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【ゴッドハンド・ザ・スモトリ】

◇総合目次 ◇エピソード一覧

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは物理書籍未収録の第3部エピソードです。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。



1

「ノコータ!ノコタ!ノコータ!」ノコタ・チャントと歓声が騒がしく、ドヒョー・リングの四隅からは紫のスモークが間欠泉めいて噴き上がり、リング上空をブランコに乗ったオイランが嬌声を上げながら行き交うと、極太オスモウ・フォントで力強く打ち出された「お相撲」の文字が画面にせり出した。

 これぞ、オスモウ。これぞ、頂点。リキシ・リーグ・スモトリ決勝トーナメント、通称ホンバショの開幕だ。ドヒョーの上では現在、巨大な正方形の液晶アド・ボードを掲げたゴヨキキ達が儀式めいて円を描き、スポンサーを示すところ。人々は弁当を食べたり、指さしたりしつつ、この幕間も大いに楽しむ。

 ゴヨキキがはけると、巨大モニタがプラズマ光を放ち、今まさにドヒョーへ進み出る巨大戦士達をクローズに映し出す。限界を超えて鍛え上げた身体はまさに筋肉の塊であり、その強さの純粋性は聖なる力すら帯びると信仰されるゆえ、かぶりつきの観客はロープごしに彼らの身体に触れたがる。祝福の為に。

「カンバヤシ!俺の頬を張ってくれ!」「俺の頬をだ!」スモトリ達の列に贔屓の戦士を見つけた熱狂観客が身を乗り出すと、呼ばれたスモトリは願いに応え、歩きながら、だが力強くその頬を張った。「ドッソイ!」「アバーッ!」「ユメノヤマ!て、手形を!」「花束を受け取ってください!」 

 常軌を逸した熱狂だ。だが、無理もない。入場してくるスモトリ達はただのスモトリではない。彼らは、リキシ・スモトリなのだ。巡業インディペンデントスモトリ団体を含めればおそらく10万を超えるスモトリ戦士が日本には存在する。リキシ・リーグに登録可能なスモトリは、わずか64。最強の戦士。

 彼らがドヒョーの上に並ぶと、いかにも狭い。力と筋肉の密度は凄まじく、重力すらも増し、熱気に満ちた空気を歪めるかのようだ。彼らに正対して扇子を水平に構えるのは、行司。オスモウの審判役だ。当然、これほどのエネルギーを前にして、並の精神力では務まらぬ。大神官めいた古老なのだ。

 バウッ!紙吹雪が機械的に噴き上げられ、雅な笙リード音が鳴る。フェー……。観客は静まり返る。行司の咳払いすらもマイクは拾った。やがて行司は宣言する。「今宵、リキシの頂点を決める……」KABOOOOM!KABOOOOM!SPLAAAAAASH!「アイエエエ!」「何だ!」「これは!」

「アイエッ!?」一杯飲み屋の店主は据え付けTVモニタの画面の向こうで勃発した突然のインシデントに驚き、皿を落として割りそうになった。狭い飲み屋だ。客はカウンターに一人だけである。店主は彼にむかって喚いた。「ねえ、どうしたんだろう?大変だぞ!」「チャンネルを変えてくれ、おやじ」

「ナンデ?」「見たくないんだ」男はサケを飲み干した。店主は不満げだ。「なんだね。連れないね。オスモウが嫌いだなんて、信じられん。ちょっとぐらい、いいじゃないか」「見たくないんだよ」「勘弁してよ。サケを一杯サービスするから」店主はそう言って取り合わず、客は肩をすくめる。

 男は一日の肉体労働を終え、晩酌に訪れたようだ。がっしりとした肩、精悍さの面影を残す髭面。画面から目を背け、焼き鳥に手を伸ばす。店主はサケのおかわりを与え、話を続ける。「全くもう。ホンバショは一年で一番重要なイベント……アイエエエ!大変だ!」店主が画面を指さした。

 KABOOOOM!オスモウ・ホールのあちこちで、進行外と思われるパイロが噴きあがった。そして眩いスポットライトがホールの一角を照らし出した。おお、ナムサン!そこに浮かび上がった複数の影……腕組みして不敵に仁王立ちする者達もまた、スモトリ!「アイエエエ!」客席のどよめき!

「何を一体何ガガピー!」「音声!」「ちょっと維持で!」スタッフのやり取りが編集されずに聞こえてしまう!やがて、乱入者らしきスモトリ達の頭目がワイヤレス・マイクを取り出した……!「リキシ・リーグ何するものぞ。こんなものはショウビズに過ぎん。我々はそれを、正す!」「アイエエエ!」

「我々はブルタル・ヨコヅナ・アーミー……地下格闘施設において鍛錬を極めた真のスモトリだ。そしてこの俺様が初代ヨコヅナ……マサカリファングだ!」KABOOOOM!爆発!「「「アイエエエ!」」」客席は悲鳴を上げ、ドヒョー上のリキシ達は怒りを秘めて身構える。

「ちょっとやめないか!」行司が叱責した。「オスモウの神がお前たちを罰するぞ」「ちゃんちゃらおかしいわ!」マサカリファングは鋭利な角をはやした鉄仮面の下で笑いを響かせた。「貴様らの神など偽神!それをわからせてやろうというのだ」「小団体め!」「カエレ!」ブーイングが飛んだ。

「ムフフフフ」マサカリファングは肩を揺らして余裕の笑いを放つ。「今野次を飛ばした無礼者は我がスモウ・プレスで直接八つ裂きにするとして(アイエエエ!後悔と恐怖の絶叫が客席から聴こえた)……小団体とは実際的を射ている。もっとも、このイクサの後に全てを吸収するがな。あれを見よ!」

 KABOOOOM!「アイエエエエ!」ホールの対角で新たな爆発とスポットライト!ナ……ナムサン!またしても……新たなスモトリ集団の影だ!「ハーッハハハハハ!」マサカリファングは哄笑した。「いかにも我らは人数においては今は劣る。ゆえに我らは今回、反目する団体と一時的に同盟した」

「何ーッ!認めておらんぞ!」行司が対角スポットライトを振り返ると、そちらのスモトリ集団は「強い牡牛」と書かれた大漁旗を掲げ、頭目が進み出て宣言した!「我々はストロング・オックス・ボックス……その初代ヨコヅナ、グレートホーンである!以後お見知りおきを……フフフフ!」

 KABOOOOM!さらなる爆発!新たなスポットライト!「そして我々が、レジェンド・オブ・スモトリ!我こそは初代ヨコヅナ、ストロングホールドだ!はるばるドサンコから参ったが、このホールには軟弱な奴しかおらんのう!」「アイエエエエ!」ナムアミダブツ!何たるケオスか!

「許しませんよ!」ハンケチで汗を拭いながら、リキシ・リーグ理事長と思しきスーツの中年男性が進み出た。「貴方がたに、賠償金を請求します!」「ムフフフフ……訴訟リスクを踏まえておらぬと鷹をくくったか?これだから惰弱な既得権益団体は甘ったるい」マサカリファングが笑った。

「ハッキング済みのモニタを見てもらおう!」彼が指さす先、モニタには、まさにその理事長がオイランらしき女性を伴い……『しばらくお待ちください。安全です』の画面表示に切り替わった。そのまま画面はフリーズし、十数分が経過。一杯飲み屋の店主は固唾を飲んで見守った。「おやじ。もう一杯」客は空のグラスを差し出す。

「嗚呼、大変だ!どうなっちまうんだ」上の空で、店主はサケのおかわりを注いだ。男は面白くもなさそうにそれを飲み、げっぷをした。「くだらねェー茶番だぜェ……」「ちょっと!それは侮辱ってもんじゃないですか?わたしゃね、昔からオスモウを愉しみに生きてンだ。ゴッドハンドの頃から!」

 KRASH!男はグラスを握りつぶした。「アイエエエエ!」「勘定だ!おやじィ!」男は立ち上がり、ろれつの回らぬ声で言った。「俺はよォー……そいつの名前が一番嫌いなんだよ!ゴッドハンドの名前がよォ!」「飲み、飲み過ぎだ貴方!責任とれませんよ!」「うるせェ!」と、その時!放送復帰!

「あれっ?」店主は目を見開いた。ドヒョー上には、理事長ただ一人だ。客席も彼の言葉を待って静まり返っている。ピー。マイクがハウリングした。理事長はひきつった顔で、アナウンスした。「エー。我々は本日の要請に対して正々堂々応え……最強ヨコヅナ戦をあらためて開催する事に致します」

「フザケルナ!」「ヤッタ!」「弱腰!」「スゴイ!」「ちゃんとしろよ!」「ワオーッ!」「お前の脇が甘い!」「ワオーッ!」歓声と辟易、ブーイングが入り混じった。理事長は汗を拭い、「エー、開催日程は後日にアナウンス。本日のお客様方には補償……」ブツン。男がリモコンでモニタを消した。

「アッ!いつの間にリモコンを……」「クソが!」男はリモコンを投げつけ、トークンをカウンターに叩きつけた。「なァにが最強だ。リキシは力の戦士だろうがよ。最強ッてのはよォ……誰にも負けねえ奴を言うんだ。アアー?違うか、おやじ!」「アイエエエエ!」「何がファンだ!何が……クソッ!」

「アイエエエエ……」失禁しかかりながら、店主は酔客を見上げた。恐るべき迫力。その眼差し。「エッ……」店主は目をこすった。「あンた、どこかで見覚えが」「そりゃアおやじ、俺ァ警備仕事の帰りにしばしば来店、オゴーッ」嘔吐!「アイエエエ!」「バカ野郎が畜生め……」千鳥足で退店!

 ふらつく男を迎える路上は暗く、「大入り袋」「招き猫」「浅草」などのショドーが施された赤いボンボリを掲げた一杯飲み屋が立ち並ぶ。街灯のライトはバチバチとおぼつかず、ゴミバケツを漁る野犬が男を睨む。「ふざけやがって……ヒック」カンオケ・ホテルを目指す男の背中はすさまじかった。

「ハイ、おじさんこっちよ」「キテネー」その手をナース姿のオイランが取り、横づけした救急車に誘導した。「ヒック、何だァ?ッたくよお」男は酒臭い息を吐いた。「救急オイランサービスと来らァ。気が利いてらァ」「そうよ、おじさん」「キテネー」「確保」白衣姿の男たちが迎え、男を車内へ!

 ゴゴゴゴ……くぐもったエンジン音を鳴らし、救急車は走り出した。「拘束を早く」「ハイ。しかし、なんだなあ、もっとアブナイかと思いましたが、とんだダメ野郎ッて感じですね」若いサラリマンが侮蔑的に言った。「オイオイ」白衣の男が咎めた。「さすがにシツレイだ」「アッハイ。エヘヘ!」 

 アナヤ、これは一体?若サラリマンの胸元に光る社章は……ナムサン!暗黒メガコーポ、ヨロシサン製薬のそれだ!「ニンジャのセンセイまで手配したのにさ。ドーモスミマセン、暇させちゃったッスねェ!」「ダマラッシェー!」助手席から叫びながらニンジャが振り返る!「アイエエエ!」若者は失禁!

「貴様の上司の名を言え、非ニンジャの屑!」ニンジャは苛立ちに満ちた眼差しを光らせる。「アイエエエ……カリバダ=サンです」「よかろう。カリバダ=サンはケジメだ。こんな無礼なガキをよこしたのだからな。調子に乗るな!」「アバーッ!」白衣の下請け社員達は無言でガタガタと震えている。

「俺はカチグミ気取りではしゃぐ若僧が嫌いだ」ニンジャは冷たく言った。「若僧の死体もな。臭くてかなわん。捨てろ」「「ヨロコンデー!」」下請け社員達は失禁しながら、変わり果てた若サラリマンから社員ID関係を手早く剥がしたのち、死体を車外へ放り捨てた。ナムアミダブツ!

 白衣の者達は泥酔した男を拘束する作業に己を没頭させ、ニンジャ・リアリティ・ショックに耐えようとした。ニンジャが実在する事、そしてニンジャとは暴虐な存在である事を、彼らは職務上既に知っている。だが、ヨロシサン製薬のニンジャの残虐なバイオテックを間近に見た衝撃は計り知れない。

「……ドーモ。私だ。カリバダ=サン。そうだ」ニンジャはIRC通信を行った。「無礼があったゆえ、貴様の部下を殺害した。貴様には管理不行き届きの咎でケジメを申しつける」アイエエエ、という声が通信機のスピーカーから漏れ聞こえた。「本題だ。対象を問題なく確保した。これより帰還する」

 救急車は飲み屋街を離れ、しめやかにハイウェイ方向を目指す。街灯やネオン看板が流れゆく。「元気の男」「カセット」「お前様」「モミ」「カラオケ子達」。ニンジャは横目で車両後部の酔漢を見やる。「往年の覇気のかけらも無しだが、遺伝子的には問題あるまい」そして呟いた。「ゴッドハンド」

 その時だった。ボン、ボボン、妙な破裂音のあと、車両が減速し、停止した。「スミマセン」クローンヤクザ運転手が無表情に頭を掻いた。感情表現機能が豊かである。「どうした」ニンジャは睨んだ。クローンヤクザがドアを開けて車外へ出、タイヤを確認しながら言った。「パンクです」「パンク?」

 ニンジャは首筋にぞくりとした感覚を覚える。ニンジャ第六感が鳴らす警鐘である。車外の運転ヤクザが斜め上を見上げ、「ザッケンナコラー!」チャカ・ガンを構える。その額にスリケンが突き刺さった。「グワーッ!」額から緑の血を噴き出し、クローンヤクザは死んで倒れた。「何!」 

「イヤーッ!」KRAAASH!フロントガラスを貫き、第二のスリケンが飛んできた。ヨロシサンのニンジャは一瞬早く車外に転がり出ていた。「アイエエエエエ!」通過しようとしたスシ・デリバリー・バイクが驚いてスピンし、転倒しながら滑り消えていった。「アイエエエエ!」

「何奴!」ニンジャは攻撃方向を見上げた。そして目を見開いた。「な……なぜ貴様が」視線の先には……ゴウランガ……交通標識の上に腕組みして直立する赤黒装束のニンジャの姿があった。マフラーめいた長い布が夜風に翻り、ネオン・ライトはメンポに刻まれた「忍」「殺」の漢字を照らし出した!

「なぜ貴様がここに!」「ドーモ」赤黒装束のニンジャは威圧的なアイサツを繰り出した。メンポの繋ぎ目からジゴクめいた蒸気が迸り出ると、その目は決断的殺意にギラリと輝いた。「……ニンジャスレイヤーです」


2

「ドーモ。スネークピットです」ヨロシサンのニンジャはアイサツを返した。「何故貴様が……ウヌッ」インカム型IRC通信機のノイズに、スネークピットは顔をしかめる。見透かしたようにニンジャスレイヤーは言い放った。「救援は呼ばせぬぞ」「ジャミングだと!周到かつ姑息な真似を!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!「イヤーッ!」スネークピットはブリッジでこれを躱す。ニンジャスレイヤーは既に空中にいる!「イヤーッ!」そして回転踵落としだ!「イヤーッ!」スネークピットはバック転でこれを回避!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの踏み込みチョップ!

「イヤーッ!」スネークピットは左腕でニンジャスレイヤーのチョップを受け止める。その目が険しく細まった。「準備ずくという事は、貴様まさか、このミッションを?」「然り。アルティメット・オスモウ計画とやら、叩き潰す」計画名の暴露はスネークピットを動揺させた。「イヤーッ!」右手で攻撃!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは即座に反応し、バックステップで回避。だがスネークピットはニヤリと笑う。「浅いわ!」ピシィ!彼の右拳の中指付け根部分からワイヤーめいた何かが飛び出す。「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーは顔を傾け、あやうくこれを躱した。メンポに抉れ傷!実際アブナイだ!

 ピシィ!続けざまに再び奇妙な音が発せられると、今度は人差し指付け根部分から二つ目のワイヤーが飛び出し、さらにニンジャスレイヤーを襲った。「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーは腕でこれをガードする。ブレーサーに抉れ傷!「浅い浅い!」ピシィ!第三のワイヤーは薬指からだ!「グワーッ!」

「浅い浅い浅い!」バガッ!スネークピットの右腕ガントレットが分解脱落!三度目の攻撃によって傷ついたニンジャスレイヤーに、太縄じみた武器が鎌首をもたげ襲いかかる!ナムサン!ニンジャ動体視力をお持ちの読者の方は先程から既にご存知だった筈だ。それは、蛇だ!ヒドラじみて大小の蛇の群れ!

「SHHHHH!」「ヌウーッ!」巨大なニシキヘビがニンジャスレイヤーの頭を食いちぎりにかかる!ニンジャスレイヤーは右腕をかかげ、かろうじてこれを防いだ。頭部を抉られる悲運は防いだが、大蛇の頭部はニンジャスレイヤーの腕をきつく締め上げ、攻撃を封じた!「グワーッ!」

「さっきまでの威勢はどうした!ニンジャスレイヤー=サン!」スネークピットが挑発した。ナムサン……これはいかなることか?その左腕はまさに多頭大蛇であり、先ほど鼻持ちならない若サラリマンを目にも止まらぬ早業で即死させたのは腕に生えている中の一匹だ。なんたる冒涜的バイオテック武器か!

「これは……ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは巻き取られぬよう抗う。スネークピットはさらに締め上げていく!「シューッハハハハ!俺は貴様には実際馴染みがあるのだニンジャスレイヤー=サン。貴様がコッカトリス=サンを殺害したことで、我が社のダイジャ・バイト研究は数年止まった」「何!」

「ヨロシサン製薬は神の代弁者だ、ニンジャスレイヤー=サン」スネークピットはおぞましく笑う。「貴様のような単一ウイルスが多少暴れたところで、複数世代を経て必ず克服する。その準備が整っている!」「これは……ヌウーッ!」「貴様の過去データの戦闘シミュレーションは二万回経験済みだ!」

 スネークピットの右手首から、湾曲したブレードが飛び出す!「動けまいニンジャスレイヤー=サン。貴様のニンジャ膂力のデータを取っている……ゆえに貴様が俺のヘビに勝つことはできん。しかも俺はなお片手が自由だ!コッカトリスとかいう負け犬とは性能が百倍違う!イヤーッ!」ナムサン!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは自由な方の腕でかろうじてスネークピットのブレードをそらした。しかしスネークピットの余裕は消えない。ただ絞め上げ、反撃を許さず、次の刺殺チャンスを引き寄せるのみだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「なんたるシミュレーション以上の心地よい悲鳴か!」

「アイエエエ早く!」「どういう事ですか?通信ができない」白衣下請け業者二人は拘束した泥酔男をおぼつかない手つきでストレッチャーに乗せ、よろめきながら車外へ脱出した。「なんて重さだ」「とにかく付近のオフィスにグワーッ!」業者一人が石に躓き転倒!転げ落ちる泥酔男!「グワーッ!」

「痛え……何がいったい畜生、一体、オゴーッ!」脳が揺さぶられ、男は再び嘔吐する。靄のかかっていたニューロンが晴れてゆく感覚の中で、彼は身をよじり、救急車の横で繰り広げられるせめぎあいを垣間見た。「……ニンジャ……ナンデ」「イヤーッ!」「ヌウーッ!」せめぎあいを!

「ちゃんと運べ!バカ!」「畜生、吐瀉物が汚い」男の近くで己を攫った者達の悪罵が聞こえる。声にはエコーがかかり、極限状態の男の脳に、あの音が混じり始める。テン、テテン、テンテン。テン、テテン、テンテン……オスモウ・デンデンダイコの音が。視線の先では二人のニンジャがせめぎあう!

「ヌウーッ!」「絶対に俺のダイジャ・バイトを破るすべはない!理論上貴様のニンジャ膂力の十倍耐えられる細胞組織を目指し……」ダメだ!これではあの人さらいのニンジャが勝つだろう。男は歯を食いしばった。「運び直せ!」「ッたく腐ってもスモトリだな、重い……」「ドッソイ!」拘束具破壊!

「「アイエエエ!?」」両脇から男を抱え上げようとしていた下請け白衣業者二人は、無抵抗と思われた男の突然の奮起に、失禁しながら転倒した。「ウッチャリ!カエシナゲ!」男はもどかしさに狂い、なかば無意識のうちにそう叫んでいた!ニンジャスレイヤーの目がギラリと光った!「イヤーッ!」

「ヌウーッ!?」スネークピットは驚愕に目を見開く!彼の目の前で、ニンジャスレイヤーは……自らスシ・ロールの具材めいて、大蛇の中に巻き取られたのだ!「何だと、これは……」突然己が込めていた力と同一ベクトルにかけられたニンジャの力にバランスを崩すスネークピット!「グワーッ!?」

 今やニンジャスレイヤーは瞬間的に生まれた竜巻の中心点であり、スネークピットは遠心力のままに振り飛ばされるカンザス乳牛に過ぎない!「グワーッ!?」「オヌシのデータとやらには、私の重ねたイクサの何割が入っている?」竜巻の中心点からジゴクめいた声!「実際興味深い!」「グワーッ!」

 KRAAAASH!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはスネークピットの身体を鞭めいて救急車に叩きつけた!大蛇が痙攣し、ほどける!「イヤーッ!」「ARRRGH!」即座にその頭部を踏み砕いて破壊!「ば、馬鹿な、データが……」スネークピットが身を起こそうと「イヤーッ!」「グワーッ!」

「やめろニンジャスレイヤー=サン、我が社は……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「情報は渡さ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの決断的パンチを受けるたび、スネークピットの身体が車体により深くめり込んでゆく。……「イヤーッ!」「グワーッ!サヨナラ!」爆発四散!

「「アイエエエエ!」」起き上がりかけた下請け白衣業者が再失禁しながら転倒した。KABOOOOM!救急車が爆発した。男は爆炎に歪むニンジャスレイヤーを呆然と見つめた。「ニンジャ……」「ゴッドハンド=サンだな」赤黒の死神は男を見た。男は返答に窮した。「俺は……しがない労働者だ」

「しがない労働者であろうと、ヨコヅナであろうと」ニンジャスレイヤーは言った。その表情はうかがい知れない。「巨大な陰謀にもとづき、オヌシを狙う者がいる。もはやオヌシ一人の問題では無くなっているのだ」「何だと……」「オヌシを一時的にオキナワへ逃がす準備が進んでいる」「オキナワ?」

「よいか。ヨロシサン製薬がオヌシを狙っている」ニンジャスレイヤーは燃え上がる救急車を見やった。「正確には、オヌシの遺伝子を。私はオヌシの安全を確保した後、問題を排除する」「ニンジャ……」男は後ずさった。「ニンジャについていくバカがどこにいやがる!お、俺はお前を知らねえんだ!」

 赤黒の死神は目を伏せ、もう一度男を見た。感傷めいたアトモスフィアがあった。男は震えた。罪悪感に。ニンジャは言った。「……ヨコヅナ」「ヤメロ」男は耳を塞ぎ、後ずさり、脱兎のごとく駆け出した。「アバーッ!」背中を踏まれた下請け白衣業者の悲鳴!ニンジャスレイヤーは男を追おうとする。

「御用!御用!」「御用!御用!」「治安を維持するハイデッカーは優しい」「御用!御用!」「悪い隣人を通報しましょう。キャンペーン期間でポイント倍点な」「御用!御用!」デッカービークルの騒音が急接近する。「ヌウッ」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。男は素早く路地裏に駆け込む。

「待て!」ナムサン!待てと言われて待つ者はいない。ニンジャスレイヤーは騒ぎの通報を受けて走り込んでくるデッカービークル群を避けねばならず、路地裏に男を追うことを断念した。「御用!御用!」「御用!御用!」「イヤーッ!」赤黒の影は色付きの風となり、乱立するネオンの狭間に消えた。


◆◆◆


「バカ野郎畜生……」プレハブ街の壁にフラフラとぶつかりながら、男はよろよろとカンオケ・ホテルを目指す。屋台からはダシ汁の匂いが漂い、「そでん」のLED看板が瞬く。それは誘蛾灯めいて、男を引き寄せる。「飲まずにやっていられねえ」「ヘイ、ドーモ」屋台のおやじがアイサツする。

「ネリを」「アイヨ!ネリ」店主はスチロールの皿に汁の染みた食べ物をよそった。「それとな、サケだ」「アイヨ!サケ」「瓶でくれ」「アイヨ!瓶で」店主はサケの瓶を男に差し出した。男の横から突き出された小さな手が、それを奪った。「何だ?」「オジサン、また飲んでる!」「誰だァー?」

 男は焦点を合わせた。そして苦い顔になった。「ガキ!なんで居やがる」「こっちの台詞だ!」12、3歳の薄汚れた子供だった。「またオジサン、酔っ払ってフラフラしてっから……びっくりして後をつけたら、また飲もうとしてる!」「サケを返せ!」「嫌だ!」子供は瓶を抱えて走り出した。

「ザッケンナコラー!」男は椅子を蹴って追う!「お客さんお代!困りますよ!」店主が追う!「マテッコラー!」「嫌だ!」「待て!」「お客さん!待てよ!ザッケンナコラー!」三人は明滅する街灯の中を列になって走る!

「マテッコラー!」「嫌だ!」「マテッコラー!」「お代マテッコラー!」やがて彼らは袋小路に辿り着いた。「サケを返せ!ガキ!」「嫌だ!飲むんだろ!朝まで!」「そうだ!」「お代がまだだ!」子供はつばを吐き、古い家の引き戸を開けて中へ走り込んだ。「マテッコラー!」

「人の家に?それは、ちょっとやめないか!」躊躇する店主の声を背に、男は子供の後を追った。ターン!ショウジ戸を引き開けると、そこは実際狭いチャノマだ。そして、そこでは待ち構えるかのように子供がタタミに正座し、正方形の厚紙を護符めいて両手で掲げていたのである……!男は息を呑んだ!

 それは……おお……手形であった。朱色のインクで力強く捺された大きな手だった。子供は男を睨み、挑むように立ち上がり、グイグイと厚紙を近づけた。男は震え出した。子供は男の手首を掴み、手形に押しつけた。「ぴ、ぴったりだ」男の後ろ、恐る恐る入り込んできた店主が呻いた。「まさかアンタ」

「……」子供は男を睨んだまま、一歩下がった。男は両手をだらりとたらし、無言で震えていた。子供は手形の上に小さく書かれた肉筆を指差した。そこにはこう書かれていた。「親愛なるヤチタ=サン」そしてその下に。「ゴッドハンド」「アイエエエエ……」店主が呻きながら後ずさった。

「ここは、俺んちだ」ヤチタは言い、タタミに転がるサケの瓶を拾って店主に押しつけた。「持って帰れ!」「なんてこった」店主はうわの空でそれを受け取り、ゴッドハンドを見上げた。「あんたゴッドハンドなのか。本当にゴッドハンドなのか。なんてこった。オスモウ破壊者の、あのゴッドハンド」

「俺は親父の死亡保険金と配達仕事で暮らしてる!」ヤチタは言った。「母ちゃんはいない!」「……」「まだ元気だった頃の親父が、俺のことをリョウゴク・コロシアムに連れてったんだ。ホンバショに!そこで、畜生……アンタが、坊主強くなれよッて!言ったんだぞ!アンタが!ド畜生!!」

 ゴッドハンドは後ずさった。感情の嵐が耳鳴りを引き起こし、焦点はおぼつかず、やがて、トン、トトン、トントン、トン、トトン、トントン……ニューロンにさざなみめいて、デンデンダイコの音がリフレインし始めた。トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……。

 トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……「コモモミヤマ!」「絶対ヤッチマエー!」観客は全て敵だ。目の前には鉄仮面を被った巨大な戦士。両腕にファイヤーパターンのタトゥー。背丈はゴッドハンドの倍。チャンコ072をどれだけ使った?湧く感情は恐怖でも闘志でもない。軽蔑だ。

 チャンコ072。巨大な肉体をインスタントに作り出すトレーニング薬物は、あっという間にネオサイタマのオスモウを支配した。当初はインディペンデント団体が用いていたアンダーグラウンド薬物だったが、凄まじい巨体の迫力により団体の人気が逆転。リキシ・リーグは危機感を抱くようになった。

 推進派と規制派の間でリーグは揺れた。しかし最終的に、ネコソギ・ファンド社とヨロシサン製薬のロビー活動によって規制は撤廃。あっという間にネオサイタマのオスモウは不自然な手段で作られた巨大スモトリがぶつかりあう退廃バトルフィールドと化したのだ。

 チャンコとは力の戦士の神聖食。新鮮な食材と蛋白質によって、スモトリの肉体を作り上げる鍋料理だ。それを冒涜し皮肉るネーミングは悪意の塊だった。ゴッドハンドはそれを拒絶した。負けるわけにもいかなかった。彼は鍛えた……鍛え、そして鍛え、鍛え続けた。理由などない。信念の問題だ。

 トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……「何がゴッドハンドだ」「身体に派手さがない」「大した事ないくせに」「態度が悪い!」「あんなに強いわけはない。だから絶対に八百長だ」ドヒョーの上では驚くほどヤジがよく聞こえる。知ったことではない。「準備して!……ハジメテ!」

 ゴッドハンドはコモモミヤマと真正面からぶつかり合う。その勢いはバッファロー殺戮鉄道だ。実際恐ろしい。だが、それは所詮、邪悪な薬物と引き換えに得た、かりそめの肉体。まるで腐った水風船だ!「ドッソイ!」「アバーッ!」……トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……。

 トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……「今日は何の御用で」「君ねえ」理事長はタバコを灰皿に押しつけた。そしてフリップボードを示す。「これ、観客動員数。どんどん減ってるの。これ君よ?エキサイトメントが全然重点されてないの」「ヨコヅナは勝ちます。それだけです」

 トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……「フザケルナ」「飲み過ぎですよ」「もう一杯だ」「ヨコヅナ、もうやめませんか」トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……「ヨコヅナ、最高ですよ!」「ヨコヅナこそオスモウだ」「コイツやっちゃってください!」

 トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……「ここは、どこだ」「アイエエエエ!アイエエエエ!」「ザッケンナコラー!マッポだ!そこの男と女!ホールドアップせよ!」「なッ……」「ヨコヅナ!これは言い逃れできませんな」「俺は何も……何だこれは」「ヨコヅナに襲われたんです!」

 トン、トトン、トントン……トン、トトン、トントン……陪審員はゴッドハンドを信じなかった。ゴッドハンドは彼らの好む他のオスモウと違ったからだ。ゆえに有罪判決がくだった。ヨコヅナだったので、執行猶予で済んだ。しかしそれだけで彼が全てを失うには十分だった。

 トン、トトン、トントン、トン、トトン、トントン……彼は世界を呪った。酒におぼれ、カネモチ・ディストリクトの邸宅はカンオケに。彼は世界を、オスモウを呪い続けた。だがそれは……トン、トトン、トントン、トン、トトン、トントン……ヤチタがゴッドハンドを睨む。その目に涙が浮かんでいる。

「それは、まさに10日後!」ドオン、ドオン、ドオン……けたたましい花火の音と上空のマグロツェッペリンの広告音声が、吹きっさらしの家の中に飛び込んで来た。「最強スモトリ・リーグを決める超絶なバトル始まる!」「そうだった!」店主が部屋の隅のモニタを勝手につけた。「見なくっちゃ!」

「さっきから何なんだよ!邪魔くさいな!」ヤチタが涙を拭い、店主を咎めた。「だってオスモウが」「ドーモ。ネオサイタマの皆さん。マサカリファングです。来季からは俺がお前達のヨコヅナだ!他の出場者全員を八つ裂きにする!間違いなし!」モニタの中では恐るべきスモトリがアッピールする!

 KABOOOM!激しい爆発がドヒョーを彩り、中央ではキャデラックのボンネットに縛り付けられた理事長が泣き叫ぶ!「アイエエエエ!ここまでの仕打ちは聞いてない!」「ハーッハハハハ!真のオスモウをネオサイタマに取り戻してくれるわ!オスモウの神に寵愛されし男、マサカリファングがな!」

「真のオスモウ」ゴッドハンドは呟いた。ヤチタはゴッドハンドを見た。ゴッドハンドは言った。「真のオスモウなど、知った事か」だがその声音は低く、力強かった。トン、トトン、トントン、トン、トトン、トントン……。デンデンダイコのサウンドが、絶えず、彼のニューロンに鳴り続けていた。

 トン、トトン、トントン、「ドッソイ!」トン、トトン、トントン、「ドッソイ!」トン、トトン、トントン、「ドッソイ!」トン、トトン、トントン、「ドッソイ!」ゴッドハンドはスモトリ木人に掌打を繰り返す。バイオスズメの鳴き声が聴こえ、ドージョーに朝日がさす。その背中は凄まじい。


3

「スネークピット=サンがやられたと?」「は……ハイ」玉座じみて積み上げられたザブトンの上に座し、ドゲザするサラリマンを冷たく見据えるのは、金の渦巻き模様を刺繍した濃緑装束に身を包んだニンジャだ。サラリマンは額を畳に擦りつけた。「下請け業者にはケジメさせましたので……」

「ケジメ・アンド・エクスキューズ。後半部が足らんぞ」ニンジャは無慈悲に言った。背後の高輝度モニタ群の逆光で、その顔は黒い影。だがその眼光はギラリとサラリマンを射抜いた。「アイエエエ!」サラリマンはにじり下がった。「そ、それが、ニンジャスレイヤーの関与がまず間違いなく……!」

「ニンジャスレイヤーだと!?」ニンジャはザブトンの上で身を乗り出し、呟いた。「チッ……奴はどこまで嗅ぎつけている……?嫌な空気です……」「社のサーバーを現在、セキュリティ部門に総ざらいさせております!」サラリマンはタタミに額を擦りつけた。彼とて上級社員!屈辱は極まる!

「後手後手ですか、貴方は!イヤーッ!」「アイエエエ!」サラリマンの頭の横にスリケンが突き刺さった。慈悲深い!「現にニンジャスレイヤーが出現したということは、アルティメット・オスモウ計画がどこまで把握されているか!それが肝要なのです!心血を注ぎなさい!」「アイエエエ!」

 このニンジャは何者か?彼こそはサブジュゲイター……ヨロシサン製薬の重役にして、極めて恐るべきジツをバイオインストールされたニンジャである。「我々は様々な外的要因によって、やむなくオスモウ計画を中断せねばならなかった。しかし諸問題の交通整理が行われた今、計画は速やかに遂行される」

 背後のモニタに「U究極相撲O」の極太文字が流れ、屈強な人体の三面図と、回転する二重螺旋が映し出された。二重螺旋は急拡大し、「横綱」「因子」の文字マーカーが踊った。マーカーで示された僅かな塩基は格子モデル上に並べなおされ、何かが構築されようとしている。一体これは?

 仮想データ上に組み立てられてゆく人型のシルエット……イケナイ!まるでモニタ自体が世界への冒涜を拒否するかのようにノイズを発し、計画図はブルースクリーンに秘された。サブジュゲイターは拳を握り込んだ。「「イヤーッ!」」タタミに二つの穴が空き、中から二人のニンジャが飛び出した。

「ドーモ。サイアノシスです」「ドーモ。コラプサーです」二人の新ニンジャがサブジュゲイターにアイサツした。もちろん、ドゲザサラリマンに対する、虫を見るような数秒の蔑視は忘れない。「スネークピット=サンがやられたと?」「恐れながら彼奴は所詮、バイオ器官を部分移植した小物」

「言いましたね、コラプサー=サン。それは自信のあらわれと?」サブジュゲイターの目が光った。コラプサーは喉を鳴らした。「当然です」「我ら次世代バイオニンジャの確かな働きを見せましょう」サイアノシスが目を細めた。どちらのニンジャも、やはり逆光で顔は影だ。

 ターン!フスマが開き、新たなバイオニンジャが現れた。腕を四本生やし、4つのカタナを帯びた恐るべきバイオニンジャである。「ドーモ。アサイラム=サン」「ドーモ」アサイラムはアイサツを返す。「その自信満々の精神状態を維持し、一刻も早くヨコヅナ確保に走ったらどうだ?」彼は辛辣だ。

「フ」サイアノシスが笑い、コラプサーがサブジュゲイターを振り返る。サブジュゲイターは頷いた。「「ハイヨロコンデーッ!」」二人のバイオニンジャは腕組みするアサイラムの両脇を回転ジャンプですり抜けた。アサイラムの二刀の鍔がカチンと鳴った。すれ違いざまの瞬時の攻撃を防いだのだ。

「ニンジャスレイヤー……」アサイラムの眼差しは剣呑であった。「ただ排除するだけでは意味がない」サブジュゲイターは言った。「様々なバイオニンジャが彼と戦闘するのが良い。バイオニンジャの一つ一つの戦闘が、次の世代のバイオニンジャへの、ひいてはヨロシサン世界への礎なのです!」


◆◆◆


「ヌウーッ……ヌウウウーッ……」ナムサン!ドージョーの隅に置かれた巨大な鉄鍋を見よ!換気穴めがけ噴出する湯気によって中は見えぬが、グツグツと煮えたぎる音と、耐え忍ぶ野太い声が微かに聴こえてくる!鍋の側には子供が控え、可燃性スクラップを鍋の火にくべ続ける!

「アンタたち……エッ!」様子を見に立ち寄ったと思しき屋台店主がこのジゴクめいた光景に目をむいた。「なんだこれは!」「釜茹でだよ!」ヤチタ少年が振り返らずに答え、バンブーの筒に息を吹き込んで火力を強めた。「ウオオーッ!」湯気の中から声!店主は叫ぶ!「バカな!何をやってる!」

「酒を、フーッ!酒を抜くんだってさ!フーッ!」ヤチタが息を吹き込みながら説明する。「だって殺人だぞ!」店主が咎めるが、鍋の中から恐ろしい声が返った。「グワーッ!……やめさせるな!」「フーッ!フーッ!」「グワーッ!」「どうすりゃいいんだ」店主は震えた。

「フーッ!フーッ!」「グワーッ!助けてくれ!グワーッ!」「ほら!やめないと……」「いや、やめさせるな!」同じ声がすぐに咎めた。「俺の弱い心よ、汗となって出ていけ!」「フーッ!フーッ!」「グワーッ!」ヤチタは一心不乱である。鍋のタタミ数枚距離には大きなタライがあり、氷が満載だ。

「フーッ!フーッ!」「グワーッ!」「フーッ!フーッ!」「アバーッ!」SPLAAASH!熱湯を弾き、巨大な影が釜から飛び出した。ゴッドハンドだ!彼はタライの中を獣じみて叫びながら転がり、氷を貪った。「グワーッ!グワーッ!」「なんてこった」「来たか!おやじ」ゴッドハンドが睨んだ。

「アイエッ!」「そこにあるメモの具材を買ってこい!」「ナンデ!」「チャンコだ、おやじ」ゴッドハンドは荒い息を吐きながら言うと、再び釜のハシゴを上りにゆく。「続けろヤチタ。湯がぬるいぞ」「フーッ!フーッ!」SPLASH!「グワーッ!」「……わかった」店主はドージョーを走り出た。

 ヨコヅナはその神がかった強さゆえに極めてありがたいものであり、まさにその神人に面と向かって頼まれれば、当然快諾してしまうものである。「ヨコヅナだなんて……ヨコヅナだなんて」店主は息を切らせてコケシマートに走りながら夢うつつの心境だ。買い出しを終えて戻ると、彼は再び目をむいた。

「バカな!何を!」「おっさん手伝ってくれ」「何を」「ヨコヅナが、やれって言うから」ヤチタは寝かせたドラム缶と格闘していた。ドラム缶の進行方向……しかり、進行方向だ……には、股割り姿勢でうつ伏せになったゴッドハンドがいた。「ヌウウウーッ……硬い」「何を」「押し転がせ、おやじ」

「ドラム缶の中には、砂!」店主は確かめ、呻いた。「上から転がしてどうするってんだ?まさか、重みで柔軟を?殺人だぞ!」「情けない俺の身体よ」ゴッドハンドは言った。「もう日にちがない。とっとと始めてくれんか」ヤチタと店主はお互いを見、つばを飲んだ。「やれ!……グワーッ!」

 柔軟を終えると、ゴッドハンドは店主にチャンコを作らせた。三人で鍋を囲んだ。大量の食材で、ヤチタと店主はすぐに満腹になった。ゴッドハンドが全体の九割を食べた。そののちゴッドハンドはドージョーの裏のスクラップ場に出た。店主は目をむいた。「まさか!タンクローリーの廃車を牽くのか?」

「もう手伝いは要らん」ゴッドハンドは強力なゴムをマウスピースじみて噛みながら頷いた。ゴムはタンクローリーのグリルに硬く結ばれている。「そんな!やめさせるんだ、ヤチタ。あんなことをすれば、歯が折れ、顎が千切れちまう!」「やめさせられないよ」ヤチタは震えながら首を振った。

「噛む力だ」店主は呻いた。「聞いた事がある。噛む力はあらゆる筋力の礎なんだ。スモトリのトレーニング・カリキュラムにも、顎の力を鍛える内容があるっていうじゃないか。さすがに普通はタンクローリーの筈ないが」彼はごくりとつばを飲んだ。「取り戻そうってのか……ヨコヅナ現役時代の力を」

 ゴッドハンドの全身が紅潮した。身に着けるのはマワシひとつ。「ムウウウウーッ……!」ゴゴッ、タンクローリーが軋んだ。タイヤはとうに朽ち果て、歪んだホイールが土を抉った。ゴゴゴゴ……。タンクローリーが徐々に動き始めた……!


◆◆◆


 ウシミツ・アワー。スモッグを透かしてネオサイタマを見下ろすドクロめいた月の下、建物を飛び渡る二つの影あり。常人の目には色つきの風にしか見えまい。ニンジャである。「「イヤーッ!」」彼らはビル屋上のオイラン看板の上に着地し、スクラップ場に隣り合わせたドージョーを見下ろした。

「あれだ。サイアノシス=サン」コラプサーが言った。「チンケなドージョーだぜ」「ヨコヅナは世捨て人となったのではなかったか?多少データと違うのが気になる。何故ドージョーだ」「間違いなし。付近のクズ市民の目撃情報だ。奴がドージョーを掃除し、物々しい訓練を始めたらしいとな」

「ヨコヅナとはしかし、滑稽なものよ」サイアノシスが言った。「所詮は非ニンジャの屑。何をそうありがたがるのか。強さなどニンジャであればよいし、ニンジャの中で上を行くのがすなわち我らのバイオテックというわけだ」「然り」コラプサーが頷いた。「神が地上の人類を眺めるにも似たりだな」

「くくくく……」サイアノシスが笑い、メンポの下で舌なめずりした。鍛錬と努力を極めた肉体を引き裂いて絶望の中で死に追いやるイメージを思い浮かべたのだ。それを察したコラプサーは念を押した。「オイ。わかっておろうが、殺すなよ。拉致してラボに持ち帰るんだろうが」「くくく」「チッ」

「「イヤーッ!」」二者はドージョーの屋根に飛んだ。表から押し入り暴れては、事が周辺市民の知るところになり、ヨロシサンの株価に影響する可能性がある。ゆえにウシミツ、ゆえに隠密作戦である。コラプサーは屋根瓦に手を当てた。刺激臭が立ち昇り、瓦は溶解してゆく。コワイ!

 彼らは互いを見、頷いた。屋根裏からの侵入経路確保。容易極まるミッションである。「殺すなよ」「そりゃあな……くくく」サイアノシスは笑った。「大丈夫だ。だが俺のジツでヨコヅナは相当苦しむ事になろう」「それはそうだな」コラプサーは同意した。「きっと愉快な眺めだ」「ほう。愉快か」

「何?」「俺ではない」サイアノシスが低く言った。コラプサーは眉根を寄せた。「待て……」彼は溶かした瓦を反射的に見た。穴の下には見返す目があった。コラプサーのニューロンをニンジャアドレナリンが駆け巡った。赤黒の眼光。月明かりが一瞬、「忍」「殺」のメンポを照らした!「イヤーッ!」

 KRAAAAASH!「グワーッ!?」瓦屋根を破砕しなからの逆さ昇り蹴りが、コラプサーの顎を直撃した!「コラプサー=サン!?」「グワーッ!」コラプサーは受け身をとってカラテを構えた。「まさか……」「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」赤黒の死神は先手を打ってアイサツを繰り出す!

「貴様、まさか屋根裏に……」「そのまさかだ。そろそろ次の犬が放たれる頃合いと思っていたぞ。ヨロシサン製薬のニンジャども」「ドーモ。サイアノシスです」「ドーモ。コラプサーです」コラプサーのアイサツはぎこちない。アンブッシュが彼の脳を揺らし、肉体へのダメージも軽くない!

「今の蹴りで死ななかった事は褒めてやる」ニンジャスレイヤーはコラプサーに言った。コラプサーは呻いた。「バイオテックは迷信じみた貴様のカラテとは……ものが違う……!」「よかろう。証明のチャンスをくれてやる」ニンジャスレイヤーは手招きした。「二匹まとめて来い」「「イヤーッ!」」

 まず踏み込んだのはサイアノシス!隙のない中腰姿勢から、中指と人差し指を捻り合わせた奇怪なチョップ突きでニンジャスレイヤーの心臓を狙う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」更にコラプサーがニンジャスレイヤーに右手を突き出すと、掌の中心に開いた奇怪な孔から危険な腐食液が放たれた!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはサイアノシスのハートブレイキング・ペネトレイション・ジツをブリッジで回避!腐食液がブリッジしたニンジャスレイヤーのメンポすれすれを通過する。ニンジャスレイヤーは身体を捻じり、怯んだサイアノシスを蹴り上げた!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ニンジャスレイヤーはフックロープを投擲しようとした。即ち空中に蹴り上げられたサイアノシスの足を絡め取り、振り下ろしてコラプサーをもろともに倒すイメージだ。しかし!「イヤーッ!」コラプサーは左手を突き出す。ナムサン!逆の手からも腐食液攻撃!SPLAAASH!

「ヌウッ!」ニンジャスレイヤーは側転回避、サイアノシスとコラプサーをまとめて殺す機会を逸した。空中でバランス復帰したサイアノシスが右腕を突き出す。「イヤーッ!」すると奇怪!その腕は四倍近くに伸び、ハートブレイキング・ペネトレイション・ジツが再び襲い掛かったのだ!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身をそらしてこれを危うく躱し、スリケンを投げ返した。「イヤーッ!」SPLASH!スリケンは空中で霧散した。コラプサーが腐食液でスリケンを撃墜したのだ。「イヤーッ!」サイアノシスは斜め下へ蹴りを繰り出す。その足が四倍近い長さに伸びる! 

「ヌウッ」ニンジャスレイヤーはハートブレイキング・ペネトレイション・ジツ効果がやはりある蹴りを素早いステップで回避!だがそこへ逆の足が襲い掛かる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転回避!「イヤーッ!」そこへ左腕が伸びて襲い掛かった!「イヤーッ!」フリップジャンプ回避!

 おお……なんと恐ろしい姿の現出か!蜘蛛じみた姿と成り果てたサイアノシスがニンジャスレイヤーを見下ろし笑う。「くくくく……よけるばかりが貴様の芸だな、非バイオニンジャの屑めが!」「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」コラプサーが両手の腐食液をアサルト連射!アブナイ!

「イイイイヤアアーッ!」ニンジャスレイヤーは身に帯びたヌンチャクを取り、恐るべき速度のヌンチャク・ワークを開始した。SPLASH!SPLASH!腐食液がはじかれ、撥ね飛ぶ。「ケチなニンジャウェポンごとき腐食させれば結局……」コラプサーは眉根を寄せる。「何?」腐食しないのだ!

 コラプサーのニンジャ動体視力は彼自身に無慈悲な現実を突きつける。おお、見よ。ヌンチャクは腐食液の鉄砲をはじいた瞬間にその場所をコンマ以下の秒数で離れ、素早いしなりで飛沫を散らしてしまうがゆえに、表面に腐食の原因を一切残す事が無い。それを可能にするのは即ち、カラテである!

「イヤッ!イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」サイアノシスのHBPJが上から激しくニンジャスレイヤーを攻めたてる。「イイイイヤアアーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクワーク防御を絶やさずにジグザグの前進速度を速めてコラプサーに迫った。コラプサーは攻撃しながら後退!「まずい……」

「ニンジャ、殺すべし!」赤黒の眼光が。決断的殺意がコラプサーを射抜いた。コラプサーは恐怖した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」咄嗟の反撃がニンジャスレイヤーのヌンチャク攻撃に先んじる事は無かった。既に重いダメージを受けていた彼はヌンチャクを脳天に受け、爆発四散した。「サヨナラ!」

 ニンジャスレイヤーは上のサイアノシスを振り仰いだ。「まずい……」サイアノシスは瞬時に手足を縮め、空中で防御姿勢を取った。ニンジャスレイヤーは構わず瓦屋根を蹴る!「イヤーッ!」サイアノシスはバイオ四肢で防御!「耐えてみせる!」しかし彼の判断は誤りだった。死神は空中で彼を掴んだ。

「まずい……」「イヤーッ!」サイアノシスの視界が乱れた。「……アアアアア!」逆さになった二者はともにキリモミ回転しながらドージョーの瓦屋根に垂直落下する……「イヤーッ!」KRAAAAAASH!「アバーッ!」

 ……その時、下のドージョーに於いて、ゴッドハンドは微かに聴こえる騒音を訝しみ、フートンから起きて来たところであった。彼は、ドージョー対角の天井が破砕するさまを……そして、屋根裏の木材と共に落ちてくる者達を見た。「サヨナラ!」一方が爆発四散し、もう一方はバック転で再着地した。

「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャは粉塵の中でアイサツした。ゴッドハンドはアイサツを返した。「ドーモ。ゴッドハンドです。……この前の、ニンジャか」「その通りだ」ニンジャスレイヤーは埃を払った。「ドージョーの破壊を詫びよう。だが、オヌシはすぐにこの場を離れよ」

「例の連中の件か」「そうだ」ニンジャスレイヤーは爆発四散痕を振り返る。「今も、オヌシを拉致せんとしていたニンジャを倒したところだ。とにかく」彼はゴッドハンドを見た。「オキナワへ逃がす準備は整った。ヨロシサン製薬のシステムに私の協力者が攻撃をかける。その隙に……」「話を聞こう」

「何」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「話を聞こう、と言った」ゴッドハンドは低く言った。「お前の話を聞く。だが、俺はここからは逃げん」「……」二者は睨み合った。ゴッドハンドは先日目撃したイクサを……このニンジャスレイヤーが苦境に陥り、彼が思わず拳を握った事を思い出していた。

「ウッチャリだ」ゴッドハンドは呟いた。ニンジャスレイヤーはそれ以上説得を試みようとはしなかった。ゴッドハンドは壁に吊るされたバンブーの箒を二つ取り、ひとつをニンジャスレイヤーに投げて渡した。ヨコヅナとニンジャ殺戮者は、天井穴から注ぐ月明かりの下、黙々とドージョーを清めた。

 ……やがてネオサイタマは朝を迎えた。ドージョーには強烈な衝突音が断続的に響きわたる。そしてキアイの声が。「ドッソイ!」「イヤーッ!」……「ドッソイ!」「イヤーッ!」ドヒョー上で、ぶつかり合う二人の男がいた。

 ゴッドハンドの体当たりをニンジャスレイヤーは受け止め、押し返す。ゴッドハンドは更に押す。ニンジャスレイヤーは押し返す。ゴッドハンドの背中は、凄まじい。


4

 リョウゴク・コロシアム、リョウゴク・ストリート。その夜は一種異様なアトモスフィアであった。当然である。その夜開かれるのは生半可なバショ(注:オスモウにおけるトーナメントの事)ではない。街全体が荒天について口々に囁き合う。最強とは?それは真実か否か?オスモウとは?

 リョウゴク駅構内では、殺気だった十代の若者達が一触即発の状況にあった。ひいきのスモトリのマワシのレプリカをバギーパンツの上から腰に帯びたスモトリギャング達が、実践知識派のスモトリ・スカラーズや犬儒的スモトリストらと睨み合い、手に持ったバールやバットを見せつける。

 それらを多人数で警戒するのは地域のマッポ達だ。わずかでも物理的衝突が起これば、すぐさま少年たちは暴動を引き起こすだろう。火種が生じるが先か、マッポが囲んで棒で叩くが先か。予断を許さぬ状況である。彼らに怯えた一瞥を向け、そでん店主はヤチタ少年の手を引き、しめやかに改札に向かう。

「財布スられンなよ」ヤチタは店主に言った。「早くチケットくれよ!」「いいから!」店主は歩きながら振り返った。「まとめて持っておくのがいいんだ。なくすだろう」「こっちのセリフだよ、おっさん!」「いいか?感謝しなさいよ。俺がどれだけ町内のコネクションを使ってだねえ、今日の券を!」

「ドッソイ!スミマセン」「アイエッ!」店主は列になって歩く着流し姿のスモトリに目を丸くした。彼はヤチタに囁いた。「スゴイ!本物のスモトリだぞ。街じゅうを歩いてやがる。出場しない奴らだよなあ、さすがに」「急ごうよ、おっさん」ヤチタは店主の袖を引っ張った。「早くコロシアムに!」

 彼らはオスモウ・チョコ屋台や熊手店、イカ焼きが列をなす目抜き通りを突き進んだ。上空では複数のマグロツェッペリンがホロビジョンによって「最強横綱戦争」のオスモウ・フォント漢字を夜空に焼き付け、時折思い出したようにオスモウ・バルーンの束が音たてて空中に放たれるのだった。

 正面口付近は無数の巨大な大漁旗で彩られている。マクゴザン、カンバヤシ、スピードバッファローといったリキシ・リーグの花形スモトリの大漁旗は勿論、とげとげしく不穏なアトモスフィアを放つ邪悪な大漁旗も数多い。マサカリファングを筆頭とする反乱軍の旗印だ。コワイ!「実際戦争だ」と店主。

「リキシ・リーグを倒して、自らのリーグを中心とする新たなスモトリ世界を創り上げようとするだなんて!野望もいいところだ。そう思わんか、ヤチタ?」店主はかなり興奮しており、口数が多い。「マサカリファングは一体何者なんだ?インディーズ団体の頭目とは聞いていたが、非常に強そうだ」

「おんなじさ!」ヤチタが言った。「どいつも見てくれだけだよ。本当のスモトリってのは、」「シーッ!」店主がヤチタを黙らせる。胸にマサカリファングのエンブレムを刺青したスモトリが彼らをじっと睨んでいた。危険だ。二人はそそくさと正面口に入り、チケットを切って、弁当と半券を受け取った。

「一体どうなっちまうんだ」席に座ると、店主は興奮を通り越し、緊張に青ざめた。この夜、リーグが日本一の覇を競う。正規のリキシ・リーグ。そして反乱首謀団体ブルタル・ヨコヅナ・アーミー。ストロング・オックス・ボックス。ドサンコのレジェンド・オブ・スモトリ。だが二人だけは知っている!

 天井からは「満員御礼」の巨大掛け軸。理事長はドヒョー隅の磔台に縛り付けられているが、興行的に大成功の戦争となった。彼の顔は土気色であり、今回のトーナメントが実際彼の仕組んだ出来レースではない事を物語っていた。「こんな中で、そのう……」店主が囁くと、今度はヤチタが黙らせた。

 ファオー……荘厳な笙リード音。そしてオコト。そしてパイロ!KABOOOOM!「アイエエエエ!」ヤチタたちの席はドヒョーにかなり近く、熱気にあてられた理事長の悲鳴がはっきりと聞こえた。アワレ!照明が落ちる!「「「ワオオオーッ!」」」爆発じみた歓声が悲鳴をかき消す!

「ドーモ、紳士淑女諸君!」マイク音声がコロシアムに響き渡った。ゴゴゴゴ……ものものしい軋み音と共に、舟型ゴンドラがゆっくりと天井からドヒョーに降りて来た。ナムサン……そこに乗る巨大な存在こそ、首謀者マサカリファングである!「マサカリファングです!」KABOOOOOM!

「「「ワオオオーッ!」」」「最強それは何か!」マサカリファングはマイクに向かって吠えた。巨大液晶モニタに、人類進化樹形図が仰々しく映り、そののち米俵をピラミッド状に積み上げる古代スモトリのアニメーションに切り替わった。「最強とは力!オスモウとは力である。儀礼?ファックオフ!」

「「「BOOOO!」」」観客が一丸となってブーイングを飛ばす!「ひどすぎる」隣の席の老人が震えながら泣いていた。「なんて悪魔だ」「かわいそうに」店主が呟いた。「俺も勿論そうだが、もっと昔からオスモウを楽しみにしてるやつはいっぱいいるんだ。ご老人にもな。リスペクトが大事なのに」

「許さんぞ!マサカリファング=サン!」土俵に飛び上がったのは、リキシ・リーグの超新星、カンバヤシだ。マサカリファングにつめより、人差し指を突きつける。「貴様のような奴がドヒョーに上がること自体が冒涜……」「ドッソイ!」「アバーッ!」マサカリファングの張り手!カンバヤシが沈む!

「カ、カンバヤシ=サン!」続いてドヒョーに上がったのはマクゴザンだ!普段はいがみ合う彼らであったが、敵の敵は味方ともいう。彼は動かなくなったカンバヤシに屈み込み、沈痛げに首を振った。ゴヨキキ数人が慌ててドヒョーに上がり、カンバヤシを引きずってゆく。

「ハーッハハハハ!弱体者!」マサカリファングが笑った。「これがヌルいリキシ・リーグの象徴的崩壊のさまよ。目に焼き付けるがいい、惰弱なオスモウ・ファンども!」「「「BOOOOO!BOOOOO!」」」「なんて張り手だ」店主が呻いた。「張り手一つで、カンバヤシを。奴は相当強い……」

 今やドヒョー上にはマサカリファングの盟友であるグレートホーンとストロングホールドが出現していた。セコンドには手下のスモトリ戦士たちが!店主が呻いた。「カンバヤシは若武者と言われていて、今後のリキシ・リーグをしょって立つ存在だったんだ。それを……」「同じさ」ヤチタは鼻息荒い。

「リキシ・リーグはゴッドハンドを追い出したんだ……!」「ヤチタ……」店主は言葉を失う。少年の目には涙が光っていた。だが少年は自ら涙を拭った。「わかってる。それはヨコヅナの問題なんだ。ヨコヅナが敗けて、ヨコヅナが逃げたんだ。だけどヨコヅナは」「シーッ!」店主が黙らせた。

「さあて、この場を掌握しているのは我々だという事を忘れるな」マサカリファングはマクゴザンに言い放った。「これは表向き、トーナメント形式ではあるが、対戦相手は……これで決める!」KABOOOOM!「地獄の砂時計でな!」KABOOOOM!天井から鎖で吊られた鉄の砂時計が降下!

「何だあれは!とんでもないデカさだ」店主がオペラグラスで確認する。「砂の落ち方で順番を決めるのか?まるでウラナイだが」「俺は誰の挑戦でも受ける」マクゴザンは処刑台に上る戦士めいて言った。反乱軍のスモトリ達は下卑た笑いで応えた。マサカリファングは言った。「よかろう!では、何?」

 ヤチタは、息を呑んだ。ザリザリザリ……BGMがノイズに変わり、消えた。無音だ。人々のざわつき。ひっきりなしに噴きあがっていたパイロが停止する。「何だ?」「ハッキングでは?」「何だと」囁き合うスモトリ達。「……」マサカリファングは花道のひとつを冷たく睨んだ。観客が息を呑んだ。

「参加団体はもう一つある」花道を歩いてくる男の低い声はコロシアム全体に届いた。身に着けるはマワシひとつ。刺青もサイバネティクスもバイオ手術痕もない肉体。オールドスクールなマゲ。人々はこの者が誰であるか、当然すぐにわかる。ブーイングする勇気のある者はいない。

「貴ッ様!なにをおめおめと!」セコンドにいたスモトリ軍団の一人が肉切り包丁を手に、この男に向かってゆく。「ドッソイ!死ね!」「ドッソイ!」「アバーッ!」張り手一つで、肉切り包丁のスモトリはうつ伏せに倒れ、白砂に顔面が突き刺さって動かなくなった。「ゴッドハンド」ヤチタは言った。

 周囲の観客がヤチタを見た。ヤチタはひととき狼狽えた。少年の胸には、かつての苦い記憶が去来した。(「通ぶりやがって」「ヨコヅナに幾らつかまされた?」「ゴッドハンドが好きだなんて、本当は思ってないんだろ」「嫌いって言えよ、ゴッドハンドが嫌いだって言え!」)だが少年は拳を握った!

「ゴッドハンド!ガンバレ!ゴッドハンド!ガンバレーッ!」ヤチタは叫んだ!観客のどよめきが、ヤチタの周囲から、さざなみのように広がった。店主は冷汗を流した。ヤチタは叫び続けた。「ゴッドハンド!ガンバレーッ!」「ゴ……ゴッドハンド!ガ、ガンバレーッ!」ゴウランガ!店主!

「な……何を黙って見ている!」マサカリファングがスモトリ軍団に命じた。「奴は招かれざる客。ドヒョーに上げるな、八つ裂きにしろ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」スモトリ軍団が手に手に武器を構え、ゴッドハンドのもとへ向かってゆく!「ドッソイオラー!」「スッゾオラー!」

「ヌウウウーッ……」一方ゴッドハンドはその場で身体をほとんどドゲザに近い低さまで下げ、背中を丸める。ミシミシと骨肉の軋む音が響いた。「ハッキヨホ!」「「「「グワーッ!」」」」ゴウランガ!ゴッドハンドの機関車じみた突進により、スモトリ軍団が左右に吹き飛ばされる!まるで魔法だ!

「ヒダリモンジ=サン!ミギモンジ=サン!」ストロングホールドが手下のスモトリ戦士二人を促した。鎖を振り回しながら、ひときわ巨大なスモトリが向かう!何たるチャンコ072のオーバードーズか?極めて危険な状態である筈だ!「ドッソイ!」「ドッソイ!」鎖がゴッドハンドの両手に巻き付く!

「ヌウウーッ……」ゴッドハンドの肉体が紅潮する。鎖の綱引きだ!「これはまずい、体重差は10倍以上あるぞ」店主が呻いた。「そしてあの鎖!確かにリキシ・リーグにおいても武器の使用はルールに含まれているとはいえ、二人がかりはさすがに卑怯」周囲の観客も同意するかのように眉を潜めた。

「伝説など邪魔!」さらなるスモトリ戦士が吐き捨て、槍をしごいて襲い掛かる!「あのスモトリはゴズマだ!三対一?卑怯すぎる」店主は鼻白んだ。ゴッドハンドは鎖を徐々に引き寄せる!「ヌウウーッ!」「ガンバレ!ゴッドハンド!ガンバレ!」ヤチタは腕を振り回した。「ガンバレーッ!」

「ヌウウーッ……」ゴッドハンドは鎖を引き寄せる!襲い来る槍!ゴッドハンドの視線の先には、ドヒョー・リング!かつてその上で並ぶものなき最強のスモトリとして君臨し、堕落の果てにそれを捨て、目をそらして生きて来た、あの盛り土のリングは今、パイロの炎が無くとも熱く、眩しいのだ!

「ドッソイ!」ゴッドハンドは鎖を引ききった!「「グワーッ!」」引っ張られたヒダリモンジ、ミギモンジはクラッカーボールめいて頭を衝突させ、悶絶失神!槍をしごいたゴズマは目の前でうつ伏せに倒れた巨人二人に狼狽した。槍をすり抜け、ゴッドハンドのアイアンクローがゴズマの顎を掴んだ!

「「「ワ……ワオオオーッ!」」」堰を切ったように観客の歓声が爆発した!「化け物……」ゴズマが哀願するように目を見開いた。ゴッドハンドはそのままゴズマを白砂に力いっぱい叩きつけた。「アバーッ!」一歩!二歩!ドヒョー・リングに近づく!「アアッ……」マクゴザンがゴッドハンドを見た。

「ドッソイ!」ゴッドハンドはマクゴザンのマワシをやおら掴み、ドヒョー外へシタテダシナゲ!「グワーッ!」身体の埃を叩きながら、ヨコヅナはドヒョー・リングの上に上がり、ソンキョしたのである……!「「「「ワオオオーッ!」」」」大歓声!「挑戦だ!」「挑戦を受けなきゃ戦士じゃないぜ!」

 ヤチタは熱狂する観客達を驚いて見渡した。「「「「ワオオオーッ!」」」」彼らは叫び続けていた。ヤチタの顔が歪んだ。ヤチタは笑おうとしたが……大粒の涙がこぼれた。店主がヤチタの肩を叩いた。「わかるぜ。ヤチタ」「黙っててよ!」ヤチタは泣き笑いしながらその手を払いのけた。

「おのれ……」マサカリファングは歯噛みした。理事長が磔台から請うた。「助けてくれ、ヨコヅナ。なんでも望み通りに……」「望み?そんなものはない」ゴッドハンドはソンキョしたまま、ぴしゃりと言った。ゴヨキキはそそくさと地獄の砂時計を片づけた。「かかって来い!」ゴッドハンドが言った!

「グレートホーン=サン!かかれ!」マサカリファングが命じた。「俺に命令するのか?」もの言いたげにマサカリファングを見る。「ならば俺がリーグの理事長になるという確約を……」「シャラッシェー!」マサカリファングは怒声を上げた。「アイエッ!」グレートホーンは失禁しかかる!

 ストロング・オックス・ボックスのヨコヅナであるグレートホーンは、対等関係であった筈のマサカリファングの怒声、その叫びがもたらした正体不明の恐怖を訝しんだ。しかしそれを深く考えれば宇宙めいた恐怖の淵から転げ落ちるような……そんな不吉な予感に襲われた。彼は目をそらし、進み出た。

「ワ……ワシはどうすればいいのか」トリクミ・アングルをとるゴッドハンドとグレートホーンを見ながら、ドヒョー外のストロングホールドはおずおずとマサカリファングを見た。「シュー……」マサカリファングは瘴気めいた息を吐きながら睨み返した。「削れ」「え?」「削れ。捨て石となれ」

「始めて!」レフェリーの号令とともに、ゴッドハンドとグレートホーンは真っ向ぶつかり合った。体格差は三倍近い!この者もやはり相当なチャンコ072濫用者なのだ!「ヌウウーッ……」ゴッドハンドの眉間に今にも弾け飛びそうな血管が浮き上がる。グレートホーンは押され始めた!

「捨て石とは……?」「奴は所詮、非ニンジャの屑」マサカリファングは瞑想的に呟いた。「え?」「よくもここまで我が野望にケチをつけてくれた。いきがりおって……」「何を……?」「今や、俺にはオスモウを支配し、奴をも難なくくだす力がある。だが万全を期す必要がある……奴はヨコヅナだ」

 ストロングホールドはマサカリファングの言っている事の半分も呑み込めなかったが、深く考えれば宇宙めいた恐怖の淵から転げ落ちるような……そんな不吉な予感に襲われた。彼は目をそらした。「わかりました」彼は邪悪なスパイクすね当てを装着し始めた……!

「ドッソイ!」「アバーッ!」ナムサン!ウワテナゲ!グレートホーンは頭から逆さにドヒョー・リングに叩きつけられ、動かなくなった!「「「ワオオオオーッ!」」」観客が燃え上がる!「チィーッ……」マサカリファングは拳を握り込んだ。そしてストロングホールドを見た。「行けッ!」

「い……いただきィーッ!」アナヤ!いまだレフェリーが始めの合図をするを待たずのダーティー・アンブッシュ!ストロングホールドは褒章紙袋を儀礼的に受け取るべくソンキョしようとしたゴッドハンドにいきなり襲い掛かった!「ドッソイ!」ローキック!すね当てには邪悪なスパイク!アブナイ!

「「「「BOOOOO!」」」」今や観客が一丸となって卑劣行為にブーイングを行っている!しかしゴッドハンド!軸足をそのようなスパイクで抉られれば、次のトリクミは無残にも……「ドッソイ!」「なッ?」ストロングホールドは目を見張った。その足が虚しく宙を掻いた。近づけない!のど輪だ!

「バカな……体格差が……」ストロングホールドが呻く。だがその時にはゴッドハンドの両手はストロングホールドのマワシを掴んでいたのだ!「き、決まったァー!」店主が膝を叩いた。「もはや絶対に逃れられないぞ!あの形がゴッドハンド現役時代最強の形なんだ!新幹線でも動かせん!」

「ドッソイ!ド……ドッソイ!」ストロングホールドは繰り返しゴッドハンドに肘打ちを当てた。ゴッドハンドは何度も側頭部に打撃を受ける。しかし一切視線をそらす事は無い。倒れない。鼻血が一筋流れただけだ。脇をしめたゴッドハンドは、ストロングホールドの身体を数インチ宙に吊り上げていた!

「ザマぁ見ろだ!」店主は拳を振り上げた。「両足を踏ん張れていない宙ぶらりんで、なにが打撃技だ!効きやしないよ!」「ヌウウウーッ!」ゴッドハンドはさらにストロングホールドの身体を持ち上げる……持ち上げる!その背中は、凄まじい!「ア、アアアーッ!」ストロングホールドは恐慌に陥る!

「ドッソイ!」ストロングホールドの身体が180度回転!ドヒョーに叩きつけられる!「アバーッ!」ストロングホールドは土を砕きバウンド!「イヤーッ!」マサカリファングは飛んできたストロングホールドを側転で回避!「よかろう……ならば死ね!」不吉に光る眼がゴッドハンドを見据える!

 ゴッドハンドは自陣に戻ってソンキョし、今度こそ報奨金を受け取ると、すぐにゴヨキキにそれを渡した。マサカリファングもソンキョを行った。煮えたぎる憎悪と残忍の眼光はゴッドハンドを射抜く。しかしゴッドハンドの脳裏には、デンデンダイコの音が流れていた……トン、トトン、トントン……!

 一方ニンジャスレイヤーは、まさに最後の戦いの火ぶたが切られようとするドヒョーの直上のキャットウォークで、ヨロシサン・ニンジャの激しい攻撃を、ワン・インチ距離でいなし続けていたのであった!


5

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」前後左右に張り渡された鉄骨の上を驚異的ニンジャバランス感覚で行き来しながら、ニンジャスレイヤーは対手が繰り出すカタナ攻撃をヌンチャクで弾き返す。攻勢に転ずることは相当に難。なぜなら敵が四本腕だからだ!敵はアサイラム!

 アサイラムはヨロシサン製薬のバイオニンジャであり、四本の腕にそれぞれカタナを持つ。これにより四度の攻撃を一時に繰り出す事ができる仕組みだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは恐るべきその手数一つ一つに込められた気迫と敵意の正体を知る。

 ニンジャスレイヤーはこのアサイラムと過去に戦闘した経験がある!その折、アサイラムは別のバイオニンジャと圧倒的優位の挟み撃ち攻撃を仕掛けながら、手玉に取られて敗北の憂き目を見たのだ。フルメンポのスリットの奥でギラつく瞳は「ここであったが百年目」と語っていた!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクをふるって恐るべき四刀流攻撃を防ぐ。明らかにアサイラムのカラテは以前にヨロシサン廃棄施設において戦闘した時点よりも成長を見せている。そしてこの不自由なキャットウォーク!フーリンカザンは敵に有りか!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 負けるわけにはゆかぬ。下で今まさに戦いを執り行おうとしているゴッドハンドがヨロシサン製薬に拉致されれば、アルティメット・スモトリ計画は次のフェーズに進む……TV中継の最中にヨロシサン製薬が乱入する事は無い。株価が下がるからだ。しかしこの影の戦いを制されれば、時間の問題……!

 ニンジャスレイヤーは計画の全貌をナンシー・リーとの共同作戦のなかで既に掴んでいる。ゴッドハンドの奇跡的なまでに強靭なヨコヅナ・ボディの細胞を解析、そこからある種の万能細胞を生み出し、バイオニンジャに留まらない究極進化体を作り出す!彼らにとってのアダムとイヴを!なんたる冒涜!

 計画は何重ものトンネル組織を経由しており、非常に注意深く、本社のデータベースからは隔絶されている。仮にナンシー達がこの計画を電子ネットワークに放流したところで、何のスキャンダルにもなるまい。なにより、あまりに荒唐無稽であり、合理的な動機も推し量れない。そう、意図がわからぬ!

 単なるマッドサイエンティスト的な発想か?それとも、ナンシー達にすらわからぬ深遠の計画が存在するのか……暗黒メガコーポの名状しがたき一面を垣間見る思いであった。どちらにせよ、黙って見過ごす道理はないのだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」ナムサン!新たなクローンヤクザ部隊がキャットウォークに出現!ヨロシサン製薬のオペレーションは、コロシアムを停電させ、このキャットウォークからトルーパーを垂直ロープ降下させて、カワイイキャッチよろしくヨコヅナを上にさらうというものだ。

 この計画を既に知るニンジャスレイヤーはキャットウォークに待ち伏せ、出現したクローンヤクザ部隊を全滅させた。見よ。このキャットウォーク空間のあちらこちらに、スリケンで縫い付けられた死体がある。しかしアサイラムが現れたことで状況は極めて過酷なものとなった。

 同時に、ニンジャスレイヤーのニューロンを苛むのはある種の不安だ。そもそもこの大会とは……マサカリファングらのスモトリ反乱軍とは……しかし、であるとすれば……「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは四刀をあやうくバック転で回避!「「スッゾオラー!」」ヤクザ銃撃攻撃! 

「イヤーッ!」「「「「グワーッ!」」」」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返し、彼らを縫い付けて殺す!「イヤーッ!」襲い来るアサイラム!ハヤイ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは頭上を越え背後に着地!「イヤーッ!」アサイラムの振り返りざまの斬撃!「イヤーッ!」ヌンチャク防御!

 (((グググ……ブザマなりフジキド))) 疲労を嘲笑うかのように、ナラク・ニンジャの意識が顕在化する。(だまれナラク)(((ニンジャを真似る泥人形風情、カラテひとつで黙らせよ!オヌシの軟弱を正すべく、ひとつ教えてやろう)))ナラクは意地悪く囁いた。(((知りたいか?)))

「イヤーッ!」「イヤーッ!」(((こうまで情けないイクサを見せるようでは……)))(勿体つけるな)(((下のドヒョーよ。オヌシの贔屓のスモトリに対する相手……あれは、ニンジャだ)))(何!)「イヤーッ!」アサイラムの斬撃!ニンジャスレイヤーはあやうく躱す!(何だと!?)

 ニンジャスレイヤーは驚愕した。下のドヒョーでは、向かい合った二人のスモトリはぶつかり合うかと見るや、やおら再び立ち上がり、お互いのコーナーに戻って汗を拭いている。時が満ちるまで、延長儀式は繰り返されるのだ。(((ヨコヅナはニンジャによって無残に殺されるだろう)))とナラク。

 ALAS……なぜナラクは黙っていたのか?事前にこの助言を得ておれば、ニンジャスレイヤーの対応も違った形となった筈だ!(((グググ……敢えて知らせなんだ。ヨコヅナの死によって反省し、オヌシの惰弱を正せ。失敗を糧とする機会を与えてやろうゆえ)))おお、邪悪かつ狡猾!なんたる非道!

 そしてこの邪悪なニンジャソウルの明かす事実が最後のパズル・ピースとなり、ニンジャスレイヤーの懸念は確かな実感を伴って真実の重みを帯びる。一人の男の魂の再起をかけたこのトーナメント自体が、ヨロシサン製薬の段取った茶番、ヨコヅナをおびき出す餌に過ぎなかったとすれば?

「バカな……そんな事は……」ニンジャスレイヤーの足元がぐらつく。彼はヨコヅナを陰から警護していた。ゆえに彼はヨコヅナの執念深きトレーニングを知っている。ヨコヅナを鼓舞した少年の勇気を、真摯な思いを知っている。それらすべてが今まさに踏みにじられようとしている。「バカな……」

 アサイラムの目が勝利を確信し、細まる。ナラクが責め立てる。(((こやつを排除したところで、絶対にオヌシの助けは間に合わぬ。全てオヌシが招いた結果だフジキド……そしてオヌシの悲劇の源こそがニンジャ……ニンジャ殺すべし……屍の上に屍を積み上げよ……!)))(黙れ……黙れ!)

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」アサイラムの斬撃!ニンジャスレイヤーははじかれ、後退する!アサイラムの四本の腕が交差し、バイオ筋肉が過剰に盛り上がった。これは、イアイドの構え!鞘すらもちいず、筋肉の緊張と解放のみを用いて繰り出す四斬撃予備動作か!?

 ニンジャスレイヤーはとるべき行動をニューロン速度でシミュレートする。この狭い足場。フーリンカザン。決していかなる奇策にもぐらつかぬであろうアサイラムの眼力。ドヒョーでは、サンズ・リバーを渡らんとするスモトリ、ゴッドハンド……トン、トトン、トントン。トン、トトン、トントン。

 ニンジャスレイヤーの額を汗の粒が流れる。トン、トトン、トントン。トン、トトン、トントン。鳴っているのは儀式時間が満ちた事を示すオスモウ・デンデンダイコだ。ゴッドハンドはドヒョーに手をつき、姿勢を低くする。低く。低く。低く。対するはマサカリファング。筋肉が数倍に膨れ上がる。

 神聖なるコンマ数秒。ヤチタはただ息を呑む。ゴッドハンドはマサカリファングを見据える。マサカリファングは睨み返す。ミシミシと音を立て、鉄仮面が変形し、ニンジャのメンポを形作る……「アイエエエエ!」レフェリーが異常事態を目の当たりにし、白目をむいてのけぞる。ゴッドハンドが動いた!

「ドッソイ!」その瞬間、バッファロー殺戮武装鉄道がドヒョー上に出現した。ドヒョーの土が爆発した。ゴッドハンドの踏み込みによって、その踵の力によって、土が抉れ、爆ぜたのである。マサカリファングはその目にニンジャの残虐をなみなみと湛え、ゴッドハンドに真正面からぶつかりに行く。

 ここはドヒョーであり、これはオスモウである。ゆえに向かい合う二人はニンジャと非ニンジャであるより先に、スモトリとスモトリである。ゆえに彼らは定位置につき、決められた手順を踏み、決められたタイミングでぶつかり合わねばならない。これはニンジャのイクサではない。オスモウなのだ。

 そしてオスモウにおいて、ゴッドハンドは……十万人の頂点……リキシ・リーグのヨコヅナなのだ……!「イヤーッ!」マサカリファングは両手をチョップ型に振り上げ、V字シルエットを作る。タチアイ・ヘンカ!そして振り下ろす!残虐なる切断チョップだ!「ドッソイ!」ゴッドハンドは加速する!

 KRAAAAAAAAAAAAAAASH!「アバーッ!」一方が吹き飛び、キリモミ回転しながらコロシアムの壁面に叩きつけられた。壁には蜘蛛の巣状の亀裂が走り、埋め込まれたスモトリの胸板にはくっきりと体当たりの痕が、抉るように刻み込まれていた。「サヨナラ!」マサカリファングは爆発四散した。

「……勝者」レフェリーは正気を取り戻した。そして超自然的な爆発によって粉々に滅したマサカリファングを見やって顔をしかめた。彼は震え声を張り上げた。「勝者……ゴッドハンド=サン」ゴッドハンドはソンキョし、一礼した。背中から汗の蒸気が立上った。嵐のライジング・ドラゴンめいて。

 ニンジャといえど、並のニンジャならば、バッファロー殺戮鉄道に轢かれれば死ぬ。機関銃で撃たれれば死ぬ。巨大バッファローに撥ねられれば死ぬ。重油の釜で煮られれば死ぬ。プレス機に呑み込まれれば死ぬ。マサカリファングはいかほどのニンジャであっただろう。死した今、それを知るすべはない。

 会場が静まり返った。誰もが息を呑み、次にとるべき行動を決めあぐねていた。ヤチタも同じだった。口を半開きに、今ドヒョーのうえで起こった出来事を見ていた。ゴッドハンドは儀礼的に懸賞金袋を受け取り、ゴヨキキに渡した。そしてドヒョーを後にした。


◆◆◆


 ニンジャスレイヤーはゴッドハンドの勝利の真上で、アサイラムの攻撃予備動作に対していた。ナラクの意識はニューロンの泉の奥底へ、再び沈み込んだ。邪悪なニンジャソウルは極めて不満げな波紋を水面に残して去り、アサイラムの筋肉が解放される……。「クアドラプル・イアイド!」「イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーは飛びながら身体をひねった。重力に対して水平になり、キリモミ回転しながら、並行して襲い来た四斬撃の間を潜り抜けた。そしてアサイラムの胸めがけ拳を繰り出した。「イヤーッ!」「グワーッ!」アサイラムが怯んだ。ニンジャスレイヤーは更に踏み込み、心臓に拳を当てた。

「まだだ……」アサイラムが呻いた。ニンジャスレイヤーはじわりと身体を動かし、重みを拳に乗せた。ワン・インチ・パンチである。「イヤーッ!」「グワーッ!」アサイラムは吹き飛ぶ!そして鉄柱に叩きつけられた。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは駆ける。アサイラムはまだ生きている!

「まだだ、アバーッ!」アサイラムは緑のバイオ血液を吐いた。そして四本のワキザシを抜き放った。「まだ、やれる!」「「「「ザッケンナコラー!」」」」追加ヤクザトルーパー出現!一斉射撃だ!BLAMBLAMBLAMBLAM!「イヤーッ!」「「「「グワーッ!」」」」

『ザリザリ……退け、アサイラム=サン』ニンジャスレイヤーのIRCインカムにヨロシサン側の通信が混線した。「まだやれる……ここからがバイオ・イアイドの本領です」アサイラムは四刀を構え、ニンジャスレイヤーを待ち受ける。『ミッションは『ミッションは完了よ、ニンジャスレイヤー=サン』

 敵方の通信がナンシーの通信に塗り潰された。『隔離UNIXの破壊が完了した。計画守秘が奴らの仇になったわね』「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはアサイラムにフックロープを投擲する。「イヤーッ!」新たに出現した影が……ナムサン、ニンジャだ!ニンジャが間に立ち、アサイラムを庇った。

「ドーモ。ペイシェントです」片腕に巻き付いたロープに抗しながら虚ろなニンジャはアイサツした。「ドーモ。ペイシェント=サン。ニンジャスレイヤーです」『ザリザリ……キュア=サンのニンジャだ。それが囮になる。下がれ。お前は消費できぬ戦力ザリザリザリ』混線通信がシャットダウンした。

 ニンジャスレイヤーの背後にももう一人、新手のニンジャが現れた。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ペイシェントです」虚ろなニンジャ二人目はアイサツをした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「これで勝ったと思うな」アサイラムは吐き捨て、上へ跳んだ。「イヤーッ!」

「ヌウーッ……」ロープを引き合いながら、ニンジャスレイヤーは敵のカラテをはかる。さほどでも無いか。だが、この場を切り抜けたとて、アサイラムの追撃には間に合うまい。ナンシーの言が正しければ、ヨロシサンはもはやゴッドハンドに執着する理由を失った。隔離サーバーが爆発したからだ。

 背後のペイシェントのメンポを汗が伝い、流れ落ちる。それが鉄骨にピシャリと撥ねた瞬間、ニンジャスレイヤーは力任せにロープを引いた。「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」


◆◆◆


 ヤチタはざわざわと互いに囁き始めた観客達の間をぬって走り、花道へ飛び降りた。皆が凍り付いたように、今起こった出来事を反芻するのに必死で、子供一人の動きを見咎める者は無かった。「オイ、ヤチタ!どこ行った?」遠くで、そでん店主が気づいた。ヤチタは走る。

 ドヒョー下では、敗北したスモトリ達がメディックの応急処置を受けている。マサカリファングは無残に死んだが、他の者は一命を取り留めているようだった。しかしそれを確かめる理由も必要もヤチタには無い。ヤチタは走った。ヨコヅナを追って。呆然とする警備員の脇を過ぎ、ゲートをくぐる。

「ヨコヅナ……ヨコヅナ!」ヤチタは廊下を走る。途中にあった控室のノレンをくぐる。「アイエエエ!」着替え中のオイランだ。「スミマセン!」詫びて、ヤチタはまた廊下を走る。やがて前方の床に点々と血の痕。ヤチタの胸が騒ぐ。走る。廊下を曲がる。血の痕は続いている。

 ヤチタの鼓動は速まる。心臓が爆発しそうだ。血痕は徐々にその量を増やしながら、廊下の先の闇にのびる。「ヨコヅナ……!」途中、幾つかの控室ノレンを覗き込むが、ゴッドハンドの姿は無い。やがて廊下は関係者通用門にヤチタを導いた。血の痕は屋外に。「ヨコヅナ!」ヤチタは飛び出した。

 その瞬間、夜空に無数の花火が打ち上がった。ドオン!ドオン!ドオン!ドオン!ヤチタを出迎えたのは、祭りに沸くリョウゴク・ストリートだった。次々に打ち上がる花火を、ヤチタは呆然と見上げた。そして血の痕の先を探した。もはや無い。人々は行き交う。ヤチタの目に涙が溢れる。拳で拭う。

 ドオン……ドオン……ドオン……花火の音の残響。ヤチタは見渡す。ヨコヅナの姿は無い。だがやがて彼は何かに気づいたように、再び夜空を見上げる。彼は足を止める。そして深く息を吸った。

 空には花火と、幾つかの広告マグロツェッペリンだ。だがヤチタは別のものを見ている。ヤチタは声を絞り出した。「ありがとう。ゴッドハンド=サン。ヨコヅナ。スモトリ……ゴッドハンド……」ドオン……ドオン……花火は少年の言葉をかき消した。人々がゴッドハンドを見たのは、この日が最後だった。


【ゴッドハンド・ザ・スモトリ】終わり


N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)

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伝説のヨコヅナ、ゴッドハンドは、そのあまりのストイックな強さゆえにオスモウの破壊者と呼ばれ、現在ではリキシ・リーグからも離れて、荒んだ生活を送るに任せていた。しかし彼のヨコヅナ遺伝子はヨロシサン製薬の狙うところとなっていた。折しもリキシ・リーグはマサカリファング率いる反乱同盟に蹂躙されようとしていた。メイン著者はブラッドレー・ボンド。

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