S5第7話【トレイス・オブ・ダークニンジャ】#1
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ネオサイタマ郊外北部にひろがる不毛の荒野は、暗黒メガコーポ諸企業が紛争を繰り広げる交戦可能域、通称「キルゾーン」として知られる。都市の選択と集中の結果、打ち捨てられ廃墟化した人口ゼロ地域だ。かつてここに存在した市街は絶えざる砲撃でほとんど更地と化し、ネオサイタマ摩天楼が遠くに霞む。
この地域では、ほぼ週極めのスケジュールで一対の企業が相互に軍隊を展開。激しい交戦を繰り広げている。文明の先端たるネオサイタマでしのぎを削る暗黒メガコーポ各社の争いは終わりがない。商標権や特許の争い、取締役ノミカイでの無礼や不始末、敵対的買収……。紛争解決を、この地で、武力ではかる。
キルゾーンの企業紛争は、管理された戦争だ。事前申請された兵力同士がぶつかり合い、設定された講和条件に達すれば紛争は解決となる。地球上各地で血みどろの武力衝突を繰り広げる暗黒メガコーポ各社であるが、構造過密のネオサイタマではそれは叶わぬ。一種の決闘めいたシステムであった。
軍事企業は新兵器の実験場として大いにこれを活用。機密兵器の用いられない紛争時は現地に撮影ドローンも入り、市民の観戦娯楽ともなる。当然、兵士は死傷する。だがネオサイタマ市民にとってそれは、金網の向こうの出来事だ。そしてこの週、キルゾーンで対峙するのはヤルキ重工とロクハラであった。
ご存知の通り、ロクハラといえばオムラ・エンパイアの子会社であり、それまでネオサイタマの治安維持をほぼ寡占してきたKATANAのライバル企業として参入してきた機動警察法人だ。見よ。エメツ粒子を含んだ砂塵吹きすさぶ荒野に「羅」の旗を立てた、鮮やかな黄色の装甲部隊を。
対するヤルキ重工は、やる気に満ち溢れた強大なメガコーポ。粛々と前進するフル武装の機動車両タケルDDは今回の紛争が初の投入となる。更にはめったに用いられることのない決戦兵器、八脚自立式146mm電磁砲「シンジクン」すらもお目見えしている。なお、争いの発端は、ロクハラがヤルキの社屋を誤って解体した事による。
ブオオオ。巨像の咆哮じみた電子法螺貝サウンドが荒野に鳴り響き、両軍が動き出した。キュラキュラと鳴る無限軌道音、機動兵の行進音、四脚戦車モーターニシキの突き刺すような重い足音。激しい砲撃の応酬が始まった。BOOOM! BOOOM! KA-DOOOM!
KRAAACK! そこからほど近い距離、コケシモール廃墟のコケシ型看板が流れ弾を受け、爆散して破片を撒き散らした。「ウオオオッ!」「アブねッ!」砂塵マントを身に着け、丘に伏せていた四人は、降り注いできた破片に怯んだ。砂まみれの彼らは、この地で一攫千金を狙うスカベンジャー達だ。
スカベンジャーとは、企業紛争の残骸を漁ってジャンクを持ち帰り、闇市場で売り捌く事を生業にする者達である。「今のは死んだかと思ったぜ!」「精度が低いったらねえな」「一流企業なら、もっとマナーを守って戦争しろッての」軽口を叩きながら、彼らは伏せていた場所からの移動を開始した。
DOOOM! DOOOM! 荒野に展開する両軍の趨勢は、彼らにとって死活問題。こちらに近づいて来るような事があれば全力で逃げを決める必要があった。「ア、アイエエエ……」「何だお前、ハハハッ! 失禁してんのか!」「まあ仕方ねえ。スムキ=サンは今日が初めてなんだろ、キルゾーン」「は、はい……」
内股になったスムキの肩を叩いたのは、薄青く刈ったゴリン・ボンズ・ヘアと襟足の編み上げLANドレッドが特徴的なスカベンジャーだった。一方、リーダーめいたスモトリ崩れらしき巨漢は振り返ってスムキに銃を向けた。「テメェ、足手まとッてたら処刑するぞ」
「まあそう言ってやるなや、ガモ=サン」ゴリン・ボンズがフォローした。「今回のネタ元はスムキ=サンなんだしよ。ジャックポットすりゃ、道中の情けなさはチャラだろ」「俺は気が短い」ガモは顎をさすった。「もし "実家の宝" とやらが無かったら……」冷たい視線がスムキを射る。スムキは震えた。「ほ、本当です。座標のメモは正確です」
「今となっちゃ更地の荒野……ショッギョ・ムッジョだな」集団のもう一人……ガモの弟、のっぽのビルモが呟き、スコープゴーグルで戦場を見た。「地下シェルターです。無事です。中は」スムキは首から下げた物理キーを握りしめた。ガモとビルモは視線を交わした。「突っ込むぞ、あそこに」
「アイエエエ……」「また失禁か。膀胱からっぽにしとけ」ゴリン・ボンズはせせら笑った。「オイ見ろ!」ビルモが指さした。「撃つぜ、シンジクンが!」ナムサン! ヤルキ重工の八脚自立式146mm電磁砲「シンジクン」が……KA-DOOOOOM! 電磁砲弾をロクハラの陣営に叩き込んだ! 想定外のチャージ速度だ!
衝撃波が彼らスカベンジャーのもとにまで伝わってくる! 戦場は混乱とともに沈黙した。「いくぞ! 今しかねえ!」四人は砂塵の中を走り出した。ブオウウウー。再び電子法螺貝が鳴り響く。ヤルキ重工が前進する。好都合だ。彼らは「座標」の地点に向かった。
平坦な荒野。その実、住居の基礎部分だけは残されている。瓦礫の連なる地に、四人はエントリーする。砂塵が濃い。好都合である。付近の戦闘が蜃気楼じみて、兵器のシルエットは非現実的だった。「こ……ここです。私の家だ……昔ここに、両親の家が」スムキは呻いた。そしてしゃがみこんだ。
ガモとビルモは再び視線をかわした。それをゴリン・ボンズはじっと見た。スムキは足元の砂を手で払った。すると、ゴウランガ……砂の下から、円形の黒いマンホールめいた蓋が出てきたのだ。「シェルターです」スムキは言った。「間違いない」指紋スキャナらしき部分に指を当てると、鍵穴が現れた。
「家族の宝……やっと戻れた……」スムキは涙を拭い、深呼吸した。「み、皆さんのおかげです」「おう。その通りだ」ガモは頷いた。「とっととやりな」「ハイ」鍵を挿し込み、捻り、蓋をスライドさせる。地下室への入口が開いた!「降りろ。スムキ=サン。それからお前も先だ。確かめろや」
「俺か?」ゴリン・ボンズは繰り返した。ガモは銃を向けた。「決まってンだろう。電子基板の目利きはテメェだ。確認してこい」「アイ、アイ、サー」彼は肩をすくめた。先に地下へ降りていくスムキを見……ガモを振り返った。振り向きざま、なにかを投げた!「イヤーッ!」「グワーッ!?」
「エッ!?」ビルモはガモを見た。「アニキ!?」「アババババ、アバババババ!?」ガモはその場で激しく痙攣している! 鎖骨付近にはゴリン・ボンズが投げた薄く四角い物体が突き刺さっていた。「アニキに何をした! テメ……」「イヤーッ!」「グワーッ!?」同様の物体がビルモの首に刺さった!
「アババババッ!」「アバババーッ!」「骨董品だぞ、ありがたく思え」ゴリン・ボンズは痙攣する兄弟を前に指をパキパキ鳴らしてみせた。「旧世紀のウイルス・フロッピーだ。キくだろう、重サイバネのマヌケ兄弟!」「アバババーッ!」ガモが泡を吹いた。「裏切ったのか! オッドジョブ=サン!」
「その通りだよ、鋭いねェ」オッドジョブと呼ばれたゴリン・ボンズヘアの男は余裕綽々で笑った。「アンタがたを消せば、俺は丸儲けだぜ。ここまで辿り着けば、もはや用はあるまいよ?」「テ、テメェー! アバババーッ! ……アバッ!」ガモが心停止し、膝から崩れた。ナムアミダブツ!
「ナメやがって許せねえ!」ビルモが雑音まじりの声で呪った。オッドジョブはチチチと舌を鳴らした。「フリーランスは信用商売。どっこいアンタがたにはそれが無い。ッて事は、ここで殺して構わねえワケよ。そもそもアンタら、俺とスムキ=サンを始末する気満々だったろう。気づかないとでも?」
「そ、そ……そんなワケねえだろ! 仲間だろ! 助けてくれよ!」「あのな、重要なのは……今更どっちでもイイって事だよ」「た……助け」「ジャックポット」オッドジョブは指で銃の仕草をした。ビルモは心停止し、仰向けに倒れた。「カカカカッ!さあて、成果はどうだ」オッドジョブは下に降りた。
――地下シェルターはさほど広くない。棚には缶詰や水、サバイバル用品の他に、ビニール袋に入れられたコンデンサや抵抗があった。スムキはうずくまり、泣いていた。その手には家族の写真らしきものが握られている。オッドジョブは隅に置かれた小型コンテナに手をかけた。「暗証番号は?」
「ネ……ネオサイタマに戻ったらお伝えします」「ハ、ハ。最低限度はしたたかだな。そりゃそうだ」オッドジョブはコンテナを取った。「かさばるな。オイ、アンタが運べ」投げ渡し、自身は袋詰めの電子基板を物色する。「ンンー。まずはそこそこのアガリッてとこか……」
「ガモ=サンとビルモ=サンは?」「ああ、死んだ」なんとも言えぬ空気が漂った。だがスムキはそれ以上追求しなかった。オッドジョブはスムキと共に地上に上がった。
「……え?」オッドジョブは棒立ちになった。
スムキはオッドジョブを訝しみ見た。そして視線を追い、空を見上げて、悲鳴をあげた。「アイエーエエエエエ!?」おお、見よ! 彼らの視線の先には信じられぬものがあった。
巨大な岩塊――否、岩塊というには、それはあまりに大きすぎる――楕円のシルエットの、崖、あるいは陸地が、この荒野のさほど高くない高度に、浮遊していた。浮遊する陸地の上部には、ナムサン……城が、へばりつくように建っているのが見えた。
「ア……ア?」オッドジョブは呻いた。その城は、彼にとって、10年前の個人的な記憶を喚び起こすものであった。隣のスムキは放心状態だった。人智を超えたなにかに直面し、彼は一種のニンジャリアリティショック症状に陥っていた。ゆえに、反応が遅れた。
オッドジョブはニンジャ第六感が警鐘する方向に向き直った。ニンジャアドレナリン過剰分泌の泥めいた時間下、機動車両タケルDDが降ってきた。一気呵成の反撃に出たロクハラのモーターマンモスが撥ね飛ばしたヤルキの兵器だった。オッドジョブは危うく飛び下がり……スムキは下敷きになった。
凍りついていた時間が流れ出す。爆音、砂塵、砲撃音。何たる巨大な50メートル超のロクハラ戦力モーターマンモスを中心とした徹底的な突撃行動か。シンジクンに群がる二脚型有人戦闘兵器モーターテッキ。吹き鳴らされる電子法螺貝。「オイまずい……」オッドジョブは呟いた。「こっちまで来るか?」
思考が渦を巻いた。企業紛争の急展開と、超自然の不条理。とにかく死地。オッドジョブはもう一度、浮遊城を見る。01ノイズが霧めいて散り、浮遊岩の下部には得体のしれぬ緑の力場が蔦じみて絡みついている。そんな事よりも。「キョート城……なのかよ……?」キイイン。戦闘機が頭上を通過した。
「ア……!」オッドジョブは空を振り仰いだ。戦闘機は隊列を組み、白い尾を引いて、キョート城にミサイルを射出した。オッドジョブはスコープゴーグルを取り出し、ズームした。ミサイル群を青白く光るエネルギーが迎撃した。嗚呼。「あれはパーガトリー=サンの……」カラテミサイルだ。
ニューロンを焼くような異常周波数に、オッドジョブは頭を押さえる。城だ。城が現世に重なり合い、軋みを生んでいる。何故? オヒガンを渡るキョート城が、何故ネオサイタマに? 何故この場所に?「何故、俺の前に!? 現れやがった……!?」
ハナビめいた空中爆発ののち、城から飛び立った有翼の怪物たちが、戦闘機とのドッグファイトを開始した。怪物の背には、蛇矛を振り回すニーズヘグ、スパルトイの姿。ブオウー。ブオウー。電子法螺貝が吹き鳴らされた。ヤルキ重工とロクハラがこの異常事態に一時停戦を決議した模様。
「チクショウめ……」オッドジョブは呻いた。彼の脳裏に、10年前の記憶が……凄まじいイクサの光景が、とりわけあの、カスミガセキ・ジグラット攻略にまつわる英雄的なイクサが蘇った。瞬時に血潮が沸き立ち、その後、極度の恐怖がそれを冷やした。今のオッドジョブには全く必要のない記憶だった。
然り。彼オッドジョブは、かつて、オヒガンを漂流するキョート城を本拠とする闇のニンジャ組織「ザイバツ・シャドーギルド」のニンジャであった。ザイバツ・シャドーギルドは10年前にアマクダリ・セクトと存亡をかけた決死のイクサを行い、そののち、再びオヒガンに帰還。……彼を除いて。
ジグラット地下で電子戦を繰り広げていたオッドジョブであったが、城へ戻る事はできなかった。しかし、何の悔いもなかった。以後の10年は彼にとって好ましい混沌の時代だった。いくらでも闇のビジネスが出来た。何度もデカいヤマをはり、何度も命のやり取りをした。これまでも。これからも。
それが今、何故……。「やめてくれよ。今更俺を迎えに来やがったのか」呟いた直後、あまりに荒唐無稽な我田引水であると自覚する。ギルドが自分をどうこうする筈はない。だが。「とにかく……ズラからねえと。何があるかわからねえ」オッドジョブは傍らの戦闘車両から流れる血の染みを見た。
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