【ゼア・イズ・ア・ライト】
◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍においては大幅に改稿されて連作のエピソードとなり、前編「ミッドナイト・ブルー・オトノサマ」、後編「ステイ・アライヴ・フォー・ユア・カラテ」に改題され、それぞれ上記物理書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。
0
「スゥーッ……ハァーッ……」チャドー。チャドーせよ。フジキドは再びジュー・ジツを構える。眼前の巨身を見据える。輪郭が陽炎めいてぼやける。まだ。まだだ。チャドーせよ。セイシンテキ。「スゥーッ……ハァーッ……」「終わりだな」インターセプターは恍惚じみて告げた。「既に勝負ありだ」
ナラク・ニンジャの存在アトモスフィアは既に無い。フージ・クゥーチの言葉はブラフではなかった。ナラクは今やサップーケイに囚われ、恐らくはデソレイションらを相手に、無限の闘争を強いられている。
そしてフジキドもまた……ナラク同様、目の前のインターセプターとは別の敵を、同時に相手にせねばならない状況に置かれている。呪詛を。ニューロンの同居者を。泣き腫らした目で上目遣いに睨むディグニティのおぼろな姿を。
修道女じみたニンジャ装束は血にまみれ、不気味な砂嵐ノイズで継ぎ接ぎの輪郭、その顔は憤怒に歪み、フジキドを苛む言葉が小刻みに動く唇から無限に吐き出され続けている。ザリザリ……記憶の残滓めいたその姿を補う存在がある。ディグニティの皮を被るオバケが。
(((私は誰だ……私は誰だ……)))呪詛の奥底に流れる問いに、フジキドは答えられそうに思う。だが……まるで水を浴びせられたショドーのように、記憶はおぼろにぼやけ、歪められている。ディグニティの憤怒の形相が数秒に一度、僅かコンマ01秒、その者のサディスティックな笑みに切り替わる。
「スゥーッ!ハァーッ!」チャドー!フーリンカザン!そしてチャドー!フジキドは呪詛のフィルタがかけられた視界で、インターセプターの巨躯を睨む。「ニンジャスレイヤー恐るるにたらず……もはや非ニンジャの屑と大差なし」インターセプターは絶対防御カラダチの体勢を解かぬ。彼に慢心無し。
ニンジャスレイヤーは必殺の一撃を見舞うべく、機をうかがう。ナラクを封じ、以てニンジャスレイヤーを無力化したと考えているのならば、全くの安易!カラテでそれをわからせてくれよう。「スゥーッ……ハァーッ……」
(((あなたは理由が欲しいだけ)))ディグニティが責める。(((あなたは安心したい……殺す理由をどうにかして見つけたい……既に妻子のカタキは討ったのに……あなたの戦いは無益……一生懸命生きているニンジャを理由もなく殺める……彼らは生きたかった……それをあなたは……)))
「黙れ……」(((ウフフ……あなた、嬉しかったんでしょう、慰霊碑が撤去された時。戦う理由を……灰をかき混ぜ、消えかけた炭をふうふう吹いて……アマクダリ・セクト……敵を憎む理由を……殺戮の正当化……セクトの陰謀?あなたには関係の無い事なのに!必死に生きるニンジャ達を!)))
「黙れ……」(((探偵……ウフフ……社会の中に身を置き、周囲と折り合って生きるニンジャを、あなたは難癖をつけて殺してまわる……その正当化のためにあなたが身に纏う欺瞞……彼らには何の罪も無い……人間と変わらない……あなたに何の権利があって?復讐?復讐は終わったのに!)))
「アハーアハー!ハーッ!ハーッ!」ディグニティは嬉しそうに笑い、血まみれの修道衣をゆるゆると脱ぎ始める。白い肩がむきだしになり、透き通る指が乳房をなぞった。「アハハハハ!」「去れ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。「去れ!亡霊め!」「アハハハ!」おぼろな姿が爆発し消える!だが!
「俺は亡霊ではないぞニンジャスレイヤー=サン」そこには……ナムサン。絶妙の間合いに踏み込んだインターセプター。その拳の握りは中指の関節だけが他の指よりも飛び出すような特殊な形である。ニンジャスレイヤーは防御姿勢を取る。だが遅い。コンマ数秒遅い。それは葛藤による遅れだ。
「フンハー!」「グワーッ!」脇腹にこの極小打点打撃を受けたニンジャスレイヤーを、ロケットカタパルトめいた衝撃が襲う!ゴウランガ!これぞ暗黒カラテ奥義!ツヨイ・タタミ・ケン!インパクトから一瞬遅れ、ニンジャスレイヤーの体は斜めに吹き飛ばされた!
「ヤ!ラ!レ!ターッ!」全身からおびただしい血を噴き、ニンジャスレイヤーは頭から噴水ファウンテンに落下!ナムアミダブツ!「敗れたり!ニンジャスレイヤー敗れたり!」
「オゲエエエーッ!」そのはるか上空!広告マグロツェッペリンのバルーン上でアグラし、絶望的イクサを見下ろす第三者あり!ごま塩の短い髪、なめし革めいて日焼けした痩せた肌、ズタズタの装束姿の老人は、心底ヘドが出るというように吐き真似をし、耳に小指を突っ込んで、ボリボリと掻いた。
老人は小指を立て、耳糞を眺めた。それを吹いて飛ばし、首をボキボキと鳴らした。「くだらねえ!全く以て、議論のくだらなさ、ここに極まれり!」 老人はツェッペリン上で真っ直ぐに立った。彼は去ろうとした……その目が訝しげに細まった。「あン?」手をひさし代りに、彼は再度注目した。
カラテにおいてニンジャスレイヤーを圧倒したインターセプターは、今まさに慈悲深きカイシャクをくわえるべく、のしのしと噴水に近づく。ファウンテンの水にニンジャスレイヤーの血が混じり、サツバツ色に染まっていく……。
1
「ドーモ。コヨイ・シノノメです」「ドーモ。シバタ・ソウジロウです」カコーン。二人のオジギにあわせるように、奥ゆかしいシシオドシが遠くで鳴った。顔を上げた時、コヨイは完璧な笑顔を貼付け終えていた。彼女は黒檀チャブを挟んだ対面の男を見た。対面の男もコヨイと同様の完璧な笑顔だった。
シバタはギリシア彫像じみて完璧に均整の取れた目鼻立ちの、非の打ち所の無い美男といってよかった。肌はなめらかな褐色であり、キモノを着ていても、その恵まれた体格は明らかだ。だが、コヨイは首筋にぞくりとした戦慄を覚えた。「……これは驚いた」シバタは本当に驚いた顔を作った。
カコーン。シシオドシが再び鳴った。シバタはややおどけた笑みを浮かべ、人差し指を口の前に持って来た。彼は目だけ動かして外の気配に注意を払い、それからコヨイに囁いた。「君もニンジャなのか」その目の奥で稲妻のパルスが走った。
コヨイは……どう答えればよいかわからなかった。一目で彼女の真実を見抜いた男に対し。才覚に溢れ、美貌の持ち主で、そして彼女を理解する……。だが、彼女のニューロンに満ちたのは恋愛感情ではなかった。畏怖……?否、嫌悪?猜疑心?
シバタはネオサイタマ知事サキハシの秘書である。彼の出自をコヨイは知らない。少なくとも彼女が属するこの国の支配層の社交界に、それ以前の彼の姿は無かった。コヨイは総理大臣アミダ・シノノメの孫娘であった。暗殺された総理大臣。日本最後の総理大臣と比喩的に呼ばれている伝説的存在の。
「そう固くなる事もない」シバタの言葉に、コヨイは我に返る。「……ニンジャ」「ニンジャ」シバタは微笑んだ。「思いがけぬ共通点に驚き、そして安堵を」「……」「我々の結婚は、言ってしまえば儀式です」彼はさらりと言った。「だが、互いに心通わす事が無い生活など、あまりに味気ない」
「なぜニンジャとわかりましたか」コヨイは訊いた。シバタは微かに首を傾げたようにして、顎に指を当て、沈黙した。そして答えた。「お美しいからです」「……」「はははは!やはり冗談は苦手です」シバタは数秒笑い、真顔になった。「ニンジャとして今までどんな行いを?」「それは?興味ですか?」
「そうです、興味です」シバタは穏やかに頷いた。「ニンジャでは……深窓の令嬢というわけにはいきますまい。そして、私はわかります。読み取る事が出来る。貴方の身のこなし、仕草のひとつひとつに込められたカラテの充実を。パルスをね。厄介なものです、趣も奥ゆかしさもない力です」
コヨイの脳裏に、……時に必要に迫られ、時に単なる慰みに……彼女がおこなってきた殺戮の数々が、命を絶たれる者達の恐怖の表情が、そしてそもそもの始まりの、彼女と同じ名のニンジャソウル、コヨイ・ニンジャとの邂逅の瞬間がよぎった。彼女は読み取られまいとした。だが無駄な努力だったろう。
「好きになさい」シバタはアルカイックな笑みを浮かべ、コヨイに言った。コヨイは言葉も無く、畏怖した。それを感じ取ったシバタの笑みは、やや深まった。
……ソルスティスは目を開いた。鏡にうつる己を見た。フスマが繰り返しノックされている。彼女は短く息を吐き、自室を出た。窓から外へ。
黒紫色のロングコート、オーガニック革の鞄、宝石めいた長い黒髪、目には微かに色の入った眼鏡、さながらその出で立ちは休日を忍んで過ごすキョート女優のごとし、しかしその歩みにはどこか焦燥の速度があり、口元に浮かぶのは抑えた高揚感の笑み、通りで家紋タクシーを拾い、降りた先は繁華街。
「アカチャン……コンナニソダッテネ」「今日も米!」「ビョウキ・トシヨリ・ヨロシサン」「あなたは老後どうしますか?」「勧誘されたらすぐ通報」渦巻く広告音声、巨大なモニタ越しに笑顔を振りまくネコネコカワイイ。昼下がりの大通りを埋め尽くす老若男女。ソルスティスは容易に紛れる。
無軌道に行き交う人々をするすると避けながら進むソルスティスの歩みの速さは少しも減じる事は無い。ニンジャだからだ。彼女の高揚は不快感を上から塗りつぶしたものである。脈絡も無く、アガメムノンとの出会いの記憶が呼び起こされたからだ。何らかの啓示であろうか?彼女は考えないようにする。
彼女は「プーレク宿原」のワゴン車屋台を通り過ぎる際、トークンを投げつけるようにして、マッチャのクレープを買う。彼女のなりにひどくそぐわない品だ。次の区画へさしかかる頃には、既に食べ終えてしまっている。「……オイ」「マブ」すれ違った男達が互いに目を見交わし呟く。
男達は立ち止まり、くるりと方向転換する。そしてソルスティスに、それとなくついてくる。ソルスティスは舌なめずりした。唇のクリームを舐めとったのだ……それだけだろうか?やや歩く速度を落としながら、彼女はその手をゆっくりと握り、開く。そしてより人通りの少ない路地を選ぶ。
「あのう、ちょっとイイですかァ」「エヒヒ」入り組んだ坂道で、彼女はようやく背後から声をかけられる。先程のヨタモノ達だ。立ち止まり、待った。「何……なんですか。あなたたち」「このあたりは危ないんですよォ」ブッダヘアー男が小刻みに頷きながら身を乗り出す。男の額には「浪人」の刺青。
ソルスティスは壁を背にした。男は三人。彼女を取り囲む。「いい所知ってるンだよォ」「バカお前……怖がってるだろ!なあ?」「エヒヒ」「急いでいるので」ソルスティスはまた歩き出そうとする。男達が行く手を塞ぐ。「急ぐ?万事OK」「こんな所をどうして通るんです?なあ?」「エヒヒ」
「やめて……ください」「いいから。ほら」逆チョンマゲ男がソルスティスの手首を掴んだ。ソルスティスの口元は震えている。震えが彼女のニヤつきを隠している。ブッダヘアー男がソルスティスの髪を掴む。「万事OK!我慢出来ない!」今だ……ここだ!ソルスティスは獣性を解放せんとす!「待て」
男達が振り返った。ソルスティスも見た。逆光を近づいて来るのはトレンチコートにハンチング帽の男だ。「よすがいい」スタスタと接近する男に、ヨタモノ達は一瞬気圧された。「ソマ」「ソマシャッテコラー!」スキンヘッドに「頭」と刺青した男がすぐに殴りに行く!「イヤーッ!」
「グワーッ!?」ブッダヘアー男と逆チョンマゲ男は目を疑う。ソルスティスが眉根を寄せる。殴ろうとした腕を後ろに捻られ、スキンヘッド男が両膝をついていた。「スッゾ!?」ズボンの中から警棒を取り出し、逆チョンマゲ男が殴りに行く!「イヤーッ!」
「グワーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」苦悶していたスキンヘッド男が背中を蹴られてうつ伏せに倒れ、さらに、殴りかかった逆チョンマゲ男は顎に掌打を受けて白目を剥いた。「ムン」そして膝から崩れた。トレンチコートの男はブッダヘアー男を見る。「スッゾー!」
叫び声を上げて下り坂を転がるように逃げて行ったブッダヘアー男の背中を、トレンチコートの男は淡々と見送る。そしてソルスティスを見る。ソルスティスは袖を払い、男を見返す。「……」男の目が驚愕に見開かれる。ソルスティスは怪訝に思った。男は呟いた。「フユコ?」
◆◆◆
亡き妻の名が思わず口を衝いて出た。フジキドはそれを軽率だったと感じた。女性は怪訝な顔をしている。「スミマセン」フジキドは目を逸らした。愚かなことだ。フユコはいない。失われた。殺されて。「アイエエエ……」スキンヘッド男が坂を這って逃げて行った。
「ドーモ。ありがとうございました」女もまた目を伏せた。「その……」フジキドは言葉を探しながら、もう一度彼女を見た。彼の首筋がぞくりと粟立った。ニンジャである。ニンジャアドレナリンが過剰分泌され、フジキドに判断を促す。彼女も眉根を寄せる。フジキドは一歩下がった。
恐らく相手もまた勘付いたはずだ。フジキドがニンジャであるということに。どうすべきか?この者はどんなニンジャか?衝撃と困惑が彼の判断力を鈍らせている。イクサの中でナラクの意識が表層に浮かび上がっている状況であれば、間違いなく叱責と殺害の教唆がニューロンをどよもした事だろう。
「……」やはり、似ている。だが……別人だ。目の前のこのニンジャはフユコではない。当然の事だ。そしてフユコに姉妹はいない。他人だ。フユコよりも若く、怜悧な目元の印象が随分違う。他人なのだ。フジキドはほとんど打ちひしがれたようになっていた。「私に、なにか?」女が尋ねた。
「いえ」フジキドはかぶりを振った。思えば女の質問もこの状況下でややおかしなものだ。だが、訝る余裕は無い。「それより怪我は無かったですか」フジキドは訊き返した。「ありがとう。ありません」女は笑みを浮かべた。茶番じみている。互いにニンジャであると勘付いていながら。
このニンジャは何者であろう?彼は様々な記憶下のニンジャを思い巡らす。タカギ・ガンドー。ウミノ・スド。シルバーキー。ヤモト・コキ。クラクズー。レッドハッグ。……フィルギア。或いは、ダークニンジャ、ラオモト・カン……アガメムノン。アマクダリ・セクトのニンジャ。彼の目が険しくなる。
女はフジキドのアトモスフィア変化に身を硬くし、壁に背をつける。フジキドは我に返る。「ここを離れたほうがよい」彼は気絶した逆チョンマゲ男を見下ろす。殺してはいない。「そうですね」女は頷いた。そして何か思いついたように、悪戯っぽい笑みを浮かべた。「ねえ、お礼をしたいわ。御茶など」
「結構です」フジキドは断った。そして歩き出した。「そう仰らずに」女は食い下がった。「私、コヨイです。あなたは」「……イチローです。お気をつけて。よいお日和を」「イチロー?本当のお名前は?」コヨイはフジキドの隣を歩いた。「隠しているの?」
「よしたがいい」フジキドは呻くように言った。そして付け加えた。「ニンジャ同士。これ以上詮索はすまい」おお、ナラクの意識があれば何と罵った事か。コヨイは言う。「そう、ニンジャ同士……ただお話がしてみたいだけです。イチロー=サン。イチロー=サンでいいです。名乗らないでも」「……」
◆◆◆
カコーン。バイオ鯉を泳がせる人工の池に設置されたシシオドシが、電子的にアンプリファイされた音を響かせる。人工池を囲む、バンブーノレンで区切られた複数のテーブル。ソルスティスはアイス・チャを運んできた給仕に頭を下げ、対面のイチローを眺める。
イチローは渋い表情だ。帰りたくて仕方がないのだろう。だが、ソルスティスは何らか「訳あり」のこの男とのやり取りそのものを愉しんでいた。なにしろ、思いがけずこの男に彼女の気晴らしの邪魔をされた事が、そもそもの発端なのだ。このぐらい、付き合わせてもよい……。
カコーン。シシオドシが再び鳴る。電子的増幅は下品だ。ワビサビの演出が中途半端なのである。比較的静かな店を選んだものだが、繁華街ではこれで致し方なしといったところ。本物とは……夫であるアガメムノンとのあのアイサツの場のような。息詰まる程に瑕疵の無い。アガメムノン自身のように。
やや遅れて、イチローには熱いチャが運ばれてきた。「……」イチローは黙ってチャを飲んだ。彼の隣の椅子には紙袋が置かれている。買い出しの帰りなのだろう。ソルスティスを助ける際、一度地面に投げ出した紙袋だ。咄嗟の事で、彼女がニンジャであるとは思いもしなかったに違いない。
「私、フユコという人に似ているのですか?どんな方?」ソルスティスはイマジナリーカラテ・トレーニングめいて、ニューロン内の仮想で問いかける。イチローの顔は凍りつくだろう。彼女はそんな問いを不用意に投げるような愚か者ではない。あの場でフユコの名を口にした彼の、困惑と憔悴の色。
かわりに彼女は別の問いを投げる。「ニンジャのあなたが、どんなお仕事を?」「このような場で人に言うような仕事でもありません」「そうでしょうね」ソルスティスは頷いた。「他にもニンジャのお知り合いが?」「……」イチローはチャを飲んだ。そして訊いた。「貴方はどうなのです」
「……」ソルスティスは目を細めた。「その質問はそのように……返されますわね」短く息をつき、「時々そぞろ歩きをします。息苦しくて」「そして、目についた人間を、こうして連れてくるのですか」「フフッ」彼女は笑った。「だって、ニンジャが助けに来てくれたんですもの。なかなか無い事よ」
彼女は紙袋を指差した。バケットが突き出ている。「他には何が?」「何でもないです」「だって、落とした時になにか壊れていたりしたら。私のせいです」「チャですよ」イチローは遮り、馬鹿正直に袋から円柱形のチャの瓶を取り出し、テーブルに置く。「ほら」「ぷっ!」彼女はこらえきれず笑った。
「なにかおかしいですか」イチローはやや憮然として問うた。「いえ……ごめんなさい、く、く、く、」堪える程に、ソルスティスは笑ってしまう。笑いながら彼女は涙を流した。「違うの、バカにしたんじゃないんです、本当です」眼鏡を取り、涙を拭った。「本当よ」「……」イチローは肩をすくめた。
二人のどちらかが、続く言葉をなにか発せようとした。……イチローの瞼がぴくりと動いた。彼は呟いた。「下……外の通りが。騒がしいですね」この店はビルの五階……その直後!「アバーッ!」「アイエエエ!」KRAAAASH!喧騒は明らかな事件じみた悲鳴とガラス破砕音に取ってかわられる!
椅子から立ったイチローは窓に顔を近づけ、通りの様子を見下ろす。BLAM!BLAM!逃げる男が振り返り、繰り返し発砲するたび、通りの人々は口々に悲鳴をあげた。イチローは目を細めた。通りを横切り、反対側の路地へ逃げてゆくその男に、もう一人別の者が続く。イチローは呟く。「ニンジャ」
ソルスティスはイチローの肩越しに大通りを確認した。彼女は唇を噛んだ。彼女はしめやかに身を引いた。男を追って路地へ入って行ったニンジャは、彼女が知るニンジャだ。アマクダリ・セクトのニンジャである!彼女は数歩後退り、自分の鞄を取ると、素早く身を翻した。アイサツも残さずに。
◆◆◆
BLAM!BLAM!男は繰り返し引き金を引く。ニンジャは速足で真っ直ぐに近づいてくる。速足であるが常人の駆け足よりも速い!そして銃弾が当たらない!カチカチ……アウト・オブ・アモーだ!「アイエエエ、畜生ーッ!」男は拳銃を投げつける!「イヤーッ!」ニンジャはチョップで拳銃を切断!
「お、俺を殺したところで、データはデスクに送信済みだぞーッ!」男はニンジャに吠えた。タタミ二枚程度の幅しかない薄暗い路地、彼の絶望的な脅しは虚しく跳ね返る。ニンジャは歩みを止めず答える。「ハッタリだ。なぜならお前の端末はウイルス汚染済みだからだ!」「エッ……」「イヤーッ!」
「アバーッ!」男は己の心臓を貫いたものを見下ろす。それは白く冷えた透明のボーである。男からは見えぬが、肩甲骨を割って背中から飛び出した先端部は、鋭利なヤリ形状である。男は震える手でそれに触れた。掌が貼りつく!「アバーッ?」それは氷!氷から作られたヤリだ!ニンジャが投げたのだ!
「ア、アイエエエ、アバババーッ!」男の両掌の皮がべろりと剥がれ、赤い肉が露出!ナムサン!冷気!膝から崩れ落ちた時には既に絶命!ナムアミダブツ!「……」ニンジャは男を蹴って仰向けに裏返すと、懐から豚足を取り出した。身をかがめ、おもむろにそれを男の口に詰め込んだ。
そしてニンジャは男の懐をあさり、端末と手帳を奪い取ると、危険なジツの力でそれらを氷漬けにし、懐へしまい込む。彼は満足げに男を見下ろした。豚足をくわえている。豚足による窒息死、あるいは不幸な転倒死……死因はうやむやにごまかされ、秘密は守られる。
これはソウカイ・シンジケートの時代から一部の悪のニンジャ達の間で共有される隠匿メソッドであり、このニンジャ……名をアイスジャベリン……もまた、十分にその手管に精通していた。「秘密は守られる」彼は呟いた。男の見開かれたままの目が恨めしげに見上げている。「フン」彼は鼻を鳴らす。
だが彼に残された時間はもはや無い。ニンジャ聴力を備えた彼が、後ろから近づいてくる足音に気づかいでか!彼はその手に氷の槍を生成しながら振り返った。そして息を呑んだ。「……ニンジャスレイヤー!」彼は素早く状況判断する。そして思い起こす。あのミッションの苦い敗北を。
コリ・ニンジャ・クランの当時の構成員総出でニンジャスレイヤーを包囲しておきながら、それを破られ、キョート政府によるケミカル攻撃を演出する狂言計画を阻止され、クランの一番槍であるダイヤモンドダストを失った手痛い敗北……!ホワイトドラゴンが覚醒しておれば、間違いなく全員セプク!
もはやここに用はない。イクサは無駄だ。「イヤーッ!」アイスジャベリンは冷静さを保ち、壁を蹴って飛んだ。証拠は隠滅済みだ。所詮あの男ができる事は、豚足を前に途方に暮れる事だけだろう。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」壁から壁へ蹴り渡りながら、アイスジャベリンは姿をくらました。
……数分後。赤黒のニンジャは仰向けの男の死体の隣で身をかがめ、注意深くその様子を調べていた。ニンジャスレイヤーは死体の懐を探る。端末、手帳の類は持ち去られた後だ。そして男が咥えた豚足。「テダシムヨウ」のメッセージを込めた闇社会圧力の符丁だ。ニンジャスレイヤーは目を細める。
ニンジャスレイヤーは男の手を取る。掌の皮膚が剥がれ、極めて痛々しい有様だ。だが彼がニンジャ洞察力を働かせたのはそこではない。男の右手中指だ。ラクダのコブのようになっている。電子テキストが一般化したネオサイタマにおいて、極一部の職種にのみ共通する身体特徴だ……即ち新聞記者!
そして、その時である!死体と思われた男の目がにわかに焦点を取り戻したのだ!「……!」男はニンジャスレイヤーの手首をマンリキめいた握力で掴んだ。無念!その歪んだ口元には無念の表情!ニンジャスレイヤーは男の後頭部に手を当て、話しやすいようにわずかに起こしてやった。
「カッ、カッ、カッ、カッ、タ、タ、タイシ、大使」「話せるか」「タイシ、パクパク、パクパク、パクパク」男は白目を剥いた。血の滴る掌をぶらぶらと振った。地面に血飛沫がバタバタと落ちる。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。そして呟いた。「……オトノサマ!」「カッ……」男は事切れた。
ニンジャスレイヤーの視線の先には、アスファルト上に滴った血で書かれた文字があった。ミステリアスなカタカナが!……オトノサマ!「御用!御用!」マッポサイレンが近づいてくる。男の死体をその場に降ろし、瞼に指を当ててその目を閉じさせる。「イヤーッ!」彼は決断的に跳躍、姿を消した!
◆◆◆
「……」後ろ手にフスマを閉めると、風呂上り、夜着姿のソルスティスは、金糸でススキのウキヨエが描かれたフートンに、倒れ込むようにうずもれた。「奥様ァ」フスマ越し、廊下からはコマツカイのメミコの呼び声だ。「私が叱られてしまいますゥ」「……」
「……」ソルスティスは寝返りを打って仰向けになり、天井をじっと見上げた。「……」「奥様ァ」「叱られてみればいいじゃない」彼女は冷淡に答えた。そのままずっと、彼女は天井を見つめていた。
2
もはや闇夜。見事に刈り込まれたハンディバイオ松とバイオしだれ柳が、等間隔で配置されたガスチョウチンによって、金と緑と桃色の光に照らし出される。カネモチ・ディストリクトのはずれに、その秘密めかした美的高級料亭「オトノサマ」は存在する。
緩やかにカーブした石畳道路を、時折、滑るように家紋リムジンが通り過ぎる。バイオしだれ柳地帯を抜けると、人工の池に渡された朱塗りの橋。自動車が通るためのものだ。地上のライトアップを反射する透き通った池の水にはバイオ鯉が遊び、灯籠の周囲にはバイオホタルが舞う。
既にこの庭園も「オトノサマ」によって手抜かりなく整えられた敷地である。やがて現れるのは道の左右に聳え立つ二体の石像。ネコソギ・ファンドが寄贈した戦士像だ。どちらも二刀流のカタナを雄々しく構え、厳格な眼差しを虚空に向ける。ひとつはミヤモト・マサシ。ひとつは聖ラオモト・カン。
石像の下を通り抜けた家紋リムジンは、駐車場にて、LEDカラカサを掲げた店の者たちに出迎えられる。バンガシラと小姓、オイランが二人。たおやかに笑う。リムジンからは護衛つきのVIP達が降車。小姓が箒で儀礼的に進行方向を掃き清めると、彼らは導かれて、奥の屋敷へ進む。
屋敷は江戸時代様式の建築にハイ・テックを奥ゆかしく潜ませた、よく考えられたものだ。瓦屋根に招き猫と鬼瓦をライトアップした外観もさることながら、入り口の巨大なショウジ戸を開ければ、中央に囲炉裏が築かれた大ホールの素晴らしさに、来訪者は目もくらむ事だろう。
ホールを取り囲むバルコニーは神秘的なコケシを等間隔であしらった手摺りを備え、職人的ワザマエによるショドーで「不如帰」「お米づくり」「晩酌」などと書かれた額縁が複数掛かっている。はるか高い天井付近には真鍮性のダルマが鎖で吊られ、内部のボンボリの明かりを両目から発する。
神秘的な囲炉裏とドヒョーを中心に、扇状に配置されたチャブ、そこには着飾ったカネモチ達が歓談し、サムエ・スーツ姿のゴヨキキが、酒を乗せた盆やオカモチを手に、忙しく行き来する。いっぽう階段を上がった二階、バルコニーの奥にある個室はショウジ戸で遮られ、秘密めいて影法師が動くばかり。
この日、この高級料亭「オトノサマ」は敷地ごとの貸切り、瀟洒なパーティーの会場として供されている。階段の脇には華やかさを競うがごときカドマツと花輪が集まり、主催者の権勢のほどを喑に示している。見よ、ドヒョーに最も近いスナカブリ席にその者は居る。ネオサイタマ知事サキハシだ。
内閣・国会が単なるTVパフォーマンスの機関と化したこの国において、政治権力の頂点にあるのは首都ネオサイタマを預かる知事にほかならない。だが、心労ゆえにか、サキハシ知事に再選直後の意気軒昂の面影は無く、骨と皮ばかりに痩せ衰えて、見るものに重大な病を想起させる。
同じ席にはサキハシの妻。そしてもうひと組の男女。男は殆ど白に近い金髪を後ろに撫でつけ、褐色の肌に、ギリシア彫刻めいて整った美貌の持ち主、モンツキ姿が醸し出す威厳は、まるでサキハシが小間使いのようである。その隣には、黒いドレスとぬばたまの黒髪、華やかな美女。彼の妻だ。
モンツキ姿の男の名はシバタ。サキハシ知事を影のごとく支えてきた側近だ。一方、その妻コヨイは、シバタよりも遥かに格上の存在である。暗殺されたアミダ・シノノメの孫娘なのだ。国政の権威が地に落ちた今でさえ……否、今だからこそ……「最後の総理大臣」の血筋がもつ説得力は非常に強い。
彼らの卓に、入れ替わり立ち替わり、様々な立場の重要人物達がアイサツに訪れる。シバタ夫妻はにこやかに応ずる。コヨイの笑顔はどこかぎこちない。同様にアイサツするサキハシ夫妻は……手元もおぼつかない老人と、寡黙なその妻だ。悲しみと労苦が石のように彼女を押し包んでいる。
やがて、一通りのアイサツ歓談が済んだ頃合いを見て、シバタはサキハシに促す。サキハシは震えながら無表情に頷く。決してこの己の秘書に目を合わせる事はない。畏れているからだ。サキハシの妻も同様だ。彼女はむしろ、殻の中に自らを閉じ込め、やり過ごしているかのようだ。それも、ずっとだ。
「アー……アー……エー……」サキハシは人々を見渡し、途方に暮れる。シバタはにっこりと頷く。サキハシはいがらっぽい声を出した。「皆様、本日は大変お日柄もよく……」大ホールが、しんと静まりかえる。知事の言葉を待つ。サキハシはハンカチで汗をぬぐい、続けた。「お集まり頂いたのは……」
人々にシバタを示し、「彼は……シバタ・ソウジロウ……皆様ご存知でしょう、そのう……私の非常に有能な秘書でありまして……昨年のコヨイ・シノノメ=サンとの結婚は大変めでたく、私が進めた縁談のめでたい……今日はですね、是非改めて、今まで私の影となり、尽力してきた彼に、そのう……」
サキハシは言葉を切り、震えた。沈黙が大ホールを包む。ふたたび切り出す。「彼は……皆様の前にこうしてあらためて出てまいりましたのは、その……実際あの結婚式以来ですが、それだけ、私欲無く、ネオサイタマの未来に尽力してくれた人材で……私もご覧の通り……健康面に大変、不安がですね」
あちらこちらで気遣わしげな嘆息。実際、サキハシはそこまで老いた男ではないのだ。彼はごく短期間のうちにこのようになった。彼は続けた。「彼ならば……しっかりやってくれましょう。私は恐らく、任期を満了はできますまい……出来るだけ頑張り……頑張りたいです……ですが……」
「どうか気を楽に」シバタが微笑んだ。「病は気からと申します。まだまだ頑張っていただかないと」「……」サキハシは顔をひきつらせた。どうやらそれは笑みのようだった。「彼は素晴らしい。私に何かあれば……そのう……後継は彼以外にありません。家柄も……申し分無い。シノノメ家の……」
「どうか、彼を……」サキハシの言葉は最後ほとんど立ち消えた。シバタはコヨイと共に立ち上がった。二人は人々を見渡し、ゆっくりとオジギした。拍手がさざなみめいて沸き起こった。「ドーモ。シバタです。勿体無きご紹介を閣下から頂きました」さらなる拍手。「まだまだ若輩の……」
コヨイは夫のスピーチの間、静かに微笑み続けていた。アイサツが終わり、一際大きく暖かい拍手が彼女を包んだが、彼女の心は冷えていた。椅子に再びかけると、彼女はシバタの袖を引き、囁いた。「夜風に当たりたいの」「そうか」シバタは頷いた。けぶるような目。「この後の会合。遅れないように」
「勿論」ソルスティスの笑みは、冷たいニンジャのそれである。アガメムノンは何か言い渡そうとしたが、再び人々のアイサツへの対応に追われだす。ソルスティスはしめやかに席を立った。卓の間を縫うように、中庭への廊下を目指す。サムエ・スーツのゴヨキキとすれ違う。彼女は振り返る。
「……」ソルスティスはそのゴヨキキの手を掴んで引いた。ゴヨキキが見た。彼の身体を駆け抜けた瞬間的な警戒心と殺意が、手を伝って彼女のニューロンに響いた。それは一瞬のことだ。顔をよく見るよりも早く、彼女はこの者が先日のあの男だと確信する。人さし指を唇の前に立て、「……こっちへ」
バイオホタル舞う中庭は、白砂の引かれたサンスイだ。影めいた輪郭が凝固し、ソルスティスと、引きずるように連れてこられたゴヨキキの姿を取り戻す。彼女はようやくここで己のステルスを解いた。アガメムノンが張り巡らすニンジャ第六感の網は尋常のニンジャの範疇ではない。
彼女のトバリ・ジツはアガメムノンとの生活の中で短期間のうちに研ぎ澄まされた力。必要に迫られて身につけたジツだ。喜怒哀楽や言葉の真贋をパルスで読み取るアガメムノンに、彼女は少しでも対等たろうとした。結局それはブッダの手の中のマジックモンキーじみた、けなげな努力に過ぎないが。
「……」イチローはソルスティスの手を振り払った。彼の四肢にカラテが満ちる。その決断的な殺意に彼女は驚く。彼はためらいなく彼女の首を刎ねるだろう……否、ソルスティスは彼の瞳に謎めいた苦悩の影を読み取った。彼女は危険を冒した。「どうして、あなたがここに」
「セクトの」イチローは呻いた。「アマクダリ・セクトのニンジャか」アマクダリ・セクト。彼女の首筋が冷える。「その名を知るなら尚更わかるはず」ソルスティスは囁いた。彼女はイチローの言葉を思い出していた。人には言えぬ仕事?何らかの潜入捜査……「すぐにここから出て行って。貴方は死ぬ」
「何を企む」イチローはやや右に身体をずらす。ソルスティスの脳内で数百パターンのイマジナリー・カラテが閃く。内心彼女は舌を巻いた。最適だ。ソルスティスの反撃を封じ、そのまま殺す為の、彼にとって最適のワン・インチ間合いなのだ。このニンジャは恐るべき使い手なのだ……彼女以上に?
「私は」ソルスティスはイチローの目を見た。「私は貴方と戦わない」イチローは眉根を寄せた。「なぜだ」「なぜ……」なぜだ?ソルスティス自身もまた、己に問うていた。だが彼女は言った。「ここにはセクトのニンジャが集まっている!貴方がセクトに敵対する者であるならば……軽率に過ぎる」
イチローはカラテを解かない。下がれば……あるいは攻撃を試みれば、その瞬間に致命的打撃がソルスティスめがけ繰り出されるだろう。「ここで何が起こる?」イチローはジゴクめいて言った。「これから何が起こる?」「……!」
だがその時、二者の注意はソルスティスの背後、中庭と本館を繋ぐ廊下へ向いた。接近する足音あり。ソルスティスはもう一度イチローを見た。「恐ろしい事が」彼女は囁いた。「ここではない。これから起こる」イチローとソルスティスを、陽炎めいた超自然の飛沫が隔てた。彼女は振り返った。
「奥様。お時間が」現れたクローンヤクザは、無表情にソルスティスへ声をかけた。ソルスティスは笑みを浮かべた。「わざわざクローンを遣るなんて。あの人が直接来ればいいのに」「申し訳ありません奥様。お時間が」「ええ」ソルスティスはクローンヤクザに続いて廊下へ戻って行く。「平気よ」
廊下には更に二人のクローンヤクザが控えている。ソルスティスにオジギをする。後にした中庭、トバリ・ジツによって隔てられたイチローに気づく者はない。迎えに現れたのがニンジャであったとしても、それは変わらないだろう。ではアガメムノンならば?アガメムノンは迎えには現れないだろう。
クローンヤクザに導かれ、彼女は上階への階段を上る。折り返す踊り場にはアメジストの盃とスモークシルバーのタヌキが飾られ、「時間は停止する」とショドーされたカケジク。ソルスティスは心拍数を平常に整える。上った先には片膝待機するシャドウドラゴン。「あちらにございます」
本日、ごく限られた者以外は、この階への立ち入りは禁じられている。何かの間違いで酔漢が近づけばクローンヤクザが優しく留める。それを破り踊り場を更に上がるものがあれば、シャドウドラゴンが機械的にそれを殺す。ソルスティスはシャドウドラゴンに冷たい一瞥を向け、奥へ進む。
「獲物をとらえるドラゴンの間」……クローンヤクザが闇のカンファレンス会場であるこの広間の黄金フスマを左右に引き開けると、黒檀の円卓を囲む出席者たちが目を上げ、ソルスティスを見た。彼らの中にアガメムノンもいる。そしてラオモト・チバ。少年の背後、壁を背に、ネヴァーモア。
ネコソギファンド社主にしてアマクダリ・セクトの頭領であるチバのカタナじみた眼差しが、己の座席へ向かうソルスティスを追う。猜疑心と侮蔑と攻撃性に満ちた目。誰に対してもそうなのだ。彼女はアガメムノンの隣に掛けた。「ごめんなさい」夫に囁く。「特に遅れてはいない」とアガメムノン。
「フー」チバは紫煙を吐き出し、マホガニーのシガーレストに葉巻を置いた。「ほう?キューバものですかな」隣に座る眼帯の男がガラガラ声で尋ねる。白髪交じりの長髪で、ミリタリーニンジャコート。
チバは鼻を鳴らす。「ネヴァーモア」「ハイ」ネヴァーモアは懐からケースを取り出し、眼帯の男に葉巻を一つ差し出す。「これはドーモ」猛禽じみたアトモスフィアを放ちながら、眼帯の男はにっこり笑う。葉巻を噛んで静止する。「ネヴァーモア」「ハイ」男の葉巻に火を付ける。
この眼帯の男は電子戦争を生き残った退役軍人であり、湾岸警備隊を経て、現在は国防軍の顧問にある。同時に、彼はアマクダリ・セクトのアクシスを束ねる「12人」の一人でもある。ハーヴェスターだ。
その隣には、筋肉の塊のような身体をストライプのスーツで包み、鋼の生命維持装置マスクを着けたスキンヘッドの男が座る。彼もまた「12人」の一人。思慮深き男、スターゲイザー。その隣には、鼻持ちならない笑みを張り付かせた、ヤッピーじみた青年。彼もまた「12人」の一人だ。マジェスティ。
ここで気づく方もおられよう。出席者達の中には、このマジェスティのように、目鼻を覆うクロームの仮面を着用したスーツ姿の者が多い。彼らは皆、アマクダリ・セクトのニンジャだ。本性を現せば、そのスーツは脱ぎ捨てられてニンジャ装束へ。仮面を捨ててメンポ(面頬)を装着する事になろう。
この場には、非ニンジャ、非アマクダリ・セクト構成員の姿もある。政財界の大物、湾岸防衛隊関係者、暗黒メガコーポ役員……闇のコネクションだ!だが思いがけず、あの席に座るでっぷり肥ったタダオ大僧正はそうではない!彼はニンジャであり、セクトの「12人」の一人なのだ!ブラックロータス!
一方、金の爪楊枝で歯をせせっている男はスパルタカス!ネオサイタマに存在する警備保障会社上位三社の筆頭株主、ネオサイタマ格闘技振興連盟会長、古代ローマカラテの筆頭伝承者にして「12人」の一人!更に、おお、あれは!乳めいて白い髪を伸ばし喪服を着た女性!「12人」の一人、キュアだ!
アガメムノンを含め、実にこの場に「12人」のうち7人もの重大ニンジャが一同に介した!「12人」が互いに顔を合わせる事は滅多に無い。ハーヴェスターなどはチバとも初対面!実際これは大変な出来事だ。非ニンジャ、そして「12人」に含まれぬアクシスのニンジャをも数人混じえ、彼らは何を?
(((何を……セクトは何を企んでいる……!)))その暗黒会合を今、天井裏から密かに窺うもの有り!ニンジャスレイヤーである!既に彼は先程のサムエスーツではなく、赤黒のニンジャ装束姿となり、顔には「忍」「殺」のメンポを装着している。指先の力で穿った微細な穴を通し、彼は注視する!
彼は自らを天井裏の石めいて、完全にその気配を殺していた。非常に注意深きニンジャ野伏力の活用、「ヘイキンテキ」のメソッドのひとつだ。だが、これほど多数のニンジャ存在あらば、いつ気づかれぬとも限らない。彼がこのような命がけの潜伏を行う理由とは!?
# OTONOSAMA :morita : ラオモト・チバとアガメムノンが眼下に有り。アマクダリ・セクトの会合を監視
ニンジャスレイヤーは非音声入力を用い、厳重にプロテクトされた専用チャネルにメッセージを送信した。すぐさまナンシーの通信が返る。
# OTONOSAMA :ycnan : BULLSEYE
# OTONOSAMA :ycnan : あの記者も浮かばれる
# OTONOSAMA :morita : 否。ここからの動き如何だ
# OTONOSAMA :ycnan : 状況を
# OTONOSAMA :morita : ニンジャが少なくとも10人
……数秒の間があった。
# OTONOSAMA :ycnan : わかっていると思うけど 多勢に無勢
# OTONOSAMA :morita : 当然だ
# OTONOSAMA :morita : 陰謀を掴めていない
「オトノサマ」。「大使」。ダイング・メッセージを残して殺された男は、ニンジャスレイヤーの見立て通り、やはりライターだった。フリーの事件記者だ。ニンジャスレイヤーとナンシーはライフログを追った。彼が嗅ぎ回っていた陰謀の詳細は掴めずじまいだ。だが、会合日時の当たりはつけた……。
彼は褐色肌の男を凝視する。今はじめて、肉眼で、この男を捉えた。いくつかの極秘扱いの映像情報に残された断片。サキハシ知事の秘書、シバタ。それらがついに繋がる。この男だ。この男こそ、アマクダリ・セクトの中心人物、ラオモトのもとで陰謀を巡らす謎のニンジャ、アガメムノン……!
彼の隣にはラオモト・チバ、そして反対側の隣には。コヨイ。ニンジャスレイヤーは彼女とアガメムノンが共有しているある種のアトモスフィアをすぐに察する。彼はそれ以上の心の動きをシャットアウトし、会合の行方に集中する。各々のアイサツ、名刺交換が終わると、アガメムノンが切り出した……。
「こうして顔を合わせる機会というのはなかなか作れないものだ。皆大変に多忙な事であるし……会議は本来、やらぬに越した事はない」「愚鈍な風習ですからな!」マジェスティ(ニンジャスレイヤーは交わされた全員のアイサツを記憶した)がぶしつけに口を挟んだ。「発言者以外、時間の無駄が多い」
「とっとと本題に行くとしよう」ハーヴェスターがガラガラ声で言った。「我輩の方は一切滞り無し。報道の仕込みはどうなっとる」「全て!全て万事大丈夫です」ネオサイタマTVの編成局長、コラバがハンカチで眼鏡の曇りを繰り返し拭きながら頷いた。「世論も正直、我慢の限界に近い」
「……」ラオモト・チバは誰とも目を合わせない非ニンジャを目ざとく見咎めた。国会議員のホタテだ。「この期に及んで腰の引けているカスがいるのか?」「エッ」ホタテはびくりと震えた。「エッ、滅相も……」「いかんな。腰が引けるのはいかん」スターゲイザーがホタテを見た。「家族は大事だぞ」
「か、完全にやります」ホタテは顔面蒼白である。「大丈夫です」「しっかり賑やかせよ」とスターゲイザー。「フォホホホ……救済ですよ戦争は」タダオ大僧正……ブラックロータスは平然と言った。「現世利益を生みます。経済をね!人は死にますが、その者らは生まれ変わりますから、実質プラスです」
「要はカネだ」チバが扇子をピシリと突き出し、しかめ面でまとめた。「戦争。武器。テクノロジー。カスどもの血で経済の水車を回し、手っ取り早くカネに変える」「流石!」マジェスティがやや挑発的に褒めた。ネヴァーモアが歯止め無き殺意と共に睨むと、青年は肩を竦めた。「ま、実際同意です」
「ご存知の通り、我が国とキョート・リパブリックの関係はポイント・オブ・ノー・リターンの上にあります」アガメムノンが言った。「様々な仕掛けが実に美しく結実しようとしている。物事がむしろ、我々の動きを待ちわびている。天秤を揺らす風を吹かせる最後の一手は、至極単純なイベントです」
「然り」ハーヴェスターがニヤリと笑った。「所詮キョートのバカどもも、戦いたくて仕方ないのだ。WIN-WINよな。ハ!ハ!戦争はいいぞ、小僧!」隻眼の老獅子はマジェスティに凄まじい笑みを向け、「国境に向けて既に国防軍の展開を始めている。後は……キョート大使を殺す。それだけだ」
戦争。ニンジャスレイヤーの瞳孔が収縮した。そのための大使暗殺。ニンジャが引き起こす、モータルの戦争……!何のために。カネのために!?会合の参加者はまるでフェスティバルの段取りを打ち合わせでもするかのように、淡々と打ち合わせを進行する!(ヘイキンテキを!ヘイキンテキを保て!)
「いつだ、決行は。どうやる」スパルタカスが首を掻きながら尋ねる。「当然、手っ取り早くニンジャだ」ハーヴェスターはニヤリと笑う。奥のフスマが開いた。そして女のニンジャが進み出た。「ドーモ。カメレオンです」
「なるほど。適任よな」スターゲイザーが腕組みした。カメレオンはクスクス笑い、ふいにキュアを指差す。濃緑色の装束の女ニンジャは既にそこにない。かわりに立っているのは、喪服めいたドレスを身に纏う年齢不詳の小柄な白髪の美女。キュアそのものである。
「大変に不愉快ですね」キュアは呟き、目を閉じた。カメレオンは笑い、次に厳めしく屈強なスターゲイザーの姿を取る。驚くべき再現度!ハーヴェスターは頷き、指を鳴らす。カメレオンは元の特徴薄いニンジャへ戻り、一礼して奥へ帰った。奥に待機するニンジャは彼女一人ではない。
「見ての通りだ」ハーヴェスターが言った。「奴はツツモタセ・ジツのタツジン。所詮、この擬態はまやかし、カラテにも乏しきニンジャよ。だが今回のミッションにはうってつけだ」一同を見渡し、「大使館にニンジャが詰めておる可能性もあるが、問題にならんだろう」
「決行はいつだ」スパルタカスが繰り返した。「ハ!ハ!そうであった。我輩、ちと耄碌が進んでおる」ハーヴェスターは笑った。「三日後でよかろう」ピシ!チバが音を立てて扇子を開き、己を仰ぎ始める。若き暴君の表情は厳しく、油断が無い。アガメムノンはその隣で穏やかに微笑んでいる。
「キョートにまず手を出させる。肝要なのはそこだ」とハーヴェスター。「大使は死ぬ。いたましい事件よ!日本政府は……ネオサイタマは悲しみに呉れ、深い哀悼の意を示し、テロへの怒りを新たにす。だがキョートは納得せんだろう!爆発するぞ。奴らにも困ったものだ!我輩、恐怖を禁じ得ぬよ!」
「ムッハハハハハハ!」チバは扇子を円卓に叩きつけ、仰け反るように哄笑する!「なかなか良いぞ!貴様の年の功、伊達ではないな」「ありがとう存じます」ハーヴェスターはゆっくりとオジギした。「ネオサイタマは実にマッポー」市警長官が呟く。「たるんだ若者を、戦争でシャキッとさせられる!」
「フォホホホ!」ブラックロータスが手を叩いた。「経済的、倫理的、神秘的利益といったところですな」「これこれ。やや生臭いですぞ」ハーヴェスターが苦笑した。ブラックロータスはますます笑う。「フォホホホホ!これは異な事を!フォホホホホ!イポンを取られましたな!フォホホホホ!」
……「ちと失礼」スパルタカスが不意に席を立った。ソルスティスの表情が強張る。スパルタカスは広間の者たちの視線を集めながら、隅に飾られた武者鎧まで歩いて行く。そして、その手に握られた長槍を取った。「本物だなァこいつは?よし……」重さを確かめ、天井のある一点めがけ、「イヤーッ!」
「……!」天井を隔て、ニンジャスレイヤーは血走った目を見開く。歯を食いしばる。左腕上腕を切り裂いた槍の穂先を凝視する。その目に赤黒い光が灯り、全ニンジャに対する殺意と憎悪が、堰を切ったように彼のニューロンに雪崩をうった。(((フジキド……フジキド……!)))
(ナラク……!)ニンジャスレイヤーはぞっとするような感覚に抗う。ヘイキンテキせよ!彼は苦心しながら、引き抜かれる槍の穂先を装束で拭う。槍が……戻る!(((なんたる狩り場……まずは褒めてやるフジキド……だがオヌシのその惰弱……そうして情けなく伏せってやり過ごそうてか……)))
(黙れナラク!)フジキドは抗った。彼は心中で蒼ざめる程の憤怒に震えている。既に彼の抑圧した怒りは極限。ここでナラクが不躾に彼を決めつけ、嗤えば、決して許さぬだろう!(((ほう……何匹かキンボシがおるわ、愉快……愉……ゼウス・ニンジャ?そしてコヨイ・ニンジャだと?)))
ナラクの声に慢心は無かった。(((……ちと荷が勝つか……?)))(黙れ。ナラク)フジキドは再度抑えつけた。最後通告だ。(黙れ)(((……)))ニューロンの同居者は、フジキド自身の尋常ならざる怒りに何らか思うところあったか、挑発を返さず、じわりと再び沈んで行った。
フジキドの怒りは……この企みへの怒り、今まさに新たに目の当たりにした、モータルを踏みにじる根源的ニンジャ性に対する怒りだ。この瞬間の彼にはしかし、煮えたぎる感情を自ら咀嚼する時間は与えられなかった。
「フゥーム」スパルタカスは穂先をあらため、首を傾げた。「手応えは有ったぞ」「スパイか?」チバが目を細めた。「あらためろ。天井裏を」「破りますか」スターゲイザーも起立。「待って」遮ったのはソルスティス。「どうした」アガメムノンがじっと見た。ソルスティスは震えた「来る……来る!」
「彼女のニンジャ第六感は……」アガメムノンが一同に説明しかけた。彼の言葉は中途で止まった。彼は斜め上方を見た。スパルタカスが突いた天井の方向ではない。アガメムノンは両手を広げた。そしてその場の者たち全員に叫んだ。「身を!守れ!」彼の身体が青白い電光を放出し始めた。次の瞬間!
ZGGGGGBRRRRROOOM!!その瞬間、空から落ちてきた小型マグロツェッペリンの質量がオトノサマの屋敷の瓦屋根を突き破り、破壊と爆発と炎が、邸内に迸り出たのである!
「ウオオオーッ!」「若ーッ!」「ナムアミ・ダ・ラオモト=サン!」「ソウカイ・シンジケートバンザイーッ!」「坊ちゃんバンザイーッ!」「アガメムノン死すべし!」爆発を繰り返すマグロツェッペリンの内部から何人ものニンジャ達が転がり出ると、喚きながら火と破壊の中を走り出す!
彼らの数名は円卓の間を探り当て、炎にまかれながら、我先に中へと突入!ZZZZZAPZAPZAP!「「アバーッ!?」」青白い電光に包まれ、走りながら即死!「アイエエエエ!?」ホタテ議員の足元に転倒炭化!アガメムノンは掲げた手にさらなる雷光を纏いつかせ、目を細める。「成る程」
「……」チバは嫌悪もあらわにそれらニンジャの死体を見下ろす。「……何だ?これは?」「若!」立ち上がったチバを庇い、ネヴァーモアがカラテ警戒する。後方のフスマが開け放たれ、控えていたアクシスのニンジャ達が進み出ると、チバ、幹部達、非ニンジャのゲストを守るように素早く展開した。
BOOM!廊下の向こうから爆発炎上の音が響いた。そして鬨の声が!「バンザーイ!ソウカイ・シンジケート!バンザーイ!」「趣向を凝らすにも程があるというものだ!ハ!ハ!」ハーヴェスターが笑った。「ご安心めされよ」アガメムノンはチバを振り返った。「ここに私がおります」
3
「アイエエエエ!」「アイエエエエ!?ニンジャ?ニンジャナンデ!?」「アババーッ!」大ホールを満たす恐るべき混乱が早くもこのカンファレンス会場まで届いてくる。チバは葉巻を吸い、アガメムノンに命ずる。「下のカネモチどもについて対処しろ。株価が下がる」
アガメムノンがチバを見た。チバはしかめ面で見返した。「……お任せください」「イヤーッ!」「イヤーッ!」彼らの横を滑るように駆け抜け、アクシスのニンジャ達が飛び出してゆく。その中にはドラゴンベインやファイアブランドのような強力な古参ニンジャの姿もある!
「フォホホホ……蒸し暑くてかなわん」ブラックロータスが肥った身体をゆする。「会議はお開きで宜しいか?若君」「ヘリを召喚しました」アガメムノンがチバと一同に説明した。「貴方がたも避難を」外部参加者達を促す。「スターゲイザー=サンとシャドウドラゴン=サンが先導します」
応えるように、入り口からエントリーして来たのは黒い影じみた全身に龍頭を備えた異形のニンジャである。その手にはニンジャの生首がある。恐怖に凍りついたまま絶命したニンジャの首を隅に投げ捨て、スターゲイザーと並んで退路へ向かう。
「お前らも下に行け」チバはセプテントリオンやクーフーリンを一瞥した。「護衛にこんなにも頭数が要るか!できるだけ襲撃ニンジャを殺せ。首謀者を見つければ捕獲しろ」「「ハーッ!」」「成果無しはケジメだ!」「「ハーッ!」」彼らはチバ派のニンジャである。風のように飛び出す!
場に残るはアガメムノン、ソルスティス、ハーヴェスター、ラオモト・チバと護衛のネヴァーモアのみ。アガメムノンが言う「私は指揮に当たります。避難を。ラオモト=サン」「否」チバは冷たく言った。「さっきのカスの言葉が気になる。どんな愚か者が僕や父上の名を手前勝手に担いだか、見てやろう」
「若。正直のとこ、危険ですぜ」ネヴァーモアが僭越を承知で忠告する。チバは酷薄な笑みを浮かべる。「危険?だからどうした。その為にお前がいる。それからアガメムノン、お前もだ。そうだな?」「仰せの通りに」「……」チバはソルスティスを見た。ソルスティスは頷いた。「では私も下へ」
ソルスティスが退出する。アガメムノンはその後ろ姿を一瞥する。ハーヴェスターが笑った。「ハ!ハ!立派になられた!我輩、感銘を受けましたぞ。帝王の器よ。我輩が貴方を以前に見たのは、それこそ10年は昔。嬉しいものだ。さて……インターセプター=サン!」「ハーッ!」
ハーヴェスターの呼び掛けに応えてエントリーして来たのは、ハンニャじみた鋼鉄のメンポをつけた、黒い乱れ髪の巨躯のニンジャだ。両手それぞれに掴んでいた脊椎つき生首を床に投げ捨て、オジギをする。「ドーモ。インターセプターです」
「いやはや10年!こいつを我輩が拾ってやったのも、丁度その頃だ。出来の良い番犬でしてな」生首にまるで構わず、ハーヴェスターが紹介した。「我輩、残念ながら計画の仕込み最終段ゆえ、ここでそう遊んでもおられぬ。かわりにこいつで恩を売っておきます。強いですぞ。ハ!ハ!」
「早速何匹か可愛がってやったが」インターセプターが生首を見下ろしながら言った。「ま、弱敵です。俺が出る必要があるかどうか怪しいものだ」「せめてもう一匹捕まえて、エキジビションでもしてやれ。貴様のタタミ・ケンの」ハーヴェスターが言った。インターセプターは喉を鳴らして笑った。
◆◆◆
「アイエエエ!ニンジャナンアバッ」失禁しながら走って来た老人を無雑作にチョップで殺しながら、バックラッシュはZBRを頚動脈に注射する。「ソウカイ・シンジケート」バックラッシュは震え声で呟いた。「……遥かに良い」彼はドヒョー・リングに土足で上がり、ジゴクめいた大ホールを見渡す。
囲炉裏に落下した真鍮ダルマは囲炉裏の熱でサハラ砂漠に放置したフライパンよりも熱く熱され、赤橙色に照っている。ひっくり返ったテーブルや割れたガラス類、死んだカネモチ達。頭上には真鍮ダルマにかわって非日常的なオブジェクトがある。天井を破って突き出したマグロツェッペリンの先端部だ。
ゴウウウ!熱されたダルマの両目が火を吹いた。バックラッシュは階段を駆け上がってゆく部下のニンジャ達を見やった。彼のニューロンはシベリアの雪解け水のように冴え渡っている。遥かに良い。「アガメムノン死すべし!」「ナムアミ・ダ・ラオモト=サン!」口々にチャントを唱え切り込んでゆく。
エンフォーサー、ガニメデ、ゼブラパンサー、パルススティンガー、トマホーク……。彼らは皆、高濃度ZBRでキアイを高め、額には「身勝手」のハチマキをしめている。アマクダリ・セクトを私するアガメムノンと刺し違え、ラオモト・チバにソウカイヤの気概を取り戻させる為に。聖戦だ。
「イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」バルコニーの奥で鬨の声!始まった。バックラッシュの計画は入念だ。必ずアガメムノンを仕留める。第二フェーズ。KRAAASH!オトノサマ正面玄関の巨大ショウジ戸が飴めいて歪み、次の瞬間、破砕した。
屋敷を破壊しながら突っ込んできたのは装甲バスだ。KRAAAAASH!それも、二台!当然フロント部にはクロスカタナのマークがペイントされている。「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」「チェラッコラー!」「ワドルナッケングラー!」装甲バスの中から次々に降りてくるクローンヤクザ!
「天よ!刮目せよ」バックラッシュはブレイク時の指揮者じみて両手を拡げ、呟いた。「この日、あらゆるカルマの流れが転換する」BRATATATAT!BRATATATAT!クローンヤクザ達が逃げ惑う人々にアサルトライフル掃射を開始する。「アイエエエ!」「アイエエエ!」「アイエエエ!」
BRATATATAT!「ザッケンナコラー!」「スッゾオラーアバーッ!?」掃射ヤクザの一人が即死!……降ってきたのは白金装束のニンジャであった。バルコニーから一飛びに、大ホールへ跳んだのだ。豹頭メンポのそのニンジャは、ひしゃげて死んだクローンヤクザの上で片膝をつき、素手である。
豹頭メンポのニンジャはゆらりと身を起こし、アイサツした。「ドーモ。ドラゴンベインです」クローンヤクザ達は一斉に彼を蜂の巣にしようとライフルを向けかける。だがさらに一人!二人!三人!四人!続々とバルコニーを走り、階段を降りてくるではないか!バックラッシュはしかし不敵に笑うのみ!
「ドーモ。誇りを捨てた犬の皆さん。バックラッシュです。我らソウカイ・シンジケートが、ラオモト=サンをお迎えに参ったぞ」バックラッシュが張りのある声で呼ばわる。「……」ドラゴンベインが装甲バスを見やる。バスの中から、次々にニンジャ達が現れ出でる。
バスから現れたニンジャ達。金糸縁取りフード装束のニンジャ「ドーモ。スカルダッジャリーです」リボルバーを2丁構えにしたニンジャ「ヒルビリーです」サイバネ外骨格のニンジャ「アントライオンです」ヤクザスーツのニンジャ「テンラピッドです」両目を赤熱させたニンジャ「メギンギョルズです」
ひょろりと背が高く、脚甲に何らかの機能を予感させるニンジャ「スケアクロウです」小柄だが両手に長いタケヤリ二刀流を構えるニンジャ「パイクマンです」ラバーめいた装束のニンジャ「グレムリンです」奇怪な木彫りメンポのニンジャ「ドリアードです」
彼らが次々にアイサツすると、バックラッシュは腕を組み、低く言った。「全員が死を覚悟しての決起。我らのうち一人でも生き残ればそれでよし。我らの誰か一人がラオモト=サンと共に新たなソウカイヤの系譜をイチから築き上げればよし」「全員死ね」バルコニーから声が飛んだ。ラオモト・チバだ。
時間が停止したかのようであった。「イヤーッ!」バルコニーから大ホールへ落下した新たなニンジャ……ソルスティスは、奥で固まって震えている逃げ遅れたカネモチ達に両手を振った。陽炎めいた空気の歪みが戦場とカネモチ達を隔て、存在を曖昧にしてしまった。そしてバックラッシュを見上げた。
「ドーモ。ソルスティスです」彼女のアイサツを皮切りに、大ホールでバックラッシュの手下達と対峙するアマクダリ側のニンジャが、次々にアイサツを始めた。「ドーモ。ファイアブランドです」「ソードモンガーです」「セプテントリオンです」「クーフーリンです」
「……スッゾオラー……若にテメッコラー……」ネヴァーモアがブツブツと呟く。沈黙が満たす大ホールに、怒りに満ちた囁き声が響き渡る。「若が一番つれェ時にコソコソとソマシャッテコラー……それを?ア?今んなって?ソウカイヤ?チャルワレッケオラー!」「黙れネヴァーモア」チバが遮った。
「イヤーッ!」KRAAASH!ネヴァーモアは目の前のバルコニー手摺をコケシ飾りごと一撃で頭突き粉砕破壊!「……」そして無言でチバに頭を下げ、一歩後退した。チバは葉巻を咥えた。すぐにネヴァーモアが火をつけた。チバは襲撃ニンジャを睨み下ろす。
「そこのカス。ドヒョーの上のクズ犬。お前だ」チバはひと吸いした葉巻を指で弾き、下に落とした。葉巻は彼を唖然として見上げるバックラッシュの額に焼印を捺し、その足元に転がった。「僕はバカが嫌いだ。バカとはつまり、舞い上がったクズカスの事だ。お前の名前はもう忘れた。とっとと死ね」
「ア……」バックラッシュはチバを、アマクダリのニンジャを、部下達を見渡した。ゴウウウ!囲炉裏で熱されたダルマが目から火を吹いた。やや遅れてバルコニーに新たなニンジャが二人現れた。アガメムノンとインターセプター。「上がって来た連中、全員片付いているぞ」インターセプターは言った。
「いつまで見合っている。タイムイズマネー!」チバが冷たく言い放った。時が動き出す!「イヤーッ!」「アバーッ!」ドラゴンベインが手近のクローンヤクザの頭を掴み、首の骨を折って肉の盾とする!BRATATATA!ヤクザライフル掃射!「イヤーッ!」飛びかかるアマクダリのニンジャ!
「イヤーッ!」応戦する襲撃ニンジャ!「イヤーッ!」スケアクロウが三倍の高さに浮き上がる。両足のサイバネティクス竹馬が展開したのだ!「イヤーッ!」その肩のうえにパイクマンが回転ジャンプし肩車!「とにかくラオモト=サンを確保だ!」スカルダッジャリーが叫ぶ!
「はははは……ハハハハハ!」バックラッシュは笑い出した。そして更なるZBRを頚動脈に注射した。「遥かに良い!その気概!ソウカイヤを背負って立つにふさわしき器!だが少し認識違いをなさっているな。身を滅ぼしますぞ。我らに委細お任せあれ!」
「イヤーッ!」ドラゴンベインが肉の盾を一塊のクローンヤクザめがけ投げつける!「グワーッ!」クローンヤクザ達が転倒!「シューワワア!」アントライオンが奇怪な叫び声を上げてドラゴンベインに飛びかかる!「イヤーッ!」ドラゴンベインは真っ向受け止め、ブリッジしながら背後に叩きつける!
「アバーッ!?」アントライオンの頭頂部が爆ぜ、血と脳漿が飛び散る!BLAMBLAMBLAMBLAM!ヒルビリーが2丁拳銃でドラゴンベインを銃撃!「イヤーッ!」ドラゴンベインはブリッジからのバックフリップで飛び離れ、これを回避!「イヤーッ!」そこへ襲い来るパイクマンのヤリ!
「ゴアアオオオン!」咆哮!そして新たな影がドラゴンベインとパイクマンのヤリの間にインターラプトをかける。クーフーリンだ!見よ、その姿は今や並のニンジャではない。全身これアメジスト色の爬虫類じみた肌、その両腕には皮膚が変形したとおぼしき盾めいた装甲!これでヤリを受けた!
BLAMBLAMBLAMBLAM!ヒルビリーがリボルバーを超人的速度でリロードしながら撃ちまくる。ファイアブランドが危うくブリッジ回避!「セプテントリオン=サン!やれ!」「イヤーッ!」セプテントリオンがファイアブランドの陰から飛び出し、胸から七つの光球を発射!BEEAM!
「アバーッ!?」一直線に飛んだ七つの光球に身体を貫かれ、ヒルビリーはリボルバーを乱射しながら絶命!アウト・オブ・アモーと同時に「サヨナラ!」爆発四散!「サヨナラ!」痙攣していたアントライオンが一秒後につづけて爆発四散!
「ハハーッ!」メギンギョルズがそのセプテントリオンに飛びかかり、着地際を捉える。両肩を掴んで無理矢理に膝をつかせる!メギンギョルズの赤熱する目が酷薄に歪んだ。「ヌウーッ……」セプテントリオンは再度の光球を放とうとするが、間に合わぬ!「イヤーッ!」「アバーッ!?」
ナ……ナムアミダブツ!セプテントリオンは頭頂部から左右に引き裂かれ、ツキジのヒラキじみて絶命した!サツバツ!なんたるメギンギョルズが内に圧縮蓄積されたカラテの瞬間的解放!「サンシタどもがァー!次はどいつだァー!」
階段のたもとでは、突破して上へ上がろうとするテンラピッドをファイアブランドが遮り、カラテを仕掛けた!「イヤーッ!」テンラピッドの右ヤクザストレート!「イヤーッ!」ファイアブランドは微かに身をそらしてこれを躱すとともに、右腕関節を極めながら引きずり倒す!「グワーッ!」
うつ伏せに倒れたテンラピッドの右腕を極めながら、ファイアブランドは体重をかけてゆく。「ス、スッゾコラー……」テンラピッドが呻いた。ファイアブランドは左拳を握り、いきなりテンラピッドの顔面を殴りつけた。「イヤーッ!」BANG!「アバーッ!?」メンポごとテンラピッドの顔面が爆発!
ナムアミダブツ……なぜ爆発したのか!それはファイアブランドの恐るべきテクノロジー武器「ガングローブ」が為だ。手甲に仕込まれた内蔵拳銃がインパクト瞬間に炸薬を破裂させ、マグナム接射じみた殺傷力を生み出す!「前が……視界が」真っ赤な断面から血を溢れさせながらテンラピッドが呻く!
「死んだほうが楽だぞ」ファイアブランドは呟く。「イヤーッ!」そこへ襲い来るパイクマンのヤリ!「イヤーッ!」ファイアブランドはテンラピッドを解放し、転がって回避!「アバーッ!」ヤリがテンラピッドの心臓を串刺しだ!「サヨナラ!」爆発四散!「よかったな」とファイアブランド!
一方その時、スカルダッジャリーとグレムリンはしめやかな速度で階段を駆け上がり、主君と仰ぐラオモト・チバをアンブッシュ拉致しようとしていた!「ナムアミ・ダ・ラオモト=サン!」「坊ちゃんーッ!」迫り来る二人のニンジャ!当然そうはいかぬ!ぬうと立ちはだかるは……ネヴァーモアだ!
「イヤーッ!」スカルダッジャリーはジグザグに接近、ネヴァーモアの狙いをそらしにかかる!「イヤーッ!」いっぽうグレムリンはその陰から小柄で身軽な身体を生かして跳躍!ネヴァーモアに空中から襲いかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ネヴァーモアのパンチがグレムリンの顔面を直撃!
「イヤーッ!」更にネヴァーモアの横を通り過ぎようとするスカルダッジャリーの顔面に左拳が直撃!「グワーッ!?」ネヴァーモアはすぐさま向きを変え、「イヤーッ!」なかば気絶しながら落下するグレムリンの顔面に再び拳を直撃!「グワーッ!?」
さらにネヴァーモアは向きを変え、壁に叩き付けられたスカルダッジャリーの顔面に拳を直撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに拳を顔面に直撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」向き直り、床で痙攣するグレムリンの顔面に拳を直撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!?」
「イヤーッ!」さらに顔面に拳!「アババーッ!サヨナラ!」グレムリンは爆発四散!ネヴァーモアは向きを変え、壁に叩き付けられたまま痙攣するスカルダッジャリーの顔面に拳を直撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに顔面に拳を直撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」
「イヤーッ!」さらに顔面に拳!「アババーッ!サヨナラ!」「イヤーッ!」さらに顔面に拳!「アバババーッ!」スカルダッジャリーは爆発四散!「……」ネヴァーモアは息を短く吐き、割れた額から垂れて来る血をこのとき初めて拭った。
その時である!「イヤーッ!」突如の高高度垂直跳躍をドヒョーから繰り出し、バルコニー手摺を乗り越えるはバックラッシュ!「ラオモト=サン!バンザーイ!」「ヌウーッ!」弾かれたように振り返り、殺しに行くネヴァーモア!だが、バックラッシュを止めたのは彼ではない……「アババーッ!?」
手摺を乗り越えた着地寸前のところ、バックラッシュは青白い電撃に全身を苛まれながら空中に固定されていた。「アババババババーッ!?」ZZZZZZZZZT!激しい電光の明滅に霞むバックラッシュの輪郭!そこから1メートルほど離れた地点で両手を腰の後ろに組み、アガメムノンは無感情だ!
「アババババババババババババーッ!」ZZZZZZZT!スパークしながらゆっくりと上昇してゆくバックラッシュ!アガメムノンはチバを振り返る。「いかがなさいますか?生かしてありますが」「アバババババババババーッ!」「……」ラオモトは顔をしかめた。「処分しろ、そんなもの」
「イヤーッ!」アガメムノンは右手を振り抜く。空気中をパルスが走り、宙に囚われたバックラッシュを捉えた。デン・スリケン!「アバーッ!」KABOOOM!黒こげになりながらバックラッシュは大ホールを横切って撥ね飛ばされ、反対側の天井近くの壁に叩き付けられた。人型の炭が爆散した。
「バ、バックラッシュ=サン!」パイクマンが驚愕にその目を見開く。「チィーッ!」ガション!ガション!「アバーッ!」「アバーッ!」スケアクロウがクローンヤクザをタケウマで踏み殺しながら方向転換、そのままバルコニー方向へ突進をかけようとする!「行くぞ!パイクマン=サン!殺すのだ!」
「ラオモト=サン!我らとご一緒にサンズ・リバーを!」「カラダニキヲツケテネーッ!」ナ……ナムアミダブツ!?ZBRハイ状態にある彼らの絶望下の判断は常軌を逸しているというのか?ガション!ガション!ガション!「カラダニキヲツケテネーッ!」両手ヤリを投擲姿勢!
「カラダ……あン?」パイクマンは眉根を寄せた。目の前にドラゴンベインが浮かんだのだ。「邪魔だぞ」浮かんだのではない。ドラゴンベインは跳躍したのだ。そしてパイクマンの眼前が跳躍の頂点だ。「どけ」パイクマンは呟く。「ラオモト=サンを殺すんだから!」ドラゴンベインは右拳を引き絞る。
ドラゴンベインは跳躍の頂点でソンキョめいた姿勢!そして「イヤーッ!」引き絞った右拳からセイケン・ツキを放つ!「グワーッ!」パイクマンの顔面陥没!肩車が崩れ、後ろへ転落!降下しながらドラゴンベインは更に左拳を引き絞る。そして己がスケアクロウの顔面にさしかかった時!「イヤーッ!」
引き絞った左拳からセイケン・ツキを放つ!「グワーッ!」スケアクロウの顔面陥没!そのまま後ろへ転倒!「「アバーッ!」」二名それぞれの落下点に抜け目無く待ち構えていたのは編笠姿のニンジャ、ソードモンガー!「イヤーッ!」下から上へ掬い上げるようにして七支刀を振り抜く!
「「アバーッ!」」ソードモンガーは落下して来る彼ら二者の頭部が同一線上にくる瞬間を狙い澄まし、斬撃を繰り出した……パイクマンとスケアクロウの頭が、中心からスイカめいてバックリ裂ける!ザンシンするソードモンガーの眼前、地面に叩き付けられた二者は爆発四散!「「サヨナラ!」」
「ゴメンナサイ」ドリアードは戦端がひらかれた時点でドゲザし、そのまま硬直している。ではメギンギョルズは?今や彼はドヒョー・リング上にあり、インターセプターと対峙していた。カラテを構える二者の間の空気が熱を帯び、ぶつかりあうキリングオーラによって陽炎めいて滲み出すかのようだ。
「なんだァー?俺以外はゼンメツか?」燃え盛る瞳がインターセプターの巨躯を見据える。「仕方のねえ奴らだ……まあいい。要は、俺が貴様らを一匹一匹潰して行けばいいって話だろ」「同感だ」インターセプターは答えた。「その計画でやってみろ。まずは俺だ。お前はなかなかやれそうだ」
「ヘッ」メギンギョルズはせせら笑う。「ソウカイ・シンジケートに居なかったな、お前?俺はお前なぞ知らねえぞ。屍肉喰らいの寄せ集め、それがアマクダリだ。利益の甘い汁目当てに、クロスカタナを汚しに集まった罰当たりどもめが」「その通り」インターセプターは肯定した。「貴様らは肥やしだ」
彼の構えは独特のものだ。メギンギョルズはゆっくりと間合いを測るように動きながら、その秘密をうかがう。「これはカラダチだ」インターセプターは言った。「二分後には死んでいる貴様だ。教えてやってもよい」「カラダチだと?」メギンギョルズは訝った。「その使い手はインターラプターだ」
「懐かしい名を聴いた」インターセプターは言った。「同門者だ。カラダチとタタミ・ケン。ザムラ・シンダキのコントラ・ウェポンだ。俺の名はザムラが与えた名よ。奴の名もそうだろう」「インターラプターは死んだ」「ならばますます俺のカラテの価値も高まるというもの」「ほざくがいい」
じり、とメギンギョルズが間合いを詰める。「その手のくだらぬモータル由来のアーツに頼るニンジャどもを、俺は力でねじ伏せて来た。弱体者の言い訳の理論武装をな」燃える目が一際強く光る。「おれのチカラ・ジツに勝てるものなどなし。ジツすなわちカラテ。ノージツ、ノーカラテ」
インターセプターは喉を鳴らして笑った。それだけだった。「イヤーッ!」メギンギョルズが仕掛けた。掴んで轢きちぎる、それがメギンギョルズのイクサだ!インターセプターの首筋を掴みにかかる!だがインターセプターは防御姿勢を維持したまま動かない!「ヌゥーン!」
メギンギョルズの巨大な手がインターセプターを捉える!だがその瞬間、インターセプターの身体を瞬間的な緊張の波がはしった!メギンギョルズの手が歪んだ。否、そのように見えただけだ。接触瞬間にインターセプターの身体を走り抜けた謎めいたカラテ震動がメギンギョルズの接触を拒絶したのだ。
「ヌウッ!?これは?」メギンギョルズは怯んだ。「絶対防御カラダチ!」インターセプターが答えた。「貴様はおれに傷ひとつつける事はできん!」「子供だまし……子供……ヌゥーッ!?」メギンギョルズはなおも攻撃を加えようとしたが、果たせない。彼の身体はビリビリと震え、自由を失っている。
「身体が痺れ……」「そしてこれが!おれのタタミ・ケンよ!」インターセプターはぐるりと後ろを向いた。否、上半身を極限までねじったのだ。メギンギョルズは身体の自由を取り戻そうともがいた。インターセプターの握った拳は、中指が他の指より飛び出した格好の特殊な握りである。
「イイイイヤァーッ!」メギンギョルズは圧縮蓄積された内なる力を瞬間的に放出した。チカラ・ジツである!これにより強引にカラダチの肉体震動を振り払い、身体の自由を取り戻した!「隙だらけだ!イヤーッ!」メギンギョルズはインターセプターの攻撃動作に致命的打撃を加えんとす!
メギンギョルズの巨大な手がインターセプターの首筋を捉える!捉える!捉え……「フンッハー!」インターセプターの上半身が霞んだ。ほとんど緩慢にも見えたタタミ・ケンの動作が、まるで等比級数グラフのように突如として急加速!見えない程に!メギンギョルズは驚愕した。世界が暗転した。
彼は既にインターセプターの拳を受けていた。そして彼は、身体にギラギラ光る亀裂が生じたような錯覚に陥る。そして過去の記憶の逆流が始まる。ソーマト・リコール現象が。彼は気付く。自分は致命打を受けた。たった今……「グワーッ!」メギンギョルズの身体は斜め上に撥ね飛んだ。
インターセプターはザンシンした。吹き飛んだメギンギョルズはそのまま天井に……天井から突き出したマグロツェッペリンの先端部に突き刺さった。KRAASH!メギンギョルズはツェッペリン装甲を貫通し、内部へ叩き込まれた。「サヨナラ!」ツェッペリンの中からくぐもった爆発四散音が響いた。
その時である。「アババババゴメンナサイアババババゴメンナサイ」ドゲザ姿勢のドリアードの背中が突如膨らみ、そして、割れた。中から肉色の植物が隆起し、天井さして育ち始める。植物は枝を伸ばし、バルコニーを狙いに行く。ラオモト・チバを!何たるおぞましきジツであろう!
その場の者には気付かぬ事だが、地面につけた彼の顔からは床そして地中へ急速に肉の根が伸び、養分の吸収を始めていた。それがドリアードの肉の樹を育てるのだ。ラオモトの拒絶とバックラッシュの破綻によって、もはやまともな勝機が無いと踏んでの、ドリアードの自己破壊的な邪悪のジツである。
「イヤーッ!」ソードモンガーが四角い刃の剣を鞘から引き抜き、ドリアードの樹木を根本から切断した。「SHHHHH」ドリアードは呻き声を上げる。その切断面から更に複数の枝葉が伸び、それが幹となって、バルコニーをめがけ伸び続ける。「下劣なジツであるが……」アガメムノンが進み出た。
「MHHHYAAAAHHH」うねりながら伸び来る枝を、アガメムノンがデン・スリケンで迎撃する事は無かった。やがて枝はアガメムノンに届いた。彼はそれを掴んだ。途端に、青白い電光が彼の身体から枝を、幹を伝い、根本のドリアードに流れ込んだ。ZZZZZZZZTTTT!「アバーッ!?」
ZZZZZZZZZTTTTT!「アバババーッ!?」ZZZZZZZZZTTTTT!「アバババーッ!?」ZZZZZZZZZTTTTT!「アバババーッ!?」ナムアミダブツ!やがてドリアード本体がボンという内臓破裂の音を発し、悲鳴を出さなくなると、不吉な生体樹木は成長を停止した。
……かくして、突発的な襲撃戦は終結した。ではその間、我らがニンジャスレイヤーは?
それを知る為には、やや時間を巻き戻す必要がある。
4
# OTONOSAMA :ycnan : 応答を
# OTONOSAMA :morita : 今の衝撃は
# OTONOSAMA :ycnan : ノイズが激しい。解析を急ぐ。貴方は平気?
ニンジャスレイヤーは文字入力の解答に一瞬迷った。『アマクダリが混乱している。混乱に乗じ、』眼下のカンファレンス会場から続々と出撃するニンジャ達を見ながら、彼はそこまで送信した。アマクダリの陰謀者は居残り組と脱出組に別れたか。チバとアガメムノンは前者。だが……。
ニンジャスレイヤーは状況判断した。ナラクじみたキンボシ思考をとれば、混乱に乗じて狙うべきは当然アガメムノンだ。だが、そうは問屋がおろす筈もなし。敢えて冒すべき危険に踏み込むセンシ。あるいは無策の突撃の果てに犬死にする愚者。どちらがニンジャスレイヤーか?策が要るのだ!
ニンジャスレイヤーは天井裏を這い進み、カンファレンス会場から壁を隔てた裏側の茶室に降り立った。ニンジャ達の気配が廊下を遠ざかる。ニンジャスレイヤーはフスマを数センチ開けて窺った。ナムサン。火の海である。彼は燃える廊下へしめやかに進み出た。
「熱く燃えている」「一酸化炭素が危険だ」「何時間残業しましたか」シンガリを行くクローンヤクザの背中へ、ニンジャスレイヤーは音もなく近づいた。「……」最後尾の一人が口元を塞がれ、致命的首折りによって即死。ニンジャスレイヤーは手近の茶室に死体を引き摺り込み、再び集団を追跡する。
「この辺りバックドラフトしませんか」「ハルト、ハルト」「敵は何時方向から来るか?」再びニンジャスレイヤーは彼らの一人の口を塞ぎ、首折りで即死させると、廊下の別れ道の陰に横たえた。そして再び後を追った。
「ヘリポートへ護送する事、これ我々の今のミッションだ」「そうです」「……」ニンジャスレイヤーは彼らの会話の止み時をとらえ、最後尾の一人の口元を塞ぐと、致命的首折りで即死させた。そしてエンガワから下へ投げ落とすと、再びその後を追った。
「彼らはVIPだ」「……」最後のクローンヤクザに答える者は無い。彼は足を止め、振り返った。「……」その両肩にニンジャスレイヤーの無言のダブルチョップが振り下ろされると、クローンヤクザは床へ埋め込まれるかのような衝撃を受けて即死、膝から沈み込み、うつ伏せに倒れた。
ニンジャスレイヤーはやや先行するVIP集団を見据える。最後尾はスパルタカス。「……」バチバチと音を立て、天井が裂けて木材が落ちてきた。ニンジャスレイヤーはバック転で後退し、滑らかにうつ伏せ姿勢を取る。燃える木材が廊下を塞ぐ。スパルタカスが足を止め、振り返る。「……」
KRAAASH!その時である!スパルタカスの真横のフスマが内側から張り裂け、ニンジャが二人飛び出した!「オカクゴ!」「アンタイ・アマクダリ!」ニンジャスレイヤーからは燃える木材を隔て、スパルタカスが二人の襲撃者と向かい合う!「駄犬どもがァー!」
噴き上がる火の粉越し、ニンジャスレイヤーのニンジャ動体視力は、襲撃ニンジャの翻るマフラーに金糸刺繍されたクロスカタナ・エンブレムを見て取った。(((やはりソウカイヤの残党か?)))「ドーモ。ハマシオンです」「ドーモ。ゲーリュオンです。貴様はスパルタカス=サン!死すべし!」
「ドーモ。ハマシオン=サン。ゲーリュオン=サン。スパルタカスです」バキバキ!再び天井が燃え落ち、さらなる木材がニンジャスレイヤーと彼らを隔てる!それだけではない!「ウオオーッ!」KRAASH!ニンジャスレイヤーの真横のフスマが破られ、別のニンジャが飛び出す!「オカクゴ!何?」
KRAAAASH!「イヤーッ!」さらなる木材が燃え落ちる音に重ね、ニンジャスレイヤーは飛び出したニンジャの喉笛へ恐るべきチョップ突きを叩き込んだ。「グワーッ!」「グワーッ!」その瞬間、燃える木材の奥でも同様に別のニンジャが苦悶に呻いた。
「ハ、ハマシオン=サン!?バカな!早すぎる……」ゲーリュオンが叫んだ。スパルタカスが応えた。「有難く教えてやろう、犬め。これが古代ローマカラテの……」KRAAASH!さらなる木材崩落!そしてニンジャスレイヤーは眼前の敵と対す!「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」バチバチバチ!
「ゴボッ……ニンジャスレイヤー=サンだと……」遭遇時のアンブッシュで喉を割られた襲撃ニンジャは、囁くような声しか発することができない。「ドーモ……マルコシアスです……なぜ貴様が……だが貴様もシンジケートの敵ゆえ許さぬ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」
ニンジャスレイヤーは手負いでありながら決断的カラテで畳み掛け、マルコシアスに反撃のチャンスを与えない!一方、今や完全に炎と木材で隔てられたスパルタカスは、ゲーリュオンにとどめの一撃を繰り出さんとしていた。「近代カラテが切り捨てた……」ゴウウ……火の粉、炎!「五つの獣の構え」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの回転肘打ちがマルコシアスの首を480度回転!「サヨナラ!」爆発四散!そして燃える木材の向こうでは、「イヤーッ!」「グワーッ!」同タイミングでスパルタカスの致命的打撃がゲーリュオンを捉えていた!
「ザイバツ……グランドマスター……を倒した……成程、アバッ」ゲーリュオンは激しく震え、吐血し、白目を剥いて倒れ込んだ。そして爆発四散した。「またその話か」スパルタカスは辟易したように言った。「ありゃァ嘘だ。根も葉もない噂話よ……」彼は肩を竦めた。「死んだら聴こえねえか」
KRAAASH!さらなる崩落!もはや木材と炎は壁めいている。この廊下を使ってアマクダリを追う事はできぬ。ニンジャスレイヤーはザンシンし、炎を睨む。隙間から微かに見える、遠ざかるスパルタカスの後姿……『状況010011ザザッ今どんな0111』ナンシーの通信が激しく乱れる。
「アマクダリがソウカイヤ残党と思しき者どもと交戦を開始した」ニンジャスレイヤーは別のルートから脱出組に辿り着くべく、既に廊下を走り出していた。「天井裏の密談は送信できているか」『ザザッ01001011止めないと0100』「そうだ。止めねばならん」
この混乱に乗じ、アマクダリの戦力を削ぐ……ハーヴェスター……少なくともあのカメレオンを殺す事はできぬか?焦燥がニンジャスレイヤーのニューロンを苛む。大使暗殺などと……「どうした」ニンジャスレイヤーは呟いた。IRC通信のノイズが聴こえない。静かすぎる。彼は目を細めた。
◆◆◆
ナンシーは顔を上げた。「今、なにか……」彼女は運転席方向を見やった。サイバーゴスめいたLANケーブル髪の風変わりな女性がナンシーを振り返る。「え?」「ユンコ=サン。そっちのモニタを見て。時刻表示。コンマ00秒の桁……」ユンコはダッシュボードのサブモニタを二度見した。
「えっと」「待ってね」ナンシーは手元のキーを操作した。時刻表示が一時停止。「どう?」「2」とユンコ。ナンシーはメインモニタを見る。4。誤差だ。「触られた……?まずいわね」「アラートは何も無かったけど」「そりゃあね」ナンシーは金色の髪をかきあげ、素早く後ろで結わえる。
UNIXバンの内部には計器類のLEDが瞬き、プラネタリウムめいている。「ちくっとしたのよ」ナンシーは呟き、タイピングを再開。「ソウカイヤの残党がオトノサマに突っ込んだ時に」ユンコは電子ソナーを凝視する。片目は三点ドットを回転させるサイバネアイ。「アマクダリが重点スキャンを?」
「車、出して」ナンシーがタイピングを続けながら言った。LANアクセスポイントの物理的距離はハッキング精度の低下を招く。彼女たちのこの移動拠点は、オトノサマからそう遠くない。実際近い。「SHIT……やっぱり食いついて来てる……」ギュアアアア!タイヤがアスファルトを擦る。加速!
「どっちに逃げよう?」「ハイウェイに上がりたいわね」ナンシーは数秒間のキー操作で地図上に赤いマーカーを引いた。チノ・ジャンクション。ギュアアアア!横Gがかかる。フッフッとLEDが明滅。ナンシーの瞳孔が収縮する。「やる、こいつ、」BOOM!ファイアーウォールの一つが煙を吹く!
「ンアーッ!?」「ナンシー=サン!」「前を!」ナンシーは叫んだ。ギャギャギャギャ!サイバー三輪スクーターをバンは危うく回避!フッフッ……LEDが再点滅。モニタに01ノイズが走り、一秒間、不気味なカンジが占拠。「天下」KBAM!ナンシーは迷わず拳銃でデッキの一つを吹き飛ばした。
「ソウカイヤ?今更ノコノコ何しに来たのか知らないけど、飛んだとばっちり……迷惑な話……!」ナンシーは別のデッキにLAN直結し、タイピングをますます速める。「ニンジャスレイヤー=サン、平気かな」ユンコが呟いた。「多分ね」とナンシー。BOOM!次のファイアーウォールが!「NO!」
ザリザリザリザリ……スピーカーが不穏な混線ノイズを流し始めた。既にニンジャスレイヤーとの通信は断たれている。「0100101てんからくだる。あまくだり。てんからくだる。あまくだり。てんからくだる。あまくだり。てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんから01001」
「ナンシー=サン!」てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんから「ナンシー=サン!」「こいつ……」くだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだり
てんからくだるあまく「ナンシー=サン!」「今……」「横に!」「スッゾコラー!」だりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりBLAMBLAMBLAM!てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだ
「シャッコラー!」ギュアアアア!てんからくだるあまくだりてんからくだるあまくだりてんBLAMBLAM!KBAM!スピーカーが流れ弾を受けて破損!バンが左右に振れる!ナンシーはガクガクと首を揺らす。バンに並走するヤクザカーの助手席から、クローンヤクザがチャカを突き出している!
道路はしばらく直線だ!ユンコはハンドルを手離し、窓から腕を突き出す!「このッ!」クローンヤクザの腕を掴み、思い切り引っ張る!「アッコラー!」BLAM!チャカ弾が頬骨をかすめる。ユンコの目に憤怒が灯る!
クローンヤクザの髪を掴んで半ば車内に引き摺り込むと、顔面にパンチ!「カラテ!」「グワーッ!」顔面にパンチ!「カラテ!」「グワーッ!」顔面にパンチ!「カラテ!」「グワーッ!」クローンヤクザを解放!ヤクザカーはバランスを崩しスピン!KABOOM!ナムアミダブツ!
前方に急カーブ!壁には「夜になると暴れる」とスプレーでショドーされている。ユンコは慌ててハンドルを握り直し、思い切り舵をきった。ギュアアアア!「消した……痕跡は……消したけど……!」ナンシーは喘いだ。(イヤーッ!)車外で不穏なシャウト!その直後、バンの天井がゴスンと鳴った。
(イヤーッ!)ゴスン!ナンシーは朦朧状態から自らを揺り戻した。天井が歪んでいる?(イヤーッ!)ゴスン!「イヤーッ!」KRAAASH!「ンアーッ!?」ナンシーは車内に倒された。天井が爆ぜ裂け、そこからコウモリめいて逆さにニンジャの頭が覗き込んだ!「ドーモ。ブラックソーンです」
「ナンシー=サン!?」ユンコは運転に集中せねばならない。BLAM!ナンシーは仰向けに倒れたまま拳銃を掴み、逆さのニンジャの頭に発砲した。だが、ダメだ!ブラックソーンのメンポは鬼瓦めいて牙があしらわれており、その鋼の歯によって銃弾を噛んで止めた!タツジン!
「SPIT!」「ンアーッ!」ナムサン!ブラックソーンが吐き捨てた銃弾がナンシーを襲う!拳銃が撃ち落とされ、ナンシーは悲鳴を上げる!ブラックソーンの目が不穏に光った。「クンクン嗅ぎまわるネズミめ……アマクダリの指は長く、速く、そして巧みであるぞ」
ギュアアアア!バンが急速に切り返しを行い、ブラックソーンを振り落としにかかる。だが既にアマクダリのニンジャは車内に侵入!「貴様ら、ラオモト社長に仇為しソウカイ・シンジケートの名を汚すイレギュラー存在の走狗ども!」ニンジャ装束のあちこちに増設された排気口から白色の煙が噴き出す!
「ゲホッ!誤解が少し……誤解があるようね!ゲホッ!ゲホッ!」ナンシーが苦悶した。催涙ガスだ!殺害目的ではない。だが安心してよいものか?殺害ではない、即ちこれは捕獲・連行、そして思うがままの尋問行為を意味する……!「イヤーッ!」「ンアーッ!」ナンシーが拾おうとした銃を蹴飛ばす!
「コンピューターに触って粋がる非ニンジャの屑……困り者だ」「ンアーッ!」ブラックソーンはナンシーの肩を押さえつけた。「エエッ?ふざけた車内施設、グワーッ!?」「ンアーッ!」後部衝突衝撃!ナムサン!ユンコがバンを壁にバックで突進させたのだ!怯むブラックソーン!
「出ていけッ!」もうもうたる白煙を掻き分け、ユンコが運転席から車体後部ハッキングルームに飛び込む。そしてブラックソーンを殴りつけた。「カラテ!」「グワーッ!」この催涙ガスの中でなんの影響も受けていないなど、ブラックソーンの想定外だ!ニンジャはこの女の異様な右目に注目した。
彼女の右目には瞳の代わりに「家庭用」の文字。さらにその表示が切り替わる。「戦闘用」。「なんだ、まるで……」「カラテ!」「イヤーッ!」さらなる拳打撃をブラックソーンはガード!「ああもう!ちゃんとしろッ!」彼女は苛立たしげに叫ぶ。「戦闘用」の表示が再び切り替わり、通常の瞳に戻る。
ご存知ない方のために説明しておこう!彼女ユンコ・スズキは、ある事情からフル無機質の肉体を持ち、常人にはない困難を抱えている。ニンジャと相対すると自動的に殲滅モードに切り替わるなどのサイバネティクス不具合をだ。そのたび彼女はスシ由来のカロリーを消費し、意思力で捩じ伏せている。
右の瞳が医療用、戦闘用、家庭用の表示に置き換わる時。それらは一様に不具合の産物、好ましくないものだ。彼女は一瞬でセルフコントロールを取り戻し、拾い上げた拳銃を構える。左目の三点ドットがブラックソーンを捕捉……できない!「イヤーッ!」KRAAAASH!
ユンコは吹き飛ばされ、車体前部に叩きつけられる。「面妖な」ブラックソーンはナンシーを押さえつけたまま、白煙の奥を見やる。天井の裂け目から徐々にガスが吐き出されてゆく。「まあいい」ブラックソーンはぐったりとしたナンシーを無雑作に担ぎ上げた。そしてドアを蹴った。「イヤーッ!」
KRAAAASH!鉄板が吹き飛び、アスファルトを音立てて転がった。白煙が排出される。ユンコはブラックソーンのポン・パンチを受け、動かない。万全でないブラックソーンの姿勢、そしてサイバネティクスボディの耐久性をもってしても、ニンジャと渡り合うのは大変困難なのだ。
「……」彼はザンシンのためにユンコを数秒眺めた。それからIRCでクローンヤクザに車両回収指示を出すと、ナンシーを担いだまま、扉の外へ出ようとした。何者かがそこへ着地した。出口を塞ぐように。赤黒の影が。「イ」「イヤーッ!」「グワーッ!?」
両目に至近距離サミングを受けて怯んだブラックソーンの腹部に、至近距離膝蹴りがたたきこまれる!「イヤーッ!」「グワーッ!?」ブラックソーンはこの時、担いでいたナンシーを奪われた!さらに一撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」至近距離頭突きがブラックソーンの額を捉えた!
「イヤーッ!」「グワーッ!」怯んだブラックソーンの首もとにマンリキじみた握力の手が伸び、掴んで車外へ引きずり出す!そして投げる!「イヤーッ!」「グワーッ!」ブラックソーンは空中で三回転してバランスを取り、着地!赤黒のニンジャを睨む!「貴様はまさか……」
「無賃乗車は感心せんな」赤黒のニンジャはジゴクめいて言った。「貴様に課すペナルティは死だ。ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ……ニンジャスレイヤー=サン。ブラックソーンです」ブラックソーンはアイサツを返し、カラテを構える。「なぜ貴様が……?」
「状況判断だ」ニンジャスレイヤーの言葉は、目の前の敵と、自らが担いだナンシーの両者に対して向けられていた。「立てるか」「大丈夫。ええ」ナンシーは呟いた。ニンジャスレイヤーは彼女を降ろした。ナンシーは笑おうとした。「随分……早かったじゃない」「同じウカツを繰り返したくはない」
ニンジャスレイヤーの脳裏には、あの日の苦いイクサ、ラオモト・カンを討たんとして逆に裏をかかれ、ナンシーを奪われたあの日の記憶があった事だろう。「ユンコ=サンは無事か」「……」ナンシーは無言で頷くと、車内へ戻ってゆく。
ジリリ……ブラックソーンの爪先がアスファルトを踏みしめる。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。二者の殺気が空気を陽炎めいて歪めた。……「「イヤーッ!」」二者は同時に跳んだ!
空中で二者はそれぞれのチョップを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」打ち合う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」落下しながらそれぞれの回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ぶつかり合うカラテ!やがてブラックソーンの装束が白煙を噴き出す!「イヤーッ!」
ナムサン!これは例の催涙ガスだ!ブラックソーンはアンブッシュを受けて手負いであるが、かろうじてサミングの眼球破壊は逃れている。一方、ニンジャスレイヤーがスパルタカスのヤリ攻撃によって受けた傷も浅くはない。ここへ過酷なフーリンカザンが加味されればいかなる苦境か!
「イヤーッ!」宙に雲めいてわだかまる白煙の中で繰り返し発せられるブラックソーンのカラテ・シャウト!ニンジャスレイヤーの応戦は聴こえない!ナムサン!押されているのか!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」 ナムサン!「イヤーッ!イヤーッ!」ナムサン!
「イヤーッ!」ナムサン!……「グワーッ!?」白煙の中から斜め一直線に吹き飛び、地面に叩きつけられたのは……ブラックソーンである!「……」直後、ニンジャスレイヤーもまた白煙の中から落下し、回転着地!おお、なんたる適応!有害気体を呼吸せぬよう、無言無呼吸でカラテを繰り出したのだ!
「……」ニンジャスレイヤーはかたく閉じていた目を開き、素早く跳ね起きるブラックソーンを見据える。カラテ・シャウト無くばそのダメージなどたかがしれている。無呼吸無言のカラテはあくまで状況回避の方策だ。
「バカめ」ブラックソーンはニンジャスレイヤーのそうした方策を罵った。「痒いわ!骨のない打撃でしのぎきれると思うなよ。小手先の工夫で破れるほど、我がオボロ・ジツはヤワではない!」すぐさまブラックソーンは新たな白煙を装束の排気口から噴出!無尽蔵か!「いずれ貴様は……グワーッ!?」
決断!一瞬にしてワン・インチ距離に踏み込んだニンジャスレイヤーの拳がブラックソーンの脇腹にめり込んでいた。白煙が再び彼らを包み込む!だが、完全に呑み込まれる寸前、ニンジャスレイヤーは軸足に力を込め、拳をさらにねじり込んだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ワン・インチ・パンチ!
身体をくの字に折り曲げ吹き飛ぶブラックソーンを、煙の中から飛び出したニンジャスレイヤーが追う!「グワーッ!」背中からユーティリティ・ポールに叩き付けられるブラックソーン!衝撃でポールが傾ぐ!ワン・インチ距離に再びニンジャスレイヤー!「おのれ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」
ブラックソーンは釘付けめいた状態に陥りながら、ニンジャスレイヤーのラッシュを防御する。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」だが保たない!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの瞳に、赤黒い光が灯り始める!
(((グググ……よかろう、それでよし……見よ、オボロ・ジツ恐るるに足らず……)))「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」(((このまま!やれ!クビリ!コロセ!)))「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの喉輪がブラックソーンを捉える!
(((よいかフジキド……儂はこの程度の獲物でごまかされぬぞ……)))「アバッ……さすがだニンジャスレイヤー=サン」「ノーカラテ・ノーニンジャ。オヌシは策に溺れたのだ。ハイクを詠むがいい」「アバッ……」(((必ず!あの場に居合わせた全ニンジャ、必ず殺すべし!)))
ニンジャスレイヤーの喉輪に力がこもり、ブラックソーンの爪先が地を離れた。彼はハイクを詠んだ。「アマクダリ、貴様ごとき一個人、誤差の範囲」「イヤーッ!」「アバーッ!サヨナラ!」ブラックソーンは爆発四散!
「……」ニンジャスレイヤーは焼け焦げたユーティリティー・ポールに背を向け、UNIXバンへ向かう。ウォールルルル……バンが小刻みに震え、エンジンを始動。運転席にはユンコ。無事だ。片手でハンドルを握り、片手でダッシュボードのスシ・パックから次々にトロ・スシを取っては口に放り込む。
「派手にやられたわ」後部ハッキングルームに乗り込んだニンジャスレイヤーをナンシーが迎えた。「あっちには油断ならないハッカーがいる」機材が火花を散らす。ユンコはスシの咀嚼を続けている。「平気か」ニンジャスレイヤーが尋ねた。ユンコは頷く。「もう一回殴られてたら、死んだかも」
「暗殺決行は三日後だという」ニンジャスレイヤーは厳かに言った「大使のスケジュールを調べねば」「洗い出すわ」ナンシーは彼を見た。そして繰り返した。「止めないと」「そうだ。止める」「ファック。追って来てる」ユンコが呟いた。ガタガタと揺れるバン。背部モニタ映像には複数のヤクザカー。
「もうひと仕事して来よう」ニンジャスレイヤーは天井の裂け目を見上げる。「浮かない顔ね」「いや」彼はかぶりを振った。裂け目に手をかけ、車外へ出る。スリケンとマキビシでヤクザカーを返り討ちとすべく。「誤差の範囲」彼は呟く。さきのハイクが、魚の小骨めいて引っかかっている。
5
彼女は自室で横になったまま、眠るでもなく、天井を見上げて沈黙していた。彼女が見ているのは天井ではない。脳裏に蘇る光景だ。火の粉が舞うオトノサマの庭園、再び現れた彼は赤黒のニンジャ装束姿であった。彼女はその時すでに察していた。会議においてスパルタカスが勘付いたスパイ存在は彼だ。
その時彼は既にニンジャを殺めた後だった。アマクダリの者、あるいは襲撃者。どちらか。あるいはその両方か。わからぬながら、彼女は押し殺した凄みを感じ取った。イチローとは即ちニンジャスレイヤー、アマクダリ・セクトの行いを妨害し、ニンジャを殺す重点警戒対象その人であったのだ。だが……。
「ドーモ。イチロー=サン」彼女はトバリ・ジツを展開し、夜の闇じみたカーテンによって、追ってきたアマクダリのニンジャ達から視線を完全に遮断した。咄嗟の事であった。助けたのだ。敵を。「……ドーモ」彼はアイサツを返した。「ニンジャスレイヤーです」
「このジツで隠せる時間も、ほんの僅か」彼女は言った。「これから何が起こる……貴方はさっき私にそう訊いた」「……」「今はもう、貴方にもわかって?その答えが」ニンジャスレイヤーは無言だ。厳しい眼差しは肯定である。彼女は尋ねた。「貴方に止められると?」「止める」「……できはしない」
「なぜ助ける。ソルスティス=サン」既にニンジャスレイヤーはアマクダリにおける彼女の名を知っている。会議の中で。「私の気が変わらぬうちに」彼女は促す。ニンジャスレイヤーは跳躍準備姿勢をとる。「ひとつだけ」彼女は付け加える。「フユコとは誰」「……」ニンジャスレイヤーが彼女を見た。
「……この世にいない」彼は低く言った。そして跳んだ。トバリの外へ。「イヤーッ!」やがて暗黒のカーテンは霧めいて薄れ、俯く彼女の両手の中へ吸い込まれて行った。火の粉と炎、イクサの音が、彼女の周囲に戻ってきた……。
その時、彼女は全てを察した。運命を打ち鍛える鎚で打たれたように、彼女は察した……。……「戦争に対して」アガメムノンの言葉が彼女の物思いを破った。「躊躇いがあるのは、ある意味で自然だ」「ええ、いえ」彼女は我に帰り、食卓の壁にかかった骨董時計を見た。そして「不如帰」のショドーを。
「あまり箸が進んでいないね」アガメムノンはソルスティスを気遣う。「気分がすぐれなくて」彼女は呟き、フグのサシミの皿を下げるようメイドに指示した。アガメムノンはサケで唇を湿した。「物事が大きく動く。ストレスフルだ。わかるよ。君の中にわだかまる不安や動揺を鎮めるのが私の務めだ」
「大丈夫」彼女は微笑した。「武者震いのようなものよ。貴方の言うとおり、とても大きく動くから。物事が」「その通りだ」アガメムノンはにっこり笑った。メイドは深々と一礼し、食器ワゴンを押して退出した。アガメムノンは言った「今後を占う大事なイクサだ。君はもっと広い世界を知るだろう」
「広い世界」彼女は頷いた。「そうね」「広く、フラットな、シンプルな世界だ」アガメムノンは言った。「無駄なもの、非合理な障壁がなにひとつない、美しい地平」「砂漠のように」反射的に彼女は呟いた。呟いてから、彼女は己の言葉を恐れた。だがアガメムノンは笑って頷いた。「そう。荘厳な美」
彼女は邸内のあちこちに飾られたオブジェを思う。出口の無いガラスキューブの中に水と砂と海藻とキンギョを閉じ込め、完結した生態系の中でキンギョが生き続ける、小宇宙じみた美しい工芸品を。「彼はどう思っているのかしら。今回の事。これからの事を」「ラオモト・チバかね?」「ええ」
「彼にはふさわしい資質がある。帝王の資質がね」アガメムノンは答えた。彼女は何か言おうとした。だが彼は続けた。「我が子として申し分のない存在だ。君の恐れはよく理解できる。だが……」彼は真顔になった。「彼を愛してやってほしい。母として。我らが子を成す事はかなわぬのだから」
ソルスティスの手には力がこもり、その手の甲は白かった。アガメムノンは静かに立ち上がった。美丈夫はソルスティスの後ろに立ち、彼女の両肩に手を添えた。「幸福な家族だ」「……」ソルスティスはアガメムノンの手に触れ、笑みを浮かべた。アガメムノンはにこやかに言った。「ありがとう」
◆◆◆
# AMBSDR
@ ycnan @ njslyr @ mssngr @ babycat @ coward
# AMBSDR :ycnan: heya
# AMBSDR :babycat: hihi
# AMBSDR :mssngr: woohoohoo
# AMBSDR :njslyr: 本題を
# AMBSDR :coward: 先方に注意喚起は
# AMBSDR :ycnan: 当然。当然取り次がれない。大使館内部にも内通者
# AMBSDR :mssngr: omb omb
# AMBSDR :njslyr: 計画詳細情報も乏しい
# AMBSDR :ycnan: 電子メッセージを使わず、マキモノで情報を伝達している
# AMBSDR :mssngr: アナログの温かみ
# AMBSDR :coward: 当日の大使のスケジュール、周辺図
# AMBSDR :njslyr: 送信する
# AMBSDR :coward: 大使館に1UNIT、敵の移動経路を予測し、複数配置
# AMBSDR :njslyr: 異存無し
# AMBSDR :mssngr: babycatは寝ている
# AMBSDR :babycat: 起きている
# AMBSDR :mssngr: それはそうと。ハイウェイ使って来るなら我らでうまくやる detect
# AMBSDR :ycnan: 方法?
# AMBSDR :mssngr: 詳しさ
# AMBSDR :njslyr: これに関しては信用に足る
# AMBSDR :mssngr: 他の事も信用に足る本当に
# AMBSDR :coward: 進入ルートとなるハイウェイのポイントを定め、mssngr向かう
# AMBSDR :coward: その地点と大使館を結ぶルート上に他のunitを段階的に配置
# AMBSDR :mssngr: かなり頑張る
# AMBSDR :coward: しくじればplanBに移行
# AMBSDR :babycat: 敵戦力は
# AMBSDR :njslyr: 予測を送信した
# AMBSDR :njslyr: 決して少なくは無い
# AMBSDR :mssngr: 我らで半分にすればok?
# AMBSDR :babycat: 影野郎いるか?
# AMBSDR :ycnan: unit配置イメージ送信した
# AMBSDR :mssngr: すげえやっちまう得意
# AMBSDR :njslyr: 無関係市民不殺重点
# AMBSDR :mssngr: 奥ゆかしさ 努力
# AMBSDR :ycnan: 追加データ
# AMBSDR :coward: good速い
# AMBSDR :ycnan: 当日のchannel情報暗号化して送る
# AMBSDR :babycat: 計画が実行されなかった場合は?
# AMBSDR :njslyr: 杞憂
# AMBSDR :mssngr: その場合も同様報酬。例の
# AMBSDR :mssngr: 忘れるなかれ
# AMBSDR :njslyr: 承知済
0100011101011011……その後、一時間弱のやり取りを経て、彼らのIRCミーティングは終了した。直列されたファイヤーウォール機器はグリーンサインを機嫌良く灯している。ニンジャスレイヤーはUNIXをオフにし、薄暗い部屋で一人、アグラ・メディテーションに入る。
大きなイクサだ。ユカノはエーリアスと共に旅の途上、二人がネオサイタマにいない事は、思いがけずサイオーホースめいた僥倖であったやも知れぬ。イクサの中でニンジャスレイヤーが死ねば、結果的にアイサツ一つせず去るということになるが……。(((悪しき結果は考えまい。集中すべし)))
彼の心は、すぐ近くに嵐を視認する船乗りのようだ。焦燥がつきまとう。複数の者たちと連携するこの状況が慣れぬか。このイクサの動機に慣れぬか。個別の微々たる気がかりが、互いに合わさり、雪玉じみて大きくなって、確かな不穏を形作っている。
ソルスティスは。彼女は現れるか。彼女が立ちはだかれば、彼はどうする。彼女を無慈悲に殺せるか。フユコを殺せるか。彼女はフユコではない。だが、殺せるか。殺せるのか。イクサは止められるのか。彼は厳かにチャドーし続けた。
◆◆◆
「十人組ー、威勢のいい俺たちのー、火消しが海で女の子をナンパー、混じり気なし愛インシデント大切ー」大音量のスカム歌謡曲を半開きのウインドウから鳴り響かせ、霧雨の舞うハイウェイを、ヤシの実のウキヨエが描かれたワゴン車が走り抜ける。車内にはよく日焼けした男女グループの姿。
車内の日焼けした男女六人は、その陽気な身なりと裏腹に、石のような沈黙と仏頂面のアトモスフィアを共有している。「つうかさァ」後部座席の桃色髪の女が沈黙を割った。「クラゲ?何?調べとけッての」「ウルセエんだよ!」隣のバナナ柄Tシャツ男が桃色髪女の胸を揉みながら声を荒げる。
「触ンなよ!」桃色髪の女が身をよじって拒否した。「テメェ、カナオ=サンとレストランの陰で水着女ナンパしてたじゃねえかよ」「エッ?」バナナ男が鼻白んだ。すかさず別のブルネット女が目をむいた。「ハァ!?」そしてチョンマゲ男を睨んだ。「意味がわからねえんですけど?」
「しねえよ、しねえよそんなのよ、エミコ愛だよ」チョンマゲ男(彼がカナオであろう)はブルネット女にキスしようとした。ブルネット女(エミコ)はカナオの頬を張った。「触ンなよ!」「グワーッ!」「混じり気なし愛インシデントー、出逢い添い遂げよう、一生なー」スカム歌謡曲の歌詞も虚しい。
「降ろせよ!次のサービスエリアで降ろせよ!」「テメェが降りろよ!」「だから降ろせよ!」「テメェが降りろよ!」「だから降りるッてんだよ!」「スッゾオラー!ウルッセーゾコラー!」運転席のサングラス男が叫んだ。「揉め事してんじゃねえ!」
車内は一瞬静まり返った。「揉め事すんなっての」サングラス男が繰り返した。「……つうかさァ」助手席の金髪女が運転席の男に向かって言った。「アンタ、エミコとヤッたでしょ」「ア?」「エッ?ヤッてないよ!」エミコがうろたえた。金髪女が叫んだ。「証拠あンだよ!サカッてんじゃねえよ!」
「も、揉めンなよ!」運転席のサングラス男が繰り返した。「車内でよ!」「テメェだよ!」金髪女がサングラス男に飲みかけのケモビール缶を叩きつけた。「グワーッ!」ワゴン車が蛇行!「シャッコラー!」「アイエエエ!」カナオがいきなりエミコを殴りつける!「テメッコラー!」「アイエエエ!」
蛇行しながらスピードを上げるワゴン車の前方に、平たい編笠を被った人影!アブナイ!ここはハイウェイだ!面妖!「……イヤーッ!」ギャギャギャギャ……ワゴン車は編笠を被った人影のすぐ横を走り抜ける。編笠の人影は振り抜いた鍔無し長刀をクルクルと動かし、再び生成りの鞘に納めた。
「ナムアミダブツ」平たい編笠の人影……アマクダリニンジャのソードモンガーは、嗄れた声で呟いた。KABOOOOOM!ワゴン車が爆発炎上!ゆるゆると前進、やがて炎上しながら停止。KABOOOOOM!再度爆発!ナムアミダブツ……ナムアミダブツ!
「アイエエエエエ!」助手席のドアが剥がれ落ち、火だるまになった金髪女が転がり出た。ソードモンガーは彼女の目の前まで足早に移動し、立ち塞がった。「ここは二分前から行き止まりだ。わからなんだか」「ナンデ……助け……」「イヤーッ!」「アバーッ!」ナムアミダブツ……!
霧雨の中、ソードモンガーは後方を振り仰ぐ。数百メートル進んだ先には寂れたドライブインシアターがある。入り口には「ムービーランドマーク」とカタカナで書かれたゲート。既にその敷地内に非アマクダリの人間はいない。
「俺は今から最後の戦いだ!」「待って……抱いて」巨大液晶スクリーンが大作アクションムービー「フェデラル忠誠カタナ3」のエクスプロイットなラブシーンを流す霧雨の敷地内、数台の装甲バンが並んで駐車し、クローンヤクザ達が行ったり来たりを繰り返している。
慌ただしく、かつ、物騒な一団からやや離れた位置に腕組みして一人佇むのは、鉄仮面を装着したクローンヤクザである。異様ななりだ。そして、降りしきる霧雨はその体の数センチ周囲で超自然的に弾かれている。彼は実際クローンヤクザではない。クローンヤクザのボディを使用するニンジャなのだ。
彼の名はフージ・クゥーチ……アマクダリに属する油断ならぬニンジャであり、その出自を知る者は組織内にも殆ど存在しない。彼は「卑しい他者」と同じ空間の空気を呼吸する事を嫌う。腕組みして佇むその姿勢は、彼にとってアグラ・メディテーションと同様である。
拷問具じみて肩から上全体を覆う奇怪な鉄仮面の下、彼はいかなる表情を浮かべているのだろう?その耳の部分がチカチカと青いLEDを瞬かせた。「……ドーモ。これはこれは。アガメムノン=サン」フージは耳の部分に手を当て、抑揚の無い声でアイサツした。「ルート封鎖はじき終わりましょう」
「ウオオーッ!」KABOOM!霧雨の中、「フェデラル忠誠カタナ3」のカーチェイスシーン、くぐもった爆発音がスピーカーから聴こえてくる。フージは一瞥した。そして会話を続けた。「奴が現れないということはありますまい。委細お任せいただければよい」クローンヤクザが誘導灯を振っている。
二言三言会話をかわし、通信を終えると、フージは腰の後ろで手を組み、ゆっくりと歩き出す。「ウフフフフ……フゥーム?」やや不快な虫の羽音を聴いたように、彼は顔を上げる。「……」ステルス機構がバチバチと音を立て、足先から徐々にその体が風景に同化し、消えて行った。
一方、敷地内、「サービス店」と書かれた店舗のフードコートでは、アマクダリのニンジャ達が自由に冷蔵庫からスシを略奪し、思い思いに咀嚼していた。壁には店主と店員数名が等間隔でハリツケにされ、ダーツやスリケンの的になっている。当初は息があったやも知れぬ。今はどれも死体だ。
「封鎖はまだか?ノロノロやってやがる」リベット装束のニンジャ、ファイアブランドが指を舐めながら呟く。「ここでダラついているのも飽きが来るぜ」「遅れてはいない。予定の時間内ではある」とクーフーリン。トイレのドアが開き、モラックスが現れる。「フー」ファック・アンド・サヨナラだ。
「殺したのかお前」ファイアブランドがモラックスを見た。「それが何か?」モラックスは訊き返した。「お前一人愉しみやがったな」とファイアブランド。モラックスは肩を竦めてみせた。「フン……フン……」柱の側ではインターセプターが右手親指だけを床につけ、逆立ち腕立て伏せをしている。
「……」彼らの視線が入り口に集まる。ソードモンガーが戻ってきたのだ。「ドーモ」「ドーモ」ニンジャ達は互いにオジギを行う。「終わったか?」ファイアブランドが尋ねた。ソードモンガーは頷いた。「上の指示が有り次第、車を出す。スシを」「ほらよ」ファイアブランドはスシ・パックを投げた。
「いい雨だ」ソードモンガーは外の霧雨を見やる。「ゼンめいた風情がある」「ポエット」モラックスが呟く。「スカム映画が流れていてもか?」「あれはあれで郷愁のソースよ」「ポエット」モラックスが呟く。インターセプターは腕立て伏せを終え、およそ人間離れしたストレッチを始めた。
「アンタ、スシ要るか」ファイアブランドがインターセプターに親切に訊いた。インターセプターはストレッチを続けながら言った。「勿論だ。サバはあるか」「サバ?知るかよ」ファイアブランドは肩をすくめた。インターセプターはストレッチを終え、死体めがけ無雑作にスリケンを投げる。三倍点!
「雨など俺には鬱陶しいばかりだがな」インターセプターは冷蔵庫から目当てのサバを見つけ、咀嚼しながら言った。「詩情はわからん」「俺もだ」ファイアブランドが同意した。「モラックス=サンはどうなんだよ」「いや、特に」「ゼンはカラテに好ましい揺らぎを生むのだ」とソードモンガー。
「一理あるね」別の者が同意した。「知ってるか?昔はさ、川にオリガミを流して、それが行っちまう前にハイクを詠んだものさ……ヘマした奴はセプクしたんだがな、なかなかサツバツとしてた……イヒヒヒ」ニンジャ達がその者を見た。真っ直ぐに伸ばした黒髪、痩せた男が窓際の席に座っていた。
「待った!待った」ニンジャ達がカラテ警戒する中、痩せた男は手で制し、椅子を立った。「そう邪険にする事ァ無いよ……あンたら、全部で何人だい?まだまだ居るよな?それをせめて半分にッていうのが、そのう、約束ッてわけでも無いんだが、カッコつけたいじゃない……?」「イヤーッ!」
飛びかかったのはモラックス!空中回し蹴りを痩せた男へ繰り出す!「イヤーッ!」痩せた男はバックフリップしてテーブルの上に逃れた。KRAAASH!その直後、彼の背後の窓ガラスが粉々に砕け、大柄なニンジャがエントリーしてきた。モラックスの二段蹴りと新手のニンジャの裏拳がかち合った。
「おっぱじまってるじゃねえかァー……」大柄なニンジャはフードの奥の金色の目を輝かせた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」モラックスと大柄なニンジャは再びカラテをぶつけ合った。モラックスはその反動で飛び離れ、味方のニンジャ達と並んだ。「アイサツせよ」ソードモンガーが言った。
「ドーモ!」大柄なニンジャは腕を振り上げ、振り下ろしながらオジギした。「サークル・シマナガシ首領!アナイアレイターだ……!」「ドーモ。フィルギアです」痩せた男がアイサツした。アナイアレイターに呟く。「見ろよ、モータルはこいつらが片付けちまってるみたいだぜ……よかったよな」
「どっちでもいいぜ!」アナイアレイターはギラギラとその目を光らせ、白い息を吐いた。「殺らせろ、早く。テメェら、アイサツ、早くしろ」「フン」ソードモンガーが鼻を鳴らした。
「ドーモ。インターセプターです」「ソードモンガーです」「ファイアブランドです」「クーフーリンです」「モラックスです」KRAAAASH!「グワーッ!」やや離れた窓ガラスが破砕し、アフロヘアーの男が床を転がった。それを追って更に二人のアマクダリニンジャがエントリー!
「死にに参ったか。サンシタども」割れたガラスを乗り越え、二人のアマクダリニンジャがアイサツした。「ドーモ。デュラハンです」「ガルーダです」「やられてンのか?」アナイアレイターがアフロヘアー男に声をかけた。「ドーモ。スーサイドです」彼は床に血の混じった唾を吐き、アイサツした。
「やや間を置いて」インターセプターが言った。「別のアンブッシュだ」KRAAASH!天井が破砕し、上階から新手のニンジャが落下してきた。インターセプターはアンブッシュ者による落下しながらのカワラ割りパンチをすり抜けると、無雑作に片手を上げ、その装束の首元を掴んだ。「イヤーッ!」
「グワーッ!」マーブル装束のニンジャは背中から床に叩きつけられた。「イヤーッ!」更にケリ・キック!「イヤーッ!」「イヤーッ!」そのニンジャは間一髪で追い打ちを回避し、スーサイドの横に着地した。「ドーモ。ルイナーです」彼のオジギ終了がイクサの火蓋を切った!
「イヤーッ!」ソードモンガーがマントの中からサイを掴んだ両手を繰り出す。「イヤーッ!」フィルギアは高く跳んでこれを回避。カウンター上に着地した。「半分だぞ半分……」「イヤーッ!」振り向きざまにソードモンガーがクナイを放つ!
「イヤーッ!」フィルギアはカウンターの裏側へ転がり落ちてこれを回避!クナイが壁にハリツケされた死体に突き刺さる!ポイント点!「イヤーッ!」ガルーダが身を沈めスーサイドへ飛びかかる。そしてデュラハンの首が宙を飛んだ!「イヤーッ!」生きている!コワイ!
「イヤーッ!」アナイアレイターはソードモンガーにカラテを叩き込もうとした。横から飛び出したクーフーリンがその手首を掴む!「アァー?力比べか?」「ゴウオオオオン!」クーフーリンが吠える。アメジスト色オニじみた姿!「力!比べか!」アナイアレイターが繰り返す!
「チィーカァーラァー!比べェーかァー!」金色の目が激しく輝き、その身体を覆う鉄条網じみた触手がクーフーリンの腕を侵食し始めた。「GRRRR!」クーフーリンは振り払おうとした。できぬ!「イヤーッ!」阻止にかかるモラックス!「弱敵!」アナイアレイターが叫び、モラックスを睨む!
「GRRRR!」クーフーリンがアナイアレイターの脇腹に蹴りを叩き込もうとした。だがその瞬間、彼の身体が宙に浮いた。アナイアレイターが片腕の力でその身体を投げ飛ばしたのだ。アナイアレイターの腕先は鉄条網に覆われ、それがクーフーリンの身体に、がむしゃらに縄めいて巻きついている。
「「グワーッ!」」鎖鉄球めいてクーフーリンの身体をぶつけられ、モラックスは吹き飛んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」アナイアレイターは腕を力任せに振り、もがくクーフーリンを今度はソードモンガーへ叩きつける。「イヤーッ!」ソードモンガーは横へ転がって回避!クーフーリンが苦悶!
「フォハハハハハ!」アナイアレイターが笑った。バキバキと嫌な軋み音が生じ、「アバーッ!」クーフーリンの身体を八つ裂きにしながら、四方八方に鉄条網触手が飛び出す!「ハハハハグワーッ!?」だが大惨事を未然に阻止したのはデュラハンだ!天井近くをその頭部が漂い、サイバネ含み針を速射!
「ワオ!マジかよ」カウンター裏から顔を出し、フィルギアが目を剥いた。デュラハンの頭部は空中からサイバネ含み針の速射でアナイアレイターを攻撃し続ける。ではボディは?ガルーダのタックルを地面に叩きつけたスーサイドに襲いかかる!別々に自律行動しているというのか!コワイ!
「よう兄ちゃん」ファイアブランドがカウンター上で屈み、フィルギアを見下ろす。「良いご身分じゃねえか」「見つかっちまったか……」ファイアブランドはグレネードを放り込んだ。「イヒヒヒ!」フィルギアはおかしそうに笑った。「ハハハハハ!」ファイアブランドも笑った。KABOOOM!
「オイ!殺すぞ!」サイバネ含み針の速射に晒され、アナイアレイターが怯む。「テメェらどうにかしやがれ!」インターセプターは出口へ向かって歩きながら、ファイアブランドを振り返る。「ボスから指示が降りた。移動開始だ」「よしなにやれ!」ファイアブランドがモラックス達に命じる。
「イヤーッ!イヤーッ!」デュラハンの身体から電子カラテシャウトが発せられ、スーサイドにケリ・キックを連続で見舞う。スーサイドは上からガルーダを押さえつけ、片腕での防御を強いられている。もがくガルーダは白く発光し、その動きは見る見る弱々しくなってゆく。「イヤーッ!イヤーッ!」
「イヤーッ!」デュラハンの身体を後ろから掴んだ手がある。ルイナーだ。ルイナーはその腕を下へ押し込むように動かす。デュラハンの身体が抉り取られ、やがて真っ二つに裂けた。血とオイルを噴きながら、デュラハンの身体は床に散らばった。「イヤーッ!」モラックスがルイナーを蹴りに行く。
「イヤーッ!」ルイナーは振り向きながらこれを腕で受ける。モラックスの身体が内側から火を放ち、爆発した。KABOOOM!「グワーッ!」ルイナーとスーサイドは爆炎に呑まれる。ナムサン!何が起こったか?やや離れた位置で膝をつくのは無傷のモラックス!マウントを解かれたガルーダが退避!
一方、サイバネ含み針を速射し続けるデュラハンは密かに懸念を覚えていた。アナイアレイターが倒れぬ。針には麻痺毒が仕込まれており、相手がニンジャであろうとその動きをまず封じ、やがては心停止させる。その筈なのだ。だが一向にその兆しが無い。その非凡なニンジャ耐久力……「グワーッ!」
ナムサン!その時デュラハンに攻撃をしかけたのは、カウンター奥の爆発粉塵の中から飛び出して来たフクロウである!尖った嘴がデュラハンの片目に突き刺さり、そして眼球摘出!「グワーッ!」フクロウは室内を旋回し、そのまま屋外へ飛び出す!
「イヤーッ!」フクロウを追って割れ窓から回転ジャンプで飛び出したのはガルーダである!その両肩から燃える翼が生え、数度羽ばたいて滑空!フクロウとガルーダの下ではハイウェイを既に走りだした数台の装甲車両!
ソードモンガーが車両のルーフ上にアグラし、車内にはファイアブランドとインターセプター。おそらく他にも数名のニンジャがいるであろう。何らかの妨害に遭うことは……相手が誰であれ……セクトの想定内であり、特段、彼らに動揺のアトモスフィアは無い。
フードコート内に再び注目せよ。デュラハンからの執拗な針攻撃が途絶えたことで、アナイアレイターのニンジャ耐久力は瞬時にその毒素を克服、煮えたぎる憤怒にまかせ、鏖殺鉄条網を……解き放つ!「オ、オ、オ、オオオーッ!」「イヤーッ!」モラックスがその発動を封じにかかる!
アナイアレイターの両目が再び輝いた。フードジャケットを内側から引き裂き、鉄条網が飛び出す。モラックスの全身を貫く!「グワーッ!」四方八方に伸びる鉄条網がデュラハンの頭部を捉える!「アバーッ!?」デュラハンの眼球摘出痕から鉄条網が入り込み、脳をかき混ぜる!
KABOOOM!モラックスの身体が爆発!アナイアレイターは炎に呑まれる。だが倒れない!「フォハハハハハ!フォハハハハハハ!」人ならざる哄笑!目や口から金色の光を発し、アナイアレイターは仰け反る!その側へ無傷で着地したモラックスを、無数の鉄条網が捉える!「何?グワーッ!?」
……ギャギャギャギャ……ドライブインシアター敷地へ猛スピードで進入してきたチョッパーバイクがフードコートにドリフトしながら肉薄した。その時、割れ窓から全身に傷を負ったルイナーが飛び出し、バイクに飛びつくと、乗り手の後ろにタンデムした。一瞬後、店内から鉄条網の海が溢れ出た。
溢れ来る鏖殺鉄条網を後方に、チョッパーバイクは装甲車両を追う。バイクには鎖が繋がれ、車輪付き棺桶が牽引されてくる。異様だ。バイクを駆る者もまた異様!山高帽とロングコート、白い長髪をなびかせ、黒い包帯でその身を覆ったニンジャなのだ!上空ではぶつかり合うフクロウと、翼のニンジャ!
「オウイエー、実際安いぜェー」バイクからは大音量のストーナー・ロックが流れる。不穏な山高帽ニンジャは嗄れ声で歌い続ける。「オウイエーイエー……くたばっちまうぜェー」その後方で、ついに鉄条網がその勢いを減じ、急速に枯れ果ててゆく。スーサイドがアナイアレイターを止めたのだ。
「ンでェー……あれを追うッてかァ……」山高帽ニンジャは無造作にソードオフ・ショットガンを右手に構え、前方の装甲車に向けた。装甲車の上でアグラするソードモンガーを。「そうだ」ルイナーが言った。「アマクダリだ」「ハハァー……いいけどよォー……まあいいぜェー……殺るぜェー……」
6
BANG!挨拶代わりのソードオフ・ショットガン射撃が装甲車上のソードモンガーを襲う。「イヤーッ!」ソードモンガーは瞬時にアグラ姿勢から起き上がり、ロング・ドス・ソードを稲妻めいて十数回イアイした。KILLIN!KILLIN!センコ花火の散り際の爆発じみた火花が散る。無傷である!
「ハハァー」山高帽のニンジャは植物臭い煙を口から吐き、凄惨な笑みを浮かべた。「そういうニンジャかァー……キッチリ殺るぜェー……」「ドーモ」装甲車上でソードモンガーがオジギする。「ソードモンガーです」
「イヤーッ!」山高帽ニンジャがバイクから回転ジャンプした。後ろのルイナーが前へ滑り、運転を握る。山高帽ニンジャはチョッパーバイクの巨大なヘッドランプの上に直立し、背中にショットガンを戻すと、かわりに鎖鎌を取り出した。そしてオジギを返した。「ハァー……。エルドリッチです」
ギャギャギャギャ!ハイウェイが右カーブする。だが、装甲車、チョッパーバイク、どちらの上のニンジャも驚異的なニンジャ平衡感覚を発揮して、まるで接着剤で吸い付いたかのようにびくともしない。二者の間の空気が殺気で陽炎めいて歪むかと思われた。「イヤーッ!」ソードモンガーの手が霞む!
放たれたのは骨董めいたトモエ・スリケン!「イヤーッ!」エルドリッチは鎖鎌を打ち振り、鎖分銅の回転によってスリケンを撃ち落とす!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ソードモンガーは蛇行する装甲車上からトモエ・スリケンを連続投擲!「イヤーッ!」竜巻めいて宙を舞うエルドリッチの鎖分銅!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」両車両を闇が包む。短いトンネルを抜け、昼の光が戻ってくる。ナムサン!だがあらかじめこのポイントに待機していたか、装甲車の左右に武装バスが護衛じみて張り付いたではないか。更にその二台のバスのハッチバックが展開!
「シャッコラー!」「テメッコラー!」ナムサン!中から一台ずつ現れたのは奇っ怪な巨大タイヤ……否!単なるタイヤではない。ホイール部が空洞になっており、そこに座席がある。それをクローンヤクザが運転しているのだ!「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」タイヤマシンが道路に降り立つ!
「グワーッ!」その時だ。上空でぶつかり合っていた二つの影の一方が打ち合いに敗れたか、くるくる回りながら斜めに落下。左の装甲バスのルーフに着地した。「ハァハハハ……無理だコレ」フクロウは徐々に膨れ上がり、人の姿をとる。フィルギア。歪んだ笑みを浮かべ、いまだ両腕は翼のままだ。
「ワドルナッケングラー!」「メラッコラー!」二機のクローンヤクザタイヤマシンは圧倒的質量によってチョッパーバイクを押し潰しにかかる!チョッパーバイクはやや減速し、ジグザグに蛇行、隙を伺う。だが迫る二機の巨大タイヤマシンの質量が圧倒的なのだ!アブナイ!
「イヤーッ!」ソードモンガーが瞬時に相手をフィルギアへ切り替え、Z字首狩りナイフを投擲した。クローンヤクザバイクマシンはチョッパーバイクを彼の装甲車から隔てている。「イヤーッ!」フィルギアは装甲車上で回転ジャンプし、これを危うく回避。羽が散り、既に完全な人の姿だ。
「弱敵!弱敵!」ガルーダが上空で燃える翼を羽ばたかせた。キラキラと輝く羽根が飛来し、ルーフ上のフィルギアを更に襲う。これは神秘のジツ、フェザースリケン!「危ね!」フィルギアはバス上でバック転し、これを回避。羽根は次々にルーフへ突き刺さり、焼き焦がす!「イヤーッ!」そこへ斬撃!
「イヤーッ!」フィルギアはブリッジしてソードモンガーのナギナタを回避!「エッヘヘヘヘ、どこから出てきた、そんな物」フィルギアが笑った。読者の皆さんに説明しておくと、ソードモンガーのナギナタは3つのユニットに分解されて収納されていたものを素早くネジ式接続するのだ!「死ね!」
ソードモンガーはナギナタを頭上で振り回し、フィルギアめがけ繰り出す!「イヤーッ!」変身の暇を与えない!「イヤーッ!」連続攻撃だ!「イヤーッ!」さらには上空から繰り返し放たれるフェザースリケン!「グワーッ!」フィルギアの上体に燃える羽根が複数突き刺さる!
「ヤバイか?」フィルギアが歪んだ笑いを浮かべる。「ヤバイかな……」「イヤーッ!」装甲車上のソードモンガーはナギナタを頭上で振り回し、バス上のフィルギアを斬りつける!更に上空から斜め下45度角度で滑空してきたガルーダの致命的とび蹴りである!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ナギナタが止まった。蹴りも止まった。フクロウ頭の奇怪なニンジャは、青銅の小手めいた鉤爪の左手でナギナタを止め、右手でガルーダの蹴り足の足首を掴んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ガルーダをハイウェイ外へ投げ飛ばす。「ヌウーッ」ソードモンガーが力を込める。動かない。
投げ飛ばされた先でガルーダは繰り返し羽ばたき、再度の攻撃を狙おうとする。「ヌウーッ……」ソードモンガーが不審げに目を見開く。「ホーホー」梟頭がふざけたように鳴いた。「じきだ、もうすぐだよ、そうじゃねえと、俺もう……」「イヤーッ!」タイヤマシンの陰から跳躍の影!エルドリッチ!
「イヤーッ!」「アバーッ!」タイヤマシンの側面からクローンヤクザが弾き飛ばされ、アスファルトをバウンドしながら消えていく。それを追うように、チョッパーバイクが転倒、あっというまに見えなくなる。クローンヤクザを失ったタイヤマシンはもう一機に繰り返し横から体当たりを仕掛ける。
おお、見よ!その座席にはルイナー!咄嗟にバイクを捨て、この得体の知れぬ機体を奪ったというのか!KRAASH!KRAAASH!繰り返される体当たり!一方、エルドリッチは空中で高速回転!鎖分銅に遠心力を乗せ……繰り出す!狙いはソードモンガー!「イヤーッ!」
「チィーッ!」ソードモンガーはナギナタを捨て、懐から四角い刃のカタナを抜き放った。そこへ鎖分銅が巻き付き、ソードモンガーの手から奪い取った。落下しながらエルドリッチが拳を振り上げた。「ハァーハハーッ!」「チィーッ!」ソードモンガーが円盤刃ジャマダハルを二刀流で構える!
「時間切れじゃないか?」人間体のフィルギアが言った「あのさ、気をつけたほうが……」彼は進行方向を見やった。タイミングをはかるかのように。「イヤーッ!」「イヤーッ!」エルドリッチの拳がソードモンガーの頭を編笠ごと捉え、ソードモンガーの円盤刃ジャマダハルがエルドリッチを切り裂く!
その瞬間!バスが、装甲車がありえない挙動を取った。ハイウェイ上で急停止したのだ!ブレーキ?否、壁に衝突したかのような急停止だ。だが前方に壁は無い。急激な重力ギャップによってルーフ上のニンジャ達は前方へ跳ね飛ばされた。ナムサン!「「「グワーッ!」」」
エルドリッチはガードレールにバウンド。「グワーッ!」そのまま高架下へ落下!フィルギアは空中でフクロウに変身し、空高く舞い上がる。「逃さいでか!」それを追ってガルーダが飛翔。二者はDNA螺旋めいた軌跡を描いて灰色の空へ吸い込まれる。ソードモンガーは前方アスファルトでウケミ!
「チィーッ!」アスファルトに蜘蛛の巣めいた亀裂を刻み、ソードモンガーが起き上がる。編笠が失われ、刈り上げた髪と武骨なメンポが霧雨に晒される。彼は後方を振り返る。装甲車のファイアブランドへ音声IRC通信。「オイ、どうなってる」『ザザッ……ネットだな。見えづらい』「ネット?」
『ああ、まるでテニスコートだ。随分手の込んだ妨害じゃねえか。ヤクザに切断させる……』「スッゾ!スッゾ!」バスから次々にクローンヤクザが降りてくる。そこへ突入するバイクマシン!衝突寸前に転がり落ちる乗り手!大質量が装甲バスを直撃!「アバーッ!」KABOOOM!
「イヤーッ!」「アバーッ!」爆発煙の中から叫び声!『やれやれ、もうちと時間が要るぜ』ファイアブランドが呟く。『外の、ルイナーとかいうイカレニンジャを排除するのが先決だ』「俺がやろう」ソードモンガーは呟いた。だが、彼の背後……当初の進行方向から、声が飛んだ。「お前の相手は違う」
ソードモンガーは背後を振り返る。彼はロングサイを二刀流で構えた。そして歩いてくる二人のニンジャを警戒した。霧雨の中、ニンジャの一人は親指に火を灯し、葉巻に点火した。もう一人は見目麗しい女のニンジャである。ソードモンガーは顔をしかめた。「貴様かァ……雇われ者……!」
「仕掛けはどうだ。ソードモンガー=サン」葉巻のニンジャは名を呼んだ。「なかなかいい見世物になったと思うが、どうだね」「確かにいい見世物だ」ソードモンガーは返した。「我らのニンジャ損失は無し。そのうえ貴様が死ねばよい余興となろう……ドーモ。ブラックヘイズ=サン」
「ドーモ。ブラックヘイズです」葉巻のニンジャはアイサツを返す。その横でプラチナブロンドの美女がせせら笑うようにアイサツした。「フェイタルです」「機をみるに敏の男が、よりによってアマクダリに敵対するとは」ソードモンガーが言った。「ヤキが回った事だな」
「政治的必要性というやつだな」ブラックヘイズは言った。「来るべきアマクダリの秩序とやらは、俺のようなフリーランスにたいへん厳しい」「あらゆるシステム体系は断片化され平均化される運命だ。社会の必然だ」ソードモンガーが言った。「アマクダリがやらずともな。駄々を捏ねるな」
「お前さんも随分物分りが良くなったものだ、ソードモンガー=サン」とブラックヘイズ。葉巻を弾いて捨てる。「自己啓発したかね?」「ほざくがいい……」「旧知の戦友、今は埋め難き断絶、アナヤ」フェイタルが言った。ブラックヘイズを見る。「そんなところか?」「よかろう、採用しよう」
「イヤーッ!」ソードモンガーが踏み込む。迎え撃つはフェイタル。「イヤーッ!」ソードモンガーは側転しながら両手のロングサイを稲妻めいて投擲、フェイタルを牽制し、滑るように回り込もうとしたブラックヘイズにグラディウスで斬りつけた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ブラックヘイズはソードモンガーのグラディウス手を下から掌打で跳ね上げ、腹部にチョップ突きを繰り出した。「イヤーッ!」ソードモンガーは咄嗟のバックステップでこれを回避、さらにバック転で間合いを離しながら、地面に転倒誘発のベアリングをばら撒いた。
「GRRRR!」フェイタルが跳んだ。彼女はロングサイを弾き飛ばしながら、名状し難い奇怪な怪物に変貌していた。四つの目、猪めいた鼻、長い牙、垂れた耳、体表を覆う白い毛皮。並のモータルであれば発狂しかねない外観だが、ソードモンガーはニンジャの冷徹さでこれに対処する。「イヤーッ!」
ベアリングによって敵の動作を跳躍攻撃に限定した事で、ソードモンガーはフェイタルの攻撃方向を予測しきっている。「GRRR!」強烈な回し蹴りがソードモンガーの首を刎ねにかかる。「イヤーッ!」ソードモンガーは蹴り足をシミターで切断にかかる!
ナムサン!切断やむなし!だがそのシミターが十分に振り抜かれる事はなかった。ソードモンガーの手は中途で止まった。彼は目を見開く。その手首をブラックヘイズの左手が掴んでいる。ブラックヘイズはずっと遠くにいる。左手首から先だけが有線射出され、ソードモンガーを掴んだのだ。
「腕。俺の情報が古かったか」ソードモンガーは苦笑した。「美しい思い出がな」ブラックヘイズは呟いた。その首を、フェイタルの蹴りが一撃で刎ね飛ばした。「サヨナラ!」ソードモンガーは爆発四散した。
KRAAAAASH!KABOOOOM!その直後、道路後方で何らかの爆発!クローンヤクザの生き残りがネットを切断したと見え、装甲車がロケットスタート!フェイタルとブラックヘイズを轢殺する勢いで飛び出した。さらに機銃攻撃もセットだ!「「イヤーッ!」」二者は横跳びに回避!
突破された封鎖点、霧雨の中に、倒れ込むニンジャの影あり。ザンシンののち、カイシャクに向かおうとするニンジャの背には「トクシュブタイ」のカタカナ。ファイアブランドだ。敗れたニンジャ、ルイナーの近くに寄ってみれば、その右肩が爆裂し、ちぎれかかっているのが確認できよう。
ファイアブランドは首を巡らし、ハイウェイを接近してくる新たなオートバイを見る。スーサイドとアナイアレイターだ。「三対一?いやさ、五対一か?ぷっ!」ファイアブランドは失笑した。「まさかだろ」彼は素早くIRCインカムに指示を出す。炎上する装甲バスが転回を始めた。
ファイアブランドは一瞬で状況判断し、素早く行動した。「イヤーッ!」横倒しのタイヤマシンを己のニンジャ腕力で起こし、乗り込む。「根性見せろ、ははは」マシンに囁き、キックを入れる。エンジンが唸り出す。「スタートザーマシーン」ドウ!推進剤を噴射し、タイヤマシンがロケットスタート!
その後方では炎上する装甲バスがハイウェイを壁めいて塞ぎ終えていた。これではサークル・シマナガシは追ってこられない。ファイアブランドのタイヤマシンに続き、もう一台の装甲バスも発進した。身構えるブラックヘイズに装甲バスが体当たりをかける。その隙にファイアブランドは横を通過。
ブラックヘイズはネットを放ってバスの速度を緩め、それをフェイタルが真っ向受け止める。「アスタ・ラ・ビスタ、食い詰め傭兵殿!貴様のミッションは失敗だ。せいぜいその犬の餌代が稼げる事を祈るぜ」タイヤマシン側面からやや身を乗り出し、ファイアブランドは罵倒を置き土産にした。
「GRRRRR!」フェイタルが唸る。ギュルギュルと音を立て、装甲バスのタイヤが空回りした。「ザッケンナコラーコラーコラー!」装甲バスの側面ハッチが開き、次々にクローンヤクザが湧いて出る。「ちと面倒だな」「ウオオオオン!」フェイタルが憤怒に吠え、装甲バスを横倒しにした。
◆◆◆
ドッドッドッドッ……ドッドッドッ。モーターサイクルのアイドリング音を霧雨が曖昧に霞ませる。アナイアレイターの金色の双眸はヘッドランプよりもなお強い。仁王立ちになり、状況を見つめている。スーサイドは屈みこんだ。ルイナーの心臓はまだ動いていた。
「やられちまってンのかよ」アナイアレイターが毒づいた。「クソゾンビー野郎はどこだ。フィルギアのやつは!」「黙れよ!」「アアッ!?」スーサイドは道にツバを吐いた。彼はルイナーを見下ろした。「生きてるか」スーサイドの眉間には血管が浮き上がる。命を吸わないように、堪えているのだ。
「死んだなら捨ててけ!」アナイアレイターはアスファルトをストンピングした。亀裂が拡がる。「マジで言ってんのか」スーサイドがアナイアレイターを振り返った。「マジで言ってんのか。オイ」「……」アナイアレイターは音が出るほどに奥歯を噛み締めた。装甲バスを殴りつけた。「イヤーッ!」
KRAASH!車体側面が歪む。炎上するバスは既にもぬけの殻。中にクローンヤクザはもういない。ハイウェイを塞ぐ長方形の鉄の壁だ。ルイナーの右肩はほとんど消失し、焼け焦げて、血の染みが広がってゆく。「血を……」「イヤーッ!」KRAAASH!「クソ野郎!遊んでんじゃねえ。来い」
アナイアレイターが歩いてきた。スーサイドは立ち上がった。「まだ生きてる。できるのか知らねえが、やれよ。テメエのそのジツで抑えるんだ。こいつの傷口を」「トドメ刺す事になるぞ」「そンならこいつもそこまでだろ」「ウーッ!」アナイアレイターは獣じみて唸った。彼は右手をかざした。
シュルシュルと音を立て、棘まみれの針金が伸びた。鉄のイバラはルイナーの上腕、失われた肩、胸のあたりに乱暴に巻き付き、覆い、サツバツアートめいて締め上げる。血の流出は無理矢理に止まった。だが何の治療にもなっていない。あとはルイナーに備わったニンジャ耐久力がどこまで保たせるかだ。
アナイアレイターは石のように無表情。彼はルイナーを担ぎ上げ、己のバイクにまたがる。スーサイドも自分のバイクへ。彼らはしめやかにUターンした。今回の件、シマナガシの関与はここまでだ。フィルギアはそのうち戻ってくるだろう。エルドリッチは……シマナガシのハッパへの執着次第だ。
霧雨、ライト、ブリッジ、トリイ、標識。まずは闇医者だ。スーサイドは内心暗澹たる気分である。……アマクダリ・セクトのニンジャとは、やりあえる。戦える。本気の連中とも。それがわかった。ネオカブキチョのイクサに、筋道が見えた。その手応えに喜んでもいいはずだ。だが、高揚できない。
ルイナーのカラテが破られたのもある。しかし、イクサとはそうしたものだ。やりあえば、どちらかが傷つき、あるいは死ぬ。「嫌な感じ」は、もっと漠然と、真綿のように、彼の意識に澱となる。ニンジャを何人か倒す。イクサで倒す。それでアマクダリを倒せるのだろうか。
一人、また一人と手勢のニンジャが死んでゆくなか、アマクダリの者達はどこか淡々としていた。ノレンを押すかのような感覚があった。羽虫を煩わしげに払っているかのようでもあった。フィルギアの言を話半分に受け止めていた今回の「戦争」の件は、彼の中で不思議と真実味を増して感じられる。
大使が死んで戦争になれば、どうなる。何が起こる。当然とんでもない事になる。いや、もっとじわじわと進む変化なのか。シマナガシは、そして他の何人かのニンジャは、これを止められるのか。「嫌な感じだ、すげえ嫌な感じだ」彼は呟く。
ネオカブキチョのイクサを思う。フィルギアはニンジャスレイヤーの協力を取り付けた。今回の件を交換条件に。ルイナーがああなった甲斐はあったろうか。だがもし、今回、ニンジャスレイヤーがアマクダリに倒される事があれば……?ZGGGG……遠くの雲が一瞬光り、霧雨は豪雨になった。
◆◆◆
ブツブツとスピーカーが鳴り、車載UNIX群のファン音が微かに乱れた。「ノイズか?」インターセプターが呟いた。「落雷ですね」運転ヤクザが車内スピーカーを通じて親切に答えた。カメレオンは肩をすくめる。装甲車の車内タタミ敷き空間には三人のニンジャがアグラしている。
三人、すなわち、インターセプター、カメレオン、そしてフージ・クゥーチである。ザリザリ……スピーカーのノイズを通し、ファイアブランドの通信が入ってくる。『ドーモ。ファイアブランドです。お前さん達を追従している。なお妨害者はひとまず撒いた』「よかろう」フージが答えた。
タタミ空間の隅にはクローンヤクザが壁に向かって並んで正座し、車載UNIXに並列LAN直結している。インターセプターは来るべきイクサに備え、集中を深める。特徴のない顔立ちの女ニンジャ、カメレオンは、かすれた口笛を吹きながら、己のネイルを眺める。「天下」の印が描かれている。
そしてもう一人、フージ・クゥーチ……鉄仮面の下で、呪われたニンジャは意識の半分を瞑想状態に落とし、思いを巡らせる。カメレオンは作戦の要。インターセプターはカラテの守り。そしてフージはジツに対する守りであるが……実際のところ、彼はニンジャスレイヤーに対する備えとしてここに居る。
今回の大使暗殺は非常に重大なミッションだ。それゆえ二重三重の妨害工作をはじめから想定し、布陣を組んでいる。手勢のニンジャはある意味、妨害にかかって死ぬ為にこそ参加している。案の定、胡乱なニンジャ達や傭兵がこの装甲車両を襲撃した。死亡報告が既に複数入っている。特に問題は無い。
ニンジャスレイヤーがこのミッションを嗅ぎつけてくるかどうかは定かで無い。どちらでもよい。インターセプターがいる以上、ニンジャスレイヤーであろうとなかろうと排除が可能だ。しかしながら、フージはいわばシャマニズムめいた勘によって、ニンジャスレイヤーが現れるであろうと確信している。
ニンジャスレイヤー!あの者の存在を思うたび、フージは、クローンヤクザの義体と重なりあう己の認識身体に、ぞっとするほどの冷たさ、激烈な痛みを覚え、叫び出さんばかりになる。その痛みを和らげるエンドルフィンめいて、復讐を果たす甘美なイメージが遅れて湧き出し、ニューロンを慰める。
そうした彼自身の煩悶を、別レイヤー上の彼自身の意識が冷徹に観察している。フージは呪われたニンジャである。そして呪い殺すニンジャである。ニンジャスレイヤーは死ぬであろう。
装甲車後方の格納庫には、湾岸警備軍の若き将校、モノリエ・ヤスミが収納されている。拘束され、意識を失い、無傷で。カメレオンは引き続き、かすれた口笛を吹いている。インターセプターはメディテーションを深める。フージは鉄仮面の下で声なき笑いを笑う。ニンジャスレイヤーは死ぬであろう。
7
「だからね、何度も申しますがね、あなた方の非礼ですよ。コモト=サンの訪問が無期限延期になったのは。我々の落ち度じゃありません」キョート大使レツマギ・シトシは、茶菓子を頬張りながら火鉢の向こうのネオサイタマ外交官員を指さした。「来週にはまた再度の判断をしますよ。さあ時間切れだ」
「キョートに流れる時間はこちらよりゆっくりしていると言いますがね」外交官は顔をしかめた。「あなたはネオサイタマの空気を吸っているんですよ。今この時も」「否!おやめなさい」レツマギはセンスを取り出し、開いて仰ぎ始める。「この大使館はキョートだ。離れキョートです。空気もね」
「ムウーッ」外交官は唸った。正論である。彼は茶器を置き、しぶしぶ一礼して立ち上がった。追い打ちじみてレツマギは言った。「私は懐が広い。キョート人というものはね。……嫌味一つでボロが出る、それがあなた方です。それをわきまえて来週またいらっしゃい」「……!」外交官は退出!
「やれやれです、やれやれだ」レツマギはハンケチで額の汗を拭い、1:9分けの髪の毛を撫で付けた。「朝から何も食べていない。はじめて口に入れたのが今の茶菓子ですよ」「何にしますドスエ?」大使館メイドがにっこり笑い、茶室のノレンをやや上げた。「オカユにしてください。胃がよくない」
「ちゃんと栄養を取らないと、夜まで保たないドスエ」「いいんです、私は」「まあ!」レツマギはテーブルにつき、小箱の中の薬包を取り出す。「庭師の……アー、つい混同してしまうな、ミノタ=サンは?」「ボンサイを刈っています」「では久しぶりに皆で、ここで食べよう」「賛成ドスエ」
庭師、メイド二人、そしてレツマギは、にこやかに遅めの昼食を摂る。それは、やや奇妙な光景である。中庭にぽつりと存在するこのハナレを出てみれば、自動小銃で武装した駐在ケビーシ武官達がいかめしくポイントごとに配置され、今も突然の不測事態に警戒しているのだから。
……「ただ、私はモコテック・オタミのヨーカンは好きなのです」「あれは実際うまい」庭師のミノタが同意する。「しかし静かなものですな」「たまにはよいでしょう。普段のカンバ=サンのうるさい事がはっきりわかるというもの」「風邪ですか?」「検査だそうで」「そりゃいけない」「平気でしょう」
「そんな粥なんか食べる生活じゃあ、今度はアンタの番です。スシですよ、やはり」「そうドスエ」「いいじゃないですか、私の事は。誰も心配なんかしません」「まあ、そりゃそうですぜ」「おお、なんと口が悪い庭師!」「ウフフ!」ザッ、ザッ……中庭を定期巡回するケビーシの靴音が微かに聴こえる。
ガガガガ、ドド……ひときわ大きな雷の唸りに、食卓の者達は会話を止め、互いに目を見交わす。そして叩きつけるような豪雨が始まる。「落ち着かないですね!」レツマギは皿を下げさせた。「まったく下品な雨だ!」
ガガ……ガガガ……ZZZGGT!空気が震えるほどの轟音!落雷だ。「アイエエエ!」「近いドスエ!」メイドはうろたえ、庭師はいそいでスシを頬張った。「なんですか不吉な!」レツマギは立ち上がった。「このハナレはまずい…」KABOOM!彼の言葉を、今度は爆発音がかき消す。近い。庭だ!
BRATATATAT……BRATATATATATATATA!「グワーッ!」「アイエエエエ!」BRATATATAT!「何だねこれは!」レツマギは髪をなでつけ、戸口へ向かう。「レツマギ=サン!大変です!」ハナレ玄関に現れたのはケビーシ武官である。「ネオサイタマの……グワーッ!」
その心臓部から銃剣の刃が飛び出し、絶命!死体を踏み越え、ズカズカと乗り込んで来たのはネオサイタマ湾岸警備隊の装備に身を包む男二人!埋込み式のサイバーサングラスが、銃口が、レツマギに向く。彼は凍りついた。「穏やかじゃねえですな」庭師のミノタがドスの利いた声を発し、彼の前に立つ。
「スッ」湾岸警備隊が同時に恫喝ヤクザスラングを発する「……ゾコラー!」「イヤーッ!」ミノタが踏み込む。「グワーッ!?」チョップが手前の警備隊の喉笛を撃ち抜いて即死させ、「イヤーッ!」回し蹴りがもう一人の首を200度回転させて即死させた!ミノタは首に巻いたテヌギーをほどく。
ミノタはテヌギーで鼻から下を覆い、ジャケットのフードを目深に被った。ニンジャ機構が働き、フードは頭巾に、ジャケットとカーゴパンツは藍色のニンジャ装束に変形!さらに耳の後ろからメンポがせり出し、テヌギーの上から顔を覆った。ナムサン!ミノタは大使館づきのニンジャなのか!?
「注意しなさいよハーキュリーズ=サン!私の命、イコール、キョート外交です!」「守りますとも。その為に給料貰っていますからなァ」ミノタ……否、ハーキュリーズは、鉄のグローブを握り、開いた。ハナレの外では依然、銃声!「実際、電撃的襲撃です。まずいぞ」BRATATATAT!
「ヒッ……」メイド二人は食卓の下で息を殺す。BRATATA……TATA……「ワレワレ、ガガピー!我々ハ!我々はネオサイタマ湾岸防衛軍有志!」拡声器音声が轟いた。「悪逆キョートに対し、我ら誇り高きセンシの堪忍袋は温まりきって、爆発した!ここに命を賭して決起した次第である!」
「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」KRAAASH!KRAAASH!ガラス破砕音!別室のガラスショウジ戸から新たな湾岸警備隊が侵入したのか?「スッゾー!」そして玄関からも新たに二人の警備隊!「イヤーッ!」咄嗟にハーキュリーズはクナイを投擲して一人殺す!
BRATATATATAT!「イヤーッ!」ハーキュリーズは腕を交差した。その手の鋼がじわじわと装束を侵食し、全身を鎧う!特殊なムテキ・アティチュードである!TATATAT……ニンジャは大使とメイド二人の盾となって、もう一人の警備隊による銃撃を防ぐ。
「ア、アッコラー!?」警備隊がやむなくリロード!「イヤーッ!」ハーキュリーズは瞬時にムテキを解き、強烈なカラテフックを警備隊の下顎に叩き込んだ。「アバーッ!?」顔半分が吹き飛び、警備隊は回転しながら倒れる!「地下から抜けますぜ」ハーキュリーズは玄関を諦め、廊下を指さした。
「アイエエエ……!」「死にたくなければ急ぎなさい!」レツマギはメイドたちを促した。「全くどういう事です、これは」廊下を足早に進む彼の顔はひどく蒼ざめている。「近頃はキナくせえですからな」ハーキュリーズが答えた。「ザッケンナコラー!」廊下に面した部屋の戸口から湾岸警備の新手!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ハーキュリーズはクナイで殺す!屋外では再び拡声器!「決起軍総司令は我、モノリエ・ヤスミである!邪悪キョート外交に怒りの鉄槌を下し、腰の引けたネオサイタマ外交に活を入れる!それが我が望みだ……望みを果たし、そののちセプクあるのみ……!」
「何を訳の解らぬ事」レツマギは閉口した。ネオサイタマの湾岸防衛軍は日頃から好戦的な発言を繰り返していた。一線を超えたか。彼らは廊下を進んだ。この先の階段を下った地下室には隠し通路があり、このような有事の際、離れた区画に抜け出る事が……「ヌウーッ」ハーキュリーズが足を止めた。
廊下の角から余裕ある足取りで現れたのは、黒い乱れ髪とハンニャじみたメンポ、非常に優れた体格のニンジャである。「こっちは行き止まりだよ、大使殿!」「こいつはいかんな」ハーキュリーズは呟いた。レツマギに囁く「やはり敵にもニンジャ有りだ。しかもあいつ……守りきれる自信がありません」
「大使殿におかれましては、コソコソ逃げずに、予定通り会見場においでませい」凶暴なアトモスフィアを漂わせるニンジャが凄んだ。「記者達はお前さんの当たり障りないキョート方便を記事にする為に、泊りがけで集まっておるのだろう?可哀想だぞ」彼の言葉は謎めいていた。
「か、会見だと?」レツマギは鼻白んだ。確かにこのあとのスケジュールとして、キョート・ネオサイタマ国境における誤射事件に関する記者会見が予定されていた。だがもはやそれどころではあるまい!しかも、そもそもこの者達の襲撃がなければ始めから滞りは無かったのであり……彼は混乱した。
「ただし、会見の内容は我々の都合により、当初のものから変更させていただく」ニンジャが言った。「アイサツがまだだ、インターセプター=サン」ハーキュリーズが遮った。インターセプターは笑った。「おれを知っておるか。だが俺はお前を知らん」「ドーモ。ハーキュリーズです」「知らんなあ」
インターセプターは肩を揺らして笑い、尊大にオジギを返した。「ドーモ、ハーキュリーズ=サン。インターセプターです」カラテを構えた。ハーキュリーズは逃げるようレツマギ達に手振りで合図し、応じた構えをとった。両ニンジャに挟まれた空気がどろりと澱んだ。
「アイエエエ!」メイド達が180度方向転換し、走り出す。レツマギも後を追う。中庭を通るしかない。だが、これではもはや逃げる事など……。「ムテキ・アティチュードか」背後に残すインターセプターの声。「一方おれのカラテに砕けぬものはない。ここにアイロニーが生ずるな」
「ヌゥーッ……!」「フンッハーッ!」「アバーッ!」レツマギはメイド達を促し、台所へ駆け込む。そして窓から外へ……!
◆◆◆
その、少し前。
大使館から数ブロック離れた地点、オシサマ駅の鉄塔の頂点部で身を屈める存在あり。赤黒の装束、「忍」「殺」のメンポ。ニンジャスレイヤーである。彼は片耳を片手で覆い、眼下に小さく見える大使館敷地を注視していた。その気になれば彼はこの監視体勢をいつまでも維持し続ける事ができるだろう。
ナンシーからの状況報告は芳しく無い。アマクダリ部隊の集合地点、移動ルートに誤りは無かった。だが、結果として敵の暗殺ニンジャを乗せた装甲車両はハイウェイを下り、今まさに、大使館へ至ろうとしている。装甲車は近距離用の妨害ノイズを散布しており、大まかな位置を掴む事ができるのみ。
この後、大使館ではキョート・ネオサイタマ間の緊張に関する記者会見が予定されている。ニンジャスレイヤーは街路に配備されたネオサイタマのマッポ達の存在を把握している。アマクダリはこれら警備を真正面から突破し暗殺にこぎ着けるか?『ノイズが増えてないか』IRCインカムから女の嗄れ声。
「……近づいて来ているのだ」『そうね』彼女の声は遠い。『ザリザリ……早いとこ終わらしちまいたいとこ……』「じきだ」ザリザリ……ザリザリ……『黒塗りのクルマが出て行く』『あれはネオサイタマの外交官ね』ナンシーがノーティスを入れた『やはり、タイミングはこの後、記者会見の……』
ドロドロと曇天が鳴る。『来るんじゃないか、雷が』「……」ニンジャスレイヤーはガーゴイル像めいて、鉄塔上で微動だにしない。『手筈に変更はないね』『今のところは』彼女にナンシーが応えた。『傍受されてるッて事は無いかい』『今のところは』ナンシーが繰り返す。
朱塗りの塀で囲まれたキョート共和国大使館は周囲と異質なアトモスフィアを主張している。ニンジャスレイヤーの高さからは、その朱色の内側、敷き詰められた白砂やユーレイじみたゼンをたたえる柳、セイシンテキな白い大理石の噴水が確認できる。そして巡回する駐在警備官達のいかめしさが。
「アカチャン……育って大きいね」「バリキトカ!」霧雨の中、ゆっくり飛行するマグロツェッペリン広告音声が降り注ぐ。明滅する黄色いライト……白く浮かび上がるネオサイタマ……ガガガガ!ドドド……空が光った。やや近いか。ニンジャスレイヤーは通信ノイズを懸念した。
ガガ……ガガガ……ZZZGGT!空気が震えるほどの轟音!落雷だ!ニンジャスレイヤーのニンジャ動体視力はマルノウチ・スゴイタカイビルの避雷針に吸い込まれる電光を捉えた。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せる。まるで不吉な啓示010011私は誰だニンジャスレイヤー01001捉えたぞ
「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーの両目から血涙が零れた!彼はかろうじて己を制御し、鉄塔からの転落を防い01101101感じるぞお前のソウルを010111ニンジャスレイヤー。私は誰だニンジャスレイヤー「グワーッ!」『ザザザザザザどうした01001「グワーッ!」
『ニンジャスレイヤー=サン!?』『何か……』『オイッ、奴ら来たよ!突入010001001110001私は誰だニンジャスレイヤー0100110「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは鉄塔を飛び降りる。攻撃を……攻撃を受けている!ニューロンに攻撃を!
『ニンジャスレイヤー=サン!』『ナンシー=サン。プランBだね』『ザリザリ……何ですって?』『よしなにやるって事さ』01001011101ニンジャスレイヤーは答えようとする。鉄塔から駅のホーム、雨除けの上に着地。呼吸を整える。「スゥーッ……ハァーッ……!」010フジキド!01
ニンジャスレイヤーは呻いた。雨除けに手をつく。ナラクの意識が浮かび上がる。抑えられない。(((フジキド……なんたるウカツを……これは0100011100ニンジャスレイヤー0100010001ホホホホホ……お前のソウル……「グワーッ!?」
「フジキド!オヌシでは役に立たぬ!足手まといは寝ておれ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。ニンジャスレイヤーはカラテを構え、周囲を見渡した。……墨絵めいたモノクロームの世界に、彼は独り。
「……キリングフィールド・ジツ」ナラク・ニンジャは押し出すような呟きを発する。「対手はどこだ」「「「ホホホホホそこにホホホホホおりますよ!」」」屍肉と骨の散らばるモノトーンのセキバハラ荒野に不穏な笑いが木霊し、ナラクの目の前に、おぼろな姿が現出した。
(((なにが)))フジキドは困惑する。(((起きている)))ナラクと向かい合い、拳を握らない独特の構えを見せたその者は、紛れもなく、デソレイション……あり得ぬ事だ。ニンジャスレイヤーは彼を滅ぼし、死してなおニンジャスレイヤーを毒したノロイをも破った。(((何故、再び?)))
「「「凄まじきジツ、凄まじき体験」」」不穏な声が響き渡る。「「「大変な記憶だ、大変に役に立つ」」」ナラクとデソレイションはゆっくりと円を描くように動き、互いに間合いを測る。「「「正体見たり。そしてサラバよ」」」……その時。フジキドは垂直頭上に黄金の立方体の存在を知覚した。
灰色の世界に漏れ出る微かな光、唯一の色彩。フジキドは電撃的速度で思考した。あれはブッダの蜘蛛糸めいた唯一の打開策だ!「フジキド!」(((イヤーッ!)))彼の意識はナラクから引き剥がされた。そして、墨絵めいた空の奥に薄れゆく黄金の立方体を灯台めいて、矢のように飛翔した。
「「「コシャク01001101011ニンジャスレイヤーは雨除けの上に片膝立ちで着地した。「……」否。彼は少しも動いていない。手のひらに霧雨が降りかかる。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。奇妙な感覚である。「ナラク?」答えはない。
(((とにかくどうにかせよ……)))ナラクがフジキドの意識を剥がした瞬間に発せられた声が、ヤマビコめいて三度、四度、フジキドのニューロンに繰り返された。その声の残滓も五度は返らなかった。
(((Ninjaslayer)))ナラクにかわり、彼のニューロンを掻き毟るのは、どこか覚えある別の声。(((Ninjaslayer-Abnormal-Reaction-Against-Karate-Urgency ……NARAKU!所詮、つまらぬ小僧手品であった!)))
8
「何者だ」ニンジャスレイヤーは呟いた。彼自身の声がニューロンに反響し、徐々に歪んで、どこかで覚えのある声が繰り返された。(((私は私は私は誰だ)))「名乗れ。ジツ使いめ」(((身ひとつで放り出された気分はどうだニンジャスレイヤー=サン……)))
「そうやって、私の耳元で無害な野次を飛ばしておるがいい……」ニンジャスレイヤーは眼下の大使館敷地を見やった。そして、跳躍準備……「グヌーッ」できぬ!彼は再び片膝をついた。目から血が流れ、視界が繰り返し白く爆発する。垣間見えるのは白黒のサップーケイ空間……。
01001001互いにアイサツを済ませたナラク・ニンジャとデソレイションらしき影は同時に踏み込み、ワン・インチ距離をとる。「イヤーッ!」ナラク・ニンジャは心臓摘出のチョップ突きを繰り出す。デソレイションはナラクの肘と己の肘を打ち合わせ、腕先を絡めてこれを防御した。
防御行動から鎌首めいて折り曲げたコッポ手がナラクの顔面を狙いに行く。「イヤーッ!」ナラクの対処は冷静である。デソレイションの軸足の脛を急角度で蹴り下ろす。「グワーッ!」ナラクが一瞬速い!その直後、ナラクは0.1インチの最小の首の動きでコッポ手の狙いを逸らす。「児戯!」
「イヤーッ!」デソレイションは沈み込みながら、みぞおちめがけ致命的なコッポ突きを繰り出す。ナラクはこれを円運動めいた腕の動きで払いのけた。デソレイションは肘先を離さず、絡めるようにして腕を取る。「イヤーッ!」もう一方の手で顎先を狙う。「イヤーッ!」ナラクはこれを払いのける。
「イヤーッ!」だが、こちらの腕もやはりコッポ肘先が絡み、封じてしまう。先ほどの腕がナラクの肩に触れる。「イヤーッ!」ナラクは脇腹へヒザ蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」デソレイションは更に一歩踏み込み、ヒザ蹴りの威力を殺しながら、これを受ける。逆の手で掌打を繰り出す。「イヤーッ!」
ナラクは再び掌打を払いのける。彼はデソレイションの腕を交差させながら受け、防御を封じたうえで、額に額を叩きつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」怯むデソレイション!ナラクは掴んだ交差手を離さぬ!そのまま後方へ仰け反り、デソレイションを背後の墨絵地面へ、逆転させながら叩きつける!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ゴウランガ!なんたる受け身の取れぬ暗黒のトモエ投げか!デソレイションは逆さ杭打ちめいてめり込み、戦闘不能!ナラク・ニンジャは素早くタタミ二枚の距離をとってザンシンする。イクサは終わっていない。彼は右真横を見た。そこには別の影が立っている。
「ドーモ」影はオボロなアイサツを繰り出す。その両腕には墨めいて黒いトンファーがある。「……ゲイトキーパーです」「……」ナラクは油断なくジュー・ジツを構える。背後にもう一体。山のように巨大な影だ。「ドーモ。アースクエイクです」
デソレイションの影のカラテは生前のそれとは比するまでもない。そしておそらくこの新手の二体も同様であろう。だが……。「イヤーッ!」ナラク・ニンジャは繰り出されたトンファーを掌打でそらし、ジゴクめいた直線前蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」ゲイトキーパーは背向け後ろ回し蹴りで応戦!
ナラク・ニンジャの蹴りをかわしたうえでの巧妙なカウンター打撃である!だがナラク・ニンジャはコンパクトな肘打ちを既に繰り出し終えていた。「グワーッ!」ゲイトキーパーの蹴り足関節部が肘打ちを受けて複雑骨折!「イヤーッ!」顔面を掴み、「イヤーッ!」地面に後頭部から叩きつける!
「イヤーッ!」背後からアースクエイクが両腕ハンマーパンチを振り下ろす。「イヤーッ!」ナラク・ニンジャは前転から側転、さらにバックフリップして間合いを取り、アースクエイクと向きあうように着地した。その真横に新たなニンジャが現れた。「ドーモ。トゥールビヨンです」
010010010「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはコンクリートに両手をつき、堪えた。(((ウフフフ……ホホホ……素敵な見世物だ……違うかね……ニンジャスレイヤー=サン!これがお前のハラワタだ……お前の依って立つジゴクだ!)))声が嘲笑う!(((無害な野次の味はどうだ!)))
「無害な……野次だ!」(((それをやせ我慢というのだ。あのニンジャソウルはお前のジゴクにくるまれ、現世との繋がりを金輪際持つ事はできぬ。せいぜい遊ばせてやるがいい!イマジナリーカラテの檻に!)))「グワーッ!」(((何もできぬ打ちひしがれた男はここに!)))「グワーッ!」
バチバチと明滅するノイズが、墨絵のイクサとフジキドを隔てる。不可思議な霞だ。霞の奥でナラク・ニンジャは再びデソレイションと相対する。ザリザリとノイズが走り、デソレイションの隣にミラーシェードが。その奥にベアナックルが。キャバリアーが。ニーズヘグが……。
0101001001001「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」010010001001001「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは千切れるほどに強く首を振り、そして刮目した。彼はIRCにリクエストをかけた。「すまぬ……邪魔が!入った!問題ない!状況を……頼む!」
◆◆◆
敷地内へ突入した装甲車両の上、片手を腰に当て、片手で拡声器を掴み、レツマギを見下ろすのは、湾岸警備軍の若き将校。モノリエ・ヤスミだ。間違い無い。レツマギ自身の記憶と寸分たがわぬ顔立ちである。だがその眼差しの冷たさは人間離れして凄まじく、彼を心胆寒からしめるものだった。
ガチャリガチャリと音を立て、武装した湾岸警備兵がレツマギを銃口でつついた。「やめ……やめたまえ!」レツマギは追い立てられながら抗議した。「我々はシビリアンであるぞ!外交問題になりますよ!」言ってから、彼自身、いかにも滑稽な抗議であると自嘲的に考えた。
「黙れ!」将校モノリエは威圧した。既に中庭は彼らによって完全に制圧されている。SPの何人かはやや離れた噴水の側でホールドアップさせられている。レツマギの隣でメイド二人がさめざめと涙した。レツマギらをドーナツ状に取り囲む兵士達の顔は、それぞれが不自然なほど似通っている。
湾岸警備兵……?レツマギは眉根を寄せた。何かがおかしい。だが、モノリエは確かにモノリエ・ヤスミ本人に他ならない。「目的は何です!」レツマギは問うた。「……それは記者会見場で明らかになる」モノリエは静かに言った。
「グワーッ!」装甲車の陰から、頭に袋を被せられた男が押し出される。男は湾岸警備隊将校の服を着ている。モノリエと同じ服を。「え?」レツマギは瞬きした。威圧的に銃口が突きつけられた。袋を被せられた男は二人の兵士に背中を押されながらそのまま庭を横切り、大使館本館へ向かう。
「準備万端整ったか?」よく通る低い声とともに、ハナレの戸口から、大柄な乱れ髪のニンジャ、インターセプターが姿を現す。その手にはニンジャの……ハーキュリーズの生首がある。白砂を蹴散らし、生首を投げ捨てる。「そこそこやる奴だった。犬にしてはな」
「イヤーッ!」モノリエは装甲車上から回転ジャンプし、滑らかに着地した。「準備万端、オーディエンスも暖まっている頃です。行きましょう」「よし」「アイエエエエ!」レツマギの脇でメイド二人が悲鳴を上げ、崩れるように白砂に座り込んだ。「使用人?要らんだろ」とインターセプター。「殺せ」
「グワーッ!」「グワーッ!?」立て続けに悲鳴を上げたのは、その場で処刑を行おうとした湾岸警備兵達である。その指に、その喉に、スリケンが突き刺さっていた。彼らは死んでメイドの足元に転がった。インターセプターとモノリエは朱塗りの塀を見やった。塀の上にしゃがむ女のニンジャを。
「ドーモ。インターセプターです」インターセプターは先手を打ってアイサツを繰り出す。ボキボキと首を鳴らし、「貴様。例のレッドハッグ=サンだな。アマクダリのニンジャが何人か世話になったと聞く」「ドーモ。レッドハッグです」赤布で鼻と口を覆う女のニンジャは立ち上がり、アイサツを返す。
「アタシの事なんかにゃ詳しくならないでいい」二本の咥えタバコを吹いて捨てた。BRATATATATATAT!湾岸警備兵のライフル掃射が彼女を出迎える!「イヤーッ!」だがレッドハッグはその時既に高く跳躍していた。宙返りをする彼女の背には「婆」の逆さ漢字。複数枚のスリケンが飛んだ。
「グワーッ!」「グワーッ!」兵士数名が脳天にスリケンを受け、苦しみながら白砂をのたうつ。「「アイエエエ!」」レツマギとメイド達が悲鳴を上げる。「イヤーッ!」着地しながらレッドハッグは朱塗り鞘からカタナを抜き、そのまま手近の兵士の腕と胴体を切断した。「イヤーッ!」「アバーッ!」
BRATATATATAT!「スッゾオラー!」「フレンドリーファイアに注意しろ!」モノリエが叫んだ。「イヤーッ!」赤い風めいて、低く身をかがめて走るレッドハッグが兵士の懐へ滑り込んだ。「グワーッ!」噴出する血液。緑色だ!「なんだ!?」レツマギは驚愕した。「緑の血?」
然り!読者の皆さんの中にはお気づきの方もおられよう。湾岸警備兵とは真っ赤な嘘!偽装した彼ら兵士、それは、ヨロシサン製薬の悪魔的科学によって生み出された恐るべき戦闘者、クローンヤクザである!だから顔も同じなのだ!では、モノリエ将校は?本人ではないというのか!バカな!
「これはクローンヤクザ……一体これは……」白砂を緑に染め上げ、そののち酸化して赤茶色に変色していくバイオ血液を、レツマギは呆然と視界に収める。「スケジュールを乱すな」インターセプターは平然とモノリエに命じた。「先に行って演説をぶて。連行の指揮は予定通り……」「イヤーッ!」
「アバーッ!」クローンヤクザの首が宙を飛び、レッドハッグが滑るように飛び出す。「イヤーッ!」レッドハッグは走りながらインターセプターへ二枚、モノリエへ一枚、スリケンを投擲した。「イヤーッ!」インターセプターは片手をかざし、二枚を中指と薬指、中指と人差し指でそれぞれ挟み取った!
レッドハッグはニンジャ達へ向かわず、レツマギを取り囲むヤクザだかりめがけ走る!逃がそうというのか!「アッコラー!」クローンヤクザ達は銃撃を諦め、ヤクザドスを抜き放つ。ナムサン!もはや湾岸警備兵の武装ですら無し!臨戦態勢!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
集団斬撃の隙間にレッドハッグが見え隠れするたび、緑の血が迸り、一人また一人と減ってゆく。「イヤーッ!」モノリエは先程受け止めたスリケンをレッドハッグへ投げ返し、大使館本館へ足早に向かう。「イヤーッ!」レッドハッグはスリケンを弾き返す。近くのヤクザの眉間に刺さる!「アバーッ!」
吹き飛ぶ手足と血にまるで頓着せず、インターセプターは歩みを進める。歩きながら彼は首を傾げるようにした。ヤクザの首がすぐ側を通過した。「仕置きが必要だな」獰猛に呟く。「イヤーッ!」ハッシ!レッドハッグは突然、得物のカタナをインターセプターめがけ投擲した。決断的アンブッシュだ!
その直後、レッドハッグ周囲のヤクザ最後の一人が絶命して倒れた。「イヤーッ!」素早き裏拳でインターセプターはカタナを弾き飛ばす。更にそこへスリケンが飛来!時間差投擲だ!「イヤーッ!」インターセプターは裏拳を繰り出した手をしならせ、眉間を狙ったスリケンを素早く挟み取る!
「行け、あっちだ!」「アイエエエ!」レッドハッグはレツマギ達を促し、走らせる。インターセプターは瞬時に間合いを詰めようとする。だが彼はそれをしない。踏みとどまり、振り返った。「Wasshoi!」そこへ襲い掛かる!漆黒のモーターサイクル!アイアンオトメ!時間差轢殺攻撃だ!
「イヤーッ!」インターセプターは一瞬のニンジャ反射神経によってギリギリの側転を繰り出し、体当たり攻撃を回避!「イヤーッ!」更にフリップジャンプ!着地し、カラテ警戒!その獰猛な凝視が、アイアンオトメにまたがる赤黒の乗り手の視線とぶつかり合う!
「来たか!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはアイアンオトメを回転ジャンプで乗り捨て、インターセプターの真正面に着地した。アイアンオトメが乗り手を失っていたのはほんの数秒だ。直後にレッドハッグが回転ジャンプで騎乗したのである。彼女は走るレツマギ達を追った。
「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン」インターセプターはニンジャスレイヤーにオジギした。「インターセプターです」「ドーモ」ニンジャスレイヤーはアイサツを返した。オジギし、顔を上げた彼の目からは赤黒い血が涙めいて滴っている。「……ニンジャスレイヤーです」
「バッドコンディション!」インターセプターはせせら笑った。「あの者のジツが覿面効いておるようだ。早退を認めてやろうか?ネオサイタマの死神よ」「うむ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「貴様らを早々に始末し、退散するとしよう」「その減らず口は数分後に辞世の句となる。そして……」
「ハッハハーッ!」「アイエエエ!?」彼らの後方、裏門に到達しようとしていたレツマギ達のゆくてを、恐るべきタイヤマシンが無慈悲に塞いだのであった。「ダメだダメだ!この場を離れることは許されん!」車体側面から身を乗り出すその伏兵は、アマクダリのニンジャ、ファイアブランドである。
「イヤーッ!」レッドハッグはファイアブランドのタイヤマシンめがけ、躊躇なき体当たり攻撃をかける。ギャギャギャギャ……タイヤマシンが旋回した。「イヤーッ!」そしてその瞬間、ニンジャスレイヤーとインターセプターは、己のカラテを敵に叩きこむべく、同時に間合いを詰めにかかった。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはインターセプターに牽制のチョップを繰り出す。「イヤーッ!」インターセプターは巨体をかがめ、肩でこれを受け流すと、油断なき中段回し蹴りで反撃した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは更に踏み込んで蹴りを無効化し、脇腹をチョップで狙った。
「イヤーッ!」インターセプターは素早い裏拳を撃ち返した。ハヤイ!両者の攻撃は同タイミングで敵の身体を捉える。「「グワーッ!」」互いが衝撃に怯んだ。ニンジャスレイヤーの怯みがより大きい。体格差、そして、ナムサン……あのジツが彼のカラテに影響を及ぼさぬはずはなかった!
「イヤーッ!」回転丸太斬首大鎌めいたインターセプターのハイキックが首を切断にかかる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジでこれを辛くも回避!ブリッジ姿勢からバック転を繰り出し、空中でスリケン投擲!「イヤーッ!」「イヤーッ!」インターセプターはスリケンを指で挟み取る!
「ベイン・オブ・ソウカイ・シンジケート!」インターセプターは笑い、両手指の間に挟んだスリケンを飴めいてグニャリと折り曲げた。「見せてみろ、貴様のカラテを。ジュー・ジツを!」彼はカラテを構え直した。間合いをとって着地したニンジャスレイヤーは、その構えに既視感を覚える。
その構えは……(((その通り!覚えている筈!あのインターセプターのカラテを!そうでなくては困る……あの時の事件がすべての発端……この俺の……ウフフフ……私の栄誉に影が差した事よ!)))「ヌウーッ!」ニューロンに再び嘲笑が溢れる。時間間隔が泥のように鈍化する。脳内の対話なのだ。
インターセプターの摺り足が、数時間もの長さに感じられる。ぼやける。夢の中で身体の自由が効かぬがごとく、その高速思考に恩恵は無い。(答えよ……オヌシは何者だ)(((フージ・クゥーチ。闇に秘儀を繋ぎ止めるマジナイよ。それが私の名だ。真の名は失われた!私は壊されたのだから!)))
(壊されただと?)(((お前が踏みにじってきたニンジャの一人だ!私はお前が破滅させたニンジャの声だ!実にお誂え向きの舞台が整った!)))ニンジャスレイヤーは過去に戦った全てのニンジャを記憶している。インターセプターのカラテの構え。過去の記憶。インターラプター。ではこの者は。
(((然り、インターセプターはまさにあの日のインターラプターと同門のカラテ!そしてあの日、お前の手で破滅に至ったこの俺が!お前を苦しめ抜いて殺す!ウフフフ……フフホホホホホ!ホホホホホ!)))「ヌウーッ!」再び溢れ出す血涙!
0100100「イヤーッ!」ナラク・ニンジャの投擲した螺旋ツヨイ・スリケンが、サンバーンの両腕を破壊し、そのまま心臓を貫通、かりそめの生命活動を停止に導く。うつ伏せに倒れた影の奥に、再び、コッポカラテを構えたデソレイション。挟み撃ちじみて、ナラクの背後にはクイックシルヴァー。
墨絵の荒野にはナラクが殺めたイマジナリー・ニンジャの死体が野ざらしとなり、その装束は、肉は、黒い煤と化して吹きすさび、後には奇怪なガイコツが残される。ナラクは目を細める。彼は何を思うか。霧の壁を隔てたフジキドに、それを知る術は無い……。
0101(((私は誰だ!私は!ウフフフ……)))インターラプターとのイクサ!彼の過去の欺瞞を暴き、堕落させ、非情戦士たらしめた邪悪な憑依ニンジャ!ウォーロック!(((私は誰だ!)))狂った憎悪のパルス!トコロザワ・ピラーにおけるおぞましき精神攻撃!シックスゲイツ!モービッド!
(去れ!亡霊め!オバケめ!)(((タノシイ!なんとタノシイな遊び場であることよ!お前の呪われたニューロンには我が粘土細工の具材が満ち満ちておる!無限にな!たとえば、このように……)))修道女めいた女ニンジャが、フジキドの顔を真正面から覗き込んだ。歪んだ笑みをひきつらせた。
◆◆◆
ゴアアアアオオオン!アイアンオトメと巨大なタイヤマシンのエンジンの唸りが中庭を裂いた。二つの鋼鉄は互いに相食み、二人の乗り手は同時にそれぞれのシートから跳躍、空中で切り結んだ。「「イヤーッ!」」飛び蹴りがぶつかり合い、「「イヤーッ!」」更に空中回し蹴りがぶつかり合った。
「イヤーッ!」ファイアブランドはレッドハッグの肩にチョップを打ち下ろす。「イヤーッ!」レッドハッグはファイアブランドの胸に拳を打ち込んだ。その拳にはナックルダスターが嵌っている!「「グワーッ!」」両者、回転しながら吹き飛び、着地!
「俺の拳を真っ向受ける気概は無いのか、女ァー?」ファイアブランドは侮蔑的に手の平をぶらぶらと振って挑発する。レッドハッグは口の端の血を拭った。「ヒッ、ヒッ!オシャレなグローブじゃないか。銃口なんかついてやがる」「ご名答」とファイアブランド。「だがいつまで敬遠していられるかな」
ファイアブランドは軍隊じみたカラテを構える。一方、レッドハッグは小刻みに身体を揺らし、フットワークを踏み始めた。彼女のカラテ武器は、カタナ、鞘、そして拳闘である。両者の間に殺気が張り詰める。「それでいい」ファイアブランドがせせら笑う。「俺を相手に片手間のイクサなど、甘い甘い」
然り。レッドハッグは当初、ひと通りの攻撃応酬で相手を怯ませ、その隙にレツマギ大使をどうにか逃がすつもりだった。相手が並のニンジャであればそれができた筈だ。だがファイアブランドはあいにく並ではない。致死的な得物を持ち、カラテも練れている。彼女はイクサに集中するしかない……。
「これを見ろ」ファイアブランドが砂の上に何かを放った。レッドハッグは気を取られかけ、すぐにその正体に気づく。彼女はぎゅっと目を閉じた。KBAM!閃光弾が炸裂!日中野外でなお目を焼く強烈な光だ!「イヤーッ!」ファイアブランドは一瞬にして彼女の懐に潜り込んだ。拳を繰り出す!
BANG!「グワーッ!」レッドハッグは吠えた。彼女は咄嗟に上体を捻って直撃をかわしていた。ファイアブランドの拳は彼女の左肩を捉えていた。だがアブナイ!拳から撃ちだされた銃弾の直撃だけは逃れていた!「ハハァーッ!」ファイアブランドは笑い、ヒザ蹴りを繰り出す!
「グワーッ!」ヒザ蹴りを受けて身を屈めたレッドハッグの顔面を、ファイアブランドはあらためて殴りに行く。だがレッドハッグの顔は吹き飛ばなかった。彼女は反撃していた。ガングローブの側面に、稲妻めいたナックルダスターの拳を打ち込んでいた。撫でるような接触。その実、二度殴っている。
「ヌウーッ!」ファイアブランドの右腕が弾かれ、身体が開いた。「イヤーッ!」レッドはッグは逆の手でアッパーカットを繰り出す。ファイアブランドは上体を逸らしてこれを回避。左腕で殴りに行く。「イヤーッ!」レッドハッグは肘先に腕を差し込んで防御!だが、そこへファイアブランドの右拳!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」ファイアブランドの拳がレッドハッグの顔を捉える!だが、爆ぜない!ファイアブランドが目を見開く。「チィーッ故障!」たった今の拳撃のせいだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」レッドハッグの拳がファイアブランドの顔を捉える!「女殴っちゃいけないねェ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」激しい打撃応酬が開始された。「逃げ、逃げねば」目をやられたレツマギは白砂を散らし、まろびながら駆け出した。「私から離れろ!危険です!」「アイエエエ!」メイド達の悲鳴!レツマギは転び、起き上がり、走る!
彼の向かう先には土倉がある。米俵や来賓用のサケ、オーガニック食材などを備蓄しておく建物だ。追ってくるものはいるか?彼に振り返る余裕はない。朱塗りの塀の中で、彼は必死に走る。逃げ場は無い……!
◆◆◆
01000101ナラクはクイックシルヴァーの死体を踏みにじり、デソレイションと向かい合う。ゆっくりと起き上がるアースクエイクの巨身。遠方から歩いてくるサラマンダー01001010010「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのショートフックがインターセプターに襲いかかる!
「ヌウーン!」インターセプターは回避せず中腰姿勢を取る。ニンジャスレイヤーのニューロンに電撃的に閃く戦闘経験!この構えには覚え有り!カラダチである!彼は過去二度この防御姿勢に対した。カラダチ姿勢に打撃を加えた者は、不可思議なカラテ効果によって縛られ、致命的な隙を生んでしまう!
「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーの身体が震え、動きがぴたりと停まった!ナムサン!拳を引くのが間に合わなかったというのか!インターセプターは上体を真後ろを向くほどに捻り、肩に、腕に、筋肉を浮き上がらせた。アブナイ!これはカラダチと対をなす恐るべき打撃!タタミ・ケン!
だが、そのとき不意にニンジャスレイヤーの身体が動いた!彼はギリギリのところで拳を引いていたのだ。彼は真後ろまで向いたインターセプターの上体を……右腕を掴んだ。そして、さらに過剰に捻り込む!ナムアミダブツ!上半身を捻り切ろうというのだ!かつてインターラプターを殺したメソッド!
「イヤーッ!」「……ハハーッ」インターセプターは獰猛に笑った。彼は極めて異常な軟体じみた腰関節の柔軟性を発揮し、真後ろを、さらにそれに角度を加えて拗られてなお、平然としている。まるでスクリューである!コワイ!「それが貴様のタタミ・ケン破りか……慣れておるなァー!」
ニンジャスレイヤーの防御は間に合わない!「イヤーッ!」インターセプターの左腕がニンジャスレイヤーの右頬を殴りつける!「グワーッ!」更に、捻られていたインターセプターの上半身が抑制を解き放たれ逆回転!たった今殴った左腕で、ニンジャスレイヤーの左頬に裏拳を叩きこむ!「グワーッ!」
そしてそこへさらに……おお、ナムサン!右拳をニンジャスレイヤーの左側頭部に叩きこむ!「イイイヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはコマめいてスピンしながら横へ弾き飛ばされ、白砂を撥ね散らしながらゴロゴロと転がると、仰向けに倒れた!おお、ALAS……ALAS!ALAS!
「浅い」インターセプターは不満気に呟いた。「さすがはニンジャスレイヤーと言ったところか」ザクザクと白砂を蹴立て、倒れたニンジャスレイヤーめがけ、注意深く間合いを詰める。然り。ニンジャスレイヤーは生きていた。少なくとも首は飛ばなかった。首の骨も折れていない。
ニンジャスレイヤーは……「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは混濁した意識を揺り戻し、深くチャドー呼吸を開始した。彼はニンジャ自律神経によって全身のダメージの程を把握しようとした。ナラク・ニンジャとの断絶があらためて重くのしかかる。力が足りぬ……!
「スゥーッ……ハァーッ……」奇妙な感覚であった。かつて彼の中のナラクが封印、あるいは休眠状態にあった時でさえ、かの邪悪なニンジャソウルは、煮えたぎる鉱泉めいて、ニンジャスレイヤーの身体に戦う力を送り込んでいた。ニンジャスレイヤーは今、かつて味わった事のない欠落を覚えていた。
「スゥーッ……ハァーッ……」だが、彼にはドラゴン・ゲンドーソーの教えが、チャドーが、毎日の鍛錬と積み重ねたイクサがもたらすカラテが在る。敵を倒すべし……ニンジャ殺すべし!「イヤーッ!」彼は身を起こした。「イヤーッ!」そして反動をつけ、スプリングジャンプで起き上がった。
チャドー。チャドーせよ。フジキドは再びジュー・ジツを構える。眼前の巨身を見据える。輪郭が陽炎めいてぼやける。まだ。まだだ。チャドーせよ。セイシンテキ。「スゥーッ……ハァーッ……」「終わりだな」インターセプターは恍惚じみて告げた。「既に勝負ありだ」
0
「スゥーッ……ハァーッ……」チャドー。チャドーせよ。フジキドは再びジュー・ジツを構える。眼前の巨身を見据える。輪郭が陽炎めいてぼやける。まだ。まだだ。チャドーせよ。セイシンテキ。「スゥーッ……ハァーッ……」「終わりだな」インターセプターは恍惚じみて告げた。「既に勝負ありだ」
ナラク・ニンジャの存在アトモスフィアは既に無い。フージ・クゥーチの言葉はブラフではなかった。ナラクは今やサップーケイに囚われ、恐らくはデソレイションらを相手に、無限の闘争を強いられている。不気味な欠落の感覚……。
サラマンダー。アースクエイク。トゥールビヨン。フォレスト・サワタリ……ナラクに対する影の数々は、ニンジャスレイヤー自身の戦闘記憶から形作られたものか。鏡写しの迷宮めいた、サップーケイの墨絵の荒野に、フジキドをニンジャスレイヤーたらしめた邪悪なニンジャソウルは隔離されたのか。
フジキドもまた……ナラク同様、目の前のインターセプターとは別の敵を、同時に相手にせねばならない状況に置かれている。呪詛を。ニューロンの同居者を。泣き腫らした目で上目遣いに睨むディグニティのおぼろな姿を。(((喜ばしいこと)))女の笑い。(((戦う理由無き者に、あれは不要)))
修道女じみたニンジャ装束は血にまみれ、不気味な砂嵐ノイズで継ぎ接ぎの輪郭、その顔は憤怒に歪み、フジキドを苛む言葉が小刻みに動く唇から無限に吐き出され続けている。ザリザリ……記憶の残滓めいたその姿を補う存在がある。ディグニティの皮を被るオバケが。
(((私は誰だ……私は誰だ……)))呪詛の奥底に流れる問いに、フジキドは答えられそうに思う。だが……まるで水を浴びせられたショドーのように、記憶はおぼろにぼやけ、歪められている。インターラプター……トコロザワピラー……シックス・ゲイツ、モービ01001ディグニティの笑い。
「スゥーッ!ハァーッ!」チャドー!フーリンカザン!そしてチャドー!フジキドは呪詛のフィルタがかけられた視界で、インターセプターの巨躯を睨む。「ニンジャスレイヤー恐るるにたらず……もはや非ニンジャの屑と大差なし」インターセプターは絶対防御カラダチの体勢を解かぬ。彼に慢心無し。
「お前はカラテにおいて既に敗れた。そして……あいにくこれは社交ダンスじみた友好試合ではない」インターセプターは冷酷に言った。「あらゆる手を尽くし、敵手を死に至らしめる、それこそがイクサよ。我に万全のフーリンカザンあり」「スゥーッ……ハァーッ……」
ニンジャスレイヤーは必殺の一撃を見舞うべく、機をうかがう。ナラクを封じ、以てニンジャスレイヤーを無力化したと考えているのならば、全くの安易!カラテでそれをわからせてくれよう。「スゥーッ……ハァーッ……」
(((あなたは理由が欲しいだけ)))ディグニティが責める。(((あなたは安心したい……殺す理由をどうにかして見つけたい……既に妻子のカタキは討ったのに……あなたの戦いは無益……一生懸命生きているニンジャを理由もなく殺める……彼らは生きたかった……それをあなたは……)))
「黙れ……」(((ウフフ……あなた、嬉しかったんでしょう、慰霊碑が撤去された時。戦う理由を……灰をかき混ぜ、消えかけた炭をふうふう吹いて……アマクダリ・セクト……敵を憎む理由を……殺戮の正当化……セクトの陰謀?あなたには関係の無い事なのに!必死に生きるニンジャ達を!)))
ALAS……何たる卑劣で恣意的な非難、くだらぬ一般論であろう。ニンジャスレイヤーにとって何ら意味をなさぬ、うわべの言葉の羅列だ。キョート城において切って捨てたブルシットだ。だが……「黙れ」フジキドは振り捨てようとした。(((アハハハハ!)))ニューロンを狂笑が満たす!
(((探偵……ウフフ……社会の中に身を置き、周囲と折り合って生きるニンジャを、あなたは難癖をつけて殺してまわる……その正当化のためにあなたが身に纏う欺瞞……彼らには何の罪も無い……人間と変わらない……あなたに何の権利があって?復讐?復讐は終わったのに!)))
「黙れ!」「アハーアハー!ハーッ!ハーッ!」ディグニティは嬉しそうに笑い、血まみれの修道衣をゆるゆると脱ぎ始める。白い肩がむきだしになり、透き通る指が乳房をなぞった。「アハハハハ!」「去れ」ニンジャスレイヤーは叫んだ。「亡霊め!」「アハハハ!」おぼろな姿が爆発し消える!だが!
「俺は亡霊ではないぞニンジャスレイヤー=サン」そこには……ナムサン。絶妙の間合いに踏み込んだインターセプター。その拳の握りは中指の関節だけが他の指よりも飛び出すような特殊な形である。ニンジャスレイヤーは防御姿勢を取る。だが遅い。コンマ数秒遅い。それは葛藤による遅れだ。
「フンハー!」「グワーッ!」脇腹にこの極小打点打撃を受けたニンジャスレイヤーを、ロケットカタパルトめいた衝撃が襲う!ゴウランガ!これぞ暗黒カラテ奥義!ツヨイ・タタミ・ケン!インパクトから一瞬遅れ、ニンジャスレイヤーの体は斜めに吹き飛ばされた!
「ヤ!ラ!レ!ターッ!」全身からおびただしい血を噴き、ニンジャスレイヤーは頭から噴水ファウンテンに落下!ナムアミダブツ!「敗れたり!ニンジャスレイヤー敗れたり!」
インターセプターの勝利宣言が庭園をどよもし、装甲車の闇の中ではフージ・クゥーチがキャッキャッと無邪気な笑い声をあげて手を叩き、レッドハッグの額を汗が伝い、ファイアブランドはニヤリと笑った。遠く離れた某所では、ラオモト・チバとハーヴェスター、アガメムノンが無言で目を見交わした。
「オゲエエエーッ!」大使館遥か上空!広告マグロツェッペリンのバルーン上でアグラし、絶望的イクサを見下ろす第三者あり!ごま塩の短い髪、なめし革めいて日焼けした痩せた肌、ズタズタの装束姿の老人は、心底ヘドが出るというように吐き真似をし、耳に小指を突っ込んで、ボリボリと掻いた。
老人は小指を立て、耳糞を眺めた。それを吹いて飛ばし、首をボキボキと鳴らした。「くだらねえ!全く以て、議論のくだらなさ、ここに極まれり!」 老人はツェッペリン上で真っ直ぐに立った。「今更になって聖人認定でも欲しがろうてか、あのガキは?」
彼は去ろうとした……その目が訝しげに細まった。「あン?」手をひさし代りに、彼は再度注目した。腰に帯びた短剣は淡い光を放っている。その光がノイズめいて脈打ち、やや強くなった。「あン?」老人は短剣を確認し、再び噴水に……ニンジャスレイヤーに視線を戻した。
◆◆◆
……某所!「……ニンジャスレイヤー」ラオモト・チバは膝の上で両拳を白くなるほどに強く握りしめ、奥歯を割れんばかりに噛みしめる。「父上の……仇!」「肝心の作戦がまだ終わっとらん。これからですぞ」ハーヴェスターが葉巻を捻じり消した。「楽しい猿芝居の始まりじゃ」
「……」アガメムノンはモニターを無言で見つめ続ける。灰色の目は、赤く染まるファウンテンと、首を刎ねるべく近づくインターセプターの空撮に注がれている。無感情であった彼の目が、そのとき、はじめて揺らいだ。「何」彼の声は微かに震えた。「何故だ?何故そこに」
ファウンテンが陽炎めいて揺らぎ、そこに、光を通さぬ黒いヴェールが生じた。インターセプターが立ち止まる。「……」アガメムノンは椅子から立ち上がった。チバが振り返った。「どうした。何が起きている。このジツは!」「フゥーム」ハーヴェスターが顎をさすった。「気に入らんぞ」
……フジキドは水面を見上げている。赤い帯が幾筋も立ち昇り、水を、視界を染めていく。赤い帯は彼自身の身体から漏れ出ている。血だ。命だ。水面の外に金色の光を感じる。太陽か?否。光、ゆっくりと自転する、黄金の立方体、決して失われることのない光。彼は手を上げようとする。掴もうとする。
その手が光に届くことはない。光は決して去ることがない。冷たく自転を続けるばかりである。彼の手を掴み、水から引き上げたのは、「……フユコ……」
「残念だけど」フジキドを引き上げながら、彼女は言った。「違うわ。コヨイです」「すまぬ」フジキドは譫言を恥じた。コヨイは彼に肩を貸した。二人と噴水ファウンテンは、輝きを帯びた黒い質量によって外界から隔てられている。彼女はフジキドを促す。
「何故だ」なかば意識を失いかけながら、フジキドは問いを口にした。ただ、己が足を動かし白砂を駆ける感覚、それを支えるコヨイ、それらが夢うつつのように、フジキドのニューロンに刻まれる。コヨイは微かに笑ったようだった。「いいの」彼女は穏やかに呟いた。「私はただ……」
彼女のトバリ・ジツは、他者の認識を拒み、隔て、守る……守る。視覚、嗅覚、ニンジャソウルの痕跡、それらを覆い隠し、決して追わせはしない。決して。彼女のトバリ・ジツを破れたものは一人として存在しなかった。それをフージ・クゥーチが破るまでは。
闇が払われ、ネオサイタマの裏路地に、フジキドは転がった。そのすぐそばに、苦悶するコヨイがいた。彼らを見下ろすのは奇怪な鉄仮面を装着したクローンヤクザであった。その者はコヨイに片手をかざし、何らかの超自然力で縛り付けている。「これは異な事……」「ン……ンアアアーッ!」
「奥方……何をお考えか。アガメムノン=サンも悲しまれましょう」「ンアアアーッ!」コヨイは頭を抱え、突っ伏した。クローンヤクザの手が力の緊張にぶるぶると震える。「あの方が貴女を手の中で遊ばせてやっていたのも、貴女の家柄、資質、そうしたものを重点したればこそ。これでは閉口です」
「ンアアアーッ!」「……ドーモ。アガメムノン=サン。対象を確保」クローンヤクザは鉄仮面のIRC通信機構を操作する。「ソルスティス=サンの……裏切り者の処遇を」何事かの指示を聴いたのち、彼は頷いた。そしてコヨイを見下ろした。「獄を抱けソルスティス=サン。然る後セプクだ」
「ンアアアーッ!」「フー」クローンヤクザは溜息を吐いた。「国家の大事、世界の変革に臨み、まったく馬鹿げたノイズだ」彼はしかし、不用意に近づきはしない。測っているのだ。コヨイは……ソルスティスは鍛錬された油断ならぬニンジャなのだから。
「スゥーッ……ハァーッ……」フジキドは震えながら息を吸い、吐いた。チャドー。フーリンカザン。チャドー。「スゥーッ……ハァーッ……」打開の糸口を。どんなに狭くとも。「スゥーッ……ハァーッ……」「……!」コヨイがアスファルトに手をついた。挑むように鉄仮面のクローンヤクザを睨む。
「よしたがいい」クローンヤクザは一歩後ずさった。「この距離、ニューロンを焼き切り殺すは造作無き事!」「スゥーッ……ハァーッ……」フジキドは震えた。立てぬ。クローンヤクザはフジキドを一瞥した。そして繰り返す。「よせ、ソルスティス=サン」「……!」ソルスティスは起き上がる。
「よせ!なんとなれば殺害しても良いと言われておる。それは誇りなき死だぞ!」クローンヤクザが喚いた。フジキドは状況判断する。あのクローンヤクザ……間違いなくフージ・クゥーチ……には、少なくとも、彼とソルスティスを二人同時に殺すだけの力が無いのだ。動け。彼は念じた。動け、身体!
「イヤーッ!」フージがその手に力を込め、突き出す。「ンアーッ!」ソルスティスがふたたび膝をついた。「イ……」フージが再度のニューロン攻撃を試みる。「イヤーッ!」ソルスティスが早い!彼女はフージめがけ飛びかかる!「イヤーッ!」そしてニンジャスレイヤーが立ち上がった!
フージの心臓を襲ったソルスティスのチョップ突きは、しかし、届くことはなかった。フージのジツがソルスティスのニューロンを焼き切っていた。彼女の目と耳から血が流れる。彼女は己を強いてさらに踏み込み、フージにタックルをかけた。フジキドは走る。彼女は振り返った。「サヨナラ」
「イイイイイヤアァーッ!」フジキドはバランスを崩しながらのドラゴン・トビゲリを放った。トビゲリはフージの鉄仮面を直撃した。ソルスティスに押さえられ、回避がならずだ。「グワーッ!」フージの首が100度後ろを向き、仰け反る。
ソルスティスの身体が滑り落ち、アスファルトに伏す。「グワーッ!」フジキドは着地し損ない、アスファルトを転がる。「グワーッ!ア、アバーッ!?」フージは鉄仮面を両手で押さえ、たたらを踏んだ。ひしゃげた鉄仮面の接続部バチバチと火花を発する。「アバーッ!?ア、アバババーッ!?」
「う……」ニンジャスレイヤーはなおも起き上がろうとする。そのまま倒れ、転がる。ゴミバケツが倒れ、中身が降りかかる。フージは痙攣し、火花を纏って奇怪なステップを踏む。「アバババババーッ!」倒れ込み、立ち上がり、ギクシャクと頭を左右に振りながら、彼は走り出した。「ヤーアアーッ!」
走り去るフージの背中が小さくなる。ニンジャスレイヤーはうつ伏せから身を反らし、震える手でスリケンを掴み、フージの方向へ、投げた。スリケンはニンジャスレイヤーからやや離れた場所に落ちた。ニンジャスレイヤーは次のスリケンを懐に探った。その途中で、動かなくなった。
◆◆◆
「デンチュウニゴザル!デンチュウニゴザル!」会見者入場口から、悲鳴を上げてまろび出てきた大使館SPが、追って現れた湾岸警備兵に素早く羽交い締めにされた。談笑しながら会見を待っていた記者達が凍りついた。「デンチュウニゴザル!デン」BLAM!新たな湾岸警備兵が額を撃って殺した。
「ア……」「アイエエエエ!」「アイエエエエー!」記者達は口々に悲鳴を上げ、逃げ出そうとした。BLAMBLAMBLAM!天井にめがけ、アサルトライフル威嚇射撃!すべての出入り口から湾岸警備兵が現れる!「アイエエエエ!?」「静粛にせよ!」
大音声を発し、壇上へ真っ直ぐに歩いてきたのは、抜き身のカタナを持ち、目を爛々と輝かせた男……湾岸警備軍将校、モノリエ・ヤスミである!そして、おお、ナムサン……後ろ手に縛られ、その隣に突き出されたのは、レツマギ大使ではないか!倉に隠れたが、単なる時間稼ぎに過ぎずか!
「会見の内容を変更する!」モノリエが顔面蒼白の記者達を見渡す。誰かが失禁した。「貴様ら惰弱メディア人種は!おめおめと敵性国キョート共和国の詭弁を、大人しく右から左へ喧伝する為にここに集まったか!エッコラー!」「アイエエエエ!」「我ら若き獅子が今こそ決断を下す!」
「グワーッ!」レツマギが悲鳴を上げた。兵士に頭を掴まれ、床に叩きつけられたのだ。後頭部に銃口が当てられた。「こんな事が!許されんぞ……何を考えて、グワーッ!」「正義は我らにあり!」モノリエが叫んだ。
「胡乱な災害に端を発する自国の経済破綻、政情不安から国民の目を背けさせるべく、我が国に対していわれなき非難の数々!オムラの不祥事までも我が国の責任に!許せないのであります!情けなさは我が国にもあり!私が命をかけて聖戦を……アー」レツマギを押さえる兵士を振り返り、「やれ」
「無念……」BLAM!……記者達にはもはや、どよめく気力も無い。何か恐ろしい事が起ころうとしている。恐ろしい事が。モノリエは記者達に一礼した。「この責任は私が取る!隣室にて命をもって償うゆえ、忌憚なく報道せよ。……会見終了!」彼は兵士二人を伴い、その場を去った。
やがて、「モハヤコレマデー!」という叫びが控え室から聴こえ、随伴の兵士が戻ってきた。彼らが記者達にオジギをすると、他の湾岸警備兵達もさざ波めいて講堂を去り、無言のままに撤収。記者達を解放した。恐る恐る控え室を確認しに行った記者の一人は、セプクしたモノリエの死体を発見した。
その場のアトモスフィアは極限状態であり、控え室から戻ってきた兵士の人数を目ざとく数え直す者はいなかった。彼らは目の前で展開された惨事に凍り、自身の命が無事であったことに驚き、無人の中庭の……血の染みがあちこちに生々しく残された不可解な荒廃のさまを……目の当たりにした。
戦争が始まった。
……開戦を報じるネオサイタマTVの特別番組のけたたましいサウンドと点滅する画面の明かりを背中に受けながら、レッドハッグは、抉れた肩と脇腹に残った弾丸をピンセットで摘出する作業に集中していた。激痛に眉間をしわ寄せ、三本のタバコを噛み締める。
レッドハッグだけではない。そのエマージェント放送を、彼らは別々の、それぞれの居場所で、等しく共有していた。イクサに……負けイクサに参加した者達は。ブラックヘイズ達はカネモチ・ホテルのライトアップされたプールサイドで。ナンシーとユンコは陰鬱なUNIXデッキの灯る薄暗い部屋で。
サークル・シマナガシの者達は、廃ビル屋上のアジトで。テレビの隣に無雑作に転がされているのはしたたか痛めつけられたニンジャ。アマクダリのニンジャ、ガルーダである。アナイアレイターがタバコの火を押しつけるたび、瀕死のニンジャは苦痛にのたうつ。フィルギアらは無感情にそれを見ている。
フジキドが意識を取り戻した荒屋の室内でも、その放送が流れていた。彼はシーツもフートンもない木の台に寝かされていた。「……!」彼は身を起こした。「お目覚めかァ?聖人どの」揶揄するような声がして、戸口に影がさした。いやに目つきの鋭い老人である。腰に帯びた何かが、淡く光っている。
「ここは。オヌシは」「きったねえドリームランド埋立地よ。ネズミのスシは食い放題だぜ、食いてえなら」老人は言った。「で、俺か?俺が誰だって?」「……」「そういう時はな、テメェの名乗りがまず先だろうが、ニンジャスレイヤー=サン!」老人が罵った。「礼節を知らんバカ!」
フジキドは何か言い返そうとした。だが、朦朧とした意識下、老人の言い分をある程度認めた。立ち上がろうとしたが痛みに阻まれた。「寝てろ」と老人。フジキドは座ったままアイサツした。「ドーモ。はじめまして。ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン」老人はアイサツを返した。「マスターヴォーパルです」
【ゼア・イズ・ア・ライト】終
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?