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【シャドー・コン】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版が、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズがチャンピオンREDで行われています。


1

「コロセー!コロセー!」過剰な熱狂の叫びが渦を巻き、金網は興奮した観衆によってガシャガシャと打ち鳴らされる。「コロセー!コロセー!」白砂が敷かれた八角形のバトルフィールドはさほど広くない。これを金網が囲む。金網の向こう、客は立ち見で、客のフロアは縦に何層にも重ねられている。

 大蛇めいた配管パイプが剥き出しの天井付近には使い古された錆鋼の電子看板があり、「残り時間」「倒す」「ワザアリ」といったインジケーター表示の赤いLEDが明滅している。そして金網のあちらこちらに、ランダムに配置される広告看板類。「居酒屋」「代行です」「ぬか漬け」

「コロセー!コロセー!」観衆はみな、バリキやシャカリキ、高価なデザイナーズドラッグ等、アッパー系薬物で異常興奮状態にあり、山賊系タトゥーやゴス、ヘッドマウントディスプレイ、サイバネ身体改造に及んでいる者……気の弱いものであればこのアトモスフィアに触れるだけで失禁するケオスだ。

 血と汗と叫び、このバトルフィールドの存在をガイオン地表のチョジャ達が知れば、さぞ眉を顰めるであろう……と思いきや、それが違う。桟敷めいた特別のブロックがあり、ここにはバウンサーの厳重な警備下、仮面を着けた上流階級の者達が倦んだような表情を浮かべ、オイランの胸を揉んでいるのだ。

「コロセー!コロセー!」「コロセー!コロセー!」「コロセ!」「コ!ロ!セ!」興奮した観衆の叫びが、次第に同一の不気味なチャントに統合されてゆく。「コ!ロ!セ!コ!ロ!セ!」乱れた白砂の上では、ニンジャがニンジャを隅に追い詰め、一方的に殴りつけている。ニンジャが、ニンジャを!

「グオオオ!グオオオッ!やれッ!すげぇ!やれっ!」セコンドブースでは額に大きな古傷のある初老の男が泡を吹くほど興奮して、この一方的試合展開に両腕を振り回している。「やれ!なんてこった!ブッダだ!お前はブッダウォーリアだ!やれーッ!」

 反対側のセコンドブースでは、その薄汚い老人とは対象的な近代的スタッフ達が狼狽して金網にしがみつき、身振り手振りで指示を繰り返していた。だが、隅に追い詰められて一方的に殴られ続けるニンジャの耳に、その空しい指示は届かない。「ファランクス=サン!嘘だ、こんな!こんなバカな事が!」

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」黒灰色のニンジャは、さらに殴る!殴る!殴る!古代ローマカラテ意匠を取り入れた装束の相手ニンジャは既に意識朦朧!だがストップはかからない。なぜならこれはオスモウでもボクシングでも無い……暗黒地下格闘トーナメント、シャドー・コンなのだ!

「アラ、すごい!あの方、すっごいのォ!」露出度の高いドレスを着た中年チョジャ女性が興奮して金網にしがみつき、身体をくねらせた。「こらこら、そんなにはしたない真似をしたら恥ずかしいぞ、はしたない!ムフフフ!」夫とおぼしき太ったカチグミ男性がオイランの胸を揉みながらたしなめる。

「とんだ番狂わせですね!」その後方、桟敷ルームの壁際で、別のカチグミ男性が耳打ちした相手は、バーガンディ色の装束を着た、大柄で風格あるニンジャである。装束には銀糸でこのニンジャの名に由来する神話の獣の、ジゴクめいた刺繍が施されている……火に棲む龍、サラマンダーの刺繍が。

「なかなか面白い。ファランクス=サンは実際強いニンジャだ。そして、よく仕上がっていた。それをあの新参者……実に、今宵の宴にピリリとした興を添えてくれたものです」サラマンダーは腕組みして言った。カチグミは笑った。「全くです!サケも進みます」「楽しんでください」

 サラマンダーは目を細めた。カチグミは気づかなかったが、このニンジャの目は笑っていなかった。しかし、気づくだけの感受性が無かったことは、カチグミにとって幸せである。それに気づけば失禁、いや、ショックで死んだかもしれない。このグランドマスター位階のザイバツ・ニンジャを前にして。

「奴は誰だったか」カチグミが去ると、サラマンダーは配下のヤクザに尋ねた。「は。アイアンリング=サンです」ヤクザは答えたが、サラマンダーは遮った。「違う!選手はわかっておる。セコンドだ」「え」「セコンドのニンジャだ。憶えがある。名前が思い出せん」「すぐに情報を揃えます」

 ヤクザがそそくさとエレベーターから退出する。キャバァーン!イヨォー!完全ノックアウトを告げる電子音が鳴り響き、狂ったような歓声が上がった。騒ぎに混じり、「サヨナラ!」という叫びと爆発四散の音が聴こえてきた。「ヤッター!」「爆発しちゃったァー!」ジャンキー達の叫び。

「今日の皆様は実際幸運だ」サラマンダーはカチグミ達に向かって両手を広げてみせた。「ニンジャ同士のバトルカードは成立しにくいのです」応える歓声。「まだまだ続きます、楽しんでください。次はライオンとニンジャが戦います」「そりゃすごい!」若いベンチャー社長が唸った「来て良かった!」

「そうでしょう」サラマンダーは頷いた。「しっかり賭けて、あなたの男を上げてください」「勿論です!ブッダだって買ってやる!」「その意気です」サラマンダーはにこやかに頷き、エレベーターに乗り込んだ。

「アイアンリング……」上昇するエレベーター内、サラマンダーは一人呟く。やがて彼は笑い出した。

 

◆◆◆

 

 ……しばらく前!

「ヒートリ、コマキタネー」「ミスージノ、イトニー」「アカチャン!ドンドンネ!」けたたましい広告マイコ音声、感傷的なシンセ音。地下多層都市アンダーガイオン、アッパーエリア……中央部は数層にわたって隔壁が存在しない吹き抜け構造であり、サーチライトで照らされる地下ビルが密集する。

「ロマンチックー、ロマンチックー」安い電子ポップのコーラス・パート、無気力な歌声が街頭スピーカーから繰り返し流れ、地下都市に適した小型車が猛スピードでカーブを次々に曲がってゆく。「ロマンチックすぎて終わってー。……ロマンチックー、ロマンチックー」歌は再びコーラスを繰り返す。

 ウオン!……ウオン!風を切る走行音とヘッドライトの光が路地裏の入り口を定期的に照らす。そこに影法師となって、暴力の光景が断片的に映る。それはどの繁華街においても馴染みの光景、すなわち、一人の男がなにかヘマをやらかし、ヨタモノ達に囲んで警棒で叩かれているというわけだ。

「ヤメテ……」「ザッケンナコラー!」血のついた角材を投げ捨て、チョンマゲのヨタモノが威圧的に叫んだ。「スッゾコラー!」「おい、死んじまう、やめろ」相棒らしき男がその肩をつかむが、慣れた者であればこれが「良い警官・悪い警官」メソッドに則った茶番である事がわかる。

 一方が相手を威圧し、一方が相手の味方であるかのようになだめすかす。北風と太陽。だが結局のところ、彼らの根底の目的は同じであり、相手はこれによって催眠めいてほだされ、されるがままになってしまうのである。「アッコラー?」「やり過ぎだって。なあ、おじさん?悪いなァ」「アイエ……」

「良い警官」役の角刈り男は痛めつけられた初老男の前に屈み込み、囁いた。「だからさ、こっそり俺に教えて?権利書の隠し場所。そうすりゃ、上手くこの場を収めるよ、俺が」「アイエエ……」路地の入り口には駆け出しの若者が見張る。その剥き出しの肩には「ワンク」というカタカナ刺青。

「ザッケンナコラー?アッコラー!何相談してんコラー?」チョンマゲが怒鳴った。「まあまあ!」角刈りがなだめる、「俺に任せて、ね?」「……あのドージョーは渡せんよ……俺の夢だ、死んだって渡せない」初老男が呟いた。「ア?」角刈り男は舌打ちした。そしてチョンマゲを振り返る「飽きた」

 たちまち襲いかかる暴力!「スッゾコラー!」「グワーッ!」チョンマゲが肩を蹴る!「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」角刈りが背中を蹴る!「アッコラー!」「グワーッ!」チョンマゲが顎を蹴る!「チェラッコラー!」「グワーッ!」角刈りが腹を蹴る!ナムアミダブツ!

「お、俺の夢……」「スッゾコラー!」「グワーッ!」「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」「なんだコイツ、やけに頑丈じゃねえか」「棒で叩こうぜ!アッコラー!」「グワーッ!」「スッゾコラー!」「グワーッ!」「チェラッコラー!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 この一方的暴行をインターラプトするように吹き飛んできたのは、路地の入り口を守っていた「ワンク」だ!「グワーッ!」チョンマゲは吹き飛んできた「ワンク」と頭同士をぶつけ、転倒!「え」角刈り男と初老男は驚いて路地の入り口を見た。街明かりの逆光となり、黒いシルエットが近づいてくる。

「ドーモ」ハンチング帽にトレンチコートの男は歩きながら素早くアイサツした。「モミジ・ヤンガ=サンですか?」「アッコラー!?」角刈り男がいきり立った「モミジに何の用オラー!よその金貸しは後回しっコラー!パワーギロチンヤクザクランに話を通」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 恫喝を言い終えるを待たず、ハンチング帽男の前蹴りが角刈り男にクリーンヒット!地面をゴロゴロと十回転したのち、ポリバケツを巻き込み気絶転倒!「ナンオラグワーッ!」チョンマゲ男が頭から血を流しながらチャカ・ガンを構えようとするが、それに先んじたチョップが肘骨をへし折った!

「アバッ、アイエエエエ!」「取り立ては諦めろ。オヌシが全額立て替えておけ」ハンチング帽の男はチョンマゲ男の顔を覗き込んだ。「ザ……ザッケンナコラグワーッ!?」身じろぎしたチョンマゲ男の顔面を殴りつける!「……返事をしろ」「畜生ふざけグワーッ!」「……返事を」「ハイ」

「借金はオヌシが立て替えておけ」「ハイ」「……そいつらを連れていけ。殺してはおらん」「ハイ」「奥の角刈りもだ。起こして連れていけ」「ハイ」「近隣の迷惑だ」「ハイ」

 ……ヨタモノ達が這々の体で去ると、ハンチング帽の男は痛めつけられた初老男を助け、立ち上がらせた。「ご親切にすまねえ、通りすがりの方」「いや、モミジ=サン。私は貴方に用があって来たのだ」「用?」モミジの目が警戒の色彩を帯びる。モミジの額には派手な古傷があり、体格も実際いかつい。

「用とは」「シャドー・コン」ハンチング帽の男は言った。「申し遅れたが私はイチロー・モリタ。ニンジャだ」彼は言い切った。モミジの目はにわかにギラリと輝いた。「お前……何だと?いや……さっきのワザマエ……クソッ、どういう事だ」モミジはハンチング男の両腕を掴んだ。「からかう気か」

「からかいではない」イチローはモミジを真っ直ぐに見た。「シャドー・コンに参加する。私には時間が無い」「……お前……クソッ……」モミジはイチローを離し、路地をクマめいて行ったり来たりした。「お前は……なんで俺だ?こんなの都合が良すぎる。いや、大丈夫だ、ワーッとなっちまって」

 モミジはイチローの言葉を待たず、独り合点めいてまくしたてた。「いいんだ、俺の気持ちの問題だ。答えは決まってる。万々歳だ。いや、わかってる。こんな事が……お前、お前、ナンデ?」モミジは繰り返した。「お前はまさか悪魔かよ?お、俺をどうにかする気かよ?こんなうまい話はよ……畜生!」

「決まりか」イチローはモミジを睨んだ。モミジは震えながら頷いた。武者震いだ。「ああ、決まりだ、シャドー・コンに出る。畜生……シャドー・コンに出られる。シャドー・コンに」熱に浮かされたように繰り返した。「シャドー・コンに」


2

 モミジ・ヤンガはニンジャである。かつてはグリズリーというコードネームを名乗り、ザイバツ・シャドーギルドにいた。今はケジメし引退の身だ。彼にもはやカラテする力は無い。拳に力が入らず、バランス感覚も無い。非ニンジャであれば死ぬか四肢不随になったであろう打撃を脊椎に受けた為である。

 先ほどのヨタモノ達による暴力も、仮に彼がただの初老の人間であったならば、こうして今、イチローを自分のドージョーへ先導して歩くことなどできていない。肋骨が折れたり、ひどければ内臓が破裂していたはずだ。たとえ落ちぶれても、彼にはニンジャ耐久力の名残りがあったというわけだ。

 路地裏からさらにその裏へ。道は狭まり、錆びた配管パイプや「オイラン、地表並み」「イカ叩き」「國豊人間」といった極彩色ネオン看板、痛んだ野菜の路上販売などが彼らを出迎える。まるでそれはモミジ自身の人生のメタファーめいている。どんどん細く。どんどん裏に。

 やがて彼らはトンネルめいた路地の曲がり角の壁、横向きのマンホールめいて設置された円型隔壁ドアの前に立つ。ドア表面には「外して」「施錠」といった文言の上から赤いペンキで書きなぐった「グリズリー穴」という文字。モミジが鍵を開けると、イチローが率先して隔壁ドアに手を掛け、押し開いた。

「俺のドージョーだ」モミジは壁をまたぎ、中へイチローを導き入れた。さほど広くない時間貸し倉庫めいた空間だ。ブードゥーめいてPVCテープをグルグルに巻きつけ、肉の厚みを持たせた異様なカカシ・オブジェ。サンドバッグ。割れた鏡。神棚にはカビの生えたカガミモチ。「不如帰」のショドー。

「……」イチローは額に入った白黒の写真を見た。モミジと ニンジャが肩を組み、カメラに向かって笑っている。「そう昔の写真じゃねえ」モミジは言った。「そいつは死んだ。アイアンリング=サンは。……どこまで知ってる、お前」イチローを睨む。

 イチローは答えない。「……まあいい。今はいい」モミジは首を振った。「俺に選択権はねぇんだ」

 

◆◆◆

 

「おい!おいッ!」「……」「馬鹿野郎!アイアンリング=サン!返事しろ!」モミジはアイアンリングを抱え起こし、平手で打った。「ハイ」「平気か畜生」「ハイ、だいぶ重い一撃です」「もうやめだ!」「え、何ですか?中止?」敵側コーナーから、サラリマンめいた男がヘラヘラと笑いながら問う。

 男の名はタネバ。ニンジャではない。サラリマンでもない。彼は社長だ。ガイオン地表に屋敷を構える大手旅行会社「シカ・イツモ」取締役であり、裏では度を越した格闘マニアとして、潤沢な会社資金を横領、シャドー・コンの為だけに地下ドージョーを運営している男である。

「うちのスクランブラー=サン、これではウォームアップにすらならないですよ。困りますよ」侮蔑的にメガネを押し上げる。「ハハッ!弱敵!」敵コーナーのニンジャは拳を打ち合わせた。「かわいがってやったわい!」「きたねえぞ」モミジが睨んだ。「古代ローマカラテ会とグルか。グルなのか」

「何がですか?」タネバは嫌らしく笑った。「グル?それって、貴方のそのニンジャの次のカードが、古代ローマカラテ会のファランクス=サンだから?まさか!対戦前に貴方のニンジャを潰せって?まさか!スパーリングの場で秘蔵の新人をぶつけて、壊せって?まさか!そんなまさかー!ヒヒーッ!」

「てめえ」モミジの目が血走った。すぐさまリングサイドからヤクザめいた門下生が大量に乱入し、社長との間に壁を作る。タネバは笑った。「コワイ!だいたい貴方のニンジャが弱いからいけないんじゃないですか?不慮の負傷ですか?困るなァ!」欺瞞!モミジは巧妙な反則パンチを目撃していた!

 地下格闘シャドーコン自体はおおむねルール無用の戦闘であるが、スパーリングでは当然、選手を壊さぬためにルールの設定を行う。アイアンリングがスクランブラーから受けたのは脊椎を破壊する肘打ちであり禁止技、忘れようもない、モミジが今の身体になる原因を作ったのと同じダーティーアーツ!

「なァにを甘えた事を」スクランブラーが挑発した。「どんな時も不意打ちに備えてこその戦士。俺はニンジャになる前から心に刻んでおる」「モミジ=サン、大丈夫です。やれます」アイアンリングは呟いた。そして立ち上がった。そのままうつ伏せに倒れ、意識を失った。……半日後、死んだ。

 

◆◆◆

 

 ここであらためて読者諸氏にシャドー・コンとはいかなるものか、オサライ・インストラクションを行っておくべきだろう。シャドー・コンとはアンダーガイオンの秘密めかした闘技スポットで開催される地下格闘大会だ。始まりは古く、一説には初代ショーグンであるエド・トクガワの治世とも言われる。

 あるいは、第二次世界大戦直後の荒廃した東京のブラックマーケットが発祥であるとする説もある。どちらにせよ、この格闘技トーナメントは生まれた時から知る人ぞ知る非合法コミュニティであり、闇から闇へ情報を辿るアウトローやカネモチの一部だけの間で共有されていた。当然ニンジャ絡みである。

 現在、このシャドー・コンが開催される場はガイオンに移っており、ザイバツ・シャドーギルドの邪悪な資金源のひとつであった。統括者はグランドマスター位階のニンジャ、サラマンダー。この地下格闘の大きな特徴はニンジャが出場するという一点にある。

 ニンジャという禁断の存在が、獅子や水牛、バイオスモトリ、多重債務者を相手に殺戮ショーを繰り広げる様を金網の向こうに見ながら、退廃的観衆はハードドラッグに酔いながら快哉する。ニンジャが相手を殺すまでの時間を、コンマ1秒単位で賭けるのだ。

 そして折に触れて行われる最大のイベントは、ニンジャ同士のイクサだ!禁忌!だがシャドー・コンの存在を嗅ぎつけ、観客席に到達するのは、もとよりそれだけの邪悪な体験を踏まえた者ばかりであってみれば、ニンジャリアリティショックもまた、脳を撃ち抜く好ましい刺激剤なのだ!

 このシャドー・コンにニンジャを出場させるのはザイバツ・シャドーギルドだけではない。ザイバツと提携した、セカンド、サードのニンジャ・ドージョーも幾つかある。ファランクスやハンニバルを擁する古代ローマカラテ会や、タネバの個人所有のドージョーはそういった位置づけだ。

 見世物として白砂を血に染める行為は奥ゆかしい上位ザイバツ・ニンジャにとって恥かと思いきや、時には観客をニンジャに限定し、己のカラテ練度を示威する場として好ましく利用される事もある。一筋縄ではゆかぬコミュニティであった。戦闘狂にして経営者、サラマンダーの底しれぬ采配の結果だ。

 ……「サラマンダー」イチローは呟き、拳を打ち合わせた。「あん?サラマンダーが何?」PVC木人をセッティングしながら、モミジが問い返す。イチローは無言で頷いただけだ。「まあいい。じゃあ、まあ、打ってみろよ。お前さんがニンジャなのは疑わんが、もう少し見ておかねえと落ち着かん」

「……イヤーッ!」イチローはPVC木人に踏み込み、中腰のポン・パンチを叩き込んだ。ナムサン!深く杭打ちされた鋼の芯棒が一撃で叩き折れ、木人は回転しながら吹き飛んで壁に深々めり込んだ!「……!」モミジは目を丸くし、破壊された木人とイチローを交互に見た。

「お前……!」モミジはイチローの肩を弱い握力で掴んだ。「お、俺だって腐っちゃいるがニンジャだ。そんなものを見せられて、一目でわからないわけがねぇ。お前、お前のワザマエ、ザイバツのマスター位階とだって、きっとやりあえる!」顔を近づけ、「誰だ?名前を隠してるか?名を言えよ!」

「……」イチローは指差した。壁の白黒写真を。「アイアンリングだ」「何」モミジは息を呑んだ。「アイアンリング=サンだと?何を考えてやがるお前!」「私には時間が無い」「お前まさか」イチローはモミジを見返した。「そのまさかだ。アイアンリングは回復した。このままファランクスと戦う」

「お前……」「ファランクスを倒せば、次はアンダーテンプルのニンジャトーナメントに参加できる。そうだな」「ああ、うむ、そうだ」モミジは頷いた「詳しいのか、お前」「そこではサラマンダーが表へ出てくる」「……そうだ。だがお前……糞ッ、またサラマンダーか」「サラマンダーに用がある」

 一瞬ではあったが、そのときイチローの目に宿った決断的殺意を、モミジのニンジャ洞察力は確かに捉えていた。「……」「モミジ=サン。実際無茶な話かもしれん。全てを話す事もできん。だが」イチローは頭を下げた。「頼む。必ず勝つ。だから力を貸してくれ」

「お前」モミジは呻いた。「ロクな事になる気がしねえ。何を企んでやがる」「必ず勝つ」イチローは繰り返した。そして一瞬言葉に詰まり、ためらったのち、苦しげに言った。「そうすれば……オヌシはこのドージョーを立て直せる。カネで」「お前、やはり悪魔だ」モミジは無感情に言った。

 

◆◆◆

 

「到着ドスエ」エレベーターが開き、ボンボリで照らされた短い廊下を渡る。護衛ニンジャが深々とオジギするのを横目に見ながら、サラマンダーはフスマを開き入室した。ゼンめいたタタミ敷きの玄室がサラマンダーを出迎える。四方の壁は黒く、中央にイロリがある。正座したキモノ姿の女が一人。

「ドーモ」黒髪の女は三つ指をつき、頭を下げた。これはドゲザではない。奥ゆかしいチャドー作法である。女は顔を上げ、曇りガラスめいた、死んだ目でサラマンダーを見た。「……サラマンダー=サン」「ドーモ。ユカノ=サン」サラマンダーは尊大にアイサツを返した。「まことの名には馴れたか」


3

「……」ユカノと呼ばれた女は無表情にサラマンダーを見返す。彼女は日本美に肉体を与えたかのような奥ゆかしい美貌の持ち主であり、着物の上からも、その胸は豊満であった。サラマンダーは言った。「ところでイッキ・ウチコワシのアンサラー=サンは知らぬ男ではない。奴は元気にしておるかね」

「アンサラー=サン」「そうだ。奴はドラゴンドージョーでドラゴン・ゲンドーソーの……そして俺の教えを受けた男」サラマンダーの目が光った。だが、ユカノの表情は動かない。「俺はお前がネンネの娘だった頃を知っているぞ、ユカノ=サン」「……」サラマンダーは笑った。「やはり記憶無しか」

 サラマンダーはユカノにまつわる話をいったん打ち切り、イロリの端に腰をおろした。「チャをくれんか」「ハイ」ユカノは頭を下げ、チャの準備を始めた。天井からこのゼン空間にそぐわぬモニターパネルが降りて来て、点灯した。先程のファランクス対アイアンリング戦の録画映像だ。

 サラマンダーは顎を摩りながら、映像を凝視する。……対角のゲートが開き、二人のニンジャが入場、オジギ。戦闘開始だ。オジギを戻すと同時にアイアンリングが小さく跳ね、構えたばかりのファランクスの顎を蹴り上げる。ファランクスはオジギを終えており、シツレイには当たらない。「見事だ」

 ファランクスは軽い脳震盪を起こしたであろう。よろめいて後退する。アイアンリングはそのまま踏み込み、ジゴクめいた中段突きを叩き込んだ。ポン・パンチ。「これは避けられまいな」吹き飛んだファランクスは金網コーナーに叩きつけられていた。既にアイアンリングはその目の前に接近している。

「ドーゾ」「ドーモ」サラマンダーはユカノから差し出された茶器を取り、いかめしく飲んだ。「フン」サラマンダーは鼻を鳴らす。「得意のジャベリンパンチもムテキ・アティチュードも出せぬか。ファランクスは決して弱いニンジャではないが、所詮、此奴の相手にはならぬという事よ」

「……」ユカノはコメントを返さぬので、サラマンダーの独り言めいている。実際サラマンダーのほうでも返事は期待していないのだ。映像には一方的にファランクスを殴りつけるアイアンリングが映っている。既にファランクスに意識は無い。そしてサマーソルトキック。ファランクスが爆発四散する。

「何も感じぬか?此奴の身のこなし。此奴のこの、サマーソルトキック」「ハイ」「アワレなものよ!」サラマンダーは笑った。「アワレな男!そしてアワレな娘だ」ここでモニタ左上にノーティスが入り、先程のヤクザからの通信が割り込んだ。「ドーモ。セコンドはモミジ・ヤンガです。グリズリー穴の」

「グリズリー=サンとな。ハハハ!」サラマンダーは笑った。「不思議な縁もあったものよ。奴が絡んで来るか。もはや浮上の目など無いアンダードッグが」「は……」「こちらの話だ。たいした意味は無い。ご苦労」「ドーモ!」ヤクザ通信が切断された。入れ替わりに、出入り口フスマが僅かに開いた。

「オジャマシマス」「よい」サラマンダーはフスマを開けた護衛ニンジャのバンシーを振り返った。バンシーはまずドゲザしたのち、うやうやしく黄金のオリガミメールを掲げて見せた。「パラゴン=サンからのお達しです」「内容は見ずともわかる」サラマンダーは首を鳴らし、立ち上がった。

「ユカノかどうかの真偽を確認中……とでも答えておけ。待たせてよい」サラマンダーは言った。「イクサ舞台に興を添えてやらねばなるまい。美味いサケが向こうから俺のもとへ転がり込んで来たのだ。俺にはその権利がある!」「ハイ!」バンシーは再度ドゲザした。「仰せの通りに!よしなに!」

 バンシーはドゲザしたまま後ろへにじり下がり、恭しくフスマを閉めた。サラマンダーは肩を震わせ、腹の底から笑いをこみ上げさせた。「勝ち上がって来い。俺の礎になりに来い……」

 

◆◆◆

 

「ウオオオ!ウオオオオ!」「ウオオオオ!ウオオオ!」割れ鐘めいた歓声と悲鳴、怒号を後に、モミジとアイアンリング=イチロー・モリタは、鉄板を打ち付けた無骨な廊下を歩いた。モミジは顔を上気させ、何度もアイアンリングの背中を叩いた。「やった!本当にやった!キンボシ・オオキイだ!」

 実際、番狂わせである。新人のアイアンリングに目立った戦績は無く、ニンジャ同士の戦いは初めてだ。対する古代ローマカラテ会のファランクスは獅子やバイオスモトリを何度も平均の二倍速度で瞬殺、数度に渡りニンジャをも倒しているベテランだ。オッズは壮絶、ショック死した観客もいるだろう。

「へへ……参ったぜ……」モミジは暗く笑った。「信じられねえ」隣のアイアンリングを見る。アイアンリングではないアイアンリングを。悪魔めいた取引。後には戻れぬ。「私に賭けたか」歩きながらアイアンリングが問う。「ああ。賭け金自体がショボいが……それを元手に次はもっとデカく行く」

「それでいい」アイアンリングは言った。「次も必ず勝つ」「いよいよトーナメントだ」モミジは言った。「いいか、次の相手は……」廊下を抜け、薄汚いロビー、柱に寄りかかるニンジャと目が合った。スクランブラー。隣にタネバと数人のボディーガードもいる。二人は立ち止まった。「こいつだぜ」

「どういう事だ?」タネバは歯噛みして呻いた。「あいつ、怪我は……」「ドーモ!ゴキゲンヨ!」モミジは不敵にアイサツした。「怪我?いや、ありがてぇぜ、なんだかんだ言ってよォ、お前さんがたの紳士的なスパーリングのおかげさ!こうして後遺症も何も残らず、ピンピンしてやがる!ドーモ!」

「……ドーモ」タネバは暗い顔でアイサツを返した。「どちらにせよ楽しみにしていますよ。本戦をね」「アイアンリング=サンに賭けとくかい?」「ハッ!」タネバは口を歪めた。「負けしか知らない弱小は、まぐれ勝ち一つで調子に乗り過ぎて困ります。いいですかスクランブラー=サンは……」

「俺はそこらのにわかニンジャじゃねえ」スクランブラーが遮った。「コマンドサンボからジュドーに転向、一度も負けた事がねえ。全てイポン勝ちだ。そんな俺にニンジャが憑いた。つまりカラテにカラテをかけて100倍だ。わかるか?この算数が。エエッ?」アイアンリングに顔を近づけ睨む!

「悪いがスクランブラー=サンはガイオン開催のジュドー世界大会のタイトル保持者です。わかります?ロシア、メキシコ、アフリカ。磁気嵐を越えてキョートに集まる最強の戦士たち。彼らの中で最強。つまり最強です」タネバがメガネを指で直し、言った。「それがニンジャになった。事件ですよ」

「では、それほどまでに事件めいたニンジャが、名も無いニンジャに手も足も出ず倒される。となれば大事件か?」アイアンリングがスクランブラーに顔を近づけたまま言った。「否。三面記事の価値すらあるまい。ありふれたニュービーの挫折の記録だ。ガス中毒者の鼻紙にもならんな」

「貴様!」スクランブラーの眉間に血管が浮き上がった。「今度こそ脊椎を砕いて殺す!」アイアンリングは無視して歩き出す。モミジも後を追い、振り返りながら「ヘヘッ、まあそんなわけでな!後悔させてやるぜ色々とな!」「絶対に殺してやるぞ!」スクランブラーの絶叫が背中に投げかけられる!

 二人はタクシーに乗り込んで地下闘技場を後にした。「オイお前……やるじゃねえか。何考えてやがる。口も達者か」タクシーの中、モミジが興奮して言った。「お前、本当に何者だ?いやまあ、なんでもいいさ。ありがとよ」窓の外を見やりながら、「本当に……可哀想だったよ、アイアンリングの奴は」

 ……二人は冷え冷えとしたグリズリー穴のドージョーで、言葉少ない祝杯を上げた。賭け金の戻りでモミジが買ったショチュー・スピリッツと、トビッコ・スシである。イチローはファイトマネーを差し出したが、モミジは頑として受け取らなかった。「俺は何もしてねえ。賭けただけだ」

 モミジはアイアンリングの写真が飾られた神棚にもサケとスシを置いた。「俺は長いことシャドー・コンでやっていてよ」モミジが言った。「お前のようなカラテはねぇからまあ、スモトリ、クマだの倒して、日々の暮らしをな。グリズリーって名前もそれさ。バイオベアーを倒させれば俺は一番だった」

 モミジはサケを呷った。「ザイバツ・シャドーギルドの下部組織……細く長く、そのままやれてりゃあ、いいかとな。だが夢を見ちまった」「……」「ニンジャ・イクサだ。男なら、って思っちまった。悪い風邪みたいなもんだよ。で、一人。二人。俺は倒した。順調に思えた。いけると思った」

 モミジの目が次第に熱を帯びる。イチローは黙って聞いた。「このままチャンピオンに。そして栄光を。飛躍を。ささやかな暮らしから、少しばかり、はみ出してきた。俺の願いが。ブッダは見てたね、俺の身の程知らずを。そして戒めが下りた」一息にサケを飲み干す。「戒めの名は……サラマンダー」

 イチローの眉が、ぴくりと動いた。モミジは酒臭く笑った。「そうだよ、お前の……お前の、なんだ、お望みの奴よ。あいつはモノが違った、なにしろ最初からギルドのお墨付きよ。ドラゴンドージョーに後ろ足で土をかけるようにして、キョート……ザイバツ入り……」「ドラゴンドージョー?」

「あン?ドラゴンドージョー?ま、そんなクランがあンだよ。ネオサイタマくんだりにな。奴はそこの出身だ。師匠のニンジャを裏切ってギルドに……いわく付きの何かだよ。話がそれたじゃねえか」モミジはさらにサケを呷る、「奴は初めから、シャドー・コンの支配者になる器だった。その初戦が俺」

 モミジは怪しい足運びで、そのイクサを再現しようとフラついた。「イヤーッ!イヤーッ!ブーフ!まず脇腹!そして、うずくまる俺の首に、打ち下ろす肘!ブーフ!ブッダの鉄槌だぜ!」モミジは床に膝をついて、乾いた笑いを笑った。「ざまあ見ろ身の程知らずめが!これが!これがよ……」

 イチローはモミジに肩を貸して立たせ、イスに座らせた。「負け犬の夢、へへ……」泥酔したモミジはテーブルに突っ伏し、おぼつかない言葉を吐き続けた。「まあ、それでこのドージョー……他にできる事もねェ……手も足もよ……最初はフラッシュガン……引き抜かれ……次はサーベルタイガー……」

「モミジ=サン。ほどほどにしておかんか」「まだまだ、まだまだだぜ」グラスをテーブルに叩きつけ、「で、サーベルタイガー……こいつはいいパートナーだった、だが、まあ、あいつの事はいいよ。そんで、起死回生のアイアンリング=サン……スカウトしたんだ、才能があった、俺は賭けてた……」

 モミジはグラスを持ち上げた。「ついでくれェ頼む」「……」イチローはサケをついだ。モミジは続ける。「あいつ、アイアンリング=サンは、ニンジャになって間もなくてよ、礼儀正しい若者だったよ、あのまま放っておきゃあ、ギルドで暗殺まがいの……だが、巡り合わせだなぁ、奴は俺ンとこに」

 モミジは急に話しやめた。テーブルに突っ伏して、起きているか否かもわからぬ。イチローはモミジのコートを彼の背中にかけた。「悪魔の旦那よ……」モミジが呟いた。「お前は、実際、俺の弟子ってわけじゃねえし、何かやらかす気でいやがるしよ」

「……」「だが、いいんだよ、それァよ。なんだお前、悪魔のクセしやがって、折に触れてお前、すまなそうにしやがって、ええ?気に病むなよ……俺、俺ァな、お前が来なきゃどのみち終わりだった。今更……だからよ、乗る、ヤバレカバレ、お前のその、何だかわからねえ、おっかねえ勢いの先をよ」

 モミジはまた黙り、イビキをかき始めた。イビキが止まり、また呟いた。「悪魔の旦那よォ、俺は、うまく言えねえが、こんなものは、こんな人生はな……」言葉はかき消えた。モミジは眠りに落ちた。イチローはトビッコ・スシを食べた。神棚を見やると、アイアンリングの写真と目が合った。

 

◆◆◆

 

 アンダーガイオン某所、アンダーテンプル!

 アンダーテンプル・ニンジャトーナメント。一見ブッダテンプル廃墟と思しき建物の地下にはハイ・テックな闘技施設が築かれており、ここがシャドーコンで年に二度開かれる、ニンジャ同士のイクサ・トーナメントの舞台となる。選ばれた戦士だけが出場を許され、勝利者には金と栄誉が約束される!

 古代ローマカラテ会のファランクスはベテランのニンジャ戦士であり、これをノックアウトどころか爆発四散させ、死をもって強引に出場権を奪い取ったアイアンリングの出現は、シャドー・コンのフリーク達を大いに騒がせた。

 出場ニンジャは七人、一人がシードで第一回戦は三戦開かれる。最も話題をさらうのはこのアイアンリングとカラテエリート新人・スクランブラーのイクサ、オッズの乱高下は実際激しい。下馬評ではスクランブラー大有利、経歴を考えれば当然であるが、アイアンリングの不気味な存在感が釘を刺す。

 既に両者は各自の入場控室入りを済ませ、色とりどりの半裸のキモノを閃かせるオイラン・ダンス・デモンストレーションが終わるのを待っていた。白くたわわな乳房もあらわなオイラン達が特設のドヒョー・リング上で極彩色のサーチライトを照射され、バイオニシキヘビや象と戯れる。

 ズンズンブブーン、ズズンズンブーン、高揚感を煽り立てるBGMが徐々にフェードインすると、リングの東から「スクランブラー」のオスモウフォント掛け軸!西から「アイアンリング」の掛け軸!金銀の紙吹雪が天井から降り注ぎ、オイランの退出タイミングに、リングの四方から火柱が噴き上がる!

「カネがかかってやがるんだよ。他よりな」モミジが獰猛に笑い、アイアンリングに前進を促した。「だが客は同じだ。ヘッ」ズンズンブブーン、ズブブンブブーン……「おい」「……」アイアンリングは振り返った。「頼んだぜ」「……」アイアンリングは向き直り、リングに向かって花道を歩き出した。

「コロセー!」「コロセー!」「コロセ!」「コ!ロ!セ!」ドヒョー・リングを囲む観衆が吠え叫ぶ中、アイアンリングとスクランブラーは向かい合った。レフェリー?そんなものはいない!「ドーモ、アイアンリングです」「ドーモ、スクランブラーです」二者はオジギし、そして……見よ!


4

「「イヤーッ!」」スクランブラーの左頬にはアイアンリングの右ストレートが!アイアンリングの右頬にはスクランブラーの左ストレートが!同時に突き刺さったではないか!強烈な打撃である事は明白であったが、両者倒れず、顔をのけぞらせながら相手を睨みつける!

「ヌルい、ヌルいパンチしてやがるぜ」スクランブラーは右目から出血しながら不敵に嘲笑った。アイアンリングは無言だ。彫像めいて不動である。やがてスクランブラーの身体がやや右に傾いた。そして……倒れた!「ワオオー!」爆発する歓声!

 アイアンリングは自分のコーナーへ無造作に戻ってゆく。「お、お前なんてこった……お前……」モミジはあんぐりと口を開け、呆然とアイアンリングを迎えた。そして慌てて彼の肩越しにリングを指差す、「まだだ!ザンシンしろ!まだだ!」

 然り!スクランブラーは沈みきってはいない!両手でドヒョー・リングの土を掴み、立ち上がる!「ヌルいパンチだって、言ったんだよ……俺はジュドー世界一だ……」「そうか」アイアンリングはジュー・ジツを構える、「あいにくここはジュドーの大会ではないようだが」「効いてねえんだよ!」

 激昂するスクランブラーであるが、その足運びは意外や精密!間合いを測りながら裏拳を繰り出す!アイアンリングは踏み込み、裏拳をいなしつつのショートフックを叩き込んだ!「イヤーッ!」「グワーッ!イヤーッ!」痛打!だがスクランブラーはアイアンリングの装束を掴む事に成功したのだ!

「ヌゥッ」アイアンリングは上体を振ってこのグラップリングを剥がそうとしたが、スクランブラーは離さぬ!なんたるニンジャ握力とジュドー世界一キャリアの掛け算で100倍の凄さ!「離さねえーッ!」

「イヤーッ!」アイアンリングは頭突きを繰り出す!「グワーッ!」だが離さぬ!「イヤーッ!」再度頭突き!「グワーッ!」だが離さぬ!「これでお前、終わりだぜ……」スクランブラーが荒い息を吐いた。「リングの土に叩きつけて、そのあと脊椎に肘打ちして今度こそお終い重点だ!イヤーッ!」

 アイアンリングの身体が浮き上がり、スクランブラーを支点に回転した!これはジュドーの代名詞と言うべきカラテ、イポン背負いに他ならない!ジュドーコンテストはタタミやウレタンの上で行われ、選手の負傷を防いでいる。だがここはシャドー・コン、ドヒョー式リング!地面は硬い土だ!ナムサン!

 しかもアイアンリングの身体は二回転している!ニンジャとジュドー世界一が合わさり100倍、すなわち二倍の回転が実現するのだ!強烈な遠心力とともにアイアンリングはリングに叩きつけられた!「グワーッ!」

「マイッタカ!さらに俺のこの非凡な力でお前を締め上げてやる!」おお、なんたる事か!見よ、スクランブラーはなおアイアンリングの装束を掴んだままなのだ!背中から叩きつけられたアイアンリングにそのままのしかかり、両腕に力を込める!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」

「コロセー!」「コロセー!」「コロセー!コロセー!」薬物でハイになった観衆が口々に泡を吹きながら叫びたてる。ナムアミダブツ!彼らはこれをこそ観にきているのだ!強者が強者の過去を、訓練を、栄光を、死によって無慈悲にゼロ化する瞬間を!アイアンリング!もうダメなのか!

「ウオーッ!頑張れ!頑張れアイアンリング=サン!アイアンリングーッ!」モミジが己の喉を掻き毟らんばかりに身悶えし叫ぶ。「当然だこの結末は!貴方達が調子に乗りすぎで不愉快すぎる!」タネバがリング越しにモミジを罵った。「今まで遊んでやっただけだ!スクランブラー=サンの悪癖です!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「……え?」タネバがズレたメガネを直し、息を呑んだ。会場が静まり返った。仰向けのアイアンリングの頭の先、スクランブラーが、同様に仰向けに倒れている。しかも意識を失っている。アイアンリングは身を起こし、立ち上がった。「……」

「……!」モミジの錆びかかったニンジャ動体視力は決定的な瞬間を捉えていた。アイアンリングは、のしかかり締め上げるスクランブラーの一瞬の重心バランスの隙を突き、稲妻めいてその腹筋を足で押し上げ……投げたのだ。寝ながらにして相手を頭上の地面へ叩きつけるカラテ技!トモエ投げだ!

「……ゴホッ!」アイアンリングは咳き込みながら再びコーナーへ戻ってゆく。「ワ……ワオオー!」思い出したかのように、割れ鐘めいた観衆の歓声!「馬鹿野郎、遊び過ぎるな!し……心配するじゃねえか!」モミジが叫んだ。「だが、だがスゲエ!なんだそのカラテは!キンボシ・オオキイだぞ!」

「なるほど世界チャンプにそれなりの意味はあったか」アイアンリングは咳き込みながら呟いた。モミジが血相を変えて叫んだ。「ま、まただ!ザンシン……」「ウオオオーッ!」ナムサン!スクランブラーは一瞬にして気絶状態から回復!アイアンリングに背後から掴みかかる!「イヤーッ!」

「グワーッ!?」アイアンリングは振り返らず、後ろ足でシカめいた強烈な蹴りを繰り出した!スクランブラーの頭に蹴りが直撃!100度ほど首が曲がる!あさっての方向を向いて両膝をつくスクランブラー!「……」アイアンリングが詰め寄る!その目には確定的殺意の光?ナ、ナムタミダブツ!?

「……アバッ……!?」「ハイクを詠め。スクランブラー=サン」「え……?」スクランブラーは首の向きを戻そうと苦悶した。アイアンリングはそんなスクランブラーの前で腰の横に両手を構え、わずかに腰を落として力を溜めた。「インガオホー。カイシャクしてやる」ナムアミダブツ!

「ハイク?インガオホー?え……」アイアンリングの目が光る!そして、な、ナ、ナムアミダブツ!「イヤーッ!」水平に振り抜いたチョップが!スクランブラーの首を!刎ね飛ばした!「アバーッ!?サヨナラ!」おお……なんたるオーバーキル!スクランブラーの身体が爆発四散!ナムアミダブツ!

 クルクルと回りながらスクランブラーの首は天井のシメナワを飛び越え、「喜び」と書かれた巨大ショドーにぶつかって、客席のどこかに落下した!「アバーッ!?」ショックのあまりタネバは失禁し吐血!転倒して痙攣!「……!」「……!」それまで騒いでいた観衆は言葉を失い、沈黙!サツバツ!

「アイアン……」モミジは最後まで名を呼べず、ただ凍りついて、リングの上の地獄戦士を……客席を睨みわたす恐るべきニンジャ存在を見上げた。観衆は声を出せずにいた。古事記の伝説……安易な気持ちで開けてはならぬフスマを開け、ニンジャのワザを見てしまった、あのウカツな老人めいて……

 

◆◆◆

 

「なんたる決断的むごたらしさ!」グランドマスター専用桟敷席のサラマンダーは嬉しそうに言った。この茶室からの観戦が許されるのは彼と彼が許す人間に限られる。今は彼を含め、ただ二人である。「見よ、ユカノ=サン。この、阿呆めいて沈黙する者らを。たまらんな」「……」

「奴ら、己の目にする物の意味を今更ながら知ったのだ。気楽なアソビとして扱って良いものではないのだ、殺し合いは。ましてやニンジャのイクサはな。ハッハハハハ!」「……」「だが、場が白けきっておるに任せては収益も上がらぬ」彼は通信機を取る。「シャカリキを振舞え。早々にショーを」

 ドンツクドンツクスポポンブブーン、ドンツクドンツクブブンブーン。パオンパオンパオンジョワーン。パオンパーン。「ドーモ皆さん!アイアンリング=サンの勝ちでした!」「ワー!スゴーイ!」片付けられたリングに上がる出っ歯プレゼンテーターとハイレグ水着オイランが空虚な笑顔を振りまく。

「モー、どう?アマイコ=サン、どう?いまのアイアンリング=サン!」「……アーン!スゴーイ!スゴイだったですゴルダ=サン!アタシいま体温何度あるのかなーッ!?」「こらこら、ダメ!興奮しすぎては!」指でXの印を作り、出っ歯プレゼンテーターのゴルダが咎める。「……興奮しすぎては!」

 ゴルダは静まり返った観客席を空虚な笑顔で見渡す。それからハイレグ水着姿のアマイコをもう一度見た。「……興奮しすぎては!」「アーン!」アマイコが身体をくねらせた。ゴルダはその豊満な谷間に素早い視線を走らせたのち、マイクに叫んだ。「でも観客席の皆さんは興奮していいんですよ!」

「……アーン!」アマイコがやおら水着をはだけた。白い胸が露わになり、客席が沸いた。「そうでしょう!ハイ!そこでだ!今シャカリキ・ガールが特製タブレットと特製バリキを配ってますよね?成分は、な、なんと!ここだけの限定配合ですよ!さあ飲んで!飲んでしまって!」「ワー!スゴーイ!」

 どんよりとしていた客席に、次第に下卑た高揚アトモスフィアが戻りつつあった。薬物。薬物である。ほとんど違法行為だ。マッポー!シャドー・コンとはモラルの極北か!?アマイコは微笑んで水着を戻し、リングサイドを指差した。そこには巨大な丸い金網がある!

「ア、アイエエエ」金網の中では打ちひしがれた若い男が一人で震えている。金網の形状は……ハムスタードロイドをご所有の方ならおわかりになろう。中で走って無限に回転させる、例のあの運動具だ。「ドッソイ!」「アッ、ハッキョーホ!」それを四人のスモトリが持ち上げる!「アイエエエ?」

 四人のスモトリは金網をリング上に設置し、シコを踏んだ。ゴルダが煽る、「ハイ!さあ何回転?この戦士は果たして何回転できるか!ここでも賭け事だ!皆さん儲かり過ぎて私は実際嫉妬心だ!レートもスゴイ!」キャバァーン!看板モニタに魅力的数値が表示されると、観衆は狂ったように叫び出した。

「3.2.1。スタートドスエ。カラダニキヲツケテネ!」合成マイコ音声が鳴り響き、男は必死に走って金網を回転させ始めた。首輪が光る!「ワオオー!」「もっと走ってェー!」群衆は叫び、口々に囃し立てる。そこにはもはや先程のオツヤめいて深刻なアトモスフィアは皆無!ナムアミダブツ!

 ……「ま、当然あの男の末路はわかろう。借金はせぬほうがよいぞ、ユカノ=サン。特にギャンブルで身を持ち崩すなど、無意味の極み」サラマンダーは眉をしかめるユカノを見た。「ほう!不快の感情をあらわせるのか、ユカノ=サン」「ハイ」「なかなか一筋縄では行かぬな!」

 サラマンダーはモニタを睨み、トーナメント進行を確認した。「次のカード……フフフ、オムラの試作機」サラマンダーは笑った。「対戦者はランバージャック?万に一つも勝ち目無し。フフフ」「……」「いきおい、アイアンリング=サンの次の相手はこのロボニンジャだ。モーターナガサマ」

 サラマンダーは気だるげにリングを見やった。先程の余興は、多重債務者ランナーの心停止と、出っ歯プレゼンテーターのゴルダが不慮の事故に巻き込まれ爆発死したことで盛況のうちに終了した。リングに上がるのは木こりめいたニンジャ装束のニンジャ。対するは、無骨なシルエット……。

「ドーモ、ランバージャックです」ランバージャックは怪訝そうにアイサツした。「ドーモ!モーターナガサマ、デス!」ロボニンジャは無骨なシリンダー型の腕をバンザイし、アイサツした。灯台めいたフォルムの頭部がアイカメラを光らせる。「破壊!貴方の降伏は現在認められない設定下ドスエ!」

 

◆◆◆

 

 茶室風の選手控室、落ち着かなげに歩き回っていたモミジは、UNIX画面に映し出されたIRC中継映像に釘付けになった。リアルタイムの試合運びを見逃した彼らが目撃したのは、ストレッチャーで運ばれる遺体だ。木こりめいたニンジャ装束……鎖骨から上が、抉られたように消失している。

「おい……ふざけるなよ……どこをどうやったらこんな死にざまになるんだ。ジツか?」モミジが震撼した。「モーターナガサマ……?」「オムラだろう」アイアンリングが超然として答えた。「オムラ・インダストリのロボニンジャのシリーズはそんな名前の付け方をする」「ロボだと?」「そうだ」

「ロボってお前」「おおかた、大会を利用した対ニンジャの実戦テストと言ったところだ」アイアンリングは言った。「こんなところで出くわすとは思わなかったが、驚きはしない。武器禁止のシャドー・コンで格闘戦のデータでも取る気か」「お前……詳しいな」モミジは呻いた。

「経験がある」アイアンリングは答えた。モミジは不安げに、「だが、こんなデタラメな破壊力のカラテ……」「問題ない」アイアンリングは無感情に言った。「今までに何体も壊してきた。オムラのロボなど、くだらん人形だ」「お前……」モミジは息を呑んだ。「お前は何者なんだ?」

 何度も為された質問だ。アイアンリングはモミジの目を見返した。両者はしばらく黙っていた。やがてモミジが言った。「カタキをありがとうよ。そのう、アイアンリング=サンはいい奴だった。俺の夢だったよ」手持ち無沙汰げに、ケータリングのスシを食べた。「思いの外、スカッとしなかったな」

「そうだ」アイアンリングは頷き、低く言った。「そういうものだ」「そうか。そういうものか」モミジは頭を掻いた。「ままならねえな……」「ままならん」その瞬間の二人は、老若が逆になったかのようであった。「アイアンリング=サン」フスマがノックされた。「おられますか。第二回戦です」

 ……「ワオオーッ!」「ワオオオーッ!」ノレン・ゲートをくぐり抜けた二人を、爆音が……歓声が包み込む。破壊を、残虐行為を心待ちにする者たちの、不浄な一攫千金に希望をつなぐ者たちの、獣めいた叫びだ。「コロセ!」「まるごと叩き潰して!」「爆発させちゃって!」

「サラマンダーを殺しに来た」渦を巻く歓声の中、アイアンリングは歩きながらモミジに告げた。モミジは弾かれたようにアイアンリングを見た。「お前。薄々考えては打ち消してきたが。本気なのか」「取り戻さねばならない人がいる。奴の手の内にあるのだ。時間は少ない」「それってのはよ……」

「優勝杯授与はサラマンダー自身が行う。グランドマスターとの接触チャンスは滅多に無い。そこで必ず殺す」アイアンリングは言った。「サラマンダーが死ねばシャドー・コンはお終いだな?」「多分な」モミジは頷いた。アイアンリングは数歩の沈黙の後、言った。「オヌシの夢を踏みにじる事になる」

「だからよォ何度も言ってンだろ。お前が現れなきゃあ、どっちにせよ、俺は何もかもお終いだったんだぜ。悪魔の旦那」モミジはニヤリと歪んだ笑顔を作って、アイアンリングの背中を叩いた。「……」「……ままならねえよな。だが、年甲斐もなく、俺はワクワクしてるんだ。実際な。本当だぜ」

 モミジに送り出され、アイアンリングはドヒョー・リングに上がる。コーナーの対角にはモーターナガサマ。身長こそ一般的な長身の男のそれだが、灯台めいた頭にカメラアイ。シリンダー状の無骨な腕。あからさまにロボットだ。だが特に問題にはならない。素手だからだ。

 この奇妙なタテマエ的なルール設定はアイアンリングにとっても同様である。アイアンリング自身、腰には得物を吊るしたままだ……PVCテープで擬装めいて覆われたヌンチャクを。だが、これだけではペナルティとならない。素手だからだ。実際に使わなければ罪には問われない。

「ドーモ!モーターナガサマ、デス!」カメラアイがぐるぐると回転し、シリンダー状の腕がバンザイした。「ドーモ。アイアンリングです」アイアンリングは無感動にアイサツを返した。……次なるイクサの始まりである。


5

 アイアンリングは円を描くような足運びで、対するモーターナガサマの出方を窺う。灯台めいた頭の全方位カメラアイが彼の動きをしっかりと補足する。「破壊!貴方の降伏は現在認められない設定下ドスエ!」発せられる合成マイコ音声。汎用タイプの間に合わせ音声は、実際試作機めいている。

「モニタリング重点!」「重点!」モーターナガサマサイドのコーナー下では、サイバーサングラスを着用した二人のオペレータがUNIXデッキを持ち込み、液晶パネル画面を睨む。「システム異常無し!降伏拒否は引き続き仕様です」「対戦相手の戦闘データ解析はどうだ?」「92パーセント消化!」

 液晶画面にはモーターナガサマの視界がリアルタイム表示され、「メニュー」「モード」「感謝」「内科」「権利」「インダストリ」といったハイ・テックな文字表示が輝く。「過去のアイアンリング戦闘データをもとに導き出される勝率は?」「88パーセントです。ただしデータは2戦のみです」

「88パーセント。十分だ!圧倒的勝利を約束されている」「そうですね。アイアンリングに意外性のあるムーブメントは無いと出ています。カラテだ。実際モーターナガサマのインダストリは凄いです!ニンジャにも勝てる」「その通りだ!知らしめよう!チャールストン=サンも喜びキンボシだ」

 アイアンリングは攻撃を仕掛けず、相手の出方を見る構えだ。ランバージャックの死体は只事ではない。カラテを見極めねば死につながる。「……奴め様子を見ていますね」オペレーターが呟いた。「無駄な事を。ロボットは焦れない!だがこうしていても仕方ない。攻撃せよモーターナガサマ!」

「破壊!」指示を受けたモーターナガサマがシリンダー状の腕を振り上げ、ガシガシとドヒョーを踏みしめながらアイアンリングに迫る。サイドステップで回り込む事のできない絶妙の接近だ!モーターナガサマが殴りつける!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」アイアンリングは身をそらしてこれを回避!だがそこへもう一方の腕が迫る!「イヤーッ!」地獄めいたフック攻撃をアイアンリングは咄嗟にガード!「!」その目が見開かれ、緊急回避めいて後ろへ転がる!直後、モーターナガサマの肘が火を噴いた!杭打ちめいた再打撃がかすめる!

 ナムサン!肘の火薬爆発でパンチを押し出すシリンダーハンマーパンチだ!その瞬間的打撃力は音とスピードから察して余りある。素早くガードから緊急回避に切り替えたアイアンリングのニンジャ判断力とニンジャ敏捷性無くば、この打撃でランバージャック同様、ゴアめいて死んだ可能性は高かった!

「どんどん攻撃だ!」オペレーターが素早く「どんどん攻撃」と一瞬でタイピングした。実際速い!ロボニンジャのオペレーターはハッカー的な技術をも持つのだ!「重点!」転がるアイアンリングめがけてズシズシと接近し、モーターナガサマが追撃!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」上から打ち込まれるパンチを転がってかわすアイアンリング!さらに追撃!「イヤーッ!」回避!「イヤーッ!」追撃!「イヤーッ!」回避!「イヤーッ!」追撃!「イヤーッ!」回避!「イヤーッ!さながらこれはアンダーガイオン下層掘削工事現場めいた激しい応酬だ!

「逃げてばかりではジリープアー(徐々に不利)だぞ。ロボニンジャにスタミナ切れはない」オペレーターがニヤリと笑い、瞬間的タイピングで「戦え」と命令!モーターナガサマは大まかなプリセット命令コマンドを受け、人工知能で思考し戦うのだ。モーターヤブ、モータードクロの技術蓄積である。

 肘の炸薬爆発でパンチ力を生み出す機構は、かつてパラベラムという名のザイバツ・ニンジャに用いられていたサイバネ・テックである。パラベラム自身は不名誉な事件を起こし処刑されたが、ザイバツと密な提携関係をもつオムラ・インダストリにこの技術は引き継がれた。まさにロボニンジャなのだ!

「イヤーッ!」さらなるシリンダーハンマーパンチの追撃!もはやドヒョーに後はない!だがそのとき、ついにアイアンリングが奇襲に出た!「イヤーッ!」地面すれすれを滑るように間合いを詰め、ほとんど寝ながらモーターナガサマの懐に潜り込むと、脛を蹴りつけた!「イヤーッ!」「ピガーッ!」

「なに!」「これはいけませんよ!重大時になるまえに即時対応だ」オペレーターは素早く「頑張れ」とタイピング!「重点!」モーターナガサマがよろめきながら腕を振り上げ、振り下ろす。懐のアイアンリングを叩き潰そうというのだ!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」アイアンリングはその場で地面を両手で押し、スプリングめいて跳び上がる!グワッシと金属破壊音が轟き、振り下ろされたモーターナガサマの左腕が肘のところでおかしな方向に曲がった。タツジン!スプリング跳躍時、両脚でモーターナガサマの関節部をロケットめいて蹴ったのである!

 この一撃とともにモーターナガサマの頭よりも高く飛び上がったアイアンリングは空中で一回転、回転踵落としを脳天に叩き込んだ!「イヤーッ!」「ピガガーッ!?」「ワオオオー!」観衆が爆発めいた歓声をあげる!「いいぞ!くそっ!もうちょっとだ!」興奮で腕を振り回しながらモミジが叫ぶ!

「重点!重点!」モーターナガサマは左腕の関節部から火花を噴き上げ苦悶した。アイアンリングはやや離れて着地、手の平を上向け、挑発的に手招きした。「ワオオー!」「スゴイ!」「アイアンリング!」「アイアンリング!」歓声が渦巻く。オムラ・オペレーターは焦りながら追加コマンドを入力!

「ややマズい展開だ。ダメージは?」「左腕関節部の損傷が実際大きいです。しかしノイズが……頭部の損傷のせいか?」オペレーターがモニタに顔を近づける。「乱れが……ああッ!」彼らがまごついている間に、人工知能で戦況判断したモーターナガサマがアイアンリングに殴りかかる!

「イヤーッ!」炸薬推進!シリンダーハンマーパンチが襲いかかる!「イヤーッ!」アイアンリングはブリッジでこれを危うく回避!おお、ナムサン!そこへさらに、左腕が振り下ろされる!アブナイ!シリンダーハンマーパンチ、炸薬推進!カブーム!

「アバーッ!?」おお、なんたる惨事か!断末魔の悲鳴はオムラ・オペレーターだ!見よ、モーターナガサマの肘先がロケットパンチめいて吹き飛び、オペレーターのUNIXを直撃!爆発させたのだ!オペレーターは二名とも爆発に巻き込まれ即死!ナムアミダブツ、一体何が起こったのか?

 理由は明白!暴発である。肘の推進装置が歪んでいたにもかかわらず、モーターナガサマはシリンダーハンマーパンチを試みてしまった。そのせいだ!暴発だ!オペレーターはあの時点でコマンドを入れ直さねばならなかった。後ろにいようが、戦場を担う者は決して傍観者たりえない!インガオホー!

「ワオオーッ!」「ヤバッ!ヤンバーイ!」「爆発しちゃったァー!」シャカリキ高揚下の観衆が無責任に騒ぎ立てる中、アイアンリングとモーターナガサマはドヒョー中央へ互いに進んでゆく。「重点!重点!」片腕となったロボニンジャはアンバランスな歩みを進めながら、へこんだ頭部を回転させた。

「オムラは降伏を許可しませんドスエ!」乱れたマイコ音声を発し、モーターナガサマが腰をねじって、残る右腕を引き絞った。「……」アイアンリングは腰を落とし、なんらかのジュー・ジツ、致命的打撃を準備する。次の切り結びで決まるであろう!

「ピガッ!ピガーッ!」モーターナガサマが片腕シリンダーハンマーパンチを振り抜く!炸薬推進!アイアンリングは?いない!いや、グラウンドだ!スライディングである!背中を地面につけたまま、アイアンリングはコマめいて回転!重量バランスの崩れたロボニンジャの脚を回転しながら蹴る!蹴る!

「ピガガガガガ!」モーターナガサマの鋼鉄の脛を、蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!「イイイイイイイイヤアァァァーッ!」「ピガーッ!ピガーッ!ピガーッ!ピガーッ!ピガーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

 ゴウランガ!なんたる不可思議なブレイクダンスのウインドミル動作めいた地を這う高速下段連続攻撃か!モーターナガサマはただでさえ重量バランスを著しく欠いた片腕の状況下で炸薬推進を用い、非常な不安定状態であった。そこを突いてのこのカラテ、ひとたまりも無しと言わざるをえない!

「ピガーッ!」ついにその脚部はねじ曲がり、重い上半身にたまらず転倒!入れ替わりにアイアンリングは立ち上がった。火花を散らしてのたうつ満身創痍のロボニンジャを無感情に見下ろす。そして爆発炎上したセコンドを。哀れな戦士の敗北を惜しむ者は、一足先にサンズリバーを渡ってしまった。

 モーターナガサマは起き上がろうとするが、できない。だが起き上がったとして、何があろう。帰るべきセコンドは無いのだ。なんたることか。「コロセ!コロセ!コロセ!」観衆が叫び散らす。アイアンリングは客席を睨みわたした。彼らは気圧され、静まり返った……先程のように。「……イヤーッ!」

 カイシャク!決断的に打ち下ろされたアイアンリングの拳は、モーターナガサマの頭部を一撃で叩き落とした。「ピガーッ!サヨナラ!」頭部はドヒョー・リングを転がり落ち、ボディはスパークを散らして痙攣したのち、動かなくなった。「勝者アイアンリング=サン!」「ワオオオオーッ!」

「アイアンリング=サン!おい!この野郎!」モミジがドヒョー上に飛び上がった。「ど、どうするんだよ!決勝だ畜生!次も勝つしかねえ!」アイアンリングは頷いた。「勝たねばならん」「アイアンリング!アイアンリング!アイアンリング!」人々の叫び……彼等は今、異常熱狂の中心点であった。

 

◆◆◆

 

「見たか。今のカラテを」サラマンダーは満足げにユカノに話しかけた。「ますます楽しみになった」「そうですか」ユカノが呟いた。サラマンダーは彼女の横顔をじっと見た。「ショッギョ・ムッジョよな」「……」「決勝で奴に対するはシード枠のミラーシェード。ザイバツのマスターニンジャだ」

 これは順当なカードである。マスターニンジャのミラーシェードはサラマンダーの部下であり、勝ち上がってきた強者の実力を測るために存在する。彼に勝てる野良ニンジャなど市井には存在しない。殺す、あるいはスカウトする、あるいはごく稀に、穏当に勝ちを拾わせる……全てザイバツの手の内だ。

 今回はどうであろう?アイアンリングが所詮並のカラテ使いの範疇であれば、ミラーシェードに倒されるであろう。その程度の存在であればサラマンダーにはハナから用はない。直々に相手をしてやる理由もない。だが彼が期待するように、ミラーシェードを叩き伏せるほどの力を持っているならば……。

「ユカノ=サン。ミラーシェードが奴を倒したとしても恨むでないぞ。その程度の人間に価値など無し。オヌシにとっても、俺にとってもな」「……」「だが俺は期待しておるのだ。期待をな」サラマンダーは唸るように笑いだした。

 

◆◆◆

 

「お前は俺の事をどこで知った?」控室、手持ち無沙汰な瞬間に、モミジはふと尋ねた。「食い詰めたドージョー経営者で、たまたま空きができちまった奴がいるなんて話をよ」「報せを得た」アイアンリングはモミジを見た「ある相手から。これは私にとって賭けだった。垂らされた蜘蛛の糸めいて」

「俺は蜘蛛の糸かい。へへへへ」モミジは笑った。「お前も俺にとってはそうさ。悪魔どの。カネも賭けてる。お互い、蜘蛛の糸よな」「そういう事になるな」アイアンリングは頷いた。「……で、サラマンダーの手の内にある相手ってのは?」モミジが訊いた。

「……恩人に託された娘だ。私はそれを」アイアンリングは言った。「今の彼女は私を必要としていない。そのはずだった。そう強いて考え、己を安心させていたとすら言える。そんな私の未熟とウカツが、今の彼女の状況を作り出した」彼の目に苦悩の色が滲んだ。「私のせいで彼女は今、苦境に」

「要らぬ事を聞いちまったな」モミジは言った。「要するにお前が勝てばいいわけよ。今は」アイアンリングは頷く。「ああ。そうだ」「決勝だ(お前にとっちゃ、最後じゃねえが)。……ミラーシェード。ザイバツのマスターニンジャだ。何かジツを隠してるかもしれんが、わからん」「何も問題無い」

「アイアンリング=サン。準備整いましたか」フスマがノックされた。「行くか」二人は重々しく立ち上がった。

 ……「ワオオオー!」「コロセー!コロセー!」「アイアンリング!」「アイアンリング!」「ミラーシェード!コロセー!」「処刑!」「ミラーシェードがアイアンリングを処刑重点!」「スゴイニンジャ!」「コロセー!コロセー!」凶暴な叫びの中、両者は睨み合い、そしてオジギした。

「ドーモ。ミラーシェードです」ミラーシェードは光沢のある黒のニンジャ装束を着ており、なんらかのステルス素材であることをうかがわせた。オジギの仕草だけで、そのカラテのワザマエは、わかるものにはわかるだろう。「ドーモ。アイアンリングです」アイアンリングは顔を上げ、凍りついた。

 彼の視線はミラーシェードの向こう、決勝戦を至近で観戦する為に特設めいて作られた立体座敷に注がれた。その四隅は四人のスモトリに護られ、さらに一人、護衛とおぼしきニンジャが侍る。座敷の上にはバーガンディ装束のニンジャと、「……ユカノ」

「イヤーッ!」ウカツ!ミラーシェードが一瞬でアイアンリングのワン・インチ距離に踏み込み、カラテを解き放った。背中から肩にかけての衝突打撃!ボディチェック!「グワーッ!」アイアンリングは吹き飛ばされドヒョー隅に転がった!「イヤーッ!」滑るようにミラーシェードが近づく!ハヤイ!

 アイアンリングは咄嗟に起き上がり、しゃがみ姿勢でガード!そこへ容赦なく繰り出されるミラーシェードのケリ・キック!「イヤーッ!」ケリ・キック!「イヤーッ!」さらにケリ・キック!「イヤーッ!」

 一撃一撃が重くハヤイ!アイアンリングのガードが徐々に崩されてゆく。「ユカノ……ユカノ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」フェイントめいた動作を経たヤリめいたサイドキックがついにアイアンリングの顔面を捉える!「グワーッ!」ドヒョー外へ吹き飛ばされるアイアンリング!

「ドッソイ!」飛来したアイアンリングを、立体座敷を護るスモトリがガッチリと受け止める。ヤクザスモトリとは格の違う、戦士のスモトリだ。「閉口だな」座敷の上でアグラするバーガンディのニンジャがユカノからチャを受け取り、真近のアイアンリングへ侮蔑の目線を投げた。「その程度か」

 アイアンリングは首を巡らし、呻いた。「貴様が……!サラマンダー……!」「投げ返せ」サラマンダーはアゴでドヒョーを示した。「ハイヨロコンデー!ドッソイオラー!」「グワーッ!」

 ドヒョーへ投げ返され、危うくウケミ着地したアイアンリングに向かい、ミラーシェードは油断なくカラテを構えた。「ナメられたものよ。貴様の相手は私だ」「……!」「来い、アイアンリング=サン。貴様のカラテを見せよ。私に。ザイバツに!」「イヤーッ!」アイアンリングが飛びかかる!


6

 アイアンリングが繰り出すのは死神の鎌めいた空中後ろ回し蹴りだ!「イヤーッ!」上体をそらしミラーシェードはこれを躱す。だがタツジン!アイアンリングは体をねじり、さらに空中でもう一撃、蹴りを繰り出す!これはカポエイラにおいてアルマーダ・マテーロと称されるカラテ!空中二段蹴りだ!

「イヤーッ!」ミラーシェードは遅れて飛んできた致命的な蹴りをも躱す!そしてその上体を下げる動きの勢いで回転、後ろ脚で回し蹴りを繰り出す!これもまたカポエイラに伝搬したカラテ技!メイアルーアジコンパッソだ!「イヤーッ!」

 アイアンリングはこれを地面スレスレまで身を沈めて回避!下段回し蹴りでミラーシェードを支える腕を蹴りにゆく!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ミラーシェードは側転を繰り出し回避!間合いをとって着地、カラテを構え直す。アイアンリングも同様に構える。両者譲らず!

「そうだ。それでよい」ミラーシェードはカラテを漲らせてアイアンリングを見据えた。「だが貴様は一体何者だ。アイアンリング=サン。並の使い手では無いことを認めよう」「……」アイアンリングは答えず、前進した。ミラーシェードも間合いを詰める。「イヤーッ!」アイアンリングのチョップ打だ!

「イヤーッ!」ミラーシェードはそれを腕で弾き、自らもチョップを繰り出す。「イヤーッ!」アイアンリングはそれを腕で弾き、チョップを再度繰り出す。「イヤーッ!」ミラーシェードは腕で弾き、チョップを打ち返す。「イヤーッ!」アイアンリングは腕で弾き、チョップを打ち返す。「イヤーッ!」

「埒が!」ミラーシェードは振り下ろされるチョップに一瞬のタイミングを読んで寄り添うように躱す。そしてアイアンリングの手首に手を添えて腰を落とした。「あかぬ!」するとどうだ!アイアンリングの身体がそこを支点に回転!ナムサン!アイキドーめいた投げだ!

「イヤーッ!」アイアンリングは身体をねじってこれをウケミ!打撃力が地面に拡散し、土が破砕する!タツジン!アイアンリングは転がって飛び離れる!「オヌシは実際強い」アイアンリングは呟いた。「だが勝つ。オヌシを倒す」「無理を言うな」ミラーシェードが言い捨てた。その目が怪しく光る!

 アイアンリングはジュー・ジツ防御重点姿勢をとり、なんらかのワザマエに備えた。と、どうだ!「アイエエエ!?」「見えない!?」「見えないナンデ!?」「ニンジャ、ニンジャナンデ!?」「アババーッ!」観衆のところどころから悲鳴と叫び声があがった!然り!ミラーシェードが消失したのだ!

 アイアンリングはガード姿勢で後ずさった。その右側面になんらかの衝撃を受け、輝きの粒が飛沫めいて飛び散った。アイアンリングがよろめく。見えぬ!光学迷彩は稀にニンジャ装束として使われる局面もあるが、激しい動きを行えばノイズを生じてステルスが解ける。だがこれは!実際インビジブル!

「ア、アバーッ!?オーバーテクノロジーナンデ!?」客席で叫び、血を吐いて失禁したのは先端科学ジャンルの研究職カチグミ・サラリマンだ。この男はシャドー・コンに入り浸り、ミラーシェードのイクサも目撃済みだ。だがこのジツは初見!あまりの事にニンジャリアリティショック発症が不可避!

 感受性の強い一部の読者の皆さんは、闘技場に漂うアトモスフィアから読み取ったやも知れぬ。これはミラーシェードのジツである。ステルス素材の装束は彼のジツのために最適化された装備であり、他のニンジャが装着したところで、ここまでのインビジブル重点は不可能なのだ。コワイ!

 そして、この機会にどうかお見知りおきいただきたい。これこそがニンジャのイクサなのである!古事記の時代より、ニンジャ達は当時のハイ・テックや、マジックアイテムを躊躇いなく用いた……己のジツ、ひいてはカラテの為に!それらが相乗効果を生み、さらなる武力に昇華されるのである!

「グワーッ!」斜め後ろに打撃を受け、アイアンリングが仰け反った。キドニーのあたりから打撃の痕跡めいて光の飛沫が散る!アイアンリングは前転して不可視のミラーシェードから間合いを取る。すぐにミラーシェードは間合いを詰め、打撃!「ヌウッ!」肩に攻撃を受け、アイアンリングがよろめく!

 ミラーシェードは土に足跡すら残さない。当然、意識してそうしている。カラテのシャウトすら行わない。攻撃地点を知らせる事になるからだ。格闘技経験者にとっては常識だが、シャウト無しの攻撃は大きくその威力を減じてしまう。だがミラーシェードは威力を捨て隠密性を重点しているのだ!

「グワーッ!」……「グワーッ!」……「グワーッ!」……「グワーッ!」ナムサン!まるでサンドバッグめいたアイアンリング!「畜生!どうにかならねえのか畜生!」モミジが必死に叫んだ。嘲笑うかのように、気配すら無いインビジブル打撃が引き続きアイアンリングを襲う!

「グワーッ!」……「グワーッ!」……「グワーッ!」……「グワーッ!」一人相撲を取るアイアンリング!実際それは前衛舞踏めいた光景で、シャドー・コン本来のエキサイトメントにはそぐわぬものだ!観衆は徐々に焦れ始める……その時!アイアンリングの瞳にレーザーポインターめいた光が灯った!

「そうだ!それでいい!」サラマンダーが茶器をタタミに叩きつけた。茶器が粉々に割れ砕け、護衛ニンジャのバンシーは素早い動作で破片を全てつまみ取り回収した。サラマンダーは身を乗り出す。「貴様のワザマエを見せよ!イグゾーションそしてダークドメインを破ったワザマエを!」

 不可視の打撃はアイアンリングを攻め続ける……おお、なんたる事!?アイアンリングの目の光がよりはっきりと灯るに従い、徐々にそのガードは不可視の打撃に対応し始めたではないか!大気の流れを読みでもしなければそんな事は……だがニンジャといえど死力を尽くしたイクサでそれは無理な芸当!

 答えは予測!予測である!打撃パターンの暗号をネイチュアから読み取り、大気そしてニンジャソウルの揺らぎの副情報の助けもある程度借りた合わせ技!極めて高度なニンジャ判断力とニンジャ第六感がこの防御を可能たらしめたのだ!ゴウランガ!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ミラーシェードはカラテ・シャウトを解禁!これにより透明化は戦況の絶対的支配が不可能となるが、打撃力はかなり増す。ジツに対応され始めた今となれば、必要以上の不可視性にこだわり続けるのはかえって悪手。見事なニンジャ判断力だ!

「イヤーッ!」アイアンリングが打撃の隙を読み、ヤリめいたサイドキックで反撃!……攻撃が止んだ!ドヒョー・リングは静まり返る……シャカリキ状態の客すらも固唾を飲み、このイクサの着地点を見守った。……ミラーシェードはどうなった?いや、どこへ行ったのか?

 アイアンリングはジュー・ジツを構え直す。ミラーシェードは蹴りを跳躍で躱し、リングのどこかに着地した。そして気配を殺している。いかなる事か?答えは明白だ。連続攻撃が通じぬとあらば、より研ぎ澄ませた一撃必殺の不可視攻撃を決めようという腹づもりに違いない!

「スゥーッ……ハァーッ」アイアンリングは腰を落とし、深く深く呼吸した。漲るカラテに時折その肩が震える。「スゥーッ!ハァーッ!」静まり返る闘技場に、ただアイアンリングの呼吸音のみが……「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」アイアンリングは両腕を交差しガード!激烈な衝撃!光が飛び散る!

 アイアンリングは受け切った!ナムサン!それはサテライト回転しながらのドロップキック!恐るべきカラテだ!残像めいて、反動とともに回転跳躍するミラーシェードの影が再び宙に溶けた!アイアンリングは虚空を睨む……足元の土にはヒビが入り、受けた攻撃の衝撃力を物語る。

「スゥーッ……ハァーッ!」さらなる呼吸!だが、こうして不可視のヒサツ・ワザ攻撃を、手をこまねいて受け続けるのか?ジリー・プアー(徐々に不利)になりはしないのか!否!次の瞬間、仕掛けたのはアイアンリングだ!「イイイイヤァァァァーッ!」ゴウランガ!これは!腕のタツマキケン!

 中腰に膝を曲げ、握り拳を固めた両腕を左右真っ直ぐに突き出した姿勢で、アイアンリングはコマめいて回転しながらドヒョー上を滑り始めた!ハヤイ!おそるべきジャイロ回転!「イイイイイイヤアアアァァァァァーッ!」腕のタツマキケンは縦横無尽にドヒョーを斬りつけ、滑る!滑る!滑る!

 やがてその無差別攻撃は不可視のミラーシェードを!捉えた!「イイイヤアアァァァーッ!」残像めいて、腕のタツマキケンをガードするミラーシェードの輪郭がぼんやりと浮かび上がった。ガツガツガツと重苦しい打撃音が轟く!そしてそれを、堰を切ったような観衆の叫びがかき消す!「ワオオーッ!」

 左右に突き出されたアイアンリングの拳はいつしか赤黒い炎に包まれている!摩擦熱?まさか!そんな!「ヌウッ!ヌウウーッ!」ミラーシェードはこの恐るべきカラテを腕でガードし続ける、しかし……ナムサン!破られた!

「イヤーッ!」異常回転の勢いを載せた回し蹴りが、体勢の崩れたミラーシェードに!ナムサン!蹴り足もまた謎の炎につつまれ、暗黒の軌跡を描いて襲いかかった!「グワーッ!」キリモミ回転しながらドヒョーの角へ吹き飛ぶミラーシェード!

「ニンジャ!」アイアンリングはドヒョー角で身体をくの字に曲げて苦悶するミラーシェードをカイシャクすべく、決断的に歩みを進める!「殺すべし!」「イヤーッ!」

 アイアンリングは頭上を睨んだ……クルクルと回転しながら飛来する新たな影を!そのニンジャはミラーシェードとアイアンリングの間に、遮るように着地した!バーガンディの装束に銀のドラゴン刺繍が光る!「勝負あった!」

 サラマンダーはアイアンリングに対し、尊大にアイサツした。「ドーモ……ニンジャスレイヤー=サン!」ニ、ニンジャスレイヤー!?ニンジャスレイヤーと言ったのか?アイアンリングは仁王立ちしてサラマンダーを睨む!その装束が……燃え上がる!炎は装束を焼き、赤黒い装束を生み出す!

「ドーモ。サラマンダー=サン」アイアンリング……いや、ニンジャスレイヤーは、拳を合わせアイサツした。その目に燃える殺意!メンポを炎が走り、「忍」「殺」の文字を刻んだ!「……ニンジャスレイヤーです!」


7

「ニンジャスレイヤー」セコンドのモミジは呟き、アイアンリングの外殻を脱ぎ捨てたニンジャを見上げた。「アイアンリング=サン」その目を一筋の涙が流れた。ドヒョー上ではバーガンディのニンジャが腕組みし、赤黒いニンジャを見据える。「いかにも俺がサラマンダーだ。ニンジャスレイヤー=サン」

「ユカノを返してもらう。貴様を殺す」ニンジャスレイヤーは言った。サラマンダーは一笑、「お前が現れた事を知ってから、この瞬間を心待ちにしておった。わざわざこうして舞台を整えてやった事、お前は俺に感謝してもよい」「ほざけ」

「しかし、どうやってユカノを追ってきた?ちと不思議だ。お前はネオサイタマにおった筈。俺のもとへユカノが到着したのと、お前が俺の膝元へ現れたのはさほど時が開かんな」「アンバサダーとかいうニンジャにでも訊け」「……ほう」サラマンダーが眉を動かした。「ポータルか」

「グダグダ喋ってねえで早アバーッ!?」ヤジを飛ばした客席のモヒカンの眉間をスリケンが貫通し、即死した。スリケンを投げたのはバンシーである。客席は静まり返る。バンシーはドヒョーへ両手を向け、掌の不可思議なサイバネ機構を働かせた。アリーナ外の群衆にドヒョー上の一切の音が絶たれた。

「お前がユカノに執着する理由はようわかる。ダークニンジャから聞いておるぞ。ドラゴン・センセイの死のあらましはな」サラマンダーは言葉を切り、ニンジャスレイヤーを見た。彼は無言である。「……そしてお前のカラテを見て、実際この目で理解することができた。よくぞ現れた。わが弟弟子よ」

「ドラゴン・ドージョー」ニンジャスレイヤーは呟いた。サラマンダーは獰猛に目を見開いた。「ドラゴン・ゲンドーソーがお前に託したワザマエに用がある……チャドーにな!」「不肖の弟子か。オヌシの存在などセンセイからは聞いておらん」ニンジャスレイヤーは冷たく言った。

「ハハハハハ!」サラマンダーは呵々大笑した。「それはそうであろう!だが、見よ。わざわざお前を待ってやった」立体座敷のユカノを指差し、「ローシ・ニンジャの忘れ形見を前に、俺がお前のワザマエを晒し、そして一滴残らず吸い上げる!ドラゴンドージョーを俺の中で生かし続けてやろう!」

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。その瞳は琵琶湖の湖底から引き上げられた木材の木炭めいて赤熱している。サラマンダーの両腕がゆっくりと円を描き、ニンジャスレイヤーのそれと似通ったジュー・ジツの構えをとった。「来い、ニンジャスレイヤー=サン。俺の礎となれ」

「イヤーッ!」低空ジャンプパンチでニンジャスレイヤーが先手を切る!「イヤーッ!」サラマンダーは身を沈め、手の甲でニンジャスレイヤーの腕先を易々と反らす。「イヤーッ!」次の瞬間、サラマンダーの掌がニンジャスレイヤーの腹部を直撃!「グワーッ!?」ナムサン!これはダーカイ掌打!

 回転しながら吹き飛んだニンジャスレイヤーはドヒョーに叩きつけられる!「ダメージを逃したか。流石だ」咄嗟の受け身で立ち上がったニンジャスレイヤーにサラマンダーが迫る。その両腕は後ろへ引き絞られ、中腰姿勢に!「イヤーッ!」突き出される両腕!ナムサン!これはダブル・ポン・パンチ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは両腕をクロスし、ブレーサーで受ける!あまりに重いその打撃にガードが弾かれる!おお、なんたるワザマエか?これは実際、過去に彼が戦闘したデスナイトのカラテそのもの……!

「イヤーッ!」ジゴクめいた回し蹴りがニンジャスレイヤーの首を刈りにゆく!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは危うく側転回避!「イヤーッ!」回転の勢いを利用しサラマンダーは続けて飛び蹴り攻撃!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは上体を反らし回避!そこへ襲いかかる二段目の空中蹴り!

 ナムサン!これはアルマーダ・マテーロ!「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは肩でこれを受けるが、ダメージが通った事は否めない!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左腕でショートフック!サラマンダーはガード!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは右腕で肘打ち!サラマンダーはガード!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは左膝を繰り出す!「ヌウーン!」サラマンダーはガード!脚を戻そうとしたニンジャスレイヤーは目を見開く。脚が戻らぬ。磁石めいてサラマンダーのガードから離せぬのだ!ナムサン!これは過去に戦ったインターラプターのカラテ、絶対防御カラダチでは!?

「これは」ニンジャスレイヤーは驚愕した。サラマンダーが哄笑する!「ハハハハハ!イヤーッ!」「グワーッ!」肩口にチョップを受け、ニンジャスレイヤーがうつ伏せにドヒョーへ叩きつけられた。「イヤーッ!」ストンピングを転がって躱し、ニンジャスレイヤーが立ち上がった。「このカラテ!」

「どうしたニンジャスレイヤー=サン。……俺のカラダチか?」「そのカラテ!」「ソウカイヤのインターラプターを知っておるのか」サラマンダーは尊大に言った。「懐かしい話よ。奴とのイクサは水入りとなった……俺は対戦者のワザマエをニューロンで記憶する。それらは俺のカラテの礎となるのだ

 ナムアミダブツ!恐るべき事に、サラマンダーの言葉に嘘はない。ゲニン憑依者に過ぎない彼は、この非凡極まりないニンジャ学習能力と己のカラテの力のみを頼りに、ザイバツ・シャドーギルドのグランドマスター位階にまで上り詰めたのである……!

「さあ来い」サラマンダーはジュー・ジツを構える。「俺の礎となるべし。お前はワザマエを出し惜しみして抵抗しても良し。全力で向かって来ても良し。ただし、忠告しておくが、全力で向かって来ねば死ぬ事になろう。チャドーを見せよ」「……!」

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、ゆっくりと斜めに足を運ぶ。サラマンダーもそれに応じ、二者はドヒョー・リングを、円を描くように動きだした。「アバッ……サラマンダー=サン」ドヒョーの下、 スタッフに介抱される満身創痍のミラーシェードが涙声で呟いた。「神々しきまでのカラテ」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛ける!右脚を稲妻めいて繰り出す下段、中段、上段の連続攻撃!構えを注意深く見極めればカラダチに対応する事が可能だ。だがその事に気を取られてばかりいれば、肝心のカラテに乱れが生じてしまう。一度見せておくだけで大きなプレッシャーとなるのだ!

「イヤーッ!」蹴りをガードしたサラマンダーがニンジャスレイヤーに 正拳突きを繰り出す。ニンジャスレイヤーは稲妻めいたニンジャ反射神経で身を沈めて回避、そこから宙返りするように蹴った!カラテ奥義サマーソルトキック!「イヤーッ!」 「グワーッ!」

 決まった!この機を逃さぬ!ニンジャスレイヤーは空中のサラマンダーの真下から、さらに蹴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」高く弾かれるサラマンダー!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは垂直に跳び上がり、彼を羽交い締めに!そして、おお、「イヤーッ!」回転しながら両者は頭から垂直落下!

「グワーッ!」ナムサン!これは強力無比なアクロバットカラテ投げ技、アラバマ落とし!だが何たる事か!頭をドヒョーに叩きつけられる寸前、サラマンダーは首をひねって致命傷を回避していた!ニンジャスレイヤーが飛び離れると、サラマンダーは倒立したまま言い放つ「俺を殺すには足りぬ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは追撃にかかる!「イヤーッ!」サラマンダーは三点倒立したまま両脚を開き、プロペラめいて回転!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍して回避、真上から踵落としで襲いかかる!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 踵落としをすり抜けるようにして、スプリング反発ドロップキックがニンジャスレイヤーを捉えた!タツジン!プロペラ回転蹴りから瞬時にカラテを切り替え、回転中心を狙ったセオリー攻撃に対応したのだ!空中へ弾かれたニンジャスレイヤーを追って、サラマンダーが跳躍する!「イヤーッ!」

 サラマンダーはニンジャスレイヤーを羽交い締めにすると、キリモミ回転しながら地面に垂直落下した!「グワーッ!」ゴウランガ!アラバマ落としにアラバマ落としを返す!なんたる恐るべきインガオホーカラテか!サラマンダーが飛び離れると、ニンジャスレイヤーはそのままうつ伏せに倒れダウン!

「バカめーッ!」バンシーが思わず興奮して快哉した。「オヤブンじきじきのお相手を有難く思いながら死ね!有難いカラテで死ねニンジャスレイヤー=サン!有難く死ねーッ!」奥のタタミに正座したユカノは、夢見るようなぼんやりした目線でドヒョーのイクサを眺めやる。「……フジキド……」

「準備運動は済ませたかニンジャスレイヤー=サン」サラマンダーは腕組みして言った。「俺はお前と遊ぶ為にわざわざこんな場を用意したのではないぞ」「……!」ニンジャスレイヤーは起き上がろうと四つん這いになり、堪えた。またうつ伏せに倒れた。重篤なダメージだ!「……!」

 額から地面に垂れた汗の粒が空中で静止した。異常緊張による相対時間の鈍化効果である。やがてニンジャスレイヤーの視界が暗転し、彼のニューロンにソーマト・リコール現象が発生した。

「ニンジャ……」「ドーモ、ダークドメインです……」「どこだシルバーキー=サン……」「ガンドーは死んだ」

「ナンシー=サン?」「イグゾーション……」「ガンドーは無事だ。そんな事より、お前には時間が無い」「ドーモ、アンバサダーです。なぜお前がこんな……」「ビジネス!」「チャドー、フーリンカザン……そしてチャドー」「名は便宜的にディープスロートとでもしておこう」「ニンジャ……」

「ザイバツ・シャドーギルド」「俺だ!」「アカチャン」「ドラゴン・ドージョーのユカノがキョートへ送られた。時間が無い」「カラダニキヲツケテネ!」「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン」「神器」「トレーナーの名はモミジ・ヤンガだ。モミジを説き伏せろ」

「オイオイオイ……」「モスマン?」「ヤバイヤバイヤバイ」「ガンドーは死んだ」「キョートへ向かえ」「アンバサダー」「ポータル」「古代ローマカラテ」「アカチャン!」「時間が無い」「ガンドーは死んだ」「どこだ?シルバーキー=サン」「とんだ弱敵もあったものだ」「デスナイトです」

「ユカノ」「ラプチャー=サンは」「サヨナラ!」「テロリストという言葉は正確ではないな」「フジキド……」「チャドー、フーリンカザン……」「サラマンダー?フジキド!奴のソウルは所詮レッサーニンジャ……」「ブラックドラゴン」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ダークニンジャです」

「よいかフジキド。いかに敵のワザが多彩で圧倒的であろうと、揺らがぬカラテがオヌシに満ちておれば……チャドー。フーリンカザン。そして、チャドー」「チャドー。フーリンカザン。そしてチャドー」「チャドー」「……チャドー」「……ド」「……キド」「……ジキド」

「フジキド!」

 その悲鳴は一人の女が発した声であった。ニンジャスレイヤーは立ち上がった。ドラゴン・ゲンドーソーのファンダメンタル・インストラクションの記憶が、まるで乾いた土に雨水が落ちたように、ニンジャスレイヤーのニューロンに染み渡った。「フジキド!」「ユカノ!」彼は立ち上がった。

「フジキドーッ!」ユカノは泣き叫んだ。バンシーが彼女を後ろ手に組み伏せる。「娘ッ!騒ぐでない。オヤブンの神聖なイクサである!」「フジキドーッ!」「ワオオオオーッ!」アリーナ外の観衆の声が堰を切ったように流れ込んで来た。「そうだ!チャドー!来い!ニンジャスレイヤー=サン!」

 サラマンダーが雄大にジュー・ジツを構え、待ち構えた。その目には一分の油断も無い!ニンジャスレイヤーは突き進んだ。両腕が赤黒い炎に包まれる。「ニンジャ!殺すべし!」「ハッハハハハハ!来い!ニンジャスレイヤー=サン!そうだ!俺の礎となれ!」

「イヤーッ!」炎に包まれたチョップがサラマンダーを打つ!「イヤーッ!」サラマンダーはこれを左腕でガード、みぞおちに右拳を叩き込む!「イヤーッ!」だが、いない!ニンジャスレイヤーはサラマンダーのガード腕を支点にクルリと回転し、サラマンダーの左側面を取った!「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーのキドニーブロウがサラマンダーの斜め後ろから襲いかかる!「イヤーッ!」サラマンダーは咄嗟に前転しこれを回避!間合いを取る!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが跳んだ!空中で激しく横回転しながら蹴りを連続で繰り出す!これは!奥義タツマキケン!

「もっとだ!」サラマンダーはその目に喜色をにじませ、叫んだ。「チャドーを見せよ!」目にも留まらぬ腕さばきで、暗黒カラテ・タツマキケンをガードしてゆく!「イイイイイイイヤァァァァァァァーッ!」ニンジャスレイヤーは蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!

「ハッハハハハ!」サラマンダーはこのジゴクめいた攻撃を全て受け切った!ナムアミダブツ!なんたるカラテ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転しながら着地、勢いを乗せて殴りかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!」超自然の炎に包まれた拳がサラマンダーのメンポに叩き込まれる!

「イヤーッ!」「グワーッ!」逆の手で反対側からさらに一撃!サラマンダーがよろめく!その勢いを乗せニンジャスレイヤーは回転!「ヌウーン!」サラマンダーはカラダチの防御姿勢を取る。だがニンジャスレイヤーは攻撃を繰り出さず、その場で回転した!一回転!二回転!三回転!

 四回転!五回転!六回転!「これは」サラマンダーは唸った。七回転!八回転!九回転!その場でニンジャスレイヤーは回り続ける。サラマンダーはカラダチを維持し続ける。ニンジャスレイヤーは炎の軌跡を纏い、まるで暗黒の火柱めいて、サラマンダーのワン・インチ距離でカラテ圧力を増してゆく!

 サラマンダーのニューロンが加速する。これは強烈な局面!絶対防御のカラダチは打撃を無効化し、反発力をカラテ震動させて、攻撃に使われた手脚を磁石のように吸いつける。だが、どこまで?どこまでその絶対防御の「絶対」は及ぶのか?ニンジャスレイヤーの攻撃はこの回転でどこまで強化される?

 十回転!十一回転!十二回転!……阻止だ。この回転を阻止しなければ、いずれカラダチをも破る致命的カラテが飛んでくる事は確実。まるでそれは至近でイアイ・カタナを構えた二人の剣士が、抜き打ちのタイミングを読み合うがごとし!サラマンダーの目が喜悦に細まった。この極限!なんたる喜びか!

 十三回転!十四回転!十五!サラマンダーはカラダチを解き、瞬時に打撃を繰り出す!ワン・インチ・パンチ!「「イヤーッ!」」

 破裂音めいた奇妙な音が轟いた。ニンジャスレイヤーは空中にいた。彼は両手を横へ伸ばし、十字架めいた姿勢で一回転すると、ドヒョー角へ体操選手めいて着地した。その対角では、四重の打撃を一瞬のうちに叩き込まれたサラマンダーが、痙攣しながら崩れ落ちていた。


8

「バカな。なんという事だ」パラゴンはUNIXモニタに映るIRC秘密中継映像を前に呻いた。「カラテでサラマンダーを」メンポを手の平で覆い、繰り返した。「バカな。バカな」「これで、グランドマスターが唯一人のニンジャに三人やられた事になるわい」同席者のニーズヘグが淡々と言った。

「それも、ギルドが此奴に対する警戒レベルを設定するを待たず、まるで嘲笑うかのように、ごく短時間のうちにな。大惨事よ」「バカな……」パラゴンは苦々しく呟いた。パラゴンがふとした疑念からシャドー・コンの中継映像を取得したのは、既にサラマンダーがドヒョーに上がった後の事である。

 ユカノとおぼしき女を移送する事を何かと理由をつけて先送りするサラマンダーに、パラゴンは疑念を抱いていた。ドラゴンドージョーゆかりの何らかのセンチメントが、あの男の判断を狂わせているのではないかと。疑念は予想を上回るありさまでIRC中継映像に展開した。ニンジャスレイヤー!?

(奴がなぜ今キョートに?シャドー・コンに?サラマンダーは何を考えている?)彼がニンジャスレイヤーを倒したのち、審問を開かねばならぬ。経緯如何ではケジメだ。短時間でパラゴンの天才ニューロンは激烈にスパークした。だがその思考に先回りするかのような不測事態。サラマンダーのダウン!

「だが今の打撃は……ありえんぞ」パラゴンは眉間を指で強く押さえた。映像を数秒前の録画に切り換える。「もう一度だ……」「おう!これは確かに」ニーズヘグが呻いた。パラゴンは重々しく頷いた。「四度の打撃」

 狭い象牙茶室が緊迫したアトモスフィアでつつまれ、奴隷オイランがドゲザした。パラゴンは低く言った。「一瞬で四度。サラマンダーのワン・インチ・パンチに先んじて、軸足である右足首を蹴ってバランスを崩させ、脇腹へ拳。跳びながら肩へ肘。さらに側頭部に蹴りだ。反動で跳躍、ドヒョー対角へ」

「ハヤイすぎる」ニーズヘグが唸った。録画映像のコマ送りでもその動きの全てを捉えきれていない。「並のカラテではないぞ。例のチャドーだな」「うむ」とパラゴン。「チャドーだ。このワザマエは……何の文献で目にしたのだったか……アラシノケン!」「アラシノケンだと!なんと禍々しい響き!」

「このチャドー……度重なるギルドの追っ手をさかしくも掻い潜り、ついには……ヌウウ……!」パラゴンは眉間に血管を浮かび上がらせた。だが瞬時に無駄な感傷を排除し、ニーズヘグを見た。「ユカノの確保は」「向かった」ニーズヘグは頷いた。

「……見ろパラゴン=サン!」ニーズヘグは促した。「終わってはおらん!」「!」

 

◆◆◆

 

「ワオオオー!」「やっちゃったァー!」「コロ……アバーッ!」衝撃的戦闘を目の当たりにした観衆は薬物の興奮と過度なニンジャリアリティショックとのコンフリクト効果によって、凶暴な叫びを上げ、あるいは吐血し、あるいはサラマンダーを冒涜しようとしてバンシーのスリケンを受けて死んだ。

「やったのか?おい……お前……」モミジはニンジャスレイヤーに問うた。彼が何らかの応答を返すよりも早く、再度、観声が爆発した。「ワオオオオオーッ!」ニンジャスレイヤーは振り返った。サラマンダーが!立ち上がる!

「ハハハハハ!ハッハハハハハ!ニンジャスレイヤー=サンーッ!」サラマンダーが吠えるように笑った。「見事!見事なチャドーだ!わざわざこうして相手してやる甲斐は十二分にあったぞ!」彼は己の胸に親指を当てる、「ドラゴン・ドージョーはここで生かしてやる!安心してジゴクへゆけ!」

 サラマンダーはジュー・ジツを構える。あのカラテを受けて無傷?あり得ない。彼は手負いだ。ニンジャスレイヤーの瞳が燃え上がる。彼もまたジュー・ジツを構えた。「イヤーッ!」サラマンダーが一瞬にして間合いをつめた!回し蹴り!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは腕でガード!重い!

「まだだ!ニンジャスレイヤー=サン!まだだぞ!」サラマンダーはさらにこの回し蹴りの勢いとともにジャンプした。そして空中でコマめいて回転しながら、蹴る!蹴る!蹴る!ナムサン、これは……これは!ゴウランガ!これはチャドー奥義!タツマキケン!「イイイイイヤァァァァァァーッ!」

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは繰り出される怒涛の蹴りを受け続ける!重い!あまりにも重い蹴り!なんたる悪夢的体験であろうか。これまで彼が奥の手の中の奥の手としてきたヒサツ・ワザで、彼自身が追い詰められる事になろうとは!

 圧倒的なサラマンダーのカラテにニンジャスレイヤーは歯を食い縛って耐える。この蹴りはニンジャスレイヤーのガードを、心をいずれ折る……その後襲ってくるのは恐らくアラシノケン!このカラテの重さはグランドマスター位階としての経験、体格差、気迫……気迫?ニンジャスレイヤーが目を見開く!

 サラマンダーのタツマキケンは止まらない!滞空時間はニンジャスレイヤーのそれよりも長い!だがニンジャスレイヤーはまるで瞑想するかのようにガードし続ける。その呼吸はチャドー呼吸……!「スゥーッ!ハァーッ!」サラマンダーは容赦なく蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!蹴る!

 (チャドー。フーリンカザン。そしてチャドー)チャドー呼吸はニューロンの霧を晴らし、記憶の奥底の真理をサルベージする。(よいかフジキド。いかに敵のワザが多彩で圧倒的であろうと、揺らがぬカラテがオヌシに満ちておれば恐るるに足らず。相手がワザマエで勝るならば肉を捨て骨となれ)

「イヤーッ!」「……イヤーッ!」襲いくるタツマキケンめがけ、ニンジャスレイヤーはおもむろに左手でチョップを打ち返した。ALAS!なんたる事を!それはあからさまな悪手!いや、悪手どころか、竜巻が飛来する荒野へ、わざわざ家の外へ出て様子を見に行くがごとき愚行!「グワーッ!」

 バカ!言わん事無し!タツマキケンとぶつかりあったニンジャスレイヤーの肘先が不自然な方向へ曲がった!折れたのだ!「ヌウーッ!」捨て身のカラテに弾き返され、サラマンダーは着地!だがチョップのダメージは無い!「スゥーッ」ニンジャスレイヤーは怪我に構わず踏み込む!蛮勇!「ハァーッ!」

「イヤーッ!」サラマンダーが迎え撃つ!その足先が猛烈な加速に霞む!ナムサン!これはアラシノケンの初撃!ニンジャスレイヤーの足首めがけての「イヤーッ!」「グワーッ!?」

 攻撃を受けたのは……サラマンダーだ!驚愕に目を見開く!いかなる打撃が彼を襲ったのか?それは……チョップ!肩に叩き込まれたのは、何の変哲も無いチョップだ!「何」「イヤーッ!」「グワーッ!」さらにニンジャスレイヤーの腕が閃き、サラマンダーの肩に叩き込まれる!またしてもチョップ!

 (相手がワザマエで勝るならば肉を捨て骨となれ。骨のオヌシには何が残る?問うべし。そしてチョップし、チョップせよ)「イヤーッ!」「グワーッ!?」三撃目のチョップがサラマンダーの肩、全く同じ場所に叩き込まれる!サラマンダーはガードを「イヤーッ!」ハヤイ!四撃目!「グワーッ!」

 サラマンダーは腕を「イヤーッ!」「グワーッ!?」ハヤイ!五撃目!サラマンダーは側「イヤーッ!」「グワーッ!?」ハヤイ!六撃目!「これは……これは」「イヤーッ!」ハヤイ!七撃目!「グワーッ!」サラマンダーは捨「イヤーッ!」ハヤイ!八撃目!「グワーッ!」

 (何も……できぬ!)サラマンダーの時間感覚が研ぎ澄まされた。彼のニューロンに刻み込まれたワザマエのライブラリーが高速で検索され、この窮地を抜け出す手段を狂おしく探し求める。だが!チョップが!ハヤイ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ただのチョップ!基本の中の基本のカラテが!

「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」チョップにチョップを重ねるニンジャスレイヤーは今やチョップという概念存在そのものであり、ただ一筋のチャドーの炎の軌跡であった!ニンジャスレイヤーはチョップであり、チョップがニンジャスレイヤーだ!「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」

「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」「イヤーッ!」ハヤイ!「グワーッ!」

「フジキド!……フジキドーッ!」ユカノが泣き叫んだ。バンシーはあまりの事に呆然自失の状態であり、ユカノはその抑制を振り払った。「フジキド!」ナムサン!立体座敷から飛び降りようとするが、エリートスモトリが壁めいて立ちはだかり、阻む!「ドッソーイ!」「ンアーッ!」

「イヤーッ!」ハヤイ!「グワァァーッ!」サラマンダーが膝をついた!その肩は鎖骨が割れ、斜めに裂けて、縦の傷が胸まで達せんばかりであった。サラマンダーは死力を振り絞り、見上げた。赤黒く燃える右手を天高くかざすニンジャスレイヤーがサラマンダーを見下ろし、仁王立ちしていた。

 今やチョップの嵐は去り、そこにいるのは最後の一撃を打ち下ろす鉄槌と化したニンジャスレイヤーであった。そして、敗れたサラマンダー。この瞬間、二者は無言の会話をかわした。かつてドラゴン・ゲンドーソーから教えを受けた二人の戦闘者は。

 (……サラバ。ニンジャスレイヤー=サン)サラマンダーは最後の力で、迎え入れるように、両手を広げた。「……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは灼熱の一撃を打ち下ろした。カイシャク!サラマンダーは爆発四散した。

「ワオオオオオーッ!」「アバッ!?ア、アッバーッ!?」「アババババーッ!」「アアアーッ!ニンジャ!ニンジャーッ!」おお、ナムサン!その時だ!サラマンダーが死を迎えたその瞬間、シャカリキとニンジャリアリティの過剰摂取に晒され続けた観衆達は、ニューロンの耐久限界を超えた!

 通常、ニンジャ存在の災害的な働きを目の当たりにすれば、人はニンジャリアリティショック症状を引き起こし現実世界から強制的に意識を遮断、あるいは自ら耐性を作り出す。それによって精神の均衡を、遅かれ早かれ取り戻すのだ。だが薬物摂取によるかりそめの耐性は、ひとたび破られれば……!

「アーイイー!」「ニンジャー!」「ニンジャダモノー!」「アバババババーッ!」口々に叫び、あるいは失禁、あるいは嘔吐、あるいは吐血しながら、アンダーグラウンド・カルチャーの享受者達は互いに殴り合い、噛みつきあい、獣めいて吠えたけった。コワイ!なんたるマッポーの現出!

「ニンジャ!」「ニンジャだッ!」「アリーナニンジャ!」「ドヒョーニンジャ!」「ウッハッハッハッハッ、ニンジャ!」貴賤老若男女かかわらず幽鬼めいた暴徒と化した群衆はドヒョー・リングを指差す。「ニンジャ!ニンジャ!」「ウッハッハッハッハッ、ニンジャ!」そして一斉に雪崩れ込む!

「チィー!なんだ、くそ、これは!」涙を拭い、バンシーが観客席を睨み渡した。押し寄せる者どもを!「マッポーカリプス……」ストレッチャー上のミラーシェードは呆然と呟く。「フジキド!」ユカノが叫んだ。エリートスモトリがガッチリと彼女を捕まえ、拘束している。「ユカノ!」

 ニンジャスレイヤーは駆け寄ろうとするが、既にドヒョーの上にまで群衆は達しようとしていた。「イチロー……ニンジャスレイヤー=サン!」人に呑まれながら、モミジが声をからして叫んだ。「ニンジャスレイヤー=サン!俺は!俺は絶対に忘れねえ!お前の恩を!絶対に!」モミジは人波に消えた!

「貴様らクズどもーッ!」バンシーが両手のサイバネ機構をかざした。これは彼のジツ、その名の由来となったサウンド攻撃のジツだ!「イヤーッ!」キィィィィィィ!彼が両手を向けた方向の人々が、耳から血を流して将棋倒しになってゆく!ナムサン!

「ユカノ!ヌウーッ……ユカノーッ!」ニンジャスレイヤーは絶叫した。「フジキドーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」回し蹴りを何度も繰り出し、押し寄せるカチグミやジャンキー、モヒカン、サイバーボーイ、ペケロッパ・カルティストらを跳ね飛ばすが、キリが無い!

「ウオオオーッ!」サウンド攻撃で群衆を薙ぎ倒すバンシー、「イヤーッ!イヤーッ!」必死に蹴りを繰り出しユカノへ近づこうとする手負いのニンジャスレイヤー、「フジキドーッ!」スモトリに抱えられ泣き叫ぶユカノ。ケオスの波の中、ミラーシェードとモミジの姿は見えぬ。

 ドオン!……その時だ。二階席の壁が何らかの爆発で吹き飛ばされ、大穴が口を開けたのである。「アバーッ!」発狂にまかせ、いまだスタンド席で泣き叫んだり互いに激しく前後していた者らが、爆風に巻き込まれて即死!アリーナのまともな数人は反射的にそちらを見上げた。

 大穴から、風のような三つの影が飛び込んできた。一つはそのまま滑空して天井近くを旋回飛行し、他の二つはひと跳びでスタンド席の縁の手摺を蹴って、アリーナへ飛び降りた。「アバーッ!」二つの影の着地点半径5メートルの群衆は、その際に全て即死した。

 お察しの通り三つの影は全てニンジャである。旋回する象牙色のニンジャは群衆めがけ焼夷弾を撒き散らし、焼き殺して行く。「あ……任務……これは任務だから仕方ない……任務だから……アーいい……たまらない……」猛禽のクチバシめいたメンポの中で、彼は決して他者に聞かせぬ独白を繰り返す。

 彼の名はアイボリーイーグル。ザイバツ・シテンノの一人であり、歪んだサディズムの持ち主であった。人前で常に寡黙、怜悧な彼は、決して私欲で無駄な殺しはしない。任務でやむなく人を殺さねばならない局面に己の身を任せ、密かな性的興奮を得るのだ。だがその事には今は触れずともよかろう。

 では、アリーナに今まさに着地した二者は?一人は女ニンジャであり、白く肉感的な太腿、豊満な胸の谷間も露わなボンデージ装束に身を包んでいる。そして、彼女に護られるように立つチーフ存在。着地点の人々をその手のカタナでナマスのように一瞬で切り刻んだのは彼だ。

「ンーフフ……ケオスね。お肉……ファハハハ!」何かを秘めたメンポから笑い声を響かせる女ニンジャは、アイボリーイーグルと同じくザイバツ・シテンノのパープルタコ。「……」邪悪な重みを感じさせるカタナを振って血を払い、鞘に納めた男は……ダークニンジャ。

「ア……アア……ア……」バンシーが凍りついた。「懲罰騎士……ダークニンジャ……?」震えるバンシーの背後に、上空から垂直落下してきたアイボリーイーグルが立った。「バンシー=サン。ひとまず貴公は拘束する」一瞬にして、後ろにまわされた彼の手に剛性バンブー手錠がかけられた。

「拘束ナンデ?」「貴公には程なく公正な申し開きの機会が与えられる。潔白ならばこの拘束には何の恥も無い。便宜的なものだ。安心しろ」アイボリーイーグルは囁いた。今や彼がばら撒いた焼夷弾が方々で燃え上がり、アンダーテンプルは火の海だ。熱狂から覚めた群衆は泣き叫び、逃げ惑う。

「ダーク……」ニンジャスレイヤーは呻いた。彼の周りにはのされた群衆が折り重なって倒れている。ユカノはスモトリに運ばれてゆく。「ダーク……ニンジャ」ダークニンジャは彼の視線を受け止めた。ニンジャスレイヤーは畏怖に打たれた。あれは、これまで彼と対してきたダークニンジャ、なのか?

「いたァ!」パープルタコが目を細めた。「ゴリラとドラゴンの仇!」「手負いか」ダークニンジャは呟いた。その目に不気味な光が宿った。一瞬後、彼は舌打ちして言った。「まずユカノだ」「アイ、アイ」パープルタコはダークニンジャの頬を撫で、ユカノを運ぶスモトリのもとへ向かう。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは駆け出した。右腕がムチのようにしなり、スリケンがスモトリの頭部を貫通破壊!「アバーッ!」「ンアーッ!」ユカノが床に投げ落とされる。ニンジャスレイヤーは駆け寄ろうとするが、一番近いアイボリーイーグルがすかさず割って入る!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」繰り出される回し蹴りを、ニンジャスレイヤーは右腕でぎこちなく受ける。骨折状態での長時間戦闘は彼がたとえニンジャであろうとも実際無理がある!「ユカノ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。「フジキド!私は、私は大丈夫!逃げて!」ユカノが叫び返す。パープルタコが歩を進める。

「暴れぬようにしろ」ダークニンジャが悠然と歩きながら命じた。「よしなにな」「ファハハハ!アカチャン。カワイイ女の子……」パープルタコがしゃがみ込み、震えるユカノに手を伸ばした。「ファックしたいの」ユカノの美しい黒髪を弄ぶ。「駄目だ」とダークニンジャ。

「イヤーッ!」アイボリーイーグルの跳躍二段蹴りがニンジャスレイヤーを襲う!「グワーッ!」防ぎきれず床を転がるニンジャスレイヤー!連戦の負傷と疲労!非常に良くない!「貴公の相手は俺だ。仲間の!仇!」蹴りの反動を利用し、アイボリーイーグルは空中へ羽ばたく!「死ね!」

 アイボリーイーグルの滑空エアロカラテが襲いかかる。ニンジャスレイヤーはあやうく転がってかわす!「フジキド!お願い!今のあなたには!」ユカノが叫んだ。パープルタコが彼女の顎をつかんで顔を近づける。その目が紫に輝き出す。「逃げて……今は逃げて!私は大丈夫!信じて!」「ユカノ!」

 ドオン!天井が爆ぜ、ニンジャスレイヤーめがけて焼ける木材が落下!「ええい!」アイボリーイーグルはそれを避け再度羽ばたく!ニンジャスレイヤーは一瞬の逡巡ののち、跳んだ!逃走である!炎越しにダークニンジャが声を投げかける!「虫めいて這い回っておれ!貴様の命、必ず収穫してやる!」

「ユカノ!」今や火に包まれたアンダーテンプル廊下を駆けながら、ニンジャスレイヤーは無力感を噛みしめる。サラマンダーを倒した、しかし全ての努力は水泡に帰した。彼の行いは無駄になった!何もかも!何もかも!


 ……何もかも?


 ……数日後、アンダーガイオン某所の路地。ワックス塗れのリンゴをボールのように弄びながら、くたびれた初老の男が歩いていた。眉間に刻まれた皺は深く、歩き方はどこかぎこちない。男モミジ・ヤンガは配管の間を縫って走るバイオネズミを横目で見ながら、オタノモシ横丁へ歩みを進める。

「イヤーッ!」「グワーッ!」闘争の叫びに顔を上げ、モミジは路地を曲がる。打ちのめされた少年が血の混じった唾を吐き、起き上がろうとしていた。彼に対するは、ボーやバットで武装した同じぐらいの年のヨタモノ達だ。「おう、おう」モミジはリンゴを弄びながら、ゆっくり近づく。

 少年はよろけながら立ち上がった。目はギラギラと輝いている。敵への怒り、渇望。生への渇望だ。モミジは立ち止まらず、道路を挟んで向かい合う両者になおも近づく。「ア?ボクちゃん、まだやるワケ?算数わかるワケ?俺ら五人。カラテドージョーに行ってるから二倍。つまり十人だよ?」

「やってやるよ」少年は鼻血を拭った。「屁でもねェ。数と得物に頼る奴等なんてよォ、五人の半分だ。えっと、2……うん、2ぐらいだぜ」「ア?」ヨタモノの頭目が顔をしかめた。「十人つったヨネ?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」少年はいきなりヨタモノ頭目に飛びかかり、打ち倒す!

「イヤーッ!」少年はそのままマウントを取り、殴りつける!「グワーッ!?」さらに殴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」「て、てめェ……」取り巻きの一人がボーを振り上げる。「イヤーッ!」「グワーッ!」取り巻きは眉間にワックス塗れのリンゴを受け、気絶した。モミジだ!

「ハイ、そこまで」モミジはパンパンと手を叩いて進み出た。「ア?何よジジイ?ア?」取り巻きが威圧的に顔をしかめた。「カラテカだよ……俺はな……」モミジは凄み、構えをとった。「カラテ」その目がギラリと光る。「ニンジャのなァ」「アイエッ!?」

 取り巻きは素早く踵を返し、マウントを取られた頭目と気絶した一人を残して逃走した。「オタッシャデー!」「イヤーッ!イヤーッ!」少年は頭目を殴り続ける。「やめ、アバッ」「イヤーッ!」「そこまでだっツってんだガキ!」モミジが少年をどやしつけた。「グワーッ!?」

「テメェ名前は!」「キ、キリオ」少年は気圧され、素直に答えた。「親は」「いない」「俺らに親なんていねェんだよジジイ!」と打ち倒された頭目が叫ぶ。「テメェ名前は!」「サ、サゴ」「そこでノビてる奴は!」「ヤメジ」「よしわかった!」

 モミジは腕組みして言った。「お前ら今日から俺のドージョーに来い!寝床もメシもある」「え?ヤメジも?」「ヤメジもだ!ああ、ドージョーはこれから物件を借りに行くんだ、今決めた。そう決めた。カネはある」「アイエエエ狂人!?」サゴが叫んだ。「狂人じゃねェ!グリズリー穴だ!」

「オッサン!」キリオが言った。「つ、強くなれンのかよ!」「してやろうじゃねえかよ」モミジは破顔した。「やっぱり俺にゃ、お前らみてェな連中が必要だよ。昨日あれこれ整理したばっかりだってのにな」「ヤメジも?」「ヤメジもだ!」

 路地を曲がって大柄な人影が現れ、 後ろを通った。「サイオー・ホース」人影はモミジとすれ違う際に微笑んだようだった。「俺の仕事にもまだ続きがある」「あン?」モミジは大柄な人影の背中を目で追った。大男は歩き去りながらモミジに手を振って見せた。「あいつも無事だ。怪我しちゃいるが」

「おい……」「まあこれから頑張れよ」大男は言い残し、路地を曲がった。そのまま、横丁の闇の奥に、カラスめいて消えた。

【シャドー・コン】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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