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【スクールガール・アサシン・サイバー・マッドネス】#5

🔰ニンジャスレイヤーとは?  ◇これまでのニンジャスレイヤー

S5第1話【ステップス・オン・ザ・グリッチ】

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 BRATATATA! 弾の嵐! モニコは両耳を塞ぎ、歯を食い縛る。トジカタと再び殴り合い、ぶつかり合って弾き飛ばされたリンホは、壁を蹴ってグッと膝関節の力を溜め、瞬間的に解放した。壁に円形の亀裂が生じ、その瞬間、「グワーッ!」「アバーッ!」複数体のクローンヤクザが貫かれて緑の血が飛沫いた。

 壁を蹴ったリンホが、さらに壁を蹴って跳ね返った。再び、その軌道上にいたクローンヤクザが切り裂かれ、倒れた。ルーズソックスの下で、アップデートを経た彼女のサイバネ脚は殺すための十二分の力を与えてくれる。モニコと一瞬、視線が交錯する。リンホは笑う。トジカタが迫る!「テメッコラー!」

 KRAAAASH! 別の壁が砕け、リンホとトジカタは下の庭に落下した。川を泳いでいた鯉ドロイドたちが驚き、跳ね、一匹は芝の上に落下して火花を噴いた。「この……クソアサシンが! 何処の差し金だ!」トジカタが頭を振って起き上がり、罵った。リンホは口を拭った。「差し金? ワカッテネーナ!」

 ギュイイイ……。リンホの右腕が黄緑のUNIXライトを漏れ光らせ、その後、黒いエメツ光に遷移した。「ウチのクソオヤジが世話になったろ」リンホは言った。「テンパッてカチコミしたバカがいなかったかよ? クロキっていうバカが」「……カチコミ……! クロキだと!」「アタシがその娘だよ!」踏み込む!

「ド……ドグサレッガー!」トジカタは応戦する。だが一瞬の驚愕からの揺り戻しが反応速度を汚した。リンホはトジカタの顔面にサイバネアームを叩き込んでいた。「グワーッ!」さらにもう一撃!「アバーッ!」吹き飛ばすとまではゆかぬ! だが、ブザマに顎関節が砕けた!

「た……助けろ!」不明瞭な言葉を発し、トジカタは後ずさる。草の上に血が滴る。「タスケネーヨ」リンホは無慈悲に言った。そうする間も、彼女の右半身に黒い鋭角線が蠢いていた。「アタシは何処までも行っ……」「イヤーッ!」叫びが割って入った。トジカタの「助けろ」は、彼女に向けられた言葉ではなかったのだ。

 それは殆ど奇跡と言っても良かった。リンホの肋骨を割ってそのまま心臓を背中側から飛び出させる威力をもったトビゲリ・アンブッシュ奇襲は、たまたま胸の前に位置していたサイバネアームをへし折るに留まった。リンホは身体をくの字に曲げ、庭の松の木に背中から衝突していた。視界にエラーノイズ。

 それは奇妙な、幅広の、鈴飾りつきの編笠を被った影だった。トジカタが砕けた顎を手で押さえ、影に向かって何か罵っている。だが影は取り合う様子がない。「貴殿の警護については本来の契約に含まれていない。これを追加依頼と見做し、たった今、これを我らが "グランドマスター・ゼツボウ" がIRC承認したものである」「何でもいいからやれ!」

 影はボキボキと音を立てて首肩関節を回し、そして手を合わせ、オジギした。アイサツである。「ドーモ。ヴェノモスです」両腕は薄汚い包帯で覆われ、双眸は黒く……顔にはメンポを装着していた。リンホのサイバネ視界のHUDが【黒九】と表示。謎めいたカンジは次に【ニンジャ】という文字に変わった。

「ニンジャ」リンホは反射的にその言葉を口に出した。その瞬間、彼女は自分が世界から切り離された感覚を覚え、畏れた。違う。切り離されたのではない。世界を覆う帳が消えたのだ。これが、世界なのだ。それでもまだ。「ナメるな……」リンホにはサイバネアームがある。拳が開閉し、ノイズの頭痛。

「やるのか」ヴェノモスは微かに首を傾げるようにして、リンホを待った。「ならばアイサツせよ」「何でもいいから早くわからせろ!」トジカタが喚いた。「その為にカネを……」「イヤーッ!」ヴェノモスの右手が霞み、トジカタのサイバネの声帯付近が抉り取られた。「……」「黙れ。契約は対等だ」

 ヴェノモスは動画を巻き戻すかのように、滑らかに、再び小首を傾げる姿勢に戻った。「ナ……ナメンジャネー」リンホは木から背中を剥がし、両足を踏みしめて立った。偽名の名乗りや逃走の選択肢は頭に浮かばなかった。「アタシはリンホ・クロキだ。アタバキ・ブシド高校! じきに退学だけどな!」

「ふうん」ヴェノモスは左手を顎にもっていき、長い指でメンポを弄んだ。「お前の言葉に嘘はない。単独の非ニンジャの分際で、なかなか暴れたものだな」「ニンジャって何……ニンジャ……ナンデ」リンホは無重力感に耐えた。現実の軋み。「ア……アタシはブッダデーモン背負ってンだ!」

 拳を握り、開く。動く。力が漲る。怒りが満ちる。「邪魔すンじゃねえ! そのクソヤクザをブッチャメして、ケジメキメてやンだよ!」「フム……」ヴェノモスはやや考えた。「……不可能だ」「ウルッセーンダヨ!」リンホは地を蹴った! カタナを握りしめる! ニューロンが同期し、カタナを取り込む!

「そのサイバネティクスは……」ヴェノモスはぶつぶつと呟いている。リンホはカタナと一体になっていた。サイバネティクスと一体になっていた。殺意そのものだった。冷たい鉄を殺意で燃やして、この「邪魔な奴」を斬る為に動いて……「イヤーッ!」ヴェノモスはチョップでカタナを叩き折った。

 リンホは息を飲む。ヴェノモスが動いた。「イヤーッ!」痛みが爆発した。「ンアーッ!」リンホは叫び、崩れた。右膝が無雑作な蹴りで砕かれていた。ヴェノモスは既に背後。リンホの右腕を掴み、肘を逆に曲げ、折った。「イヤーッ!」「ンンアアアアーッ!」損傷がニューロンにフィードバックした。

 01000101「ンアアアーッ!」01001001「ンアアアーッ!」0010011リンホは引きずられてゆく。クローンヤクザに。0100101「このクソカス女子高生めが」トジカタの嗄れ声0100101引きずられる。持ち上げられる10000101……モニコ……001001001リンホは逆さに落下した。そして軽く上に撥ね、静止した。

 ……。

 ……。

 000011……「!」リンホは顔をあげた。おぼつかない感覚。バンザイしている。違う。闇の中に。浮かんでいる。違う。吊るされているのだ。手首に縄。右腕はねじり折られた。だが、ちぎられてはいない……。痛みが波のように打ち寄せる。01001……リンホは痛みにすがりついた。

 ここは竪穴か? 足が地面を捉えていない。宙ぶらりんの下に、温い空気。ドブ臭い。01001断続的な頭痛。サイバネアイのノイズ。アタシを殺すな。まだ殺すな。リンホは命令した。機能不全の腕に。腕から伸びた侵食の根に。まだ終わってない……(アイエエエ! リンホ! リンホーッ!)(ウルッセーゾコラー!)

「モニコ!」リンホは叫んだ。実際に叫べたかは、もはやわからない。頭痛の頻度があがり、サイバネアイがグリッチ・ノイズを発生させている。モニコの悲鳴は頭上からだった。リンホは上を見ようとした。まるい光を感じた。湿った空気。闇。……井戸?(リンホ! リンホ! リンホ!)「モニコ!」

 ザリザリ。ザリ。耳の中でヤスリめいた毛羽立ったノイズが暴れる。(ウルッセーゾコラー!)(ンアーッ!)(コー、シュコーッ……このガキ、テメエもわからせる事になるぞ)(リンホ……リンホ……アイエエエ……)(あのガキは今頃……クソッ、どうしてこんな余計な事させやがる! とっとと処分……)

『モニコ!』リンホは叫ぶ。届かない。自由もない。頭上の光。ここはきっと、庭の井戸で、モニコが引きずられてきて……010101……見える気がする。モニコとIP接続し、位置情報が手に取るように。頭上の光は黄金色だった。まるくない光。四角い光。0010仇0101グリッチノイズに垣間見える漢字ロゴ。

 01001『ヘイ・ジウはカネで結んだ契約を尊重する。望みは叶える。安心するがいい』『シュコーッ!』トジカタは人工声帯を喉に当て、怒りと共に申し立てる。『拷問するも首を刎ねるもワシの好きにさせろ! 気に入らねえ!』『契約外の事項においてヘイ・ジウは貴殿を尊重しない。それがカネの関係だ』

『リンホーッ!』『ウルッセーゾコラー! ブッダも怒るぞコラ!』トジカタはモニコの頭を!踏みつけた!『モニコ!』怒りが激流となり、リンホのニューロンを流れた。『ナニヤッテンダテメー!』怒り狂ったリンホは女子高生であり、なぜ今、全てを見通す事ができているのか、訝しむ間もない。

『ちッと情をかけてやったらこれだ! オイ、ヘイ・ジウの! このガキはどうでもいいんだよな?』『然り。リンホ・クロキのサイバネアームはニューロンに深く接続している。ヘイ・ジウはリンホ・クロキの身柄を貰い受ける』『何だと?』『他のクライアントに基づく要請。これ以上はまかりならぬ』

『ド……ドナメクサりやがって……だがまあ……再起不能にするならまあいいわ。ワシの今回の依頼は秘密だな? 守秘義務があるンだよな?』『然り』『リンホーッ!』『まあ、残念だがこのガキは守秘の意味もわからんだろ。おい』トジカタがクローンヤクザを促す。クローンヤクザがチャカを抜いた。

「モニコ! モニコ! モニコ!」リンホは叫んだ。狭い空間を自身の叫びが反響した。どうすることもできない。「アアアアア! ヤメローッ!」叫びが爆発し、グリッチ・ノイズが弾け000101仇0100100黄金立方体の輝く下で、リンホは世界と重なっていた。井戸の底には投げ込まれた死体が幾つもあった。

 白骨化した死体のひとつに、「コンドウ・クロキ」の名前が紐づいていた。父親は死体と成り果てても、カタナを掴んだままだった。リンホのサイバネアームがミシミシと軋み、破壊された関節を周辺組織で代替し始めた。リンホはモニコとIPを同期させている。重なる。クローンヤクザを見る。グリッチ。

『ピガッ!?』クローンヤクザが銃口を逸らし0100101仇1000101瞬時に修正して、再びモニコに定める。運命は変わらない。ほんの数秒のことだ。だが黄金の太陽の下、リンホは不気味で不可解なIPが怒涛めいて頭上の庭に接近してくるのを感じていた。リンホは聞いた。自分以外の叫びを。


「Wasshoi!」


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