【ジ・インターナショナル・ハンザイ・コンスピラシー】#9
8 ←
ペイルシーガルは総毛立った。全思考全感覚が血液に乗って全身を循環し、ニューロンは爆発するように光り輝いた。ブギーマンはドームの割れ天井の外へ伸びる奇妙なロープを片手で掴み、上昇しながら、片手をホルスターの拳銃に添えた。BLAMN。イアイめいた早撃ちで――VIP市民の心臓を撃ち抜いた。
「ア!」ぎゅる、と音を立てて、VIP市民は撃ち抜かれた心臓を中心とする渦の中に呑み込まれ、マキモノに変身して、床に落ちた。ペイルシーガルからタタミ1枚距離にも満たない真隣に居た市民だった。ブギーマンは微かに首を傾げ、己の胸の傷を見下ろした。01ノイズが、カビや錆めいて纏わりついている。
「デス・ライユー……!」ペイルシーガルは直感した。あのバケモノは傷ついている。その瞬間、彼の肚に溜まっていた超自然的恐怖を、強烈な豪のアトモスフィアとでもいうべき力強い確信が塗り潰した。「俺を狙ったのか。だが外したな!」彼は手を広げ、言い放った。「今日の運は俺にあるぞ!」
「イヤーッ!」コンマ数秒後。足場を蹴ってブギーマンの死角から攻撃を仕掛けたのはザルニーツァだった。ブギーマンはロープを掴んだ不安定な姿勢。咄嗟のガン・スピンでプラズマクナイを弾き、一撃を凌いだ。「御子に何をするかァ!」ゴールドバレーが飛びかかるも、後ろからビルに撃ち抜かれた。
「イヤーッ!」キャットエッジはビル・モーヤマの注意が逸れた一瞬に機を得、ビルの首を刎ねる起死回生の回し蹴りを打った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ビルはムーンサルト跳躍で回避し、そのまま高く飛び上がって、ロープを掴むブギーマンをめがけ、拘束具射出機を構えた。
ブギーマンはもう一度ペイルシーガルを見た。そして目を細めた。ペイルシーガルは睨み返し、不敵に笑ってみせた。「デアエ!」「危険です! お下がりください!」次の瞬間、完全武装のKOLエージェントとKATANA警備兵の増援が前進し、ペイルシーガルや数名のVIPの前に陣取って、電磁盾を展開した。
「ハハッ! ハハ……」ペイルシーガルの膝はグラつき、頭を押さえ踏みとどまると、既にラオモト・チバの姿の変身は解け、本来の彼の姿だ。重傷によるジツの保持限界。「いかんな」彼は呟く。VIP警備の連中は思わぬ助けだが、後ろを振り返られればバレる。彼は首から下げた月の石を掴み、膝をついた。
「後は……このクソッタレのレリックを持ち帰れば……俺の勝ちだ……!」じりじりと後退しながら、退路を探る。後方。エレベーター? ダメだ。まるで2時間待ちのアトラクションだ。非常口? KOLの増援と鉢合わせした時、自分の身柄はどうなる?「俺の……」思考は苦痛に濁り始める。
「イヤーッ!」ドーム天井付近では、ザルニーツァが足場を蹴って果敢にブギーマンに挑みかかり、さらにビル・モーヤマは機構の引き金を引こうとする……突入してきたニンジャ達が集まり、我先にと群がる。ジゴクの亡者達の寓話じみて。ブギーマンは見渡した。ロープが真上に跳ね上がった。
「……HAHAHAHAHA……!」意図のわからぬ哄笑を降らせながら、ブギーマンはドーム天井の上へ飛び消えた。躊躇せず、アルカナムのエージェント二人はそれを追った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」空中で互いを蹴り、その反動でさらに跳んで、ドームの骨組みを掴み、這い上がる。
「アアア!」「アアアアー!」だが、烏合の衆じみたサンズ・オブ・ケオスのニンジャたちは、それもかなわず、虚しく崩れ、折り重なるように落下した。「混沌が! 混沌がアセンションしてしまう!」デヴォートは支離滅裂な叫びとともに、頭を抱え、躍るような無軌道ステップと共に熱線を放射した!
ZAAAAAAP! ZAAAAAAAP! ZAAAAAAP!「アバーッ!」「アバババーッ!」KATANA警備兵数名が撫で斬りとなる! 熱線は上へ、下へ乱れ舞い、磨かれた床を幾重にも斬り裂いた。「イイイイヤアアーッ!」回転跳躍でデヴォートのもとへ至ったマークフォーが、脳天に刃を突き込んだ!「サヨナラ!」
「やめろよォ! もう、やめろォ……」マークフォーはデヴォートの爆発四散痕に何度もカタナを突きおろした。「僕のせいになっちゃうだろ!チクショウ……ウワーッ!?」KRAAACK! 彼の足元が斜めに傾いた。「地震!?」KRAAACK! ビームに切り裂かれた床が傾き、沈み込む!「この世の終わりだ……!」
KRAAACK!「アイエエエ!?」「アイエエエエ!」KRAAACK!「アイエエエエ!」KRAAAAACK! 崩落する床! 巻き込まれるVIP客、警備兵達! ナムサン!「アイエエエエエ!」「アバババーッ!」オークションハウスの惨劇を、粉塵が覆い隠す! 逃げ遅れた者達! おお、ナムアミダブツ……!
◆◆◆
ガラスをまだらに残したドーム天井の上に這い上がり、鉄骨の上に立ったザルニーツァは、月の光に打たれた。ほんの一瞬、彼女は呆然となった。激しい重金属酸性雨を降らせていた空は、豪雨の訪れと同様に唐突に晴れ渡り、頭上に夜空と、割れた月を見せていた。
湾曲する鉄骨の斜面に足をかける。すぐ近くにビル・モーヤマが居る。『あそこです!』腰に吊るしたシリンダー脳のジョンが知覚を促した。二人は見た。このドーム自体を台座めいて、横向きの巨大なカタナ型モニュメントが据えられている。そのカタナ・モニュメントの背を、今……ブギーマンが走ってゆく。
「逃がすものか……!」ビルは横殴りの強い突風を受けながら、カタナ型モニュメントに接近する。ブギーマンはモニュメントの先端部分、カタナの切っ先に向かう。このまま飛び降りて逃走するつもりか。ザルニーツァはビルに近づく。下からは騒ぎの音が聞こえる。空には鬼瓦ツェッペリンが数艇。それらはホロ雷神紋を掲げている。
『弊社はオムラ・エンパイアの系列企業、機動警察法人ロクハラ・コーポレイションです。プレミアムプラン契約者の皆様! たとえこのデジマがKOL社の厚かましい支配主張領域であろうとも、緊急なので問題ありません。弊社は皆様の安全の為に武力で頑張ります! ご安心を!』欺瞞! 企業紛争の尖兵!
BRATATATATA……散発的な威嚇射撃音すらも響いてきた。だが、それは今は外界の出来事だ。ザルニーツァとビルはブギーマンを追う。それが最優先任務である。彼らは跳び上がり、モニュメントに手をかけた。『嗚呼……嗚呼!?』その時、ジョンが悲鳴をあげた。『何かが……起ころうとしている!』
「それはそうだろう……!」ビルとザルニーツァはカタナの背に這い上がった。巨大なエクスカリバー、企業の権威の象徴を模したモニュメントの上に。彼らはブギーマンを見た。怪異は今、なぜか足を止めていた。割れた月の下。襤褸上衣が強風にはためき、向こう岸にはネオサイタマ。
『嗚呼! 近づいてくる!』ジョンが叫んだ。ザルニーツァは感じ取った。夜空を跳ね来るそれは、ネズミ火花の閃きのようだった。
赤黒の炎は、空に隊列を組む威嚇的なロクハラの鬼瓦ツェッペリンの背から背へ飛び渡り……こちらへ急速に接近し……!
「Wasshoi!」
カタナモニュメント先端に、着地した。
「……HAHAHA……」ブギーマンは笑い声を発した。炎は着地姿勢から身をもたげ、ブギーマンを見据えた。速度を失った炎は、夜の風の中で、赤黒の装束だった。「忍」「殺」の漢字を刻むメンポが、割れた月の明かりを受けた。その者はアイサツした。「ドーモ。ブギーマン=サン。ニンジャスレイヤーです」
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?