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【フィジシャン・ヒール・ユアセルフ】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。


1

 ザッ、ザッザッ。少女は箒を打ち振る。「向こう三軒両隣」。狭いスペースに多くの店がひしめく日本の環境下で培われた奥ゆかしい礼儀の呼称である。すなわち、開店前に、自分の店の向かいの三軒と両隣の店先も清掃すべしという心得だ。強制ではないが、やらない店主は商店街でムラハチとなる。

 しかしながら、少女はこの清掃行為をことさら強制されたものだとは考えていないし、煩わしいとも思ったことがない。それは日本人が元来持ち合わせる相互扶助の奥ゆかしさに由来する自然な感覚であるし、何より、少女はこの町が好きであったのだ。

 彼女の浮かない表情には別の理由がある。清掃を終え、ゴミを捨てていた彼女に、通りかかった初老の小男が声をかける。「ドーモ、ヤモト=サン」少女は振り返った。「ドーモ、キリシマ=サン」「あいつ、どうだ?」ヤモトは無言でかぶりを振る。「鬼の撹乱だな。……ニンジャの撹乱か」「……」

【フィジシャン、ヒール・ユアセルフ】

「これなら食べられる?」ヤモトはガラス皿をフートンの脇に置いた。バイオリンゴをミキサーにかけたものだ。フートンに伏せっていた大男はヤモトに向かって笑顔を作った。「素敵よ。見るからにローカロリーだし」身を起こした。「食べられるわ。アレよ、やつれダイエット知ってる?ゲホッ!」

 ヤモトは女めいたトーンで話すその大男、ザクロを、気遣わしげに見た。軽口を叩きながらも、見るからに昨日よりも悪い。顔色は土気色で、吐く息はゼイゼイと荒れている。「ねえザクロ=サン、今日はお医者さん来るから」「お注射!?冗談じゃないわ。自然に治るわ。やめてよ!」「呼んだから」

「アータね!アタシ、ニンジャよ?アータもよ。だからわかるでしょ、治癒力ってもんがゲホッあるのよ、ニンジャは病気なんてものにはゲホゴホッ!ウェーゲホッ!ゲホッゲホッ!」「病気だよ」ヤモトは眉根を寄せた。そう。ニンジャは病気になどかからない。通常は。だからこそ心配なのだ。

「いい?お注射ったって、ニンジャの…」ザクロは言いやめ、そそくさとガラス皿のリンゴをスプーンで素早く口に運ぶ。"ニンジャの病気に医者が役に立つのか?"……ザクロが言いかけたであろう懸念はヤモトの胸中にもある。彼女はザクロの落ち窪んだ目を見た。カーン!電子呼び鈴が鳴る。「来た」

 ……医者の往診は、やはり満足の行くものではなかった。「わからん」聴診器を繰り返し当てながら、医者は首を傾げた。「このね、声帯近くのこれね、ちょっと見たこと無い感じですね、なんかちょっとわかんないですね、正直。ちょっと今日は採血させてもらって、後日検査ですねこれ」「お注射!?」

 ヤモトが肘でザクロを突いた。ザクロは溜息を吐いて、「わかったわよ!でもね、これはアータのためにゲホッやるのよ、これで満足してよね、ホントは大丈夫なのよ?アタシは自然にゲホッ治る……」「いいから!」

 医者が去ると、ザクロは得意気めいた表情で肩を竦めて見せた。「まあ、こんなもんよ、仕方無いのよ。ニンジャ医学なんてもの、聞いたこと無いしね。ンマ!こんな時間!ヤモト=サン、仕込みをしないと」「今日はお休みにしました」「休みナンデ!?二日もダメよ!」「だって昨日より悪いのに!」

「ウオオーッ!」ザクロはフートンを跳ね除け、勢いよく立ち上がった。「治ってんのよ!やれる!皆が待ってるの!」そのままヤモトに倒れ込み、気絶した。


◆◆◆


 日は落ちたが「絵馴染」のネオン看板は点灯せず、店のシャッターに「明日も休みます」とショドーを貼るヤモトの背中は小さかった。夜を迎え、周囲の店々が、ネオンやモニタ動画の極彩色を路上に投げかける。ここはネオサイタマの最繁華街ネオカブキチョの片隅、ニチョーム・ストリートだ。

 道向かいのゲイマイコポルノショップ「真剣味」をはじめとして、この町には、セクシャル・マイノリティ達による飲み屋やポルノショップが、けばけばしく、だが穏やかに建ち並ぶ。この町は訪れる者の性嗜好や主義主張をうるさく誰何したりはしない……人に迷惑をかけない限りは。

 町に揉め事や悪人が現れれば、バー「絵馴染」の店主ことザクロ、別名ネザークイーンが駆けつけ、そのニンジャ腕力と義侠心でもって、警察以上に適切に対処する。ザクロはこの町の守り神であり、そしてヤモト・コキは、絶望的な旅の末にザクロに庇護されるに至った孤独なニンジャの少女であった。

「実際悪いか」朝と同様、ヤモトに声をかけたのは自治会長のキリシマである。振り返ったヤモトの目に、じわりと涙が溜まる。「……医者はダメか」「うん」「参ったなこりゃ」「うん」キリシマは頭を掻いた。「あのな、これはよ、どうにもうさんくせェ話なんだが」彼は躊躇いがちに切り出した。

「本当にこれはよ、実際ブードゥーめいた話なんだがな……とあるボンズが話題なんだ、今」「ボンズ?」「そいつはオオヌギ地区のボロ寺に住んでるボンズなんだが、病人や怪我人がそいつの事を頼って大勢訪れてる。噂が噂を呼んでんだ」「どうして?」キリシマは掌を上げた。「"癒しの手"だとよ」

「……」ヤモトの沈黙を非難と早合点し、キリシマは首を振った。「いやいや、ふざけてんじゃねえんだよ。奴さんニンジャだろ?病気も普通と違うんじゃねえか?それとも、ほれ、この前のイクサの時に何かされたとかよ」はぐれニンジャ、ブラッドカースとのイクサの事だ。「毒?」「……とか、な」

 キリシマは腕組みして続ける。「まあ原因はともかく……その、今話したボンズがだぜ、仮にオカルトじゃねェとすれば、そのう、」「ニンジャ?」「それよ!ニンジャだったら?何かブードゥーめいたジツで治してるとしたら!ニンジャにはニンジャをもってすればどうだ、と、こういうわけだ!」

「うん」「だろ?荒唐無稽だよな、すまねえ、まあ何の裏付けもねぇ当てずっぽうの……え?」ヤモトは力強く頷いた。キリシマは遠慮がちに、「……やってみるのか?」「うん。とにかく何かしないと、ザクロ=サンもっと悪くなる」「よ、よし! そいつの名はケンワ・タイ。寺の場所はな……」


◆◆◆


 ……翌早朝!

「アータね、それどうするつもりよゲホッ、それ」ザクロは目の前のヤモトと、彼女が店裏のガレージから引っ張ってきたサイドカー付きのモーターサイクルを指差した。「ザクロ=サンは、今日は横です」「馬鹿言うんじゃないわよアータ。アータが運転?」「大丈夫!」「死ぬわ!もろともに死ぬわ」

「ニンジャだから大丈夫」ヤモトはモッズめいたヘルメットを被りゴーグルを下ろした。「ザクロ=サン、その体じゃ運転できないし、電車でオオヌギまで行かれないでしょ」「なんで出かける事になってんのよ!アタシもう大丈夫ゲホッ!ゲホゴホッ!」咳き込み「わかったわ、じゃあタクシーとか!」

「オオヌギにタクシーは近づかないよ。アタイ、制限速度も守るし、ニンジャだから大丈夫!」「ンまーッ!この娘は!ゲホーッ!ゲホッ!」ヤモトはザクロの背中をさすった。そして言った。「ね、お願い、本当に心配なんだ、本当に……」ザクロは目を閉じ、首を振った。「わかったわ、負けたわ」

 ゴゴッ!ゴゴゴゴッ!人気の無い早朝のニチョームに、ザクロのモーターサイクルの排気音が響き渡る。運転者は黒髪をなびかせるヤモト。サイドカーにはザクロ!「方角が反対よ!ハイウェイは反対!」「うん」「ここじゃダメ!ここでU ターンしないの!」「うん」


2

「アーアバー」「ナムサン!ナムサンッ!」「アバッアバッ!」「フゥー!フゥー!」「ダシテー」「カラテ!」……闇!そして、あちこちから聞こえる不吉な息づかい。ひっきりなしの、ガシャガシャという金属音。檻だ。檻を揺さぶる音である。あるいはガタガタという、重い箱を揺さぶるような……。

 ブゥーンと音が鳴り、闇が四角く切り取られた。シャッターフスマが開いたのだ。ひょろ長い影が逆光に立ち、この不気味なカタコンブめいた巨大閉鎖空間を見渡した。……ニンジャである。暗青のニンジャ装束の上から白衣を羽織った異様な姿だ。そのルビー色の目が怪しく光る。

「ダシテー」「アバー」「カラテ!カ……カラテ」このニンジャ来客に、不気味なものたちは激しく反応した。檻を鳴らす音はいっそう激しい。ぼんやりしたダークボンボリが灯り、カタコンブ空間の全景が明らかになる。そこには……ナムアミダブツ!

「いいですね!元気!元気が一番だよ!」白衣ニンジャは大声で言った。そして仄暗い広間を歩く。天井からは無数の鎖で真鍮の鳥籠が大量に吊るされている。否、鳥籠ではない、もっと大きい……中に閉じ込められているのは……人間である。……人間?本当に?

「カラテ!カラッテッ!カーラテ!」ガタガタと籠を揺らすのはボロボロのニンジャ装束を着たニンジャだ。汚い汁が籠の縁から床へ滴り落ちる。他の囚人達もよくよく見ればニンジャ装束めいたものをそれぞれ身にまとっている。広間に充満する腐臭。「お前はダメ!アハハハ!」白衣ニンジャは笑った。

「ドーモ、ブルーブラッド=サン……」白衣ニンジャの背後から声をかけた者あり。背中を曲げた、ずんぐりしたシルエットの、これもやはりニンジャだ。片手にサスマタを持ち、片手で台車を引いている。白衣ニンジャ、ブルーブラッドは振り返った。「ドーモ、ラヴェジャー=サン!」

「お早いお着きで……」「アハハハハ!」ブルーブラッドは大声で笑い、ぴたりと笑いやめた。そして、むっつりとラヴェジャーを見下ろした。「満足いかない結果なんだよね!」「と、おっしゃいますと……」「ナックラヴィーの病毒だよ。もっとヒドイ事になっているはずなんだ。計算が合わない」

「効果が出ていないので……」「あいつのせいかな?フ、フブキの!」ブルーブラッドは尖った歯を剥き出した。「あいつがキョートで僕が恥をかくようにノロイをかけてるかな?あいつ……」ラヴェジャーは発作めいたブルーブラッドの様子に慣れているのか、否定も肯定もせず、奥ゆかしく待った。

「では再度ナックラヴィーを……」「あのシリコン女!まんまとキョート行きを手に入れて!リー先生の影を踏む資格すら無いのに!リー先生の頭脳!尊い!素晴らしい……ああ、そうするしか無いよね」ブルーブラッドは我に返り答えた。「結果を出さねば恥をかく!リー先生は何も言わないだろうが」

「なぜ効果が上がらなかったので……」ラヴェジャーはたずねた。ブルーブラッドはイライラと床を爪先で叩いた。「おかしいんだよ!それがわかれば苦労しない。なにかナックラヴィーの病毒を中和するような……なにかが……タマ・リバーの……イライラするなァ、劣等な貧民どものくせに、クソッ」

「SYYYAAAAHHH……」奥の闇から気味の悪い吐息が漏れた。己の名に応えたのだ!「そォだ!お前だよ!」ブルーブラッドは闇を指差した。「ラヴェジャー=サン!出してやれ!だがくれぐれも奴に触れるなよ」「勿論です……」愚問だ。彼がこの広間の虜囚の世話を一人でしているのだから。

 ラヴェジャーは闇の中へノタノタと進んでゆく。彼が操作したのは天井から下がる檻ではなく、床のカンオケだ。何重にも巻かれた鎖の錠を外すと、すぐにカンオケは内側から開かれた。「SYAAAHH……」ラヴェジャーが足速にブルーブラッドのもとへ戻って来る。その後に続き"それ"が現れた。

「ドーモ……ブルーブラッド=サン、ラヴェジャー=サン。ナックラヴィー、デス」恐るべきそのニンジャはオジギし、班の眼球を動かして二者を睨んだ。はだけた長布はギリシア哲人めいているが、裸の腰から上はおぞましいものだった。皮膚が無く、ただれた黒い筋繊維が剥き出しなのだ。

「マダ……仕事シタバカリデハ?」ナックラヴィーの死んだ瞳には邪悪な理性が輝いている。常人が覗き込めばショックで死ぬかもしれない!「もうひと仕事だ」ブルーブラッドは何の恐れも遠慮も無く言った。「お前のハカバ・ハンドがうまく行っていないんだよ!」「ソンナハズハナイ」

 ナックラヴィーは不満げに言った。「ワタシノ、ジツハ、スサマジイ」「そんな事はわかっている!リー先生と僕がお前を作ったんだ!」ブルーブラッドは苛々と言った。「何かがお前のハカバ・ハンドの病毒を妨げているんだよ!」「ナルホド」ナックラヴィーは頷いた。「デ、マタ、ヤル」「そうだ」

 ナックラヴィーは沈思黙考した。「……同ジ結果ニナルノデハ?」「……」ナックラヴィーとブルーブラッドは睨み合った。ラヴェジャーは場を離れ、台車に満載した血みどろのバイオチキンをサスマタで檻に投げ込む作業を始めている。夕食の時間だ。檻がやかましく鳴り、怪物どもが唸りをあげる。

「だから……もう一回やって!その中で!原因を探るんだよ!」「……モウ一回。ハカバ・ハンド」「そォだ」「……イイダロウ」ナックラヴィーは納得した。ブルーブラッドは何か悪態をつこうとしたが、呑み込んで、出口へ向かった。「一緒に来い!」「……原因ハ何デアロウナ」「それを調べる」

「……オタッシャデー」ブルーブラッドとナックラヴィーが出入口をくぐり出ると、ラヴェジャーの陰鬱なアイサツが響き、シャッターフスマがしめやかに閉じられた。……そろそろ読者の皆さんにこのジゴクめいた謎の施設が何であるか、彼らは何者なのか、明らかにせねばなるまい。

 ネオサイタマの廃棄された地下トンネルを改造したこの巨大施設の名は、イモータル・ニンジャ・ワークショップ!ヨロシサン製薬出身の狂気の科学者、リー・アラキが建造した、暗黒の科学神殿である!リー先生の研究……それ即ち、ニンジャソウルを用いた死者の蘇生!究極目的は不老不死の実現だ!

 白衣をはためかせ颯爽と廊下を歩くニンジャはブルーブラッド……かつてトリダ・チェンイチと名乗っていたリー先生の助手であり、死後、不浄のテクノロジーによって蘇ったヴァンパイア・ニンジャなのだ。彼はキョートに現在滞在中のリー先生に、施設の管理を任されているのである。

 今までにも幾度か、このイモータル・ニンジャ・ワークショップが作り出したアンデッド・ニンジャは野に放たれ、そのたびネオサイタマ市民を恐怖と混乱に陥れてきた。全く悪びれない彼らの現在の不穏な行いは何であろう?ナックラヴィーのハカバ・ハンドとは?それは実際、非道な悪魔計画なのだ!


◆◆◆


 タマ・リバーにかかるこの「絶望の橋」を渡ると、目的地であるオオヌギ・ジャンク・クラスターヤード。なんとも言えぬ臭気が二人を出迎える。サイドカーのザクロはほとんど口をきかない。高熱に苛まれているのだ。「もうすぐだから」ヤモトは言う。ザクロは口を動かしたが言葉にならない。

 道の両脇には潰れかかった平屋のプレハブが建ち並び、汚れた子供達がフラフープをしながら、この胡散臭い来訪者であるところのヤモトとザクロを見上げる。蒲焼き屋台や「おマミ」「餅に」の看板は錆びだらけで、あるいは路上で埃をかぶって眠る泥酔者。

 ……本当に、ここに「癒し手」が?健康や清潔といったプラスの価値観から最も遠い位置にある世界を、モーターサイクルはゆっくりと駆け抜ける。「おい!金足りねえ!」「足りねえ上等よ!」「バカー!」「味が薄かった!」ヤモトは視界の端に食い逃げ集団とそれを追う店主を捉え、戦慄した。

 交差点でモーターサイクルを一時停止し、ヤモトは耐酸性雨ブルゾンのポケットからメモを取り出した。キリシマが書いてくれた地図だ。ケンワ・タイのテンプルのありかに×印。「姉ちゃん、そのブレーキ売ってくれない?」「ガソリン交換しない?」「アメ買わない?」たちまち子供たちが群がる。

「エート」ヤモトがたじろぐ。ザクロは威嚇的に手を振った。「散れ、散りなさいガキども……クーッ」「ビョウキ?」鼻を垂らした子供がザクロに触ろうとする。それを年長のメガネ子供が押しとどめる。「やめとけ、うつっちゃうぞ」「シツレイね……だいたいアータ達から寄ってきて……あーダメ」

「ビョウキだ」「じゃあケンワ=サンのとこだ!」子供たちが口々に騒ぐ。「ケンワ=サン!それ!」ヤモトがメガネ子供の手を掴んだ。「その人を探してるんだ!私達!」「ビョウキだから?」「そう!」子供たちは飛び跳ね、「ビョウキ!ビョウキ!」囃し立てながら道を歩き出す。「こっちだよ!」

 ヤモトはゆっくりとモーターサイクルを走らせる。「よかったねえ!」コケシヘアーの子供が振り返り笑った。「ケンワ=サン、今日なら混んでないよ」とメガネ子供。「……今日は?」ヤモトは訝った。別の子供が「だって、昨日までビョウキすごかったもん!」「ね!ビョウキね!」

「……」道のあちこちに、急拵えらしい張り紙や看板が目に付く。「たぶん川」「お水ちょっと待って」「役所で調査中」「飲まない」「ダメ」……「川?タマ・リバー?」「あのね、川が変なニオイがしてビョウキなんだ」メガネ子供が説明した。「今日は結構もう臭くない。魚釣っていいかなあ?」

 やがて子供たちは二人に入り組んだ街路を抜けさせ、プレハブ小屋もまばらな、草がぼうぼうと生えた資材置き場に導いた。さらに進むと、ドブめいた臭いが強まる。……沼、だ。「ちょっとアータ達……」ザクロが荒い息で子供達に抗議しようとした。そして沼の奥に見えるシルエットに目を見張った。

「……あれが?」ヤモトはメモを見た。確かにここだ。テンプル……らしきもの。廃墟が沼の中心に建っている。もはやそれは腐れた木の塊でしかない。「だんだんこうなったの」コケシ娘が言った。「でもケンワ=サンいるよ」「これって……」ザクロが目を細めた。沼に体を浸した人々……。

「ナムアミダブツ……」「ナムアミダブツ……」「アー……救いたまえ」沼の中にまばらに見え隠れする人々は、カルトめいて、己が沼に浸る事も構わず、テンプルめがけ、ゆっくりとドゲザを繰り返している。二人は顔を見合わせた。だがここで引き返すわけにもゆかぬ。「立てる?」「……立てるわ」

 二人はモーターサイクルを沼のほとりに停めた。子供達を振り返ると、もう興味が失せたのか、野草を手に手に持って囃しあいながら、町のほうへ去ってゆくところだ。「ナムアミダブツ……」「ナムアミダブツ……」「アー……アーナムナム……」ザクロがふらついた。ヤモトが肩を貸した。「行こう」

 沼のぐるりを注意深く歩くと、道めいて浅くなっている箇所が、細くおぼつかない調子で、ほとりから廃屋めいたテンプルまで続いているようだ。ヤモトはザクロに肩を貸しながら、注意深く歩を進めた。「ナムアミダブツ……」「ナムアミダブツ……」「アー、アーコレダヨ」

「気にすんな外の奴らは!言ってもわからねえんだから!」テンプルの中から大声がした。「お前ら!お前らに言ってんだよ!」……ヤモトとザクロは互いに目配せした。「そこのその、デッカいのと嬢ちゃんだよ!他に誰がいるんだ!来い!」腐れた戸口で身じろぎする影がある。

「あ、あの!」ヤモトは声をあげた。「あの、治してもらいたくて」「わかってんだよ!んな事は!時間の無駄だ!」剣呑な声が答えた。「早く入って来い!」二人は深みに落ちぬよう気をつけながらテンプルの入り口に辿り着いた。階段に足をかける。戸口の闇から腕が突き出し、手招きした。

 二人が戸口を潜ると、手招きの主は足を引きずるように屋内……といっても天井の半分以上が青天井だが……を横切り、べシャリと音を立てて腰をおろした。まるでヘドロのスライムめいたそれは、ぐしょぐしょに濡れた、どうやらフード付きのローブなのであった。「……そのデッカいの。来い」

「デッカいのって何よ!名前があんのよ!ザクロよ!ドーモ!」ザクロは言った。「こうなったら毒でも皿でもゲホッ、食ってやるわよッ!」「アー、そうかい。俺がケンワ・タイだよ、ドーモ」ヘドロめいたフードの奥から眼光が見返した。「おめぇらニンジャじゃねえか。嬢ちゃんもか。やれやれ」


3

「ニンジャ?」ヤモトが瞬きした。「そりゃ感じるだろうがよ!」ケンワ・タイは面倒そうに言った。「俺もニンジャだ。わかるだろ」ヘドロの塊めいたローブの男は、フードの影から目を光らせた。ザクロが頷いた。「……そうね」ケンワは言う「憑いてるニンジャ野郎はキヨミ・ニンジャだとよ。全く」

「治療を……ニンジャで……ジツ?」ザクロが眉間に皺を寄せた。「へっ!自分以外のニンジャを見たのはお前らが初めてだよ!ニンジャらしい格好してねえな。俺もこんなナリだがよ……クソッ」ヘドロの塊は足を引きずり、ザクロに近づいた。そして汁が滴る腕を伸ばし、断り無しに彼の下顎を掴んだ。

「オゴッ!」「ビョウキじゃねえよこれは」ケンワ・タイはヘドロめいたフードの下からザクロを睨んだ。いまだその顔は影に隠れ、明らかでない。「ここんところの騒ぎとは無関係か、お前ら?オオヌギの貧乏人どもとは、ちっと違うナリをしてやがるしな」「騒ぎ?」ケンワは答えず、腕に力を込める。

 ぬらぬらした不気味な腕に血管が浮き上がり、小刻みに震え出す。「……!」ザクロは冷や汗を垂らし、祈るように目を閉じた。ヤモトは緊張してそれを見守る……そして、おお、ゴウランガ!一瞬の出来事である。土気色だったザクロの顔に見る間に血色が戻ったのだ!彼は不思議そうに目を見開いた。

「……信じらんない……ねえ本当にイイの。すごいわ!元気ってイイわ!」ザクロは己の頬に手を当て、ヤモトを振り返った。「ちょっと!アータも何か……何か調子悪いとこ無いの?肩こりとか!」「え……無いよ!」「何が肩こりだバカめ!」ケンワが叱責した。「ノロイは取り除いたぞ、デッカいの」

「ノロイ?」ザクロは一瞬考え、「アイツか!ブラッドカースとかいう奴!そのまんまじゃない!あの血ゲロ野郎!シツレイしちゃう!」「心当たり有りか。後ろ暗い人生送ってやがるな」ケンワが辛辣に言った。「お前、明後日ぐらいには死んでたぜ。ま、もう全部取り除いたから勝手に安心でもしてろ」

「ちょっと怖がらせるのやめてよ!とにかく礼を言うわ、ケンワ=サン」ザクロはオジギした。「幾ら振り込めばイイの?」「要らねえよ、そんなもん」ケンワ・タイは心底面倒そうに言い捨て、座り込んだ。ヘドロめいたローブが腐った床に拡がった。その裾からはじくじくと濁った水が染み出ている。

 この濁り水がまさか、「沼……?」問いがヤモトの口をついて出た。ケンワ・タイはフードの中から上目遣いにヤモトを睨んだ。「そうだよ……俺が、このクソ忌々しい沼だ。俺が水源さ。このジツの副産物よ」「そんな!」ザクロが済まなそうに顔をしかめた。「ヤメロ!」ケンワが本気の怒声を上げた。

「治ったんだから、とっとと出ていけ。邪魔だ」ケンワ・タイが素っ気なく言った。ザクロとヤモトは顔を見合わせた。「ねえ、ところで、ここ最近、ひどい伝染病だかを治したって、子供達が」ザクロが言った。ケンワは面倒そうに舌打ちしたが、会話を拒みはしなかった。「そうだ。ヒドい有様だった」

 ケンワは言う「タマ・リバーが汚された。もともとお世辞にも綺麗と言える水じゃねえが、このオオヌギの生活用水はだいたいそこから引っ張って濾過して使う。そこが、やられた」「やられた?まるで人為的な何かが……」「そりゃそうだろ。バカ言うんじゃねえ」ケンワはぴしゃりと言った。

「川は汚ねえ七色になって、オオヌギ全体が腐れ病の臭いで一杯よ。魚が白い腹を見せて浮いてな。俺もビョウキで実際死にかけた。その夢枕にキヨミ・ニンジャだ。癒しの手がどうこう……迷惑な話だぜ全く……」「じゃあ、ここの人たちを……」「そうだよ。全部やってやった。ふざけるな、だ」

「で、治せば治すほどに、今のこの、これ?」ザクロは表の沼地を見やった。「ああそうだ。まったく難儀だぜ。ま、汚ねえが所詮は泥水よ。毒はねえから、安心して泳いで帰りな」「アータは大丈夫なの?治してもらっておいてこんな話はアレだけど」「知らねえよ」ケンワは面倒そうに答えた。

「こんな力が何の代償も無しに際限なく使えるわけがねえんだよ。甘くねえんだ、この世はインガオホーだ……さあ!帰れ!」


◆◆◆


(そんな力が何の代償も無しに際限なく使えるわけが無いが……)フジキドは沈思し、サブロ老人が淹れたチャを飲んだ。「念のため言っときますと、そのチャの水はオオヌギの水じゃねえですから。安心してくださいよ」「いえ、そんな」フジキドは奥ゆかしくサブロ老人にオジギした。

「随分と使い込みましたか」サブロ老人は黒漆塗りの盆に様々な金属具を乗せて現れ、それらをフジキドの隣に置いた。「半年かそこら……一年は経っていませんね?どれもまるでイクサを何度もくぐり抜けた大業物ですよ」「……ドーモ」「私にとって、鍛えた道具は子供達だ。こんな嬉しい事はない」

「……」フジキドは鉤つきロープを手にとり、バランスを確かめた。金具には美しい焼き色のグラデーションがついており、非常な強靭さを感じさせる。この巻き上げ機構を備えたフックロープに、今まで何度命を救われたことだろう。今回もサブロ老人のワザマエは奥ゆかしく、素晴らしいものだった。

 サブロ老人の「子供達」という言葉にフジキドは心を痛めた。それはアイロニーめいていた。サブロ老人は目の前で実の息子を失っているのだから。腕の中の息子を看取るのはどんな心境であろう、どれだけ残酷なことだろう。爆発によって否応無しに全てを奪われた自分と比べて、それは幸か。不幸か。

 サブロ老人はかつて、両親と兄弟をニンジャに殺されたと告白した事があった。そして後には成人した息子までも失った。度重なる悲劇にさらされながら、彼はしかし、まるで節くれだった杖のごとく、感情を抑制し、このドウグ社のたった一人の職人として腕を振るい続ける。

「そしてこれを」彼が差し出したのは湾曲した楔の塊。床に撒いて敵の足を破壊する非人道武器、マキビシだ。スリケンはその場その場で調達できるがマキビシはそうはゆかぬ。強力な武器だがそれゆえ使う機会は限られる。サブロ老人は武器の使い途を訊きはしない。彼は詮索しない。

「そしてこれを」サブロ老人は見事な質感の金属手甲(ブレーサー)を差し出す「貴方が持ち来ったものを参考に、より粘りのある、強い合金で作りました。カタナを受けつけず、ヤワな武器なら……この部分は単なる飾りでは無い……これを使って逆に壊す事もできる」サブロの目は暗く輝いた。

「素晴らしい仕事です」フジキドはオジギし、その場でブレーサーを装着した。まるでナラクニンジャが血で精製した暗黒の装甲めいて、フジキドの体に馴染む。生まれた時から身につけていたようなしなやかな感触だ。今後のイクサは今まで以上にサツバツとするだろう。きっとこの道具が助けとなる。

「いつも前金で助かります」サブロ老人はオジギを返した。「どうか頑張ってください。どうか」「……」フジキドは老職人の謎めいた目を見返し、やがて頷いた。「サブロ=サンも体に気をつけて」フジキドは言った「……川の汚染の件。どうも気になるのです」

「大丈夫です。見ての通り老骨ですが、ケンワ=サンの助けもありまして、まったく元気です」サブロは笑う。「あの人がこのオオヌギを実際助けたのです。この町にまともな医療機関を利用できるカネモチなどいないのですから」サブロは先ほどの話を繰り返した。

 フジキドは黙ってチャを飲んだ。ケンワ・タイ。聞いた事の無い名であるが、その力、ニンジャ憑依者である事はまず間違いない。しかも相当なものだ。直接に病気や怪我を何事もなかったかのように治してしまう……自然法則を歪めるほどの強力な力。その力の濫用の果てには何が待つのだろう?

「……外が臭いますね」フジキドがユノミを置き、席を立った。「そうですか?」「ええ」彼は表に出て、通りの左側へ首を巡らせた。タマ・リバーの方角だ。フジキドは胸騒ぎがした。川の汚染は数日であったという。そしてケンワ・タイは病んだ人々を治した。それで終わった。終わっただと?まさか。

 フジキドは角を曲がり、無造作に平屋の屋根に跳び移った。そしてその目で見た……タマ・リバーの上流から今まさに、不浄に泡立つ七色の色彩が押し寄せる、その絶望的な光景を!「これは……!」(((なんとこれは壮観)))フジキドのニューロンに邪悪なパルスが走った。……ナラク。

(((なかなか面白い獲物を見つけたではないか、フジキド)))邪悪存在はザワザワと笑った。(((このジツは双子の兄弟の片割れ。弟のビョウキ・ニンジャよ)))(ビョウキ・ニンジャ?……つまりニンジャのジツか?この臭気)(((左様、左様)))悪い予感が的中したのだ。(((ところで双子の兄はヤマイ・ニンジャだ)))

 ナラクはしたり声で(((ビョウキ・ニンジャとヤマイ・ニンジャはホロビ・ニンジャ・クランを二人で統率しておったが仲が悪く……)))(黙れ)フジキドは川の上流を見やる。先日このオオヌギを襲った川の汚染、そしてケンワ・タイとやらが治療に奔走する事となった伝染病。ニンジャの行い?何のために?

(((フジキド。これはオヌシも実際知りたいであろう情報だ)))ナラクはしつこくニューロンにパルスを飛ばした。(((ビョウキ・ニンジャの病毒は水源を通し広範な地域を汚染する。オヌシが執着するこのつまらぬ下郎どもは、ことごとく苦しみ緩慢な死をまつばかりぞ。このままではな)))

(つまり……?)(((殺せ)))ナラクは即答した。(((ビョウキ・ニンジャの憑依者を殺せ。さすればこの毒も断たれる。ニンジャ殺すべし……実際ビョウキ・ニンジャはキンボシ・オオキイ!)))ニューロンの中でナラクが舌なめずりした。フジキドの心は嫌悪で満たされた。

 だがナラクの提案以外の解決策はあるまい。それを避ける必要も全く無い。生かす理由の無いニンジャはとにかく殺す。当然だ。(((よいかフジキド。親切に付け加えてやるが、一度流れた毒は主が死した後もそのままだ。故にオヌシがノロノロしておればそれだけ下郎どもの身体はより酷く毒されるぞ)))

「タマ・リバーの上流だな」フジキドは呟いた。そして平屋屋根からヒラリと地面に降りると、ドウグ社社屋へ駆け戻り、その血相変えた様子に唖然とするサブロ老人にオジギしながら、道具全てを懐にしまった。「川の毒がまた戻ってきました。水に気をつけてください」言い残し、彼は飛び出した。


◆◆◆


「これ……」「……!」ザクロは絶望の橋の上でモーターサイクルを急停止させた。ヤモトがサイドカーから身を乗り出す。「ザクロ=サン!これって!」「ブッダシット」ザクロは目を見開く。川の上流から七色の泡立つ不浄が押し寄せて来る。「どう見てもこれ、ケンワ=サンの言っていたアレよね」

「どうしよう」ヤモトはザクロのレザージャケットの袖をつかんだ。ザクロはヤモトの頭に手を乗せ、頷いた。「ええそりゃそうよ。恩人の苦境よ、これ。放っておくなんてできやしねぇわ。『ちゃんとしない奴は腰抜け』とかなんとか、ミヤモト・マサシのアレよ」「……そうだよね!ザクロ=サン!」

「ええ!そうよ!」橋の上で力強くモーターサイクルを急旋回させながらザクロが答える。「タマ・リバーの上流だわね!何をどうしてるかは知らないけど、とにかく悪さしてる奴をフンづかまえて、囲んで警棒で叩く!」「うん!」モーターサイクルが急加速する!「スッゾオラー!」


4

 オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードからタマ・リバーを 遡ると、そこは巨大な車両廃棄区画である。ナンバープレートを剥がされ、ネオサイタマ中から集められてきた自動車たちの墓場が、川の両岸に広がるのだ。

 廃墟めいた立体駐車場が空を遮り、積み上げられたスクラップ達の間を時折、フォークリフトや後ろ暗いヤクザリムジンが走り抜ける。廃墟区画の縄張りは闇の勢力の管理下で厳重に切り分けられている。クズ鉄、レアメタル、車載UNIX、人工知能、スシマシン、偽装プレート。宝の山なのだ。

 それでもこれだけ広大な廃墟的空間となれば、管理の目をかいくぐり、命知らずのスクワッター達や、ガス吸い、自然繁殖してしまったバイオスモトリすらもが混沌と隠れ潜んでいる。見よ!あそこを。廃棄されたトーフトラックの薄汚れたホロに首を突っ込むバイオスモトリだ。

「フシューッ、フシューッコーッアバッアバッ」ホロからはみ出した巨肉が醜くふるえ、くぐもった咀嚼音が聴こえてくる。バイオスモトリがホロの中で何かおぞましいものを食べているのだ。それがトーフで無い事は明らかである。「……ビンゴウ!」その醜い尻を、遠くから銃口で指し示す者あり。

 赤いモヒカンヘアーの青年は口からバリキドリンク由来のヨダレを垂らして喜んだ。レーザーサイトつきの無骨な銃は、型落ちしたデッカーガンの横流し品であろうか?彼は相棒のカモメヘアー青年を振り返った。「俺が睨んだ通りだ!」カモメヘアー青年のサイバーサングラスに「大入り」の文字が灯る。

「最高だぜ」カモメヘアーはガムをクチャクチャ噛みながら恍惚として言った。彼の武器はハープーン・ガンだ。逆棘つきの物騒なモリを発射する対バイオマグロ武器で、携帯許可証が要るシロモノである。当然、無免許だ。二人はこの廃墟を狩り場とする残虐なマンハンターである。

 彼らは殺人衝動をどうしても抑えられなくなった異常者であり、公式には人口ゼロとされるこのスクラップ区域で自由な殺人を愉しむべく、わざわざ遠征して来ているクチだ。普段はスクワッター達を追い回す彼らであるが、バイオスモトリは身体が大きいため、獲物としてより好まれるのだ。

「もうガマンできない!」カモメヘアーが言う「早く!早くやろうぜ!」BLAM!BLAM!返事のかわりにモヒカンは銃を撃った。バイオスモトリの臀部が爆ぜる。「フゴッ、フゴーッ!」ナムサン、バイオスモトリは人間ではない。だが人間に似た姿をしている。マンハンターに慈悲の心は無いのだ!

「フゴーッ!フゴーッ!」バイオスモトリが攻撃に反応し、ホロから上半身をもぎ離した。そして二人のマンハンターを振り返る。ヒグマめいた巨体と吐き気をもよおす脂肉!おお、なぜテクノロジーはこんなものを産み出してしまったのか?神聖なオスモウ・リチュアルを冒涜する怪物!

「ヒャア!コワイ!」「ヤルヤルー!」モヒカン・マンハンターは満面の笑みでガンを乱射!全身からバイオ液を噴き出しながら突進するバイオスモトリ!だがその機関車めいた突進はカモメヘアーのハープーン・ガンがその呪われた脳天を貫いた事で終了した。バイオスモトリは絶命しうつ伏せに転倒!

「イエッフー!ハンチングー!イエッフー!」「イエッフー!」二人のマンハンターは薬物摂取の異常なハイ・テンションのもと、バイオスモトリの死体の周りで踊る!「ポイント倍点!」「もっと殺したい!」「おい、あっち!獲物だ!」「バカ、鼻を削がないと……」「あっちだ!逃げられるぞ!」

 モヒカンが振り返りもせず駆け出した。「あのスクラップの角を曲がったぜ!逃げた!」「もう!休むヒマも無いな!この町は!」カモメヘアーがヨダレを垂らして笑い、それに続く。二人は全速でダッシュし、トーフトラックの脇を通過し、積み上げられた車体をよじ登った。「おい!あれを!」

 二人は眼下の光景に息を呑んだ。バイオスモトリをすら恐れぬ薬物ハイにあるとはいえ、このようなジゴクめいた光景となれば話は別だ。眼下を流れるのはタマ・リバー。間違いない。そしてそのタマ・リバーで沐浴している黒ずんだ人影。そのあたりから……七色の汚濁が大量に湧き出している。

「ナニアレ?」モヒカンがカモメヘアーを見た。「タマ・リバー汚染しちゃってンの?あいつ?」「犯罪じゃない?」カモメヘアーのサイバーサングラスに『薬物関係を不法投棄では』というミンチョ文字が表示された。一体何を流しているのか?あの人影から下流が、いきなり全面に汚れているのだ。

「あいつヒドくない?」カモメヘアーが非難がましく言った。「じゃあエコロ・キルしようぜ、あいつ」モヒカンが即答した。「スナイパーアタッチメントだぜ!」彼は自分の銃にスコープを取り付けた。カモメヘアーは笑った。「すっげぇ!やらせて!」「じゃあ一発ずつ交代!」「ヤッター!」

「まず俺!」モヒカンがスコープを覗き込む。「悪いけど一発エコロだから!」彼は廃車の上でうつ伏せになると、ドットサイトに黒い人影を捉え、引き金を引いた。BLAM!「アバーッ」黒い人影が身じろぎした。そして飛沫をあげて川の中に沈み込んだ。「ビンゴウ!」

「……」「……あれ?」カモメヘアーは目を凝らした。「起き上がったヨ?」「え?」モヒカンはスコープを再度覗き込んだ。黒い人影が水の中から起き上がったのだ。何事も無かったかように、再び七色の汚濁が流れ出す。「エコロできてないじゃん?」カモメヘアーが笑った。「次、俺ね!」

 カモメヘアーが銃を奪い取り、うつ伏せになってスコープを覗き込んだ。「……ちょっと!何やってんだよ」カモメヘアーがモヒカンを非難した。「暗いヨ。邪魔はずるい!」「え」モヒカンは目をぱちくりさせた。何も邪魔はしていない。だが確かに暗い。「あれ?暗いね。夜?」「だからヤメテ!」

「エ?でも……」モヒカンはキョロキョロと見回し、首を傾げた。どうしてこんなに急に暗くなったんだ?答えは彼らの頭上にあった。モヒカンは上を見上げた。廃車が一台、宙を浮いているのだ。なるほど、これが空の明かりを遮っ……「アバーッ!」

 ……鉛色装束のニンジャは二人の「クズども」が廃車にサンドイッチされてペシャンコになった事を見届けると、首を鳴らしてアクビをした。彼の背中には「磁改」の漢字二文字が極太ミンチョでプリントされている。川の中から不気味な声が届く。「遊ンダナ……」「悪い悪い!でも痛くねえんだろ?」

「衝撃ハ小サクナカッタ」黒く萎びた筋繊維を剥き出しにした奇怪な存在は鉛色ニンジャをじっと睨んだ。鉛色ニンジャ、メタルベインは馬鹿にしたように肩を竦めた。「陰気なゾンビだな。ヒマなんだよ、こちとら……」「私ハ、ナックラヴィー、デス」「ヘッ」彼は舌打ちした。

 このメタルベイン、今回の感染テスト計画にあたり派遣されたアマクダリ・セクトのニンジャである。たった今読者諸氏がご覧になった通り、ニンジャソウルとサイバネ身体改造を組み合わせた磁力テレキネシスの使い手だ。実際彼は腕に自信があったが、今回の仕事には不服であった。暇だからだ。

 やる事は言わば、このナックラヴィーの護衛、そして監視である。無事タマ・リバーを汚染し続けられるよう、見張る事だ。たった今のようなアクシデントがデータの乱れを引き起こさぬように。(全くつまらんベビーシッターだ)メタルベインは心中毒づく。(しかもあいつ、ゾンビのくせに弁が立つ)

 彼は川の中に沐浴めいて浸かりジツを行使する邪悪存在を、疎ましげに見やる。実際恐ろしいジツだ。風下に行かぬようメタルベイン自身も注意している。あんな色の川!オオヌギ地区は酷い事になる。メタルベインは他の大部分のニンジャ同様、弱者への共感など持ち合わせない。だがアワレは感じた。

 この感染テスト計画のおおまかな主体は……当然ながら……ヨロシサン製薬。社会的な発言権の無いオオヌギ地区を実験場とする。この地区をナックラヴィーの疫病に広く感染させ、その影響をモニターして新薬開発の礎にするのだという。実際無茶苦茶なやり口で、まるで大規模なサイバーツジギリだ。

 この計画はどうやらネオサイタマ上層部の暗黙の承認下にある。少なくとも知事のサキハシの。だからアマクダリ・セクトも一枚噛んでいるのだ。サキハシはアマクダリ・セクトの言いなりだ……セクトの摂政であるアガメムノンの。

 アガメムノンとは何者か?そして実際アマクダリ・セクトとは一体いかなる組織なのか。……実は構成員であるメタルベイン自身、そこまで把握できているわけではない。組織の母体と資本はラオモト・カンのソウカイ・シンジケート、ネコソギ・ファンドにある。首領は忘れ形見ラオモト・チバ。

 だがチバは年端のいかぬ子供に過ぎぬ。実質のボスはアガメムノンであり、構成員のニンジャの半数以上は、ソウカイヤの残党ではなく、アガメムノンが連れてきたり、新たにスカウトした者達だ……メタルベインのように。

 当然アマクダリはザイバツと相入れない敵対関係にあるが、ヨロシサン製薬はその持ち前のクネクネとした外交手腕を駆使し、双方との付き合いを維持していた。時には双方を天秤にかけるような真似までしてみせる油断ならぬコーポレーション。そしてこのアンデッドニンジャ……。

「SYYYHHHAAAAH……」ナックラヴィーのヘビめいた呼吸音が、メタルベインの心を安らわせない。「クソが!」彼はスクラップに擬態させた仮設オフィスの中へ戻り、クーラーボックスからスシを取り出して食べた。ここには時折あの気味悪いブルーブラッドがデータを照合しに現れる。

 ブルーブラッドはナックラヴィーよりはだいぶ人間らしいが、メタルベインのニンジャ洞察力は、あの男も所詮似たり寄ったりのバケモノに過ぎない事を見抜いている。(奴は呼吸をしていない)彼はバイオシュリンプロール・スシを口に運んだ。(リー先生ってのは何なんだ。全くゾッとしない話だぜ)

 スシを食べ終え、ディスペンサーからコブチャを汲んで飲み干したちょうどその時、メタルベインのニンジャ聴覚は新たな接近者の音を捉えた。「……客が多いじゃねえか」彼の双眸が物騒な殺意に輝く。ブルーブラッドでは無い。モーターサイクルのエンジン音である。「楽しくやるとするか」


◆◆◆


「来た来た来た!来たわよ!あれ見て!あれ!」道路が高台のカーブに差し掛かると、ネザークイーンはモーターサイクルを停止させ、眼下のタマ・リバーを指さした。彼は既に戦闘体制に入っており、レザージャケットは変形機構を働かせて、ダークラメのニンジャ装束の形をとっている。

 サイドカーのヤモトはネザークイーンから双眼鏡を受け取り、覗き込んだ。川の色がある一点から塗り替えられている。その地点の水面に不気味に上半身を表す、黒ずんだ存在……。ヤモトは息を呑んだ。「あれが……」「あれよ」ネザークイーンは頷いた。「間違いねェわ。ニンジャね。あんな真似」

 ネザークイーンはモーターサイクルを急発進させた。「行くわよッ!敵はあいつだけと限らないわ!道中、何か来るかもしれない。備えときなさい!」ヤモトは緊張した面持ちで頷いた。モーターサイクルは坂を駆け下り、無秩序に積み上げられた廃車と廃車の間を、砂煙を立てながらジグザグに走行する。

 ヤモトは自身の得物であるカタナ「ウバステ」の鞘を抱えるようにして、周囲へ警戒の視線を投げた。無人の廃墟と思わせるが、実際違う。彼女のニンジャ感覚はあちらこちらから、この地に隠れ潜む者達の確かな息づかいの存在を感じ取っている。なんたる不気味!なんたるサツバツの地であろうか!

 そして、再び二人の眼前に現れるタマ・リバー!ひときわ強烈な刺激臭!災厄の源は近い。モーターサイクルは川沿いを爆走し、上流めがけ遡る!そこへ前方斜め上から降って来るトラクター!そう、トラクターだ!空から降って来るのは!「何だとォ!」ネザークイーンは目を見開いた。ナムサン!

 襲撃である!やはり敵ニンジャは川の中の一人では無い!「ヌオオオーッ!」ネザークイーンはモーターサイクルを最大限に加速!落下するトラクターをくぐり抜けると、シートを蹴って跳躍、飛び離れる!「イヤーッ!」ヤモトも同様にサイドカーから脱出、「ウバステ」を抜き放った!

 カブーン!背後で地面に叩きつけられたトラクターが爆発炎上!ネザークイーンは廃車のルーフに着地、素早く周囲を見渡す。その視線の先、朽ちたクレーン車の天辺に直立する鉛色のニンジャ有り!「ほォ!これはこれは。ニンジャが来たか。ドーモ、メタルベインです」ニンジャは不敵にオジギした。

「ドーモ、メタルベイン=サン。ネザークイーンです」ネザークイーンはオジギを返した。そしてヤモトも。「ドーモ。メタルベイン=サン。ヤモト・コキです」地上からクレーン車を見上げるその瞳に、桜色の光が宿る。彼女のニンジャソウルが与える力の徴だ!

「そこのガキもニンジャか」メタルベインは言った。「ザイバツはガキもリクルートしてンのか?」「残念だけど」ネザークイーンは答えた。「アタシらはザイバツじゃねェのよ。……って事は、アータはアマクダリ?」「ほォ?」メタルベインが片眉を上げた。「野良ニンジャが何しに来た?」

「あらヤダ。理由もわからずにいきなり殺そうとしたわけ?シツレイしちゃう」「ヘッ!そういう事だ。ヒマなんでな」メタルベインが笑う。ネザークイーンも肩を揺らして笑い、そして低く言った。「……トボケてんじゃねえ、この垂れ流し野郎。川遊びはお終いだっつってんだよ!」

「何だァ?まさかオオヌギの住人代表か何かか?貧乏人に雇われたか。ヒーロー気取りか?」メタルベインは挑発的に言った。「役所に話は通ってるって話だぜ、諦めろ。あいつらに市民権なんてものは」「ザッケンナコラー!」ネザークイーンが跳躍!飛び蹴りを見舞う!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」メタルベインは丸太めいた飛び蹴りを両腕でガード!ネザークイーンはガードされた反動を利用し即座に飛び離れる!直後、メタルベインめがけ旋回しながら飛来する飛翔体!様々な形状のオリガミだ!「ヌッ…」メタルベインはクレーン車から飛んで離脱!オリガミはさらに追尾!

「行けッ!」地上で叫ぶのはヤモト!彼女の瞳と同じ桜色の軌跡を残し、メタルベインに追いすがるオリガミ群!ゴウランガ!これぞ彼女のジツ、サクラ・エンハンスメントだ!ニンジャソウルを帯びたオリガミが追尾ミサイルめいて襲いかかる!「このジツはガキのか!コシャクな真似を!」

 メタルベインは廃車を蹴って再度跳躍し、眼下のスクラップへ片手をかざす。すると、見よ!その手のひらのサイバネ機構が輝き、歪んだ金属看板が浮かび上がった!追尾するオリガミ・ミサイルめがけ彼が片手を打ち振ると、金属看板は護るように飛翔!ぶつかり合う!カブーン!

「イヤーッ!」着地したメタルベインめがけ、ネザークイーンがすかさず襲いかかる。「イヤーッ!」延髄めがけ飛び蹴り!「イヤーッ!」メタルベインはこれを後転回避!立ち上がりながらその両手をスクラップの山へ向けると、鉄パイプがヤリめいてネザークイーンめがけて飛翔!「イヤーッ!」

「ザッ…」ジゴクめいた速度で突き刺しにかかった鉄パイプを、ネザークイーンは交差させた両腕でガード!ナムサン、無傷!それだけではない!攻撃を受けた両腕部分がギラギラと激しく輝く!ネザークイーンは両腕をメタルベインめがけ突き出す!「…ッケンナコラー!」輝きの塊が拳から放たれる!

「グワーッ!?」カブーン!エネルギー爆発がメタルベインを巻き込む!これはネザークイーンが持つ特殊なムテキ・アティチュード……ガードした衝撃力を敵めがけて射出する荒技、エネルギー・スリケンだ!メタルベインは回避しつつも無傷では済まない!「お前ら……クソッ、慣れてやがるな!」

「ナメんじゃねえ!」ネザークイーンは叫び返し、カラテを構える。その両腕からは微かに焦げた煙が立ち昇る。射出時のフィードバックだ。だが彼は意に介さない。「伊達にオカマやってねぇんだよ!」「ヘッ……」メタルベインもカラテを構え直す。「威勢いいじゃねえか」

 彼は手近の廃車に両手をかざした。掌が輝き、無骨な廃バスがゆっくりと浮かび上がる!巨大な影がのしかかる!「こいつでどうだ、おめでたい奴」メタルベインは言った。「支えるのも実際一苦労だぜ……それからな、お前らのお目当ても、別に出し惜しみしちゃいねえんだよ」「……何?」

「そいつの方から出て来ちまったからな」メタルベインは不敵に言った。「川からだよ」「……ヤモト=サン!?」ニンジャ第六感が不意にネザークイーンのニューロンを稲妻めいて走った。彼は振り返り、少女の名を叫んだ。なぜヤモトは二人を追ってきていないのか……?

「さあて、どうなっちまったのかな、あの子はよ」メタルベインは言った。「生きてるといいよな?まだ若い」だがネザークイーンはほとんどうわの空だった。彼の背後に現れたのは、ヤモトではなく……ナムアミダブツ!悪夢から這い出たような地獄存在!「ドーモ……ナックラヴィー、デス……」

 皮膚の無い、筋繊維剥き出しの肉体。ギリシアめいてはだけた長衣は水浸しだ。「SYHHH……」濁った視線が、衝撃に凍りついたネザークイーンを射抜く!前後に敵!「形勢逆転だ。それからよォ」メタルベインは頭上に浮かべた廃バスを見上げた。「そろそろキツいんだが、落としていいよな」


5

 ……数分前!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは頭上からの飛び蹴りアンブッシュをバック転で回避!着地と同時にスリケンを投げ返す!「イヤーッ!」敵は不可思議な残像をともなった動きで横に動き、スリケンを回避!そして滑らかにアイサツした!「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン!」

 ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。知っているのか。敵は芝居がかった動きでオジギの頭を上げ、名乗った。「……ブルーブラッドです」「ドーモ。はじめましてニンジャスレイヤーです」「そう、ニンジャスレイヤー。くくく」ブルーブラッドは不気味に喉を鳴らした。「日頃お世話になっております」

 暗青色のニンジャ装束の上に白衣を着た不審なニンジャは赤い目を煌めかせた。「アンタ、ウチの大事なゾンビー達をずいぶん壊してくれてるじゃないですか。実際邪魔なんですよね。リー先生はあんまり気にしてないけど、僕は不快だね」「リー先生?」「くくく、考えてみると僕ら初対面だ」

「そこをどけ」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。「いや……どかずともよい。殺す」リー先生。ゾンビー。なるほど、これまで相手にしてきた不浄なアンデッドニンジャどもの出どころというわけだ。過去のイクサの中でも、リー先生の名はしばしば耳にしてきた。いずれ排除すべき敵だ。

「またぞろ邪魔しに来たんだろ?どこから嗅ぎつけて来るんだか」ブルーブラッドは目を細めた。「でも、アンタがナックラヴィーのビョウキから町まるごと保護できるとは思えないな。アンタただの邪魔者だね?」サブロ老人が言及していたケンワ・タイの事であろう。だがいちいち答える必要は無い。

 ゴーン!積み上げられた廃車の向こうで、何か重いものが落ちるような音が轟いた。「「イヤーッ!」」その音を合図として二者は再び切り結んだ。チョップ!そしてチョップ!身をかわし、蹴り!そして蹴り!「「イヤーッ!」」ワザがぶつかり合い、二者は同時にバックステップして間合いを取る!

(((フジキド……でかしたぞ。よくよく今日は当たりクジめいておる)))咳き込むような笑いがニンジャスレイヤーのニューロンにざわめいた。ナラク・ニンジャの声だ。(((そこの青ビョウタンはフジミ・ニンジャだ。江戸時代にオキナワの城でイッキをしたが、最終的には磔にされ、胸に杭を打たれ滅びた)))

(歴史の勉強は要らぬ。有益な情報は無いのか)ニンジャスレイヤーは責めた。「イヤーッ!」ブルーブラッドが踏み込みながら突きを繰り出す!その爪が一瞬で伸び、あわやニンジャスレイヤーの眉間を貫きにかかる!ニンジャスレイヤーはあやうくブリッジで回避!(((そう、爪が伸びる。注意せよ)))

「イヤーッ!」ブリッジしたニンジャスレイヤーをブルーブラッドが蹴りに行く。ニンジャスレイヤーはバック転でこれを回避、スリケンを投げつける。だが、またしても残像をともなった動き!スリケンをすり抜ける!(((奴は一種の幻影を用いて攻撃を躱す。ワシならばどうという事も無いが……)))

 お決まりの文言だ。(……させる気は無い。そもそも今のオヌシには実際それはできぬ)(((わかっておるわ!なんたる歯がゆさ。未熟過ぎる!ワシならば……)))「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは素早くワン・インチ距離へ踏み込み、ブルーブラッドめがけショートチョップ突きを連続で繰り出す!

「アッハハハハ!」ブルーブラッドは狂笑して身体を横へずらす。またしても残像!チョップ突きを全て回避!そして回り込んだ死角から爪攻撃!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはニンジャ第六感で攻撃方向を察知、身体を傾けて爪を躱しながら後ろ足でヤリめいたキックを繰り出す!

「イヤーッ!」残像と共に身体を後ろへ滑らせ、ブルーブラッドは蹴りを回避!「劣等だなァ!ただのカラテは飽き…」「イヤーッ!」おお、見よ!後ろ蹴りを戻しながらニンジャスレイヤーは唐突に側転跳躍!不意をつかれたブルーブラッドの側頭部に空中からの蹴りを叩き込む!「グワーッ!?」

(((ワシが言いたかったのはこれだ、フジキド)))と、したり声のナラク。(((ヤツの意識外から攻撃せよ。さすればあの幻影はコケ脅しに過ぎぬ。だが見よ、オヌシの未熟ゆえに殺しきれておらぬ、ワシならば今の……)))声が遠ざかる。否、遠ざかったのではない。ナラクの独立自我が薄まりつつあるのだ。

 それに伴い、ニンジャスレイヤーの瞳にはセンコ花火めいた光が徐々に強く灯り始める。ニンジャソウルが交錯し相争うイクサの状況下で、ナラクとの共鳴が進行しているのだ。ニンジャスレイヤーのチョップはより速く、回避行動はより油断なく、ブルーブラッドの幻惑的なカラテに対応し始める。

「イヤーッ!」「グワーッ!」長距離を一気に踏み込む低空ジャンプパンチがブルーブラッドの胸を撃つ!「何だよォお前!頭に来るぞ!」ブルーブラッドが爪をカタナめいて振り抜く。ギリギリでこれを躱すニンジャスレイヤー!そして裏拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 顔面に裏拳を受けたブルーブラッドは鼻血を流しよろめく。間髪入れず、ニンジャスレイヤーはさらに踏み込む!強烈な踏み込みによって地面のアスファルトが鳴動し、蜘蛛の巣状の亀裂が走った!そして肩から背中にかけて、広い範囲がブルーブラッドに列車事故めいた勢いで衝突!「グワーッ!」

 ゴウランガ!これはサマーソルトキックやダーカイ掌打と並ぶ暗黒カラテ技、ボディチェック!ブルーブラッドの幻惑的回避動作をものともせず、強引にまとめて叩き潰す、範囲の広い致命的打撃だ!ブルーブラッドは吹き飛んで積み上げられた廃車に背中から叩きつけられた!「グワーッ!」

 もはや勝負あった!ブルーブラッドは強大なニンジャである。しかしイクサを分けるのは一瞬の機微だ。どれほどヒサツ・ワザを用意していようが、中途で敗れればそれは使いきれなかった埋蔵金に過ぎないのである。ニンジャスレイヤーはその場で腰を落とし、上半身に力を込めてスリケンを構えた。

「イィィィィ……」その上半身に縄のような筋肉が盛り上がる!これは奥義ツヨイ・スリケン!怒涛めいた連続攻撃!「フザケルナ!こんな事があっていいわけがないよ!」廃車にめり込んだブルーブラッドが呻く。慈悲は無い!「ィイヤァーッ!」投げつけられたスリケンが脳天を貫通!「アバーッ!」

(((……トドメだ、トドメを刺せフジキド)))イクサが終わり瞳から炎が失せると、微かなナラクの声が再び戻ってきた。だがその声は先程よりもずっと遠く、ノイズ混じりである。共鳴は長時間維持できるものではなく、ひとたび接続を切れば、その後の結びつきは相当に弱まるのだ。「トドメだと?」

 フジキドは遠くのブルーブラッドを見た。脳天がスリケンでショットガン被害者めいて砕かれ、ぴくりとも動かぬ。(トドメは刺した)(((バカめが……フジミ・ニンジャはなぜ磔で杭まで打たれたか……わからいでか……トドメを刺せ……白木の杭を……)))(そんな物がこのスクラップ場にあるとでも?)

(((なんたる事!フジキド!何でもいいからとにかくどうにかせよ!白木の杭だ……)))(そんなものはここには!)ニンジャスレイヤーがナラクを諌めようとしたその時。彼のニンジャ聴力は遠方に悲鳴と戦闘音を捉えた。川の方角!彼はブルーブラッドの死体を再度見やり、逡巡した。「……ダメだ」

 ナムサン!ナラクは戯れてはいない。恐らくブルーブラッドは滅びていない。だが、どうやら何かが起きている。この汚染にまつわる何らかの動きが。ここで時間を費やすわけにはいかない……「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは気休めとばかりブルーブラッドの胴体にスリケンを投げつけ、走り出す!


◆◆◆


「さあて、どうなっちまったのかな、あの子はよ」メタルベインは言った。「生きてるといいよな?まだ若い」だがネザークイーンはほとんどうわの空だった。彼の背後に現れたのは、ヤモトではなく……ナムアミダブツ!悪夢から這い出たような地獄存在!「ドーモ……ナックラヴィー、デス……」

 皮膚の無い、筋繊維剥き出しの肉体。ギリシアめいてはだけた長衣は水浸しだ。「SYHHH……」濁った視線が、衝撃に凍りついたネザークイーンを射抜く!前後に敵!「形勢逆転だ。それからよォ」メタルベインは頭上に浮かべた廃バスを見上げた。「そろそろキツいんだが、落としていいよな」

「ヌゥーッ!」ネザークイーンは両腕をクロスして衝突に備える!ナムアミダブツ!落下する巨大車輌!ズグラーク!「グワーッ!」「次いくぜェー!」メタルベインが叫ぶ。ナムアミダブツ!既に空中には逆さまになったスポーツカーの廃車が浮かんでいる!「イヤーッ!」ズグラーク!

「もう一発」メタルベインは手近のケバブ屋台トラックに手をかざしかける。だが手首のサイバネ液晶パネルの表示を見、オーバーキルめいた追撃を中止した。パネルは「磁」の漢字が三つ並んでおり、二つは消灯し、一つは点滅している。「……」折り重なった車輌の下、ネザークイーンの声は無い。

「コレデ死ンダカ……?」ナックラヴィーが腕組みして言った。「まあ死んでなくてもよ、出てきたらカイシャクしてやりゃいいよ」メタルベインはボキボキと指を鳴らした。「電力回復のインターバルも欲しいしな。お前も働きゃいいんだ」二者はまるで平然と、スクラップを挟んで会話する。

「そう言うお前はどうなんだ。ガキは殺ったか」「否……」ナックラヴィーは無感情に答えた。「ココヘノ加勢ヲ優先シタ。ダガ既ニ戦闘ハデキマイ……放置シテモ数時間デ死ヌ……」「おう」「カイシャク、シテオクカ」「……」メタルベインはスクラップの上に軽々と跳び乗り、双眼鏡を覗き込んだ。

 遠方、スコープの視界に、うつ伏せに倒れ動かない黒髪の少女が映る。そのすぐそばの地面に墓標めいて突き立ったカタナ!「おう、おう」メタルベインは頷いた。「ゾッとしねェな。よく見えんが、感染したあのガキに近づくと俺もアレなんだろ」「恐ラク」「当たり前だがカイシャクはお前に任せるぜ」

 メタルベインはスクラップの上で手首インジケータを見た。「磁」の一つが明るく灯り、もう一つが点滅状態だ。「あまり川からお前を離すと正確なデータにならんのだろ。戻るか」「……」「生き返って来ようが、手の内の知れたニンジャ一匹だ。ガキのほうは片付いてる。気にするほどでも無かろうぜ」

「イヤ、待テ」ナックラヴィーがメタルベインの言葉を遮り、耳に手を当てた。「ソノ中カラダ。離レロ」言ってか言わずか、直後、スクラップの奥からくぐもった振動がメタルベインの足元へ伝わってきた。「ザッ…」「!?イヤーッ!」咄嗟に地面に跳び降りるメタルベイン!「…ッケンナコラー!」

 直後、間欠泉めいて宙へ吹き飛ぶ二台の廃車輌!下から車輌を吹き飛ばしたのは、双眸を怒りに燃やしたネザークイーン!ゴ、ゴウランガ!なんたるニンジャ腕力かつニンジャ瞬発力か!?頭部からの出血で顔面は血みどろ、そして、その上半身は今、激しく発光している!ナムサン!これは!

「チィーッ」着地からバック転したメタルベインは頭上から降って来るケバブ屋台カーをキネシスで受け止める!「イヤーッ!」そして投げ返す!だがその時にはネザークイーンはメタルベインの目の前に殺到していた!ラガーマンめいた驚異的速度のタックルである!「イヤーッ!」「ウオオオッ!?」

 一瞬!一瞬後、ネザークイーンはメタルベインの身体を掴み、抱え上げていた!「これはッ」メタルベインが呻く。実際背骨を折られるほどのグラップリングである。「テメェこれからどうなるかわかるか!?」ネザークイーンが叫ぶ。その上半身は激しく発光!これは廃車衝突のダメージの蓄積だ!

「ヤバイ!ナックラヴィー=サン!」メタルベインは叫んだ。言われずとも既にナックラヴィーはネザークイーンを背後から攻撃すべく駆け出している。だが間に合わぬ!「テメェの狼藉、返してやるッてンだよォー!」ネザークイーンの身体の輝きが!メタルベインに流れ込む!

「ヤバ、アバッ……」KRATTTOOOOOOOOOMM!! 膨れ上がる巨大な白い火球!「グワーッ!」叫んで後ろへ吹き飛ばされたのはネザークイーン自身だ!その身体は煤け、煙を吹き上げている。なんたる荒技かつ蛮勇!言わばこれはゼロ距離のエネルギースリケン射出!それも極大出力だ!

 ……爆発が晴れた場所、砕けたアスファルトに転がる不完全な人体有り。両脚、腰、肋骨の一部。それ以外の箇所は消失している。すなわちそれがメタルベインの残骸であった。ナムアミダブツ……!「ザッケンナコラー……」ネザークイーンは首を振って起き上がる。そこへ進み出るナックラヴィー!

「テメェに用があるんだよクソ野郎」ネザークイーンはミシミシと音を立てて己の拳を握り込んだ。そのニンジャ装束はVの字の輪郭で焼失しており、鋼めいた胸板と腹筋が露出していた。「ヤモトどうしてくれた」「……」ナックラヴィーは無言でカラテを構えた。アンデッドらしい全くの無感情である。

 ネザークイーンはゆっくりと間合いを詰める。否、ほとんど無防備に歩みを進める。一歩。二歩!「ヤモトどうしてくれた」「……」ナックラヴィーも摺り足でじりじりと近づく。「……どうしてくれたって訊いてんだよ!」ネザークイーンが弾丸めいた勢いで飛び出す!「ザッケンナコラァァー!」


6

 破城槌めいたネザークイーンの右ストレートが、痩せさらばえたナックラヴィーを襲う!「イヤーッ!」「アバー」ナックラヴィーはオーセンティックなカラテ・ガードでこの拳を受ける。何たるガード!一体この身体のどこに、これほどの芯の強さが?打撃を受けたその体軸がブレる事すらないのだ!

「ヌウッ」それだけではない。ネザークイーンは己の右腕を伝わる違和感を察知し、拳を引いた。何事?その腕に七色の色彩がペンキめいて付着している。殴った際か?「アバー」ナックラヴィーの濁った瞳が邪悪な意志力を輝かせる。皮膚の無い黒い腕を、ネザークイーンの顔めがけ稲妻めいて突き出す!

「イヤーッ!」ネザークイーンは身をそらし、謎めいた接触を回避!普段のイクサであれば彼は黙ってガードし、その衝撃力を、お返しのエネルギースリケンの糧とするところだ。だが彼は思い留まった。ニンジャ第六感だ。何かが、まずい!「イヤーッ!」躱しながらのヤリめいた蹴りを繰り出す!

「アバーッ」ナックラヴィーはオーセンティックなカラテ・ガードでこの蹴りも受けた。反動でバック転を繰り出し、着地。ダメージはさほど無いと見えて、これはアンデッド故の無感覚であろうか?それともナックラヴィー自身のカラテの練度か?ネザークイーンは舌打ちする。蹴った脚にも七色の汚染!

「ソノ色彩ハ……汚染……」ナックラヴィーは首を傾げ、ネザークイーンを指差した。「私ヘノ、カラテ攻撃ハ、貴公ノ、ビョウキ……」「だから何だコラァ……」ネザークイーンは突き進んだ。「殴るのをやめてくださいってか?ザッケンナコラー!」再び破城槌めいた右ストレート!

「アバー」やはりオーセンティックなカラテ・ガード!「イヤーッ!」すかさず逆の手で繰り出す大振りなフック!「アバー」やはりオーセンティックなカラテ・ガード!「弱敵」次の右ストレートを待たず、ナックラヴィーが踏み込む!

 ネザークイーンは一瞬で覚悟を決めた。直後、ナックラヴィーの両掌は滑るように彼の胸板に達した!「グワーッ!」ナムアミダブツ!ネザークイーンの上半身に七色のさざ波が走る!ハカバ・ハンド!一体この後のネザークイーンにいかなる運命が待ち受けるのか?そしてヤモト!このジツを受けたのか?

「イ……」ネザークイーンの身体が悪寒めいて激しく震え出す!そして嘔吐!「オゴーッ!」「アバー」ジツを終えたナックラヴィーはしめやかに身を引かんとす!だがネザークイーンは嘔吐しながら両手を振り上げ、電撃的速度で両手チョップを振り下ろした!「……イヤーッ!」「アバーッ!?」

 ゴウランガ!実際捨て身!ナックラヴィーの首に両側面から突き刺さる大鉈めいたチョップ!いかな痛みと無縁のアンデッド首と言えど、激昂したネザークイーンの決死の打撃にガード無しで耐えられようハズも無し!勝負あり!おお、否!ナムサン!なんたる事だ!「……弱敵」

 ネザークイーンがまるでオモチャめいてあっけなく両膝をつき、もたれかかるようにズルズルと昏倒するさまを、棒立ちのナックラヴィーは平然と……無感情に見下ろした。チョップの鋼鉄の意志は命中の瞬間まで保たなかった。ハカバ・ハンドがクリーンヒットした瞬間、結末は定まっていたのである。

 ネザークイーンは二度の打撃結果から、短時間で決着まで持っていかねば敗北が待つのみである事を悟っていた。これほどのカラテ使いに彼の不慣れな実体スリケンは恐らく通じず、ムテキで返す衝撃力も無し。ならば病毒が致命的に進行するまでに、渾身の打撃、捨て身の攻撃で倒すべし!……しかし。

 ハカバ・ハンドの邪悪な病毒は……防御時の消極的感染ではなく、攻撃として掌から注ぎ込まれた全力の感染は……ネザークイーンの覚悟の末の最善手よりもなお速い無慈悲な速度で、その身体を一瞬にして蝕み尽くしてしまったのである。

「ザッ……ケン……ナ」ネザークイーンにはまだ息があった。だがやがてローソクの残り火めいた意識も失われたようだった。「私ハ任務ニ戻ラネバナラヌ」ナックラヴィーは爪先でネザークイーンを仰向けに裏返した。なまなかな死体よりも恐ろしい有様である。邪悪なアンデッドは片膝をついた。

 ナックラヴィーは片手をかざした。ハカバ・ハンドを、一瞬の激烈な病毒で衰弱しきったネザークイーンの顔に、覆い被せた。このジツは敵を戦闘不能に追い込み、弱って死ぬに任せるのは容易だが、殺害するにはもうひと段階が必要となるのであろう。

「そのカイシャク待った」

 ナックラヴィーは顔を上げ、声の方向を見やった。一瞬後、飛来したスリケンが二者に割って入り、すぐそばの地面に突き刺さった。声とスリケンが飛び来ったのは、逆さまになったタンクローリー廃車の上からである。何の気まぐれか、雲が流れ、病んだ色の太陽光が鉄のモニュメントを一瞬照らした。

「……」ナックラヴィーは素早く立ち上がり、無言でカラテ警戒した。廃車の上に立つ逆光のニンジャはオジギした。病んだ太陽はすぐに雲間に隠れ、その赤黒いシルエットと、「忍」「殺」のメンポが明らかになった。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「……ドーモ。ナックラヴィー……デス」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転跳躍!両腕がムチのようにしなり、二枚のスリケンが同時に投げつけられる!「アバー」ナックラヴィーは両手をかざし、人差し指と中指でスリケンを挟み取った。タツジン!だがその時にはニンジャスレイヤーは既に着地し、死角からさらなる攻撃をしかける!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなり、二枚のスリケンが投擲された。「アバー」だがナックラヴィーは持ち前のニンジャ反応速度で、死角からの連続スリケンをも挟み取った。中指と薬指である。タツジン!だがこれも伏線!ニンジャスレイヤーはさらなる死角にいる!

「イヤーッ!」ナックラヴィーのアンデッド側頭部めがけ、ニンジャスレイヤーは裏拳を繰り出す!「アバー」ナムサン!なんたる非凡なニンジャ反射神経!ナックラヴィーはオーセンティックなカラテ・ガードでこの裏拳をガード!ニンジャスレイヤーもあの七色の汚染にやられてしまうのか?……否!

 見よ!それはドウグ社謹製ブレーサー!その剛健な合金が毒の浸透を妨げ、ニンジャスレイヤーの拳は無事であった。さらに左の裏拳を顔面に叩きつけにいく!「イヤーッ!」「アバー!」ナックラヴィーはブリッジを繰り出しこれを回避!さらに3連続でバック転し、間合いを取ってカラテを構え直す!

『なんと愚かな。ワシの指示通りやれば、今頃このニンジャは蹴りで首をちぎり飛ばされ、そこの瓦礫を一飛びに越えておったであろう』ナラク・ニンジャがニューロンに失望の呟きを流し込む。『そこでのびておるブザマかつ無価値な敗者をカイシャクさせるに任せ、その隙に仕留めるのが正解だ』

(黙れ)ニンジャスレイヤーはナラクの声を遮った。そしてネザークイーンを見下ろした。知った相手である。意識を失い、油まみれのミイラめいて横たわっている。だが命はある。ニンジャ洞察力がそれを知らせた。「……」ニンジャスレイヤーはナックラヴィーを見据え、ジュー・ジツを構えた。

「飼い主のブルーブラッド=サンは既に私が潰した」じりじりと間合いをつめるニンジャスレイヤー。「腐れ犬め。次はオヌシだ」「……潰シタ。ブルーブラッド=サンヲ」ナックラヴィーは不可解そうに首を傾げてみせた。「ナルホド。ソウイウ事ニ、シテオケバヨイ。ワザマエヲ見セテミヨ」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなり、二枚のスリケンが投擲された。敵は接触対象に名状しがたい病毒を押しつける不浄のジツの使い手だ。不用意な接近は命取りになりかねない。「アバー」だが、やはりこのスリケンもナックラヴィーは指先で挟み取ってしまった!

「イヤーッ!」しかしニンジャスレイヤーはスリケン投擲を止めはしない。10枚でダメなら20枚、それで足りぬなら100枚、1000枚!これは世界のあらゆる事象に適応できる第一のセオリーである!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アバー……」

 やがてナックラヴィーは指で挟み取るやり方では防ぎきれず、ガード姿勢を取る。集中投擲されるスリケンはナックラヴィーのガードに弾かれ、その周囲に小山のように積もり始める。側転やブリッジで回避しないのではない。できないのだ。少しでも別の動きを取ればスリケンは立て続けに命中する。

「アバー……ナルホド……」ナックラヴィーはガード姿勢のまま、摺り足で徐々に接近を始めた。やや前傾姿勢の、さながらそれは強風に逆らう南極冒険家めいた前進である。絶え間ないスリケン投擲を続けるニンジャスレイヤーであるが、その目は充血し、極度の集中で目の周りには血管が浮き出ていた。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アバー……」ナックラヴィーは前進を続ける。時折その呪われた筋繊維がわずかに剥がれ飛ぶが、アンデッドのダメージとして期待できる内容ではない。二者の間合いは徐々に狭まりつつあった。

 ニンジャスレイヤーはなぜ後退しつつ投擲しないのか?側転等の動きを挟んで間合いの調節をはからぬのか?これはナックラヴィーと同様の事情による。相手の反撃や回避動作を封じて釘付けにできる連射速度を維持するためには、両脚で大地を踏みしめ投げ続ける必要があったのだ。

 双方の極限のせめぎ合いが作り出した膠着状態は、しかし、ゆっくりと動きつつあった。恐るべきはナックラヴィーの適応能力、ニンジャ耐久力である。近づく。徐々に、徐々に近づく。ニンジャスレイヤーはどうか。策を改める時では無いのか?だが彼はスリケンを投げ続ける。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アバー……」ナックラヴィーは前進を続ける。このペースだと数分後にはハカバ・ハンドがニンジャスレイヤーにリーチするであろう。どうするのだニンジャスレイヤー!だが彼は投げ続ける!そしてその瞳に、赤い光が、灯った!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アバー…アバッ」ナックラヴィーが上体を僅かに揺らした。何かが起こった。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アバー…アバッ」まただ!上体をよろめかすナックラヴィー。何かが起きている!それはスリケン!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アバー…アバッ!」まただ!ナックラヴィーは前進を停止し、訝しげにガード姿勢を取り直した。読者諸氏の中にニンジャ反射神経の持ち主はいらっしゃるだろうか?その場合見えたはずだ。十枚に約一枚の割合で混在するそれが!

 それは黄泉の鍛治場の炉めいて赤熱したスリケンであった。ニンジャスレイヤーの投げるスリケンの中に時折混じりだしたそれは、彼の瞳に灯る超常の炎と明らかに連動していよう。そのスリケンはカラテ・ガードするナックラヴィーのアンデッド腕に突き刺さり、えぐり、肉を削ぎ取る!

「不可思議ナ……スリケンジツ、アバッ?」ナックラヴィーのアンデッド腕に赤熱のスリケンがさらに突き刺さる。ナックラヴィーはバランスを崩す。赤熱スリケンの含有率が増してゆく!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「アバーッ!?」ゴウランガ!ガードが破れた!

「イヤーッ!」さらに投げる!赤熱のスリケンを!「アバーッ!」ナックラヴィーは瞬時に捨て身の判断を下し、左肩でこれを受ける!肩が爆ぜた!重篤なダメージ!だがナックラヴィーはそのまま片手で側転、そして回転跳躍!なんたる機敏!「アバーッ!」空中から渾身のチョップ攻撃を振り下ろす!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは手の甲で奇襲攻撃を迎え撃つ。チョップとブレーサーがぶつかり合う!合金は毒の伝達をやはり阻止!だがナックラヴィーはもう一撃繰り出した。ちぎれかかった己の左腕を右手で自ら引きちぎり、それを持ってニンジャスレイヤーを殴りつけたのだ!「アバーッ!」

 ニンジャスレイヤーはこれをもブレーサーでガードしようとした。だが「グワーッ!?」叩きつけられた上腕部は防いだものの、肘関節から先が多節棍めいて折れ曲がり、ニンジャスレイヤーの肩甲骨のあたりを直撃した!一瞬であるが汚染のさざ波がニンジャスレイヤーの上半身を苛む!「グワーッ!」

「イヤーッ!」片膝をついて堪えながら、ニンジャスレイヤーは反撃!ナックラヴィーのみぞおちに正拳を叩き込む!「アバーッ!」直撃だ!ナックラヴィーは吹き飛び地面をゴロゴロと転がった!「ヌゥッ……ヌゥーッ」ニンジャスレイヤーは呻く。全身が灼ける感覚、力が地面に染み出す不快感!

『フジキド!ウカツめ!接触を許すとは』ナラクの耳障りなノイズ信号が流れ込む。共鳴が切断されたのだ。『幸い病毒は浅い!だが次は無い。用心し今すぐカイシャクせよ。畳み掛けよ。ビョウキ・ニンジャ滅すべし……』声はみるみる遠ざかった。(言われずとも)ニンジャスレイヤーは駆け出す!

 ナックラヴィーは体勢を整えきっていない。この機会を逃してはならぬ。死体でありながらこれほどのカラテ。ナラクがその名を記憶するほどのアーチニンジャのワザマエ、実際恐るべし!ニンジャスレイヤーは殺意そのものとなって走る!一気に接近し、全力の蹴りで一撃のもとに頭部を破壊するのだ!

「イヤーッ!」その時!ナックラヴィーを庇うように手前の砂利中からニンジャが飛び出し、飛び蹴りアンブッシュを仕掛けた!ドトン・ジツ!「グワーッ!?」全力スプリント中のガードは容易ではない。ニンジャスレイヤーは重い蹴りを受け地面を転がる!そのニンジャは……おお、ブルーブラッド!

「ハァーッ!ハァーッ!」赤い人外の目を大きく見開き、ブルーブラッドはバック転で間合いを取るニンジャスレイヤーにカラテを構えた。白衣は脱ぎ捨てたか、ドトンに汚れた暗青のニンジャ装束ひとつの出で立ち。砕けた頭部は血みどろであったが、先程よりも明らかに傷の程度が浅い!

 ナラクの焦りはこの事であったのだ。白木の杭……一見馬鹿馬鹿しい話であったが、現実にブルーブラッドはあの状態から復帰し、ここに現れた!幸いと言うべきか残念ながらと言うべきか、ナラクの歯噛みする声は聴こえてこない。共鳴切断後のナラクは休眠に入らざるを得ないのである……!

「お前……やってくれたな……リー先生と僕の作品を!僕らの計画を!」ブルーブラッドの両手爪が伸びる!「殺してやるからな!」「アバーッ、アバッ」片腕のナックラヴィーもよろめきながら起き上がった。「ブルーブラッド=サン。私ハ……作品デハナイ。ナックラヴィー。ナックラヴィー、ダ」

「チッ!」ブルーブラッドは舌打ちした。「どれだけ思い上がったゾンビだ、お前は!とっととこの邪魔者を殺し、実験を再開する!」「アバー……」ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、チャドー呼吸を整える。「スゥーッ!ハァーッ!」手負いとはいえ強大なニンジャが二人!万事休す!


◆◆◆


「呪われろ!呪われろ!呪われろ!呪われろ!」叫びながら、獣じみた男は真っ逆さまに落下して行った。闇の中へ。ヤモトは恐怖に足を竦ませ、手摺にほとんど倒れるようにもたれかかった。ここは五重塔のバルコニーだ。となると、ここはキョート?そんなはずは無い。でも、キョートだ。今の男は、

「アアア!アアアアー!」口をついて出るのは声を枯らすほどの絶叫だ。己の両腕を掻き毟る。蕁麻疹だ。腕だけでは無い。両脚。顔も、身体も。不浄な七色の油。力が抜け、ヤモトは膝をつく。そうだ。さっき、こんな風に。だからこれは現実だ。上空の夜空には金色の月。月?ゆっくり回る立方体だ。

 ヤモトは毒の中にうつ伏せに倒れる。両手が地面の砂利をまさぐる。死ぬのだ。まるで歯が立たなかった。あのニンジャ。悪夢の中から抜け出たような。いや、ここが既に悪夢なのだ、ここが?「タスケテ……タスケテ」乾いた唇から呟きが漏れた。「……何やってやがるんだよ。バカめが」答える声。

 何かがヤモトの頭に触れた。一瞬にして周囲の闇が払われた。彼女は目を覚ました。勢いよく起き上がった。すぐそばの地面に突き刺さったカタナ、ウバステ。そうだ、スクラップヤードだ。あのニンジャに……「邪魔だから、そこで座ってやがれ」声の方向を振り返る。「……ケンワ=サン!」「畜生め」

 ヤモトは彼を視界に捉え、そして凍りついた。「……へ、へッ。そこで座ってろ。お前は出る幕じゃねえんだよォ」ゴボゴボと泡立つ不快な声が、ヘドロ塊の奥から響いた。「全くゴボッ、災難ってのはよ、ゴボゴボッこれだよ」ヘドロ塊は離れてゆく……ナメクジめいた粘つく液体を地面に残しながら!


7

「メタルベイン=サンはどこだ、ナックラヴィー=サン」「死ンダ」「フン!」ブルーブラッドが鼻をならした。「こいつがやったの?」「否、別ノニンジャダ……。ダガ、排除シタ……」「アマクダリもたいしたことないなぁ。お前が動いたらデータが狂うだろ」ブルーブラッドは爪を打ち合わせた。

「お前はそもそも、こんなヨタモノどもとケチなカラテ戦闘をするために作られたニンジャじゃないんだ。もっと崇高な!大量破壊!大量虐殺!大量感染!ワカル?万単位の人間をまとめてダメにできるジツなんだから!」「……」「ニンジャスレイヤー=サン。こいつの片腕は高くつくぞォ」

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは答えず、黙々とチャドー呼吸を整える。「おい、なんとか言えよ……その目!気に入らない!」ブルーブラッドが吠えた。「気に入らないんだよ!お前の何もかも!イヤーッ!」爪を構え、飛びかかる!「イヤーッ!」かち合う両者の腕!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」刺突剣めいて激しく繰り出されるブルーブラッドの爪!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは上体を激しく左右に動かし、時にはブレーサーで弾き返し、この連続攻撃に対応!「イヤーッ!」隙をつき鳩尾へのボディブロー!

「グワーッ!」ブルーブラッドは吹き飛び、回転して着地!「アバー!」そこへナックラヴィーが稲妻めいてインターラプト!ハカバ・ハンドでニンジャスレイヤーの顔を掴みにかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ回避!「アバー」ナックラヴィーのケリ・キック!バック転回避!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」バック転からの跳躍、そしてスリケンの集中投擲!「アバー!」ナックラヴィーはこれを指先で挟み取る。だが片腕ゆえその防御は不完全!「アバー!」不浄な筋繊維に突き刺さるスリケン!「イヤーッ!」コマめいて回転しながらブルーブラッドがインターラプト!

「イヤーッ!」キリモミ回転から繰り出す左脚回し蹴り!ニンジャスレイヤーは腕でガード!さらに横薙ぎの左手爪!腕でガード!そして右手爪突き!腕でガード!さらに右脚蹴り!腕でガード!ゴウランガ!攻守ともに空中で流れるような連続ムーブメントである!両者は同時に着地!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのジゴクめいたチョップがブルーブラッドの突きを擦り抜け、頚部を直撃!互いのカラテ技能に明確な差が有るのだ。ゴキリと嫌な音が鳴り、あさっての方向に首が折れ曲がる!だがブルーブラッドは狂ったように笑う!「アッハハハハ!アッハハハハ!」

「ヌウッ」「死ねないんだ僕は!お前には殺せない!生き物としての格が違うんだよ!」首が折れ曲がったまま、ブルーブラッドはニンジャスレイヤーの腕を抱え込み、抑えつける。コワイ!「やれナックラヴィー=サン!ハカバ・ハンドでトドメをさせ!」「アバー」滑るように近づくナックラヴィー!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは後脚でナックラヴィーを蹴りつけようとするが、腕を抱えたブルーブラッドは、バッファローを抑えるカウボーイめいてその抵抗を封じてしまう!「アハハハハ!」「グワーッ!」「SYYAHHHH……」ナックラヴィーがニンジャスレイヤーの背後から首を掴む!

 ハカバ・ハンド!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの首から全身へ、不浄な七色の波動が伝搬!不死身のブルーブラッドは自身の不必要なリスクを嫌ってか、膝をついたニンジャスレイヤーの拘束を解き、離れる。「アバー」ナックラヴィーは掴んだ手を離さぬ!「グワーッ!」

「イヤーッ!……イヤーッ!……」失せゆく力に焦りながら、ニンジャスレイヤーは背後のナックラヴィーに肘打ちを繰り返す!繰り返す!だが致命打にはならぬ!やがてニンジャスレイヤーの抵抗も止み、その体が震え始める……ナムアミダブツ……ナムアミダブツ!ついに彼はうつ伏せに倒れ伏した!

「アッハハハハハ!アハハハハハハハ!ざまぁ見ろ!」ブルーブラッドは仰け反って笑った。首はあさっての方向に折れ曲がったままだ。「ンンー」彼はそれを思い出し、正面を向くように自らの手で首を折り曲げ直した。コワイ!「カイシャクしろナックラヴィー=サン!」「アバー……マダダ……」

 ナックラヴィーが指差したのは前方……つまりブルーブラッドの背後であった。ブルーブラッドはつられて振り返る……ナムサン!目の前には、既に攻撃範囲まで跳躍接近した影……ヤモト!「イヤーッ!」「ウオオオーッ!?」首を切り落としにきた斬撃をブルーブラッドは両手爪で危うくガード!

「イヤーッ!」ヤモトは素早く着地し、カタナを下から斬り上げる!「グワーッ!?」胸を斜め上に切り裂かれるブルーブラッド!「イヤーッ!」爪で反撃!「イヤーッ!」ヤモトはバック転で回避!「おそっ、遅いぞ!気づかせるのが!」ブルーブラッドはまずナックラヴィーを咎めた。「アバー……」

 ナックラヴィーは無言であった。「己のニンジャ感覚でアンブッシュを防げ」と言いたげな様子であるが、口には出さない。そして彼は別の方角から姿を現した敵に向き直った。敵……そう、廃車の陰から驚くべき速度で滑り出てきた、名状し難いヘドロの堆積物に!

「ゴバッ……GBBBBBBBHHHH……」ヘドロ塊は明らかに意志をもって、ナックラヴィーに触角を伸ばした。否、それはどうやら腕である……指らしき先端部から腐れ汁がしたたり、地面に落ちて煙を噴いた。「ゴブッ……ケンワ……ケンワ……タイ……」塊がオジギめいて上体を傾けた。

 ナックラヴィーは小首を傾げたが、やがてオジギした。「ドーモ。ナックラヴィー、デス」「アバ、ゴブッ、ア、アリガテエ、ありがてえなクソッタレ、テメエが……テメエだな」流れ落ち続ける不浄な表皮の下で明晰な瞳が光った。「ザマァ見ろ。タマ……リバー……まるごと浄化だ……昔より綺麗だぜ」

「何だ、ええっ、何だその汚物は!」ブルーブラッドがナックラヴィーを振り返った。「浄化だと?」だがその頬をかすめるヤモトのオリガミ・スリケン!「余所見するなッ!」「チィーッ!」「……」ナックラヴィーは片手カラテを構え、恐るべき怪物と化したケンワ・タイに迫る!

「アバーッ!」ナックラヴィーが急加速、そしてハカバ・ハンド!ヘドロの塊に筋繊維剥き出しの腕を突き刺す!「ゴブッ!GBBBBBBB……ハハハハ、望むところだってンだよ!公害野郎……!」不明瞭な声が内部から漏れ聞こえる。そしてヘドロはナックラヴィーを一瞬にして包み込んだ!

(アバッ!?アバーッ)ナックラヴィーのくぐもった声がヘドロ塊の中で木霊する。その体表に、繰り返し七色の不浄な波が走った。何度も。何度も!だがヘドロ塊はナックラヴィーを離さぬ!(アバーッ!)七色の波が走るたび、その体表は爆ぜ、内側から新たな肉が泡立ちながら噴き出す!

「何だ!あれは!」ブルーブラッドはヤモトの斬撃とオリガミ・スリケンの猛攻撃に対応しながら、そのさまに目をやらずにおられぬ!「あんなのおかしいぞ!何だよッ!?ふざけるなよ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤモトのウバステがブルーブラッドの胸を斜めに切り裂く!「何だよあれェ!」

「イヤーッ!」さらにヤモトが回し蹴りで襲う!「チィーッ!お前も何なンだよ!」ブルーブラッドは真横に身体をスライドさせて回避、ヤリめいたキックで蹴り返す!「ンアーッ!」地面を転がるヤモト!「邪魔なんだよ!さっきからッ!」ナムサン、既に最初の胸の切り傷は治癒している!コワイ!

「邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔!」ブルーブラッドは頭を掻き毟り叫んだ。ニンジャ頭巾はもはやズタ布に過ぎず、アルビノめいて白い長髪がこぼれ落ちた。「どいつも!こいつも!劣等な奴ら!リー先生のワニクチクリップのバネほどの価値もない劣等ども!邪魔!邪魔しやがって!」「スゥー……」

 ブルーブラッドはイナズマめいて振り向いた。そして驚愕に目を見開く、「ナンデ!?」ナ、ナムアミダブツ!そこには今まさに再び立ち上がったニンジャスレイヤー……!「ハァー……スゥー……ハァー……」深く深く繰り返されるチャドー呼吸!「バカな!物理的におかしい!ハカバ・ハンドだぞ!」

 ブルーブラッドはあまりのショックによろめき、たたらを踏んだ。「おかし過ぎる!あり得ないよ!」「チャドー」ニンジャスレイヤーは地獄めいて呟いた。「チャドー……フーリンカザン……そしてチャドー……」センコ花火めいた炎がブルーブラッドを射る!「ヒッ……」「ニンジャ……殺すべし!」

「僕は不死身だァー!」ブルーブラッドが飛びかかった!「イヤーッ!」襲いかかる両手爪!「イヤーッ!」「グワーッ!?」速い!脇腹にニンジャスレイヤーのショートフックを叩き込まれたブルーブラッドは回転ダウン!地面をバウンドし、素早く起き上がる……「何だ!?それは!?」

 ブルーブラッドは再驚愕!読者諸氏も今こそ見られよ!ニンジャスレイヤーの腰に吊られていた黒檀のヌンチャクを!その柄に輝く「忍」「殺」の炎文字を!『モータルの怒りを注ぎ込め!ニンジャスレイヤー!』超自然の声が……普段フジキド以外のものが決して耳にすることのない声が響き渡る!

 ニンジャスレイヤーはヌンチャクを取る!硬く閉じられていた鎖が伸び、聖なる武器が解き放たれた!「イヤーッ!」ゴウランガ!ニンジャスレイヤーは両脚を開いた中腰になり、両手で激しくヌンチャクを振り回す!ゴウランガ!見よ!地獄の蛇のように体に巻きつき、這い回り、宙を噛むヌンチャクを!

「イ……イ……」ブルーブラッドは歯をむきだした。そして身を沈め……「イヤーッ!」跳躍!キリモミ回転!コマめいて高速で降り抜かれる右手爪!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを打ち振る!右手爪がまとめて砕け折れた!「グワーッ!?」

 だがブルーブラッドはさらにキリモミ回転!コマめいて高速で降り抜かれる左手爪!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを打ち振る!左手爪がまとめて砕け折れた!「グワーッ!?」

 ヤバレカバレ!さらにキリモミ回転!コマめいた回転の勢いをつけ、ニンジャスレイヤーの首筋に噛みつきにかかる!「ウガーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを打ち振る!「アッバーッ!?」ブルーブラッドの頭部が切断され、ラグビーボールめいてはるか遠くの空へ吹き飛んだ!

「サ!ヨ!ナ!……」首が遠く地平に消えてゆくと、その身体はヨタヨタと奇怪な舞踏のステップを踏み、倒れて動かなくなった。「スゥーッ……ハァーッ……」だがそのときには、ニンジャスレイヤーは既に、ヌンチャクを構え、真の倒すべき敵に向き直っていたのだ!

「ゴバッ……ゴボガボ……GGBBBBBBB」「……」ニンジャスレイヤーの厳しい視線の先には、直立する15フィートの巨大なヘドロ肉の怪物があった。肉塊の頂点付近に、二つ、輝く球体が浮かび上がった。目である。そのすぐ下がガバリと開いた。口だ。そして、干からびた死体を吐き出した。

「……」ニンジャスレイヤーはそれを見下ろした。ナックラヴィーの成れの果てである。もはやそれは、中身のない、乾き切ったミイラに過ぎない。「ゴボボッ……ゴボボボボッ」ヘドロ塊の目に知性の光が宿った。そして肉が目の周りにせり上がり、人間めいた顔を浮かび上がらせた。「やれやれ……」

「ケンワ=サン」ニンジャスレイヤーの後ろ、ヤモトが絶望的に呟いた。「嬢ォちゃんン……」ケンワの成れの果ては難儀そうに喋った。「お前の連れのデッカイィのも……治してあァるからよォ……参ったぜへ……」肉塊は体を震わせた。「ドーモ……ケンワ……タイ、です……オジギもままならねェ」

「ドーモ」ニンジャスレイヤーはオジギを返した。その目にはアワレの光があった。「ニンジャスレイヤーです。……治らんのだな」端的に訊いた。肉塊はゴロゴロと唸った。笑おうとしたのだ。その顔が苦しそうに歪み、輪郭がしばし、はっきりと整った。「その通り。全くままならねぇ人生だ」

「……」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを両手で水平に構えた。「やめて」ヤモトが反射的に言った。「ハ!ハ!ハ!何言ってやがる。くだらねぇセンチメントよ!」笑って言い捨てたのはケンワ自身である。「お前のその、それなら……やれる。俺をやれる。ひと思いにやってくれ」ケンワは言った。

 答えるようにヌンチャクの「忍」「殺」の火文字が光った。ケンワが震えた。「俺は長くねェ。ああもうダメだ。せっかくゴボッ、治した土地をよ。自らメチャクチャにしちまったら、それこそ格好がつかねェ。おい、頼む、ニンジャスレイヤー=サン。しっかり頼んだぞ」「……!」ヤモトは嗚咽した。

「ハッ、ハッ、ハ、ハ…バ……ゴボ、ゴボボッ、GBBBBBHHHHH」理性ある顔が、崩れて流れ落ちた。巨体が身じろいだ。「ゴボボーッ!」巨大なヘドロの腕が生え、ニンジャスレイヤーに殴りかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがヌンチャクを振り抜く!ヘドロ腕は弾けて飛び散った。

 さらにケンワは……さっきまでケンワであったものは、その溶け崩れる巨肉でのしかかり、ニンジャスレイヤーを押し潰そうとした。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは下から上へヌンチャクを振り抜いた。肉塊が爆ぜ、飛び散った。ニンジャスレイヤーは中腰でヌンチャクを振り回し、力を溜める。

「GBBBBBHHHH」崩れゆくヘドロ塊がニンジャスレイヤーを包み込もうとする。「……ィィィイイイヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクで最後の一撃を叩き込んだ。ヘドロ塊が爆発四散し、燃えながら蒸発!ヌンチャクの鎖はその瞬間、再び柄の中にしまいこまれ、硬く閉じられた。

 そして……見よ。爆発と蒸気が失せたその地面を。そこには人の体をとどめたケンワ・タイが仰向けに横たわり、穏やかに、ネオサイタマの空を見上げている。身体から染み出すのは泥ではなく、血だ。ニンジャスレイヤーはその傍に膝をついた。ヤモトもまた、駆け寄った。

「……おお、こりゃ驚いた。僥倖じゃねえか」ケンワは口の端を歪めて笑おうとした。「嬢ちゃん、泣いてんじゃねえよ、見ず知らずの他人によ」「……!」「ま、今までクソの役にも立たなんだインチキ腐れボンズが、最期に現世利益をもたらして、万々歳ってことだ」「……」

 ケンワは目を閉じた。そのときフジキドの口をついて出たのは、聞き慣れぬアイサツであった。「コトダマに包まれてあれ」「何だそりゃ」ケンワは目を閉じたまま呟いた。「……だがなかなかいいぜ。見ず知らずのアンタら。……オタッシャデ」目を閉じたまま、ケンワは呟いた。そして動かなくなった。

 見る間にケンワの死体は乾いてゆき、オガクズめいて、風に吹かれ、塵となって、流れ消えていった。「……ウ……」やや離れた場所で呻き声が聞こえた。「ザクロ=サン」ヤモトは涙を拭い、小走りにそちらへ向かった。その時には、ニンジャスレイヤーの姿は既にそこには無かった。


OUTRO

「フンッ!ハッ!フンッ!ハッ!」ノミめいたジャンプ力でビルからビルを激しく飛び移るニンジャ存在あり!「フンーッ!ハッ!イヤーッ!ハッ!」驚くべきニンジャ敏捷性を発揮し一直線方向へ飛んでゆく彼こそは、イモータル・ニンジャ・ワークショップの執事ニンジャ、邪悪なるラヴェジャーである。

 覚えておいでだろうか?以前あなた方の前にその姿を見せた時の彼は、いかにもどっしりとした飼育係であった。しかして、この驚くべき移動速度……血相をかえて移動する彼の目には何が見えているのであろうか?「イヤーッ!ハッ!ハーッ!イヤーッ!フンーッ!ハッハーッ!」

 やがて彼は巨大な電波塔、オミヤタワーの頂点まであっという間に辿り着くと、針の先めいた頂点に取りつき、片手を庇めいて翳し、遠方に……タマ・リバー方角に目を凝らす。曇天に黒い点が生じた。みるみるそれは大きくなる。接近してきているのだ。「フーッ」ラヴェジャーは厳かに息を吐いた。

「ァ ァ ァ ァ ァ……」遠方から飛来するその黒い塊は、何らかの音を発していた。「ア ア ア ア ア ア……」ラヴェジャーはゴキリゴキリと首を鳴らし、その方角をじっと睨んだ。「ア ア アアアアアアア……」「シューッ」肩を上下させ、さらに深呼吸する。

「アアアーッ!」ナムサン!飛来するそれは!顔だ!生首である!そしてラヴェジャーは、オミヤタワーにその生首が極限接近したまさにその瞬間、跳躍したのである!「イヤーッ!」空中でラヴェジャーは生首の白い髪を掴む!キャッチ成功!ラヴェジャーは空中でクルクルと七回転し、ビル屋上に着地!

「ハーッ、ハーッ……」生首は……ブルーブラッドは、己をキャッチしたラヴェジャーを睨んだ。「お前かッ!」「その通りで」ラヴェジャーは陰気に頷いた。ブルーブラッドは顔をしかめた。「言っておくが僕は……これは負けたとは言わない。物理的に間違いだ、敵が!」「……そりゃまた、ご災難で」

 ブルーブラッドは己が生首であることにさほど恐怖や異常を感じていないようであった。ただ彼の心を満たすのは、不本意、悔しみ、そういったプライド的な感情ばかりのようなのだ。身体を失ってなお平然としたアトモスフィア……これがフジミ・ニンジャを身に宿すという事なのだろうか。コワイ!

「実験がうまく行きませんでしたなぁ」とラヴェジャー。「お前もモニタしていたのか!」「だってそりゃあ、ワシの役目じゃねえですか。ナックラヴィーは勿体無うございましたな。ありゃあ実際とんでもねえニンジャでしたのに、ツブしちまって。リー先生が何とおっしゃるか。始末書……」「黙れ!」

 既にラヴェジャーは、ブルーブラッドの生首を片手で抱え、ひょいひょいとビルからビルへ飛び移って帰途についていた。生首が歯ぎしりした。「あの……あいつ……ニンジャスレイヤー……絶対に許さない!フブキの次に憎い!」「フブキ=サンの次にですか」「身体を用意してくれ!」「そうですなあ」

「こんどは、そうだ、ニンジャの身体がいい。身体能力さえあれば、あんな素性のわからぬニンジャに遅れをとる事も無いんだ。用意してくれ!」「ニンジャとはまた……」 生首と会話する不気味なニンジャ存在は、やがてネオサイタマのビルの合間にその影を消した。


◆◆◆


 オオヌギ・ジャンク・クラスターヤードのはずれの大沼は、それを作り出した者が滅びたのちも、消える事無く残っていた。主を失った廃屋に向かって、数人の虐げられ者が、その日も汚水に身を浸し、繰り返しドゲザを行っているのだった。

「ナムアミダブツ……ナムアミダブツ」その廃屋の中、ヤモトとザクロは合掌を終え、センコの火を消した。「ケンワ=サン」ヤモトは目を伏せた。ザクロはそれを見下ろす。やがて言った。「そろそろ行きましょ」「うん」崩れた天井からは、ネオサイタマの曇天のくすんだ明かりが射し込んでいる。

「冴えないったらないわ」廃屋を出、沼地の道をさぐりさぐり歩きながら、ザクロが呟く。「え?」「アタシがよ!アタシがのびてる間に何もかも片付いちゃってさ」「え……うん」ザクロは足を止め、ヤモトの顔をまじまじと見た。「アータ何か……何か隠してない?」「え……何を」「知らないわよ」

「隠してないよ!」ヤモトは首を振った。「アタイも倒れてたから、だから、アタイも冴えなかったよ!」「……」ザクロは眉根を寄せた。「……まあいいわ」そして歩き出した。背中を見ながら、ヤモトは一人頷いた。寝ている間にやってきて去っていった、などとザクロに明かすのは気が引けたのだ。

「しかしホント、ずいぶんお店休んじゃったわ。しかも、休んだのに全然休んだ気がしないわ。気張るわ、今日から気張るわ」「うん」モーターサイクルのもとへ歩くと、二人は最後にもう一度、沼の中のテンプルを振り返った。雲間の光が啓示めいて、癒し手の墓無き墓標を上空から薄く照らしていた。


【フィジシャン、ヒール・ユアセルフ】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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