イヤーッ!」叩き込む!「ンアーッ!」ナムアミダブツ!ナンシーの物理肉体がガクガクと痙攣して耳血を流し、論理肉体の黒いライダースーツさえも徐々に裂かれ……おお、そんな、ブッダ!

「イヤーッ!」「グワーッ!」蹴り飛ばされたガンドーの顔面が防弾ガラス窓にへばりつく!続けざまジャンプニ連続蹴りが49マグナムを一丁叩き落とし、踏みつけ、フローリングを滑らせるようにベッドの下へと蹴り込んだ。地上の破壊と殺戮をオムラ社になすりつけるための情報操作を行いながら。

 キョート市場の放棄をロードとパラゴンから命じられたヴィジランスとストーカーだが、彼らには即座に次の重点プロジェクトが与えられていた。電子ノイズによって大混乱をきたしたガイオンのネットワーク網で情報操作を行い、キョート城浮上にまつわる全ての悪意を、暗黒メガコーポに向けるのだ。

 ヴィジランスの高度な交渉術とモーティマーの暴走により、オムラのガントレットは、共和国防衛軍の横面に痛烈に叩きつけられた。もはや後戻りは不可能。書棚の中のモニタ数個は、炎上する武装マグロツェッペリンがゆっくりとガイオン地表へと沈んでゆく非現実アクアリウムじみた光景を映し出す。

 このプロジェクトの重点トピックは、オムラの失墜ではない。キョート城が完全な力を得れば、ヨロシサンもろともこの地上から消し去れるからだ。少なくともロードとパラゴンは彼にそう言ったし、彼は命令に何の疑いも抱かない。ソウル吸収が閾値を越えるまでの間、リスク回避行動を続けるのみだ。

「まったく、人間どもの愚かしさには辟易するな!イヤーッ!イヤーッ!」ヴィジランスは高速タイピングとカラテを両立させ、ガンドーに連続ランスキックを叩き込みつつ語った。「グワーッ!」「この状態になっても、市場は生き続けている!私はこれまで何個ものマーケットの死を見届けてきた!」

「死に体の企業や通貨に群がるハゲタカ共!まだこの期に及んで売買チートを挑もうとしている!浅ましい!地上を見ろ!自殺レミングス軍団めいて湧き出してくる暴徒の群れを!ヘル・オン・アース!ニンジャミレニアム、バンザイ!新世界で私は、ロードの下、新たなセキュリティの法を敷くのだ!」

「グワーッ!」ガンドーはソバットを顔面に喰らって吹っ飛び、ムードのあるライトスタンドに絡まって全身痛打しながら、モニタ書棚前に転がった。「オムラの細菌兵器と巨大兵器……」微かなニュース音声。「ゴーン、ゴーン、エブリワン、ゴーン……」カメラが切り替わり天を仰ぎ数珠で祈る老婆。

「ツーヨシ!ツヨシツーヨシ!ツーヨシ!ツヨシツーヨシ!」一方その頃オムラ本社では、モーティマーがノイズ交じりの報告音声に合わせて、自らも左右のフックを繰り出していた。社員らも恍惚状態でエールを送る。「ツーヨシ!ツヨシツー……ウワアアアア!モーター……ヤッター!編隊撃墜!」

「イディオット共め!終わりだ!ロードが終止符を打ってくださる!」ヴィジランスが再びガンドーの後頭部を蹴り、キンギョ水槽に横から突っ込ませる。ガラスが割れ、破片が額に何本も刺さる。ガンドーはそれでもまだ立ち上がり、ぜえぜえと息を切らしながら、不敵に49マグナムの銃口を向けた。

「君はあと十発で死ぬだろう!これは少し多く見積もったぞ!」ヴィジランスが笑う。その間にも、両手は冷酷無情なる副官のごとく前後左右のキーボードでタイピングを続ける。ナンシーはもはや心停止寸前の状態まで追い込まれている。論理肉体の黒いライダースーツは、既に95%が切り裂かれた。

「イヤーッ!」ヴィジランスは一瞬で懐に潜り込み、連続キックを叩き込む。「グワーッ!」すでにガンドーの意識は朦朧としており、四発めの蹴りを入れられてから明後日の方向へとカラス弾を打つ有様。十数発を叩き込まれて、再び床に転がる。

 そしてまた…ナムサン!ガンドーは立ち上がる。オオキイウミの伝説的引退試合を思わせる驚異的タフネス!頭を斜めに捻って、再び銃口をヴィジランスに向ける!「その銃口は気に食わん!」ヴィジランスは再びカラテ姿勢で疾走!その時!「パワリオワー」密かな電子ファンファーレが階下で鳴った。

「何だァ?!」UNIXバンのキンギョ屋が目を剥いた。ナンシーが心停止したのかと思ったが、違った。ガンジーめいた丸眼鏡を掛け直す。確かに、システム掌握率が急激に上昇したのだ。最初のアタック時と同じように。

「ハット!?」ウイルス逆流!ヴィジランスのUNIXベルトに火花が走り、ホログラフィキーボード群がノイズで乱れる!BBLAMN!ガンドーのノールック射撃が、幸運にもヴィジランスの顔面!腹部!そして右手に命中する!「グワーッ!指が!私の指が!」「イヤーッ!」反動カラテ!

 クルゼ・ケンの教え通り。反動回し蹴りが首を刈り飛ばす!「サヨナラ!」残された手でタイプを続けていたヴィジランスの体も、膝を突き、爆発四散!インガオホー!電算機室でもまた、密かに接続されていたモーター理念の仇花、モーターチイサイが小爆発を起こした。オムラに省みられることなく。

 何か気の利いた捨て台詞でも残そうと思ったが、ガンドーにはもう余力が残っていなかった。「ナンシー=サン、後はうまくやってくれるんだろ……?」彼はそのまま少し歩き、仰向けの大の字に倒れて眼を閉じた。

 

◆◆◆

 

「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」ビルとビルの狭間、ナンシーは悶える!ストーカーはいつしか複数の鞭を体から生やした棘々しい剣呑存在フォルムと化し、サディスティックな笑いをコトダマ空間に響き渡らせた。「アハハハハ!いいザマ!ほんッとウ気持ちイイーッ!」

「……!」四肢を鎖につながれたあられもない姿のナンシーの傷から滲み出す血が0と1に還元され、虚無の中に溶けてゆく。ストーカーは唸った。「逃げ場は無い……何千回何万回!あンたをこのチャネルに縛りつけたまま!kickし続ける!ニューロンをズタズタに犯してやる!コケにしやがッて!」

 複数の鞭が打ち振られ、ナンシーに襲いかかる!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「ンアアーッ!」「ヒヒヒヒヒ!イヤーッ!」「ンアーッ!」「どうだッ!どうだッ!」「……はしゃぎたくなる気持ちもわかる」ナンシーはストーカーを見上げた。「自由だものね、ここは」「お前は不自由だ!」

 黒い棘の塊と化したストーカーの周囲を鞭状の飛行物体がギュルギュルと音を立てて高速回転する。「これからどンな目に遭わせるか、想像しろ!言ってみろ!」「……」「聴こえない!」「ゴーン、ゴーン、エヴリワン、ゴーン、」「アアッ!?」「ゲート、ゲート、パラゲート、パラサムゲート……」

 ドクン……コトダマ空間に接続ノイズが走った。黒い棘玉の中からストーカーの裸の上半身が生え、憤怒の形相で見渡した。そしてナンシーを 睨んだ。「やめろ!その、ふざけたチャントを!」「ゲート、ゲート、パラゲート、パラサムゲート」ナンシーは微笑んだ。パワリオワー!天使喇叭めいた轟音!

「よく頑張ったね」ナンシーの呟きは、彼女の秘匿されたコマンドを受け入れ、遠隔操作されたモーターチイサイに向けられたものだ。ナンシーの手足を縛りつけていた鎖が中途で切断され、裸体に巻きつき、溶け合い、黒いキャットスーツを形成した。彼女は自由になった。

「……室長?」ストーカーの表情に怖れの影がさした。ナンシーが巨大な翼を羽ばたかせた。左右のビルを赤錆色が侵食し、眼下の街並みを染めてゆく。「赤い波/象牙の浜/黒い雪/紫の松」「死ね!」ストーカーが鞭状触手を繰り出す。ナンシーは飛んだ。位相がずれ、触手は虚しく空を切った。

 高く、高く、ナンシーは上昇する。そのはるか先には黄金立方体!ストーカーはコウモリの羽を八枚生やしてすぐさま飛び上がり、これを追った。「バカの一つ覚えのチキンレース!くだらないハイク!なにもかもこけおどかし!ムカつく女!邪魔者!悪魔め!」

 上へ、上へ!流星めいて景色が流れ去り、虚無が二者を取り囲む。黄金立方体は徐々に近づいてくる。近づいてくる……近づいてくる!「ここがなんなのか、教えてあげる」ナンシーの声がストーカーの耳元で木霊する。ストーカーの歪んだ口の端から0と1の泡が漏れ出る。「馬鹿にするな!」「真実を」

「殺す!すぐに、おいつくぞ!」「あの立方体には何があるのかしら?私はまだそれを知らない。でも、このまま進めば手が届く。エーテルの霧が晴れている。ネットワークとは何?いつからある?考えた事はあって?」「死ね!」ZAP!黒い光線が放たれる!ナンシーは身を翻し、それらを優雅に躱す。

「世界はいつから在るのかしら?ネットワークはいつから在る?私たちの肉体の世界はいつから在るの?このまま飛べば、推論への答えが手にできる筈。この先の立方体に辿り着けば。でも、」「女狐ェェ!」ZAPZAPZAPZAP!ナンシーは湾曲する光線を螺旋飛行で回避!

「でも……今はまだその時では無い」ナンシーは笑った。「あなたは、このまま真っ直ぐ飛ぶつもり?真実に触れる覚悟はある?四行詩も無しで、どこへ向かうつもり?」「な……」「私はこの辺りで途中下車するけど、貴方はどうするの?降りられる?」その姿が薄らいだ。「カラダニキヲツケテネ」

 途端に、ストーカーは光刺さぬ闇の中にぽつんと浮かぶ己を見出した。ナンシーは?いない。巨大な黄金立方体はストーカーの眼下で沈黙していた。アームストロングを見上げる冷酷な月めいて。「何……」ストーカーは瞬きした。彼女の周囲に正体不明のアカウントが無数にログインしてきた。

 0と1のノイズに歪む影たちは次々にストーカーめがけオジギを開始した。「ドーモーモーモーモーモーモーモーモーモーモーモーモーイイイイイイイイイイイイインクィジタータータータータータータータータータータータータータータタタタタタタタタタタタタ」「ア……0アバ11ーッ01%醯01」

 ……その瞬間、電算室のストーカーはタイピングをピタリと停止した。もはや、その目はどこも見ていない。呼吸していない。心臓は動いていない。既にその肉体はストーカーではない。つまり、それは物理身体に過ぎない。痕跡に過ぎない。死後硬直を経て腐敗を始めるであろう死体に過ぎない。

 ……ナンシーは星の無い空を滑るように飛び続ける。行く先がどこなのか、彼女も知らない。行く先は存在しないIPアドレス。その途上、彼女は遥か下の虚無の海に浮かぶ、ちっぽけな存在を発見した。粗末な舟を漕ぐ人影は、上空を彼女が高速で通過する瞬間、確かに、笑ってオジギをしてみせた。

 

◆◆◆

 

 KRAAASH!フスマを突き破り、ガイギスが大広間に転がり込んだ。それを追ってブリアレウスとコットゥスがエントリーする。彼らはフスマ方向を振り返りカラテを構え直す。スパーン!恐るべき決断的勢いで開かれたフスマは左右に圧し潰れる!「アイエエエ!」叫ぶは大広間の奴隷オイラン達!

 宝石だけを身につけた全裸のオイラン達は死闘するニンジャ達の乱入に悲鳴を上げ、逃げ場を求めて蜘蛛の子を散らすように走り回った。そう、この大広間はキョート城のオオクの一角。奴隷オイラン達が主君に忠誠するために控えている退廃的詰所である!ニンジャスレイヤーがツカツカとエントリー!

「アイ、アイエエエエ!男子禁制ドスエ!」大広間の中央で湯浴みしていたグレーターオイラン達が熱湯をニンジャ達にヒシャクで飛ばす。「男子禁制ドスエ!」「いけませんわ!」「非常時だ!見てわからんか」ブリアレウスが叫んだ「踏み潰されたいか、非ニンジャのクズども!」「アイエッ!?」

「存外しぶとい奴よ、ニンジャスレイヤー=サン」悲鳴と喧騒の中、コットゥスがニンジャスレイヤーを睨んだ。「ガイギス=サン。ダメージは?問題無いか」「問題無し!」ガイギスは即答した。「この広間の広さ!我々にフーリンカザンだ。一気にカタをつけるべし!」「「応!」」

「イヤーッ!」何かが行われる!ニンジャスレイヤーは阻止のスリケンを投擲!「イヤーッ!」だが三人のニンジャは円を描くように側転、スリケンをかわすとともに、不可思議なフォーメーション運動に入った。ゴウランガ!その動作の終了は一秒に満たぬ!いかなるジツか?そこに立つのは……一人!

「ドーモ」そこには全身からもうもうたる蒸気を噴き上げる凶悪なシルエットのニンジャが立ちはだかっていた。240センチの巨躯。蜘蛛めいて配置された六つの瞳。鋼じみた筋肉で覆われた体躯、六本の腕、それらを支える丸太めいた二本の脚!「ヘカトンケイルです」ニンジャはアイサツした!

「それがオヌシらの奥の手か」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え直す。「腕の多さを誇るニンジャとは、過去に何度か対した事がある」「安心せよ」ヘカトンケイルは超自然的エコーボイスを轟かせた。「それらが所詮、我が伝説の影写し絵に過ぎぬ事を教えてくれよう。すぐに。身を以てだ」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケン二枚を同時投擲!恐るべき速度でヘカトンケイルの腕がかざされ、それらを挟み取ると、力自慢めいて指先の力で易々と折り曲げた。「ハーッ……なんだ、その豆鉄砲は」ヘカトンケイルは右脚をスモトリめいて振り上げ……畳に打ち下ろす!「イヤーッ!」

 これは、ビッグニンジャクランが稀に用いるアースクエイク・シコだ。震動で相手を驚かせる。ニンジャスレイヤーは跳躍して回避……速い!?跳躍が間に合わぬ!「グワーッ!?」「アレーッ!?」ニンジャスレイヤーと周囲数人のオイランがタタミを伝う衝撃で宙に跳ね上げられた!

「イヤーッ!」ヘカトンケイルが身を屈めた。ニンジャスレイヤーはガード姿勢を取ろうとする。その瞬間、腹部に二本腕のフックが突き刺さっていた。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは身体をくの字に折り曲げ苦悶!衝撃で回転!「イヤーッ!」「グワーッ!」天地逆転!足首が掴まれ、吊られる!

「過去にこんな体験をさせてくれたか?我がエピゴーネンのサンシタどもは」ヘカトンケイルの醜怪な顔が残忍な笑みに歪んだ。「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは逆さ吊りのまま、藻掻いた。「ハーッ」吊ったまま、三本の腕を構える!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」叩き込む!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーはあまりの衝撃に気絶しかかった。彼は歯を食い縛り、己のニンジャ腹筋力で嘔吐を堪えた。彼は防御しようとした。視界が旋回した。天地逆転!「イヤーッ!」「グワーッ!」一瞬後、彼の身体はタタミに叩きつけられていた!「イヤーッ!」「グワーッ!」蹴り上げられていた!

「アーレー!」全裸のオイラン達の何人かは悪夢的光景を前になす術なく失神し、そうでない者は逃げ場を求めて浴槽に飛び込んだり、フスマに挟まったりしていた。ニンジャスレイヤーはその騒乱を遠くに感じていた。空中、かろうじて彼はガードを間に合わせた。「イヤーッ!」上段回し蹴りを受ける!

 なんたる衝撃力!ニンジャスレイヤーは反動を利用して飛び離れ、回転しながら着地、さらにバック転で飛び離れた。「イヤーッ!」そこへ襲いかかる、シベリア横断バッファロー殺戮鉄道めいた恐るべきショルダータックル!「グワーッ!」弾丸めいて吹き飛び、フスマを突き破って隣室に転がり込む!

 この部屋は狭い茶室だ!ニンジャスレイヤーはタタミを転がりながら素早くチョップを繰り出す。彼が転がったあとのタタミが衝撃で跳ね上がり、バリケード、あるいはドミノめいた壁でヘカトンケイルを遮る。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは転がりながらフスマを突き破って跳び、隣室へ逃れる!

「イヤーッ!」KRAAASH!「イヤーッ!」KRAAASH!「イヤーッ!」KRAAASH!異形のマッシヴニンジャの突撃破砕音が徐々に近づいてくる中、ニンジャスレイヤーは中腰でチャドー呼吸を深めた。「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ」傷を治せ!状況判断せよ!

 (((考えろ……これほどの有無を言わさぬ圧倒的戦闘力の持ち主がグランドマスター位階に無いのは何故だ?そこには理由が必ず存在する!勝機につながる理由が!このジツにはどこかに瑕疵があるのだ!)))「スゥーッ!ハァーッ!」「グワーッ!」ヘカトンケイルの叫びが茶室から届く!

 ナムサン!ニンジャスレイヤーはその理由を知っている。非人道兵器マキビシ!彼は転がりながらタタミを跳ね上げただけではない。四方八方から残忍な逆棘が飛び出した金属塊、上を通ろう者なら、靴の上からであろうとその足に重篤な傷を負う設置武器をばら撒いて来たのだ!

「ウオーッ!」ヘカトンケイルはタタミ・バリケードの向こうで苦悶!何しろそれはインプルーブド・マキビシ!逆棘で床にガッチリと根を下ろし、踏んだ者の肉にも食い込んで、縫いつける!一度この罠にかかれば、もはやそう簡単には踏み越える事ができぬ……超人でも無い限りは、「イヤーッ!」

 KRAAASH!最終バリケードが破られ、茶室からヘカトンケイルが飛び出す!「小賢しいぞーッ!」歩き方がぎこちない。マキビシを足裏の肉ごと引き剥がしたのである!「イイイヤァーッ!」そこへニンジャスレイヤーはスリケン投擲!チャドー呼吸で投擲力を最大限に高めたツヨイ・スリケンだ!

 ヘカトンケイルは六本の腕を交差させ、ツヨイ・スリケンをガード!ナ、ナムサン!?ガードだと!?なんたる耐久力か!万事休すか?否、見よ!ツヨイ・スリケンの衝突力は傷ついた足裏のニンジャバランス力では流しきれず、ヘカトンケイルは後ろへたたらを踏む!「「「ヌウー!?」」」

 ニンジャスレイヤーは敵の声が突如乱れた瞬間を見逃さなかった。彼は己のニンジャ洞察力、ニンジャ第六感がもたらす情報に賭け、跳んだ!「イヤーッ!」その先には、おお、おお!苦悶しながら膝をつく三人のニンジャ!ブリアレウス、コットゥス、ガイギスだ!「合体維持時間が……」「再合体だ!」

「イイイイイヤアアアーッ!」そこへコマめいて回転しながら飛び込むニンジャスレイヤー!前倒し行動によるイニシアティブが、再合体の隙へ差し込まれる!そこから繰り出されるのは……見よ!チャドー奥義、タツマキケン!一度の跳躍で回転しながら無数の回し蹴りを叩き込む地獄カラテだ!

 蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!まさにそれはカバー無き扇風機をタケノコの群れに投げ込んだがごとし!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 飛び散る血飛沫が円形にタタミを汚す!「グワーッ!合体……再合体だ!」「グワーッ!」「グワーッ!応!応ーッ!」三人のニンジャはほとんど致命傷を受けながら、叫び合う!そしてニンジャスレイヤーのジゴク回転殺戮蹴りマシーンに同時に飛び込んだ!なんたる自殺行為!「「「イヤーッ!」」」

 KRAAAASH!「ウオオオオーッ!」熱蒸気が空気を満たす!最後に立っていたのは……ヘカトンケイル。異形の巨躯はよろめき、周囲を見渡し、顔を歪めて笑った。……ニンジャスレイヤーの姿は無い。「フゴッ……ハーッ……取り込んで……喰って……やった!」ヘカトンケイルは一歩踏み出す!

 ヘカトンケイルは肩で息をしている。「ゴフッ」二歩踏み出す。「ゴッフッ、喰ってオブッ」苦悶し、仰け反った。「ウブーッ!?」その胸が、腹が、風船めいて膨れ上がる!「オ、オブ、オゴ、アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!」体内を突き破り、第七、第八の腕が飛び出す!赤黒装束の腕が!

「イヤーッ!」「アバーッ!?」内側から第三、第四の脚が飛び出す!赤黒装束の脚が!ヘカトンケイルは膝から崩れ落ちた。内側から生えた腕が身体を引き裂く!「イヤーッ!」「アバババーッ!?」ナムアミダブツ!無惨に爆ぜ割れたヘカトンケイルの身体!そこから飛び出す……ニンジャスレイヤー!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはキリモミ回転跳躍して血と臓物を跳ね飛ばし、この広間にも据え付けられた浴槽に飛び込む!「……イヤーッ!」水飛沫をあげて再び跳躍!その身体は一瞬にして乾いた!彼はIRC履歴を確認する……通信記録無し。ならば、琥珀ニンジャ像の間を単独で目指すべし!

 ニンジャスレイヤーは去り際、己が破壊した超自然合体ニンジャを見やった。クズ肉だ。愚かな真似を。彼は走り出す。スターン!フスマを開け放つ。彼は駆け出した。目指すは琥珀ニンジャ像の間!ユカノ!

 

◆◆◆

 

「張り合いねェーなァー」遥か頭上から声がした。「アイエエッ……」BRATATAT!「アバーッ!」アズールはサラリマンの背中を撃って殺し、暗黒間欠泉の頂点でアグラするデスドレインを見上げた。「21」「あッそ」心ここにあらず、という様子で、彼は己の耳穴をほじった。

「なンつうかよォ」デスドレインは暗黒物質の触手で捉えた若い男女を己の高さまで吊り上げ、見守った。「……キリがねェんだよなァ。それ、面白えか?アズール?」「面白くないに決まってる」アズールは憎々しげに睨んだ。「だよなァ!」デスドレインは男女に問う「殺されたくねぇよな、お前らも」

「ア……ア」男は呻いた。「助けて」と女。デスドレインは彼らの後ろの空に浮かぶキョート城を眺めた。キャバァーン!キャバアーン!逆三角錐の基部から生えたクリスタルが虹色のエネルギーを連続的に放ち、その周囲では漢字がネオン看板めいて浮かび上がって明滅している。「やり方変えるかァ?」

 次に彼は、近くのショッピングモールから火の手が上がるのを見た。下層市民が手に手に武器を持ち、ガラスを叩き割る。ヨタモノめいた若者達が、店内からスニーカーやレコードを持ち出し、路上にバラ撒いている。「ざまぁ見ろ!カネモチめ」彼らは満足げに叫んだ。デスドレインは目を細めた。

 この辺りはガイオン外周に近く、超自然の即死光線はさほど降って来ない。ゆえに暴徒も集まりがちで、殺すのも楽だった。「そォだなァー」デスドレインは首を傾げ、ゲップをした。「助けアバッ」「アバーッ!」捉えていた男女を思い出して殺すと、彼は暗黒物質から跳んだ。「イヤーッ!」

「スニーカー!マブ!」「リアルマブ!」ヨタモノ達は箱を蹴散らし、靴を履き替えて笑いあった。「今日ヤバイくらいマブ最高だな!」「マブ最高……アイエエエ!?」デスドレインが目の前に降ってきたのだ。「ボスとか居るのか?お前ら」「ア?何アバーッ!」答えようとした男が引き裂かれ死んだ。

「アイエッ……」逃げようとしたヨタモノはうつ伏せに転倒した。足首が暗黒物質に絡め取られて動かない。「お前ら!助け」「アイエッ!」彼が呼びかけようとした他のヨタモノ達も同様だ。足を取られ、動けない。「何、何アンタ……」「やれ、もっと」「え……」「死ぬまでやれ」「え……」

「ナンデアバッ」そのヨタモノも引き裂いて殺すと、残るヨタモノ達に向かって言った。「注目!」「……」既に彼らはデスドレインに恐怖の視線を注いでいる。デスドレインは道の先を指差す「ハイ、あいつら見えるなァー!」ドラッグストアのシャッターを鉄パイプで破壊する別のヨタモノ集団だ。

「はい合流!合流!」デスドレインは手を叩いた。「動けませんアバーッ!」もっともな指摘をした者を殺すと、他の者達の戒めを解いた。「合流!合流!オラッ!」「アイエエエエー!」ヤバレカバレ!彼らはドラッグストアの暴徒めがけ全力で駆ける!「ウオオーッ!」「ウオオーッ!」

 ドラッグストア暴徒に混じり、彼らも破壊行為を開始した。「ウォーッ!ウォーッ!」誰かが火炎瓶を投げた。炎上!デスドレインは別の集団を見い出す。ヨタモノの襲撃から自主的に身を守るアッパー市民の群れだ。「オラッ!あいつらにも合流だ!」「アイエエエ!ウォーッ!」「ウォーッ!」

 ナムサン!アッパー市民達は、黒い奔流に追い立てられる暴徒に仰天し、てんでに走り出す!「ウォーッ!」「アイエエエ!」「ウォーッ!」「合流!合流!ヘヘヘハハハ!」同一方向に逃げるうち、妙な事が起こる……アッパー市民達もいつしか怒声を張り上げ、手に手に石を拾い、暴徒に同化したのだ。

 なぜ?アッパー市民がなぜ?彼ら自身にすらそれはわからぬ。理不尽な暴力、異常な状況。わけもわからず追い立てられるうち、彼らの恐慌に、共に走り建物を鉄パイプで殴りつけるヨタモノ達の怒りが感染した。その後ろでは暗黒物質を撒き散らす邪悪な男が哄笑している。

 (((ナンデこんな?ナンデ畜生!)))新聞店経営のシブヤノは困惑し、嘆き、畏れた。(((あいつ、ニンジャ?ニンジャナンデ?あっちではキョート城ナンデ?ナンデ俺がこんな……真面目に生きて来てこんな!ふざけるな!)))彼はやり場の無い怒りを迸らせ、ブティックのガラスに石を投げた。

「ヘヘヘヘハハハ!そうそう!ハハハハ!」デスドレインは手を叩いて笑った。「御用!御用!」別方向からケビーシ装甲車が接近してくる。それが……空を飛んだ。底から間欠泉めいて暗黒物質が噴き上がり、跳ね上げたのだ。「ヘヘヘハハハハ!」「ウォーッ!」暴徒が歓声を上げる!

「イイじゃねえか!イイじゃねえか!イイじゃねえか!」デスドレインは手を叩いて笑った。「ウォーッ!」「ウォーッ!」「ウォーッ!」その横には透明な獣にしがみついて駆けて来たアズール!「おいて……置いてかないでよ!置いてかないでッ!」「ヘヘハハハハ!ダセェー!泣いてンの!」

「置いてかないでェ!」「知らねェーよ!ヘヘハハハハ!お前、俺がいねぇと何もできねえからなぁ?生きて行けねえからなァー?しょうがねえよなァー?」「畜生……畜生ーッ!」アズールは飛び出し、進行して来たケビーシ連隊にサブマシンガンを浴びせかけた。「ウワアアアアーッ!」

 アズールを満たすものは……怒りだった。誰もこの怪物を倒せない。誰も自分を救わない!仮にこいつを誰かが殺して、その後は?誰も自分を助けはしない!だから、やるしかない!遠くから綺麗事を言う奴らには、こうやってわからせてやる!こうやって!「ウワアアアーッ!」

 キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!遠くの空ではキョート城が禍々しく汚れた漢字を輝かせる!空を横切る不規則飛行の影!墜落する機影!暴徒!暴徒!暴徒!「ウォーッ!」「ウォーッ!」「ヘヘヘハハハ!ハハハハハ!」デスドレインは仰け反り笑う!「マッポーカリプス!ンナァーウ!」


【キョート:ヘル・オン・アース:破:ライジング・タイド】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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ロードのキョジツテンカンホーを破らぬ限り、ニンジャスレイヤーに勝利はない。当エピソードはブラッドレー・ボンドとフィリップ・N・モーゼズの共作で、シーンごとに都度、著者が分担されている。


主な登場ニンジャ

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