ニンジャスレイヤー公式/ダイハードテイルズ
【アンヴェイル・ザ・トレイル】
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【アンヴェイル・ザ・トレイル】

ニンジャスレイヤー公式/ダイハードテイルズ

◇総合目次 ◇エピソード一覧

この小説はニンジャスレイヤー第3部後半「鷲の翼編」のTwitter連載時ログをアーカイブしたものです。このエピソードは物理書籍未収録作品です。第2部のコミカライズが現在チャンピオンRED誌上で行われています。





1

 ネオカブキチョ。重金属酸性雨は今宵も温い音をたてて降りしきり、月は雨雲を通して弱々しく光る。その輝きは消えかかったボンボリよりも暗かったが、そのすぐそばに浮かび、自転する、冷たい黄金立方体の輝きは不変だった。

「健康診断を受けましょう」「ノイズ風はあなたの身体に一切影響は無い現象であることが確かめられていますが、重金属汚染には常に備えましょう。健康診断は貴方の日頃の健康を保証します」「全権委任」「家族に帰ろう!」「市民……」ネオン看板とコンクリートの隙間を01の風が吹き過ぎる。

 職務質問からの逮捕の恐れが増したといっても、それで大通りを走るビークルの数が減るわけでもない。ただ、ネオン傘をさして歩道を歩く市民の数は少なくなっている。01の風の気味の悪さもあるが、やはりハイデッカーが恐ろしいのだ。やがて、裏通りの「馬肉」の建物から、一人の半裸の男が滑り出た。

「……」半裸の男は両手を揺らしながら道路の端を滑るように走った。ビークルが泥水を撥ねても、少しも気にかけない。「……」男はやがて交差点で右を見る。道路の先にはニチョーム・ストリートの、グラフィティされた隔壁があった。今もあるだろうか?「ペケ、ペケロッパ!」男は目を見開き、叫んだ。

 それから男は不意に走り出す。「ペケロッパー!」男は両手をバンザイし、ますます速度を上げる。男の走る先には……おぼろな闇がある。0と1が滝のように流れ落ちる、濡れた壁、オーロラじみた歪みが……「ペケロッパー!ペケ00ロ010011」男はノイズに呑まれ、消えた。左腕と左足が転がった。

 いわばこの地点は行き止まりのようなもの。車は入ってこない。近隣の住人がすぐに自殺行為の気配を嗅ぎつけ、PVC袋を手に、しめやかに現れた。数時間以内に「残骸」を生体屋に持ち込めば、なかなかのカネになる。「ちッ、末端部位か」スカベンジャー市民は毒づいた。そして眉根を寄せる。蠢く人影。

「あン?」スカベンジャー市民の表情が険しくなった。周囲にハイデッカーのおとり捜査が無いことを確かめ、伸縮警棒を構える。「テメッコラー!ここは俺の餌場ッコラー!?」蠢く人影はノイズ壁の付近にうずくまったまま、罵声にも反応しない。スカベンジャー市民のこめかみに血管が浮いた。

「アッコラー!臓器オラー!隠し持ッコラー!?」スカベンジャー市民はうずくまった人影に襲いかかった。棒で叩く!「アッコラー!」「アイエエエ!」「スッゾオラー!」「アイエエエ!」「ザッケンナコラー!」「アイエッ!」その者は怯えながら棒を手で押さえ、掴んで止めた。「あン?」「ヤメテ」

「何?」「ちょっとやめないか、ね、君」上目遣いに見上げるのは、頬かむりを被った、年齢不詳の浮浪者である。汚れた着流しがはだけ、胸元に「禅」の漢字が垣間見えた。スカベンジャー市民は唾を呑んだ。なにか異常だ。「これ。いわばカラテ鉱石だよ。やめないか」浮浪者は地面の黒い結晶を示した。

「こんな場所にこんな生成物が。これは……結晶物だよ。この場所がこうなる前はきっと無かっただろう!そうでしょう!ね?」「え……な……」スカベンジャー市民は何一つ意味がわからず、そして警棒を掴む手の力も意外に強く、狼狽えた。「アイエエ!」力任せに振り払い、浮浪者を殴りつけて逃走!

 うつ伏せに倒れた浮浪者は、やがて身を起こし、先程まで行っていた作業を再開した。つまり、ノミとハンマーで、黒い結晶物の根本を掘り始めたのだ。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」筋張った腕に血管が浮き上がり、見開かれた目が超自然的な輝きを帯びる。頬かむりはざわざわと揺れ、口元を覆う。

「イヤーッ!」KRACK!微細な破片を01拡散させながら、砕けた黒い結晶物はウミノの手に宝石めいて収まった。ウミノは満足気に目を細めた。それから、恐怖とともに、0と1が無限に流れ落ちる濡れた壁を見つめた。壁の向こうに何かが見える。見えるようで、見えない。「御用!御用!」その時だ。

 御用サイレン電子音と雨水を蹴散らすタイヤの騒音が勢い良くドリフトし、接近してきた。「アイエッ!」ウミノは尻餅をついた。たちまち横付けしたハイデッカー車両のドアが開き、同じ顔をしたハイデッカーがぞろぞろと降りてきて、素早くウミノの腕を掴み上げた。「スッゾ市民!IDを提示オラー!」

「わ、私は、ウミノだが」ウミノはひきつった笑みを浮かべた。「ザッケンナコラー市民協力!」警棒で殴る!「アイエエエ!」そして引きずり込もうとする!「怪しいので逮捕権行使!」「アオオオーン!」その時だ。犬の吠え声。否、狼?否……コヨーテが車両を飛び越え、ハイデッカーに襲いかかった。

「グワーッ!」ハイデッカーの首筋から緑の血が噴き出した。爪攻撃だ!「GRRRR!」「ザッケンナコラー犬!」BLAMBLAMBLAMBLAM!ハイデッカーが拳銃と電子警棒で応戦!捉えられない!「GRRRR!」「グワーッ!」更に一人が緑の血を噴いて倒れる!重金属酸性雨が洗い流す!

「アッコラー!」一人は電子警棒をナガドスに変形させた。ヤクザ!「スッゾオラー!」車内から更に一人が飛び出し、ショットガンを向ける!コンマ2秒後、彼らの後頭部に桜色に光るオリガミが衝突、「「グワーッ!」」炸裂して仕留めた。雨を散らし、小柄な若い女が走ってくる。瞳の桜色の光が鎮まる。

「大丈夫?」「ウーフ!ウーフ!」コヨーテは鳴き声をあげた。若い女は周囲を見渡した。「……いない」「さッすが逃げ足速いぜ」コヨーテがいた場所にはいつの間にかかわりに長い黒髪の男がアグラをかいて座っていた。「参ったなあ……本当迷惑だな、ハイデッカーは……働き過ぎ……」男は溜息をつく。

 若い女の名はヤモト。男の方はフィルギア。見ての通り、どちらもニンジャである。「この雨の勢いじゃ、どっちに行ったか……」「どうだろうな」フィルギアは呟き、地面に生えた黒い結晶を手で触れた。「ともあれ、アイツで間違いないよ。目撃情報通りだ。ニチョームの周りで、何か掘ってるッて……」

 二言三言、言葉をかわしてから、彼らは走りだした。走りながら、フィルギアはコヨーテに姿を変えた。裏路地から裏路地へ、彼らはジグザグに移動し、徐々にニチョームの壁を遠ざかった。やがてコヨーテが足を止め、ヤモトも従った。フィルギアは再び人の姿を取り、首を振った。「惜しい」

「そうか……」ヤモトは俯き、革製ライダース・ジャケットのポケットに手を入れた。腰に帯びたひとふりのカタナの銘は、カロウシ。首元の桜色の超自然のマフラーがひとりでにほどけ、宙に散った。「だけど希望はある」フィルギアは言った。「実際、噂が真実だった事が確かめられたし、もうすぐさ」

「そうだね」ヤモトは相槌を打ったが、その声はやや沈んでいる。「元気出しなよ」とフィルギア。「ホームシックにはまだ早いさ。なる奴はなるだろうけど」「大丈夫」ヤモトは頷いた。フィルギアは歩き出した。「ま、壁まで近づくと、どうしてもなァ」2人は路地裏を抜け出し、繁華街の雑踏に紛れる。

「安い、安い、実際安い」「我が家の警察!プロパトロールチャン!」「そのお金、我が社に預けてみよう」広告音声、ネオン看板、行き交う人々。繁華街の人の波は絶えていない。今はまだ。そして、少なくともニチョームは無事だ。恐らくは。だが、それを確かめる手段が無い。手段を作らねばならない。


◆◆◆


 ……10月10日は、スターゲイザーが滅び、キュアが斃れ、政府を私するアマクダリ・セクトの陰謀と「12人」の醜聞がバラ撒かれた決定的な一日だった。その夜が明けると、空には黄金の立方体が浮かび、01の風が吹く世界が待っていた。ハイジャック放送の狂騒は、世界の異常によって上書きされた。

 フィルギアとの約束を果たしたニンジャスレイヤーは戻らなかった。彼自身のイクサを再開したのだ。それから約一週間、ニチョームは平穏だった。アマクダリは戦略的にも戦術的にも大きな損失を被り、マイノリティ・ヘイヴンを相手に消耗戦を継続する事は出来ない……それはある意味真実だった。

 しかし、アマクダリが……システム・アルゴスが、「望ましいフラットなネオサイタマ」から外れる者達の砦を、そのまま見過ごす事はなかった。アルゴスはネットワークを制していた。一個の巨大なニューロンが、ヨロシサン製薬・オナタカミ・ネオサイタマのダイサン・セクタ企業の研究を完成させた。

 それは「ペイガン」と呼ばれていた。彼ら自身がそう呼称していた。つまり、あの異変から一週間経った頃に、再び制圧に現れた者達が。ペイガンはニンジャだった。だが、シルバーキーの曰く、「おかしな連中」だった。

 おかしな連中……おかしなニンジャソウルを宿した脳改造者。システム・アルゴスの演算能力によって電子的に生成された擬似的なニンジャソウルを憑依させた、いびつな戦士たち。雲をつかむような仮説の中で、比較的筋が通っていたのが、それだった。01の風は抵抗者達を嘲笑うように吹きすさんだ。

 壮絶で、不気味なイクサだった、当然ヤモトもカタナを手にとった、そして10月10日の包囲戦の噂を聞きつけ、加わった、何人かのニンジャ達も……彼らは襲い来るペイガン達に打って出た……イクサ……カラテ……カラテなんだ……「ヤモト=サン!戻れ!もう時間が……」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ストーンコールド……アルデバラン……そして、ペイガン……ペイガン……ペイガン……まだ名前を与えられていない生まれたてのニンジャたち……「ヤモト=サン!」シルバーキーの叫び……ヤモトは二刀流……戦う……戦う……負けない為に……街の為に……「始まるぞ!」

「イヤーッ!」「逃がさん」ストーンコールドはヤモトを遮る……カラテ……アルデバラン……ペイガン……ペイガン……「畜生!いいか!通信手段を確立しろ!」シルバーキーの声が届く……「通信手段だ!ああ、時間が!」「イヤーッ!」真っ直ぐに飛翔してきた梟頭の魔人が割って入り、ヤモトを掴んだ。

 ストーンコールドとアルデバランは1秒後に発生する異常事態をニンジャ第六感によって察知。攻撃を中断、バック転で後退した。梟頭のフィルギアはヤモトの首元のマフラーを掴んだまま、彼らとは違う方向へ跳んだ。その直後、ニチョームはノイズの中に消失した。ペイガン二体が呑まれ、腕や足が落ちた。

「通信手段……」「ああ。奴から多少聞いてる」ヤモトを掴んだまま、フィルギアはビル屋上を7つは飛び渡った。「手段」「ああ。手段」「確立」「そう」「確立しないと……」「ダイジョブだって」「しないと!ンアーッ!」ヤモトは跳ね起きた。フィルギアは生返事をしながら机で書きものをしている。

 床には白いチョークで線が引かれ、テント布で雨除けされた屋上空間を二分している。フィルギアは線の向こう側に壊れかけのデスクを置き、ネオサイタマの地域図に辛抱強く印をつけている。ボードに無数の写真やメモのスクラップ。ソファはヤモト側。フィルギアは彼女を気遣ってか、他所のどこかで寝る。

 ヤモトはカロウシの鞘を反射的に掴んだ。ナンバンはあのとき失われた。あるいはニチョーム側に残されているのかもしれない。「寝てた?どのくらい?」「さあ……」フィルギアは生返事に付け加える。「長期戦だぜ、ヤモト=サン……気を張ってたら折れちまう……困ったセンセイだよなァ、用心深くてさ」

「……」ヤモトは半壊の棚に並べられたオリガミを見た。今あらたな一枚がツルの形に折り上がり、そこに並んだ。悔しさから歯を食いしばり、奥歯がミシミシと音を立てた。10月10日から随分経った。ネオサイタマは驚くほどに様変わりしている。ヤモトはキョート出身だ。故郷ではない。だが、悔しい。

 ここはかつてフィルギアらが使っていたアジトの跡地。もぬけの殻だ。ヤモトは屋上の錆びた手すりに寄りかかり、ネオサイタマの風景を見渡す。攻撃を受けているのはニチョームだけではない。ネオサイタマがネオサイタマでなくなっていく。「俺の時代にUNIXは無くてさあ。信じないかもしれないけど」

 唐突に、フィルギアが伸びをしながら欠伸混じりに言い、ヤモトの思考を遮った。「紙とペン……いや、こんなペンもなくてさ……毛筆だったけど」指先でクルクルとペンを回し、「イヒヒ……アナログのあたたかみもいいぜ。古代のニンジャはさァ、こういう時に、こうやってアタリをつけていったのさァ」

 ネットワークはアルゴスに掌握されている。その凝視を逃れねばならない者が相互に連絡を取り合う術はない。UNIXの演算能力を用いることすらも危険だ。ネオサイタマのインフラを飲み込んだアルゴスがどれほどの力を持つのか、把握しきれていないのだから。「見てご覧よ」フィルギアが紙をひろげた。

「あのオッサンの目撃情報を結んでいって、こういうものを作った」フィルギアは線と線の交差地点を指で示していった。「オッサン、逃げ足が速いね……もしかしたらステルスのたぐいを使うのかもしれない。トバリ・ジツなんてのもある……まあ、そんな大仰なものじゃなくてもさ……難儀したよ」


◆◆◆


「大々的な発言行為!大々的な発言行為!大々的!大々的な!」「イエイイエイウオー!」「女性器!」ギュオオー!ダーン!ダーン!ブレイクでは三人がてんでバラバラに楽器を弾き倒し、頭を振り、ギターを振り上げ、叩きつけるモーションから、そっと下ろしてスタンドにおさめた。「最高だったぜ」

 ボルタが神経質にギターの弦をクロスで拭きながら、他の2人を振り返った。「いい汗かいたナ!」ゴイはボトルに入れた私物のチャ・カクテル・サケを喉を鳴らして呑んだ。「アー……」ユウラギはドラムセットの椅子から転げ落ち、壁を背に放心した。「はは、ははは」部屋の対角で、奇妙な男が拍手した。

 実際、そこはタタミ10枚程度の極めて狭い一室である。壁や天井には遮音材が貼り付けられ、ドアには「絶対禁煙」「置いたら戻す事」と書かれた張り紙がある。「あのさ、そろそろさ」ゴイがボルタに囁いた。「アイツ、マジで何なの?」「あのオッサン……?」「他にどいつがいるのヨ」「知らねえけど」

「なんかさァ……」「いいじゃねえか……オーディエンスがいると演奏にも身が入るぜ」「身を入れなくてもいいじゃんヨ。気になるよ……ヨーカイみたいで……変なタトゥーも入れてるし……」「あれタトゥーじゃねえよ……焼き入れてるよ」「もっとヤバイじゃんヨ……!」「いやあ、演奏だ」男は呟いた。

「あれ?ウミノ=サン来てる」放心状態から我に返ったユウラギが指差すと、ウミノは力なく笑った。「え?あいつの名前知ってんの?」「この前訊いた。だって、ユーレイとかニンジャだったら怖ええし」「だな」三人の若者は遮音ショウジ戸を開き、向かいの部屋に移動する。ウミノは自然に後に続く。

 ボルタはボンボリのスイッチを入れ、真空管装置の電源を入れた。早速ゴイは蓄音機を動かした。一方、ボルタは部屋の奥にあるガラスで仕切られたブースの異変に気づいた。「あれ?誰が片付けたの?」そう、古機材コンテナの物置となっていたミキサー室である。「ああ、それは、私だ」ウミノが挙手した。

「コンテナどうしたのヨ」とゴイ。「廊下の向こうだね」ウミノは平然と言った。「何勝手にやっちゃってんのヨ……まあいいか」「一人で全部ほかしたのかよ?」ユウラギが呆れた。それから彼らは思い思いの姿勢で蓄音機のサウンドに耳を傾けた。三人はこのセンベイ大学の大学生…正確には2人はOBだ。

 とくに働くアテもない彼らは、この学生寮の一角をスクワット無断居抜きし、そのまま居着いていた。映画史や、ショーギの研究もしていた。面白い話が特に無いときは、音楽が会話のかわりになる。電子戦争前の音楽も集めた。最近のバンドなら、カブラ・ノヴァ。心の中では、三人とも、いつも死にたいと思っていた。

「閉鎖した角度……そこで見ているいびつな姿……」カブラ・ノヴァの不安定なヴォーカリゼーションが乱れる。「揺れていく、揺れていくザリザリザリ!ザリザリザリザリザリ!」「うるッせ!」「インダストリアル・ミックスか?クール!」「何やってんだよウミノ=サン!」ボルタが咎めた。ブース内だ!

「すまない!若者の楽しみを」ウミノはマイクごしに詫びた。「本当に済まないね」どうやらウミノは片付けなかった何らかのアンティーク機材と格闘しているのだ。機材が発したノイズが蓄音機のスピーカーに混線したようだ。「揺れザリザリザリザリ」「うるッせ!やめてくんない?」「いや、やめない!」

「やめろよ!」「いや、やめない!君らも若いのだから、この……今の事象をね?少し、こう、よく見つめるべきではないか」「何がサ!アレか?風の事?」「健康被害無いッてよ?」「ザリザリ」「うるッせ!」「そこは元々の曲のアウトロね」ユウラギが解説した。ボルタは彼を押しのけ、ブースに入った。

「え……それ……何?」ボルタは不審げに、ウミノとアンティーク機材とを交互に見た。機材はマホガニーと真鍮で作られ、真空管も複数露出している。「動くだろう」ウミノは笑った。「それ、何?」「電子戦争以前の品だよ。もっともっと前。とはいえ江戸時代に遡りはしない」「エエ?」「ラジオなのだ」

「何おかしなこと言っちゃってンの?」ウミノはボルタを無視してダイヤルをせわしなく動かす。真鍮のホルダには不可思議な黒い鉱石がおさまっている。「その石、何?」「これは鉱石ラジオだよ」ウミノは言った。そして付け加えた。「重要なのはこの石だ。気になってね。まるで私の分野ではないが……」

「楽器なの?」「え、ドラムマシン?」ゴイもブースに入ってくる。「なんだよ、楽器じゃないヨそれ」「アー」ボルタは説明が面倒で、ウミノと共に彼を無視した。ザリザリ……カブラ・ノヴァの曲はとうに終わっていたが、やがてスピーカーから再びノイズが聞こえて来た……ザリザリ……ザリザリ……。


2

 ザリザリ……ザリザリザリ……偏執狂的な……迫ってくる群れ……「カブラだな、これはカブラの歌詞」「シーッ」ウミノが指を立てて黙らせた。ザリザリ……ザリザリザリ……ここだ……繋がってる……そこのアンタ……ザリザリ……「これはカブラじゃないぞ。サンプリングでもない……」「シーッ!」

 ザリザリ……ザザザザ……「微弱だ」ウミノは呟いた。懐からやはり同じような黒い石を取り出し、差し替えるが、状況は変わらない。「その、石なんかでラジオなワケ?」ゴイが尋ねた。「シーッ!双方向になっていないのかね?」「わからないよ!」「ジャックは同じじゃないか?マイクが繋がるぜ」

 提案したのはユウラギだった。ボルタは顔をしかめた。「余計な事を」「面白いじゃん、何か。いわば真空管と同じカテゴリだろ。アナログ・レリック崇拝学派の俺らとしては……」ゴイがマイクを接続した。「すげえ。同じ規格だ」「それはそうだよ」とウミノ。マイクを掴み、「アーアー、モシモシ!」

 ザリザリ……「モシモシ!モシモシ!」ウミノの呼びかけ虚しく、音は遠ざかり、それきりだった。「よくわからないが、これではダメなんじゃないか?」ウミノは三人を見渡した。「エッ」「いや、そりゃあ」彼らは顔を見合わせた。「キミらの!友人の友人だとか!センセイとか!」ウミノが威圧した。

「アイエッ!」「技術的な人間を連れて来いって事?」「わからねえよ」三人は目を見交わす。「違法基板屋のノザワマ=サンは?」「アナログじゃなけりゃ……おい、前に、電話機を分解してギターを作ったって嘯いてた奴が寮にいたろ」「ああ、ミューラ=サンね。有名だぜ」「それだ」ウミノが指差した。

「こちらから発信することがゴールだ」ウミノは厳かに言った。「だがまずは、この微弱な信号を増幅できるようにしたい。私は歴史学、考古学が専門だ。全く素人なんだよ。いいかね?ミューラ=サンを始めとしたスタッフを集めてくるんだ。ASAPだ!」ウミノは机を叩いた。三人は部屋を飛び出した。

「どうするよ」「ミューラ=サンを連れてくる」「その後は」「知らね」彼らは廊下の左右に積まれた古雑誌やベニヤ板を蹴散らし進む。すれ違う学生は三人を胡乱げに見た。「へヒッ、何してンの」水タバコの煙を吐き出しながら、ダンディ・Dが呼び止めた。「ミューラ=サンの部屋どこ?」ゴイが尋ねる。

「全能なるミューラ……」ダンディ・Dが瞑想的に呟いた。ボルタが水タバコのチューブを奪い取った。「その全能なるミューラの居場所なんだよ知りたいのは」「突き当りだ」指差した先、積み上げられた段ボールが廊下を塞いでいる。「奥だ。奴はいつもハンダのヤニを吸引してキマってる。チューブ返せ」

「ありがとよ」ボルタはチューブを返し、段ボールの隙間に身体をこじ入れて奥に入って行く。「就職どうすんの、ダンディは」「君たちと違うよ……」ダンディ・Dは煙を吐き出しながら頷いた。「来週からPVC加工会社でインターン。この髪ともおさらば、サラリマン・ヘアにする」「ファック・オフ」

 全能なるミューラは実際、大掛かりな工作テーブルに向かい、椅子の上に正座して、ハンダゴテで何かを溶接している最中だった。コテ先が発する煙を芳しげに吸い込むボンズヘアーの男は三人の入室を振り返りもしない。「ミューラ=サン」「このコクのあるフラックス・フレーバー……ああ、ゴイ=サンか」

「知ってる?電子戦争以前のハンダって有害で、それ、絶対死ぬよ。脳とか、内臓とか」ユウラギが控えめに指摘した。ミューラは振り返り、立ち上がった。「これは1950。こっちのリールは1944。エグみがヴィンテイジの風格。わかんない奴つれてきたね、ゴイ=サン」「本題いいかな」「どうぞ」

「鉱石ラジオって知ってる?」「それで?」「おかしなオッサンが俺らの部屋に居着いてんだけどさ」ゴイは説明に窮した。「その……変な黒い石を嵌め込んで、何か受信しようとしてて……信号を増幅したいッて。あわよくば双方向でやりたいって」「増幅……双方向……アナログか」ミューラは目を閉じた。

「出来るか?」ゴイはおずおずと訊いた。ミューラは目を閉じたまま答える。「あの部屋には豊富なレリックがある。あの部屋は由緒ある電波中継局。センパイのセンパイのセンパイ……宝の持ち腐れ存在……それがお前らだ」「使いたかったのか」ボルタが口を挟んだ。ミューラは目を開け、目をそらした。

 彼はハンダのリールを注意深く選別しては、大きな紙袋に放り込んだ。ハンダ小手、銅線、何らかのテスター類、PVCテープ……「言ってくれればいつでも入れてやったのに」ボルタは言った。「そうはいかない。部屋はクランであり、我が部屋とお前らの部屋の冷戦の歴史は長い。そっちは三人もいるし」

「要はウチのとこの機材をバラしたりなんだりすりゃ、どうにかなるって?」ユウラギが尋ねた。ミューラは首を振った。「約束はできないが」「まあとにかく頼むよ」ゴイが頭を下げた。ミューラはオジギを返した。そして叫んだ。「手を触れないで!」棚に手を伸ばしかけたボルタが身をすくませた。

「わかったよ」「絶対だ」「うん」ユウラギとゴイとミューラにつづいて、ボルタも部屋を出ようとした。去り際に一度窓を振り返った。窓の外、庭先に、妙な集団の存在を認めた。さっきまではいなかった連中。赤いバンダナとサングラスで揃え、ノボリ旗を手に手に持った集団だ。ボルタは嫌な予感がした。


◆◆◆


「カブラ・ノヴァなんか聴いて……キリステジャンゴとか無いのか」ミューラは蓄音機から流れる音楽に不満気だったが、ボルタ達は譲らなかった。「ここの機材は好きにバラしていいんだぞ。お前のほうが今回のメリットが大きい。だから音楽はカブラをかける」「どちらでもよくないかね?」とウミノ。

「オッサン!元はといえば……」食って掛かるボルタをゴイは制した。「始めてくれよ、ミューラ=サン」「じゃあ今回は特別……アッ!換気扇を回すな!フラックス・フレーバーが」「それもダメ!俺らをビョーキに付き合わすな」ボルタは声を荒げた。「まあいい」ミューラはそちらを見ずに頷いた。

「早速凄いぞ、これは」ミューラは鉄板と木材を繋ぎあわせたようなひと抱えのボックスを引きずりだした。ボルタたちにはおよそ判らぬツマミ類が沢山ついている。「なに、それ」「見てわからないか。据え置き型のトランシーバーだ」ミューラは鉄板を固定するネジをドライバーで一つ一つ外してゆく。

「アンテナをどうするかな……」鉄板のカバーをどけると、近未来都市ミニチュアじみた内部基板があらわになった。埃が部屋に撒い、ユウラギが咳込んだ。「そいつをどうするんだ」「決まってる。そこの鉱石ラジオもバラして、こっちの受信機部分と置き換えて……」「まあいいや、好きにやってくれ」

 三人はミューラを置いてブースを出、小型冷蔵庫からケモビールを取り出してカンパイした。ウミノはブースに入り、ハンダ作業を開始したミューラを後ろから覗き込んだ。指示されるままあちらの機材、こちらの部品、とアシストするウミノをガラス越しに見ながら、ボルタは先程窓から見えた集団を思った。

「さっき、下に赤い奴らが集まっててさ」「アナキスト?どうせいつものビラ配りだろ」ゴイはヤキトリ缶の蓋を開けた。「いや……なんか様子が違った」「どうして」ユウラギは早くも二本目のケモビール缶を開けた。「人数が多かったし、なんか……準備してるっていうか」「なんの準備だよ」「知るかよ」

 大学のキャンパスには普段から「大進歩研究会」を名乗りヘルメットを被った若者が出入りし、DIYショドー看板で壁を作って撤去されたり、体育会の学生と乱闘騒ぎを起こすなど、緊迫した瞬間を作り出す事がしばしばあった。寮の人間はそれもチャメシ・インシデントとして特に関心を払ってこなかった。

 一時期は過激武装組織イッキ・ウチコワシの活動も激しく、大学の試験会場がジャックされるなどの事件もあった。しかしキョートとの戦争が起こって以降、特別治安機構ハイデッカーが導入されてからは、運動も下火だった。ハイデッカーは単に疑わしいだけの人間も含め、ローラー作戦で一斉検挙する。

 大学内に警察機構が入り込んでくることはまだなかった。だがそれも時間の問題だ。もしそうなっても特にそれでも構わないと、ボルタ達もぼんやり考えていた。ギターアンプに大進歩研究会の連中の拡声器の音が混線するのは嫌だったし、寮の前の庭でうるさいことをされるのも面倒だったからだ。

「この後どうする」ユウラギが問うた。「ウミノ=サンの機械を作ったら?なんか通信すんだろ?」ゴイは二本目の缶を開けた。「そうじゃなくて」ユウラギは少し遠い目をした。「どっか探したほうがいいのかなァ」「何がだ」「就職先だよ」「在校生の余裕だな」「親の仕送り止まったら終わりだしさあ」

「奴らが来る、奴らが来る、奴らが来る……クラゲめいたゴミ袋、風に揺られている……」カブラ・ノヴァの曲のクライマックスが陰鬱なアトモスフィアを倍化し、三人は自虐的な気持ちになった。「死にたいなあ」「死にてえよなあ」「死にたい」バチッ…ザザザ……音にノイズが混じった。「お、来たか?」

 ザリザリ……ザザザ……「こちらエート、センベイ、センベイからあなた方!」ウミノが配線むき出しの機材を押さえ、マイクに向かって大声を出した。「行っているのかね?声!」「多分ね」ミューラが腕組みしてタバコを一服した。「受信していればの話だし、今時そんな奴が……」ザザザ……ニチョーム!

「待った」ミューラは驚いてタバコの灰を膝に落とした。「熱ッち!今…」「私も聞いた」ウミノは頷いた。2人は顔を見合わせた。「何?進捗あった?」ゴイがブースに入った。ザリザリ……聞こえるのは再びノイズばかり。「ニチョームから応答があったかもしれない」とミューラ。「ニチョーム?マジ?」

「ニチョーム?ナンデ?」ユウラギも入ってきた。「何か今ヤバイ場所じゃない。なにそれ」「皆死んだんじゃないの?爆発事故か何かで。今も近づけないし」「やはりだ」ウミノは目を見開き、独り言じみて呟いた。「エーリアス=サンと導いた仮説に裏付けが……やはりカラテ鉱石……あれは副産物……」

 ボルタはにわかに沸き立つブース内の様子を訝しみ、自分も立ち上がった。その時だ。部屋の防音ドアの取っ手が動き、グイと引き開けられた。廊下の喧騒が密閉された室内に流れ込んできた。「破壊!変革!徹底!」「エッ?」「当施設をォ!」先頭の人間がボルタを指差した。「接収する!」「エッ!?」

 外界の廊下からは破壊音と悲鳴、怒号と罵声が聞こえて来る。「我々はァ!進歩的破壊変革徹底組織!イッキ・ウチコワシである!」男が叫んだ。「破壊!」更に一人!「変革!」更に一人!「徹底!」更に一人!「なッ……勝手に入って来て何を」「徹底行使!」「グワーッ!」棒で殴られるボルタ!

「破壊なくして再生なし!」「殺戮なくして進歩なし!」「悲鳴なくして幸福なし!」徹底的スローガンを叫ぶ赤バンダナ・サングラス姿の戦闘員が、床に倒れたボルタに更なる打擲を試みる。「何やってんだお前ら!」「ヤメロ!」ユウラギとゴイがブースから飛び出し、戦闘員と押し合いになる!

「シグナル・ノイズ比が酷いが方法は間違っていないな……」ミューラは気づかず、ヘッドフォンをつけて苦闘している。ブースに入り込んだ戦闘員がいきなり彼の腕を掴み、グイと引っ張った。「退廃学生の無関心を断固徹底断罪!」「ヤメロ!」ミューラは振り払い、ハンダごてで打った。「グワーッ!」

「ちょっとやめないか!試験をさせなさい!」何らかの記憶混濁の叫びを発し、ウミノは怯んだ戦闘員を押し返した。「グワーッ!」思いがけぬ腕力で押された戦闘員は反対側の壁まで吹っ飛び、「ムン」防音壁に叩きつけられて気絶した。「やめないか!」「グワーッ!」ゴイ達と押し合う戦闘員を殴り倒す!

「やっちまえ!」勢いを取り戻したゴイとユウラギは巻き返して他の戦闘員を殴り倒した。「大丈夫かボルタ=サン」「いきなりワケわからねえ」廊下からは引き続き悲鳴と騒乱の音。先程外に集まっていた連中が学生寮に侵入して来たのか?「イッキ・ウチコワシって言ってたな?」「何なんだ」

「施設を接収とか言ってたけど……」ボルタは折れた奥歯を吐き捨て、気絶した戦闘員を見下ろした。「ウオオーッ!徹底革命!」更に一人、棒を持って飛び込んでくる!「ヤメテ!」ウミノが押し返した。「グワーッ!」そして防音扉を閉め、ロックをかける!「ハアーッ!ハアーッ!」「どうすんだこれ!」

 静寂が戻ってきた。しかし何の根本的解決にもなっていない。彼らは顔を見合わせ、戦闘員の持っていた棒やギタースタンド等で武装した。「つまり……」誰かが言いかけたその瞬間!「イヤーッ!」KRAAASH!ロックが破砕!蹴り開けられるドア!現れたのは戦闘員とは明らかに様相の違う男であった!

「無駄な抵抗である!」サイバーサングラスと赤いメンポを装着したその者はボルタ達に向かって威圧的に宣言した。「当通信施設は我々イッキ・ウチコワシの重要拠点と決議されている。ゆえに退廃学生は徹底的に排除の対象である!」「何だお前…」「ダマラッシェー!」「アイエエエ!」ウミノ以外失禁!

 ナムサン!この怪人物の叫びの神秘的な威圧力がボルタ達の心を挫いたのだ。「何だね!暴力的です!」ウミノは抗議した。怪人物はウミノに自身と同じものを感じ取った。すなわちニンジャ性を。やや訝しみながら、彼はオジギをした。「ドーモはじめまして。モジュラーです」「ドーモ、ウミノ・スドです」

「やはり……事前情報を裏付ける、否、それ以上の潤沢な設備」モジュラーは呟き、部屋と奥のブースを見渡した。彼が声を発するたび、サイバーサングラスの表示は棒グラフをせわしなく上下させている。彼の右腕には無数のツマミつきの何らかのハンドヘルド・マシンが装着されている。「真空管。戦前か」

 へたり込んだミューラやユウラギを荒っぽく足で押しのけ、モジュラーはブース内に侵入した。そしてむき出しのマシンに注目した。「これは……」屈み込み、2つの機材をつなぐシールド・ケーブルの縞模様の皮膜を指先でなぞった。棒グラフが激しく動いた。「少なくとも1930年代……何たる事だ」

「いけない!それに触っては!」「イヤーッ!」「グワーッ!」振り向きざまの無造作なケリ・キックで、ウミノは吹き飛ばされた。モジュラーは機材を踏み壊さぬように注意しながら、ミキサー類を確かめた。「フウーム…非常にいい」フェーダーを上下させる。「状態がいい」「アバッ……何が目的ですか」

「決まっておろう。この設備は徹底革命闘争基地だ」モジュラーは冷たく言った。「私は音響と周波数のその先を知る。貴様にはどだい理解できぬだろうが、我がジツをもってすれば、この強大な設備そのものがミサイル基地に等しい。これをもって悪逆政府とそれを支持する堕落市民社会に無差別鉄槌を下す」

「同志モジュラー=サン!」戦闘員が戸口に現れた。「制圧が完了!堕落学徒は拘束し一階食堂に集めてあります」「よしッ!」モジュラーが力強く頷いた。「奴らの扱いは如何しますか!」「当然、事前決議に従い全員処刑だ!」モジュラーは即答した。「機材の準備を整えたうえで徹底的に実行に移す!」

「む、むちゃくちゃだ」ユウラギが呻いた。「僕らが何をしたってンです……イッキ・ウチコワシって、あの海賊放送の……バスター・テツオの」「テツオだと?」モジュラーは舌打ちした。「反革命逆賊は徹底総括し退任!奴はコメ畑で余生を過ごすと誓いドゲザした。生半可な知識で革命を語るべからず!」

「徹底暴力!」「グワーッ!」戦闘員がユウラギを殴り、廊下へ引きずっていった。更に数名が入室し、ボルタを打擲して同様に引きずっていく。「待ってください」ミューラが震え声で言った。「無線で、どんな風にやるんですか?興味あります」「ミューラ=サン?」ゴイが呻いた。ミューラは目配せした。

「何だと?」「その、ここのメンテナンスを俺がやっています」ミューラはモジュラーに言った。ゴイは気づいた。ミューラはなんとかこの部屋に残り、何らかの策を練ろうとしているのだ。あるいは時間稼ぎを。「ウミノ=サンは僕らのゼミのセンセイで……ここの機材を」「成る程。では2人は残ってよし」

 戦闘員は気絶した同志達を運び出し、ゴイの事も引きずりだした。引きずられながら、ゴイはミューラとウミノが後ろ手に拘束される姿を見ていた。やがて部屋の扉が閉じられた。


◆◆◆


「アア?何だ?」フィルギアは片手をひさしのように翳し、センベイ大学の妙な騒ぎを遠くから認めた。「どうしたの」とヤモト。フィルギアは眉をしかめた。「何かおッぱじまってるぜ……参ったなあ。検問が敷かれちまったら面倒……」「何が?」ヤモトのニンジャ視力ではそこまでわからない。

 彼らはウミノの出没情報を集め、行動圏を相当に絞ることに成功した。センベイ大学に出入りしていることはほぼ間違いがなかった。だが、こうなると。「こんなんじゃウミノ=センセイも寄り付かなくなっちまうし、ンンー……」毛先をねじりながらフィルギアは思案する……「ンン?」窓に垣間見えた横顔。

「どうしたの?」ヤモトはやや苛立ちながら繰り返した。「ああ、悪いね」フィルギアは小さく頷いた。「いたよ。ウミノ=センセイ。でも、ちょっと最悪かも……」「何?」「あのね、大学のすぐ隣に学生寮があってさ。そこが今、ヤバイ連中に囲まれてンだけど……閉じ込められてるね、彼。なんでかな」


3

 チュイイイウイイイ……チュイイイウウウ……モジュラーの右腕のハンドヘルド・シンセサイザーが奇妙な音を鳴らし、赤いランプの明滅周波数がめまぐるしく変化する。有線接続された大仰な戦前デバイスのメーター類はシンセサイザーの周波数変化リズムと同既し、規則正しい異音をスピーカーから流す。

「同志モジュラー=サン!」ウチコワシ戦闘員が再び戸口に現れた。「屋上のアンテナ設備の補強作業が決断的に着々進行し、革命達成への進撃を圧倒的に刻んでおります!」「徹底革命!」モジュラーが左手を打ち振ると、「徹底!」戦闘員は敬礼して廊下へ駆け戻った。

 ブースの壁にはモジュラーがナイフで突き立てた大きな模造紙がある。「徹底戦略実行計画」と威圧的フォントでショドーされ、要所要所にX印が書かれたそれは、どう見ても平和的な意図で作成された地図ではない。そしてミューラはモジュラーのすぐ横に座らされ、ワイヤー類の補強等を強いられていた。

「同志モジュラー=サン!」ウチコワシ戦闘員が再び戸口に現れた。「一階食堂の堕落学徒数名の反革命的態度に対し、分隊書記が制裁決議案を提出!」「徹底!」モジュラーは指示した。「徹底!」戦闘員は廊下へ駆け戻った。しばらくして数発の銃声が聴こえ、どよめきが起こった。そして再び静寂。

(殺したのか!見せしめに?)ミューラは呻いた。モジュラーが瞬間的にミューラを見た。「作業進捗を報告せよ、同志!」「同……アッハイ、ヒューズも入れ替えましたし、多分その……もう少しかと」「行使!」「グワーッ!」モジュラーは棒でミューラを叩いた。「徹底労働せよ!」「そのう、計画とは」

 モジュラーは瞬間的に首を巡らせ、思いがけず問いを発したウミノを見た。窓の外を鳥影が横切った。ウミノは繰り返した。「け、計画とは?」模造紙を目やる。「すぐに示すので説明の必要無し。モジュレーション・ジツの決断的圧倒的強制力によって、反革命的市民は嫌でも啓蒙の夜明けだ」「成る程……」

 モジュラーは舌打ちし、ミューラを睨んだ。「同志ミューラ=サン。同志ウミノ=サンの労働力詳細を説明せよ。反革命分子ではないか?」「違います」ミューラは首を振った。「その……お互い、得意分野があって……エート……今はまだ出番じゃないッつうか」「……」モジュラーの目が疑わしげに細まる。

「お互い得意分野……?師弟関係だと言っておった筈だ」「俺のほうが詳しい分野もあるんです!自由闊達な学風なんです」「徹底!」「グワーッ!」棒で殴る!「ほとんど反革命的な返答態度!自己批判せよ!」「すみませんでした!」ウミノは傍観し、震えた。その後ろで窓のサッシが僅かに動いた。

 だらしがないのでサッシは無施錠であった。瞬間的に首を動かし、モジュラーはそちらを睨んだ。そしてサッシを手で閉めた。再びヴィンテージ機材に向き直る。「わかるか?旧時代の遺物は基本的にブルジョワ概念を内包しており、通常であれば徹底破壊の対象だ。しかし私であればこれらを有用活用なのだ」

「どのような有効活用を」ミューラは尋ねた。モジュラーはまんざらでもなさそうに頷いた。「そこまで訊くならば回答しよう。モジュレーション・ジツとは鉄槌である。徹底革命行動そのものだ」モジュラーは腕のツマミを操作した。キュウイイ……KBAM!室内のガラス瓶が唐突に赤熱溶解した!コワイ!

「なッ……」ミューラは血走った目を見開いた。彼は恐怖に打たれた。「後は、すぐにわかる」モジュラーはそれだけ言った。もはや語ろうとはしなかった。ウミノも同様にこの超自然現象に強烈に気を惹かれたが、別の驚くべき出来事に気を取られていた。(そうだ。頼むからそのまま)耳元で蛇が囁いた。

「同志モジュラー=サン!」ウチコワシ戦闘員が戸口に現れ、新たな確認事項を述べ始めた。蛇はモジュラーを気にしながら囁いた。(ドーモ、ウミノ=サン。こんな格好でシツレイするけど……俺、シルバーキー=サンの……いや、エーリアス=サンでわかるか?……の……友人で、フィルギアッての……)

「……!」(フクロウの姿で窓に降りて、嘴でサッシ動かし、蛇の姿で潜り込んだ。な。簡単な原理だろ。アンタに用があるんだ……見たところ、すごいピンチみたいじゃない)ウミノは小さく頷いた。(危機……確かにその通りか……)(助けてやりたいんだ。そのかわり、助けてよ。そういう取引でどう?)

(お願いできるかね)ウミノは囁き返した。蛇はウミノの背後へ滑り込み、隠れた。読者の皆さんの中には、フィルギアのこの申し出が、ある種の「手法」である事にお気づきの方もおられよう。彼はそもそもウミノを救出する意図を持ってこの場へ現れた。頼まれずとも助けた筈だ。だが、これで恩を着せた。

 己の意図した最善の結果に出来る限り実際を近づける為、彼は殆ど呼吸するような気易さで「手法」を積み重ねる。それによって彼は己を、己の居場所を、己の望む世界を守ってきた。ニンジャスレイヤーのような恐るべき存在すらも、その復讐心や生真面目さに訴えかけて利用する事を躊躇しなかった。

 結果的にそれが、アマクダリ/ヨロシサン製薬の連合軍から、ニチョームをかろうじて救った。だがそのニチョームは今、狭間の世界に落ちている。誰かが綱を引き、この世に呼び戻さねばならない。そのすべを探らねばならない。その為にまずは通信手段を確立し、シルバーキーと助け合わねばならない……。

「貴様!」その時だ。モジュラーがミューラの首をやおら掴んだ。「アイエッ!」「いたずらに作業をサボタージュし時間を稼いでおるな!ごまかせると思ったか!敗北主義者め!イヤーッ!」吊り上げる!「アバババーッ!」ミューラは足をバタつかせて苦悶する。「ちょっとやめないか!」ウミノが叫んだ。

「総括!」「グワーッ!」モジュラーはミューラを壁に投げつけると、ウミノに裏拳を叩き込んだ。「グワーッ!」モジュラーはミューラを殺さなかった。技術的な有用性を評価したのだ。一方、ウミノについてその必要性を懐疑していた彼は激昂のままに第二撃を準備した。ツマミ操作!チュウイイイイイイ!

「GRRR!」その時!突如として室内にコヨーテが出現し、モジュラーに食らいついた!「グワーッ!」チュウイイイイ!KBAM!壁にかかっていたオカメ・オメーンが何らかの超自然力を受けて発熱溶解四散!ウミノから狙いがそれたのだ。アブナイ!「イヤーッ!」モジュラーはコヨーテを蹴り上げる!

「グワーッ!」コヨーテは天井に叩きつけられ、フクロウに変身して激しく羽ばたいた。「魔術!宗教的退廃要素!」モジュラーは罵り、ツマミを操作する。チュウウイイイイイ!「グワーッ!」空気が歪み、フクロウの羽根に火がついた!「ウワーッ!」ウミノが掴みかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 モジュラーの蹴りで弾かれたウミノは壁に背中から叩きつけられ、ぐったりと動かなくなった。「アイエエエ!」ミューラは悲鳴を上げる!手狭なブースが今、修羅場と化した!「なんてことしやがる……」燃え溶ける羽毛が散り、肩を押さえたフィルギアが着地した。アブナイ!直撃を免れていたか!

 モジュラーはアイサツした。「ドーモ。モジュラーです。アマクダリの特攻スパイか?卑劣反動分子!」「ドーモ。フィルギアです」フィルギアはアイサツを返した。そして窓の外、桜色の跳躍軌跡を微かに残して学生寮に接近するニンジャと、屋上アンテナ付近でそれを察知し身構える、今一人のニンジャ!

 学生寮屋上のアンテナ装置に取り付いていたイッキ・ウチコワシのニンジャ、エヴリマンは、グルリと首を巡らせ、宙を渡るように跳びくる存在を警戒した。その者は空中に飛び石でもあるかのように、足元で桜色の閃光を散らしながら跳んでくる。

 既にアンテナはエヴリマンのジツの影響を受けてより高く金属の枝を伸ばし、屋根瓦に深く根を下ろしていた。「イヤーッ!」エヴリマンは先制して空中のニンジャめがけスリケンを投擲した。「イヤーッ!」女のニンジャは宙返りして飛来スリケンを躱し、瓦屋根に着地した。二者は睨み合った。

「ドーモ。イッキ・ウチコワシの徹底戦士にして革命工作員、エヴリマンです」「ドーモ。ヤモト・コキです」どちらが示すでもなく、互いにアイサツした。ヤモト・コキが渡ってきた空を、桜色に光るオリガミの残骸が落下していった。エンハンスしたオリガミを宙に浮かべ、それを踏み台にして来たのだ。

「貴様アマクダリ・セクトの尖兵か?」エヴリマンは鞘からニンジャソードを抜きながら問うた。なまくらの刃に鍾乳石めいて金属が育ち、禍々しい刀身を作り出す。「違う」ヤモトは否定した。「ここで何をしてる?」下で寮を囲む者達を見る。エヴリマンは眉根を寄せる。「反動勢力でなくば敗北主義者か」

「……アマクダリと戦っている?なら、どうして学生寮を」「あくまで質問に質問で返すか、小娘。これは高度に理論化された闘争であり、疑義提出それ自体が反革命的資質の証明だ」エヴリマンはカタナを構え、すり足で間合いをはかる。ヤモトも動き出した。そして、なお問うた。「どうしてだ!」

「アイエエエ!」その時、寮の一階窓を破って学生が飛び出し、敷地から脱出をはかった。ウチコワシ戦闘員の包囲網がそれを阻み、囲んで棒で叩いた。「強制!」「進歩!」「徹底!」「アイエエエ!」ヤモトの表情が険しくなった。エヴリマンは言った。「理論的な計画だ。闘争に犠牲はつきものである!」

「何をしようとしてる!」「電波だ」エヴリマンは答えた。背後のアンテナを守るように足を運ぶ。アンテナはいまだ天を指して成長を続けている。「この地点は純粋闘争施設だ。是が非でもウチコワシの手中にせねばならん。電撃的速度で接収し、アマクダリの反動勢力が到着する前に行動を開始する」

「どうして中の人達を閉じ込める」「敗北主義の学徒はせめて闘争の礎となるべし。まあ要は、恐慌に駆られた連中が抵抗したり通報したりすればそれだけ我々の計画に支障が出る。それだけの事だ」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトは打ち込んだ。エヴリマンは打ち返し、毒づく。「アマクダリの犬め!」

「何がアマクダリだ!イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトは自剣カロウシで激しく打ち込んだ。だがエヴリマンのワザマエは油断ならぬものであった。「自発的にアマクダリを利する行動をとる以上、それは反革命である。我々の闘争を阻害するものはアマクダリに等しい!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ヤモトは刀身に桜色を帯びたカロウシで熾烈な連続攻撃を繰り出す。エヴリマンは眉根を寄せる。自剣にその桜色が侵食してゆく。彼はジツを用い、刀身を覆う金属を剥がして侵食を振り払い、新たな金属を育てた。「イヤーッ!」ヤモトは斬撃を側転で躱し、間合いを取る。腕に赤い一筋。

 ヤモトの知る由もないことであるが、エヴリマンは元々は革命資金で雇い入れられたヨージンボであり、今回のウチコワシの作戦に必要な工作員であると同時に、手練の戦士でもあった。「充分にアンテナ補強が為されたぞ!」ヤモトを牽制しながら、エヴリマンはトランシーバーに叫んだ。「徹底行動せよ!」

 KRAAASH!「グワーッ!」その時、彼らのイクサの下で窓ガラスが破砕し、投げ出されたのは……ウミノである。やや遅れてもう一人が飛び出し、窓枠を蹴って、ウミノを抱え、共に転落した。フィルギアである。その一秒後。ピイイヨオオオオ……奇怪な音が鳴り響き、空気を揺らした!

「ンアーッ!?」ヤモトは反射的に頭を手で押さえ、膝をついた。ナムサン!致命的な隙!しかし「グワーッ!」エヴリマンも同様だ!彼らの居るアンテナ付近の空気は陽炎めいて歪み、二者はもはや戦闘継続不能、瓦屋根の上で苦悶する!その時だ!KABOOOM!大通りを挟んだビル街で爆発が起こった!

 高層ビルの一つが瞬時に火柱と化したかのようだった。学生寮備え付けのスピーカーが奇怪なノイズを放つ。ピュイイイ……再び空気が歪む!ヤモトは一度手放したカタナを再び掴み、立ち上がろうとした。だが、よろめき、そのまま下へ転がり落ちた。KABOOOM!上空のマグロツェッペリンが爆発した。

 ピュイピュイピュイピュイ、ピュイイイ!KABOOOM!更に数区画離れた地点の「亀阿三四郎時代」と書かれたネオン看板を掲げたビルが火柱を噴き上げた。まるで巨大な蝋燭だ。「グヌーッ!」瓦屋根の上で這いつくばり、エヴリマンは目から出血しながら歓喜した。「革命成ったぞモジュラー=サン!」

 学生寮のラジオブース内ではそのモジュラーがツマミ類を動かしながら呵々大笑していた。「ハッハハハハハ!これこそまさに革命鉄槌である!」彼の腕部モジュレーション・デバイスはヴィンテージ機材に複数のワイヤーケーブルによって有線接続され、その足元では繰り返し殴られたミューラが虫の息だ!

「モシモシ!」モジュラーはマイクに向かって叫んだ。「我々は徹底革命組織イッキ・ウチコワシである!諸君らがこの放送を理解する必要は特に無い。今後、この周波数域を用い、徹底的な武力闘争を行っていく。活目せよ!」屋上のアンテナが回転し、巨大ブッダ像の方角を向いた。KRA-TOOOOM!

 ナムアミダブツ!モジュレーション・ジツの極度増幅によってもたらされた無差別のマイクロウェーヴめいた遠隔攻撃がネオサイタマ市民社会に牙を剥いた!学生寮を囲むウチコワシ戦闘員は周辺ストリートにバリケードを展開し、ハイデッカー部隊とせめぎあう。アンテナが回転し、次の標的を探す!

「……ト=サン!ヤモト=サン!」アサリがヤモトを激しく揺さぶった。ヤモトは目を見開く。いない。夢ですらない、一瞬のヴィジョンだった。現実に見つめるのはアサリではなく、ウミノとフィルギア。「……アー、何よりだ」フィルギアは呟いた。「二人を引っ張ってこの状況を切り抜けるってのは……」

「敵が」ヤモトは跳ね起きた。「まだ……!」「ここは学生寮の庭。キミが落ちてきたのは5秒前。俺等が落ちたのは20秒前。つまり、事態はまだ何も……」「そこで何をしている!」敷地内を巡回する包囲戦闘員が藪の影の彼らを見咎めた。フィルギアは舌打ちし、変身した。「GRRR!」「アバーッ!」

 負傷したコヨーテはウチコワシ戦闘員の死体を踏みつけて振り返った。そして言った。「ウチコワシが何か、おッぱじめたみたいでさ。ともあれ、ウミノ=サンはこうして確保できたから……」『これが市民の声だ!アマクダリ政府よ、我らの行動を知るがいい。革命鉄槌によって我々はセプクを要求する!』

「……笑える」フィルギアは呟き、人の姿に戻った。「メチャクチャやってやがるけど、こんな連中、10分と保てばイイとこ……巻き込まれるまえに俺らはサラバしないと」「キミ」ウミノがヨロヨロとフィルギアに近づき、震える手でいきなり腕を掴んだ。「ひャア!」フィルギアは反射的に悲鳴を上げた。

「それはダメだ」「手を離してくれよ」フィルギアはウミノの手を剥がした。「ダメって、何が?」「ミューラ=サンが閉じ込められたままだ。他の皆は食堂に。彼らを見捨ててはならない」「何言ってンだか……あのさ……オッサン」フィルギアは眉根を寄せた。「勘違いしてるんだろうけど、俺らはね……」

「ユウジョウ。彼らは通信手段を確立する為に尽力してくれた」「知るかよ。俺が怪我したのはアンタを庇って……」「行かない」ウミノは厳かに呟いた。その目がニンジャめいて光った。フィルギアの表情が怒気を孕んだ。ヤモトは身構えた。だが、緊迫した空気は一瞬だった。「……通信手段ッて言った?」

 ウミノは瞬きし、頷いた。フィルギアは頭を掻いた。「くッそ……あのブースか?」ウミノは頷いた。「あのウチコワシ・ニンジャの……」KABOOOM!「……これも、その辺の諸々?」「機材は奪われた。一部、使用されている」「嗚呼、嗚呼、嗚呼」フィルギアは呻いた。ヤモトがまとめた。「戻ろう」


4

 食堂には凄惨な火薬と血のにおいが漂っていた。床に転がった死体を前に、ウチコワシ戦士達は銃を構えたまま動かない。学生達は壁側に背中を押し付けるように集まり、声を殺して嗚咽している者も何人かいた。「あの……」不意に挙手した者がいる。ユウラギだ。ウチコワシ戦士達が銃口を向ける。

 ゴイとボルタは歯噛みし、顔をしかめた。(アイツ、何を?)「そのままじゃ、あんまりですよ」ユウラギは言った。ウチコワシ戦士達は互いに目を見交わした。「我々の正義に疑義提出するならば相応の……」「違います。そのまんまッてのは、悲惨すぎるっていうか。目を閉じてやってもいいんじゃ」

「どうした」戸口に別のウチコワシ戦士が現れ、教室内の戦士に問いかけた。戦士が答えた。「その、反革命学徒が我々に疑義提出を。この死体の目を閉じるべきであるという内容です」「死体の目を閉じるべきかだと」戦士は答えに詰まった。「……同志に確認を仰ぐ。反革命学徒を動かすなよ」「徹底!」

 学生たちがざわつきかけた。戦士の一人が威圧的にショットガンをポンプしてみせると、再び静まり返った。「こいつをトイレに行かせてくれませんか」別の者が挙手し、青ざめた顔の友人を示した。「腹を壊していて……」「何……何だと?」「オイ」戦士達は顔を見合わせ、ぼそぼそと言葉を交わす。

「ダメだダメだ!そういうルールは無い」戦士は苛立たしげに言った。「でも、その……このまま最終的な事になっちまうと、衛生的にも良くないんじゃ……」学生が言った。「貴方達も、長期戦の構えなワケでしょ」「死んだ奴も、そういう話ですよ」ユウラギがかぶせた。「せめて場所を移すとか……」

「……」「……」戦士二人は不安げに互いを見た。そこへ戸口の戦士が戻ってきた。「同志ブリックウィル=サンに確認!瞼を動かし目を閉じる事を容認する」「同志タケギ=サン!実は今再度の疑義提出が」「何だと?」「用便の必要があると……」「では再び確認する」戸口の戦士は狼狽えUターンした。

「腹が……腹が……!」学生が脂汗を流した。質問者が必死の形相で訴えた。「ヤバイですよ!」「あのう、許可してもらったなら、ひとまず瞼を、いいですか」ユウラギが立ち上がった。「どうしたら」戦士Aが戦士Bに呟いた。戦士Bは手振りで黙らせた。「あの、いいですか!」ゴイが手を挙げた。

「何だ!」「ここに集められる前の話なんですけど、その……俺ら、無線機材室を使っていたんでわかるんです。ハイデッカーの無線が混線して、この大学に巡回に来るって言っていたんですよ、つい今しがたの話ですけど……」「なぜ黙っていた!」「黙らされて……」ボルタが追認した。「本当なんです!」

「……!」戦士AとBは戸口を見、学生を見、戸口を見た。「ヤバイですよ!」ゴイが叫んだ。「腹が痛い!」脂汗の学生が呻いた。「諸々、確認したほうが」最初の学生がすまなそうに言った。「責任取らされたりとか……」「余計なお世話だ!」戦士Aは唸った。そして踵を返し、教室を飛び出した。

「ウウーッ!」脂汗の学生が床に倒れ込んだ。戦士Bが慌てた。「なッ……ダメだぞ!それは許可しない!」ショットガンを構える。その銃口は震えている。「許さん!」「今だ!」最初の学生が言った。以心伝心といったところか。ユウラギが戦士Bにタックルをかけた。KBAM!散弾が天井に突き刺さる。

「銃を!」最初の学生が叫ぶ。咄嗟に別の学生が床に落ちた散弾銃を蹴った。「ウオオオーッ!」学生達が必死の形相で戦士Bに襲いかかる!「何を」KBAM!「アバーッ!」騒ぎを聞きつけ取って返してきた戦士Aの胸部に散弾が叩きこまれた。誰かが撃ったのだ。即死!「アイエエエ!」悲鳴が上がる!

「イヤーッ!イヤーッ!」囲んで叩く!戦士Bは気絶!「そいつの銃も奪え!」最初の学生が叫んだ。ゴイは飛びつき、ライフルを取った。戦士Cが戸口に現れた。「何を……」KBAM!「アバーッ!」散弾銃で即死!「行け!皆!行けーッ!」誰かが叫んだ。「大した数じゃないぞ!」「「ワオオーッ!」」

「オイ、でもニンジャが!」ユウラギが止めようとした。「「ワオオーッ!」」学生達が拳を振り上げる。「まずいッて!」警告を裏付けるかのように、戸口に新手が現れた。KBAM!「イヤーッ!」新手の戦士は片手を翳し、散弾銃の弾丸を指先で摘み取る!BLAM!「イヤーッ!」ゴイの銃弾も止めた!

「ドーモ。ブリックウィルです。静粛にせよ敗北主義者ども!一丸となり同時革命せよ!」赤いニンジャは叫んだ。然り、ニンジャだ!「アイエエエ!ニンジャナンデ!」誰かが叫び、泡を吹いて倒れた。銃弾を止めたワザマエを目の当たりにしてNRS症状を起こしたのだ。「駄目だ!」ユウラギが呻いた。

「いや、見ろ!」誰かが指差した。後ろの戸口から風めいて別の者が飛び込み、床の上で前転して跳躍、一寸の躊躇もなくブリックウィルめがけ襲いかかったのだ。「「イヤーッ!」」回し蹴りとチョップが相剋!二者は着地と同時にアイサツを繰り出す。「ドーモ。ヤモト・コキです」「ブリックウィルです」

「アイエエエ!ニンジャ!ニンジャナンデ!」誰かが叫び、尻餅をついた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二人のニンジャは激しい打ち合いを始めた。「今だ!」誰かが叫び、学生達は食堂から雪崩を打った。「ウオオーッ!」「ウオオーッ!」鬨の声!そして衝突音!

「オイ、ヨキト=サンだろ。大丈夫?」ユウラギは床から脂汗の学生を助け起こした。「へ、平気さ」学生は弱々しく笑った。「オレ、元々顔色が悪いし。演技さ。ザマあみろだ。ニンジャにはビビっちまったけど」「そりゃよかった」ユウラギは周囲を見た。「アンタを助けた奴は?俺の知らない奴だったな」

「ウオーッ!」学生達は廊下へ飛び出し、ウチコワシと争い始める。確かに彼らは数の上で勝利している。物騒な銃声が数度きこえた。しかしもはや怒りと決断でニューロンを固めた学生達の勢いは止まらなかった。「ゴイ=サン!ボルタ=サン!」ユウラギは友を探す。わかりきっている。上に向かったのだ!

 上!すなわち無線機材質!食堂でそのような争いが発生したまさにその時、フィルギアは窓を蹴破り飛び込んでいた!「再エントリーだ、ウチコワシの旦那……!」「イヤーッ!」モジュラーはノールック後ろ回し蹴りでフィルギアに攻撃!フィルギアはブリッジで回避する!そのとき、下階で喧騒!

「イヤーッ!」モジュラーはケリ・キックを放った。フィルギアは転がって回避し、素早いチョップでモジュラーの有線リンケージを切断した。「フハハハ!」モジュラーは哄笑した。そして片腕をかざした。ピュイイイイ!「イヤーッ!」フィルギアは懐に敢えて飛び込み、致命的マイクロウェーブを回避!

「既に周波数同期は完了した。有線接続はもはやオプションだ」モジュラーは腕を振り、マイクロウェーブでフィルギアを焼き殺そうとした。「私は最強の革命兵器となったのだ!」ピュイイイ!床が、壁が融解する。フィルギアは間一髪でこれを回避し、ブースから飛び出す。モジュラーの周囲の空気が歪む!

「そんな無茶苦茶なジツ……ヒヒヒ、参ったな、笑えてきた」フィルギアは戸口で振り返り、力なく笑った。モジュラーは片腕をかざした。ピュイイイイ!「イヤーッ!」フィルギアは転がって避けた。空気が歪み、部屋の外の廊下が炎に包まれた。「よせ、オーケイ、悪かった」彼はホールドアップした。

 モジュラーは片腕をフィルギアに向けたままだ。フィルギアは両手を上げたまま、膝をつく。「勝ち目が無いや……まさか無線でもいけるなんて……離れてても繋がるなんてさ……」「気を引こうとしておるな」モジュラーは看破した。フィルギアの背後、戸口に負傷したエヴリマンが現れた。「其奴を任せる」

 フィルギアは薄笑いを残したまま後ろを見た。エヴリマンは奇怪な長刀を水平に振りかぶった。「ハーッ……同志モジュラー=サンの委任を受諾し……徹底総括!」「ウミノ=サン!悪りィ!限界みたいだ!」フィルギアが叫んだ。既にモジュラーはブースに飛び戻ろうとしていた。中にウミノが居る!

 ナムサン!彼はいつブース内に忍び込んだのか!なんたるヨーカイじみたニンジャ隠密野伏力か!彼は無線機に鉱石を挿し込み、声を限りに呼びかけた。「聞こえるだろう!エーリアス=サン!聞こえる筈だ!」「今はシルバーキー=サンだ!」フィルギアが叫び、ウミノは瞬きした。「シルバーキー=サン!」

 モジュラーは反射的に片手をかざしたが、マイクロウェーブ攻撃を留まらざるをえない。ウミノは無線機に覆いかぶさるようにしている。アンテナと無線機はいわばパワーソース。有線接続が必要無いとはいえ、ウミノと共に破壊すれば極度モジュレーション・ジツは使えなくなる。「貴様!」ブース内に突入!

「モシモシ!モシモシ!モシモシ!」ウミノが叫ぶ。「イヤーッ!」モジュラーがウミノの横面を蹴りつける。「グワーッ!」「イヤーッ!」エヴリマンがカイシャクの刃を繰り出す。「イヤーッ!」フィルギアは黒髪を振り乱し、振り返り、その姿を消す。エヴリマンは刀身に巻き付く蛇を訝しむ。

 モジュラーは壁に叩きつけられたウミノに片手をかざす。これでモジュレーション・ジツが可能だ。「総括!」ピュイイイイ……モシモシ……モシモシ……モジュラーの聴覚にノイズ混じりの声が響いた……モシモシ……こちらニチョーム……「グワーッ!?」モジュラーは頭を押さえる。耳から出血!

「アバッ、ゲホッ」ウミノは血を吐き、叫んだ。「ゲホッ!モシモシ!応答せよ!ニチョーム!シルバーキー=サン!私だ!ウミノだ!」『ウミノ=サン!』「グワーッ!」モジュラーが怯んだ。目から出血!「ガボガボガボ」サイバネ声帯がノイズを発する。声が繋がった!『俺だ……シルバーキーだ!』

「シルバーキー=サン!繋がったか!」エヴリマンのカタナと腕をまとめて締め上げながら、蛇のフィルギアが言った。拘束が緩み、エヴリマンは蛇を壁に叩きつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」のたうつ蛇!モジュラーが両腕を振り回し苦悶すると、ブースのガラス窓が飴のように融解した。アブナイ!

「シルバーキー=サン!私はウミノ・スドだ。そ、そちらはニチョームなのだね!」『ああそうだ、放送局から繋いでる……どうなってンだ、この状況は』モジュラーのサイバネスピーカーに声が混線する。「ヌウーッ!」モジュラーは抗った。学生寮から数ブロック離れた地点の広告ビルが燃え上がった。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」エヴリマンがカタナをふるい、フィルギアを追い詰めてゆく。彼は三種の動物に変身することが可能だが、続けざまに攻め立てられれば反撃の機会は作れない。「モシモシ!この通信手段が今非常に危機的状況下にある」『こいつら敵だな?』「見えるかね!」『多少な!』

「黙るがいい!」モジュラーは片手をウミノに向けようとした。ナムサン、再びウミノは夢中になって通信機材に取り付いている。モジュラーは舌打ちし、回転ジャンプで窓から外へ退避した。「イヤーッ!」寮の周囲は今やウチコワシ戦闘員と食堂から外へ溢れ出した学生達のカウンター行動のせめぎあいだ!

「敗北主義者どもめ!イヤーッ!」「アバババーッ!」3メートル四方の空間に居た争い合う者達……学生7割、ウチコワシ戦士3割が恐るべき高温に呑まれて吹き飛んだ。ナムアミダブツ!「徹底革命の圧倒的進軍!イヤーッ!」ピュイイイイ!遠く、ビル屋上の電飾ダルマが融解!何たる無差別鉄槌行使者!

「反動主義勢力の亡霊がよこした声め!」モジュラーは混線者を罵った。「私そのものが純粋革命闘争本能象徴概念だ。この私の圧倒的徹底進歩行為を指を加えて見ているがいい!イヤーッ!」KABOOOM!付近の集合住宅が爆発炎上!「これがイッキ・ウチコワシである!破壊なくして再生無しだ!」

 学生寮内ではウチコワシ戦士に対するカウンター攻撃が激化し、徐々に数で勝る学生達が自治支配権を再び取り戻しつつあった。モータルには到底太刀打ちできないカラテでウチコワシの占拠テロを成立させるカギであったエヴリマンとブリックウィルは現在それぞれが別のニンジャとの格闘を強いられていた。

「イヤーッ!」ブリックウィルの硬化パンチは驚くほどに強靭であり、ヤモトにガードの上から衝撃力のダメージを与え続ける。ヤモトはジリー・プアー(徐々に不利)状態で食堂から廊下に後ずさる。「イヤーッ!イヤーッ!」カロウシで身を守るヤモトにパンチを打ち込むたびに、床と壁に亀裂が拡がる。

「アマクダリでもない野良ニンジャが我々の徹底正義の足を何故引っ張る!それはもはやアマクダリ以上に許せぬ敗北主義的行動だぞ!」ブリックウィルがパンチを連打する。ヤモトは睨み返した。「何故って?」そして言った。「大学に行って、勉強したり、遊んだり、アタイは憧れるよ」「退廃存在ーッ!」

「イヤーッ!」ヤモトのカロウシがブリックウィルの硬化パンチを弾いた。「イヤーッ!」次の打撃も防いだ。ブリックウィルは訝しんだ。感覚が無くなるほどに硬化させた己の拳に感じた痺れを。それは兆候だ。カロウシの刀身にヤモトのサクラ・エンハンスメント・ジツが満ちた事を知らせる違和感なのだ。

 己のニンジャ第六感を通して危機を察知したブリックウィルは拳を引き、通常打撃の三倍のニンジャ膂力を込めた。「イヤーッ!」ハヤイ!音速を超える打撃がヤモトの顔面を襲う!「イヤーッ!」ブリックウィルは切断されて左に飛んだ己の右手首から先を呆然と見つめた。その直後、彼の視界は床に落ちた。

 首を刎ね飛ばされたブリックウィルは床で血走った目を見開いた。「同志よ!革命……サヨナラ!」ブリックウィルは爆発四散した。カロウシを鞘に戻したヤモトを、モップを手に上階から駆け下りてきた学生が見た。ヤモトは狼狽え、曖昧に笑みを浮かべた。学生も同様に狼狽え、オジギをして走り去った。

 一方、ゴイとボルタは上階、彼らの根城へ再び走って戻った。「ミューラ=サン!」「ウミノ=サン!」KRAAASH!ドアを破砕し、コヨーテが床を転がった。「「アイエエエ!」」「イヤーッ!」破砕したドアの残骸を叩き切り、カタナのニンジャ……エヴリマンが出現した。「「アイエエエエ!」」

「イヤーッ!」更なる斬撃を、コヨーテは横跳びに躱す。着地時には人間の姿だ。「泥臭い殴り合い、向いてない」フィルギアは呟き、さらに廊下を飛び下がる。「イヤーッ!」エヴリマンが斬りながら追う。肩越しにフィルギアはゴイ達に言った。「いいか、アンタらは何も見なかった!中の奴を助けてよ」

 二人は顔を見合わせ、室内に突入した。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」悪夢じみたニンジャの叫びが廊下を遠ざかる。「ミューラ=サン!」彼らは満身創痍のミューラのもとへ駆け寄り、助け起こした。「オイ……大丈夫か!」「アバッ」息がある!「懲り懲り……対立する部屋なんかに関わったせいで」

「今更そんな、クソッ」ゴイは安堵の涙を拭った。さほど親しくもない関係だが、心底無事で良かったと感じた。割れ窓からは風が吹き込み、クラブ・フライヤーやレポート用紙が室内を舞った。「モシモシ!モシモシ!」ウミノはブース内で叫んでいる。遠景に火柱が上がり、空には黄金の立方体。マッポー。

 それは啓示的な数秒間だった。室内から音が消失し、0と1の風が彼らの頬をかすめて吹き過ぎていった。……「この装置にモジュラーというニンジャは無線接続している。そして周波数をリンクさせているのだ……無差別的破壊行為を行っているのだ。君はどこまで出来る。止めてほしい!出来る筈だ!」

 010010……「ンなこと言ったってよォ」……彼は重なりあう二層の格子地平の上に浮遊し、飛沫を上げる01の爆発と、その発信源たる邪悪なニンジャを見据えた。「モジュラー」の名が見える。光輝き脈打つ管が、モジュラーと無線送受信機とニチョームのレディオ施設と、シルバーキーを繋いでいる。

「アイツ、溺れちまってるんだ」シルバーキーは呟き、顔をしかめた。「それがニンジャの自然だってのか?わからねえけど……イヤーッ!」意識を飛ばす!ウミノの鉱石ラジオを通してモジュラーに混線した瞬間の自我衝突を、彼は再び意図的に引き起こしにかかった。モジュラーのニューロンを襲う!

 010010111「アバババ、アバーッ!」マイクロウェーブ攻撃を繰り返していたモジュラーは不意に弾かれたように仰け反り、サイバネティクスに電光を発しながら痙攣した。「アババーッ!」頭を抑え、フラフラと大学敷地から大通りへさ迷い出る。野次馬市民と到着しつつあるハイデッカー装甲車。

 彼のニューロンはなかば焼き切れ、無差別マイクロウェーブの焦点を結ぶ事はかなわなかった。「……アバッ!」斜め上から飛来した一本の矢がコメカミを貫通し、アスファルトに突き立った。離れたビル屋上、アマクダリのニンジャ、ソリティアはその場を離れた。移動と準備に時間の99%。実働は1%。

「サヨナラ!」モジュラーが爆発四散したその時、学生寮の庭にフィルギアを追って飛び降りたエヴリマンは、遠巻きにじっと見守る学生達を苛立たしげに見渡した。「貴様ら……愚昧な……」「アンタの同志の皆さん、あらかた片付いちまったみたいだな」フィルギアは肩をすくめた。「しかし落ち着かねえ」

「敗北主義者の群れ。反吐が出る」エヴリマンはカタナを構え、呟いた。思いがけず、そこへ飛来物。ドリンクの瓶を、首を動かしてかわす。「か……カエレ!」その学生は……ユウラギは、震える拳を振り上げ、叫んだ。「出て行け、ウチコワシ!ここは俺らの学校だ!」「出ていけ!」他の学生達も続いた。

「うわ、スゲエ」フィルギアは呟いた。再び飛来物。「イヤーッ!」エヴリマンは飛んできた石を切り裂き、血走った目で学生達を睨んだ。「アイエエエ!」何人かがNRS反応を示して失禁しながら倒れこんだ。瞬間的な極限の怒りに駆られたエヴリマンは学生達に向かって踏み出す。フィルギアが腕を掴む。

「よせよ、そんな暇アンタには無い」「貴様!」エヴリマンが腕を振り払うまで1秒。「イヤーッ!」横殴りに斬りつける刃の上に、垂直落下してきたヤモトが着地した。フィルギアの眼鏡が切っ先に払われて吹き飛んだ。フィルギアは歯をむき出して笑った。ヤモトはエヴリマンを斬った。

「アバーッ!」エヴリマンの額が額当てごと横に割れ、血と脳症が噴き出した。ヤモトはくるりと回って着地した。学生達が後ずさった。「サヨナラ!」エヴリマンは爆発四散した。ヤモトはフィルギアを見、頷いた。二人は走り出す。遠く「御用!御用!」というハイデッカーの御用サイレンが聞こえてきた。


◆◆◆


「手段を……そう!この装置を用いて、こうやってね、私はそちらと通信ができる。専門の人間が居ればいいんだが、私はオナーを失っているからね」ウミノはマイクに向かって捲し立てた。「私は無力なのだ!」『そんな事はねえよ!あンただけが頼りだ』スピーカーからはシルバーキーの声。

『その装置とやら、頼むから無くさないでほしいんだ。こうやって通信できるだけで全然話が変わってくるからさ。あのな、ニチョームは自力じゃそっち側に戻れねえ。助けが要る』「どんな助けだね!」『それをこれから考え……いや、待て!そうだ!アテはあるじゃねえか!』「何がだね!」

『こっちの話だ……いや、こっちの話じゃねえんだ、もはや。助けてもらわねえと』「モシモシ!ヨー、フィルギアです」フィルギアがウミノの肩越しにマイクに向かって言った。「どうした?アテがあるって?何か思いついた?誰を探せばいい?」『フィルギア=サン!』「悪いけど、ここも引き払わなきゃ」

 今まさに、学生寮につけた車輌からハイデッカー達が降り立ち、学生に事情聴取を行っている。ウチコワシ戦士は敷地から蹴りだされ、引き渡された。しかし学生達は、思いがけず、ハイデッカー達に対しても毅然とした対応を通していた。逮捕されるほどに反抗的ではないが、完全な服従とも言えなかった。

 この日の惨事の体験者の中から、さほど日を経ず、アマクダリ政府の横暴に対するレジスタンス組織、「ローニン・リーグ」の発起人の何名かが出てくることになるが、それはまた別の話だ。

 そうした動きは、開放された学生のなかで一人、早々に敷地を離れ、悠然と街の雑踏に消えていった者の意図するところであっただろうか。否……仮にきっかけのひとつをその者が作ったとしても、その扇動者をローニン・リーグがその後、受け容れることはなかった。

「行かないと、まずい。ハイデッカーが来てる」ヤモトがブースに入ってきた。フィルギアは頷いた。そしてマイクに向かって言った。「それじゃ、また別の場所から繋ぐからさ。ウミノ=サンと機材は引っ張っていくよ。誰を探せばいい」『双子のニンジャだ。多分どっちかはネオサイタマに居る』

「んんん……」フィルギアは眉間を押さえながら思考を巡らせた。「了解。また繋ぐ。オタッシャデ!」通信を終えると、ウミノは既にブースを出ており、ミューラ達の手を握っていた。「君たち、私はこれで。協力に感謝する」「その。何者なんだ、あんた。いや、あんた達」「忘れな」フィルギアが言った。

 言ってから、フィルギアは思い直し、首を振った。「いや……別に忘れなくてもいいか。どっちでもいいや」そしてウミノの肩を叩き、促した。ヤモトは鉱石ラジオを抱えた。強い風が吹き、レポート用紙が舞うと、奇妙な三人の姿は無かった。やがてボルタは蓄音機を操作した。カブラ・ノヴァが流れ出した。

 鷲の翼が開かれるまで、あと59日。


【アンヴェイル・ザ・トレイル】終


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