【ザ・マン・フー・カムズ・トゥ・スラム・ザ・リジグネイション】
◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正番は、上記リンクから購入できる第2部の物理書籍/電子書籍に収録されています。また、第2部のコミカライズが現在チャンピオンREDで行われています。
【ザ・マン・フー・スラム・ザ・リジグネイション】
1
「大凶」「おんな心」「痴話喧嘩」「特別」、ボロボロのオスモウ・ステイトメント・ステッカーが無数に貼り付けられた地下階段の突き当たり、両開きの鉄製フスマを開くと、紫煙と妖しげな匂いが溢れ出し、彼を出迎えた。
まず目に入ったのは、床に座り込み、壁にもたれかかったオイランだ。ドロイドではない。キセルで阿片を吸っては吐いて、はだけたキモノから片方の乳房が露わだ。オイランは彼を見上げるともなく見上げ、ヨダレを垂らした。彼は構わず、角を曲がって「小さく会」と書かれたノレンをくぐる。
ノレンをくぐると、段差式セントーから湯を抜いたような広間だ。ひときわ濃厚なイリーガル気体が彼を包み込む。彼は頭全体を覆い隠す虚無僧編笠をかぶり、さらに耐毒性のあるバラクラバを着けている。それでも気体を吸い込まずに済ませることはできない……もっとも、彼は既に薬物中毒であった。
「でっけえのが来たぜ」両手でオイランを抱いたニンジャが冷やかした。「中身はどうなんだ?え?大事なとこはよ。俺みたいに、サイバネティクスかよ?」「ワースゴーイ!」オイランが朦朧とした歓声をあげた。虚無僧編笠の男は無言で手振りし、その前を通り過ぎた。
この広間には既に十人以上の先客がおり、思い思いにドラッグを摂取し、ショーギを打ち、オイランと戯れていた。彼らは皆、ニンジャである……キョートにあって、ザイバツ・シャドーギルドに属さず、しかしながら、恭順する者たち……闇の傭兵……所謂ヨゴレニンジャ達の巣窟だ。
彼らヨゴレニンジャはワザマエも玉石混交、所詮は烏合の衆であるが、ギルドからは必要とされている……タテマエとワビサビで堅牢に構築されたギルド内部のニンジャ達が手を出せぬヨゴレ・ビジネスを請け負う者達なのだ。即ち、派閥闘争の尖兵だ。
虚無僧編笠を被った彼の表向きの名は、ジャッジメント。やはりヨゴレニンジャの一人であり、数少ないタツジン……虚無僧編笠は彼の危険な処刑武器であり、これを投げつけ、敵の首を刎ねる……そんなニンジャであった。過去形?然り。本物のジャッジメントは既にこの世にいない。
では、彼は……いま実際この広間を横切り、薄汚れた赤布で覆われたカウンターへ向かう男は何者なのだ!?読者の皆さんの中には、知っている方もいよう!ディテクティヴ!それが変装者の名だ。ディテクティヴ……ご存知無い?では、タカギ・ガンドーならば、いかがだ!
……そう。彼、私立探偵タカギ・ガンドーは、数奇な運命に見舞われ、カラス・ニンジャを身に宿すニンジャとなった。宿敵ガンスリンガーとの凄絶なイクサの果て、その場に残されたジャッジメントの死体に彼は注目した……似た背格好であることから、その装飾品を利用し、すり替わったのだ。
(しかし、何だな……咄嗟のアレだったが、こうまで長い事、趣味じゃねえ格好をするハメになるとは……)「ドーモ?」「アイエッ!ドーモ、ジャッジメントです」ガンドーは咄嗟にオジギした。初老のバンガシラがアナログ台帳を開き、濁った目で彼を見上げている。「……」
ガンドーは咳払いして、懐から巾着袋を取り出し、卓上へ投げた。「ちと思案しておっただけだ。無礼だぞ、ジロジロ見るでない。カネをよこせ」「アイ、アイ」バンガシラはマイクロ片眼鏡を布で磨き、巾着袋の中にしまわれた生体ICチップを確認した。「そうね……クライアント指定の品ね、これは」
「ああそうだ、カネを出せ」「ここ最近、よく働いてるね貴方」「成り上がりたいんでな」「いい事よ」バンガシラは手元のUNIXを操作した。キャバァーン!入金音が鳴った。「頑張ってね」「何か来てるか?同じクライアントから」「そうホイホイ暗殺ミッション無いよ」
「……」ガンドーの心には焦りがある。ポイントを稼ぎ、評価させて、ザイバツ・システムのより奥深くへ食い込まねば、この悪趣味な変装も徒労でしかない。ジャッジメントはもともと相当なやり手のニンジャであったから、スタート地点としては悪くない。もっと働けば良いのだ。
ガンドーは既に幾つか暗殺・脅迫ミッションを引き受け、成功させていた。対象は様々だった。場合によっては敵を粛々と殺し、寝覚めの悪そうな対象であれば、こっそりとガイオンから逃がし、物的証拠をでっち上げた。地道にやって、接点を欲しがっているとアピールせねばならない……。
(焦るな、首尾は悪くない。そろそろ声がかかるさ)奥ゆかしいキョートのシステムにおいて、直接声をあげてギルド内部に組み込まれようとする事など許されない。それは僭越である。常よりも活発な仕事ぶりなどを通して、言外のメッセージを伝えねばならないのだ。
「とにかく、また依頼が入り次第、私宛に真っ先に連絡をよこすのだぞ」ガンドーはバンガシラにオハギとコーベインを包んだ布を渡した。「アイ、アイ……WIN-WINよ」バンガシラは笑った。ガンドーは頽廃広間を見渡す。ニンジャの溜まり場……長居して良い事は無い……「ザッケンナコラー!」
「あン?」ガンドーは怒声の方向を見やった。怒り狂ったニンジャがカタナを抜き、ショーギ台を蹴って立ち上がったのである。「六連敗?こんなわけアッコラー!?チェラッコラー!?イカサマかオラー!」因縁をふっかけられたニンジャも負けてはいない。「ダマラッシェー!」
そちらのニンジャはサイバネナックルダスターをギラリと光らせ、ニンジャスラングで威嚇した。「ヒカエオラー!ショーギ即ち頭脳のイクサ!神聖だぞッコラー!」「ア、アイエエエ!」抱かれていたオイランが悲鳴を上げて逃げ惑う!「ズガタッキェー!」叫んで立ち上がったのはさらに別の者!
「お、俺もこいつに10連敗した!お、おかしいぜ、イカサマにきまってるぜ!だ、だってよぉ……あれ?」そのニンジャは首を傾げ、首に突き立ったクナイ・ダートを見下ろしながら、息絶えた。ダートを投げたのは別のニンジャだ!「ガタガタうるせェ連中だな!黙ってファックもできねえ」
そのニンジャはカチャカチャとニンジャ装束のベルトをしめながら凄んだ。足元ではオイランが上気した背中も露わに、ぐったりとうつ伏せに倒れている。「俺と殺し合いがしてぇのか?アアッ?」「テメェ!」さらに別のニンジャがジッテを抜き放つ「そのオイラン、俺がツバつけてたんだ!殺す!」
「いいかげんにしろよォ……」さらに別のニンジャが近づいてくる。死んだ別のニンジャの頭を掴み、引きずっている。「そっちでもやってんのかァ……」「俺とやりてェ奴はいるか!」先程ガンドーに声をかけたニンジャがオイランを投げ捨て、叫んだ。「俺のサイバネティクスと!」
「オイオイオイ……」ガンドーは呆然として呟いた。バンガシラを振り返る。既にいない。鋼鉄製の係員フスマをピシャリと閉め、その向こうに避難済だ。「収拾つかないんじゃねえか……?」「イヤーッ!」ガンドーめがけスリケンが飛来!ガンドーは身をすくめて回避!「オイオイ!聴け!お前ら!」
広間のケオスが一瞬、停止した。生きているニンジャは8人。その全員がガンドーを見た。「アー……」ガンドーはオジギした。「ドーモ。ジャッジメントです」ニンジャ達が反応した。「ドーモ。アバランチです」「デーモンカインです」「ブラスナックルです」「マッドドッグです」「キャンサーです」
「クロックタワーです」「フルブライトです」「……アンタは?アンタ」ガンドーは柱に寄りかかったニンジャを指差した。ニンジャは答えた「……グラッジです。勝手にやれ」「ウオオーッ!」ケオスの一時停止が解かれた!「オイオイオイ!話を……」「イヤーッ!」
アバランチとフルブライトがガンドーめがけ飛びかかってくる!「イヤーッ!」ガンドーは咄嗟に掌打を繰り出し、フルブライトの顔面を叩き潰す!「グワーッ!」「イヤーッ!」アバランチがガンドーに掴みかかる。「イヤーッ!」ガンドーはその腕を掴み、投げ飛ばした。「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」デーモンカインがカタナでブラスナックルに斬りかかる!だがブラスナックルが一瞬早くその顔面に凶悪なナックルダスターを叩き込んだ。「グワーッ!」デーモンカインは壁に打ち付けられ爆発四散!ブラスナックルはガンドーへ向かってくる!「オイオイオイ……」「イヤーッ!」
ナックルストレートをガンドーは危うく回避!「イヤーッ!」カウンター上に飛び上がり、首を蹴り折る!「アバーッ!?」ブラスナックルはキリキリ舞いしながらオイランを下敷きに倒れ絶命!「アイエエエ!?」「イヤーッ!」それを飛び越え、クロックタワーが迫る!「オイオイ……」「イヤーッ!」
クロックブレードがカウンター上のガンドーを襲う!「イヤーッ!」ガンドーは跳んでかわし、頭頂部を踏みつけさらに跳躍、背後に着地し、背中に両肘を叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」クロックタワーは吹き飛んでカウンターに直撃!だがさらに一人接近!「オイオイ……」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」キャンサーを叩き殺してガンドーへ向かって来たマッドドッグの裏拳を、ガンドーは咄嗟の側転で回避!「俺のサイバネティクスを食らえッ!」マッドドッグの両腕の皮膚が裂け鋼鉄のパーツが露出!殴りかかる!「イヤーッ!」ガンドーが早い!股間をケリ・キックで破壊!「グワーッ!」
マッドドッグは前屈みに悶えながら後ずさる!「ア、アバーッ……」「イヤーッ!」その延髄にグラッジが肘打ちを打ち込み、カイシャク!「サヨナラ!」マッドドッグは爆発四散!ガンドーは惨状を見渡す……「後はアンタと俺だけか?やるか」「いや、やらん」グラッジは首を振った「見事なカラテだ」
「……」グラッジは没薬の脇に置かれた皿からグレープをつまみ、メンポを開いて食べた。「ヨゴレニンジャが何人死のうが、所詮出来損ないのにわかニンジャどもよ……いや、失礼した。お前のような強者が中には居るのだ。それを探していた」「お前は何者だ」ガンドーが訊いた。
「ザイバツ・シャドーギルド……さる筋の者よ」グラッジは低く言った。「当然、グラッジという名のニンジャは実在しておらん。この名は偽名に過ぎん……ジャッジメント=サン、おまえの腕は確かのようだな」(来たか?)ガンドーは覆面の下で眉を動かした。「うむ。腕に自信有り」
「ひとつ、ギルドのために力を貸して見る気は無いか」「士官という事かね」「士官が望みか?悪いようにはせん」グラッジは顔を近づけた。「ジャッジメント=サン、おまえの実力は聞き及んでおった。今のサンシタどもをめざましく倒せん事には話にならんと思っておったが、実際期待に応えたな」
「ありがたき幸せ」「任務を受けるか?内容は返事の後だ」「……受ける」「善し」グラッジは周囲を警戒し、ジャッジメントの腕のIRC端末とLAN直結、暗号化メッセージを送信した。(回りくどいね、どうも)ガンドーはその場で内容を確認する。LEDが瞬いた。暗殺対象……ディプロマット。
「ディ……」グラッジはガンドーを仕草で黙らせた。そして端末を確認するよう促した。「情報はそちらへ入れた。よいか、失敗は即ちおまえの死だ。おかしな気を起こさぬ事。これは重要なミッションだ。だが、おまえのカラテならば達成可能なミッションでもある。ギルドのために働け」「了解した」
グラッジは五秒ほど無言で、虚無僧編笠の奥のガンドーの目を凝視した。そののち身を翻し、去って行った。……「おっかねえ」ガンドーは呟いた。「ウ……」クロックタワーが意識を取り戻し、もがいている。「命あっての物種だ、アンタ」ガンドーは呟き、彼の尻を蹴飛ばしてから、退出した。
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ホウワー、ホウワワ、ホウワワァ。ホウワワ、ホウワワァ。イエス……ウィー・ギブ・グッド・リラグゼーイション……。緩やかなワウ・ギターと深いエコーがかかったBGMの中、ガンドーは目を覚ました。天井に頭をぶつけぬよう気を付けて、そろそろと身を起こす。デジタルクロックを確認。午前9時。
「やれやれ」ガンドーはもう一度身を横たえ、寝返りをうつ。「重点!重点な!」ニンジャバッグの中から赤い光を瞬かせる正12面体のドロイドが飛び出し、「コフィン」の天井に跳ねた。「起床が重点な!」「誰だ、うるせぇ設定したのは……俺か」ガンドーはドロイドに手を伸ばし、アラームを止めた。
コフィン・ホテル……時間貸しのカプセル型安宿だ。当然食事もシャワーもなく、押し付けがましいリラグゼーションBGMすら任意にOFFできないが、とにかく安い。今のガンドーはそこまでカネに困っていないが、こうした宿を好んだ。緊張感の問題だ。
彼は身を起こし、己の額に触れる。黒い太陽コロナめいた傷痕がそこにはある。ニンジャとなった時に生じた顕著な特徴だ。加えて、彼の身体は見えないところで劇的な変化を経ている。ニンジャ筋力。ニンジャ知覚力。ニンジャ器用さ。「ニンジャ。ニンジャときたもんだ」彼は掌を見つめた。握り、開く。
コフィンから這い出し、機能的なニンジャバッグを斜めにかける。忌々しく邪魔なジャッジメントの虚無僧装束はコインロッカーに放り込んである。チェックアウト処理を済ませ、狭い階段を上がって、ストリートに出る。アンダーガイオン第二層。
頭上の隔壁には欺瞞的な青空が描かれ、広告看板が等間隔で光る。「バッティングセンター」「実際安い」「あッ注意」「痛みが取れます」。目の前の道路を装甲トラックが横切る。ガンドーはマフラーで鼻から下を覆い歩き出す。「朝から秘密前後しない?」と路上オイラン。「いや、腹が減ってるんでな」
彼は手近の屋台のノーレンをくぐった。トークンを渡し、無言のおやじからエビ丼を受け取る。魚醤味。彼は昨日のニンジャ戦闘を思い出す。今になって、恐怖が背筋を上ってくる。あの場に何人ニンジャがいた?確かに、一目でサンシタとわかる連中ではあった。しかし……。
(頼むぜカラス・ニンジャ=サンよ……あンたが頼り……)心の中で呟き、戦慄する。彼は自分に向かって呟いた事に気づいたのだ。これからのイクサは、ニンジャと戦い、殺すイクサか。ニンジャと。そして自らもニンジャ。魚醤ポンプを取り、ザブザブと丼にかけた。「かけ過ぎないでよ」と、おやじ。
彼は丼をかきこむと、屋台を離れ、ぶらぶらとストリートを歩いた。ズバリガムを噛む。ニンジャになってから、ズバリの血管注射や吸引は試していない。ニンジャ第六感がオーバードーズの可能性を示唆したのだ。効き過ぎたら大変だ……(もうちょいと、この身体に慣れてからだな)
ガムのズバリ成分が血中を巡り、起き抜けのニューロンを澄みわたらせる。オモチャめいた含有量だが、それなりに効く。彼はそぞろ歩きしながら、昨晩に吟味したUNIXデータを、脳内で整理しようと試みる。ディプロマットというニンジャについて。
『ディプロマット。双子の兄弟であるアンバサダーと共に、ザイバツ・シャドーギルド、グランドマスター・パーガトリーの直属。マスター位階を所持。その位階はカラテ由来ではなく、特異なジツ「ポータル・ジツ」の貢献によるもの。ポータル・ジツはもう一方の兄弟との間に超自然の通路を開通する』
(ポータル。明らかにヤバイアトモスフィアがするぜ、俺にもわかる。パーガトリー……グランドマスター……グラッジは敵対派閥の何者かってとこか……)『ディプロマットのカラテ実力は恐らくさほどでもなし。ポータル・ジツの攻撃転用にのみ注意……』(だが、詳細無し)
ガンドーは野外映画スクリーンのベンチに座り、トークンを投入、「タケシコップ・マッポガンナー」の爆発エクスプロイット映像を浴びる。(こいつも災難だな、何をやらかした……グランドマスター・パーガトリー……なにかやり過ぎたか……権力争い……出る杭……?)ガンドーは目を閉じる……。
◆◆◆
(夢だな)彼はすぐに気づいた。よく見る夢だ。慣れている。見分けるコツがある。最初の、そう、この……今だ、今こうして車から降りて、空港を見下ろす高台の公園で、ソフトクリームを屋台で買うシーン、ここで注意していれば、月の変わりに黄金の立方体が回転している事に気づく事ができる。
「兄さん」彼は声をかける。双子の兄が振り返る。あまりに昔の記憶だ。兄は笑っていたろうか。両手にソフトクリームを持ち、駆けて来るのだ。母が……01010……「マッチャ味?」「無いから、ミソ・プディング味だよ」「そッか」彼は兄からソフトクリームを受け取る。「甘いか?」「甘いさ!」
「ねえ、お父さん遅いね?」「もうすぐさ」0100もうすぐ?そんな事は無い0100永遠に1011彼はソフトクリームを舐めながら、空港のレーザーの輝きを眺める。「カッコいい」「ねえ、兄さん」「何?」「ぼくら、どうすれば010110101」
01000101母さんは?」「迎えに……」「お父さん迎えに?まだ?」「うるさいぞ!」兄も不安なのだ、目に涙を溜めて0101011それよりここから逃げる方法0101001「兄さん?誰か来る」「やあ君たち、お父さんに言われて迎えに来たよ」「嘘だ」彼は兄に囁く「父さんは殺0100」
010010……「もう大丈夫だ」男が容赦なくヤクザ達にトドメを刺す。銃ではなかった。スリケンと、踵だ。男は微笑む「怖かったろう。でも、もう平気だよ」兄が手を延ばし、凝視する彼から目をそむけさせる。(大丈夫なのに。ぼくは今はもう大人だ。これは夢だよ)「大丈夫」兄も言った。
「お父さんお母さんの事は、その……残念だった」男は悲しげに言った。「大丈夫だよ!」兄が叫ぶように言った「僕は強いんだ!00を守る……らなきゃ」(大丈夫だよ。これは夢なんだ、兄さん)「そうか。偉いぞ。君達は、もっと強くならないと。頑張るんだ」「うん」0100101(大01夫)
0100101「僕ら、強くなれる。絶対だ。だって、二人でニンジャだぞ」「ギルド……」「力を貸してくれるさ」「そうだね」01011「絶対見つけ出す……絶対だ」「ああ、絶対に。許すものか」0101101「ポータル……」
「君達のジツは特別な才能だ。他の者には無い力だ。約束されたものだよ」0100101「これからのギルドに是非とも必要な力だ」010110「よく励み……010110兄さん?」0100101011「……」
……ディプロマットは覚醒した。弟の夢から。「……あいつめ……」彼はアグラを解かず、集中した。己のニンジャ第六感が夢から呼び覚ましたのだ。身に迫る何らかの異常を察知した可能性がある。彼は警戒する。ドージョーの壁には「不如帰」。
双子のニンジャ、ディプロマットとアンバサダーは極めて感受性の強いニンジャだ。しかも重点的に訓練されている。キョートとネオサイタマ、離れた場所にお互いを置いていても、テレパス・ジツは届く。それが無線の混線めいて、今のような夢も見せる。テレパス・ジツ。誰にも明かさぬ秘密のジツであった。
このジツは、ニンジャソウルがもたらしたポータル・ジツの副産物だ。双子はそう考えていた。ディプロマットとアンバサダーは、扉をつなぐ。キョートからネオサイタマ。おそらく日本の端から端程度であれば、問題なく届く。途方の無いジツだ。このジツが、ネオサイタマへの奇襲を実現させた。
ソウカイヤの首領ラオモト・カンの死を察知したアラクニッドのウラナイに従い、兼ねてよりネオサイタマに潜伏していたアンバサダーと、キョート城下のディプロマットはポータルを開通。多数のニンジャを送り込み、混乱下のソウカイヤを一夜で制圧した。電撃作戦だ。
ポータル通過者の三割は、その過程で、双子にも把握できぬ何らかの超自然現象に巻き込まれ、死ぬ。それを厭わず、アデプト、アプレンティスの下級位階者達が中心となって、死を賭しての突入作戦を展開した(上級位階者は翌日以降、主に空路で安全にネオサイタマ入りした)。
速さは、力。ラオモトが没してから、一時間と経たずに制圧が行われた。この速さが全てだ。指揮系統の混乱から回復する事かなわぬソウカイヤは、足元を掬われ、なす術なく敗北。双子のポータルあればこその勝利。当然、彼らは大殊勲を得た……しかし、双子の心は、空虚であったのだ。
ニューロンをヤスリで撫でられるような違和感が大きくなる。ディプロマットは立ち上がった。彼のこの庵は秘匿されている。訪れるのはパーガトリー、あるいはパラゴン、スローハンド……グランドマスター位階の重鎮ニンジャ達だ。だが、この痛痒を伴う感覚。知ったニンジャの接近では無い。
ディプロマットはドージョールームの入口のノーレンを見守る。予想していたよりもずっと早く、ずっと奥深くへ食い込んで来ている。彼のニンジャ第六感を出し抜いての侵入……。反対側にも戸口はある。だが彼は逃げなかった。彼は戸口に右手をかざし、左手を添えた……(来るがいい……)
ノーレンがはためく……「イヤーッ!」大柄な影が転がりながらドージョーへ飛び込んで来る!やはりクセモノ!そして速い!だがディプロマットは予期していたがゆえに、この速度の上手をゆく。「イヤーッ!」右手にカラテ集中!侵入者の行く手の空間が波打ち、丸く裂けた!怪奇!
ディプロマットの手が極度の集中で震える。攻性ポータルだ。アンバサダーの出口と繋がっていない、抜け道の無いダストシュート!すると虚無僧装束の侵入者はマグナム銃を握った両手を突き出し、空を撃つ!BBLLAAMM!!反動で身体を捻り、タタミを蹴って攻性ポータルを飛び越え、回避!
「……イヤーッ!」ディプロマットは攻性ポータルを閉じ、側転を繰り出す。BLAMBLAM!一瞬後、その位置を弾丸が通過!ディプロマットは側転からバックフリップ、着地と同時にオジギした!「ドーモ。ディプロマットです」虚無僧もほぼ同時に着地、オジギ!「ドーモ。ジャッジメントです」
「ジャッジメント?」ディプロマットは無感情に言った。「……そのトバシ・ケンは使わんのか」「あいにく、トバシ・ケンは奥の手だ」ジャッジメントは答えた。ディプロマットは暗く笑った。「そうか。どうでもいいさ。私を殺しに来たのは、誰の差し金だ?」「……プロはベラベラ喋らんのだ」
「イヤーッ!」ディプロマットは両手をジャッジメントめがけ突き出す!「イヤーッ!」ジャッジメントは横に飛びながら2丁マグナムを発射!「イヤーッ!」だがディプロマットはここでポータルを盾めいて出現せしめる。さっきの動きはブラフだ!銃弾はポータルに吸い込まれ消失!
「なッ……」「イヤーッ!」ジャッジメントにディプロマットの突進サイドキックがクリーンヒット!身体をくの字に曲げて吹き飛ぶ!ジャッジメントはタタミでウケミを取り、起き上がりながらマグナム銃を交差して構える。「……やるじゃねェか。情報と違う」「単にお前が弱いのかも知れんぞ」
「言うじゃねえか」「そのトバシ・ケンを脱いでかかってきたらどうだ。邪魔だろ」ディプロマットは挑発的に言った。「IRC盗聴は無い。少なくとも私の身体にはな。お前にも無い。……あれば、わかる」「何を言ってンだか、わからんな」ジャッジメントは答えた。ディプロマットは鼻を鳴らす。
「なかば軟禁状態の情けない身だが、私は詳しいんだ」ディプロマットは言った「ピストルカラテを使う指名手配の私立探偵がいた事を思い出したぞ。ガンスリンガーに殺されたと聞いている……ああ、そいつも死んだのだったな。それこそジャッジメントが殺したと」「……そうだ、アー、私が殺した」
ディプロマットは思わず噴き出す。「で、お前はどちらのユーレイだ、ピストルカラテ使い。私が当ててみるか、背格好で」「アー……」ジャッジメントは観念し、虚無僧帽を脱ぐ。「……これも取っていいか」バラクラバを引っ張る。ディプロマットは小首を傾げ、(ご自由に)とジェスチャーした。
「助かるぜ。暑苦しくてよ」ジャッジメントはバラクラバをスポンと脱いだ。そしてオジギした「……ドーモ、ディテクティヴです。別名タカギ・ガンドー」「で、何をしに来た?ディテクティヴ=サン。まだ、やるか」「アー……何をしに来たんだろうな。もう何でもいいぜ」彼はその場でアグラした。
「殺すかも知れんぞ」ディプロマットはガンドーへ掌を向けた。「ポータルを開いてな」「そンなら撃つだけさ」ガンドーの脇の下から、交差させた手が突き出し、ディプロマットへ銃口を向けている。「……ま、やる気が無いのなら、チャでも飲んでいけ。パブリックエナミー殿」「いいね」
◆◆◆
……十分後、二者は掛け軸ひとつ無い質素な茶室で互いに向かい合い、座っていた。美しいオイランが茶器と茶菓子を持ち来たり、無言でオジギして去った。ディプロマットは彼女が去ったのち、言った。「ナミダだ。舌を切除されている。この庵にはナミダと私しかいない……あれも、アワレな女さ」
「そいつはまた……」ガンドーの言葉は尻すぼみに消えた。「どうした。ナミダが何か」「違う。何でまた、俺は暗殺対象とチャなんぞ飲もうとしてンのか……」「それは私も同じだ。もう一度訊くが、おまえは何をしに来た?ザイバツの敵が、何故か変装し、雇われて私を殺しに来た。わけがわからぬ」
「それよ」ガンドーは茶菓子を掴み、口の中に放り込んだ。「俺はザイバツ・シャドーギルドに入りたいんだよ。手柄を立てて……」「ギルドをやれると、本気で考えているのか」ディプロマットは直截に言った。「……」ガンドーは黙って茶菓子を咀嚼する。
「ギルドの何を知っている。できるものか……できるわけが無い」ディプロマットは、やや声を荒げた。「徒労に終わるだけだ。そして終着に待つのは死か、死よりもおぞましい結末だぞ」「チャをくれ」ガンドーの目がギラリと光った。「……」ディプロマットはチャをたてた。
「実際もう始めちまった」ガンドーは言った「やめる、やめないの話じゃねェよ……なァ、それよりお前だぜ」ガンドーはチャを一息に飲んだ。「お前にとって、ギルドってのは何だ」「……」ディプロマットは黙った。ガンドーは続けた。「お前は何を見ている……お前は、何だ?お互い腹を割ろうぜ」
3
「IRC盗聴が無いという私の保証が嘘だった……としたらどうする」ディプロマットは言った。ガンドーは見返した。「……マジか」「いや」ディプロマットは首を振った。ガンドーは笑った。「ああ!知ってるぜ。そんな事は。俺は最近冴えてるンだ。アトモスフィアでわかるんだ。アトモスフィアで」
「どうだかな」「マジだよ。探偵の勘だ、当てずっぽうとは違う。さっきやり合った時、どうもこいつとは腹を割れそうだなッてな。お前さんの話し方、ユーモアの感覚、何か抱えてやがる……何か」数秒の沈黙を挟み、言った。「ピンと来たのさ。ピンとな」
「要するに憶測ベースだろ。危ない橋を渡る奴だ。信用していいものかな」ディプロマットは己のチャを飲んだ。ガンドーは真顔で答えた。「いいや、危なくも何とも無いさ……俺はニンジャで……ニンジャの眼力で洞察し、動いた。安い賭けさ。さすがにこうしてチャまで飲むとは思わなかったがよ」
ディプロマットは茶器を置き、無感情にガンドーを見た。ガンドーは言った。「暗殺命令を出したのは、お前さんも当然考えているだろうが、ザイバツ・ニンジャだ。でなきゃ、こうまで易々と俺が入ってこられはしない、そうだろ」「ああ」「勿論、俺の探偵の経験にニンジャ隠密力を掛け……まあいいや」
ディプロマットは呆れたように笑った。「しっかりしろよ」「昔からそう言われ続けて、結局この有様。今更直らんぜ」ガンドーは菓子をもう一つ食べた。「だが、こういうのは巧言で繕っても仕方ねェ。要するに俺という人間をだな……」「ああ、ああ」ディプロマットは遮った。「それでいい。観念した」
「よし」ガンドーは莞爾と笑う。「始めようぜ。暗殺依頼者はグラッジと名乗った。偽名だ。情報は最小限。ギルドの誰だかわからん……」「ああ」ディプロマットは頷く「わからんのなら、構わんさ」「その顔だよなァ」ガンドーが言う。「お前のその、ジゴクの底でハナミを決め込んだような……」
「今度はポエットか」「教養が滲み出ちまうのさ」ガンドーは言った「お前、まるで自分の事がどうでもいいって様子でよ……」「そうだな」ディプロマットは頷く。「なかなかだ。探偵殿。勘にしては良く捉えている」「只の勘じゃねえ、観察眼だ」「親の仇を探していた」ディプロマットは直裁に言った。
「仇か」「両親は私と弟の10歳の誕生日に殺された」ディプロマットは言った。「だが、私達は生き残った。命を救われたのだ。ニンジャに……ザイバツ・シャドーギルドに。ニンジャの名は、イグゾーション。グランドマスター位階のニンジャ。故人だ」……ガンドーは静かに、深く息を吸った。
「恩義があるか」「……」ディプロマットはチャを口にした。「我々にはその時既にニンジャソウルが宿っていたようだ。ギルドは我々の才能に興味を抱いた……イグゾーションは言った。訓練を積み、ニンジャとなれば、復讐など容易いと」ディプロマットは器を置いた。「明日で12年だ」
ガンドーはディプロマットの目を、瞬きせずに見ていた。彼はこめかみを掻き、言った。「イグゾーションを殺したのは、俺だ」
「師父の仇!」ディプロマットは声を張り上げた。だが、すぐに床几に肘をもたせかけ、首を振った。「……とでも叫んで、私が襲いかかったらどうした?お前は余程、一か八かの綱渡りを好むようだ」「大事な事だからよ。腹を割るって話だしな」「……」
「いや、正直なとこ、言って大丈夫だという確信があったからだ。お前さんの目と、奴の名を口に出す時の……なんだ……アトモスフィアよ」「またそれか」ディプロマットは肩をすくめた。「だが、その判断は正しかった」「だろ?俺はここのところ、冴えてるんだよ」ディプロマットは鼻を鳴らした。
「しかし、なんだ……若いんじゃねえかとは思ったがよ。まさか22とは。しっかりしてるぜ実際」「驚いたと言うわけか?お前は逆に、歳の割に大概よな」「尚更お前のアトモスフィアが気になるッて事さ!キツい生い立ちはわかったが、ジゴクでハナミをするにゃ、まだ話は半分だよな……」
「ポータル・ジツをマスターしたのち、私と弟はザイバツ・シャドーギルドの尖兵となった。ポータル・ジツは我々にしか用いる事ができぬジツであり、使い様によってはムーホンの種となる。ゆえに、厳重に管理された。それが例えばこの庵だ」「成る程」「不自由の無い鳥籠さ」
「鳥籠ねえ」ガンドーは言葉を探した。「で……弟が?」「ネオサイタマだ」ディプロマットは答えた。「ネオサイタマとガイオンを時間差無く繋ぐポータルは、ソウカイヤ制圧の要となった。ギルドは我々に不自由の無い地位を与えている。なおかつ、普段は引き離された互いが、互いの人質だ」「人質」
「そう。人質だ」ディプロマットは言った。「ギルドは我々を信頼していない。アラクニッドのように。道具さ」「アラクニッド?」「だが、それでも構わなかった。カラテを鍛え、ジツを鍛え、師の元で力を蓄え、いずれ仇を探し出す……そう馬鹿正直に信じ、疑念を殺した12年。つくづく愚かな事だ」
次第にディプロマットの瞳は熱を帯び、言葉の調子は堰を切った濁流めいた。「バカで、無邪気なガキだったのさ。やがて俺達は薄々その可能性を検討し始めた。可能性を。密かに。密かにな……俺はこの庵を殆ど離れる事が無い。なのにお前の事も知っていた。何故?わかるか?わかるんだよ」「……」
「この牢獄へ思い出した頃に訪れる、猜疑心の塊のグランドマスターどもが教えてくれるか?違うさ。俺とあいつは手掛かりを探し続けた。密かに。あの日の事。ロクに残っちゃいない。大昔さ。まだガキだった頃の!しかも隠滅された記録だ!わかるか?」「オイオイ、聞いてるぜ、聞いてるがよ」
ディプロマットは笑い出した。「ハ!ハ!ハ!両親を殺ったのはザイバツ・シャドーギルド……イグゾーションだよ!俺とあいつのジツに目を付けていた!最初からな!なのに俺達は……俺達は12年、何をやっていた?強くなる?笑わせるなよ!……笑わせるな」タタミに両拳を突いた。「笑わせるな」
ディプロマットはもう一度、タタミに拳を叩きつけた。下を向いた彼の表情は窺い知れぬ。背中が震え出した。「笑わせるな」「……」ガンドーは何か言いかけ、口を閉じ、頭を掻いた。「アー……まあ何つうか」彼は嗚咽するディプロマットの肩に手を置いた。「まあ、な」若者は声をあげて泣き始めた。
◆◆◆
「ワイルドハ01ト=サン死亡、インペイルメ0010=サン死亡、モスキート=サン死亡、…000アブサーディティ=サン、戦線0011後に連絡手段喪失。生存を確認できて0000りません」
『実01手ひどい打撃だ。00101だが、上昇志向を隠しもせぬワイルドハン01011サンは、こ001ところ下品であっ0010よ』「御意」『テロリスト一匹の退治を口実に、ネ0101イタマでの地00固めとは、まこと僭越。これもイ0001オホーか』「御意」
『……御身01その点わきまえておろう。アンバサダー=サン』「御意にございますパーガトリー=サン」『こ001御身も却って動き易かろう』「…0101意」 ……「ドーモ。ブラックヘイズです」「ド11モ、ブラックヘイズ=サン。アン0010ダーです」…0100…『よい。このまま話せ』
「イッキ・ウチコワシのアムニジアはドラゴンドージョーの忘00形見、ユカノだ。ま01間違い000まい」「やはりか」……『流石だアンバサダー=サン。ロード0110喜びになる』「有り難き幸せ」『そ0001、この件ではサラマンダー=サンに恩を売って0101とし0001う』
『詳細な捕獲01画は御0010任せる。信頼してお00がゆえに。ぬかるなよ』「御00に」……『ロードの御治世ますます栄えんことを。ガンバルゾー……』「ガ0111ルゾー!」
ディプロマットはドージョーの中心でアグラし、テレパス回線を維持すべく、極度に集中し続ける。アンバサダーとパーガトリーの会話がノイズ混じりにニューロンへ流れ込んでくる。ディプロマットの差し向かいでは、手持ち無沙汰げなガンドーが、じっと動かぬ彼を見守っている。
『……兄さん』アンバサダーがディプロマットに言葉を飛ばしてくる。『やはり、言わずにはいられない……本当にギルドをどうにかできると思っているのなら、兄さんはバカだ』(ダークドメインが死に、包囲網も破られた。なかなかじゃないか)『バカだよ』アンバサダーは繰り返した。
『俺達が捜し求めた仇はイグゾーション師父……お笑い種だ。そして奴は人知れず死んだ。俺たちの人生に、もはや意味など無い』(仇はギルド。ザイバツそのもの)ディプロマットは答えた。(俺たちの人生に意味など無い。そうかも知れん……死のうが、生きようが。ならば、乗ってみるさ)
◆◆◆
……「どうだ」ガンドーが尋ねた。ディプロマットは頷いた。「ニンジャスレイヤーは包囲網を破った」「そうか。やりやがッたか」ガンドーは目を細める。ディプロマットは続けた「時同じくしてドラゴン・ユカノの所在が特定された。パーガトリーは当然、弟を動かす」「……ん?ドラゴン・ユカノ?」
「ドラゴン・ユカノの確保はロードの勅命だ」ディプロマットは言った。「理由は秘されているが、駐屯部隊の重点目的はそれだ。グランドマスターは勅命にすら政治の駆け引きを挟もうとしているが……」「ちょっと待て!ちょっと待て」ガンドーは遮り、頭を掻いた。「ちょっと待てよ……?ユカノ?」
「どうした」「ユカノ。ドラゴン・ドージョー」ガンドーはブツブツと呟いた。「ドージョー……ドラゴン・ゲンドーソーの孫娘……なぜ今?ロード……?」ガンドーはディプロマットを見た。言うべきかの躊躇いを見せた。だが、言った。「ニンジャスレイヤー=サンは悔いていた。ユカノ」
ガンドーは彼の知るところを語って聞かせた。ディプロマットは沈思黙考した。「ギルド攻略に直接の関係が無いと言えば無い話だ……ユカノの身柄に関しては、何かの足掛かりになるかも知れんが」「いや、違う」ガンドーは否定した。「あいつは、疎かにしちゃあ、いけねえんだ。こういう事をよ」
「あれ程のニンジャが」ディプロマットは呟いた。ガンドーは立ち上がった。「人間性ってやつよ。……いつだ、ユカノをさらうって計画は!忙しくなるかも知れねえ」「阻止させるのか?どうやって」ディプロマットが訊いた「弟も、そうあからさまには動けんぞ」「ああ、こっちの方で、ちょいとな!」
◆◆◆
「アータをご指名よ、ニンジャスレイヤー=サン」ネザークイーンが言う。「何……?」フジキドは受話器を取る。「……ドーモ」『ドーモ』磁気嵐の影響と思しき、ノイズまみれの音声。加えてそれは、大宇宙から響いてくるようなスペーシー・ボイスだ。
『……ニンジャスレイヤー=サン、時間が無い……時間が無い……イッキ・ウチコワシ本部をザイバツが襲撃しようとしている。狙いはドラゴン・ユカノ。急げ』「ユカノ=サンだと?オヌシは一体!」フジキドは低く険しい口調で問うたが、すでに通信は切断されていた。
「……」フジキドは受話器を置いた。「やる事、ひとつ増えた?」ナンシーが言った。彼女は微笑んでいた。ネザークイーンとヤモトは無言で目を交わす。デッドムーンは窓の外を見ながら、ボトルをあおった。フジキドはゆっくり頷いた。「……そのようだ」「じゃあ、とっととやりましょ」
◆◆◆
通信はブラッククヘイズからでも、フェイタルからでも、パーガトリーからでも無かった。見慣れぬ発信者表示にアンバサダーは訝った。「ドーモ?アンバサダーです」IRC通信機を操作すると、癖のあるノイズを纏った音声が返ってきた。『ドーモ、アンバサダー=サン。メンタリストです』
「メンタリスト=サン」名乗りを耳にしたアンバサダーは血流が速まる錯覚を覚えた。メンタリスト。彼の出現そのものが不吉なのだ。「……ご機嫌麗しう」『上首尾であった事だ。さすがだ。グランドマスターもお喜びである筈』「有難き幸せ。じきに傭兵がドラゴン・ユカノの……」『いや、よい』
メンタリストは遮った。『ユカノの身柄は私が引き継ぎ、先程空港へ運んで、キョートへの移送手配を既に行ったのでな』「左様で……ございますか」アンバサダーは唾を飲んだ。「彼らは?」『彼らとは?』「フェイタル=サンと、傭兵のブラックヘイズですが」『ああ、その事か』
数秒の間があった。『……貴公には部下も傭兵も、もはや不要だ。気にする事は無い』メンタリストは抑揚の無い声で告げた。『ザイバツは、もはやこのネオサイタマに用など無い。そちらも引き払う事になろう。君はキョートは何年ぶりかね?アンバサダー=サン。喜びたまえ』「話が見えませぬが」
『それはそうだろう』メンタリストは肯定した。『確かに貴公にとっては急な話であろうから。心の準備ができておらんよな……それとも、何か懸念があるかね?後ろめたい何かがあるのかね?私が恐ろしいか?』「……滅相も」『貴公の忠義は素晴らしかった。まさにネオサイタマ作戦の要よ』
アンバサダーは答える。「確かに、キョートへの帰還は嬉しきこと。使命達成による帰還となれば、心踊ります」『……そうか』
「……」『ま、ゲン・ジツ遣いというのは往々にして信頼を得られぬものよ。しかもこのタイミングにおける撤退は極秘事項であるから。だがそう警戒せずともよい、アンバサダー=サン。後ほど、パラゴン=サンのハンコがある正式の辞令を持って参上する。……幻ではと心配か?』「幻などと。滅相も」
メンタリストは抑揚の無い声で笑った。『ゲン・ジツはな、アンバサダー=サン、そう何事も都合よく誤魔化せるという物でも無いのだ。安心するがいい。実際、タネが割れてしまえばこれほど無力なジツも無い。まして文書の偽造など!万能なジツなど無い』「まさか左様な懸念などは」『そうかね?』
「……」アンバサダーの鼓動が速まる。『後ほどにな。オタッシャデー!』通信が切れた。アンバサダーはドージョーの中のオブジェクトを素早く確認した。最もベーシックかつ確実なゲン・ジツ対策だ。掛け軸。水仙。彫像型通信機。カミダナの上のトリイ。フクスケ。不如帰のショドー。異常は無い。
次にアンバサダーは部下のイグナイトとのIRCセッションを確立しようとした。応答は無い。平常時でもイグナイトは理由なく連絡を断つ事がしばしばある。めったに感情を表にあらわさぬアンバサダーであるが、この時は思わず舌打ちした。彼はイグナイトへメッセージを送った。逃走せよと。
彼は沈思黙考した。ここまではよし。ブラックヘイズとフェイタルは既に死んだと考えるべきだ。アンバサダー自身は?逃げる?どこへ。逃げてどうする?ディプロマットがかわりに責苦を負う事になる。そしてメンタリストの口ぶり。アンバサダーに属するものを切り捨て、キョートへ移送する……。
(俺が直接の危害を加えられる事は無い。少なくとも今は無い)アンバサダーはタタミにザゼンした。(幻も無い)双子はイグゾーション師から重点的なゲン・ジツ対策訓練を受け、ジツの秘密を知る。(仇に感謝など)彼は目を閉じた。ディプロマットとニューロンが重なり合う手応えがかえってきた。
(つながったか、兄さん)『ああ、先程のIRC通信をテレパス共有していた』(話が早い。メンタリストが来る。奴の口ぶり。含みがある。そしてフェイタルと傭兵が)『ああ。その場はクリアしたか』(既に。奴の意図は何だ?パラゴンの辞令を持って現れる以上、丁重に出迎えねば……)
『いいか!』ディプロマットが返した。『いいか。ニンジャスレイヤーをそちらへ向かわせた。うまくやれ……!』(ゾッとしない話もあったものだ)アンバサダーは苦笑した。(だが、やるしか無いな)『ああ、そうだ』ディプロマットが言った。『やるしかない。頼むぞ』
(覚悟を決めろか。否応無しに始まったな)『そういうものだ』(そういうものだな)アンバサダーは目を開いた。メンタリストは恐るべきニンジャだ。アンバサダーはイグゾーションの対ゲン・ジツ・インストラクションを反芻する。対策無くば手玉に取られ死ぬばかり。だが実際、ジツの制約は多い。
ゲン・ジツは使い手の付近に不可視の力場を生じさせる。力場の中にあっては、まともなカラテ防御は役に立たない。急所に直接イマジナリー・スリケンを埋め込まれ、致命傷を負う事になる。これを防ぐには。力場から抜け出す。あるいは力場内に出現する『幻の兆候』を発見し、自覚で幻覚を打ち消す。
力場内では、オブジェクトに必ず何らかの歪みが生ずる部分がある。常識的にあり得ない意匠。あり得ない現象。そういった兆候を発見すれば、力場を認識によって無効化し、ジツを防ぐ事が出来る。先程のオブジェクト確認はそれだ。物体がおかしな事になっていれば術中なのだ。
種がわかれば対処もできようが、当然、並のニンジャがゲン・ジツのネイチュアに精通している筈も無し。ゆえにメンタリストは処刑官めいて恐れられている……だが、並のニンジャが対処法を知らぬからこそ、つけいる隙もある。メンタリストは双子が対ゲン・ジツの訓練を積んでいる事を知らぬ筈だ。
「ドーモ。アンバサダー=サン」声は彼の背後から唐突に聴こえた。アンバサダーは弾かれたように立ち上がり、振り返った。彼の真後ろ、ドージョー中央のシシマイ像UNIX通信機の陰から、ニンジャは現れた。「メンタリストです。ちと時間に余裕を見すぎてしまった。驚かせてすまないね」
アンバサダーはその瞬間、一度絶望した。オブジェクトの間違いを発見する?こいつが何かするよりも速く?「どうしたね?殺されるとでも?心臓にスリケンを埋め込まれて?ははは!大丈夫、しない、しない」メンタリストが笑う「いや、邪推を許してほしい、何しろ君が……怖れているようだから」
「ドーモ。メンタリスト=サン」アンバサダーは後ずさりしかかった。だが踏みとどまり、オジギを返した。頭を上げたとき、彼はもう一度覚悟を決めていた。(さあ実地試験だ、イグゾーション師。せいぜいジゴクで見ているがいい。お前が猜疑心から仕込んだワザマエで、お前のザイバツを潰すのだ!)
「まずは辞令を受け取れ、アンバサダー=サン。本物かどうか確かめてみろ」含み笑いをもらしながら、メンタリストは円筒形の辞令ケースを取り出した。一般的な形状だ。バイオ蛇の皮。やや特殊な材質だがおかしくはない。アンバサダーはメンタリストの肩越し、カミダナの上の青いトリイを見やる。
(トリイが青い?何をバカな)アンバサダーは自覚した。ゲン・ジツだ。ニューロンがチリチリと痛んだ。「何か御戯れをなさっているのでは……」「はて?」メンタリストは微笑んだ。アンバサダーはケースから辞令を取り出す。トリイはもう赤かった。まともだ。
辞令には確かにパラゴンのハンコがある。アンバサダーはゲン・ジツを破った成功体験を己の中で咀嚼した。だが、同時に重苦しい事実がのしかかる。メンタリストはゲン・ジツをアンバサダーに対して使って来るという厳然たる事実。そしてこの書面。まぎれもなき高位命令。ネオサイタマ撤収は事実。
たとえばイチかバチかのアンブッシュでメンタリストを殺せば、アンバサダーは逆賊。兄は責め殺されるだろう。メンタリストは何故ゲン・ジツを展開した?殺すつもりか、そうでないのか。死ねば終わり……不用意に殺せば逆賊。極めて難しい駆け引き。綱渡りめいて身を守らねばならないという事だ。
「どうだ、事実だったろう。嘘などどこにも無い」メンタリストが言った。「ええ」アンバサダーは同意した。口が渇く。メンタリストはアンバサダーの目を覗き込む。「高度に秘された事柄であったが、ドラゴン・ユカノと名乗るかの者を見出し、持ち帰る事こそ、ロードの悲願。この地での至上目的よ」
アンバサダーは目をそらす。メンタリストは続けた。「君ら双子はギルドにとって重要存在であった。この地を支配するニンジャ権力を排除し、ユカノを無事捕獲できたは、当然君らのポータル・ジツあってこそ。強力だ、実に強力なジツ。故イグゾーション=サンの遺志がギルドを栄光へ導いたな」
「……!」「いかん、過去形を使ってしまった。君は重要存在であった。今はどうかね?今は君たちは重要であろうか?むしろその強い力がかえってギルドにとって禍根を……?そんな見方をする者もいるかね?ほら、あの水仙。なぜ花瓶に生けられず、じかに床に根を下ろしているのだろう?」
「オゴーッ!」アンバサダーは慌ててメンポを開き、四つん這いで嘔吐した。「おやおや!はて!」メンタリストが肩をすくめる。「極度の緊張かね?私も実際傷ついてしまうぞ?」吐瀉物は無色透明の水であり、その水たまりでは数匹の金魚が跳ねていた。金魚は緑から桃色へ色を無限に変え続ける。
「オゴーッ!」「大丈夫だ……落ち着きたまえ」メンタリストはアンバサダーの背中を優しくさすった。「殺意などない!ダークドメイン=サンのようには。彼は僭越であったようだ。残念だ。彼は単身ネオサイタマへ乗り込み、同時に暗殺者を雇って君の兄を襲わせた。地理的な独立性を確保する為に」
アンバサダーは口を拭い、よろよろと起き上がる。どこだ。フクスケはおかしくない。カミダナ。不如帰も。メンタリストは続ける「わかるか?ポータル機能を排除し、独立国めいてネオサイタマを手中に収めんとした。だが、あのニンジャスレイヤーの手にかかって無に帰した……インガオホーな」
「私を……どうなさるおつもりか……?」「人聞きが悪いね、殺しはしない……今後きっと君たちのポータルが役立つ日も来よう。殺すなど損失!」メンタリストは笑った。「わかってほしいだけなのだ。秩序というものをこの機会に正しく理解してほしい。美しい箱庭で満ち足りて過ごしてほしいのだ」
アンバサダーは今にもドゲザしそうになる己の心を奮い立てた。小細工だ。ニンジャ反射神経を……思考力を……力場を把握……把握してどうする?「私は……」「ふむ?」メンタリストが再びアンバサダーの目を覗き込もうとする。BOOOM!その時だ。火花の輪が突如メンタリストの上半身で弾けた!
「グワーッ!」メンタリストがカトン・アンブッシュの爆発衝撃に吹き飛ばされる!アンバサダーは膝をついた。ドージョー戸口を見やる。特異な髪型が作る異様なシルエットを。「なぜ来た、バカめ……」彼は呻き、咳き込む。メンタリストが片手を突き出す。だが再度のカトンがハヤイ!「グワーッ!」
「逃げろ!」アンバサダーは叫んだ「私は殺されんのだ!だがお前は……」「ダッセんだよ!幻滅するぜ」エントリー者は痩せた女だった。頭の左半分を丸刈りにし、右半分は前髪を伸ばしてギザギザにセットしている。眉は無く、かわりにイバラめかせたタトゥー!「ヘル・オー!イグナイトです!」
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イグナイトはリバースキツネサインで無礼にアイサツした。首に巻いた覆面マフラーには「地獄お」の文字。「これはこれは。もう一人いたか」メンタリストが立ち上がった。「アンバサダー=サン。犬は手なづけねば、兄にまでケジメ・インシデントが広がる事になるのではないかね?」
「イヤーッ!」問答無用のカトンが三たびメンタリストを襲う!メンタリストの身体は炎を受けて七色の飛沫と化し、空気に溶けた!「ハハハハ……」メンタリストの笑い声が残響する。イグナイトは歯をむきだした。「こいつの兄貴?アタシに関係ねえし……そいつが勝手にどうにかすりゃいいッての!」
「無茶苦茶を言う」緊迫状況下であったが、アンバサダーは狂犬めいたイグナイトの言葉に思わず苦笑した。「だが……そうだな。私も覚悟を決めねばならん」「アァ?」「ゲン・ジツだ!奴はドージョー内にいる。オブジェクトの歪みを探してジツを破……」「イヤーッ!」掛軸とフクスケが発火し破裂!
「オラッ!出て来いよ!」水仙が燃えしなび、水差しが爆発!彫像型通信機が発火し爆発!トリイが焼け焦げ爆発!カミダナが燃え上がり焼け落ちて爆発!タタミ上を燃え広がる炎!「ぜんぶ燃やしゃイイんだろ、要するに?だいたいアタシ、このドージョーの内装、嫌いなンだよ!前から!」
「ゴホッ!ゴホーッ!」アンバサダーは熱と煙の中で咳き込み、メンポの浄化機能をアクティブにした。狂った攻撃だ。こちらが死ぬかもしれない。だが結果的にゲン・ジツを破る為の有効なアクションではある。炎にまかれてジツを維持などできまい。……メンタリストは?どこだ?
「ィィイイイイ……」すると、見よ!ドージョーのある一点、陽炎が人型に歪んだ箇所が生じ、メンタリストの姿をとった。イグナイトの死角だ!「イイイヤーッ!」トビゲリ・アンブッシュ!「グワーッ!」イグナイトは蹴りを受ける!「イヤーッ!」さらに一撃!「イヤーッ!」アンバサダーが割り込む!
アンバサダーはイグナイトを庇い、クロスした両腕でメンタリストの蹴りをガードした。重い!「イヤーッ!」メンタリストはタタミを蹴り、三段目の飛び蹴りを繰り出す!「グワーッ!」アンバサダーは顎を蹴られのけぞる!「イヤーッ!」「グワーッ!」四度目の蹴り!アンバサダーは吹き飛ぶ!
「イヤーッ!」メンタリストが七色に光るスリケンを三枚投げつける!「イヤーッ!」スリケンはしかし中途で発火し爆発消滅!イグナイトである!「ヘル・オー!それともヘヴン・オー?どっちでもいいぜ、焼いちまえば同じ!」イグナイトの目が燃え上がった。「スカッとさせろよ!」
イグナイトの両手が炎のリングを作り出す。さらなるカトンの予備動作だ!メンタリストはイグナイトを指差した。「貴方の炎、緑色でしたか?イグナイト=サン」「……?」イグナイトの手首の炎が。緑色だ。アンバサダーは駆け出そうとする。メンタリストは笑った。
◆◆◆
その時、双子の兄ディプロマットは!……茶室で一人のニンジャと対していたのだ!
ディプロマットの差し向かいに座るのはジャッジメントでは無い。ジャッジメント……否、ディテクティヴ……は今この庵にはいない。彼はキョート城へ参内している最中だ。彼が暗殺依頼を受けながら、雇い主を裏切り、計画自体を頓挫せしめた事をパーガトリーに伝え、アデプトに推薦したのだ。
あの日の邂逅から数日。パーガトリーはディプロマットの推薦を検討するとともに、庵にはこうして、護衛ニンジャを送り込んできた。ニンジャの名はチェインボルト。マシンめいたメンポを装着した、油断なさげなニンジャである。
「ザゼンを中断させて悪いが。とにかく早くチャが飲みたい」チェインボルトが言った。「チャが。ディプロマット=サンのチャは素晴らしいと聞いておる」「勿論です」ディプロマットは友好的に頭を下げた。心中は焦燥している。テレパス会話に戻れぬ。弟が気がかりでならぬ。
「しっかりもてなすべし。私はグランドマスター・パーガトリーのお計らいのもと、お前の命を護ってやる為に来たのだ。私のほうがお前より先にマスターである」チェインボルトのメンポがチカチカとLEDを光らせ、「先輩」というカンジがホログラフィで頭上に浮かんだ。
ディプロマットは笑顔で臓腑の煮える心持ちをなんとか覆い隠し、泡立ったチャをたてた。「ドーゾ」「いや、今思ったが、やはり冷やしたチャがいい。やり直しにしろ」チェインボルトは「先輩」のホログラフィを威圧的に光らせる。「……かしこまりました」ディプロマットは殺意を押し殺した。
(無事か……?)メンタリストは弟に何をしようというのか?ディテクティヴはうまく伝えたのか?ニンジャスレイヤーの転送は行えるのか?こんな時にディプロマットはチャのブルシットに晒されている。なんとくだらぬ!だがここで彼は恐るべき可能性に思い至る。……あえて?あえてのシツレイか?
「早く氷を!」チェインボルトが言った。「何とかいうオイランに持ってこさせろ」「勿論です」ディプロマットはベルを鳴らす。もしもこのシツレイが、そもそも彼にザゼンさせぬよう企まれた引き伸ばし工作だとすれば……それは即ち、双子のテレパス行動にパーガトリーが勘付いている事を意味する!
「……」ナミダが無言でショウジ戸を引き開け、ドゲザした。「氷を。壺に入れて持って来なさい」ディプロマットが命じた。チェインボルトは鼻を鳴らした。「アイサツもなしだ、お前のオイランは。だからダメなんだ。とにかく冷たいチャを飲みたいのだ!早くしろ」「……」ナミダは頭を下げた。
双子のテレパスは、少なくとも一方がザゼンし、メディテーションする必要がある。ラジオのチューニングめいて、片割れのニューロンとリンクせねばならぬ。下劣なニンジャを張り付かせ、相互にテレパス・ジツを行えぬようにしたうえで、メンタリストがアンバサダーを掌握する……筋は通る。なんたる事か。
疑念が疑念を呼び、雪だるまめいて巨大になってゆく。押し潰されそうだ。彼は激しくチャを泡立てる。「早くしろよ!早く」チェインボルトがうるさく催促する。「先輩」のホログラフィが頭上でまたたく。「早く!」
◆◆◆
……一方、その暫し前。キョート城・ビジター・ディヴィジョン!
ザイバツ傘下のさほど信頼されぬ者らが立ちいる事を許されるのは、入場してすぐの中庭と、狭い廊下と幾つかの広間、複数の玄室からなるこの区域だけだ。壁や床は黒漆で塗られ、全ての柱には金箔でザイバツ・シャドーギルドのニューワールドオダー意匠が描かれている。
薄暗い廊下の突き当たりには「男」「女」「弱い従者」とショドーされたノーレンがあり、それぞれが個室厠に繋がっている。ビジター区域とはいえ、ギルドのあふれる権力を端的にしめす個室厠は下手なコフィン宿の部屋よりも大きく、黒大理石便座と美しいウキヨエで、使用者をリラックスさせるのだ。
男、女のノーレンはどちらもニンジャ専用。人間やクローンヤクザは全て「弱い従者」を用いる決まりだ。ザイバツの格差社会思想はこんなところにも行き届いているのである。……その「男」ノーレン奥の一室に、既に20分程篭り続けているニンジャ有り。ディテクティヴ……タカギ・ガンドーである。
敵の懐にあって、腹でも痛めたのか?否!彼は便座の黒大理石の蓋を閉じ、そこに12面体のドロイドを載せて、携帯IRC通信機にLAN接続していた。おわかりだろうか?秘密通信だ!ドロイドのLED文字盤には「声変わりな」の表示が輝く。
このLEDの点滅は、変声エフェクト機「宇宙」シミュレーターが働いている事を示す。作動アルゴリズムは実機に忠実。キンギョ屋のオヤジは凝り性なのだ……『ドーモ。またオヌシか?一体何者だ?ガンドー=サンか?』ノイズの海から音声が浮かび上がる。ようやくセッションが確立された!
「……違う。だが、ガンドーは無事だ」ガンドーはボソボソと囁いた。まだ真実を明かすべき時ではない。ニンジャに生まれ変わったなどと、慌ただしく音声通話で伝える話では無い。対面で告げるべし。なおかつ、ニンジャスレイヤーに対して、その告白は実際命のやり取りになろう。まだだ。
「そんな事よりお前には時間が無い。今どこで何をしている?」『それはこちらの台詞だ。正体を明かさぬならば切る』(クソッ。これだ)ガンドーは歯噛みした。「……私の名は便宜的にディープスロートとでもしておこう。今どこで何をしている?お前がまごまごしている間にドラゴン・ユカノが……」
ディープスロート。咄嗟の名乗りである。ウォーターゲート事件で暗躍した密告者の自称だ。(気取り過ぎたな。しかし、名前がどんどん増えちまうな)……通話相手から返事が無い。「聞こえるか?こちらディープスロート」『続けろ』剣呑である。(大体お前さんが救出に失敗したから……まあいい)
「彼女はキョートへと護送中だ」ガンドーは言った。(ディプロマットから得たばかりの情報だぞ、褒めてくれてもいい)……『何のために?』とニンジャスレイヤー。ガンドーは考えを巡らせた。何のためにだ?「……何らかの陰謀の為にだ」
『ザイバツはなぜユカノを?』「考えている時間があるか?今頃彼女は空路だ」ガンドーは言った。ザイバツの目的はまだわからぬ。だが真実だ。これから何が起こる?わかってからでは遅い。下手を打てばニンジャスレイヤーは為す術なくユカノを失う事にもなるのだ。「危険だが先回りする方法がある」
『……手短に答えろ』ここからが肝要だ。「アンバサダーとディプロマットというザイバツ・ニンジャを探せ。片方がネオサイタマに潜伏している。危険だが、お前を一瞬でキョートに運ぶだろう。危険を冒す事になる……だが、間に合わせるにはこれが……」『愚問だ』ニンジャスレイヤーは即答した。
『その後は?』「アンダーガイオン第八階層、イーグル区画の廃工場地帯にある、壊れた赤いコケシ電話ボックスを探せ」ガンドーはキョートでの待ち合わせ場所を告げた。……これから忙しくなる。いや、既に渦中だ。ニンジャスレイヤーはすぐにでも動かねばならない。
「いいか。ネオサイタマにはアンバサダー。キョートにはディプロマットだ。彼ら双子がポータルを繋ぎ、超自然の道を拓く。ザイバツが一夜にしてネオサイタマを蹂躙した手品の種だ。それを使う。ポータル使用者の三割は死ぬ。お前は七割にならねば……」『無論』ニンジャスレイヤーは繰り返した。
「アンバサダーの潜伏場所をたった今データ送信した。急げ。混み入った事情がある。彼を殺すな。死なせるな。今すぐだ。場合によってはお前が彼を守る必要がある。彼無くばポータルは」ザリザリ……ドロイドが「末」の表示を光らせ、回線を強制切断した。セッション痕跡を消去できる限界時間だ。
「ウオオッ……」ガンドーは深い息を吐いた。「……ま、ぶッつけ本番にしちゃ上出来だ……」彼は電源を切ったドロイドを懐へしまうと、虚無僧編笠を被り、ドアを開けて外へ。しめやかにノーレンをくぐって出た彼は、廊下を歩いて来た黒装束のニンジャと鉢合わせした。
「……ドーモ。シャドウウィーヴです」「ドーモ。ジャッジメントです」二者はオジギし、すれ違った。黒装束のニンジャはガンドーのものと同型のドロイドを連れている。光は青だ。「……」ガンドーは何か報せめいたものを感じ、黒装束のニンジャの後ろ姿を黙ってしばし凝視していた。
(シャドウウィーヴ……)彼は頭を掻こうとしたが、虚無僧傘に阻まれた。(シャドウウィーヴ!?オイオイオイ!)彼は呻き声を押し殺した。(ヤバイヤバイ!そりゃヤバイぜ!)彼は思わず忍び足めいて、反対方向へ足早に離れていった。
◆◆◆
メンタリストはイグナイトを指差した。「貴方の炎、緑色でしたか?イグナイト=サン」「……?」イグナイトの手首の炎が。緑色だ。アンバサダーは駆け出そうとする。メンタリストは笑った。「ほら、そこだ」「グワーッ!?」アンバサダーの両踵から虹色のスリケンが生えた!アンバサダーは転倒!
「てめェーッ!」イグナイトは跳んだ。空中に出現した炎のリングへ飛び込む。メンタリストの背後に別の炎のリングが生まれ、そこからイグナイトが飛び出す!「イヤーッ!」背後からのカトン攻撃!だがメンタリストは振り向き、「イヤーッ!」炎を手で払い飛ばす!「弱敵!」
「イヤーッ!」イグナイトは逆の手でもう一度、炎を叩きつける!炎を受けたメンタリストの身体が虹色の飛沫となって爆発!「畜生!」イグナイトが叫んだ。あきらかに仕留めていない事がわかるからだ。アンバサダーは焦げたタタミを這いずった。踵に外傷は無い。だが力が入らぬのだ!
「まだ……まだ間に合うはず」アンバサダーはぶつぶつと呟いた。炎に包まれたドージョー。ゲン・ジツを……この力場の歪みを看破しさえすれば、この踵のイマジナリー・ダメージは半減される筈なのだ。オブジェクトはあらかた崩れている。炎の色?陽炎?タタミ……?おかしなところは無いか?
「面倒くせえッての!」イグナイトが叫んだ。両手を思い切り振り回すと、炎が渦巻いてドージョーを旋回する!発火のみならず、既にその場で育った炎を操作する事が可能!「焼いちまえば同じだ!緑色?だから何だよッ!」ゴウ!炎が唸り、天井の木材が一部焼け落ちてくる!
「イイイヤアアーッ!」イグナイトは半ばトランス状態となり、その瞳を炎色に爛々と輝かせていた。アンバサダーのすぐ隣に木材が落下し、弾けた。アンバサダーは腕でタタミをたぐって前進した。踵などくれてやる!イグナイトを目指す!「そのままだ!やれッ!焼き尽せ!」「イイイヤアアーッ!」
「愚か者!」メンタリストの声が轟く。「イイイヤアアーッ!」イグナイトは止まらぬ!その足元にアンバサダー!天井が焼け崩れ、ガラガラと落ちて来る!アンバサダーは仰向けになり、イグナイトの脚を掴んだ。もう一方の手を天にかざす!「イヤーッ!」二人の頭上に、傘めいて開く……ポータル!
落下して来る天井材が二人を押しつぶす事は無い。それらは下へ到達する前に、宙に固定されたポータルで阻まれ、行き先のわからぬどこかへ消えてゆくからだ!「アアアアアアーッ!」イグナイトの全身がホワイトオレンジに極度発光!ドージョーが爆発した!KRATOOOOM!
……ネオサイタマの曇天が二人を見下ろしていた。彼ら二人の居場所だけが崩壊の中で不自然な円形に保護されている。そこ以外は瓦礫だ。ポータルによって、崩壊する木材の直撃を防いだのだ。アンバサダーは首を動かし、イグナイトを見た。死んだように横たわっている。血中カラテの過剰消費だ。
イグナイトは死の淵にあると言ってよい。覚醒するには、おそらく薬物が必要となろう。無茶苦茶をする……だが、さすがにここまでやれば「殺した、とお思いかな?」
仰向けのアンバサダーをまたぎ、腕組みして見下ろすのは……当然、メンタリストである。「建物の崩壊ごときでマスターニンジャを倒せますか?あなた」「バカな……どうやって」「シシマイ型UNIXの陰でやり過ごし、致命的な落下物はチョップで迎撃した。当たり前でしょう」「……!」
「カラテの使い手を倒すには、カラテをもってせよ。違いますか?」メンタリストは言い放った。「さ、予定は特に乱れていません。貴方の部下もこれで全員殺せます。そこのアプレンティスを今からカイシャクしますから、私と一緒に……」「カラテの使い手を倒すには、カラテをもってせよ」「!?」
メンタリストは顔を上げ、声の方向を見る。この崩壊ドージョーへまっすぐに歩いて来るニンジャの影……赤黒の装束!「カラテの使い手を倒すには、カラテをもってせよ。同感だ。ノーカラテ・ノーニンジャ」「貴様?」「つまりオヌシをカラテで殺す。ドーモ。はじめまして。ニンジャスレイヤーです」
オジギから顔を上げたニンジャスレイヤー、そのメンポに彫金されたジゴクめいた「忍」「殺」のカンジが街灯の光をギラリと反射した。「ドーモ。メンタリストです。以前お会いしてから一日と経っておりませんが、なに、覚えておられぬのも無理は無い。私のゲン・ジツを貴方は……」「イヤーッ!」
ナムサン!口上を遮るかのように、ニンジャスレイヤーのイナズマめいた飛び蹴りがメンタリストを襲う!「イヤーッ!」メンタリストはブリッジでこれを回避!ニンジャスレイヤーはそのままメンタリストと倒れたアンバサダー、イグナイトを飛び越し、KRAAASH!シシマイUNIXを蹴り壊す!
ムザン!シシマイUNIXは根元からボッキリと折れ、火花を散らして煙を噴き上げた!「ピガガー!」合成音声が断末魔!「シシマイをUNIXの意匠に用いるなど、ザイバツの悪趣味もここに極まったな」ニンジャスレイヤーは振り返りジュー・ジツを構える!「ニンジャ……殺すべし!」
「ゲン・ジツ使いだ……ジツにかけられるな!」アンバサダーが震え声で言った。「ではオヌシがアンバサダー=サンとやらか」ニンジャスレイヤーが呟いた。アンバサダーは上半身を起こした「そうだ。いいか、奴のジツは……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはメンタリストへスリケンを投擲!
「何?」何らかのジツを発動せんとしていたメンタリストは再びブリッジでスリケンを回避!スリケンはその奥、瓦礫から生えていた黒いスズランを根元から切断!「何!」メンタリストは驚愕!ニンジャスレイヤーは言い放つ。「オヌシは黙って見ておれ、アンバサダー=サン。此奴を殺すカラテを!」
5
「あれよ!たとえ一分一秒でも、先に入門した者を、後に続く者は敬うべし!」チェインボルトはマシナリーメンポの中に茶菓子を詰め込み、音を立てて食べながらディプロマットに語った。「それこそが秩序の出発点よ。お前は双子で兄なのだから、そこはよくわかろう?先が、先!そして偉い。それよ」
「ハイ」ディプロマットは頷いた。チェインボルトが得々と語るルールは、あながち彼独自の押し付けでも無い……それが厄介だ。彼が語るのは「ネンコ」と呼ばれる、暗黙の不文律階級システムだ。戦国時代の無秩序時代への反省から、日本に脈々と受け継がれたドグマ的な序列価値観……。
チェインボルトの頭上で「先輩」のホログラフィが威圧的にまたたく。「近頃はこの全ての基本たる秩序を疎かにする馬鹿者が多いから、有難く教えてやらねばならんよ。特にお前、こんな庵でのうのうと、エッ?グランドマスターお歴々を相手に何をしておるやら。どんな寵愛やら!調子に乗るなよ?」
「めっそうもございません」ディプロマットは挑発を受け流す。ネンコ序列は不文律であるがゆえに、ことさらそれを口に出して偉ぶるなど、言語道断である。だが、この場には彼ら二人。後でこの男の増上慢を告げ口する?バカな。それこそ見苦しく奥ゆかしくない行いと断ぜられるのがせいぜいだ。
「ところで結局、暗殺者の送り主は明らかになりましたので?」ディプロマットは尋ねた。この無礼な男を相手に平静を保つ事にも慣れてきた。だが、当然それで状況が好転したわけでもない。彼は弟を案じる。「アア?あれは、な」チェインボルトはもったいつけた。「知りたかろう」
「是非に」「ダークドメインであろう」チェインボルトは言った。「俺はそう聞いておる。パーガトリー=サンの権勢を憎み、イグゾーション=サンの忘れ形見たるお前らを殺す、実に恐ろしい話よ!だが、あれも既に故人。ゆえに俺の護衛任務も楽なものだ!こうしてチャを飲めばよい。しっかりもてなせ」
「それはもう……」ディプロマットは微笑んだ。その時、彼のニューロンがズキリと痛んだ。「う」彼はタタミに片手をついた。チェインボルトが舌打ちした。「また不作法だ。こいつ」「申し訳ありません」(((兄さん。いるか)))テレパス・ジツの欠片が脳裏に木霊した。ディプロマットは目を見開く。
ジツは続かない。やはりリンクせねばならぬ。ディプロマットはチェインボルトを見る。しかしこれでは……。「どうせ俺を面倒な奴と思っておるのだろうが。隠してもわかるわ。だがこれは俺の思いやり、慈悲よ。身を切るような現場の感覚を教授してやっておるのだ。嫌われ役を買って出てまでな!」
「ありがとうございます」「そうだ。それでいい。俺に感謝し、礼を言え」強調するかのように、ホログラフィの「先輩」が威圧的に浮かび上がる。「もうすぐナミダが氷を持って参ります。冷たいチャで体を涼しくしましたら、ちと数分、外させて頂いて……」「いや、ならぬ」チェインボルトが拒否した。
「お前は俺をもてなせ。礼儀を尽くせ。二時間でも三時間でも、こうしておれ」彼はディプロマットを睨んだ。「ザゼンはさせぬ。わかるか?ずっと、もてなせ。不審な動きをパーガトリー=サンへの二心と見なされたいか?」「……」ディプロマットの背中を冷たいものが走った。やはりこれは……!
「ま、そう長くお前を抑え付ける必要もあるまい。撤収完了の合図が入れば解放してやってもよい。俺の気が済んだらの話だが」「撤収とは?」思わずディプロマットが返した。「ああ、すまん!知るわけが無かったな!弟の情報収集では掴めん話であろうからな」「何の事やら……」
ディプロマットの心は乱れた。ホログラフィが点滅した。「二心を抱かず、粛々とパーガトリー=サンに感謝し、今後もギルドの重要任務に役立てるよう精進せよ。アンバサダーの奴と会いたかろう?再会の涙を流せ」「……」ディプロマットは弟とメンタリストの先程のやり取りを思い起こす。あの話。
「それとも、何か知っておるのか……?」マスターニンジャの眼光がディプロマットを射た。「いえ、寝耳に水の……」ディプロマットは言った。その時、奥ゆかしいノックののち、戸が引き開けられた。「……」ナミダである。まず彼女はドゲザした。「おう、遅いぞ!氷はオーガニックだな?」
「そうです」ディプロマットは言った。「フジサンから切り出した氷を用いております」「グランドマスターと俺で違う氷を出しているわけではないな?目上だぞ、俺もまた」チカチカと「先輩」のホログラフィが光る。「はい。ご堪能ください」「当たり前だ、だいたい氷が遅いわ。オイランめが」
「……」ナミダはディプロマットに氷壺を差し出す。彼女は無表情だ。深い海のような瞳でディプロマットを見る。ディプロマットは手際良く、淹れ直したチャに氷を入れてかき混ぜ、差し出す。「全くこれだけの事がなぜキビキビできん」チェインボルトは一気に飲み、氷をバリバリと噛み砕いた。
「……さて、次はどうするかな。おう、そこのオイラン。裸になれ」「……」「流石に茶室でそのような」ディプロマットはなごやかに制そうとした。「あン?不作法をあてつける気か?」チェインボルトが睨んだ。ナミダはディプロマットに目配せし、首を振った。反抗するな、というのだ。
「なんだ、なんだ、そのオイランの方が余程わかっておるではないか」チェインボルトは言った。「早くせんか」「……」ナミダはゆるゆると帯をほどく。「なかなかビザールで面白い眺めよ!気取った茶室に裸オイラン、ヨイデワ・ナイカ!……もっとキリキリ脱がんか」「チェインボルト=サン」
「あン?」チェインボルトは睨んだ。「目上だぞ、俺は」「それ位にしておかれよ」「報告は俺次第だぞ」チェインボルトは言った。「お前ら双子がコソコソと怪しい動きをしておる事実がまずある。今後のお前らが悠々暮らせるか、針の筵か。俺の報告次第。俺が神だぞ?気分を害するか?ア?」
ディプロマットは片膝を立てた「そこまでだ」。チェインボルトは寛いだ姿勢のままだが、嘲る目に殺気が漲った。「なんだ、その態度?」「……」ナミダが手を延ばしディプロマットの腕を掴む。そして再び首を振った。ディプロマットは振り払おうとした……だが、彼女は悪戯っぽくウインクしたのだ。
「あン?またその茶番か。オイランがやりたいと言っておるのだからやらせてやれ。どちらにせよ今の態度でマイナス重点だな!俺の中では。おいディプロマット=サン、貴様ら、今からそこで前後するのを見せ」チェインボルトは仰向けにひっくり返った。動かない。
ナミダは素早く着衣を直し、帯を締め直した。「お前、氷に薬でも盛った……」ナミダは人差し指を唇の前に立て、静かにするよう促した。「殺したのか?」ナミダは首を振った。懐から取り出した薬包を見せた。「眠り薬?どこでこんな物を」彼女は手振りで常人の十倍量を盛った事を伝えた。
「ゲホッ!」チェインボルトは咳き込み、苦しげなイビキをかき始めた。頭の近くでは「先輩」のホログラフィがいまだ点滅している。ナミダは息を吐き、侮蔑の目でチェインボルトを見下ろした。それからディプロマットを見、促すように頷いた。ディプロマットは茶室を飛び出した。
◆◆◆
「ゲン・ジツ使いだ……ジツにかけられるな!」アンバサダーが震え声で言った。「ではオヌシがアンバサダー=サンとやらか」ニンジャスレイヤーが呟いた。アンバサダーは上半身を起こした「そうだ。いいか、奴のジツは……」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはメンタリストへスリケンを投擲!
「何?」何らかのジツを発動せんとしていたメンタリストは再びブリッジでスリケンを回避!スリケンはその奥、瓦礫から生えていた黒いスズランを根元から切断!「何!」メンタリストは驚愕!ニンジャスレイヤーは言い放つ。「オヌシは黙って見ておれ、アンバサダー=サン。此奴を殺すカラテを!」
(何か策が……あるのか?)アンバサダーの両脚は力が失せ、立ち上がる事かなわぬ。ネオサイタマの死神が目の前で恐るべきプレッシャーを放ちながらメンタリストへ決断的に突き進むさまを見やる。今はただ、この恐るべき死と暴力のエネルギーがメンタリストへ向けられる事を安堵するしかない。
メンタリストが己のこめかみに左手を「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが低空ジャンプパンチで襲撃!「チイッ!」メンタリストは身を横へ逸らしてこれを回避!右手をニンジャスレイヤーめがけ「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが短く跳び、メンタリストの右大腿を踏み、さらに跳ぶ!「イヤーッ!」
そのまま繰り出すは、宙返りしながらの危険な蹴り上げ……暗黒カラテ技サマーソルトキック!「イヤーッ!」「イヤーッ!」メンタリストはあやうく上体をそらし、顎を狙ったこの致命打撃を回避!ニンジャスレイヤーはサマーソルトキックの跳躍上昇の勢いのままにクルクルと回転しながら上昇!
「そこまでだ!」メンタリストが両腕を交差させ突き出「イヤーッ!」「グワーッ!」回転上昇しながらニンジャスレイヤーが投げたスリケンがメンタリストの肩に突き刺さる!「ヌゥーッ」だがメンタリストは耐え、両手指に力を込める!見よ!ニンジャスレイヤーの首から光り輝く刃が生「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーが五枚のスリケンを投げる!狙いはメンタリスト?否、メンタリストめがけ飛んだスリケンは一枚!残る四枚は周囲の瓦礫に……瓦礫の隙間から生え覗いていたヒマワリ、バンブー、「おマミ」の看板、ワータヌキ陶器を破壊!「グワーッ!」メンタリストは肩にスリケンを受けて呻く!
回転着地したニンジャスレイヤーは己の首を手で払い、埃めいた虹色の結晶屑を払い落とした。その首は……無傷!(((まずはよし)))嗄れ声がニンジャスレイヤーのニューロンに響く。(((オヌシは先刻ブザマにもダマシにかかり寝ておったのだ……ブザマ)))(ならば今こそ仕留めるまで)
(((果たしてそれができるか?オヌシに。二度ブザマを繰り返すのでは?ワシに身体を渡してみるか?……グググ……)))(黙れナラク)(((ダマシ・ニンジャクランのゲン・ジツ……所詮はコケオドカシよ……それを補う弁舌と手振りと噂の流布……情けなき怯懦と政治の産物)))「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!「イヤーッ!」メンタリストは側転で回避!スリケンは高速回転でカーブし、横に逸れると、瓦礫から突き出したドラゴン・コケシの頭部を粉砕破壊!「チイッ」メンタリストは舌打「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが近い!ヤリめいたサイドキック強襲!
「ヌウーッ!?」メンタリストは両腕をクロスさせてこれをガード!吹き飛んでウケミを取る!起き上がりざまに、右手で握り込んだ虹色のイマジナリー・スリケンを投擲!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ返しこれを粉砕消滅!その先の瓦礫から生えるサボテンも破壊!
「これは……」アンバサダーが呻いた。ゲン・ジツを破るにはオブジェクトの歪みを見出し、それを認識せねばならぬ。だがニンジャスレイヤーはひたすらに攻撃を繰り出すばかり。これではあっという間に返り討ちだ……と思いきや、かえってメンタリストは苦戦を強いられている。
ゲン・ジツ破りのベーシック・メソッドに則ったアンバサダーがメンタリストに手も脚も出なかったのはなぜか。即ち、メソッド自体に誤謬有り!「オブジェクトの歪みを見出す」確かにそれでゲン・ジツの力場は消滅する。だが熟練のゲン・ジツ使いを相手に、そのメソッドは物理的に不可能なのだ……!
ニンジャの高速カラテ戦闘において、オブジェクトの歪み探しに心を砕くなど後手も後手。到底、立て続けに繰り出されるゲン・ジツの波状攻撃に反撃を挟む事などできなくなる。「負けを待って無駄死に」という、ミヤモト・マサシの兵法に記された筆頭悪手そのものの結末が待つばかり!
恐るべき事に、ゲン・ジツ破りのベーシック・メソッド自体が、平安時代の昔、ダマシ・ニンジャクランの者達自身によって流布された誤謬なのだ。ゲン・ジツに意識的に対処しようとすればするほど、その術中にはまり込む……邪悪な罠が歴史を毒していた!なんたる狡猾!それもゲン・ジツの一環か!
(なぜだ!なぜこいつは対応してくる!)メンタリストもまた困惑と闘っていた。ゲン・ジツの力場を作り出すや否や、すぐに破られる。幻のカギとなる歪んだオブジェクトがすぐに破壊されてしまう。力場を再作成しようとすればメンタリスト自身にも攻撃が加えられ、畳み掛ける機会を殺される。
幻の綻びを突く速度。そして術者に対するインターラプト攻撃。手数と精密さ……カラテが両要素を満たした時、ゲン・ジツは破れる。ゆえにメンタリストは常に相手につけ込み、精神的優位に立ち、カラテを封じてきた……だが、この敵は!ブラフにすら持ち込ませぬというのか?攻撃が決断的すぎる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが跳んだ!そして放射状に三枚のスリケンを投擲!一枚はメンタリスト!そして二枚は両脇、瓦礫の中から顔を出したポストと自動販売機を直撃、粉砕破壊!当然どちらもドージョーに存在する筈の無い物体であり、それらは粉々に砕けて塵と散る!「嘘だ!」
メンタリストはスリケンを避け損ない、鎖骨にダメージを受ける。ニンジャスレイヤーは落下しながら回し蹴りを放つ!「イヤーッ!」「グワーッ!」防御が間に合わぬ!メンタリストは蹴りを受け瓦礫に叩き付けられた!
「待て!そんなブレーサーだったか?そしてその装束!」メンタリストは後転して起き上がり、後ずさりながら指摘する。「おかしいと思わんのか!貴様の装束は赤紫ではないのに赤紫だし、ブレーサーが大理石などと、お」「イヤーッ!」「グワーッ!」決断的右拳がメンタリストの横面に叩き込まれる!
殴りつけた大理石ブレーサーは次の瞬間には元の黒鉄製に戻っている。「わかったぞ!お前は狂っている!」瓦礫に叩き付けられたメンタリストは、笑いながらニンジャスレイヤーを指差す「狂っているから……狂人だから」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーがメンタリストを蹴り上げる!
メンタリストは仰向けに転倒、周囲の瓦礫が跳ねとんで蛍光色の飛沫となり、四方八方へ散る。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳躍からの撃ち下ろしパンチで追い打ち!「イヤーッ!」メンタリストは仰向け姿勢からゴロゴロと横へ転がるワーム・ムーブメントで追撃を回避!
パンチの衝撃でニンジャスレイヤーの周囲に瓦礫が舞う。ニンジャスレイヤーは回転!「イヤーッ!」宙に浮いた5つの瓦礫をスリケン投擲で撃ち落とす。うちひとつは赤レンガであり、このドージョーにそんな壁材は使われていないまがい物である。破砕消滅!
ニンジャスレイヤーは決して攻撃を絶やさず、なおかつ己のニンジャ動体視力を駆使、戦闘フィールドでおかしな物体の出現の兆しがあれば機械的にスリケンを投擲してこれを破壊する。彼は決してメンタリストを休ませず、追いつめてゆく。
ナラク助言を踏まえた的確な対処はメンタリストの戦闘経験を凌駕するものであり、彼が狂気に理由を求めようとしたのも止むなし!瓦礫の更地と化したドージョーがオブジェクト異変の察知を容易にした上、なにより、ニンジャスレイヤー自身の決断的かつ精密なカラテあってこそのこのイクサだ!
(なんということだ)アンバサダーはニンジャスレイヤーのイクサを目の当たりにし、震えた。彼は己の至らずを本能的に理解した。それ即ち、彼自身の人生観……取り巻く状況に対する己の不甲斐なきアティテュードですらある!
ザイバツという巨大組織に弄ばれた己の運命。あまりにも巨大なシステム……だが彼は圧倒的な敵対世界を前に、諦める理屈を自らあれこれ調達し、まごまごと逡巡するばかりではなかったか? ゲン・ジツとのイクサはまるでその縮図のようにすら思えた。未熟なイグナイトのほうがよほど……闘った!
アンバサダーは己の足腰に感覚が戻りつつある事を自覚した。(((兄さん)))彼はテレパス・ジツを飛ばす……(((兄さん。いるか!))) もう少しだ。立ち上がり闘うべし!
「御用!」「御用御用!」その時である。このイクサ場を取り囲むように、押っ取り刀で駆けつけて来たマッポ・ビークルが続々と展開を始めたのだ。「イヤーッ!」メンタリストはニンジャスレイヤーの回し蹴りをバック転回避。(僥倖!)彼はメンポの下で凄まじき笑みを浮かべる!
通報から既に対ニンジャ戦闘を想定したか、マッポガンを構えるノーマルマッポ、盾を構えるライオットマッポに加え、対ニンジャ・ケンドーケン・ブレードで武装したケンドー機動隊が陣形を組んでゆく。さらに、ひときわ戦闘的なたたずまいの黒漆塗りの装甲デッカービークルを見よ!
装甲ビークルのハッチが開き、スクエアなシルエットのレザースーツに身を包んだデッカーが顔を出した。女のデッカーだ。短く刈った金髪、サイバーサングラスを掛けた顔には刀傷が幾つか。拡声器を持ち出し、インダストリアル音楽めいたノイズを響き渡らせる。
「派手にやらかしてるじゃねェか。ニンジャのクソ豚ども」まるで怖じ恐れぬ恫喝的な声が拡声器のインダストリアルノイズとともにこの区画に跳ね返った。酒とタバコによって嗄れ掠れた、不機嫌な低声だ。「貴様らには黙秘権だか何だかがある。で、とにかくバラ肉にして殺す。おとなしく死ね」
「御用御用!」マッポ達が合成御用音声を肩のスピーカーからてんでに鳴らし、続々とシールド・バリケードを築き上げる。「御用御用!」「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは素早く周囲を見渡す。包囲網はまだ広い。だが……「!」彼は目を見開く。己の鎖骨から光るスリケンが生えかかる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!取り囲むマッポビークルのオレンジ色のマッポランプを破壊すると、光るスリケンは無害な結晶と化して砕け散った。アブナイ!「攻撃意志を確認した。現行犯で射殺を許可する。ニンジャのハンバーグを作れ」女デッカーが淡々と命じた。
「ハハハハフーリンカザン!フーリンカザン!」メンタリストが哄笑した。「この物量でどこまで見極められるんですか?ほら!そのシールドが鉄製タワーシールドだ!」「イヤーッ!」「おや、壊しましたね?だが、どんどん来ますよ?ハハハハハ!制しきれるかね?」「御用!御用!御用!」
万事休すか!内外に敵!隙を見せればメンタリストのイマジナリー・スリケンが身体を内側から破壊するであろう。BLAMBLAMBLAM!マッポガンの第一波射撃!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャ達は同時に側転し回避!そう、アンバサダーもだ。足腰が回復したのだ。
再びニンジャスレイヤーの身体、心臓付近から光るスリケンが生えかかる。「イヤーッ!」さらにメンタリスト自身もバックフリップしながらニンジャスレイヤーへ襲いかかる!蹴りだ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出し蹴りを弾く!「イヤーッ!」さらにスリケン投擲!
スリケンは弧を描いてカーブし、より狭い包囲網を構築しつつあったケンドー機動隊の肩から生えた「戦乱」のノボリ旗を射抜いた。ノボリ旗をノイズが覆い、他の旗と同じ「剣道」の文字が……歪みをただされた現実が現れる。だが、再びニンジャスレイヤーの背中に光るスリケンが生えかかる!
「イヤーッ!」メンタリストがチョップ突きで襲撃!ニンジャスレイヤーは手の甲でこれを打って防御!「お前は実際恐ろしい、ニンジャスレイヤー=サン。未熟さを思い知ったさ。イヤーッ!」メンタリストがチョップ突きで襲撃!ニンジャスレイヤーは横跳びに躱す!「イヤーッ!」「だが終わった!」
ニンジャスレイヤーの背中のスリケンが実体化する。そして結晶となり、砕け散った。……無効!アンバサダーが投擲したスリケンが、マッポビークルの「平等」とペイントされたドアを打ち、破壊していた。「イヤーッ!」さらに彼は2枚のスリケンを同時投擲!瓦礫の黄金マネキネコとバンブーを破壊!
「イヤーッ!」アンバサダーは側転してマッポの銃撃第二波を回避、さらに飛び上がりスリケンを三枚投擲!ケンドー機動隊の一人が被るヘルムのドラゴン飾りを破壊!躱した銃弾に紛れ込んだマスケット弾丸を破壊!瓦礫の中で一枚だけ色が違う薄い緑灰色の屋根瓦を破壊!ゴウランガ!なんたる精密!
今のアンバサダーには見えているのだ、この圧倒的物量のオブジェクトが、全て!彼のニューロンの奥底、ローカルコトダマ空間、あの日の風景にたたずむ少年は今、双子の兄の手を取り微笑んだ。そして言った。(((兄さん。もう大丈夫だ。兄さんも、僕も、闘う)))
双子の兄は笑い返した。遥か西、キョートでザゼンするディプロマットも、そのとき同じ微笑を浮かべた事だろう。アンバサダーのニューロンにはもう一つの意識がテレパス接続されていた。ディプロマットの意識が。二つの意識がニューロンの火花を散らし、取り巻くゲン・ジツの歪みを洗う!
「イヤーッ!」アンバサダーは回転しながらスリケン投擲!マッポが構えた非現実的なレーザーブレードを破壊!「イヤーッ!」ケンドー機動隊のマントを破壊!「イヤーッ!」ビークルを降りた女デッカーの錆びたピアス飾りを破壊!「何だ?クソが……!」「イヤーッ!」瓦礫上のテントを破壊!
「イヤーッ!」メンタリストのチョップ突きがニンジャスレイヤーを襲「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの深い踏み込みから繰り出されたポン・パンチが、メンタリストのみぞおちを直撃!「グワーッ!」メンタリストはくの字に身体を折り曲げて吹き飛ぶ!嘔吐しながら瓦礫に叩き付けられ、転がる!
「アバ……アバッ」メンタリストは震える。ニンジャスレイヤーは瓦礫上をツカツカと近づく。「夢など醒めれば所詮は夢。だがオヌシの痛みは本物のカラテ傷だ。ハイクを詠め」「撃ち方!」女デッカーが叫んだ。BLAMBLAMBLAM!
ニンジャスレイヤーは舌打ちし、ブリッジで銃撃を回避!女デッカーは隣のケンドー機動隊員を拳で殴り倒す!ロケットランチャーを奪い取った。「指示待ってんじゃねえよ!左手ケジメ後に免職しろ、カスが」地面にツバを吐き捨て、ランチャーを自ら構える……「こうやンだよ!」発射!BOOM!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に側転を繰り出し、回避!KABOOOM!爆発が彼とメンタリストを分断する!……そしてその時だ!アンバサダーが両手を拡げ、目の前の空間に突如、渦巻く黒い穴を作り出した!「ポータルを開いた!」彼は叫んだ。「飛び込め!」
アンバサダーはニンジャスレイヤーと横たわるイグナイトとを交互に見た。「今だ、前へ進め、キョートへ!急ごしらえのポータルは……長く保たぬ」「撃ち方ァ!」女デッカーが再度命令!自らもロケット弾を装填!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが高速キリモミ回転!無数のスリケンを放射状に射出!それらは引き金を引かんとするライオットマッポ達の拳銃を、あるいはその腕ごと、吹き飛ばし破壊!「!」女デッカーは咄嗟にランチャーを捨て、横に転がって回避!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳んだ!
010010100……ニンジャスレイヤーの身体が0と1に瞬時に分解され、消滅!そして、おお、何たる事か!あちらを見よ!突如スプリングジャンプで起き上がったのは瀕死のメンタリスト!「イヤーッ!」カジバチカラ!前転、そしてフリップジャンプを繰り出し、彼もまたポータルへ飛び込む!
010010100……メンタリストの身体が0と1に瞬時に分解され、消滅!「撃ち方ァ!」マッポ達は恐るべきスリケン投擲によって士気をくじかれていたが、上司への恐怖が勝った。無事な者らが一斉に銃を構える!アンバサダーはポータルを閉じ、イグナイトを抱え上げて跳ぶ!「イヤーッ!」
BLAMBLAMBLAM!銃弾の幾つかがアンバサダーの身体をかすめる。「……!」彼は駆けた。BLAMBLAMBLAM!さらなる銃撃!だが、その背中に輝く火花が跳ね、銃弾を焼き尽くす!
「離せッ!」叫んだのはアンバサダーに抱えられたイグナイト!激しくもがいたが為に、アンバサダーはバランスを崩し転倒しかかる。「格好つかねェ……離せ!」彼女は……再び気絶!「寝ていろ!」アンバサダーは斜めに跳び、街灯を蹴り、ビル屋上へ!一度デッカー達を振り返り、さらに跳ぶ!
「ザッケンナコラーッ!」女デッカーは苛立ち紛れに手近のマッポを殴りつけ「グワーッ!」、さらにもう一人の腕を捻って関節を外した。「グワーッ!」「スッゾコラー!」さらに失禁しながら尻餅をついた別のマッポのこめかみに鉄板ブーツの蹴りを叩き込む!「グワーッ!」
010010010101000100100010010001……
010010100010001ニンジャスレイヤーは流星めいたノイズの流れるトンネルを高速で飛行している010001000100010001スピード・チューブの内部めいた0010001さまざまな影0100101遥か遠く、黄金の立方体001000後ろからインクィジター00101
うオッ!? そうか! このあたりから俺の出番だった!
ドーモ、愛と宇宙の戦士、ザ・ヴァーティゴだ。君達には、いつもニンジャかわら版で世話になっているな。ニンジャかわら版、知ってる? あれの末尾にいつもザ・ヴァーティゴ通信があるんだよ。PLUSを購読すると読めるから、してね。で、当時、ちょうどこのあたりで、俺は本編に合流していくハメになったんだよな。つまり、ポータルを通して移動するシーケンスでさ、ポータルっていうのはオヒガンを使うだろう? インターネットと同じ原理なのかな? まあそんなワケだよ。だからニンジャスレイヤー=サンがインクィジターとニアミスするようなヤバイ事態になって、オヒガンのヤバイ旅をするとさ、いきおい、俺の出番係数はハネ上がるって事。そう、俺は本編に何度も登場したことがあるんだから、なんかよくわからない奴が居るなァみたいな反応は本来危険だ。仮にも俺はニンジャなんだから、俺に対してそういう態度はとるべきじゃないんだ。わかってくれるかな。畏れよ! さて、それでね、当時たしか俺は戦車と戦っていたわけなんだよ。基地を奪還する作戦だった。多くの戦友が失われたよ。写真とか結婚とか少し休むとか言ってた奴から……ひどいもんだった。そして、俺は沈む太陽を眺めながら、色々と物思いにふけっていて、このあたり、だいぶエターナル・ニンジャチャンピオンらしい戦いだったんだよね。ムアコック好き? 初期のムアコック作品では、彼が若かったからか、めちゃめちゃ人が死んで、デビルマンみたいな救いのない話が連発されるんだけど、円熟してくるとそういう感じではなくなって、濃厚で、なおかつ勢いのあるアッパーなファンタジーになっていくんだよね。俺は初期のあの彩度の低い感じも好きだが、後になって書かれた話がさらに好きで、「薔薇の復讐」だったりとか、ナチスの空軍とエルリックが戦う話もすごかったな……え、何?俺は昔語りをしていたはずなんだが、どうして通信が……戦車……西の空……?え?待ってくれ、戦車との戦いは前にやったわけだし、ループするのは……え? 繰り返しなんてしてないだろ。記憶がぼんやりする……アンタ誰だ? 今は激しい戦いの最中なんだ。あとにしてくれないか……ALART!ALART!ALART!ALART!ALART!ALART!ALART!ALART!HUGEなんとかENTITY?アプローチングファースト?え?
ALART!ALART!ALART!ALART!ALART!ALART!おいおいあれはちょっと……ALART!ALART!ALART!あんな大部隊がどこにALART!ALART!ALART!残ってALART!ALART!ALART!ALART!ALART!ALART!ヤバイ
通信を終わります
all your base are belong to us
6
010010100010001透明だが明確に実在するノイズの輪郭、その巨大な鉤爪が0100010001ニンジャスレイヤーを掴み取ろうと伸び来たる。ニンジャスレイヤーの意識はスピードバイクめいた動きでこれを躱す0010001その斜め後ろでは別の意識体が悲鳴を0「アイエエエ!」
メンタリストの意識体を巨大な鉤爪が捉えかかる。メンタリストの意識体はそれを辛くも避ける。そしてスピードチューブの内側めいた空間の壁にバウンドした。血飛沫めいた0と1の噴出。「バカな……」メンタリストの思念が木霊した。意識体は苦しみながら前方の闇へ高速で吸い込まれていった。
(((ドーモモモモ、インクィジタタタターターターターターターター……)))鉤爪、腕、肩、鎖骨、顔がズルズルと壁の中から這い出す。(((インクィジターは許さささははないないないででですすすす)))巨大で禍々しい両手がニンジャスレイヤーに伸びる。ニンジャスレイヤーは速度を上げた。
(ポータルの危険とは、では、これの事か)……インクィジター。薄ぼんやりと記憶が甦る。ニンジャスレイヤーは知っている、このオバケめいた存在を。彼は以前この者と戦闘した事がたしかにある。どこで?いつ……?(((イイイインクィジジジターターターターターター)))
通路の前方の闇からは、イカ、「おマミ」の看板、フクスケ、不如帰のショドーの切れ端、帆船マスト、時計といったミステリアス・シングが宇宙ゴミめいて飛来してくる。ニンジャスレイヤーはそれらを避け、なおかつ、時折襲ってくるインクィジターの腕を避ける。精密さに欠ける災害めいた攻撃……。
警告!警告!警告!西の空!西の空!西の空!おいおい!なんだってこんな……対空砲は!対空砲用意!早くしろ!ゴーゴーゴーゴー!いいぞ!あん?東の空?ああ、あれはお前、同盟軍だ!ようやくだ!もうどうにでもなれ!オイオイオイオイ!あン?戦車?パラシュートで?めんどくせえなあ!踏ん張れ!
「!」ニンジャスレイヤーは目を疑った。飛んでくるのはゴミ屑ばかりではない……無数の人間縮尺のインクィジターだ!それらが空中に立ちはだかるように留まり、一斉にオジギした。(((ドーモーモモモーモーモーインクィジタータータータタター)))さらに後ろから迫るのは巨大インクィジター!
対空砲!対空砲!あン?核?投下?らそりゃヤバイ!下がれ、爆発させたらヤバイ!弾頭を俺がネンリキで押し戻すからな、1、2の、イヤーッ!
ブルズアイ!いいぞ!オイオイ……アー、無理だ、ここはもうダメだ、下がれ下がれ!どうにか……KABOOOM!KABOOOM!KABOOOM!戦車だと?また?アーッ!
イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!
万事休すか!だがそのとき、スピードチューブめいた壁に光り輝く亀裂が生じ、ニンジャスレイヤーを誘う!彼はその亀裂の奥で手招きする意識体の存在を知覚した。「ナンシー=サンか?」いや、違う……だが躊躇の時間は無い。迫る敵から逃れるべく、彼は亀裂へ身を投じた!「イヤーッ!」
01000101……無数の光の粒子で構成された美しい女性が、真っ直ぐに飛行するニンジャスレイヤーへ両手を広げる、出迎えるように……(うまく、おやり)そして視界いっぱいに広がったのち、消失した。01001010ニンジャス00101レイヤーは重力を感じた。落ち00111ていった。
……あン?
……眼下に広がるのはひび割れた荒野だった。イクサだろうか?戦闘機や戦車とおぼしき残骸が散在し、ところどころクレーターめいた着弾の痕が禍々しく残る。ニンジャスレイヤーは身構えた。地表が近づくにつれ、肉体の感覚が戻る。落下予測地点には破壊された戦車が数台。そして……ニンジャ?
ニンジャだと?
物理的に非現実的な滑らかさでニンジャスレイヤーは地表に着地した。まず彼は反射的に自分が落ちて来た空を見上げた。雲一つ無い水色の空だ。だが、太陽のかわりに遠くに浮かんでいるのは、自転する黄金の立方体である。彼はそれから、破壊された戦車の上、ガトリング砲を剥がすニンジャを見た。
えっ……
ニンジャはピンク色を基調とした金属めいた質感の装束に身を包んでいた。流線型の官能的なメンポが顔全体を多い、その奥の表情を窺う事はできない。二者は数秒間睨み合った。ニンジャはフジキド同様、困惑しているようだった。片手にはガトリング砲。片手には軍用レーションを持っている。
さ……魚は、いらない。
異様なニンジャは片手に持っていた軍用レーションを投げ捨てた。だがガトリング砲は離さない。ニンジャスレイヤーは先手を打ち、オジギした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
いや、魚じゃないけど、これやるなら今しかないって……いや……
異様なニンジャはオジギを返した。「ドーモ。ザ・ヴァーティゴで010001」言葉の端はノイズに覆われ、意味が掻き消える。そのニンジャ自身も困惑を深めたようだった。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構え、警戒した。「ここはどこだ?」
ドーモ、ザ・ヴァーティゴです。なんでいきなりあンたここに……あれ?通じないの?またかよ!またこれか!
「010010101」異様なニンジャは片手でガトリング砲を持ったまま、身振りを交えて説明しようと試みた。だが不可解で意味の通らぬ音声が発せられるばかりだ。「0100101」「……」ニンジャスレイヤーはひとまず、即座の敵意がこの者に無い事を確認した。
成り行きなんだよ、おれはあちこちをこう、飛ばされちまうんだよね。ここは頭のおかしい博士が支配していた戦争世界で、レジスタンスが……言葉が通じないんじゃ、しょうがねえよ。
彼は周囲を見渡した。戦場である。兵士の無残な死骸があちこちに横たわる酸鼻な光景だ。既に戦いは終わったのだろうか。そして、このニンジャは?ここはキョートではあるまい。セキバハラ荒野?まさか。「0100101」異様なニンジャは戦車から飛び降り、近づいて来た。「01001」
とにかくあンた、ここでそのままこうしてるってわけにはいかんだろう?でも、俺にもどうしたらいいか……ニンジャかわら版をそろそろ新しいやつをまとめなきゃなんだからさ。ニンジャかわら版……そうだ、思い出してきた。エート、どうしよう。でも、今この場では昔と同じように役割をまっとうしないとニンジャスレイヤー=サンが困っちまうよな。
二者の間におかしな沈黙が流れる。それを見下ろす黄金の立方体はただ静かに、超然と、自転するばかりだ。……と、その時である。音叉めいた金属音が鳴った。ニンジャスレイヤーの懐からだ。彼は相手を警戒しながら、金属音の源を取り出す。……鍵。
鍵
グワーッ!
「01001!」鍵を取り出すや、音叉めいたハーモニクス音は鼓膜を破るほどの大きさとなった。ニンジャスレイヤーは呻いた。「これは……」異様なニンジャはその数倍は苦しんでいる……心臓の鼓動めいて、そのピンクがかった金属色の装束に銀色の表面色が走る!
01001001001011101
変色の周期と鍵が発する音叉めいたハーモニクスの強弱はシンクロしている……やがて異様なニンジャが震えながら身を屈めると、陽炎のように別の輪郭がはみ出した。「ニンジャスレイヤー=サン。俺だ」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「シルバーキー=サンか?」「ああ俺だクソッ……もう少し」
「01001001001011101」
シルバーキーと思しき超常存在は、おぼつかない銀色の輪郭をニンジャスレイヤーの持つ鍵へ伸ばそうとする。ニンジャスレイヤーは反射的にそれを差し出す、「ニンジャスレイヤー=サン……鍵は俺のニューロン情報……圧縮……外に逃がした……だから捨てるなよ……そして頼む、クソッ、今はまだ」
その指先が鍵に触れようとしたその時、銀色の輪郭は0と1の飛沫に砕け、零れる。異様なニンジャは苦しみながら片手を掲げた。拡散しかかった0と1がニンジャの中に再び吸い込まれてゆく。ニンジャスレイヤーのニューロンに声が響く!「俺を呼び出す方法を探せ。頼む……必ずある!方法がある!」
やがてニンジャの身体が0と1に還元され始めた。ニンジャは消え際、再度オジギした。ニンジャスレイヤーはその場に残された。彼は黄金の立方体をふと見上げた。軽い眩暈があった。瞬きすると、空は、夜空……に似た黒一色に変わっていた。立方体は変わらず在る。だがそこは荒野では無い。
彼は新たな世界を把握しようとした。空は闇。取り囲むのは海。ゴミ処理場?否。漂着物で覆われた、広さ数十メートル程度の小さな島である。漂着物はおもに船の残骸とおぼしきものだが、ポストや鉄パイプ、ネオン看板、星条旗、馬具、ヤリ、象の骨など、年代も文化もバラバラの物体が無数に混じる。
漂着物の中には装束を着たニンジャの死骸もあった。それも、ひとつでは無い。何人ものニンジャの死骸。彼はそのひとつに近づき、裏返す。メンポにはザイバツ・シャドーギルドのエンブレムが彫られている!だが知らぬニンジャだ。さらに隣の死骸を裏返す。今度は古めかしいメンポで、所属は不明。
島の周囲には無数の難破船が船体を垂直にして海面から突き出ている。飛行機の残骸もある。「……」ニンジャスレイヤーはあまりぞっとしない想像をした。死骸は、この島から抜け出せなかったニンジャらの成れの果てではないか?
ギーコ、ギーコ……ニンジャスレイヤーは近づいてくる軋み音に注意を払った。音の方向を見やると、水面をランプで照らす粗末なボートが島へと近づいてくるところだった。ギーコ……ギーコ……ランプが照り返す孤独な船主は……やはりニンジャ!「ヒッ、ヒヒッ、ヒッ」狂気じみた笑い!
「なんだ、今日は生きたニンジャがいるぜ」海賊帽をニンジャ頭巾の上から被ったニンジャが船上からアイサツした。「ドーモ。カロン・ニンジャです」「嘘をつくな」ニンジャスレイヤーははねつけた。海賊帽ニンジャは「何だ失礼なニンジャよの。本当かも知れんのに……まあ、嘘だがね」「……」
「俺はな、そうだなあ、コルセアでいいかね。ドーモ」海賊ニンジャは帽子を傾け、小首を傾げた。「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「おっかない名前よ!お前さんも、あれかね、オバケ大王にやられたクチか。インクィジターに」「わかるのか」ニンジャスレイヤーは睨み返した。
「あいつは働き者だからな。働き過ぎて、もはや自分が何者なのかもわかっておらん」コルセアは船上でキセルに火をつけた。「……で、どうするんだ、オヌシは。俺の船に乗らんのか」「何?」「何?って、おぬし、そこで死ぬまでそうしておるのか?」
「……」ニンジャスレイヤーは猫の額ほどの死の島を見渡した。彼は言った。「ここから出られるのか」「ヒ、ヒヒッ」コルセアは笑った。「出来るとも」……ニンジャスレイヤーはしばし考えたが、頷いた。「頼む」「それが正解だと思うわい」ニンジャスレイヤーは浅瀬を歩き、船に乗り込んだ。
ギーコ……ギーコ……波の音と櫂の音が、このサルガッソーめいた不気味な海の中で聴こえる音の全てだ。「ヒヒ……井戸の淵を覗き込むと落ちる。至言よなぁ、至言」コルセアが譫言めいて言った。「フォルケンバーグ船長を知っておるか?半端な覚悟で秘密に近づけば落ちる……ニンジャであってもよ」
「秘密を護るものという事か。あれが。何の秘密を」「それを知るのに覚悟が要るのだ、覚悟がな、ヒヒヒヒ」コルセアが目を細めた。「フォルケンバーグ船長のようなニンジャになってはつまらんぞ?」「……」コルセアは鼻歌を歌いながら船を漕ぎ進める。やがてサルガッソーは遥か後ろに。
「ここは何なのだ」やがてニンジャスレイヤーは訊いた。頭上を見、「そして、あの黄金の立方体は?」「ここは!」コルセアが叫んだ。漕ぐ手を止め、ニンジャスレイヤーを振り返る。そして囁く。「ここは、世界よ」
彼は進行方向へ向き直り、指差した。そこには浅瀬の道があった。「さて、船旅はあっという間よ。船を降り、まっすぐ進め。名残惜しいが、早く帰るに越した事無し……俺が言うのだから間違いない。ヒッ、ヒヒヒッ、ヒ」コルセアは肩を揺すって面白そうに笑い出した。
「……」ニンジャスレイヤーは船を降りて浅瀬の道に立ち、オジギした。「ヒヒヒヒハハハハ!」コルセアは声をあげて笑いながら、友好的に片手を上げて応えた。ニンジャスレイヤーは踵を返し、走り出す。
000101011000110101
ディプロマットの極度の精神集中下、ポータルから物理還元されて落ちてきたものあり。ニンジャスレイヤー……違う!メンタリストだ!「俺は。俺は成功したぞ」メンタリストは笑っていた。「俺は成功したぞ」起き上がり、ドージョーから歩み去る。ディプロマットを見向きもしない。「……!」
(どうした……ニンジャスレイヤー=サン)ディプロマットは懸念した。「三割」になったか……?集中も限界に近い。儀式無しの即席のポータル……維持は至難……!「ははは、成功、俺は凄かったぞ、助かった」「アイエッ!?メンタリスト=サン!?」ドージョーへ駆け込んできた別の声!
(チェインボルト)ディプロマットの額を脂汗が流れる。チェインボルトはメンタリストとディプロマットを見比べ、叫んだ。「とッ……とにかく貴様!何をしておるか!ポータル開通命令など無し!何をしておるか!」ホログラフィで「先輩」の文字が浮かび上がる「俺の許可も無しに茶室を……無礼!」
「うるさいぞチェインボルト=サン、ははは……」メンタリストは笑いながらチェインボルトの肩を叩き、「俺はオバケに襲われたが助かったのだ、ウフフ、めでたい」フラフラと出て行った。「……貴様!メンタリスト=サンに何をした!そして茶室……無礼!」ディプロマットへ駆け寄り、肩を掴む! 39
その時だ!「イヤーッ!」ポータルから飛び出したニンジャスレイヤーの蹴りが、チェインボルトの顔面に突き刺さった!「グワーッ!」仰向けに倒れるチェインボルト!「先輩」のホログラフィにノイズが走る!「ゴホッ!」ディプロマットは集中の限界!咳き込んでうずくまると、ポータルが消滅!
「な……え?お前は……え?」チェインボルトは事態を把握しようとした。一服盛られた彼は茶室での出来事の記憶が混濁し、何もかもが霧の中にあるような感覚に襲われている。「ニンジャスレイヤー……のようだが」「その通りだ」赤黒のニンジャは即答した。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
「バカなーッ!」ニンジャアドレナリンが血中を駆け巡り、チェインボルトはにわかに意識を覚醒させた。そしてバック転で間合いを取ると、マシーナリーなオジギを繰り出した。「ドーモ、はじめましてニンジャスレイヤー=サン。チェインボルトです」頭上には「罪罰」の威圧的ホログラフィ!
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ディプロマットです」ディプロマットはよろよろと立ち上がり、ニンジャスレイヤーにアイサツした。「ディプロマット貴様!」まずチェインボルトは彼を責めた。「貴様が手引きしてこのネオサイタマの死神を呼び込んだか?大逆!セプクでは済まさんぞ!」
「……手引き?」ディプロマットは暗く笑った。「だったら、どうする」「な……貴様ァ……」彼はチェインボルトを無視し、ニンジャスレイヤーに再度オジギした。「感謝する。ニンジャスレイヤー=サン。弟が世話になった」「成り行きだ。ここはキョートだな」ニンジャスレイヤーは言った。
「その通りだ。この庵はLANネットワークから断絶されている」ディプロマットは言った。「そこのザイバツ・ニンジャとメンタリストを殺し、速やかに逃れれば、ガイオンに潜伏できよう。私は疲れたし、ネオサイタマにいたニンジャスレイヤーが数分の後にキョートに現れるなどという奇跡は信じぬ」
「裏切者めが!」チェインボルトは叫んだ。「此奴を殺した後、貴様どうなるか知らんぞ!」「私がオヌシを殺すのだ。ネブタ男」ニンジャスレイヤーが口を挟んだ。間合いを詰め、ジュー・ジツを構える「広告看板の他にジツがあるなら、死ぬより先にせいぜい見せてみよ」「ヌウウーッ!無礼者ーッ!」
チェインボルトの頭部サイバネ兜の頭頂部からドロイドめいたパーツが分離浮遊!高速でニンジャスレイヤーの周囲を虫めいて旋回開始!「取ったり!お願いされんでも必殺のジツを見せてくれるというのだ!イヤーッ!」チェインボルトが右腕を突き出すと、雷撃がニンジャスレイヤーを襲った!ZAP!
「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは電撃に耐えた。即ちこれは、サイバネ高圧電流を流し、小型飛行ドロイドを避雷針めいた中継衛星として、敵ニンジャに電撃を食らわせるおそるべきジツである!「隙ありィー!」チェインボルトがニンジャスレイヤーへ蹴りを繰り出す!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは蹴りを腕で弾く!だがチェインボルトは滑らかに腕を突き出し、再度の雷撃攻撃!ZAP!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは電気ショックで次なる攻撃に移れぬ!「イヤーッ!」「グワーッ!」チェインボルトのヤリめいたサイドキックが胸板に命中!
ニンジャスレイヤーは吹き飛ばされドージョーの壁に衝突!「……!」ディプロマットは!?彼はその場でザゼンし、体力の回復重点せざるを得ぬ。ポータル維持に相当の負担がかかったのだ!「口ほどにも無しとはこの事よ!マスター位階の世界を垣間見たか!」チェインボルトが嘲笑う!
「イヤーッ!」返答がわりにニンジャスレイヤーはスリケン投擲!「苦し紛れと断定!イヤーッ!」チェインボルトはブレーサーで弾き返す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケン投擲!「馬鹿の一つ覚えと断定!イヤーッ!」弾き返す!「イヤーッ!」さらに投擲!「しつこさ断定!イヤーッ!」
チェインボルトはスリケンを弾き返す!「力強い断定には注意深さと裏付けが必要だ」ニンジャスレイヤーは言い捨て、近づく。「何……バカなーッ!?」チェインボルトは驚愕!飛行ドロイドが突如爆発四散したのだ!「何故!?」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがチョップを繰り出す!
「イヤーッ!」チェインボルトはこれを左腕でガード!右腕を突き出し、電撃攻撃!ZAP!だが稲妻はニンジャスレイヤーが低くしゃがむとあさっての方向へ虚しく飛んで散ってしまう。誘導体のドロイドが無いからだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのハイキックが直撃!
「イヤーッ!」「グワーッ!」もう一方の脚のハイキックが側頭部に直撃!「アバッ、何故……」「イヤーッ!」「グワーッ!」膝を蹴って破壊!「イヤーッ!」「グワーッ!」倒れこむチェインボルトの頭部に回し蹴りが直撃!吹き飛んで壁に衝突!
なぜドロイドが壊れた!読者の皆さんの中に、ニンジャ動体視力の持ち主はおられるだろうか?他の方に説明してあげてほしい。ニンジャスレイヤーはスリケン投擲時の角度を絶妙に調節し、チェインボルトが弾いたスリケンが跳ね返ってドロイドに当たるようにしたのだと!なんたるニンジャ器用さか!
チェインボルトはそうとも知らず、スリケンを三度弾き返した……ドロイド破壊には十分すぎる回数だ。ウカツ?否、確かに彼はウカツであったが、たとえその狙いがわかっていようとも、狙い澄ました投擲角度はチェインボルトの防御角度を定められた方向に限定していた事だろう。この展開は必至!
「アバッ!おのれニンジャスレイヤー……アバッ」チェインボルトはズルズルと壁を滑り落ちる。「今回は俺の負けだ。俺はもう闘えぬ」ホログラフィで「交渉」の文字が浮かび上がった。「こうして負けを認め、実際戦えないニンジャを殺せば道義にもとるぞ!俺は取引きのできる男だ。つまり……」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのチョップが頭部サイバネティクスを破壊!「交渉」の文字は虚しく消滅!「イヤーッ!」「グワーッ!」至近距離パンチが顔面を粉砕!「サヨナラ!」チェインボルトは爆発四散した!
「……」ニンジャスレイヤーは息を吐き、ディプロマットを振り返った。彼はザゼンしたまま苦しげにニンジャスレイヤーを見返した。「よくぞ来てくれた。これは私の望みでもある」「何を企んでいる」「……私を殺すか」「……」「ザイバツを滅ぼす。その為に私はお前に賭けてみたい。勝手な話だ」
「ネオサイタマ侵攻の要となった双子が、今度はザイバツを裏切ると?」「そうだ。復讐だ」ディプロマットはニンジャスレイヤーを凝視した。ニンジャスレイヤーは拳を握った。……やがて、下ろした。その様子を、ドージョーの戸口から一人のオイランが顔を出し、不安げに覗き込んでいた。
「メンタリストは逃げおおせた事だろう」ディプロマットは言った「だがあの様子では……否、どちらでも構わんさ」「……ディープスロートとは何者だ?オヌシらへの手引きをした」ニンジャスレイヤーは尋ねた。ディプロマットはしばし考え、「偽名を名乗る理由があるのだろうさ。私は知らぬが」
……ニンジャスレイヤーは踵を返し、歩き出した。「いずれまた会おう」ディプロマットが彼の背中に呼びかけた。オイランがドージョーに駆け込んでくる。彼女はニンジャスレイヤーとすれ違い、主のもとへ走った。ニンジャスレイヤーはそれを一瞥した。そして、そのまま去った。
7
キョート城内のおもなエレベーターは奴隷スモトリが稼働させる。人力で歯車を押して回す事で上昇・下降させるのだ。スモトリ抜きでも動かせるよう、電力による稼働システムも当然備えてはいるが、あくまでそれは非常時を想定している。人間を責め苛み機械の動力として用いる事が思想的に重要なのだ。
動力源である奴隷スモトリ、侍女めいて働くが人間の尊厳を認められぬ奴隷オイラン、能面を着用し城内を巡回するクローンヤクザ兵、額に烙印を受けたバンカシラ、あるいは城内の調度、装飾。何もかもが格差社会思想という強固な理想のもとで保持される異常抑圧の要塞。それこそがキョート城である。
シャドウウィーヴはいまだそうした抑圧システムに生理的な不気味さを感じる事を自ら抑えられずにいる。クローンヤクザと接する時の嫌悪、こうしてスモトリ人力のエレベーターで下降する際の不安感。彼は非ニンジャを軽蔑しニンジャとしての己を誇っていた。しかし、落ち着かぬものは落ち着かぬのだ。
廊下をすれ違う際、クローンヤクザ兵はきっちりとシャドウウィーヴに敬礼し、カタナを立てる。そのように教育されている。彼は目を伏せ、足早に通り過ぎる。彼が向かうのは「ビジター区」から強化ガラス一枚で隔てられた「踊るモンキーの区」だ。
強化ガラスは物理的には薄いが、ビジター区と踊るモンキーの区の隔絶は、精神的には天と地ほどにも遠い。ただの来訪者がビジター区を超えてキョート城の奥義に触れる事は許されないのだ。バイオ薔薇の庭園を左手に、強化ガラスの向こうのビジター区を右手に見ながら、彼は歩く。
やがて彼は庭園の端の小塔に辿り着く。入り口を警護するクローンヤクザ兵が跪く。それらを無視し、小塔の中へ。そして江戸戦争の絵巻壁画を横目に見ながら、螺旋階段を上がる。上がりきった先、小さな鉄扉がシャドウウィーヴの目の前に現れる。彼は鉄の輪に手をかけ、開いた。ユカノが顔を上げた。
美しい女性である。黒髪は長く、新月の夜の闇めいている。「……」彼女は青銅で表紙を補強されたイングランドのニンジャ史にまつわる古文書を閉じ、机に戻した。そしてシャドウウィーヴを見た。彼は彼女の瞳に宿る理力めいた謎を畏れた。「ドーモ。シャドウウィーヴです」彼はオジギした。
「お加減はそのう。いかがで」彼は何と声をかけるのが適切かわからず、愚者めいた言葉を発した。彼は恥じ、悔いた。無理も無し。彼の出自はハイスクール学生……貴族の流儀が染み付いた身分では到底無いのだから。しかもユカノのバストは豊満であり、彼は目のやり場を他に探さねばならなかった。
「加減も何も。私は病気では無いです」ユカノは冷たく言った。幽閉の身だというのに、そのアトモスフィアには強さが滲む。シャドー・コンからキョート城へ連行されて来た際はもっと覇気の無い様子であったが、あれはヒュプノ・ジツのせいもあろう。「そちらの用は何ですか」ユカノが訊いた。
「ああ。そうです。それだ」シャドウウィーヴは咳払いした。「貴殿を正式な獄に移します。ホウリュウ・テンプルの地下に。ここは空の下であるがゆえ、不届き者の危険を排除しきれない。ですから、より安全な場所に。獄とは言いますが大変快適な場所です、何不自由の無い……」「まさか今から?」
「え」「貴方一人で私を連れ歩くと言うのですか?」「え」シャドウウィーヴは言葉に詰まった。(そういうものか?まずいのだろうか?)ユカノが睨んだ。「まさかロードがそのように指示したのではないでしょうね?左様にシツレイな真似を」「あ……いや、ロードの指示という事は……多分無い……」
「アイサツの作法も知らぬ低身分のニンジャ一人で、私を晒し者めかして城内を連れ回る、そういう事ですか?」「え」シャドウウィーヴはユカノを見た。剣呑な目で彼を凝視している。彼は再び目を逸らした。(何だ?本当にヒュプノが解けたとか、そういう問題なのか?本当に、前からこんな……?)
「その、すぐ確認して……その……」「せめて侍女をよこしたらいかがです。貴方一人ではガサツに過ぎますね」ユカノは溜め息をついてみせた。そして小窓の外の空を見やった。もうシャドウウィーヴを見ない。「そんな事……いや、でも、とにかく確認を……するので」ユカノは答えない。
そのとき、懐から青く光る正12面体のドロイドが飛び出し、クルクルと宙を飛んだ。「重点!」「え」シャドウウィーヴは狼狽した。「おい、やめ……」「起床重点!予定時刻重点!」「アアッ!」シャドウウィーヴはモーターチビを素早く掴み取り、電源を切った。「申し訳ありません!」
ナムサン!アラームの切り忘れだ!シャドウウィーヴは背中に脂汗をかいた。ここまでブザマをさらせば、ケジメもあり得る!「申し訳ありません、これは……」ユカノはしかし、くすりと笑ったのだ。苦笑めいてはいたが。彼は頭を下げた。「とにかく、どうにかします」「それは何ですか?」「え」
ユカノはモーターチビを指差した。シャドウウィーヴはわらにもすがる思いでそれを差し出した。「ドロイドです、その……多機能で、小さい」「カワイイですね」「アッハイ、カワイイですよ、本当です」彼は電源を入れ直した。青く光り、「重点!」と合成音声が叫んだ。
彼は畳み掛けた。「よかったら、諸々手配する間、それを楽しんで頂いて結構ですから。そのう、取り急ぎ、ご不快の無いように整えて、すぐに戻って参りますから」「わかりました」ユカノは頷いた。「ありがとう。よしなに」「ハイ!」シャドウウィーヴは急いで部屋を飛び出した。
再び狭い個室に一人残されると、ユカノは椅子にもたれ深く息を吐いた。「あの小僧面白いな」声は窓の外から聴こえた。窓枠が少しズレており、声が届く。「もう行ったか?」「……」ユカノは耳を澄ませた。「はい。降りましたね」そして窓を振り返る。逆さにぶらさがる声の主が窓の外から見返した。
「アイツとは前に一度やり合った事があるんだ。まァどうでもいいな」ディテクティヴ……タカギ・ガンドーは、窓の外にぶらさがったまま呟いた。「それは使えるぜ。多分な。ちょっと待ってろ」彼は懐をさぐり、似た形の正12面体ドロイドを取り出す。「俺も持ってるんだ、それを」
逆さにぶらさがったまま、彼は手持ちのドロイドからLANケーブルを引き出す。ユカノはそれを窓の隙間から受け取り、受け取ったばかりのモーターチビに直結する。「お見合いだ」ガンドーは言った。ガンドーのものは赤い光、ユカノのものは青い光。それらがシンクロして点滅を開始する。
「ヌンヌンヌンヌンヌン……」「しかしアンタ、堂に入ったもんだぜ」ガンドーが言った。「腹が据わってンのか」「腹が据わっています」ユカノは冗談めかして言った。「なんだか色々、腹が立って来て」「ははッ!」ガンドーは逆さにぶらさがったまま、噴き出した。「そいつはいい、そりゃそうだ」
キャバァーン!「「リンク重点な!」」合成音声が和した。「ブルズアイ!」ガンドーは自分のドロイドを受け取り、逆さにぶらさがったまま、確かめた。「これで遠隔操作が重点されて……いけるぜ!あの小僧さまさまだ。やれやれ」ガンドーはそれを再び懐に突っ込んだ。
「いいか。アンタの側にそいつを置ければ最高だ。それが無理でも十分役に立つ。キョート城の警備はちょっと並じゃねえ。ビジターエリアを離れると半端ねえ。今も相当無理して来たんだ、これでもな。ダンディだから顔に出さんのだ」ユカノは笑った。「ありがとう」「なァに。よろしく頼むぜ」
「はい」「窓越しのままで済まんな!このままつれて帰れりゃ最高にイカしてたんだが」逆さにぶら下がったまま、ガンドーはニヤリと笑った。窓の大きさはガンドーの頭程度だ。「とにかく、この俺とアイツを信じてろ。バカな真似はさせねェからな」ユカノは頷いた。もう一度言った。「ありがとう」
「ユカノ=サン!」シャドウウィーヴが数度のノックの後、素早く鉄扉を開けた。「お迎えにあがりました!」着衣の奴隷オイランを三人、招き入れる。「この者たちに何なりとおっしゃってください」「手際が良かったですね。さすがです」ユカノは礼を言った。「いや、そんな!」とシャドウウィーヴ。
「重点!重点!」モーターチビが青い光を点滅させながら、元気に飛び回る。「これのおかげで、少し気が晴れました」とユカノ。シャドウウィーヴは恐縮した。「その……先程はシツレイしてしまって」「いいの」ユカノは首を振った。「行きましょう」その瞳は力強かった。
……「アー、そんなわけで、どうにかこうにか、うまくやってる。ニンジャの身体もそう悪くねェ。クスリはもう少し様子見が必要だ。お膳立てが忙しかったが、これからもっと忙しくなる。ニンジャのイクサだ。うまくやるさ。目的があるッてのは、いいもんだ。どんな目的であれ」
ガンドーはボイスレコーダーにとりとめなく呟くと、それを懐に戻し、顔を上げた。「殺されねェようにしねェとな。どうするかな、第一声はよ」彼は独りごちた。そして額の黒い印を指でなぞった。吹き抜ける風が、民家の屋根の上にたたずむガンドーのコートをはためかせた。彼は跳んだ。
【ザ・マン・フー・カムズ・トゥ・スラム・ザ・リジグネイション】終
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
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