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【ボーン・イン・レッド・ブラック】

◇総合目次 ◇エピソード一覧

【ボーン・イン・レッド・ブラック】は以下の書籍に収録された書籍限定エピソードです。コミカライズ版は【メリー・クリスマス・ネオサイタマ】に収録されています。

今回のnote掲載版は、ゲーム「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上」発売記念として2024年8月に特別連載されたバージョンで、書籍収録のバージョンからTwitter連載用に改稿されています。


◆◆◆





 マルノウチ・スゴイタカイビル。最も高い商業ビルディングとして知られる、天高く聳え立つ建築物。その上層で起こった爆発から数時間が経過していた。破壊し尽くされたフロアから吐き出された黒煙は奇怪な雲となって、高層部に厚く覆い被さっていた。

 消防。警察機構。彼らは現場への突入をいまだ許可されておらず、ただ周辺の路上にビークル群を待機させ、いつ来るとも知れぬ指示を待つばかりだ。彼らは理不尽に待機を強いられていた。何故?……答えを知りたがる者は寿命を早める事となろう。官僚機構を裏で動かす闇の権力に触れようとする者は!


【ボーン・イン・レッド・ブラック】




前編


「見つけたァ!」粉塵と瓦礫で満たされた危険なフロアに、甲高い叫びが響き渡った。声の主は、猿じみたメンポ(面頬)と黄土色の装束を身に着けた小柄なニンジャである。名は、オフェンダー。ニンジャは瓦礫を蹴散らすと、見つけたもの──足元に倒れている市民の髪を掴み、顔を覗き込んだ。

 男に意識はない。だが、息はある。「生きてるな?よかったぜ」「う……」男は呻き、薄目を開けた。オフェンダーは笑った。「ジゴクにようこそ」そして男の頬にナイフを当てた。「今からお前の顔の皮を剥ぐんだ。いいだろ」「……」男の意識は混濁しており、抵抗する様子はない。

「何をしている!」その時、背後から叱責が飛んだ。オフェンダーは振り返った。そこには円柱形の奇妙なフルフェイス・ヘルムを被ったニンジャが立っていた。「あァ?」オフェンダーは唸った。只者ではない二人のニンジャの間に、剣呑なアトモスフィアが流れた。

「……さっさとやれと言っている!」円柱頭は電子的に増幅された音声を発した。「早くそいつが酷いザマになるのが見たい!」「オイオイ」オフェンダーは笑った。「わからねえのかスキャッター=サン」「何?」スキャッターは訝しんだ。オフェンダーは男の頭を揺さぶった。「こいつは最後の一匹だぞ」

 スキャッターは周囲の破壊状況を見渡した。円柱頭の切れ込みにUNIXライトが脈打つ。「……うむ。確かにフロアの生体反応はそれで最後だ」「だろ?ならゴチャゴチャ言うな。一番大事な瞬間だ。生きた人間から剥ぎ取る顔面だからイイんだ。死体じゃ価値はねえ」「凝り性め」スキャッターは低く笑った。

 オフェンダーはベルトのフックに吊り下げた血塗れの束を揺すった。ナムアミダブツ!実際それは人間の顔の生皮である!「これしか集まらなかったんだぞ」「抗争の時点でダークニンジャ=サンがあらかた殺したからな」スキャッターが言った。オフェンダーは鼻を鳴らす。「奴はシャレがわからねえ」

 二人のニンジャが身につける共通のクロスカタナ・エンブレム。すなわち交差する二本のカタナ。「キ」「リ」「ス」「テ」の文字。これは彼らがソウカイ・シンジケートの走狗である事を意味する。ニンジャソウルを身に宿すエージェントを手足の如く用い、ネオサイタマの政治経済を牛耳る闇の組織だ。

 今回、この二人に課せられているのは後始末のミッションである。彼ら自身は、数時間前に発生したニンジャ抗争には不参加。抗争に巻き込まれて生きながらえた市民を漏らさず殺すべく、全てが終わった後で現地入りしたのだ。何故、巻き込まれた市民をこうも入念に殺させるのか。……隠匿の為だ。

 メディアはスゴイタカイビルの惨劇を、不幸な爆発事故としてアナウンスするだろう。ビルの管理会社役員の誰かがセプクし、追悼番組が流される。それで終わりだ。ニンジャ同士の抗争などという突飛な物語は、はなから存在しない。ソウカイヤは、隠匿・沈黙・抑圧をもって、支配する……。

「だからよォ」オフェンダーはこの犠牲市民の髪をグイと引っぱり、ナイフを動かした。「勿体つけて、絶望させて、ゆっくり責め殺すのがいいじゃねえか……」男の頬にナイフが当たり、赤い血の線を引いてゆく。「ヒヒヒヒ!」オフェンダーは笑い叫んだ。「生死の瀬戸際だぞ?喚け!抵抗しろよ!」

「殺せ」男は呟いた。オフェンダーは手を止めた。「あン?」「……殺すべし」「殺されてえのか?そこで素直にしてんじゃねえ。つまらねえだろ。命乞いをしろよ!」「殺すべし」男の目が焦点を取り戻し、オフェンダーを見据えた。男は繰り返した。「殺すべし」「え?」

「ニンジャ、殺すべし!」

「グワーッ!?」オフェンダーは苦痛と困惑の叫びをあげた。男が不意に力を込めて、オフェンダーの顔をいきなり掴んだのだ。オフェンダーは全力で身を捩った。彼はニンジャである。しかし逃れられない!なんたるマンリキめいた力か!?メンポが音を立ててひしゃげ始めた!

「イヤーッ!」「グワーッ!」男はオフェンダーの顔面を床に叩きつけ、立ち上がった!「オフェンダー=サン!どうした!」スキャッターは狼狽えた。仁王立ちする血塗れの男。その足元には顔面を床にめり込ませたオフェンダー。一瞬の出来事。予想だにせぬ状況である!

 男の視線がスキャッターを捉えた。赤い眼光。殺意と憎悪に燃える瞳だ。「ヒッ」スキャッターは後ずさる。男が迫る。一歩。二歩。スキャッターは気圧されていた。自身がニンジャであるにもかかわらず、この傷ついた市民を恐怖した。(ニンジャを殺すと言ったのか?ニンジャが……俺が、殺される?)

「何だ……お前、」「イヤーッ!」男が踏み込む!スキャッターは身を守ろうとした。遅い!既にワン・インチ距離!右拳がスキャッターの腹に突き刺さる!「ゴボーッ!?」嘔吐!吐瀉物が溢れる!「イヤーッ!」左正拳突きが円柱形頭部を捉える!「グワーッ!」右拳!「グワーッ!」

 スキャッターは痙攣しながら数歩下がった。円柱形頭部はグシャグシャに歪み、内蔵UNIX回路がスパークし、血と火花を散らせた。「こんな事……俺はニンジャなのに……ニンジャなのに!」「ニンジャ!殺すべし!」男は両手をしならせた。腕先を血が滴り、掌を伝うと、それはスリケンとなった!

 ナムサン!なんたる超自然現象!男の血は空気中の粉塵を触媒に、一瞬にしてスリケンと化したのである!「イヤーッ!」同時に放たれた二枚のスリケンはスキャッターの歪んだニンジャヘルムを貫通し、中身をスイカめいて破壊した!「サヨナラ!」スキャッターは仰向けに倒れ、爆発四散した!

 血塗れの男は深く息を吐き、身を震わせた。そして背後のオフェンダーに向き直った。オフェンダーは床から顔面を引き剥がし、起き上がった。「お前……お前は何なんだ」オフェンダーはダガーナイフ二刀流を構えた。「何なんだよ……こんな話、上から聞いてない……」

 おびただしい出血。双眸からも涙のように。やがて赤黒く染まった男の衣服は歪み、裂け、ねじれ変わる。装束に。ニンジャの姿に!あまりの事にオフェンダーは呆然と見守るばかり。血の繊維は男の首をザワザワと這い上がり、頭を包むニンジャ頭巾となる。溢れる血はマフラーめいた布をも生成した。

 男は一歩踏み出す。血涙が男の顔面を覆う。ひと呼吸の間に、血は鋼に、メンポになった。メンポの表面には、恐怖を煽る書体で「忍」「殺」とレリーフされていた。――「ドーモ」男はオフェンダーにオジギした。「ニンジャスレイヤーです」

 オフェンダーは混乱した。何者?何が起こっている?ニンジャを殺す者(ニンジャスレイヤー)だと?自分は殺されるのか?彼は震え、アイサツを返した。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。オフェンダーです」アイサツは絶対の掟。アイサツされれば応じねばならぬ。古事記にもそう書かれている。

「貴様、貴様は、俺に何をするつもりだ?」オフェンダーは威嚇的に二本のダガーナイフを打ち合わせた。「何をする気なんだ?」「殺す」赤黒のニンジャは即答した。「ナンデ!?」オフェンダーは叫んだ。ニンジャスレイヤーは一歩踏み込んだ。そして答えた。「オヌシがニンジャだからだ」25

「ヤメローッ!」オフェンダーは恐怖の叫びとともに飛びかかった。「イヤーッ!」両手のダガーナイフで斬りつけようとする! 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはオフェンダーの両腕付け根に素早くチョップを突き刺した!「グワーッ!」オフェンダーはダガーナイフを取り落とし、膝をついた!

 ニンジャスレイヤーはチョップを水平に構えた。「ハイクを詠むがいい、オフェンダー=サン」恐怖と絶望にとらわれたオフェンダーは咄嗟に末期のハイクなど詠めはしない。「嫌だ。死にたくない。こんなの間違いだ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」無慈悲なチョップが一撃で首を切断した。 27

 刎ね飛ばされたオフェンダーの首はくるくると回転しながら飛び、空中で断末魔を叫んだ。「サヨナラ!」首無しの身体が爆発四散し、粉塵を含む風がニンジャスレイヤーのマフラー布をはためかせた。

 ――ニンジャスレイヤーは物思いに沈むように、その場に立ち尽くしていた。だがそれも数秒の間に過ぎなかった。やがて彼は走り出した。スゴイタカイビルの外へ、跳んだ。




後編


 破壊されたスゴイタカイビルの周辺の高層建築群は無関心を装うがごとく、日常的なネオンの明かりが多彩だ。広告看板は「スゴイ」「ワンーコ玉」「ヤッテミル」「精力大発揮」といった欲望的な表示を、死んだビルの真隣で、今この時も休む事なく、クライアントの為に点滅させ続けている。

「ザッケンナコラー! 通せオラー!」酔ったサラリマンが口汚いヤクザスラングを喚き、区画を封鎖するパイロンを蹴飛ばした。ノミカイ・インシデントによって血中に安アルコールを循環させた厄介な市民である。

「やめなさい!迂回しなさい。ここは危ない」マッポの一人が駆け寄り、マルノウチ・スゴイタカイビルを指差した。そして野次馬を咎める電光パネルを。ミンチョ体の注意文と、オジギするマッポの絵。「被害が大きく危険で準備が要」「年末年始の重点警戒」「急がば回る」「チョット待ってスグ安心」。

 酔漢はマッポを押した。「関係ねェー!火災?爆発?準備中?それはそっちの都合でしょッ!俺は明日もビジネス!部長に言うぞ!」「それはそっちの都合、だと?」この瞬間、マッポの我慢が限界を超えた!「黙れッ!」棒で叩く!「グワーッ!」酔漢は殴り倒される。酔いが醒めた!「アイエエエ暴力!」

「黙れ!下手に出れば酔っぱらいが……俺達だってなあ!イヤーッ!」さらに棒で叩く!「グワーッ!」「イヤーッ!」棒で叩く!「グワーッ!」他のマッポも棒を持って集まって来る!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムアミダブツ!

 ――そんな公権力暴力光景から数ブロック離れた地点に、人知れず、ふわりと着地した者があった。赤黒のニンジャ装束。ニンジャスレイヤーである。走り出そうとして、よろめいた。彼はキモノ店のショーウインドーに手をつき、こらえた。

 装束の下の身体はひどく傷ついていた。さきのニンジャとのイクサで受けた傷ではない。数時間前のことだ。あの爆発の際に負った傷だ。その時の彼は単なる一市民に過ぎなかった。彼は混濁する記憶を呼び覚まそうとした。爆発に巻き込まれたあの瞬間、迫り来る光と熱と音を前に、彼はただ無力に……。

「フユコ。トチノキ」彼は呟いた。名を呼ぶと、記憶が像を結んだ。妻と子。「フユコ。……トチノキ」彼は繰り返す。妻と子の名を。熱と炎に吞まれた、かけがえの無い家族の名を。堰を切ったように記憶が逆流してくる。「フジキド・ケンジ」彼は己の名を呟いた。忘れぬように。「私はフジキド・ケンジだ」

「その通り」嗄れた声が答えた。フジキドは顔を上げた。ショーウインドーに赤黒のニンジャの姿が映っている。「ドーモ。フジキド・ケンジ=サン。ナラク・ニンジャです」ニンジャは言った。フジキドは訝しんだ。「ドーモ。ナラク・ニンジャ=サン。一体……貴方……は」彼は震えた。「ニンジャ……?」

「左様。ニンジャだ。ニンジャを殺すニンジャだ」ナラクは言った。ジゴクめいた慈悲なき声だ。「儂とともに復讐を果たすべし」メンポの「忍」「殺」のレリーフがギラリと光を反射した。「ニンジャ、殺すべし」「ニンジャ。そうだ。ニンジャ」フジキドは呻いた。「ニンジャが。フユコとトチノキを」

「左様!ニンジャがオヌシの全てを奪った」ナラク・ニンジャは言った。「オヌシの妻子は死んだ。永遠に戻らぬ。ニンジャが殺したのだ。オヌシ自身も死の淵にあったが、儂が命を繋ぎ止めた。オヌシに復讐の機会を与える為に!」ナラクは目を見開いた。黒目が凝縮し、センコめいて燃焼している。

「復讐」フジキドは呟いた。「ニンジャを。殺す。そんな事が」「できる」ナラクは低く言った。「オヌシは儂だ。ニンジャを殺すニンジャだ。望みを果たせフジキド」「復讐!」フジキドは繰り返した。「ああ、ああ復讐!」「グググググ」ナラクは喉を鳴らし笑った。「然り!儂に任せよ!殺すのだ!」

 たちまちイクサの記憶が蘇った。彼はたった今ニンジャを二人殺してきた。クロスカタナのエンブレム!妻子を殺した憎むべき集団!インガオホー!人を虫けらのように殺して顧みず、自らを絶対強者と信じて疑わぬ者達を、逆に恐怖のどん底に叩き落とし、蹂躙する……何と心地よい体験だった事だろう!

 雷鳴が轟き、にわかに雨が降り始めた。重金属を核とする重苦しい雨が!フジキドは己の手を見つめた。そしてショーウインドーを見た。ガラスに映る赤黒のニンジャが、自分自身の姿であると理解した。彼はニンジャを殺すニンジャとなったのだ。ニンジャスレイヤーに!

「イヤーッ!」フジキドは……ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出し、ガラスを叩き割った。警報音が鳴り出した。「アイエエエ!ニンジャ?ニンジャナンデ!?」通りすがりのスシ配達員がスクーターを転倒させた。八角形の紙製スシパックが路上に散乱する!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは配達員の方向へ跳んだ。「アイエエエ!」配達員は死を覚悟した。ナムサン!だがニンジャスレイヤーは配達員の目の前のスシパックを掴み取ると、さらに跳躍!ネオン看板「オシャレ質」を蹴る!隣のビル壁を蹴る!跳んで隣のビル壁を蹴り、さらに跳び……去った。

 砕かれた店のガラスの前、鳴り響く警報音と雨音を聴きながら、配達員は呆然と、夜の闇を見つめた。「ニンジャ……」やがて、彼は己が為すべき事を思い出した。スシの配達を続けなければ雇い主からペナルティが科せられてしまう。彼は路上に散らばるスシパックに手を伸ばそうとした。そのときだ。

 ギャギャギャギャギャギャ!爆音とともに曲がり角からドリフトしてきた無人の白いモーターサイクルがスシ・パックを蹴散らし、配達員の目と鼻の先をノーブレーキで走り抜けた。「アイエエエエエ!」配達員は仰向けに倒れ、再失禁した。

 哀れな配達員を尻目に、白いモーターサイクルはますますスピードを上げる。遠目にはまるで無人のまま走行しているかのように見えるが、実際は違う。流体力学に則った乗り手のニンジャ装束と、ぴったりと車体に身体を沿わせる騎乗スタイルのせいで、そのような錯覚を引き起こすのだ。

 乗り手の名はミュルミドン。装束の肩アーマー部にはクロスカタナのエンブレムが彫り込まれている。彼もまた、その身にニンジャソウルを宿したソウカイヤのニンジャ・エージェントであり、標的からは百メートルと離れていない。彼の標的は、今まさにこの場を去ったニンジャスレイヤーその人なのだ!

 オフェンダーとスキャッターが「生存者の刈り取り」を行う間、このミュルミドンはやや離れた地点で待機し、周辺区域をモニタしていた。万が一の事態に対応する為だ。而して、その万が一が起こった。オフェンダーとスキャッターのバイタルサインが消失。怪しき影がひとつ、ビルから飛び降りたのだ。

「ニンジャスレイヤー」なる正体不明の存在に二人が惨殺されるさまを音声モニタしていた彼は、澱みなく追跡行動を開始した。酔漢を警棒で殴るマッポ達を横目に路地を曲がり、キモノ店とスシ配達員の前を通過。11秒後、彼は標的を網膜インプラントHUDで捕捉した。ネオンライトに滲む赤黒い後ろ姿を。

 ニンジャスレイヤーは走りながら紙製のパックを開き、中のものを次から次へと口の中に放り込んでいた。ミュルミドンの網膜HUDがそのさまを照準で囲み、「スシ」「スシを食べている」「スシを補給している」というステータス表示を高速で展開した。

「さては手負いか!」スシは高効率なエネルギー源であり、ニンジャ回復力を最大に引き出す。「休む暇など与えぬぞ!」ミュルミドンはメンポの奥で獰猛に笑い、モーターサイクルを最大加速!ギャギャギャギャ!後輪がアスファルトを灼き、モーターサイクルは大質量の白い轢殺弾丸と化して突進する!

 ……しかし!「イヤーッ!」標的は衝突寸前で側転!体当たり攻撃を回避した赤黒のニンジャはスシパックを捨て、懐からメンポを取り出して再び装着した。それだけではない。側転ののち、続けてバックフリップを繰り出すと、跳びながらスリケンを投げ返したのだ!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」モーターサイクル・ドリフト!スリケンを避け再加速!執拗に轢殺を狙う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは衝突寸前で回転跳躍!攻撃を回避!クルクルと回転しながら高く跳んだニンジャスレイヤーは、路外の巨大オブジェクトの上に着地した!紺色に塗られたトリイ・ゲートの上に!

 この巨大なトリイ・ゲートはネオサイタマの文化洗練区域マルノウチを彩る美的オブジェクトのひとつであり、その先の昇り坂に築かれた石段の上には、伝統的シュラインが平安時代当時のままに残されている。だが今この時、草木も眠るウシミツ・アワー!荘厳なるトリイは凄絶なイクサの開始点と化す!

「ドーモ。はじめまして。ニンジャスレイヤーです」トリイの上で直立していたニンジャスレイヤーがミュルミドンにオジギした。「イヤーッ!」ミュルミドンはモーターサイクルから回転跳躍し、着地の勢いでオジギを返した。「ドーモ。はじめまして。ニンジャスレイヤー=サン。ミュルミドンです」

 ニンジャスレイヤーはトリイの上で腕組みした。「押っ取り刀で駆けつけたか、腐れネズミめ。いかにして仲間が死んだか知りたいか」「笑止!」とミュルミドン。「腰抜けが何匹死のうがどうでもよし。貴様は逃げられんぞ。ソウカイヤに楯突く行為がいかなる罰を招くか。貴様はこれから知る事になる」

「……ソウカイヤ。ほう」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて口に出した。「そのクロスカタナのエンブレム。オヌシらの名はソウカイヤか。……覚えたぞ」「貴様の目的を言うがよい」ミュルミドンは問うた。堂々たる戦闘者の態度の奥底で、彼は密かに、名状し難い不安を覚えた。

「目的か」ニンジャスレイヤーは喉を鳴らして笑った。「ニンジャを殺す。当然、オヌシを殺す。ソウカイヤのニンジャを全て殺す。ニンジャを、全て殺す」「なんだと?」ミュルミドンは聞き返した。「ニンジャを殺す?それが目的だと?なんたる狂人の戯れ言!」「果たして戯れ言かな」

 赤黒の眼光、その殺意がミュルミドンを射る。「イヤーッ!」ミュルミドンはスリケンを投擲した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転でスリケンを回避すると、クルクルと回転しながら石の階段に着地した。ミュルミドンは石段を三段跳びで駆け上がり、跳び蹴りを繰り出した。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を沈めて蹴りを回避!姿勢を戻し、斜めにチョップする!「イヤーッ!」「グワーッ!」ミュルミドンは脇腹から胸へ一文字のチョップ斬撃を受けて吹き飛ぶ!「イヤーッ!」ミュルミドンは空中で受け身を取り、石段を蹴ってY軸アドバンテージを取りにゆく!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!「イヤーッ!」ミュルミドンはスリケンを投げ返す!スリケン同士が空中で衝突消滅!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは三枚のスリケンを連続投擲!「イヤーッ!」ミュルミドンはスリケンを投げ返す!スリケン同士が空中で衝突消滅!

「「イヤーッ!」」二者はスリケンを互いに投げつけ、石段を駆け上がる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」闇に閃くスリケン衝突の火花は、石段を上へ上へと昇ってゆく。二者は同時に回転ジャンプし、シュラインの庭園に同時に着地した!

「イヤーッ!」ミュルミドンが回し蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左腕で防ぎ、右拳のショートフックを捩じ込む!「グワーッ!」吹き飛ぶミュルミドン!ニンジャスレイヤーはジャンプで追い、空中踵落としで追撃!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ミュルミドンはバック転で回避!

 KRACK!地面が踵落としで爆ぜ割れる!ミュルミドンは間合いを取り、カラテを構え直す。重装甲を問題にせぬ敏捷性。オフェンダーやスキャッターとは次元の違うカラテの使い手だ。だが彼の目は血走り、息遣いは荒い。彼の戦士の本能、あるいは憑依ニンジャソウルが、眼前の敵を畏れさせているのだ!

 シュラインに人の気配は無く、木に結ばれた自動ボンボリが光源であった。ニンジャスレイヤーの不吉な姿は光を受けてまだらに揺れた。網膜HUDがその姿を照準し、「ジュー・ジツ?」「古代」「データに不足」と表示した。ミュルミドンは憔悴した。プレッシャーに耐えきれず、仕掛けた!「イヤーッ!」

 右拳!左拳!右拳!立て続けの連撃!だがニンジャスレイヤーは全て躱した!流麗なブリッジで回避したのち、逆立ちしながら蹴った!左脚!「イヤーッ!」「グワーッ!」右脚!「イヤーッ!」「グワーッ!」プロペラめいて繰り出された蹴りが、ミュルミドンの顔面を立て続けに直撃!

 ミュルミドンは後ろに転がった。視界が歪み、網膜HUDの表示は0と1のバイナリーノイズに還元される。ニンジャスレイヤーが決断的速度で近づいて来る。ミュルミドンは恐怖した。「イヤーッ!」「グワーッ!」ミュルミドンの膝が砕け、左脚がねじれた。致命的角度から斜め下に繰り出された蹴りだった。

「イヤーッ!」もはや立てぬミュルミドンの顔面を、トドメの蹴りが直撃した。「グワーッ!」ちぎれ飛んだ頭部が、シュライン本殿に吊るされた「浅草」の巨大チョウチンを突き破った。中の炎が溢れ出た。「サヨナラ!」ミュルミドンは爆発四散した。炎は本殿を呑み込み、夜空を赤く燃やした。

 ニンジャスレイヤーは燃え盛る炎を眺めた。やがて笑い出した。「ハ!ハ!ハ!ハ!」身をのけぞらせ、哄笑した。「ハッハハハハハ!」……そしておもむろに踵を返した。火明かりを背に石段を下る姿は極めて不吉で、恐るべきものだった。「イヤーッ!」石段の中途で彼は回転跳躍し、夜の闇に消えた。

 ――かくして、三人のニンジャがニンジャスレイヤーの最初の餌食となった。だがそれは、この赤黒の無慈悲な殺戮者がこのさき切り拓く血と屍の道の規模からすれば、ごくごく些細な先触れに過ぎなかったのである。

「……」ネオサイタマの妖しい夜景を強化ガラスの下に見ながら、黒曜石めいて黒いニンジャ装束を着たニンジャは、携帯IRC通信機による通話を終了した。フルフェイスのニンジャヘルムに覆われ、その素顔と表情を知る事はできない。彼は奥のタタミ玉座に座る主を見やった。意見を求めるかのように。

 紫のダブルのスーツに鎖頭巾、黄金のメンポという威圧的な姿の闇の帝王は、足元のオイランが差し出す大トロ・スシを二つ同時に掴むと、彼に向かって言い放った。「捨て置けい!」「……仰せの通りに」黒いニンジャはうっそりと頷いた。


【ボーン・イン・レッド・ブラック】終





N-FILES

クリスマス・イブの夜。ソウカイ・シンジケートとザイバツ・シャドーギルドの抗争によって、マルノウチ・スゴイタカイビルは地獄と化した。ニンジャ抗争で妻子を殺され、自らも死の淵にあったサラリマン、フジキド・ケンジは、ナラク・ニンジャのソウルを受け入れ、「ニンジャを殺す者」ニンジャスレイヤーとなって立ち上がる。メイン著者はブラッドレー・ボンド。



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N-FILESは原作者コメンタリーや設定資料等を含んでいます。
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