【ネヴァーダイズ 4:ザ・コードブレイカー】
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【ネヴァーダイズ 4:ザ・コードブレイカー】

ニンジャスレイヤー公式/ダイハードテイルズ

PLUS総合目次 TRPG総合目次 三部作総合目次

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上記の書籍に収録されています現在第2部のコミカライズがチャンピオンRED誌上で行われています。


第3部最終章「ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ」より


【4:ザ・コードブレイカー】


 群衆の中から看護師が名乗り出た。シノブとスモトリに対し、慰霊碑前で応急手当が行われた。「大丈夫か?病院に運ばなくても!?」サラリマンが問う。「何とかなる。出血は大したことない」看護師は止血布を巻き終えながら、ようやく気づいた。「……病院に運んだら、俺たちも捕まるんじゃないのか?」

「そんなバカな話が」サラリマンは額の汗を拭いながら、ガレキ山の下を見た。そこでは囲んで棒で叩かれたハイデッカーらが気絶し、ピクリとも動かない。息つく間もなく、誰かが叫んだ。「増援だ!ハイデッカーが来るぞ!」慰霊碑前をさらなる熱が包みこんだ。いまや百名を超す市民がそこに集っていた。

 群衆の外縁部にいたのは、叛乱の熱に引き寄せられた者たち、あるいはただシノブらの安否を気遣い、その場を去ることができぬ通行人らであった。彼らは密集し盾となり、システムの接近を阻んだ。「「「直ちにテロリスト逮捕に協力せよ、市民!」」」十名近いハイデッカーが、サイバー拡声機で威圧した。

 テロリスト。ハイデッカーを襲った者は当然、叛乱分子である。だがその境目はどこだ。ごく短い睨み合い。その場にいた市民のサイバーサングラス視界に、厳戒態勢IRCチャネルを通し『奥ゆかしく』『直ちに解散しよう』などの警告と鎮静音楽が流れる。薄気味悪さを感じた者が次々にIRCを切断した。

「いい加減にしろよ!俺たち、ちゃんと見てたんだよ!」現場を取り巻いていた誰かが、堪えきれず、叫んだ。徐々に、双方で怒号が飛び始めた。熱は熱を呼んでいった。慰霊碑前で、また別の叫びが上がった。誰かが、足元に広がるハイデッカーの血に気づいたのだ。「おい、何だこれ……血が緑色だぞ!?」

「俺がやる」逞しいメキシコ人の清掃員が、恐れもせず、慰霊碑前に倒れるハイデッカー達の装備を剥ぎ取り、あらため始めた。周囲の者達は口元を押さえ、口々に叫んだ。隠蔽され続けていた国家的規模の陰謀が、暴かれた。「製造番号だ!」「何だこいつら…全員同じ顔…」「「「クローンなのか!?」」」

 ナムアミダブツ!一般市民はヨロシサン製薬によってクローン兵器が商品化されている事を知らぬ!無論、社会の隅々を見渡せば、これまでに何人も、ハイデッカーの欺瞞に気づき、声を上げようとした者は存在したであろう。だが彼らは皆、システムによって握り潰され、誰も知らぬ間に存在を消されたのだ!

 一瞬、シシオドシが鳴ったかのように、慰霊碑前広場が静まり返った。

 ブン、ブン、ブン。「アイエッ?」「壊れた?」「アイエエエ!何も見えない!」慰霊碑前で未だIRC接続を維持していた市民のサイバーサングラスが、一斉にシャットダウンを始めた。外部から、強制的に。見えない誰かが、自分たちをコントロールしていたのだ。

 群衆の外縁部で、自分はまだ安全圏にいると思い、ハイデッカーを通さぬ盾となっていたサラリマンたちが、電源OFF状態で何も見えなくなったサイバーサングラスを反射的に取り外した。横の者もそうだった。他にも。何人も。気づいた時には、もう遅かった。その場の全員が、一線を踏み越えていたのだ。

「「「スッゾコラー、市民!全員を騒乱罪で逮捕する!」」」システムが銃を構えた。かくのごとき理不尽が、今まで何度も、当然の如く罷り通り、叛乱を鎮圧してきたのだ。だが今日。オールド・オーボンの日、慰霊碑前に集うただならぬ怒りのアトモスフィアと熱量は、堪えきれぬ分子運動の如く、弾けた!

 誰かが叫び殴りかかった。BLAMN!最初の銃声が鳴った。未だ血は流されなかった。カチグミ・サラリマンの繰り出したタックルが真正面から鮮やかに決まり、ハイデッカーを宙に浮かしたからだ。斜め上方に発射された散弾が碑に傷をつけた。次の銃声が鳴った。血が流され、ケオスが慰霊碑前を圧した!

「「ウオオーッ!」」BLAMBLAMBLAM!叫び押し寄せる人々、その先陣は焼けた銃弾を受けて血を流しながら倒れる。それでも一人、また一人とハイデッカーが呑まれていく。怒号、歓声、悲鳴。しかし鎮圧部隊の動きは極めて迅速であった。「あれを!」慰霊碑に登った市民が怖気ながら指差した。

 ギュララララ……恐ろしい駆動音とともに広場へ突入してきたのは完全武装の装甲車両である。暴虐の鋼鉄が市民数名を轢き倒しながら停止。ルーフ部にスタンバイしていたUAV機が二機、ローターを回転させて浮上する。ハイタカだ。それらはもはや警告すら発せず。空中で静止し、機銃を展開する。

 BRATATATATATATA!TATATATATATA!「アバーッ!」「グワーッ!」無慈悲な機銃掃射でなぎ倒されていく市民!誰かがハイデッカーのショットガンを手に取る。『認証エラー。ハイデッカー装備の使用は違法行為ドスエ』「エッ……」BRATATATA!「グワーッ!」

「クソーッ!」投石がハイタカのすぐ横を飛び過ぎ、隣接ビルの窓ガラスにヒビを入れる。「逃げろ!」「行け!」「フザケルナ!」ガラス瓶がハイタカに接触し、バランスを崩させる。歓声が上がった。BRATATATA!マズル光。怒号は収まらない。市民は攻撃を逃れ、周辺ブロックへ拡散を開始した。

 鎮圧部隊を逃れる市民の濁流は、様子を見に表通りへ出た人々を呑み込み、通りから通りへ支流を拡げていく。悲鳴、罵声、怒号。隣接区域へ飛び出そうとした彼らは横並びの装甲車輌と銃を構えた隊員に息を呑む。車輌の陰から巨大な長虫が身をもたげ、怪異な駆動音を鳴らす。「ズカカカ!ブザブザブザ!」

 ハイデッカー愛好家ならば、その長虫の正式名称は当然知っている。シデムシだ。ショウケースに並ぶ勇ましい鋼の装甲、ハイデッカーのパレードで楽しげに装飾されてユニークに動きまわっていた平和の守護者が、今、市民に対し無表情な複数のカメラアイの焦点をあわせ、顎を鳴らすのだ。「アイエエエ!」

 鎌首をもたげたシデムシは顎の左右にミニガンの砲身を展開、警告無しに掃射を開始した。BRRRTTTT!「アイエエエ!」「アイエエエ!」「アバーッ!」ナムアミダブツ!BRRRTTT!BRR「イヤーッ!」KRAASH!黒い影がシデムシの頭部に飛び乗り、また飛んだ。シデムシが倒れ込んだ。

 何人かがたまたまその一瞬を網膜に焼き付けていた。沈黙のコンマ5秒を。シデムシの頭部AIにカタナを垂直に突き刺し、再び飛んだ女の姿をしっかりと見ていた者はいない。それにはニンジャ動体視力が必要だ……。「ウ……ウオオーッ!」後ろから追いついた者達の怒号が、沈黙を上塗りした。

◆◆◆

「イヤーッ!」シデムシ破壊者はネオン看板からネオン看板へ飛び、隣接ビルの屋上に着地。カタナの脳漿を拭い去った。「気持ち悪」女は顔をしかめた。女のジャケットの背には逆さ向きの「婆」の漢字がある。「一体こりゃ、何だってンだい」レッドハッグは道路を見下ろす。市民が封鎖に押し寄せる。

「ザッケンナコラー市民!」「スッゾ市民!」BRATATATATA!ハイデッカーが銃撃を行う!「ザッケンナコラー!」「バカハドッチダー!」市民が押し寄せる!倒れこむ人々の背に、肩によじのぼり、ハイデッカーに覆いかぶさり、殴りつけ、その上に更に市民が押し寄せ、装甲車によじのぼる!

「こいつは……」斜めに降る雪の中、レッドハッグは眉根を寄せ、タバコを噛んだ。封鎖を越えて拡がってゆく市民達。アトモスフィアを彼女は肌で感じていた。頭上には黄金の立方体が輝いている。シュイイイ……ハイタカが高高度へ上昇し、彼女を照準に捉える。彼女は舌打ちし、隣のビルへ跳んだ。

◆◆◆

「ああ、そうさ、今日も残業だ」百十七階。高層オフィスビルの回廊。バリキドリンクを飲みながら、疲弊したサラリマンが窓際に立つ。「寒波?心配だから早く帰ってこい?……そんなふざけた理由で、休めるわけないだろ。なあ、いい加減現実見ろよ。オーボン?そんなもの、知るか。これが世の……」

 彼はドリンク剤を取り落とし、声を失った。「おい、今……!何だ、今の……!」彼は己の目を疑い、サイバーサングラスを外して捨てた。降りしきる重金属酸性雪を切り裂いたのは、火花、銃弾。そして透明の防弾ガラス窓に突き刺さった。鋼鉄の星。スリケン。その鋭いシルエットが、網膜に焼きついた。

サラリマンはガラス窓に張り付き、目を凝らした。反射したガラス面には、自分自身の姿。その先には、ネオサイタマのふざけた現実が広がっていた。

……『ヨー、人々、解るか、俺たちが今いる所、どこだ、ブッダ、おい』……

 ここは。ここは百十七階。防弾ガラス窓の向こうには、カタナを握った女ニンジャが二本煙草を吹かし、顔をしかめ、破れたジャケットの袖と傷を見ていた。直後、彼女はガラス窓の僅かな足場を蹴って走り、加速し、カンバンを飛び渡り、宙返りを打ちながら、危険なほど鮮やかにスリケンを投げ放った。

 暴徒鎮圧ドローン、ハイタカ3機が冷たく明滅しながら彼女を追跡し……目にも留まらぬカタナ斬撃で返り討ちにあい、爆ぜた!『グワーッ!』火花散らす無数のパーツと、破壊されたクローン脳髄の緑色の血が、防弾ガラス窓にぶちまけられた。サラリマンは茫然とそれを見ていた。そして足元に目を転じた。

 遥か下。雪に染まるマルノウチ大通りでは、いつの間にか、市民とハイデッカーの衝突が発生していた。ニュースの知らせぬ騒乱が。アマクダリの洗脳サイバーサングラスをかけ、柔らかな鎮静プログラムに浸り続ける市民には、決して見えず、決して聞こえぬ戦争が。生き残りをかけた戦いが、始まっていた。

 ザリザリザリ……再び、このサラリマンのサイバーサングラスに違法電波が混入した。音楽。ノイズまみれのゲリラ放送電波が、周波数をハイジャックする!『ヨー、人々、これはKMCレディオ……!』……

「おい、何だ、これ、急に…!」サラリマンは困惑し、周囲を見た。長く真っ白なオフィス回廊の先には、自分と同じくバリキドリンク小休止を取っていたと思しき、一人のサラリマンがいた。その男も自分と同じ、サイバーサングラスをかけ、眼下の光景を凝視していた。サイバーサングラスで、顔は見えぬ。

 なぜなら、彼は敵と同じ武器を用いて、顔を隠す必要があったからだ。彼はキツネの如く狡猾に、辛抱強く、この時を待ち続けていた、小さく無力な群れの一匹であったからだ。……『DJゼン・ストーム、ヒナヤ・イケル・タニグチ、そしてDJニスイ、デリヴァラーが送る……革命レディオ!』……

「ス、スミマセン、あなたも今、おかしなものを見ましたよね!?違法レディオが聞こえますよね!?私だけじゃないですよね!?」サラリマンは不安げに、その男へと歩み寄った。その男のサイバーサングラスこそが、この狭域無線ウィルスの発生源であると知らずに。

「ずっと見てたし、聞こえてたよ」その男はサラリマンのほうを振り向き、キツネ・サインを高く掲げた。「エッ!?」ほぼ同時に、サラリマンのサイバーサングラス視界が完全にハックされ、真っ白な廊下やビル壁面、全てに、KMCレディオとメガヘルツ解放戦線の巨大なバナーが投影され、音楽が流れた。

 極めて危険な行為であった。だがもはや潜伏する時ではない。今がその時だ。穴倉から飛び出すべき時だ。彼はそう考え、自ら退路を絶った。彼は無線通信を続けた。KMCレディオに、今、マルノウチで何が起こっているのかを伝え続けるために。そして自らも慰霊碑前へと向かうために。回廊を走り始めた。

「ファック・オフ」

 KMCリスナーのサラリマンはビル内を駆け、違法レディオ電波受信プログラムを周囲にバラ撒きながら、レポートを続ける!慰霊碑前は、叛乱の着火点と化した!応答せよ、KMCレディオ!応答せよ、メガヘルツ解放戦線!応答せよ、応答せよ、人々!人々!人々の心に火がついた!ようやく、火がついた!

 電波に乗り、荒々しいイントロが響く。数々の地下アーティストの手でリミックスを重ねられた曲、レイズザフラッグが、電波に乗って再び流れ始める!何度でも蘇る!『ヨー、チェック、チェックワンツー。シケた顔した人々、顔あげて見てみろよ。周囲をチェック、チェック、オウ、ファック、何だこりゃ』

「「「アイエエエ違法電波!?」」」受信した人々が困惑する!『ヨー、人々!これはKMCレディオ!ヴァーサス!暗黒メガコーポが人々をナメくさって、奴隷にして、八百長で勝とうとしてるクソみてえな世界!都合の悪いクローン兵器や洗脳電波やニンジャのことは、綺麗さっぱり漂白されちまう世界!』

 禁じられた音楽と言葉が電波を揺らす。オフィスビルで働く人々は困惑し、即座にそのレディオをシャットアウトせんとした。だが、幾人かの者は手を止めた。そこに乗る声が、今、確かに、スゴイタカイビルと言ったからだ!今、慰霊碑前で起こっている事実を告げている!どのチャンネルでも報じぬ事実を!

『ヨー、人々、無茶すんな!その場所でいい!今そのサイバーサングラスにゃ、どんな銃弾より強力な武器が備わってる!』レディオが語りかける。『出力あげて音声認識、ファック・オフだ!周りの人々にこの放送を届けてやってくれ。ボリューム10の電波で叫び続けろ!死ぬんじゃねえぞ!生き残るぞ!』

 電波が発せられ始めた!それは、百十七階からキツネ・サインを掲げた男のサイバーサングラスだけではなかった。音楽を頼りに希望を繋ぎ、耐え偲び、潜伏を続けてきたKMCレディオのリスナー達が、ネオサイタマ各所で同時行動を起こしたのだ。目に見えぬ無数のフラッグが掲げられ始めた。反抗の旗が!

 グルーヴィなラップと、機械兵器めいた正確無比なリフ。本来全く相反する要素が混ざり合い、曲は加速する!そして声が!『…俺のレディオ!届いてくれ!タノシイ・ストリートへ!テモダマ・ストリートへ!コモチャン・ストリートへ!』既に地図から消えた場所へも、今なお呼びかけられる、息子の声が!

 まだ少ない。だが、ただならぬ熱気にやられ、手を止める者が少なからずいた。その多くは、スゴイタカイビル周辺で勤務中のサラリマンだった。カチグミですら、皆、不安と恐怖を抱えていた。なぜ恐怖する?それは、知らぬからだ。情報が足りぬからだ。人々は貪欲に求めた。今起こっていることの真実を。

「オウ、ファック、なんだこりゃ」慰霊碑前。タダマキとスバルがカメラを抱えて到着した時には、既に多くの者の血が流されていた。「なんだこりゃ、放送できるわけがねえ」タダマキはゴクリと唾を飲み、震えた。何という場に居合わせてしまったのかと。手がガクガクと震えた。「NSTVじゃ流せねえ」

 二人は、NSTVの下請け番組制作会社からさらにマルナゲされたカメラマンとアシスタントであった。彼らは鎮静ワイドショー番組のために、凍りかけたタマ・リバーの中でも健気にがんばるラッコチャンについてコメントを寄せてもらうため、マルノウチ周辺を歩く人々に取材を行っていたところであった。

 そして取材を終え、バリキドリンクを飲み、死んだマグロじみた目で次の現場へ向かおうとした時……二人はこの騒ぎを聞きつけ、衝動的にカメラを構え、走り出したのだ!「おい!取材させてくれ!俺たちは報道特派員だ!」「これは一体何だ!?あんたらは革命組織か何かか?!」「違う!」「全然違う!」

「タダマキ=サン!ヤバイですよ!絶対ヤバイですよ!俺のサイバーグラスから、ここの全員、真っ赤ですよ!パブリックエネミー警告です!接触ヤバイですよ!」スバルが失禁しながら続く!「うるせえ!レポート続けろ!」タダマキはカメラを振り回す。放送できるはずもない記録を、ただ記録するために。

「何がきっかけだ!?」「ハイデッカーが銃を!」「無差別射撃か!?」「違う、発端は慰霊碑だ!慰霊碑前で俺たちは」「慰霊碑!?」「オーボンだ!」「オーボン!?」「キュウリが踏みにじられた!」誰かが必死で叫ぶ。カメラが上下左右へ飛び、飛び、捉えた。本来この場に存在しないはずの慰霊碑を!

 タダマキの手が震えた。「おい、なんだこりゃ!朝には無かったぞ!?」破壊されたシデムシ。ガレキ。コンクリート片。血。それらの上にそびえる黒い碑。周囲には、形容しがたい熱が、未だ渦巻いていた。その前で、傷ついた女性が祈りを捧げている。一人ではない。祈りを捧げる人数は徐々に増えていた。

「オイ、あんたらTVか!頼むぜ!街中に知らせてくれ!全部!」労働者が叫んだ。他も叫んだ。「最初に誰がやったかなんて知るか!これが事実なんだよ!」「俺たちもう真っ平なんだよ!無かったことにしようとしても、もう遅いんだってな!」「これも頼む!」「ハイデッカーの正体はクローン兵器だ!」

「なんだこりゃ、まるで三つ子!製造番号がイレズミされているぞ!」カメラは震えた。戦い、傷つき、血を流した者達から、何かを伝えてくれなどど必死に頼まれたのは、サラリマンとなってから初めてのことだった。(タダマキ=サン!ヤバイっすよ、もう完全にヤバイっす!俺らも犯罪者になりますよ!)

『臨時ニュースドスエ。スゴイタカイビル前で、FKGによるテロが発生。誇りある市民は、ハイデッカーへの協力を……』街頭プラズマTVが、ようやく緊急プログラムに切り替わり始めた。それは10月10日における一連の戦いが生んだ、ごく僅かな、しかしアマクダリにとっては致命的な遅延であった。

「ふざけやがって」タダマキは頭上から降り注ぐ、現場映像ひとつない臨時ニュースにカメラを向け、中指を突き立てた。そして人々に叫んだ。「任せろ、俺は報道特派員だ!おい!スバル!レポート続けろ!」「アイエエエエ!で、でも接触は!」「付き合わせて悪いが、お前も多分、とっくに真っ赤だぞ!」

「誰か、手を貸してくれ!負傷者が多すぎる!医療キットも足りない!」ハイタカに銃撃された負傷者を助け起こしながら、看護師は周囲の高層オフィスビルの窓に向かって呼びかけていた。タダマキらに気づくと、看護師は、どこにも繋がっていないカメラに向かって叫んだ。「頼む!誰か、いないのか!?」

 ピーポーピーポーピーポーピーポー!複数のサイレン音が接近する!「ヤッタ!救急車が来たぞ!」偵察役のサラリマンが叫んだ。だが……ナムアミダブツ!『救急車到着ドスエ、救急車到着ドスエ、安心し、明日もヨロシサン』響き渡る柔らかな電子マイコ音声!車両側面にはヨロシサン製薬のエンブレム!

「ダメだーッ!ヨロシサンだーッ!」『負傷者および負傷したハイデッカーを回収し、人道行為しますドスエ』ニチョーム浄化作戦で人道行為され、ヨロシ救急車に乗せられた者の中には、帰ってこなかった人が何人もいる……そのような噂を聞いていた者たちは、咄嗟に叫んだ!「「「欺瞞!通すな!」」」

 ネオサイタマ最大最強のメガコーポ、ヨロシサン製薬の搾取と欺瞞に、多くの市民は薄々気づいていた。だがムラハチやサイバーマッポを恐れ、感情を押し殺していたのだ。しかしこの場に居合わせた者たちには、もう後がない!『明日もヨロシサン』「「「帰れ!」」」拳を掲げ押し寄せる人々!衝突が発生!

「「ウオーッ!」」「イヤーッ!」「グワーッ!」「アバババババーッ!」壮絶!「誰か、誰か!手を貸してくれ!」離れた場所では、看護師がオフィスビルに向かって呼びかけ続ける。その声は分厚い防弾ガラス窓に阻まれたが、彼が何を訴えかけているかは明白であった。圧倒的に、手が足りなかった。

◆◆◆

 ファオー、ファオオオー……。神秘的な電子雅楽音が鳴り響くオフィスビル内は、いつもと同じ、快適な労働環境が広がっていた。末端エスイーのタダは、他の同僚たちと同じく、顔をしかめ、顎を撫でながら、ちらちらと窓の外の光景を見ていた。彼は正社員ではないため、オフィス内の地位は最も低い。

 無視が最も賢い選択だ。ようやく掴んだ安定した職だ。だが、タダはついにたまりかね、ネクタイを放り捨て、立ち上がった。「ファックオフだ」エスイーはタイピング労働者であるが、常にスーツを着てネクタイを締めることを伝統的に義務付けられている。「おい、まだ勤務時間中だぞ!」主任が叱責した。

「主任、スミマセン」タダは湯気が上がりそうなほど肩をいからせて、主任のデスクまで歩いて行った。他のサラリマンたちは、黙々と業務を続けていた。「今日こそ、退職します」「バカ!納期がいつだと思ってる!そんな身勝手が通るか!」実のところ退社届けは上司によってもう三度も突き返されている。

「知ったことか!」「君が抜けて納期が遅れたらどうなるか、胸に手を当てて考えてみろ!このチームは、この課は、大変なことになるぞ!その一人一人に家族がいるんだぞ!」主任は怒り心頭し、デスクを叩いて叫んだ!見事な卓上ボンサイの枝葉と、ハイデッカー公式マグカップの中のマッチャが揺れた!

 だがタダのニューロンには、今しがた眼下の広場で起こった光景が焼き付いていた。放置されていたオイランドロイド2体が看護師の横へ歩み寄り、医療行為を手助けし始めたのである。だというのに、オフィスの医療キットを持って助けに向かうべきだというタダの声は、数分前にも黙殺されたばかりだった。

「それも知ったことか!」タダは前々からタイプの邪魔だと思っていたジャケットを脱ぎ捨て、奥ゆかしさも守るべき規範も何もかも放り捨てて、両手で中指を突き立てた!「こんなクソは全部ファックオフだ!」「何だと!」主任がキレた!「イヤーッ!」「グワーッ!?」痛烈なカラテパンチがタダに命中!

 もはやカラテあるのみ!「イヤーッ!」タダは殴り返した!主任の顔面に命中!「グワーッ!?」まさか殴り返されると思っていなかった主任は、この不意打ちをくらい、さらに逆上した!「カチグミをナメるなよ!イヤーッ!」主任はデスクの上に飛び乗り、高所の利を得て、鋭いカラテキックを繰り出した!

「グワーッ!」SMAAASH!回し蹴りを受けたタダは、見事なボンサイを巻き込んでオフィスの床に転がった!「マイッタカ!業務に戻れ!」主任は圧倒的な実力差を見せつけるため、デスク上でカラテ演舞を行う!割れた鉢で額から出血したタダは、頭を振り、屈辱にまみれ床を叩いた!「ARRGH!」

 タダの中でアドレナリンが湧き出す!オフィス内の誰もが、この粛清を見て見ぬ振りをする中、タダはヤバレカバレの反撃に出た!「ARRRRGH!」主任のデスク下に潜り込み、膂力をみなぎらせ、これを転覆させたのだ!「グワーッ!?」主任は転げ落ち、ハイデッカー・マグカップも床に落ちて割れた!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」二人の間で、一進一退のカラテが繰り広げられた。かつてこのオフィスで、かくの如き蛮行が罷り通ったことはなかった。だが今日、積み上げられた極限状況が、説明できぬ熱が、それをなさしめたのだ。「グワーッ!」主任は倒れ、尻餅をついた。

「……考え直せタダ=サン。あそこにいるのは、ほとんど下層労働者だぞ」主任は口元の血を拭いながら言った。タダのタイプ能力を見込んで中途採用したのは、他ならぬ彼だ。ゆえに責任があるのだ。タダは荒い息を吐きながら、問うた。「主任、あんたは、上に命令されたら、何でも黙って従うんですか?」

「当然だ、私には家庭がある」主任は自嘲気味に笑うと、血の唾を吐いて立ち上がる。そして壁の認証装置にコードを入力し、ロックを開いた。ガゴンプシュー!隔壁が開く!「君のような凶暴な男は今日付けで解雇だ!どこへでも行け!」主任は周りを見渡し叫んだ!「他にも行きたいバカがいたら、行け!」

 タダは1階エントランスに走った。大勢とはとても言えぬが、他のオフィスからも、義憤に突き動かされた者たちが飛び出してきていた。KMCリスナーのあの男もいた。『テロ発生中。皆さんの安全のため正面エントランスは封鎖中ドスエ』電子マイコ音声が響く。入口はシステムにより自動封鎖されていた。

「ここを開けろ!」エントランスに集った人々は口々に叫んだ!防弾ガラス窓を隔て、雪の中、血を流して横たわる人がいる!「血を流して、困ってるやつを助けたら、有罪だと!?」『テロリストが侵入する可能性があるため現在…』「何がテロだ!」「あそこで苦しんでいるのは、テロの犠牲者だろうが!」

『皆さんの安定した年収と安全を脅かす行為は決して…』「「「ウオオオーッ!」」」たった壁一枚隔てた向こうの世界にすら干渉できぬとは!堪えきれぬ怒りが、さらに煽られる!誰かが叫んだ!「コケシだ!コケシを使えーッ!」エントランスにある大型の金属製コケシ・オブジェに、全員の目が集まった!

 荘厳なコケシ・オブジェが引き倒され、カラテに覚えのある者たちが、破城槌めいてそれを構えた。そして後先考えず、突進した。平安時代の哲人剣士、ミヤモト・マサシが残したコトワザが、企業戦士たちのニューロンに去来する。「困っている人を助けないのは腰抜け」

 KRAAAAAASH!凄まじい破砕音が鳴った。果たしてそれは何度目のトライであったのか。広場側でカメラを回し続けていたタダマキは、即座に振り向き、撮影した。「ファック!」思わず口から、放送禁止用語が漏れた。「バンザイ!やりやがった!」慰霊碑前に再び、怒りに燃える人々が集い始めた!

 そこには、様々な人々が集っていた。ヨロシ救急車も撃退され、体温が上がってゆく。「こいつはヤバイぞ、ヤバイことになるぞ……!」タダマキとスバルは、いまや痛快そうに笑いながら、広場の外縁部へ向かった。群衆の規模をカメラに収めるべく。その時、誰かが叫んだ。「……ハイタカだ!多すぎる!」

「アイエッ!?」タダマキは反射的にカメラを空へと向けた。慰霊碑前に転がる残骸とは比べものにならぬ数……数十機単位のハイタカが、スゴイタカイビルの影から現れたのだ!「アイエエエエエ!」悲鳴!怒号!BLAMBLAMBLAM!銃声!密集しすぎた人々はパニックに呑まれ、押し流されてゆく!

「アイエエエ!」ビル内への流れに乗れず、慰霊碑から遠ざかるように押し流されてゆくタダマキ!「イヤーッ!」上空では、色つきの影となったレッドハッグがドローンの頭を飛び渡り、斬りつけ、スリケンを投擲する!だが、多すぎる!BLAM!「アババーッ!?」スバルが後方からハイタカに撃たれる!

「おい!スバル!おい!ちくしょう!」ナムアミダブツ!タダマキは人の波に問答無用で押し流されながら、近隣ブロックへ走る!「ハァーッ!ハァーッ」必死でカメラを構え、走る!「ダメだ!シデムシだ!」「地下鉄封鎖されてる!」「ハイデッカーのトレーラー来るぞ!」「西口へ逃げろ!」方々で叫び!

 彼らは隣接ブロックへと逃げた。どこの店もビルも、入り口が自動封鎖されている。「そのまま走れ!急げ!」誰かが物陰から呼びかけた。「誰だ!?」「いいから急げ!」振り返らず、道路の真ん中に横たわるシデムシ残骸を踏み越え、タダマキらは駆けた!誰がこれを破壊したのか?考えている暇など無し!

「何て規模だ!クソッタレ!」タダマキは死に物狂いで走る!「アイエーエエエエ!犬!?鉄の犬だ!?アイエエエエエ!」後方で叫び声が上がった。カメラを向けた。残骸やガレキを軽々と飛び越えながら、小型の六脚戦闘機械の群れが迫り、逃げ遅れた者の足に食らいついていた。オナタカミ・ハウンドだ。

「後ろを振り返るな!走れ!そのまま走れ!」前方、どこかから、男の声が聞こえた。タダマキらはその声を信じ、駆けた。オナタカミ・ハウンドの群は六本足でギャロップし、情け容赦ない速度で彼らを追跡する。まさに一方的な狩りだ。タダマキに向かって一匹が飛びかかり、痛烈な体当たりを食らわせた。

「グワーッ!」タダマキは転倒し、カメラも投げ出された。「「「GRRRR!」」」電子威嚇音声を鳴らし、鉄の猟犬が彼を取り囲む!もはやこれまでか。だがせめて、データだけでも。タダマキが覚悟を決め、カメラを守ろうとしたその時。白いシルエットと鮮烈なカラテシャウトが、空気を切り裂いた。

「イヤーッ!」それは白いイナズマめいたトビゲリであった。『グワーッ!?』オナタカミ・ハウンドの側面に命中。鉄の犬は弾き飛ばされ、コンクリート壁に激突。火花を散らして動作停止した。タダマキは唖然とし、その現実離れした光景に釘付けになった。現れたのは、プラチナブロンドの美女であった。

 そして、ニンジャであった。「アッ」タダマキが何かを言おうとした直前、彼女はボディスーツの上半身をはだけさせた。次の瞬間、美女は巨大な異形の怪物へと変身していた。四つの眼!巨大な犬歯!ロップイヤーウサギめいて長く垂れ下がった耳!「GRRRRR!」荒々しき唸り声とともに、拳を振るう!

 KRAAAASH!拳が鉄槌めいて振り下ろされると、ハウンドは一撃で頭を潰され、機械部品とクローン脳をバラ撒きながら、ぐるぐると宙を舞った。「GRRRRRR!」彼女はすぐにもう一匹の猟犬を掴み、頭上で掲げ、その怪力で真っ二つにネジ切った。電子火花が、彼女の四つの目を妖しく照らした。

「アイエエエエ!ニンジャ!ニンジャナンデ!?」タダマキは失禁していた。この怪物は。このニンジャは。ハウンドを攻撃している?「GRRRRR!」彼女は猟犬をさらに一匹、カラテパンチで情け容赦なく叩き潰した。「おい!こっちだ!急げ!」先ほどの男の声が後ろから聞こえた。「彼女は味方だ!」

 タダマキは振り返らず、カメラを抱きかかえて、声の方向へと走った。そして見た。街中に即席で作られたバリケードを。そこから呼びかける男たちの姿を。マルノウチ・ビル街の一角。改装工事中と思しき薄汚いシートがかけられた、テナントビルの地上階ホールの中。彼らは密かにアジトを築いていたのだ。

「アイエエエエ!」「GRRRR!」咆哮を背後に、タダマキはバリケードの陰から伸びた手に抱えられるようにして中へ入り込んだ。男達がタダマキを助け起こした。「アンタ、怪我は?大丈夫か?」「た、たぶん」タダマキは彼らを見た。テヌギーを頭に巻き、手にはクロスボウ等を持つ。みな壮健だ。

 数名が引き続きバリケード越しに警戒にあたるなか、声の主とおぼしき一人がタダマキに頭を下げ、奥へ案内する。「ブチタです。よろしく」「タダマキです」タダマキは会釈を返し、反射的にカメラを構えようとした。ブチタは断った。「すまないが、カメラは一端やめてもらえるか。何があるかわからない」

「そりゃそうだね、すまない」慌ててカメラを下ろす。取り落としそうになる。「ここは一体……」彼は地下階ホールを見渡す。老若男女、負傷者問わず、騒乱の中で逃れてきた市民達が多く入り込んでいるようだった。「シェルターの類いか?」「本当はもう少し物騒だ」ブチタは答えた。「レジスタンスさ」

「レジ……何だと?」「ローニン・リーグ」ブチタは組織名を名乗った。「ハイデッカーやヨロシサン製薬による人狩りに対抗して蜂起した人間の集まりだ。犯罪者の集団だな」「人狩り?」「いちいち訊き返さないでよ」ブチタは苦笑した。「まあ、気持ちはわかるよ。何もかも狂ってる。そういう事さ」

「その、マルノウチのこんな一角に……アジトを?」「当初はこうして改装ビルの地下に潜伏して、黙ってた。奴らに連れてかれそうになって逃げた奴や、収容所を脱走した奴らを受け入れたりさ……。だけど、そうもいかなくなったな」ブチタはボトルの水で口を湿し、尋ねた。「なあ。外で何が起きてる」

「外……」「あんた、記者か何かだろ」「あ、ああ。……暴動だ」「暴動」ブチタは眉根を寄せた。疑ってはいない。他の避難者からも同じような話を聞いたのだろう。タダマキは呻いた。「スゴイタカイ・ビルの慰霊碑前で騒ぎがあった。それが着火点だ。政府……ハイデッカーが……畜生……人を殺してる」

「奴ら。そうか」ブチタはさほど驚かなかった。彼の目は、理不尽な苦境を潜った者特有の目をしている。タダマキは続けた。「パニックが起きてる。だけど、騒ぎは収まってない。何かが……何かが」ブチタはタダマキを見た。「政府は情報を遮断して、覆い隠して、消すだけだ。だけだった。だけど……」

 少しの黙考の後、ブチタはタダマキを本陣らしき大きめのテントへ案内した。「入るよ」ノレンをかきわけ、中に入ると、書類や地図を山積みにしたテーブル越しに、痩せた男が目を上げた。「やあ。ブチタ=サン」「ドーモ。ナラキ=サン」ブチタはタダマキを示した。「タダマキ=サンだ。記者なんだ」

「ドーモ」ナラキはオジギし、手を差し出した。力強い握手だった。「暴動。間違いないらしい」ブチタが言った。「政府相手に。人々が。それで、凄いことになってるッて」「本当に本当か」ナラキは低く言った。「そうか……」「アンタ達は、避難者を受け入れてるのか?」タダマキは尋ねた。

「放ってはおけない」ナラキは答えた。「おかげで隠れていられなくなったが。バリケードも急拵えだ」「この暴動、どうなる」タダマキは尋ねた。ナラキは首を振った。「こっちが知りたいさ。表立って何かすれば、全部潰された。だけど……騒ぎが拡がっているのか」「空気が動いてる」タダマキは呟いた。

 ナラキは一度目を閉じ、息を吐いた。ブチタが遠慮がちに言った。「なあ。この人、カメラを持ってる。それで俺、思ったんだが」ナラキはすぐに察した。その事を彼自身、考えていたようだった。タダマキは食い気味に言った。「撮って、いいか。アンタらの、この場所」「頼む」ナラキは厳かに頷いた。

 ブチタとタダマキの退出と殆ど入れ違うようにして、フェイタルが入ってきた。襤褸をまとった男の首根を掴んでいる。「ドーモ。アマクダリの犬ッコロを片付けた。でも突入は時間の問題だな。イクサになるぞ」「その人は」「様子を窺うように付近をウロついてたんで、捕まえた。アンタの知り合いらしい」

「ドーモ、ナラキ=サン。久しいね」男はフードを払い、特徴の薄い、無毛の素顔をあらわにした。ナラキは手を離すよう目で促した。フェイタルは腕組みし、男の傍らに立つ。「ニンジャではないが用心しろ。ま、怪しいマネをしたら私が殺る」「ははは、物騒だな。私は君の力も知っている。殊勝にするさ」

「ゴブサタです」ナラキは言った。「テツオ=サン」「ほう。この外見の私をよく、ひと目で」バスター・テツオは驚いてみせた。ナラキは椅子をすすめた。そしてフェイタルに退出するよう伝えた。フェイタルは不服げにしたが、ナラキは彼に害意が無いであろう事を伝えた。彼女は肩をすくめて出て行った。

「イッキ・ウチコワシのクーデターによって、農村部へ逃れたというウワサを聞いています」「勿論ただの口約束さ」テツオはさも当然のように言った。「彼らもああなってしまうと、所詮は山賊、野盗の類いと変わらない。残念だ」「……それで、ローニン・リーグに何の御用ですか?」「力を貸そうかとね」

「お断りします」ナラキは言った。静かだが、確固たる拒絶だった。「成る程。君は強くなった」テツオは表情を動かさない。「しかしまだ充分ではない。アマクダリ・セクトが作り変えたネオサイタマは極めて堅牢だ。この火をボヤ騒ぎで終わらせたくなければ、幾つかの策が必要となる。全体闘争の策が」

「ハイデッカーが市民を銃で撃った。それがきっかけだと、避難者が言っていました」ナラキは言った。「素晴らしい」テツオは言った。「ローニン・リーグは闘争母体として申し分のない戦力を持つ。ニンジャも抱えている。その市民の怒りをしかるべき方向に……」「矢の工作ではなく、本当の銃撃です」

「……」テツオは微笑んだ。「懐かしい話だ」「いわば、僕の原点です」「ならば然るべき時に然るべき導きを与える効果の程を知っているだろう。嵐だよ」「ニンジャが一人、警官隊と市民の間に立ち、作られた怒りはそれで雲散霧消しました」ナラキはテツオの目を見て言った。「そういう事です」

「無意味な議論だ」テツオは肩をすくめた。「ともあれ、ハイデッカー支配下のネオサイタマにおいては類する規模のない暴動だよ。私はこの目で見てきた。そう易々とは鎮まるまい……だが、思想無きケオスに闘争としての価値は無い。君が導き、価値を与えたまえ。その為に私が力を貸そう」

「ローニン・リーグは必要に駆られて生まれた組織です」ナラキは言った。「もっと大きく、もっと過剰に。信じるものの為に。そういう欲が無かったとは言いません。だからこそ怖かった。貴方をこうして前にして、その怖れは正しいものだとあらためて感じます」「闘争を放棄するのかね?」

ドォン……不吉な破砕音が届き、どよめきが伝わってきた。ナラキは立ち上がった。「敵襲!」フェイタルがノレンを上げた。「行ってくれ!僕もすぐに行く」「ああ!」白い影は走り去った。「戦います」ナラキはテツオに言った。「ローニンはローニンとして戦います。扇動には興味がありません」

「潔癖だね」テツオも椅子を立った。「怒りの声を上げて立ち上がった市民も、時を経ればいずれ暴徒と化す。振り上げた拳は無辜の市民にも向くだろう。私の言葉の意味はすぐにわかる」「この暴動のウワサが本当ならば」ナラキは言った。「イクサは貴方の手をもはや離れたのではないですか」

 テツオはナラキの目を見た。「……実際、成長したものだ。君という人間は。言うようになったものだな」「あれから何年も経ちました」「フ……」テツオは苦笑し、身を翻した。「命があれば、また会うこともあろう。オタッシャデ」ナラキは武器を取り、喧騒の中へ飛び出した。テツオの姿は既に無かった。

◆◆◆


 地球を背に、「クロフネ」は雷の矢めいた速度で航行する。メインエンジンも既に切り離しを終え、黒い船体は宇宙の闇の中で謎めいた沈黙の旅を続けていた。ニンジャ専用シャトルの速度は凄まじい。数時間で船は月衛星軌道に入り、鷲の宮殿はアガメムノンを迎え入れるであろう。

 現在スラスターの作動はなく、慣性航行シーケンスの最中である。美しい地球を眼下に、やがてクロフネのハッチが開き、無音の宇宙空間に、ずんぐりした人影が現れた。ひとつ。ふたつ。白い宇宙服を着たニンジャ、二名である。彼らはハンドサインを互いにかわし、黒い船体を滑るように移動する。

 白い宇宙服の首元に認識名の刻印がある。一方は「モダンエイジ」。もう一方は「プロボット」。それが彼らのニンジャネームである。無重力空間における活動を特に訓練された彼らが、航行中の船外トラブルの対処を行う。ひとたび月基地に辿り着けば、重力も大気も地球と変わらぬ環境が作られているのだ。

 無言のうちに船体を移動していった彼らは、やがて、装甲板の歪んだ箇所と、膨れ上がったような影のわだかまりを視認する。船外トラブル……然り。彼らのニンジャ視力は、彼らをして、装甲板を歪め、ワイヤーロープ状のもので船体に己を結びつけた忌まわしい赤黒の宇宙服を、確かに確認せしめた。

 プロボットはモダンエイジにヘルメットを接触した。(奴だ)(間違いなし)プロボットはもう一度、対象をよく見た。そして眉根を寄せた。赤黒の宇宙服存在は、船体から多少浮いた状態で、ワイヤーロープに抱かれるようにして、ぐったりと静止している。(いや……しかし)(どうした?)(死んでいる)

(マッタキ・シニフリの類いかもしれんぞ。奴はスパルタカス=サンをすら殺したのだ)(スパルタカス=サンよりも宇宙空間では我々のほうが強い。それは確かだ)(違いない)(ともかく、その手の姑息な手段にも当然警戒していく。俺が確認を行うとしよう)プロボットはモダンエイジを先導する。

 スラスター推進でタタミ10枚ほどの距離まで接近したのち、彼らはくるりと回転し、注意深く船体に立った。プロボットはモダンエイジに静止の合図を出し、一歩一歩、着実に歩みを進める。(……)プロボットは唇を舐めた。赤黒の宇宙服は異様な状態である。結晶状の物体があちこちに生成しているのだ。

 ルビーめいた結晶。どことなく化石めいてもいる。氷だろうか。ニンジャスレイヤー自身は微動だにしない。(……)プロボットは警戒を強め、カタナを抜き構えた。宇宙服姿でカタナを構えたニンジャは、一歩、また一歩と、確認しながら歩を進める。プロセスは単純だ。ワイヤーを切断し、宇宙に葬るべし。

(……)死体になってみれば、いかにもアワレな男だ。狂的な戦闘意志に駆られ、アマクダリに対してテロまがいの攻撃を繰り返した末、こうして宇宙まで無謀な追跡を試み、最終的に宇宙空間そのものに殺されるとは。せめて安らかに、未来永劫宇宙空間をスペースデブリとして漂い続けるがよい……。

 プロボットはしかるべき間合いまで接近し、ワイヤーめがけカイシャクめいてカタナを振り下ろした。(イヤーッ)その時である。カタナの切っ先が到達するよりコンマ5秒ほど早く、ワイヤーのフックがクロフネの装甲から離れた。ワイヤーは掃除機のコードめいて赤黒の宇宙服の背中へ吸い込まれていった。

(ヌウ)プロボットのカタナの切っ先が装甲を打った。プロボットはカタナを再び振り上げようとした。赤黒の宇宙服が動いた。「忍」「殺」の文字が見えた。ヘルメット越しに、煮えるような眼光がプロボットを射た。宇宙空間ゆえに音もなく、ルビー色の結晶が砕け散り、デブリ化した。(イ)(イヤーッ)

 ニンジャスレイヤーはぐるりと回転し、慣性をつけて、プロボットが引き戻そうとしたカタナを踏みつけ、装甲に釘付けた。プロボットはこの瞬間にカタナを手放し、素手のカラテを選ぶべきであった。だが宇宙空間の脅威と正体不明の敵の圧力、予測不可能の事態が、彼の判断を狂わせた。(動かぬ。まずい)

(イヤーッ)その瞬間、ニンジャスレイヤーの回転蹴りがプロボットの脇腹を直撃していた。見事なアンブッシュだ。(……!)プロボットはヘルメットの中で吐血した。身体をくの字に折り曲げ、身悶えした。死神はジュー・ジツを構えた。通信機器の助け無くとも、言葉はわかった。(ニンジャ。殺すべし)

 プロボットは遠ざかりながら身を守ろうとする。……遠ざかりながら?視界の隅でモダンエイジが反射的に手を差し出すようにした。その仕草は何を意味するのか。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えながら宇宙を漂う。プロボットと同様に。同様に?(まずい)(イヤーッ)死神がスリケンを投げた。

 プロボットはクロス腕でスリケンを受けた。遠ざかる速度が増した。ニンジャスレイヤーは投擲動作の反動を滑らかにフックロープ投擲へつなげ、クロフネの船体装甲の隙間に再接続した。(まずい)プロボットはスラスターでクロフネへ戻ろうと試みた。ドシュッ。悲しげな不完全動作音が宇宙服を伝わった。

(まさか。さっきの蹴りを受けた際に…?)プロボットは噴射動作を繰り返す。ドッ。ド、ド。スラスターは動いてくれない。クロフネが遠ざかる。(待ってくれ)プロボットはもがいた。(俺はまだ戦えるのだ。致命傷には程遠い)もがきながら、地球を、そして月を見た。月の付近に漂う黒い立方体を見た。

 彼は月と地球の狭間に浮かんでいる。太陽。黄金立方体。(宇宙……宇宙)プロボットは虚空で身を捩った。クロフネは彼を置き去りにし、月への航路を急ぐ。(イヤーッ)ニンジャスレイヤーはフックロープ収縮によってふたたび船体に取り付き、三点着地を行った。モダンエイジは油断なきカラテを構える。

 宇宙空間で、二者の殺意の視線が真っ向からぶつかり合う。彼らはクロフネの背でアイサツをかわした。足元から船体装甲を微弱な震動が伝い、彼らは互いのアイサツをかろうじて聞き取る。(ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。モダンエイジです)(ドーモ。モダンエイジ=サン。ニンジャスレイヤーです)

 モダンエイジは確固たるカラテを構えた。足裏の電磁石機構を働かせ、船体に吸い付いたのだ。アマクダリの最新テックをもってすれば、軸足に100%の体重をかけたカラテを無重力下においても実現可能だ。プロボットもあのアンブッシュに晒されねば、アイサツも戦闘も、万全に可能であった事だろう。

(ゆくぞ。死神)間合いを詰めてゆく。一方ニンジャスレイヤーはフックロープ命綱によって船体にかろうじて接触しているようなものだ。フーリンカザンはモダンエイジにあった。(((グググ……闇……星流るる地。馬鹿げた事よ)))ナラクがニンジャスレイヤーのニューロンに不気味な笑いを響かせる。

(さしものオヌシも宇宙の経験はあるまい)(((グググ……天上より落下しながらのカラテ……あるいは深海においてシャチ・ニンジャとの格闘……そうした体験を引き出し、寄せるまでの事よ。深海においては極度の重圧に多少苦しめられた。あれに比すれば、所詮ただ浮ついただけの戦闘環境よ)))

 モダンエイジが向かってくる。(加えて伝える事は他に無しか)(((左様。先程のように戦えい!)))(イヤーッ)ニンジャスレイヤーは船体を蹴り、サマーソルトキックで迎撃した。(イヤーッ)顎先を狙う一撃をモダンエイジはブリッジで回避した。手の平の電磁石機構を働かせた見事なブリッジだ。

 ニンジャスレイヤーは命綱を手繰り寄せ、ニンジャ膂力を発揮して斜めに「地上」のモダンエイジめがけ襲いかかる。(イヤーッ)恐るべき滑空チョップだ。(イヤーッ)モダンエイジは電磁石機構をオフにし、船体を蹴って回避した。(イヤーッ)そして命綱を射出。船体に繋ぎ、スラスターを起動する。

 やはりこのような手管を持っていた。極限の環境下では初手アンブッシュが最重要だ。プロボットは畳み掛ける攻撃により容易に葬ることが出来たが、モダンエイジはそう容易くはあるまい。ニンジャスレイヤーは無重力で身構える。先程同様、ナラクがニューロンに伝えた深海戦闘の記憶の残滓が手掛かりだ。

(イヤーッ)スラスターによってモダンエイジが向かってきた。(イヤーッ)ニンジャスレイヤーは迎撃した。(イヤーッ)(イヤーッ)ズムッ……ズムッ……暗黒の宇宙で、互いが互いのチョップを弾き、蹴りをガードし、離れた。モダンエイジが再びスラスターを用いて接近する。(イヤーッ)

(イヤーッ)ニンジャスレイヤーは迎撃する。ズムッ…ズムッ…二者は再び離れる。壊れたアメリカンクラッカーめいて、紐付きの二人のニンジャはたびたびぶつかり合った。(イヤーッ)モダンエイジは隙をついて船体へ着地、フックロープ接続地点を狙う。プロボットと同じ運命に遭わせようというのだ。

(イヤーッ)モダンエイジは水平チョップをロープに繰り出す。ニンジャスレイヤーのロープ引き戻しが一瞬早い。鈎がしまい込まれ、シュルシュルと引き戻される。(イヤーッ、イヤーッ)モダンエイジは漂うニンジャスレイヤーにクナイを投げた。(イヤーッ)だが死神は別のフックロープを投げた。

 予備!一方を引き戻し切る前に新たなフックロープを投げるとは!(イヤーッ)これによりニンジャスレイヤーはクナイをも回避し、一気に再び船体へ飛び戻った。(イヤーッ)断頭踵落としがモダンエイジを襲う。(イヤーッ)モダンエイジはクロス腕で受けた。船体が軋むが、アンタイ・ニンジャ装甲は耐えた。

(イヤーッ)ニンジャスレイヤーは反動で回転しながらモダンエイジを離れた。(このッ…)モダンエイジは身を守った。死神は無重力戦闘に驚くほど適応している。当然、それがナラク・ニンジャの特異環境戦闘体験のパッチワークに起因する事をモダンエイジは知らない。死神は離れ……また向かってくる!

(バカな。なぜだ)飛び離れるニンジャスレイヤーをクナイで攻撃する目算が狂い、モダンエイジは困惑した。奴はスラスターを持たない。ロープを再び投げて繋がねば戻って来られない筈。コンマ1秒後、彼は気づいた。彼の宇宙服の突起部に手動で引っ掛けられたフックに。(踵落としの際にだと!?)

 モダンエイジは思わず横に跳ねて回避動作を取る。だがロープがつながっているのは他でもない彼自身だ。ニンジャスレイヤーは真っ直ぐに向かってくる。クナイ迎撃が間に合わない……(イヤーッ)ズムッ。滑空チョップがモダンエイジの喉に突き刺さった。(グワーッ)宇宙服が裂け、空気が噴出した。

(イヤーッ)ニンジャスレイヤーはモダンエイジの宇宙服に引っ掛けた予備フックロープを潔く切り離し、船体にしがみついて堪えた。噴出空気でモダンエイジが勢いよく斜め上に射出された。モダンエイジは血のシャボンを撒き散らし、もがきながら、渦を巻いて飛んだ。そして宇宙服ごと爆発四散した。

 ニンジャスレイヤーはモダンエイジの爆発四散パーティクルがキラキラと輝きながら後ろへ消え去るさまを視認したのち、辛抱強い甲虫めいて再び船体を這い始めた。やがて彼は安定したポイントに身を預け、再び、凍りついたように静止した。カラテ戦闘で消費する酸素量は侮れぬ。これ以上は……。

 幸い、アマクダリ側が新手を繰り出す事はなかった。月衛星軌道への進入を控え、これ以上の船外戦闘は不可能とアルゴスが判断したのだ。ニンジャスレイヤーは目を閉じ、深いチャドーをイメージした。ニューロンをゼンが満たし、宇宙空間と自我が渾然一体となる。遠い地球は何事も無いかのように青い。

◆◆◆

 ナンシー・リーはUNIX椅子の横に立ち、ブッダ電子時計のLED文字盤を確認していた。「そろそろ、時間ね」ゆっくりと呼吸を整え、顔を上げる。低いコンクリートの天井には、タングステン灯が明滅している。空は見えない。彼女たちは今、ヨミ・ニンジャに守られた地の底深くに潜伏しているのだ。

 ナンシーは遥か彼方、大宇宙で戦うニンジャスレイヤーに思いを馳せる。彼は今、この星から数十万キロメートル離れた宇宙空間にいるはずだ。月へ降り立ち、カラテで全てに決着をつけるために。そう信ずるしかない。あの宇宙服とニンジャの力があれば、理論上は可能なはずだ。だが何と無謀な作戦だろう。

(いいえ、思えば最初から、何もかもが無謀だったわね)ナンシー・リーは微笑み、宇宙で戦う盟友に対してメッセージでも飛ばすように、キツネサインを作った。そして直結ケーブルを構え、室内にいる仲間たちを見渡した。「さあ、やってみましょうか……!泣いても笑っても、これが最後の戦い……!」

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 ……照りつける無慈悲な太陽。広大なる砂漠。そこに屹立する暗黒のピラミッド。周囲に広がる白いネクロポリス。地平の果てまで網の目の如く張り巡らされた、緑色に光り輝く電子の根が、しばしば重力に抗うように上方へと跳ねる。

 暗黒ピラミッドの横にそびえ立つ、無数の目を持つ巨人。アルゴスだ。彼が手をかざすと、それらの動乱は速やかにフラット化され平定されてゆく。IRCネットワークのさざ波の如き乱れ、ネオサイタマ市街の些細な騒乱、あるいは月衛星軌道へと突入するクロフネの姿勢制御に費やされる想定外のリソース。

 七つのゲートを超えてIRCコトダマ空間にログインしたナンシーは、他の認識者らとともに飛翔し、攻撃目標を見た。この巨大な暗黒墳墓こそは、月面基地と接続したカスミガセキ・ジグラット旧世紀電子システムの象徴。これにより、アルゴスは厖大なタイプ速度と市街のインフラ支配能力を得ているのだ。

「来たか」アルゴスは即座に、ナンシーらの電子的ログイン兆候を悟り、目の多くをそちらに向けた。無論、その間にも、ネオサイタマ全域の監視を続け、マルノウチ慰霊碑前には無慈悲なる暴徒鎮圧勢力を送り続けながら。……その時、ホリイとコードロジストたちが恐るべき疫病を解き放った。

 ザリザリザリザリ!市街監視カメラ網の一部に、突如、横殴りのノイズが混じり始めた。それはIRCコトダマ空間内において、電子イナゴの群れとして現出した。アルゴスの視界を覆い、この攻撃に対するIPスキャンを遅延せしめる。「ウイルスか…?」アルゴスは四方に手をかざし、敵の接続先を探った。

 アルゴスはジグラットへの防壁を張り巡らせながら、粛々とIPスキャンを行った。巨人の手は即座に、電子ネットワークの乱れを感知し、接続元を探しあてた。それはツキジ・ダンジョン。アマクダリ幹部の一人、リー先生の根城であった。

 リー先生の裏切りを、セクトは知った。直後「イヤーッ!」砂粒のように小さなYCNANが、電子ノイズイナゴの嵐に紛れ、暗黒ピラミッドへと急降下KICK攻撃を仕掛けた。アルゴスは眉根一つ動かさず、巨大な腕で空を薙いだ。圧倒的であった。YCNANは電子イナゴの群れと共に01雲散霧消した。

 未だYCNANのニューロンは焼き切れていない。隣接サーバーへと逃げ込まれた。ツキジのINWより応答なし。アルゴスは異変に気付いた。雲散したはずの電子イナゴが、再び何処かから湧き出し始めた。砂漠を流れる大河の色が、赤く染まり始めた。魔女の疫病が、ツキジから流し込まれ続けているのだ。

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 ゴゴゴゴゴゴゴ……カスミガセキ・ジグラット上空を舞っていた巨大な影の艦隊が、南東、ツキジ・ディストリクトへと頭を向けた。無数のシデムシを内蔵したウォーマグロ重ツェッペリンが動き出したのだ。3隻のエスコート艦、さらにアクシスを乗せた高速ヘリ数十機が、猛禽の如くその周囲に群がった。

 ツキジ・ダンジョンを攻撃し、INWを粛清するために。そしてナンシー・リーたちを完全排除するために。

 何たる大戦力か。だがこれすらも、本営たるカスミガセキ・ジグラットに集められたアマクダリ防衛戦力の一部に過ぎなかった。アルゴスの電子視界内、ワイヤフレーム描画された戦略マップには、南東へ動く多数のニンジャ戦力光点。そして今なお、ジグラット周辺には磐石なる光の数々が残されていたのだ。

「始まったか」彼方、カスミガセキ・ジグラットを睨みながら、ラオモト・チバは葉巻の煙を吹いた。何が起こったのかは解っている。ツキジのハッカーたちが、定刻通りに、アルゴスへの攻撃を開始したのだ。間者であるブラックヘイズがもたらした情報を通し、チバはこの動きを把握していたのである。

「そう簡単には落とせまい。奴らが喉元に喰らい付き合っている間に、僕がアルゴスを奪う」チバは立ち上がった。傭兵部隊を率い、ジグラットへと潜入するために。彼はこの無謀を知っている。未だ敵の守りは磐石。だが、敵が磐石と思っている時こそが、好機なのだと。「動くぞ」チバはグンバイを掲げた。


【4:ザ・コードブレイカー】終わり
【5:ダンス・トゥ・ツキ・ヨミ】へ続く



N-FILES

地上ではアマクダリ支配に反抗する者達がローニン・リーグを名乗り団結。ハイデッカーの攻撃に抵抗する彼らのもとを、バスター・テツオが訪れる。その一方で宇宙ではスペースシャトルにしがみついたニンジャスレイヤーが孤独な最終決戦を始めようとしていた。

このエピソードはシリーズ最終章のため、これまでの各部のシリーズ最終章と同様、フィリップ・N・モーゼズとブラッドレー・ボントが交互でシーンを担当するリレー執筆形式となっている。

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ダイハードテイルズはニンジャスレイヤーなどを連載するオンライン・パルプノベルマガジンでありクリエイターユニットです。