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【ニンジャ・サルベイション】

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 ブンブンブブーンブンズーブンズー、ブンブンブブーンブンズーブンズー。

 コンプレッション感の強烈なベース音が鼓膜に張り付き、ユダカの全身を炭酸ガスめいて刺激した。音と光がグルグルと渦巻き、吐き気と頭痛がじっくりと脳の奥から染み出してきた。ユダカは湿った床に手を付き、立ち上がる。

「イイね」ユダカは笑みを浮かべ、ネクタイにグイと手をかけて緩めた。キャジュアルパラノイアの青年と肩がぶつかり、舌打ちが返ってきた。「スミマセン、スミマセン……オゴッ」腹の奥からせり上がってきた。「アイエッ!」キャジュアルパラノイア青年が後ずさった。ユダカは手探りで扉を開ける。

 トイレは5段階評価で2の清潔度だ。ユダカは便座にしがみつき、吐瀉を繰り返す。苦痛の嵐が綺麗さっぱり洗い流され、徐々に周囲の世界が鮮明になる。ブンズーブンズー……フロアの音がここまでしっかり届いてくる。壁の向こうで嗚咽が聴こえてくる。「俺は大丈夫だ」ユダカは呟き、立ち上がった。

 ブンブンブブーンブンズーブンズー、ブンブンブブーンブンズーブンズー。

「ワカル。ワカル。ワカル」ユダカは鏡の前で顔を洗い、充血した白目を確かめる。ユダカ・コナタニ。サラリマンだ。彼はだらしなくボタンの外れたシャツと緩んだネクタイから己の職を思い出す。アビシナ・アソシエイツ平社員。

 年齢……大学を出たのは2年前……「ワカル」ケジメ経験無し、辞めたくて仕方なかった仕事も、何度かボーナスをもらったら慣れてしまった。それでも、ブンズーブンズー……ユダカは音に惹かれてトイレを後に、フロアへ出た。「おおお」ユダカは緩んだ笑顔になった。「なんか知らんが、帰って来た」


【ニンジャ・サルベイション】


「ケモ・トニック」カウンターにトークンを置くと、バーテンの女はニッコリと笑顔を返した。ユダカは満面の笑みだ。バーテンがサケを作っている間、ユダカはダンスフロアで揺れている人々を眺めた。皆、一様にDJの方向を向いて、まるでボーリングのピンめいている。「イイね」彼は呟いた。

「ドーゾ」バーテンがサケをカウンターに置いた。ユダカは頷いた。「確か……ウン、はっきり思い出したぞ」バーテンを見つめ、「あのね、ガールフレンドの誕生日だったんだよ。今日は。残業で帰れなくってさ。それで、急にバカらしくなっちまって、カイシャはズラカって、彼女の事をフッてきた」

 ユダカは空のグラスを置いた。「ケモ・トニック」バーテンは笑顔で肩をすくめ、首を振って拒否した。「ナンデ」ユダカは絡んだ。「不審者じゃないぞ。ネクタイなンか、してるけど」「フフッ」ユダカを見て、すぐそばの女が笑った。「マブだ」ユダカは笑い返し、女の手を取ってダンスフロアに降りた。

 ……45分後! 二人は暗がりで熱烈に舌を絡めていた。……5分後! ユダカは暗がりに尻餅をつき、脳震盪の感覚を味わっていた。見上げると、目の前には四角いシルエットの屈強な男がユダカを見下ろし、ぶらぶらと威嚇的に両手を揺らしていた。ボックス・カラテだ。「やめなよ、サトシ」女が言った。

「ダッテメッコラー?」サトシが女を振り返った。「テメエが軽々しくテメエ」「キスしただけじゃん」「殺すぞテメエ!」サトシが女の髪を掴んだ。「アイエエエエ!」「……」ユダカは周囲を見渡す。店員やセキュリティやバウンサーの類が近くにいないか? いない。ユダカは立ち上がり、サトシの肩に手を触れた。「やめなよ」

 返答のかわりにパンチが飛んできて、ユダカは再び床に打ち倒された。「スッゾオラー……」四角い男がユダカに更なる制裁を加えるべく近づく。「やめなよ」「スッゾオラー!」制止しようとした女を振り向きざまに張り飛ばすと、四角い男はユダカに更なる制裁を加えるべく近づく。「やめなよ」

「シツッケッゾオラ……」四角い男は女を再び張り倒すべく振り返る。だが今度の制止は女ではない。背丈だけなら四角い男よりも高い、新たな一人の男だった。四角い男が拳を振り上げようとしたとき、「イヤーッ!」この男の頭突きが四角い男の鼻づらに叩き込まれていた。「グワーッ!」

「イヤーッ!」倒れた男のわき腹に追い打ちのケリ・キックだ。「グワーッ!」四角い男は身悶えする。ブンズーブンズー……ベース音が鳴り響き、郷愁的なミラーボールの明かりの中で、長身の男の凶悪な眼光がギラリと光った。女はとうに逃げた。それにしても嫌な喧嘩をするな、とユダカは思った。

「グワーッ……」身悶えする四角い男をさらにストンピングで踏み砕こうと、長身の男は足を上げた。「やめなよ」思わずユダカは声を上げた。「……」長身の男はカイシャクめいた攻撃を中止し、ユダカを見下ろした。「……」そしてユダカに手を差し伸べた。「じゃあ、いいよ。久しぶりだよユダカ」

 久しぶり? 誰だ? ユダカは男の顔を思わずまじまじと覗き込んだ。男は鼻下を黒布スカーフで覆っている。「随分昔だからな。俺だよ」察したのか、男はスカーフを引き下ろした。「カシイだよ。覚えてるか、ユダカ」「カシイ」その名前の響きによって、いよいよユダカは過去の自分とシンクロした。「カシイか!」

 差し出された手をユダカが掴むと、カシイは力強くユダカを引き上げて立たせた。「その恰好。立派なサラリマンになったんだな」「立派じゃないさ」ユダカは自嘲した。「みりゃわかるだろ。こんなにヘロヘロだ」「だな!」カシイは笑った。「撤回だ。情けねえな、ユダカ!」「情けねえんだよ」

「しかしすげえよなぁ……奇遇すぎる」気絶した四角い男を隅に蹴り転がし、カシイはユダカを見た。「それに、なんだか嬉しいよ。こういう場所に今も戻ってくるなんてよ」「いや……」ユダカは頭を掻いた。「たまたまだよ。メチャクチャ酔っ払っちまって……」「きそう、帰巣本能だな、ユダカ」

 帰巣本能か。ユダカは苦笑した。仕事も恋もほったらかして来た先は、結局こうした薄暗がりとベース音の中だ。「うまいこと言うな」「俺はうまいからなァ」カシイは頷いた。「今日は最高だ。だけどここは最高じゃない。邪魔だ」気絶した四角い男を虫めいて睨むカシイの視線はぞっとするほど冷たい。

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