【ヘイル・トゥ・ザ・シェード・オブ・ブッダスピード】
◇総合目次 ◇エピソード一覧
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードは上記物理書籍に加筆修正版が収録されています。また、第2部のコミカライズが、現在チャンピオンRED誌上で行われています。
【ヘイル・トゥ・ザ・シェード・オブ・ブッダスピード】
1
「娘は20になったばかりでした」「一人娘です」コタツ・テーブルに写真を並べながら、夫婦は石のような無表情。「マッポは何も」二枚、三枚。アスファルトにぶちまけられた血の痕。可憐な笑顔の女性。次の写真ではデスマスク。ひしゃげたヘルメット。「現場に残された、婚約者のものです」
「ケンザ=サンと娘は、別々に、それぞれに、襲われた」「いい人でした。二人は幸せでした。式場を探していた」「ケンザ=サンは?」男は無感情に問う。壁にはトレンチコートとハンチング帽がハンガーにかけられている。夫婦は無言で、新たな写真を置いた。ちぎれた腕と脚。路上。「……そうか」
妻が震え、嗚咽した。「……そして、これです」最後にコタツ・テーブル上に差し出されたのは写真では無かった。男の目が獰猛な光を一瞬帯びた。夫が目の前に置いたのは……スリケンだった。「どうか」妻が泣きながら訴えた。スリケンをあらためようとした男の手を、夫が両手で掴んだ。「どうか!」
「これでニンジャの仕業と決まったわけではない」「殺してください!」「仇を!」夫婦はほとんど叫ぶように懇願した。「このスリケンはデッカーも見つけなかったんです。花を……クッ……現場に花を……その時に、ガードレールの繋ぎ目に残っていた」夫は鬼神めいて言った。「警察には隠しました」
「何故」「貴方はご存じなんでしょう?せっかくのこの証拠も、しまい込まれて、無かったことにされちまう!現に、もう捜査すらされてないンだ!ロクに調べもしない!」「どうか」「どうか仇を。真実を」「……」男は資料をテヌグイで丁寧に包み、己のアタッシェケースにしまい込んだ。「よかろう」
「お願いします」妻が卓上UNIXの入金ボタンを押した。キャバァーン!「後は出来高だ。頼みます」夫は押し殺した声で言った。「頼みます。モリタ=サン」男は頷き、立ち上がってコートとハンチングを着、アタッシェケースを取った。夫は背中に言った。「この金は娘の生命保険からだ」
◆◆◆
ウォルルルルル!ウォールールルルルルル!ウォルルルルルルルルル!「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」「ザッケンナザッケンナ!ススッスッゾスッゾゾゾゾ!」「パパパラー!」改造オートバイや改造スクーターの鳴らす爆音、合成ヤクザクラクションテクニック音が競い合うように夜の空気をつんざく!
時刻はウシミツ・アワー。808号線上には現在、全く動く事のない渋滞が発生している。渋滞車列の最前列の前にはグルグルと威圧的に8の字を描く改造スクーターが複数台、その全てがタンデム二人乗り、後ろの人員は鎌バットを振り回し、舌を出して獰猛に善良なる市民ドライバー達を威嚇した。
彼らのファッションはロッカーめいた鋲付き革ジャケットが基本装備であり、剃り込みを入れたヘアースタイル、額には捻じったタオルをしめ、シート背もたれは天を衝くほどに高く、エビやシャチホコの意匠を取り入れ、丸みを帯びた書体の「大漁」「頑張り」「無免許運転」のノボリ旗をひらめかす。
「オッさんよォ。な?もうちょっとだけ、な?」先頭の車の運転席ドアーのウインドウを開けさせ、そこへ腕をもたせかけたライダーが、8の字走行を見ながら笑いかけた。「今からマブい勝負事よ?終わるまで待てるよな?な?ゆっくり走ろうネオサイタマ!テレビで言ってるよ?」「アイエエエ……」
ナムアミダブツ……決定的大渋滞をハイウェイ上に引き起こした彼らは、夜な夜なネオサイタマの交通を脅かす恐るべき暴走者クランのひとつ「ワンダリングマンモス・レンゴウ」である。暴力、破壊、恐喝、強盗、強姦、殺人を厭わないうえ、その半数が未成年の若者達である。コワイ!
「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」カブキめいた過剰装飾に彩られたスクーターを危険に乗りこなす彼らは、クランのしんがりを守る狂犬めいた武力闘争チームだ。彼らのスクーターの改造にあたってはスピード効率は度外視され、敵を威嚇する迫力、華々しさ、音の煩さが重視される。
道路封鎖から数十メートル先では、様相の違う大排気量オートバイ群が、漢字サーチライトめかせたハイビーム・ライトを点灯、エンジンを唸らせ、カジュアルな扇型隊列を組んで停止している。彼らは同じクランのスピード・チーム……速さに憑かれ、夜な夜な暴走レースに明け暮れる命知らず達だ。
しんがりチームが道路を封鎖し、怒り狂ったマッポ部隊が到着するまでの僅かな時間、彼らは束の間の解放を味わう。己の闘争本能のまま、アスファルトに焼けるタイヤ痕を刻む。悪魔儀式めいた刹那的危険遊戯……だがこの光景も、マッポーのネオサイタマの夜においてはチャメシ・インシデントなのだ!
そしてこの夜、「レース」のアトモスフィアはいつにもまして剣呑であり、一触即発めいていた。横に並ぶ二台のオートバイ。一方はボディにスイスチーズ軽量化を施す一方、危険なスパイクを所狭しと生やした戦闘的750ccモーターサイクル。一方はハーレーめいた剛強なツワモノだ。
それぞれのバイクの脇には乗り手が腕を組んで立ち、互いに睨み合う。スパイクモーターサイクルの乗り手はこの暴走者クランの首領、カケルだ。裾が足首まである袖無しバッファロー革ロングコートを黒ジュドー・ウェアの上に羽織り、背中には「末法」の金糸刺繍。逞しい肉体は傷だらけだ。
カケルの両脇には豊満な胸をひけらかすオイラン風ファッションの女が三人まとわりつき、カケルの気を引こうとしたり、相手に侮蔑的な視線を投げたりする。カケルは相手を指差した。「オイ、あンまりナメてるとよォ。首を撥ねる」
「ナメてる?ナメてるッて?」アフロヘアーにオールドファッション・サングラスの男は薄ら笑いを浮かべた。スリムジーンズに、上半身は裸、鍛え上げられた肉体をさらし、背中には威圧的なタトゥー。「……俺たちがか?」
「俺たちは、お前らのやり方に合わせてやってるぜ……」「その『俺たち』ッてのが、ナメてんだ」カケルはハーレーを指差した。シートにはワンレングスの長髪男が座っている。痩せており、端正な顔だが、目の周りは薬物中毒者めいたイメージの薄赤紫の隈取り。男はクチャクチャとガムを噛んでいる。
「二人乗りでやるッてのか、アア?」「だって、そいつ走って行っちまって、俺一人でここに残るの、怖いもの。ヒヒッ、ヒ!」長髪男は歯をむきだして笑った。「ボコられちまう……」「サマシャッテコラー!」周囲を囲むライダーの一人が怒声を張り上げた。長髪男は肩を竦めてみせた。「コワイもの」
「俺たちの事はいいから、テメェの心配しとけ」アフロヘアーの男は言い捨てた。「ケンカふっかけたからにはな」「アッコラー!」「チェラッコラー!」ライダー達が叫び返す。カケルは道路に横たわるモヒカンを踏みつけた。「アバーッ!」モヒカンが呻いた。鎖で縛られ、バイク後部に繋がれている。
「心配するのはテメェらのほうだッての、わからねえと見える。アフロ!テメェは首を撥ねる。そっちのガリガリ野郎は、次のレースでこのモヒカンの役だ。ミンチ重点だ」「俺はスーサイドだ。アフロじゃねえ」「俺はフィルギアだぜ……」「ナマッコラー!」「チェラッコラー!」ライダーの威嚇怒声!
「俺、さすがにあのモヒカンみたいになるのは嫌だぜ。頑張ろうぜ」フィルギアがスーサイドに言った。スーサイドは舌打ちし、前に座った。「ダラダラ座ってるだけの奴が」「俺が運転したら、負けちまうもの。今、ハイだし、そもそも、無免許だし」「あいつら、今どこだ」「さぁ……」
「うるせッコラー!」カケルが遮った。モヒカンの顔面をスパイクブーツで踏みつけ(「アバーッ!」)、スパイクモーターサイクルにまたがった。「ゴールは次のインターチェンジだ!前が渋滞してても関係ねえぞ……チキンは首を撥ねる!」「旗振れよ」スーサイドが凄味のある声で言った。
ウォルルルルルルルルル!ウォゴゴゴゴゴゴゴ!二台のモーターサイクルが激しく震動する。扇状の後続モーターサイクル部隊もいっせいに空ぶかしを始めた。クランの旗振り役がやや前方に立ち、旗を垂直に立て……振り下ろした。BANG!誰かが天に実弾発砲した。ドウ!二台が同時発進!
「イピィー!」フィルギアは上体を仰け反らせ、奇声を上げた。両腕をダラリと垂らすが、いかなるバランス力か、振り落とされる事はない!ハーレーの左前方にはカケルのスパイクモーターサイクル!「アーババババババーッ!」鎖で引きずられるモヒカンが無惨に削られてゆく!ナムアミダブツ!
「ヘイヘイ!ヘイヘイヘイ!」ルゴゴゴゴゴ……その後ろからライジング・タイドめいて他のモーターサイクル群が追跡を開始する!コワイ!まるでそれは牛追い祭りの如くもある!現在、スーサイドらはカケルのバイクのやや後ろを行く。スピードが足りず後続車両群に呑み込まれれば、命はあるまい!
爆音と共に流れゆく暴走者達のハイビーム・ライト光……そこからやや遠く、ハイウェイの道路状況液晶表示板の上に腕組みして直立する赤黒の影が、夜風にマフラーめいた布をはためかせ、その有様を注視していた!
カケルはミラー越しに斜め後ろを見やった。スーサイドのハーレーはカケルのフルチューンド・スイスチーズド・アンド・スパイクド・モーターサイクルに、それなりにキャッチアップしてきている。だがその距離は徐々に開きつつある。当然だ。「俺のはスピードモンスターなんだ。タフガイ気取りめ」
「アツ!アバッ!アバッ!」そのすぐ後ろの道路に点々と血と肉の痕を残すのは、鎖に繋がれたモヒカンである。当然この見せしめ処刑行為はカケルのバイク速度の制限要因となっているが、こんなものはハンデにもなりはしない。何よりこれは、チームを統べる者に課せられた、面子という名の義務だ。
暴走バイク・チームを率いる事は並ではない。スピード狂いのオートバイ・チーム、暴力嗜好者揃いのスクーター・チーム、現金なセックスオイラン女たち。それらを引っ張るのは、力であり、知恵であり、面子である。カケルはチームに、青春を、人生を、命をかけている。
スピードが、暴力が、セックスの供給が絶えれば、たちまちこの未成年集団は瓦解する。当然、カケルの上にはヤクザクランの顧問がついている。毎月の上納金ノルマはギリギリだ。この苦労の見返りは何だ?高速で頭上を通り過ぎる灯火はまるでカケルの人生のメタファーだ。光りながら走り抜ける。
既にモヒカンのもがき苦しむ声は聴こえない。死んだのだろう。モヒカンはチームをナメた。ゆえに見せしめにする必要がある。リーダーには力と非情が求められる。この処刑はカケルの資質を示すための、宗教めいた厳然たる儀式だ。定期的に必要なカンフルだ。当然、次は後ろのハーレーの連中を殺す。
ハーレーは着いてきている。カケルは舌打ちする。そうかからずに後続集団に呑まれ、バラバラになるのがオチと考えていた。「意外に踏ん張りやがる。ナメやがって」スピードを上げ、前方のカンオケ・トラックの脇を通り過ぎる。「ここだ!」カケルはテイルを振った。モヒカン鎖が鞭めいて跳ねた。
ナムサン!モヒカンの死体がハーレーに叩きつけられんとす!ハーレーはカケルのやや後方。横のカンオケ・トラックのせいで回避余地が少ない!「死にくされーッ!」
「イヤーッ!」スーサイドはハーレーをウイリーさせた!「イーヒーヒィー!危ねえ!」長髪を後ろへなびかせ、フィルギアが笑う。「そのままそうやッて、重しになれよ!」スーサイドが叫んだ。ゴババババ!後輪がアスファルトを焼き焦がし、巨大な車体がジャンプした!
踏み台にされたモヒカンの死体はあわれバラバラに引き裂かれ、アスファルトに散らばって後続ライダー集団を戸惑わせる。サツバツ!さらに、宙を飛んだハーレーはカケルのバイクに上から襲いかかる!「ウ、ウオオーッ!?」カケルは咄嗟にジャンプ攻撃を回避するが、車体がスピン!「グワーッ!?」
回転しながら横倒しになり、カケルはバイクごとガードレールに衝突!「グワーッ!」路上に投げ出された!「グワーッ!」「ゴールで待ってりゃいいのかい」フィルギアがハコ乗りめいて身を乗り出し、言葉を投げた。カケルはアスファルトにうつ伏せに倒れ、屈辱と苦痛に打ち震えた。
ハーレーは再加速!カケルを置き去りにする。後続のモーターサイクル群がカケルの周りに集結した。「ボス!」「ボス!」彼らは次々に愛車から飛び降り、カケルを助け起こす「ボス大丈夫ですか」「ボス……マジかよ」「……!」カケルは歯を食いしばった。このままではカリスマが損なわれてしまう!
「殺す!奴ら殺す!」カケルは吠えた。「卑怯なマネしやがって!」己のモヒカン鎖の事は棚上げだ。「卑怯……」「だよな」ライダー達が顔を見合わせる「ボスがスピードで負けるワケねェ」「……」カケルは裏切りの気配が無いか、油断なく見渡した。「手足に鎖を巻き、東西南北に引っ張って殺す!」
「どうします」ライダーの一人がおずおずと尋ねた。「奴ら行っちまったケド……」「俺にはコネクションがある。暗殺部隊だ。俺の一声で、アゴで使える連中が集まるぜ」「暗殺部隊!?」「マジかよ……」カケルは咳き込んだ。「ああ!そうだ!畜生、通信機だ!渡せ」「ハイ!」
カケルは通信機をひったくり、秘密IRC文字通信を行う。顧問であるカタナオカメヤクザクランのシゲゴへのホットライン。「タスケテ」と密かに打ち込む。彼は屈辱に耐えた。右脚がおかしな方向に曲がっている。アバラもやられた。散々だ。ケジメもあるだろう。だが、チームは自分の王国だ。夢だ。
「奴ら終わりだぜ……」カケルはゼエゼエと息を吐く。「オイ。後ろに乗せろ」「アッハイ!」「ゴールで待ってるだァ?確かめてやろうじゃねえか!奴らの度胸をよ!」
◆◆◆
「アー……ハーハー」フィルギアは肩を揺らした。「笑える。だらしないガキどもだ」「テメェ程じゃねえよ」とスーサイド。「呆気なかったがな」「応援呼んだかな、アイツら……」フィルギアは後ろを見た。スーサイドは呟く「でなきゃ徒労だろ。……あン?」彼は眉根を寄せた。前方。「何だ?」
ハーレーのヘッドライトが、見る見るうちに接近してくるシルエットを照らし出す。バイクだ。道路上に停止している。そこに跨った人影が、首を巡らせてハーレーを見ている。トラブルか?……違う。その人影は右手を横に伸ばし、スーサイドに向かって、手振りで「先に行け」の合図をして見せたのだ。
スーサイドのニューロンをアドレナリンが駆けた。挑発行為である!そしてそのバイク!その乗り手!ただものではない……鋭角流線的シルエットの……バイク……本当にバイクか?そして乗り手は車体同様のクローム色、まるで映画のサイボーグ兵士を思わせ、関節各部に青いLEDを光らせているのだ!
ゴウ!ハーレーは奇怪なクローム存在の横を走り抜けた。スーサイドのニンジャ動体視力は……然り、スーサイドはニンジャだ……通過の瞬間、この者のディーテイルを捉えていた。サイボーグ兵士めいたその姿は、ニンジャアーマーの一種だ!右の肩甲骨には雷神のエンブレムが焼きつけてある!
「今の奴!」スーサイドは叫んだ。「ニンジャだ!」「アー、イカれ野郎ッて感じだったな」フィルギアは頭の後ろで両手を組んだ。「ならビンゴかもな」フィルギアはのんびりと後ろを振り返った。「来た、来た、追ってくるぜ……ハハハハ、レースやンのかよ……」
フイフイフイフイ……不吉なUNIX音が背後から迫る。スーサイドはミラーを見た。有機的シルエットのクローム・ニンジャアーマー、あちこちに銀のライン、海めいて青いLED。フルフェイス・ニンジャヘルムの奥の眼光もまた青い。やはり機体にタイヤは無い。数十センチの高さで浮いているのだ!
「遊んでやがる、コイツ!」スーサイドは毒づいた。謎の乗り手は加速するハーレーの真後ろにピッタリと着き、速度をシンクロさせて、決して離れはしない!「すっげェー」フィルギアはシート上で器用に座り直し、真後ろを向いた。顔の前で左手のひらと右拳を合わせた。「ドーモ。フィルギアです」
フイフイフイフイ……LEDが瞬き、やや歪んだ音声が返って来た。「ドーモ。フィルギア=サン。クロームドルフィンです」
「ガキどものお守り、楽しいかい?」フィルギアは尋ねた。フイフイフイ……クロームドルフィンは答えない。急カーブが来るが、謎のスカイ・バイクは全く距離を離す事は無い。「ハハッ!イカレてるぜェ。コイツ、いつまでやるんだ、これ……」「前!ヤバイ!」スーサイドが唐突に叫んだ。「あン?」
フィルギアは進行方向を振り返った。「検問?ハハァー検問ね、グワーッ!」KRAAAASH!突如としてハーレーが前につんのめったと思うと、凄まじい勢いで転倒した!「グワーッ!」二者は斜めに吹き飛ばされた。ハーレーは転倒しながら道路を滑り、張り渡されたX字のバリケードに衝突した。
スーサイドは咄嗟にアスファルトに片手をついて側転、更にバックフリップして着地した。見事なニンジャ瞬発力!その眼前を、スカイバイクのクロームドルフィンが弾丸めいて横切る!鋭角流線形の車体は何らかの圧縮空気解放エフェクトによってジャンプし、バリケードを飛び越えた!ゴウランガ!
「殺す気かよ、ブロ(兄弟)。ある程度は安全運転しようぜ、ある程度は……」上からフィルギアの声。バサバサと羽ばたくフクロウがスーサイドの側に降りて来る。「アイツ何なんだろうなァ?関係無かったのかな?ただのイカレ野郎?」喋っているのは、羽ばたいてホバリングするこのフクロウだ!コワイ!
「知るかよクソッ」スーサイドが憮然として言った。「お出ましだ、今度こそ!……アマクダリなんだろ!テメェら!」バリケードの上の闇に叫んだ。一方、スーサイドの横にしめやかに降り立つフクロウの姿は歪み、フィルギアとなって着地した。なんたる奇怪極まるジツ!申し遅れたが彼もニンジャだ!
「チィーッ」バリケード上の影が舌打ちした。さらにもうひとつの影が促した。スーサイド達を指差す。「おい。奴らニンジャだ」「アア?」さらに一つの影がスーサイド達を見る。「アーン?暴走族か?さっき殺したヤクザどもと関係有りなのか?」フィルギアは肩を竦めた。「取り込み中みたいだぜ」
「イヤーッ!」影の二つが回転ジャンプし、バリケードから飛び降りた。スーサイドらの対位置に着地した彼らは……ニンジャだ!「ドーモ。フォールダウンです」茶迷彩のニンジャがアイサツした。「ドーモ。ポインターです」灰迷彩のニンジャがアイサツした。更に一人がスーサイドらの背後に着地!
「ドーモ。トラッカーです」紺色迷彩のニンジャがアイサツした。ポインターがスーサイドらを威嚇的に指差した。「貴様ら、ニンジャだな。そしてアマクダリの名を確かに聴いた」「ああ、言ったぜ、アマクダリってな」スーサイドは拳を鳴らした。ポインターは目を細めた。
「聞き捨てならん。痛めつけてインタビューすべし。ドルフィンとの繋がりがあるやも知れん」フォールダウンがポインターに呟いた。「貴様ら、アマクダリの何を知っている」ポインターが威圧的に問う。フィルギアはヘラヘラ笑った。「アンタらより詳しく知ってると思うぜ……ファンなのさ」
「ほざけ」トラッカーが殺気立った声を出した。「我らがそのアマクダリ・セクトよ!」「だからさァ……ヒヒヒ!」フィルギアが振り返った。「末端くさいアンタらよりは、詳しいんだぜェー俺達は……それから、忠告なんだけど」フィルギアは真顔になった。「もうちょい……もうちょい右だ」
トラッカーはカラテ警戒「アバーッ!」……「「え?」」ポインターとフォールダウンは、敵越しにトラッカーを凝視した。身体が半分しか無い。左半身があるべきところ、新手のニンジャが地面に片手を垂らし、膝まづいている。足元に注意を払えば、こそげ落ち潰れた左半身の肉塊が見えたかも知れぬ。
「ドーモ」膝まづいたニンジャがメンポから白い息を吐く。「ルイナーです」「アバーッ!」半分になったトラッカーが不明瞭な断末魔をあげ、倒れた。「な?即死し損なっちまったろ、痛いだろ」フィルギアは肩を竦めた。「何ーッ!」フォールダウンとポインターはバック転し、彼らから間合いを取る!
だが、ナムサン!その退路を塞ぐかのように、さらなる一人が回転しながら着地したのだ!フードを目深に被った大柄のニンジャは、金色の目を光らせる……そしてジゴクめいてアイサツした!「ドーモ!俺はなァ!アナイアレイターだ!」
「勿体つけやがって」スーサイドが毒づいた。「サッサと合流しろ」「いいって事よ」アナイアレイターは金色の目を見開く。ポインターとフォールダウンは震え出した。彼らのニンジャソウルが畏怖しているのだ!「取り敢えずお前ら殺して、サークル・シマナガシはアマクダリ・セクトに宣戦布告だ!」
2
「……宣戦布告?セクトにか?」ポインターが呻いた。アナイアレイターは首をゴギリゴギリと鳴らした。フードの下の影から見え隠れする金色の瞳の圧力!「何がおかしい。おまえらはアマクダリ・セクトだろう。だからおまえらに宣戦布告するんじゃねえか!」「な……どういう事だ」「あン?」
「なぜセクトに……宣戦布告を……」「話が進まねェ!段取りが悪いぞ、フィルギア=サン!」アナイアレイターが吠えた。「あァ?」「俺らがバイカーのガキどもをコケにする。ガキがヤクザを呼ぶ。ヤクザがアマクダリを呼ぶ。それを潰す。だろ!」「ああそうだ、うん」フィルギアが頭を掻いた。
「何で話が噛み合わねェ」アナイアレイターは苛立たしげに言った。「騒ぎを収めに来たんじゃねェのか?こいつらは」「……」フィルギアはポインターとフォールダウンを見た。「何にせよ、こいつらがアマクダリってのは確かなんだろ。同じ事だッて」「……!」フォールダウンとポインターは身構えた。
「今更くだらねェ事言ってんじゃねえ」スーサイドは両拳をガシガシと打ち合わせる。ルイナーは自らが破壊したニンジャの死体を踏みにじり、緩慢とも思える動作で、カラテを構え直す。アナイアレイターは納得した。「OKOK……面倒くせえからな」
「貴様らッ!セクトと積極的に事を構えるというのか?」ポインターが狼狽えた。彼の装束の背中はじっとりと汗で滲んでいた。3対2で敵ニンジャを包囲したつもりが、なぜか2対4で包囲されてしまっている。サークル・シマナガシ?理解できぬ……理解できぬながら、この頭目ニンジャの金色の目……!
「そこにいるのはフォールダウン=サンか?そしてポインター=サン」バリケード上に新たな影が三つ。バリケードの向こう側から登って来た者達だ。全員がそちらを見た。「ドーモ。オーファンです」三つの影の真ん中がオジギした。ポインターは安堵した。オーファン!アマクダリ・セクトのニンジャだ。
「ドーモ。ポインターです。良き所にきた!」だがオーファンは首を傾げた。「それよりも!こっち側のヤクザどもの死体!貴公らがやったのか?我々の庇護下のクランだぞ」「そんな話はドブに捨てろ!我々は重要ミッションの最中!くわえて今、正体不明のニンジャどもに遭遇!」ポインターが怒声を返す。
「サークル・シマナガシとかいうカスが、セクトに宣戦布告!トラッカー=サンがアンブッシュを受けて死んだ!一刻も早くこいつらを……」フィルギアがジョイントを咥え、火をつけた。スーサイドは火を借り、自分のタバコに着火した。ルイナーは辞退。アナイアレイターは我慢の限度を超えた。
「面倒臭え!」アナイアレイターが長い手足をひろげ、仰け反った。両目がひときわ強い金色に輝き、フードが跳ね上がると、鉄条網めいた恐ろしげな素材で作られたメンポが明かりの下に晒された。「ヤバイ」フィルギアは一番速く地面に伏せた。スーサイドとルイナーがそれに続いた。「イヤーッ!」
「な……アバーッ!」「アバーッ!」ポインターとフォールダウンは死んだ!鉄の棘が彼らの全身を一瞬にして蹂躙し、引き裂いたのだ!「アバーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」バリケード上でも同様の断末魔が三つ!見よ!アナイアレイターの両袖と両足の裾から放射状に伸びた無数の鉄の蔓草!
鉄条網めいた蔓草は一瞬にして彼の周囲に展開、ポインターとフォールダウンを引裂き、さらにバリケードを這い上り、上で身構えていた三人の新手ニンジャにも到達、同様に引き裂いたのだ!身につけたパーカーやカーゴパンツもズタズタに裂け、鉄条網の鎖帷子めいたニンジャ装束が下から現れた!
「スーサイド=サン!わかッてんだろ!」フィルギアがうつ伏せ状態で叫んだ。その頭のすぐ上には鉄条網が網めいて展開している。同様にうつ伏せで無差別攻撃をやり過ごしたスーサイドは素手で鉄条網をかき分け、起き上がった。彼が手を触れた鉄条網は、錆び屑となり崩れ落ちる。フシギ!
「フォハハハハ……フォハハハハハ!」アナイアレイターが超自然めいた哄笑を放つ。装束表面の鉄条網がざわつき、さらなる無差別攻撃の発動を懸念させた。スーサイドは地面に展開する棘を踏み越え、アナイアレイターのもとに駆け寄った。「イヤーッ!」そして殴りつけた!「グワーッ!」
インパクト瞬間、白い光が弾け、スーサイドの身体に吸い込まれた。スーサイドはよろめくアナイアレイターの首を掴む。「クソが!」そして地面に叩きつけた。「グワーッ!」身体から離れた装束以外の鉄条網が全てバラバラに分解、砂鉄となって地面に散った。
「結果オーライ、結果オーライ」フィルギアとルイナーが起き上がった。「生きてるぜ」スーサイドがバリケード上を見た。オーファンと名乗ったニンジャに息がある。「貴様、貴様ら、アバーッ……」彼はよろめき、バリケードの反対側に転げ落ちて見えなくなった。
スーサイドはバリケードへ向かって歩き出すが、ルイナーが止めた。フィルギアは己の砂鉄を払った「距離が遠かったか、それなりにやる奴なのか……まあ、一人逃げたほうが都合がいい。宣戦布告なんだし。結果オーライ」「こいつ本当クソだぜ」スーサイドは地面に寝転がるアナイアレイターを睨んだ。
「ようし!これで何もかも始まったッてわけだ」アナイアレイターが平然と起き上がった。「計画達成だぞ、お前ら!」「何となくうまくいってるのがまたムカつくんだよ」スーサイドが苦々しく言った。「便利だなァ、お前のソウルアブソープション・ジツってのは」アナイアレイターが悪びれず言った。
パンク・ニンジャを憑依させたスーサイドのジツは、対象の魂の力を吸収する危険な「ソウル・アブソープション・ジツ」。空気中の重金属分を触媒にニンジャソウルのエネルギーを結晶化させて作り出す、アナイアレイターの恐るべき鏖殺鉄条網を破壊する事ができるのは、そのジツゆえだ。
ではアナイアレイターの憑依ソウルとは何なのか?その名をフマー・ニンジャ。通常、憑依ソウルの格は必ずしも現世のニンジャの力をそのまま規定するものではない。しかしそれを置いてなお余りある暴力的な力!サークル・シマナガシとは即ち、彼アナイアレイターを中心とする反逆組織なのだ!
◆◆◆
数分後、爆音とともにその場へ到達した、カケル率いるワンダリング・マンモス・レンゴウは、何らかの破壊の痕跡と、道路封鎖バリケードを前に、ただただ呆然とするほか無かった。「リーダー、これって」「こっちに死体!死体がいっぱいだ!ヤクザの!」様子を見に行ったライダーが叫んだ。
「死体?」カケルは息を呑んだ。彼は部下のバイクにタンデムしている。「見ろよ、連中のバイクだぜ」「ぶっ壊れてら」「逃げたのかな」ライダーが不安げに会話する。遠くにマッポ・サイレンが聴こえる。カケルは判断を迫られた。あれこれ悩んでいる暇は無い。決断し、メンバーに示しをつけねば!
カケルは集団を振り返った。「テメェら!ビビってんじゃねえ!」「……ハイ!」ライダー達が応えた。カケルは勢いづいた。「俺に着いて来い!着いて来ない奴らは殺す!あのヤクザどもみてェにだ!」ライダー達がざわついた。「マジかよ」「カケル=サン、凄過ぎる……」「決断的だ」
カケルは集団を睨み渡す。反逆の芽は無い。だが、次の言葉を待っている。もう一押しか。カケルの額には脂汗が浮き、鼓動も激しく動いている。脚が折れているせいもある。(((ヤクザの死体……手配した暗殺部隊か?まさか、俺のせいになったりするのか?これから俺はどうなる?)))
「でも、でもよォ」ライダーの一人がおずおずと問う「何かよくわかんねェ事ばっかりでよォ……だって、最初、チームをナメた奴らとレースして……そんでよォ、なんか、うまくのみこめねェっていうか、俺」BLAM!「アバーッ!」「他に質問あるか、お前ら」カケルはヤクザガンをリロードした。
「質問あるかッつッてんだよ!ア?」「……」ライダー達は顔面蒼白でリーダーのカケルを凝視していた。「ハンパネエ……」誰かが呟いた。BLAM!BLAM!カケルは夜空へヤクザガンを向け、繰り返し発砲した。「テメェら!ウチが半端なチームじゃねえッて事、思い出す必要があるようだなァ!」
「カケル=サン……キ、キング!」「キング……」「キングだよ!」「カケル=サン!」「カケル=サン!」「ワオオーッ!」BLAM!BLAM!BLAM!カケルは天へ繰り返し発砲した。「メチャクチャやるぜお前ら!祭りだお前ら!ふざけんじゃねえ!」「ワオオオーッ!」
◆◆◆
KRA-TOOOOOM!港湾倉庫の巨大な爆発がネオサイタマの闇夜を照らした。「おおッと!」アナイアレイターは驚きのあまりバック転で飛び離れる。「景気が良すぎたかァ」「発案も実行もあンただろ」とスーサイド。「ふざけやがって」「奇麗なのはイイぜ」フィルギアは歯を見せ笑った。
「もっとニンジャ来ねえか?」アナイアレイターは不満げだ。「こんなところで十分だろう」ルイナーが言った。フィルギアはルイナーの肩に腕を回し、アナイアレイターを見る。「そうそう……これぐらいやりゃあいいよ。やり過ぎると、怖い奴らが来るもの。アクシスの。ヒヒッ……」
「怖いのか、お前」アナイアレイターの金色の目がフィルギアを凝視する。フィルギアはニヤニヤ笑った。「怖いよ。思い上がりは怖いんだぜ、お前はアナイアレイターであって、フマー・ニンジャじゃないッて事……ヒヒッ……」「テメェの面倒をテメェで見られないんだからよ」とスーサイド。
「そうか」アナイアレイターは己の拳を握り、開いた。ピシピシと音を立て、拳の周囲に有刺鉄線が渦巻いては、再び手首に巻きつく。「まあいい。疲れたしな」「だろ?コロナも欲しい」フィルギアが頷いた。スーサイドは足元に転がってきた倉庫の燃えさしを蹴飛ばした。
スーサイド……ショーゴー・マグチ。彼は死にぞこないだ。イクサの末にアスファルトに倒れ、死を受け入れようとした彼を、フィルギアが阻んだ。 アナイアレイターやルイナーも、スーサイド同様、フィルギアが見出したニンジャ達である。つまり、サークル・シマナガシを作ったのはフィルギアだ。
彼らは皆、フィルギアの存在が無くば、かつてのソウカイヤによってその芽を摘まれていたであろうはぐれ者だ。「相互扶助」という言葉を、フィルギアはよく使う。それ以外の深甚な目的が彼にあるのか、無いのか……。付き合いがそれなりに長くなった今でも、はっきりしない。
アマクダリ・セクトに対する宣戦布告も、フィルギアの発案では無い。自然発生的な総意だ。セクトはソウカイヤ崩壊後のネオサイタマのニンジャ秩序の再編成を進めている。サークル・シマナガシの彼らには、それが気に食わない。フィルギアはいつも、三人目のタイミングで、同意の挙手をする……。
◆◆◆
エンガワ・ストリートのとある廃ビル屋上、張り渡されたケーブルに旗やショドーを吊り下げ、電飾看板、廃バス、雨除けのテント、ソファー、人体模型、ワータヌキ等が無秩序に並べられた空間が、サークル・シマナガシのアジトだ。ひと騒動終えた四人はネオン看板や電柱を飛び渡り、帰還した。
普段であればアナイアレイターは帰還、即、どっかりとソファーに腰を下ろし、スカム放送のテレビをつけるところだ。だが彼は立ち止まり、ソファーを見た。人影。スーサイドとルイナーも懸念を感じ取り、別角度からソファーを包囲するように動く。「コロナ」フィルギアは構わず、冷蔵庫に歩く。
「……おい」アナイアレイターが殺気のこもった声を発する。ちょうどその時、ビル上空を飛行するコケシツェッペリンの広告サーチライトが屋上を撫でた。ソファーに座る人影が、座ったままアナイアレイターを見た。赤黒と金。眼光がぶつかり合った。「何だテメェは」「邪魔させてもらっている」
ピシィ……鉄条網がアナイアレイターの腕の周囲を跳ねる音が、明け方近い空気を裂く。ルイナーがカラテを構え、スーサイドはコマンドサンボに似た、両手を掲げる構えを取る。これは実際、その掌からソウル・アブソープションを行う為の構えである。侵入者……赤黒装束のニンジャが立ち上がる。
「ドーモ。サークル・シマナガシの皆さん。ニンジャスレイヤーです」ジゴクめいた声音のアイサツを繰り出す。「ドーモ。アナイアレイターです」「スーサイドです」「ルイナーです」三者が殺気立ったアイサツを返す。「俺のソファーで何してやがる」アナイアレイターが憤怒に満ちて問うた。
「当然、用があって参上した」ニンジャスレイヤーは言った。「ヨタモノじみた暴走行為にニンジャとなれば、サークル・シマナガシを指すようだからな」「アアーッ?」アナイアレイターの金色の目がギラギラと光った。「殺り合いに来たッてのか?」「それを望むか?」ニンジャスレイヤーは見返した。
その時アナイアレイターめがけ、放物線を描いて飛来したものがある。アナイアレイターは掴み取り、舌打ちした。コロナだ。フィルギアはスーサイドとルイナーにも、ヒョイヒョイとコロナを投げた。そしてニンジャスレイヤーにも。「……」無害物である事をニンジャ動体視力で判別し、掴み取る。
「ドーモ、フィルギアです」フィルギアはヘラヘラとアイサツし、「ダメだぜ!お前らみたいな奴らが短絡しちまったら……お互い、殺り合うならもっと事前の覚悟が要るんだッて……ナラク・ニンジャとフマー・ニンジャはさ……」「アアーッ?」「そいつは格別ヤバイんだよ。ヒヒヒ……」
「ナラクと言ったか!」ニンジャスレイヤーはフィルギアを睨んだ。その目が赤黒く燃え上がる。コロナ瓶がニンジャ握力で割れ砕け、泡がこぼれ落ちる。「ナラクの何を知る」「それ、本題じゃないよな?」フィルギアはコロナの蓋を親指で開け、呷った。「話しなよ、何をしに来たのか……」
スーサイドは肩をすくめ、椅子にかけた。彼の定位置だ。ルイナーは一息にコロナを飲み干し、カラテ警戒を続ける。「一ヶ月前」ニンジャスレイヤーはチャブ・テーブルにスリケンを突き立てた。「若い男女がニンジャによって殺された。惨殺だ」
ニンジャスレイヤーはシマナガシのニンジャ達を見渡す。「男はルート808をバイクで走行中に襲われた。同時刻、暴走族の路上占拠が確認されている。今夜のようにな」「で、俺らだッてのか?」アナイアレイターがドスを効かせた。ニンジャスレイヤーは動じず続けた。「そしてニンジャが彼を殺した」
「くだらねぇ!」スーサイドが吐き捨てた。「ンな事をして、俺らに何の得がある」「その申し開きをせよ」とニンジャスレイヤー。スーサイドは言った。「スリケン・マニアのニンポ野郎なんて、幾らでも居るぜ」「このスリケンと現場のソウル痕跡をあらった。間違いなく、ニンジャの仕業だ」
「ムカつくぜ」アナイアレイターが一歩踏み出す。フィルギアが素早く割って入り、自分のコロナ瓶をアナイアレイターの瓶に打ちつけた。「チュース!プロースト!カンパイ!」そしてニンジャスレイヤーに新たな瓶を放った。ニンジャスレイヤーは受け取った。「いいぞ!次は割るなよな……」「……」
「結論から言うと俺らは無関係」フィルギアが言った。「俺らは気ままに暮らしてンだよ。アリとキリギリスのキリギリスみたいにさ、マッポーカリプスをダラダラ待ってるんだよ。アマクダリと事を構えちまったけど……アンタみたいにさ」コロナを呷り「だがまぁ、俺らに説得材料が乏しいのもワカル」
フィルギアはニンジャスレイヤーに瓶を掲げた。「そこで俺に提案がある……俺がアンタについていく。ニンジャスレイヤー=サン」「何?」「何言ってンだ、テメェ!」ニンジャスレイヤーとアナイアレイターは彼を凝視し、スーサイドとルイナーは互いに目を見交わした。「まあ聴けッて!」
「こいつを殺ッちまえば話は早い」アナイアレイターが拳を固めた。鉄条網がシュルシュルと音立てて渦巻く。フィルギアはアナイアレイターの肩を抱いた。「同じ事を言わせるな。アナイアレイター=サン。しつこいぜ」そしてニンジャスレイヤーを見た「一緒に犯人を見つけて、潔白を証明する。な?」
「……」「アンタが問答無用で殺すべきニンジャじゃないよな、俺らは。今のアンタなら」フィルギアは言った。「カンパイしてくれ」フィルギアは真顔になり、ニンジャスレイヤーを見た。空気が震えるほどの一秒である。ニンジャスレイヤーは頷いた。「よかろう」そしてコロナの蓋を跳ね飛ばした。
「さすがだぜ。話がわかる」フィルギアは歯を見せて笑った。そしてアナイアレイターの首を揺さぶる「ホラ、お前も」「チィー……」アナイアレイターは眉間に血管を浮き上がらせ、ニンジャスレイヤーを睨んだまま、彼の瓶と自分の瓶を打ち合わせた。「クソ野郎」睨んだまま飲み干した。
「……それじゃ、善は急げだ。俺がいない間、こいつを頼むぜ、スーサイド=サン」フィルギアはアナイアレイターから離れた。スーサイドは肩をすくめた。「いつもだろ」「ニンジャスレイヤー=サン、一度アンタと話してみたかったぜ、俺は」フィルギアは呟き、次の瞬間にはフクロウに変身していた。
「俺は気ままに暮らしたい。それだけさ。だから信用してくれていいぜ……本当だぜ」フクロウは人語を話す。羽ばたき、ニンジャスレイヤーの肩に乗った。「そんなら、さっさと行け。気まぐれ野郎」アナイアレイターが苛立たしげに言った。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは跳び、屋上を去った。
3
ドルドルドルドル……ボボルボルボボボルルルル……「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」「た、助けアバーッ!」「スッゾコラー!」「アバーッ!」KABOOOM!「アバーッ!」「キング!」「キング!」「キング!」
「やれーッ!」「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」「キング!」「キング!」夜空に掲げた大漁旗の先端には、ナムアミダブツ!松明めいて燃え盛る死体!油をかけて焼いたのだ!「キング……」側近ライダーが不安げに振り返る……前輪が二つある悪魔じみた改造チョッパーバイクにまたがるカケルを!
「ナメられたらよォ……ナメられたらお終いなんだよ……」カケルは側近を睨み返した。食いしばった歯の隙間から泡がこぼれる。「そうッスよね!」側近は慌てて頷き、前に向き直った。「キング!キング!」ライダー達の狂おしい叫びには恐怖が満ちている。彼らの首領への恐怖?未来への恐怖?
「戦争だよお前ら」カケルは言った。「戦争するしかねえよ。死ぬまで戦争だよ」爆音にかき消され、それを聴いた者は実際いないだろう。串刺しにされて燃え上がるのは、カケルをケジメさせに現れたカタナオカメヤクザクランの者たちであった。
昨晩、カタナオカメヤクザクランの顧問シゲゴを含む揉め事対応部隊は、現場到着後に全員死んだ(さらにそのお目付役であるニンジャも死んだが、知る者はここにはいない)。クランはこれを重く見、事の発端であるカケルに責任を帰し、とにかくケジメさせようとした。面子のためだ。
カケルはしかし、それを受け入れなかった。脚の骨折ギプスに極彩色の見返り美人をペイントし、死亡したライダーのバイク二台を無理やり溶接合体させたものを新たな乗り物とした彼は、既に「ヤル気」だった。カケルは部下を使ってケジメ部隊を取り囲み、容赦無く警棒で叩いて殺させた。
「だってしょうがねえよ……だってしょうがねえジャンよ」カケルは俯き、ブツブツと呟いた。「キング!キング!」ライダー達は必死で声を揃える。カケルは顔を上げた。「やるしかねえんだよ!俺らの人生はよォ、スピードだよ!ブッダスピードなんだよ!」「キング!キング!キング!」
◆◆◆
巨大環状道路であるルート808には三つのバイクチームが存在する。ジャージーデビル・レンゴウ、キマリテ・レンゴウ、そしてワンダリングマンモス・レンゴウだ。彼らは長い抗争の果てに協定を結び、日時を切り分け、週ごとに持ち回りで暴走行為を行うに至った。
「当然アンタもその辺の事は調べたうえでの話だろうけどね……」フィルギアは店主が差し出すソバを受け取った。ニンジャスレイヤーと彼は深夜屋台街の一角、「辛味かけ放題」と書かれたノーレンのソバ屋台にいた。深夜であるにも関わらず、通りを忙しく行き交う人々、編笠、コート、ネオン傘。
今のニンジャスレイヤーはトレンチコートとハンチング帽を身につけ、市民達に無理なく溶け込んでいる。フィルギアも人間の姿だ。雑踏が、かえって彼らを不可視にする。「俺らは確かに、そいつらに喧嘩を売ってまわってた……」「そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「二人が死んだ時期だ」
「三つのレンゴウはうまくやってて、最近は抗争も起こしてない。まして、バックのヤクザや……ニンジャが出てくるような……そんなのは」「そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「暴れてるとしたら、俺らシマナガシ……うん……イイ線ついてる」フィルギアは辛味を繰り返しドンブリに投げ入れた。
「でも、残念だけど俺らじゃない」フィルギアは辛味を入れ続ける。「楽しく暮らしたいンだよ、俺はね……多分、他の連中もね。カタギをいたぶっても、つまらない……で、死んだ奴、名前何だっけね……そいつ、何してたって?」
「ケンザ・キシオミ」ニンジャスレイヤーは卓上に写真を何枚か置いた。「モママ銀行のサラリマンだ」「銀行!ヘェー!銀行!」フィルギアは赤いスープをグルグルとかき混ぜた。「ヒッデェ死に方したんだね……」手と脚の写真を見て薄笑いを浮かべる。
「ルート808を走行中に、そうなった」ニンジャスレイヤーはソバをすする。「同じ頃、その妻も殺された。帰宅途中にな」「念入りだね……」フィルギアも自分のドンブリに手をつける。「銀行員ねえ……」「……」ニンジャスレイヤーはフィルギアを見た。フィルギアは黙々と食べた。
ヨイトコロー……。ソバをすする二人の後ろでは、空をゆっくりと飛ぶコケシツェッペリンの広告ホログラム映像が、喧しい宣伝ソングとともに、温泉に浸かるゲイシャの背中を流している。「ウチの連中、今頃アマクダリの奴らとやりあッてるかもしれないんだけどさ」フィルギアはドンブリを置いた。
「こんな時でも無けりゃ、アンタと話す機会も無いしね……恩を着せてるわけじゃないぜ」卓に肘をつき、ニヤニヤ笑いながらニンジャスレイヤーを見た。「俺は、ほら、メッセンジャーだからね……」「……」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せ、この男の発言意図をはかる。
「前からアンタの事、結構気にしてたンだぜ」フィルギアは言った。「アンタのその、ナラク・ニンジャの事さ……」背を向けてバイオネギを刻んでいたソバ店主がビクリとして振り返った。ニンジャスレイヤーの一瞬の殺気を本能的に畏れたのだ。だがニンジャスレイヤーは抑えた。店主は作業に戻った。
「そうそう、それ、よく抑えてるからさ……よかったなッて。前は、接触するにも、ちょっとね、ヒヒッ」フィルギアは笑った。ニンジャスレイヤーは睨んだまま、声を潜めた。「ナラクの何を知る」「そう、その話だよ」真顔で見返した。「昔みたいにメチャクチャやられたら、困っちまうから」
「昔?」「知ってるか……ニンジャスレイヤーは過去にも何度か現れた」フィルギアは言った。「アンタの事じゃない……別のニンジャスレイヤーがさ。もっと昔……もっと昔。アンタ、どこまで知ってる」
「……」「そうか。何も知らねえか」「……」「信じないか?こんなところで話すんじゃなく、かしこまったシュラインとか、洞窟とかが良かった?俺がもっと……もっとミスティックな髭の爺さんでさ……『汝に啓示を』……ヒヒヒヒ、悪い、笑えねえよな、そうだなァ」
「いや……」ニンジャスレイヤーはチャに手を伸ばした。「話を聞こう」「その方がいい」フィルギアは頷いた。「俺の事は邪険にしちゃいけない」ニンジャスレイヤーは一息にチャを飲み干した。「なぜオヌシはそれを知る」「当然、俺が大昔のニンジャだからさ」フィルギアは真顔で言った。
「そりゃあもう、大昔の話になるワケ……俺が寝て起きる前の話さ。まあその大昔の事だよ。フリークアウトしたのさ、罪人が。罪人といっても、モータルだな。ニンジャの連中からしてみりゃ、取るに足らない存在で、俺もそいつの元の名前や顔なんか、知らないよ」
「そいつは暴れ狂って、いっぱいニンジャを、モータルを、殺した。殺しまくった。ヒヒッ……当時の俺の妹と恋人も死んだ」フィルギアは目を細め、囁いた。「アンタのせいじゃない……オヤジ、ホット・サケをくれよ」「ハイヨロコンデー」
フィルギアはトックリからオチョコにサケを注いだ。ニンジャスレイヤーにも。彼はオチョコを受け取った。「大事件だぜ……災害みたいなものさ。いや、獣かな……で、その罪人を地の果てまで追い、仕留めたのが、ヤマト・ニンジャ」フィルギアは目を閉じた。「彼の槍。『ヤリ・オブ・ザ・ハント』」
「ヤマト・ニンジャの凱旋……心底ホッとしたね。だって、ワケのわからない不条理だ……ニンジャでも無い、只の人間がだぜ……最終的にヤマト・ニンジャの手をもってして、ようやく……ワケのわからない不条理……オヤジ、サケを」「ハイヨロコンデー」
「ヤマト・ニンジャのしめやかな帰還……凱旋は、色々あって、侘しいものだった……侘しいものさ……ま、奴の話はそれくらいでいい。俺も色々あってね……その後、逃げて、寝て、起きた……いつだ、その次は。起きてみて驚いた。記録にさ……一度じゃない……その後もナラク……記録がな。サケを」
「ハイヨロコンデー」「なァ、アンタはさァ、お前、どうやってるんだ?それェ」フィルギアはサケを呷り、「どうやって……お前どうやって、そうしてる?」「どうやって、とは?」「ナラクはさァ、現れるたび、それこそ、まるで台風や竜巻みたいなものでさァ……お前はどうやってるんだァ……」
「やめておけ」「話はまだだッて……サケェ」ニンジャスレイヤーは店主に目配せし、おかわりを止めた。フィルギアは空のトックリをオチョコに傾け、「……お前、ナラクの何を知ってる?せっかくコントロールできてる……勿体無いぜ……昔のニンジャスレイヤー達のようになっちまわないように……」
「いずれナラクが俺を殺し、災害と化すと?」「可能性の話……」フィルギアは薄ら笑いを浮かべ、「おっかなくてしょうがない……いずれ、ちゃんとしてくれねえと……真実を……俺やアンタの知らない真実……ナラクが何なのか…どうやって生まれたのか……ちゃんとしてくれねえと……ヒヒッ……」
◆◆◆
「銀行員か」ニンジャスレイヤーは呟いた。路地を歩く彼の腕に縄めいて巻きつくのは、ナムサン!蛇である!しかも蛇は口を動かし、人語を発した!変身したフィルギアなのだ……!「そう……銀行員……銀行員。アンタも気になるだろォ」「もう一度洗い直すとするか」「それがいい、それがいい」
彼らはやがて庁舎前の噴水に差し掛かる。ニンジャスレイヤーは腕を振り、蛇を水の中に投げ込んだ。「ハハーッ!ハハハハハ!」笑いながら水中でのたうつ蛇は、突如コヨーテに変身した。「イッヒヒヒヒヒ!」コヨーテは不気味に笑って噴水から這い出すと、ブルブルと水を散らした。「ヒヒヒヒ!」
コヨーテはニンジャスレイヤーを見上げた。「イヤァ、悪いなァ、助かった、冴える、頭が冴えたぜ、ハハハハ」「被害者をもう一度調べるとしよう」ニンジャスレイヤーは言った。「ウシミツ・アワーのルート808を銀行員がバイクで、何の目的で。……洗い直す」「そうそう。イイ線ついてる」
空は白み始めている。道の端の粗大ゴミの陰からバイオネズミが飛び出し、路地裏へ駆け去った。歩くニンジャスレイヤーの後をコヨーテが着いてゆく。「段々わかってきたと思うが、サークル・シマナガシは、陰謀とは無縁だぜ」歩きながら、コヨーテがヘラヘラと主張した。「信じてくれてイイぜ……」
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# NJMRDR :ycnan : モママ銀行、過去2年の社員情報を参照
# NJMRDR :ycnan : ケンザ・キシオミ
# NJMRDR :ycnan : 改竄による名前の追加・急拵え?不自然さ
# NJMRDR :ycnan : 実態無しと結論
「ワドルナッケングラー!」「ソマシャッテコラー!」「スッゾオラー!」「アイエエエエ!」KRAAAASH!「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」「キング!キング!」「チェラッコラー!」「キング!キング!」「殺れ。テメェラのスピード見せろ」「ワアアーッ!」「助け、アバーッ!」
「やれーッ!」「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」「キング!」「キング!」夜空に掲げた大漁旗の先端には、ナムアミダブツ!松明めいて燃え盛る死体!油をかけて焼いたのだ!「キング……」側近ライダーが不安げに振り返る……前輪が二つある悪魔じみた改造チョッパーバイクにまたがるカケルを!
「戦争だ。戦争だよ」カケルはブツブツと呟いた。松明めいて焼かれるジャージーデビル・レンゴウの哀れなスクーターチーム隊長。その炎がカケルの彫像めいた無表情をジゴクめいて照らす。カケルはチームを睨み渡した。「スピード!見してみろ!」「キングーッ!」ライダー達が雄叫びを上げる!
「狂ってる!」「助け……」「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」「アイエエエ!」武田信玄騎士軍団のランス突撃めいた怒涛の勢いで襲いかかるワンダリングマンモス・レンゴウの鬼気を後ろに、ジャージーデビル・レンゴウのライダー達は潰走のていで逃げ惑った。「しねーッ!」「アイエエエ!」
「ワアアーッ!」「アバーッ!」ライダーの鎌バットが哀れなジャージーデビル・レンゴウの潰走スクーターチーム構成員のヘルメット後頭部を貫通殺!「殺れ!どんどん殺れ!スピード見してみろ!」「キング!キングーッ!」「アイエエエエ!」ナムサン!まるでバッファロー密猟虐殺の風景だ!
「助けてよォ……」バイクを転がり落ちた哀れなジャージーデビル・レンゴウのスクーターチーム構成員の一人がアスファルトを這い、命乞いした。「協定……あるのにナンデ」「……」ライダー達を恐怖によって追い立て、送りだしたカケルは、凶悪改造バイクの上から彼を見下ろした。「スピードだよ」
そう、協定だ……ルート808を根城にする三つのバイクチームは、過去の抗争の果てに協定を打ち立て、週ごとのシフト制の暴走行為に落ち着いた。この夜、ワンダリングマンモス・レンゴウは突如この協定を反故にし、ジャージーデビル・レンゴウに襲いかかったのだ。
カケルは視界前方をキラキラちらつく宝石めいた色彩を眺めた。彼の暴走バイクチームのバックライトだ。「綺麗だな」カケルは独り、呟いた。「アイエエ……」這いつくばる男が震えた。カケルは凶悪改造バイクをフルスロットルした。ゴバババババ!男を置き去りに、火の痕を残して、カケルは発進した。
数秒間の暴力的ロケット加速を用いたカケルはすぐに前方集団へ追いつく。道路脇では無惨な暴力行為が展開している。羊の群れに襲いかかった狼達だ。ライダー達はカケルへの恐怖に駆りたてられ、がむしゃらに敵に牙を剥く。(((そうだ。どいつもこいつも狼になるんだ)))カケルは前方を睨む。
前方に、襲撃から逃れるジャージーデビル・レンゴウのボスの後ろ姿。シメヤマだ。奴のマシンは速い。だが、やってやる。カケルは自らの凶悪改造バイクをさらに加速させた。「ヘイヘイ!ヘイヘイ!逃げてみろや!」 ルゴゴゴゴ!
乱闘集団を後ろに、カケルとシメヤマは飛び出す。シメヤマは追いすがるカケルを何度も振り返った。左カーブ!カケルは無謀ともいえる速度で切り込んだ。「ウオオーッ!」KRAAASH!斜め後ろからシメヤマのバイクをガードレールにプレス!シメヤマは転倒をまぬがれたが、これは最悪死ぬ!
「ザ、ザッケンナコラー!」シメヤマは隠し持った鉄パイプを取り出し、カケルを殴りつけた。「グワーッ!」側頭部を直撃!カケルはひるみながらも、なおもガードレールにシメヤマの車体を押しつけるようにした。「テメッコラー!協定破りオラー!?」シメヤマが罵った。カケルは睨み返した。
「何が協定だ……何がシフトだ……ザッケンナコラー……」「テメェ、顧問黙ってネェぞ!ヤクザ裁判だテメェ!」「カーッ!」カケルは唸った。「くだらねえんだよそんなもん……スピードだよ。ブッちぎるんだよ!」「く、狂……」「しねーッ!」さらなる体当たり!?……その時だ!
それは……ナムサン!中央分離帯を隔てた対向車線!何かが跳躍し、こちら側へ躍り込んで来たのだ!「……な……」道路灯を反射するクロームの謎のバイクを、カケルは垣間見た。それはドリフトしながら着地し、後方へ消え……消えない。恐るべき加速で、カケルとシメヤマを追跡し始めたのだ。
フイフイフイフイ……奇妙な走行音が迫る。カケルはミラー越しに、タイヤの無い不可思議な鋭角流線形の車体を見た。そしてその乗り手……ライダースーツは車体同様のクローム色とシルバーのツートーン……不気味なLEDライト……「死神!?」カケルは呟いた。 「……俺を連れに来たかよ!」
そう、それはまるで、ライダー達に共有される、都市伝説……路上レースを繰り広げる者達のもとへ現れ、負けた者の首を狩って、ジゴクへ連れて行くという……まるでその死神伝説が現実になったかのようだ。フイフイフイフイ、クロームの車体はもはや真後ろ!
フイフイフイ……「何だよあれはッ!」シメヤマが思わずカケルに問うた。「ウオ……ウオオーッ!」カケルは雄叫びをあげ、ロケット加速装置を点火!「アーッ!」狼狽したシメヤマがグリップを失い、スピン転倒!するとクロームの車体はイルカめいて跳ね上がり、これを飛び越した!
クロームのライダーは事も無げにカケルの真横に着地!並走!「アアアアーッ!」カケルは叫ぶ。タコメーター!もう限界だ!……と、鋭角流線形のフルフェイスヘルメットがカケルを見、親指で死刑宣告めいたグッドバイの仕草をした。「アアアアーッ!?」クロームのライダーは無情に加速!引き離す!
「ウオオオーッ!ウオオオーッ!ウオ、ウオオオーッ!」カケルは遠ざかるクロームのライダーに向かって繰り返し吠えた。鋭角流線形のシルエットが闇に溶けた。上り下る山なりの勾配……そして急な右カーブ……カケルの視界が真っ白に染まった。
◆◆◆
再び彼は冷たいアスファルトを舐めた。何分経った?何時間?ジゴクか?違う。「畜生。畜生ッ」霞む視界に、炎上する改造バイク。「畜生……」彼を見下ろす者があった。何人ものヤクザを引き連れている。非常灯を掲げた黒塗りのワゴン。カケルは見上げた。カタナオカメのヤクザか。
否。何かおかしい。ヤクザ達の様子が妙だった。仕草が同じだ。顔も同じなのだ。「何」「遊びは終わりか?」「……!?」カケルは痛みで濁った思考を働かせようとした。遊びは終わりだ、なら、わかる。リンチ死だ。だが、彼を見下ろすこの者は、終わりか?と問うたのだ。「何だと」「もっと遊べ」
カケルの焦点が定まった。「ア……ア!?」カケルは目を見開く。彼を見下ろすのは……ニンジャだ!邪悪な目を光らせ、アイサツする……。「ドーモ。オーファンです」「ニンジャ……ニ、ニンジャ、ナンデ!?」心臓を鷲掴まれる恐怖!「お前、ワンダリングマンモス・レンゴウの首領だな」
「……!?」「わからんのも無理は無い。貴様らガキをヤクザが飼う。そのヤクザを飼うのが、ニンジャだ。そういう事だ」「……!?」「つまり私は貴様を好きにしていい。役に立ってもらうぞ」「……!?」ニンジャはカケルの脚を見た。転倒時にギプスが砕け、無惨な複雑骨折がさらされている。
「イヤーッ!」「アバーッ!?」ナ、ナムアミダブツ!ニンジャは何の躊躇も無く、破壊されたカケルの脚をチョップで切断した!「アバババーッ!」カケルは泣き叫んだ。「運べ」オーファンは同じ顔、同じ仕草のヤクザ達に命じた。カケルは消毒・止血処理を施され、ワゴン車に放り込まれた。
「アバーッ!アバーッ!」「フハハハハ!」走行するワゴン車内は広く、カケルは無造作に転がされた。泣き叫ぶカケルを眺め、オーファンは心底面白そうに笑った。「その脚はこれからタダでサイバネティクスに手術してやる。スピード施術だ……ウフフフ……バイクも用意してやる。喜べ。そして走れ」
「な、何だと畜生ーッ!」「もっと遊べと言っているんだよ、非ニンジャのクズめ。しかも奴隷にすらなりきれぬ非生産的存在ときている。そんな貴様を私が役に立ててやるというのだ」「アバーッ!」「……ZBRをくれてやれ。うるさくてかなわん」「ハイヨロコンデー」「アバーッ!」
絶望と無感覚がカケルを包んだ。遠くにオーファンの声が聴こえた。「喜べ……好きに遊べ……お前はエサになるんだよ……エサにな……ドルフィンを釣るエサに……そしてドルフィンは、奴らを釣るエサに……喜べ……」 「畜生」カケルは呟いた。「こんなかよ……こんななのかよォ……」
◆◆◆
「あなた症状どんなアレですか」「倦怠感でしょうか」「エート……来た事あるんでしたっけ今まで」「いえ、初めてです」「モリタ=サン、イチロー・モリタ=サンと」ドクターは電子カルテにタイピングしながら虚ろに呟いた。「モリタ=サン、初めて、モリタ=サン、倦怠感ねこれ。倦怠感これ」
UNIXモニタに「イチロー・モリタ」「倦怠感」と打ち込み、「薬物やってますか」「いえ」「IRC。一晩中IRCとかゲームとかねやってますか」「いえ」「倦怠感どのくらいですか具体的倦怠感」「よくわかりません」「アー……よくわからないですよね。そういうものですね自我障害ね」
「自我障害ですか」「自我障害ねテクノストレスこれね自我が障害、現代の病ですねIRCとか。そんなにやってなくてもね。テクノストレスすごい避け難い現代社会これ」「ハイ」イチローは素直に頷いた。「まあとにかく初回はねあちらのブースでニューロンをリラグゼーションして頂いて」「ハイ」
ドクターは椅子から立ち、隣室のカーテンを引き開けた。「ドーゾ、ね」イチローを促す。「ハイ」イチローは隣室へ入り、リラグゼーション機を眺めた。「これね。ここから音楽とリラグゼーション出ます、ニューロンキックは初回はやらない。心の準備しないと。これメタファーじゃない準備期間」
「よくある事なのですか?倦怠感は」イチローはたずねた。ドクターは機械を起動しながら、「まあ倦怠感よくありますね、今のところ症状をね切り分ける事できないから初回は準備ニューロンの。リラグゼーション。これやらないといけませんから……」「このボタンは?」「これはね……」
イチローは繰り返しドクターにたずねた。その背後、カゴに入れられた彼の鞄から、縄めいたものがスルスルと這い出て来た。……蛇だ!コワイ!ドクターはイチローに集中しており、その蛇が診察室の床を這い進み、机のUNIXに這い寄ろうとしている事に気づかない。
蛇は机の上へ這い登ると、チロチロと舌を出しながら、整頓されたファイル類を物色した。やがて蛇は目当てのものらしきフロッピーディスクを見つけ出し、器用に噛んで棚から引き出した。首を振って勢いをつけ、カゴの鞄めがけヒョイと投げた。鞄の口にストライク!ポイント倍点!
ヒートリ、コマーキタネー……ミスージノ、イトニー……。隣室から漏れ聞こえるサウンドを蛇は一瞥し、チロチロと舌を出した。それから驚くほどの速さで、スルリと鞄の中に入り込んだ。何も知らぬドクターは腰を叩きながらUNIXデッキに戻り、カチャカチャとタイピングした。
やがて音楽が終わり、イチローが診察室に戻ってきた。「どうですか」ドクターは尋ねた。「どう、とは?」「感じとか何か感じとか感じますか」「……」イチローは数秒沈黙し、ドクターを真顔で見た。「……わかりません」
◆◆◆
「アーハー、ハーハー」自我科クリニックを後に、フィルギアは面白そうに笑う。彼は既に人間の姿に戻っている。「リラグゼーション音楽、楽しかったかい」「ご苦労だったな」ニンジャスレイヤーは答えた。トレンチコートにハンチング帽。
「こんな事、犯罪だよ、犯罪……いけない事だぜ」フィルギアはニヤニヤと呟いた。「犯罪者だよ……」「特にトラブルも無く手に入ったな」ニンジャスレイヤーはフロッピーディスクのラベルを確認し、頷いた。あの自我科を訪れた、過去二年の患者リストである。
なぜ彼らは芝居を打ってまでそんな物を?ケンザ・キシオミに辿り着く為である。……ニンジャスレイヤーはまず、ハッカーのナンシー・リーに依頼し、モママ銀行のネットワーク上の社員情報を探った。結果、ケンザ・キシオミの在籍事実は虚偽の内容であった事が確認された。
もう一方の被害者、依頼者の娘であり、ケンザと同じタイミングで殺害されたマカナ・ムツコ。彼女は服飾見習い、20歳の平凡な市民だ。後ろ暗いところは無い……ように思える。試行錯誤の末、ニンジャスレイヤーは彼女の入出金記録をあたる。結果、まず、自我科への通院歴が浮かび上がった。
自我科への通院はネオサイタマにおいてさほど珍しい事とも言えない。だが、同居の両親にこれを隠していたのは、受診理由が違法薬物への依存であったからだ。いきおい、ケンザとの出会いのきっかけも、両親は把握していなかった。実際のところ二人の馴れ初めの場は、自我科の待合室であった。
「アンタ、よくまぁ辿ったもんだよなァ」フィルギアはフロッピーディスク情報を読み出したUNIXデッキの検索結果画面を、後ろから覗き込んだ。ニンジャスレイヤーは言った「彼女が抱える違和感は僅かだ。故にその僅かな違和感が、かえって、何らかの事実に繋がると考えた」「アタリだなァ……」
モニタには、名簿から抽出されたマカナ・ムツコの名が……そしてケンザ・キシオミの名が並んでいる。「別に、隠す事無いのにな」フィルギアは呟いた。ニンジャスレイヤーはケンザの住所情報を書き留める。「デタラメかもよ……」「その時はその時だ」「そうね」フィルギアは欠伸をした。
◆◆◆
「ドーモ、イチロー・モリタです」ニンジャスレイヤーはオジギし、デッカー手帳を見せた。偽造品だ。年老いた大家は呻いた「エヒッ、ハイ、確かに」繰り返し頷き、「私、何も悪い事してないですよ」額の汗をハンケチで拭う。デッカーは恐ろしい権力存在であり、人は卑屈になるものだ。
大家はUNIXを操作し、「ケンザ・キシオミ=サン……?ああ、202号室ですね、確かに契約が有り、アッ!まさか、その人が事件したのですか?犯罪の!そんな!私は無実ですよ!何も知らない!ヤメテ!」「いや、落ち着いてください」ニンジャスレイヤーは制止した。「では確かに契約が有ると」
「契約、有ります、ハイ」「中を見せて頂いても?」「勿論です。向かいのマンションなので」彼はためらいなく合鍵を渡した。「私、何も知らないし、無実ですよ。本当困ります。こういうの。私を逮捕しないでくださいよね」大家は繰り返した。
「ヒヒヒヒ、アイツ、あの大家、絶対何かやってンだろなァ……ビビり過ぎだぜ、あれ」鞄から蛇のフィルギアが滑り出し、人間の姿を取った。「アンタも今まさにやらかしてるけどな……」「開ける」ニンジャスレイヤーは鍵を差し込み、202号室の鉄扉を押し開けた。嫌な軋み音。
「おやおや!ヤサは荒らされて無かったか。アタリじゃねえの……」フィルギアは室内を見渡す。質素なワンルーム。UNIXデッキ、書棚。「興奮するぜ、こういうの……」「よくよく古代のニンジャらしからぬ男だ」ニンジャスレイヤーがあらためて言った。「今更かい?ヒヒヒヒ!」
ニンジャスレイヤーはUNIXデッキの電源を入れると、その横に立て掛けられたファイルを無雑作に手に取った。パラパラとページをめくる。「……」彼は目を細めた。
5
ニンジャスレイヤーはページを高速でめくり、ニンジャ動体視力を最大限に駆使した速読で中身をあらためてゆく。「……モーター……モーターカナタ」「モーターカナタ?」フィルギアはUNIX画面を前に首を傾げている。「ログインパスワードが要るぜ。当てずっぽうにやってみたが、ダメだな」
「となれば、物理ハッキングに限るぜ」彼はデッキを離れ、書棚をあらため始めた。「アー……よくわからねえな……触れた形跡もあまり無い……埃被ってらあ。アンタのそのファイルはどうだ」「うむ……」ニンジャスレイヤーはページを再び頭からあらためながら呟く。「幾つか気になる言葉がある」
ファイルは丸で囲まれた断片的な走り書きを矢印で結んだ、漠然としたメモの集まりだ。そこに度々「モーターカナタ」「タイサ?」「イノエ=サン」という単語が出現する。「何だろなぁ」とフィルギア、「重要な何かかな?ウカツをしたか?それとも、そもそもここにはクリティカルなものがねえのかも」
「モーターなにがしというのは、オムラ・インダストリの開発計画を思わせる」「倒産したろ」ニンジャスレイヤーは頷く。「かつてのオムラの関係者か」「設計図とか無いか?」フィルギアはファイルを受け取り、中身を見た。「こりゃ本人にしかわからねえ、ジャーゴン?字も汚ねえ速記だ。ワザとかも」
「辿るべき単語が見つかったのは収穫だ。イノエ=サン。タイサ。タイサは人名か……少なくともケンザ=サンはイノエという者と何らかの付き合いがあった筈」ニンジャスレイヤーは言った。そしておもむろにUNIXデッキのボディパネルを引き剥がし、記憶ディスクを取り出した。「持ち帰り解析する」
「この部屋から自我科通いってのはなあ」フィルギアは台所をあらためた。「生活感が無いね……冷蔵庫も無い……」「普段は使わぬ部屋を借りていた……何の為に……」ニンジャスレイヤーは言った「……それを調べる。手掛かりはオムラだ」
巨大企業オムラは倒産、解体され、オナタカミ社を初めとする複数のメガコーポに吸収された。その過程で、ネットワーク上に様々な社内データが拡散、漂流したという。そうした漂流データの中には小型核バンザイ・ニュークの設計図すらも含まれている……そのような都市伝説を生んでいる。
ニュークはともかく、当時の社員名簿程度であれば、入手はさほど困難では無い。ニンジャスレイヤーは携帯IRC端末を見た。ycnan。「返事が来た」「早いなァ。五分も経って無い。一服しようと思ったのにな……」「社員名簿に、どちらもある。タイサ・ルニヨシと、イノエ・オカサマだ」
タイサ・ルニヨシに関しては在籍事実のみ。所属は不明。一方、より下級の社員と思われるイノエ・オカサマに関しては、第三開発部という所属、そして当時の住所情報が確認できた。「今もそこにいるかァ?いないかもよ」とフィルギア。ニンジャスレイヤーは頷く「それを我々が調べるのだ」「ああそう」
◆◆◆
「フウー……」アグラ・メディテーションをするオーファンが深い息を吐くと、鍛え上げられた肩と胸板が震動した。背骨に沿って無数の針が打たれたさまは、目を背けたくなるほどに痛々しい。だがこれは拷問ではない!これはシアツによる神秘的治療の一種なのだ。
熱した針を体幹に打ち込むことで血流を整え、治癒を促す古代技術……ニンジャにおいては、常人とは比較にならぬほど様々な治療効果があるとされる。それはなぜか?不用意に歴史の闇に触れるのは得策では無いと申し上げておこう。
「……イヤーッ!」オーファンは上半身に力を込めた。背中の無数の針が跳ね飛び、背後の壁に縦一直線に突き刺さった。彼はゆっくりと立ち上がった。その皮膚の色はマダラである。先日の傷に施したバイオ処置のためだ。
オーファンは眉間にシワを寄せ、拳を握り、開く。「イヤーッ!」回し蹴り!「イヤーッ!」水面蹴り!「イヤーッ!」空中回し蹴り!「イヤーッ!イヤーッ!」ヤリめいた二段サイドキック!片足上げ姿勢のまま停止!「フゥーッ……」合掌し、上げた足をそのまま横へ90度ゆっくりと動かす!
「お加減いかがで……アイエッ!」フスマを開けた治療師が尻餅を吐いた。「ノックせずフスマを開けるでない」片足上げ姿勢を維持したまま、オーファンが厳かに言った。「申し訳ありません!」治療師はドゲザ!「イヤーッ!」その頭上を回転ジャンプで飛び越し、装束を一瞬で着込む!
「アイエエエ……」アマクダリとも取引きする馴染みの治療師とはいえ、こうまで威圧的なカラテに晒されれば、さすがに失禁だ。オーファンはそれを捨て置き、ザゼン・センターを退出した。(((不覚をとった。実際恐るべきジツであった)))彼はバイオ手術を強いる原因となった鉄の茨を振り返る。
(((サークル・シマナガシ……?……セクトに宣戦布告とはふざけたマネを。それも、あのジツがあっての事か。いかなるニンジャだ?)))あの瞬間、彼のニンジャ感受性は巨獣めいた力の膨張を他の者よりも速く感じ取った。そして全力で回避行動を取った。それが生死を分けた。
あの夜、ポインターらはクロームドルフィンと試作機イルカクロイを捕獲すべく動いていた。独断でオーファンの統治するヤクザクラン構成員を殺害した事は許し難く、ケジメ調停も有り得た。だが死んでしまっては仕方が無い。そして困った事に、当事者が全滅した事で、捕獲計画の全体像が失われた。
面倒が増えたが、これはビッグディールのチャンスでもある。わざわざ中枢に伺いを立てて返答を待てば、キンボシを逃す。この場合、捕獲したのちに報告して恩を着せるのが当然のビジネス・メソッドだ。解析の結果、クロームドルフィンの出現パターンも把握済みである。すなわち、スピードだ。
「……奴の仕上がりはどうだ」オーファンはサイバネ技師に通信する。『ええ、脚先だけでしたので、問題ありません。映像送りますか?』「必要無い。それより闘争心だ、重要なのは。馬のニンジンになる気概だ」『ええそれはもう、こちらが持て余すほどですよ!』「よかろう!」
『マシーンのほうもグワーッ!』「どうした?」『ザザッ……おう、ナメやがって』オーファンは目を細めた。通信者が倒されたようだ。「ご機嫌いかがかね?カケル=サン」『お望み通り、やってやッからよお……とっとと走らせろよ……』「ククククク!」オーファンは笑った。「その意気だ!」
◆◆◆
ボーン……ボーン……「ポッポー……」鳩時計の陰鬱な時報が、彼を居眠りから揺り起こした。「いかんな……」彼は脂ぎった髪を撫でつけ、スリープモードとなったUNIXデッキを起動させた。ガレージの闇に彼のタイピング音が吸い込まれる。虚しい努力だった。「何処にいる……ケンザ=サン」
モニタに点滅するのは「電子的無知」のカンジ。あのステルス機能は並ではない。何度やっても同じことだ。では、足で稼いで見つけ出すか?否。そんな事が出来るものか……彼一人にそんな真似ができる筈もなく、派手に動けば自らが標的にされかねない。こんな事は夢物語に過ぎなかったか。
「来訪者ドスエ」UNIX画面が瞬き、監視モニタ映像を映し出した。彼は息を呑んだ。ケンザ=サン?違う。長髪の……女?いや、男だ。一人だ。カメラ方向に手を振っている。知らぬ相手だ!「……!」彼は……イノエは慌てて立ち上がり、ブルゾンを引っ掛けた。「マズイ……ヤバイ……」
何故ここが?誰だ?どこの者だ?彼の心を「何故」が満たす!応対するか?いや、留守だ、居留守だ。裏口から逃げるべし。しばらくカンオケ・ホテルにでも潜伏だ。彼は目に付いたディスク類を掻き集め、リュックサックに投げ込んだ。そしてバタバタとガレージを横切り、裏口のドア「アイエエエエ!」
「……ドーモ。イノエ・オカサマ=サン」ハンチング帽にトレンチコートの男が、後ろ手に裏口のドアを閉めた。彼の手には破壊されたチェーンロックがあった。「イチロー・モリタです。話をうかがいたい」「アーイーエー!」
◆◆◆
ケンザ・キシオミ。オムラ・インダストリ社員であり、イノエ・オカサマをチーフエンジニアとする開発チームに属するテストパイロット。元カーレーサー、スタントマン、オムラに引き抜かれて以来、強靭な身体と熟練の走行テクニックで、戦術ビークル類の進歩革新を陰ながら支えてきた。
暴徒殲滅八輪走行車両「モーターヘイワ」のテスト時、爆発炎上事故に巻き込まれた彼は、生死の淵を彷徨い、その折にニンジャソウルを憑依させた。数日で職場復帰した彼のニンジャ化とニンジャネームはオムラにおいて秘匿事項とされ、ケンザの名は職務遂行上の都合もあって、そのまま存続された。
パイロット適性に秀でたケンザのニンジャ化は、オムラにとって僥倖だった。近年のニンジャソウル憑依現象の増加傾向を把握するオムラが「ニンジャに最適化したカスタムモービル」にビジネス可能性を見出したのは当然の事だ。ケンザに用意されたのは、雇われニンジャ戦闘員には不可能な仕事だった。
「……実際、ケンザ=サンはモーター理念における憧れの矢だった。強さ、重さ、ベクトル。俺たちの夢を載せた……あんたらにはわからないだろうけど」イノエは肩をすくめた。ニンジャスレイヤーとフィルギア、そしてイノエ。向かい合う三者を照らすのは、UNIXモニタの陰気な電子光だ。
「モーター理念」ニンジャスレイヤーは呟いた。やつれたイノエの血走った眼光には、どこか無邪気なアトモスフィアがあった。科学、進歩、発展を信じ、鉄の質量を、実行力を疑わない無邪気さだ。ニンジャスレイヤーはそれが産み出してきた無数の悲劇を知る。それは邪悪な無邪気さである。
「ケンザ=サンの貢献は素晴らしかった。ニンジャは……すごい。反射神経、重力への耐性……不可能を可能にするんだ。ロボットとビークルのその先に広がるあらたな原野だ。我々はそれを拓こうとした……でも結局は……POW!さ」泡が弾けるさまを手振りで示し、「知っての通り、オムラは解体」
倒産・解体・吸収。オムラ社員のある者は他社へ引き抜かれ、ある者は新たな環境、新たな社風に適合できず、路頭に迷う事となった……イノエのように。「ケンザ=サンは、オムラから、どこに?」「……」イノエは弱々しく瞬きし、漠然と答えた。「彼は……彼は優秀だし、ニンジャだしね」
「一ヶ月前、彼は死んだ。ルート808上で」ニンジャスレイヤーが告げた。「婚約者もだ」「……」イノエの瞳に何かがよぎった。「……そうでしたか。彼のこと、探していたのに……」「……」ニンジャスレイヤーはパイプ椅子から、やおら立ち上がった。「何を隠している?」「アイエエッ……」
「わかっちまうんだよ、そういうの」フィルギアはニヤニヤと笑った。「婚約者サンの親も必死、この男も必死、俺も疑いを晴らすのに必死さ……アンタも必死にならなきゃ……」「アイエエ……」「事件の後……生きてるんじゃねえの……どうなの……知ってるんじゃねえの……仲良しなんだろ……」
イノエは椅子ごと後ずさった。「死んだと今言ったじゃないですか」「手足は残ってたが、肝心の部分が無い」フィルギアは言った。「アンタのほうが詳しいンでしょ」「……」ニンジャスレイヤーはガレージの奥の闇、手術台めいたものを見出し、そちらへ歩いた。「それは!」イノエが制止しようとした。
心電図、ドリル、レーザーカッター、無数のチューブ類、薬品群、専用のUNIXデッキ……「単なる車いじりにしては、ちとオーガニックのようだが」ニンジャスレイヤーはイノエを振り返った。フィルギアがイノエの肩を抱いた「盗品かい?倒産の時かい?ヒヒヒ、どうせ辞めちまう会社だし、ッて?」
ニンジャスレイヤーはわななくイノエを見据えた。「真相を欲している者がいる。あの時、何があった。ここで何があった。今、何が起こっている?」「う……」イノエはその場にがっくりと膝をついた。「何もかも、何もかも」床にポタポタと涙が落ちた。「何もかも失敗だ。何もかもダメだった」
◆◆◆
オムラから「引き揚げて」きた備品とともに秘密のガレージに引きこもり、失意のままに暮らすイノエに謎めいたIRCメッセージが届いたのは、いつの事だったろうか。「復活のノロシを上げよう。雷神はモーター理念のもとでふたたび蘇る。集え!」……送信者の名はタイサ・ルニヨシ。
面識は無いが、その名前は記憶にあった。タイサはオムラにおいてイノエよりもずっと上の役職者であり、微かにオムラ本家の血を引いてもいたはずだ。「確かな後ろ盾、確かな資金。オナタカミ社から失地回復する時が訪れた。諸君の情熱が是非とも必要だ。連絡を求めています!」
当然イノエはこれに応えた。何を迷うことがあろう?そしてイノエにケンザが応えた。彼らだけでは無かった。トコロ・スズキ。シムカギ・ジチロー。様々に散ったオムラの遺伝子たち。オムラ復活……不本意な断絶を乗り越え、再び歴史を前に進める時がきたのだ。我々の手で!
「でも、アンタはいまだに、ここが住処かい」フィルギアは言った。イノエは据わった目で虚空を見つめた。「夢。夢を見たかった。……そしてケンザ=サンは決断的に行動した。盗み出した。いや断じて違う!盗んだんじゃない!オナタカミに奪われたイルカクロイの開発計画を奪還した……」
「彼はニンジャだ。彼は信頼を得ていた。オムラ亡き後もだ。私のようなトラッシュと違うぞ。地位も名誉もあったんだ。それをあえて捨てたんだ。雷神の夢の為に捨てたんだ。自分自身とイルカクロイを手土産に、戻ってきたのだ!」イノエは涙ぐんだ。「……シャボン玉めいた夢だった……」
「それで」ニンジャスレイヤーが促した。「婚約者もろともに消されたのか」「ケンザ=サンは……おお……追っ手によって無惨な有様に……だがイルカクロイはインテリジェントだ。自動走行。私のもとに彼を届けた」イノエは両手を握ったり開いたりした。「婚約者」の単語にはまるで反応しない。
「あン?待てよ。イルカクロイ、イルカ、イルカ(原注:ドルフィン)……」フィルギアが話に割り込んだ。「それさァ!タイヤの無い、シュッとしたイカレたバイクで、イルカ、おい、そのケンザ=サンのニンジャの名前って、クロームドルフィンだろ?クロームドルフィンだァ!」彼は煩く手を叩いた。
ニンジャスレイヤーはフィルギアを見た。フィルギアはパイプ椅子をガタガタ鳴らして仰け反り、笑った。「ハッハハハハハ!あれがケンザ=サンだってのかい!あのイカレたスピードフリーク……ヒヒヒヒ……アンタがあのチカチカ光るLEDやら、ボディやら、誂えたのかい……!」
「どこに居るのだ!彼は!」イノエが血相を変えてフィルギアに詰め寄った。フィルギアは笑い続ける。「ハハハハハ……ヒヒヒヒ……知らねえ、今は知らねえ……ヒヒヒヒ……あれがそうか……たいした野郎だったよ……」「回収しないと!彼は、彼はどうしている!?メンテナンスも無しで!」
「ああ、ああ、これでサークル・シマナガシの無実が証明できたぜニンジャスレイヤー=サン」フィルギアは笑い涙を拭い、「傑作だな。ニンジャは殺されたかと思いきや、このオッサンに助けられて、夜な夜なルート808をカッ飛ばすスピードデーモンになった……都市伝説は本物の伝説になったんだ」
「自我科通いのニンジャだと?」ニンジャスレイヤーが呟いた。「オムラのテストパイロットとはどんなものだ?」「自我科?」イノエが目を瞬いた。フィルギアは苦笑し、首を振った。「キマりまくって、出て行っちまったッて事だろ……」「自我科」イノエの額を脂汗が流れ落ちた。「それは……」
「俺にも使えるクスリ、あるかな……」フィルギアはフラフラと手術台の方へ歩いて行く。イノエは呻いた。「サイバネティクスによる処置はうまくいったんだ。いった筈なんだ」「……」ニンジャスレイヤーは目を閉じた。フィルギアはニンジャスレイヤーに問う。「で、どうすンだい。この後」
「当然、ケンザ=サンを……クロームドルフィンを追う」「まあそうだよなァ」とフィルギア。「そいつ自身の脳はもう負荷限界でチーズかもしれないが、殺し損ねたニンジャが走ってるッてんなら、追っ手はまだまだ湧くよな」意地悪く笑い、「そいつら殺してマカナ=サンの仇討ちにすりゃァ、落着だ」
ニンジャスレイヤーはフィルギアを見た。フィルギアは首を傾げて見せた。「何だい、何か間違った事、言ったかい……」「……」「きっと派手なお祭りが待ってるぜ、頑張ろうぜ……ヒヒヒヒ……」
6
「……やれ」「ヘイヘイ!ヘイヘイ!」「キング!」「キング!」夜空に掲げた大漁旗の先端には、ナムアミダブツ!松明めいて燃え盛る死体!「キング」側近ライダーが不安げに振り返る。視線の先、巨大なタイヤを備えた謎めいたモーターサイクルに跨る、ハイ・テック・ライダースーツ姿の……カケル!
「戦争……終わらせるかよ」フルフェイスUNIXヘルメットの中でカケルはブツブツと呟いた。松明めいて焼かれるキマリテ・レンゴウの哀れなスクーターチーム隊長。炎を受けるカケルの姿は、ハイ・テックなスーツの洗練とは裏腹、アケチ殺戮騎馬軍団のごとく禍々しいアトモスフィアを放っていた。
「キング……?」「終わらせるかよ……ふざけるんじゃねえよ……」「キング?」ウォルルルルルルル!ハイ・テック・モーターサイクル「守衛」のエンジンが悲鳴を上げ、液晶パネルに「おなたかみ」の文字が灯った。耳後ろのLANジャックを通じ、直結データがカケルのニューロンに流れ込む!
「キング……その……大丈夫なんですか」「ナメんのか。俺を」フルフェイスヘルメットの隙間から赤い光がさした。側近は震え上がった。「とんでもないですカケル=サン」「テメェ、ナメんのか」「とんでもないです!やっちゃって下さい!」「ついて来れんのか。命燃やせるかテメェら」「ハイ!」
「クソが」カケルは呟く。HUD表示が煩わしい。「火炎」「戦闘状態」「停止車両」「正規ルート」……。「クソだ」「え」「テメェらクソばっかりだよ!」KBAM!金色のロケット噴射とともに、カケルの「守衛」はフルスロットル発進した。KBAM!再噴射!「アバーッ!」側近が炎に呑まれ転倒!
チキュキュキュキュキュイキュイキュイキュイ、進行ルートのアスファルト表面に四角い記号が結ばれ、「最適」「ここが速い」の文字が躍る。カケルは顔をしかめた。だが、その提示ルートに従った。彼は風を感じていた。道の左右には破壊されたキマリテ・レンゴウの武装バイク達。炎。鎌バット。
ゴウ。ゴウゴウ。路側灯が風を切り、ガードレールの奥には不夜ネオン光景。あれは星々だ。夜空の星々と同じぐらい、カケルとは縁の無い世界だ。キュイキュイキュイ……前方に四角形が結ばれ、キマリテ・レンゴウ首領の後ろ姿が見えてくる。あっという間だ。そして「スリップストリーム」の文字。
カケルは風を感じている。キマリテ首領が作り出す風のトンネルを。カケルはその中を加速し、猛追する。キマリテ首領は落ち着かない様子で何度も後方を確認する。カケルは目を細める。「おせェ……遅過ぎンだよ!」その時。キマリテ首領が何かを後ろに投げ捨てた。……HUD「手榴弾」の表示が追随!
だがカケルは加速を弛めない。ZAPZAPZAP!緑のガイド光線が瞬いたかと思うと、手榴弾は撃ち落とされて消滅した。「守衛」に備えつけられた迎撃システムだ!ウォルルルルルルル!「オオオオーッ!」カケルは吠えた。「アイ……アイエエエ!」キマリテ首領の悲鳴をヘルメットが拾う!
「ア、アイッ」KABOOOOM!キマリテ首領のバイクが爆炎に包まれ、後方の闇に呑まれた。カーブで横腹にカケルの蹴りを受け、転倒爆発したのだ。「畜生……畜生……」カケルは前方を睨んだ。彼は歯を食いしばった。サイバネティクス置換された両脚が痛んだ。「スピード……ちくしょう……」
これで、キマリテ・レンゴウは壊滅だ。だが、ワンダリングマンモス・レンゴウすらも遥か後ろだ。今のカケルに追いすがる者は無い。一人だ。スピードだ。スピードが何もかも、流し去った。(((……スピード?何がスピードだ?)))カケルは思考をさまよわせた。(((俺は、何だ?)))
HUD上に「殴り薬?」の表示が瞬く。サイバネ接合に伴う幻肢痛を心拍数の乱れから察知すると、すぐにこれだ。「要らねえッつってんだよ」カケルは退け、不確かな自問自答も捨て去る。それは弱さだからだ。スピードに全て委ねろ。そうすればシンプルだ。自己実現?ニンジャ?現実?どうでもいい!
引き離せ、何もかも引き離せ。怯えた顔で命令をうかがう奴ら。逃げる奴ら。反抗してくる奴ら。抑えつけにくる奴ら。みんな後ろだ。スピードだ。スピードが自由にする。スピードを疑うな。カカカカ、液晶パネルに文字列が走り、HUDに「接近体」の表示が点滅。そしてカタカナ。「イルカクロイ」。
どこからともなく合流してきた鋭角流線形の機体を、カケルは横目で一瞥する。正真正銘、この前のあいつ、ハイウェイの都市伝説、クロームの死神、カケルの血は瞬時に憤怒を滾らせる、「ザッケンナコラー!」加速!イルカクロイも加速!併走する両者を路側灯がチカチカと照らす!
ウォン!カンオケ・トレーラーの横をすり抜ける。イルカクロイは真後ろだ。「守衛」がオート攻撃シーケンスに入り、ネット弾を散布する。スポポポ……ZAPZAPZAP!イルカクロイの迎撃機構は問題無くそれらを展開前に迎撃する。カケルは口の端を歪めて笑い、ミラー越しに乗り手を睨んだ。
チカチカチカ、乗り手のフルフェイスヘルムの切れ目が青い眼光をモールス信号めいて放つ。カケルにその言語がわかるはずも無い。だが彼は容易にそれを解釈する。「ナメんじゃねぇ」カケルは加速した。さらに……KBAM!金色のロケット噴射により前方に飛び出す!「ナメんじゃねえ!」
イルカクロイは光に呑まれ……否!ゆらゆらと左右に揺れたかと思うと、再びカケルの左横に滑り出たのだ!間一髪で爆風を避けたのである!ドウ、ドウドウ!イルカクロイも何らかの強制加速を行い、カケルの「守衛」に食いついてくる!フィフィフィフィ……嘲笑的なサウンドと共に!
「ヘッ……ヘヘッ!ふざけるンじゃねえよ!」カケルは喉を鳴らして笑った。KBAM!さらに強制加速!カケルはコンマ数秒失神した。即座にスーツが薬物を供給し、彼の意識を揺り戻した。右カーブ!バンク!「オオオオーッ!」走行痕が火を吹く!
フィフィフィ……フィフィフィフィ……イルカクロイが追う。カケルの「守衛」が切り込む。前方に数台のカンオケ・トレーラー。キュイキュイキュイ……走行ルートガイドが表示される。だが極度のスピード・ハイにあるカケルは白い風の道を見ていた。カケルは風の道を追った。カケルは笑っていた。
トレーラーとトレーラーの隙間にカケルは飛び込んだ。左右ワン・インチに死がある。カケルは笑い続けた。隙間から抜け出し、さらに加速した。……カケルは背後の夜空にクロームのイルカを見た。それはカケルのすぐ後ろに滑らかに着地した。飛び越えたのだ。だが、もはやカケルは頓着しなかった。
次なる急カーブを、ほとんど道路に寝るようにして難なく切り抜け、カケルは再び加速する。前方にゲート。ゲートを越えて、その先、どうする。カケルには知った事ではない。カケルはスピードだ。それだけだ。もっと。もっと加速しろ。推進剤がもう無い。構わない。前へ。前へ。
「ああ」カケルは呻いた。彼は風の中にいた。……フィフィフィフィ。フィフィフィフィ。音が回り込む。カケルは閉じかけた目を見開く。斜め後ろに。横に。斜め前に。……前に。前に。前にイルカクロイ。カケルを振り返り、立てた親指を下に向ける。青い眼光。「あああ」イルカクロイが。去る。
カケルの眼前にゲートの支柱コンクリートが迫る。「ああ」カケルは呻いた。イルカクロイが彼の視界から消えた。「ああ……」
◆◆◆
ゴウ!ゲートを通過したクロームドルフィンを、上空からの漢字サーチライトが照らし出す。鬼瓦ツェッペリン……否!鬼瓦フライングパンケーキである!その直後、イルカクロイめがけ、すぐさま激烈な十字砲火が開始された。BRATATATAT!さらに進行方向に複数のバリケードが展開!
「クオオオー!」「クオオオー!」「クオオオオオオー!」獣じみた咆哮が夜を裂き、クロームドルフィンを取り囲んだ。十字砲火の主達だ。クロームドルフィンは速度を緩めず、跳躍した。バリケードを?否、距離が足りない。機体は着地した……中央分離帯を越え、対向車線に。
黒い人型のシルエット達はアスファルトに火花を散らし、モーター音を刻みつけながら滑るように展開する。人?人では無い。確かにそれらは人間に似ている。だが大きい。そして手脚のバランスが人間のそれではない。四角い頭部はX字の青いLED光を放つ。「クオオオー!」「クオオオオー!」
BRATATAT!BRATATAT!黒い人型マシーンが機銃掃射を再開、轟音、そして闇を照らすマズル光!上空ではVTOL鬼瓦フライングパンケーキが漢字サーチライトを投げかける。だがクロームドルフィンは既に走り出していた……対向車線逆走!
BRATATAT!BRATATAT!「アバーッ!」あわれ対向車線を走行してきた何の落ち度も無い一般車両が銃撃に巻き込まれ粉砕破壊!マシーン達は断続的な銃撃を行いながら脚部ローラーで走行を開始、滑りながらその形状を変化させ始めた。ナムサン!人型からバイク型への変形である!
何たる多様なミッションに対応可能な柔軟性を備えた可変機構と戦闘能力の両立!バイクとなった黒い機体五体はいまだトップスピードに乗り切らぬクロームドルフィンを躊躇せず追う。読者の皆さんの中にご存知の方もおられるやも知れぬ。これこそ、悪魔じみた可変ロボニンジャ「ドラグーン」だ!
イルカクロイは左右に機体を振り、走り来る車輌を躱す。加速機会はシビアだ。ドラグーン達はすぐに後方に到達、銃撃、そして体当たりを試みる。そればかりか進行方向には鬼瓦フライングパンケーキが待ち構え、道路上に閃光を放つ何かを撃ち込んでいる!
鬼瓦フライングパンケーキの機内では、シート上で機甲ニンジャがいかめしくアグラをかいていた。「掌握……掌握……」「……」向かい合ってシートに座るはオーファン。腕組みをし、不機嫌そうに機甲ニンジャを見やる。
「くれぐれも破壊してはならん。生け捕りだ」オーファンは言った。「イルカクロイの詳細を知る者は既にセクトにも無い。ビッグディールだ」「当然デス」機甲ニンジャ、レクティファイアーは、フルメンポの奥の眼光を点滅させる。「ビッグディール。貴方ハ賢明デシタ。私ニ話ヲ持ッテキタノハネ……」
レクティファイアーは五機のドラグーンを無線LAN接続し、ニューロンで直接指揮するニンジャである。オーファンは睨んだ。確かにこのミッションにおいて彼の存在は重要……しかし、取り分が減った事は否めない。(((まあいい。成功無くばゼロなのだ)))「成功無クバ、ゼロデスヨ」「……!」
「進行ルートに電磁撹乱端末を休まず射出しろ」「既ニ行ッテオリマス」喋るたび、レクティファイアーの眼光が明滅する。オーファンは沈思黙考した。ルート808は自らの縄張りであるが、今夜の作戦は非常に大規模だ。これを何度も繰り返すわけには行かない。中枢に睨まれる事になるだろう。
(((逃がすわけにはいかん……生け捕りは重要だが、逃がすくらいなら……いっそ破壊し、機体だけでも)))「逃ガスワケニハ、イキマスマイ。破壊シ、機体ヲ回収スル選択肢モ留保スベキデハ?」「……」オーファンは唸った。「わかっておる!」
◆◆◆
クロームドルフィンはジグザグに車輌を回避しつつ、徐々に速度を増して行く。「クオオオー!」「クオオオオー!」ドラグーンは奇怪な咆哮を放ち、しつこく追いすがる。クロームドルフィンはトレーラーをギリギリまで引きつけ、すれすれのところを避けた。KRAAASH!
ナムサン!最接近していたドラグーン一機がトレーラーと正面衝突!炎に包まれる!フィフィフィフィ……クロームドルフィンはドラグーン達を引き離しにかかる。銃撃が追うが、被弾する事は無い。なぜならクロームドルフィンは操車力に特化したニンジャだからだ!だが、前方は?
ZOMM!ZOMM!ZOMM!クロームドルフィンの進行方向で光が爆発し、彼の身体とイルカクロイを結ぶUNIXシステムにノイズが混入した。イルカクロイの機首がぶれ、減速を強いられる。KRAASH!「アバーッ!」パルス爆発の只中に巻き込まれた一般車両がスピンして分離帯に激突!
ナムサン、鬼瓦フライングパンケーキが射出した撹乱弾である。クロームドルフィンの両脇にドラグーンが飛び出し、ホイールに仕込まれた機銃を左右から撃ち込みにかかる!BRATATATATAT!
カカカカカ、火花が激しく散り、クロームドルフィンは無言のまま車上で掃射に耐える。乗り手と機体どちらにもダメージは明らか!……と、次の瞬間クロームドルフィンが消失した。否、突如その速度を落としたのだ!何たる挙動!二機の挟撃ドラグーンは対応が間に合わず相互にフレンドリーファイア!
バランスを崩した二機は急カーブに巻き込まれ、ガードレールと衝突!そこへ走り来るトレーラー!KRAAAASH!「アバーッ!」炎に包まれるトレーラーの荷台側面をイルカクロイが横向きに滑り、再び道路に復帰!ゴウランガ!何たる危機回避か!だが後方から残る二機のドラグーンがなおも迫る!
ZOMM!ZOMM!前方に再び電磁錯乱弾の投下!イルカクロイはジェットを噴射し、跳躍してこれを飛び越える……「イヤーッ!」「グワーッ!?」
一瞬の交錯!クロームドルフィンは吹き飛ばされて路上に転落した。アスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂。クロームドルフィンは受け身を取り即座に起き上がる。空中に一瞬静止して見えたのは飛び蹴りを放ち終えたニンジャの姿……オーファンである!オーファンは落下し、後続ドラグーンのシートに着地!
ギャルルルルル!オーファンはドラグーンをドリフトさせ、クロームドルフィンと対した。乗り手を失ったイルカクロイは数十メートル前方に着地し、停止!「ドーモ。クロームドルフィン=サン。オーファンです」「……ドーモ。オーファン=サン。クロームドルフィンです」
「追いかけっこは終わりだ」オーファンは言い放った。上空では轟音を放つVTOL鬼瓦フライングパンケーキがホバリングしている。オーファンはしかるべきタイミングであれから飛び降り、クロームドルフィンを空中攻撃したのだ。まさにニンジャのワザマエであった。
「……」クロームドルフィンはオーファンを見上げる。フルフェイス・ニンジャヘルムの下、その表情は窺い知れぬ。彼の背後でもう一機のドラグーンが人型に変形し、オーファンと挟み撃ちのかたちを取った。「データ照合……アマクダリ・セクト……」
KBAM!KABOOOM!「アバーッ!」こちらへ向かって走行して来た何も知らぬタンクローリーが鬼瓦フライングパンケーキの無慈悲なミサイル攻撃を受け、爆発横転炎上した。オーファンはクロームドルフィンに言った。「私は真実を知りたい。真実はキンボシになる。……何をやらかした?貴様」
「……くくく」クロームドルフィンは肩を震わせた。笑っている。オーファンは眉根を寄せた。クロームドルフィンは呟いた。「スピード……スピードだ」「……?」「お前には見えていない……くくく……何もな……くくく」クロームドルフィンは俯き、震えながら笑う。オーファンはカラテ警戒した。
「貴様」オーファンは出方をうかがう。クロームドルフィンは無造作に指差した。「……風の道が……空いている」彼は指し示す。オーファンを……否、その肩越し、さらに向こう。炎上するタンクローリーの方向を。「風の道を通り、俺は……くくく、俺はな。俺は行くのだ。俺はな」
オーファンは警戒を継続しつつ、背後に微かに注意を振り向けた。ドウ!タンクローリーが再度、爆発した。その炎の壁を……何かが、サーカスのライオンめいて飛び越えてきた。BRATATATAT!鬼瓦フライングパンケーキの掃射を躱しながら走り来るそれは、漆黒のモーターサイクルであった。
停止したイルカクロイの横を加速しながら通過し、その者は……バイクに乗ったニンジャは……彼らの元へ一直線に向かって来る!「な……」オーファンは目を見開いた。「ニンジャだと?何者!」KRA-TOOOOM!ニンジャの背後でタンクローリーが三度目の爆発!巨大な爆炎が夜空に放たれる!
ドラグーンが走査光を投げる!「データ!照合!」「黙れ!」オーファンは怒鳴った。彼のニンジャ視力は当然、既にその新手のニンジャの正体を捉えていた。爆炎に逆光となったその赤黒のニンジャを。そのメンポに刻まれた「忍」「殺」の二文字を!「貴様!貴様はニンジャスレイヤー=サン!」
ギャルルルル!オーファンはドラグーンをドリフトさせた「何故貴様が!」鬼瓦フライングパンケーキがニンジャスレイヤーめがけミサイルを放つ!KABOOOOM!だが、ゴウランガ!直撃などするものか!「Wasshoi!」漆黒の車体はミサイルの爆風を背後に、跳んだ!
7
「ウオオオーッ!」オーファンはドラグーンを発進し、真上から襲いかかったニンジャスレイヤーの質量攻撃を回避した。ニンジャスレイヤーは着地と同時に後輪を旋回させ、向き直った。ゴッゴッゴッゴッ……漆黒のモーターサイクルは独特の排気音を吐き出し、一瞬、UNIXライトを閃かせる。
「いかにも、私はニンジャスレイヤーだ」ニンジャスレイヤーはバイク上でアイサツした。「そしてアマクダリの犬め、オヌシの外見情報は端的ながら把握している。……ドーモ。オーファン=サン」「イヤーッ!」オーファンはスリケン投擲!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは急加速し、自らもスリケンを投擲!対消滅!「敵対者」ドラグーンが音声を発し、ロックオン対象をクロームドルフィンから旋回するニンジャスレイヤーへ変更。スクエアな両腕を向ける。BRATATATATAT!マズル光が闇を裂く!
さらに鬼瓦フライングパンケーキがサーチライトを走らせ、ニンジャスレイヤーを撫でると、彼のバイク「アイアンオトメ」は合成マイコ音声を発して警告する。「被ロックオン。出来る限り振り切り重点な」KBAM!KBAM!光る煙とともに放たれる空対地ミサイル!
ニンジャスレイヤーがこれら迎撃行動に狼狽える事は少しも無い。彼のアイアンオトメはDNA螺旋めいた蛇行軌跡でオーファンのドラグーンバイクと繰り返しぶつかり合った。その後ろで、振り切られた空対地ミサイルがむなしくアスファルトを破壊した。
二人のバイク上ニンジャはぶつかり合いながらターンした。人型ドラグーンはフレンドリーファイアを恐れてか、銃撃を停止した。クロームドルフィンは直立し彼らを眺める。「ドーモ……オーファンです」オーファンがニンジャスレイヤーにアイサツを返す。「貴様が一枚噛んでおるか」
「一枚噛む?フン……その口ぶり。オヌシは計画から蚊帳の外か」ニンジャスレイヤーは言い、クロームドルフィンを見やった。「オヌシから情報を引き出せぬとすれば、私にとって落胆すべき話だ。よくよくアマクダリとはツギハギのボロ布めいた烏合の衆よ」「黙るがいい。私が真実をモノにする」
クロームドルフィンは遠くニンジャスレイヤーの視線を受ける。やおら、短距離走選手めいて走り出した。加速するニンジャスレイヤー、オーファンの方向へ向かってくる!「チィーッ……奴め」オーファンは毒づいた。人型ドラグーンは自己判断し自走バイクに変形、クロームドルフィンを追いにかかる!
ニンジャスレイヤーとオーファン!一方クロームドルフィンと、それを追う自走ドラグーン!馬上槍試合、あるいはチキンレースめいて、互いが交錯!衝突直前にニンジャスレイヤーとオーファンは左右にわかれ、クロームドルフィンとドラグーンを回避!クロームドルフィンは走る!行く手にイルカクロイ!
ギャギャギャギャ!ニンジャスレイヤーとオーファンは同時にドリフトし切り返す。「「イヤーッ!」」「「イヤーッ!」」二者は互いにスリケンを投擲!さらに投擲!空中でスリケン同士がぶつかり合い、センコ火花めいて散る!クロームドルフィンは走る!自走ドラグーンが追って加速!轢きにいく!
「イヤーッ!」クロームドルフィンは跳んだ。跳びながら空中で高速回転し、背後の自走ドラグーンめがけたて続けにスリケンを放つ。「クオオオーッ!」自走ドラグーンが左右にぶれた。クリティカル接合箇所が爆発!転倒!爆発四散!そしてクロームドルフィンはイルカクロイのシートに着地した!
ニンジャスレイヤーは目を細める。オーファンと並走し、追いすがる。フイイイ……イルカクロイが閃光を放ち、何らかの推進剤を放出して浮き上がった。そして急発進した。二者もまた加速!クロームドルフィンを追う!否応無しに命がけのニンジャ・レーシングの火蓋が切って落とされたのだ!
ゴアアアアア!アイアンオトメが唸り、オーファンの前に出る。オーファンは侮蔑の笑みをメンポの下で浮かべ、片手で得物を構えた。ナムサン!ロングレンジ鎖鎌だ!騎馬ニンジャのバイク勝負において、必ずしも先行が有利となる事はない。それは後続者の攻撃を甘んじて受ける事なのだ!
ヒュンヒュンと風を切り、鎖鎌がオーファンの頭上で旋回する。ニンジャスレイヤーは後方を一瞥、引き離しにかかるが、そう容易では無かった。前方を見よ!弾丸めいた対向カンオケ・トレーラーが合成ヤクザスラングクラクションと共に迫り来る。「ザッケンナコラー!」アブナイ!
思い出して頂きたい!彼らは逆走しているのだ。これは非常に危険な行為である。ニンジャといえどトレーラーに正面衝突すればおおよそ死ぬ!前方のクロームドルフィンは光の帯を残し、複数のトレーラーを難なく回避!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは機体を地面すれすれに倒し、横へ避ける!
オーファンは鋭角的な機体コントロールでトレーラーを避け、脅威的ニンジャバランス感覚でそのまま前方のニンジャスレイヤーを鎖鎌攻撃!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り向きざまに二枚のスリケンを投げる!バギュギュ、鎖分銅にスリケンがぶつかり、攻撃軌道を逸らす!
フオオオン!その時である。前方で銀色の機体が空中に跳ね上がったのである。イルカクロイは中央分離帯を飛び越え、安全な順行車線へ着地した!ゴウランガ!道路のバンクを最大限に利用した脅威的ジャンプである!卑しきイクサに明け暮れる闘犬を観戦する貴族めいて、青LEDの眼光が二者を見る!
「スッゾコラー!」さらなる電飾ウキヨエトレーラーが突っ込んで来る。ニンジャスレイヤーはきりきり舞いをするかのような危険な操車でこれを回避!オーファンはドラグーンの戦闘的敏捷性によって危なげなくこれを回避!スピードではアイアンオトメが上手だが、こうも障害物が立て続けでは……!
上空ではイルカクロイを追尾する鬼瓦フライングパンケーキが執拗に電磁妨害端末の投下を再開。だがクロームドルフィンは並のライダーではない。ニンジャなのだ。彼は既にこの妨害に適応しつつあった。投下される端末を、トレーラーをすり抜け、徐々に徐々に加速する!
「これはどうだ、ニンジャスレイヤー=サン」オーファンは頭上で鎖分銅を振り回しながらドラグーン両側面の機銃を展開、ニンジャスレイヤーをロックオンした。「被ロックオン重点な」無情なるアイアンオトメのアラート音声!「イヤーッ!」分銅攻撃!TATATATATAT!さらに機銃掃射!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはその場で強引にターンした!後輪が熱の軌跡をアスファルトに刻みつけ、円の炎を灯す!「な!」オーファンは一瞬でニンジャスレイヤーを追い越してしまった!彼は後方を確認しようとする。銃撃は?鎖分銅は?「敵ニンジャ被弾率12%」ドラグーンの冷徹な音声!
「12%だと?」ネギトロ重点するにはまるで足らぬ。こちらもターンをして再度攻撃か?だが奴に過度に執着すれば……「オーファン=サン。ニンジャスレイヤーニ過度ニ執着スレバ、最重要目的ヲ仕損ジマス。クロームドルフィン=サンハ想像以上ノ速度ニテ、コノママデハ」「ええい!」
上空の鬼瓦フライングパンケーキに乗るレクティファイアーからのIRC通信だ!「ミッション限界時間ヲ配慮重点……マッポハトモカク、ソロソロ、セクトノ展開モアリ得マショウ」「私が考えておらんとでも思ったか貴様……グワーッ!?」オーファンはミラーを凝視!「ニンジャスレイヤー=サン!」
ニンジャスレイヤーは真後ろにつけている!ターンを繰り出して後方へ流れ去ったかに見えたニンジャスレイヤーは、恐るべき加速力ですぐさまオーファンに追随し直したのだ!ミラー越しに赤黒の眼光が焼きつく!「イ、イヤーッ!」オーファンは後方へ鎖鎌攻撃!アイアンオトメが左に振れ、回避!
「イヤーッ!」「グワーッ!」オーファンは側頭部に裏拳を受け、苦悶した。鎖鎌攻撃をかわして真横に躍り出たニンジャスレイヤーの白兵戦である!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに裏拳を受け、苦悶!「イヤーッ!」オーファンが鎖鎌で反撃!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは裏拳で鎌を弾く!
「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに裏拳を受け、オーファンは苦悶した。これでは堪らぬ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」オーファンは鎖鎌を掲げ防御に専念した。彼は目を見開いた。前方にバンク。跳躍機会だ。逃してはならぬ!「オオオーッ!」裏拳をかわし急加速!
ゴアアア!ゴアアア!ニンジャスレイヤーも同時に加速にかかる。彼の判断も同じだ!コンマ五秒後、二者は……跳んだ!分離帯を!「「イヤーッ!」」アイアンオトメが……高い!ドラグーンよりも高い!ドラグーンへ迫る、アイアンオトメの質量が迫る!「グ……グワーッ!?」KRAAAASH!
ドラグーンを下敷きに、アイアンオトメは順行車線に着地した。ガガガガガ、容赦なき走行、ドラグーンが身悶えしてバイク形態から人型へ変形しかかりながら、千切れ、砕け、路上に散ってゆく。ゴアアアアア!ゴアアアアア!車輪が回転し鉄屑を吹き上げる!そして前へ飛び出す!
◆◆◆
「……アバッ……こんな……アバッ、事がアバッ」アスファルト上、うつ伏せのオーファンは力を込めて起き上がろうとした。「アバーッ!」血を吐き、また倒れた。「ニンジャスレイヤー……!」取り残された彼の半壊の通信機がレクティファイアーの通信を傍受する。「ザザザ……サン、ザザザ」
ネギトロは免れた。免れたが戦闘継続は不可能だ。「追え……レクティファイアー=サン、捕獲を」「ザザザ離脱シマス」「な……」「セクトザザザ、展開、ケジメ回避ザザザ」「セクト?」「ザザザ、ピガーッ!?バカナ、ニンジャス」「レクティファイアー=サン?応答せよ!」「ザリザリザリ……」
オーファンは血を吐いた。彼はもう一度顔を上げようとした。彼の顔は道路後方を向いた。その目が驚愕に見開かれた。ハイビーム。轟音。彼のニンジャ聴力は高速接近してくるバイクのエンジン音を聴き分け、彼のニンジャ視力は光の向こうに乗り手を見分けた。それは彼に恐怖を喚起しただけだった。
「生き……バカな……」ニンジャがモータルを恐れるなど、あり得ようか?否。おそらく彼の恐怖は、観念に、事象そのものに対する恐怖だった。スピード。死。走りくるそれは……形をとった……「アバーッ!?」
◆◆◆
鬼瓦フライングパンケーキは炎と煙を噴き出しながら、夜空を斜めに落ちて行く。その過程で何度か内側から爆発した。アイアンオトメの速度を乗せて放たれた、ニンジャスレイヤーのツヨイ・スリケン。そんなものの直撃を受けて、VTOL機ごときが無事でいられよう筈も無い。
ニンジャスレイヤーはもはや墜落機体に注意を払わず、前方を注視した。微かなニンジャソウル痕跡が光の筋をアスファルトに遺している。近い。引き離されてはいない。ハイウェイはトリイ地帯に差し掛かる。ライトアップオカメを戴く無数の巨大トリイの列をくぐり抜ける直線路だ。
「……」ニンジャスレイヤーのニンジャ第六感は、無数の敵意の接近をニューロンに告げる。じわりじわりと囲み込むかのような。ゆっくりと握り込む巨人の掌のような殺意。「来たな」アマクダリ・セクトが、クロームドルフィンを、イルカクロイを……タイサ・ルニヨシの狂った遺志を摘み取りに。
◆◆◆
ブーンブンブブン……ブブンブンブブーン……「ソーベーリベリ、ソーベーリベリ、ベーリベリ」ニンジャはモニタのアラートを見ると陰気な歌をやめ、ラジオを消した。そしてリムジンから夜風の中に降りた。「万端か」「ハイ」リムジンの脇に跪くのも同様にニンジャである。つまり、上下関係がある。
「いい天気だ」「は」「良いイオンの匂いだよ」「は」「フー」上位者は両手を広げ、伸びをした。彼のニンジャ装束の心臓部は渦巻く太陽の意匠が描かれたプロテクターで覆われ、そこから四肢と頚動脈に光ファイバーじみたチューブが伸びている。「たかが捕獲作戦に何故俺が、と思うか」「……は」
「お前がそう考えるのも尤もだ。現に、当初はアクシスも、ポインターとかいうカス……他にも何人かいたな……あれらで事足りるとな……そう判断していた。だが役者不足だったわけだ」「は……」 「で、オーファンとかいう奴は?」「応答が無く」「ま、どうでもいい」
上位ニンジャは腕組みして、眼下のハイウェイ風景を見た。流れ行く灯りの群れ。あるいはネオンを受けるスモッグ。巨大で荘厳で馬鹿げたカスミガセキ・ジグラットのシルエット。「そろそろだろう」「は」跪くニンジャは付け加えた。「イレギュラー要因が幾つか」「ああ、ニンジャスレイヤーか?」
上位ニンジャは平然と言った。「適当にあしらうがよかろう。半端に関われば面倒では済まぬ相手」「……」「俺のカラテでも足りるかどうか、やってみねばわからん」「貴方がですか?スターゲイザー=サン」跪くニンジャは訊き返した。スターゲイザーは無感情に呟く。「そうとも。俺は詳しいんだ」
「……ポイント到達しました」跪くニンジャが耳に手を当て、スターゲイザーに報せた。スターゲイザーは頷いた。「やれ。レネゲイド=サンを動かせ」「は」「イヤーッ!」スターゲイザーは跳躍し、闇に消えた。
◆◆◆
KRA-TOOOOOOM!クロームドルフィン前方のバンクカーブが真っ白な閃光を発し、下から爆炎が沸き起こった。クロームドルフィンは左右にイルカクロイを振って停止した。ナ……ナムサン!なんたる大規模崩壊!彼の眼前、ハイウェイがトーフめいてボロボロに砕け、下へ呑まれてゆく!
フィフィフィ……イルカクロイをホバリングさせながら、クロームドルフィンは眼下に口を開けた断絶を眺めた。押し潰れた瓦礫、車両群。一瞬にして生じたジゴクはあまりにも唐突であり、現実感に乏しい。クロームドルフィンの存在と同様に。闇に青いLED眼光の軌跡が閃く。彼は機体を旋回させる。
バババババ、にわかに夜空が騒がしい。ハイウェイに隣接するビルの屋上に待機していたか、複数機の輸送ヘリが素早く上空に展開、クロームドルフィンを漢字サーチライトで照射しようとする。クロームドルフィンは平然と、もと来た道を逆走にかかる。逆走方向上空にも、やはりヘリ隊列。ネズミ袋!
ゴーン……ゴーン……聴こえてくるくぐもったサウンドは、ヘリから次々に落下してくる人型ロボニンジャの着地音だ。ドラグーンである。先程とは一線を画する組織だった運用で包囲にかかって来ている。クロームドルフィンはカーブで跳び、中央分離帯を飛び越えた。前方に検問めいた即席バリケード!
クロームドルフィンは跳躍し、難なくこれを飛び越える。「スッゾコラー!」バリケード陰に展開していたクローンヤクザ達が一斉に射撃を開始した。クロームドルフィンはジグザグに走行、当たりはしない!次々に発進し、追い来るのはヤクザ装甲武装車両群!横から合流してくる!前方にも待ち構える!
「ザッケンナコラー!」真横につけたヤクザ装甲車両がミニガンをクロームドルフィンに向ける。クロームドルフィンはそちらへ幅寄せした。鋭角流線形のイルカクロイ車体側面に電熱ブレードが展開。装甲とタイヤホイールをバターのように焼き切った。「アバーッ!」ヤクザ装甲車両は横転!爆発四散!
「スッゾコラー!」前方のヤクザ装甲車両からクローンヤクザ達が身を乗り出し、次々に電磁ネット弾を散布した。だがイルカクロイの加速はネット弾が展開するよりも早くこれらをすり抜け、装甲車両の真横につけた。幅寄せ!電熱ブレード展開!「アバーッ!」横転!爆発四散!
クロームドルフィンは後方に引き離されてゆく追走者たちを一瞥する。イルカクロイは加速を続ける。追いつけはしない。やがて前方に、ハイウェイをまたぐ巨大なトリイのライトアップされたシルエットが浮かび上がる。トリイ地帯の入り口だ。フィフィフィ……クロームドルフィンは突っ込んでゆく。
トリイの上に直立する影があった。ニンジャだ。クロームドルフィンは構いはしない。だがトリイ通過の瞬間、トリイ内側の空気がパシッと音を立て、水晶ガラスめいて光った。イルカクロイが震動し、減速した。二つめのトリイを通過。パシッ。さらに減速。三つめ。パシッ。さらに減速。「イヤーッ!」
「グワーッ!?」道路脇からのトビゲリ・アンブッシュは、減速したイルカクロイ上のクロームドルフィンを捉えた。クロームドルフィンは弾き飛ばされ、ガードレールに叩きつけられた。イルカクロイは四つ目のトリイを越えられなかった。パシッ。……イルカクロイは跳ね返され、スピンして停止した。
「カッ飛ばして楽しかったか?」トビゲリを当てたニンジャがクロームドルフィンへ近づき、アイサツした。「ドーモ。アルバレストです」その両腕には、ボウガンと一体化した奇妙なブレーサーが装着されている。彼は必要以上に間合いを詰める事無く、それらボウガンをクロームドルフィンに定めた。
「バリアを三基突破。最新のテックだ。実際たいしたものだよ」上から声が降ってきた。「次を通過できればお前は自由だった。残念だな。自由とは儚い」「とっとと降りて来い、レネゲイド=サン」アルバレストが叫んだ。「貴様は忠誠を見せ続ける努力をしたほうが身のためだ」
「それはそうだ」トリイ上の影は無感情に答えた。「最大限の働きをするべく、ここから状況判断させて頂こう」「ペッ」アルバレストはアスファルトに唾を吐き捨てた。クロームドルフィンは起き上がり、ゆっくりとアイサツを返した。「ドーモ。クロームドルフィンです」彼は笑い出した。「くくく」
そうするうち、追ってきたドラグーン隊が次々にトリイに到達、静止して人型形態に変形する。全部で五体。逆側からも五体。完全包囲である。クロームドルフィンはイルカクロイを一瞥。そして走り出そうとした。「イヤーッ!」アルバレストが瞬時に右腕のボウガンからスリケンを発射!「グワーッ!」
クロームドルフィンはバランスを崩し、転がって倒れた。右太腿に楔形の異形のスリケンが突き刺さっている。そう、アルバレストのボウガンは矢では無くスリケンを射る。まさにニンジャのために用意されたと言うべき特殊な兵器なのだ!「やめにしろ。やめ。お前とお前のマシンの人生は終わッてる」
「終わり……?くくくく、お前は、ふふふ、何を言っているか、わかっちゃいない」クロームドルフィンは震えながら笑った。「肉体とは影……スピードの影」「やれやれ、完全に狂ってやがる」アルバレストは言った。「情けねえ話だぜ」「俺は影だ。くくく。スピードの先。……マカナ」
「死んでるだろォ、そいつは」アルバレストはニヤニヤ笑った。クロームドルフィンが跳ね起きた。「イヤーッ!」ドヒュドヒュ!スリケンボウガンが撃ち込まれる。「イヤーッ!」クロームドルフィンは前転してこれを躱し、スリケンを投げ返した。「イヤーッ!」
「イヤーッ!」アルバレストは裏拳で難なくこれを弾き返した。クロームドルフィンのスリケンはあさっての方向に飛び、ガードレールに突き刺さった。彼は再び走り出していた。「クオオオー!」「クオオオー!」「クオオオー!」ドラグーンが吠え、一斉にクロームドルフィンに銃口を向けた。
BRATAT!BRATAT!火線がクロームドルフィンを追い、アスファルトに撥ね、やがてその背中に着弾した。だがクロームドルフィンは倒れない。脚に受けたスリケンもそのままに。イルカクロイがUNIX光を放った。彼を呼んでいた。アルバレストは無慈悲にスリケンボウガンを構え直す。
反対側のドラグーン隊がイルカクロイとクロームドルフィンの間に無慈悲に展開。その行く手を阻む。希望は無い。火線が集中し、クロームドルフィンがきりきり舞いした。ドヒュドヒュドヒュ!そしてアルバレストの容赦なきスリケンボウガン攻撃……「あン?」アルバレストは眉をしかめる。
……楔形スリケンはクロームドルフィンに届かなかった。アルバレストとクロームドルフィンの間に着地した新手のニンジャは、両手をアルバレストに掲げて見せた。それぞれの手の指の間に、全てのスリケンが挟み取られていた。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
「「クオオオー!」」ドラグーンが吠え、新たな敵に銃口を向ける。クロームドルフィンは走りながら倒れ込んだ。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはその場で高速回転した。楔形スリケンがドラグーンの頭部に次々に突き刺さる。回転は止まない。さらに彼自身のスリケンが飛ぶ!「イイイヤァーッ!」
「イヤーッ!」アルバレストは横転して恐るべきヘルタツマキを回避!両手で射撃を行う!だがニンジャスレイヤーは跳躍しこれを回避!「イイイイヤァーッ!」空中でなおも回転!ヘルタツマキ継続!「イイイヤァーッ!」「クオオオー!」「ピガーッ!」ドラグーンが次々に頭部を破壊され機能停止!
ニンジャスレイヤーが着地し、カラテを構えると、ドラグーンは糸のきれたジョルリめいて次々に崩れ落ちる。アルバレストは腕を交差してボウガンをリロードし、アイサツした。「ドーモ。はじめましてニンジャスレイヤー=サン。何をしに来た。狂人同士ウマが合うか?」
「その武器。アマクダリ・セクトのアルバレスト=サンか」「フン?」アルバレストが片眉を上げた。「詳しいつもりか?その通りだ。だが、俺も貴様には詳しいぞ。針小棒大、ソウカイヤ潰しの手柄を触れ回って日銭を稼ぐ、やくたいもない時代遅れのロートルとな!」
「フ」ニンジャスレイヤーは肩を揺らして一笑した。「なるほど。随分と詳しいようだ。流石はアマクダリ・セクト。何も間違っておらん」「……」「オヌシらはセクトを抜けたクロームドルフィン=サンを粛清し(否、し損なったと言うべきか)、秘密漏洩を防ぐべく、婚約者を殺害した。違いないか?」
アルバレストは目を細めた。「何を探っている、貴様……」「その返答。肯定と判断する」ニンジャスレイヤーは言った。「そして、あいにくクロームドルフィン=サンをくれてやるわけにはいかぬ」「何が目的だ。探偵気取りめ!」「探偵だ」ニンジャスレイヤーは言った。「ニンジャを殺す探偵だ」
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「ほざけーッ!」アルバレストが二丁スリケンボウガンを抜き撃ちした。ハヤイ!「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーは回転しながら瞬時に身を沈め、これを躱す!躱しながら懐へ潜り込み、ヤリめいたサイドキックを繰り出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」アルバレストはバック転でこれを回避!
ドヒュドヒュドヒュドヒュ!バック転からの空中高速縦回転の中からニンジャスレイヤーめがけ楔形スリケンが連射される。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは小刻みな手の動きでこれらを弾き返し、走って間合いを詰めに行く。アルバレストが着地!ニンジャスレイヤーが迫る!だがこれは誘い込みだ!
「イヤーッ!」チョップを振り上げたニンジャスレイヤーの下顎を、アルバレストの蹴り上げが襲う!ナムサン、着地と同時に繰り出されたフェイント・サマーソルトキックだ!避け切れない!「グワーッ!」攻撃がかすめ、ニンジャスレイヤーは危うく側転!そこへ撃ち込まれる楔形スリケン!
ドヒュドヒュドヒュドヒュ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転回避!ドヒュドヒュドヒュドヒュ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転回避!ナムサン、スリケンボウガンと油断ならぬカラテを組み合わせたアルバレストのフタツイシユミ・ドーは遠近を選ばず、敵を手数で封殺するのだ!
その背後では、いまだ息のあるクロームドルフィンがアスファルトを這いずり、イルカクロイを目指していた。フイフイフイ……イルカクロイは特徴的なサウンドで歌い、LEDを明滅させる。「マカナ」クロームドルフィンは呟いた。「イヤーッ!」その眼前、ニンジャがトリイから降り来たり、着地した。
「クロームドルフィンを確保」レネゲイドは呟き、サイバネティクス装束の背中を踏みつけた。「ご苦労」彼は振り返り、道路を歩いて来る新たなニンジャを見る。スキンヘッド。鼻下を覆うメンポ。胸の太陽印のプロテクター、四肢を這うチューブ。「……これはドーモ。スターゲイザー=サン」
「やはり奴が来ておるな」スターゲイザーはリラックスした様子でイルカクロイのもとまで歩き、その鋭角流線形のボディに触れる。レネゲイドは肩をすくめた。「見ての通りアルバレスト=サンが相手をしています」「……頑張るといい」スターゲイザーは超然とイクサを眺める。
「イヤーッ!」側転しながらニンジャスレイヤーがスリケンを投げ返す。ドヒュドヒュドヒュ!楔形スリケンが撃ち返され、ニンジャスレイヤーのスリケンを破壊するばかりか、その身体を掠め、苛む!「グワーッ!」「イヤーッ!」アルバレストは回転着地!両腕を振るとスリケンがリロードされた!
スターゲイザーはイルカクロイに触れた手を滑らせる。「美しいものだ」「マカナ」レネゲイドの足の下でクロームドルフィンが呻いた。バラバラバラ……ローター音が上から近づく。輸送ヘリだ。スターゲイザーはヘリを見上げた。「重要機密を回収し、ミッションを完了する」
「ホー、ホー」相槌めいて、フクロウが鳴いた。イルカクロイのシートにフクロウが止まっている。ほんの一瞬前にはいなかった動物だ。ハイウェイにフクロウ。スターゲイザーは電撃的速度でチョップを繰り出していた。「イヤーッ!」「危ねえッ!」フクロウが真上に飛び上がった。
この瞬間、様々なインシデントが同時に起こった。夜空を斜めに切り開いて飛来した熱誘導ミサイルが、輸送ヘリに直撃した。ボウガンのリロードのほんの僅かな隙をついて、ニンジャスレイヤーのチョップ突きがアルバレストの眉間を直撃した。中央分離帯を飛び越え、新手のニンジャがエントリーした。
ニンジャに続いて、チョッパーバイクが飛び出し、イルカクロイを飛び越えて、スターゲイザーに質量攻撃をしかけた。なお、チョッパーバイクには鎖が繋がれ、その先にはカンオケがあった。バイクの乗り手もニンジャであり、金色の目を輝かせていた。
輸送ヘリは回転しながらハイウェイの下に墜ちていった。スターゲイザーは対空ポムポムパンチでチョッパーバイクを殴りつけた。バイクは狙いをそれ、ガードレール衝突寸前でドリフト停止した。地面に叩きつけられたカンオケの蓋が跳ね飛び、中から新たなニンジャがハッパと共に転がり出た。
眉間を撃たれて仰け反ったアルバレストの腹部に、ニンジャスレイヤーがジゴクめいた拳を叩き込んだ。アルバレストは身体をくの字に曲げて悶えた。その顎をニンジャスレイヤーが蹴り上げ、空中で回転した。サマーソルトキックである。
分離帯を乗り越えたアフロヘアーのニンジャはレネゲイドに飛び蹴りを仕掛けた。レネゲイドは円を描くように掌を動かして蹴りを逸らし、アフロヘアーのニンジャを地面に叩きつけた。アフロヘアーのニンジャは地面を転がり、間合いを取って起き上がった。クロームドルフィンは再び這い始めた。
カンオケから転がり出たニンジャは、山高帽とロングコート、包帯まみれの怪人であり、その両手にはソードオフショットガンがあった。フクロウは何度か羽ばたき、やがてその怪人の肩にとまった。ショットガンが向いた先の空間、スターゲイザーのすぐ側に、ステルス状態だった側近が出現した。
アルバレストは空中コントロールを取り戻し、ニンジャスレイヤーめがけスリケンボウガンを撃ちまくった。ニンジャスレイヤーはこれが苦し紛れの単調な反撃である事を看破、全てを弾き返したばかりか、お返しの一枚を投擲、アルバレストの無防備股間をスリケンで破壊した。
山高帽のニンジャはスターゲイザーとその側近を同時にショットガンで射った。スターゲイザーは既にその地点にはおらず、殴りかかった金色の目のニンジャの横面にパンチを叩き込んでいた。側近ニンジャも散弾を側転で回避、吹き飛ぶ金色の目のニンジャにクナイ・ダートで追い打ちをかける。
クナイ・ダートはそのまま彼の両目を貫くと思われたが、更なる一人がインターラプトし、クナイをそれぞれの手で掴み取ると、指先の力で捻じ曲げ、破壊した。付け加えておけば、この者が先ほどロケットランチャーで輸送ヘリを撃墜したのだ。
ニンジャスレイヤーがトドメのスリケンをアルバレストの眉間に命中させ、爆発四散させた。彼が着地すると、一瞬の沈黙がその場に訪れた。酒場の会話が唐突に途切れるあの不思議な瞬間めいていた。彼らの視線が交錯した。
「ドーモ」山高帽のニンジャの肩からとんぼ返りをしたフクロウが、人間の姿をとって着地、アイサツした。「フィルギアです」「アー」金色の目のニンジャが顎骨を直し、「アナイアレイターです」「ルイナーです」捻れたクナイを捨てながら、マーブル迷彩装束のニンジャが続いた。
そして、「スーサイドです」とアフロヘアーのニンジャ。「スターゲイザーです」屈強なアマクダリ・ニンジャは少しも動じず返した。アナイアレイターと彼の体格は図抜けている。そして側近が、続けてレネゲイドがアイサツする。「ブラックオニキスです」「レネゲイドです」
「……ニンジャスレイヤーです」「イヒヒヒヒ、ご無沙汰してます、なんてな!」フィルギアが笑った。山高帽のニンジャはどろりと濁った目を虚空に彷徨わせた。「ハァー……エルドリッチです」ショットガンを指先で廻して収納、鎖鎌を取り出す。「ジェーエノ……サイード……いねェなァー」
「いねェ、いねェ」フィルギアが首を振った。「じきに会えるさ、イヤでも会える」「ハァー……だといいがよォー」鎖鎌でスターゲイザーを指す。「で……殺るのはこいつかァー」「ああ、まあ、なんでもいい。暴れりゃいい」フィルギアは言った。
「俺達はサークル・シマナガシ」アナイアレイターが言った。「てめェ、結構やる奴だな?え?わかるぜ。アマクダリの上の方だろ、え?このカラテはよ」ひろげた掌に鉄条網が渦巻いた。「殺させろや!」「ニンジャの愚連隊?」スターゲイザーは首を傾げる。「煩わしいぞ」
「そりゃ、煩わしくしてやりに来たんだもの」フィルギアが言った。「わざとだよ……構ってくれッて。この前のアイサツは、どうにも下っ端相手でしまらなかったからよ……」バラバラバラ……他の輸送ヘリが上空に集まりつつあった。そしてドラグーンの着地音。ゴーン……ゴーン。
「ははは。面白い」スターゲイザーは笑った。ファイバーチューブが脈打つ。「イヤーッ!」「グワーッ!」スーサイドが腹部に肘打ちの強打を受けた。彼は血を吐きながら吹き飛び、ガードレールに背中から叩きつけられた。「イヤーッ!」既にスターゲイザーは次の相手を目掛けていた。ルイナーだ。
「イヤーッ!」ルイナーが掌をかざす。だがスターゲイザーの蹴りがハヤイ!「グワーッ!」顔面に蹴りを叩き込まれたルイナーが吹き飛ぶ!「イヤーッ!」エルドリッチが鎖鎌を旋回させる!「イヤーッ!」ブラックオニキスが割り込み、ニンジャ籠手の肘先から飛び出したブレードでこれを受ける!
「取ったぜェー!」アナイアレイターがスターゲイザーの蹴りの戻りに踏み込んだ。「イヤーッ!」上着を引き裂きながら無数の鉄条網が飛び出し、スターゲイザーを全方向から襲う!「グワーッ!」ナムアミダブツ!無惨に引き裂かれるスターゲイザー!しかし彼は引き裂かれながら笑う!「はははは!」
ファイバーチューブが裂け、プロテクターが剥がれ落ちる。アナイアレイターは容赦無く拳を心臓に抉り込んだ。スターゲイザーの体内から鉄条網が飛び出し、荒れ狂った。「こいつ」アナイアレイターが腕を引き抜く。引き抜いた手首にスターゲイザーが片手を添え、捻る。「イヤーッ!」「グワーッ!」
アイキドーめいてアナイアレイターの身体は手首を支点に横回転し、地面に叩きつけられた。「グワーッ!」スターゲイザーは片脚を振り上げる。鉄条網が彼の身体から剥がれ落ち、無惨な傷を晒した。だがそれが見る間に癒えてゆく。身体を内側から発光させながら!一体これはいかなるジツか?
「イヤーッ!」ルイナーが割り込む!足先が逸れ、アナイアレイターは地面を横へ転がって、このカイシャクを逃れた。ルイナーは掌をスターゲイザーの脇腹に当てた。掌がスターゲイザーの筋肉をかき分け、泥のように裂き開いてゆく!「グワーッ!」何たる破壊力!ナムアミダブツ!だが……!
上体を無惨に裂かれながらスターゲイザーはブリッジし、さらにバック転で飛び離れた。その時には傷は既に塞がりつつある!斬り合うブラックオニキスとエルドリッチを横目に、レネゲイドがルイナーへ向かう。「その者ら、なかなかやる」スターゲイザーが言った。「掌に警戒せよ」レネゲイドは頷く。
「イヤーッ!」レネゲイドはルイナーの腿を鞭めいたローキックで打ち、動きを封じると、側頭部に恐るべき速さの蹴りを叩き込んだ「グワーッ!」ひるみながら、ルイナーは掌のアッパーカットを繰り出す。「イヤーッ!」レネゲイドは仰け反った。装束が、鎖骨が、抉り取られた。「グワーッ!」
「ニンジャスレイヤー=サン!」フィルギアが叫んだ。「WINWINなンだぜ、今回は。わかるか……おおッと!」彼はバック転を繰り出し、スターゲイザーのジャンプパンチを回避した。ニンジャスレイヤーは答えなかったが、駆け出していた。
「イヤーッ!」レネゲイドの蹴りがルイナーの膝を砕く!「グワーッ!」更にチョップを首筋に叩き込もうとする!そこへ復帰したスーサイドが手を翳す!「イヤーッ!」「グワーッ!」レネゲイドがよろけた。白い影が背中から剥がれ、スーサイドに吸い込まれる!「これは」「クラッときたか?オイ!」
レネゲイドは防御姿勢を取ろうとした。だが動きに精彩が無い!「イヤーッ!」スーサイドのケリ・キックが脇腹を直撃!「グワーッ!」レネゲイドが倒される!「イヤーッ!」更に蹴り上げる!「イヤーッ!」レネゲイドはギリギリのところを後転回避!スーサイドは追おうとして踏みとどまる。地面!
「あッぶねえ、な」スーサイドは両手をぶらぶらと振った。レネゲイドは転がりながら平たい八角形のパネルをアスファルト上に残していた。パネルは赤いLEDをチカチカと瞬かせている。「地雷か何かか、エッ?」「ああ、その通りだ」レネゲイドは起き上がり、咳き込んだ。「またいで来ればいい」
◆◆◆
「貴様、何者だ」スターゲイザーは眉根を寄せた。フィルギアはワン・インチ距離。攻撃を避け続け、無傷。「興味あるかい」フィルギアは囁いた。「ニンジャだよ。弱いニンジャだ。とてもじゃないがアンタを倒せない。ビックリしたぜ、経験した事の無い、アンタのその、治りっぷり……ヒヒヒ」
「イヤーッ!」そこへアナイアレイターの鉄条網が渦を巻き、巨大なムカデめいて、フィルギアとスターゲイザーへ諸共に襲いかかる!「イヤーッ!」フィルギアは咄嗟の側転でこれを回避。スターゲイザーは片腕を振って鉄条網をかき寄せ、払いのけた。肉がそげ落ちた腕はすぐに再生を開始する!
「足止めしろォ!もう1秒2秒!」アナイアレイターが叫んだ。「無茶言うんだ、アイツは……」フィルギアはスターゲイザーに笑いかける。スターゲイザーは飛び離れ、間合いを取ってカラテ警戒した。「目的は何だ。貴様らの」「アマクダリ・セクトが、気に入らねえ」フィルギアは言った。
◆◆◆
乱戦のさなか、クロームドルフィンはついにイルカクロイに到達した。「ハーッ……ハーッ」鋭角流線型の機体に寄りかかるように起き上がり、震えながらシートにまたがった。「イヤーッ!」ブラックオニキスがエルドリッチの鎖鎌を弾き、クロームドルフィンめがけクナイを投擲した。
「イヤーッ!」だが斜め横から飛来したスリケンがそれを弾き飛ばす!投擲者はニンジャスレイヤーだ。彼は走りながら跳躍し、中央分離帯を飛び越えた。その先には……アイアンオトメ!「チィーッ」ブラックオニキスは舌打ちした。だが追撃の余裕は無い!「イヤーッ!」鎖鎌が再び襲い来る!
クロームドルフィンはイルカクロイを発進させるのに十分なだけの数秒間を得る事ができた。ゴウ……ゴウ。推進材が二度放たれ、イルカクロイが走り出した。徐々に徐々に、その速度は増してゆく。後方にイクサの喧噪を残し。加速する。加速する。
ブラックオニキスはクロームドルフィンを追って走り出す。背中に斬りつけたエルドリッチの鎖鎌を防御したのはスターゲイザーだ。「遂行せよ」彼は命じた。「は」ブラックオニキスは短距離走者めいて加速!BANG!スターゲイザーの胸が爆ぜる。エルドリッチのショットガンだ!「次、お前かァー」
疾走するブラックオニキスに複数台のドラグーンが並走する。輸送ヘリから投下された援軍だ。「イヤーッ!」彼は回転ジャンプし、うち一機にまたがると、スピードを上げて追う。「イヤーッ!」追走者は彼だけではない!中央分離帯を飛び越え着地したのは、ニンジャスレイヤーのアイアンオトメだ!
巨大トリイのトンネルを抜け、バンクカーブを切り、ゲートを突破する三つの連なり……そのゴールがどこであるか、少なくとも追走する二者は知りはしない。では、先頭のクロームドルフィンは知るだろうか?あるいは、彼には見えているだろうか?徐々に接近して来た第四の乗り手には……?
9
BANG!ソードオフショットガンの散弾が放たれ、スターゲイザーがよろめいた。厚い胸板からいく筋もの煙が立ち昇り、したたる鮮血はアスファルトを焼いた。「イヤーッ!」エルドリッチは片手のショットガンを懐へ戻しながら、もう一方の手の鎖鎌で攻撃を仕掛けた。
「イヤーッ!」スターゲイザーは片手を掲げ、この時間差攻撃をも防御!鋼鉄メンポから蒸気が噴き出す。「貴様ゾンビーニンジャか。リー先生のザルめいた管理ときたら!」「知らねェ知らねェ関係ねェー」エルドリッチは乱杭歯をフガフガと動かした。「ジェーノサイド、どこだァー?知ってるかァー」
「ジェノサイド?」スターゲイザーはカラテを構え直す。「またぞろ、ゾンビーニンジャか。人間まがいの分際で内輪揉めかね?」「お前のその目……知ってる匂いだなァー……」エルドリッチは鎖分銅をヒュンヒュンと振り回した。「知ってる顔だなそれはァー?」「ゾンビーとの無駄話に興味は無い」
スターゲイザーの無感情な反応と呼応するかのごときタイミングで、「スッゾコラー!」「アッコラー!」乱戦の両端にヤクザベンツ、ヤクザ装甲車が到達し、中からぞろぞろとクローンヤクザが降りてきた。「潮時ですな」ガードレール上からレネゲイドが言った。「面倒なニンジャ、無意味なイクサ」
「ヒヒヒ、ビビッて逃げてもいいぜ」フィルギアが言った。「このままやり合ってもいいし……どっちでも、危ねえ!」BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!たちまち、クローンヤクザのオートマチックヤクザガン十字砲火!さらに上空では新手の輸送ヘリ!漢字サーチライト照射!
BLAM!BLAM!「ハハーッ!」フィルギアは身を翻す。コヨーテの姿を取り、ヤクザ集団へ駆ける!一瞬の空気のうねりに乗じたスターゲイザーは膠着状態を破ってエルドリッチの懐へ踏み込み、肩から背中にかけてを叩きつけた。「イヤーッ!」暗黒カラテ奥義ボディチェックだ!「グワーッ!」
そこへすかさずスーサイドが飛びかかった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」スターゲイザーはイナズマめいた前蹴りを放つ!スーサイドは素早く切り返してこれをかわし、スターゲイザーの顔面に裏拳を繰り出した。「イヤーッ!」「イヤーッ!」スターゲイザーは肘でスーサイドの腕を跳ね上げ、防御!
「イヤーッ!」だがもう一手あった!スーサイドはスターゲイザーの腹部めがけ逆の手で掌打を繰り出す!スターゲイザーは屈強な腹筋でこれを受けた。ドウン!その巨体の輪郭が一瞬白く光った。「フー……成る程これは……」スターゲイザーはよろめく!「イヤーッ!」スーサイドが蹴りを繰り出す!
だがスターゲイザーのカラテ侮り難し!よろめきながら蹴りを抱えると、その脚を千切らんばかりの勢いでねじり上げた!「グワーッ!」地面と水平にキリモミ回転して吹き飛ぶスーサイド!投げられながら、彼の右脚は骨折!「イヤーッ!」スターゲイザーは追撃せず、背後のガードレール上に飛び乗る!
BLAMBLAMBLAM!嵐めいた十字砲火!「イヤーッ!」エルドリッチが空中で分銅鎖を大きく打ち振ると、銃弾が弾かれ、撃ち手達に跳ね返る!「「グワーッ!」」インガオホー!さらに二回転!回転半径を倍増し、ヤクザ達の頭部に直接襲いかかる分銅鎖!「「アバーッ!」」ナムアミダブツ!
「GRRRR!」崩れ立ったクローンヤクザ集団にコヨーテが飛びかかり、ヤクザ装甲車を蹴って、奥から進み出たドラグーンを蹴り、さらにガードレールを蹴り上がって、レネゲイドへ奇襲をかける!跳躍軌跡上のクローンヤクザが頚動脈から一斉にバイオ血液を噴出させ即死!
「GRRRR!」「イヤーッ!」飛びかかるコヨーテをレネゲイドはバックフリップ回避!そのままハイウェイの下へ回転落下、戦場を離脱した。「アナイアレイター=サン!やれッ!」コヨーテが叫ぶ。だが既に彼は始めようとしていた。金色の目が凶暴に輝く。コヨーテはスーサイドめがけて跳ぶ!
「うまくねェー……」エルドリッチはアナイアレイターを一瞥した。そこへルイナーがクローンヤクザを轢き殺しながらチョッパーバイクで突っ込んできた!「イヤーッ!」エルドリッチは襲いかかったドラグーンの胸部を飛び蹴りで攻撃、跳ね返ると、バイクの牽くカンオケに背中から落下!閉まる蓋!
コヨーテはアスファルトに突っ伏したスーサイドの脚に噛みつき、首の力でアナイアレイターめがけ投げつけた。「グワーッ!」スーサイドは空中で何とかバランスを取ろうと苦闘する。今やアナイアレイターはもう一方のクローンヤクザ部隊の集中砲火にさらされている!彼は両拳を地につけ、蹲る!
銃撃がアナイアレイターのフードを、上着をズタズタに引き裂く!だが彼は両拳を地面に当て、微動だにしない。彼は何かを起こそうとしていた。そしてフィルギア。コヨーテからフクロウに変身、ホバリングして、ガードレール上のスターゲイザーを見る。「じゃァな。見たとこ、アンタも退場時間だろ」
「貴様」スターゲイザーの険しい目がフクロウを睨み返し、鋼鉄メンポから蒸気が吐き出される。一瞬後、彼はとんぼを切ってガードレールからハイウェイ下へ落下した。フクロウは旋回しながら高く舞い上がり、笑った。「オタッシャデー!」スーサイドはアナイアレイターの背中に落下!首に組みつく!
BRATATATAT!BRATATATAT!ルイナーとエルドリッチのチョッパーバイクが銃撃包囲網を突破!「「アバーッ!」」吹き飛ぶクローンヤクザ!BRATATATAT!BRATATATAT!激しいマズル光!乱れ飛ぶ銃弾!アナイアレイターが震える……「フォハハ……フォハハハ!」
アナイアレイターが笑い出した。「フォハハハハハ!フォハハハハハハハハハハ!ハハハハハーッ!」蹲る彼の足元から放射状に鉄条網がのたうち、異常成長する蔦植物めいて急激に展開!アスファルトを、ガードレールを侵食し、危険な刃の密集体で真っ黒に染め上げた!
「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」「アバーッ!?」
ゴウランガ!ハイウェイを前後から包囲展開していたクローンヤクザ集団、ドラグーン、ヤクザモービルが、下から荒れ狂い無限に生え伸びる鉄条網に呑み込まれた!「フォハハハハハ!フォハハハハハ!恐れよ!」「イヤーッ!」スーサイドは腕に力を込め、アナイアレイターの首を全力で締め上げる!
「邪魔だ!下郎」アナイアレイターがスーサイドを振り落とそうとした。だがもはやスーサイドのチョーク攻撃は完成していた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」……見開かれた金色の目の光がやがて失せ、ぐるりと白眼を剥くと、アナイアレイターは気絶した。
足元をのたうつ鉄条網が動きを止め、ボロボロと崩れ始めた。空中へ生え伸び展開していたドーナツ状範囲の鉄条網も同様、一瞬で風化し、呑み込まれて空中に引きずり上げられていたクローンヤクザやモービル群、ドラグーンの残骸が次々に地面に落下した。「ヒヒヒヒ」フクロウが空から降りてくる。
「戦果は上々」フィルギアは人間の姿に戻る。「上々?ニンジャをやってねェ」仰向けのスーサイドは無事な足を上げ、座ったまま気絶するアナイアレイターの背中を蹴った。フィルギアは笑い、「いいんだよ派手にやりゃァ。カッカすンなよ。吸収できるならイイじゃねえか。キクんだろ」「クソ野郎」
◆◆◆
ブラックオニキスは遥か前方、アマクダリ・セクトのキャリアカーゴから発せられる信号を把握していた。ニンジャスレイヤーのマシンさばきは度外れており、カーブのたびに徐々に引き離され、視界から消えかかっている。クロームドルフィンは言わずもがな。だが彼に焦りは無い。カーゴ信号の為だ。
ブラックオニキスのHUDにIRC通信が明滅。「追加支援には時間を要する。単独でカタをつけろ。スターゲイザー」……言われずとも、そのつもりである。ブラックオニキスはスターゲイザーの身に不測事態が起こる可能性は一切考慮しない。ゆえに生存の証である通信にも感慨は無い。平時である。
長い長い直線路、ブラックオニキスは信号源のアマクダリ・カーゴを目視した。「射出準備」の表示が網膜HUDに灯る。彼のドラグーンが走り抜けるのとほぼ同タイミング、カーゴの側面カタパルトが展開し、前方に質量を射出した。「イヤーッ!」ブラックオニキスはドラグーンを乗り捨て、跳躍した。
カタパルトで射出されたUNIXモーターサイクルとドラグーンの速度差は少なく、ブラックオニキスのニンジャ俊敏性をもってすれば、飛び移るのは容易である。シートに着地するや否や、濃紺色のモーターサイクルは乗り手の網膜をスキャンし、ディスプレイに「おなたかみ」「守衛二世」を映し出す。
アマクダリ・セクトにとっても、タイサ・ルニヨシの計画の全貌は不明だ。アマクダリが、そしてオナタカミが、「モーターカナタ」を看過する事はできない。その秘密を、情報遺伝子を掌握せねばならない。クロームドルフィンの生体キーは、その秘密へ繋がる扉の鍵。重要なブレイクスルーとなる筈だ。
試作機「守衛二世」は前世代機「守衛」のわずか一ヶ月後にロールアウトされた機体であるが、改善点は多岐にわたる。残念ながら、それでもイルカクロイには敵うまい。0と1ほどに違う。オーパーツめいたイルカクロイの諸機構は、オナタカミによって、いまだ解析の途上であったのだ。
だが、捕獲を遂行する事は十分に可能だ。発狂したクロームドルフィンは恐らくノーメンテナンスで走り続けている。いずれその灯火は消えるだろう。ブラックオニキスはアスファルトを通じて機体から伝わるタイヤのグリップを全身で感じている。彼は奥歯を噛み締め、推進装置を起爆した。KBAM!
金色の粉塵を後方へ放ち、守衛二世は恐るべき加速を行った。前方にニンジャスレイヤーを確認。赤黒装束のニンジャ。漆黒のモーターサイクル。HUDに「地獄飛脚大人女」の表示が躍る。ブラックオニキスは肉迫する。両肘からブレードが飛び出し、白兵戦に備える。HUD表示「2秒」「1秒」……。
「イヤーッ!」追い抜きざま、ブラックオニキスはニンジャスレイヤーを右肘ブレードで斬りつけた。KILLIN!火花が散った。ニンジャスレイヤーは左腕を掲げ受け流した。ドウグ社のブレーサーに斜めの切り傷。ニンジャスレイヤーのジゴクめいた眼光がブラックオニキスを射た。左に急カーブ!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは思い切り内角に寄せ、体当たりをかける!車体同士がぶつかり合う。並の乗り手であれば転倒するところだ。だがブラックオニキスは左脚でガードレールを瞬時に蹴りつけ、立て直しながら、さらに右肘ブレードで攻撃した。「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは再びブレーサーで受け流す。ブラックオニキスは斬りつける動作からそのまま背中のニンジャソードを掴み、ニンジャスレイヤーにイアイで攻撃!「イヤーッ!」ワザマエ!恐るべき二段攻撃だ!「イヤーッ!」だが、おお、ナムサン!ニンジャスレイヤーが消えた!
……上だ!ニンジャスレイヤーはアイアンオトメ上で跳び上がり、イアイ斬撃を躱すとともに、シート上に着地!ブラックオニキスの脳天に踵落としを振り下ろす!「イヤーッ!」KBAM!ブラックオニキスは歯を食いしばってGに備え、二度目の加速を行う!これにより踵落としを回避!
前方にウキヨエトレーラーだ!ブラックオニキスは追突寸前で車体ドリフトを完遂、追い来るニンジャスレイヤーめがけクナイ・ダートを連続投擲した。「イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは自走するアイアンオトメのシート上に膝立ちになり、スリケンを投げ返す!
クナイとスリケンが火花と弾け失せる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは待ち構えるブラックオニキスの真横を高速で通過しながら、首を切断する勢いの恐るべき水平チョップを繰り出す。ブラックオニキスが身をそらすのがコンマ1秒遅れていれば、彼の頭はシャンパンの栓めいて吹き飛んだだろう!
KBAM!三度目の加速!推進剤は十分に残っている。ニンジャスレイヤーを排除し、クロームドルフィンを捕えるに足る力が!「イヤーッ!」ブラックオニキスもまた跳躍!シート状に着地!ゴ、ゴウランガ!並走する二台の自律走行モーターサイクル上で、二者は向かい合い、互いにオジギした!
「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ブラックオニキスです」「ドーモ。ブラックオニキス=サン。ニンジャスレイヤーです」「「イヤーッ!」」互いに繰り出す蹴りがぶつかり合うと、二台のモーターサイクルは左右にわかれ、再び接近する。「イヤーッ!」「イヤーッ」木人拳めいたチョップ応酬!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」高速走行するバイク上でのチョーチョーハッシ乱打戦のさなか、やがて、風に乗って白い雪めいたかけらが舞い始める。ハイウェイ左横、観光名所としても名高い、ビル15階の高さがある巨大バイオ桜だ!
「アイエエエ!」追い抜かされたバイクライダーがありうべからざる戦闘光景を目の当たりにし、危うく転倒しかかる。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヤリめいたサイドキックを繰り出す。「イヤーッ!」ブラックオニキスは蹴りをガードし、ニンジャスレイヤーの脚を掴んで投げようとする!
「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーは自ら跳び、水平キリモミ回転しつつ、自由な脚でブラックオニキスの側頭部を蹴る!ブラックオニキスは蹴りを危うくガード!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは反動力で斜めに跳ぶと、横を通過するウキヨエトレーラーの荷台側面を蹴る!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ブラックオニキスはブレードで迎撃!一瞬のニンジャ反射神経の交錯だ!斜め下のブラックオニキスめがけて弓矢めいた殺到力で繰り出された三角跳び蹴りを、躱しざまのブレードが迎撃!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは脇腹を切り裂かれた!ナムサン!アスファルトを舐めるのか!
「……イヤーッ!」地面スレスレで、ニンジャスレイヤーの身体がふわりと浮き上がった。マジック!?ブラックオニキスは狼狽しかかった。すぐに彼はその理由を知った。ゴウ!巨大トリイが頭上を通過する。再びのトリイ地帯!ニンジャスレイヤーは巨大トリイにフックを撃ち、ぶら下がったのだ!
「チィーッ……」ブラックオニキスは後方へ取り残されてゆくニンジャスレイヤーを睨む。命を拾ったか……いや、それだけではない!取り残されもしないではないか!ニンジャスレイヤーはトリイからぶら下がるワイヤーを脱すると、通過するウキヨエトレーラー荷台上に着地!荷台上を駆け出す!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ゴ、ゴウランガ!ニンジャスレイヤーは並走するウキヨエトレーラーからウキヨエトレーラーへ、疾走し、飛び移り、飛び石めいて追いすがってくるのだ!「ええい!ふざけたフーリンカザンを!」ブラックオニキスは前方のトレーラーのタイヤにクナイ投擲!
BOOM!タイヤがパンクし、トレーラーがグリップを失う!「ジ・エンドだ!」ブラックオニキスは加速した。グリップを失ったトレーラーがガードレールに衝突し爆発炎上!KRAAASH!KABOOOOM!「アバーッ!」飛び石消失!だが、「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転跳躍!
着地点には忠実なるアイアンオトメの自走!ニンジャスレイヤー、再び人車一体!「なんとしぶとい」ブラックオニキスは顔をしかめた。そして前方には左へのバンクカーブ!ブラックオニキスはドリフトをかけた。ニンジャスレイヤーは殆ど減速せず内角へ切り込む!ゴアアアア!唸るアイアンオトメ!
この状況は先程のリフレインだ。そして先程とは内外の乗り手が逆!ドリフトするブラックオニキスは遠心力でカーブ外側へ振られて行く。そう、先程のニンジャスレイヤーのように決断的に内角へ切り込む事無くば、そのようになる……そして内側の者に、遠心力を利用した攻撃機会を与えてしまうのだ!
「しまッ」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが外側のブラックオニキスめがけ急激に幅寄せした!「グワーッ!」側面衝突!右へ押し出される!遠心力!その先にガードレール!挟まれる!火花!「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの裏拳がブラックオニキスの顔面を直撃!「グワーッ!」
抜け出せぬ!右側のガードレールに削り取られ、ブラックオニキスの右腿から先が吹き飛んだ!「グワーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらに裏拳!反撃が間に合わぬ!「グワーッ!」裏拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」裏拳!「イヤーッ!」「グワーッ!」……「イヤーッ!」
「グワーッ!」……ニンジャスレイヤーはカーブを抜けた!その背後、無惨に転倒するバイクと、空中へ回転しながら投げ出される……ブラックオニキス!「サヨナラ!」爆発四散する強敵をニンジャスレイヤーは振り返らなかった。彼は前方に、ついにクロームドルフィンの背中を捉えていたのだ。
クローム&シルバーのメタリック装束。青いLEDライト。鋭角流線型の車体……不意に彼が振り返り、ニンジャスレイヤーを見据えた。彼は微かにであるがスピードを落とした。誘っている?だがニンジャスレイヤーはそれに乗った。アイアンオトメが唸り、二者は直線上で横並びになった。
「ドーモ。クロームドルフィン=サン。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツを繰り出した。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。クロームドルフィンです」スピードフリークはアイサツを返した。「意外な入門者か……くくく……見えるか。風の道」青い眼光がチカチカと点滅した。
「この世はスピードの影だ、ニンジャスレイヤー=サン」クロームドルフィンは言った。「肉体の檻を捨て、スピードとなれ」「……」ニンジャスレイヤーは並走を続けた。「スピードとやらに還った先に、オヌシのマカナ=サンがいるのか」「マカナ」思いがけぬ名前に、クロームドルフィンが震えた。
「『死んだら終わり』。アノヨは無い」ニンジャスレイヤーは厳かに言った。「戻れ、ケンザ・キシオミ=サン。彼女の家族のもとへ。そしてマカナ=サンを弔え!」「やめろ!」クロームドルフィンが拒絶した。「くだらぬ事を」「くだらぬ事?」ニンジャスレイヤーは続けた。「私はこの話をしに来た」
「やめてくれ」「私は話をしに来た」ニンジャスレイヤーは繰り返した。「戻れ。そして弔え。ケリをつけろ、ケンザ=サン」「スピードを汚すな!」クロームドルフィンは叫んだ。「マカナ!」「その先にマカナ=サンはおらん!」ニンジャスレイヤーは言った「既にそこにいる!己の中の彼女と対せ!」
「……」クロームドルフィンは黙った。そして自嘲的に笑った「それが出来れば、良かった。……だが無理だ。俺の罪はあまりに重い」「……」「俺はクロームドルフィン。戻れはしない。知っているのだろう、お前」彼の口調は穏やかだった。「……だが、ありがとう。ニンジャスレイヤー=サン」
「バカめ」ニンジャスレイヤーは低く言った。クロームドルフィンは並走するニンジャスレイヤーに何かを放った。ニンジャスレイヤーは受け止めた。それは飾りの無い指輪だった。クロームドルフィンの青いLEDが明滅した。手振りをしたのち、推進剤を放出、一気にニンジャスレイヤーを引き離した。
もはや追いつけはしない。ニンジャスレイヤーは徐々に速度を落とす。空が白み始めている。……ゴウ!そのとき、ニンジャスレイヤーの横を、風のかたまりのような質量が駆け抜けた。金色の粉塵を放ち、それは更に加速した。小さくなるクロームドルフィンを、随伴者めいて、追っていった。
やがて、二つの光はニンジャスレイヤーのニンジャ視力を持ってしても捉えられぬほどに遠ざかり、見えなくなった。唸る風音が遅れて聴こえた。
◆◆◆
フジキドはコタツ・テーブルを立ち、ハンチング帽を目深に被り直した。石のように沈黙し、俯く夫婦は、じっとテーブルの指輪を見つめていた。母親が涙を拭った。金属ドアを開け、フジキドは退出した。老夫婦は住宅の外まで彼を送った。そして、彼が見えなくなるまで、無言でずっとオジギしていた。
IRCアラートがフジキドの端末を光らせる。彼は報せを確認した。ケンザ・キシオミのUNIXに残っていたデータの解析結果……ナンシーから。なにかしらの進展があったという。「タイサ・ルニヨシ」フジキドは呟いた。「モーターカナタ」
ケンザとカケル、そして彼らのマシーンの行方は知れず、残骸や死体が発見される事も無かった。やがてセクトも捜索を打ち切った。ルート808の死神の目撃情報は、いっときの加熱が嘘のように終息したが、それでも信仰めいたフォークロアは残った。
【ヘイル・トゥ・ザ・シェード・オブ・ブッダスピード】終
(→ モータードリブン・ブルースへ続く)
N-FILES(設定資料、原作者コメンタリー)
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