S5第7話【トレイス・オブ・ダークニンジャ】#2
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……NSTV映像が流れるモニタから、オッドジョブは目を離す。そして咳払いした。
キョート趣味の骨董カフェ「キのみ」。店奥のボックス席で、オッドジョブはダークニンジャとテーブルを挟んで向かい合っている。ダークニンジャはチャコールグレーの装い。修道士めいたローブ姿であった彼は、市街へ辿り着くなり早々に、手近の店で市民に馴染む装いを調達した。オッドジョブが会計に割り込み、率先して支払った。
オッドジョブは積極的に話を向ける。「映像越しにも伝わる物凄いイクサぶりです。ニーズヘグ=サンを始めとして……アタシにとっちゃ十年ぶりの輝かしさだ。眩しいもんです」「そうか」「防備は実際、電磁バリアの類いですか? 砲撃も通さず。パーガトリー=サンがそのつど迎撃するわけでもありますまい?」
「あれは城の機構だ。オヒガンの理を現世に重ね、防護壁を形成する」「ハハァ。成る程。アレですな、接近すると電子機器が無効になるッてのは、そういうワケですか。流石だ」「いや」新聞をめくりながら、ダークニンジャの目は和らいでいない。「あのまま膠着状態が続けば、いずれ破られる」
「そ、それゆえに、こうして御身ご自身が市街に……物理世界に留まっているのも、普通なら困難ですよね? 今はどうにかしてるワケですか」「そうだ」「しかし、平気なんですか? いや、御身のお力を懸念しているワケじゃありやせんぜ。ドサ回りなら、他にやらせる奴やら……」「我らは縛られている。城のくびきを解き放ち、市街に送り出すのは、俺一人で精一杯だ」彼が新聞をめくる速度は速い。
ダークニンジャはオッドジョブに状況をあけすけに語った(彼がオッドジョブを信頼しているのか、あえて明かす事で何かを試しているのか、定かではない)。
アマクダリ・セクトとの闘争以後、ザイバツ・シャドーギルドがキョート城を旗艦にオヒガンを旅し、神話的リアルニンジャと闘争してきたこと。ダークニンジャの示す神殺しの最終目的は微塵も揺るがず、ギルドはセンシを迎え、鍛え上げ、ガルガンチュアやオベロンを始めとするカツ・ワンソーのかつての近習を討ち、そのたび神秘的な力を重ねてきたこと。だが今、とある超自然のニンジャの計略にかかり、城ごと現世に「座礁」させられたこと……。
敵の狙いでは、キョート城は恐らく当初、南極やヒマラヤ等の隔絶地に引きずり込まれたうえで包囲攻略される手筈であったところ、ギルドの重鎮である魔術師ネクサスの決死の介入により、なんとか出現地点をこのネオサイタマ付近に修正し、最悪の事態を回避した。だが、いまだ状況は悪い。
城を縛り付ける力は「ボンサイ・オブ・ハヤシ」の神話的な力であるという。確かにオッドジョブは浮遊する岩塊の下部に纏わりつく異様なエネルギーを垣間見たように思った。そう。始末の悪い事に、この「状況」は偏執的な神話空想ではない。現実なのだ。かつてギルドの一員であった彼にはわかる。
(かなりヤバイ事になってるんじゃねえか?)オッドジョブはコーヒーを待ちながら、密かに沈思黙考する。(神話の怪物どもと真正面からやりあって、その結果、キルゾーンに座礁ッてか。バカバカしいにも程があるぜ。冗談じゃねえよ、こっちじゃ十年経ってるんだ。ウラシマめいた時間の歪みだか何だか知らんが……)
「ま、まあ、こっちでも大変な事は色々ありやしたぜ。国もなくなったし、最近じゃ、明智光秀が蘇ってカナダからネオサイタマに攻めてきたりね、この前はヤバイ植物でネオサイタマが覆われちまって……」「神秘の……植物か」ダークニンジャは注意を向けた。「ハヤシの力との関連も有りうる」
「ハハァ、確かにですね」「調べねばならん事は多い」ダークニンジャの眼差しを受けるたび、オッドジョブは脊髄を貫かれる思いがする。立ち回りを誤れば、殺される。口先でごまかしてやり過ごし、オキナワにでも逃げる……そんな甘い考えは、頭に浮かんだコンマ1秒後に自ら捨てた。
「キルゾーンにおける防衛はグランドマスター達に任せる。一定の武力を担保に、暗黒メガコーポと差し当たりの不可侵条約を結ぶ事になろう。俺の目的は、ボンサイ・オブ・ハヤシの呪いの解除方法を見つける事だ。侵食を受けているキョート城の機構を復活させねばならん」「目星は……」「ない」
「任せてくださいよダークニンジャ=サン!」オッドジョブは即座に反応。勢い込んでテーブルに身を乗り出し、自身の胸を叩いた。「俺はね! ザイバツ一筋ですぜ。この苦節の10年、一秒たりとも御身の御無事をお祈りしなかった事はありやせんや。それどころか、イサオシできなかった事が悔しくて!」
「そうか」ダークニンジャは渋面で新聞の紙面を手繰った。オッドジョブは震えた。自分でも歯が浮くような滅私奉公アピールだ。10年前の時点ですら、オッドジョブはイクサの狂騒には何処か一歩引いた眼差しを捨てきれなかった。当然それは見抜かれているだろう。だが、これは誠意だ。
ダークニンジャはこの地で独りだ。頼れる相手は実際オッドジョブしかいない。となれば、最大限に己の価値をアッピールし、立ち回り、真の信頼を勝ち取る。そうすればイサオシの――(イサオシだと?)――生存のチャンスも生まれる筈だ!「コイツをどうぞ」彼は懐に手を入れ、携帯IRC端末を取り出した。
テーブルに置き、恭しく頭を下げる。「クロウトZ-490i。スゴイテックの最新端末です。お使いくだせえ。IRC端末も、この十年で目覚ましく進化したんですぜ。なんだったら今読んでらっしゃる新聞も、これで電子で読めます」「……」ダークニンジャは薄い携帯端末を手に取り、表裏の質感を確かめた。
オッドジョブは赤いキモノの襟元を正し、笑みを浮かべた。「まるでオブシディアンの薄片でしょう。美ですよ! 最新鋭で、同じ目方の純金ぐらい価値がありやす。あるじにバッタ品なんか掴ませやせん。保証も効いてますぜ。いや、仮に対象外でも俺が自腹でサポートしやす。全部お任せください」
「オマタセシマシタ」熱弁のさなか、カフェメイドが現れ、コーヒーマグを置いた。注がれる琥珀の液体を、オッドジョブはグッと睨んだ。ダークニンジャは端末を懐にしまい、かわりにオッドジョブに名刺を差し出した。そこには「フジオ・カタクラ」と書かれていた。「俺の、ここでの名だ。フジオと呼べ」
◆◆◆
ネオサイタマ大学図書館、巨大な書架の狭間をしめやかに進むフジオの佇まいは実際、堂に入ったものであった。一方、彼とともに歩くオッドジョブは、多少荒々しいアトモスフィアを隠しきれずとも、ガイオン出身者らしい文化的な素養を助けに、その場の利用者達にうまく溶け込んでいた。
書架に脚立をかけ、かなりの高所で青いLANケーブルヘアと実験白衣姿の女性が目当ての書物を探す横を、フジオとオッドジョブは通過する。「ユンコ=センセイ! 居た! ちょっといいですか?」学生が顔を出し、大声を出した。「ンンッ」ユンコ=センセイは脚立のバランスを崩しそうになる。
フジオが通り過ぎざま、振り返らずに手を動かすと、脚立はバランスを取り戻し、ユンコ=センセイは何が起こったか気づかぬまま、胸を撫で下ろし、学生を叱った。「急に大声出さないでよね!」「ア……スミマセン!」そのさまをオッドジョブは振り返り、感銘を受ける。「奥ゆかしいもんですな」
彼らは図書館の書架袋小路じみた地点に到達した。そこにはオジゾウが設置されている。オジゾウのこめかみを押すと、頭頂部が展開。テンキーとカードスロット、液晶パネル、LAN穴が現れた。パネルに「在籍職員認証要」のミンチョ文字が光った。「ちと、お待ちを」オッドジョブは直結した。
010101……オッドジョブのサイバーグラスにバイナリが明滅。やがて、キャバアーン! アクセス成立だ。「ジャックポット」オッドジョブは直結を解除し、サムズアップした。「過去の在籍記録を踏み台にしたンで、容易でしたよ。しかし本名といい在籍証明といい……」「敢えて捨てる過去でもない」
袋小路の入口に格子戸が降り、そののち、オジゾウ周辺の床がゴリゴリと音を立てて沈み始めた。「何だこりゃ。まるで隠しエレベーターッて趣きですな」オッドジョブは遠くなる円形の一階を見上げる。「ローグ・ウィッチの血が騒いで来ますぜ。神聖基板は、しばしばこういう隠し地下に隠されてますよ」
Y2Kと電子戦争がもたらした荒廃は、電子テクノロジーの断絶を招いた。旧世紀のサーバー群を動かす為の言語は失われ、それらは動作原理不明のまま、現在も稼働し続け、数多の重要システムを支えている。ブラックボックス化したそれらに触れる事ができるのは数限られたコードロジスト達であり、オッドジョブはその出身だ。
かつてのオッドジョブは、堕落したコードロジスト、所謂「ローグ・ウィッチ」であった。所属カバルでの修行を通してコードの真髄を得る「辛気臭さ」に耐えきれず、闇の社会に飛び出した彼は、ロービットマインを荒らしては旧世紀基板を盗み売り捌く邪悪な存在となった。彼がニンジャとなったのも、琵琶湖湖底のロービットマインを荒らしている最中に崩落事故に巻き込まれた事がきっかけだ。
以後、彼はザイバツ・シャドーギルドの一員となった。ロード・オブ・ザイバツが滅び、ダークニンジャがグランドロードとして組織の頂点に立ったのちも、彼はギルドのニンジャであり続けたが、断絶が訪れたのは10年前の「ジグラット攻略戦」の折だ。
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