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【モータードリヴン・ブルース】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍化されていない第3部エピソードのひとつです。第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。


1

「イヤーッ!」「グワーッ!」乱暴にアスファルト道路に放り出された彼は仰向けに倒され、呻き声をあげた。彼が着込むパワードスーツの自重は実際かなり重い。肺の空気が絞り出される。「何をする!お前、無礼者!」「安全な所までお連れしました。これにて契約完了です」ニンジャは無感情に告げた。

「安全な場所?」彼は周囲を見渡す。裏ぶれた下町じみた区画だ。道路の端には異臭放つ排水溝があり、街灯はひび割れ、家屋のシャッターには「スラムダンク」と落書きされている。「ここが安全だと?」「そうだ」ニンジャの口調は冷たかった。「表通りをノコノコ歩けばどうなるか考えてみたらどうだ」

「表通り?ナンデ」「いちいち質問するな。いいか」ニンジャはしゃがみ込み、彼の眉間に人差し指を突きつけた「その態度をあらためろ。私はお前の……正確にいえばお前ではなく会長の……契約下には既にない。お前は私にとって」繰り返し人差し指を突きつけ、「ただの!いけすかない!大人子供だ!」

「アイエッ!?」彼は呻いた。彼はアルベルト会長以外の人間から怒られる事に慣れていない。小さな目を瞬かせた。ニンジャは立ち上がり、苛立たしげに言った。「先刻説明した通り、オムラは解体し、社屋はオナタカミの手に渡った。株券は紙屑だ。連中に見つかれば、お前は八つ裂きだ」「……」

「理解!した!か!」「アイエッ!」「忠告するが、そのふざけたスーツを一刻も早く外す事だ。ここらのヨタモノにとって、それはカネになるジャンクパーツの塊だ」「アイエエエ!?」「せいぜい身を隠せ。ほとぼりがさめればお前を誰何する奴はおるまい。所詮は何の力も持たぬ倒産企業の元社長だ」

「倒産企業の、元、」彼は……モーティマー・オムラは呆然と呟き、身を起こした。キュウーン、パワードスーツが駆動音を発した。「僕はどうすれば?」「知らん」オメガは腕組み直立姿勢で冷たく言った。「お、お前はどうする?お前も無職だぞ」「あいにく私にはおよそ人生三回分の蓄えがある」

「これからどうするんだ」「暖かい所にでも行くとするさ。バカンスにな」ニンジャは面白くもなさそうに言った。「では、サラバだ」「オメガ!待……」「イヤーッ!」ニンジャは高く垂直跳躍!「車検証手配」のネオン看板を蹴り、更に跳躍して、あっという間に見えなくなった。

「う……」モーティマーは狭い空を見上げた。そして叫んだ。「裏切り者ーッ!」裏切り者ーッ!彼の叫びはヤマビコじみて一度跳ね返った。答えるものはない。キュイイイーン……パワードスーツの駆動音もむなしい。「しかし、いったいどこだここは」モーティマーは呟く。「それくらい教えていけ」

 彼は仕方なく立ち上がった。当然、ノーアイデアである。伝説のウラシマ・ニンジャは亀の監禁を逃れ、妖精郷から地上へ戻った際、200年の時間ギャップに巻き込まれ、同様に孤独かつ不案内であった。だがウラシマ・タロの手には少なくとも妖精郷から奪ってきた玉手箱があった。

 モーティマーはフラフラと歩き出し、目についた角を曲がった。路上に倒れた男の荷物を剥いでいる男達と目があった。全員がモヒカンを逆立て、裸のたくましい胸板に揃いの刺青で「馬鹿者」とある。

「何だ、お前達」モーティマーは言った。「こっちを見るんじゃない!」「ア?」モヒカンの一人が首を傾げた。全部で五人!一人が鉄パイプの先端にドリルをくくりつけた凶器を肩に背負った。「何それ、そのマブいオモチャ着てんの何?」モーティマーは後ずさった。だが後ろからも三人!

「何のつもりだ」モーティマーは声を荒げた。「逮捕だぞ」「逮捕!ププーッフ」モヒカンの一人が笑い出した。「マッポ呼んで見ろや、ア?」「金属イタダキーッ!」モヒカンの一人が釘バットで殴りかかる!「抜け駆けしやがって、エッ!?」「グワーッ!」パワードスーツパンチ!モヒカンは気絶!

「こいつヤル気だぜ!」BLAM!「グワーッ!?」パワードスーツガンが火を吹き、一人が肩を撃たれて倒れる!「みたか!お前らのようなくだらない社会のゴミにモーター科学は負けないんだよ!グワーッ!」モーティマーの後頭部を鉄パイプが一撃!「グワーッ!」角材が一撃!

 モーティマーは地面に打ち倒された。それをモヒカン達は素早く取り囲み、打擲!「グワーッ!」ケリ!「グワーッ!」打擲!「グワーッ!」それを見下ろす薄汚れたカラスの群れがギャアギャアと喚く!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 モヒカンはバール状の棒で、パワードスーツをこじ開けにかかる!「やめろ、グワーッ!」メキメキと鉄板が歪み、蒸気とオイルが漏れ出した。「自警団ヒーロー気取りか!舐めやがって!」モヒカンが叫んだ「やっちまえ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

 アナヤ!もはやパワードスーツは剥ぎ取られ、そこにいるのはワイシャツとスラックス姿の単なる大柄な男!振り下ろされる鈍器!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

「アイエエエ!」モーティマーは悲鳴をあげた。「なぜ僕がこんな!何も悪い事はしていないぞ!」「甘えるな!」「アイエッ!」モーティマーは叱責の主を見上げる。ナ、ナムアミダブツ!彼の周囲にはモヒカンが折り重なって倒れている。死体だ!「サービスのサービスだ、愚か者!」オメガが罵った!

「本当にこれで手切れだ。身にしみてわかったろう。ストリートの掟が!」オメガは言った。「今の働きをツケにしたいところだが、お前にそんな甲斐性などあるはずなし。請求も面倒ゆえ無しにしてやる」「オメガ!待って……」「二度と会う事もあるまい。イヤーッ!」……今度こそ彼は去って行った。

 ……実際、オメガが戻ってくることは無かった。何時間が経過しただろう?モーティマーは顔を腫らし、ズボンの膝も破け、情けない有り様で路地裏を彷徨った。顔の傷は、別のヨタモノにしこたま殴られた時のものである。「畜生」モーティマーは呟いた。「こんなのおかしいぞ……」

 グルグルと音が鳴った。モーティマーは顔をしかめた。腹の音だ。「腹が減った」彼は呟いた。「何か無いのか」周囲を見渡す。どうやって料理を持ってくるのだろう。彼はポケットに手をやった。財布も無い。道の隅でオニギリを食べる浮浪者が彼を見上げる。モーティマーは指さした。「売れ!それ!」

「……」浮浪者はオニギリをそのまま食べ終えた。モーティマーは歯噛みした。浮浪者はモーティマーを凝視しながら、懐に手を入れ、もう一個のオニギリを取り出した。「それ!それッ!」モーティマーが叫んだ。「カネならあるんだ!きっと……」浮浪者はそのオニギリも食べ、「バカか?」と呟いた。

 ……さらに時間が経過した。肩を落として歩くモーティマーは全身が泥と血で汚れ、情けない有り様だ。彼は繁華街のネオンの下を歩いていた。「実際安い」「力だめし」「安心店のみ」。それらの明かりはモーティマーのためのものではない。道ゆく人々は彼を一瞥すらしない。ありふれているからだ。

「ヤング!ヤング!ヤングパワー!」激しい宣伝サウンドを撒き散らしながらトラックが走り来て、モーティマーに泥を跳ねながら走り去る。「ヤング!ヤング!ヤングフューチャー!」無慈悲なドップラー効果。モーティマーには罵声を飛ばす気力も無い。彼は座り込み、意識を失った。

 ……すぐ近くの激しい音に目を開くと、空は明け方、彼が埋れていたゴミの山を収集業者が手際良く収集車に投げ込んでゆく。フルフェイス防毒ヘルメットを被った業者の男がモーティマーに気づいた。「生きてんのかよ!紛らわしいんだよカスが!どけ!」「アイエッ!」モーティマーは蹴り出された。

 彼は今やパンツ一枚だった。彼は困惑し、切れ切れの記憶を再生した。ハイエナじみた浮浪者がモーティマーの衣類を剥ぎ取っていったような気がする。「おおお」モーティマーは両膝をつき、うなだれた。「邪魔!」業者がモーティマーの尻を蹴飛ばした。「グワーッ!」モーティマーは退散!

「腹が……水……せめて水を」モーティマーは譫言めいて呟きながら、幾つか角を曲がった。「助けてよォ……」彼は倒れ込んだ。「もう死ぬ……」重金属雨が激しく降りだした。バシャバシャと水を跳ね散らし、「ああ畜生!いきなり降りだして!濡れちゃう!濡れちゃう!」という声が近づいて来た。

 モーティマーは朦朧と見上げた。ジャケットを頭の上に雨除けめいて翳しながら女が駆けてくる。緑のワンピース・ドレスは豊満な胸を強調し、胸の谷間にはアサガオの刺青。モーティマーの横を通り過ぎ、足を止め、戻ってきた。「あんた、どうしたの?」「……」モーティマーは呟いた「食べ物を……」

 ……三十分後、モーティマーは肩からバスタオルをかけられ、震えながらバーカウンターの椅子に座っていた。「これ、着られるかしら」妙齢の女はメキシコ国旗柄のスウェットを抱え、奥から現れた。「昔の男の服で悪いわね」「ア……」モーティマーは惚けたように口を開いた。「ア……うん、ハイ」

「カレーライスでいい?」「エ?」女はにっこり笑った。「お腹空いてるんでしょ?」答えるより早く、モーティマーの腹が鳴った。「ア……」モーティマーは腹を押さえた。女はくすくす笑った。「すぐにあっためるからね」モーティマーはおずおずとスウェットを着、カウンターに立つ女を見た。

 モーティマーは震える手でスプーンを取り、皿に山盛りに盛られたカレーライスを口にした。「おいしいですか?」女はカウンターの向こうからモーティマーを見た。モーティマーはガツガツとカレーライスをかきこんだ。かきこみながら、彼は号泣した。


【モータードリヴン・ブルース】


 身体を重そうに揺すって「外して保持」のテープを踏み越え、中年デッカーのシンゴ・アモは現場にエントリーした。「ドーモ」マッポが帽子を傾け、アイサツした。「ドーモ」昼の曇り空の下、電線の上にはバイオカラスがすずなりに、おこぼれにあずかろうと見下ろしている……無残な死骸を。

「何件目だ?」「三です、三」続けてエントリーした若いデッカーが補足した。「これ、アレですよね、トコシマに来ちゃったかあ。参りましたね」「他所と合わせて何件だ」「ちょっとわからないですね」「こっちが上、あっちが腰から下」「デスネー、見ればわかります」「あれが右腕」「デスネー」

 そのデッカー、タバタ・ヤスキリは、根本から砕け折れた電柱を指さした。「で、あれが電柱ですね」「ナメてんのか、タバタ=サン?」シンゴが睨んだ。「エッ?」「見りゃわかる!」「それを言うなら右腕も……」「被害者は、アー、ヒキャクかこれは。身元は?」「確認中です」現場マッポが答えた。

「今朝の被害者連中が、アー、ペケロッパに、プッシャー?」「デスネー」タバタは答えた。「被害者それぞれに関連性は無しでしょうかね」「そうだな」シンゴは電柱に近づいた。「ツジギリの類いだろ」「その柱もですよね」とタバタ。「他所では工場が爆発炎上したりしてますよ。派手です」「派手な」

「トコシマ区の境界に検問張ってます」「逃がしちまってもいいのによ」「デスネー」「しょうがねえな」シンゴはオカキバーをかじった。「気に入らねえ感じがするぜ」デスネー」……ザリザリザリザリ……「……」……ザリザリザリザリ……

 ……ザリザリザリザリ……暗黒非合法探偵フジキド・ケンジは、IRC非合法通信傍受システムの表示から顔を上げた。事件現場のマッポビークルからのIRC通信の断片がモニタを流れてゆく。

 複数台のUNIXによって構成される暗黒非合法システムは、ネオサイタマのネットワーク上に「ニンジャ」という単語が流れる瞬間を常時監視している他、マッポやデッカー、ヤクザのネットワークにも一部喰い込み、キナ臭みのある案件や殺すべきニンジャの情報をフジキドにもたらす。

 今回、彼の耳目を引いたのは、ここ一週間のうちに繰り返し発生している殺人破壊事件である。マッポネットのセキュリティレベルは非常に高く、断片的な情報が得られたのは僥倖であった。この破壊行為はなかなかに規模が大きく、単なる場当たりのツジギリ行為とも考えにくい。

 ツジギリ……そう、サイバネティクス武装を用いて市民を殺害するサイバー・ツジギリの頻度は一時期よりもかなり増している。フジキドはそれらツジギリを斡旋するブローカーの存在を追っていた。ニンジャが関わる大規模な闇マネーの流れ。その上流にアマクダリ・セクトの影がある。

 セクトがサイバー・ツジギリを推し進める理由は何であろう?「……」フジキドはバッテラ・スシを上の空で掴み、咀嚼する。今回の件が実際その文脈上にあるか否かを確かめる必要がある。当然、別のニンジャの悪行であれば、これを滅ぼす。単純なフローチャートである。

「実際ポイント・オブ・ノー・リターンに来ています」テレビモニタからはコメンテーター座談会の音声だ。「キョート政府は我々の相互に積み上げた信頼と実績の……」フジキドは席を立ち、トレンチコートを着込んだ。「関税の再設定……露骨過ぎます。侮られたらおしまいだ」

 座談会の右上ではワイプされた国会中継の様子だ。議員達が壇上で争い、揉み合っている。国会はパフォーマンスの場であり、そのやり取りにさしたる意味はない。全てを決めるのはテレビ中継される事のないネオサイタマ議会だ。フジキドはハンチング帽を被る。そして部屋を出た。

 

◆◆◆

 

 ブンブンブー、ブンブンブーブブー。無機質ベース音鳴り響く駐車場管理室の実際狭い室内。ポルノオイランピンナップで埋め尽くされた壁に囲まれ、タバコの吸殻が散乱する机に両足を投げ出して座るのは、管理人のジョミタだ。工場生産アルコールを片手に、酩酊の極み、濁った目でポルノ新聞を読む。

 大通りを進行するデモ隊を一瞥、放屁すると、再びポルノ新聞に目を戻す。「ウィック!こんなお前、ウィック!しょうがねえ悪いボディだお前。娼婦」ブツブツと呟き、合成アルコール酒「高級味」のラベルを爪で引っ掻く。「くせえくせえ」窓を開けると、外の喧騒が飛び込んでくる。

「不当賃金に断固だ!」「負けるものか!」デモ隊をぼんやり眺め、「うるせえうるせえ」再び放屁した。「あの、スイマセン」窓口にサラリマン。「車が出せないんですよ。機械がおかしいみたいで」「ア?」ジョミタはサラリマンを睨んだ。この駐車場ではジョミタが王様だ。「追加料金未払いだお前」

「エッ?」サラリマンは愛想笑いした。「15分しか停めてないんですよね」「ア?」ジョミタはサラリマンを睨んだ。「返さねえぞ車。グダグダグダグダ、学校の先生かお前。全然わからん。倍額払わせるぞお前」「エッ……」「早く払えお前」

「……」サラリマンは憮然としてトークンを余分に手渡す。ジョミタは背中を掻き、解放ボタンを押した。ガゴン!サラリマンは車へ駆け戻り、急いで発進させた。「バカ!」捨て台詞を吐き、走り去る。ジョミタは既に興味を失い、別のポルノ新聞を取った。「いやらしい奴だお前。ウィック」

 大通りではデモ隊の発する喧騒が更に増す。ジョミタは顔をしかめた。「うるせえうるせえ」喧騒が本当に煩いのだ。ジョミタは机の上に唾を吐き、無機質ベース音のボリュームを上げた。やがて、大通りを人々が走ってきた。何人も。何十人も。何事か喚いている。「なんだウィックキキうるせえ。娼婦」

 蜘蛛の子を散らすように人々が走り去り、その十数秒後……車が降ってきた。放物線を描き、管理室の前の道路に叩きつけられたのだ。先程のサラリマンの車であったが、無関心なジョミタはそれには気づかなかった。KABOOOM!車は爆発炎上!ジョミタは口を開けた。「ア?」……悪鬼が現れた。

 ジョミタは窓口から身を乗り出し、確かめようとした。ウォールルルル、ウォールルルル……下腹に響く不快な駆動音、そして炎上する車が発する熱、火の粉。ジョミタは目を凝らした。ウォールルルル……それは人間の二倍サイズはありそうな、鋼鉄製のゴリラじみた巨人であった。

「アーン?」ジョミタは瞬きした。「何かうるせえなマッポ?マッポか?」巨人は相当に不恰好であった。バイクのマフラーめいた巨大なパイプが複数、右肩を覆い、黒い煙を吐き出し続ける。警戒色ストライプに塗られた巨腕はただでさえボディに対してアンバランスに大きいが、拳はその腕よりも過大。

 左腕には巨大な歯車が装着されている。どうもそれはこの巨人にとっての盾のようなのだ。その表面には極太ミンチョ・フォントで黒く「モーター理念」と書かれていた。「モーター、何?」ジョミタは呟いた。「うるせえぞ、お前どっか行けお前」「ピガー!」巨人が頭部スリットから蒸気を吐き出した。

「ドーモ、モーターサスガ、デス」「ア?」ビガビガ……音を立てて赤い複眼が威圧的に点滅した。「ネガティヴ。モーター理念ニ降伏概念ハ無い」「ア?」「ネガティヴ。モーター理念ニ降伏概念ハ無イ」「ア?」「エラー。質問ガ、ループ」「ア?」「排除!」ガゴン!腰部がシリンダーじみて伸びる!

「アー、うるせえうる」「イヤーッ!」KRAAASH!モーターサスガは右腕を振り下ろす!管理人室が石油缶めいてひしゃげる!「アバーッ!」圧死!「イヤーッ!」さらに横薙ぎに繰り出すは左腕の歯車盾!高速回転している!ギュガガガガ、火花が弾け飛ぶ!管理人室を水平切断!ナムアミダブツ!

 ギュウイーンインインイン、奇怪なサウンドを響かせ、モーターサスガは震動した。ガゴン!シリンダー状の腰部が音を立てて収縮。ガゴン!腕が付け根部分で折りたたまれ、背中に沿う形で収納。歯車盾がスライドし、背中に負う形となる。ガゴン!脚部がそれぞれ回転し、逆関節状に変形。

 逆関節脚部が悲鳴のような軋み音を発し、さらに折り畳まれる。カエルが寝そべったような姿勢だ。そこにあるのはもはや巨人ではなく、不恰好極まるスクラップ車両めいた物体だ。接地部分に車輪でもあるのか、おもむろにそれは走行を開始する。ボディを……車体を軋ませ、モーターサスガは逃走した。

 デッカービークルに乗ったシンゴとタバタが破壊と沈黙の現場に到着したのは、そのほんの数分後の事だ。シンゴは窓から身を乗り出し、驚き呆れて、叩き潰された管理人室を見やった。「何だこりゃ」「電柱の次は掘っ建て小屋ですか」とタバタ。「逃げ足早いなあ。どうしたもんですかね?」

「どうッてお前、クルマ、それから小屋」シンゴは指さした。「レスキュー呼べ」「既に呼んでます!痛てッ!」シンゴが丸めた雑誌でタバタの頭を叩いたのだ。「この先!検問は!」「張らせてますけど、間に合わないかも知れませんね、あ痛て」シンゴはタバタを再度叩き、車外へ出た。

「こりゃ一目でアレだ」シンゴは管理人室を前に顔をしかめる。潰れた窓から腕がはみ出している。「デスネー、クルマの方も……」タバタが親指で背後の転倒車両を示す。BOMB!車体が再び何かに引火して爆発!シンゴとタバタは親指を無言で凝視した。

 大通りにはいつの間にか野次馬の人だかりが生じている。近隣の人々が遠巻きに惨状を眺め、あるいは撮影を試みる。「御用!御用!」マッポビークルが割って入り、中から数人のマッポが降り立つと、「外して保持」テープによる隔離を手際良く行う。何ともなしにそれを眺めたタバタの目が細まった。

「タバタ……あン?」シンゴは訝しんだ。タバタは人だかりを押しのけ、路地裏さして走り出していた。シンゴはマッポに二言三言指示を出し、それを追う。「どうした、オイ」タバタは全力疾走である。角を曲がろうとして、残念そうに首を振った。「どうした」「撒かれました」「何にだ」

「いえね、野次馬の一人が、スッと離れたんですよね」タバタは説明した。「せっかく見にきて、もう少しダラダラするでしょ、普通。もう用は無いって様子、あんまりしっかりしてたもんで。何だかこう」「……どんな奴だ」「背が高くて、トレンチコート、ハンチング帽です」


2

「アップ……ダウーン」ゴンゴンゴンゴン……「アップ……ダウーン」ゴンゴンゴンゴン……「アップ……」ブガー!「コンベアーベルト何かがおかしな」マイコ音声が咎める。チーフが上流へ駆け足で向かう。モーティマーは額の汗を拭う。すぐに不具合は解消され、コンベアーベルトが再び流れ出す。

「ダウーン」ガゴン、ガゴン……「アップ……ダウーン」ゴンゴンゴンゴン……「アップ……ダウーン」ゴンゴンゴンゴン……「アップ……ダウーン」ゴンゴンゴンゴン「定時な。デキマシタ!」マイコ音声が告げ、プレスマシンが蒸気を噴いた。流れ出すスカムポップBGM。モーティマーは息を吐く。

 労働者達は陰鬱な半開きの目で工場内を見渡す。やがて監督が小走りで彼らの元へ走ってくる。「残業できますか、二人……」「ハイ!」「ハイッ!」「ハイ、ウマダ=サン、ミト=サンが早かったので決まりです」「や、やった!」ミトがガッツポーズした。モーティマーは上げかけた手で頭を掻いた。

「こればっかりは早いモノ勝ちよ。気合いよ」ウマダが隣のモーティマーに言った。「賃金いただきだぜ」「……」モーティマーは汚れたタオルで汗を拭いた。この鋼板プレス工場の仕事受注状況は厳しく、労働者に割り振られる仕事も不足しがちである。残業ともなれば、もはや労働者間で取り合いだ。

 ここでの工程に技術や知識は必要無い。腕っぷしがあればよい。幸いモーティマーはアメフト選手じみた恵まれた体格の持ち主であり、この仕事に適応する事は可能だった。彼の肩の筋肉は今や、単純労働の反復を通してパンパンに張りつめている。泥のような反復だ。

 ここでプレスするパーツは自動車の部品になる。よくは知らない。そこかしこに「安全にしないとあなたの責任を追求する」「努力目標」と威圧的なミンチョ文字が書かれている。モーティマーは労働者の列に混じり、更衣室に向かう。

「畜生、もっと働きてえよ」「俺だってだ」「今月どうなってんだ」「これじゃ水道も止められちまう」列前方で陰鬱な会話が聞こえてくる。背後ではコンベアーベルトが一部、再稼働。「残業ガンバロ!」のマイコ音声だ。モーティマー達は一刻も早くこの場を去る事を求められる。

 モーティマー達には知る由もないが、この工場の受注が減った事には理由がある。社長が元請け会社をオイラン接待する場でしくじったのだ。社長はケジメしたがビジネスのダメージは大きかった。ライン作業員は厳密な時給労働だ。仕事が無ければ賃金も無い。工場は今月末を越えられるだろうか。

 工場ではシビアに定められた作業量を達成することが求められる。キャッチアップできなければ時給にペナルティだ。ただでさえ確保できる労働時間が少ないのだ。そうなれば死活問題である。そこにあるのは、無給の残業を課せられカロウシと戦わされるホワイトカラー・サラリマンとは異なる形の苦役だ。

 モーティマーはかつて、へつらう下請け役員を相手に威張り散らし、後頭部を踏みつけ、オイランを手配させ、女体盛りをさせ、オスモウをさせ、ケジメさせ、セプクさせる側の人間だった。この工場の苦境は、いわばモーティマーが行ってきた傍若無人の鏡写しである。だが彼がそれを知る事はない……。


◆◆◆


 ……更衣室!「オイ!俺のトミクジどこやった!クソ野郎!」「エッ?」モーティマーは怒鳴り声の主を見た。モーティマーと同じぐらい体格の良い髭面の男は、確かにモーティマーに対して罵ったのだ。隣のロッカーを使っていた男である。「トミクジ?」「返せオラー!」「エ?僕は知らないぞ」

「俺、俺のロッカーの中のここ!ここに!貼っておいたんだよ!ビニールにいれて!ビニールに!」「トミクジだと?だいたいロッカーの中にしまっていたなら僕が出せる事もないだろ!初めから!」室内の他の労働者は争いに巻き込まれぬよう露骨な注目を避け、しめやかに互いの目を見交わすばかりだ。

「屁理屈言ってんじゃねえオラー!俺がさっき右を見たとき、絶対お前が盗った!」髭面の男は涙を滲ませた。「あれに未来を賭けてたんだよ!生活なんだよ!」「言いがかりだ!フザケルナ!」モーティマーは激昂し、髭面男の肩を押した。「ナンオラー!」髭面の男は押し返した。「スッゾオラー!」

「ヤメロ!」「スッゾオラー!」「ヤメロ!」「スッゾオラー!」押し合いが続く!その時だ!髭面男の尻ポケットからチケットめいた紙がひらりと床に落ちた。更衣室の時間が止まったように思えた。髭面男はモーティマーを睨みながら身をかがめ、拾い上げた。「……。アー。あったわ」

「バカハドッチダー!」モーティマーの顔が瞬間的激怒で紅潮!髭面男の顔面にパンチを叩き込む!「グワーッ!」「バカハドッチダー!」「グワーッ!」「バカハドッチダー!」「グワーッ!」ドカドカと鉄靴を鳴らし、警備員が踏み込んできた。「ヤメロ!」「グワーッ!」モーティマーを棒で叩く!

「ウオオーッ!」ナムアミダブツ!それは何たる原初の憎悪と敵意を剥き出しに人々が獣じみて吼え猛り相争うマッポーの一側面の顕現であったことか!殴り、殴られる!「畜生ーッ!」モーティマーは叫ぶ!「畜生ーッ!」髭面男が叫ぶ!「ウオオオーッ!」労働者が、警備員が叫ぶ!ナムアミダブツ!

 片目を充血させ、歯茎から血を流し、遮二無二食らいつき、腕を振り回し、モーティマーは争いの音を遠くに感じている。やがて静寂の中で彼の怒りと不本意と呪いがニューロンに木霊する。こんな事があってたまるか。僕は社長だ。僕は偉い。こんなのはおかしい。許せない。絶対に!絶対に!絶対に!

 

◆◆◆

 

 KABOOM!横倒しになったカンオケ・トラックの黒い車体が炎を噴いた。激しい雨の中、厚い黒煙が上空へ立ち昇る。フルタマ・プロジェクト第一区画。老朽化した無機質な高層住宅群を背後に、バリケードを張った市民達は意気をあげ、企業防衛隊と睨み合った。

 廃材や鉄パイプで組み上げられたバリケードには複数のノボリ旗。「アンタイ悪い社会」「市民の怒る心」「駄目だ!」といった決断的文言が雨風に踊る。市民達はヘルメットを被り、なかにはアサルトライフルを持った者まで居るのだ。リーダーと思しき若者が拡声器を手に、バリケード上に立つ。

「抑圧企業者!今すぐ我々の居住権を公に認める約束をし、本書にサインせよ」若者は雨の中、防水クリアケースに収められた誓約書を掲げた。「それとも我ら市民軍の更なる勇猛武力の大進撃を見たいか!」「そうだ!」「俺らの家は立ち退かないぞ!」「粉砕骨折!」あちこちから叫び声!

「アー君達ね、交渉の余地を残そうじゃないですか」スーツの上から現場主義的アトモスフィアを漂わせるブルゾンを着た中年サラリマンが車載スピーカーのマイクを握り、蜂起市民達を見上げた。「そもそもそのプロジェクトはアレです、賃貸物件でしょ。わかりますか?」「文化的生活の権利侵害!」

「侵害ってあなたね、我々はオムラ社から権利を引き継いで以来、しっかりやってきたでしょう。暖かい食事と生活。安定ですよ。この不安定な世の中に貴方達はとても安定してる」「欺瞞!」「企業!」「オナタカミは第二の悪!」「オムラ再来!」「首を挿げ替えただけの悪!」次々に野次!

「君達オナタカミ社は、結局我ら市民を監獄的居住施設に押し込め、奴隷労働的画一的工場労働装置の一部品として扱う意図を持つのみである」市民リーダーが言った。「この悪しき抑圧システムは断固徹底粉砕してゆく。退廃オムラインダストリの崩壊と市民勝利は我らの決断停止を一切意味しない」

「じゃあどうすればいいんですか、エッ!?明け渡せというのですか?」「当然だ」市民リーダーは言った。「オムラインダストリの欺瞞的プロジェクトは法に則っていない。詐欺的違法契約は一切を無効とし、市民に発生した居住権が自動的に再確認される。オナタカミ社は手を引くべし!」

「道理にかなっていない!オムラの所有物は我が社が継承……」「欺瞞企業!」「恥知らず社員!」「闘争!」「革命!」訓練された者達による対応スローガンが発せられ、オナタカミ社員の声を遮った。市民リーダーの隣に別の市民が立った。「俺たちは連帯してるんだ!この住宅地だけだと思うなよ」

「ヌウーッ」サラリマンがマイクを握りしめ、唸った。「イッキ・ウチコワシの入れ知恵など!」ガゴーン!企業側で待機していた二機の「モーターヤブ再び改善」が威圧的にその場ジャンプを行い、威嚇を開始!サラリマンは叫ぶ。「我々は最大限譲歩するつもりでいた。だが徹底的にやる気なら……」

「バオーッ」雨天を切り裂く咆哮が割って入った。サラリマンと蜂起市民は一瞬凍りついた。プロジェクト区画と工場を隔てる川の中から、飛沫を上げてなにかが飛び出した。「ピピピ」モーターヤブ再び改善の一機が機首を巡らせ、そちらを向いた。間欠泉めいて噴き上がった川の水が地面に落ちてくる。

 上から叩きつけられる水の中、その怪物はモーター駆動音を轟かせ身をもたげる。ウォルルルルルル!「何……」サラリマンは身構える。「ウチコワシの増援か」「悪逆企業!」バリケードから市民が叫んだ。「更なる武装投入で平和的団体交渉の破壊工作をやはり行うか!全部を録画しているぞ!」

「何をバカな。むしろお前達の狂言行為が疑わしい!」サラリマンは叫び返し、オナタカミ社用装甲車に駆け込んだ。モーターヤブ再び改善は二機ともこのゴリラじみた謎の巨大機械に両肩と両腕の武装を向け、オジギ的動作を行った。「「ドーモ。モーターヤブ再び改善です。即時正当防衛できます」」

「ドーモ。モーターサスガ。デス」ゴリラじみた巨大機械はアイサツを返した。「モーター理念ハ!トニカク敵ヲ破壊スル!」ウォールルルルルルル!破壊的モーター音!赤い複眼が雨に赤い光のコーンを生ずる!「「正当防衛開始!」」BRATATATAT!モーターヤブ再び改善が機銃掃射で対応!

 ガゴッ!ガゴッ!アスファルトに亀裂を残しながら、モーターサスガは銃撃の中を突進する。左腕の巨大な歯車盾を掲げ、銃撃を跳ね返す!「アバーッ!」跳弾がバリケード上の市民の一人に当たり殺害!「イヤーッ!」「ピガーッ!?」ハヤイ!モーターサスガの強烈なパンチがヤブ再び改善を捉える!

 横面に強烈な打撃を受けたヤブ再び改善はその場で横倒しに!「アバーッ!」サラリマンの一人が下敷き死!ウォルルルルルル!モーターサスガは左腕を振り上げる。歯車盾が火花を撒き散らし、高速回転!倒れたヤブ再び改善に振り下ろす!「イヤーッ!」「ピガガガガガ!?」

 臓腑を割かれるツキジ解体マグロじみて、ヤブ再び改善は激しく痙攣!容赦なき歯車盾の切断攻撃は止まず、ついにはその鋼鉄ボディを分断した。「ピガーッ!」もう一機のヤブ再び改善がモーターサスガの背部にロケット弾を発射!KABOOM!爆発が生じ、モーターサスガが怯む!

 だがモーターサスガは爆発に耐え、転倒を免れた。その巨大な右腕を壊れたヤブ再び改善に突き刺し、配管チューブパイプを引きずり出す。ナムアミダブツ!黒いオイルにまみれたパイプは臓腑めいてゴアだ!「イヤーッ!」振り向きざま、もう一機のヤブ再び改善に投げつける!「ピガーッ!」

「ウ、ウオオーッ!?」バリケード市民達の反応は二つに分かれた。突然現れオナタカミのマシーンに戦いを挑んだこの怪物を革命闘争存在と看做し快哉する者たち。そして訝る者たちだ。前者はナイーブな末端運動員。後者は今回の作戦を把握しているリーダー達である。当然、こんなものは想定外だ!

 BRATATATATAT!ヤブ再び改善は執拗な機銃攻撃をモーターサスガにくわえる。モーターサスガは歯車盾を掲げ、これを防御!そのさなか、歪んだ背部装甲が軋んだ音を発すると、装甲板を音立てて排出した。装甲の下から謎めいたライトが現れ、ホログラムじみて金色の光を天に投げかける!

 ナムサン!雨の空にホログラムめいて浮かび上がった金色の照射光表現、それはまさに雷神のエンブレム……なんたる事か!オムラ・インダストリの社章である!ALAS!それは悪夢じみた企業亡霊の名乗りか!

「オムラだと?邪悪企業!」市民リーダーが驚愕し目を剥いた。「おのれオナタカミ……名実ともに旧支配企業の傀儡であった事を今や隠しもしないか!茶番デモンストレーションなのか!?」だがオナタカミ社員もまた困惑の極み!装甲社用車を発進させる!「撤収だ!本社に報告……」「イヤーッ!」

 モーターサスガは逃走オナタカミ車両めがけ、歯車盾を縦向きに投げ放った!ジゴク大車輪殺戮絵図じみて歯車盾はアスファルトを切り裂き、そのままオナタカミ車両を……真後ろから両断!ガリガリガリガリ、KABOOOOM!「アバーッ!」ナムアミダブツ!

 TATATATAT!ヤブ再び改善の執拗な機銃攻撃!盾を投げつけたモーターサスガの機体がまともにこれを受ける。装甲が歪んでいく。ガゴッ!ガゴッ!ガゴッ!モーターサスガは怯まず、ヤブ再び改善めがけ着実に接近!「イヤーッ!」右拳!「ピガーッ!」「イヤーッ!」左拳!「ピガーッ!」

「イヤーッ!」「ピガーッ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」ゴウゴウゴウ!後ずさるヤブ再び改善を前に、右拳を構えたモーターサスガの肩マフラーが大量排気!「イヤーッ!」右拳を叩き込む!ヤブ再び改善のボディを貫通!「ピガガガーッ!」

「ヤッター!」「敵が退散だ!」バリケード市民が喝采した。「バカな!オムラインダストリの社章だぞ!その敗北主義的幻想を自己批判せよ!」リーダーが厳しく叱責した。彼は町会長に呟いた。「何かまずい」町会長は頷いた。「契約も勝ち取れなかったぞ。あいつは何……アイエエエエ!?」

 モーターヤブ再び改善をその手に貫いたまま、モーターサスガは腰部シリンダーを高速回転させた。そして遠心力を載せたモーターヤブ再び改善を、バリケードめがけ投げつけた!KABOOOOM!「「アバーッ!?」」市民リーダー、町会長ともに爆発に巻き込まれ即死!

 ガゴッ!ガゴッ!ガゴッ!モーターサスガがバリケードに突進!「アイエエエエ!?」事ここへ至り異常事態に気づき、蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ惑う市民!「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」ナムアミダブツ!ナ……ナムアミダブツ!

 

◆◆◆

 

「ミャオーウー!」ドア招き猫ベルが奥ゆかしい電子音で来客を告げた。カウンター奥で妙齢の女性が顔を上げた。「あらドーモ」「やってます?」タバタは片手をノーレンにかけた姿勢で静止し、確認した。「まだだけど、もう開けるからいいですよ」女性の豊満な胸の谷間にはアサガオの刺青があった。

「何にします?」女性は氷をピックで砕きながら微笑んだ。「ジンジャーエールをください」タバタはカウンター席にかけた。「飲めないんです。苦手でして」「あらまあ。何か食べます?」「そうですね」タバタはプラスチック加工されたメニューを眺める。

「雨の中の大惨事、血の惨劇、凄まじい」店内のテレビモニタが事件速報報道を流し始める。「フルタマ・プロジェクト第一区画における団体交渉は、恐るべきテロリストの乱入によって最悪の結果……」「あら嫌ね」女店主が眉をしかめた。タバタも険しい顔でモニタを注視する。「……デスネー」

 ジンジャーエールをタバタに渡すと、店主は小首を傾げて尋ねた。「お料理何にしましょう?」「それじゃタコスを……」「タコス、アイ、アイ」女店主は手際よく食材を冷蔵庫から取り出しキッチンに向かう。「お客さん、この辺の人じゃないね。お仕事しに?」「そんなところです」タバタは微笑んだ。

「現場には犠牲市民の録画装置が残され……これが復元できた映像ですが……」「……」タバタは粗い録画映像を注視する。グラスを握る手が白い。「ミャオーウー」招き猫音が鳴り、戸口に立った新たな客がノーレンを持ち上げた。「やってます?」「あら!」店主は顔を輝かせた。「ずぶ濡れじゃない」

「……降られたんだ」大柄な男は微かに震えながら入店した。「ドーモ、アサガオ=サン」「ドーモ、モーティマー=サン」刺青と同じアサガオという名で呼ばれた店主はタオルを持って彼の元へ歩み寄る。「まあ、怪我も……?」「うん。ちょっと」男はタオルを取った。「ちょっとあって」


3

「続いては、タマ・リバーに今年も現れた三匹のラッコについてです。カワイイ!」ニュース番組と外の雨音を環境音に、壁のポスターを何を見るともなく見やるタバタは、ほとんど店内の静物じみていた。「ちょっと久しぶりじゃない?」アサガオはモーティマーを壁際の席に促した。

「ちょっと待ってね」アサガオはカウンターへ戻り、出来上がったタコスの皿をタバタに手渡した。「うちはタコスおいしいのよ」アサガオはにっこり笑った。「ドーモ」タバタは頷き、一つを手にとった。「うん。美味ですね」「でしょう?ふふふ」彼女はそのまま奥へ引っ込むと、薬箱を手に戻ってきた。

 彼女はモーティマーのもとへ駆け寄り、額に手を触れた。「ほら。見せて」モーティマーは落ち着かなげに、もぐもぐと言葉にならない受け答えをしたが、逆らわなかった。アサガオの手際は良かった。ヨードチンキを含ませたガーゼを口元に当てられると、染みたのか、大柄な男は微かに震えた。

「ムゥ……」「いいのよ、もっと来てくれても」医療経験者であろうか?それとも、この地域ではこの手の負傷インシデントが頻繁なのであろうか。適切な処置である。「ああ、これくらいでいい」モーティマーは制した。アサガオは尋ねた「何がいい?」「ケモ……ケモビールを」「アイ、アイ」

「ねえ、あれからどれ位経ったかしらね」ケモビールサーバーを操作しながら、アサガオはモーティマーに話しかける。「あの日、あなたってば……」「昔の話だろ」モーティマーは遮った。タバタの事を気にしているのだろう。「あらまあ」アサガオは微かに笑った。そしてケモビールを置いた。

 タバタは次のタコスに行く前に、思い出したように、オシボリのビニールを破き、顔を拭いた(温めたオシボリは、この手のどんな店にも置かれているものだ)。アサガオとモーティマーの会話は他愛のないものだ。タバタはオシボリを置き、横目でモーティマーを見る。ケモビールを勢いよく飲む仕草を。

 イッキである。ジョッキを一息で飲み干したモーティマーは、荒っぽくテーブルに空のジョッキを置いた。小さな目には熱っぽい光がある。憔悴、あるいは抑えた怒り、そうしたものが。タバタの口元に持ってきたままのタコスの端から、トルティーヤがボロボロと皿にこぼれた。「いけね……」

「ケモビール……オカワリ」モーティマーがアサガオに言った。アサガオはやや肩を竦め、サーバーを再び動かした。……ミャオーウー。再び招き猫音声が鳴り、新たな来客を告げる。「やってます?」の声もなく、ノレンを跳ね除けるようにしながら、彼らはシツレイなエントリーをしてきた。「ドーモ!」

「ドーモ!」「ドーモ!」男たちは三人。一人はストライプ状にリベットを打ち込んだスーツを着、目には埋め込み式のサングラス。一人は素肌にオーバーオールを着た危険な巨漢。一人はスキンヘッドで、頭皮に「強み」と刺青されている。まともな稼業でない事は明らかだ。「ようアサガオ=サン!」

 アサガオの表情が曇った。「なんの御用ですか?」「いやね?伯父さんがね?アンタのね?伯父さんがね?やっぱりね?伯父さんがね?」ストライプリベットスーツ男が顔を斜めに傾け、アサガオに近づく。「やっぱりね?無理なんだって!助けて欲しいんだって!唯一の肉親にね?アサガオ=サンにね?」

「関係ありません」アサガオは震え声で言った。リベットスーツ男が大声で遮った。「アーッ!マッポー!血も涙もない話だぜ!」オーバーオール男がしかめ面で唸った。「ウーッ!」スキンヘッド男が地団駄を踏んだ。「このアマ!?アニキ、俺許せねえよ!家族が大事だぞ!許せねえ!」

「ウーッ!」オーバーオール男がいきなり戸口の招き猫を掴んで引き剥がし、床に叩きつけると、ストンピングを繰り返した。「ウーッ!ウーッ!」「ミャオピガガー!」「ちょっと!」「何するかわかんねえよマユミは!」リベットスーツ男が言った。「正義感が強えから!気は優しくて力持ちだから!」

「何見てッコラー!」スキンヘッド男が招き猫の腕の破片を拾い、タバタに投げつけた。「アイエッ!」タバタは身を竦めた。皿のタコスに破片が飛び込む。「伯父さん助けてやってよ。な?」リベットスーツ男が猫撫で声を出した。「今日はあるだけ出せばいいから今日は。今日はいいから」

「ぜ、絶対に」アサガオは叫んだ。「払わないってんだオラー!あんなクズ、野たれ死にさせときなッてんだよ!」リベットスーツ男の肩を押す!「グワーッ!」リベットスーツ男は床に倒れ込んだ。「グワーッ!グワーッ!助けてくれ!グワーッ!」「ウーッ!」「テメェこのアマ!正当防衛前後だ!」

 アナヤ!なんたる非道か!読者諸氏におかれては、決してこのヨタモノに騙されぬよう!床でのたうちまわるリベットスーツ男は無傷!この仕草自体、慣れたものなのだ。これは暴行を先んじて加えられた事実を捏造し、正当防衛名目で非道をはたらくための演技である!「グワーッ!グワーッ!」

「奥へ行こうぜ!」スキンヘッド男がアサガオの腕を掴んだ。「やめ……」アサガオが抵抗する。「お前らバカども!」椅子を蹴って立ち上がったのはモーティマーだ!「ふざけた茶番グワーッ!」モーティマーは顎を蹴られて吹き飛び、テーブルをひっくり返して倒れた。

 ナムサン!強烈なハイキックを繰り出したのは、ケロリとして起き上がったリベットスーツ男であった。片脚を上げ、膝を曲げている。ムエタイの構えである。「激しい身の危険を感じた!正当防衛だぜ。なァ?そこの兄ちゃんよォ」タバタを見、「テメェ文句ねえよなぁ?正当防衛されたくねえよなあ?」

「ええ、ちょっと勘弁してほしいですね……」タバタは日本的な、困ったような曖昧な笑みを浮かべる。モーティマーは起き上がろうとする。そこへオーバーオール男が飛びかかり、馬乗りになってマウントパンチを繰り出す!「ウーッ!」「グワーッ!」「ウーッ!」「グワーッ!」

「やめて!お願い!」「じゃあ奥へ行こうぜ」スキンヘッド男が腕を引いた。「いいだろ?イイよなぁ!」「ヤメテ……」アサガオは嗚咽した。「ウーッ!」「グワーッ!」「ウーッ!」「グワーッ!」「ほらな、こんな事になっちまったよ、アサガオ=サン。あんたが悪いから」とリベットスーツ男。

「参ったなあ、参ったなあ……」タバタは呟いた。「こんなの、参ったなあ……」「あーン?タコス食ってろ、兄ちゃんよ」リベットスーツ男が凄んだ。タバタはアサガオを見た。「あの……どうしましょう」アサガオは乞うようにタバタを見返した。タバタは立ち上がった。

「だって、これ仕方ないですよ……シンゴ=サン」タバタは呟いた。「ウーッ!」「グワーッ!」「ウーッ!」「グワーッ!」タバタはケオス状況の店内をしめやかに歩く。そしてモーティマーを殴り続けるオーバーオール男の肩に触れた。「あの、死んじゃいますんで、やめませんか」「ウーッ!」

 オーバーオール男はタバタの手を跳ね除け、マウント状態から立ち上がると、振り向きざまのパンチをタバタの左頬に叩き込んだ。「グワーッ!」「グワーッ!?」「「エッ」」リベットスーツ男とスキンヘッド男は呆気に取られ、口を半開きにした。タバタの腕がオーバーオール・パンチと交差している。

「ムン」顔面にタバタのカウンター・パンチを受けたオーバーオール男は白目を剥き、膝から崩れ落ちた。タバタは左手をブラブラと振り、折れた奥歯を床に吐いた。「痛え……」

「ザ……」リベットスーツ男とスキンヘッド男は目を見合わせた。リベットスーツ男に目配せされ、スキンヘッド男がタバタに向き直った。アサガオを突き飛ばし、飛び出しナイフを構える!「ザッケンナコラー!」「シュッ!」「グワーッ!?」「シューシュシュ!」「グワーッ!」

 ハヤイ!目にも留まらぬジャブからのストレート打撃がスキンヘッド男に続けざまに叩き込まれる!「ムン」スキンヘッド男が白目を剥き、膝から崩れ落ちた。「テメッコラー……正当防衛ムエタイの力受けてみッコラー……」リベットスーツ男が油断なく間合いを取る。

「さっきから正当防衛、正当防衛ってアンタ」タバタはネクタイを緩めた。「誰の入れ知恵だか知らないけどさ、無理があるって」タバタの後ろではアサガオに抱えられるモーティマー。朦朧としていたが、揺さぶられて意識を取り戻す。アサガオは泣いていた。

「アンタ、もうやめとけ」タバタは言った。「アッコラー!?」リベットスーツ男が威嚇する。タバタは逡巡した後、告げた。「俺は詳しいんだ。俺はな、デッカーなんだよ。血も涙もない警察権力だ」「アッ、……コラー!?」リベットスーツ男は目を白黒させた。事実を飲み込むのに時間を要している。

 タバタは顔をしかめた。もう一度心の中で詫びた。(((でも、しょうがないですよ、これ。どうしようもないですよシンゴ=サン)))……そして、知る由もない、デッカーという単語を耳にしたアサガオが、彼の背後で凍りついた事を。「しょ……」リベットスーツ男が言った「証拠見せろや……」

「……」タバタはデッカー手帳に手をやった。「隙あり!」リベットスーツ男が瞬時に踏み込む!「デッカーだろうが結局お前を証拠隠滅重点すればお咎め無しグワーッ!?」ナムサン!ショートアッパーがリベットスーツ男の顎を捉える!「ムン」リベットスーツ男が白目を剥き、膝から崩れ落ちた。

「……アー、取り敢えず、僕はこの地域のデッカーじゃないんで、電話した方がイイです、その……」タバタはアサガオを振り返ろうとした。その後頭部へ力任せに振り下ろされる椅子!「グワーッ!?」タバタは予想外の打撃を受けて膝をついた。やったのはアサガオ!「逃げて!」モーティマーに叫ぶ!

「ウ……」モーティマーはタバタとアサガオを交互に見た。「逃げてッ!」「ウ、ウオオオーッ!」「グワーッ!」立ち上がろうとしたタバタにショルダータックル!吹き飛ばす!「グワーッ!」タバタは別の机に倒れこむ!机の上の胡椒瓶の中身が降りかかる!「グワーッ!ゲホーッ!」「ウオオーッ!」

 モーティマーは店外へ、雨の中へ飛び出す!「ウオオオーッ!」彼は遮二無二走り出した。付近の駐車車両の助手席、シンゴがその様を見咎めた。「あン!?」整理すべき情報が無数に飛んできた事にシンゴは眩暈を覚えた。車を発進させようと一瞬検討し、止めて、車外に飛び出した。「オイ待てッ!」

 シンゴは食べかけのチョコバーを投げ捨て、モーティマーの後を追って走った。モーティマーは狭い路地裏に入り込む。シンゴは毒づいた。「畜生、いきなり本人か畜生!」バイオネズミを飛び越え、「タバタの奴、下手こいたのか!?」「ウオーッ!」モーティマーが路地をふさぐトタン板によじ登る!

 モーティマーは向こう側へ飛び降りる!「オイ待てッ!」シンゴもためらう事なくトタン板に飛びつく!トタン板がシンゴの飛びつきによって耐久限界を迎え、そのまま奥へ折れながら倒れる!「グワーッ!?」シンゴは頭を振って起き上がる。「何だッてんだ!」そして小さくなるモーティマーの後姿!

 シンゴは再び駆け出す!「ハァーッ!ハァーッ!畜生!ハァーッ!」坂を下り、汚い水路を右手に、さらに奥へ、「美人センタこの少し先よ」のネオン看板をくぐり、ビルとビルの隙間の通路へ……少しずつモーティマーの背中が近づく!だが、その時!前方の脇道から何者かが現れ、立ちはだかった!

 シンゴはその場で足踏みし、デッカーガンに手をかける。「どけ!こちとらデッカーだ。邪魔するんじゃねえぞ」「デッカー……?」人影は不気味に無機質な声を発した。シンゴの首筋に鳥肌が立った。現場の勘が、彼に死の危険を告げる。なぜなら、立ちはだかったのはニンジャである!

「デッカーはデッカーだ!どけ!」シンゴはデッカーガンを構える。不気味なニンジャは少しも怯まず、オジギを繰り出した。頂上部に向かうにつれて徐々に直径の小さくなるピラミッド状に重なった円柱型ニンジャヘルムが恐ろしげだ!「ドーモ。はじめまして。スコーチャーです」

 BLAM!BLAMBLAM!デッカーガンが火を吹いた。「イヤーッ!」スコーチャーはブリッジを繰り出し、銃弾を回避!素早く起き上がり、両腕を威圧的に翳す。その両手首には青いバーナーじみた炎が灯っている。「よすがいい、非ニンジャ。こんがり焼かれて用水路に捨てられる運命は惨めだぞ」

「そいつはゴメンだ」シンゴは間合いを取った。「何を企んでやがる」ボウウウ!手首からの威嚇的な火炎放射がシンゴのすぐ目の前の地面に届く!シンゴはさらに後ろへ飛び離れた。「デッカーよ。貴様はどうやら秘密に近づきすぎた。だが……どこまで貴様らの捜査が進んでいるかを知る必要があるな」

「ここで俺を消したら後々面倒だぞ、スコーチャー=サン」シンゴは銃を構えたまま言った「俺は一人じゃねえんだ。デッカーは身内の復讐には100倍気合いを入れるぜ」「デッカー……フフン!」ボウウウ!スコーチャーは頭上に手首を向け、威嚇的な火炎放射を行った。「その身内とやらは何処だね」

「通信が通じてる」シンゴは言った。「周囲にマッポ、デッカー、大勢待機してるぜ。大捕物だ。俺の号令一下、そいつらが……」「フフン。どうやら必死」スコーチャーのサイバネティック・ニンジャヘルムが縦横の切れ目の奥でLED光を走らせた。「俺が感知したところ、貴様にLAN接続は無い」

 シンゴは溜息をついた。「最近のテクノロジーには奥ゆかしさが足りん」「その様子!地域管轄者との連携も取れておらぬのでは?」スコーチャーのLED眼光がビカビカと油断なく輝いた。図星である。シンゴは呻いた「答えなくてもいいか」「フフフフ!モスキート・ダイブ・トゥ・ベイルファイアな」

 ザクザクとゴミを踏み分け、スコーチャーがシンゴにゆっくりと接近する。ボウウウ!ボウウウ!威圧的火炎放射が行われるたび、ビル壁に挟まれた狭い路地裏空間がオレンジに照らされる。シンゴは後ずさる。だが、ナムサン……後方の路地裏出口を塞ぐように、複数の影。クローンヤクザである。

「俺をどうする、スコーチャー=サン」シンゴは尋ねた。スコーチャーは無機質な声で返した。「モーターサスガから手を引け。そして今すぐ貴様のデッカーIDを渡せ。記録をコピーし監視対象とする」ボウウウ!ボウウウ!「平穏なデッカー・ライフをくれてやる。今後常に捜査状況情報を横流しせよ」

「……成る程な」シンゴは額の汗を拭った。ブツブツと呟いた。スコーチャーは一歩前に出た。「何だ?はっきり話せ」「条件がある」「条件だと?思い上がるな」スコーチャーが言った。「だが申してみよ」「その腕のバーナーだ」「何?」「今度家族でバーベキューをやるんだ。貸してくれねえか」

 BLAMBLAMBLAM!言うなり、シンゴは横跳びに地面に転がり連続射撃!「イヤーッ!」スコーチャーはバック転でこれを回避!「「「スッゾオラー!」」」後方から撃ち込まれるチャカ・ガンをシンゴはそのままうつ伏せ回避!スコーチャーは再度バック転してこのフレンドリーファイアを回避!

 ここまではよし!だがこの先は……根性だ!シンゴはスコーチャーを銃撃しながら身を起こし、今度は素早く振り返ってクローンヤクザ達を撃った。BLAMBLAMBLAMBLAM!「グワーッ!」「グワーッ!」当然チャカ・ガンの撃ち返しも過酷だ!数発がシンゴの身体を掠め、傷を創る!

 シンゴは呻き、壁に張り出したパイプをかろうじて陰にした。チャカ・ガンの射撃は後方のスコーチャーに対する牽制にもなる。ニンジャといえど、この状況下ではスコーチャーもそうそう近づけはすまい。脇腹に受けた銃弾が辛い。貫通し、血の染みが拡がっている。次はどうする……。

「イヤーッ!」スコーチャーが右腕を前に突き出す!BOOM!撃ち出されたのは火球!シンゴは目を剥き、パイプの陰から転がり出た。KABOOOOM!「グワーッ!」狭い路地裏に炎の塊がぶちまけられた!直撃は逃れたが、コートに炎が移る!「グワーッ!」シンゴはなおもクローンヤクザを銃撃!

 BLAMBLAM!BLAMBLAM!「グワーッ!」「グワーッ!」「撃ち方やめてよし!」スコーチャーが指示すると、クローンヤクザ達は銃撃を止めた。シンゴは生きている。「ミスったなァ……」シンゴはボヤいた。「ヤキが回ってやがる」「ニンジャを舐めるべきではなかったな、モータル」

 背中にも新たな傷!スコーチャーはゆっくりと近づき、シンゴの手からデッカーガンを蹴り飛ばす。「グワーッ!」「さて、残念ながら俺のサイバネティック・カトンをお前に貸してやることはできん。バーベキュー・パーティーは自分で頑張るといい。もう一度きこう。条件を飲んでくれるかね?」

「グワーッ!」シンゴは地面をのたうち、コートの火を叩き消した。「条件を飲んでくれるかね?」ボウウウ!スコーチャーはシンゴの顔の横の地面を焼いた。「グワーッ!」「条件を飲んでくれるかね?」クローンヤクザ達は後ろで手を組み、無表情に見守っている。全員が同じ顔立ちで、同じ仕草だ。

 ……彼らが一斉に、訝しむ表情を作った。彼らの視線はスコーチャーの背後だ。スコーチャーは肩越しに振り返った。……先程彼がエントリーしてきた脇道から、何者かが進み出てきた。スコーチャーのLED眼光が油断なく輝く。彼はカラテ警戒した。その者もまた、ニンジャだったからだ。赤黒の。

「交渉条件がうまくいかんでも、そう悲観する事は無い、デッカー殿。そしてスコーチャー=サン」歩きながら赤黒のニンジャは低く言った。「何だと?」スコーチャーの無機質な声に警戒心が満ちた。「貴様まさか……」「バーナーを貸せぬか?ならばその身体から引き剥がす作業は、私が引き受けよう」

「貴様は、ニンジャスレイヤー=サン!」スコーチャーの無機質音声が動揺した。ニンジャスレイヤーはアイサツした。「ドーモ、スコーチャー=サン。ニンジャスレイヤーです」そして傷ついたシンゴを見た。「しかしデッカー殿。引きちぎられたニンジャの腕は、家族団欒の場には相応しくあるまい」

「もう何でもいい、どうにかしてくれ」シンゴは仰向けになり、荒い息をつく。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。スコーチャーです」スコーチャーはアイサツを返す。「ベイン・オブ・ソウカイ・シンジケートも今やマッポの犬か」「通りすがりだ」ニンジャスレイヤーは答えた。「だが貴様は殺す」


4

「俺を殺す?絶対不可能!イヤーッ!」スコーチャーが先手を打って仕掛けた。翳した両手からバーナーが噴射される!アブナイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは地面に這うほどに姿勢を低く保ち、滑るように接近する。スコーチャーのバーナー炎は上へ巻き上げられ、期待した効果をあげられない!

「なに!卑怯な……」スコーチャーは怯んだ。咄嗟に火炎放射を取りやめ、両腕でガード姿勢を取る。「イヤーッ!」「グワーッ!」そこへ突き刺さる低姿勢チョップ突き!スコーチャーのガードがコンマ数秒遅ければ、彼の心臓が摘出され死に至った事であろう。九死に一生を得たが、右腕バーナーが損壊!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの逆の手がジゴクめいたショートフックを繰り出す!「グワーッ!」スコーチャーは脇腹を打たれ、後方へ飛び下がってダメージを逃す!そのままクルクルと空中で回転し、ビル側面の配管を掴んでぶら下がった。クローンヤクザを振り仰ぐ。「やれ!撃ち方!」

「スッゾー!」BLAMBLAMBLAM!指示を受けたクローンヤクザ達が一斉に銃撃を開始する。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは短距離回転ジャンプで立ち位置を移すと、恐るべき速度で両手を動かし、弾丸を弾き、あるいは摘み取りはじめた。……彼の陰には傷つき倒れたシンゴがいるのだ!

「ヌゥーッ!」シンゴは射線を遮るように立つニンジャスレイヤーを横目に、地面を這い、蹴り飛ばされたデッカーガンを再び掴んだ。ニンジャスレイヤーは銃弾防御に専念!「イイイイイヤァーッ!」「頭上が御留守だぞ、ニンジャスレイヤー!」スコーチャーがぶら下がりながら叫ぶ。火炎放射だ!

 ゴウウウウ!ゴウウウウウ!「ヌゥーッ!」ナムサン!頭上から吐きかけられる悪竜の息のごとき火炎!ニンジャスレイヤーはこれに耐える!「貴様の噂を耳にしなくなって久しい!なるほどその腑抜けたザマでは必然よな!」スコーチャーはぶら下がった状態からのバーナー噴射を継続しながら勝ち誇る!

 シンゴはうつ伏せ状態になり、クローンヤクザへの銃撃を開始!BLAM!BLAM!BLAM!「グワーッ!」「グワーッ!」クローンヤクザ達が一人一人仕留められてゆく。デッカーとは長時間の過酷な戦闘訓練に耐えたエリート・マッポであり、その対応力は通常マッポ50人に匹敵するとも言われる!

「ヌゥーッ!コソコソとニンジャの陰で卑怯に立ち回るデッカーめが」スコーチャーは火炎放射を継続しながら舌打ちした。「グワーッ!」「グワーッ!」クローンヤクザが倒れてゆく。だがスコーチャーの攻撃は阻まれ、デッカーを殺せない。BLAM!BLAM!「グワーッ!」「グワーッ!」

「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「……?」火炎放射を継続しながらスコーチャーは訝った。クローンヤクザが崩れ立っている。制圧小隊が壊滅しかかっている。何が起こっているのか?見よ!路地の外側からクローンヤクザ達へ銃撃を行う別のデッカーを!挟み撃ちである!

「タバタ=サン、良く嗅ぎつけたじゃねえか」銃撃を続けながらシンゴは唸った。そしてニンジャスレイヤーに言った。「あっちのヤクザどもは俺たちが持つ。お前ももう無茶はしないでいい!」「イヤーッ!」答えるかわりに、ニンジャスレイヤーは跳んだ!当然その標的はスコーチャーだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳びながら両腕を内から外へ叩きつけるように振り、炎の波を弾き飛ばした。「やめろ!こちらは足場が不安定で……」スコーチャーは狼狽し、火炎放射を継続しながら叫んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!?」その顔面をニンジャスレイヤーの右手が鷲掴みにする!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの上腕に縄のような筋肉が浮き上がる!力任せにビルの壁面にスコーチャーの顔面を叩きつける!「グワーッ!?」「イヤーッ!」スコーチャーの顔面を壁に押しつけたまま、下まで滑り降りる!「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」ナムアミダブツ!

 BOOOOM!ジゴクめいて壁を削りながら下へ垂直落下するなかで、特殊形状のニンジャヘルムが火花を迸らせて爆発した。「アバーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはそのままスコーチャーの頭を地面に叩きつけた!「アバーッ!」ナムアミダブツ!

 BLAMBLAMBLAM!「グワーッ!」「グワーッ!」そしてクローンヤクザ達も遂に銃撃戦に敗れ、その戦闘能力を完全に失う!挟み撃ち攻撃を受ければ実際一溜まりも無いものだ!「シンゴ=サン、これ一体どんな状況……」タバタが駆けてくる。シンゴは頭を巡らせ、ニンジャスレイヤーを見た。

「アバッ」「場所を変えてインタビューと行こうか。スコーチャー=サン」ニンジャスレイヤーがスコーチャーの頭を押さえつけたままジゴクめいて言った。「やめ……」「イヤーッ!」「アバーッ!」掴んで持ち上げ、地面に叩きつける!「慈悲は無い」「アバーッ!」「オイッ!」シンゴが呼びかけた。

 ニンジャスレイヤーはシンゴを、駆けてくるタバタを見た。シンゴは呻いた。「お前の目的は何だ!」「この件から手を引け」ニンジャスレイヤーは低く言った。「ニンジャは此奴一人と限らぬ。オヌシらでは手に余る陰謀だ」ニンジャスレイヤーは瀕死のスコーチャーを抱え上げた。「待、」「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーはスコーチャーを抱えたまま跳び上がり、壁を、配管を次々に蹴って、ビル屋上の向こうへ消えて行った。「アーッ……畜生!」シンゴは身を起こしかけ、また倒れた。「大丈夫ですかシンゴ=サン」タバタが駆けつける。シンゴはぜいぜいと息をついた。「見りゃわかるだろうが」

「デスネー、僕も色々やらかしちまって」タバタの手を取り、シンゴは身を起こした。「ニンジャに!ニンジャスレイヤーだ!どうなってやがる!モーティマー・オムラも逃走!」彼は悔しげに大声を出した。「ナメられたもんだぜ……」「あちッ」タバタは地面に落ちた金属片を拾おうとし、取り落とす。

「ゲホッ……何だそりゃァ」シンゴは咳き込み、立ち上がろうとした。タバタは答えた。「今の奴の装備かな。ア、無茶しないでくださいよ」「奴らの方から来やがったんだ。誰が好きこのんでこんな真似する」「病院行ってください」「後でな。防弾チョッキは万能だ。俺は無傷だ」「勘弁してくださいよ」

 

◆◆◆

 

 アサガオはハイスクール時代、チアマイコ部に所属していた。笑顔が素敵で、カワイイで、美しい髪を持っていた。カチグミ的な校内地位にあったわけだ。そんな彼女であったが、気がつけばネオカブキチョの末端、違法マイコセンター区画と道を一つ挟んだ場末のLEDバーに己を見出した。

 陥穽のバリエーションは無限だ。備える備えざるを問わず、瞬きするコンマ数秒間の行き違いがあれば十分で、人は容易に不本意な状況に墜ち、それきり抜け出す事はない。アサガオの人生も、要はそういう事だった。だが、とにかく彼女は堕ちきる前に、己の身に何が起きつつあるかを自覚した。

 彼女はLEDバーのダンサーだった。花形のゲイシャなど全体から見ればほんの一握りに過ぎぬ。それ以外の者達は過酷な労働環境と低賃金に苦しみ、ヤクザやバイオレント・ヒモに搾取され、或いはZBRやタノシイ、もっと先鋭的なデザイナーズドラッグに手を出し、心身を、カネを磨り減らす。

 だが、彼女にとって……いや、LEDバー「バンブー・カッター」のダンサー全員にとっての幸運は、ミステリアスな店主、ワサビ・フジマの存在だった。自らもダンサーであったワサビは在籍するダンサー達を実の娘めいて扱った。彼女は美しく荘厳な母であった。

 バンブー・カッターのダンサー達はLED光を発するポールにしがみつき、華麗なアクションを決める。ポールダンスは豹めいてしなやかに鍛錬された肉体と、不屈で晴れやかな意志の力とを必要とする。一朝一夕で身につく芸能ではない。ワサビは娘達にフェイクを許さなかった。いわば一種のカラテだ。

 営業時間外のバンブー・カッターは即ちドージョーめいていた。肉体の鍛錬、そしてメディテーション。ダンサー達は不幸な生い立ちを互いに笑い飛ばし、セントーに繰り出し、良く眠った。彼女らはケミカル高揚を必要としなかった。ネオカブキチョの汚濁の中にも、ゼンめいた空間は存在し得たのだ。

 ブンブンブブーン。ブンブンブブーン。八重にダブされた極めて太く厚いベースラインが空気を震わせ、神秘的なライトが縦横に照らすホール、人々はテーブルから喝采を送り、アサガオ達は笑顔と投げキッスで応える。それは鍛錬への、自信への、美への称賛だ。誇るべきものだ。

 目を閉じればいつでも、彼女はフロアの光景を晴れやかに思い起こす事ができる。チアマイコだった彼女を場末に堕としたのは複雑で些細な物事の堆積、得体の知れぬケオスだった。だがブッダの蜘蛛糸めいて垂らされた救いは、はっきりと、灯台の火のように、その後の彼女の人生を照らす支えとなった。

 やがて彼女はバンブー・カッターを出、工場街に接する区画に小さな自分の店を持つに至った。日々の暮らしは実際厳しい。ダンサー時代の方がシンプルだった。だが、それでもいい。彼女がポールダンスをする事はもうない。しかし、彼女の名前に由来する胸元の刺青は、彼女の誇りの確かな証だ。

「あの時あの子、まるで昔の私みたいだったのよ。何にも持たず、何もわからず、呆然としててね」アサガオは微笑んだ。タバタは自分の頭の包帯に触れながら、釈然としない様子で呟く。「貴方の父親でもいいくらいでしょ、アイツ」「あらまあ。私何歳に見える?」アサガオは笑った。

「実際まるで子供みたいだった。あの子の事、あまりいじめちゃいけないわよ」「僕を思い切り殴った理由それですか?デッカーを?」タバタは訊いた。「いやいや……別にあの人を逮捕するそぶりも見せてなかったのに、それはないでしょ」「焦らないでよ」アサガオは肩を竦めた。「何でも話すから」

「何故ですか」「誤解だってわかったから」「誤解ですか」「そう」アサガオはジンジャーエールを置いた。「でも、告げ口しない事、約束してくれるわよね?あなた達に関係のない事なら」「……」タバタはアサガオをじっと見た。イガマ区の所轄マッポとシンゴ達が無関係である事を踏んでの態度か。

 一連の破壊殺戮ロボット事件を追うシンゴとタバタの行動は、実際あまりよくない。マッポ組織は縄張り意識が強く、越境して動く為には事前の折衝が必要だ。だが、今回の破壊殺戮行為の発生ペースは相当なもの。官僚的なやり取りの間にも、いたずらに被害が拡大する。それがシンゴの考えだった。

 組織間の折衝を待たず動く……いわば殆ど非合法捜査だ。当然、戦闘時にも現地のマッポに救援要請は行えない。医者もだ。シンゴは用心深く、メディキットによる応急処置を行った上で、わざわざタクシーを使ってトコシマ区に移動し、治療を受けている。執念だ。デッカーの憤怒めいた執念。

 まして、この事件の背後に暗黒メガコーポの意図が絡んでいた場合、通常の捜査ではいずれ彼らのようなデッカーにはどうする事もできない権力の介入を招き、真相は闇の中、なあなあの政治的解決すら図られかねない。シンゴもタバタも、普段はそれでわきまえている。十回に八回は。今回は残る二回だ。

「で、その……モーティマー・コズマ=サンのスネ傷ですか?僕を殴った理由」タバタは言った。アサガオは本当に知らないのかもしれない。暗黒メガコーポの元社長としてのあの男を。アサガオは手を合わせた。「ゴメンネ」

 アサガオは路上に行き倒れていたモーティマーを助け、当座の寝床を与え、なにひとつ物を持たぬ彼を甲斐甲斐しく世話した。年も性別も違えど、アサガオは彼の境遇にかつての己を重ね、共感を抱いた訳だ。その後紆余曲折を経て、彼は工場に勤め口を見つけ出した。事件は彼の最初の発給日に起こった。

 その日、アサガオの伯父がふらりと店を訪れた。アサガオの伯父は酒乱のZBR中毒者であり、オハギ・ビジネスの末端で日銭を稼いでいた。保護ヤクザクランと揉め、ケジメを逃れた彼は、最終的に、血縁者のアサガオに目をつけた。アサガオの店と、カネと、肉体に。

 ……幾つかの出来事があった。店を訪れたモーティマーは、最終的に、常軌を逸した暴力をアサガオの伯父にふるう事となる。アサガオの伯父は片目を失明し、腎臓に障害を負った。他にも幾つか、一生残るダメージを受けた。伯父はどこかに消えた。アサガオはモーティマーの罪を匿った。

「それでアレですか。デッカーが、その件で彼を逮捕しに来たと思った?」タバタは溜息をつく。「間が悪かったですね僕は」「……」アサガオは無言でタバタを見る。タバタは首を振った。「言いませんよ。言いません。実際関係ないです。面倒くさいんで」「……よかった」アサガオは笑った。

 (((もっとも……あなたの心配の半分は、本当になっちまうかもしれません。しかもよっぽどひどい罪で)))タバタはジンジャーエールを飲み、笑顔の裏でアサガオに詫びた。モーティマー・オムラ。権力の座を追われた男。シンゴとタバタの執念深い捜査が、潜伏する彼を目と鼻の先に捉えた……。

「ところで、貴方からみてどんな人だったんです、モーティマー=サン」タバタは水を向けた。「マジメよね」アサガオは言った。「マジメ」タバタは繰り返した。「彼、現状に満足……は、してないんでしょうね?」「そりゃね」アサガオは言った。「あの子、前はカネモチだったわよ、きっと」

 粛々と工場労働を行う一方、ガソリンに火を入れたように激昂し、暴力沙汰を起こす……。その根源にある怒りの大きさは、いかほどのものか?彼の大柄な身体ひとつに収まるものか?「……どうしたの?」「頭が痛くて」「本当にゴメンネ」「訴えます」「あら!」「冗談ですよ。事情もわかりましたし」

 タバタはグラスの滴りを眺める。彼は目を上げ、アサガオをもう一度見る。彼女は嘘を言っていない。モーティマーが自宅に戻る望みも薄い。ふり出しか……否、結局こうして外堀を埋めてゆくのが唯一のセオリーだ。あのニンジャのサイバネティクス断片の解析結果も、じきに出る。もうすぐだ。

 

◆◆◆

 

 ゴンゴンゴンゴンゴン!クレーンが左右にせわしなく行き来し、コンベアーが獰猛に唸る。地下ガレージ空間を満たすのはインダストリ音と息苦しい熱気だ。「ドーモ」「ドーモ」「ドーモ」かなり深いオジギをクルー達が一斉に繰り出し、出迎えた。「ドーモ」彼は会釈を返した。「手ひどくやられたな」

「アッハイ、オナタカミの武装戦力はモーターヤブを重点していますから、強いです」「再び改善……要は我が社の技術を奪ったバスタードですよ。許せません」クルー達は熱っぽく語る。「やはり我が社の破壊力は凄いし、侮れません。これは実際アンビバレントですが」「親族殺しは心苦しい!」

「そうだな」彼は早足に歩き、リペア作業中のモーターサスガを見上げた。薄暗いガレージに溶接の火花が閃き、小刻みなドライバー回転音がインダストリ音を彩る。「次はモータースゴサを出します」チーフが反対側のブースにスタンバイしている巨躯をボールペンで示す。「ロールアウトです」

「いいペースだ」「常に改善をしていきますから。我々には熱意がある。あれはモーターカナリです」モータースゴサの隣のブースには両脚と腰、脊椎部のスケルトン。「三体がじきに揃います。このまま量産してもいいくらいだ」「エー、三体が揃うと、試算ですがデータ取得速度は15倍にもなります」

 壁には「努力目標」と漢字が書かれたウエイトバーがあり、33%を指している。わかりやすいウサギとカエルの呪術的壁画が、三体の神聖なロボニンジャによる戦闘データ収集を説明する。データ収集の果てにあるのは雷神じみた巨大な何かの図画。ナムサン、異様な壁画の筆致から滲み出す禍々しさよ。

「速度と破壊力だ。重点だ」彼はチーフに言った。チーフは感極まりそうになった。「120%理解しています!モーターバンザイ!」「「モーターバンザイ!」」にわかに地下ガレージにモーターチャントが溢れ、インダストリ音をかき消す。彼はチーフを伴い、鉱山じみた裸のエレベーターに乗り込む。

 エレベーターは二人をより地下深く導く。降りた先には洞窟じみた地下通路。彼は鋼のゲートを指紋・網膜認証で開く。一族のDNA認証。ハイ・テックと無骨な鋼鉄の奇怪なハイブリッド世界。壁には先程の壁画と同様の稚拙かつ狂おしい筆致のもと、ある歴史が描かれている。ある企業の創業の歴史が。

 その図説は繋がれた奴隷達に光る雷の石をもたらすニンジャから始まる。その謎めいたニンジャは奴隷を囲ってカイシャを興した。人間から人間性を剥奪し、ネングを無心に生み出す歯車じみた部品にまで貶めるべく、己の似姿たる鋼の機械を作らせる……ナムアミダブツ……なんたる恐るべき創業史か!

 それはニンジャによる人類搾取の端的なカリカチュアだ。歴史を搾取し、財産を、文化を簒奪する。人から人の営みを奪い、鋼鉄に置き換え、菜種油めいて搾り取る。それがこの会社の持って生まれた概念!創業以来、一族がほくそ笑みながら邁進してきた人間疎外の歴史!それがオムラ・インダストリだ!

「心が高揚し、やる気が満ちてきます。この壁画を見ていると!」チーフが声のトーンをうわずらせた。「お前にも傍流とはいえオムラの血が流れている。当然だ。誇らしい事なんだ」彼は頷いてみせた。やがて彼らはさらに奥の扉を押し開けた。そこには黒いUNIXデッキが祭壇めいて鎮座する。

 パボッ!密室に黒いUNIXデッキの起動音が響き渡る。「遠大な計画だが、100年を1ヶ月にも縮めるのがモーター理念だ」彼は呟いた。モニタが熱を持ち、彼のコマンド入力を受けて、悪魔的巨大機械の三面図が立ち上がった。足元に置かれた比較用のモーターヤブのモデルは豆粒じみている。

「大きく強い。だから凄い。その凄さがモーター理念だ」彼は呟いた。悪魔的巨大機械の横に、カタカナが流れた。機体名「モーターオムラ」。「これぞ三体の神聖なロボニンジャが導くホーリーグレイルだ。あっという間に完成する。すぐにだ。ネオサイタマをぶっ潰してやるんだ!」彼は狂っていた。


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 彼が自信に満ちた動作でキーをタイプすると、モニタは悪魔的巨大機械のワイヤーフレーム3Dモデルからガレージ壁面の説明図に似た表示に切り替わった。脈打つ管と、「データ33パーセント達成な」のミンチョ文字。さらにタイプすると、ネオサイタマ南東の港湾部と思しき地図が映った。

「お前は!何も心配する事はない」彼は何らかの疑義を予期でもしたのか、食い気味にチーフに話しかけた。「投資のアテはあるんだ。すごいマネーが入ってくる。すごいプロジェクトなんだ」「ハイ」チーフは頷いた。彼は続けた「マネーが入ればあっという間に建造可能だ。オムラは……お前達は優秀だ」

「そのう……」「非常にクリティカルなマターなんだ。お前に全貌を明かせないのを残念に思う。だが、これは実際ギリギリだ。わかるか?」「ハイ」「納得できないだろうな。だが、わかってほしい。モーターサスガ達の戦闘行為には単なるデータ取得以上の意味がある」「エッ?」チーフが眉を上げた。

「プレゼンテーションだ」彼は厳かに言った。「クライアントは……注意深く見守っている。我々が期待に応えられるかどうかを。我々のオムラ性を!緒戦はいわば、来たるモーターオムラが信頼に足る破壊存在であるかどうか……データ取得と同時にその破壊行為はプレゼンテーションなのだ!彼らへの!」

 チーフは頷いた。「よくわかります」「不安になるのは仕方ない。だが、このガレージ。そして建造費。それらビッグバジェットが実際もたらされているわけだ。それを忘れるな」「ハイ」「彼らの信頼の証だ。その信頼に応えればさらなる信頼だ。つまり100倍だ。万事うまくゆく」「勿論です!」

 モニタ上では近海上のある一点にX印が点滅。矢印がそこから港湾部へ向かうアニメーションには不吉なアトモスフィアがあった。悪魔的計画のアトモスフィアが。彼はさらにキーを叩く。湾岸地図が消え、ネオサイタマ全体地図が。数カ所に点滅するマーカーが現れる。チーフの目が厳かな決意に光る……。

 

◆◆◆

 

「グワーッ!」スコーチャーは絶叫した。頭から浴びせかけられた冷水が、損傷したサイバネ部位に入り込み、火花を散らした。「グ、グワーッ!」彼は暴れようとした。だが、無理だった。手足をワイヤーで縛られ、殺風景な一室に転がされている己を見出した。彼は見上げた……赤黒のニンジャを。

「ここ……ここは」スコーチャーは呻いた。「知る必要は無い。貴様は死ぬからだ」ニンジャスレイヤーは簡潔に答えた。「だが、教えてやろう。そこらの廃ビルだ」「ウヌ……アバッ……」スコーチャーは震えた。サイバネ部位がスパークする。さきのイクサで受けた傷はそもそも致命傷に近いのだ。

「前提として、貴様を殺す」ニンジャスレイヤーは言った。「その上で、選べ。苦しんで死ぬか、あるいはハイクを詠みカイシャクをもってセンシとして死ぬかだ」その目に嗜虐や慢心の色は無く、無感情で、厳粛ですらあった。琵琶湖の闇を思わせた。スコーチャーは絶望した。

「俺は決して吐かぬぞ。ニンジャの誇りがある」スコーチャーは呻いた。「イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャスレイヤーはスコーチャーの右脛を踏み砕いた。脚部はサイバネ化されており、血の代わりに青黒いオイルが噴き出した。「アバーッ!アバーッ!」スコーチャーは床をのたうつ。

「アバーッ!やめてくれ……何を……何を知りたいというのだ。何が目的だ」スコーチャーは呻いた。「……モーターサスガ」ニンジャスレイヤーは言った。「オヌシがオムラのニンジャである事はすぐにわかった。モーティマー・オムラと何を企んでいる」「言……」「イヤーッ!」「アバーッ!」

 両脚から青黒いオイルを噴き出し、スコーチャーがのたうつ。「狂人め!何故こんな真似を!何の恨みがある!何の面識も……アバッ、無い筈だ」「これは命のやり取りだ」ニンジャスレイヤーは無慈悲に言った。「私の行動の是非善悪、妥当か否かを議論する場ではない。ジゴクでやれ」「アバーッ!」

「……」のたうつスコーチャーを見下ろすニンジャスレイヤーは、頚動脈近くのインプラントを発見した。親指の爪大のシリコンカバーを剥がし、ICカードを抜いた。「追って解析する」「アバーッ!」ICインプラントはオムラのニンジャに共通する特徴だ。彼らは技術改善の為のライフログを残す。

 当然、データにはプロテクト処理が施されており、解析には時間を要する。「これは保険だ」ニンジャスレイヤーは言った。「逆に言えば、オヌシがここで粘ろうが、多少こちらの面倒が増えるだけだ。速やかに話せ」ブラフだ。スコーチャーは朦朧としながら考える。ログから得られる情報は限定的。

 スコーチャーは微弱なノイズ信号を発し続けている。「オムラ社」はそれを拾い、遅かれ早かれ何らかの異常に気づくだろう。生き残れずとも、警告はできる。耐えるのだ。「社屋」の場所は最大コンフィデンシャルだ。ログからは解析できまい。そしてモーティマーの監視についても。「監視?」

「アバッ」スコーチャーは涎を垂らした。彼の意識は混濁していた。そう、監視だ。そうして、モーティマー・オムラに辿り着いた者を殺す……オムラ社の秘密は護られる……再興……オムラ再興……「そのためにモーターサスガのツジギリは何の役割を果たす」

 ツジギリ?なんとせせこましく愚かな誤りか。スコーチャーは思考パルスを彷徨わす。全身の、ニューロンの損壊はもはや取り返しのつかぬ域だ。痛めつけられた彼の意識は死に向かって落ちていく。譫言を呟き続ける彼の脊髄を踵で抉るように踏みにじりながら、ニンジャスレイヤーは見下ろす。

「アバッ」「……」「アバッ」「……」ニンジャスレイヤーは足をどけた。センコ花火の散り際じみたスパークを最期に発し、スコーチャーは動かなくなった。ニンジャスレイヤーはICを懐におさめ、踵を返して部屋を去った。歪んだ鉄扉が後ろ手に閉じられると、生者のない狭い部屋に全き闇が訪れた。

 

◆◆◆

 

「ちょっと、ダメ!いけませんシンゴ=サン」「いいじゃねえか。いいじゃねえか」「ダメですよ……!」「だってお前、もうこんなだぜ」「いけません!」ナースが必死に止めるが、シンゴは構わず、目的を完遂してしまった。「アーッ!」

 ナースが顔に手を当て憤慨するのを意地悪そうに睨みながら、シンゴは口の中のチョコバーをモグモグとゆっくり咀嚼し、飲み込んだ。「今日は午後に検査があるンですよッ!」「ウマイ」シンゴは喉を鳴らしてチャを飲み、わざとらしく溜息をついた。「バカ!」「俺にゃ砂糖が要るんだよ!砂糖が!」

 シンゴはフートンを跳ね除け、いきなり床に降りた。「な?もうこんなだ。バッチリ歩ける。な?だから検査は要らんのだ。わかるか!」「ウウーッ!」ナースは悔しさと困惑で泣き出した。彼女はニュービーなのだ。「何をやってるんですか」病室に入ってきたタバタがシンゴを叱責する。「泣いてますよ」

「ウーッ!」ナースはタバタの胸に顔をうずめて泣き続けた。「ダイジョブです。ダイジョブ。この人はこんななんです」ナースを退出させる。シンゴは肩を竦め、ゲップをして再び横になった。「デッキまで持ち込んで……」「スピード勝負だって言ってンだろうが。他の誰がやる!孤独な戦いだぞ」

 シンゴはアザラシじみた姿勢でUNIXデッキのキーをタイプする。ネマキ姿の彼の首や腕には包帯が巻かれ、複数の医療機器からのびるチューブが繋がっている。「お前もバラすんじゃねえぞ」「いや、実際キノモト=サンから聞いたから来たんですよ。バラすもなにも無いですよ」「見ろ、これを」

 UNIXモニタに不穏なフローチャートが表示されると、タバタの表情が険しくなった。シンゴは言った。「わかるな。あのニンジャの装甲の出処から辿ったんだ。キナくせえじゃねえか」「……デスネー」そこに示されているのは、キョートからの用途不明物資の流れである!

「モヌケ・エンタープライズ?」タバタは呟いた。「聞いた事ないですね」「な。ダミー会社だ。経路を毎回変えて、スクラップやエンジン、部品、火薬の類が運び込まれていた。気づかねえところだが、例のスコーチャーの装甲板、あれの加工はキョートの老舗陶器職人のワザで、ネオサイタマにゃ無い」

「キョートから……尚更マズイですよね」「だからお前、いきなり行ってトッ捕まえるしかねえ。疑わしい搬入先のリストだ!虱潰しだ」シンゴは呻き、チューブに手をかけた。「俺もすっかり健康だ。良い機会だったぜ」「ダメですよ。安静です」タバタは遮った。「当然安静です」戸口からも低い声。

 厳しく仁王立ちで腕組みするのはベテランのナースだ。ニュービー・ナースがその後ろからシンゴを睨む。ベテラン・ナースが言った。「安静。採血しましょう。シンゴ=サン」「じゃ、僕は、これで」タバタはシンゴに言った。「オイ」「危ない橋は渡りません。一人で十分ですよ。任してくださいよ」

「お前な!」「安静に!」ベテラン・ナースがピシャリと言った。「借ります」タバタはUNIXデッキからディスクを取り出し、懐に入れた。「本当スミマセン」ベテラン・ナースに会釈し、しめやかに退出した。

 

◆◆◆

 

 ボンボンボンボーン……ブンブンブンブーン……リラグゼーション工業BGMのゼンめいた響きで満たされる夕方のガスタンク施設を、川向こうの土手から眺める者有り。アメリカンフットボール選手めいた屈強な体格と、特徴的な小さな目。モーティマー・オムラである。

 今日のネオサイタマは珍しく雲も少なく、重金属雨も無い。暮色を背後に、おそらくはバイオカラスの群れと思しき影が斜めに横切る。ハイクじみた風情ある光景と受け取れなくもない。だがモーティマーの目には憔悴の隈が浮き、その表情は硬く、険しかった。

 彼の足元にコロコロと転がって来たのはケマリのボールだ。モーティマーは一瞥しただけで、また川向こうのガスタンク施設に視線を戻す。「ボール!ボールとって!おじちゃん!」少女が声をかけた「おじちゃん何してるの?」「あっちへ行けッ!」モーティマーは荒々しく怒鳴り、ボールを投げつける。

「ギエエエエ!ギエエエエ!」少女は立ちすくみ、大声で泣き始めた。「うるさいぞ!うるさいッ!」モーティマーが叫び返すと、少女の泣き声はさらに大きくなる。「ギエエーッ!」「ヤマコ!ヤマコこっちに来なさい」母親が走って少女の手を取り、モーティマーを睨んだ。

「クソッ!」モーティマーは踵を返し、親子の目線を後ろに、土手を歩きだした。「クソッ!……クソーッ!」速足で前のめりに歩きながら、モーティマーは左手の平に右拳を繰り返し叩きつけた。彼は泣いていた。

 ……SPLAAAAASH!土手とガスタンク施設を隔てる川の水が突如爆発し、間欠泉めいて噴き上がった。モーティマーはそちらを振り向いた。「アイエエエエエ!?」「ママー!」悲鳴は先程の親子だ。母親は腰を抜かし、少女が抱きついた。モーティマーは見た。水中から飛び上がった巨大な影を。

「クオオーン……クオオオン」あのモータードクロよりもなお大きいスクラップ塊じみた巨体を震わせ、岸に着地したそのロボット存在は不気味な吠え声をあげた。敷地を囲う高圧電流フェンスに向き直り、右腕の巨大なドリルを……そう、ドリルである……構えた。それを突き刺した。「イヤーッ!」

 ZZZT!ZZZZT!ZZZZZT!激しいスパークを物ともせず、ロボットはドリルをフェンスにねじり込んだ。フェンスを渦巻き状に引き裂きながら、その者は侵入した。ファーオファーオファーオ!「器物破損行為!ヨタモノ警報な!」工場のスピーカー塔から、けたたましい合成マイコ音声!

「アイエエエエエ!アイエエエエエ!」「ママ!コワイ!ママ!コワイ!」「……!」モーティマーは狼狽し、施設に押し入るマシーンと、泣き叫ぶ親子を交互に見た。「ア、アイエエエ!」通りがかったスシ・デリバリーバイクが川向こうの様相に仰天して転倒、乗り手は土手を転がり落ちていった。

 対岸からでも、工場施設にたちまち巻き起こったパンデモニウム混乱は明らかだ。労働者が狂ったように叫びながら敷地通路を走り回り、フォークリフト機がぶつかり合って爆発炎上する。恐ろしいロボットはドシドシとアスファルトに亀裂を生じながら歩き進み、逃げ遅れた労働者をまず殺した。

 ブイーンキキキ……ブイーンキキキ……「アバババーッ!」転倒した労働者の背中にドリルを突き刺し、ミキサーじみたゴアをぶちまけながら、ロボットは頭部を回転、次の破壊対象を探す。明確な目的があるかどうか疑わしい動きである。ブイーンキキキキキキ!死神の使役獣じみたドリルの狂った唸り!

「アイエエエ!」宿舎じみた建物から何人かの労働者がまろび出た。「こんなにも破壊力があります」ロボットは威圧的音声を発し、左腕を掲げる。左腕はハニカム状のロケットランチャーだ。白煙の尾を引きながら数発のロケット弾が射出され、労働者と宿舎にまとめて爆発を浴びせる。KABOOOM!

「モータースゴサは圧倒的プレゼンテーションする。モータースゴサは圧倒的プレゼンテーションしており、これは免責行為である事を主張します。非常時な」恐るべきロボットは合成音声を発しながら、巨大ガスタンクに赤いサーチレーザーを投げかける。「モーター」モーティマーは呟く。「スゴサ」

 ファーオファーオ!「ちょっとやめないか」マイコ音声の警告。「即時防衛行動に出て破壊するドスエ」「ピーピーピピピ」モータースゴサは不快な高音で応え、ランチャーをガスタンクに向けた。「オイオイ……何だありゃ」「ヤバイよね」「コワイ!」モーティマーは振り返った。土手に並ぶ野次馬だ。

「アイエエエ!」片腕の労務者がトラウマじみた叫び声をあげた。「オ、オムラ!オムラーッ!アバーッ!」失禁しながら座り込む。「おじさんダイジョブ?」「オムラ?」「潰れたでしょ」野次馬達が労務者を見た。「オ、オムラ!オムラーッ!」モーティマーはガチガチという音を聴く。自分の歯だ。

「カブーム重点」モータースゴサがロケットを射出した。KRATOOOOOM!ガスタンクが爆発炎上!たちまち黒い雲海が生じ、胸が潰れるような悪臭が川を越える!「アイエエエエエ!?」野次馬達は一斉に悲鳴を上げ、しゃがみこんだ。「ママー!」少女の叫び。「オムラー!」労務者が喚く。

「わか」モーティマーは川向こうのジゴク光景を吸い込まれるように見つめ、譫言を呟きながら前に出る。「わかっていると思うが、プレゼンテーションが必要だ、子供の遣いみたいに依頼だけ終えて帰るな、たくさん壊して殺せばオムラの凄さが伝わりV字回復する、簡単なんだ、経営なんて、簡単、」

 まるでその呟きに応えるように、モータースゴサが天に向かってホログラフを照射した。雷神の印を。モーティマーは地面に膝をついた。「沢山壊して殺す破壊力がV字回復」彼の呟きはマントラめいていた。「簡単なんだネブカドネザル。お前どう思ったあの時。父さん労働者は蟻なんだ父さん……」

「ドーモ。モータースゴサです。圧倒的プレゼンテーション重点であり、降伏は認められません」「ドーモ、モータースゴサ=サン。ドラグーンです」「ドーモ、モータースゴサ=サン。ドラグーンです」「ドーモ、モータースゴサ=サン。ドラグーンです」不気味で虚無的なアイサツ行為の模倣。

 このガスタンク施設にはオナタカミの主力ロボニンジャ、ドラグーンが重点配備されている。通常、ドラグーンは制圧用途に用いられ、生体脳を用いる事からコストも高い。このような運用は珍しい。即ちモータースゴサがこの地を襲撃ポイントとする理由がそれだ。おお、黒く宇宙的なシルエットよ。

 アイサツ終了と同時に、ドラグーンは脚部ローラーで旋回行動を取りながらモータースゴサに十字砲火を浴びせ始めた。カカカカ……カカカカカ……火花をまとうモータースゴサ。「イヤーッ!」その巨体が跳ね上がり、旋回を切り返したドラグーンを捉える。ドリルが胴体を貫通、圧倒的重量で押し潰す。

「アバーッ!」ドリルを引き抜き、痙攣するドラグーンの頭部に再びドリルを突き刺す。「イヤーッ!」「アバーッ!」鉄屑と脳漿、保存液の入り混じった液体が飛び散る様が遠目にも見える。二機のドラグーンは挟みうちのローラーダッシュをかけ、同時にアームパンチを繰り出す。「イヤーッ!」

 KRAAAASH!「ピガーッ!」モータースゴサは前方のドラグーンを左腕のハンマーパンチで殴り倒すが、もう一方を避けきれない。背部にアームパンチを受け、仰向けに転倒する。「状況対応力プレゼンテーション重点」モータースゴサはしかし、左腕をついて器用に起き上がる。「新機能!」

「イヤーッ!」起き上がろうとするドラグーンの頭部をモータースゴサは踏み潰して破壊。起き上がり速度向上の成果だ。更に残る一体めがけ、超至近距離からロケット弾を発射。KABOOOOM!ドラグーンは避けきれず胸から上を消失。全滅である。

「モーターヤッター!」モータースゴサが両腕を振り上げ、合成音声の勝鬨をあげた。オムラ・インダストリのテクノロジーが、裏切者企業オナタカミに雪辱した瞬間だ。モーティマーはあの日社屋を蹂躙したドラグーンを思う。社長室にまで。モーティマーはガッツポーズしようとした。力が出ない。

「ドーモ。モータースゴサ=サン。ドラグーンです」「ドーモ。モータースゴサ=サン。ドラグーンです」「ドーモ。モータースゴサ=サン。ドラグーンです」新たな三機の増援。モータースゴサは頭部を回転させた。「既に十分なプレゼンテーションな!」キュイイイ!腰から上が高速回転を始めた。

 スパパパパパ……小気味よいサウンドとともに、回転するモータースゴサ上半身の胸部から、無数の小型ミサイルが拡散射出される。BOOMBOOMBOOMBOOMBOOMBOOMBOOMBOOM……細かい爆発が360度のランダム着弾地点に花開く。威力は小さいが、数が多い。

 増援ドラグーンは一斉に防御姿勢を取り、これら小型ミサイルをやり過ごす。実際ドラグーンのスクエア装甲に対しては豆鉄砲めいている。だがこの拡散ミサイルによって、モータースゴサは包囲網を突破する十分な時間を得られる。BOOM!「アバーッ!」やや離れた位置のオペレータが即死した。

「情報が乏しい」「オペレータ死亡な」途端に、ドラグーンの動きが統制を欠き始める。さらに、流れ弾は破壊されたフェンスを越え、横向きにロケット花火を発射する残虐なヨタモノ強盗団めいて、ヒュルヒュルと川を越え、土手めがけ飛来した。BOOM!BOOM!「アイエエエエ!」「アバーッ!」

 モーティマーの顔の横を煙が行き過ぎた。モーティマーは震えながら振り返る。「アイエエエ……」「アイエエエエ」「オムラーッ!オムラーッ!」「アイエエエエ!」彼の頬に熱い血液が撥ねた。「モーター……」モーティマーは呟いた。幾つかのミサイルが着弾、その周囲には負傷者、そして死体だ。

「アイエエエ」「アイエエエエエ!」「ママー!」「アイエエエエ!」「違うんだ……違う」モーティマーは頭を掻きむしった。人々に彼の言動の意味が分かる筈も無し。「オムラーッ!」片腕の労務者が焦げ跡をのたうち回る。軽傷か。重傷か。「オムラからは逃げられないんだ!やめてくれーッ!」

「オムラ……」モーティマーは呟く「違うんだ、僕は破壊力を……人を殺す……」小さな目を瞬きさせ、「壊して……殺す……だって、」「ママー!」脚を怪我した母親が娘をかき抱く。「父さん……」モーティマーが震えた。「オボーッ!」彼は嘔吐した。シパパパ……更に飛来する流れ弾……。

「Wasshoi!」その時、土手を斜め下から憤怒のつむじ風じみて駆け上がって来たのは、黒い弾丸めいたオートバイだった。流麗なモーターサイクルは赤黒のニンジャを乗せ、獣のように唸りながら斜めに宙を飛んだ。そして、市民、モーティマー達と、流れ弾との間に割って入った。「イヤーッ!」

 BOOMBOOMBOOM!流れ弾は空中で次々に爆散、煙じみて散った。赤黒のニンジャが放ったスリケンによる撃墜だ。ゴアアアア!悲鳴をあげて逃げ惑う人々を尻目に、オートバイはドリフトし、黒いバーンナウトを刻む。モーティマーは顔を上げた。ジゴクめいた赤黒のニンジャと視線が交錯した。

 ニンジャスレイヤーはこの大柄な男について知っている。探偵だからだ。目の前で呆然とするオムラ・インダストリの社長を。モータードクロによってサブロ老人の息子マノキノを殺し、超弩級破壊掘削機ベヒーモスによってタカギ・ガンドーの故郷を消滅させ、非道に非道を重ねたカイシャのトップを。

 だが彼はモーティマー・オムラから視線を外し、川向こう、破損フェンスを潜って出て来るモータースゴサを見た。彼はアワレなほどに困惑し打ちひしがれた男と邪悪なロボットのアトモスフィアを比較し、淡々と状況判断した。彼はモーティマー・オムラが今回の件と無関係であるという結論を下した。

 ドッシ、ドッシ……モータースゴサが川沿いを走ってゆく。ニンジャスレイヤーはアイアンオトメ背部に固定していたIRCボウガンを手に取り、構えた。ゴアアアアア!アイアンオトメが吠えた。「イヤーッ!」彼は一直線に土手を走り降り、川を飛び越え、モータースゴサの行く手を塞いだ。

「ピガガガ、想定外敵、プレゼンテーション障害です」モータースゴサが頭部をくるくると回転させた。ゴアアアアア!アイアンオトメの後輪が砂利煙を噴き上げる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはモータースゴサめがけロケットスタートした。

「イヤーッ!」襲い来るドリルパンチ!だが、ニンジャスレイヤーは最初からそれを狙ったのだ。「イヤーッ!」アイアンオトメのシートから大きく跳躍、ドリルパンチを、モータースゴサを飛び越える。アイアンオトメはインテリジェント性能を発揮、そのまま真っすぐにモータースゴサの横を通過!

「ピガガガッ!?」モータースゴサは一瞬で敵を見失い、困惑サウンドを発した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中で身を捻り、斜め後ろ下のモータースゴサめがけ、IRCボウガンの引き金を引いた。ドウグ社製の黒鉄のボウガンは微細なネットワーク端末の仕込まれたIRCボルトを射出する。

「ピガッ!?」モータースゴサの首筋にIRCボルトが突き刺さり、深々と埋め込まれた。モータースゴサは頭部を回転させる。ニンジャスレイヤーは空中で一回転後、アイアンオトメのシートに再び着地した。何たるニンジャ器用さとニンジャバランス感覚力であろうか!そして彼は機首を返……さない。

「想定外敵はミッション領域外へ離脱な」モータースゴサは合成音声を発し、走り去るニンジャスレイヤーから、フェンスを乗り越えて来るドラグーン達に注意を切り替える。「イヤーッ!」ドラグーンの機銃掃射から逃れるべく、高く跳躍し、そのまま川の中へ飛び込む。巨大な水柱とともに。

「御用!御用!」騒ぎが全て収束した頃合いまで我関せずを決め込んでいたかのようなタイミングで、マッポ達の御用サイレンが聴こえて来る。ドラグーンは水面めがけ繰り返し機銃掃射を行うが、やがて何らかの命令が別のオペレーターから下されたと見て、施設への帰還を開始する。

 モーティマーはほんの数分にも満たない交錯を呆然と見守っていた。だが、やがて我に返り、立ち上がった。「オムラーッ!オムラーッ!」のたうち回る男の横を通り過ぎる。オムラだ。あれがオムラだ。過去も現在も変わらぬオムラがあれだ。己が無邪気な喜びを寄せていたオムラだ。

 彼は放置されているスシ・デリバリー・バイクを起こし、またがった。人々の大半は逃げ帰ったが、負傷した者達の中には動けぬ者もいる。当然、死体はそのままだ。モーティマーは口の吐瀉物を拳で拭った。違わない。何も違わない。モーティマーはデリバリー・バイクのアクセルを全開にした。

 風を切って走るデリバリー・バイクは、モーティマーの体格と比べれば滑稽に小さい。走りながらモーティマーは吠え叫んだ。その叫びは風にかき消される。


6

 雨が降り始めた。重金属を含んだ有害な酸性雨だ。人々は耐汚染服やLED傘で身を守り、憂鬱な夜の街路を行き交う。夜を迎え、節電していたネオン看板が次々に点灯を始める。「山本」「命が沢山」「バー」。トレンチコートとハンチング帽の男は人混みをすり抜け、足早に進む。

 男の名はフジキド・ケンジ……即ちニンジャスレイヤーである。日没前にモータースゴサと切り結んだ彼は今、市民の姿に戻り、ある地点を目指していた。「シャッチョサン、キクネー」「ホスト就職しませんか」「カード千円です」声をかけてくる街頭セールスを会釈で回避しながら、彼は路地裏に入る。

 ビルの壁を這うパイプ群の接合部が蒸気や火花を断続的に発する暗闇を数メートル。うらぶれた「電話OK」の看板が掲げられた地下階段に、フジキドは降りてゆく。

 狭い階段の突き当たりにはごく小さな対応窓があり、その隣に錆びついた発券機がある。フジキドはトークンを投入し、三つのプラスチックボタンの一つ「大満足コース」をプッシュした。途端に、シワだらけの手が、ぬうと突き出された。フジキドはその手が掴む鍵とチケットを交換した。「ごゆっくり」

 フジキドは通路のカーボンフスマ群を素通りし、奥にある階段を降りた。突き当たりには無骨な鉄扉がある。フジキドはキーを挿し、ダイヤル式12桁暗証番号を入力する。「ユックリ」実際安いマイコ音声がノイズ混じりに歓待する。フジキドは入室した。彼一人が座れるだけの狭い空間。UNIXデッキ。

 フジキドはトレンチコートを脱がず、そのまま畳に座り、UNIXと向かい合った。バボビボボボビボー。デッキの後ろに詰め込まれた鉄悪魔の内臓めいたファイヤーウォール群が不気味な呼吸で出迎える。ビボバボバボボボ……コワカカカカカ。要塞じみた、馬鹿げた規模のセキュリティ・システムだ。

 フジキドは懐からアクセスキーを取り出し、スロットに挿し込む。モニタに「新免」のメーカーロゴが灯り、無数の擬人化されたウサギとカエルが右から左へ繰り返しダッシュするドット画が数秒間展開されたのち、専用のコンソール画面に切り替わった。フジキドはニンジャ的速度でタイピングを開始した。

 0100010111……フジキドは極小の立方ドージョー空間にアグラする己を見出す。この大満足ルームのコトダマ・イメージだ。窓からは周囲の針山地獄を見渡すことができる。容赦なきセキュリティ・システムの視覚化だ。しばし待つと、別の立方ドージョーが飛来し、この空間にドッキングした。

 コトダマ空間体験には未だ慣れず、遥か頭上で自転する不穏な黄金立方体や、どこかから彼を眺めているであろう老婆、狂った神の実在が、カラテのイクサとはまた違った緊張感でフジキドの背筋を冷やす。畏れる時間は無い。彼はドッキングされた部屋へエントリーし、チャブの上の蝋燭に火を灯す。

 蝋燭の火は放射状の光の波を放ち、立方ドージョーの周囲の闇を鼓動めいた断続性で照らす。そこに影が浮かんだ。フジキドは蝋燭の火が捉えた存在に……IRCボウガン・ボルトが発する追跡信号に……重大な注意を振り向けた。

 しばし前、彼はオムラ・インダストリのニンジャ、スコーチャーを拷問した。インダストリアルニンジャの愛社精神は堅く、容易に情報を吐くことはない。しかし苦痛と恐怖で引き出した情報断片と、パートナーであるヤバイ級ハッカー、ナンシー・リーによるログIC解析を通し、幾つかの情報を得た。

 即ちそれが、さきのモータースゴサ出現予定ポイントだ。ニンジャスレイヤーはポイント付近で待ち伏せを行い、IRCボウガンをモータースゴサに撃ち込む事に成功した。ひとしきりの破壊行為を行ったのち、ロボットニンジャは川や下水道を利用し姿をくらます。だが今回は"紐付き"だ!

 蝋燭の火が何度も闇を撫でるたび、浮かび上がった影の輪郭が輝きはじめる。灯台めいて。フジキドの目鼻から血が流れ始める。01000101111……彼はUNIXデッキに突っ伏し、意識を取り戻した。脳に鉛を流し込まれたような感覚だ。モニタには「リンケージ確立」のミンチョ文字。

「ハァーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは備え付けの引き出し自由ティッシュペーパーでおびただしい血を拭う。ナンシーならば……或いはシバカリならば、スマートにやってのけた仕事だろう。だが、時間が惜しかった。いつボウガンの仕掛けが発見されるか、知れたものではない。

 あのボウガンのメリットは、物理攻撃で限定的なハッキングを遂行できる点にある。ハッカー能力を持たぬフジキドであっても、若干の力技に出る事が可能だ。ドウグ社の良い仕事だ。サブロ老人はよい弟子を持った。フジキドは携帯端末に追跡プロトコルを読み込ませ、UNIXデータを消去、退出した。

「ヒートリ、コマーキタネー」階段を上がり路地裏に出ると、雨足は相当に強まっている。「ミスージノ、イトニー」大通りの歌謡が雨の音で霞む。フジキドは駆け出す。「イヤーッ!」左右のビル壁を繰り返し蹴り、屋上に飛び出したのは、マフラーめいた布をなびかせる赤黒装束のニンジャだった。

 

◆◆◆

 

 雨が降っている。アサガオはカウンターの椅子にかけ、肘をついて窓ガラスの水滴を見ている。開店時間が過ぎたが、客が来るのはもう少し経ってからだ。自動車が水溜りを撥ねる音が時折聴こえる。静かなものだ。

 チュンチュン……自動スズメ音声が鳴った。招き猫が壊されたので、差し当たりの代用品を倉庫から出してきたのだ。戸を開け、ノレンを傾けたのは、大柄で目の小さい男だった。モーティマーだ。「やってます?」のアイサツは無い。「あらまあ……」アサガオは瞬きした。

「何だかいつもボロボロで」アサガオはタオルを持ってモーティマーを迎えた。「こんなところに来て……まだマッポが探してるかも知れないのに」「マッポか……」モーティマーは思い出したように呟いた。彼は頭を拭こうとするアサガオからタオルを受け取り、頭を、顔を強く擦った。

「いいんだ」モーティマーは言った。そしてタオルを返す。アサガオはモーティマーをじっと見た。「……ねえ、大丈夫?」「よくわからない」石のような表情である。アサガオは言った「お腹空いてない?」「いや……」「ね」アサガオはモーティマーの手を掴み、強引にカウンターへ案内した。

「すぐだから」アサガオは調理場へ入り、大きな鍋から小鍋に何かをうつして火にかけた。その間にコメを皿に盛りつけた。それから小鍋の中身を上にかけた。カレーライスだ。「食べて。ね。食べて」「……」モーティマーは無言で頷き、スプーンを取った。屈み込むようにして、勢いよく食べ始めた。

「ご飯。ご飯食べないと。そういう時は」「ウフッ。……ウフッ」「ね。美味しい?」「ウフッ!ウフッ!ウフッ!」アサガオは歳上の中年男を優しい目で眺めた。「あの時みたいじゃない」「ウフッ!ウフッ!」モーティマーはぎゅっと目を閉じて食べ続けた。滂沱の涙が皿に零れ落ちた。

 一息にカレーライスを食べ終えると、モーティマーは勢いよく立ち上がった。そして用意されたグラスの水を飲み干した。「ゴチソウサマデシタ」モーティマーはアサガオの目を見て言った。アサガオは微笑んだ。「またいつでも食べに来ていいんだからね。マッポは大丈夫?」「いいんだ」


◆◆◆


 その30分後。モーティマーは自分のワン・ルーム・アパートに居た。彼が向かい合うのは、自室の半分以上を占拠するバカげたガラクタだ。それは江戸戦争の英雄の甲冑めいて、三脚椅子に腰掛けた姿勢でモーティマーを見返している。モーティマーは拳を握ったり開いたりしながら、それを睨む。

 壁には幾つかのショドーが貼られている。「オムラ・インダストリ」「強い戦闘」「破壊力」「V字回復」……マネキンに着せられた、PVCテープの継ぎ接ぎだらけのパワードスーツ「モーターオムラ」。モーティマーは歯を食い縛る。畳の上に転がるファイルを拾い、社外秘資料のページを繰ってゆく。

 社外秘資料には有事の際のリダンダント生産施設の座標図。オムラ・インダストリが他企業から致命的攻撃を受けた場合、その施設をシェルターとし、少なくとも三年間の戦闘継続を可能とする。結局それは役に立たなかった。オナタカミ社とイッキ・ウチコワシの電撃攻撃の前には無用の長物であった。

 会社倒産で裸一貫ネオサイタマのストリートに放り出された後、彼はある種の狂気と執念によって、散逸したパワードスーツを拾い集めた。どれだけかかったことだろう。彼はPVCテープでスーツを補修し、内部ログICから社外秘資料データを吸い出し、スーパーマーケットでプリントアウトを行った。

 彼は一度、リダンダント生産施設への「帰還」を試みた事がある。社長としてだ。施設は聞き慣れぬ別企業の管理下に置かれていた。そして彼はすげなく追い返された。モーティマーは二度目の絶望と屈辱に打ち震えた。だが、今はわかる。あの「モータースゴサ」を見た後はわかる。

 モーティマーの心には今、彼自身にも説明しきれぬであろう、ないまぜの感情が渦を巻いていた。オムラ・インダストリへの感情が。己の境遇への感情が。モーター理念への感情が。巨大な葛藤が。だが彼はその混乱した感情が為に赴くのだ。彼は己の頬をスモトリめいて繰り返し張った。

 マネキンからパワードスーツを剥がし、己の身体に装着してゆく。スーツの電力は充分にある。最後に彼は、ドアの前に転がるフルフェイスのヘルメットを被る。全くスーツと整合性の無い、モトクロス用のヘルメットを。そしてやおら、玄関ドアをショルダータックルで破壊!飛び出す!「ウオオーッ!」

「アイエエエエ!」ドアの外、すぐそばにいた新聞配達員が悲鳴をあげてきりきり舞いした。「ウオオーッ!」モーティマーはひしゃげた鉄板と化したドアを蹴飛ばし、階段を駆け下りた。

 モーティマーは知る由もない。生かさず殺さず彼を監視していたニンジャは既に無い。ニンジャスレイヤーが殺したからだ。彼を止めるものはない。「ウオオーッ!」彼を止めるものはない!

 

◆◆◆

 

 金網で囲まれた敷地をタバタは眺める。広い駐車場スペースと、運送会社の拠点じみた社屋。会社名はモヌケ・エンタープライズではなく、受付に「集約センター」とだけ書かれている。「ドーモ。アポイントメント有るんですが……」タバタは受付の警備員に話しかけた。

「アポイントメントね」警備員はオイラン・ポルノ雑誌から目を上げ、来客リストを眺めた。「名前?どこの?」「……フガマイ・エンタープライズのカカノです」「カカノ=サン?フガマイ?」警備員は通信機に向かって小声で何事か確認した。タバタは営業的スマイルで待った。嘘のかたまりである。

「……どうぞ。確認取れました。二階の第二会議室ですね」警備員はオイラン・ポルノ雑誌を再び読み始めた。タバタは会釈し、しめやかに敷地内へ入り込んだ。ゴゴゴゴ……ちょうど、アスファルトを震わせて、大型の輸送車がゲートから出て行くところだった。日没間もない時間だ。雨が降り始めた。

 タバタはコートの懐に手を入れ、歩く速度を早めた。「オーライ……オーライ」LED誘導灯を振る警備員が、通り過ぎるタバタを一瞥した。「……」タバタは社屋にエントリーした。見栄の少しもない、まるで裏口通用門じみたロビーである。「ドーモ」受付窓口の女性社員がオジギする。

「ドーモ。フガマイ・エンタープライズのカカノです。二階ですよね」「そうですね。あちら奥の階段です」「ドーモ」タバタはネクタイを確認しながら、「恐縮なのですが、お手洗いはどちらでしょう」「お手洗い?あちら突き当たりです」「ドーモ」タバタは外を見た。警備員が何人か、歩いて来る。

 タバタは廊下を殆ど走るように移動し、突き当たりのトイレに入った。窓……無い。慌てるには早い。タバタは手洗いの上に乗り、天井のダクトのカバーを掴む。バランスが悪い中、苦心して彼はカバーを外し、そっと降ろした。足音が近づいてくる。警備員だ。タバタは迷わずダクトの中へ入り込んだ。

 タバタは肘に力を込め、闇の中を匍匐前進する。完全に違法行為だが、この際仕方がない。証拠が得られればケジメは回避できる。無ければ……セプクにならないよう頑張るとしよう。だが、証拠は有る。絶対にある。(((出だしから躓いたな)))タバタは淡々と思考した。

 ダクト内を何度か直角に曲がると、前方に四角い明かりが見えてきた。タバタは格子状の蓋の向こうを覗き込んだ。緑色の床が見える。搬入路の一角だろうか?警備員の気配は無さそうだが……タバタは溜息を吐き、格子状の蓋を外した。ダクトまで追ってくる者がいないとは限らない。タイムイズマネー。

 タバタはダクトから降り、身体の汚れを叩いた。やはり搬入搬出路の一角か。フォークリフトが駐車してある他、赤いドラム缶や「努力目標」と書かれた折れ線グラフ図の張り紙、女性が微笑む「コピー機です」のポスターがある。警備員の姿は無い。タバタは壁沿いに歩き出した。

「本日の例会は予定通りです。本日の例会は予定通りです」マイコ音声社内放送がスピーカーから流れてくる。偽装された侵入者警報といったところか?搬出搬入路につながる奥の廊下からこちらへ向かってくる足音が複数ある。タバタは手近のフォークリフトの陰に身を潜めた。

「実際どうですか」「なかなかいいです」「私の方もだいぶいいですね」「いいですよね」「あっちの件はどうなんですかね?」「多分いいですよ」「いいでしょうね」「……しかし、嫌ですね」「嫌です」「見つかりますか?」「どうでしょうね」タバタは彼らの死角になるようジリジリと移動する。

 彼らはPVCジャケットと作業帽を身につけ、配送業者とはやや違うアトモスフィアを漂わせている。タバタは彼らが行ってしまうまで待ち、奥の廊下に進んだ。既にデッカーガンのロックを解除してある。だが、さすがに殺害はダメだ。既に悪徳デッカー行為の真っ只中であるが、殺すのはいけない……。

 廊下の右の壁には、数メートルごとにショウジ戸と石灯籠がある。どれに入るべきか?入るべきでないか?勘に頼るしか無い……タバタは足を止めた。二つ先のショウジ戸が開いたのだ。タバタはすぐ横のショウジ戸を開いた。他に選択肢は無い。彼は中に滑り込んだ。

 幸いそこは、チャブが一つ置かれただけの小会議室、無人である。壁には「V字回復」のショドー。タバタはショウジを僅かに開いた状態にし、出てきた者たちの様子をうかがった。

 廊下を走ってゆくのは先程のエンジニアじみた者らとは違う、ライフルで武装した警備兵だ。ドカドカと鉄靴を鳴らして駆けてゆく彼らの後ろ姿を見送るタバタは、生きた心地がしない。彼はしめやかに会議室を退出し、警備兵が出てきたショウジ戸を少しだけ開いた。……通路がある。彼は中に進んだ。

「地下……」タバタは呟いた。通路の先にあったのは、緩やかに下るスロープだ。壁にはオジギをする作業員のイラストレーションが貼られており、「安全帽はあなたを守るので」と書かれている。タバタは早足でスロープを降りる。徐々に空気が蒸し暑くなってきた。そしてくぐもった駆動音らしき響き。

 やがて彼は広大な空間に到達した。ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!もはやインダストリアル音は頭を揺さぶる程だ。安全柵の張られた通路から、彼はガレージを見下ろした。「これ……」殆ど唖然として、彼は立ち尽くす。行き来する作業員達……稼働音……降下してくるリフトエレベーターには……!

「どうですか!我が社の生産施設は」タバタは背後の声に弾かれたように振り返った。いつの間に?彼は咄嗟にデッカーガンを……「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 タバタのデッカーガンが跳ね飛び、下のガレージへ落ちていった。回し蹴りを繰り出したその者は、片脚立ちの姿勢でタバタを睨んだ。ナムサン……ニンジャである。黒帯・黒い道着、上半身は裸で、鍛え上げた胸板には雷神の刺青。鼻から下を黒覆面で覆い、目には埋め込み式サイバーサングラス。

 タバタは咄嗟に懐から小型拳銃を抜き、引き金を引いた。BLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」上げた片脚が霞み、膝先の足捌きによって、小型拳銃の銃弾は全て弾かれてしまった。「無駄だ、クンクン嗅ぎ回るネズミめ」タバタは踵を返し、通路の先へ駆け出した。だが!「イヤーッ!」

 ムーンサルト回転ジャンプでタバタを飛び越したそのニンジャは、進行方向を塞いで着地、オジギを繰り出したのである。「ドーモ。はじめまして。私がオムラ・インダストリCEO……」オジギ姿勢から顔だけを上げ、タバタを見る……「カネダ・オムラ。同時に、プロダクト名、モーターカネダです」

 オムラ!オムラだと!?CEO!?タバタはIRC通信を確立しようと試みる。ザリザリ……ノイズは無情だ。「無駄だ、デッカー……いやさ不法侵入者」モーターカネダの目が光り、体内からキュイイイ……と不気味な高音が発せられる。「無線LANなど自由にジャミング可能だ。インダストリでな」

 BLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」ヒュヒュヒュン……モーターカネダは一瞬で開脚中腰姿勢となり、残像めいて両腕を閃かせた。その手にはサイの二刀流!全弾丸を切断破壊!「お前を殺す事はせん、デッカー。そこは安心してもらっていい……安堵の溜息をついていい……クククク」

 タバタは引き金をさらに引こうとした。「イヤーッ!」拳銃が真っ二つに切り裂かれる!タバタは残骸を捨て、後ずさる。「殺しはしないが……」モーターカネダは言った。「残念ながらお前はセプクさせる。この意味がわかるかね。セプク、させる、のだ。わかるかね。私の言葉の意味が」

「……」モーターカネダはサイを腰帯に戻し、ボキボキと首を鳴らした。肩や腕の切れ目部分が蒸気を吹き、有機皮膚プレートが数インチ外側へ浮き上がる。モーターカネダは懐からスシを取り出す。ナムサン……オーガニック・トロだ。覆面をずらし、咀嚼する。「フー……」なんたる人間味……!

 これ見よがしにスシを食べ終えると、廃熱目的と思しき理由で展開していた有機皮膚プレートが音を立てて再び元に戻った。「これがインダストリであり、テックだ。魚すらも咀嚼し消化するボディ……わかるかデッカー。たゆまぬ改善と進歩……その夢をだな、絶対阻害したらダメ!ダメなんだよ」

 タバタは訝しんだ。難癖じみて詰め寄るモーターカネダの瞬間的な高揚は、スシによってもたらされたのだろうか?一体これは何者なのか?ロボットがCEO?モーティマー・オムラとはどういう関係なのか?「いいかッ!」「グワーッ!」モーターカネダがタバタのシャツの首元を掴み、吊り上げる!

 タバタを睨みつけるモーターカネダの瞳孔が収縮・拡散を繰り返し、再び冷酷さを取り戻す。「残念ながらお前は組織の支持も得られんぞ。お前ごときデッカー風情が口も利けぬ上層部の人間とコネクションがある……それがメガコーポだ」危惧した通りだ!「この件は合法的に解決し、ネズミはセプクだ」

「ァ……」タバタは呻いた。モーターカネダはタバタをさらに高く吊り上げる。「グワーッ!」「末端デッカーの意見など聞く耳持つ必要なし。インダストリの栄光、破壊力!鋼鉄!装甲!弾薬!破壊力!テック!それら知恵の実こそが真実よ。人間の営みなど、穴ぐらでキノコを栽培する蟻に相違なし」

「……イヤーッ!」タバタは己を吊り上げる腕に両脚を巻きつけ、力を込めて反らす!「ヌウーッ?」ミシミシとモーターカネダの腕が軋む。だが、苦し紛れか!「イヤーッ!」モーターカネダはムチのように腕をしならせ、タバタを床に叩きつけた!「グワーッ!」「卑しい真似はよしたがいい!」

 タバタは己を強いて起き上がり、ファイティングポーズを取る。「フン!」モーターカネダはあからさまに侮蔑した。「ニンジャに、モーターテックに格闘戦を挑む?全くのインダストリアル・ナンセンスだ。例えばそのフットワークも……」タバタはモーターカネダの側面を取ろうとした。「イヤーッ!」

「グワーッ!?」ナムサン!その脚が強烈なローキックでひしゃげる!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに首筋にチョップが叩き込まれる!タバタは白目をむき、崩れ落ちた。「CEO!」チーフが警備兵を引き連れて駆けてきた。モーターカネダはタバタを軽く蹴った。「下へ運べ。タイサ=サン」

「ハイヨロコンデー!お前達わかったか!」「ハイヨロコンデー!」警備兵は気絶したタバタを複数人で持ち上げ、去って行った。チーフは額の汗を拭った。「ご苦労様です!」「お前もよく働いている」モーターカネダは頷き、リフトエレベーターで降りてきたモータースゴサを見下ろす。

「素晴らしい破壊力を見せました。データも十分すぎるほどに」「当然モニタリングしたとも。楽しませてもらった」モーターカネダは歩き出した。チーフもそれに続く。眼下のガレージでは帰還したモータースゴサにメカニックが群がり、修理を開始する。その横にはモーターサスガだ。

「データ蓄積も想定よりずっと凄いです」チーフは言った。ギュグン……小型リフトエレベーターでガレージへ降りながら、彼らは壁の進捗バーを見る。58パーセント!「スコーチャー=サンはどうだ」モーターカネダが不意に問うた。「ボディは回収できたか」「……ハイ。残念ながら殺害されており」

「殺したのはデッカーではないな」とカネダ、「ボディを放置するなどという事はあるまい」「残念ながら殺害者によってログが持ち去られており、状況確認には時間を要するかと」「オナタカミか?」「チィー」オナタカミの名を耳にすると、チーフの表情が憎しみに曇った。「下劣な裏切り者企業!」

「モーティマーの監視が外れた格好だな」カネダが言った。「面倒の種ですな」チーフが答えた。カネダは鼻で笑った。「面倒?それ程のものでも無し。ただ、アレは囮の役には立つ。引き続き泳がせるべきではある」「仰る通りです」チーフが同意した。小型リフトエレベーターがガレージの床に到達した。

「「オツカレサマデス!」」社員達がオジギする。「作業を止めるな」歩きながらカネダが言った。「「アリガトゴザイマス!」」社員達が素早く作業に戻る。「モーターオムラ……」タイサが恍惚じみて呟いた。「オムラ三天使の破壊と殺戮を贄とし、雷神は海よりネオサイタマに至る……必ずや……」

「ドーモ!」警備兵がオジギした。彼らはタバタを示した。運ばれた椅子に気絶状態で座らされ、ワイヤーで縛られている。「医者の手配をしろ。衰弱死されてはかなわん」「ハイヨロコンデー!」警備兵達が走り去る。カネダは腕組みしてガレージを見渡した。「……その日は近い」


7

「……グワーッ!」電気のキックを受け、タバタは仰け反った。瞬間的に覚醒させられた彼は、己のおかれた状況を苦痛と共に把握する。右脚には添え木めいたものが当てられ、応急処置が施されている。「お目覚めか、デッカー」モーターカネダとチーフエンジニアじみた男が彼を見下ろす。

 ゴンゴンゴンゴン……インダストリアル音とむせ返るような熱で満たされたガレージを行き来するエンジニア達。ビボビボと音を立てるUNIX機。そしてスモトリの二倍以上ある恐ろしげなロボット。例の殺戮モーター兵器達だ。一つは修理中、一つは骨組み、一つは恐らくスタンバイ状態である。

 残念ながら状況の好転は一切無し。「寝ているとうまくいった」というミヤモト・マサシのコトワザも、信用のおけぬ言葉である事だ。「気分はどうかね」「最悪ですね」とタバタ。「元気。グッド」カネダは頷く。「モーターボディは加減が難しい。私の危機管理能力に感謝する事だぞ」

「至れり尽くせりの処置に感謝しますよ。CEO」タバタは言った。カネダは鼻で笑う。「これは合理性よ。仮にもデッカーであるお前を殺せば、さすがにマッポを抑え切れん。しかも我々が殺人非合法組織の謗りを受け、V字回復に支障が出る。これがマネジメントだ。想像力を持て、タバタ・ヤスキリ」

「ID返してくださいよ」タバタは言った。「V字回復って何の事です?回復ってのはさ……オムラは倒産して、解体したでしょ。だいたい社長はどうしたんですか」「彼がCEOだ、バカめが」チーフエンジニアが口を挟んだ。「そして、オムラ倒産?バカを言うな!口を慎め!風評被害だぞ貴様!」

「やめなさいタイサ=サン」カネダがたしなめる。「無知な愚か者はいつの世も賢者の一万倍いる。彼も学ぶ筈だ。ここでな」「フーッ!フーッ!」タイサは肩で息をし、歯噛みしてタバタを睨む。カネダはタバタを見た。「モーティマーは役員人事において解任された。この苦境の戦犯、オムラの面汚しだ」

 言葉通りに受け取るならば、モーティマーは一連の件と無関係という事になるか。ニンジャをつけていたのは監視目的か?タバタは考えを巡らせた。それは進退極まった現状では無意味な精神安定行為でしかないが……「そこのロボットであれだけ派手に壊して殺しておいて、非合法組織の謗りも何もないでしょ」

「これだから俗人は!」タイサは吐き捨てるように言った。「インダストリ革新というのは戦争とセットなんだよ。コンピューターだって自動車だってヌークリアだってそうだ!お前のようなケチなデッカーを殺害する行為と違って崇高……」「同じだクソ野郎!」タバタが叫んだ。「人殺しどもめ!」

「バカハドッチダー!」「グワーッ!」タイサの手が出た。頬を殴られたタバタは縛りつけられた椅子ごと横に倒れ、呻いた。「やめろ。蟻に心乱すな」カネダがタイサの手を押さえた。そしてタバタに言った。「大きく強い。だから凄い。我らが起こすモーターイズムの巨大な波はイノベーションを生む!」

「セプクの土産に、その巨大な波とやらを教えてもらいたいね」タバタが尋ねた。「このふざけた破壊行為を通して、何をやらかすつもりなんだ?」「いずれわかろう」カネダは警備兵に合図した。警備兵が駆け寄り、タバタの椅子を起こして戻す。

「翌営業日になり次第、貴様はマッポ内のコネクション人物に引き渡す。そののち合法的にセプクだ。ハイクを考えておけ」カネダが言った。タイサがタバタの髪をぐいと掴み、勝ち誇った。「わかるか?我々は周到なマネジメントと情熱をもって粛々と進める」

「マネジメント……」「そうだ。モーティマーはオムラ直系の血筋を持ちながら、モーターイズム体現に際し、あまりに人格的資質を欠いた!」タイサが叫んだ。「だがカネダ・オムラCEOは違う!わかるか!アルベルト会長をも超える真のモーターイズム時代が、彼の手でもたらされるのだ!」

「笑止!」「何ッ!?」カネダとタイサは素早く振り返り、インダストリアル音を割って上から降ってきた声の主を見上げた。タバタが侵入してきた天井付近のバルコニー通路の入り口を。そこにはニンジャが腕組みして立っていた。赤黒の装束、そして「忍」「殺」のメンポを身につけたニンジャが。

「お、お前は?」タイサが震える手で指差した。「その身体要素は、バカな……ニンジャスレイヤー!何故ここに!」「チーフ!大変です!」エンジニアが一人、モータースゴサのブースから駆けて来た。「何らかの無線LAN装置がモータースゴサに撃ち込まれています!強力な電波です!」「何だと!」

「ここがオヌシらのカタコンブか」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。「抑圧者オムラの醜き亡霊め。未練たらしいカイシャ遊びは終わりだ!」「ニンジャスレイヤー」カネダは赤黒のニンジャを睨む。タイサが叫んだ。「奴はモータードクロのプレゼンテーションに泥を塗った狂人なのです!」

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。オムラ・インダストリのCEO。カネダ・オムラ……モーターカネダです」モーターカネダはアイサツを繰り出す。「ドーモ。モーターカネダ=サン。ニンジャスレイヤーです。イヤーッ!」オジギ終了からコンマ2秒!ニンジャスレイヤーは下へ跳んだ!

「デアエ!デアエーッ!」タイサは両手をブンブンと振り回し、警備兵達に指示を出した。さらにロボニンジャのブースに向かって叫んだ。「スタートザーマシーン!スタートザーマシーン!」「「「ハイヨロコンデー!」」」キビキビと起動作業にかかるエンジニア達!

「「ザッケンナコラー!」」回転着地したニンジャスレイヤーを、警備兵達が取り囲む!おお、ナムサン!PVCブルゾンを脱ぎ捨てた彼らの正体は、両肘から先をサイバネ化したクローンヤクザである!何たる邪悪なバイオテックのクローン技術とサイバネティクスの最悪な融合!「「スッゾオラー!」」

 包囲網からやや離れ、モーターカネダはカラテ警戒する。読者の皆さんには特別に説明しよう。彼の網膜には現在「戦闘データをキャプチャ更新な」のミンチョ文字が点滅し、ニンジャスレイヤーのスキャンを開始している。オムラに蓄積された過去のニンジャスレイヤー戦闘記録のアップデートだ!

「ザッケンナコラー!」クローンヤクザ達がニンジャスレイヤーに一斉に殴りかかった。彼らの鋼鉄の拳のパンチ力はニンジャ耐久力をもってしても十分致命傷になり得、危険だ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは先頭を切ってきたヤクザの胴体にポン・パンチを叩き込む!「グワーッ!」

 クローンヤクザは体をくの字に折って吹き飛び、後ろの三体を巻き添えに、「冷凍便」と書かれたコンテナに激突!「スッゾオラー!」さらなるヤクザが殺到!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは一人一人の顎を蹴り上げる!

 ゴウランガ!蹴り上げられた者達はガレージの天井に次々に突き刺さりモニュメント化!「チェラッコラー!」さらなるヤクザ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはシカめいたバックキックを繰り出す!「グワーッ!」バックキックを受けたクローンヤクザは壁に水平にめり込みモニュメント化!

「アッコラー!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を屈めて突進者を担ぎ上げると、反対側のクローンヤクザ達に投げつける!「グワーッ!」三体が巻き添えになり、ダウンして積み上がる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転ジャンプし、彼らをサンドイッチじみてストンプ!「グワーッ!」

「ウオオオーッ!」エンジニアがフォークリフトを運転して突進!ニンジャスレイヤーを轢き殺しにかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは殴りかかってきたクローンヤクザの襟首を掴み、フォークリフトめがけ投げつける!「グワーッ!」フォークリフト運転席をヤクザが直撃!

「アバババーッ!?」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがフォークリフトを飛び越えると、その後ろにいたクローンヤクザ群にフォークリフトが衝突!「アバババーッ!」ゴアフィースト!ナムアミダブツ!

「ワドルナッケングラー!」着地したニンジャスレイヤーめがけ、サスマタを構えたヤクザ群が迫る!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは付近にあった「天地無用」コンテナを蹴って破壊し、中にあったボーを拾い上げた。「スッゾー!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 サスマタのリーチ優位をボーによって崩したニンジャスレイヤーは、クローンヤクザの喉や脳天を打って一人一人倒して行く。ワザマエ!「イヤーッ!」そこへ放たれる二枚同時投擲スリケン!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはボーを回転させてそれらを弾き落とす。投擲者はモーターカネダである!

「ニンジャを殺すものだと?」モーターカネダはカラテを構えた。「何たる驕り高ぶった名前か。ニンジャとは叡智の与え手。奴隷たるべき者達は喜んでその歯車となり、奉仕せねばならん」「成る程。これまでの貴様らのなりふりにぴったりと合致する思想」ニンジャスレイヤーは言った。「反吐が出る」

「イヤーッ!」モーターカネダが回し蹴りでしかけた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を屈めて躱し、そのまま自らも上半身を地面に向けながらの回し蹴りで反撃した。南米に伝わった攻防一体のカラテ技、メイアルーアジコンパッソだ。「イヤーッ!」モーターカネダは側転で間合いから逃れる。

「イヤーッ!」飛び離れるモーターカネダめがけ、ニンジャスレイヤーはスリケンで追撃!「イヤーッ!」モーターカネダは素早く二刀流のサイを繰り出し、スリケンを弾くと、そのままニンジャスレイヤーに切りかかった。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転でこれを回避!モーターカネダは素早い踏み込みでこれを追い、連続で斬りつける!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは連続でバック転!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

「CEOーッ!」タイサが叫んだ。彼はブースにいた。モーターサスガとモータースゴサが心臓部のエンジンを震動させ、起動可能状態だ!「貴方は社の宝だ!貴方の経営手腕とオムラ思想は本来、万に一つも危険に晒されてはならんのです!」彼はUNIX接続されたレバーに手をかけ、引き下ろす!

「「ゴウオオオーン!」」二体のロボットが同時に両腕を振り上げ、咆哮した。「イヤーッ!」モーターカネダは頷き、バック転でニンジャスレイヤーから飛び離れる。バシューッ!モーターカネダの肩の皮膚プレートが浮き上がり、蒸気を放って排熱!「リスクマネジメント重点!かかれ!」

「拘束を!畜生ッ!」タバタが椅子でもがいた。「拘束を外してくれ!囮ぐらいの役には……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはタバタの椅子めがけ跳躍!ジャンプチョップでワイヤーを一撃のもとに切断した。「囮だと?邪魔にならぬよう脱出せよ」ニンジャスレイヤーは二体のロボットに向き直る。

「ドーモ。モーターサスガです」歯車盾を、「ドーモ。モータースゴサです」ドリル腕を構え、二体のロボットがオジギした。ニンジャスレイヤーはオジギを返した。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「カナリも出ます!」エンジニアの一人が叫んだ。「機構は完成している!」「何!」タイサが叫ぶ。

「投入せよ!社の危機だ!」「ハイヨロコンデー!」エンジニアがレバーを引き下ろす。「ヌウッ……」ニンジャスレイヤーは三体めのロボットの起動をカラテ警戒する。「ゴウオオオーン!」脚部以外はいまだ骨組み状態のそれは両目を光らせ、アイサツ行為をした。「ドーモ。モーターカナリです!」

「CEO!」タイサが叫んだ「合体シーケンスにはオムラ認証が必要です!IRC承認を!」返事をするかわり、モーターカネダの目がサイバーサングラス越しにもわかるほどの光をはなった。「「「ハイヨロコンデー!」」」三体のロボットが応答!モーターサスガとモータースゴサがカナリめがけ走る!

 不穏な兆候を黙って見ているニンジャスレイヤーではない!「イイイイイヤァーッ!」モーターカナリに集まるロボット達をめがけ、スリケンを連続投擲!だがそこへインターラプトに入るはモーターカネダ!「イイイイイヤァーッ!」両腕が霞むほどの速度でサイを繰り出し、スリケンを弾き飛ばす!

 ナムサン!シーケンス完遂!モーターカナリを中心に、二体のロボットはそれぞれ右半身、左半身と化し、接合した。そこには歯車盾とドリルアームを装備する悪魔的殺戮ロボットが現出した!「「「オームラ!オムラ!オームラー!」」」エンジニア達は泣き叫び、その場でバンザイを繰り返す。狂気!

「ピガー!」「イヤーッ!」モーターカネダが跳躍し、合体者の頭頂部に着地、センサーに親指を押しつけてオムラ血族指紋認証を行う。そしてジュー・ジツを構えるニンジャスレイヤーに言った。「アイサツ機能は未実装ゆえ紹介してやる。これが三天使の殲滅形態!モーターガッタイだ!貴様は死ぬ!」

「ウオオーンン……」モーターガッタイが恍惚じみた呻きを漏らす。電子音ではない。接合したパーツ同士が軋み、怪物の声のように聴こえるのだ。「イヤーッ!」モーターカネダはバルコニー通路に跳躍退避し、ニンジャスレイヤーを指差した。「殺せ!」

「「オームラ!オムラ!オームラー!」」エンジニア達はバンザイ・チャントに熱中し、リフトエレベーターが稼働した事には気づかなかった。「カラテテスト重点!イヤーッ!」「オム……アバーッ!」いきなりモーターガッタイに蹴られたエンジニアが内臓を撒き散らして吹き飛び、即死!

「誤差の範囲だ」モーターカネダは冷淡に言った。「下級エンジニアはモーターガッタイのテストを済ませろ。二人ぐらいで十分だ」「ハイヨロコンデー!お前、行け」「アイエエエ……ま、任せてくださいよ……」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバババーッ!」

 文明の簒奪者たるニンジャは、自ら創造する事がない。だが、彼らの考案したシステムが歴史に残る事はままある。橋やテンプルの土台に生きた人間を埋める人柱行為はその一つだ。泣きながら歯車盾の錆と化し、ドリルに巻きつく腸や肉片と化すエンジニアをバンザイで見守る彼らは現代のそれであろう。

「イヤーッ!」更なるエンジニア殺戮のためにドリルアームを構えたモーターガッタイのもとへ、全力疾走のニンジャスレイヤーが到達、弾丸めいた飛び蹴りをその横面に叩き込んだ。「ピガーッ!」モーターガッタイはよろめいた。だが倒れぬ。ニンジャスレイヤーは反動で後ろへ回転跳躍した。

「オームラ!オムラ!オームラー!」エンジニアのチャントがガレージを満たす。ニンジャスレイヤーは空中で身を捻り三枚のスリケンを同時投擲!「イヤーッ!」歯車盾がこれを跳ね返す。モーターガッタイは勢いをつけ、「イヤーッ!」近くのエンジニアを歯車回転運動の藻屑と変えた。「アバーッ!」

「慣らしも済んだ事だろう。勇敢なオムラ社員は社葬の光栄に服す事ができる。弔おう」モーターカネダは手摺を掴み、身を乗り出した。肩甲骨周辺の皮膚プレートが数インチ浮き上がり、無線LANアンテナらしきものが展開した。「ピガガガガピー!」モーターガッタイが頭部を回転させる。

「殺戮重点な!」ドッシ!ドッシ!背部から熱蒸気を噴き出しながらモーターガッタイがニンジャスレイヤーに迫る!「イヤーッ!」ドリルアームが襲いかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍回避!腕を、肩を蹴り上がり、頭部に強烈な蹴りを放つ。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」だがその時!モーターガッタイは背中からロケットを噴射、瞬時に身を屈めてこれを回避すると、上体をかがめた回し蹴りをニンジャスレイヤーに叩きつけたのだ!「グワーッ!?」ナムサン!それは歪なメイアルーアジコンパッソの模倣めいたロボットニンジャカラテ!

「そうだッ!その動きだ。ぐんぐんインストールされてゆくぞ!」タイサが拳を固めて鼻息荒くガッツポーズした。「理想的戦闘データフィードバックAIなんだ!壊して殺せ!」「イヤーッ!」胸板が展開!現れたのは、モータースゴサ時点では腕に装備されていたロケットランチャーだ!BOOM!

「イイイイヤァーッ!」吹き飛ばされながらニンジャスレイヤーはスリケンを連続投擲!襲いくるロケット弾が空中で次々に撃墜される!「オームラ!オムラ!オームラー!」エンジニアのバンザイ・チャント!「イヤーッ!」モーターガッタイは自ら突進、ドリルアームで突きを繰り出す。ポン・パンチ!

 ナムサン!血塗られた巨大ドリル攻撃が空中のニンジャスレイヤーを貫通せんとす!「オームラ!オムラ!オームラー!」バンザイ・チャント!だがその瞬間、ニンジャスレイヤーの身体はドリルを中心点に空中で渦を巻くように回転した!そして斜め上に飛び離れたのだ!「「エーッ!?」」社員の嘆息!

 読者の皆さんの中にニンジャ反射神経の持ち主がおられれば、不可解挙動の謎が解けただろう。秘密はニンジャスレイヤーがその瞬間に投擲したドウグ社のフックロープ!フックロープは回転するドリルに側面から絡みついた。そしてニンジャスレイヤーはネギトロめいて吸い込まれる前に手を離したのだ!

 弾かれるように飛んだニンジャスレイヤーは、壁の禍々しき進捗バーパネルを蹴り、高高度からの反射ドラゴン・トビゲリを繰り出す!「イヤーッ!」「ピガーッ!?」首の付け根に強烈な打撃を受け、モーターガッタイは転倒!ニンジャスレイヤーはその身体を蹴り、遮二無二振り回す歯車盾を跳躍回避!

 ニンジャスレイヤーは空中でグルグルと回転、遠心力を載せ、垂直落下ストンピングを狙いに行く。だがその時!「イヤーッ!」バルコニー通路から放たれる二枚同時投擲スリケン!モーターカネダのインターラプトである!「グワーッ!?」一枚を跳ね返すも、もう一枚が命中!

「ガガピピー!」モーターガッタイはシーソーめいて仰向け状態から上半身を起こし、歯車盾を下から掬い上げるように繰り出す!非常に危険だ!ネギトロ重点!落下しながらニンジャスレイヤーはブレーサーを交差させ、これを咄嗟に受ける!激しく飛び散る火花!そして跳ね飛ばされる!「グワーッ!」

 吹き飛ぶニンジャスレイヤーの両腕から、破壊されたブレーサーの残骸が分離した。ナムサン……この装甲なくば生身の腕がこうなっていたのだ。次はないぞニンジャスレイヤー!そしてモーターガッタイは新機能を重点して起き上がり、駆け出す!加速!「イイイイイヤァーッ!」

 ナムサン!?それは歪な、失敗した模倣じみたドラゴン・トビゲリなのか!?だが背中のブースターを併用し、強引にニンジャスレイヤーを蹴りにゆく!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの胴体にトビゲリが突き刺さる!「グワーッ!」吹き飛んだニンジャスレイヤーは壁に大の字に叩きつけられる!

「オームラ!オムラ!オームラー!」エンジニア達のバンザイ・チャントが勢いを増す!モーターカネダはサイバーサングラス下の目を激しく発光させ、ニンジャスレイヤーの戦闘データをIRC送信し続ける。ニンジャスレイヤーはずるずると壁を滑り落ちる。「ゴボッ」メンポの呼吸孔から血が零れた。

 ニンジャスレイヤーの意識が薄れてゆく。接近するモーターガッタイのシルエットが滲む!(((バカめ……)))「オームラ!オムラ!オームラー!」(((バカめが……ウカツだぞフジキド……)))「オームラ!オムラ!オームラー」(((そのまま抑え込め……爆ぜるぞ……!バカめ……!)))

「オームラ!オムラ!オームラー!」(((臓腑から衝撃を逃せ……時間を稼ぐのだフジキド……)))「オームラ!オムラ!オームラー!」ニンジャスレイヤーは全身のカラテの流れを意識する。重い。なんたる重い質量を受けたことか。チャドー呼吸を行う余力を得なければ……!

「オームラ!オムラ!オームラー!」(((時間が必要だ……時間を稼げ!それにしてもあのふざけたネンブツ!耳が腐る!)))「オームラ、エエーッ!?」チャントが乱れた。エンジニアがどよめいた。……人知れず上に上がっていたリフトエレベーターが、ガレージに戻って来た。その者を載せて。

「お、お前ーッ!?」タイサがその者へ指を突き付けた。「なん、何でここにまた来やがった!」彼は泡を吹きながら人さし指を繰り返し突き付ける!「カエレ!カエレ!」エンジニア達が悲鳴じみてそれに和した。「カーエーレ!カーエーレ!」その者は……くたびれたパワードスーツの男は顔を上げた。

 アメフト選手じみて大柄なその男は……モーティマー・オムラは、ヘルメットを投げ捨てた。そして小さな目を不穏に光らせた。その目には分析し難い様々な感情、感傷が、ない交ぜになっていた。エンジニア達はそのアトモスフィアに気圧され、黙り込む。「オムラは……カイシャはな……」

 キュイイイイ……モーターガッタイは頭部を回転させる。「インシデントな。整理を重点な」「まずニンジャスレイヤーだ!バカはほっておけ!」モーターカネダが叫んだ。モーターガッタイは頭部を回転させる。「重点重点」「チィーッ……忌々しきは、勿体無くも無駄な、奴のオムラの血……!」

「オムラは!」モーティマーはアメフト選手めいて肩から突進する……モーターガッタイめがけ!「オムラは!終わったんだァー!ウオオーッ!」「ピガガガガピー、ピガッ……防衛重点!」モーターガッタイが旋回!モーティマーを迎え撃つ!「……イヤーッ!」ドッシ!ドッシ!ドッシ!

 KRAAAAASH!ドリルアームがモーティマーのパワードスーツを捉える!モーティマーは跳ね飛ばされた。そして床を三度バウンドし、ゴロゴロと転がり、倒れて動かなくなった。「……」ニンジャスレイヤーは上げた右手をだらりと降ろした。そしてチャドー呼吸を再開した。「スゥーッ……」

「ピガッ、ガ、ガガ、オムラ敵排除成功重点な」モーターガッタイが宣言する。脚部関節に微細なスパーク。スリケンが食い込んでいる。ニンジャスレイヤーが投擲したのだ。微々たる攻撃だが、ドリルアームで殴りつける瞬間のモーターガッタイのバランスを崩させるには十分だった。「ハァーッ……」

「ええい!」モーターカネダが手摺を殴りつけた。「そんな事はいい!ニンジャスレイヤーはまだやる!油断するな!全力の一撃で消し飛ばせ!」サイバーサングラス下の目が激しく輝く。データインストール継続!「騒いでないでアンタも参加すりゃいいじゃないですか」「何?」……「スゥーッ……」

 カネダは声の方向を向いた。手摺を支えにしながら、片足立ちで近づいてくるタバタを見た。「ID返してくださいよ」タバタは懐に手を入れた。カネダは素早くスリケンを……BLAM!カネダの後頭部に銃弾が着弾。額から飛び出した。撃ったのは戸口に立つシンゴ・アモだ。「ハァーッ……!」

 タバタは懐から手を出し、人さし指をシンゴに向けた。「いやあ。助かりました」「丸腰かお前」「息ピッタリですよ」「アホが」シンゴはデッカーガンを下ろす。うつ伏せに倒れたモーターカネダの頭にさらに二発。さらに心臓の辺りに残る全弾を撃ち込んだ。「ピガガガガガピピー」「スゥーッ……!」

 カネダは爆発四散した。IRC処理が彼のニンジャ注意力を削いだ。いかなニンジャ、ロボニンジャといえど、意識外方向から致命的攻撃を受ければ当然死ぬ。カラテが強くとも、相手が非ニンジャであろうとも。一瞬のウカツが命取りとなり、実力を発揮できず死ぬニンジャは数多い。「……ハァーッ!」

「ガガピー!重点!」モーターガッタイが腰から上をジャイロ回転させ、ニンジャスレイヤーに向き直る。「こ、殺せーッ!敵をコロセー!」タイサが叫んだ。「優秀なCEOは!また作ればイイんだよォー!オームラ!オムラ!オームラ……」エンジニア達は皆、震えて立ちすくんでいる。「スゥーッ!」

 ドッシ!ドッシ!ドッシ!ドッシ!モーターガッタイがニンジャスレイヤーに急速接近!「ゼンメツ・アクション・モード!」胸部装甲展開!「全弾射出重点!」ロケット弾が白煙と共に放たれる!BOOMBOOMBOOM……「Wasshoi!」

 ニンジャスレイヤーはキリモミ回転しながら跳躍!その周囲1インチを蛇のごとくまがりくねるロケット弾がかすめ飛んでゆく。当たらない!ニンジャスレイヤーはニンジャ動体視力でロケット全てを視認!ニンジャ聴力で空気の流れを読み取り、飛行方向を割り出していたのだ!「イイイイヤァーッ!」

「イヤーッ!」ドリルアームが襲う!ニンジャスレイヤーは懐に飛び込み、そのまま回転の勢いを止めず、腕の付け根へさかのぼるように移動!裏拳を叩きつける!「イヤーッ!」「ピガガーッ!」ドリルアームが破砕!腕部が露出!「イヤーッ!」「ピガガーッ!」胸部にケリ・キック!ランチャー破砕!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」振り下ろされるモーターガッタイの両手!迎え撃つニンジャスレイヤーの両手!真っ向ぶつかり合う!ニンジャスレイヤーの背中は燃えていた。赤黒く沸き立つ装束はズブズブと炎めいて霞み、焦げた臭いと熱を放ち続ける。双眸に宿るは赤黒のセンコ光!

 ドッシ!ドッシ!ドッシ!モーターガッタイが蒸気を排出!「ピガーッ!ピガーッ!ピガガガーッ!」「イイイイイイヤアアァーッ!」それは……カラテ!カラテの戦いだ!やがてモーターガッタイの両腕肘関節がスパークし、爆発を起こした。「ピガガガーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは更に踏み込む!モーターガッタイの胸部の切れ込みに両手を挿し入れ、オブツダンじみて押し拡げにゆく。「イイイイイヤァーッ!」メキメキと軋む胸部装甲!「ゼンメツ!ゼンメツアクション……」「カラテ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。「カラテだ!」

「ピガーッ!」モーターガッタイはニンジャスレイヤーにケリ・キックを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはモーターガッタイの膝を両足で蹴り、斜め後方にバックフリップ!「ピガガガガ!」モーターガッタイは両肘から火花を噴きながらカラテを構える!ニンジャスレイヤーは地を蹴る!

 モーターガッタイは身を沈め、ニンジャスレイヤーを一瞬待ち構える。ニンジャスレイヤーは飛び込む!ベイルファイアへ飛び込む!「イヤーッ!」「イヤーッ!」モーターガッタイが繰り出したのは歪なサマーソルトキック!モーターカネダにインストールされた戦闘データだ!ナムサン!

 だが!「くだらぬ!」ニンジャスレイヤーは吐き捨てる!そして、おお、ゴウランガ!サマーソルト回転するモーターガッタイに取りついたのだ!二者は共に上昇火炎風車じみて宙を舞った。ニンジャスレイヤーのサマーソルトキックを最も熟知する者は誰か?ニンジャスレイヤー自身である!敗れたり!

 蹴り足にしがみつき共に回転したニンジャスレイヤーは、空中でモーターガッタイの腰部にチョップを突き刺す!「イヤーッ!」「ピガーッ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」そして逆さまに落下!ALAS!何たる恐るべき変則アラバマ落としか!暗黒のカラテだ!「イイイヤァーッ!」「ピガガーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは垂直回転ジャンプ!頭から地面に打ちつけられたモーターガッタイが仰向けに倒れる!そこへ落下し、のしかかるニンジャスレイヤー!開きかかった胸部装甲を再びこじ開けにかかる!「イイイヤァーッ!」裂き開く!「ピガガガーッ!」モーター三天使を強制分解だ!

「アア、アアアアーッ!」人知れず、タイサは叫び、更なる地下へ通ずるエレベーターへ転びながら走り出す!……「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは痙攣するモーターサスガの動力部を踵落としで破壊!「イヤーッ!」モータースゴサの動力部を踵落としで破壊!「イヤーッ!」モーターカナリを破壊!

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは腰を落とした。そして残骸を振り返り、ザンシンした。「「「サヨナラ!」」」三体は立て続けに爆発四散した。


エピローグ

「オームラ!オムラ!オームラ!オームラ!オムラ!オームラー!」下降するエレベーターの上で、タイサ・ルニヨシはバンザイ・チャントを繰り返す。「オームラ!オムラ!オームラー!」

 CEO、カネダ・オムラは死んだ!オムラ血族のクローンバンクから、コールドスリープ者の脳と脊髄、指紋照合用の指先皮膚を摘出、オイランドロイド技術の延長状のサイバネボディに移植した理想的CEOは消滅したのだ。ヨロシサン、ピグマリオン・コシモト、オムラの三位一体技術が消滅したのだ!

「オームラ!オムラ!オームラー!」エレベーターは、バンザイを繰り返すタイサをあの秘密地下室へ導く。オムラ血族認証を行い、奥のUNIXルームへ、彼はバンザイしながらまろび込んだ。雷神は蘇る!絶対に蘇る!タイサは涎を垂らし、失禁し、コマめいて回転しながらUNIXの前に立った。

「オームラ!オムラ!ハァーッ……ハァーッ……」タイサは恐るべき速度でキーをタイプする。そしてネットワーク接続を行う。彼が放つのは邪悪なるボトルメール。妄執の情報遺伝子。『復活のノロシを上げよう。雷神はモーター理念のもとで再び蘇る。集え!』彼は檄文をネットワークに放流する!

「オムラ……オムラ……V字ッ!回復ッ!イイ!オムラ!」タイサはキーを叩く!叩く!叩く!ネオサイタマ近海の座標へ、オムラ三天使の戦闘データが流れ込む。今回の戦闘データも実際役に立つ!100%は近い!「オムラ!イイ!オムラ!イイーッ!」

 理想的CEOカネダ!素晴しい経営手腕!キョート筋からの投資を引き出し!タイサも知らぬV字回復計画を推し進めてくれていた!「オムラ!イイ!オムラ!イイーッ!」キーを叩く!モーターオムラ……必ずや。「オムラ!……フー」彼はデスクに両手を突き、うなだれた。モニタには「完了」の文字。

 タイサは満面の笑みを浮かべた。「後は任せたぞ、君たち。ガンバロ」……KRA-TOOOOOOOM!秘密地下室は爆発し、タイサ・ルニヨシは骨すらも残らず消えた。

 

◆◆◆

 

 霧雨が降っている。「そでん」「おマミ」「実際安い」「占い」「イカ」「紅茶キノコ」……屋台街には様々な色彩と書体の屋号が競い合う。その一角、湯気が立ち上るソバ屋台で、フジキドは黙々とスシソバをすする。

「やってます?」新たな客がノレンを持ち上げた。「ドーモ」店主はソバの湯を切りながら歓待する。二人の客はフジキドの隣に座った。「スシソバ」「僕はプレーンで」「……」フジキドはソバをたぐる手を一瞬止めた。店主は素早い手つきでシンゴとタバタにソバ・ドンブリを置いた。「ヘイオマチ」

 フジキドはソバを再び啜り始めた。だがそのアトモスフィアは刷新されている。手負いの肉食獣じみたキリングオーラが滲み出す。「サケもくれ」シンゴは言った。「アイ、アイ」と店主。シンゴはドンブリに胡椒を大量に振りかけながら呟く。「なあ、辿れねえ事もねえんだ」

「かけすぎですよ。死にますよ」タバタが顔をしかめた。シンゴは無視して胡椒を振りかけ続ける。「だが、尻尾をつかもうとか、とっ捕まえようってわけじゃねえ」「……」「礼を言っておこうと思ってな。実際、助けられたからな。探偵さん」「……」フジキドはソバを食べ続ける。

「ヘイオマチ」店主がシンゴにサケを差し出した。フジキドはハシを置き、席を立った。「呑んでくか」とシンゴ。フジキドは呟いた。「デッカーが殺人者を見て見ぬフリか」「悪徳マッポですからね。生きにくいもんです」タバタは答えた。フジキドはハンチング帽を被り直し、ノレンをくぐり出た。

 雨足がやや強まる。「ミスージノー……イトニー……アカチャン!」広告音声にエコーがかかる。通行人は口々に愚痴を言い、LED傘を開き始める。フジキドは路地に入って行く。工場帰りの男とすれ違う。男はアメフト選手じみた巨体で、目が小さく、怒りを抱えたような独特の表情をしている。

 フジキドは振り返り、雨に舌打ちして足早に駆けて行く男をもう一度見る。男は人ごみに紛れる。


【モータードリヴン・ブルース】終



N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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