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【フー・キルド・ニンジャスレイヤー?】

◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第3部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。


1

「"ナンデ"?……"ナンデ"と来たか」

 ニンジャは見下ろし、せせら笑った。セイジはもはや、ニンジャの目から視線をそらす事すらできず、ただ呻くばかりだった。「アイエ……エ」「ナンデもなにも……ニンジャは実在する。で、お前を消す。それでお終いよ」ニンジャが近づく。手にした鎖つきジュッテを弄び、チャッチャッと音を立てる。

 (((僕は死ぬのか?)))セイジは自問した。……そりゃあ、死ぬだろう。たった今、見ただろう。ニンジャのカラテを。父を、姉を殺したワザを。おしまいだ。……何でこんな事になってしまったのだろう。いつものように、いつもと同じ電車、いつもと同じ帰り道、いつもと同じ家族……それなのに。 

「無知は罪ではない……」ニンジャは芝居がかって嘲った。「だがそれで十分、死ぬ理由にはなる。お前はこの敵意にまみれた世界の中にあって、ただ安穏と暮らしておった。誰がいちいち貴様に真実を告げ、警告してくれよう?警告されねば備えられないような愚鈍な非ニンジャの屑は……」「まずい!」

 ドタドタと床を鳴らし、戸口にもう一人のニンジャが現れた。「さっさとしろ!ズラかるぞ」「今いいところだ!何を……」ニンジャは振り返った。現れた新手のニンジャは糸がきれたジョルリ人形めいて床に膝をつき、崩れ落ちた。額と心臓にスリケンが突き刺さっていた。血が噴き出した。

「え」ニンジャは困惑しながら戸口に向き直った。やがて現れた三人目のニンジャは彼の仲間ではなかった。赤黒の装束、暗く燃える両の瞳。スリケンの主だ。「ドーモ。コンストリクター=サン」赤黒のニンジャはオジギをした。「ニンジャスレイヤーです」「な」ニンジャは慄いた。「何故貴様がここに」

 "ニンジャスレイヤー"は答えず、コンストリクターに無言で促した。コンストリクターは震えながらアイサツを返した。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。コンストリクターです」セイジはその儀式的やり取りを失禁しながら見つめていた。コンストリクターは問う。「何故貴様が……」「知れた事」

 赤黒のニンジャはジゴクめいて言った。「ソウカイヤに連なる外道存在。根絶やしにしてくれる」彼はカラテを構えた。「ニンジャ。殺すべし」「何を……何をいい気になって貴様!」コンストリクターは叫び返し、カラテを構えた。「噂ばかり先行!死ね、テロリスト!イヤーッ!」「イヤーッ!」

「……!」セイジは恐怖のあまり閉じた目を恐る恐る開く。コンストリクター……の……首が、無い!噴水めいて鮮血が噴き出し、セイジの頭にふりかかる。ボトン!音を立ててコンストリクターの首が部屋の隅のゴミ箱に落下!「サヨナラ!」くぐもった声がゴミ箱から聞こえ、首無し身体が爆発四散した。

 さらに、先程部屋に入ってくるなりスリケンを受けて倒れたもう一人も、呼応するかのように爆発四散した。「サヨナラ!」「ア……」セイジは呆然と、彼を救ったニンジャ殺戮者を見つめた。朝の光が窓から差し込み、そのシルエットが黒く滲んだ。ニンジャスレイヤーは彼を見た。


【フー・キルド・ニンジャスレイヤー?】


「ハァーッ!ハァーッ!」白装束のスモトリニンジャ、ポーラーベアーは、メンポ呼吸孔から血泡を吐きながら、何度も背後を振り返り、路地裏を逃げ続けた。色褪せたケモビールのオイランポスター、「ビールいかがですか」。嘲笑うようだ。「ハァーッ!ハァーッ!苦しい!畜生……」

 ポーラーベアーのもつれた足がゴミ箱を引っ掛けた。中からバイオネズミ数匹が飛び出し、逃げ惑う。シャッター街が冷たく彼を出迎えた。「異常だ……アイツ異常者だよ」彼はブツブツと独りごちた。「何考えてやがる」「イヤーッ!」「グワーッ!」スリケンがポーラーベアーの背中に突き刺さる!

「グワーッ!」ポーラーベアーは身をよじり、倒れ込んだ。「ハァーッ!ハァーッ!」荒い息が近づく。追跡者がジゴクめいた全力疾走で姿をあらわす!ポーラーベアーめがけ、更にスリケン投擲!「イヤーッ!」「グワーッ!」右大腿に突き刺さる!「クズめ!逃がさんぞ!クズ!ニンジャのクズめ!」

 地面をのたうつポーラーベアーを、追跡者は憎悪に満ちた目で見下ろした。その者もまた、ニンジャである。赤黒の装束に身を包み、黒鋼のメンポには、装束と同じ血のような色で「忍」「殺」と書かれている。「イヤーッ!」「グワーッ!」追跡者はポーラーベアーの左大腿を踏み砕き破壊!

「アーッ!アーッ!」ポーラーベアーは血泡を吹きながら身悶えした。赤黒のニンジャは嘲笑った。「もっと苦しめ!ニンジャめ……いいザマだ……」「き、貴様は……バカな……死んだ筈」装束の白と血の赤でマダラ模様となったポーラーベアーが震え声で見上げた。「ニンジャスレイヤー=サン……!」

「死んだ?筈?」ニンジャスレイヤーは首を傾げ、笑い出した。「ンフフフ……」「キョートで貴様は、ザイバツ・シャドーギルドと共に!」「だが現実はこうだ」ニンジャスレイヤーは否定した。「ニンジャスレイヤーは死なない。死ぬのは貴様だ」「畜生ーッ!」「ニンジャ殺すべし!イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーはチョップを振り上げた。ナムサン!腕から紅蓮の炎が噴き出し、まとわりつく!ポーラーベアーは赤熱するニンジャ籠手を絶望とともに凝視した。「助けてくれ!」「助けないのがニンジャスレイヤーだ!」チョップが振り下ろされる!「サヨナラ!」ポーラーベアーは爆発四散!

 紅蓮の炎は爆発四散の煙と共に、やがて淡く掻き消えた。ニンジャスレイヤーは周囲を素早く見渡した。「アイエエ!」浮浪者が後ずさった。「何も見てないよ!」「……」ニンジャスレイヤーはツカツカと近づいた。「見てない!知らない!そういう事にするよ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」


◆◆◆


「エーッ!そんなに?」「ちょっと聞いて聞いて!」「ワー!スゴーイ!」「……」フジキド・ケンジは硬いソファーに腰かけ、無為なテレビ放送を眺めていた。壁には不如帰のショドー。UNIXデッキを乗せたデスク。そして液晶テレビと、ソファー。チャブ。チャブにはウォッカのグラス。 

 天井際の棚には褪せた家族写真「フジキド家の宝」。乾いたマンダリンが数個。「……」フジキドは不意にテレビを消し、戸口へ歩いて行く。ドアを引き開けると、痩せた女がインターフォンを押そうとしていたところだった。女は息を飲み、苦笑した。「足音でわかった?心臓に悪いぜ」「……どうした」

 乱雑に切られた女の髪は黒く、眉は無く、かわりにイバラめいたタトゥーが入っている。テック・ジャケットにジーンズ、エンジニアブーツ。ネオサイタマにおける一般的テックパンクの出で立ちだ。首に巻いたマフラーには「地獄お」と書かれていた。女の名はエーリアス。「チャをくれよ」「……入れ」

「おい、寒いなこの部屋!」エーリアスは大袈裟に身を震わせた。「……」フジキドは部屋を横切り、壁際のヒーターの電源を入れた。「これで暖かくなったか」「……」エーリアスの目に、何ともいえぬ、畏怖めいた影がよぎった。「まあ何だ。久しぶりだよな」彼女は手持ち無沙汰に室内を見渡した。

「チャだったな」「ああ……ああ、俺が淹れるよ」エーリアスはチャブ上のウォッカを一瞥し、台所に歩いた。隅にチャツボを発見した。「首尾はどうだ」とフジキド。エーリアスは首を振る。「見ての通りさ。この娘も俺も、どんな状態なのかすら……ジツ、ウラナイ、カルト、どれもダメ」「そうか」

「……あンた今、何してる?」エーリアスが訊いた。フジキドは彼女を見た。「何を、とは」電熱プレート上でポットがシュウシュウと音を立て始めた。「いや、なんだ、単なる世間話だよ」「そうか」フジキドは己の貯蓄や株券を少しずつ切り崩し、生活している。それらは有限であるが……。

 ラオモト・カンは死んだ。ソウカイヤは滅びた。ロードは死んだ。ダークニンジャは死んだ。ザイバツは滅びた。全ては終わり、彼をデスパレートに突き動かしていた復讐も消えた。そして彼が残った。亡き家族の為の……訪れる事の無かった未来の為のカネを消費し、影のように日々を過ごす男が残った。

「ずっとそうして座っているわけにもいかないんだろ」「そうだな」フジキドは答えた。「いずれヒキャクでもやるだろう」「へッ」エーリアスは笑った。「他人事みたいにさ!例えばドージョーは?」「ドージョー?」「カラテを教えるセンセイとか……」「フ」フジキドは笑った。その話題は終わった。

「チャが入ったぜ」エーリアスはチャブにユノミを置いた。「ドーモ」フジキドは受け取り、静かに飲んだ。エーリアスは床にアグラし、自分の分を飲んだ。顔をしかめる。「いつのチャだ、これ?……こんな風に突然の客もあるんだ。新しいチャを買っておいてくれよ」「わかった」フジキドは頷いた。

「調子狂っちまった」エーリアスは立ち上がった。彼女はUNIXデスクに名刺を投げた。「俺、部屋借りた。新生活だ。何かあったら来てくれッて言いに来たけど、あンたどうせ来ねえよな。また来る。誰か連れて」彼女は扉を引き開けた。「チャを忘れンなよ」「ああ。オタッシャデ」「オタッシャデ」

 フジキドはエーリアスを見送った。彼女の後ろに西の空。空には黒い渦が浮かんで見える。いつからかそこにあった不変の光景。黒い太陽めいて。


◆◆◆


「イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャの裏拳がガードヤクザの顎を粉砕破壊!クルクルと踊るように回って倒れると、もはやムカデベイン・ヤクザクランのオヤブンを守る者は事務所に皆無!「アンタはやり過ぎたんだよ。オヤブン」ニンジャは凄んだ。オヤブンは後ずさった。「スッゾー……」

「湖の魚は地引き網で獲るべからず、ってコトワザがある」ニンジャは顔を近づけ、オヤブンの額に人差し指を突きつけた。「張り切り過ぎ。殺し過ぎ。これじゃマネーにならない。マッポも動く。長期的展望を持つべきだったな。アンタの親父は良かった」「ナメられっかオラー!」「イディオットめ」

 オヤブンは激昂し、拳を振り上げた。「ザッケ」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャの腕が閃くと、オヤブンはへし折れた鼻を押さえて悶絶!ニンジャはその背中を蹴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」「反省しても遅い。お前の縄張りはジャイアントヘッジホッグクランが引き継……何だ、貴様は?」

 ニンジャが振り返ると、扉を開け放った赤黒のニンジャはジゴクめいてオジギを繰り出した。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「……ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。グリーンパイソンです」ニンジャは目を細めて睨み、アイサツを返した。「噂は本当だったか」

「噂?私が死んだとかいう、くだらん伝説か」ニンジャスレイヤーはカラテを構えた。両腕に紅蓮の炎が宿る!「ニンジャスレイヤーは死なない。貴様が死ぬのだ」「ハーッ」グリーンパイソンは油断無くカラテ警戒した。メンポの隙間から青い舌がチロチロとのぞく。「相手になってやる。マニアックめ」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの両腕がムチのようにしなり、二枚のスリケンが放たれた。「イヤーッ!」グリーンパイソンは側転でこれを回避!「イヤーッ!」グリーンパイソンがスリケン投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回し蹴りでスリケンを弾く!

「イヤーッ!」グリーンパイソンは懐に潜り、ヤリめいたサイドキックを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは紙一重でこれを回避!炎を纏った右拳を叩き込む!「グワーッ!」グリーンパイソンは吹き飛び、ヤクザ金庫に衝突!コーベインが散乱!「スッゾオラー?カネ!」オヤブンが狼狽!

「チィーッ」グリーンパイソンはスプリングキックで起き上がり、カラテを構え直した。「過去の亡霊、死に損ないめ。ネオサイタマに貴様の居場所は無い!」「ニンジャスレイヤーはニンジャを殺す……貴様らを皆殺しにする為に存在する。ニンジャ在るところ我在り!ゆえに死ね!ニンジャのクズめ!」

「SHHH!」突如グリーンパイソンのメンポが開き、中から醜い牙の生え揃った口が現れた。バイオサイバネ改造だ!「SPIT!」毒液を吐きかける!「ヌウーッ!?」意表をつかれたニンジャスレイヤーは咄嗟に顔面をかばった。燃える籠手は毒液を焼き焦がし、奇襲を防いだ。だが!「イヤーッ!」

 一瞬の隙をついたグリーンパイソンがニンジャスレイヤーの肩にチョップを叩き込んだのだ!「グワーッ!」「イヤーッ!」更にチョップ!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが片膝をつく。万事休すか?だが……BLAM!「グワーッ!?」オヤブンの銃撃だ!グリーンパイソンが背中を撃たれ怯む!

「ワドルナッケングラー!調子に乗りやがって!」オヤブンが吼えた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがグリーンパイソンの腹に燃える拳を叩き込む!「グワーッ!」「イヤーッ!」更にアッパーカット!「グワーッ!」グリーンパイソンが転倒!「貴様」「イヤーッ!」ケリ・キック!「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーは荒く息をつきながら、ヤクザデスクに置かれたヤクザガンを掴み取った。「ハァーッ……ハァーッ……」歩くたび、メンポの隙間から血が垂れた。グリーンパイソンは床で身悶えし、逃れようともがいた。「ア……アバッ、こんなバカな事が……ヤメロ……」「慈悲は!無い!」

「ア、」「死ね!」BLAM!「アバーッ!」肩口を撃ちぬく!BLAM!「アバーッ!」脇腹!BLAM!「アバーッ!」胸を!BLAMBLAMBLAM!BLAM!BLAM!CLICK。CLICK。ニンジャスレイヤーは引き金を引き続けた。グリーンパイソンだったものが震え、爆発四散した。

 ヤクザ事務所は今や凄惨なミニマル・ゴア・フィールドだ。ニンジャスレイヤーはジゴクめいてオヤブンを振り返った。オヤブンは後ずさりした。「何者……テメェ、やめろ……」「私はニンジャスレイヤーだ」赤黒のニンジャは銃を放り捨て、ジゴクめいて言った。オヤブンはしめやかに失禁した。

「……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転ジャンプし、ブラインドごと事務所の窓を破壊。前転着地で落下ダメージを殺すと、そのまま路地を駆け去った。「い、行っちまいやがった!あの野郎!ペッ!」オヤブンは我に返りコーベインを拾い集めた。「だが邪魔なニンジャ野郎は死んで、儲けたわい」


◆◆◆


「ネオサイタマ。バンザイイェー、ここに並べ、お前らのその、並び立つスーツ姿、編笠、若さ、そこにクる軽さ、俺の何も無さ、行方知れず、底知れず、人知れぬ沼、俺のこの状況、世界不況の波、何十年前、そんなチンケ昔話聞く耳持たず浮かべ、運べ、前へ進め、その先、何も無し俺、お前も俺」

 ファオファオ……サイレンが近づく。「お前らこの、まさにこのピープルパワー無視、爆発寸前、俺のこの無念、」「御用御用」ブツン……「おい!待てこら!」街頭ゲリララッパーはマッポを振り切り、路地裏へ逃げてゆく。その背中には「2COOLリリック」のノボリ旗。チャメシ・インシデント。

 ラッパーがいなくなれば別の騒音が取って代わる。上空のマグロツェッペリンのモニタにはいつものようにオイランと、ステロイド増強した屈強な筋肉を見せつける水着姿の男が浜辺で微笑み「バリキ」、人の目の高さへ視線を転じれば、ミコシ・ワゴンの上で両手を広げ「もうすぐだ!」と叫ぶ電子教祖。

 あるいは道路脇に「外して保持」テープを張り渡してテリトリーを確保した山師がモンキードロイドを操ってみせ、宙返りはピンクのLED残像を湿った空気に滲ませる。「スッゾコラー!」「アイエエエ!」ヨタモノに因縁をつけられた市民が悲鳴を上げ、隣ではケバブ売りがオミクジ機を回す。

 スクランブル巨大交差点の信号が青になれば、対岸にダムめいて堰き止められていた多量の市民が一斉に道路を横切り始める。信号に押しとどめられた車列はそのわずかな待機時間すら気に食わぬと見え、横断者達を今にも轢き殺しそうな勢いでエンジンをふかし続けている。

 無言の横断者達の中に、くすんだトレンチコートとハンチングの男もいる。フジキド・ケンジ。人の波に逆らわず、ただ歩く。「キャンディ!ワー!」突然ビルの巨大モニタパネルが点滅し、新人アイドル「ジャムナンコ」の無機質ポップスが爆音で流れ出す。「キャンディチャン!」誰も顧みない。

 フジキドは表通りを数ブロック下ったのち、横道へ、そしてさらに奥へ足を進める。とたんに表通りの喧噪は後ろに、薄闇と無秩序な配管パイプの狭間で小規模ネオン看板が点滅する個人商店街。「ローン一発」「中古販売」「精気」「電話が長い」。彼は「釜茶」のノレンをくぐった。

「ダマラッシェー!」そのとき店外の騒音が、中に入りかけた彼の足を止めさせた。悲鳴、威嚇。打擲音。「アイエエエ!」「……」彼はノレンに手をかけたまま、しばらく固まっていた。「どしたンで」埋め込みサイバーサングラスの老人店主が煩わしそうに言った。「冷やかしですか?客か?」

 騒ぎは止まない。(ズガタッキェー!)(アイエエエ!)ニンジャスラング!ニンジャが何らかの暴力行為に興じている!だがフジキドはやがて言う。「ええ。客です」そして店内に入り、蒸気を噴いて回転する茶釜を眺める。「客?何にします」と店主。「チャを」「どんなチャを」「何でもいいです」


◆◆◆


 地下街に通ずる階段の隅に腰掛け、マフラーに顔をうずめて、エーリアスは沈思していた。時折その横をサラリマンや体育会学生、ベースボールキャップを被った老人が通り過ぎる。「ちょっとどいてくれますか?」声をかけたのは配達員だ。大荷物を二人掛かりで下へ運ぶ。エーリアスはその場を離れた。

 歩きながら、彼女は頭を掻いた。途中の屋台でイカケバブを購入、歩きながら何口か齧るが、眉根を寄せて、路地裏のゴミ箱に捨てた。「……」彼女は路地の更に奥を見やった。耳を澄ます。彼女のニンジャ聴力が争いの音を捉える。やや逡巡した後、彼女はそちらへ向かう。 

「スッゾオラー!」「アイエエエ!」「ザッケンナコラー!」「アイエエエ!」「スッゾコラー!」「アイエエエ!」エーリアスの眼前には、ボロ切れを被った男がヤクザじみた三人の男にサッカーボールめいて蹴り転がされ続けるマッポー光景があった。「待て!待て待て待てッて!」彼女は駆け寄った。

「アッコラー!?」一人が私刑の輪からはずれ、エーリアスに向き直った。「取り込み中だオラー!」「いやその」エーリアスは口ごもり、「なんか死んじまいそうだし、無抵抗つうか」「このジジイは頑丈だからイんだよ!」残る二人のうち一人がいきなりスパナで襤褸切れの男を殴った。「グワーッ!」

「やめろッて!」「アアー?」ミラーボールシャツのヤクザがすごんだ。「シィーヒッ……シィー、ヒッ……」襤褸切れの男は痩せた手で頭をかばい、嗚咽した。はだけた布の下、痩せた胸が垣間見えた。そこには「禅」の漢字がある。刺青……否。まるで焼きゴテ拷問の痕だ。

「ヒーッ、ヒーッ……ニンジャ」襤褸男はフードの下からエーリアスを見た。その目が恐怖で見開かれる。エーリアスも眉根を寄せた。この襤褸男、ニンジャだ!彼女は困惑した。一方、三人のヤクザは非ニンジャである。「チェラッコラー!姉ちゃんかわりにカネ払うか?ア?」

 頭目とおぼしきキモノヤクザが凄んだ。「身体で払わせましょうぜ」とジャーヘッドヤクザ。「そうね」キモノヤクザが頷く。「ちょっと待て!断るに決まってんだろ」「スッゾオラー!」ミラーボールシャツのヤクザが被せるように叫び、向かって来た。手にはブラックジャック(金属片を詰めた革袋)!

 エーリアスは反射的に跳びさがり、両手をぶらぶらと振りながら、フットワークを踏む。「知らねえぞ。俺だってそこそこやるんだぜ。本当だぜ」「アッコラー!」ミラーボールシャツヤクザがブラックジャックを叩き付けにきた。「イヤーッ!」エーリアスはその顎先に掌を打ち込んだ。意外にもハヤイ!

「グワーッ!?」不意をつかれたミラーボールシャツヤクザは脳震盪を起こしてその場に倒れた。「ザッケンナコラー!」ジャーヘッドヤクザがスパナで殴りかかって来た。「イヤーッ!」エーリアスは紙一重でスパナをかわし、その顎先に掌を叩きつけた。「グワーッ!」脳震盪!転倒! 

「全然イケる……」エーリアスは己の両手を見つめて呟き、それからキモノヤクザに凄んだ。「おう、お前もこんな風になるか?アーッ?」「テメェ……」「今のはアイキドーだ。俺は二歳の頃からやってる……22段だ!こんなナリだからってナメんなよ」「チィーッ」キモノヤクザは逡巡した。

「ニンジャ!ニンジャだ!」襤褸男がエーリアスを指差し、震えた。キモノヤクザは一瞥した。「ニンジャ?ハッタリかましやがって」言葉とは裏腹に、キモノヤクザはじりじりとすり足で後退を始めた。エーリアスはカラテを構える。「来いよ」「スッゾ!命拾いさせたるわ!」キモノヤクザは遁走した。

 ……「行こうぜ、なあ」エーリアスは襤褸男に手を差し伸べた。「場所変えようぜ。落ち着かねえし」路上で呻く二人のヤクザを横目で見る。襤褸男は震え、逃れようとした。「ニンジャ……」「あンたもだろ」エーリアスは言った。襤褸男はしばしためらった後、手を取り、立ち上がった。

 エーリアスが驚いた事に、老人と見えたこの男は、実際そこまで老いてはいなかった。中年といったところだ。痩せているのとみすぼらしさとで、ずっと老けて見えていたのだ。「……ドーモ。エーリアス・ディクタスです」エーリアスはアイサツした。

 襤褸男は彼女の予想に反して、まともにオジギを返した。襤褸がはだけ、再び胸元の「禅」のスティグマが目に入った。「ドーモ、エーリアス=サン。私はね……ウミノ・スドといいます」


◆◆◆


「ハァーッ!ハァーッ!」窓から差し込む街路灯の明かりが、青年の筋肉を闇に浮かび上がらせる。執拗な腹筋トレーニングである。「ハァーッ!ハァーッ!」青年は腹筋トレーニングを繰り返す。「イヤーッ!」やがて青年は寝た姿勢から突如回転ジャンプで跳び上がり、膝立ちに着地!「シューッ!」

 膝立ちの青年を取り囲む闇の中、薄ぼんやりと浮かび上がるは、複数のUNIXモニタ表示。IRC通信のログが高速で流れ続けている。「モミサン・ストリート」「ホウエイでツジギリ」「タオイ」「デスパワーポンド・ヤクザクラン壊滅」「カースドキャッスル・ヤクザオヤブンおそらくニンジャ」

「シューッ!シューッ!シューッ!」青年は高速スクワットを開始。IRCログには深甚さを競うかのようなやり取り。「紋章学において血紅色は復讐や戦場の血を象徴。ニンジャスレイヤーの装束色も当然ここから採用された」「ポン・パンチで中腰になるのは天と地の間に立つバランスをあらわす」

「先日の忍殺行為を開始するおよそ40秒前に重金属酸性雨が止んだ。これが忍殺行為にあわせた図らいであることは明らかであり、セイジ=サンへの超自然的承認であることは明らか」「ニンジャ名の三文字目を繋ぎ合わせ……」青年は立ち上がり、床に畳んだ赤黒の装束を着込んだ。汗は瞬時に乾く。

 青年……セイジは、神聖な赤黒装束に身を包むと、再び部屋の中央へ戻り、アグラ・メディテーションを開始した。握り、開く拳に炎が弾け、火の粉が宙に舞い、消える。そのたび、天井に大きくショドーされた「忍」「殺」の文字が闇の中に浮かび上がる。

「シューッ……」セイジの瞳は赤く明滅する。彼は深く呼吸し、己の内なるニンジャソウルと深くコネクトしようと努める。やがて彼はなかばトランス状態に陥り、認識がどんよりとぼやけ始める。ローカルコトダマ空間において、彼のニンジャソウルはニンジャスレイヤーと同一となる。

 (((私はニンジャスレイヤー……私はニンジャスレイヤーだ……私はニンジャスレイヤーを宿す……)))マントラめいて、彼はニューロンに反復し、刻み込む。真実を。彼の真実を。(((私はニンジャスレイヤーを宿している……私はニンジャスレイヤーだ……ニンジャスレイヤーなのだ))) 

 彼の中にある意志無き不定形のニンジャソウルは、彼の強烈なイメージによって輪郭を付与される。逆光の中で立つあの赤黒のセンシの記憶イメージを。(((ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー)))不定形のニンジャソウルが、どろりと蠢く。

 (((ニンジャ……?スレイヤー。ニンジャ……スレイヤー?)))コダマめいて、ニンジャソウルがセイジに返す。(((そうだ。ニンジャスレイヤー。お前はニンジャスレイヤーだ)))(((お前は、ニンジャ、スレイヤーだ)))(((そうだ。俺はニンジャスレイヤーだ))) 


2

「ヒートリ、コマキタネー」「アカチャン!」「オッキクネ!」……上空をゆっくりと飛行する宣伝モニタマグロツェッペリンの柔らかなライトを受け、ニンジャスレイヤーの「忍」「殺」の黒鋼メンポは白く光を波打たせる。ビル屋上縁で身を屈めた彼は、そこから下の裏路地を注視する。

 見下ろす彼の視線の先には紫色のネオン立て看板。地下バー「風車」の入り口を示す。彼はそのまま息を殺して待つ。IRC傍受情報の断片を解析し、入手したニンジャ出現情報。今夜このバーへ、この区画で幅を利かせているニンジャがエントリーする。反抗的ヤクザに制裁をくわえる為に。

 ニンジャスレイヤーは協力者のネットワークを持つ。彼の英雄的行為、或いは彼のカネを信奉するハッカーや事情通達の繋がりだ。ネオサイタマを飛び交うIRC通信を監視し、解析し、ニンジャを見つけ出す。雑なシステムだが、脇の甘いニンジャはこのナリコを踏む。そうなれば処刑シーケンスの開始だ。

 ……ニンジャスレイヤーの瞼がピクリと動いた。念のため彼は屋上に腹這いになり、いっそう気配を殺した。裏路地に黒塗りの車が停まり、中から数人のヤクザが出て来た。彼らは45度オジギで硬直した。遅れて降車したのはニンジャである。毛皮コートをはだけると、オイランが手を伸ばし、受け取った。

「センセイ、宜しくお願い致します」「センセイ、ドーゾヨロシク」ヤクザ達は45度オジギの姿勢のまま厳かに言った。石灰色のニンジャは尊大に頷き、首をゴキリゴキリと鳴らした。そして言った。「五分もかからぬわ。アイドリングさせたまま待っておれ」「「ドーゾヨロシク!」」

 石灰色のニンジャは「風車」の狭い階段をスタスタと降りて行った。ニンジャが見えなくなってから、ヤクザ達はオジギの頭を上げ、タバコに火をつけた。「最近どうだ、お前」「女か?」「そうよ。どうなった」「ああ……」他愛も無い会話が始まる。ニンジャスレイヤーは起き上がり、呼吸を整えた。

 彼は脳内で彼らヤクザ達の殺害絵図を描く。車内にはオイランもいた。当然殺す。(((ニンジャスレイヤーはそうする。慈悲は無い。それがニンジャスレイヤーだ)))彼は心中で呟く。(((俺は誰よりもニンジャスレイヤーを理解している)))残忍な喜色が瞳にさした。彼は跳んだ。「イヤーッ!」

「アバーッ!」落下の勢いを乗せて打ち下ろしたカワラ割りパンチが、ヤクザの脳天を粉砕殺!そのインパクト瞬間に繰り出した空中回し蹴りが会話相手のもう一人のヤクザの首を折って殺す!「スッゾオラー!?」運転ヤクザが慌ててドア窓からチャカを向ける。「イヤーッ!」「アバーッ!」スリケン殺!

「アイエエエエ!」後部座席のオイランが悲鳴を上げた。その喉と心臓へ、窓ガラスを破って、立て続けにスリケンが突き刺さった。生きているものはニンジャスレイヤー以外に無し!イナズマめいて後ろを振り向き、「風車」の階段をしめやかに降りてゆく。……ドン、ドン、ドン。漏れ聴こえるビート音。

 一段飛ばしに階段を下りてゆく彼のニューロンのなかで、残虐な殺意がますます膨れ上がる。(((ニンジャを殺す者、それがニンジャスレイヤー。それが俺。まさに俺がニンジャスレイヤーだ)))「誰の紹介?今は招待客しか……」受付店員は覗き窓から顔を出した瞬間に、わけもわからず死んだ。

 受付店員の両目から指を引き抜き、壁に指先の血を擦り付けた。(((慈悲は無い。ニンジャスレイヤーはニンジャ殺しの阻害要因に容赦などしない!)))防音扉を押し開ける。ドン!ドン!ドン!ドン!ビート音が衝撃波めいて身体を震わせる。店内はさほど広くない。「どこだ。ニンジャ」彼は呟く。

 ダンスフロアを彼は横切る。踊っている男女が数人。壁際には濃厚に睦み合うカップル。角のソファにはハイになった女。カウンターには酔いつぶれて突っ伏している男。バーテンが店内のビデオ映像をぼんやりと眺めている。奥にはベルベットのノレンで遮られた部屋が一つ。迷わずそちらへ向かう。

「ソマシャッテコラー!」「チェラッコラー!」「ワドルナッケングラー!」ノーレンに手をかけたニンジャスレイヤーは、突如沸き起こったヤクザスラング、それからグラス破砕音を聴き、一瞬立ち止まった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」戦闘音!彼は踏み込む!

 カラテを構える彼の脳内をニンジャアドレナリンが駆け巡り、時間が鈍化した。空中を三人のヤクザがゆっくりと吹き飛び、ゆっくりと背中から壁やショドー「心」の額縁に叩きつけられてゆく。床に落ちたキリコグラスが割れて飛び散る。石灰色ニンジャは連続打撃を終え、彼を振り返った。

 二者の視線がぶつかり合った。ニンジャスレイヤーは先手を打ってオジギした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」石灰色のニンジャはその目に怪訝な色を浮かべつつ、アイサツを返す。ニンジャスレイヤーにとって慣れっこの反応だ。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ウィッシュボーンです」

「ニンジャ殺すべし」ニンジャスレイヤーはカラテを構えた。ウィッシュボーンは返した。「ニンジャスレイヤーだと?ハ!ジゴクから蘇り、ネオサイタマに戻ったとでも言いたいか?腰抜けが流布した都市伝説と穿っておったが、実際におったとはな……コピーキャットのいかれニンジャが!目的は何だ」

 どろっとした怒りがニンジャスレイヤーの視界を赤く染めた。その両腕から炎が噴き出した。「死ねばわかるだろう。俺が真のニンジャスレイヤーだという事が!」「笑止よ!」ウィッシュボーンがチョップを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを腕で弾く!

「グワーッ!?」腕を包む炎がウィッシュボーンのチョップに移り、その手を焦がす。攻防一体のジツ!「イヤーッ!」カラテの崩れたウィッシュボーンの腹部に、ニンジャスレイヤーはボディブローを叩き込む!「グワーッ!」ケリ・キック!「イヤーッ!」「グワーッ!」KRAASH!テーブル粉砕!

「バカな、ニンジャスレイヤーは死んだ筈、生きているなど……」「イヤーッ!」「グワーッ!」マウントパンチ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」マウント状態でニンジャスレイヤーは笑った。「どうだ……どうだッ!これがニンジャスレイヤーだ。もっとよく教えてやる!」

「おのれ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」燃える拳でニンジャスレイヤーはウィッシュボーンを殴り続けた。「これがニンジャスレイヤーだ!何も間違っておらぬ。俺がニンジャスレイヤーだ!イヤーッ!」「グワーッ!」「俺こそがニンジャスレイヤーになるのだ!」

 ニンジャスレイヤーは組んだ両拳を振り上げた。炎のハンマーめいて燃え上がる!「イヤーッ!」振り下ろす!「グワーッ!」ウィッシュボーンの顔面を粉砕!「イヤーッ!」回転ジャンプして飛び離れると、「サヨナラ!」ウィッシュボーンは爆発四散した。「……ハァーッ……ハァーッ!」

 ニンジャスレイヤーは荒い息を吐いた。床に転がるサケ瓶を拾い、瓶の口を破壊すると、メンポを剥がしてガブ飲みした。「ハァーッ!ハァーッ!」瓶を壁に叩きつける!やがて彼は震え出した。そして笑い出した。「ハァーッ、ハァーッ、ハァーハハハ、ハハハハハハ!」

 その目はジゴクめいて見開かれ、紅蓮の炎が瞳の中で燃えた。歪んだ笑いを再び赤く「忍」「殺」と塗られた黒鋼メンポで覆う。「アイエッ!」様子を見に来たとおぼしき店員が戸口で凍りついた。ニンジャスレイヤーは店員を睨んだ。近づく……接近する……「アイエエエ、やめ……アバーッ!」


◆◆◆


「ラッシング重点!ハントでポン!」チカチカと無為なテレビ番組の光が部屋を明滅させ、電子笑い声合成が室内に満ちた。フジキドは身を起こした。薄暗い台所で湯が沸いている。彼は目を擦った。「……」そこに立つ女性の横顔を見た。

 誰……いや、彼はその女性を知っている……「アガタ=サン」女性は微笑んだようだった。フジキドは困惑した。「これは……私は」アガタは首を振った。「いいの。今は」

「私は」「いいの」アガタは遮った。そしてユノミを、皿にのせたマンダリンを、チャブに置いた。「あなたは充分過ぎるほど苦しんだ。だから、いいの」アガタは手を伸ばし、フジキドの頬に触れた。「あなたは自分の人生を取り戻せばいいの」「人生……」「あなたのあり方を」

「私のあり方か」フジキドは呟いた。「……終わったのだ、それは」アガタは瞬きした。問い直すように。フジキドは言葉を探した。「……アガタ=サン、私は……」

「スマッシン!響いて!」「ワー!スゴーイ!」電子笑い声合成が室内を満たし、画面の点滅が部屋を光らせた。ソファのフジキドは目を開いた。そして誰もいない自室を眺め渡した。台所には、皮の剥かれていない、干涸びかかったマンダリン。買って来たチャの袋。己が涙を流している事に気づいた。


◆◆◆


「待った、ちょっと待った、待てって、大丈夫だよ」「アイエエエ……!」ウミノは頭を抱え、雪深い山道を裸足で駆け続ける。山道の両脇にはびっしりとバンブーが生えている。バンブーの全ての枝には長方形の紙が吊るされ、「ニンジャ」「ニンジャ」「ニンジャ」「ニンジャ」とショドーされている。

「アイエッ!」ウミノは脚をとられ転倒した。雪のかけらが01変換され、細かい粒子と化して彼の身体の周りを舞う。ウミノは手を見た。指紋が渦巻き、ウミノの身体に葉脈を伸ばす。「アイエッ!」「さあ」邪悪で慇懃なニンジャが肩に手を置き、もう一人の下卑たニンジャが、焼きごてを手に佇む。

「これで……話してもらえるかね?ウミノ=サン」「アイエエエエ!コワイ!コワイ!コ01001助けて!」「こっちを見ろ!」「ウミノ=サン」「アアアアアア!AAAAARRRRRGH!」「ニンジャ!」「ニンジャ!」「ニンジャ!」「ニンジャ!」「ニンジャ!」「ニンジャ!」「ニンジャ!」

 ウミノの精神は肉鈎によって四方八方に引き裂かれる。彼は砕かれる己を悲しみながら、断片的な記憶の流入に再び悲鳴を上げる。「AAARRRGH!」ザイバツ・シャドーギルド……アイボリー……苛まれ……砕かれた精神に染み込むように憑依したニンジャソウル……隙をついての脱出……。

 雪深いバンブー……走る、転ぶ。走る。雪。ウミノの記憶は恐怖に歪み、ノイズまみれの改竄映像の中に投げ込まれる。左右に密集するバンブー。全ての枝には「ニンジャ」「ニンジャ」「ニンジャ」「ニンジャ」ウミノは手を見た。指紋が渦巻き、ウミノの身体に葉脈を伸ばす。「アイエッ!」「待て!」

 その手をぐいと掴む者があった。ウミノはうろたえた。全身を這う葉脈がポロポロと崩れて01変換され、拡散する。彼はあわてて周囲を見渡した。バンブーが無い。雪深い山道。「え?」では、目の前に立っているこの相手は……「俺だ、ウミノ=サン」エーリアスは言った。「よォし離すなよ。頼むぜ」

 エーリアスはウミノを掴んだまま飛び上がり、上空へ引き摺り上げた。「アイエエエエ!アイエエエ!アイエエエエ!」ウミノは悲鳴を上げる。ウミノは01000100010001 

 0010101ったぜ」エーリアスがウミノから手を離した。「これは」ウミノは己の胸のスティグマに手を当て、それから身体のあちこちを叩いた。「これは。私は」彼らは公園のベンチに座っている。「あンた、ひでえ状態だったからさ。ちょっと整理したよ。得意なんだ、俺」エーリアスが言った。

「整理……ああ……ニンジャ。ニンジャかね」ウミノは薄笑いを浮かべた。エーリアスは何とも言えない目で彼を見た。そして言った「少なくとももう、怖くて逃げたり、苦しかったり……そういうのは多分無くなった。大丈夫」「そうか、ああ、ああ」ウミノは涎を拭った。「ああ、そうか」

「ここは現実。さっきの奴らは金輪際消えたよ」エーリアスはベンチを立った。「そのナリ、シツレイだけど、そのう……帰る場所あるの」「寝場所は、ウフフ、どこにでも、ある」ウミノは憔悴した目でエーリアスを見上げた。「ニンジャだからね、何しろ私は。ニンジャだろう?ね?」「そりゃあ……」

 言葉を探すエーリアスは、背筋にぞっとする殺気を感じた。足元の落ち葉が風に吹かれて舞い上がった。エーリアスは振り返った。「え……?」「アイエエエ!」ウミノが叫び、エーリアスのジャケットの裾を掴んだ。エーリアスは眉根を寄せた。「ニンジャスレイヤー=サン……じゃねェだろ……お前?」

 舞い散る落ち葉の中、接近して来る者あり。赤黒の装束、「忍」「殺」のメンポ姿のニンジャ。歩きながら胸の前で両手を合わせる。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「あァ?」エーリアスは身構えた。「立てるか、ウミノ=サン!」「……」赤黒のニンジャの目が不穏に光る!「ニンジャ。殺すべし」

 エーリアスはこの名乗りに動揺した。彼女の視界には、現世の映像と重なり合うように、人々のローカルコトダマ空間の自我がぼんやりと見えている。ゆえに、接近してくる「ニンジャスレイヤー」が彼女の知る「ニンジャスレイヤー」と別人である事は、特に彼女が意識するまでもなく明らかであった。

「ドーモ。エーリアス・ディクタスです」ともあれエーリアスはアイサツを返す。ウミノも震えながらアイサツした。「ドーモ。ウミノ・スド……です、君は、君は、ヒーッ……君は!」「待て、待て」エーリアスはウミノを見る。「違うぜ、違うンだ。どういう事だこりゃ……」

 ウミノのローカルコトダマ空間への潜行時、エーリアスは彼の記憶の断片を……ニンジャスレイヤーとの接触の事実を、垣間見た。当然それは、ASAPでウミノに問い質すべき驚きの事実である。だが、そんな暇もあらばこそ、目の前にはニンジャスレイヤー……めいた他者!殺意と共に迫ってくる!

「どういう事だ、畜生……」「貴様ら。ニンジャだな。俺にはわかる」ニンジャスレイヤーの両腕が紅蓮の炎を纏う。「ニンジャ……殺すべし」有無を言わさぬ殺意を読み取ったエーリアスは、ウミノの腕を強く引いた。「走れるか?走れるよな!」「アイエエエ!」遁走!追うニンジャスレイヤー!

「イヤーッ!」エーリアスは「ケンカ」「診断書」「イジメ」「トラベリング」等と毒々しくグラフィティされた壁を飛び越えた。「アイエエエ!」ウミノが続く。憔悴してはいるが、それでもニンジャである彼は、常人の三倍の脚力によって壁にしがみつき、よじ登った。

「イヤーッ!」カカカカカ、スリケンがウミノを追って立て続けに壁に突き刺さる。「アイエエエ!」ウミノは壁の反対側へ転がり落ちた。落ちはしたが、彼は猫めいて下の道路へ着地することができた。やはり彼はニンジャであり、その身体能力がザイバツの監禁下から彼自身を救ったのである。

「急げ!」路地裏の入り口でエーリアスが何度も手招きした。「アイエエエ!」ウミノは壁の上に立ったニンジャスレイヤーを見上げ、悲鳴を上げる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケン投擲!「グワーッ!」逃げるウミノの背中に突き刺さり、前のめりに転倒!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転ジャンプでこちら側へ飛び降りると、ウミノに近づいた。「アイエエエ!」「畜生畜生!」エーリアスが毒づき、意を決して路地裏から跳んで戻った。ニンジャスレイヤーはカラテを構える。「慈悲は無い」「何なんだ!お前!」「ニンジャを殺す者だ」

「ザ、ザッケンナコラー!」エーリアスはウミノとニンジャスレイヤーの間に割って入った。「誰だ、お前は!」「ニンジャスレイヤーだ。名を二度聞くとはシツレイの極み」「冗談にならねンだよ!そういうのは!」エーリアスは怒鳴った。「……?」ニンジャスレイヤーの瞼が怪訝そうに微動した。

「アア……!」ウミノが後ずさった。ニンジャスレイヤーは拳を握り、開く。紅蓮の炎が威嚇的に噴き出す。「貴様ニンジャスレイヤーを『知っている』のか」「誰だテメェ、つッてンだよ!」エーリアスはおぼつかないカラテを構えた。「何考えてやがる!」「……」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。

「成る程」ニンジャスレイヤーは納得し、カラテを構えた。「かつてのニンジャスレイヤーが殺し損ねたニンジャであれば、尚更、私が禍根を断つ必要がある」エーリアスは言葉に詰まった。彼女のニューロンは困惑と共に加速し、この者の意図を、正体を、この状況の意味するものを、推察しようとした。

 (((ニンジャスレイヤー?ふざけるなニセモノめ!本物は……)))と言いかけ、すぐさまそれを取りやめる。サップーケイな自室でソファにかけ、無為なテレビを眺める彼の姿がニューロンにちらついた。「イヤーッ!」「グワーッ!」エーリアスの脇腹にニンジャスレイヤーの蹴りが叩き込まれた。

 肺の空気が残らず吐き出される。エーリアスは防御しようとした。「イヤーッ!」「グワーッ!」肩口にチョップが叩き込まれた。エーリアスは膝をつく。強い!苦痛に意識が白く爆発する。「イヤーッ!」「グワーッ!」エーリアスは顎を蹴り上げられ、ウミノ越しにアスファルトに叩きつけられた。

「アイエエエ!」ウミノが悲鳴を上げ、泡を吹いた。ニンジャスレイヤーの両手が再び炎を纏う。「シューッ」彼は息を吐いた。彼は呼びかけた。(((見ているなニンジャスレイヤー=サン。ジゴクから。俺に応えず、見て見ぬ振りをする事がその証左よ。お前は俺を正当後継者として認めている)))

「アバッ……この野郎」エーリアスは鼻血を拭い、ニューロンに活を入れて起き上がろうとした。「無力な屑め」ニンジャスレイヤーは嘲笑い、ウミノに蹴りを叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ウミノは咄嗟に両腕を上げてこの蹴りを受けた。ウミノは吹き飛び、アスファルトを転がった。

「忌々しい!無駄なあがきを」舌打ちし、カイシャクすべく近づく。「ニンジャスレイヤーは戻って来た。貴様らに安息の地はもはや無い。死を受け入れるがいい」「イヤーッ!」「イヤーッ!」エーリアスがインターラプトを試みたが、牽制のスリケンが彼女の腕のつけ根に命中!「グワーッ!」転倒!

「ヌルい!こんなサンシタを逃していたとは。いささか幻滅すら覚える」ニンジャスレイヤーは呟いた。「だが俺は……ククク」彼はむせるように笑った。「俺には力がある!」「アイエエエ」這いつくばるウミノに立ちはだかり、燃えるチョップを振り上げる。「やはり見ているか。誇らしいだろう」

「アイエエエ!」「イヤーッ!」カイシャク!その時!チョップを振り下ろすニンジャスレイヤーの上半身が突如炎に包まれた!「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーは炎を振り払おうとする。エーリアス!髪が赤く逆立ち、指先をニンジャスレイヤーに定めている……そのまま、彼女は前のめりに気絶した。

「AAARGH!」ニンジャスレイヤーは咄嗟のインターラプトに怯んだが、腕を振り回すうち、炎は彼の両腕に巻き取られるように吸収され、腕先の炎に一体化してしまった。ニンジャスレイヤーはエーリアスを睨んだ。「ハッタリを。ならばまず貴様の首を……」「待て!そのカイシャク待った」

 ニンジャスレイヤーは隣接するビルからふわりと降りて来た新手をカラテ警戒した。「次から次へとキリの無い!」「ドーモ。お前その、はじめましてだよな?やれやれ」190センチ近い長身、ロングコートを着た白髪のニンジャは頭を掻いた。「安心していいんだか悪いんだか……何が何やらでよ」

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツを繰り出した。「ニンジャスレイヤーです、か」白髪のニンジャは呟いた。男の額には黒い太陽コロナめいた痣があり、黒い覆面で鼻下を覆っている。両目はどこかおかしい。サイバネ義眼なのだ。「ディテクティヴです。ドーモ」

「こいつらの助けか?こいつらは自分の面倒も見られぬサンシタだったぞ。貴様の手下か」ニンジャスレイヤーは言った。ウミノがディテクティヴを指差した。「君は、君は!覚えているぞ君!」「何だァ?生きてたのか!?」ディテクティヴも驚愕し、思わず大声を出した。「何だこりゃ一体!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!BLAM!ディテクティヴのリボルバーが火を吹き、スリケンを撃ち落とす。射撃反動で回転した彼は、勢いをつけて飛び二段回し蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」アルマーダ・マテーロだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジで回避!

 BLAMBLAM!着地と同時にディテクティヴは2丁拳銃射撃を行い、バック転で間合いを取り直す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転で回避!「アイエエエ!」ウミノは地面を転がってイクサから離れ、逃走しようとしたが、思い至り、エーリアスを抱え起こした。足を引きずりながら離脱!

「後で話を聞く!頼んだぜ」ディテクティヴは叫んだ。ウミノは弱々しく振り返った。「何たる数奇。君もニンジャとは」「イヤーッ!」ディテクティヴはリボルバーをクロスし、ニンジャスレイヤーの飛び蹴りをガード!「イヤーッ!」蹴り返す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは反動で飛び離れる!

「そこそこやるじゃねェかニセモノ野郎」ディテクティヴはリボルバーをクロスして中腰姿勢を取り、構えた。ピストルカラテ基本姿勢である。「だが御用だぜ、なァ。俺はとっととこの仕事を片付けて、観光をしようってプランが……」「かつてのニンジャスレイヤー亡き後、俺がニンジャスレイヤーだ」

「オーケイ!オーケイ」ディテクティヴは頷いた。「勝手に後を継いで、好き放題やっちまってる。理解した」ディテクティヴは言った。「俺も歳でな。ショックの少ねェ人生を過ごしたい。あいつとは個人的に色々あった。あまりイタズラが過ぎるようなら、お前さんの事はお仕置きしてやらにゃいかん」

「ニンジャスレイヤーの……知己」ニンジャスレイヤーはさほど心を動かさない。二者は円を描くように動き、間合いを調節にかかる。ガンドーは答えた。「お前さんが暴れてるッて依頼があってよ。キョートくんだりからはるばる……出張費は出たがね」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛ける!

 BLAM!繰り出されるニンジャスレイヤーのチョップにリボルバー発砲!ニンジャスレイヤーはチョップを振り上げながら身をそらし、回し蹴りに切り替える。「イヤーッ!」ディテクティヴは銃撃反動で回転し、肘打ちを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップで受ける!

「目的は何だ、え?」ディテクティヴが睨む。ニンジャスレイヤーの目が不吉に光った。「亡きニンジャスレイヤーにかわり、俺が正義を執行する。俺はニンジャを殺す者だ。今は俺こそがニンジャスレイヤーだ」「正義だと?」「正義だッ!」ニンジャスレイヤーの腕から炎が噴き出す!「グワーッ!」

 恐るべき炎熱がディテクティヴを怯ませる!一瞬の隙が命取りとなった!「死ね!」ニンジャスレイヤーが両掌をディテクティヴの胴体に叩きつけた。「イヤーッ!」「な……グワーッ!?」KABOOOM!両腕を伝って流れ込んだ紅蓮の炎が爆発!「グワーッ!」ディテクティヴが炎熱に呑まれる!


◆◆◆


「ニンジャスレイヤーだと?」ラオモト・チバは身を乗り出した。「ニンジャスレイヤーと言ったか!」少年らしからぬ貫禄ある怒声の矛先は、丈高いプラチナブロンドの男だ。男は褐色の肌、ギリシア彫刻めいた非人間的な美貌の持ち主であり、灰色の瞳の奥には微細な稲妻が蠢いていた。常人ではない。

「どうなさいました。血相を変えて」銀糸を控えめに織り込んだカフスシャツとループタイ。男の名はアガメムノン。IRC通話を中断し、芝居がかった驚きの表情でチバを見る。「何だその余裕は!」覇王ラオモト・カンの忘れ形見は怒りに顔を紅潮させ、歯噛みした。「確かに聞いたぞ!まさか……」

 アガメムノンは微笑した。「奴はザイバツ・シャドーギルドとのイクサ以来その行方……」「くらましていたが現れた!そういう事ではないか!その会話!」「帝王たるもの、どっしりと構えておられよ」アガメムノンの瞳の中で稲妻が荒れた。チバの背後に控えるネヴァーモアが拳を固め、一歩前に出た。

「帝王には帝王のイクサがあります。ラオモト=サン」アガメムノンは液晶UNIXモニタをリモート操作した。「確かに、このところアマクダリ・セクトのテリトリーに見え隠れする影、そろそろ捨て置けませぬ。それがニンジャスレイヤーであろうと、なかろうと」「……」

 チバはクローム扇子を神経質に開閉しながら命じた。「ならばすぐにその不届き者を捕捉し、ジゴクを見せろ。奴であればよし!でなくば、その紛らわしさ自体が万死に値する!今すぐ……」「然り。ニンジャを今すぐ手配する算段をしておったのですが……この会話を止め、再開してもよろしいかな?」

「……!」チバは扇子を床に投げつけ、激しく足音を鳴らして退出した。ネヴァーモアは扇子を拾い、顔を斜めに傾けて、アガメムノンを睨め上げながら身を起こすと、身を翻して主君の後を追った。


◆◆◆


「ゴフッ!……ヒュー、ゴフッ!」セイジは咳き込みながら、抉れた左肩にメディキット治療を施し、闇の中でアグラ・メディテーションを開始した。天井の「忍」「殺」の文字がUNIXマルチモニタのバックライトを受けて妖しく浮かび上がり、彼に超自然的な指針を示す。

 ニンジャスレイヤーはニンジャを殺し続け、最終的にソウカイヤを滅ぼし、ネオサイタマを炎によって浄化した。その歩みの過程で、セイジは命を救われた。家族を失った彼には父の莫大な遺産が転がり込んだ。彼はヴィジランテ活動を開始した。いずれニンジャスレイヤーに認められるその日を夢みて。

「やりましたねニンジャスレイヤー=サン」モニタにリアルタイムIRC通信のアラートが光る。シンジケート構成員、ハッカーのナブケだ。セイジは呼吸を整えた。「辛勝だ。これでは失敗と変わらぬ。もっとカラテが必要だ」「でも実際勝ち続きじゃないですか」「確かにな。だが、まだまだやれる」

「これなら実際、昔のニンジャスレイヤーよりも上では?」ナブケが賞賛した。「すごいペースですよ」「やめろ!」セイジは声を荒げた。「ニンジャスレイヤーを侮辱するな。彼無くして私は無い」「アッハイ、すみません」セイジは息を吐く。そうは言っても、彼の口元には会心めいた笑みが浮かぶ。

「『初代』は多分貴方の活躍を見ていますよね」ナブケが言った。「もし生きているのなら」「さあな」セイジは目を閉じた。実際、見ている筈。でなくば説明のつかぬ事ばかりだ。「してやったりですよ、ここ最近のニンジャ殺しは。大漁だ」とナブケ。「『初代』も嫉妬してるんじゃないですか?」

「やめろ!侮辱は許さんぞ」セイジが言った。「アッハイ、すみません」だがセイジの口元には会心めいた笑みが浮かんでいる。「俺はニンジャスレイヤーそのものなのだ。彼の、そして私の、至らぬ部分を矯正し、鍛錬し、より完璧に。ニンジャスレイヤー概念を強化し、自らニンジャスレイヤーとなる」

 当初は装束と鉄パイプ、違法拳銃で開始した、セイジのヴィジランテ活動。ニンジャスレイヤーに認められたい。追いつきたい。……だが、やがて熱意は失望に変わりかけた。ニンジャスレイヤーは現れなかった。どこにもいなかった。ニンジャスレイヤーは失われた。ニンジャスレイヤーの死。

 ニンジャスレイヤーの死!それを認めた時、彼は、己の内に宿り、力を与えてくれる存在を自覚した。その瞬間から、彼は腕に炎を宿すすべを自らのものとした。違法ハッカー道場のニンジャを焼き殺し、劣悪な労働環境下でタイピングを強いられていたナブケ達を協力者として得た。カネ!そしてテック!

 ソウカイヤ壊滅後もなおネオサイタマに蠢く非道ニンジャ達。そんな状況下にニンジャスレイヤーが現れぬなら、自らがニンジャスレイヤーとなればよい。彼はハッカーや事情通を駆使して、ネオサイタマにおけるニンジャ事件の断片を拾い集め、ニンジャスレイヤーの歩みを、可能な限り浮き彫りにした。

 誰よりもニンジャスレイヤーを深く理解し、確かな力の執行手段を持つ……それが自分だ。ニンジャスレイヤーはこんな時どう考える?どう動く?常に自問自答すれば、真実に触れられる。出陣時には、雲間からの光、磁気ノイズの変化……「初代」の精神的監視は明らかだ。答えは常に容易に引き出せる。

 ピコココ、アラート音が鳴り、ハッカーの一人、カツラがログインした。三者は互いにojigiコマンドを送り合う。「幾つかアクティブ・ニンジャ情報があります」とカツラ。「どのターゲットからチャレンジしますか?」モニタのネオサイタマ地図のグリッドに数個のマーカーが突き立った。

「まずこれは、バイオニンジャです」下水路の一角のマーカーが光る。「サヴァイヴァー・ドージョー。イカレ野郎の集まりですよ。モンスターみたいな奴らだ。ヤクザ連中よりは、やるかも」「バイオニンジャか」セイジは沈思黙考する。「地下なら、毒ガスでも散布すれば一網打尽かな?」とナブケ。

「効率的かも知れん。害虫退治か」セイジは頷いた。「数は?」「少なくは無いですが、企業のバックアップも無いので、面倒は少ないですね」「フーム……他には?」「バウンティハンターのニンジャがいます。群れてないから、多分やり易い。カラテもあるし、訓練になるかも」「好都合だな」

 画面上に、ハッキング取得されたニンジャ三面図と、監視カメラ映像のキャプチャが表示された。ニンジャ名「バードハンター」。武器はブーメラン型ブレード。「なるほどな」セイジは頷いた。「まず、こいつだ」「イピー」「イピー」ハッカー二人のサインが歓喜するように赤、緑の二色で点滅した。

「バイオニンジャはまず行動ルーチンのデータをもう少し詳細に欲しい。最適なガス攻撃を検討。宿題だな」「イピー」「イピー」「それから、エーリアス・ディクタスと、ウミノ・スドだ」「潜伏場所は後何日かで割り出しますよ」「キッチリやらないと落ち着かないからな」セイジは息を吐いた。

 ハッカー達がチャネルからログオフすると、セイジは闇の中で沈思黙考した。(((今日のニンジャども。いけすかない……!よくない兆候だ)))奴らは明らかに、かつてのニンジャスレイヤーを知っている。セイジではないニンジャスレイヤーを。奴らは違和感の塊だ……。

 (((何者だ、奴ら?)))セイジは顔をしかめた。かつてのニンジャスレイヤーと奴らの間に何が?ニンジャスレイヤーがニンジャと行動を共に?彼は深く考えぬようにした。何故ならそれは由々しい冒涜だからだ。存在そのものがニンジャスレイヤーの正義を曇らせるノイズだ。歪みは正さねばならぬ!


3

「スマッシュ!ハント、ブツン」……テレビモニタ映像が一瞬のノイズと共に消えた。フジキドはリモコンに手を伸ばした。反応が無い。彼は立ち上がり、ボンボリライトのスイッチを操作してみた。点灯しない。彼は冷蔵庫を開けた。真っ暗だ。

 ブラインドの外は真昼。薄暗い室内であるが、彼のニンジャ視力には十分な光量だ。配電盤のカバーを外した。「……」焼き切れている。彼はソファーに座り直した。そして目を閉じた。

 ……だが彼は目を開いた。コートを着、ハンチング帽を被り、扉を押し開けた。彼は眩しさに目を細めた。曇天ではあるが、外の、真昼の明かりだ。カギをかけ、ポストの裏に差し込んで、彼はアパートの階段を降りて行った。

 ……「サーチ力。サーチ力を鍛え、あなたの作業効率が十倍になります」「ハッピー!ハッピー!困る!」「ヤルネー」……街路は常に広告音声で満たされる。さながら周波数域に余すところなく広告枠が設定されているがごとく。冷たい風が吹きつける。フジキドは帽子を目深に被り、横道に入る。

「チン!チン!チンチンチンチンチン!」「カッポッ!カッポッ!カッポッ!」歯をむきだしたブリキのシンバルモンキー人形とウサギのマーチング人形が、棚の中で激しく旋回している。屋台めいた電子部品ショップの一角、頭に複数のサイバネソケット処理をした老人がフジキドを睨んだ。「買うの?」

「ハイ」フジキドは細かく仕切られた陳列テーブルを指差した。老人はそのヒューズを手にした。「規格これでいいの」「……一通りください」「一通りってねえ」「一通り」「困りますよ」「いや、いいんです」「勘弁してくださいよ」「さあ」フジキドは素子を出した。「わかりましたよ」と老人。

「ザッケンナコラー!」「アイエエエエ!」路地の奥から悲鳴が聞こえてきた。「……」フジキドは帽子を直した。老人はしかめ面をした。「嫌ンなっちまうなァ」紙袋にヒューズを詰め、フジキドに手渡した。「スッゾオラー!」「アイエエエ!ヤメテ!」「スッゾー!」「アイエエエエ!アバーッ!」

「チン!チンチンチンチンチン!」「カッポッ!カッポッ!カッポッ!」「ピッピッピッピッピッピッ!」ケースの中ではブリキ人形がけたたましく騒ぎ続けている。「アバーッ!アバーッ!」路地の奥から聴こえる悲鳴はそれを割ってこちらまで届いて来る。「死んじまうんじゃないかァ」と老人。

「……でしょうね」「ハイ、ドーモ」「ドーモ」老人は興味も失せ、背中を向けてアンティークな小型テレビを再び眺め始めた。フジキドはその場を離れた。

「アバーッ!アバーッ!」「スッゾー!騒げばいいってもんじゃねえぞ?ア?」「アバーッ!アバーッ!」エクストリームチョンマゲ・パンクスが痙攣しながらのたうち回る様は、壊れた玩具もかくやという惨さだ。ダストボックスの横に正座させられ、それを痛々しく眺めさせられる二人もパンクスだ!

「これが教育だ!ワカル?」両手にナックルダスターを装備したスモトリ崩れの男は意気消沈した二人の顔を覗き込んだ。「……ワカル?」「アッハイ」「ハイ」「アバーッ!アバーッ!」Eチョンマゲ・パンクスは声をからして叫んでいる。「あの……死んじゃうんじゃ」とクロスモヒカンパンクス。

「スッゾオラー!」「グワーッ!」Cモヒカンパンクスが顔面をいきなり殴られた。歯が数本吹き飛び、Cモヒカンパンクスは地面を舐めた。「アバーッ!」「これが教育!ワカル?」スモトリ崩れの男は繰り返した。「若者はね?軟弱な格好しちゃダメなの。ワカル?あとカネだ。授業料出せ」

「スッゾー!」スモトリ崩れはCモヒカンパンクスを蹴った。「アバーッ!」「アバーッ!アバーッ!」今や地面に二人のパンクス!悲鳴を上げてのたうち回る!なんたる理不尽暴力行使の現場か!「あ、あ、」コーンパンクスが泣き顔になった。「アワアーッ!」跳ね起きるように立ち、飛びかかる!

 ナムサン、悲壮かつ無謀な突撃に対し、おそらく三倍以上の総体積を持つスモトリ崩れがナックルダスターを振り上げた。「スッゾオラー……ア?」拳が振り下ろされる事は無かった。「ア?」彼は訝しんだ。「アーッ!」そこへコーンパンクス!スモトリ崩れの肥満した顎にパンチが命中!「グワーッ!」

 顎を殴られたスモトリ崩れは脳震盪を起こし、ぐるりと白目を剥いた。「ムン」「あれ……?」コーンパンクスは意外そうに己の拳を、そして相手を見た。「ナンデ?」攻撃の成功が自分でも信じられぬ様子だ。

 気絶したスモトリ崩れが膝から崩れると、後ろに立つ者があきらかになった。「ア……」コーンパンクスはスモトリ崩れが拳を振り下ろせなかった理由を知った。後ろに立つ者……つまりフジキドが、スモトリ崩れの振り上げた腕を後ろから掴んで止めていたのだ。「……」フジキドは怪訝な顔をしていた。

 フジキドが手を離すとスモトリ崩れは倒れ伏した。「ドーモ」コーンパンクスは手を合わせ、数度、頭を下げた。「ホントドーモ」「ああ、いや」フジキドは気まずそうに生返事をした。「友達は?大丈夫ですか」「アッハイ。オイ、平気?」「アバーッ?……アー痛え」Cモヒカンが素早く起き上がった。

「アバーッ……え?マジかよ」生と死の境をさまよっていたかと思われたEチョンマゲすらも、勢い良く起き上がった。「スッゲエな!ノシちまったの?」「いや、助けてもらったんだよ!この人!」コーンパンクスが指差した。「アリガトゴザイマス!」「マジかよ!」「スッゲエな!痛え!」

「この辺でパンクスやるの、命がけなンスよ!」コーンパンクスが言った。「髪を立ててるだけで、ああいう連中にイチャモンつけられるンスよ!」「説教と暴力ッスよ」「ヤバかったな、え?サイコ説教強盗野郎だったぜ。痛がれば許してもらえるかと思ったけど、ミスったな。殺されるとこだった」

「ヤバかったよな!」「な!」パンクスは口々に言い合った。そしてフジキドに再び礼を言った。「アリガトゴザイマス!」フジキドはこらえきれず苦笑した。パンクス達も目を見交わし笑った。「オッサンも逃げた方がいいッスよ!仲間が来るよ、コイツのさ!」コーンパンクスがスモトリ崩れを蹴った。

「コイツは授業料だ! ザマぁ見ろ 」Cモヒカンがスモトリ崩れのポケットをまさぐり、財布を盗み取った。別の路地から複数の足音が近づいて来る。「ヤバイ!」「オッサン!早く!」Eチョンマゲがフジキドに促した。三人はビルの間を通り抜け、坂を駆け下りた。フジキドも後に続いた。

「チェラッコラー!?」「エッ?タカイヤマ=サン?ダメだ気絶してるぞ畜生!」「あっちだ!逃げた!」野太い怒声が追って来る!「ヤバイぜ!」「ヤバイ!」パンクスは口々に言い合い、ドタドタと走る。フジキドも続いた。なりゆきだ。角を曲がり、また曲がる。やがて路地が開けた。

 目の前を悪臭放つ水路が横切っている。水路の向こうには、また同様の雑居ビル群。「オイオイオイ、オイオイオイ」コーンパンクスが元来た路地と水路を交互に見た。「橋あるぜ!橋」Eチョンマゲが指差した。確かにそこには、幅1メートルほどの覚束ない橋が、二つ並んでかかっている。

 奇妙な双子の橋の脇には錆びた看板が立ち、「この橋わたるべからず」「底が抜ける。最悪死ぬ」と書かれている。「ウェー?」Cモヒカンが、ピアスまみれの舌を出した。「渡れねえ橋なんか、かけんなよ!」「ヤバイぜ!早くしねえと!」コーンパンクスが不安げに元来た路地を見た。

「そういう時は、これよ!」Eチョンマゲがニヤリと笑い、助走をつけた。「アンタイセーイ!」フジキドは目を見張った。Eチョンマゲは並んだ橋の手摺りの上に飛び乗ったのだ!左の橋の右手摺を左足で、右の橋の左手摺を右足で踏みしめ、両手でバランスを取りながら、向こう岸へ渡って行く!

「お前アタマいいな!」コーンパンクスが叫んだ。「アンタイセーイ!」Cモヒカンが続いた。そしてコーンパンクスが。三人のパンクスは並んだ橋の真ん中、手摺を踏みしめて対岸まで渡り切って見せた。フジキドは己のニンジャ脚力でこの水路を一飛びにしようとした……が……それを止めた。

 彼のニューロンをある寓話が行き過ぎた。「ある日ブッダは使途を集め、ワニで満たされた蓮の泉の上に一本の縄を張らせると、そこを渡るよう使途たちに命じた。一人目は全くブレずに渡ろうとし、あえなく泉に転落した。二人目は棒を持ち、左右にブレながら歩くことで、見事これを渡り切った」

 ……この話を聞かされたのは、いつの事だったか……雲間から一瞬だけ太陽が顔を出し、また隠れた。啓示的な瞬間であった。フジキドは何かに促されるように、手摺に飛び乗ると、パンクスに続いて対岸へ渡り切った。己の滑稽さに、彼はまた笑みを浮かべた。

「いたぞ!」「スッゾー!」元来た路地から追っ手が次々に現れる。「渡れッ!」追っ手達が橋へ殺到!「ヤバイぜ!」コーンパンクスが息を呑んだ。だがフジキドは不思議な確信を持って言った。「いや。大丈夫だ」KRAAASH!二つの橋の底が抜け、追っ手は全員水路へ落下!「アーッ!?」

「ザマァ見ろ!」「風邪ひくぜ!」「オタッシャデー!」パンクス達は水路でもがく悪漢に口々にヤジを飛ばした。「盛り上がるぜ!」Eチョンマゲに至ってはその場でズボンを下ろし、水路めがけ立ち小便を始めた。フジキドは彼らを後ろに、その場を去った。去り際、一度振り返った。


◆◆◆


「サヨナラ!」ニンジャは身体を斜めに分断され、爆発四散した。ブーメランブレードがクルクルと回転しながら戻り、バードハンターの手に再び収まった。「思い上がったガキめが」バードハンターは刃の血を拭うと、背後を浮遊する小型UAVを振り返った。「キル完了」

「照会完了しました。ご苦労様です」IRC通信が応え、端末が入金音を鳴らす。キャバァーン!「近頃は世間知らずのにわかニンジャが増えてかなわん」バードハンターは言った。「カトン・ジツの一つ二つ与えられた程度のカスが、無知ゆえに、己を選ばれし強者と思い込む。アワレな英雄病よ」

「確かにカトン・ジツは比較的ベーシックなジツであるゆえ玉石混交」「……」バードハンターは振り返り「その通りだ」と答えた。そこには赤黒のニンジャが立っていた。メンポには「忍」「殺」のペイント。「では私のカトンも吟味してもらおう。貴様の命によって。ドーモ。ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。バードハンターです」バードハンターはアイサツを返した。「近頃噂にのぼっておるな。かつての都市伝説に横乗りしたニンジャ狩り……今夜は英雄病の日和と見える」「都市伝説?」ニンジャスレイヤーの両腕が炎を纏った。「現実だ、これは……死という現実」

 バードハンターは鼻を鳴らし、ブーメランブレードを構えた。「忌々しきイレギュラー事案だ。インセンティブ交渉をせねばならん」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛ける!炎を纏ったジャンプパンチだ!「イヤーッ!」バードハンターは側転でこれを回避!ブーメランブレードを投擲!

 ヒュンヒュンヒュンヒュン!危険なブレードが回転しながらニンジャスレイヤーに襲いかかる。「イヤーッ!」ジャンプパンチをかわされたニンジャスレイヤーはそのまま前転、スプリングジャンプに移行し、この殺戮飛び道具を避けた。ブレードは街路灯のポールを切断!勢いを弱めず旋回!

「イヤーッ!イヤーッ!」バードハンターが素早く間合いを詰め、連続チョップ突きを繰り出す。「イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこの接近打撃を素早い裏拳ワークで防御!打ち合う瞬間、炎が移り、バードハンターの拳を舐める!バードハンターの素早い突き速度はこれを掻き消す!

 ニンジャスレイヤーはショートフックをバードハンターに叩き込もうとした。だが対するバードハンターの目線をニンジャ洞察力で捉えた彼はこれを一瞬で取りやめ、その場でブリッジした。「イヤーッ!」その直後、彼の上半身があった場所を、背後から飛来したブーメランブレードが通過!間一髪だ!

「イヤーッ!」バードハンターはブーメランブレードをキャッチし、ブリッジしたニンジャスレイヤーに上から斬りつけた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは横へ転がり回避、側転して間合いを取った。「イヤーッ!」スリケン投擲!「イヤーッ!」バードハンターがブレードを振って撃ち落とす!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが一瞬で接近、ヤリめいたサイドキックを繰り出す。「イヤーッ!」バードハンターは蹴りをかわし、その軸足を下段水面蹴りですくった。「グワーッ!」足を払われ転倒しかかるニンジャスレイヤー!「イヤーッ!」そこへ横薙ぎの回転ブレード斬撃が襲いかかる!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは転倒しながら両腕で防御姿勢をとり、ブレーサーでブレードを受けた。火花が撥ね、両腕のブレーサーが同時に切断破壊された。腕自体は無事だ。アブナイ!「イヤーッ!」バードハンターはさらに回転し、ブーメランブレードを投擲!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは高く跳んで、ビル壁から生えた「中古車現金化」のネオン看板をさらに蹴った。三角飛びでブーメランブレードを回避、踵落としを空中から振り下ろす!「イヤーッ!」「イヤーッ!」バードハンターは頭上からの攻撃を両腕クロスで防御!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは腕を蹴った反動で上に跳ねた。そこへ戻り来るブーメランブレード!バードハンターはこれをキャッチ!そこに一瞬の隙が生まれた。上に跳ねたニンジャスレイヤーは攻撃をやめていなかった。空中で一回転すると、再度の踵落としを振り下ろしたのだ!「イヤーッ!」

「グワーッ!」避けきれず、バードハンターは肩に踵落としを受ける!ニンジャスレイヤーはそのままバードハンターを地面に組み伏せ、脇腹を繰り返し殴りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 殴りつけるたび炎が噴き出し、バードハンターを苛む!「グワーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」炎熱によってバードハンターの動きは妨げられ、さらなる打撃を許してしまう。「燃えろ!焼け死ね!」右手で殴りながら左肘で敵の肩を押さえつけ、左手で顔面を覆う!「慈悲は無い!」

「グワーッ!」「イヤーッ!」顔面を覆った左手から炎が噴き出し、バードハンターを焼いた。覆面が燃え、バードハンターの目が白濁し、耳、鼻、メンポから炎が噴出した。「アバーッ!」「死ねッ……!ニンジャ、殺すべし!死ね!死ねーッ!」「アバーッ!サヨナラ!」バードハンターは爆発四散!

 回転ジャンプで飛び離れ、着地したニンジャスレイヤーは、地面に転がるブーメランブレードを侮辱的に蹴り飛ばした。「見たかッ!これがニンジャスレイヤーだ!ニンジャを殺す!」彼は吐き捨てた。その目に暗い輝きを宿す。「俺は強くなるぞ……もっとだ!」両腕を炎が這い、火の粉が噴き上がる。

「見ているな?ニンジャスレイヤー=サン」彼は譫言めいて呟いた。「見ている筈だ。俺の方が上を行くのではないかと戦々恐々か?俺の方がうまくやれていると……?悔しかろう……。俺はどんどん強くなる。無限にな。もはや俺は」その目が紅蓮に燃える。「俺はお前以上にニンジャスレイヤーだ」

 彼は目をすがめ、前方の路地を注視する。「……」再びカラテ警戒した。足音、殺気。接近者有り。背後からもだ。両面から新手。どちらもニンジャの気配である。「新手か……フン」ニンジャスレイヤーは待ち構える。『おや……データ外ですね』オペレータが告げた。『気をつけてください』

 後方のニンジャが停止し、カラテを構えた。人間離れしたニンジャである。上半身は怪物じみた灰色の肌をさらし、ウェットスーツめいたサイバネ装束、流線型のニンジャヘルム。そして、尻尾だ。

 逆方向からゆらりと現れたのは、鎖覆面に真鍮のメンポ、白黒ファイアーパターン装束姿のニンジャであった。装束の上から、両腕と鎖骨を覆う鎖防具を身につけている。「おう、おう。浸ってるところ悪いがよ。俺らにも付き合ってもらおうか」そのニンジャは首をゴキゴキと鳴らし、腹を掻いた。

「増援というわけか?残念だがバードハンター=サンは既に殺した」ニンジャスレイヤーはアイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「増援ッ?ハハッ!目当ては、お前さんだァー」ニンジャは腕のストレッチをしながら言った。そしてぞんざいなオジギをした。「ドーモ。スパルタカスです」

「ドーモ。ワイバーンです」続けて、背後のニンジャがオジギした。ニンジャスレイヤーの背筋がザワついた。空気が淀む感覚。彼のニンジャ第六感が、この二者の力量の一端を感じ取り、警鐘を鳴らしている。『あれ?名前解析に時間がかかるなァ?』オペレータが訝しんだ。『データ返ってこない』

「何者だ。貴様ら」ニンジャスレイヤーは問うた。「そりゃァ、こっちの台詞よ」とスパルタカス。「奴は死んだ。そう聞いてるぜ。そうなるとだ……お前さん、何者だ?ッて事になるわな」スパルタカスは両手をぶらぶらと振った。「生きていたとなりゃァ、大問題よ」

 スパルタカスはカラテを構えた……古代ローマカラテ第一の体勢、獅子の構え。周囲の空気が凝縮し、張り詰めた。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。鳥肌だと?そして以前この男をどこか、なにかで見たような感覚……。『おかしいな、データ電子防壁危険。一端退避しますね』オペレータが切断した。

 背後ではワイバーン。こちらも臨戦体勢である。不気味な尻尾の先端には何らかの危険な機構が隠されている。ニンジャスレイヤーは戦術パターンを検討する。二対一、しかもカラテ練度の高いニンジャと思われる。不利な状況といえよう。「手ェ出すなよ、ワイバーン=サン」スパルタカスが言った。

「御意」ワイバーンが頷いた。スパルタカスはニンジャスレイヤーを凝視した。「お手並み拝見だ、お前さんの」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが踏み込む。……そして彼は先程の違和感の正体を知った。いつ、どこで見たかなど覚えていない。TV放送、ドキュメンタリープログラム、あれは……。

 ……「グワーッ!アバーッ!」燃えるような衝撃と苦痛が、その気づきを弾き消した。地面に転がり、のたうつニンジャスレイヤーを、スパルタカスは侮蔑的に見下ろす。「アババーッ!」ニンジャスレイヤーの右肩関節は外されていた。一瞬の事であった。スパルタカスは舌打ちした。「ヌルい!」

「カイシャクを」とワイバーン。スパルタカスは無視した。「立てェ」「グワーッ!グワーッ!」「ハーアア」スパルタカスは両手を広げ、嘆息した。「ピイピイ赤子みてェに泣き叫びやがる。俺のこのモチベーションはどうすりゃいいんだ?ア?」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは地面をのたうつ!

 ニンジャスレイヤーは歯を食いしばった。魔法めいた反撃。何をされた?ニンジャアドレナリンが迸り、カジバチカラが呼び起こされる。判断……状況判断せよ!ニンジャスレイヤーは地面を転がり、逃れようとした。「カイシャクを!」ワイバーンが繰り返した。こちらも恐らくは相当のカラテ強者!

「カイシャクだ?こんなブザマなニセモノに、何で俺様がカロリーを使わにゃならん?全く以て時間の無駄も甚だしいわ!」スパルタカスは怒声でこたえた。ワイバーンが腕組みして首を傾げた。「どちらにせよ殺害せよとのミッションだったわけですが……」「お前がやれ!くだらん」「ヨロコンデー」

 ワイバーンとすれ違い、スパルタカスが歩き去る。屈辱!屈辱の極み!(((バカな!こんなのは間違いだ!)))ニンジャスレイヤーは滲む視界にその後ろ姿を焼きつける。(((だが命を拾った!慢心!絶対に後悔させてやる!)))ワイバーンの尻尾に力がこもり、血管が浮き上がる!「イヤーッ!」

 SPLAAAASHH!光が路地裏を真昼よりも明るく照らした!そして刺激性の煙幕!ナムサン、緊急回避用のハイテック・ボム!「ヌゥーッ!?」ワイバーンが振り下ろした尻尾は僅かに狙いをそれ、アスファルトに突き刺さった。ウカツ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは負傷をおして跳躍!

「チィーッ!コシャク!」ワイバーンが後を追って跳躍!二者はビル壁を繰り返し蹴って屋上へ!「ほッとけ、ほッとけ!そんなもん!」下を歩くスパルタカスがブラブラと手を振り、うんざりと言った。

 チチチピピピ……IRCアラートがスパルタカスの顔をしかめさせる。彼は耳栓型インカムを押した。「ドーモ、スパルタカスです。ニンジャスレイヤーじゃねえな、あいつは。万事問題無し!ア?どうでもいいぜ、そんなもん。ガッカリもいいところよ。ア?誰に向かってクチきいてやがる。ア?」


◆◆◆


「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ!」闇医者で腕を処置し、アジトの闇の中へ戻ってきたセイジは、そのまま崩れ落ちるようにアグラした。「シューッ……!」息を吐く!怒りと憎しみと困惑に全身が震える!(((今はメディテーションだ!メディテーションに集中せよ!傷を治し、備えよ!)))

 バウッ!バウッ!握り開く拳の周囲に炎が爆ぜ、火花と消える。(((ニンジャ……スレイヤー)))内なる声がニューロンに木霊する。「そうだ。俺はニンジャスレイヤー」セイジは答えた。「俺はニンジャスレイヤーというものを完全理解している。再現し切っている!こんな事はあってはならない!」

 (((ニンジャスレイヤー……ニンジャ……ニンジャコロス……)))「そうだ」セイジは闇を睨んだ。「ニンジャを殺す。遅れを取ったのは今回だけだ。うまくやる……絶対にうまくやる」(((ニンジャ……もっと……)))内なるニンジャソウルが身じろぎした。「ああ、もっと殺す!力を引き出せ」

 (((ニンジャ……コロス……)))「シューッ……!」セイジの身体に不浄のエネルギーが循環し、力が満ちる。邪魔は入ったが、バードハンターは殺せたのだ。当初の目的は達成している。やるべき事はやれている。殺せば殺すほど……彼のニンジャソウルは、ニンジャを殺すほどに強くなる!

「スパルタカスだと……ワイバーンだと……?バカな……ニンジャスレイヤーに殺せないニンジャなど無い」セイジは言った。「もっと他のニンジャを殺せばきっと……」(((ニンジャ……コロス)))「そうだ。ニンジャを殺す。より完全なニンジャスレイヤーとなる。完全なニンジャスレイヤーに」

 もっと完全なニンジャスレイヤーにならねば。彼をニンジャスレイヤーから妨げる物は何だ?「……ニンジャスレイヤーだな」濁った憎悪がセイジの瞳に宿っていた。「全てをよこせ。ニンジャスレイヤー。俺にはその権利がある。俺はニンジャスレイヤーを完全に理解し、再現できる。俺の邪魔をするな」

 ニンジャによって家族が殺され、彼だけが生き残った。ゆえに、セイジはニンジャスレイヤーになる権利がある。その為の力も得られた。権利があるからだ。イクサに勝てない?それはおかしい。前のニンジャスレイヤーに出来てセイジに出来ない事があっては、道理が通らぬ。それは、不公平である。

「わかっている……!あいつらだ」セイジは呟く。ニンジャスレイヤーと繋がりのあるニンジャ。あいつらがセイジの完全性を汚している。あいつらは不要だ。そしてマルノウチ・スゴイタカイビル。あんなものがある。不公平だ。不公平は是正し、セイジの権利を明らかにせねばならぬ。

「権利か……そうだな」彼は笑みを浮かべた。自分以外にもニンジャスレイヤーになりたがる者が現れるだろうか?それもよかろう。ルールを作ってやる。誰よりも、先代よりもニンジャスレイヤーを理解し、概念を使いこなす自分こそ、ニンジャスレイヤーを名乗り、管理し、語り継ぐにふさわしいのだ。

 いずれセイジはニンジャスレイヤーの帝国の主となる。そこでは不完全なニンジャスレイヤー概念の拡散は許さない。全てを管理継承するのはセイジだ。それこそが権利、それこそが究極の使命。故にこんな所で躓いてはならない。「邪魔だ。邪魔だニンジャスレイヤー。ニンジャスレイヤーの邪魔だ……」

 ピコココ、アラートが鳴り、ハッカーのナブケがlRCチャネルにログインした。セイジは白昼夢を中断した。「ドーモ」「ドーモ」「アブナイ・インシデントでしたね」「いずれ倒す。順序通りにやれば必ず勝てる」「問題無いですよ。バードハンターを倒して重点ですし」心地良い賛同と賞賛だ。

 ピコココ、ピコココ。エビウミとカツラがログインした。「ドーモ」「ドーモ」「大変でしたね。でもステップアップしてます」「本当に凄いカラテです。痛快ですよ」セイジは呼吸を整える。「学ぶべき点は多かった。だがいずれ勝つ」「貴方は実際、正統後継者ですよ。ニンジャスレイヤー=サン」

「……で、首尾はどうだ」セイジは切り出した。ナブケのログイン表示が点滅した。「ディテクティヴはキョートの探偵でした。ニンジャスレイヤーと関係があるみたいだ」「やはりな」「奴もニンジャなのに」「……」セイジは闇を睨む。「ウミノ・スド。それからエーリアス・ディクタスはどうだ」

「それが、目立った活動痕跡が無いんですよ。エーリアス・ディクタスに関しては住居らしきポイントを掴みました。でも、この前の戦闘以降、帰ってきていないみたいです」「そうか」「網は張りましたよ。何者ですかね?」「ニンジャだ」セイジは言った。「ゆえに殺す……必ず殺すべき存在だ」

 ディテクティヴとエーリアス・ディクタス。戦闘時の短いやり取り。セイジは洞察していた。奴らは知人関係だ。先代と繋がっていた。セイジにとって不快な洞察だ。ニンジャスレイヤーがニンジャと繋がる?あってはならないジョークだ。何たる事をしてくれた。委細を確かめ、切断せねばならない……。


◆◆◆


「君……君」ウミノが気遣わしげにエーリアスに話しかけた。「本当に平気かね」「おかげさんでな」エーリアスは仏頂面を返した。実際、服の下は包帯だらけなのだ。「心配なのは、あンたのほうだよ」「私は……ああ……恐ろしいよ」ウミノは自身の頬を臆病そうに撫でた。「ニンジャ、ナンデ……」

「その気持ち分かるよ」エーリアスは呟いた。「あンたに訊きたい事も沢山ある。アー……とにかく今のこの問題をさ……どうにかしねえと」「ムム」ウミノはキョロキョロと裏通りを見渡した。「悪いけど、あンたの事を一人で放っておくわけにもいかねえし」「ああ、ああそうだね、コワイ事になる」

「そう、コワイ事になる」エーリアスは爪を噛み、物思いに沈む。あの襲撃からどうにか逃げおおせた彼らだが、家に帰る事はかなわなかった。傷の処置で精一杯だ。エーリアスのニンジャ第六感が何らかの罠の存在を告げていた。いまだ狙われているのだ。ウミノを一人で放すなど以ての外である。

「俺があンたを巻き込んじまった形なのかなあ」エーリアスはため息をついた。わからぬ事はあまりに多い。二人は人混みから人混みへ渡り歩くように移動する。「でも、他にアイデアもねえし」「飲みなさい。ね。ほら」ウミノがエーリアスにホット・コブチャを差し出した。「え?……アリガト」

「こ、こういう時はね、温かみですよ」ウミノはオドオドと言った。エーリアスは苦笑した。「500円。二つで。500円」「え?」コブチャ・スタンドの店主がエーリアスに手を差し出している。「だよな、俺が買うんだよな、そりゃあ」エーリアスは店主にトークンを握らせた。「暖かい」とウミノ。

 エーリアスはコブチャを飲み、ふと表通りを見やる、その目が見開かれる!信号が青になり、人々が横断歩道を一斉に渡る、その波からやや遅れ、トレンチコートとハンチングの男が足早に横断を始める。「……!」エーリアスは裏通りから走り出、口を開き、叫びそうになった。だが踏み止まった。

「待ちなさい、待って」ウミノが追ってきた。「放置いけないでしょう」「悪い」エーリアスは生返事をした。二人の姿は人だかりに呑まれた。……買い物袋を抱えたフジキドは、横断歩道を渡り切り、一度、エーリアスの方向に首を巡らせた。それからまた歩き出し、見えなくなった。

「どうしたのかね?」とウミノ。「何でもねえ」エーリアスは首を振った。「アイツは……アイツを巻き込んじまったら、ダメだ」独り言めいて呟いた。「俺らでどうにかするんだ」


◆◆◆


 フジキドは後ろ手にドアを閉めると、トレンチコートと帽子を脱ぎ、買い物袋からマンダリンを取り出した。彼はそれを神棚に並べた。チャブの上のウォッカ瓶を台所の下にしまった。チャブには買ってきたスシパックを置いた。彼は湯を沸かし、チャを淹れた。小皿にショーユをさした。

「……」彼はスシを食べ始めた。マグロ……いや、タマゴだ。それからマグロ。シロミ。イカ。トビッコ。チャをすすり、マグロ。バイオウニ。アボカド。オキアミ。マグロ。成形もの。タマゴ。イカ。トビッコ。シロミ。サバ。マグロ。

 シロミ。イカ。サバ。マグロ。バイオアナゴ。成形もの。サバ。オキアミ。イカ。バイオウニ。トビッコ。グンカン。グンカン。バイオアナゴ。イカ。マグロ。サバ。サバ。タマゴ。チャを飲む。チャを飲み干す。

 そしてフジキドは立ち上がった。空になったスシパックを重ね、ゴミ袋に入れた。UNIXの電源ボタンを押した。反応が無い。彼は電源コードをさぐり、コンセントに挿した。そして、あらためて電源ボタンを押した。……「パボッ」起動音が鳴り、モニタが点灯した。

 彼はIRCクライアントを立ち上げた。そしてコンタクトサインを送った。返事はすぐに返ってきた。

# ns_gokuhi : ycnan : で、何から始める?


4

 ピココ……ピココ……闇の中にアラート音が浮かんで消える。セイジは目を開く。天井の「忍」「殺」の文字が彼を見下ろしていた。どれほどの時間メディテーションしていた事だろう。「シューッ」セイジは肺の空気を残らず吐き出す。腕を回す。肩の痛みは癒えた。カラテに支障無し!「よしッ……」 

 ピコココ……ピココ「ドーモ」セイジはログイン・サインに応えた。「ドーモ」カツラだ。「グッドニュースですよ」「グッドニュース?どうぞ」とセイジ。UNIXモニタにワイヤーフレーム地図が展開してゆく。何の地図か。それは、とても高い、実際高いビルだ。……マルノウチ・スゴイタカイ・ビル。

 セイジ以下「ニンジャスレイヤー・シンジケート」の調査により、数年前のクリスマス、このビルの痛ましい爆発事故がニンジャスレイヤー誕生の発端となった事は確定済だ。「痛ましい事故」の記録は一見筋道が通っているが、綻びはゼロではない。隠匿の痕跡がある。つまり……ニンジャの関与だ。

 あの大規模爆発はソウカイヤのニンジャが引き起こした。そして、大量の市民が殺された。犠牲となった市民の誰かがニンジャスレイヤーとなった。ゆえに、マルノウチ・スゴイタカイビルは聖地。生誕の地。概念の地である。

 ゆえに、セイジにとってもこのランドマークは重大な意味を持つ。疎かにしてはならない場所である。だが……心苦しい事ではあるが……そろそろ、よかろう。新たなニンジャスレイヤーのアイデンティティの枷となるようでは本末転倒。セイジはこの遺物めいた存在を克服しなければならないのだ。

 マルノウチ・スゴイタカイビルの立体ワイヤーフレームがY軸浮上してゆく。その地下駐車場部がクローズアップされ、さらに、その下に視点が移動する。「何をしている?ビルをよく見せてくれ」「これでいいんです」文字情報だけだが、カツラの会心の笑みが浮かぶようだ。「展開します」

「ナブケ=サンとエビウミ=サンが、保守管理のサーバーをハックしたんですが」ピコココ、ピコココ。二人がログインする。「でね、不自然な補強工事の跡があります。これね……空洞ですよ。土台が安普請な」「空洞?つまり……」「イピー」「イピー」

「ちょっと時間かけてアニメーションさせてみました」カツラが言った。ワイヤーフレームの地下駐車場部の要所、数カ所に設置された爆発物が同時に起爆すると、地盤沈下めいてスゴイタカイビルが真下の空洞部に沈み込み、崩壊……ビルのワイヤーフレームが分解し、「忍」「殺」の文字に再構築された。

「爆発物……そうだな……」セイジは瞳に暗い輝きをたたえ、闇の中で頷いた。「下水のバイオニンジャ殲滅作戦の為に闇手配したガス……可燃性だ。工夫すればそのまま使える……ぞ」「ですよね」「イケル」「イピー」

「実行部隊を手配する」とセイジ。彼のシンジケートには鬱屈を抱えたヨタモノやヒョットコもいる。それを使えばよい。適材適所だ。(((こいつらハッカーはデッキを離れれば役に立たん連中だ。神聖な儀式行為も、こいつらには所詮ゲーム感覚……)))「俺に任せておけ」「イピー」「イピー」

「ニンジャスレイヤー=サンのキュレーション能力、素晴らしいものがあります」エビウミが賞賛した。「いけますよね?」とナブケ。「テンサイ級ハッカーが三人!集いし才能と運命」「失敗は許されん」セイジは武者震いし、笑った。「この再生儀式を経れば、俺に勝てるニンジャはいなくなるさ!」

「サスガ」「サスガ」心地良い賞賛!だがこれだけではダメだ。過去だけでは。過去と現在、二つの要素を合一して浄化せねば継承は完遂しない。「例のニンジャどもはどうだ」「家に帰らないです」とナブケ。「警戒してます」「チッ」セイジは舌打ちした。ナブケは続けた。「警戒してますが……甘い」

 UNIXモニタが切り替わり、ネオサイタマの区画図が映し出された。「ココ」という明快なカタカナが三角形と共に拡大縮小し、ある一点を示した。ありふれた廃ドージョーだ。「トレスしました」「テンサイ級をナメたらいけないですよ。三人でタイピング速度は九倍近い計算、つまり百倍の能力だ」

「だが、いつまでこいつらを捕捉し続けられるか保証は無い。奴らとてニンジャ。侮るわけにはいかん」「サスガ」「サスガ」「二つのミッション……電撃的に……なおかつ入念に展開せねば」セイジは厳かに言った。「これはイクサだ。試練だ!」「絶対成功しますよ!」「英雄的!」「正統後継者!」 

「ズガタッキェー!」突如、セイジの口をついて古のパワーワードが飛び出した。「アイエエ%4鷀」「ア軣エエエ」「%3イ塒」ハッカー達が乱れた文字を返した。音声認識の誤作動!怒声に畏れをなしたのだ。セイジは立ち上がった。「敬意だ。オリジンへの敬意は忘れるな!敬意もて滅ぼす!」


◆◆◆


 ブンブンブンブーン。ブンブブーン。エレベーターミュージックめいたインストゥルメンタル・ポップスが心地良く流れるバッターボックスにシビメはエントリーした。両手に指抜き革グローブ。頭にはカスガ・ブラックストライプスのメタルヘルメット。コインスロットにトークン投入!キャバァーン!

 頭上ディスプレイに「あなたのスコアー」「全国ランキング3位」のオレンジ単色液晶パネル文字が点灯した。シビメは職人めいた眼差しでバットを構え、ワータヌキ型のピッチングマシーンを睨んだ。やがてタヌキ腕が水車めいて回転。ボールが射出された。「キエーッ!」パコォン!最適タイミング!

「ホームランドスエ!」「ワー!スゴーイ!」ストココココピロペペー、トコトコテテテペウン!ワータヌキがさらにボール射出!「キエーッ!」パコォン!またもジャストタイミング!「ダブルホームランドスエ!」「ワー!スゴーイ!」……パコォン!「ターキードスエ!」「ワー!スゴーイ!」

「参りました」のカケジクがファンファーレと共にタヌキの前に降りてきた。「フー」シビメはバットを置き、ヘルメットを脱ぐと、剥げかかった頭の汗をタオルで拭った。いいスタートが切れている。この調子でいけば、もうすぐオンライン全国ランキング2位だ。精進せねば。

 バッターボックスは緑のフェンスで仕切られている。各ボックスには他の客がスタンバイし、思い思いにバットを振る。「振り方がわからないよー」「こうだよ、こう」左隣、若いカップルが睦まじく遊戯する様に小馬鹿にした目線を送り、シビメは右隣を見る。右隣はピッチング・ゲーム・ボックスだ。

 そこに立つのは背の高い男、ハンガーにはトレンチコートとハンチング帽がかかっている。キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!キャバァーン!スロットに何枚もトークンを投入した彼は、やや腰を落とし、不思議な投球姿勢を取る。シビメは苦笑した。(((オイオイ、何だそれは)))

 シビメは思わずそのさまを見守った。ガコーン!音を立て、バッターの形をした標的ボードが遠くに出現した。男は……投げた!「イヤーッ!」「エッ?」シビメは思わず声を出した。男が投げたのはボールでは無かったからだ。投擲物はバッター標的ボードを大きく外れ、ネットに突き刺さった。

「……」男は首を傾げ、肩を動かした。そしてまた投擲姿勢を取った。「……」シビメは上の空でバットを構え、もはやそのさまを注視していた。ガコーン!違う位置にバッター標的ボードが出現!「イヤーッ!」やはりボールでは無いなにかを投擲!ボードの端をかすめ、ネットに突き刺さった。

 ガコーン!新たなバッター標的ボードが出現!その隣には審判標的ボードが出現!審判に当ててはいけない。「イヤーッ!」男は再びボールでは無いなにかを投擲!「……エッ!」シビメは目を見開き、息を呑んだ。バッター標的ボードの肩のあたりにかろうじて突き刺さったそれは……スリケン?

 ガコーン!バッター標的ボードが二つ同時に出現!「イヤーッ!イヤーッ!」男は二枚のスリケンを投擲!一枚は外れたが、一枚は一方の腹部に突き刺さった。「……」男は目を細めた。シビメは震えながらそのさまを凝視する。

 ガコーン!更なる標的ボード!「イヤーッ!」鎖骨のあたりに命中!ガコーン!「イヤーッ!」胸のあたりに命中!ガコーン!「イヤーッ!」残念!外れだ!ガコーン!「イヤーッ!」肩口に命中!ガコーン!「イヤーッ!」心臓部を……貫通!「アイエエエ?」シビメは絶叫を手でこらえ、失禁を抑えた。

「スゥーッ……ハァーッ」男は奇妙な深呼吸をした。シビメの目線は男に釘付けだ。恐ろしい。恐ろしいが目が離せない。ガコーン!ガコーン!ガコーン!三列に並んだバッター標的ボードが出現した!「……イヤーッ!」男はスリケンを投擲!

 スリケンは三つの標的ボードを一撃で貫通!男はそのさまを睨み据え、小さく頷き、手を握り、開いた……何かを確かめるように。「アイ……エエエ……」シビメはしめやかに失禁した。


◆◆◆


 エビ味レーションのゴミをまとめると、エーリアスは溜息を一つ。立ち上がった。朽ちかかった押入れの中からセンベイめいて硬いフートンを取り出し、タタミの上に敷いた。「寝られるうちに寝ておきなよ。ウミノ=サン」「ニンジャ……恐ろしい」「まあな」ウミノは促され、自分のフートンに入った。

「フートン……屋根。安らぎですよ」ウミノは呟いた。エーリアスは自分のフートンの上でアグラした。「ああ。安らぎ。安らぎさ」彼女は憔悴した目をこすり、呟いた。床置きボンボリライトの明かりが彼女の影を長く伸ばす。壁には傾いた額縁がある。額縁の中には「不如帰」のショドー……。

「ありがたい……ありがたい……」ウミノはぶつぶつ呟き、フートンの中で寝返りを打った。エーリアスは欠伸を噛み殺した。彼女は台座上の汚れたフクスケを一瞥し、俯いた。

 ……しばし後。「シューッ……」全き闇の中、しめやかにエントリーしたニンジャあり。赤黒の装束が闇に溶け、タタミを踏みしめる足さばきには細心の注意が払われている。ボンボリは消灯している。ウカツの限り。彼の目は闇に慣れており、タタミ上にやや離れて並ぶ二つのフートンも見分けられる。

 骨伝導インカムから、ナブケのオペレーションメッセージが伝わる。『万端な』「……」ニンジャスレイヤーは右手をチョップの形に構え、中腰姿勢で廃ドージョーを進んだ。ひと気の無いシャッター街の廃墟を潜伏地としたは愚策。こうして踏み込まれれば目撃者は他に無く、第三者の介入も無し。

 ニンジャスレイヤーはフートンの一方に近づいた。人の膨らみ。彼は左手でフートンの端を掴み、右手チョップを振り上げる。「……イヤーッ!」フートンを跳ね飛ばす!BLAM!「グワーッ!?」闇に響き渡るニンジャスレイヤーの叫び!そしてドージョー四方のストロボライト点灯!FLASHH!

「グワーッ!?」突然の閃光に取り囲まれ、ニンジャスレイヤーが怯んだ。「ドーモ。また遭ったなあ、オイ」大柄な男がリボルバー二丁をクロスさせて構え、フートンから身を起こした。「ディテクティヴです」「何だとーッ!?」ニンジャスレイヤーは後ずさった。脇腹が銃弾にえぐられている!

「まだだ!アイサツは待て」包帯まみれのディテクティヴはリボルバーを構えたまま言った。ニンジャスレイヤーはカラテ警戒した。「イヤーッ!」天井の穴からエーリアスが飛び降り、ニンジャスレイヤーに背中から組みついた。ディテクティヴが叫んだ。「そう。そいつのアンブッシュがあるからなァ」

「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはエーリアスを振り落とそうとする!だがエーリアスは耐える!「直接かますぜ!」叫び、締めつけを強める!「グワ……グワーッ!」ニンジャスレイヤーは膝をついた!彼のニ000ュー0100ロンが01011011011

 010010111011だ、これは?」セイジは周囲を振り仰いだ。低い天井と床とに「忍」「殺」の文字。破れたフスマの向こうには暗い海が垣間見える。何だ?これは?頭が!痛い!「ヌゥーッ!」セイジは振り返った。ショウジ戸の向こうで蠢く影!「イヤーッ!」

 ショウジ戸を破壊し、隣室へエントリーした。見よ、タタミの上では人の形をとった紅蓮の炎が組み伏せられている。マウントを取っているのはエーリアスだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」怒りに満ちたエーリアスの両目が銀色に燃え、光が掌に伝わると、紅蓮の人型に流れ込む!「グワーッ!?」

 堪え難い苦痛に苛まれ、セイジはもはや立つ事ができない!その場に倒れ、のたうつ!「イヤーッ!」「グワーッ!」セイジの視界にエーリアスと紅蓮の人型の格闘がちらつく。(((なんだ?これは?)))彼が困惑するのも無理は無い。これこそがエーリアス・ディクタスのジツ!ユメミル・ジツだ!

 彼女は他者のニューロンへ潜行、ローカルコトダマ空間にアクセスし、干渉する事ができる。現在の彼女のジツは何らかの変質を経ているが、肉体をじかに触れることで相手ニューロンのバックドアをハックする事は依然可能である!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「悪りィがこのままブッ壊すぜ」エーリアスは力を込める!彼女の身体には紅蓮の炎の糸が幾筋も這い登り、根を張ろうとしている。セイジのニンジャソウルが防衛機構を発動させているのだ。炎の根はいつしか部屋中に網目状に張り巡らされ、恐るべき熱を放射していた。「グワーッ!」

「アアアア!アアアア!」セイジはタタミを転がり、絶叫した。「ニンジャスレイヤー!ニンジャスレイヤー!こいつを焼き滅ぼせ!こいつは存在してはならない!」「ドーモ……ニンジャ……スレイヤー……です……ドーモ……ニンジャ……スレイヤー……です……」「そうだ!殺せ!このニンジャを!」

 炎が部屋の四方を、天井を、タタミを焼き焦がす。彼らは闇の中に投げ出された。足元に「忍」「殺」の文字。遥か頭上では黄金の立方体がゆっくりと自転する。紅蓮の炎と銀色の飛翔体が闇の中を旋回し、互いに傷つけ合い、絡み合う。セイジは紅蓮の炎に力を流し込む。「殺せ!殺せ!」

 彼はこの超自然のイクサと並行して、あの日の光景を幻視していた。去り際、彼を振り返るニンジャスレイヤー……逆光、荘厳な殺戮存在……彼は涙を流した。あれは俺であるべきなのだ!なぜオリジンが存在する?ダメだ!俺によこせ!その概念を俺によこせ!「殺せ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「忍」「殺」の文字上に、紅蓮存在と銀色存在は同時に叩きつけられた。「俺はニンジャスレイヤーだ!よこせ!概念を!」紅蓮のニンジャソウルがセイジの言葉を繰り返した。「俺に全てをよこせ!よこせ!」「この野郎ーッ!」銀色のニンジャは叫び、エーリアスの姿をとる……BRATATAT!

「な、グワーッ!?」エーリアスの身体に突然、細かい穴が穿たれた。そこから銀色の血が流れ出した。彼女の身体は01のノイズに分解され、消滅した。セイジは飛んだ。紅蓮のニンジャソウルが彼を再び迎え入れた。

 0100010ャスレイヤーは現世の身体感覚を取り戻した。実際に経過した時間は僅かだ。ニンジャアドレナリンのフィードバックがニューロン速度を極限まで増幅させ、全ての状況を提示する。突入してきたモーターヤブ!その銃撃を受け、足元に倒れるエーリアス!飛来するディテクティヴの弾丸!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジを繰り出す!メンポを削り取りながら49マグナムの弾丸が通過!アブナイ!「イヤーッ!」彼はそのままバックフリップし、ディテクティヴの追撃を回避!「いいぞッ!グッドタイミングだ!」ニンジャスレイヤーはIRC通信先のナブケをねぎらう!

 黒塗りの無骨な逆関節殺戮機械が走査LEDを不吉に光らせ、合成音声を発した。「ドーモ、モーターヤブです。ニンジャスレイヤーはあなた方の降伏を受け付けています。降伏意志をしめしてください」掃射を終えた腕のガトリングガンがヒュンヒュンと余剰回転する。何たる払い下げ品!カネの力だ!

 ニンジャスレイヤーは着地した。死線を越えたのだ。エーリアスのアンブッシュを受けた一瞬後にモーターヤブが突入、エーリアスを撃ち、ディテクティヴが発砲、そして……「ハーッ……」ニンジャスレイヤーはカラテを構えた。その腕が炎を纏う。かつてない火力の炎。彼は笑った。

「アイエエエエ!」ナムサン!?ドージョー隅で悲鳴をあげるのはフートンから転がり出たウミノである!盾めいてフクスケを掲げるが、無意味!ニンジャスレイヤーはゴミでも見るように冷たい一瞥をくれ、ディテクティヴに向き直った。「……ドーモ。私が真のニンジャスレイヤーです」

「真の、と来たか」ディテクティヴは笑おうとした。「参ったね」「貴様では俺に勝てぬ。策は破った。貴様はブザマに苦しみを重ねに戻って来ただけだ」「俺もびっくりしてンだ。景気良く落ちたのによ」ディテクティヴは中腰になり、銃を交差させた。悲壮なピストルカラテだ。「冷たい水だったぜ」

 KRAAASH!破れ窓を窓枠ごと破壊しながら、さらに一機のモーターヤブが突入してきた。「派手だな、オイ」「ドーモ、モーターヤブです。ニンジャスレイヤーは降伏を受け付けています」「あれはバグだ」ニンジャスレイヤーは言った。「実際には降伏は受け付けない」「そいつァひでえ」

 ディテクティヴ自身、もはやイクサの勝機が失せた苦さを認めざるを得ない。シュイイイ……モーターヤブ2機のガトリングガンが予備回転を開始する。「アイエエエエ!」ウミノがへたり込み、絶叫!エーリアスはうつ伏せに倒れたまま動かない!ニンジャスレイヤーの目が殺意に燃える!「イヤーッ!」

 ドージョー入口方向から恐るべき速度で飛来したスリケンが、一機目のモーターヤブのやや横を通過し、壁の「不如帰」のショドーを破壊した。ニンジャスレイヤーは、ディテクティヴは、反射的にそちらへ注意を振り向けた。その直後!KABOOOM!そのモーターヤブの頭部はいきなり爆発した!

「新手」ニンジャスレイヤーは呟き、ディテクティヴとそちらを同時カラテ警戒した。「見敵。攻撃対象を再吟味プロセスな」もう一機のモーターヤブは困惑したように足踏みし、ディテクティヴへの攻撃を取り止めた。ディテクティヴは新たな人影を見やった。彼は呻いた。「お前……」

「ピガガガガガ」爆発し崩れ落ちた一機目のモーターヤブが、炎を再度吹き上げ、完全停止した。スリケンだ。二発目のスリケンがクリティカル部位に命中、破壊したのだ。歩いて来るのは禍々しい赤黒の装束に身を包んだニンジャである。メンポには「忍」「殺」のレリーフ。その目は赤黒く燃えていた。

「……来たか……」ディテクティヴの声音には何らかの感慨があった。喜びとも悲しみともつかぬ感慨が。何らかの事実認識が。「……来たんだな。そうか」破壊されたヤブの炎が生み出す陽炎に、赤黒のニンジャの姿は揺れた。ニンジャはアイサツした。

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」

「ニンジャ……スレイヤー」ニンジャスレイヤーはこの新手ニンジャを凝視した。「ニンジャスレイヤーだと」「ああそうだ、あれがニンジャスレイヤーだ」ディテクティヴが言った。「よかったな」「アイサツせよ」新手ニンジャがジゴクめいて促した。「アイサツせよ。名乗れ」

「貴様……貴様は。貴様……嘘だ」「オヌシの目的を訊いておこう」「俺は……お前……貴様、今更何をしに来た!」『lol。あれはワナビーだな』 ナブケが嘲った。『スリケン投擲もなってないし、いかにも駄目な偽物。私に言わせれば、まだまだですね!実際……』「黙れ貴様ッ!」『ア葢エエ$』

 思いがけぬ怒声を受けてナブケの文字入力にノイズが走った。「貴様に何がわかる!屑め!」『ア%イエ袵』無責任者を恫喝したのち、ニンジャスレイヤーは新手ニンジャを指差した。「何をしにきた!?」両腕に帯びた炎が渦巻かんばかりに勢いを強めた。「俺がニンジャスレイヤーだ!」「愚か者」

 新手ニンジャは一歩踏み出す。ニンジャスレイヤーは一歩下がる。「い……今更何をしに来た!」彼は狂ったように叫んだ。「今更ッ!身勝手に役割を退いた貴様がそんな!俺がどれだけ貴様を……許さんぞ!」「オヌシが私の何を許し、何を決めると言うのだ」赤黒の眼光。「ニンジャスレイヤーは私だ」

「ピガッ!?ピガッ、装束認証な、同一性、矛盾ループ関係、エラーな」モーターヤブがガシャガシャと足踏みした。「オムラのポンコツだからしょうがねえ。許してやろうぜ」ディテクティヴが言った。「ピガガガガ!破壊!」モーターヤブがガトリング砲を旋回させる!BRATATATATAT!

「Wasshoi!」死神めいた赤黒のニンジャが跳んだ!銃撃が逸れる!ディテクティヴは横跳びに転がり、逆関節脚部めがけ2丁拳銃を撃ちまくった。脆弱な脚部を破壊されたモーターヤブは自重で潰れ、うずくまる!そこへ決断的な降下チョップが振り下ろされる!「イヤーッ!」「ピガガーッ!」

 火花が散り、二機目のモーターヤブは活動停止!「ウ……ウオオーッ!」飛び越されたニンジャスレイヤーは振り向きざまにスリケンを二枚同時投擲!「イヤーッ!」一方のニンジャスレイヤーは回し蹴りでこれを弾き、その動作からスリケンを投擲。ウミノめがけて飛んだもう一枚にぶつけて破壊した!

「アアーッ!」ニンジャスレイヤー……セイジは、衝撃の余り奇声を発した。彼はニンジャスレイヤーを指差し、たたらを踏んだ。「ニンジャを……ニンジャだぞ!何をやっている?何を、何を考えているニンジャスレイヤーッ!?なぜそんな卑しい命を!なぜそのディテクティヴとかいうクズと共にッ!」

 ニンジャスレイヤーはツカツカと接近する。歩きながら言い捨てた。「状況判断だ」

「ぐガッ……」セイジは血走った目を見開いた。ニンジャスレイヤーはセイジに向かって歩きながら、チョップ手を構える。決断的殺意がその目に宿っていた。「オヌシのふざけた企みは、既にある程度把握している」「何を……偽物!貴様が偽物だ!今は貴様が偽物なんだ!亡霊!邪教め!」

「イヤーッ!」セイジは爆炎を帯びた右拳で強襲! 「イヤーッ!」 ニンジャスレイヤーは内から外へ掌を回し、拳を外側へ逸らせた。そしてジゴクめいたショートフックを叩き込んだ!「グワーッ!」セイジは苦痛に目を血走らせながら、ニンジャスレイヤーの腕に炎を流し込んだ!「焼けてしまえ!」

「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは腕を伝う炎を不快げに一瞥。連続攻撃を踏み留まる。「イヤーッ!」そこへセイジがヤリめいたサイドキック!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転でこれを回避!ディテクティヴはこの隙にエーリアスのもとへ駆け寄り、肩に彼女の腕を回して抱え起こした。

 左腕を這う紅蓮の炎は消える事無く、ニンジャスレイヤーを徐々に苛む。彼は眉根を寄せ、セイジめがけてスリケンを投擲した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」セイジは裏拳でスリケンを弾き、接近!ローキック!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは足を上げてこれをガード!

「イヤーッ!」セイジは同じ脚で素早くハイキックを繰り出す!ニンジャスレイヤーは顔の横に腕を沿わせ、これをガード!「イヤーッ!」セイジは逆の腕で大振りのフックを繰り出す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは踏み込み、コンパクトなボディブローを一瞬早く叩き込む!「グワーッ!」

 殴られながらセイジはフックを完遂!「イヤーッ!」KBAM!炎が爆ぜる!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの上半身を紅蓮の炎が包み、センコ花火爆発めいてバチバチと光を散らす!「ヌウーッ!」BLAMBLAM!ディテクティヴが黒い超自然弾丸で援護射撃!「イヤーッ!」セイジは側転回避!

 その時だ!KRAASH!破壊された窓枠をさらに押し拡げるように、三機目のモーターヤブがドージョーへ押し入って来たのだ!セイジは側転からフリップジャンプを繰り出す!「グッドタイミングだ!」そしてモーターヤブのボディを蹴って三角跳びを繰り出す!跳躍先には……ウミノ!「イヤーッ!」

「アイエエエ!」セイジの蹴りがウミノに突き刺さった。フクスケが破砕しバラバラに割れ砕けた。セイジはウミノを抱え上げる。そして呪詛めいて吐き捨てた。「このクズニンジャを助ける?そんな愚行は断じてニンジャスレイヤーではない」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケン投擲!

「イヤーッ!」セイジは飛来スリケンを片手で弾き返した。BRATATATATATAT!今度はモーターヤブが過たずターゲットを選定、ニンジャスレイヤーとディテクティヴへ掃射攻撃を仕掛ける!「「イヤーッ!」」二者は別々の方向へ側転回避!

「こいつは見るからに無能のクズ」セイジは言った。「まだしも貴様の仲間めいたディテクティヴや女と違う。コイツを助けるのか。助けに来るのか?エエッ?」セイジは血走った目で睨みつけた。「そんなのは断じてニンジャスレイヤーではない。思い出せ。ニンジャスレイヤーたるもの。思い出せよ!」

 BRATATATAT!モーターヤブのさらなる掃射!「「イヤーッ!」」ニンジャスレイヤーとディテクティヴはさらに側転回避!この隙をついてセイジが斜めに跳躍!「イヤーッ!」破壊された窓の外めがけ再跳躍!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはセイジめがけスリケン投擲!

 ナ、ナムサン!スリケンの狙いはわずかに逸れ、逃走を阻む事かなわず!徐々に消えかかってはいるが、身体を苛む炎の為か?あるいは長き不在ゆえの無視しがたい衰えなのか?その両方か?考えまい!ニンジャスレイヤーとディテクティヴは銃撃を逃れながら、セイジを追ってドージョーを飛び出す!

「ええクソッ」走りながらディテクティヴは毒づいた。山賊めいてエーリアスを抱えている。「どうもうまくねえぜ!俺も鈍ってやがる。認めるしかねェ」「なぜキョートからここへ?」「そりゃお前……ヤバイ!」「ザッケンナコラー!」合成ヤクザスラングクラクションと共にトレーラーが接近!

「「イヤーッ!」」二者は勢いを殺さず、トレーラーがぶつかるよりも早く産業道路を横断し、跳躍!壁を蹴って屋上へ飛び移り、走り続ける!遠くにセイジの影!その先に霞んでいるのは……マルノウチ・スゴイタカイビル!

「オイッ!」屋上から屋上へ飛び移りながら、ディテクティヴが呼ばわった。「本当にいいんだな。お前」真摯な目だった。ニンジャスレイヤーは言葉を返した。「私は不完全な存在だ。だが、もはや構わぬ」「そう決めたッてンだな?」「そうだ。私が決めた」「そうか!」二者は次のビルめがけ跳んだ。


5

「オイ!下ろしてくれ、もう大丈夫だ!やれる」ガンドーに抱えられたエーリアスが我に返り、顔を上げた。「バカ言うな。スイスチーズ(蜂の巣)の分際で」彼女を担いだガンドーはにべもない。エーリアスはやや後ろに続くニンジャスレイヤーを振り返る。「……ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン」

「イヤーッ!」彼らはビル屋上のプールサイドに着地した。「アイエエエ!」水着オイランとチョンマゲ・ヤッピーが悲鳴を上げてプールから這い出した。「ニンジャ!ナンデ!」「アーアー、お構いなく!そのまま楽しんでてくれよ!マッポは呼ばんでくれ!」ガンドーは彼らに手を振った。

 このビルはマルノウチ・スゴイタカイビル前の広場に隣接している。目的地は広場を挟んですぐ先だ。ガンドーはエーリアスを下ろし、パラソル付きベンチにひとまず座らせた。エーリアスはテーブル上に残された蛍光トロピカルドリンクを無意識に取って飲んだ。彼女は不意に言った。「なあ。悪かった」

「何がだ」ニンジャスレイヤーは尋ねた。エーリアスは俯いた。「……俺らだけでどうにかしようと思ったんだ。なのに結局、引っ張り出しちまって」「傷はどうだ」「このオッサン、荷物の扱いが乱暴だからよォ……だが大丈夫だ!何がスイスチーズだ」「自力で帰る元気はあるか?え?」とガンドー。

「何で俺らの所に?何でわかった」エーリアスが訊いた。ニンジャスレイヤーは答えた。「交差点で何か言おうとしておったろう」「あそこで気づかれてたッてのか」エーリアスが顔をしかめた「ウカツかよ」「私はニンジャだ。錆びついてはいるが」「どこまで知ってる?」ガンドーは実弾を装填する。

「ある程度」ニンジャスレイヤーは答えた。懐から携帯端末を取り出し、テーブル上に小型モニタを展開する。IRCチャネルが表示される。ログインしている他者アカウントが二つ。「ナンシー=サンと、ハッカーがもう一人。シバカリ=サンだ」「二人か」ガンドーは装填を完了した。「大掛かりだな」

「正直時間が無い」ニンジャスレイヤーが言った。「このまま手短かにブリーフィングをやる」画面上にスゴイタカイビルのフレーム図が形成されてゆく。「あの男には複数のハッカーのバックアップがある。結果的にそこから足がついた」「何?」ガンドーは瞬きした。「もうイクサが始まってンのか?」

 ビルのフレーム図に、「重点可能性」のマークが無数に出現。時間と共に徐々にそれらが絞られてゆく。「二人がポイントを吟味している。爆薬、そしてビル内のハッキングポイント」ニンジャスレイヤーは言った。ガンドーは嘆息した。「お前らに先を越されちまッてる。まあいいさ。……待て、爆薬?」

「……そういう事になるな」ニンジャスレイヤーは低く言った。「理由は何だ?」ガンドーは呻いた。「お前の偽物になって暴れる。百歩譲ってそれはいい。わかった事にするさ。だが、ナンデ?吹っ飛ばすだと?スゴイタカイビルを?」ニンジャスレイヤーを見た。「野郎、狂ってやがるのか!?」

 ニンジャスレイヤーは端末を操作した。「情報はそう多くない。オヌシらの潜伏ドージョーに展開していた包囲網の連携システムからナンシー=サンが親を辿り、計画の一端を掴んだ。今こうしてリアルタイムで入って来る解析情報だ。シバカリ=サンが先程加わった。ナンシー=サン一人では手に余る」

「オイ、俺らも無駄に因縁ふっかけられたわけじゃねえとよ」ガンドーが言い、エーリアスを見た。「サイオー・ホースな。だからお前も浮かない顔してねえで……」「データを同期させる。オヌシの端末を」ニンジャスレイヤーが促した。「ああ、よし」ガンドーは懐から12面体の小型端末を取り出す。

「重点!」赤い光の帯を引いて、小型ドロイドがテーブル上に飛び乗った。「驚いたか?モーターチイサイだ。元気なもんだろ」ガンドーが言った。ドロイドは端末にケーブルを伸ばし、みずからLAN直結した。「ヌンヌンヌンヌンヌン……」

「二手に別れ、爆破ポイントの解除作業、ウミノ=サンの救出を並行して行う。『ニンジャスレイヤー』は……」ニンジャスレイヤーは言った「……私がケリをつける」「おう」ガンドーは頷いた。「俺も行く」エーリアスが言った。ガンドーは肩を竦めた。「勝手にしろ。痛くてもZBRはねえぞ」


◆◆◆


「シューッ……ニンジャスレイヤー……俺がニンジャスレイヤー……俺がニンジャスレイヤー……俺以外にニンジャスレイヤー無し……」(((ニンジャスレイヤー……ニンジャスレイヤー……ニンジャ……ニンジャを殺す……)))「そうだ……もっともっと殺す……俺が俺になる為に……」

 セイジは独り、タタミ上でアグラし、不定形の影と対峙している。廃テンプルめいたその一室は、彼のニューロン内に築かれたローカルコトダマ空間である。「ニンジャスレイヤー」不定形の影が呻き、「忍」「殺」の漢字を表面にエンボスさせる。それらがまた溶けて渦巻き、今度は無数の目になる。

「今更あいつが戻ってきたぞ、ニンジャスレイヤー。いけない事だ」セイジは不定形の影を睨んだ。無数の目が瞬きした。「イケナイ」「そうだ。イケナイ。俺の権利を奪おうとしている。追って来ている。浅ましい存在だ。俺の行動を今まで黙認しておきながら!今になって!奴は惜しくなったのだ!」

「オオ……オオ」不定形の影は震え、嗚咽めいた音を漏らす。「恐れる事は無い」セイジは言った。エーリアス・ディクタスのサイコ攻撃は彼を相当に追い詰めた。だが彼は打ち克った!その際、彼は、己のニンジャソウルとより深くコネクトするすべを学んだ。より深い対話を!

「力が要る!お前は出し惜しみをしている」セイジが責めた。「出し惜しみを……」不定形の影が震えた。セイジは怒りに満ちた目を向けた。「やはりそうか!よこせ!」「よこせ……」「そうだ!よこせ。既に俺はニンジャを沢山殺したぞ。その力をよこせ!」「オオ……」

 不定形のソウルが燃える枝をセイジに伸ばす。セイジの身体に蔦めいて巻きつく。炎が脈打つ。「よこせ……」「そうだ。力をよこせ。俺はニンジャスレイヤーだ」「ヨコセ……」セイジの身体に炎が巻きつき、徐々に紅蓮の装束を形作る。それにつれて不定形のソウルがしぼんでゆく。セイジは笑った。

 セイジはアグラを解き、立ち上がった。「イヤーッ!」パンチ!「イヤーッ!」水面蹴り!「イヤーッ!」回し蹴り!彼は呟いた。「奴と切り結んでわかった。俺は奴に勝てる。奴は永く不在だった。俺は戦いの中で己を磨き続けて来た!俺は勝つ!」彼は叫んだ。コトダマ空間に彼の声は吸い込まれた。

「0010……サン?」セイジは目を開き、UNIXモニタ点滅を見る。ナブケだ。「準備は?万端か」セイジはたずねた。ナブケが返す。「いいナビゲーションが出来て自画自賛したい。全員、保守管理の人員に化けて、うまい配置をしていってますよ」「初回で必ず成功させるぞ。警戒されたら難儀だ」

「あととととは、例のアレです、オリジンですよね」カツラの言葉が光った。「……?」セイジは眉根を寄せた。「どうした?今、何か」「ラグですかね」「ちょっと頻度が多いな」とナブケ。「まさか攻撃を受けているか?」「再確認重点」「警戒しろよ」「勿論ですよニンジャスレイヤー=サン」

「アイエエ、アイエエ」床に転がされたウミノがもがく。後ろ手に縛られている。彼らは既にマルノウチ・スゴイタカイビル、コントロールセンター内だ。部屋の隅には無残に殺された警備職員達の死体が寄せられていた。「君達は、何が目的だね?コワイ……」「目的?」セイジはウミノのもとへ歩く。

「イヤーッ!」セイジは踵を振り下ろした。「アイエーッ!?」「……ハハハハハハ!」紅蓮のニンジャは哄笑した。踵はウミノの目と鼻の先の床を砕いていた。「目的だと?全ニンジャ抹殺!他に何がある。貴様のような邪悪存在をこの世に一秒のさばらせる毎に不快だ!だがまだ我慢してやる」

「ち、ちなみに、なぜ我慢を!」ウミノが尋ねた。彼の焦点は定まりづらく、ヨダレを垂らしている。紅蓮のニンジャは侮蔑の目で見下ろした。「平安時代、ニンジャは橋を建築する際に人々を川に沈めて土台とした。ダークサイド・オブ・ヒストリーだ。私はそれをニンジャに対して行う」「成る程……」

「スゴイタカイビルはニンジャスレイヤーの墓標、記念碑!ゆえに灰燼と帰せしめる必要がある。何故ダイング・ブリードがのさばりニュー・ブラッドの躍進を阻む?最悪の行いだろう……イクサの表舞台をひとたび退場した者に戻る資格など無い。時代は前に進むんだよ!」「だが、君が?」「当然だ!」

 彼は語気を強める。「ニンジャスレイヤーに連なる存在は全て過去の遺物!これらと訣別!貴様はその象徴としてこのビルと共に沈む!私は完全性を手にし、あのスパルタカスにも勝つ!」「スパルタカス?」「もう黙れ!イヤーッ!」「 アイエエエ!」ウミノの顔の横の床に新たな破砕痕が穿たれた。

「私はニンジャを、かつてニンジャがモータルをそうしたが如く虐げ、屈服させ、殺す……そうして私はニンジャをも凌駕する高位存在となる!超ニンジャ存在!わかるかッ!」「ア、ア、ア!それは!?」ウミノが身悶えした。何かが彼の精神を落雷めいて打ち据えたのだ!「それはしかし!しかし!」

 ビゴッ!アラート音だ。セイジはセキュリティモニタ群を振り返った。それらの幾つかに、保守管理スタッフに偽装させたシンジケート兵が映っていた。ムカデベイン・ヤクザクランのオヤブンを通して手配させたヨタモノやヒョットコの類いだ。彼らの傍には、設置された危険タンク!スタンバイだ!

「これが力だ。カラテそしてカネそして権力!見ているかニンジャスレイヤー。これが私だ。私がニンジャスレイヤーなのだ。お前はもういない。私だ。お前より出でてお前を超える存在。語られぬお前の歴史空白を自在に補完し、編纂し、お前を後継する存在だ。私は……」ブガー!ブガー!ブガー!

 モニタが一斉に点滅!そして一斉に点灯する「NOPE」の文字!「何が……」セイジは目を見開いた。バチバチとノイズが鳴り、セキュリティモニタが復帰した。彼は目撃した。そのモニタの一つで、丁度、私兵が大柄なニンジャの肘打ちと回し蹴りを受けて吹き飛ぶところだった。ディテクティヴ!

「まずずずずいでででです」カツラのIRC通信が混線!「実際ハッキキキキキンググググ」エビウミのアカウントが高速点滅!「復帰に時間がががが」ナブケまで!さらに別のモニタでは、アンブッシュからヒョットコの顔面を掴んで叩き伏せるエーリアス・ディクタス!セイジは目を血走らせる!

「コントトトロール取り戻しました」ナブケからの通信!「よしッ!」セイジはウミノの首を掴んで立たせる!「ここは手狭だ!来い!儀式を前倒しだ!」「アイエエエ!」「ニンジャども……くだらん抵抗を。思う壺だ。貴様らもこのクズニンジャ同様に、ビルごと埋葬重点よ!」

 セイジはセキュリティルームをウミノと共に飛び出した。インカムに向かって叫ぶ!「起爆コントロールを再確保しろ!私が安全を確保し次第やれるよう準備しろ!気張れ!」「やってます!完全復帰もう少しかかります」「二分でやれ!」「ヨロコンデデデデデ」

「イヤーッ!」セイジはウミノとともに業務用エレベータに飛び込んだ。恐るべき速度で上昇!フオオオオン……風を切る音がエレベータ内にも届く!「起爆コントロール確保中……確保保保中……」ナブケからのリポートが継続的に耳元で繰り返される。「アイエエエ!」ウミノが悲鳴を上げる!

 ナムサン……暗闘の一方、スゴイタカイビル低層のデパートフロアでは市民たちが買い物に興じ、レストランフロアではスシやテンプラに家族たちが舌鼓を打ち、上層ではカチグミ・サラリマン達が激しい業務に神経をすり減らしているのだ。セイジの妄執の成就如何に己の命がかかっているとも知らず!

 ポーン!「最上階、展望フロアドスエ」合成マイコ音声!「イヤーッ!」セイジはエレベーターから飛び出す!ウミノを引き摺るように連れ、業務用階段を駆け上がる!「イヤーッ!」KRAAASH!鉄扉を破壊し、シャチホコ・ガーゴイルに囲まれた屋上へエントリーする!

 ババラババラバラ……上空ではセイジがチャーターしたヘリコプターがホバリングしている。眼下に広がるは不夜城ネオサイタマのネオンの海。「ハーッ……ハーッ……」セイジは血走った目で見渡した。やがて彼の視線は、彼が居る場所の対角、シャチホコ・ガーゴイル上の影に釘付けとなった。

「イ……イヤーッ!」セイジはウミノを背後のシャチホコに叩き付け、拘束ロープにスリケンを突き立て、シャチホコに縫いつけた。「アイエエエ!」そして向き直った。うずくまる赤黒の影……センコ花火めいた眼光がセイジの網膜に焼き付く。「ようこそ」無感情な声がセイジに向かって発せられた。

「シューッ……」セイジは深く呼吸した。紅蓮の装束から炎が噴き出し、両腕に収束した。赤黒の影がゆらりと立ち上がる。そしてアイサツした。断定的に。「ドーモ。ニンジャキラー=サン。ニンジャスレイヤーです」

「アイエエエエ!恐ろしいーッ!」背後でウミノがもがき、泣き叫んだ。セイジは叫んだ。(((俺がニンジャスレイヤーだ!ふざけるな!)))だが、叫びは現実には為されなかった。かわりに彼の口をついて出たのは、アイサツだった。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ニンジャキラーです」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが跳んだ。セイジは……ニンジャキラーは身構えた。彼の心は乱れた。(((何だ!これは!俺は、俺は違う!俺は!)))「イヤーッ!」紅蓮に燃える対空スリケンを投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返す!対消滅!

「イヤーッ!」さらに空中回し蹴りが襲いかかる!「グワーッ!」ニンジャキラーは守りきれず、これを受けて横跳びに吹き飛んだ。「イヤーッ!」転がりながらスリケンを投擲!そして起き上がる!「コントロール維持、完全復帰な」ナブケの通信!「何分保つかわからない、早く起爆指示」「まだだ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが恐るべき速度で接近!ヤリめいたサイドキックを繰り出す!ニンジャキラーは側面を取り、これを回避!紅蓮の炎を纏うチョップを振り下ろす!「イヤーッ!」「グワーッ!」肩をとらえる!ニンジャキラーは歪んだ笑みを浮かべた。そうだ!この感覚だ!

「イヤーッ!」ニンジャキラーはさらに、逆側からの膝蹴りで攻撃!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの脇腹をとらえる!ニンジャキラーは笑った。「やはりだ!貴様は弱い!」力が湧いて来る!この感覚!「貴様の物語は終わった!俺は既に貴様を凌駕したのだ!ニンジャスレイヤー=サン!」

 だがニンジャスレイヤーの眼光はニンジャキラーを射た。彼は気圧された。「イヤーッ!」アッパーカットが襲い来る!「イヤーッ!」ニンジャキラーはバック転で回避!間合いを取る!「シューッ……所詮アトモスフィアに過ぎん……」ニンジャキラーは呟く。「終わった奴がのさばるな……!」

 ニンジャスレイヤーはツカツカと接近する。ニンジャキラーはカラテを構え直す。「所詮お前はハンパ者に過ぎなかったのだ。全ニンジャ殲滅、それがニンジャスレイヤーの意味!存在理由!お前は違う!違うのだ!」「……怪訝ながら聞いておれば、よくもそこまで一方的かつ胡乱に思い詰めたものだ」

「イヤーッ!」ニンジャキラーが燃える拳で殴りかかる。ニンジャスレイヤーは懐へ踏み込み、裏拳を上腕に当てて反らすと、肘打ちを繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャキラーは逆の手で咄嗟にこれをガードした。「イヤーッ!」そして蹴り!ニンジャスレイヤーはバック転回避!

「イヤーッ!」空中から飛来したスリケンをニンジャキラーは指先で挟み取り、紅蓮の炎で焼き尽くした。「見える!見切っている」彼は叫んだ。「そもそも貴様はおこがましいのだ!正義執行の力を持ちながら、好き勝手に姿を消し、また現れる。身勝手!俺は貴様と違う。俺はブレない。俺は完全だ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがチョップを繰り出す。ニンジャキラーは横にステップしてこれを躱し、燃える拳で殴り返した。「イヤーッ!」BOOM!ニンジャスレイヤーの上半身が紅蓮の炎の爆発に呑まれた。「イヤーッ!」さらに前蹴りを繰り出す!

 しかし攻撃は受け止められていた。クロスした両腕の陰から、殺意を燃やす赤黒の目が見返した。ニンジャキラーは怯んだ。ニンジャスレイヤーは蹴り足を押し返す!そして踏み込む!「イヤーッ!」「グワーッ!?」よろけたニンジャキラーの腹部に拳が突き刺さった。ポン・パンチだ!

「グワーッ!」ニンジャキラーは床に叩き付けられた。転がって起き上がる。ニンジャスレイヤーは更に間合いを詰める!「イヤーッ!」ニンジャキラーが回し蹴りを繰り出す!だがそれは苦し紛れだ……「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身を沈めて回避!

「グワーッ!?」その瞬間ニンジャキラーのバランスが崩れ、両足が地から離れた。水面蹴りに足を刈られたのだ。そこへ恐るべき質量衝撃が襲いかかった。肩から背中にかけて壁めいて叩きつけるカラテ!ボディチェックだ!「グワーッ!」ニンジャキラーは吹き飛び、別のシャチホコに叩き付けられた!

「ハァーッ!……ハァーッ、ハハハハ!」ニンジャキラーは息を吐き、笑いながら身を起こした。「どうやらそれが貴様の今の全力。その程度のカラテでニンジャスレイヤーを名乗るなど……俺には貴様以上の力がある。決断的な力がな。お前を百度は焼き殺すに足る力が!」その両腕が火球に包まれる!

「くだらぬ」ニンジャスレイヤーは近づきながら言い捨てた。「オヌシが私の何を知る」「ニンジャスレイヤーの全てをだ!」ニンジャキラーは叫んだ。「だから貴様は去れ!亡霊め!」先程の攻撃でニンジャスレイヤーの上半身には紅蓮の炎が燃え移り、焼き苛む!何たる厄介なジツか!「浄化の炎だ!」

 更にニンジャキラーは両手の火球を膨れ上がらせる!「イヤーッ!」飛びかかり、両手の火球を叩きつける!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが斜め45度ポムポムパンチで迎撃!KABOOOM!「「グワーッ!」」紅蓮の爆発がスゴイタカイビル屋上を照らし、両者は吹き飛ばされて床を転がった。

 まず、ニンジャキラーが立った。「シューッ……」彼は炎を呼吸した。そしてカラテを構える。足元から噴き出した紅蓮の炎が全身を這い、再びその両腕に収束する。「……」ニンジャスレイヤーはよろけながら起き上がる。炎は消えない。ニンジャキラーは言った。「そのまま松明めいて死ね」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが仕掛けた。イナズマめいた速度のチョップだ!「イヤーッ!」ニンジャキラーがチョップを打ち返す!更に逆の手でショートフック!「グワーッ!」脇腹を直撃!「イヤーッ!」ハイキック!「グワーッ!」側頭部に蹴りを受け、ニンジャスレイヤーが吹き飛ぶ!

「イヤーッ!」ニンジャキラーが高く跳躍!クルクルと回転し、ニンジャスレイヤーに両脚のストンピングで襲いかかった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは横へ転がってこれを回避!コンクリート破砕!吹き飛ぶ破片!ウミノの顔をかすめる!「アイエエエ!」

「イヤーッ!」ニンジャキラーのケリ・キックがニンジャスレイヤーを打ち据える!「グワーッ!」受け身を取り、起き上がる。同時にスリケンを投擲!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャキラーは燃えるスリケンを投げ返す。対消滅?否!炎の飛沫が消えずに飛び、降り掛かる!「グワーッ!」

「イヤーッ!」更に炎スリケンを投擲!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返す。だが再び炎が消え残りニンジャスレイヤーに降り掛かる!「グワーッ!」「イヤーッ!」ジャンプパンチ!「グワーッ!」「イヤーッ!」踵落とし!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはうつ伏せに倒れる!

「終わりだ!」ニンジャキラーは頭を踏み砕いて殺すべく接近する。「慈悲は無い!」そして右足を高く振り上げた。カイシャク!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがうつ伏せから微かに身を起こす!そして消えた!否、消えていない!カタパルトで射出されたと見まがうばかりの瞬発タックルだ!

「グワーッ!?」一瞬後、ニンジャキラーはタックルで背中から打ち倒されていた。「「ヌウーッ!」」ニンジャキラーとニンジャスレイヤーは互いに押し合い、抵抗した。しかしついにはニンジャスレイヤーがニンジャキラーのマウントを取った!「イヤーッ!」右拳を振り下ろす!

「イヤーッ!」ニンジャキラーが左手で防御!ニンジャスレイヤーの腕に炎が移る!だがニンジャスレイヤーは目を見開き、さらに左拳を振り下ろす!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャキラーが右手でこれを防御!ニンジャスレイヤーの腕に炎が移る!だがニンジャスレイヤーは右拳を振り下ろす!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャキラーは左手で防御!だが防御が弾かれた。黒鋼のメンポをニンジャスレイヤーのパウンドが直撃!「グワーッ!」「イヤーッ!」左拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」右拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」左拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」右拳!「グワーッ!」

「イヤーッ!」左拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」右拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」左拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」右拳!「イヤーッ!」ニンジャキラーの目が燃えた。そして右拳を受け止めた。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーを苛む炎が勢いを増す!「死ね!焼け死ね!」「グワーッ!」

 だがニンジャスレイヤーは拳を振り上げ、振り下ろす!「イヤーッ!」「グワーッ!」拳の威力は相当に落ちている!だが……「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」(((バカな!このままでは……)))「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 (((このままでは爆発四散してしまう!)))ニンジャキラーはニンジャスレイヤーの背後にサンズ・リバーを幻視した。「嫌だーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「起爆しろ!ナブケ=サン!やれ!」ニンジャキラーが叫んだ。「諸共にやれーッ!」

 だが振り下ろされる拳!「グワーッ!」(((なぜだ!なぜ何も)))「イヤーッ!」「グワーッ!」(((何も起こらない!?)))「イヤーッ!」「グワーッ!」「スゥーッ……」ニンジャスレイヤーが震える拳を下ろし、息を深く吸った。「ハァーッ……」吐いた。そして言った。「時間切れだ」

『ダメです、爆薬……ザザッ……掌握され……ザザッ……これれれれれでははははははザッ』ナブケの通信が途絶えた。「ウオオオーッ!」ニンジャキラーが叫んだ。ニンジャスレイヤーは震える拳を振り上げた。ニンジャキラーは抵抗した。だが拳がそこへ振り下ろされた。「イヤーッ!」「グワーッ!」

「ハーッ……」ニンジャスレイヤーが拳を振り上げた。ニンジャキラーは朦朧としながら、その肩越し、上空でホバリングするヘリを見上げた。「やれ」彼は更なる通信指示を出した。カキン!金属音が鳴り、ヘリから何かが降って来た。ヘリは天高くへ上昇してゆく。

 ニンジャスレイヤーは拳を振り下ろせなかった。紅蓮の炎は掻き消えていた。耐えたのだ。耐えたが、その瞳の光は失せた。彼はニンジャキラーに覆い被さるように倒れ込んだ。そして爆弾が着弾した。KRA-TOOOOOM!爆発が二者をもろともに押し包んだ。「アイエエエ!」ウミノの悲鳴……。

 KRAAAAAASH!屋上の床が砕け、二者は真下の展望フロアにコンクリート塊もろともに落下した。「アイエエエ!」展望客が絶叫し、窓ガラスに背中を押し付けた。何人かはこの崩落に巻き込まれ命を落としたやも知れぬ。「……」やがて、マグマめいて赤熱する影が、瓦礫の中から這い出した。

「ハーッ……ハーッ」赤熱する輪郭は、たしかに人のそれだ。そのもの……ニンジャキラーは床を這い、エレベーター扉を目指す。「まだ、まだだ」……一方、ニンジャスレイヤーは?彼はいまだ瓦礫に包まれていた。瓦礫の一端が微かに揺れた。もう一度揺れた。丸く切り取られた天井の先には、夜空。


6

 戦車の操縦席を場末ライブハウスの楽屋に改造したかのようなネオサイタマ某所空間、コーンロウ男は複数のUNIXモニタを監視しながら呟く。「n00b」右手で高速タイピングを続けながら、灰皿に山積みされたカプセルを左手で探り、掴んで飲み込むと、ボトルの天然飲料水「枯山水」で流し込んだ。

 男の名はシバカリ。そのタイピング速度から、彼がテンサイ級のハッカーである事は自明だ。こめかみに六つも増設された端子からは大蛇めいて太い、おそろしく高級なLANケーブルがそれぞれ伸び、複数機材に接続されている。モニタにはスゴイタカイビルのフレーム図、攻撃進捗を示すカエル武装戯画。

 キャバァーン!キャバァ、キャバキャバババァーンキャバァーン!電子パーカッション、あるいは死天使のファンファーレめいて、頭上の小型スピーカーはひっきりなしにジングルを鳴らし続ける。デジタル数字がグングン増えてゆく。これは今回の攻撃用に開設した使い捨ての専用口座の残高を示す。

「ボースタル子供達。お母さんマイコ務めできる年齢かな。大切にね」シバカリは瞑想的無感情下で発言。「アバーッ!」敵ハッカー、エビウミの悲鳴文字情報が駆け抜ける。キャババババ……底が抜けたかのようなジングル音。エビウミの個人情報、両親の銀行口座情報がサブモニタに!ナムアミダブツ!

「どんどんいこう」カプセルを噛んで飲み込んだシバカリの目から充血が引いてゆく。両手で高速タイピングを開始すると、カツラのアカウントが赤点滅を開始。「女の子?シビアな」シバカリは瞑想的無感情下で発言。「ま、ギリギリ成人で自己責任」キャババァーン!防壁は既に破れ、為すがままなのだ!

 専用UNIXモニタでycnanのアカウントが光り、スゴイタカイビルのデータの上書きが行われる。「物理ハッキング、手こずっているみたい。ポイントの数が多い。そっちは?」「そこそこ。二つ潰した……もう一人は堅牢。怖いね、子供たち」シバカリは答えた。「シャレがわからないから……」

 彼は目を細めた。「なかなか良い気分だ、人命救助」「勝てばの話よ」とycnan。「引き続きお願い」「で、どうしたものかな、地下のこれ」シバカリはフレーム図を下にスクロールさせる。「マルノウチ(※円の内)は円環構造の人生の象徴ゆえに……はは。ポエット」「なに?」「子供らのコメント」

 ダッダーガーツクダーダー。シバカリのUNIXは無慈悲に低ビット低音のリズムを刻む。「この調子で俺の朝食のレシートから真実を読み取ってもらおうかね。学者さん達に」「遊ばないで」「いないさ」タイピングは依然最大速度。「物理の人たち、間に合うかな……直接触られたら、お手上げだよ」


◆◆◆


「ハァーッ……ハァーッ……」破壊を背後に、床を這いずる者が辿り着いたのは、直通エレベーターの扉だ。「ハァーッ……」震えながら彼は床に手をつき、身を起こした。瓦礫の山と天井の大穴を振り返る。市民達がマグマめいた人型を恐怖とともに見守る。共に落ちたニンジャスレイヤーは……まだだ。

「アアアアーッ」赤熱する人型の目元の表皮が崩れ、人めいた双眸が露わに。ひび割れた赤い光が脈打つ。やがてそれは再び赤いニンジャ装束となる。やおら彼はエレベーター扉に両手をかけ、力任せにこじ開けた。エレベーターシャフトが剥き出しになる!「イヤーッ!」彼は迷いなく身を躍らせた。

 ……キ……ド……

 フジキドがアグラして待つのは、タタミ10枚程度の広さの浮き島だった。島の周囲には幾つか、シメナワを巻かれた逆円錐形の岩塊が浮遊している。頭上には黄金の太陽、否、立方体が輝く。一方、遥か下の雲海は、さらにその奥底から放たれる光を受けて、断続的に銀色に光るのだった。

 フジキドの背後、浮き島の縁にはトリイ・ゲートがある。前方にも、同様に、ひとつ。遠くの空で0と1のパルスが龍めいて閃いた。フジキドは前方のトリイを凝視した。

「……キド……フジキド」呪詛と嘲りの入り混じる邪悪な呻きが、灰色の空間全体を震わせた。このローカルコトダマ空間の不気味な極北をいかにして訪れ、いかにして呼びかけるか。フジキドには自明だった。己の中の世界なのだ。彼は呼びかける。「ナラクよ」ゴウ!浮島を赤黒の呪詛が取り囲んだ。

「不甲斐なき哉!」燃え盛る超密度の赤黒文字は、不穏な砂塵めいてフジキドの周囲全方向を埋め尽くした。「イクサを怖れ、蛆と蛞蝓のフートンに伏せ暮らす腑抜け者めが、この期に及んでこの地に何を試みに参った。言うてみよ」フジキドは答えかけた。「私は……」「黙れ」ナラクの声が被さった。

「オヌシは所詮ここまでの男であった」「ヌウッ」フジキドは呻いた。目からとめどない血が溢れだし、心臓は素手でわし掴まれたかのように収縮した。浮島を囲む嵐はビョウビョウと唸った。「儂はオヌシを内より焼き捨てる算段を決めたところ。それを知ってか知らずか、今更伏して命を請い願うか」

「グワーッ!」フジキドは強烈な圧力によって後頭部を押さえられ、ドゲザめいて叩きつけられた。「そうだ。地を舐めい!」「ヌウーッ!」フジキドは大地を掴んだ。歯を食いしばり、圧力に抵抗しようとした。「イヤーッ!」ナラクの叫びが木霊する。「グワーッ!」再びフジキドは押し潰された。

「俺を……滅ぼすか」フジキドは血泡の溢れる口を動かし、ナラクに向かって言葉を発そうとした。赤黒の言葉が浮島の周囲を荒れ狂い、もはや頭上の黄金の光すら閉ざした。「然り。せめて我が憎悪の炉を保つ炭のひと粒として永劫に仕えよ。その程度の働きすらも満足にこなせぬであろうが!」

「ヌウーッ!」フジキドの指先が大地にめりこみ、亀裂を生じた。その背が震えた。彼の脳裏には、崩落するマルノウチ・スゴイタカイビルのビジョンが生じた。それは彼をニンジャスレイヤーたらしめた過去の事件とは異なる光景だ。これから起る事、あるいは現世において既に起こってしまった事か。

 圧力が強まり、フジキドを中心にクレーターめいて大地が潰れた。だが彼はなおも屈し切らなかった。「……イヤーッ!」彼は顎を上げ、顔を上げ、身を起こし、立ち上がった。ゴウ!荒れ狂う赤黒の呪詛は正面のトリイに集束、赤黒い稲妻でトリイの中を満たした。そこからナラクが進み出た。

「ドーモ。ナラク・ニンジャ=サン。フジキド・ケンジです」フジキドはナラクにアイサツした。「ドーモ。フジキド・ケンジ=サン。ナラク・ニンジャです」ナラクがアイサツを返した。赤黒い炎が。ぞっとするような悪意と憎悪に顔を歪めた老人のようにも見えるが、姿は常に定まらない。

「何をしに参ったかと訊いておる」ナラクが言った。発せられたその言葉だけでフジキドは吹き飛ばされかけた。これがナラクと対峙するという事だ。彼はあまりに長くこの感覚から離れていた。不意に彼は実感を持って悟った。己の身体を見下ろせば、吹きさらしの灰めいて、その輪郭は曖昧だった。

 フジキドは拳を握り、ナラクを睨み据えた。「私は戻る。私に力を貸せ。ナラクよ」「なんたるワガママ」ナラクの目が細まった。「左様な道理は通らぬ。イクサを自ら捨てた者に興味は無し」「イクサをしに戻る」フジキドは踏み出した。ナラクは赤黒い火の風を起こし、フジキドの身体を削り取る。

 踏み出すほどに、フジキドの身体は……その自我は危機にさらされる。さきのナラクの言葉は真実である。今この時もだ。だがフジキドはナラクを睨み据えたまま、なおも踏み出さねばならない。何故なら彼はそう決めたからだ。「コシャクな」ナラクの姿は千倍にも巨大に膨れ上がったかに見えた。

「千日、十年、百年!儂は何度でも蘇る。オヌシごときがこの儂を!」「私はフジキド・ケンジであり、ニンジャスレイヤーだ」フジキドは目を見開く!「私はニンジャスレイヤーだ!」「イヤーッ!」ナラクがフジキドを呑み込んだ!「グワーッ!……グワーッ!」フジキドはよろめき、地に手をつく!

「グワーッ!グワーッ!グワーッ!……グワーッ!」やがてフジキドの叫びは嗄れ尽くし、再び顔が上がると、そこには赤黒に燃える装束が、「忍」「殺」のメンポが、邪悪な愉悦に狂う両目があった。フジキド・ケンジは死んだ。ナラクはそのように考えた。彼は笑おうとした。「ググググ……」

 今やこのローカルコトダマ浮島は凪いでいた。邪悪な殺戮存在は咳き込むように笑った。「グググ、グググハハハ、グググハハハ、ハ……」彼は踵を返し、トリイに去ろうとした。そしてよろめいた。「グヌッ?」彼はふらつき、頭を押さえ、たたらを踏んだ。そして昏い炎を吐いた。「グワーッ!?」

 浮島が揺れた。その縁が砕けた。「グワーッ!……ニンジャ……ニンジャ……!」トリイに微かな亀裂が生じた。赤黒のニンジャは狂ったように宙にカラテを繰り出し、後退し、前進した。浮島は更に砕けた。赤黒のニンジャの足場は失せた。彼は落ちていった。「……ニンジャスレイヤー……!」


◆◆◆


(お母さん)ニギコは呼ぼうとした。できなかった。手足。身体。動かない。口の中が砂利でいっぱいだ。彼女は闇の中にいた。(なに?)夢?なんと苦しい夢だろう。さっきまで何をしていた?どこにいた?展望台。そうだ。マルノウチ・スゴイタカイビル。展望台。そして……。(お母さん)

 声が出せない。息もできない。(お母さん!)父は今もこのビルで仕事だ。仕事の終わりを待って、三人でレストランに……(お母さん)展望台から夜景を。なのに、痛み。そして、重いのだ。潰されそうだ。(お母さん)返事がない。あったのだろうか?グルグルと音が渦巻いて、よくわからないのだ。

(お母……)唐突に闇に穴が空き、空気が流れ込んだ。ゴバッ、ゴバッ、徐々に体が軽くなる。「ゲホッ!ゲホーッ!」ニギコは咳き込み、砂利を吐き出した。「ニギコ!」見下ろす顔があった。母だ!「ニギコ!」「イヤーッ!」ゴバッ!身体が動く!ニギコは這い出した。「ニギコ!」「お母さん!」

「ニギコ!」少女は母に抱え上げられた。「ニギコ!よかった……」「お母さん」「イヤーッ!」ニギコは首を巡らし、声を振り返った。そして目を見開いた。「アイエエエ!?」彼女の見たものは……瓦礫の山から巨大な破片を掴み上げては隅へ投げつける、赤黒のニンジャだったのだ!「アイエエエ!」

 母親に守られながら、ニギコはそのさまを凝視した。ニンジャが瓦礫をどかすと、更に一人、押し込められていた老人が空気の下に這い出した。血を流しているが命に別状はない。老人は己を助けた者を見て目を剥いた。「アイエエエ!ニンジャ!ニンジャナンデ!」

 破砕したこの展望台に、ほとんど人は残っていない。彼らはガラス際で赤黒のニンジャを畏怖とともに見つめていた。悲鳴を上げた老人も、やがて彼らと同様、震えながら後ずさった。「ニンジャ……ニンジャナンデ……ありがとうございます……」

 瓦礫の下にいた生存者はこれで全てのようだった。赤黒のニンジャは彼らを一瞥したが……やがて、いきなり天井の穴めがけ、スリケンを投擲した。「イヤーッ!」穴の向こうの夜空が一瞬明るく光った。KABOOOM!それから、くぐもった爆発音が降ってきた。

 読者の皆さんはお気づきの事だろう。標的はビル上空にホバリングしていたヘリだ。これにより、おそらく爆煙の尾を引いてヘリは墜落、他のビルにぶつかるか、広場に落ちるかした事だろう。それによって誰かが負傷、あるいは死んだかもしれない。だが、もはや空から爆弾を降らせるものは無くなった。

 氷のように静まった展望台を、赤黒のニンジャは横切った。こじ開けられたエレベーター・シャフトを目指す。「待ってくれ!」天井の穴から一人の男が顔を見せ、穴の下に積もった瓦礫に飛び降り、転がり落ちた。「アイエエエ!待ってくれ!君!」「……」赤黒のニンジャは振り返った。

 男は腕に絡むロープの残骸を振り捨てた。「私はどうすればいいんだね!」「知らぬ。助けを待て」「それでは困りますよ!独りでコワイ!」「イヤーッ!」赤黒のニンジャは構わず、シャフトの中へ跳んだ。「アイエエエ!」男は頭を掻きむしり、生存市民を見渡した。

「アイ……エエエ!」彼もまた展望台を走って横切った。「待って!」ジャンプしてシャフト内のワイヤーを掴み、滑り落ちていった。「アイエエエエ……!」生存市民達はしばしその場に棒立ちになっていた。やがて母親はニギコを強く抱きしめた。彼女は涙をこぼした。誰かが「ありがとう」と呟いた。


◆◆◆


「イヤーッ!」KRAAASH!ニンジャキラーは足下のエレベーター天井部を破壊し、中へ躍り込んだ。無人であったのは幸いであった。市民が乗っていれば彼は無慈悲に排除したであろうから!ニンジャキラーは階数パネルに手を伸ばした。地下三階。ガゴン……エレベーターが軋み、下降を開始した。

「まだだ。まだだ。まだだ」ニンジャキラーはブツブツと呟いた。メンポはひしゃげ、紅蓮の装束もズタズタに裂けている。皮膚が破け、肉が露出したかと思いきや、そこに見えるのはマグマめいて脈打つ炎であった。傷口の周囲がチリチリと燃えている。炎が装束と同化してゆく。

「まだだ!まだだ!」ニンジャキラーは繰り返し「地下三階」のパネルを殴りつけた。そのたび火の粉が散って、足元に落ちた。「ナブケ=サン、聴こえるか」『……ザザッ……』死闘の中、通信機も破損したか?彼は訝しんだが、やがて答えが返った。『……不測事態……手が回りにくい、足が付く……』

「まだだと言っておろう」ニンジャキラーは低く言った。「わからんのか」ゴン。ゴン。操作パネルを殴りつける。「実行部隊はどうした。貴様らの遠隔操作がかなわぬなら、奴らにやらせろ」『ザザザダメです、ニンジャどもに』「ニンジャ、ニンジャ、ニンジャ」ゴン。ゴン。パネルを殴りつける。 

「ニンジャニンジャニンジャニンジャ」ニンジャキラーは言葉を吐いた。「よこせ。ニンジャ。全てはニンジャなのだ」『……ザザッ……アッ?』「どうした」『この感じ、アッ』「どうした」『アイエザザザザ01001』「……」エレベーターが停止した。「地下三階ドスエ」合成マイコ音声。

 ニンジャキラーは端末を取り出し、パネルを見た。駐車場見取り図に黄色い点がチカチカと光った。だがパネルはすぐにノイズまみれとなり、消灯した。ニンジャキラーの指先の炎が端末を破壊したのだ。だが構わなかった。どのみちこれで終わりだ。終わりにできる。

 遠隔IRC操作による起爆もできぬ。手足として動くヨタモノもあらかた制圧された。それならば、直接手を下すのみ。あまりに容易い。ニンジャキラーは炎の化身だ。炎によって爆薬を全て起爆させ、この巨大な「遺物」をニンジャごとネコソギにする。これにより完全性は担保され、彼一人生還できる。

 ニンジャキラーは駐車車両と柱の間を歩き進む。危険タンクの設置点は頭の中に入っている。本来は下水道のバイオニンジャを殲滅する為に闇購入した化学薬品だ。「面倒を増やしおって……下水の虫掃除には再度の手配が必要」未来の殺忍計画を彼は反芻する。「ニンジャを殺す必要がある」

 柱の陰に、第一の危険タンクを発見。「……」彼は目を細める。だが、これはダメだ。相乗効果を狙うための設置物だ。もう少し行けば、この五倍、危険タンクを集積させた……「あれだな、ニンジャスレイヤー=サン。そうだろ?」ニンジャキラーは先人に語りかけた。「安らかに眠れ」「お前がかね?」

 前方の柱の陰からディテクティヴが現れ、危険タンクを集積させたトラクターをニンジャキラーから遮るように立つと、リボルバーを向けた。「……」ニンジャキラーは腕に炎の籠手を纏わせた。だが、さらに一人。別の柱の陰から現れた。エーリアス・ディクタスだ。「無茶苦茶な事しやがってよォ」

「悪巧みは御破算。テメェで最後だ」ディテクティヴが凄絶に言った。「年寄りの怪我人を行ったり来たりさせるもんじゃねえ」「俺もだ」エーリアスが付け加えた。「俺は年寄りじゃねえが、オッサンより重傷って事……」「ニンジャスレイヤーは斃れた」ニンジャキラーは言った。「儀式を成就させる」

「誰がニンジャスレイヤーを殺したと?」背後から第三の声。ニンジャキラーは振り返った。その目が憎悪に歪んだ。接近して来る者は、紛れも無し。ニンジャスレイヤーであった。「ニンジャスレイヤーは斃れぬ」赤黒の死神はジュー・ジツを構えた。その構えには獣じみたアトモスフィアがあった。

 ディテクティヴは眉根を寄せた。彼はエーリアスを一瞥した。エーリアスは口を開きかけた。だがニンジャスレイヤーの言葉が先んじた。「そ奴をそのトレーラーに近づけるでないぞ。エーリアス・ディクタス=サン」「……おう」彼女は頷いた。ニンジャスレイヤーを凝視しながら。「……任せろ……」

「ズガタッキェー!」ニンジャキラーが吼えた!エーリアスが、ディテクティヴが身構えた。ニンジャキラーは高速思考し、選択肢を吟味した。ニンジャ二人を突破しトレイラーへ辿り着く。ニンジャスレイヤーを攻撃する。彼はどちらも選択しなかった。「イヤーッ!」ニンジャキラーは跳んだ!

 BLAMBLAM!ディテクティヴはニンジャキラーを銃撃!「イヤーッ!」ニンジャキラーは柱を蹴り、三角跳びで回避!向かう先は!第一の危険タンク!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが跳んだ!空中で二回転し、恐るべき回し蹴りを脇腹に叩き込む!「グワーッ!」吹き飛ぶニンジャキラー!

 だがニンジャキラーは床に叩き付けられた反動力で跳躍した!そして天井を蹴り、再び第一の危険タンクを狙いに行く!「イヤーッ!」「まずいッ……」エーリアスが猛烈な速度で駆け出した。ニンジャスレイヤーもだ!「イヤーッ!」彼が近い!インターラプトをかける!ニンジャキラーは!押し切る!

「そうだ。貴様は守らずにはいられない。不完全だからだ」ニンジャキラーは空中でニンジャスレイヤーに組みついた。二人がもつれ込む先には第一の危険タンク!「ニンジャスレイヤーとして不完全であるがゆえに死ぬのだ!インガオホー!」ニンジャキラーの上半身が紅蓮の炎を発した!「ヌウーッ!」

 ニンジャキラーが、ニンジャスレイヤーが、危険タンクに直撃!……引火!KRA-TOOO…… 「イヤーッ!」だがその時、エーリアスが重なるように飛びかかったのである。その髪が一瞬にして逆立ち、火の粉を散らしながら真っ赤に染まった。…… -OOOOOOOOOM!

 彼女の目は白熱し、その髪は炎めいた!「ザッ!ケンナ!コラー!」爆炎が三者を呑み込んだ。天井が、床が吹き飛んだ。ディテクティヴは恐るべき終わりの瞬間をサイバネ義眼に焼き付けるしかなかった……が、しかし、爆炎はそれ以上拡がらなかった。一定のサイズで球状に抑制され、そして収縮した。

 KRAAASH!床が爆炎の衝撃に耐えかね、円く崩壊!「「グワーッ!」」ニンジャスレイヤーとニンジャキラーが諸共に沈んでゆく!赤い髪の痩せた女は反重力めいて宙に浮いていた。両手を前に突き出し、今やビーチボールほどのサイズにまで圧縮された火球を、超自然の力で抑えこんでいるのだ!

「オイ」ディテクティヴは彼女と床の穴を交互に見た。「オイ?」「センコ花火にも」女は歯を剥き出した。全身が輝き、火の粉が舞い上がった。「ならねェンだよーッ!」火球が彼女に吸い込まれる!全身が眩く輝く!「オイオイオイ!」ディテクティヴはニンジャ第六感に駆られ、彼女めがけて跳んだ。

 KBAM!女の全身が全方向に火を噴き、髪色が赤から黒へ再び戻った。一瞬の事だった。エーリアスは気を失い、そのまま下の穴へ落下を始めた。一瞬後、ディテクティヴは彼女の身体を空中で抱きかかえ、穴の向こうの床に落ちてゴロゴロと転がった。「グワーッ!」

 ……「イヤーッ!」落ちながら、ニンジャスレイヤーはニンジャキラーめがけスリケンを投擲!「イヤーッ!」ニンジャキラーも落ちながらスリケンを投擲!対消滅!「イヤーッ!」さらにニンジャスレイヤーはスリケン投擲!「イヤーッ!」ニンジャキラーもスリケン投擲!対消滅!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」垂直落下する二者の間でスリケンが激しく火花を散らす!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は落ち続ける……落ち続ける!ここはいかなる空間なのか!?

 読者の皆さんも視野を広く取れば把握出来るだろう。ドーム状の巨大地下空洞……それも人工の!スゴイタカイビルの地下にはこのような秘匿空間があるのだ。しかもニンジャスレイヤーにとって、これは初めての来訪ではない!空洞の底に巨大なトリイ・ゲート。その先に御影石のオベリスクがある!

「……イヤーッ!」スリケンを投げ合いながら落下した二者は、巨大トリイ・ゲート上の両端に回転しながら着地した。「ハーッ……」ニンジャキラーは彼にとって不可解なこの空間を見渡し、そののちカラテを構えた。ニンジャスレイヤーもまた野蛮なジュー・ジツを構え直す。

「今のうちにハイクを詠め。小僧」ニンジャスレイヤーがジゴクめいて宣告した。禍々しく変形したメンポの隙間から焦げた蒸気が立ちのぼる。「ボロクズめいて捻り殺すがゆえに」「どんな小細工を用いた?虚仮威しめ」ニンジャキラーは応じた。「その醜貌、下賎な悪霊の類にはいよいよふさわしい」

 二者はジリジリと間合いを詰め始めた。「貴様は所詮ニンジャに過ぎぬ。ニンジャスレイヤーめ」ニンジャキラーは呟いた。「ニンジャ全て殺すべし。ニンジャ殲滅者とはこの私だ。決断的無慈悲。貴様をも浄化する炎の持ち主だ」「グググ……ひとつ訊いておくか」ニンジャスレイヤーのメンポが軋んだ。

 ニンジャキラーは訝しんだ。一瞬前とも違うアトモスフィアがそこにあった。ニンジャスレイヤーの瞳孔が収縮し、メンポの金属は牙めいてざわざわと蠢いた。「コワッパ。ニンジャを何故殺す」「何故だと?くだらん……くだらん!」ニンジャキラーは炎の籠手を纏う。「私がニンジャ殺戮者だからだ!」

「それが理由か?……それが……グググ……」ニンジャスレイヤーの邪悪な目が侮蔑じみて細まった。『笑止!』死神は言い捨てた。ニンジャキラーは突風に打たれたように後ずさった。ニンジャスレイヤーは微かに震え、何かを打ち据えるように力強く踏み出した。牙の蠢きは去った。 

「何を……」ニンジャキラーはカラテを構え直した。ニンジャスレイヤーは踏み込む。一歩。また一歩。ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。「ニンジャ。殺すべし」赤黒い眼光がニンジャキラーを射る。憎悪と意志を湛えた、暗い湖のような双眸が。「イヤーッ!」ニンジャキラーは殴りかかる!

 ニンジャスレイヤーの両腕に赤黒の炎が巻き起こった。その腕で、ニンジャキラーの燃える拳を受けた。紅蓮の炎がニンジャスレイヤーに移った。さきの戦闘の繰り返しだ……否!紅蓮の炎は赤黒の炎を侵食できない。ニンジャキラーは目を見張った。「バカな……バカな!」 

 ニンジャキラーは怒りに任せ、連続で拳を叩きつけた。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはこれをいなしてゆく。「成る程、俺の浄化の炎に着想を得て盗んだか。お前はいつもそういう真似をする」殴りながらニンジャキラーは納得する。

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」チョップの連打!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは打ち返す。闇に二色の炎が閃く。「よかろう!ならば……」ニンジャキラーの纏う炎が瞬間的に二倍にも膨れ上がった。「呑み込むだけだ!イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャキラーの拳が止まった。その手首をニンジャスレイヤーが掴んでいた。ニンジャキラーは眉根を寄せた。その目がすぐに苦痛で歪んだ。「グワーッ!?」おお、ナムサン……赤黒の炎が手首から熾り、ニンジャキラーの纏う紅蓮の炎を食らいながら、徐々に腕を這い登り始めたのだ!

 怯んだニンジャキラーはガード姿勢を取った。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは抉るような大振りのフックを叩き込んだ。「ヌウーッ!」ニンジャキラーはよろめく。「イヤーッ!」逆の腕でもう一撃!「ヌウウーッ!?」ニンジャキラーは後退!「イヤーッ!」フック第三打!

「バカな……」「イヤーッ!」更にフック!「グワーッ!」ガードを破り、メンポを直撃する!「イヤーッ!」そしてミドルキック!「グワーッ!」脇腹を直撃!「イヤーッ!」ニンジャキラーは反撃のチョップ!ニンジャスレイヤーはこれを逸らし、「イヤーッ!」更にフック!「グワーッ!」

 ゴウランガ!なんたる苛烈かつ獰猛なカラテ・ラッシュか!赤黒の炎と異形のメンポはしかし、ニンジャスレイヤーの精神が今まさに極限の綱渡りに立たされている事の証左でもある。フジキドはナラクの邪悪な力を引き出しながら、なお、フジキドとしての自我をも強引に維持しているのだ!

 フジキドとは即ちナラクであり、ナラクはフジキドだ。二者の領域間に壁や断崖は無い。地続きなのだ。ゆえに領域を容易く行き来してはならない。自我はフジキドのそれだが、外見、口調……表層には抑えきれぬナラクが現れる。これは禁じ手と断じねばなるまい。だがフジキドは闘う事を決めたのだ!

 ニンジャキラーは一撃ごとに強くなるニンジャスレイヤーに狼狽した。いかなるジツを用いたかと。……違うのだ。ジツではない。カラテだ。ニンジャスレイヤーが、フジキドが、拳を繰り出すたびに、僅かずつ、だが決断的に、カラテを取り戻しつつあるのだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 もはやニンジャキラーはトリイ端にまで追い詰められていた。「ありえぬ!」歪んだメンポがついに破砕し、遥か下の地面に落ちていった。「俺はニンジャを殺すのだ!その為に生まれた……」素顔が……冷えた溶岩めいた黒褐色の肌と、脈打つ炎の亀裂が、晒された。「俺は完全なのに」「スゥーッ……」

 ニンジャスレイヤーは腰を落とし、深く吸い、吐いた。深く深くチャドーした。周囲の光景が暗黒の中に消し飛んだ。(内なるソウルを御するべし)その瞬間、彼はあの日の光景を、殺戮の果てのゲンドーソー=センセイを幻視した。幻視はすぐに去る。目の前にはニンジャキラー。ただ二人だけがある。

 一方、ニンジャキラーは、この闇の中でニューロンを超加速させ、ソーマト・リコール現象を引き起こしていた。過去を探れ。この敵に勝つ方法を。誕生の瞬間を。「ニンジャ。コロス」不定形のニンジャソウルが虚無的に呟いた。(そうだ!殺せ!)セイジは紅蓮の炎に身を投じた。(力をよこせ!)

「AAAAAAARGH!」ニンジャキラーは炎の化身と化した。そしてニンジャスレイヤーに襲いかかった。「AAAAAAAAARGH!」両手の炎!焼く!滅ぼす!「AAAAAAAAAARGH!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの拳がニンジャキラーに届いた。ジキ・ツキ。

「グワーッ!」ニンジャキラーは身体をくの字に曲げて吹き飛んだ。炎が掻き消え、焼け焦げたセイジは死の瞬間を自覚した。ニンジャスレイヤーはザンシンした。セイジは思い出せそうだった。「サヨナラ!」彼は爆発四散した。

 この地に据えられた銀のオベリスクだけが、このイクサを見ていた。ニンジャスレイヤーのメンポが軋みながら形状を戻した。瞳の炎が消えた。トリイの上、ニンジャスレイヤーはザンシンしたまま、しばし動かなかった。

 ……その沈黙は祈りにも似ていた。ニンジャスレイヤーは帰ってきた。

【フー・キルド・ニンジャスレイヤー?】終


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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