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S5第7話【トレイス・オブ・ダークニンジャ】#3

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S5第1話【ステップス・オン・ザ・グリッチ】

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 アイサツされれば応えねばならぬ。古事記にも書かれた礼儀作法だ。「ドーモ。フジオ・カタクラ=サン。シナリイです」「ドーモ。カーク・コシカタです」彼らは護衛を召喚する一秒を奪われた屈辱に微かに眉を震わせ、粛々とアイサツを返す。その直後、彼らとフジオを、フスマめいた電磁障壁が隔てた。

「タレカアル!」カークは護衛召喚の平安パワーワードを叫んだ。「イヤーッ!」カラテシャウト、そして空中から襲い来る二枚刃!「イヤーッ!」フジオは身を翻した。三日月状の斬光がホールに閃く。一瞬後、落下アンブッシュを仕掛けた護衛は回転着地した。「……ドーモ。カブトワリです」

 フジオは頷くように微かに首を動かし、ギラリと光る目でカブトワリを見た。カブトワリの両腕から生えたサイバネブレードが根本から折れ、床を転がった。カブトワリは驚愕に目を見開く。この時点で既に武器を破壊されてしまった事にではない。フジオは……いまだ抜刀すらしていない。素手である。

 カブトワリは呻いた。「バカな」そう呟くのがやっとだ。「下郎。身の程を知れ」フジオは冷たく言った。右手が動き、カタナの柄にかかる。軸足に重心が移動する。殺人剣デス・キリ。その兆しひとつで、カブトワリは己の正中線を断たれる確信に襲われ、膝から崩れて昏倒した。「グム……」

 そしてフジオは電磁障壁に片手をかざした。障壁が苦悶するようなバチバチという音を立て、白濁し……KRAAACK……濁った破砕音を立てて消滅した。カラテである。「アナヤ」シナリイは扇子で口元を隠し、フジオを睨む。カークが滑らかな一歩を踏み出し、向かい合った。フロアのスタッフは全員NRS気絶。

「……」フジオはカタナの柄から手を離した。護衛を圧倒し、命は奪わぬ。これを以て、ただちに自らの姿勢を示した形である。シナリイは扇子を口元に当てたまま言った。「"ザイバツ・シャドーギルド"……噂は聞き及んでいるが。その当主が、如何なる目的にて我らを訪れしか」

「平安時代においても、ザイバツ・シャドーギルド罪罰影業組合が存在した」フジオは言った。「ハトリ亡き後、六騎士筆頭となったソガ・ニンジャが、地方領主を牽制し、己の権力を盤石に維持すべく組織したニンジャ達だ。少なくともお前はその一人だな。カーク=サン」雷鳴が轟いた。

「私は代々続くコシカタ・ファブリックのCEOだ」カークは表情を動かさず答えた。「……代々、か」フジオの眼差しが暗く研ぎ澄まされる。「如何なる手管でその代替わりを演出しているか、その仔細を敢えて今、この場で問い詰めるつもりはない。その幸運を知れ。リアルニンジャよ」

 カークとシナリイは瞬間的なアイコンタクトを交わした。カークは息を吐いた。「……フジオ・カタクラ=サン。貴殿はイクサをしにこの場へ参ったのではないというのだな」「然り。ただリアルニンジャでなくば知り得ぬ事を尋ねに来た」「……」カークはガラステーブルの席を示した。「よかろう」

 フジオとカークは向かい合って座る。チャは出ない。スタッフが気絶しているからだ。シナリイはこの出来事に閉口の態度を示し、黄金ビヨンボの向こうで一人物憂くガラス越しのネオサイタマの夜景を見下ろしていた。

「……ハヤシの呪いを解くすべを探している」フジオは言った。「知っての通り、我がキョート城は現在、ネオサイタマ郊外のキルゾーンに座礁している」「連日の喧しい報道は聞き及んでいるぞ」「我が城を縛るのは超自然の呪いの力だ。ハヤシ・ニンジャが遺した第7のボンサイ、ネツァクの力によって、オヒガンを漂う我が城は、現世に引きずり込まれ、絡め取られた」

 カークはまずは言葉を挟まず、促した。フジオは続ける。「当然、あれだけの質量が突如出現したことで、ネオサイタマの暗黒メガコーポは最大級の警戒態勢にある。この緊張状態が、遅かれ早かれ我らザイバツ・シャドーギルドと暗黒メガコーポとの間での全面戦争に発展する可能性は決して小さくない」

 カークは眉をしかめた。当然その事態はネオサイタマに経済的基盤を築いている彼の望む事ではない。「……貴殿の城を飛び立たせる為に、ハヤシの呪いを解かねばならぬと?」「ハヤシは古きニンジャだ。いわば混沌の坩堝。ハヤシが引き起こした災禍は当時のマキモノにたびたび記され、様々なメタファーを纏って今世に伝えられてきた」フジオはカークをじっと見据えた。

「暗黒時代に留まらず、平安時代においても、ハヤシの禍と平定の記録は残されている。平安時代のイングランドにおいて、ジャックという男が天まで伸びる木を切り落とした伝説がある。……カーク=サン。お前の真の名は問わぬが、お前がその平定の場に立った可能性すらあろう」

「ソウル憑依者でありながら、ひとかどの探究心か」カークは表情を動かさず言った。「ハガネを宿しワンソーの子弟を狩り殺す凄まじき様相、いかなる暴虐の徒であろうかと思っていたが」「狩り殺すのはワンソーの子弟とは限らんぞ」フジオは言った。「我が敵は常に滅ぼす。我がカタナ、ベッピンにかけて」

 フジオが今も携えるカタナには、異様なアトモスフィアがある。すなわち、シトカで奪還された破片を用い、鍛え直され、蘇りし妖刀ベッピンである。「容易く事を構えるべからず、よな」カークは受け流した。フジオは続ける。「太古に滅びたハヤシはボンサイや種として痕跡を残し、禍を呼んだ」

「然り」「禍を断ち、破壊する為に用いられた武器がある。曰く、ブラックブレード。少なくともその一振りは、江戸戦争時代のキョートまで伝え残されていた筈」「……然り」カークは頷いた。

「ハヤシの禍、生ずれば、キョートより我ら罪罰がブラックブレードを携え、選ばれしセンシが邪の根を断った」カークは思いめぐらせ、名を発した。「それがブラックブレード・オブ・クサナギだ」

「クサナギか」フジオは言った。「何処にある。それを用いて、城を解き放つ」「残念ながら、この地には」カークは首を横に振った。「かのツルギは歴史の混乱の果てに、現在は大英博物館の所蔵となっているぞ」


◆◆◆


「お疲れ様でやした!」ソラコスル・タワー1階ロビー、天上階より帰還したフジオを、オッドジョブは恭しく出迎えた。フジオは彼の手にある蓋つきのコーヒーを一瞥した。オッドジョブは飲みかけのコーヒーの扱いに困りながら、「いかがでしたか。首尾は?」「情報を得た。充分だ」

「何ですって! サスガ!」オッドジョブは前のめりになる。「リアルニンジャ相手に、身ひとつで……たまらねえもんだな」「憑依者であろうとリアルニンジャであろうと、対するならば同じことだ」フジオは言った。「畏怖と幻想が奴らを増長させる」「なかなかやれる事じゃありませんぜ……で、ソリューションは?」

「やはり、レリックだ」フジオは答えた。「ブラックブレード・オブ・クサナギを入手する」「成る程。ソイツがあれば城の呪いが解けると。何処にあるんですかね?今すぐ向かいますか?このオッドジョブにお任せを……」「大英博物館だ」「え!」 


◆◆◆


 落ち着かない様子で周囲に注意を配るオッドジョブは路上に一人。そこに、走り来たハンザイ・リムジンが停車した。しめやかに防弾ドアが開き、ハットをかぶったハンザイクローンヤクザが手振りで合図した。「受け取れ」オッドジョブはアタッシェケースを投げ渡した。

 アタッシェケースの中には、注意深くパウチされた旧世紀基板が詰め込まれている。先日のキルゾーンを始めとして、幾つかの現場で彼が盗掘してきた戦利品だ。「オタッシャデー」ハンザイクローンヤクザはドアを閉め、早々に走り去った。オッドジョブは鼻を鳴らした。

 走り去るハンザイリムジンはクロームの蜘蛛型エンブレムを掲げている。ハンザイ・コンスピラシー。オッドジョブが籍を置く謎めいた犯罪組織の意匠だ。オッドジョブの犯罪ランキングは、現在189位。名の知れたランカーになる為には少なくとも100位以内に駆け上がる必要がある。

 組織の頂点に立つプロフェッサー、その右腕、処刑人たるデス・ライユーを始めとして、ハンザイ・コンスピラシーの運営者は謎に包まれている。ランキング1位はロキという存在で、当然、このハンザイシャが何者なのか、オッドジョブには知りようもなかった。いわば犯罪複合建築めいた組織である。

 ハンザイ・コンスピラシーが生まれたのは少なくともネオサイタマ企業分割戦争以後の事だろう。怪しくも、そのコネクションは魅力的だった。ランキングを駆け上がる野心よりも、ギブ・アンド・テイクによってローグ・ウィッチ稼業の助けになれば万々歳という考えで、彼はコンスピラシーに所属した。

「困った事にはなっているワケだがな……」オッドジョブは薄汚れたウシミツ・アワーのネオサイタマのストリートを歩きながら、独り言を呟いた。「大英博物館」という言葉がフジオから発せられた時は肝を冷やした。チケット手配を命じられること待ったなしであった。だがあの地はあまりに危険だ。

 ロンドンを死都たらしめていたケイムショが滅びたのは、そう昔のことではない。現在、かの都市は「奪還戦争」に勝利した暗黒メガコーポKOL社によって厳戒態勢が敷かれている。ロンドン奪還はKOLの悲願だった。それが成ったものの、破壊され尽くした都市の復興には時間を要する。

 やっとの事で取り戻した誇らしき都ではあったが、その間隙かんげきに、他社勢力……たとえばオムラ・エンパイアの浮遊要塞に入りこまれでもすれば、KOLの威信はズタズタだ。株価も暴落するだろう。ゆえに今の市街の警戒には相当のKOL戦力が投入されている。史跡に入り込むなど夢のまた夢だ。

 狙うならば狙うとして、綿密な計画を立てねば。そもそも大英博物館所蔵のままブラックブレードがいまだ在り続ける保証もない。KOLは博物館のレリックを保護下に置いている筈である。拙速に動いて失敗すれば、時間的ロスは計り知れない。……オッドジョブの熱弁には納得感があり、フジオは是認した。

「とはいえ、のらりくらりしているワケにもいかん」オッドジョブは暗く呟く。「バカげた話だが。ブラックブレード・オブ・クサナギ……。罪罰影業め、ふざけたレリックを遺しやがって。とにかくそれを見つけ出さねば、俺は終わりだ」

 その時、携帯端末が鳴った。

 文字化けした通信者名。訝しむ。「……モシモシ」オッドジョブはコールに応えた。『ご苦労だった。ランキングNO189、オッドジョブ=サン』「え」オッドジョブのニンジャ第六感は、名乗りを待たず、先に通信主を推測していた。だが、何故?『ドーモ。プロフェッサー・オブ・ハンザイです。基板を回収した。よい働きを示したな』

「そ……そりゃあ……」オッドジョブのこめかみに脂汗が流れた。彼がプロフェッサー・オブ・ハンザイと直接話したのは、これが初めてである。では、何故……何故このタイミングで?「……俺はローグ・ウィッチとして相当油断なく経験を積んでいる。手腕は信頼してもらっていい……!」

『信頼。私は実際、信頼という言葉を好んでいる。ギブ・アンド・テイクの関係が信頼の源泉だ』「全くその通りだぜ。今回のアガリは確かめたかね。特に、うち一つは、間違いなく1998年に製造された旧メガトリイ社製の珍品マザーボードだ。ご所望の品の中でも特に入手困難な品の筈」『有り難い』

 オッドジョブのニューロンは発火じみて高速駆動した。ヘタを打ってはいない筈だ。彼はハンザイ・コンスピラシーへの実質的な背信行為には手を染めていない。ハンザイ・ミッションを受注し、執行し、アガリを納めた。ザイバツ・シャドーギルドの首領とのやり取りは "私生活の一部" である。問題ない筈。

 ……否、ならば何故、IRC通信のコールが来た? ……否! そもそも知られてはいない筈。否、本当なのか? だが、仮になにかやらかしたならば、デス・ライユーが粛清にやってくる。……来ていない。否! 189位ごときにあの魔人がやってくる筈もない! もっと簡便な処刑手段!? 彼は背後を振り返った。

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