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【マスカレイド・オブ・ニンジャ】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍化されていない第3部エピソードのひとつであり、スピンオフ系エピソード集「ネオサイタマ・アウトロウズ」の1エピソードに分類されます。第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。


【マスカレイド・オブ・ニンジャ】

「ハイヤーッ!」カンフー・シャウトを響かせながら、青龍刀の男はチャリオットの側面を蹴って前方回転で飛び出し、戦場へと躍り出た!タダーン!彼の名はシャン・リウ・ベイ!あの男を抹殺すべく、ローマ皇帝と同盟を組んだドラゴン・エンペラーの軍勢が放った、屈強なカンフー・マスターである!

「イヤーッ!」あの男がバスタードソードを一振りするや、四人のローマ歩兵が血袋に変わって斬り飛ばされ、砂漠に転がる!そのうち一体がリウ・ベイの目の前に飛んでくる!「ハイヤーッ!」リウ・ベイは目の前に飛んできたローマ兵の死体を蹴り、そのまま踏みつけて笑い、あの男を挑発的に睨んだ。

 両者は睨み合った。熱砂に照りつける太陽が、青龍刀と汗粒にギラギラと反射する。リウ・ベイはこの青龍刀のように鍛え上げられた男だ。頭は弁髪。上半身は裸。下半身はオレンジ色のズボンにカンフーシューズ。情け容赦ないカンフーを全身に漲らせている。

「俺が行きます。イヤーッ!」使徒の一人、ジェイコブがリウ・ベイに躍りかかった!青龍刀の一撃をかわし、懐に潜りこむ!だが、一瞬の早業!「ハイヤーッ!」リウ・ベイは青龍刀の柄で顔面を殴りつけると、敵の頭を左脇に抱え、足裏で顔面をリズミカルに3連続蹴り上げ!放り投げた!「グワーッ!」

 リウ・ベイは何も喋らず、挑発的に微笑み、手招きした。ジェイコブは立ち上がり、まだやろうとしていた。だが「お前が勝てる相手ではない」バスタードソードを握ったあの男が、使徒の肩を強く掴んで、後ろに引き戻した。ローマ歩兵たちは遠巻きに円陣を組み、息を呑んで戦いの行方を見守っていた。

「イヤーッ!」男は両腕に膂力をみなぎらせ、バスタードソードを振るった!ひとふりでローマ皇帝の兵を四人倒し、ゴルゴダの守りさえも切り開いた、あの重い剣撃だ!「ハイヤーッ!」リウ・ベイは横8の字を描くように青龍刀を振るい、これをしのぐ!SWASH!SWASH!SWASH!火花!

「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」両者の武器が真正面から激突し、砕け散る!「ファオーン!」そこへ暴走した象戦車だ!アブナイ!だが二人はそのまま象の上に飛び乗り、激しいカラテの応酬が始まった!「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」

「ハイヤーッ!」リウ・ベイの素早いキックがあの男の右頬に決まった!「グワーッ!」「ハイヤーッ!」続けざま、右の回し蹴りが左頬に!「グワーッ!」後ずさるが、未だあの男は倒れない!その時だ!「これを!」チャリオットを奪った使徒サイモンが暴れ象と並走し、己のロングソードを投げ渡す!

 ロングソードはぐるぐると回転しながら宙を舞い…あの男がそれを摑み取る!形勢逆転である!「イヤーッ!」「グワーッ!」剣撃がリウ・ベイの胸を斜めに斬り裂いた!血飛沫!だが歯を食いしばり、未だ倒れぬ!「イヤーッ!」あの男はとどめのキックを決め、敵を象から蹴り落とした!「グワーッ!」

「グワーッ!」暴れ狂うゾウ戦車から振り落とされたリウ・ベイは、後ろから走ってきたローマ式チャリオットにはね飛ばされ、断末魔の叫び声をあげながら、砂塵の中を転がり……ガケへと転落してゆく!ナムアミダブツ!台本に無い!「アイエエエエエエエエ!カット!カーット!ガケに落ちたぞ!」

「アイエエエエエ!台本が変わったのかと!」息を呑んで見入っていた助監督も、血相を変え、監督やスタッフとガケに向かって並走する。あまりにも白熱、かつ自然な演技だったため、クルーは一部始終を撮影していたのだ。「違う!リウ・ベイはここで死んでハゲタカに食われるんだ!」監督が怒鳴る。

「何故ガケだと駄目なんですか!?」「いかにも続編に出ますって言ってるようなモンだろ!」「しかし…今のカットは最高でした!」助監督が息を切らして駆けながら言う。「同感だ!」監督が叫んだ。「今のカットは、何としても、活かすぞ!脚本を書き換えてでも!もし実際死んでても、使うぞ!」

 クルーが血相を変えている理由は、無論いくつもある。だがその最たる理由は、リウ・ベイ役の俳優が、彼自身の演技ポリシーにより、スタントマンを使っていなかったことだ。すなわち、ネオサイタマ出身の若きアクション俳優ジェット・ヤマガタ本人が、今まさに、ガケに落下してしまったのである!

「アイエエエエ!」「彼の声では!?」「よし、安全ネットか!?」監督はガケを覗き込み目を疑った。そして叫んだ!「早くロープ投げて助けろ!カメラ回せ!」「早くしてくれ!髪が!」ヤマガタは崖から突き出た枯木に弁髪が引っかかり、安全ネットの少し上で宙吊りになっていた!「俺の髪が!」

 即座にロープが投げ込まれ、ヤマガタは救助された。「俺の毛は抜けてないか!?」「驚かせやがって!」あの男役の俳優が駆け寄り、彼に肩を貸して笑いながら歩いた。その後も試写会専用のNGシーン集や、あの男役の俳優が飲酒喫煙している舞台裏シーンなどが続き、スタッフロールは終わった。

 パチパチパチパチパチ……!マルノウチ・スゴイタカイビルのプレムアム試写ホール内に、拍手と笑顔があふれる。だが熱狂とまではゆかぬ。客の大半は業界関係者や俳優だからだ。「最高の娯楽映画ジーザス・シリーズ!今回も大ヒット確実な!」銀色の蝶ネクタイをつけた司会の男がまくしたてる。

 何人かのタキシードを着た大物が一人ずつ交代で登壇し、ネンコ順にスピーチする。最後に登壇したのは、浮かれたラメ入りサングラスのジェット・ヤマガタ。髪型はツーブロックに戻っている。「頭髪は?」「この通り無事です。危うくモテなくなるところでした」会場からは笑いと、拍手が起こった。

「急遽脚本が書きかえられ、続編にリウ再登場との噂も……!」「ええ、実際運が良かった」「ほぼ全てのシーンでスタントを使わない、その理由は?」「俺はアクション俳優ですから全てが演技なんです。全て本物を見せたいと。弁髪だって実際地毛だったから……命拾いしたでしょう?」笑いと拍手!

「あの事故の後も無傷で、夜は歓楽街に行ったという噂は?」「嘘だ嘘だ。勘弁してよ。数日間ベッドで安静でしたよ」「本当に?あなたの動きはまるで……ニンジャみたいなのに?」「プッ!ニンジャだなんて!くだらない!」ヤマガタは笑った。サングラスの下では、鋭い目が会場内を観察していた。

 やがてライブ・マグロ・ショーとオスモウ・ショーが始まると、場内は歓談ムードに入った。大型スクリーンに映し出される最新作はもう誰も見ておらず、華やかに着飾った映画業界の紳士淑女や、抜け目のないビジネスマンたちが、グラスを片手に腹の探り合いと空虚なマスカレイドを始めていた。

「ハハハ、ドーモ、ドーモ」ヤマガタもグラスを片手に、マグロ・スシを頬張って、方々にアイサツをしていた。彼は己がスターダムへ上り詰めようとしている手応えを感じ取っていた。「見事な演技でしたわ、ヤマガタ=サン」可憐な美女が呼び止めた。今までならば、このような機会は皆無であった。

「貴女は……!」ヤマガタは喉に詰まったスシをグラスの強いサケで流し込んだ。彼女は奥ゆかしく笑んだ。白と青のフリルドレスを着た、高貴なる若き大物女優。汚染された大気とは無縁の如き清楚なアトモスフィアを纏い、失われた冬の青空のような気高さを放つ彼女の名は、クミコ・サカイ。

 クミコとヤマガタは本来、俳優としての格が違う。スシでいえば、トロ・スシとタマゴほども違うのだ。しかも日刊コレワの低俗醜聞記事によると、この3年で急速にアクション俳優としての才能を開花させたジェット・ヤマガタは一発屋の成り上がり、かつ軽薄で恥知らずなプレイボーイとされる。

 その2人がアイサツし、名刺を交換している。これは事件だ。即ち、今作でヤマガタは必ずやブレイクするだろうとクミコも見抜いたのだ。「あなたに興味がありますの」「俺は軽薄な男ですよ」「大衆向けの情報など当てになりません」クミコの瞳は吸い込まれそうなほど魅惑的だ。「なるほどね……」

 二人は短く歓談し、クミコは次の日曜のヤブサメ・パーティーでエスコート役をするよう誘った。「あなた乗馬できますわね?」「ハイ、俺はアクション俳優ですよ」「私が落馬しそうになったら?」「リウ・ベイみたいに跳んで助けましょう」ヤマガタは笑った。クミコも笑った。「では次の日曜日に」

「へえ、次の日曜ねえ……」突然、赤髪に黒いドレスの女優が割り込んできた。その身のこなしは、まるで豹のようにしなやか。彼女の名はムネコ・シマタダ。「あんまりじゃなアい?ヤマガタ=サン、次の日曜は先約が入ってるんじゃなかったかしらァ……?」「アイエッ!」ヤマガタの額に汗が滲む! 

 ナムサン!これはダブルブッキングだ!「おっと!次の仕事が入っていますので、これにてシツレイ……!」ヤマガタは苦笑いを浮かべ、二人の女優の顔を交互に見ながら後ずさった。「おい、ヤマガタ!ヤマガターッ!」その悶着を見つけ、所属事務所の社長が人の波をかきわけて近寄ってくる。

 社長は酒と怒りで顔を紅潮させていた。ヤマガタが次の契約サインを渋っていることを、つい先程知ったからだ。「おい、ヤマガターッ!何で急に休暇なんて入れやがった!稼ぎ時だぞ!ヤマガターッ!……あれ?」社長が到達した時にはもう彼はおらず、静かに火花を散らす二人の女優しかいなかった。

「どうだい、底が知れただろ?あいつは調子に乗った軽薄な男だよ、お嬢さんは気をつけな」ムネコは強いジンを呷りながら言った。「そうかしら、むしろ真摯な男に見えますけれど」クミコはフリル扇子で口元を隠しながら応戦した。両者とも、その表情や口調は、幾重にも仮面を被ったかのようだ。

「欲望に真摯ってことかい」ムネコが笑った。「いいえ、演技に対してですわ。実際とてもミステリアス。きっと何かを隠してる」「ハ!あいつは根っこじゃ物凄く暴力的で短絡的な男さね」「何故?」「おつきあいが少しばかり長いのさ、お嬢さん」「あらそう、では、貴女の目がフシアナなのでは?」

 ナムアミダブツ!笑顔のまま自尊心と自尊心がぶつかり合う、恐るべき女優同士の戦い!(……おお、怖い怖い……!)彼女らの声を、そして場内にいる他の者たちが己の名と途方も無い金額について囁くのを、類い稀なる聴力で聞き分けながら、ヤマガタはようやく裏口ドアへと達し、ひと心地ついた。

 ヤマガタはあらかじめ用意していた貧相な普段着に着替え、パーティー会場をあとにした。パパラッチが数名、それに私立探偵かヤクザと思しきトレンチコートにハンチング帽の男が、しばし彼をつけまわした。役者のオーラは滲み出てしまうものなのか。いずれにせよ、ヤマガタは巧みに彼らをまいた。

 やがて「福」「実際安い」「蟹」などの猥雑なネオン看板に吸い込まれるように、ヤマガタはオールド・カメ・ストリートにたどり着いた。道行く者たちは誰も、まさか彼が有名アクション俳優だなどとは看破できぬ。そこは華やかさとは無縁。一流の映画俳優が夜に訪れるべきストリートではなかった。

 商店街を歩くヤマガタは黒いパナマハット、サングラス、色褪せたジャケットにジーンズ。タングステン電球の灯りが夜の市場を照らす。『安い!安い!実際安い!』豚足山の横、LED値札を目元にあてがわれたロースト豚頭はニコニコと愛想笑いをするように、己の価格を赤電子文字で提示していた。

 値切る声、笑い声、それに嬌声。活気がある。陰気な重金属酸性雨も今夜は無い。市場の外れ、色とりどりのバイオ果物屋。「ピーピーピピー」ヤマガタは口笛を吹いて歩きながら、露天商の棚に並ぶバイオリンゴを4個も盗んだ。これは犯罪行為、マンビキである!だが何たる早業か!「ピーピピー」

 あまつさえヤマガタは、盗品リンゴの皮を袖でこすり、歩きながらかじった。懐かしい酸味が広がった。「おい!てめえ!」店主のモラタ・ショウが目ざとくこれを見つけ、柱に吊るしたクリーヴァーを掴んで追ってきた!肥えた男で、つぶれた鼻と左目周辺は白いサイバネノーズになっている!コワイ!

「アイエエエ!ショウ=サン、味見しただけさ!」ヤマガタは小銭を取り出す。店主はそれを受け取り、舌打ちし、踵を返した。「ケッ!」「おい、ショウ=サン、お釣りくれよ」「お釣りだとォ!?」店主はブリキ缶の中から10セントほどの小銭を取り出し、渋々手渡すと、ようやく笑顔で握手した。

「いつになったらこのガキみたいな小芝居から卒業するんだ、ヤマガタ=サンよ?」ショウが苦笑いする。「バカにするな、俺の原点だぞ」ヤマガタは体格も年齢もふたまわり上の大男を指差し、軽口を叩いて笑った。市場を行き交う人々は、このマンビキ男が現役アクションスターだとは夢にも思わぬ。

「景気はどうだい、ショウ=サン」「いつも通り最低だ」「みんなは元気か」「いつもの2階でもう遊んでるだろうよ。マージョン・ショーギでお前をカモにして、丸裸にして返すってな」ショウはクリーヴァーを振るってココナッツを割り、半分をヤマガタに渡しカンパイした。それから代金を求めた。

「で、映画のほうはどうだい。TVでも前より見かけるようになったぜ」「最高、撮ってる最中は」ヤマガタは肩をすくめた。「でも映画業界のおつきあいってのは、どうも慣れないね。みんなオメーンを被ってるみたいでさ。……俺もそうだよ。ここに帰ってこないと、自分が誰だか忘れちまいそうだ」

「本当におかしな奴だよ。俺だったら、絶対こんな臭い所にゃ戻らねえな。この金運ブッダ像持って引越して、ホテルの最上階で暮らすのさ」ショウが笑い、肩を叩いた。ヤマガタも笑い、しかし、ふと寒気を覚えた。(ひょっとして俺は今も演技中か?今もオメーンを被って、正体を偽ってないか?)

「何だよ、ココナッツに何か変な虫でも入ってたか?」「何でもないさ、疲れてんだ。腹がペコペコで」ヤマガタは笑った。「ははあ、ラーメン食いにきたな」「ああ、そういうこと。じゃあ行くよ。ちなみにその金運ブッダ像、絶対ニセモンだぞ」ヤマガタはお決まりの捨て台詞を残し、雑踏に消えた。

 後ろからは、ショウの口汚い罵り声……仕舞いにはムネコ・シマタダのオッパイが実際どれだけ大きかったか教えろと聞こえ、ヤマガタは思わず笑った。それから猥雑な屋台街を抜けながら、独りごちた。「ここじゃ誰も、俺の前でオメーンなんて被らない。俺も演技の必要なんてない。最高じゃないか」

 映画スターを夢見る貧しきジェット・ヤマガタは、二十代の大半をこのオールド・カメ・ストリートで過した。だが3年前、突如彼はカンフー・カラテに開眼し、アクション俳優として出世街道を突き進んだ。その後引越しはしたものの、しばしば己の演技と安らぎの原点であるこの街に帰ってくるのだ。

 だが、突如カラテに開眼とは……?そう、彼は日刊コレワも掴んでいない重大な秘密を隠していた。ひとつは3年前に己の身に起こったあの驚くべき変化。そしてもうひとつの重大な秘密……!彼は懐の「手土産」を確認しながらボンボリの並ぶ商店街を歩き、ラーメンヌードルショップ「竹」に到着した。

 ヤマガタはハットの傾きを確かめ、引戸を開ける。熱気とケモ調味料とバイオラードの香りが、優しくニューロンを撫でる。そして、声。「ハイヨー!ラーメン!ラーメン!次もラーメン?フライドライスも?ハイヨロコンデー!ハイヨー!」ズコッ!ズコッ!ズコッ!細腕で中華鍋を振る、黒髪の女。



 ネオサイタマ。電子フローの積層ジグラットを頂く、馬鹿げたほど巨大なメガロシティ。テックの恩恵を纏って互いを監視し、整然と仕切られゆく人々。暗黒メガコーポのプラズマ看板が巧妙に視界を埋め尽くす。暗黒管理社会を予見したハッカーたちはIRCに逃避没入し、無限電子地平の夢を企てる。

 電子ネットワークの中で誰もが自らを偽り、滑稽な仮面劇を演じ、都市は次第に冷たい秩序へ向かう。だが物理空間には、未だ猥雑なネオンの火が無数に瞬く。そのひとつ。過剰増築され、得体の知れぬ旧世紀ケーブルが軒先を這い、重金属酸性雨の中でバチバチと火花散らすオールド・カメ・ストリート。

 その一角…「海亀」のネオン文字が掲げられた雑居ビルの影の下にあるヌードル店「竹」。「ハイヨー!ラーメン!ヨロコンデー!次で閉店時間ラストオーダーね!」父の代わりに臨時で中華鍋を振る、快活な黒髪の女。タケ・ユカリフォン。磁気嵐でネオサイタマに取り残されたチャイニーズ系日本人だ。

 ヤマガタは端の席に座る。サラリマン客に顔を悟られぬよう、帽子を目深に被り、指の動きを付けてオーダーする。「ラーメン大1つ、フライドライス大2つ、それからケモビール瓶で2つ」特徴的なオーダーだ。ユカリフォンは中華鍋を止めて一瞥し、呆れたような顔を作ったが、内心では喜んでいた。

「アイヤーまた来たね」ユカリフォンはまずケモビール瓶を2つヤマガタの前にドンドンと置きながら、眉をひそめて小声で言った。「あなたそろそろ実際バレちゃうよ?」後方を親指で示す。天井から吊るされた旧型TVモニタには、映画紹介番組とアクション俳優ジェット・ヤマガタの姿が映っていた。

「俺のソウルフードなんだ、何より美味い」ヤマガタが言った。聞いたか聞かぬか、オーダーが溜まっているユカリフォンは留まらず踵を返してラードの湯気の中へと戻り、また中華鍋を振った。ラストオーダーが方々の席から上がり、復唱した。「ハイヨー!ラーメン!ラーメン!フライドライス!……」

 ヤマガタはケモビールで喉を潤すと、目を閉じ、懐かしい音に耳を澄ました。……ズコッ!ズコッ!ズコッ!中華鍋のリズミカルに振られる音、鋼鉄のオタマが叩きつけられる音。さらに油の香りがトリガーとなり、彼のニューロンは想起する。俳優として全く芽が出ず、鳴かず飛ばずだった時代の事を。

 金も尽き、餓え、才能に悩み、セプクすら考えていた日の事(彼にとってアクションスターを諦める事は死にも等しい)…「アイヤー!ヤマガタ、今にも死にそうな顔してるね!とりあえず食べるといいよ!あなた満腹なったら死のうと思わないよ!」ユカリフォンが雨に打たれる彼を引っぱり、食べさせた。

 あの日、ヤマガタは涙を隠しながら、ユカリフォンの作った料理を無心で喰らい、ラーメン大1つフライドライス大2つを平らげた。それが命をつないだのだ。……「ハイヨー!あなた本当、見かけによらずよく食べるね」ヤマガタは回想から醒め、目を開けた。「ああ」それらが再び目の前に並んでいた。

 ヤマガタは喰った。全身にエネルギーが満ちた。そして奥ゆかしい感謝の念が。いまの自分があるのは、全てユカリフォンのおかげなのだ。……彼は事あるごとにここに帰った。だが、2人の間には徐々に微妙な距離感も生まれていった。今の彼は、本来このような場にいてはならないスター俳優なのだ。

 だがヤマガタは、いつか偉大なアクションスターになったら、ユカリフォンに求婚したいと考えていた。その想いは胸に秘めていた。またその想いは、業界の空虚なパーティーに参加するたびに強まった。そして今夜だ。「なあユカリフォン、実は渡したい物が」……その時、ストリートで絶叫が響いた。

「アイエエエエエエ!」「アイエーエエエエエエエ!」「奴らだ!また奴らが来やがった!」「市場のほうから来るぞ!アイエエエエエエ!」悲鳴と混乱。ヌードル店内も騒然となった。「アイヤー!」ユカリフォンの顔が青ざめる。「どうしたんだ、一体何が……!」ヤマガタが立ち上がり、問う。

「あなた出ないほうがいいよ、またドクヘビ・サークル来たよ!わたしシャッター降ろすね!」ユカリフォンは中華鍋を叩き、客に席を立たぬよう呼びかける。「ナムアミダブツ!無事に帰れますように!」隣席のサラリマンが祈る。ヤマガタは立ち上がったまま「おい、一体何だ、いつからこんな事に!」

「過激派ブラックメタリスト組織よ!この前オールド・ウミガメ・テンプルを焼き落とそうとして失敗したこと、きっと根に持ってるね!」「何だって……!」ヤマガタは、胸の奥で荒々しい衝動がわき上がり、堪え切れぬのを感じた。「ショウ=サン……市場にいるショウ=サンが心配だ、見てくる!」

「危ないよ!武器持ってるよ!いくらカラテ強くても…!」彼女は首を横に振り、止めようとした。だがヤマガタはもう、混乱した市民で溢れる街路へと駆け出していた!「おい、通してくれ!」「アイエエエエ!」「誰かやられたぞ!」「コワイ!」「アイエエエエエ押さないで!」一向に先へ進めぬ!

 アンタイブディズム・ブラックメタリスト組織は殺人や放火も厭わぬ極めて危険な連中だ。このまま悠長に市場に向かって間に合うのか。怪我でもしたら次の撮影はどうなる。ようやく見えたスターダムの兆しは。……だが悲鳴が!故郷が!友が!……ヤマガタは意を決し、人気の無い裏路地へ駆け込む!

 それは市場とは逆方向!果たして彼は何をしようというのか!?暗闇の中、誰にも見られてないことを確認すると、ヤマガタは右のビル壁を片足で蹴って跳躍した!「イヤーッ!」さらに左のビル壁を蹴り上昇!「イヤーッ!」再び右!「イヤーッ!」左!ナムアミダブツ!人間業ではない!何たる脚力か!

「ハイヤアアアアアアアアーーーーッ!」最後にヤマガタはひときわ高くきりもみ回転跳躍する!そして「海亀」と書かれたLEDネオン看板の上に着地した時……彼の全身は、黒いニンジャ装束によって覆われていた!その顔には赤白黒の隈取りめいたオメーン!彼はニンジャソウル憑依者だったのだ!

 大通りにもロングソードを振り回すブラックメタリストたちが到達し、ジゴクめいた光景が始まろうとしていた!あちこちで火の手が!老いたる海亀が泣いている!「ハイヤーッ!」ジェット・ヤマガタ……いや、オウガパピーは、ネオン看板を蹴り渡りパニックに陥った市民らの頭上を飛び越えてゆく!

「ARRRRRRGH!」薬物で異常狂乱状態に陥ったブラックメタリストたちが、長い黒髪を振り乱して暴れ狂う!白塗りの上半身を露出し、下半身は不吉な黒ハカマ!左腕にはドクヘビ・サークルの刺青!「「アイエエエエエ!」」逃げ惑う市民!「ハイヤーッ!」そこへニンジャが現れた!

「ARRRGH!」狂乱したブラックメタリストはニンジャも恐れない!ロングソードで斬り掛かる!オウガパピーはこれを見切ってかわし、顎を蹴り上げる!ジェットキック・アッパーだ!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」「ARRRGH!」タイマツを持った新手のブラックメタリストが援護に入る!

 ゴウ!たちまち街路に炎の華が咲き、市民の悲鳴があがる!「ブッダと焼け死ね!」敵は口に含んだガソリンとタイマツの炎で粗末なカトン・ジツの紛い物めいた火炎放射を行ったのだ!だがオウガパピーは側転で炎を回避していた!タイマツを持つ腕を、捩じり上げる!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

「ARRRGH!」鋭いカマを持つ新手が殺到!彼らにとってタイマツ持ちはテンプルを焼き落とす重要な戦力なのだ!オウガパピーはタイマツ持ちの腕と首を締め上げながら、迫るカマ斬撃をかわし、連続サイドキックで凌ぐ!「ハイ!ハイ!ハイヤーッ!」「グワーッ!」2対1の不利など彼には無い!

「ハイヤーッ!」「グワーッ!」カンフー・カラテキックが顔面に決まった!カマ持ちは吹っ飛び、キンギョ屋台を崩して気絶する!続けざまオウガパピーは捻り上げていたタイマツ持ちを素早い動きで放り投げ、屋台のポリバケツの中にタイマツごと叩き込み消火した!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

 唖然!果たして何が起こったのか!?街路で逃げ惑っていた人々は、地に転がり白眼を剥くブラックメタリストらを見て声を失った!「ハイヤーッ!」オウガパピーは屋台の屋根を蹴り渡り、急ぐ!「アイエエエエエ!アイエーエエエエエエエ!」彼のニンジャ聴力はショウの痛ましい悲鳴を聞いていた!

「ハイヤーッ!」「グワーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」屋台の屋根を跳び渡ってきていたブラックメタリストらを蹴散らしながら、彼は進む!何たるカラテか!……だがヤマガタの胸中には、顔を覆うチャイニーズ・オメーンの複雑な表情の如く、怒りと恐れと後ろめたさが同居しているのだ!

「ハイヤーッ!」「グワーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」ある日突然、彼に憑依したニンジャソウル。ジェット・ヤマガタはその超常のカラテの一部を密かに使い、恐れ知らずのスタント行為にも次々挑み、アクションスターへの道を進んだ。自らの演技力ではない、この得体の知れぬ力によって。

「ハイヤーッ!」「グワーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」彼は何としてもスターになりたい。だが友も助けたい。そのため、ニンジャの力を解放すべくオウガパピーの姿をとらねばならぬ。危険な賭けだ。オメーンの下の素顔を見られ、この真実が明かされた時……彼はセプクして死ぬのだから!

「アイエエエエエ!助けてくれ!アイエーーエエエエエエエ!」ショウ=サンの悲鳴が近い。急がねば!ヤマガタは拳を握り、迷いを振り払った!「ハイヤーーーッ!」見晴らしの良い高所からショウを探すべく、ネオン看板を蹴り渡り、傾いた違法増築ビルの屋根へと着地!

 そして発見した!市場中央、数人掛かりで押さえつけられた友を!「このブッダ奴隷の首を豚めいて撥ね、燃やす!」マサカリを掲げたブラックメタリストが儀式司祭めいて笑う!「ブッダに助けを乞うてみろ!」「アイエエエ!」泣き喚くショウの鼻先には皮肉にも、彼の大切な金運ブッダ像があった!

 ナムアミダブツ!最早一刻の猶予も無し!彼は一飛びでショウ=サンを助けねばならぬ。だがニンジャ脚力をもってしても、市場中央に不吉な断頭台めいて置かれたブタロースト屋台までは余りにも遠い。ニンジャソウルの力を使う時だ!「ハイヤーッ!」彼は後ろを向き、片腕でオメーンをワイプした!

 そして振り返る!「ゴースト・オメーン!」おお、見よ!それは目にも留まらぬ0コンマ1秒以下の早業!果たしてそれは如何なる古のギミックであろうか!それまで彼の顔をメンポめいて覆っていた赤白黒のオウガオメーンは、次の瞬間、青い幽鬼めいた表情のオメーンへと早変わりしていたのである!

「その首を……!」「ハイヤアアアーーッ!」オウガパピーは宙を舞うような旋回機動で跳んだ!何たる跳躍距離!ワイヤーに吊られているかのような超常的な動作!これこそは禁断のカンフーカラテ技、ゴーストリープである!一飛びで達し、連続回転キック!「ハイヤーッ!」「「「グワーッ!」」」

 たちまち、断頭処刑人の如くマサカリを振り下ろさんとしていたブラックメタリストと側近2人が蹴り飛ばされた!「ハイヤーッ!」オウガパピーの動きは止まらず、ビル壁を垂直気味に駆け、跳躍し、幽鬼めいて断頭台の周囲を舞う!「何者だ!?」「ブッダの戦士か!?」「殺せ!殺せ!首を撥ねろ!」

「ハイヤーッ!」「「「グワーッ!」」」再び、ゴーストリープからの連続回転キック!きりもみ回転着地すると、オウガパピーはこれまでと全く違うザンシンを決めた。彼はオメーンを変えることによって、カンフーカラテの戦闘スタイルをも変じるのだ!そしてゴースト・オメーンは攻撃力に乏しい!

「「「ARRRRGH!」」」薬物狂乱したブラックメタリストは再び立ち上がり、マサカリやフランベルジュやメイス等の凶悪武器を構えながら、オウガパピーを包囲した。「アイエエエエ……」ショウはその輪の外で、腰を抜かし失禁していた。オウガパピーは、逃げろ、と言いたげに友を一瞥した。




「アイエエエエ!……ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」ショウは突如現れたチャイニーズ・オメーンのニンジャを見て恐怖に顔を歪め、失禁すると、泥の中に転がった金運ブッダ像を無我夢中で掴み、逃げていった。「アイエーエエエエエ!」まさかこの怪物の正体がヤマガタであるとは夢にも思うまい。

 一方、オウガパピーは凶悪武器を持つブラックメタリストに包囲されていた。カンフー・カラテを構え四方を牽制する。「ブッダの使徒を殺す!」「首を撥ねる!」「反ブッダの祭壇に捧げる!」「暗黒の橋が現れる!」薬物狂乱した敵は、彼を憎きブッダ戦士と錯覚している。睨み合い、そして、動いた。

「AAAAAARG!」フランベルジュを構えたブラックメタリストが先陣を切る!彼らは力に乏しいため、いきおい剣の重さを使ったぎこちない回転切りの一撃となる。粗雑な一撃だが当たればニンジャとて死ぬ!「ハイヤーッ!」オウガパピーはこれを紙一重跳躍でかわし空中回し蹴り!「グワーッ!」

 敵の歯がほぼ全て砕かれ、骨が軋み、白眼を剥いて倒れる。次の敵が左右から来る。(((今のは痛かったな)))ヤマガタは眉根をひそめる。武道家ならぬアクション俳優である彼は、寸止めカラテしか振るった事がない。半ば無意識のうちに、ニンジャソウルのもたらす殺人カラテに枷をはめているのだ。

「「AARRRRRGH!」」敵二人の武器は、マサカリとダブルダガー。「ハイヤーッ!」オウガパピーは軽快な二連続即宙で武器をかわしながら、片方の顔を蹴り飛ばす。「グワーッ!」今後は威力が弱い。「ARRRRGH!」続けざま、メイスを持った敵が迫る。このまま素手ではジリー・プアー!

「ハイヤーッ!」オウガパピーは敵の足の下をスライディングで潜り抜ける。「ARRRRGH!?」メイスの一撃は彼の頭の代わりに、道路に散らばるウォーターメロンを粉砕した。そのままオウガパピーは側転!フルーツ店の軒先に置かれたクリーヴァーを取り、またも顔をワイプする不可思議な動作!

「ウェポンマスター・オメーン!」またも一瞬の早変わり!おお、見よ!彼の顔を覆うゴースト・オメーンは、力強い隈取りの黄色いオメーンへと変わっていた!「「ARRRRRGH!」」刀剣持ちが迫る!「ハイ!ハイ!ハイ!ハイヤーッ!」オウガパピーはクリーヴァーを巧みに振り回し、弾き返す!

「ハイヤーッ!」フランベルジュを薙ぎ払い、剣先が地面に落ちた刀身を駆け上がって顔面膝蹴り!「グワーッ!」「ARRRGH!」「ハイヤーッ!」後方からのマサカリを受け止め、巻き落として、鳩尾にカンフー・トーキックをめり込ませる!「ゴボーッ!」「ARRRGH!」そこへメイスの一撃!

「ハイヤアーッ!」オウガパピーは咄嗟にこれを受け流すも、酷使に堪えかねクリーヴァーが砕けてしまった!「ARRRRRGH!」ブラックメタリストは引きつった凶悪な笑みを浮かべながら、再び力任せにメイスで殴り掛かる!「ARRRRGH!」後方からは新手のマサカリ持ちだ!アブナイ!

「ハイヤーッ!」オウガパピーは咄嗟に、道路に転がる木製ローベンチを抱え上げ、サインスピニングの要領で回した!「「グワーッ!?」」前後の敵は圧倒的なリーチの差で突進をくじかれる!「ハイヤーッ!」そのままブルドーザーめいて板で敵2人を押して進み、フルーツ棚へと痛烈に叩き付ける!

「「ア……ア……」」ブラックメタリストは泡を吹き、白眼を剥いて、砕けた果物とともに地に倒れた。全てではあるまいが、大方の敵は片付けたはずである。だが……オウガパピーにはザンシンを決める暇すら与えられなかった!「イヤーッ!」鋭いカラテシャウトとともに、スリケンが飛来したのだ!

「ハイヤーッ!」オウガパピーは咄嗟にローベンチを背負って2枚のスリケンを受け止める。板に突き刺さって頭を出したスリケンの切っ先が、首の後ろに微かに触れ、冷汗を滴らしめた。敵はニンジャだ。斜め上方、建物の屋根の上からアンブッシュを仕掛けてきたのだ。(((まずい事になった))) 

 オウガパピーにとってニンジャとの接触はこれが初めてではない。以前も、ニンジャソウルに導かれるまま高層ビルを跳び渡って悦に入っていた時、不意にニンジャと遭遇戦に入ったことがある。その時は逃げの一手で撒いたが……今は引けぬ。このニンジャと今回の襲撃に関係があるやも知れぬからだ。

(((クソッ、俺は何をしてるんだ)))「ハイヤアーッ!」オウガパピーは追加投擲されたスリケンを防ぎながら、ローベンチを放り捨ててそれを使い跳躍、さらにカンバンを跳び渡った!襲撃者の方向へ!空中で最初のオウガ・オメーンへ早変わりしながら、襲撃者の立つ建物の屋根の上に着地する!

「ドーモ、スティールバイトです」茶色装束の敵ニンジャが先にアイサツをした。親指を除く全ての指先に、鋭い鋼輪爪を装備している。「ドーモ、オウガパピーです」彼はアイサツを返した。オメーンの下でヤマガタは歯を噛み、額に汗を滲ませていた。敵の装束に縫われたエンブレムには見覚えがある。

「ハ!非ニンジャのクズを倒してご満悦か?我々のシマで好き勝手暴れてくれたものだな、オウガパピー=サン……ほオ、貴様の名は無所属の未確認ニンジャとして、セクトのデータベースに登録されているぞ……」アイサツの先手を取ったスティールバイトは、相手を嘲るような高圧的態度で言い放つ。

 オウガパピーはカンフーカラテを構え、相手を睨み続けていた。彼はニンジャの世界について、極めて断片的な知識しか持ち合わせていない。すなわち、このメガロシティの闇には自分以外にも怪物が潜んでいる事……アマクダリなる組織が闇の法を敷いている事……それに従わぬならば、排除される事。

「これまでセクトのニンジャに2度遭遇……セクトの一員としてニンジャ登録することを拒み、そのたびに尻尾を巻いて逃げ出している……なるほど」スティールバイトはデータベースの情報を読み、また先程のカラテ光景から相手の力量を予測し、笑った。「小虫めが!ただちに俺の前でドゲザせよ!」

 恐るべき威圧的シャウトだ。常人であれば即座に失禁していたであろう。だがオウガパピーは動じぬ。彼の心胆はいまやニンジャのそれだ。「……あの者どもは貴様らの尖兵か?」オウガパピーは、芝居がかった口調と声色で問うた。ジェット・ヤマガタの正体を身破られれば、破滅が待っているからだ。

「……何だ、頭のおかしな奴か?俺のカラテで切り裂かれたいか?」スティールバイトは息を吸い、鉄輪爪の指を突き出す独特のカラテを構えて威圧した。「我が問いに答えよ、小虫めが」オウガパピーは間合いを詰めた。(((……おい、何で映画スターがこんな危険な橋を渡るんだ、ちくしょう)))

 実際あのブラックメタリストたちはスティールバイトらが用意した地上げ予備工作のための手駒であった。だが無論、彼には敵に手の内を明かす気はない。秘密こそが力だからだ。周囲に一触即発のカラテが満ちた。そしてじりじりと距離を詰めていたオウガパピーは…見えぬカラテの一線を踏み越えた!

「イヤーッ!」スティールバイトが踏み込み、チョップ突きを繰り出した!もはやカラテあるのみ!オウガパピーは紙一重のスウェー回避、カンフー・キックを打つ!「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」だがスティールバイトはこれを弾き、連続チョップ突きの反撃だ!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

「ハイ!ハイ!ハイ!」オウガパピーは危険なチョップ突きを払い続け……反撃!「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」弾かれる!近距離で素早い打撃が交わされるたび、互いの装束にまとわりついていたストリートの粉塵が飛ぶ!「ならばこれはどうだ、イヤーッ!」スティールバイトが構えを変えた!

 これまでヤリめいて尖らせていた両手を手首で合わせ、指を鉤爪めいて強張らせる!そして横に引き裂くような構え!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」まるで這い回るムカデの脚のごとき斬撃!「ハイ!ハイ!ハイ!」かろうじて対応するが凌ぎ切れず、オウガパピーのニンジャ装束が裂かれ始める!

「見たかオウガパピー=サン!このムカデ・カラテの前に敵は無い!半殺しにした上で、セクトの法廷に引きずり出してやるわ!イヤーッ!」「グワーッ!?」爪に注意を向けすぎていたオウガパピーは、中段キックを腹に受けた!アブナイ!「ハイヤーッ!」連続バック転を打って仕切り直しをはかる!

「もう後がないぞ、バカめが!」然り!オウガパピーの背後には隣のビルの壁!横はストリートで足場がない!スティールバイトは突き進み、鳩尾目掛けとどめのムカデ・ケンを繰り出した!「イヤーッ!」だが、オウガパピーは最後のバック転後に、オメーンを変えていたのだ!「ハイヤーッ!」

「何!?」スティールバイトはあまりの速さに目を見張った!ムカデ・ケンは背後の劣化コンクリート壁に突き刺さり、オウガパピーはもうそこにいなかった!「ゴースト・オメーン!」彼は腕で顔をワイプして変面するやいなや、背後の壁を蹴り、驚くべき速さでストリート側に跳躍していたのだ!

「逃げたか!?」スティールバイトは爪を引き抜き、敵を追うべく横を見た!だが……否!彼はまるで上空から見えぬワイヤーに釣られているかのように円弧を描いて背後へ回り込み、回転連続キックを繰り出したのだ!カンフーカラテの奥義、ゴーストリープ・キック!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

「ハイヤーッ!」「グワーッ!」スティールバイトは側転を打ち体勢を立て直す!「何だこのカラテの切れは……!まさかモータル相手に力をセーブしていたとでも……!有り得ん!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」オウガパピーは畳み掛けるように目まぐるしい変面を行った!「オウガ・オメーン!」

「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」オメーンが変わるたびに、カンフースタイルが変わる!スティールバイトにとって悪夢めいた体験だ!「バカな!」「ハイ!ハイ!ハイ!ハイヤアーッ!」そしてガードを払い除け必殺のジェットキック・アッパーがスティールバイトの顎先に…決まった!

「グワーッ!」敵は斜め上方に吹っ飛び、隣の建物の屋上へ十数メートル落下。住民の薄汚い洗濯物干し竿を折りながら、後頭部を痛打した!「ア……ア……」痛烈なカラテで全身が痺れ、動かぬ。インガオホー!ブラックメタリストを殺さず手加減した事で、敵はオウガパピーの力量を読み誤ったのだ!

「セクト……報告を…」スティールバイトは横に転がったIRC端末に指を這わせ、操作しようとする。だがオウガパピーが飛び降り、それを踏みつぶして破壊した。表情読めぬ恐ろしいチャイニーズ・オメーンの男は、敵を睨み下ろした。「話せ」「わ……解った……。殺さないでくれ……お願いだ…」

「それは貴様の態度次第だ」オウガパピーは敵の胸を踏みつけ、威圧的に言った。「解った……話す……話すよ……へへへ、俺も死にたかねえんだ……。こんなくだらねえミッションのせいで死ぬなんて、まっぴらごめんだぜ……。ああ、ドクヘビ・サークルは俺たちのコマさ」スティールバイトが吐く。

「目的は何だ」「……へへへ、何てこたあねえ……カネだよカネ……。地上げ工作さ……それで……イヤーッ!」ナムアミダブツ!手の内を明かしながら相手の隙をうかがっていたスティールバイトが、ついに奥の手を放った!手首と指のスナップを使い、鉄輪爪を飛ばしたのである!「グワーッ!?」

 両目と喉を狙った鉄輪爪の指弾を、オウガパピーは辛うじて両腕でブロックした!だが拘束がおろそかになる!「とんだお人好しのイディオットだぜ!イヤーッ!」スティールバイトは敵の足を払って立ち上がり、残った左手の鉄輪爪で、仰向けに倒れたオウガパピーの胸を狙った!

「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」だがオウガパピーはネックスプリングで起き上がり、この卑劣な一撃を蹴り返した!サンズ・リバーへの門が一瞬開いた事で、ジェット・ヤマガタの脳にニンジャアドレナリンが湧き出る!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

「ま、待ってくれ!オウガパピー=サン!」だがもはや怒りのカンフーカラテ連携は止まらぬ!「ハイヤアアアアアーーーーーッ!」骨を砕くダブル・オウガ・ポン・パンチだ!「グワーーーーッ!」痛烈!ワイヤーアクションめいて後方へと弾き飛ばされ、壁に叩き付けられて爆発四散!「サヨナラ!」

 オウガパピーは敵の爆発四散痕を確かめるべく歩み寄った。ニンジャの死体はもはや、跡形もなく消え失せていた。まるで初めから、何も存在しなかったかのように。だが彼は本能的に解る。ニンジャは死ぬと爆発四散するのだと。彼は降り始めた重金属酸性雨の中、己の握り拳をしばし見つめていた。

 ニンジャを殺した。むろん、ヤマガタの人生の中で初めての経験だ。だが幸か不幸か、彼の胆力は既にニンジャのそれになっている。踏み越えてはならぬ一線ではないかと恐れていた良心の呵責など……実際微塵も無かった。むしろ、清々しささえあった。全身を、勝利とカラテの喜びが駆け巡っていた。

「ストリートを守り、アクションスターの正体もバレなかった。おい、完璧だ」ヤマガタはいい気分だった。己には力がある。今までセーブしてきたが、この力をむしろ、もっと積極的に使うべきでは、と。……だが不意に、冷静になった。「おい待てよ、何で映画スターがそんな危険な橋を渡るんだよ」

 オウガパピーは上空を飛ぶマグロツェッペリンを見上げながら、そう独りごちた。ツェエペリンの腹に吊り下げられた大型プラズマモニタには、気取ったサングラスと光沢のあるジャケットで映画番組のインタビューに答える、ジェット・ヤマガタの巨大な顔が映し出されていた。


 不意に、オウガパピーの装束が、バカバカしい映画撮影の小道具じみたもののように思えてきた。暗い路地裏へと飛び降り、誰にも見られることなく装束を脱ぐと、彼は完全にジェット・ヤマガタに戻った。そして真っ先に、ユカリフォンとショウのことが気になった。

 ストリートはまだ小規模な混乱が続いていたが、あとはマッポの到着で事態は収束するだろう。(まったく、俺はまだまだ未熟だな。オウガパピーはこれっきり、お蔵入りだ。危ない橋はもう御免だ)ヤマガタは心の中で独りごちながら進んだ。(ニンジャが何だ、アクションスターのほうが最高だろう)

 パックド・スシめいて混雑した大通りを抜け、ヌードル店「竹」に帰り着く頃には、もう装甲シャッターも上げられ、客の大半は家路についていた。ノーレンをくぐり店内に入ると、奥の席にはショウもいた。出て行った時と何も変わらぬヤマガタの姿を認めると、ユカリフォンは安堵の笑みを浮かべた。

「なんだ、心配してみりゃ、ショウ=サンはここか?俺は結局ひどい混雑に捕まって、立ち往生だった」ヤマガタが肩をすくめた。「アイヤー、ヤマガタ怪我してないよ、本当に本当に良かったよ」ユカリフォンは少し涙ぐんでいた。ショウは机の上にブッダ像を置き、まだ白昼夢を見ているようだった。

 ヤマガタは席につき、そのまま残してあった自分のソウルフードを食べた。ユカリフォンは冷めたフライド・ライスを炒め直し、彼の前に置いた。客はもう、ショウとヤマガタだけになっていた。「そうだ、ユカリフォン」ヤマガタは店を出る前に言いかけていた言葉を思い出した。「渡したいものがある」

 ヤマガタは胸元に手を伸ばした。そこには特別な内容を伝える時に使う最上質の金色オリガミで折られた、カメ・オリガミ・メールを入れていた。だが……指先には良くない感触があった。ユカリフォンがにこにこと笑いながら尋ねた。「どうしたか?」「いや……どうやら……落としちまったみたいだ」

「そうか、いいよ、怪我なかったから」ユカリフォンは頷いた。ヤマガタは意を決し、自分の口で言う事にした。「昔、俺が酔っ払って言ったこと、覚えてるか」「何?」「いつかアクションスターになってもこの店に来てメシを食うって」「言ってたね」

「もうひとつ言いたいことがあってな……いつか本物のアクションスターになれたら……結婚してほしいって思っててな」「ハア?」ユカリフォンは首を傾げた。「ヤマガタ、私の事からかってるか?アクションスターがヌードル店の店員と結婚するか?」ヤマガタは頷き、ユカリフォンは言葉を失った。

「ただ、実際俺の身勝手で申し訳ないんだが」ヤマガタは続けた。「俺はまだ本物のアクションスターなんかじゃない。未熟もいいとこだ。今日も痛感した。だから後5年、いや……3年、待ってもらえるか」「……ハイヨー。今までも待ってたから」ユカリフォンは涙を拭って笑った。「ヨロコンデー」

 ズコッ!ズコッ!ズコッ!ユカリフォンはどうしても堪え切れない嬉し笑いと涙を隠すように、中華鍋を振ってフライドライスを炒め始めた。ヤマガタもパナマハットをいつもより目深に被り、ラーメン・ヌードルを啜っていた。ラードの湯気が店内を満たし、あの日のような優しく温かい時間が流れた。

 だが果たして、金色のカメ・オリガミ・メールはどこに行ってしまったのか。……それは実際、道端に落とされてなどいなかった。それは今もヤマガタの胸元に入っていた。しかし黄金のカメは、激しいニンジャのカラテでくしゃくしゃになり、鉄爪で一部が切り裂かれ、微かに血が染みこんでいたのだ。



 夏の日、彼は小高い丘の上に座ってハナビめいた火花を眺めていた。それは空に咲く極彩色のハナビではなく、巨大装甲ブルドーザーによって踏みつぶされた家屋や放置UNIXがしばしば上げる火花であった。誰も抵抗する者はなく、それは静かに、淡々と進行していった。

 幼いヤマガタの隣には父親が、周囲には町の住民がいた。オムラ社の強引な敷地買収により、彼らはカネを渡され、立ち退くことになったのだ。一帯はレジャーランドとして生まれ変わる。その夜が、ストリートとのお別れの日だった。ヤマガタはまだ幼く、何故引っ越さねばならぬのか理解できなかった。

 TV番組で見ていたヒーローは助けに来なかったどころか、レジャーランドのマスコットのひとつとして、敷地の回りを覆う高い鋼鉄フェンスに大きく印刷され「期待重点!」の台詞とともにガッツポーズを作っていた。横にはヤマガタの見覚えのあるマークがあった。番組の提供はオムラ社だったからだ。

「悪者をカラテで殴って解決する問題じゃねえのさ」父親は安ブランデーをあおりながら静かに言った。「ヒーローはよ、株券とか持ってねえんだ」「……」ヤマガタは何故か涙ぐんでいた。地上げの意味も株券の意味も解っていない。ただ、彼の好きなヒーローをバカにされた気がしたからだ。それだけだ。


◆◆◆


「ヤマガタ=サン?ヤマガタ=サン?お客様みたいドスエ」ゲイシャの声。「アイエッ!?」古い夢から引き戻されたアクションスターは、椅子の上で体を震わせ、無意識のうちにカンフー・カラテを構えた。「アイエエエエエエ!」出番に備えマッサージをしていた美容師ゲイシャが驚き、腰を抜かした。

「フウーッ、夢か」ヤマガタは息をつき、苦笑し合いながら美容師ゲイシャを助け起こした。目の前の鏡には、完璧にメイクされた見慣れない顔があった。華やかなステージに立つ時はメイクが濃い。それはあまり好きではないが、仕事は仕事だ。「控え室まで客だって?」「ヤサキ=サンという方ドスエ」

「ちょっと外してくれるか?」「有名な方ドスエ?」「ああ」ヤマガタは椅子を立ち、出迎えの姿勢を取った。ゲイシャと入れ違いに、使いこまれた茶色の革ブルゾンを着込んだ歳上の男が入ってきた。ヤマガタとヤサキは笑顔で握手を交わした。「ドーモ」「ドーモ」ヤサキの髪には白髪が増えている。

「引退する事になってな。お前のおかげで廃業さ」ヤサキは笑った。彼は新人時代の目標にしてライバルだった男だ。成功したリメイク映画『タケシコップ・マッポリヴェンジ』の印象深い悪役、暗殺者トウゼンはヤサキ=サンの最大の当たり役だったが、その後はジェット・ヤマガタが一気に追い抜いた。

「本当に?」ヤマガタは息を吐いた。過酷な世界だ。成功の椅子は限られている。だが当事者たちの間には奇妙なユウジョウが存在するものだ。ヤサキは相手の背中を叩いた。「俺を追い抜いた男が、景気の悪い顔を作るな。いつもの憎まれ口はどうした?リウ=ベイみたいに挑発的に手招きしてみろよ」

「よし」ヤマガタは無慈悲なるリウ・ベイの顔を作り、体を回すように大きく振ってから、手招きの姿勢を取った。「口程にもない、暗殺者トウゼンのカラテも地に落ちたか?」「言ったな」ヤサキは不敵に笑み、カラテを構えステップを刻んだ。ヤマガタは察した。「おい、本気で?」「ああ、やろうぜ」

「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」たちまち映画のワンシーンめいたやり取り!控え室は広く、他の出演者は誰も残っていない。ほんのお遊びと思っていたが、ヤサキの鋭い回し蹴りはヤマガタの頬をかすめた。「おい、俺は次の出演だぞ?」「アザができたら、その女みたいな化粧を厚くしてもらえよ!」

「ハッ!ハッ!ハイヤーッ!」椅子を飛び越え、花輪を倒し、ワン・インチ距離での攻防。肘の一撃を互いに繰り出し、防ぎ合う。「イヤーッ!」ヤサキの膝蹴りが鳩尾に決まった。「グワーッ!?」目を剥き後ずさるヤマガタ。「イイイヤアアアーーッ!」そこへヒサツ・ワザじみたヤサキの回し蹴り!

 むろん、ここまでヤマガタは手心を加え続けていた。人間の振りを続けていた。だが膝蹴りを受けた彼の目が一瞬、内なるニンジャソウルを反映するように、鋭くなった。「ハイヤーッ!」彼はヤサキの蹴りをブロック。抱え込んで一本足立ちにすると、即座に鉄槌めいた裏拳を敵の顔面へ振り降ろした。

「グワーッ!」ヤサキは苦悶の表情を浮かべ、目を閉じる。そして再び目を開けると……裏拳は彼の鼻先で寸止めされていた。「俺はリウ・ベイじゃないから、命までは取らないぞ」ヤマガタは笑った。だがヤサキは苦痛に顔を歪め、首を振る。「カット!カット!」打撃は加えられていないのに何故か?

 ヤマガタはすぐに察し、ホールドした片足を離してやった。彼がニンジャの怪力で押さえたわけではない。ヤサキが、老いたのだ。彼はばつの悪そうな顔を作って、腰をたたいて笑った。「アイテテテ…この通り、情けねえもんさ。俺の引退は、お前の仕事とは実際無関係。足腰にガタがきちまったんだ」

「去年、サッキョー・ラインの屋根の上で撮影中に事故を起こしたと聞いてたが……そんなに深刻だったのか?」ヤマガタは思いがけぬショックに打たれていた。アクション俳優の寿命は突然やってくる。誰もが知っている、無慈悲な現実だ。人間である限り、誰も逃れられはしない。人間である限りは。

 ヤサキは苦笑いを浮かべながら、体をひねって腰骨を鳴らし椅子に座った。「……映画なら、こんなシーンは上映されないよな。監督がメガホンでこう叫ぶ。『カット!』そこで終わり。美女を抱き抱え、仲間たちに祝福され、華々しいエンディング。だが実は人生はまだ途中。そこでカットしただけだ」

 ヤマガタは問うた。「引退した後はどうする?」「俺からアクションを取ったら、何も残らんさ。過去の栄光も霞んだ。駐車場の警備員でもやるか、中国地方にでも引っ越すか……まあ何か考える。家族を食わせにゃならんからな」彼には子供が2人いる。「多少は蓄えもある。だが、そんな事よりもだ」

「……そんな事よりも?」ヤマガタは身構えるような、複雑な表情を作った。ヤサキは彼の不安げな目を見て、吹き出すように哄笑した。「そんな事よりなあ、景気のいい話をしようぜって事さ!いいか、こんちくしょうめ、お前は俺を追い抜いた男だ!そしてアクションスターになろうとしてる!」

「いいか、お前のアクション!」ヤサキは指差し、続けた。「お前のアクトにはアクションの神が宿ってる!ジーザス最新作を試写で見た時、俺はそう確信した!いや、正直に言うと……もっと何年も前からだ!ああ、こいつは俺を越えて、とんでもないアクターになるぞ!俺の生存本能が警告してた!」

ヤマガタは驚いた。確かに以前からも、ヤサキとはライバルを越えた絆を感じていたが、プライドの高い彼がここまで腹の内を吐露したのは初めてだったからだ。「ああ」ヤマガタは頷いて笑い、握手した。それが自分が負かした男への最大限の敬意だと思われた。「俺は本物のアクションスターになるさ」

「あんたの分まで稼いでみせる」二人は肩を抱き合った。「ああ、図太く生きろよ」「そしてヤサキ=サン、あんたをいつか俺の映画に呼んでみせる」「どんな役だ?」「暴漢1だ」「ふざけるな、クソ役だ」「出演が嫌なら、俺の運転手は?」「ファック・ユー」そして二人は背中を叩き合い、笑った。

「ヤマガタ=サン、間もなく出番ドスエ」廊下からオイランの声。「時間か」ヤサキは腰の痛みも収まったと見え、立ち上がり、ジャケットを羽織り直した。どこか名残惜しそうに。「いつかサケだ。俺はしばらくオンセン旅行に出る」「いつ発つんだ、ヤサキ=サン?」「明日だ」ヤサキは肩をすくめた。

 ヤマガタは短く思案し、言った。「なあヤサキ=サン、なら今夜、後で飲まないか?いいヌードル店があるんだ。このイベントはあと3時間もあればヒケる。パーティーは出ない」「ヌードル店か」ヤサキはおどけた顔を作り、往年の暗殺者トウゼンめかして笑った。「よかろう、お前の命も今夜限りだ」

 二人は笑い合い、憎まれ口を叩き合いながら、控え室から出て別方向へと歩いた。メイクをし直す必要がないと解り、美容師オイランはほっと胸を撫で下ろした。「メインステージはこの上だっけ?」ヤマガタは早足で進んだ。「アッハイ」オイランが小走りについて来る。「スミマセン、あとこれを」

「よし」ジェット・ヤマガタはオナタカミ社製の最新型サイバーサングラスをかけ、オイランのほうを向いた。「似合ってる?」「ハイ、スゴイです」ステージが近くなり、スタッフや他の出演者らが目立ち始めた。ヤマガタは今回のイベントのゲストの一人だ。彼はまだ真のアクションスターではない。

 眩しい極彩色のスポットライトを浴び、スタジアム席から浴びせられる凄まじい音圧の中へ進む。ジェット・ヤマガタの名前がコールされ、クールな最新型サイバーサングラスをかけた彼の笑顔が後方の大型ディスプレイに映し出される。協賛メガコーポの社章とともに。ジェット・ヤマガタは手を振った。

 サイバー銅鑼が響き、チャイナドレス姿のオイランドロイド・アイドルデュオがステージ上へと高速リフト垂直射出された。とてつもない歓声。「次のコーナーは、カンフーハプニング、キックでポン!」ナレーターが叫ぶ。二体がヤマガタを挟みコミカルに歌い始めると、笑い声と歓声が会場を包んだ。


◆◆◆


「……今期中にオールド・カメ・ストリートを地上げし、一帯をオナタカミ社のプラントに変える、そのような手筈であったな……?」禍々しい声が室内に響き、奴隷オイランたちが怯える。コブラ・リアルエステート社のビル最上階には邪悪なアトモスフィアが漂っていた。

 壁は金箔塗り、室内には噴水と日本庭園、紅葉したモミジの木、スシが盛られた大テーブル。壁には「非道さ」「コブラ不動産」「ヤクザ」「蛇」などのショドー。ハイウェイを挟んでオールド・カメ・ストリートを睥睨するこのビルこそは、まさにディストリクトの諸悪の根源、毒蛇どもの巣である。

「ハイ、ディスポイラー=サン。ですが、報告いたしました通り、オウガパピーなるニンジャの邪魔が入り……」大テーブルの対面から、もうひとつの邪悪な声が応えた。無論、この男もニンジャである。白カンフーニンジャ装束。狡猾な切れ長の目。頭髪は黒く長い。唇に刃物の傷痕。両手には白手袋。

「サーペンタイン=サン、そ奴の名は、どうにも儂を不愉快にさせる」毒蛇の首領が唸った。彼の名はディスポイラー。血も涙もない男であり、ニンジャソウル憑依者となって自らのヤクザクランとその所有会社を乗っ取った。その背には、禍々しい4本のペナント軍旗が交差するように背負われている。

「スティールバイト=サンのIRCアクセス履歴を見る限り、このニンジャに殺害されたものと……」サーペンタインはハンドヘルドUNIXを操作しながら言った。ディスポイラーはサケを呷ると、エナジー珍味、大ムカデの姿焼きを頭から食いちぎった。「奴は我らスネイクピットの面汚しであった」

「この遅れによってオナタカミへの転売価値は下がっており、これ以上の労力は、コブラ社にとってコスト以外の何ものでもありません」スティールバイトが死んだ日から、既に2ヶ月近くが経過していた。以降、ストリートは襲撃を受けておらず、住民らは危機が去ったものと胸を撫で下ろしている。

 スネイクピットと呼ばれる、このアマクダリ・セクト配下の小ニンジャ組織……彼らは何故、直ちにオールド・カメ・ストリートとオウガパピーへの報復を行わなかったのか?それは首領ディスポイラーが、近隣の油断ならぬアマクダリ小ニンジャ組織テリトリーを巡り、セッタイを受けていたからだ。

 彼はヤクザであり、メンツを重んずる。ディスポイラーはテリトリーをさらに広げようと画策しており、周囲の小組織を威圧してきた。そのような訪問中に、自らの支配領域でイージータスクな地上げが失敗し、ましてや所属不明の野良ニンジャにスティールバイトが殺されたと知られれば、どうなるか?

 答えは明白だ。ディスポイラーは江戸時代のウォーロードめいた狡猾さで全てを隠蔽し、2人の配下に報復の準備を整えさせていた。そして昨日、彼は遂にこの城へ帰還したのだ。「カネの問題ではない。オールド・カメ・ストリートは、儂の寛容さの閾値を超えた。踏みにじり、ジゴクを味わわせる」

「ウオーッ!」突如フスマが蹴破られ、フランベルジュを構えた興奮状態の男が入室!「「アイエエエエエエ!?」」奴隷オイランが失禁!男は背中から湯気を立ち上らせ、粗い息を吐く!その逞しい肉体は病的に白く、頭髪は黒く波打ち、顎には野蛮な長い黒髭。アノヨのヴァイキングめいた顔つきだ!

 男は怒りをこらえ切れぬように地団駄を踏んでから、フランベルジュを振り回し、手近にあった見事なカエデの幹を切断!「ウオーッ!」さらに大テーブルと大理石床に剣を叩きつけ、まだ収まらず、哀れな奴隷オイランの首を撥ねた!「ウオーッ!」「ンアーッ!」サツバツ!噴水めいた血飛沫が飛ぶ!

 何たる狼藉!だが大テーブルにつく2人のニンジャは眉ひとつ動かさず、サケを呷りながら、この男の行動を見ていた。「ハアーッ!……ハアーッ!……ハアーッ!」上半身裸、下半身を漆黒のハカマに包んだその狂戦士の如き男は、ようやく息を整え、ディスポイラーの横の椅子にどっかと腰を下ろす。

「ようやく戻ったなディスポイラー=サン!あと一日遅ければストリートを俺ひとりで廃墟に変えた」男は歯を剥き出しにして笑んだ。「いきり立っているな、ホワイトパイソン=サン。スネイクピットの義兄弟よ」「サケだ」「よかろう」二人は赤いチャワンを腕組み交差させ、同時にサケを乾かした。

 ホワイトパイソンもやはり邪悪なニンジャであり、狂戦士にして訓練長である。ニンジャとなった彼はピュアな反ブッダ精神を変質させ、ドクヘビ・サークルの者たちを犯罪の手駒として使い始めた。いまや彼の支配下にあるブラックメタリストたちは日夜殺人戦闘訓練を課せられ楽器の練習時間もない。

「兵隊の補充と訓練は終わったな?」ディスポイラーが問う。「無論だ、兄者。全員釈放され、新兵も増えたぜ」ホワイトパイソンは頷き、それからサーペンタインに言った。「戦闘ドラッグと武器を今後5割増で供給しろ」「戦闘ドラッグは品薄だ、相場が上がっている」「品質を落としても構わねえ」

「今夜こそウミガメ・テンプルを焼き落とす!俺も出る!あのオウガパピーとやらが現れれば首を撥ね殺す!いつ決行だ、兄者!」ホワイトパイソンは興奮を隠し切れぬ。黒蛇輪の刺青が入った二の腕は、筋肉が今にもはち切れそうだ。「サーペンタイン=サン、説明してやれ」ディスポイラーが言った。

「既に話はつけてある。書類を提出し、セクトへの申請も受理された。今夜、ウミガメ・ストリートを含む4区画への電力供給が、事故により、止まる」サーペンタインは冷たい笑みを浮かべながら言った。狂戦士はサケを呷った。「夜陰に乗じて襲撃か?ハ!回りくどい事だぜ!」「まあ聞け、兄弟…」

「停電の闇は、我々の作戦を覆い隠し、隠蔽するのに役立つ。オールド・カメ・ストリートの低所得者どもは、停電に乗じて略奪を開始し、それが大規模な放火に発展……こういう筋書きだ」「どれだけ殺しても焼いてもいいわけか!?貧乏人どものインガオホーだな!」ホワイトパイソンは呵々と笑う。

「計算高いお前の事だ、停電計画を立てた理由はそれだけではあるまい」ディスポイラーが片眉を吊り上げた。「ハイ、地上げ以上のカネが見込めるかもしれません」サーペンタインは時計を見た。「どちらにせよオールド・カメ・ストリートの運命はあと2時間。血の一滴まで絞り尽くしましょう」


◆◆◆


「実際安い」「ニーハオ」「TAKESHI酒」妖しい多重電子マイコ音声やネオン看板が重金属酸性雨ににじむ。市場の棚に白、黒、ターコイズ、蛍光緑のバイオリンゴが並び、通りでは同様にカラフルなLED傘が合成樹脂の花を咲かせ、辺りの側溝からは休み無く得体の知れぬ蒸気が吐き出される。

 屋台街ではソバ屋と運命クッキー屋が物々交換し、違法増築マンションの窓ではピンクの流体蛍光漢字タトゥーを入れたマイコがまた今夜も洗濯物を干せず溜息をつき、下では労働帰りの若者がハッカードージョーで鍛錬に精を出す。昼夜を問わず騒がしく過密……だが住民達は安らぎと温かみを覚える。

 何故であろうか?ここには地に足のついた営みが昔から存在し、そして多くの人が奥ゆかしい信心深さを守り続けているからだ。ユカリフォンも、町の中心にある六角形の大きな建物、ウミガメ・テンプルに向かって歩いていた。彼女は毎朝開店前、そして夜いつもこの時間に、店を父親に任せ礼拝する。

 吹き上がる蒸気の中を人々は行き交う。このストリートに暮らす者は商魂たくましく、時には小競り合いもあるが、テンプルに向かう時にはいさかいを忘れ励まし合う。夜だと言うのに、テンプル内は賑わいまだ人も多い。多くの住人は、朝働く前と働き終え家に帰る前に、必ずブッダに礼拝を行うのだ。

 テンプル中心には、マスコットである生きた大ウミガメが雄々しく泳ぐイケスがあり、青色にライトアップされている。その背後には大ブッダ座像。壁には古い大型TVモニタがいくつも掛けられ、老人たちがカラオケに興じている。だが眩しすぎる事は無く、テンプル内には心地よい夜の暗さもあった。

 ユカリフォンはモニタのひとつに、偶然ジェット・ヤマガタの顔を見た。彼は華やかな衣装を着て、オナタカミ社製サイバーサングラスをかけ、真っ白な歯で笑っていた。彼は今、ここから数キロ離れたスタジアムライブ会場で、ネコネコカワイイの音楽イベントにゲストの一人として参加しているのだ。

(私、ヤマガタと結婚する……?)ユカリフォンはまだ現実味を感じられなかった。実際、ここ二ヶ月の間、ヤマガタは多忙を極め、彼女のヌードル店を訪れていない。(あれはやっぱり夢だったか?)スターやセレブはサイバーパパラッチによる盗聴の危険性が高いため、電話やIRCなど以ての外だ。

 だが彼女のニューロンには、あの夜の光景が確かに刻まれており、いつでもフィードバックする。……夢ではない。頑固者の父親をどう説得しようか。ハネムーンはどこへ行こうか。子供に何と名前をつけようか。……思わず笑みがこぼれる。(アイヤー、知り合いに見られたら大変……。きっと変な顔)

 ユカリフォンは頭の中から浮ついた多幸感を追い出し、いつものように厳粛な気持ちで、大ブッダ像の前に立って目を閉じた。深呼吸し、手を合わせ、祈る。だが日々のチャントはまた雑念に流される。(ブッダ、ヤマガタは私と結婚して本当にいいか?)大ウミガメ像に座る大ブッダは、黙して語らず。

(私、ヌードルとフライドライスしか作れないのに、ヤマガタが本当のアクションスターになったら、足引っ張らないか?オキナワに着いていくとき、写真撮られて恥ずかしくないか……?)ユカリフォンの頬がまた赤らんでゆく。不意に気づき、息を吐く。(アイヤー、結婚したら、お店どうしようか)

(それは大問題であるな……)声が聞こえた。「ブッダ!?」ユカリフォンは驚き、目を開けた。だがそれはブッダの声ではなかった。横には金運ブッダ像をロープで背負ったショウが祈りを捧げいていた。「アイエエエ……私、口に出して言ってたか?」「俺は地獄耳なんだよ」ショウはウインクした。

 あの日、ヌードル店「竹」にいたショウは、一部始終を聞いていた。このストリートで、ユカリフォン以外に彼だけが、この秘密を知っているのだ。ユカリフォンは回りを見渡し、ショウに耳打ちした。「私、ヤマガタの名前言ってなかったか?」「ああ、大丈夫だ」「絶対誰にも秘密よ?」

「バカ言うなよ」ショウは悪戯っぽく笑い、耳打ちした。「俺は地獄耳だが、口が堅いんだよ。たとえ新聞社やTV局がどれだけカネを積んだって、結婚式のその日まで、絶対秘密は明かさないぜ」「頼むよ、本当に」結婚式という言葉を聞き、ユカリフォンはまた笑みを隠せなくなり、頬に手を当てた。

「だが確かに、もうヌードルもフライドライスも食えなくなるのは……」ショウが言いかけたとき、不意に、ストリート全体を大規模な停電が襲った。暗闇の中で、ざわめきが起こった。それは一瞬だけだった。すぐに建物内の電気は復旧し、カラオケが再開し、ウミガメは優雅に青いイケスを泳いだ。

「何だこりゃ……停電か?」同じ頃、市場に立つ茶色の革ブルゾンを来た男も、怪訝な顔で辺りを見渡していた。ヤサキであった。くだらないステージに飽き飽きした彼は、一足先に会場を離れ、ヤマガタとの待ち合わせ先であるヌードル店を下見すべく、オールド・カメ・ストリートを訪れていたのだ。

 ヤサキは周囲の電気がまばらに復旧し始めたのに気づいた。予備電源か?上空を飛ぶツェッペリンの大型モニタの中、ヤマガタの笑顔の横、「ネオサイタマ東部のトリツ区で、大規模な停電が発生とのニュース」との文字が、バラエティTV番組の端、申し訳程度に、ごく小さなテキストで流れていた。

 アンタイブディズム・ブラックメタリストと死の刀剣を満載にした黒塗りバンが何台も、オールド・カメ・ストリートの大通りへと殺人的スピードで迫っていた。ビルの屋根の上を、邪悪なるニンジャが跳び渡っていた。



「オッ!ジーザス試写見たよオ、ヤマガタ=サン!イケてるじゃない!相当イケてるじゃない!!」バンダイが豪快に笑った。彼は大物豪腕プロデューサーだ。金色のジャケットを着て、クセの強いサングラスをかけている。横にはアイドル候補生ゲイシャが四人も。それは彼の誇示するパワーの証なのだ。

「ドーモ!」ヤマガタはサイバーサングラスをかけたまま深々とオジギして微笑んだ。彼はステージでのネコネコカワイイとの共演を終え、二人のADマイコに汗を拭かれながら控え室へ戻るところだった。「ドーゾドスエ」最高級イオン飲料水がストロー付きで供され、もう片方のマイコが汗を拭き取る。

「美容師マイコに聞いたんだけどサ、同業者のヤサキ=サンと控え室でアクションしちゃったンだってエ〜?」「アッハイ」ヤマガタは苦笑する。内心では、冷汗を垂らす。彼はバンダイが好きではない。だがこの男の機嫌を損ねれば、今のネオサイタマ芸能界で仕事を取るのはいささか難しくなるだろう。

 もしや花輪を蹴倒した話が伝わったのか。ケジメを強いられてもおかしくない。……だが予想に反し、バンダイはサングラスを上げ、軽薄な口調から深い声に変わってこう言った。「……イイ!凄くイイ!その話を聞いて、ビビッと来た」「何ですって?」「映画のアイディアだよ!君が俳優役で主役だ!」

「俳優役で…主役!?」ヤマガタは目を白黒させた。「そう!君が売れないアクション俳優役で主役!アイドル俳優役のクミコ・サカイと禁断の恋に落ちる!彼女はヤクザに狙われていて君がボディガードになる!」バンダイが肩を叩いた。嫌な予感がした。「ムネコ・シマタダも共演させて三角関係だ!」

 ヤマガタは一瞬声を詰まらせた。まるで日刊コレワ芸能スキャンダル記事のイミテーションだ。あるいはもしかすると、この出来すぎた成功話は全てクミコ・サカイの張り巡らせた罠なのかもしれない。だが突っぱねればどうなる?全てが消える。「スゴイ」ヤマガタは言った。「そうだろう」とバンダイ。

 ヤマガタは唾を呑み、剛胆にも言った。「でももっといいアイディアが」「何だって?」バンダイは耳を疑う。「キャスティングに不満があるとでも」「まさか!付け足すだけです!敵役としてヤサキ=サンを出すんですよ」「何を言ってる。奴は落ち目だ」バンダイは悪臭を払い除けるように手を振った。

「引退するそうです」「そりゃそうだろう」「勿体ないですよ」「そうは思わんね。ピークを過ぎたアクション俳優なんて」バンダイは急激に熱を失ったように、冷淡な口調になった。「確かにアクションは衰えましたが、そのぶん……深みがあるんですよ」ヤマガタは自分が思っている通りの事を言った。

「凄いアクションになる自信があるんです。彼をライバル役か師匠役にしてくれるなら、どんな危険なスタントだってやりますよ!」ヤマガタは拳を握った。「何だって!?どんな危険なスタントでも……!?」豪腕プロデューサーの目が光った!「ハイ!」「どんなロマンスシーンでもやるかね……!?」

(((全ては、本物のアクションスターに上り詰めるためだ)))……ヤマガタには夢があった。我ながら馬鹿げた夢だ。その夢は、この2ヶ月で具体的な更新を得た。アクションスターになって地位を不動のものにし、尊敬できる俳優仲間を集め、オールド・カメ・ストリートで何本も映画を撮るのだ。

……そして街並みを守ったまま、一帯を新たなアクション映画の聖域にし、自らの映画スタジオとドージョーを築く。誰にも強制退去などさせない。世間の目を集めストリートの商業価値を高めれば、ヤクザも地上げ屋も手を出せない。これが、第二の故郷の未来と己のエゴを両立させる最高の夢であった。

 ヤマガタは弱者を助けるヒーローなど信じていない。だがアクションの力はずっと信じ続けているのだ。ゆえに彼はアクションスターを目指す……「ええ、そうですね、演技の幅を広げるためにロマンスも……」彼が返事をしかけたその時、サイバーサングラス視界に映るTV番組の端に、不穏な文字列!

「トリツ・ディストリクトで停電継続中」それだけの文字列。だがヤマガタはニンジャ第六感によって何かを感じ取り、声を詰まらせた。頭がカッと熱くなり、何も聞こえなくなり、視界が真っ白に染まりかけた。「ロマンスも可かね!?」バンダイが問う。ヤマガタは彼に背を向け歩き出した。シツレイ!

「おいヤマガタ!いい視聴率だったぞ!あとは1時間後のグランドフィナーレだけだ!その後のパーティーも当然出席だぞ!マメさがスターを生むんだ!」通りがかったマネージャーが背中をどやす。ヤマガタには聞こえなかった。彼は他の誰も見えていないかのように廊下を進み、やがて、駆け出した。

「おい!この俺を誰だと思ってる!」バンダイの傲慢な怒声が響いた。四人のアイドル候補生オイランが恐ろしさのあまり震え上がった。「アイエエエエエエ!もしやお話の途中でしたか!?」マネージャーが血相を変え、ドゲザする。そして後方へと叫んだ。「おい、ヤマガタ!ヤマガターーーーッ!」

 ヤマガタは関係者や報道陣をも荒々しく押し退け、サングラスを放り投げ、ネクタイを捨てて走った。それでも今の彼には、邪魔な者たちを殴り飛ばして進まなかっただけ上出来であった。全身を燃えるような焦燥感が灼いていた。彼はもどかしい人間の速度で走り、カメラをかいくぐり、暗い駐車場へ!

 冷たい重金属酸性雨が降り始めていた。ヤマガタは自分がしでかした事の重大さを知っているだろう。だが、今の彼はこの得体の知れぬ衝動を信じた!「ハイヤアーッ!」鋭いシャウトととももに、誰もいない駐車場の壁を駆け上った!ビル屋上に回転跳躍着地すると、彼はオウガパピーに変わっていた!

 彼は遠く東の空を睨み、駆けた!まっしぐらに故郷を目指す!何故もっと早く気付かなかった。いや、街は二ヶ月の間無事だっただろう。無事であってくれ。……様々な声と焦燥感が、胸を灼く!……急げ!オウガパピー!急げ!「ゴースト・オメーン!」彼は変面し、ビルを飛び渡る風の幽鬼と化した!


◆◆◆


 突然の停電事故に襲われた過密居住区画、トリツ・ディストリクト。取るに足らぬ区画であり、マッポは未だ動かず、報道ヘリは飛びもしない。暴動や略奪を引き起こしかねない危険アトモスフィアの中、そこかしこで僅かな予備電源の光がホタルめいて瞬く。例外は、オールド・カメ・ストリートだ。

 四角く切り取られた巨大な暗黒の中、このストリートだけは予備電源だけとは思えぬ光量を維持していた。信号などの公共インフラは完全沈黙。だがマンションや市場の灯りやUNIXは一向にダウンしない。不自然な光のマダラ模様。その中心にはウミガメ・テンプル。側溝蒸気がその勢いをなお増す。

「……襲撃ドスエ、襲撃ドスエ、ウミガメ・テンプルがブラックメタリスト軍団に狙われています。直ちに帰宅、もしくは近隣のシェルター機能店舗に避難重点ドスエ……」ノイズ混じりの緊急自動町内放送が、ストリート中のスピーカーにエコーする。住民はこの2ヶ月で様々な備えを進めてきたのだ。

 だが敵の報復規模は予想を越えていた!「「「アイエエエエ!」」」屋台街で爆発と叫び声。黒塗り装甲バンが車両止めを突破して運命クッキー屋台に突っ込み、白い逆さトリイの描かれたドアから反ブッダ軍団を解き放つ!「ARRRRRGH!」「燃やせ!」「ブッダーマゲドンの刻、到来せり!!」

「「「ARRRRRRGH!」」」大剣やメイスを高々と掲げた軍団は、街の中心にあるテンプルに向かって四方向から進攻する!「ブッダの首を撥ねろ!ブディストの血を大地に吸わせ……ARRRRGH!見ろ、アヴァターだ!」薬物狂乱した白塗りメイス男が市場の小型ブッダ像を発見し、叫んだ!

 その街頭ブッダ像は実際6フィートほどの高さで、神聖な赤と青のLEDライトをクリスマス装飾めいて全身に纏っていた。市民らの日々の信仰の対象であり、反ブッダ軍団にとっては看過できぬ忌まわしき支配の象徴!「ARRRRRGH!」先頭を突き進むメイス男はこのブッダ像頭部を豪打!破壊!

 だが次の瞬間。「アバババババーーーーッ!?」メイス男は強烈な電気ショックを受け、ブッダ像から転落!白目を剥いて痙攣失禁し、気絶したのだ!「ア……ア……」インガオホー!住民がこの2ヶ月で作った電磁トラップブッダ像だ!「ヤッタ!」「ブッダ!」店主たちは屋台の陰でハイタッチする!

「「「アババババーッ!」」」方々で絶叫!トラップ像は複数存在した。ブッダ像のアルカイックな笑みとLED光が誘蛾灯めいた相乗効果をもたらし、敵は条件反射的にこれを攻撃する。見事な狡智!仮に停電に呑まれていたら、この罠も放送も機能しなかっただろう。だが、電力は一体どこから……?

……「こいつはマズイぞ」ウミガメ・テンプル内の大ブッダ前でショウは舌打ちし、騒然とするカラオケ老人たちを掻き分けながら、奥のボンズ事務所に向かった。TVモニタには、広域停電を告げる文字。「マズイマズイマズイ……」「ショウ=サン?どうしたか?」ユカリフォンが不安げに彼を追う。

 ショウは彼女の存在を忘れ、事務所のロックをパスコード解除し、無人の六畳間へ。そしてオブツダンを開きUNIXを操作した。部屋自体がエレベータとなり、ドアが開く……その先には広く薄汚い電脳制御室!壁には「現在の発電量」と書かれた巨大なLED文字盤が!「アイヤー、これは何……?」

「アイエエエエエ!?」ショウは後ろを振り返り、思わず悲鳴を上げた。ユカリフォンがついて来るとは思わなかったからだ。「ショウ=サン、どうした!」「敵か?」広い電脳制御室を預かる3人のサイバーボンズと2人のハッカーが、席を立ってそちらを見た。彼女は口を押さえて、首を横に振った。

「大丈夫だ!制御に戻ってくれ!ユカリフォンを連れてきちまったんだ!」ショウが言った。「非常事態だ、仕方あるまい!」サイバーボンズらはタイピングを再開した。どこかでタービンが猛回転し、壁の亀裂から圧縮空気の吐き出される音が聞こえた。

 ユカリフォンは目を白黒させて立ち尽くし、辺りを見渡した。得体の知れぬケーブル類、地下と地上を繋ぐ無数の細い配管、旧式のUNIXモニタにはストリートの監視映像が映し出されている。「ニュース見てるか!広域停電!ディストリクト全体だ!」ショウが駆け寄り、サイバーボンズ長に言った。

「こんな状態で煌煌と光ってたら、マッポに目をつけられちまうぞ!」「危険な橋だが、いま供給は切れない!」「何でだ!?」「あれを!」サイバーボンズは監視カメラ映像を指差した。「ナムアミダブツ!ドクヘビ・サークルがまた来やがったのか!そうか……電力が無けりゃ、対抗できねえ……!」

「そういう事だ、市場の避難誘導を頼む!その前にテンプル内の老人を優先してくれ!」「解ったよ、俺はその位しかできねえからな」ショウは身震いしながら返事をした。彼は冷や汗をダラダラと垂らしている。「悪かったな、邪魔しちまってよ。気が動転しちまってさ」「ショウ=サン、気にするな」

 ショウは白いサイバネ鼻をこすりながら踵を返した。そしてユカリフォンを見た。ショウは無理をして笑みを浮かべ、彼女を落ち着かせようとした。「ビックリしたか?」「これ何か、知らなかったよ」「俺は口が堅いのが取り柄だからな。ジェネレーターだ。この秘密を知ってるのは町会の古株だけだ」

 事の経緯はこうだ。今から二十年近く前……とある暗黒メガコーポが先代の拝金主義マスターボンズと手を組み、このテンプルの下に地下道を通し、秘密裏に違法ジェネレーターを作った。だが完成直後に倒産。忘れ去られ、放置されたのだ。町会は協議の末、このジェネレーターを活用する事にした。

「この街がずっと隠してきた秘密なんだ。こんなのがバレたら、強制再開発の口実を与えちまう。でも、いきなり止めるわけにゃいかねえ。街が心停止しちまう」ショウは首を横に振った。「だが、危険な事ににゃ変わりねえ。近々封印されるはずだったんだ。完全停止するまでには何年もかかるけどな」

 ユカリフォンは室内の古い設備を、UNIXモニタに映し出される監視映像を、他ならぬこの電力に守られて戦う街の人々を、そしてあからさまに場違いに思えるショウの姿を見た。場違いという点では、サイバーボンズもハッカーも、自分もそうだ。ちぐはぐな者たちが寄り集まって成り立つ街なのだ。

「よく解らないけど、解ったよ。このこと秘密よ」ユカリフォンは胸の奥の恐怖を堪え、精一杯強い表情を作って頷いた。「じゃあ、外に行こうぜ。トラップさえありゃ、どうにかなる。家に帰って……」「テンプルのお年寄りを逃がすの、私も手伝うよ」「ありがてえ」ショウは鼻をこすり、感謝した。

「でも無理するなよ。あれを見りゃ解るだろ、反ブッダ軍団はまっすぐこのウミガメ・テンプルを焼き落とすためにやって来るんだからな。クソッ、あいつら逮捕されたんじゃなかったのかよ……!」ショウは監視カメラ映像を指差し、怒りで顔をしかめた。今回の襲撃は、想像以上に苛烈だったからだ。

 常軌を逸した異常な報復だ。既にブッダと無関係の屋台や商店まで何件も、放火されている。「うん、だから早くお年寄りを……」ユカリフォンは言った。その直後、絶句し、力無く座りこんだ。ショウはその視線を追い、モニタを見た。そして息をのんだ。「竹」だ。ヌードル店「竹」が、燃えている!


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「兄者、もっとだ!もっと燃やさせてくれ…!」白塗りの偉丈夫が、黒い瞳に炎の照り返しを受けながら言った。オールド・カメ・ストリートの違法増築マンション、その電波塔の高みから下界を冷酷な目で見渡す3つの不吉な人影。3人ともに蛇を象った青銅のメンポで口元を隠している。ニンジャだ!

「急くな、ホワイトパイソン。兵を動かせ」首領ディスポイラーは血で錆びた刀剣めいた声で言い、強欲なる目でテンプルを睨んだ。「より大きな苦痛と絶望を虫共から搾り取るのだ。あの小賢しいトラップはどうした」「スリケンであらかた破壊しました」サーペンタインの声に首領は頷く。「良いぞ」

 戦闘ドラッグで狂乱した兵士達は徐々に守りを突破し、四方からウミガメ・テンプルへと近づいている。「兄者、俺にも殺させてくれ……!」ホワイトパイソンがフランベルジュを握り、荒い息を吐く。この男は狂犬だ。ゆえに首領はまだ彼を解き放ちはしない。「オウガパピーが炙り出されるのを待て」

「GRRRRR…」ホワイトパイソンは唸り、引き下がった。ディスポイラーはもう一人の義兄弟を見る。策士サーペンタインは、メンポの下で口の傷痕を舐めながら言った。「この異常な電力供給。私の読みはアタリだったようです」「敵の中心はどこだ」「恐らくは……」指先はテンプルを指し示す。

「仮に奴らがジェネレーターを隠し持っているならば」ディスポイラーは愉快げに笑った。「地上げ転売などよりも遥かに良い。この街の心臓を握り、リーダーどもを恐怖で支配し、ストリート全体を奴隷化させ、電脳麻薬製造密売中心に変える。奴らの子も、孫も、その孫も、永遠に隷属させてくれる」

 ナムアミダブツ!何たる残忍な支配計画か!ジェネレーターはそれ自体で膨大な利益を生み出すだろう。だがディスポイラーには慈悲など欠片も無い。逆らった者には徹底的な暴力と屈辱をもって報いるのだ。「兄者、奴らが拒んだら」「順に殺せ。なお拒むなら反応路を燃やせ。この街を地図から消せ」

「ヨロコンデー!」ホワイトパイソンはメンポの下で凶悪な笑みを浮かべた。満悦するディスポイラー。だがサーペンタインはふと、目を細め、片方の眉を吊り上げた。「どうした、サーペインタイン」「……何か小さな騒ぎが」彼のニンジャ視力、聴力、嗅覚は、3人の中でも抜きん出て鋭敏である。

「ARRRRRRGH!オウガパピーか……!?」ホワイトパイソンは身を乗り出した。「いや、違う……何かもっと些細な……」「お前に任せる」ディスポイラーは視線をテンプルから逸らさぬ。「ハイ」サーペンタインは掌と拳をあわせてオジギ、ビル壁とネオン看板を蹴って跳んだ。「イヤーッ!」


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「イヤーッ!」「グワーッ!」男の右フックが決まった!ブラックメタリストはよろめき、後ろに下がって武器を探す。だが取り落としたメイスは既に、住民たちの手によって拾われ奪われていた。「イヤーッ!」そこへさらに男のトビゲリ!「グワーッ!」敵は重金属酸性雨まみれの路上に転がった!

 男の脳内でアドレナリンが爆発し、腰の痛みも感じない。全盛期のアクションだ。暗殺者トウゼンの動きだ。ブラックメタリストは起き上がり、血を吐き捨て、素手で殴り掛かる!「ARRRRRRRGH!」「イヤーッ!」「グワーッ!」だがカラテキックが鳩尾に決まり、敵は白目を剥いて気絶!

 ヤサキだ。「イヤーッ!」彼は叫び、カラテ演武を決めた。後ろには木彫りブッダを持つ少年が恐怖に震え、へたり込んでいた。本来、ヤサキにはこの街のために危険を冒し戦う義理など無かった。ただ偶然、居合わせた。そしてただ偶然、息子と同じ歳の頃の少年が襲われ……助けを求める声を聞いた。

 そしてカラテを構え、飛び出していたのだ。往年の名悪役、暗殺者トウゼンの、あの特徴的な甲高いカラテシャウトを発しながら。(((おい正気か、老いぼれ)))ヤサキは自嘲気味に心の中でひとりごちた。(((俺は廃業したアクション俳優だぞ)))だが肉体はアドレナリンの喜びに脈打っていた。

 敵はあと一人。大剣を持った男が、じり、と距離を詰める。(((おい、あの剣は本物だぞ、かすっただけでも死ぬんだぞ)))だが暗殺者トウゼンは不敵に笑んで横歩きし、少年から己に視線を釘付けにさせると、ブラックメタリストを手招き挑発した。「命が惜しくなければ、掛かってくるがいい」

「ARRRGH!」ブラックメタリストが武器を振りかぶり迫る!(((ナムサン!)))ヤサキはぎりぎりで横に避けた。後ろには酒家テラス。敵の剣は空を切り、薪割り斧めいて丸テーブルに刺さって抜けぬ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」敵顔面に連続ストレート!

 まるで映画のワンシーン!だがこれは撮影でもスタントでもない!敵の歯が折れ、ヤサキの拳も裂けて出血!(((何で俺はこんな事をしてる!?)))「ARRRRRGH!」敵は剣を捨て、素手で殴り掛かる!ヤサキは肘打で迎撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」「おい、早く逃げろ!」少年に叫ぶ!

 少年は這いずり逃げる。遠巻きに見守っていた住民が駆け寄り、彼を輪のところまで逃がす。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤサキはまだ戦っている。人々は拳を握り応援する。「おい、あれ、もしかして」「ああ、俺もそんな気がしたんだ」「昔映画で見た……」「トウゼンだ、暗殺者トウゼンだよ!」

「ARRRRGH!」薬物狂乱した反ブッダ兵は痛みを感じぬ。だがカラテ有段者ではない。暗殺者トウゼンの敵ではない!「イヤーッ!」痛烈な喉突き!「オゴーッ!」髪を掴み、丸テーブルに顔面を叩き付ける!「イヤーッ!」「グワーッ!」かつてタケシコップを追いつめた十八番のダーティ戦法! 

 ヤサキの回し蹴り。だが腰が軋み、キックは敵の鼻先を掠めて転倒する。「ARRRGH!」敵が腹を蹴り上げてくる。「イヤーッ!」二発目を掴み、足を腕で払って転倒させる。体が自然にアクションする。ヤサキはゼンめいた状態だった。かつて一度だけ、役に集中し過ぎた時にもこの状態に陥った。

(((あの子は逃げたぞ、もう潮時だ)))だがトウゼンの名を叫ぶ声が聞こえる。遠い世界の残響めいて。「イヤーッ!」「グワーッ!」敵の顎先を蹴り上げる。忘却を蹴り飛ばす。丸テーブルの上に飛び乗る。憎たらしい顔で手招き挑発し、歓呼の声に応える。肉体はアクションの喜びに打ち震える。

(((お前はトウゼンじゃない、老いぼれ俳優だ。だが俳優は俳優だ、最後まで演じろ)))ヤサキはテーブル上でカラテ演舞し、人々を見渡す。先程まで絶望と恐怖に呑まれていた彼らが力を取り戻し、少年を保護し、気絶した敵を拘束までしている。これがアクションの力だ。これが俺の信じた力だ。

「ARRRRRGH!」グロッキー状態の反ブッダ兵が吠える。「イイイヤアアアーーーーッ!」ワイヤーは無いが、暗殺者トウゼンは跳躍した。やや不格好だが、コーナーポストに昇ったレスラーめいて、敵の脳天へジャンプチョップを叩き落とした!「グワーッ!」敵は白目を剥き倒れる!メイジン!

 ヤサキは笑った。有終の美だ。あるいは返り咲けるやもしれぬ。少なからぬ功名心。そしてそれを上回る純粋なアクションの喜び。……だが無情にも、カットはかからなかった。歓声は、突如静まり返った。カラテシャウトとともに、白いカンフーカラテ装束の男がビルの高みから回転着地を決めたのだ。

「ドーモ、サーペンタインです」白服の男はアイサツした。「た、助け…」血塗れの反ブッダ兵が足に縋り付く。彼はそれを踏み殺した。恐怖が支配した。彼はニンジャ、真の虚構の怪物だった。(((おい、何だ)))ヤサキは汗を拭いカラテを構えた。(((俺は映画の世界に迷い込んだのか?))) 



 地平の先に赤い光が見えたとき、彼は心臓を掴まれたような不吉な焦燥感をおぼえた。それがこれから向かう場所では無いことを祈った。(((無事であってくれ……!)))近づくにつれ、祈りは痛切なものになり……裏切られた。複数の火災が目に入った時、ヤマガタの心臓は真っ赤な怒りに染まった。

 彼はオウガパピーとしての姿を見られる事を躊躇せず、ゴースト・リープで市街を跳び渡った。市民らは皆等しく、この飛び回る幽鬼を恐れ、悲鳴を上げ逃げ惑った。巨大電光カンバンの横、大型モニタに映し出されるバラエティ番組には、ジェット・ヤマガタ不在で滞り無く進むステージがノイズ混じり。

 ヌードル店「竹」から上がる火の手。彼は自制心のタガがいとも簡単に外れ飛ぶのを感じ取った。「ハイヤアアアアアーーーッ!」KRAAAASH!スピン跳躍から焼身自殺めいた勢いでガラスを蹴り割り、アビ・インフェルノ・ジゴクを駆け抜けた。無惨に燃え落ちた厨房、カウンター、そして彼の席。

(((ユカリフォン!)))オウガパピーはオメーンの下で哭き、オニめいた形相で叫んでいた。装束の裾が焼けこげ、オレンジ色の火の粉を飛ばす。(((ユカリフォン!)))二階、三階、壁と天井を恐るべきスピードで跳び渡る。ニンジャ跳躍を限界まで研ぎ澄ます。声も、心音も、何一つ聞こえぬ。

 KA-BOOOM!厨房で爆発が発生した。倒壊が始まる。(((逃げ出したのか……!そうであってくれ……!)))オウガパピーは三階のガラスを突き破り、重金属酸性雨の中に飛び出した。直後、彼のニンジャ聴力は、市民らの悲鳴ノイズの向こうに予想外の声を聞いた。ヤサキのカラテシャウトを。

 周囲、あるいは店内でもう一度、僅かな望みに賭けてユカリフォンを探すか?あるいは、ヤサキの声のもとに駆けつけるか?……一瞬の選択。オウガパピーは火の粉を撒き散らしながら、高く高くゴースト・リープを打った!


◆◆◆


 サーペンタインのカンフー・カラテは奇妙な構えだった。腰を屈め、片足は爪先立ちに近い。その腕は鎌首をもたげたコブラの如くZ字を成し、チョップ突きじみた姿勢の手が、相手を翻弄するように滑らかに動く。まるで舌をチラチラと伸ばして獲物を睨む無慈悲なヘビだ。

(((こいつはもしや、伝説のヘビ・カラテか……!?)))強く握られたヤサキの両の拳に、じわりと汗が滲んだ。古いカンフー映画で見たことはあるが、実物にお目にかかるのは初めてだ。いや、それ以前に、目の前に現れたこのメンポに白服の男……ニンジャなのでは?いや、まさか、ニンジャなど。

 観衆は、恐怖に呑まれ恐慌状態に陥る直前、息を呑んで彼らを見守る。現実と虚構の境目が、サカキの中で……いや、この場に居合わせた全ての者の中であやふやになる。暗殺者トウゼンの名を呼ぶ声が聞こえる。救出された少年が人の輪の中から無言で彼を見ている。何か崇高なものを信じるような目で。

 ヤサキは短く息を吸った。不敵な笑みを浮かべるサーペンタインの目を睨んだ。そして意を決し、カラテ突撃した。「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!?」ナムアミダブツ!観衆はアッと息を呑んだ!殴り掛かったはずのヤサキが逆に腹を押さえ、苦しげに蹌踉めきながら倒れたからだ!

「ウウーッ……」ヤサキは呻いた。パンチを払った敵の腕が水銀のヘビめいて動き、鳩尾にチョップ突きを入れたのだ。朧げには見えていた。未だアドレナリンが彼を支えていた。そして、少年の目が。(((……俺は何てバカなんだ……)))ヤサキは歯を食いしばり、立ち上がって、カラテを構えた。

「なるほど、映画俳優ですか……?」サーペンタインが周囲の状況から察し、メンポの下で口元の傷を舐めた。ヤサキは再び不敵な暗殺者トウゼンの顔を作り、突き進んだ。「イヤアアアアーーーーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

 雨の中、スーパースロー撮影めいて緩慢になったヤサキの視界が、何度もホワイトアウトした。彼は酒家前で仰向けに倒れた。横には一撃で首を踏み折られたブラックメタリストの死体がある。サーペンタインが歩み寄り、髪を掴み上げ、囁いた。「ドゲザして忠誠を誓えば、命は取らないでおきましょう」

 その甘美なる蛇の囁きにも似た声は、明らかにヤクザの罠であった。業界を生き抜いてきたヤサキはそれを直感的に悟った。そして視界の端に、まだ逃げずに残っているあの少年の目を見た。ヤサキの頭の中に、映画のワンシーンが蘇った。追いつめられた暗殺者トウゼンは命乞いもせず、雨の中で死ぬ。

 彼はもう腹を括っていた。どうなろうと、最後まで演じ切る事を決めていた。「ナメるな……!」ヤサキは唾を吐きかけた。それと同時に、床に転がっていた酒瓶を握り、それで相手を殴りつけようとした。「イヤーッ!」だが、ニンジャには届かなかった。

「ハイヤーッ!」サーペンタインはモータルめいた遊戯を止め、ニンジャの速さと力で、ヤサキをストリートの泥の中へと投げ転がした。サーペンタインは跳躍すると、そのまま両足を揃えて前方回転着地し、うつぶせに倒れるヤサキの腰骨を踏み砕いた。「グワーッ!!」凄まじいクラック音が鳴った。

 ヤサキはまだ生きていた。生かされていたのだ。恐怖と屈辱を搾り取るために。「これを最後のチャンスとしましょう」サーペンタインはアクション俳優の壊れた腰を踏みつけ、命乞いを迫った。ヤサキはもう何も解らず、ただ呻き、首を横に振り続けた。少年は泣き、歯を食いしばり、怒りに震えていた。

 ヤサキは抗い続けた。サーペンタインは鮮烈なカイシャクを行うべく、片足を高く上げた。少年は叫び祈った。もはやこれまでか!?……だがその時!「ハイヤアーーーッ!」未だ火の粉を纏いながら、新たな怪物が凄まじい速度で飛び来たり、ゴースト・リープ・トビゲリを決めたのだ!「グワーッ!?」

 オウガパピーである!強烈なアンブッシュを受けたサーペンタインは蹴り飛ばされ、酒家店内の壁に背中から激突。崩れた酒瓶棚の下敷きとなった。ゴウランガ!そしてオウガパピーは……ヤサキを抱え上げ、ジェット・ヤマガタとは似ても似つかぬ、絞り出すような唸り声で言った。「……死ぬな!」

「ウウーッ…」ヤサキは朦朧としながら呻いた。「……死ぬな!」それ以上の言葉は許されなかった。オメーンの下の正体を明かせば、即ち、セプクである。……何故こんな無謀な真似をした!ヤサキ=サン、お前には妻子がいるのだろう!何故だ!?死ぬな!……それを伝えたくとも、伝えられぬのだ。

 だが呼びかけも虚しく、ヤマガタの腕の中でヤサキは項垂れ、腕を力無く、だらりと垂らした。オウガパピーの両腕が、怒りでわなわなと震えた。KRAAAAAAASH!酒家から酒瓶の割れ砕ける音が鳴った。サーペンタインが瓦礫を払い除け、滑らかなネックスプリングで身を起こしたのだ。

「ようやくのお出まし。中々のアンブッシュですね」サーペンタインはヘビ・カラテを構えた。「そのクズの悲鳴も少しは役に立ったという事ですか」「……」オウガパピーは友を静かに横たえ、立ち上がった。凄まじい憤怒で、声が、両の拳が震えていた。サーペンタインは敵の心の乱れを悟り、笑んだ。

「ドーモ、サーペンタインです」サーペンタインは機先を制してアイサツし、手招きした。「……!」ヤマガタのニューロンの中で何かが弾けた。人々の悲鳴と、燃え上がる「竹」と、ヤサキの腰骨が砕かれた音と……踏み躙られた様々なものが渾然一体となった。

「ドーモ……」オウガパピーは敵を睨んだ。渾身のアンブッシュでも、サーペンタインを爆発四散させる事はできなかった。凄まじい憤怒に突き動かされ、彼は一歩前に歩み出た。顔を横に向け、衝動的に変面した。「……オウガ・オメーン!」さらにもう一歩!「……ウェポンマスター・オメーン!」

 最後にもう一歩、ヤマガタは重い憤怒の足取りで前に踏み出し、顔をワイプした。「……デス・オメーン!」泣き咽ぶような表情と悪鬼の如き怒りの表情が流体的に混じり合った、白黒の不吉なオメーンが現れた。敵は思わず、一歩、後ろに退いた。「ドーモ、サーペンタイン=サン。オウガパピーです」


◆◆◆


「ドーモ、サーペンタインです」サーペンタインは機先を制してアイサツし、手招きした。「……!」ヤマガタのニューロンの中で何かが弾けた。人々の悲鳴と、燃え上がる「竹」と、ヤサキの腰骨が砕かれた音と……踏み躙られた様々なものが渾然一体となった。

「ドーモ……」オウガパピーは敵を睨んだ。渾身のアンブッシュでも、サーペンタインを爆発四散させる事はできなかった。凄まじい憤怒に突き動かされ、彼は一歩前に歩み出た。顔を横に向け、衝動的に変面した。「……オウガ・オメーン!」さらにもう一歩!「……ウェポンマスター・オメーン!」

 最後にもう一歩、ヤマガタは重い憤怒の足取りで前に踏み出し、顔をワイプした。「……デス・オメーン!」泣き咽ぶような表情と悪鬼の如き怒りの表情が流体的に混じり合った、白黒の不吉なオメーンが現れた。敵は思わず、一歩、後ろに退いた。「ドーモ、サーペンタイン=サン。オウガパピーです」

 両者はタタミ四枚の間合いでカラテを構えた。サーペンタインは挑発的に手を動かす。「そのようなこけ脅しで私に勝てるとでも?」その動きはまるで生きた蛇のようだ!オウガパピーは応じず、ただ殺意の睨みを向けるのみ。……殺す!この外道を殺す!凄まじいデス・カンフー・カラテが周囲に満ちる!

「ハイヤアーッ!」サーペンタインが動いた!一気に間合いを詰め、Z字状に構えた右腕でヘビ・カラテの高速突きを繰り出す!ハヤイ!「「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」」だがオウガパピーは一歩ずつ後ろに下がりながら、これをワン・インチ距離で悠々と捌く!酒家のフロアを横切りながら、壁際へ!

「後がありませんよ!ハイヤアーッ!」サーペンタインの一撃がオウガパピーの喉元を狙って繰り出される!「ハイ!」だがオウガパピーは紙一重でこれを見切り、側転回避!SMAAASH!外れたヘビ・カラテ突きが壁に穴を穿つ!「おのれ……」サーペンタインは舌打ちし、直ちに横へ向き直る!

 オウガパピーが機先を制する!「ハイヤアーッ!」攻防が入れ替わる!「「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」」オウガパピーの拳と足払いが連続で繰り出され、サーペンタインは一歩ずつ後ろへと下がる!「「ハイ!」」そしてブロック防御で最後の一撃を凌いだ!再び攻防が入れ替わるかと思われた、その時!

「ハイヤアーッ!」「グワーッ!?」突如、拳を完全に防御した筈のサーペンタインが激痛に呻いた!果たして何が!?おお……見よ!オウガパピーの拳は握りこまれていなかった……!人差指と中指がピンと伸ばされ、拳を受け止めたサーペンタインの左腕に第一関節まで突き刺さっているではないか!

 ナムサン!これぞデス・カンフー・カラテの奥義、デスニードル!「グワーッ!」サーペンタインは応戦するが、激痛のためカラテシャウトすら満足に発せぬ!残された右腕でブザマに抗うが、この状態ではオウガパピーには対抗できぬ!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」顔面を蹴り飛ばされ床に転がる!

「グワーーーッ!何だ……これは……グワーーーーッ!」外傷は無い。シアツ・マッサージめいた指先の突きを腕に喰らっただけなのに、敵はのたうち回るほどの全身激痛にさいなまれ、床に転がり喘いだ。「ハイヤーッ!」オウガパピーが跳躍し、ギロチンめいた踏みつけを敵の頭部に対して繰り出す!

 先程ヤサキが受けた屈辱の踏みつけ攻撃めいている!「ハイヤアーッ!」サーペンタインは脂汗を垂らしながら、間一髪で横に回避!「ハイヤアーッ!」オウガパピーは敵が立ち上がる寸前に蹴りを叩き込む!「ゴボーッ!」目を剥き壁まで蹴り飛ばされるサーペンタイン!左腕は依然使いものにならぬ!

「来い!加勢しろ!」サーペンタインはメンポから血を僅かに滴らせながら叫び、オウガパピーの攻撃を必死で回避し続ける!「「ARRRRRRRRGH!」」ストリート側からロングソードとマサカリを構えた狂乱ブラックメタリスト部隊が襲い掛かり、オウガパピーの側面へ斬り掛かる!アブナイ!

「ARRRGH!」「ハイヤーッ!」オウガパピーはロングソードの一撃をかわし、すれ違いざまに相手の左肩へとデス・ニードルを突き刺す!「グワーッ!」ブラックメタリストは勢い余って前方回転転倒し、さらに左肩が内側から破裂!KBAM!「アバーッ!」ナムアミダブツ!激痛ショック即死!

「ARRRGH!」「ハイヤーッ!」オウガパピーはマサカリの一撃を前転回避し、すれ違いざまに相手の左腿へとデス・ニードルを突き刺す!「グワーッ!」ブラックメタリストは勢い余って前方回転転倒し、さらに左腿が内側から破裂!KBAM!「アバーッ!」ナムアミダブツ!激痛ショック即死!

「ハイヤーッ!」サーペンタインがこの隙をついてトビゲリを繰り出す!だが激痛によって乱されたカラテは精彩を欠く!「ハイヤーッ!」オウガパピーは斜め上方トビゲリでこれを撃墜!「グワーッ!」「「ARRRRアバーッ!」」挑みかかって来た新たな反ブッダ戦士を、虫を払うように蹴散らす!

「「ハイ!ハイ!ハイ!」」そのまま敵を猛然と追いつめるオウガパピー!……殺す!殺す!殺す!もはやカラテ力量差は歴然!だがここで敵は思いがけぬ行動を取った!「ハイヤーッ!」SPAAAAASH!切断である!サーペンタインは自らの左腕にチョップを叩き込み、肘から先を切り飛ばした!

 その血飛沫は、濃硫酸めいてシュウシュウと危険な音と白い蒸気を放つ!これは己が血液を猛毒となす、コブラニンジャ・クランのチドク・ジツだ!「グワーッ!?」血飛沫を浴びる寸前、オウガパピーは両腕でオメーンを守りながら咄嗟に後方回避していた!それでも装束と腕の一部が焼け焦げている!

 それだけではない。オウガパピーの視界をジゴクめいた白い煙が覆う。「おのれ…」毒の飛沫が酒家テーブルや床を灼き、煙幕めいた蒸気を発生させたのだ。「おのれ……!」彼はサーペンタインの影を追い、唸り声を上げながら薙ぎ払うように前後左右の煙を払う。だが…敵は既に逃げ出した後だった。

 追い……殺す……!オウガパピーの全身は、黒い殺意と憤怒に震えていた。「ARRRRGH……ブッダ……首を……」酒家の床には、蹴り飛ばされただけで一命を取り留めたブラックメタリストが一人、気絶寸前でブザマに呻く。オウガパピーは耳元を飛ぶ蠅を見るかの如き目で、それを睨め下ろした。

 オウガパピーは何の躊躇も無く、サーペンタインを取り逃がした怒りを……ニンジャの怒りをぶつけるかの如く、このモータルに凄惨な死をもたらそうとした。その時、視界の端にストリートの人々と少年を見た。重金属酸性雨の中、彼らは力尽きたヤサキを必死で抱え運び、彼をトウゼンと呼んでいた。

 暗殺者トウゼン……!それが何を意味するのか、ジェット・ヤマガタには即座に解った。ニューロンが瞬時に脈打った。友が命懸けで何を守ろうとしたのかを。いま己が、何を軽々しく踏み越え、何を捨てようとしていたのかを。

(……お前は俺を追い抜いた男だ!)友の声が、ヤマガタの脳裏に去来する!(……いいか、お前のアクション!お前のアクトにはアクションの神が宿ってる!)「ARRRRRRGH!」彼はデス・オメーンを押さえ、抗うように嗚咽する!(……ああ、俺を越えて、とんでもないアクターになるぞ!)

 そしてヤマガタの交わした約束が!(((ああ……俺は本物のアクションスターになるさ)))「ARRRRGH!」サツバツ!仇は恐るべきニンジャ!人間性を捨てねばデス・カンフー・カラテは振るえぬ!だがヤマガタが死にオウガパピーが残れば、ヤサキやユカリフォンとの約束は!?だが仇は!?

「ハイヤアアーーーッ!」オウガパピーは振り上げた右足を、ナタめいた恐るべき勢いで床に叩き落とした!SMAAAAAASH!反ブッダ戦士の頭のすぐ横で床材だけが割れ砕ける!「……ゴースト・オメーン!」そして彼はわなわなと震える声で変面し、怒りに満ちたゴースト・リープで飛翔した!


◆◆◆


「ARRGH!」「アバーッ!」逃げ惑うサラリマンが首を刎ねられ両膝をついて死ぬ!「ARRRRRGH!」「アーレエエエエ!」逃げ惑うマイコが首を刎ねられ両膝をついて死ぬ!テンプル前階段で、そのニンジャは両目を赤くギラギラと輝かせながら嬉々として血のフランベルジュ円弧を描いた。

 ホワイトパイソンである。階段前には何体もの斬首死体が転がされている。「壮観な事だ!」テンプル周辺には十数名のアンタイブディズム・ブラックメタリスト軍団が徘徊し、運命クッキー屋台やブッダチャーム屋台に火を放っている。その炎に己の白塗りの上半身を照らされながら、彼は呵々と笑った。

「見せしめはその程度でよい」階段の上から義兄ディスポイラーの声が響いた。背中に負った四本のペナント軍旗が、禍々しい影を落とす。ホワイトパイソンは不服そうに兄を見上げた。「……今の所はな」ディスポイラーは目を細める。それを見て、弟はにたりと笑って頷き、階段を上った。

「兄者、このテンプルは盛大に燃やそうぜ!」ホワイトパイソンはフランベルジュを肩に担ぎ、舌なめずりした。「ARRRRRRGH!見てくれ、下にいる俺の兵隊たちが、どれほどウズウズしているか!」「イディオットめが、テンプルへの放火は許さん」ディスポイラーが戒めるように舌打ちした。

「このテンプルに違法ジェネレータが隠されているのはもはや疑いようが無い」ディスポイラーはテンプルの扉に手をかけた。「街ひとつを完全に奪うのだ。三分の一はお前にくれてやる。殺そうが、兵隊にしようが、奴隷にしようが、好きにしろ」「ARRRRGH……」ホワイトパイソンは笑んだ。

「イヤーッ!」SMAAAAASH!ディスポイラーは鉤のかけられた重い木製扉を、両掌の一撃で粉砕した。既に避難を終えたか、市民は一人も残っていない。フロアには大ブッダ座像と、イケスを泳ぐウミガメだけが残されていた。

 ゴンゴンゴン……地下からタービンの唸りが響き、ディスポイラーは満足げに頷いた。「…どこぞに隠れておろう」彼は後ろ手を組みながらテンプル内を悠々と闊歩し、大変珍しいオーガニック・ウミガメの横で足を止めた。「知っているかホワイトパイソン」「何だ、兄者」「ウミガメの味は格別だぞ」

「この街を落としたら祝宴のテーブルに飾るか…!」ホワイトパイソンはウミガメを見て笑った。ウミガメは哀しげな目をしたまま、青色LEDに照らされてイケスの中を泳ぎ回っていた。「制御室探しはサーペンタインにやらせる。お前はまず犬どもを躾けろ」ディスポイラーは顎で入口を指し示した。

「ARRRGH……?」ホワイトパイソンはそちらを向き直った。手勢のアンタイブディズム・ブラックメタリストらが、手に松明や武器を持ち、階段の上まで昇ってきていた。「「ARRRRRRRGH!」」彼らは御預けを食った犬めいて、目前の大ブッダ座像を爆破したいという衝動に震えていた。

「俺の可愛い犬どもめ!」ホワイトパイソンは罵るような怒号とともに、狂乱した手勢の元へと歩み寄った。彼はニンジャソウルに呑まれ、ピュアな反ブッダ精神を失っているのだ。「放火は許さん!爆破も許さん!兄者の命令だ!この街を俺のものにする!いいか、犬共!貴様らは守りを固めておけ!」

 命令を聞いた反ブッダ戦士たちは唸り声を上げ、目を瞬きながら、互いの顔を見合わせた。「ARRRRGHH……」「アアアダブ……(注:ブッダの逆読み)」ホワイトパイソンから与えられた粗悪な戦闘ドラッグで理性を飛ばしていても、この命令が反ブッダ精神を侵していることは彼らにも歴然だ。

 だが主人の命令は絶対である。反ブッダ兵らは引き下がり、階段を降り始めた。だがその中の一人が、堪え切れず、仲間たちを押し退け松明を持ってテンプル内に押し入る!「ブッダの首を……刎ねろ!」「ARRRGH!」ホワイトパイソンの苛立たしげな怒号とともに、フランベルジュが弧を描いた。

「アバーッ!」ブラックメタリストの首が飛び、両膝をついて、死体は階段を転がっていった。「ARRRRGH!」さらに恐怖を思い出させるため、ホワイトパイソンは手近な者たちを何人も殴りつけた。アンタイブディズム・ブラックメタリストたちは震え上がり、階段下へとブザマに逃げていった。

「ハ!ドラッグで狂った犬共は、ニンジャが味方だと思って、時々勘違いを起こすからな!」ホワイトパイソンは生首を蹴り捨て、唾を吐いた。そして目を見開き、息を呑んだ。「兄者!」「……何だ」テンプルの外から聞こえたそのただならぬ剣幕の声に、ディスポイラーは眉根を吊り上げた。

 サーペンタインであった。片腕を失っている。ホワイトパイソンは彼に肩を貸してテンプル内を闊歩し、吠え猛るような声で叫んだ。「兄者!ちくしょう!何てこった!」サーペンタインは苦痛に顔を歪めながらも、腕を払い除けて独力で歩き、長兄に自らのブザマを詫びた。「オウガパピーです……!」

 サーペンタインは一部始終を報告した。オウガパピーの出現や、恐るべきデス・カンフー・カラテなどを。「ARRRRRRGH!俺が殺す!俺が仇を取る!奴の両腕両脚を落とし、苦痛にのたうち回らせて殺す!」ホワイトパイソンは狂乱寸前であった。だがディスポイラーはここに留まるよう命じた。

「奴は怒りに突き動かされ、じきにここへ来る。我らに刃向かった報いを、骨の髄まで味わわせるのだ」おお…ナムサン!オウガパピーの行く手には卑劣なる死の罠が待ち構えているというのか!?三人の邪悪なニンジャの企みと哄笑を見下ろしながら、大ブッダ座像はアルカイックな沈黙を続けていた。



「海亀」のネオン文字が不吉に明滅する。オールド・カメ・ストリートに舞うオレンジ色の火の粉の中、カンバンと過剰増築ビルの壁を蹴り渡り、復讐に燃える幽鬼がワイヤーアクションめいて飛翔する!青いゴースト・オメーンをメンポとなし、ジェット・ヤマガタの素顔を覆い隠したオウガパピーが!

「ハイヤアーッ!」オウガパピーは一路、ウミガメ・テンプルへ!「「「「ARRRRRRGH!」」」」正門前の階段では、メイス、フランベルジュ、ロングソード、マサカリなどの武器を携えた反ブッダ戦士らが守りを固め、ウォードラムが響いている!オウガパピーは自殺行為めいた勢いで突き進む!

「「ARRRRGH!」」「ハイヤーッ!」「「グワーッ!」」最初の2人をゴースト・リープからの回転蹴りで蹴散らす!「ARRRRGH!」「ハイヤーッ!」真正面から突っ込んできたメイス持ちの胸に駆け上がり、胸板を蹴ってムーンサルト回転!「「「グワーッ!」」」後続2人を巻き込み転倒!

「オウガ・オメーン!」片手をついた低姿勢でストリートに着地、変面!「「ARRRRGH!」」屋台街から攻め上がってきたブラックメタリストの剣撃を回避!そのまま床運動めいた足払いとトルネードの如き跳躍回し蹴りで、左右の敵の膝と顔面を蹴りつける!「ハイヤアーッ!」「「グワーッ!」」

 さらに変面!「ゴースト・オメーン!」石段を睨み突進!「「「ARRRGH!」」」敵は武器を掲げ叫ぶ!狂った刀剣と肉の壁だ!「ハイ!」ゴースト・リープ跳躍!「ハイ!」「グワーッ!」左の敵の首を踏みつけ飛び石めいて右へ!「ハイ!」「グワーッ!」右の敵の首を踏みつけ飛び石めいて左へ!

「ハイ!」「グワーッ!」右!「ハイ!」「グワーッ!」左!「ハイ!」「グワーッ!」右!「ハイ!」「グワーッ!」左!「ハイ!ハイ!ハイ!ハイヤアーッ!」何たる連続キック跳躍!正門前へ回転着地ザンシン!「「「「グワーッ!」」」」石段を守る1ダース近い敵が全滅!白眼を剥き左右に倒れる!

「ARRRGGGGHH……」「アアアダブ……」「……首を……刎ね……暗黒の橋が……」呻き声を上げるブラックメタリスト軍団を背に、オウガパピーは抜かりないカンフー・カラテを構え、ウミガメ・テンプルの中へと進む。まるで死に絶えたかのような静寂。電飾も一部が破壊され、光に乏しい。

「貴様がオウガパピー=サンか……!」威圧的な声がテンプル内に響いた。オウガパピーは向き直り、大ブッダ座像前に威圧的に立つ二人のニンジャを見た。「ドーモ、ディスポイラーです」四本の軍旗を背負った首領、「ドーモ、ホワイトパイソンです」その横に立つ白塗り黒ハカマの大剣持ちニンジャ。

「ドーモ、オウガパピーです」彼は敵に拳を向け、アイサツを返した。やはり敵はサーペンタイン一人ではなかった……奴はどこに潜んでいる……!?オウガパピーの拳に汗が滲む。「儂の弟分を可愛がってくれたそうだな」ディスポイラーが表情見えぬ声で言う。「もう一人の弟が仇を討ちたいそうだ」

「オウガパピー=サン、その首をマイコみてえに刎ねて膝をつかせてやるぜ」ホワイトパイソンが血染めのフランベルジュを肩に担ぎ、歩み寄る。両目は赤く輝き、殺戮の予感に酔いしれていた。オウガパピーは如何なる表情も見せず、ただ手招きした。両者はテンプル中央で向かい合い、カラテを構えた。

 静寂。暫しの睨み合い。ディスポイラーは腕を組み、鋭い目でオウガパピーの構えを見ていた。「……ARRRGH!」堪え切れぬように、ホワイトパイソンが先に仕掛ける!フランベルジュが横薙ぎの円弧を描く!オウガパピーは回転跳躍回避し、敵の顔を蹴りつける!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

 ハヤイ!巨人が手を叩いたかのような盛大なクラップ音がテンプル内に鳴り響く!ホワイトパイソンは後ろによろめき、頭を振った。「UUUUGH……」そして再びフランベルジュを構える。オウガパピーは敢えて攻め込まず、バック転から手招きした。ホワイトパイソンの目が怒りに燃え上がった。

「ARRRRRGH!」ホワイトパイソンは狂った森林伐採機めいた勢いで大剣を振り回し、突き進む!「ハイヤーッ!」オウガパピーは連続バック転からテーブル上に着地!先程のように直ちにカウンターを叩き込める状況ではない!SMAASH!ニンジャ筋力で振るわれた剣がテーブルを叩き割る!

「ハイヤーッ!」オウガパピーはテーブルを蹴って高いゴースト・リープを決め、壁を蹴り走り、再跳躍!「ARRRRGH!」敵は大剣を振り回し続け、通った後は壁や床がズタズタに切り裂かれる!「ハイヤーッ!」幽鬼めいて浮くような飛翔で翻弄し、隙をついてのトビゲリ命中!「グワーッ!」

 だが偉丈夫ホワイトパイソンに対しては、この一撃もまだ決定打には程遠い。敵は連続攻撃を受ける前に立ち直り、剣の柄で力任せにオウガパピーを殴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」咄嗟に防御を固めるも弾き飛ばされるオウガパピー!アブナイ!「ARRRRRGH!」狂戦士の突進が迫る!

「ウェポンマスター・オメーン!」オウガパピーは床に転がっていた椅子を拾い上げ、床を転がり移動しながら連続で投げつける!「小賢しい!」ホワイトパイソンは難なくこれを破壊しながら接近!大上段に構え、振り下ろす!「ARRRRGH!」「ハイヤアーッ!」SWAAAASH!甲高い火花!

 フランベルジュが弾き返された!……一体何が!?いかなウェポンマスター・オメーンとて、ニンジャの振るう刀剣を木材で弾き返すことは不可能。腕を組んで成り行きを見守っていたディスポイラーは、片眉を吊り上げ頷いた。オウガパピーの手にはブラックメタリスト・メイスが拾い上げられている!

 SWASH!SWASH!SWASH!オウガパピーとホワイトパイソンは斬り結びながら、テンプル中央で激しい火花を散らす!だが力では未だ敵が勝る!「ARRRRRGH!」「ハイヤアーッ!」横へ受け流す!フランベルジュの一撃は狙いを大きく外し……ウミガメのイケスを叩き割った!

 SPLAAASH!凄まじいガラス片の飛散と水流圧が、ホワイトパイソンの足下を乱す!「シマッタ!」「ハイヤーッ!」SMAAAAASH!限界まで身体を引き絞って放たれたメイス強打が、フランベルジュを粉々に砕いた!続けざま、敵の顔面へとメイスの一撃!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」

 メンポがひしゃげ、ホワイトパイソンは白眼を剥いて仰け反りながら吹っ飛ぶ。「ハイヤーッ!」ザンシンから追撃を繰り出そうとするオウガパピー!だがそこへ長兄ディスポイラーがトビゲリで割り込み、メイスを蹴り飛ばした!「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」両者は連続バック転を打ち、睨み合う!


◆◆◆



 間合いはタタミ四枚。圧倒的なキリングオーラが満ちる。……スッ。ディスポイラーが僅かに、前の拳を動かした。「ハッ……!」オウガパピーは相手が飛び掛かってくるかのように過剰反応し、身構えた。「フハハハハ……!」ディスポイラーはその様を見てあざ笑った。動きを試すフェイントである。

 オウガパピーは何度も構えを変え、ゴースト・オメーンへと変面を行った。だがディスポイラーは動じぬ。何故この男が3人のニンジャの長兄格なのか、その理由は既に明らか。圧倒的なカラテだ。この男はただ単純に、極めて冷酷で強いのだ。それでも……オウガパピーは挑みかかる!「ハイヤーッ!」

 ゴースト・リープ回転蹴りである!だがこれをディスポイラーは堅牢なカラテ防御で叩き落とす!「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」姿勢を整え直し、水面蹴り!「イヤーッ!」これを読み、ディスポイラーは跳躍爪先蹴りを放つ!「グワーッ!」蹴り上げられ、たまらずバック転回避するオウガパピー!

 敵は悠々と歩み寄り蹴りを放つ。「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」間一髪回避するオウガパピー!「イヤッ!イヤッ!イヤッ!」「ハイ!ハイ!ハイ!」短い打ち合い!肘打とパンチを防ぎ合う!最後にオウガパピーは腕を掴まれて引き寄せられ、胸に連続キックを受けた!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 オウガパピーは胸を押さえて後方によろめき、片膝をついた。カラテを見切られているのか。「奇策でこの儂に勝てると思うたか」ディスポイラーはつかつかと歩み寄り、鋭い蹴りを放つ。「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」オウガパピーは横にあったテーブルの下を巧みに抜けて回避した。ワザマエ!

 ディスポイラーはテーブル上で側転を打ち追撃を行う。オウガパピーは変面を行い、迎撃態勢を整えていた。敵は僅かに目を見開く。構えが全く違う!温存していたオウガ・オメーンである!「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」「イヤーッ!」「ハイヤーッ!」激しい打合い!

「ハイヤアーッ!」オウガパピーの連続パンチが、ディスポイラーの防御を揺るがす!続けざま、相手の顔面を狙ってヤリめいたサイドキックを繰り出した!SMAAAASH!破砕音!首の骨が砕けたか!?否!ディスポイラーは沈み込んでこれを紙一重回避!背負った軍旗の一本が折れた音であった!

 無論、ディスポイラーの反撃が待つ!「イヤーッ!」「グワーッ!」再びオウガパピーは蹴り飛ばされ、床に転がった。彼はブレイクダンスめいた動きから身体を跳ね起こし、追撃に備える。だがディスポイラーは攻め込まず、挑発的に構えを解き、身体を殴られた際についた装束の白い粉汚れを払った。

「なるほど、まだ策を隠しておるか。だが所詮は見かけ倒しよ。儂が出るまでもない」長兄は嘲笑うように言い捨てた。「おのれ……!」オウガパピーは怒りに震え、再びディスポイラーに挑みかかろうとした。その時、「アイエエエエエ!」甲高い悲鳴がテンプルに響き、オウガパピーを凍りつかせた。

 ヤマガタはその声を聞き間違える筈も無かった。ユカリフォンの声である。何故、彼女が、ここに……?オウガパピーは軋むように、後方を振り向いた。ボンズ事務所の前には、地下制御室から戻ったサーペンタインがいた。彼の前にはショウとユカリフォンが両膝をついて座っていた。人質であった。

「なるほど、長兄の見立て通り」サーペンタインは冷たい含み笑いを漏らした。オウガパピーは反射的に飛び掛かろうとしたが、「あなたのせいで住民が無駄に死にますよ?」サーペンタインがユカリフォンの髪を掴み上げ、これ見よがしに彼女の無防備な首筋をさらすと、動きを止めざるを得なかった。

 ブッダ!何たる卑劣!酒家での戦いを聞いた長兄は、オウガパピーは住民を犠牲に出来ぬと予測し、この罠を張ったのだ!「フハハハハハ……!」ディスポイラーが嘲笑った。「ククククク……ハハハハハハハ……!」サーペンタインが続く。さらにホワイトパイソンも首を鳴らして立ち上がり、笑った。

 オウガパピーは三人の邪悪なニンジャの中心点に立ち、彼らを順番に睨みつけた。この毒蛇の巣からユカリフォンとショウを助ける手だてを考えながら。だが、状況は絶望的であった。「今度こそ俺にやらせてくれ、兄者…!」ホワイトパイソンが素手のカラテを構えた。死の遊戯が始まろうとしていた。

 敵は一対一を続けようというのか?ならば勝機を見いだせるかも知れぬ……!ヤマガタは僅かな希望に縋り、悲壮なカンフー・カラテを構える。だがディスポイラーが告げた。「オウガパピー=サン、貴様は腕を使ってはならぬ。使う度に、人質の腕を切る」弟の屈辱を倍にして返すための非道であった。

「……よかろう」オウガパピーは怒りに震えながらも、両手を腰の後ろで握った。無論、その人外めいた声の主がヤマガタであるとは、誰にも解らぬ。彼は意を決し、ホワイトパイソンとタタミ四枚の距離で向かい合い、挑んだ。そしてユカリフォンが目を背けたくなるほどの一方的なカラテが始まった。

「ARRRGH!」「ハイヤーッ!」「ARRRGH!」「ハイヤーッ!」初めのうち、オウガパピーは足技だけでもホワイトパイソンを翻弄し、善戦しかけた。「ARRRGH!」「グワーッ!」間もなく、ホワイトパイソンの痛烈なボディブローを喰らい、呻いて両膝をつき、さらに蹴り飛ばされた。

 無論、ホワイトパイソンの蹴りを反射的に腕で弾こうとしたが、オウガパピーは必死にそれを堪えた。そしてスタントの如く、より大袈裟に吹っ飛び、より大袈裟に苦しんでみせた。耐えぬけば、いつか必ず勝機が訪れるのではないかと。歯を食いしばり、握った腕を怒りに震わせながら、激痛に耐えた。

「ARRRRGH!」ホワイトパイソンのフックが決まり、オウガパピーは床の埃にまみれた。「お前もやってこい、サーペンタイン」ディスポイラーが満足げに頷きながら言い、人質の傍らへとホワイトパイソンを下がらせた。オウガパピーは不屈の闘志で立ち上がり、宿敵サーペンタインと戦った。

 だが、打ちのめされ、両腕を塞がれた状態ではジリー・プアー(訳注:徐々に不利)。ヤマガタは理不尽への怒りと、あの夜生まれ故郷を看取った無力感に、同時に嘖まれた。「ハイヤーッ!」復讐に燃えるサーペンタインは、オウガパピーの鳩尾に痛烈なヘビ・カラテ突きを入れた。「ゴボーッ……!」

(((死ねぬ)))(((デス・オメーンを使え)))(((ユカリフォンたちを見殺しにするのか)))(((生き残ろうと絶望するだけだ)))(((誰か……助けてくれ……!)))(((助けてくれる者など無い……!)))オウガパピーは震えながら、数歩後ろに下がり、項垂れ両膝をついた。

「先程から、オメーンだけは守ろうしているようですね。顔に傷がつくのが嫌ですか?では殺す前に、その小賢しいオメーンを剥ぎ取ってあげましょう……!」サーペンタインは敵に最大の屈辱を与えるべく、メンポの下で口の傷を舌なめずりし、もはや精魂尽き果てたと見えるオウガパピーに歩み寄った。

「どれ……!」オメーンの下の顔を見られたとき、ヤマガタはセプクして死ぬ。それがニンジャソウルとの盟約である。これは最後の賭けであった。彼はスタント演技を解き、顔を上げた!「ハイヤーッ!」「グワーッ!?」腕を使わず、鮮やかなサマーソルトキックがサーペンタインの顎先に決まった!

「ハイヤーッ!」着地から、後方のホワイトパイソンへと長距離トビゲリを放つ!「イヤーッ!」その動きを読んだディスポイラーがトビゲリで撃墜する!「グワーッ!」アナヤ!これまでか!?「ARRRRRRGH!」ホワイトパイソンは悔しげに唸り、人質に手をかけようとした!その時である!

「Wasshoi!」禍々しいカラテシャウトが響き、テンプルの天井が砕かれた!邪悪なるニンジャの動きを悟ってオールド・カメ・ストリートへと急行していたネオサイタマの死神が、凄まじい憤怒をまとい、ついに大ブッダ座像の頭上へと到達したのだ!「ドーモ、ニンジャスレイヤーです……!」

 有無をいわさぬアトモスフィアがテンプル内に満ちた。ヤマガタは真の復讐の鬼を仰ぎ見、目を見開いた。「ド、ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ホワイトパイソンです。待て、この人質が…」「イヤーッ!」敵のオジギ終了直後、スリケン投擲!「グワーッ!」ホワイトパイソンの目に突き刺さる!

「奴は狂人だ!人質など役に立たん!奴を殺せ!殺せ!カラテで殺せ!」ディスポイラーが叫び、自ら真っ先に大ブッダ座像へと走り死神に挑む!「ゴースト・オメーン!ハイヤアーッ!」オウガパピーは片目を潰され地団駄を踏むホワイトパイソンにゴースト・リープ蹴り!「グワーッ!」反撃の時だ!

 ディスポイラー、強者である!「「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」」死神は壁を蹴渡りながら打ち合い、テンプル中央で一進一退のカラテ攻防!「ハイ!ハイ!ハイヤアーッ!」「GARRGH!」その横ではオウガパピーとホワイトパイソンが打ち合う!「ハイヤーッ!」背後から迫るサーペンタイン!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの痛烈なカラテストレートがディスポイラーの防御を破り、壁まで弾き飛ばした!「ハイヤアーッ!」前方のホワイトパイソン、後方のサーペンタインに挟まれたオウガパピーは、開脚ジャンプキックで両者の顎を同時に蹴り上げる!「「グワーッ!」」

 目の前の敵を蹴散らしたニンジャスレイヤーとオウガパピーはザンシンを決め、横の相手を互いに鋭く一瞥!テンプル内に凄まじいカラテが漲る!言葉は不要であった!両者は前を向き直り、前足を踏み出し、スネイクピットの邪悪な3ニンジャを威圧するように叫んだ!「イヤーッ!」「ハイヤアーッ!」

「誰一人生きては返すな!」首領ディスポイラーが憤怒に満ちた声で叫び、死神に挑みかかる!「ARRRRRRRGH!犬共!加勢しろ!殺せ!殺せ!殺せ!」ホワイトパイソンが叫ぶ!「「「殺せ!」」」ブラックメタリスト軍団が入口から雪崩れ込み、人質の退路を断つ!凄まじい乱戦が始まった!

「「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」」死神と長兄が再びカラテ攻防に入れば「ゴースト・オメーン!」オウガパピーは幽鬼の如く壁を蹴って舞い、次々に反ブッダ軍団を蹴散らす!「ハイ!ハイ!ハイヤアーッ!」「「「グワーッ!」」」「「アイエエエエ!」」人質二人は逃げ惑い、隅の物陰へ!

「ARRRGH!」「ハイヤーッ!」長兄を援護すべく、弟二人が同時攻撃を仕掛ける!長兄の鋭い爪先蹴り!弟たちの強烈なカラテフックとヘビ・カラテのZ突きが、三方向から容赦なく連続で繰り出される!「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転しながらこれを捌く!だが不利!

「ハイ!」オウガパピーが飛び掛かり、ホワイトパイソンに肩車状に取りつく!後ろに倒れ込む勢いをカンフー・カラテに転じ、そのまま後方へと投げ飛ばした!「……ヤアアアアアーーーッ!」「グワーーーッ!?」敵はイケス残骸のガラスに盛大に突っ込み、電飾LEDの火花を散らしながら落下!

 これで形勢逆転か!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはサーペンタインを殴り飛ばし、ディスポイラーの二連続キックを回避してから連打でコーナーに追い込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」だが息つく間も無い!反対側の隅ではロングソードを抱えた反ブッダ戦士が人質を発見した!

「「ARRRRGH!」」ブラックメタリストが長剣を振りかざし迫る!「アイヤー!」ユカリフォンの悲鳴!「ブッダ!」ショウは身を挺し彼女を守った!背中に重い長剣の一撃!「グワーーッ!」苦悶の表情を浮かべ死を覚悟する!だが……ゴウランガ!背負っていた金運ブッダ像が刃を止めていた!

「「ARRRRRGH!」」反ブッダ戦士らが悔しげな唸り声を上げ、ショウの頭を叩き割らんと再び武器を掲げる!だが「アバーッ!?」彼方から飛来した死神のスリケンが後頭部に突き刺さり即死!「ハイヤーッ!」「グワーッ!?」もう一人をオウガパピーが強烈なトビゲリで蹴り倒す!タツジン!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーがディスポイラーを壁際に追いつめ、容赦ないカラテストレート連打!だが……突如背後から忍び寄り、彼の両脚を拘束するものあり!「ヌウーッ!?」「ARRRRGH!」巨大な白蛇だ!

 白蛇はニンジャスレイヤーの足首、膝、腿を締め上げながら素早く巻き付き、鎌首をもたげる!「ARRRRRGH!」その片目は潰れている!これはホワイトパイソン!奥の手のヘンゲヨーカイ・ジツを行使したのだ!「イヤーッ!」ディスポイラーの膝蹴りが鳩尾に!「グワーッ!」死神が目を剥く!

 一方オウガパピーは、人質2人を守りながら、怒りのカンフー・カラテを振るう!「ハイヤーッ!」「グワーッ!」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」ブラックメタリストを蹴散らしザンシンを決める!(((ユカリフォン……!ショウ=サン……!死ぬな……!)))声を殺し、彼らに背を向けたまま!

 直後、オウガパピーは死神の危機も見て取った。支援に向かわんとした所を、サーペンタインのチ・ドク・スリケンが飛来する!「死ね!オウガパピー=サン!死ね!」かわせば後ろの2人にスリケンが命中してしまう!「ウェポンマスター・オメーン!」彼は長机を背負い、それでスリケンを受けた!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ディスポイラーと白蛇の連携がニンジャスレイヤーを追いつめる!「人質を守り身動きすらできないとは!ブザマ!ブザマ!」サーペンタインの連続投擲するスリケンが、次々オウガパピーの長机に突き刺さる!このままでは木材が持たぬ!

「ハイヤーッ!」「グワーッ!」ついにチ・ドク・スリケンの一枚が長机を破り、オウガパピーの背中に突き刺さった!膝をつくオウガパピー!その痛々しい呻き声を聞き、ユカリフォンは理由の解らぬ涙を流す!「……あなた、いったい誰か?……さっきから、どうして私たちを助けてくれるか……?」

「ハイヤーッ!」サーペンタインがスリケンを投じる。オウガパピーは何も答えず、ただアクションした!「ハイヤアアアーーーーッ!」背の長机に対して強烈な両肘打ち!SMAAASH!木っ端微塵に砕ける木材!さらに突き刺さっていた四ダース近いスリケンが、散弾銃めいて後方へと発射された!

 サーペンタインの視界を帰ってきたスリケンが覆い尽くした!「グワーーーーッ!アアアアアアアーッ!」インガオホー!両目!喉!胸!肩!腹!腿!股間にスリケンが命中!サーペンタインはブザマな悲鳴を上げる!さらに散弾銃スリケンは白蛇と化したホワイトパイソンにまで!「グワーーーーッ!」

 好機!「インガオホー!ブッダの戦士だ!ブッダの戦士だぜ!ついにブッダが目覚めたんだ!」ショウは涙を流しながらユカリフォンを連れ、この隙にテンプル外へ逃げる!「イヤーッ!」「グワーッ!」死神も形勢逆転!「サーペンタイン=サン、貴様だけは……」オウガパピーは拳を握り、突き進む!

「貴様だけは許さん!ハイヤアーーーッ!」怒りのカンフー・アッパーカットが決まった!「グワーーーーッ!」サーペンタインは仰け反りながら吹っ飛び、空中回転する!「弟よ!弟よ!」危機を察したディスポイラーが背中の軍旗を抜き、オウガパピーの心臓目掛け投じる!空中で仕込み槍が露に!

「……オウガパピー=サン!」死神が危機を知らせるため、後方へと叫んだ!オウガパピーはこれを迎撃すべく、咄嗟に必殺のジェットキック・アッパーを繰り出した!「ハイヤアアアアーーーーッ!」斜め上方へと弾き返されたヤリは空中でサーペンタインの腹を貫通!「グワーッ!」ナムアミダブツ!

 だが何たる蛇の執念!「おのれ!おのれーッ!」サーペンタインは腹を貫通する槍を握りながら着地し、全身の血をドクに変え叫んだ!この血飛沫で敵を一人でも道連れにすべく!そこへニンジャスレイヤーは大白蛇の尻尾を掴み放り投げた!「イヤーッ!」「「グワーッ!?」」大白蛇が槍に突き刺さる!

「「グワーーーッ!!」」串刺しにされ毒の血を浴び、兄弟はとともに壮絶な断末魔の悲鳴を上げる!凄まじい毒の蒸気が周囲を満たす!疲弊したオウガパピーは、オメーンを守りながら血飛沫を辛うじて回避し、膝をついた。直後「「サヨナラ!!」」サーペンタインとホワイトパイソンは爆発四散!

「弟思いが裏目に出たようだな」ニンジャスレイヤーはザンシンを決め、ディスポイラーを手招きした。「ARRRRRRGH!」生き残った首領は盲目的な怒りに支配され、死神へと挑みかかった。二者は色付きの風の如くカラテをぶつけあい、大ブッダ座像を登り、重金属酸性雨の中で激しく交錯した。

 満身創痍のオウガパピーには、そのイクサを追う力は残っていなかった。生き残ったブラックメタリストらは、既に蜘蛛の子を散らすが如く逃げ去っている。彼は膝をついて息を整えると、テンプル内を見渡し、床で逆さに転がったオーガニック・ウミガメを抱え、イケスの底に残った水に戻してやった。

 降りしきる重金属酸性雨は慈悲深く、ストリートの火災を消していった。危機が去ったと判断したか、あるいは熱暴走を防ぐためか、次第にジェネレータから排出される側溝蒸気は減り、電力供給が制限され、街は本来の停電の静けさの中へと落ちてゆく。

 その慈悲深き静けさに対し、違法増築マンションの屋上。「イイイヤアアアーッ!」「グワーーーーッ!」サツバツ!「海亀」と書かれたLEDカンバンの上で、死神の無慈悲なるチョップ突きが、ディスポイラーの心臓を抉っていた。「ハイクを詠め」「ガハッ……蛇の……執念深さを知るがいい……」

「必ずや…」ディスポイラーは不敵な笑みを浮かべて仰け反り、爆発四散を遂げた。「サヨナラ!」LEDカンバンの光も明滅して消え、ジェネレーターの唸りが遠くなった。医療施設等を残し、非常電力供給がストップしたのだ。暗闇がストリートの秘密を覆い隠した。略奪など起こるはずも無かった。

 ニンジャスレイヤーは、ディスポイラーの残した言葉にえも言われぬ不吉さを感じ取った。だが、その言葉の意味するところが何だったのか……もはや全ては死に、ブッダのみぞ知るところとなった。死神は猥雑なるストリートの火災が消え行くのを一瞥してから、回転跳躍した。「Wasshoi!」 


◆◆◆



 ズズ……ズズズズ……。コブラ・リアルエステート社ビル前のマンポール蓋が下から押し上げられ、奇怪な影が這い出した。それは重金属酸性雨に叩かれながら、蹌踉めくようにうねり、這い進んだ。それは血の跡を残していた。

「ARRRRRRRRGH……!」それは呻きながら、暗いコブラ不動産ビルの中へと進んだ。やがてその影は人の姿を取り、エレベータで上階へと向かった。「最上階ドスエ」電子マイコ音声が鳴る。壁は金箔塗り、室内には噴水と日本庭園、紅葉したモミジの木。諸悪の根源、毒蛇どもの巣である。

「さしもの死神も、この俺が脱皮して逃げ出したことを見抜けなかったか……!おお……覚えておれよ!兄者らの仇……必ずや!」ナムサン!片目を潰され脇腹に傷を負ったそれは、ホワイトパイソンであった!彼はサーペンタインの毒煙の中で脱皮し、爆発四散を装って下水へと逃げ込んでいたのだ!

「ニンジャスレイヤー!オウガパピー!そしてオールド・カメ・ストリート!セクトの力で血みどろのジゴクに引きずり込んでやる……!グハハハハハハ!」ホワイトパイソンは窓際に置かれたセクトとの非常用ホットライン電話に向かって蹌踉めき歩き、受話器を取った。「モシモシ、モシモシ……!」

 応答を待つ間、ホワイトパイソンは兄譲りの欲深い目で夜景を見渡した。長兄は死んだ。何としても仇を討つ。だが、それはそれとして……テリトリーは俺のものだ。新たな復讐と支配の時代が訪れるのだ。『どうした、ディスポイラー=サン』冷酷なるアマクダリ総帥の声が受話器の向こうに聞こえた。

「ドーモ、ラオモト=サン、ホワイトパイソンです。実はネオサイタマの死神が……」彼はそこまで言いかけ、思わず言葉を詰まらせ、目を見開いた。コブラ不動産前の四車線大通りを、不吉な黒塗り装甲バン四台が危険な速度で走ってきていた。

『ARRRRG!ブッダの軍門に下った豚の首を刎ねよ!』「カナガワ」1stアルバムの名曲「オープン・ザ・ヘル・トリイ・ゲート・アンド・エンブレイス・ザ・パワー・オブ・ダーク・ゴッズ」の重低音ツーバス!錆び付いた刃物の如きアーマゲドンのギターと叫びが、車載スピーカーから漏れる!

「ARRRRRRRGH!」「豚の城に火を放て!」「アアアアダブ!」「暗黒の橋が……!」おお、見よ!四台の車上にはウミガメ・テンプル爆破のために用意されていたプラスチック・バクチクを全身に巻き付けた薬物狂乱反ブッダ戦士が立ち、フランベルジュや松明を掲げ反逆のチャントを叫ぶ!

 兵士たちが叛乱を起こしたのだ!ホワイトパイソンは信じ難いと言った表情で、思わず呪わしき名を呟いた。「ブッダ……!」『……おい、どうした!ホワイトパイソン=サン!死神がどうした!答えろ!』受話器の向こうから苛立つチバの声が聞こえる。「ARRRRRRGH!ヤメロー!ヤメロー!」

「「「「アアアダブ」」」」次の瞬間、四台のブラックメタル装甲バンは次々とコブラ不動産ビルに着弾した。反ブッダ精神を曇らせた豚を殺すために。DOOM!DOOM!DOOM!KA-DOOOOOOM!連鎖爆発が起こり全階を爆風が舐め尽くす!「サヨナラ!」ホワイトパイソンは爆発四散!

 インガオホー!かくしてコブラ不動産ビルは業火の中で崩落し、ここを根城に暴虐の限りを尽くしてきた邪悪なるスネイクピット一党は滅びた。オールド・カメ・ストリートは、アマクダリ・セクトによる疑惑の目とヤクザクランによる地上げの脅威から逃れる事に成功したのであった。



エピローグ

「以上、オナタカミ社の提供でお送り致しました」「洗練、オナタカミです!」……街頭TVモニタは新型サイバーグラス発売記念ライブイベントの終幕をノイズ混じりに映し出す。「「アリガトゴザイマース!」」ステージ上でネコネコカワイイ、俳優、プロアスリートら20人が並び、華やかなビーム。

 TV画面がノイズに呑まれ消える。ようやく暗い停電の海へと沈んだオールド・カメ・ストリートは、死んだように静まり返っていた。住民は隠れ、傷ついた者を癒し、励まし合い、襲撃の余波に身構え祈った。…ブッダ、もう何も恐ろしい事が起こりませんようにと。このストリートをお守りくださいと。

 オウガパピーは痛む身体を引きずりながらテンプルを出た。幻想的な霧の壁の如く、いくつもの側溝蒸気の塊が暗いストリートを覆っていた。彼は歩み、路地裏に身を潜めた。そして身を翻し、素早くニンジャ装束とオウガ・オメーンを脱ぎ去った。もう二度とこの力を振るう必要がないことを祈りながら。

 まだジェット・ヤマガタはここにいてはならない。路地裏に座り込み、数分間、息を整え、拳の震えの余韻を殺した。スタジアムからの距離をぼんやりと概算した。この短い幕間が終われば、どうする?……真っ先にユカリフォンとショウの無事を、そして……ヤサキ。いや、人々にこの傷は何と説明する?

「……俺は正しい選択をした」彼は自分に言い聞かせるように言い、天を仰いだ。俳優業がどうなるかは、明日にならねば解るまい。IRC端末は駐車場で踏み壊してきた。位置トレースも出来ない。アクション俳優ジェット・ヤマガタは今、どこにもいない。いてはならない。そして間もなく、現れる。

「ヤサキ=サン、あんたみたいに演じ切ってみせるぞ」彼はアクションスターの表情を作って立ち上がり、月明かりの下、重金属酸性雨の水溜りに映る己の顔を確かめた。そしてパナマハットの傾きを直し、ジャケットを羽織り直した。顔は無傷。それ以外は服で隠した。痛みは表情にも動きにも出さない。

 イカスミめいた乱れ雲の間からドクロめいた顔をのぞかせた月の下、アクションスターは蒸気の海のゴーストタウンを歩いた。もどかしいくらいに脆弱な常人の感覚のまま。「実際安い」「ニーハオ」「TAKESHI酒」…光の消えたネオン。防犯シャッターが降り、街灯の消えた街路には誰独りいない。

 彼は頭の中で、アクターのマインドセットを繰り返した。(((……ジェット・ヤマガタは今スタジアムから駆けつけ、呆然としながら街路を歩いている。ユカリフォンのことも、ショウのことも、ヤサキのことも知らない。ニンジャのことも……何一つ知らない……)))アクション。

 ヤマガタは息を吐き、左右の街並を見渡しながら自然なペースで歩いた。信号の消えた交差点。ニンジャ聴力さえも自制していたヤマガタは、不意に、その先から靴音を聞いた。すぐ横をバイオアブが飛んだ。インセクツ・オーメンめいた、妙な胸騒ぎ。彼は何も気づかぬ振りをし、一定の歩調で歩んだ。

 交差点を曲がり、ショウの家へと続く長い路地。霧の向こうから歩んでくるもう一人の男。……靴音の主は、ハンチング帽子を目深に被ったトレンチコートの男であった。この男もまた、停電ストリートを調査するように左右を見渡し、静かに歩いていた。デッカーか何かだろうか、とヤマガタは思った。

 相手もこちらに気づいたようだ。二人は霧の中をゆっくりと歩き……タタミ四枚の距離で自然と立ち止まった。襲撃の後、大停電に呑まれた街でアイサツもなしに交差するのは不自然かつ危険である。「ドーモ」「ドーモ」両者は帽子を目深に被ったまま小さくオジギした。側溝蒸気が静かに吹き出した。

「このストリートにお住まいですか?」男は表情読めぬ厳めしい声で言った。やはり覆面デッカーか何かか。職務質問など御免だ。「いえ、大事な友達がいるんですよ。今しがた駆けつけて、もう何が何やら」「なるほど」「マッポの方ですか?」「いえ……」男は少し間を置いて言った。「探偵です」

「そうですか、では」ヤマガタは微笑み、「ドーモ」「ドーモ」互いに小さくオジギをし、歩み、すれ違った。だが数歩歩くと、探偵は腕組みし、後ろを振り返って呼び止めた。「シツレイですが」「何か」ヤマガタが振り返った。探偵が首を傾げ、言った。「以前にどこかで……お会いしたような……」

「参ったなあ、バレちまったか…」ヤマガタは苦笑し、パナマハットの鍔を押し上げた。「きっとスクリーンで見たんでしょう。そう、俺はアクション俳優です」そこには確かに、あの有名アクションスター、ジェット・ヤマガタの顔があった。「何と」「俺も自分の職業を言わないのはシツレイでした」

「…もしや、あのジェット・ヤマガタ=サンでは……?」探偵が言った。「シーッ、頼むから秘密にしてくださいよ、プライベート中なんです」ヤマガタは下手な嘘をつかず、真実を告げた。覆面デッカーが探偵を名乗るのは常套手段だからだ。「秘密にしてくれたら……特別にサインしてあげますから」

「サインを……?」探偵はコートのポケットを探り、胸元から探偵手帳を取り出して、ペンと空白のページを差し出した。「では約束ですよ?」ヤマガタは笑い、鮮やかにペンを走らせた。「ああそうだ……お名前は?」「ああ……モリタです」「特別サービス、モリタ=サンへ……ジェット・ヤマガタ」

「ドーゾ、100万円の価値がありますよ」ヤマガタが笑った。「ドーモ、TVで拝見しており……応援しております」探偵はぎこちなく返し、手帳を受け取った。堅苦しく真面目な男のようだ。「応援ありがとうございます」スターは手を差し出した。スターはTVに映る時よりも気さくな男だった。

「「ドーモ」」二人は何事もなく握手を交わし、霧の中で別れた。そして互いの目的を果たすために、別々の方向へと歩き出した。…彼らは果たして互いの仮面の下の本性に気づいていたのであろうか?それは誰にも解らない。かくして、ニンジャの仮面舞踏会は一滴の血も流されることなく幕を迎えた。

 ヤマガタは霧の中を歩み……駆け足になった。違法増築マンションの前でシャッターを叩き、住民が彼を迎えた。彼らはエントランス付近に座り、非常灯を囲んでいた。ショウが彼を指差して大声で叫ぶと、ユカリフォンが駆け、ヤマガタに勢い良く抱きついた。祝福するように、停電が終わりを告げた。


------ ◆終劇◆ ------



「ハイヤアーッ!」ジェット・ヤマガタの連続キックがナイフを持った黒服の男たちを蹴散らす!「「グワーッ!」 」「さあ逃げるぞ!」「ねえ、説明してくださる?!一体何が?!」クミコ・サカイが叫ぶ。「俺は潜入デッカーポリスだ!見ろ!免許証もある!」「エッ?マッポ手帳よ」『カットカット!』

 薄暗い酒家に剣呑アトモスフィアが満ちる。敵は五人、ヤマガタは攫われたクミコの情報を求め、たった一人でこの危険な交渉に臨む。「どうやら命が惜しくねえと見える……!」ごろつきたちが笑い、首領がテーブルの上に置かれたケモビール栓を開けた。「運命クッキー!運命クッキー!」外で行商人の声!

「話す気がないのなら、俺にも考えがあるぞ!」「運命クッキー!運命クッキー!」「マッポが暴力にうったえようってのかい?おお、怖い怖い」全員が必死で笑いを堪える。「運命クッキー!運命クッキー」「いいか、俺たちのバックにはな……プッ!」「おい!いま酒家で撮影中だぞ!」『カットカット!」


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 薄暗い酒家に剣呑アトモスフィアが満ちる。敵は五人、ヤマガタは攫われたクミコの情報を求め、たった一人でこの危険な交渉に臨む。「どうやら命が惜しくねえと見える……!」ごろつきたちが笑い、首領がテーブルの上に置かれたケモビール栓を開けた。泡が予想以上にモコモコと出てきた。

「話す気がないのなら、俺にも考えがあるぞ!」ビール泡がモコモコと溢れ続け、全員がそれを見ぬよう苦心する。「マッポが暴力にうったえようってのかい?おお、怖い怖い」「運命クッキー!運命クッキー」「いいか、俺たちのバックにはな……プッ!」「おい!まだ撮影中なんだよ!」『カットカット!」


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 薄暗い酒家に剣呑アトモスフィアが満ちる。敵は五人、ヤマガタは攫われたクミコの情報を求め、たった一人でこの危険な交渉に臨む。「どうやら命が惜しくねえと見える……!」ごろつきたちが笑い、首領がテーブルの上に置かれたケモビール栓を開けた。泡は問題ない、運命クッキー行商人の声もない。

「話す気がないのなら、俺にも考えがあるぞ!」「マッポが暴力にうったえようってのかい?おお、怖い怖い」全員が耳をそばだてる。行商人の声は無し。だが、おお……泡がモコモコと溢れ始めた!「プッ!」「「ハハハハハ!」」俳優全員机を叩き笑った「なんでモコモコするんだよ!」『カットカット!」


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 タタミ6畳の小さなドージョーで、ジェット・ヤマガタは過酷なウェイト腕立て伏せトレーニングに臨む。「ハアーッ!ハアーッ!」背中には鉛製のダルマ。捨て身のスタントで傷が絶えない上半身から、凄まじい量の汗が流れ、タタミに染み込む。「カンフーを磨け」車椅子の師匠がすぐ横でキセルを吹かす。

「886……887……センセイ!もう駄目だ!これ以上は……!」ヤマガタは首を横に振る。しかし車椅子の師匠は涼しい顔でキセルを吹かし目を細めた。いかにも元悪役然とした面構えだった。「そんな事で奴らに勝てるとでも?」師匠は鉛ダルマをもう1個彼の背中に置いた。直後、SMAAAAASH!

『カット!カーット!』「おい!大丈夫か!?」「ヤマガタ!ヤマガターッ!」ナムアミダブツ!老朽化した違法増築マンションのタタミ床が抜け、ヤマガタは十数個の鉛ダルマとともに下階へ!凄まじい粉塵が巻き上がり、全員の視界を覆う!「ゲホッ!ゲホーッ!」師匠役ヤサキはたまらず顔前をはらった。

 撮影陣の後ろに控えていたユカリフォンも、心配そうに穴を見つめる。追加崩落の危険性があるため、スタッフの一人がヤサキの車椅子を押し避難させた。彼はもう立てない。ニンジャの不条理に挑んだ代償として、アクション俳優としての生命は永遠に絶たれた。だが、新たな道を切り開こうと奮闘していた。

「おい!ヤサキ=サン!大丈夫か!?」少しして、汗と埃にまみれたヤマガタが廊下側から駆け込んできた。彼は悲鳴を上げて落下した後、フスマを開けて下階の住民に謝り、人間の脚力でマンションの階段を駆け上って戻ってきたのだ。ユカリフォンは安堵の息をついた。

「ああ」ヤサキは笑った。「心配して損したな」ヤマガタは胸を撫で下ろした。「ヤマガタ、そっちは大丈夫か?」「……ああ、滅茶苦茶痛かったよ!」「腰は大切にしろよ……ゲホッ!ゲホーッ!」ヤサキは粉塵を払った。「これじゃ撮影続行不可能だ!」「とりあえず窓を開けろ!」「ゴホッ!ゴホーッ!」

 ジェット・ヤマガタは部屋の修理代のことを気に病みながら、丸いショウジ窓に向かった。そして開くと、「海亀」のLEDネオンが輝いていた。そこには彼の第二の故郷、猥雑なるオールド・カメ・ストリートが広がっていた。監督と交渉の末、ようやく新作の数シーンをここで撮影することに成功したのだ。

 彼はストリートに未だに残る、いくつかの黒い焦げ後を見た。あの日、邪悪なるスネイクピットとの戦いによって刻まれた傷跡を。あの日の戦いは、もう稚気じみた遠い夢のようだ。だが彼は己の胸の奥に、今なおニンジャソウルが宿っている事を知っている。かつて己はニンジャとして死闘をくり広げたのだ。

 慢心すれば、堕落と破滅はすぐそこにある。あるいは非情なる運命が再び街を襲うやも知れぬ。この先再びニンジャソウルの力を使わざるを得ぬ運命がジェット・ヤマガタに訪れるのだろうか。それは未だ解らぬ。彼は己の怪物の本性を内に秘めながら、自戒めいて独りごちた。「今の俺はアクションスターだ」




【マスカレイド・オブ・ニンジャ】終わり



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

画像2

ネオサイタマが誇るアクション俳優、ジェット・ヤマガタの正体はニンジャソウル憑依者「オウガパピー」であった! 中華タウンを舞台に繰り広げられる、丁々発止の変面カンフー・カラテ・アクション! メイン著者はフィリップ・N・モーゼズ。


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