ネオサイタマ・イン・フレイム2:ダークニンジャ・リターンズ
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ネオサイタマ・イン・フレイム
ダークニンジャ・リターンズ
1
ズゥン、と激しくネコソギ・ファンド社のメインオフィスが揺れた。上の階でヨコヅナ・ダンプカー同士が正面衝突したかのような衝撃。地震か?クルーカットのニュービー社員は驚き、サングラスを取って辺りを見渡す。
広大なメインオフィスの壁は大型LED板でぐるりと覆われ、ネオサイタマの上場企業名、刻一刻と変わる株価、そして三角や丸などの意味深なマークが赤く明滅している。ウシミツ・アワーも近いというのに、数十人以上のサラリマンが残っていた。そして誰一人この震動に動じず、黙々と仕事をしている。
(((カチグミの俺としたことが、うっかり動揺しちまったぜ……)))クルーカットはデスクの上に置いたサングラスをかけなおし、愛用のバンブー・ソードを握った。彼の頭髪はバイオ植毛によってブロンドに変わっている。日本人の金髪遺伝子所有者は稀であり、交渉時に威圧感を高める効果があるのだ。
「さあ、ビジネスを再開しようぜモドリ=サン」クルーカットの前には、磨き上げられた高級御影石の床に四つん這いの姿勢を取る、モドリ基盤コーポレーションの社長がいた。ネオサイタマのハイテク企業を陰で支える、家内制手工業会社のひとつだ。モドリ社はネコソギ・ファンドに多大な負債がある。
「すみません、もう払えません」モドリ社長が怯えた豚のように哀れな声をあげる。「ザッケンナコラー! 成せば成る! 知らんのか! 成せば成るを!!」クルーカットは、敬愛するCEOラオモト・カンのお気に入りのコトワザを、社長の耳元で叫んだ。コワイ!モドリ社長のスラックスが湿る!
「アイエエエエ!」絶叫するモドリ! クルーカットの心は全能感に満ち溢れていた。三十も年上の社長を跪かせているのだから当然だ。畳み掛けるように、重厚なバンブー・ソードでモドリの尻を打擲!「成せば成る!!」スパーン! スパーン! スパーン!「ンアーッ!!」ナムアミダブツ! 何たる無法か!
ズゥン、と再びメインオフィスが揺れる。今度はクルーカットも身じろぎしない。冷酷なビジネスマンとして、モドリ社長と交渉を続けた。「ラオモト=サン、バンザイ!」クルーカットの狂信的な叫び声と打擲音、そしてく悲鳴がオフィスに響いた。他の社員はインカムでこのノイズをシャットオフしていた。
ズゥン! 十メートル超の高さから床に叩きつけられたのは、今回はニンジャスレイヤーの番であった。500畳の広大なセレモニールームが震動し、落下点から同心円状に強化タタミがバタバタと跳ねる。「グワーッ!」仰向けにのけぞったニンジャスレイヤーの体が、三メートル近くバウンドした。
「ムハハハハ! ダークニンジャ=サン、始末せよ!」セレモニールームの壁全面に貼られた大小様々の薄型ディスプレイに、哄笑するラオモトの顔が大写しとなり、次いでその右手が映った。処刑を命ずる古代ローマの暴君のごとく、突き出した親指を……下にする!
「イヤーッ!」命令を受けたダークニンジャは、超人的スピードでニンジャスレイヤーの落下点へと駆け込む。そして両脚を開いてタタミを強く踏みしめ、手刀の形を取った右手を床の近くまで引いてタメを作った。落ちてくるニンジャスレイヤーの心臓部に狙いを定め、貫くつもりだ!ナムサン!
だが、むざむざ串刺しにされるニンジャスレイヤーではない!額と胸に手を当ててバランスを取りながらぴんと全身を伸ばし、オリンピック高飛び込み選手のごとく空中で巧みに身をひねった!タツジン!一瞬にして形勢逆転し、高所の戦闘効果を得る!「イヤーッ!」そのまま下の敵に向けてスリケンを乱射!
「チィーッ!」ダークニンジャは両手の人差し指と中指でスリケンを逸らす。それから素早く戦況分析を行い、危険を察知すると、五連続のバク転を決めて落下地点から離れた。まさに紙一重! 一瞬後にニンジャスレイヤーが前方回転からのダブルカカト落としを決め、落下地点の強化タタミに大穴を穿つ!
「ヌウウウウーッ!」ディスプレイの中のラオモトは、不満そうな声を黄金メンポから洩らしつつ、手に持ったグンバイをへし折った。この二者は、互いに決定的打撃を与えられぬまま、かれこれ三十分近くも戦っているのだ。
ニンジャスレイヤーとダークニンジャは、タタミ5枚分の間合いを保ちながらジュー・ジツの構えを取り、同心円状に横歩きをしつつ互いのダメージを値踏みした。両者とも、わずかに息が上がり、ニンジャ装束の下には痛々しい痣がいくつも隠されているが、未だ致命傷は負っていない。
「あのニンジャソウルの力は使わんのか?」ダークニンジャが問う。会話から隙を作るのはニンジャの常套手段だ。「不要。己のカラテとチャドーのみでオヌシを倒す」とニンジャスレイヤー「そちらこそ、あの刀を何故抜かぬ? 懐の中に隠してあるのは先刻お見通しだ。微かな…ニンジャソウルを放つ刃を」
ダークニンジャは些か驚いた。確かに彼の懐には、カーボンケースに納められた妖刀ベッピンの破片が隠されている。だが彼が驚いたのは、この刃の正体を言い当てられたことではない。以前は直線的なカラテだけが武器だったはずの相手が、ごく短期間で不気味なほどの懐の深さを得ていたことに驚いたのだ。
「貴様のごとき野良ニンジャなど、ベッピンを使うまでもない!前回のような手加減はせぬぞ!」ダークニンジャは『突撃するタイガーの構え』から一気に駆け込んだ!「イヤーッ! イヤーッ!」左右から繰り出される猛烈なストレート! 凄まじい破壊力 !ニンジャスレイヤーは防御に徹するしかない!
「ラオモト=サン、ビデオ対談の時間が迫っております。あと2分30秒を切りました」。高度会話機能と広角カメラアイを持つY-13P型クローンヤクザが、天守閣のフスマをノックした。ニンジャスレイヤーとダークニンジャが戦っているセレモニールームから、300メートル以上高みの安全圏である。
「ヌウウウーッ! 手早くそのネズミを始末するのだぞ!」ラオモトはマイクを切り、革張り椅子から立ち上がると、デスクに置いたウメボシ・マティーニを呷った。「フジオのうつけめが……。だが、ゲンドーソー亡き今、1対1の戦闘でフジオがニンジャスレイヤーにおくれを取ることもあるまいて……」
「お急ぎください、あと2分10秒、5秒……」クローンヤクザは廊下を歩き、グリーンスクリーンと照明機材が整ったスタジオルームのフスマを開けて待機する。三十秒後、清廉潔白を強くアッピールする純白のアルマーニに身を包んだラオモトが部屋に入ってきて、鎖頭巾を整えなおしつつ椅子に座った。
セレモニールームでは一進一退の攻防が続いていた。両者の実力はほぼ同じ……コトワザで言うところのドングリ・コンペティションである。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」上下中と繰り出される三連続回し蹴りを回避したニンジャスレイヤーは、相手の着地の隙をつき、痛烈なポン・パンチを繰り出す!
「イイイヤアーッ!」「グワーッ!」痛烈なインパクト! ダークニンジャはとっさに両腕でガードしたが、それでも立っていられず後方に回転しながら三十メートル近く吹き飛ばされる! どうにかバランスを取って足を下に向け踏ん張ると、急ブレーキを踏んだタイヤ痕のように、摩擦熱でタタミが焦げ付いた!
(((クウッ! 何たる強烈なカラテ……! チャドーの呼吸が組み合わされているのか?!)))ようやくガードの衝撃から開放されるダークニンジャ。視線を戻すと、ニンジャスレイヤーはタタミを蹴って大きく跳躍し、右手を限界まで振りかぶったチョップの構えを取って飛び掛ってきていた!「サツバツ!」
「甘く見るな…!」ダークニンジャはニンジャスレイヤーの着地点を予測し、素早い前転で背後に潜り込む! カマのように鋭いチョップがタタミを切り裂き、線維がはらりと舞う。またもや紙一重! だがこれこそがニンジャの戦いなのだ!「イヤーッ!」ダークニンジャの低空ジャンプキックが背後から命中!
「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはスケルトン選手じみた姿勢で前方に弾き飛ばされてゆくが、またもやニンジャ運動神経で身をひねり、タタミをクッション代わりに使うジュー・ジツの回避動作を取る! さらに浮き上がったタタミを掴み、スリケンのごとく力任せに投げつけた!「イヤーッ!」
(((タタミだと!? バカなー!)))このような攻撃は、ニンジャの伝統的戦法には含まれていない。フジキドが即興で編み出した、全く新たなカラテであった。スリケンとは異なり、指先で回避することは不可能!ジャンプキックの着地で姿勢を崩したダークニンジャには、ガードすることしかできない!
CRAAAAASH! ダークニンジャの両腕に衝突したインパクトで、タタミが無数の線維へと崩壊する! まるでブリザードの中に立たされているかのように、視界が覚束ない! 立膝の姿勢のまま身構えるダークニンジャに対して、背後からニンジャスレイヤーが迫る! 確固たる復讐の意志とともに!
2
視界がワープ航法を行った宇宙船めいて加速し、ダークニンジャにのみフォーカスされる。宿敵の背後へと突き進むフジキドの心は、のっぺりとした憎悪に支配されていた。非常にフラットで、黒いトーフのような怒りだった。モニタからラオモトの顔が消えたのも幸いしていた。目の前の敵に集中できる。
凄まじいスピードで走っているのに、夢の中のように全てがゆっくりと動く。ニューロンが加速しているのだ。一撃でカイシャクするために、右腕に全神経を集中させる。ガードにより身動きが取れなくなっているダークニンジャの背まで、あとタタミ10枚、5枚、1枚……!
その時、ニンジャスレイヤーの研ぎ澄まされた聴覚に不吉な音が飛び込んできた。キイイイィィィィンという、常人ならばキャッチできないであろう極めて微弱な震動音。ニンジャスレイヤーは直感した……それは極限まで磨き上げられたカタナだけが動かずして発することを許される、空気を切る音であると!
「イヤーッ!」咄嗟にニンジャスレイヤーは飛んだ!首元に必殺カラテを叩き込む絶好のチャンスを捨て、ダークニンジャを飛び越えるように前方回転ジャンプを決めたのだ! 直後、ダークニンジャを中心に描かれる紅い円弧! ダークニンジャの手には、素手で握られた折れたる魔剣ベッピンの刃! タツジン!
ニンジャスレイヤーは着地の隙を作ることなく、即座に背後を振り返ってジュー・ジツを構える。敵との間合はタタミ5枚。右すねのニンジャ装束が切り裂かれている。横一文字に刻まれた深さ数ミリの微かな傷から、思い出したように血が垂れた。一瞬でも判断が遅ければ、先に首を切り裂かれていただろう。
「……ベッピン?」声を洩らしたのは、10インチ弱の折れたる刃を不思議そうに見つめる、ダークニンジャの側であった。彼はほとんど無意識のうちに胸元から魔剣の破片を取り出し、反撃を繰り出していたのだ。刀身を握る掌から、つつと鮮血が流れる。キイイィィィンとベッピンが再び空気を切り裂いた。
二者は互いの出方を探るように、同心円状にじりじりと横歩きを,見せた。タタミ7枚、10枚……徐々に距離が開いてゆく。いわゆるゴジュッポ・ヒャッポの状態である。両者ともに次の一手を出しあぐねている証拠だ。
(((ベッピンよ、お前を振るって戦えというのか?)))ダークニンジャの心を、珍しく驚きと迷いが支配していた。確かに、目の前にいる敵はかつてベッピンを叩き折った張本人だ。だが…(((……だが、折れたる妖刀よ、鍛え直さねばお前はあまりにも脆すぎるのだぞ。粉々に砕かれでもしたら…)))
ニンジャスレイヤーが動いた。「Wasshoi!」全ての迷いを断ち切るような勇ましい掛け声とともに、タタミを強く蹴って一直線に駆け込む!ダークニンジャも一歩遅れて駆け込んでくる!距離が一気に詰まる!
ベッピンが鳴動し、周囲の空気がうねる!ニンジャスレイヤーの視界がぶれ……ダークニンジャの姿が消えた!前回彼に重傷を負わせた必殺技、デス・キリだ!(((惑うな!!)))ニンジャスレイヤーは直感だけを頼りに闇雲に走り抜けチョップを繰り出す!「「イヤーッ!」」2人のニンジャが交錯した!
一瞬の静寂! 二者は互いに背を向けたまま、タタミ10枚の距離でぴたりと制止した。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーが方膝をつく。右肩口から左わき腹にかけてを、ベッピンの刃で切り裂かれていたのだ。ナムサン!噴き出した赤黒い血はすぐさま糸のように編み上げられ彼のニンジャ装束を修復する。
キイイイイィィンとベッピンが鳴った。血がタタミにポタポタと落ちる。抜き身の刀身を握るダークニンジャの傷は、すでに骨にまで達しようとしていた。ダークニンジャの目は、ベッピンの刀身につけられた新たな傷跡に釘付けになっている。ニンジャスレイヤーのチョップが、刃の峰を砕きかけていたのだ。
「ダークニンジャ=サン、それはベッピンの望みではありません」「ダークニンジャ=サン、新たな主に仕えるべき時が来ました」不意に、何処からともなく2つの新たな声が聞こえる。ダークニンジャの左右に小さなつむじ風が巻き起こり、2人のニンジャがふわりとタタミに舞い落りた。
「ドーモ、ダークニンジャ=サン。マスター・トータスです。私は未来を見ます。余り遠くまでは見えませんが」左に現れたのは、シシマイめいたマスクを被る8フィート超の巨躯のニンジャである。装束には白い毛筆体のカタカナで「カメ」と繰り返しショドーされ、フロシキのようなマントを羽織っていた。
「ドーモ、ダークニンジャ=サン。マスター・クレインです。私は過去を見ます。余り遠くまでは見えませんが」右に現れたのは、これまたシシマイマスクを被る8フィート超のニンジャ。装束には「ツル」と繰り返しショドーされ、フロシキじみたマントを羽織っている。全ての色がトータスの反転だった。
「クウッ!」ニンジャスレイヤーは鋼鉄メンポの奥で歯を食いしばり、激痛に耐える。そして後ろを振り返り、ダークニンジャの両脇に立つ異様なニンジャたちを見た。初めて見る手合いだ。新手のソウカイニンジャか?こうなることを予想はしていたが、多対一でダークニンジャを相手にするのは至難の業!
(((力を貸してやろう)))ナラク・ニンジャが囁く(((前回勝ちを拾えたのは、誰のお陰だと思っているのだ?)))。(((失せろ)))フジキドは不屈の精神力でニューロンの同居者を彼方へと追いやった(((オヌシの力など要らぬ!)))。そして駆けた! 標的はただ一人、ダークニンジャ!
己の妻子、フユコとトチノキを淡々と殺害した憎き敵! 怒りという名の薪が魂の炉にくべられる! フジキド・ケンジの全身に力がみなぎる! 彼は両腕をYの字大上段に構え、左右どちらから振り下ろされるか分からない恐るべきチョップの姿勢で駆けた! 暴走するサッキョー・スーパーエクスプレスのように!
「「下郎よ下がりおれ、出る幕ではないぞ」」マスター・クレインとマスター・トータスが両腕を前方に突き出して、ダークニンジャを守るように立ちはだかった。ウィジャ盤を操作するかのような不気味な手つき。8フィート、いや、背筋を伸ばすと9フィート近くあるようにすら思える、尖塔のごとき威容!
ニンジャスレイヤーは止まらない! 目の前に敵が立ちはだかるならばカラテあるのみ! だがその時、クレインとトータスの両腕を包んでいた重厚なテッコの指先全てがパカリと開き、中から無数の極小スリケンが射出されたのだ!「「イヤーッ!」」スポスポスポスポスポスポスポ! 射出音が空気を切り裂く!
「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーはフットワークと両腕の動きで回避を試みるが、数が多すぎる! コイン大の極小スリケンがガードをすり抜け、次々とニンジャスレイヤーの体に突き刺さった! インガオホー!
近づけば近づくほどスリケンの弾幕密度は厚くなる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはたまらず突撃を中断し、四連続の側転とバックフリップを決める! だがマスター・クレインとマスター・トータスの指先は、最新鋭自動照準装置を上回る正確さと無慈悲さでロックオンを続けるのだ! スポスポスポスポ!
次第にニンジャスレイヤーの動きが鈍り始める。手足が言うことを聞かない。「グワーッ麻痺毒!」気付いた時にはもう遅かった。ニンジャスレイヤーは壁に寄りかかるように、よろめきくずおれる! コックローチに殺虫剤で止めを刺すように、動かなくなったフジキドへさらに斉射! スポスポスポスポスポ!
何たる戦闘能力か! マスター・クレインとマスター・トータスは、その場から一歩も動いてはいないのだ! フジキドが痙攣し始めたのを見計らうと、二人は顔を見合わせてシシマイめいた歯をカタカタと鳴らし、指先のフタをパタンと閉じた。そしてダークニンジャへと向き直る。
「さあ急ぎましょう、ダークニンジャ=サン」「あなたはサンダーフォージ=サンの居所を掴んだ、しかし何故行動を起こさないのですか?」トータスとクレインが語りかける。「キョートはザイバツの支配下にある」妖刀から目を離さぬダークニンジャ「それに、鍛え直すにはベッピンと同等の金属が必要だ」
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」何やら得体の知れぬ陰謀めいた話を続ける3人から10メートル以上も離れた暗がりで、ニンジャスレイヤーは瀕死のマグロのように全身を痙攣させていた。麻痺毒は余りにも強力で、異常緊張した筋肉が全身の骨を砕かんばかり。このままでは実際死ぬだろう。
「おのれ……おのれ……!」フジキドの視界がぼやける。喉の筋肉も異常緊張し、ひゅうひゅうとアビスを吹く風のごとき音を発し始めた。妻子の仇を目の前にして、なすすべも無いのか! 何たる無力! このままではカスミガセキ抗争の夜の再現だ!(((……嫌だ! それだけは! フユコよ! トチノキよ!)))
聴覚も失われ始めた。ダークニンジャ、マスター・クレイン、マスター・トータスの言葉が、ネンブツめいた断片となって聞こえてくる……。
3
タタミに這いつくばり、致死性の麻痺毒に耐えるニンジャスレイヤー。彼のことなどもはや眼中にないかのように会話を続けるダークニンジャ、マスター・クレイン、マスター・トータス。その声が断片となって聞こえてくる……。
「三種の神器を探すのです、ダークニンジャ=サン。ひとつでも手に出来れば」……「私は過去を見ました。それにはベッピンと同じ金属が」……「三種の神器? ソード、ジュエル、ミラーか?」……「いいえ、それは捏造された歴史」……「真の三種の神器とは」……「メンポ、ヌンチャク、ブレーサー」……
「キョート」……「ザイバツ」………………「サンダーフォージ=サン」……「ベッピン」………………「ショーグン・オーヴァーロード」………………「カツ・ワンソー」……「ハイク」………………「ガイオン」……「カマユデ」…………
…………「…………ヌンジャ…………」…………
ニンジャスレイヤーの意識が薄らいでゆく……視界の先に、うっすらとサンズ・リヴァーが見え始める。サンズ・リヴァーの船を待つ川原では、ホタルじみた青い光を放つススキが揺れていた。うつぶせに倒れるニンジャスレイヤーは、ススキの穂がメンポをくすぐるのを微かに感じた。
チリン、チリンと鈴の音。どこからかネンブツの声。舟が近いのか。異様なほど大きな満月から、心地良い光が注がれる。ああ、まるでフートンの中にいるようだ。
「ニンジャスレイヤー=サン、今はまだその時ではない」不意に、編み笠を被り、真っ白なハカマとジュー・ウェアを身に付けた老人が現れ、這いつくばるフジキドの前にアグラをかいた。笠の陰になり、老人の顔は判別しがたい。だが、その声には懐かしさがあった。
「ドラゴン=センセイ……」フジキドは血の涙を流した。同時に、自分の慢心を呪った。己は孤立無援だなどと、どの口が言ったのか。何たる未熟か。 「言葉は要らぬ。フーリンカザン。チャドー。そしてフーリンカザン」それだけ言い残し、老人の亡霊……あるいはニューロンの残留ノイズ……は消失した。
フジキドは、今何をなすべきなのか、全てを悟った。彼は静かに目を閉じ、空気を吸った。全身がただ、呼吸と化学反応のためだけに存在するマシナリーのように純化されてゆく。オーガニック・タタミの香りが鼻腔に忍び込む。完全なるチャドーの呼吸だ。「……スゥーッ!ハァーッ!スゥーッ!ハァーッ!」
一方、三者の密議はいよいよ結論に達そうとしていた。「……駄目だ、やはり今はキョートには行けぬ。ソウカイヤとザイバツの外交問題に発展するだろう。それに、俺にはまだラオモト=サンから与えられた任務が……」「ダークニンジャ=サン、私は未来を見ました。その心配はもはや不要なのです」
「あのような俗悪な支配欲にまみれた男が、本当にあなたの君主にふさわしいでしょうか?ニンジャソウルを宿したる刃、妖刀ベッピンの所持者となる定めを背負った暗き英雄にふさわしい主でしょうか?」マスター・クレインは、壁のディスプレイを指し示す。いつの間にか放送が始まっていたようだ。
「ドーモ、ミッドナイト・オイランニュースの時間です」蛍光グリーンの刺激的な髪を持つオイランリポーターが、競泳ボディスーツめいたPVCコスチュームを着て姿を現す。目元はクールなサイバーサングラスに隠され、液晶面には提供各社の社名とスローガンが赤いLEDとなって右から左へ流れていた。
レポーターはバイオLAN端子にジャックインする仕草をとる。3D技術で作り出された3000畳の広大な茶室にダイヴ。タタミ、ショドー、いけす、岩、そして漆塗りの椅子が2つ。もちろん、これはTV的な演出だ。ブルースクリーンとリアルタイム3D描画を使った、高度なSFXテクノロジーである。
レポーターが2つの椅子の前に奥ゆかしく正座してドゲザすると、極小の010101010101がたくさん現れてらせんを巻き始めた。左の椅子のところに出現した010101010101は、次第に白いアルマーニを着た男を形作る。「ドーモ、ラオモト=カンです」
右の椅子には、紫色の上等な法衣を着て金縁サイバーサングラスをかけたボンズが出現した。「ドーモ、カスミガセキ教区のアークボンズ、タダオです」。実際のラオモトがトコロザワ・ピラーにいるのと同様、タダオもまた自らのジンジャ・カテドラル内にあるスタジオのグリーンスクリーン前にいるわけだ。
「ドーモ、本日はお忙しい中、大変恐れ入ります」正座の状態から顔を上げたオイランレポーターは、視聴者にその艶めかしい尻を向けたまま、マイクを持って質問を開始した。「本日付でラオモト=サンをブディズムの名誉聖人に認定されたとのことですが、今回のネオサイタマ市長選挙との関係は?」
「ムハハハハ、全くありません」ラオモトは笑いながらキューバ産の葉巻を吹かした。「時期が偶然重なっただけのことです」。TV画面の右下には、ジンジャ・カテドラル内に新たに追加された、聖ラオモトのマンダラ・ステンドグラスの最新映像がカットインしてきていた。
「ラオモト=サンの仰るとおり以前から決まっていたことです」とタダオ大僧正「常日頃からの彼の貧民救済活動などを評価してのことです」。これを聞き、ラオモトは肘掛け部分に隠したボタンを何回か叩いた。キャバァーン! キャバァーン! キャバァーン! 小さな電子音がアークボンズのイヤホンに流れる!
タダオ大僧正の口元が微かに緩む。サイバーサングラスで隠された細い目は、より一層細まっていたことだろう。内側の液晶面には赤い数字が並び、ラオモトがボタンを叩くたびにその数字が跳ね上がってゆく。これはタダオの預金口座だ。ボタンが叩かれるたびに数千万単位のマネーが振り込まれているのだ!
「ラオモト=サンはほとんどブッダに近い」タダオのさらなるリップサービス「以前、匿名でネオサイタマ市内の孤児院や養護施設に寄付があったが、あれも実は…」「ムハハハハ、実はワシなのです」キャバァーン! キャバァーン! さらに2千万円! タダオはサイバーサングラスの奥で満面の笑みを浮かべる!
ナムアミダブツ! こうした汚い裏金工作は高度に隠蔽されており、ネオサイタマ一般市民がそれを知ることは絶対に無いのだ! 名誉聖人の権利を買うためにラオモトからタダオ大僧正に渡された巨額のマネーと極上大トロ粉末、その事実を知る者といえば…それを運んだダークニンジャ本人くらいのものである!
…「さあ、ダークニンジャ=サン、急ぎましょう」「ダークニンジャ=サン、いつまでもこんな所にいては、ベッピンが泣きます」「だが……いや……わかった」意を決したダークニンジャは静かにベッピンの血を払い、折れたる刃をカーボン容器に戻した。そしてモニタ内のラオモトへ無表情に一瞥をくれた。
「スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!」一方、チャドー呼吸を続けるニンジャスレイヤーの体からは徐々に麻痺毒が消え始めていた。ナムアミダブツ! これこそが、太古の暗殺術チャドーの真髄である! ただでさえ強力なニンジャ新陳代謝がさらに促進され、この程度の毒ならば無毒化してしまうのだ!
指、掌、腕……徐々に筋肉の異常緊張が解けていく。突き刺さっていたバルカンスリケンの弾がポロポロと落ちていく。(((ドラゴン=センセイ、あなたのお陰でまた命を拾いました……!)))そしてフジキド・ケンジは再び立ち上がり、不撓不屈の精神を見せ付けるかのごとくジュー・ジツの構えを取る。
「奴を仕留めねば……!」ダークニンジャが身構えようとする。だが再びマスター・クレインとマスター・トータスが彼の前に立った。「「時間の無駄です、ダークニンジャ=サン」」足元からつむじ風が巻き起こる。現れた時と同じように。そしてそのつむじ風は、今度はダークニンジャをも巻き込んでいた。
逃がすものか! ニンジャスレイヤーは身を沈め、タメを作って跳躍の予備動作をとった。そこから繰り出される動きは、きりもみ状に回転しながら両脚をカマのように振り、敵の首を狩る血も涙もない暗殺技、タツマキケン! 前回ダークニンジャを戦闘不能に追い込んだ技だ!「イイヤアアァァァァーッ!」
ニンジャスレイヤーはタツマキケンの軌道をコントロールし、軍用ヘリコプターのようなスピードで敵に迫る!(((百発のスリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。一千発のスリケンを投げるのだ!)))……かつてドラゴン・ゲンドーソーから授かったインストラクションが蘇る!
一見無謀に思えるこの攻撃も、実はインストラクション・ワンの極意を忠実に実行したものであった。正面からスピードで戦うと決めたならばその方針を崩してはならない。より速く動き、スリケンバルカンを受けたとしても毒が体を巡り出す前に敵を仕留める! その答えがタツマキケンだったのだ! ナムサン!
スポスポスポスポスポスポ! スポスポスポスポスポスポ! 予想通り、マスター・クレインとマスター・トータスの指先から放たれるスリケンバルカン! だがニンジャスレイヤーは速い! 死の迷いを捨てさらに飛行速度を速める!「Wasshoi!!」回転するカマのごとき足先が敵に迫った! だが、その時!
つむじ風が一層強く巻き起こり、その中にいたダークニンジャたち3人が忽然と姿を消したのだ! 切断されたフロシキ・マントの切れ端だけが、虚しく宙を舞う。ブッダ! これはいかなるトリックか!? ニンジャスレイヤーはタタミ上に着地し、そのまま流れるような動きでアグラを組みチャドー呼吸に入った。
今回の傷は浅い。敵が放ったスリケンバルカンは先程よりも遥かに少ないからだ。メディテーションを行ったニンジャスレイヤーは、もはやこのセレモニーホールには、自分以外に一切のニンジャソウルが存在しないことを感じ取っていた。
(((おのれ、逃がしたか……!)))またしてもニンジャスレイヤーとダークニンジャの決着はつけられなかった。だがいずれ、そう遠くない未来に、再びダークニンジャとは戦うことになるだろう……フジキドはそう直感していた。そしてそのためにはまず、ラオモトとの死闘を生き延びねばならぬことも。
ニンジャスレイヤーは立ち上がり、次なる道を探した。恐らくは、両脇を大ニンジャ像によって守られた門が、次の階へと続くエントランスだろう。(((クウッ…!)))デス・キリの傷が痛む。だが休んでいる暇はない。こうしている間にも、ナンシーがどのような陵辱を受けているかわからないからだ。
「ナンシー=サン、無事でいてくれ……」ニンジャスレイヤーは鋼鉄メンポの奥で小さく祈った。そして、ユカノ=サンの顔も同時にニューロンをよぎる。先程の夢の中でドラゴン=センセイがユカノ=サンのことを話さなかったのは、きっと自分にかけてくれた慈悲なのだ、とフジキドは思った。
自分にもはや家族は無い。だが、守らねばならぬものや、共に戦う信頼の置ける同志はいる。これ以上それらを失うのは、何としてでも避けねばならない。「必ずや……」ニンジャスレイヤーは誰かに誓うように、ただそれだけ独りごちながら、門のところへと歩いてゆく。
その時、不思議な感覚が彼のニューロンを引っ張った。この感触には覚えがある。バーバヤガと出会った時に感じたものだ。誰かが自分を呼んでいる?だが何処から?ニンジャスレイヤーはセレモニーホール内を見渡す。そして西側の壁の高い所に掲げられた、ラオモト・カンの直筆ショドーに視線を注いだ。
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ニンジャスレイヤーはセレモニーホールの壁に並ぶ大型ディスプレイの端を足場代わりに使って跳躍し、「成せば成る」と縦書きされた大型ショドーを切り裂く。思った通り、キンコめいた漆塗りのシークレット鋼鉄扉が姿を現した。「イヤーッ!」ニンジャ筋力で四個のバルブを強引に破壊し、内部へと潜入。
その先には、カチグミ料亭を思わせる、細く上品な木製の廊下が続いていた。キィ、キィとヒノキ材の床が軋み、その音が暗闇に吸い込まれてゆく。天井の電子ボンボリが柔らかい桜色の光を放っていた。左右にはショウジ戸やフスマが並んでいる。奥行きはどれだけあるのか解らない。
ニンジャスレイヤーはまるでSWAT隊員のように中腰の姿勢を取り、両手を小さく横に広げてバランスを保ちながら、音を立てぬよう廊下を進んだ。(((ここか……?)))直感が彼を導く。そして、金箔地に鯉の絵が描かれたフスマのひとつを勢い良く蹴り破った。「イヤーッ!」
「アイエエエエエエ!」その先は調理場だった。マグロをさばいていた老イタマェが、驚きの声を上げる。(((間違いか……)))ニンジャスレイヤーは振りかぶっていたスリケンを収め、間違いを詫びるオジギをすると、ふたたび密やかに廊下を奥へ奥へと進んでいった。
01001011111……ニューロンが引っ張られる。目的のもの、すなわちナンシー=サンに近づいているという確信が強まる。それと同時に、彼女がどんな仕打ちを受けているのかという恐れも。((焦りは禁物だ……平常心を保たねば……)))フジキドはさらにSWAT的隠密動作で先へと進んだ。
音もなく影のように忍び歩くニンジャスレイヤー。(((ここか……!)))直感が彼を導く。そして、金箔地にライオンの絵が描かれた重厚なフスマのひとつを、勢い良く蹴り破った!「イヤーッ!」
(((何だここは?)))そこは全面黒漆塗りと金装飾が施された、数十畳ほどの異様な子供部屋だった。架けられたスーツやコートのサイズでそれが解る。シャンデリアのロウソクの灯りが、武者鎧、勉強机、ソロバン、株式チャートが映った大型ディスプレイ、ヤリ、エグゼグティヴ机などを照らし出した。
部屋の隅には、フェニックスの装飾が施された鋼鉄製のトリカゴめいた檻がある。静かに近づくニンジャスレイヤーは、その中で正座し、赤い漆塗りのオボンに載せられたスシを食べるナンシー・リーの姿を認めた。ターコイズと黒のオイラン装束を着せられている。「ナンシー=サン、無事だったか……!」
ニンジャスレイヤーは手早く鍵を破壊する。ナンシーはニヒルな笑みを浮かべながらマッチャを呑み切った。「無事の基準にもよるけど、私のニューロンにダメージは無いわ」檻を出ると、壁に架けられたチャカ、ベルト、ナイフなどで武装する。檻を出た後どうするかを完璧にシミュレートしていたのだろう。
ナンシーはニンジャスレイヤーの顔を見た。相当なダメージを負っているのだろう。顔は死体のように蒼ざめ、目の周りにはユーレイ・ゴスめいた黒く深いクマ。「……ありがとう、私のミスのせいで……」とナンシー。「……ヨロコンデー」ニンジャスレイヤーは掌を前に出し、静かに彼女の言葉を遮った。
ナンシーの無事を確認したことで、緊張の糸が緩んだのか、一瞬ニンジャスレイヤーの意識が遠くなり、その場で立膝の姿勢を取った。そして檻に背中を預ける。駆け寄るナンシー「オーガニック・スシがあるわ。オハギも」。ニンジャスレイヤーは静かに頷いた。「ヨロコンデー」とナンシーは静かに答える。
ナンシーはキンコ型冷蔵庫を開け、中に収められたスシ、ショーユ、オハギなどを取り出して、ニンジャスレイヤーの前に運んだ。チャドー暗殺拳は相当なカロリーを消費する。ニンジャは神ではない。爆発的に代謝速度を増したということは、それに見合う良質なエネルギー補給が必要だ。即ちスシである。
「誰だお前は?」不意に幼い声が聞こえた。上等なアルマーニのスーツを着た少年が、部屋の隅にあるトイレのドアを開けて出てきたのだ。キョート・コケシめいた髪型の髪毛はややグレーがかり、目の色も群青色だ。ハーフだろうか。フジキドはトチノキを想起した。だがこの少年はそれよりいくらか年上だ。
ニンジャスレイヤーは反射的にスリケンを投擲しかける。だが、この少年からニンジャソウルは感じられない。「僕の部屋に勝手に入ってくるとは、いい度胸だな。フジオを呼ぶぞ!」細身の少年は、驚くほど朗々とした声で言い放つ。若くして王者の風格と、線の細いヒステリックな危うさを併せ持っていた。
「出よう……」ニンジャスレイヤーは手短にスシを咀嚼し終えると、オハギを残したまま立ち上がった。「ムハハハハ!そうだ、それでいいんだ!でも、後でケジメさせるからな!」少年は相手の動きを警戒しているのか、体の半分をトイレのドアに隠しながら言い放つ。
フジキドとナンシーは少年に一瞥をくれ、破壊されたフスマへと足早に歩む。「おい、待て! それは僕のだぞ。置いていけ! フジオを呼ぶぞ! フジオ! 今すぐ来い! フジオ!」少年は限定ウサギモチヤッコ型の形態IRCトランスミッターに向かって叫ぶ。「おい、待て! おい…!」少年の声が遠ざかってゆく。
ニンジャスレイヤーはナンシーを抱き上げて廊下を駆け、シークレットドアから脱出してセレモニーホールのタタミへと飛び降りる。「ラオモトの息子よ」ナンシーが自分の足で立ちながら言う「正確には、何人もの息子の一人」。「そうか」ニンジャスレイヤーは無表情に返す。それ以上の思考は危険だった。
「ナンシー=サン、独力で脱出できるか?」とニンジャスレイヤー。「できるわ、足手まといにはならない。それに……」とナンシー「おそらく、この近くに電脳制御室があるはず。ハッキングして、天守閣への通路のロックを解除するわ。これで貸し借りは無し。あとは…」ナンシーはディスプレイを指差す。
「あの生放送をハッキングしたら、さぞ面白いことになるんじゃないかしら?」ナンシーは疲れた顔に笑みを作り、右手でキツネ・サインを作った。「ソウカイ・シンジケートのこれまでの悪事は、全て私の脳内記憶領域にバックアップされているわ」「ナンシー=サン、油断するなよ」 そして二者は別れた。
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