コンスピーラシィ・アポン・ザ・ブロークン・ブレイド
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コンスピーラシィ・アポン・ザ・ブロークン・ブレイド
1
「アカチャン。オッキク。アカチャン。」濁った合成音声広告が水面に反響し、波紋となって暗い水面を揺らす。映り込んだ緑色のボンボリ・ライトを切り裂いて、しめやかに滑るのは、サイレント屋形船の列だ。
ノビドメ・シェード・ディストリクト。海流の変化によって数十年後の水没が予測されているこの地は、ネオサイタマ有数のマイコ歓楽街でありながら、どこか物悲しい色彩を秘めている。張り巡らされた運河を行き来する無人操縦の屋形船が、このディストリクトの主要な移動手段である。
「マイコ」「今日は二倍量。」「高くはないし、色気」「ヨイデワ・ナイカ・パッション重点」。運河沿いの建物に所狭しと据え付けられたネオン看板の淫靡に爛れた文言と、扇情的なBGM。屋形船に追い立てられたバイオ鴨が、バイオネギの群生地へ飛びながら逃げて行く。
屋形船のショウジ戸の内側はワンルーム・マンション程度の広さの茶室となっており、黒金庫型冷蔵庫の中には、オハギ、ヤツハシといった自由につまめる嗜好品があらかじめ用意されている。中にはコタツ施設が完備されたものすらある。
ノビドメのサイレント屋形船でたらふくスシを食したのち、運河に沿って建てられているクルーズイン・マイコステーションへ船内からワン・ジャンプで飛び込む……世のサラリマンが「贅沢とは」という命題に対し、真っ先に思い浮かべるビジョンであった。
同時に、常に移動し続けるサイレント屋形船は格好の密談の場でもある。今宵もおそらくは何割かの屋形船の中で、闇経済の綱渡りが行われているに違いない……。
「オットット、オットット」「おやおや、お足元を気をつけてくださいよ?オット、オットット」「いやいや、あなたも、オットットット」
メジマキ・ビニール・コープのカカリチョ・サラリマン、アメダ=サンはフラフラとシンタマ=サンに寄りかかった。二人は額にネクタイを巻き、サケとバリキで完全に出来上がっていた。二人が後にしたマイコステーション「イカ」の軒先では、マネージャーが深々と二人へのオジギ姿勢を取り続けている。
「できた店だ!」もうろうとしながら、アメダ=サンは「イカ」軒先を指差した。「まだオジギを崩しませんよ」「奥ゆかしい!」シンタマ=サンは頷いた。「ずっとここに立ってみましょうか?」「ダメ!下品ですよ!」「そうですね!」「そうですとも!」
すかさず二人は合掌しながら斜め40度に腰を曲げて笑いあった。「ユウジョウ!」相手を非難する際どいジョークは、こうしてその嫌味をすぐに中和するのがセオリーだ。カイシャ世界で揉まれた二人のカカリチョだからこその高度なコミュニケーションであった。
「いやあ素晴らしい店でした」シンタマ=サンはニヤリと笑った。「あんな大きなオッパイ、見た事ありますか」「いいえ!」「今度はニュービーたちを連れて来ましょう。そうすれば、きっと今よりもよく働きますよ!」シンタマ=サンは饒舌になっていた。「そうですね!」アメダ=サンは笑顔で頷いた。
「ほらほら、もうお迎えの屋形船が来ていますよ」シンタマ=サンが運河を指差した。アメダ=サンは目を細めた。「あの船ですか?カイシャのエンブレムが見当たらないような……」「競争です!ほら!」ホロヨイのシンタマ=サンがダッシュした。「待ってくださいよ!」「負けたほうがオゴリです!」
「それは困ります!」アメダ=サンも笑顔でダッシュした。「嘘です!ユウジョウ!」「ユウジョウ!」ハッ、ハッ、と息を吐きながら、二人のサラリマンは屋形船へ走る。「ヒトットビ!」よろけたシンタマ=サンを追い抜いたアメダさんは、力一杯ジャンプして屋形船に飛び乗り、ショウジ戸を引き開けた。
「アイエーエエエエエエ!?」
奇怪!ショウジ戸を開けたアメダ=サンの眼前には、上下逆さの顔があった。眉間に寄った皺が見えるほどの近さである。どんよりと酔っていたアメダ=サンの意識が一瞬でシラフに戻る。眼前の男は……ナムアミダブツ、天井からぶら下がっているのか?
次の瞬間、アメダ=サンは首筋をぐいと掴まれ、茶の間の中へ投げ倒されていた。「アイエーエエエエエエ!」何も知らぬシンタマ=サンが、「ヒトットビ!」やはり首筋をぐいと掴まれ、「アイエーエエエエエエ!?」
ピシャリ!二人のサラリマンを無理やりに招き入れた茶の間のショウジ戸が素早く閉じられた。アメダ=サンは尻餅をついたまま、室内を見回した。それは、やはり!天井からコウモリのごとくぶら下がり、腕を組んだニンジャであった。…ニンジャ?「アイエーエエエエエエ!!!」アメダ=サンは失禁した!
「なんだ、そいつらは」茶の間の奥で正座しているニンジャが言った。「さあてな」ピシャリとショウジ戸を閉めたニンジャが無感情に答えた。天井!戸口!奥!ニンジャが三人!「アイエーエエエエエエ!!!!」アメダ=サンとシンタマ=サンは二人でさらに失禁した。
「一人で十分だ」正座ニンジャが低く言った。戸口ニンジャは無言で頷いた。シンタマ=サンは失禁しながら、とっさの機転で名刺を取り出した。「ド、ドーモ、メジマキ・ビニール・コープのシンタマ・サトシです。船を間違えてしまいました。どうぞよろしく!これも縁ですから、我が社のビニールを……」
「ドーモ、シンタマ=サン。私はオブリヴィオンです」戸口のニンジャがオジギして名刺を受け取り、右手を差し出し握手を求める。「文字通り飛び込み営業ですな」オブリヴィオン=サンの巧みなエスプリに他のニンジャが笑った。アメダ=サンとシンタマ=サンも笑う。
さすがだ、シンタマ=サン!アメダ=サンは舌を巻いた。鮮やかなトークひとつで場を収めてしまった。遅かれ早かれ彼は課長になるだろう。その実力は認めざるを得ない。
シンタマ=サンは満面の笑みで、差し出されたオブリヴィオン=サンの手を握り返した。「イヤーッ!」「アイ……」シンタマ=サンは悲鳴をあげかけ、そして、塵状に分解されて崩れ去った。彼の安スーツとシャツ、下着が、畳の革靴・靴下の上にバサリと落ちた。一瞬の出来事である。
アメダ=サンは悲鳴を上げた。「アイーアイエーエエー!アイー、アイエ」その口に、シンタマ=サンの靴下が稲妻のごとき速度で詰め込まれる。「……!」
「質問する。頷くか首を振るかで答えろ」オブリヴィオンがアメダ=サンの目を正面から覗き込む。「お前はただのサラリマンか」アメダ=サンは力一杯頷いた。涙目で何度も繰り返し頷いた。
「マイコ遊びの帰りか」アメダ=サンは力一杯頷いた。「船を間違えたか」アメダ=サンは力一杯頷いた。
オブリヴィオン=サンは一瞬、沈黙し、それから奥で正座するニンジャを見た。「嘘は言っていない」…まごころが通じたのだ!アメダ=サンは安堵のあまり失禁しかけたが、もう膀胱は空っぽだ。
「では消せ」奥のニンジャが無造作に言い、オブリヴィオン=サンが頷いた。そしてアメダ=サンの頭をつかんだ。「イヤーッ!」「アイ…」アメダ=サンは塵芥に分解され、カツオブシめいたカサカサの細胞の粉となって、衣服とともに畳の上に散らばった。
「くだらない余興が間にはさまったが、そろそろ時間だ。始めなさい」正座ニンジャが低く言った。天井ニンジャが畳上に着地した。オブリヴィオンはショウジ戸を少しだけ開け、外の様子を伺った。「よし」勢いよくショウジ戸を開くと、彼は天井ニンジャを伴い、運河とネオンの夜の中へ滑り出た。
「「「イイイヤァーッ!」」」
「「「ヤラレターッ!」」」
「「「地獄から戻ったぞ、ダークニンジャ=サン!!!」」」
「「「バカなーっ!」」」
「「「フジオ=サン。今はまだそのときではない」」」
「「「折れたる剣を……」」」
運河沿いの道をひとつ奥へ入り、 淫靡なネオン看板が表通りよりもさらに過密に交錯する路地裏へ足を進めながら、2人のニンジャはブツブツと囁きかわす。
2人の頭上で明滅するネオン文言は、より一層露骨かつ破廉恥だ。「上下体位OK」「回転する」「スゴスギル」「触る」……。
「今更こんな事を確認するのも何だが」オブリヴィオンの相棒、先ほど天井からぶら下がっていた藍色のニンジャ、ナインフィンガーが問う。「あいつが実際誰なのか、考えた事は?」「……さあな」
オブリヴィオンは首を振った。ナインフィンガーはなおも続ける。「二重スパイで、今回の情報をエサに、反乱分子をあぶり出そうとしているとは考えられんか?」「無いな」オブリヴィオンが冷静に答える。「それは奴にとってもリスクが大きすぎる行為だ」「……違いない」
ナインフィンガーは納得し、無駄口をやめた。「あいつ」、すなわち、屋形船で2人の首尾を待つニンジャは、己をゴンベモンと名乗った。ゴンベモンとはネオサイタマにおいて「ジョン・ドー」のように使われる言葉である。
ふざけた自称ではあったが、ゴンベモンからの提案とそれに付随する精緻な情報は、オブリヴィオン達にとってあまりにも魅力的なものだった。かように精緻な情報を持っているからには、このゴンベモン自身、ソウカイヤにおいて相当のアクセス権限を所持する上位存在であろう事は必定であった。
ゴンベモンが二人の元へ持ち来たったのは、ニンジャスレイヤーに敗れ植物状態となって集中治療を受けているダークニンジャの詳細な所在とセキュリティ情報……すなわち、ダークニンジャ暗殺計画であった。
謀反!いや違う。オブリヴィオンとナインフィンガーは、ソウカイ・シンジケートとマスターニンジャたるラオモト・カンに対して鋼のような忠誠心を持つ、生え抜きの武闘派ニンジャであった。忠誠心あればこその、殺意!
ラオモト・カンは出自も知れぬダークニンジャを重用しすぎている。確かに彼のカラテ、情報収集能力、知能の高さ、奥ゆかしい美徳的謙虚さ、全てが非凡であった。だが彼は完璧すぎる。プロパーではない彼があれほどの力と権限を持てば、必ず後の災いとなる……!
ゴンベモンの暗殺計画は、まさに渡りに船だ。ダークニンジャほどの使い手がこのまま植物状態から復活しないなどという事は万にひとつもない。であれば、今こそ千載一遇の絶好の機会である。暗殺の先にあるゴンベモンの目的は知る由も無い。しかし手段が用意された。それだけで十分だ。
「ここだ」オブリヴィオンが上り坂で立ち止まり、告げた。ブルーとピンクのうるさいネオンで「オジサン」とある。そのマイコステーションの隣には錆び付いた日焼けサロンの看板。「遊び人的な」とミンチョ体のレタリング。ふ、とナインフィンガーが笑う。「この地下か。わかろうはずも無い」
日焼けサロンはヒビ割れたコンクリートの雑居ビルでしかない。だが、ここだ。二人は確定的な殺意を胸に、朽ちかかったビルの中へ踏み込んで行った。
2
「いらっしゃいませ……」目を半開きにした老人が、強化ガラス越しにオブリヴィオン達に声をかけた。「『焼き』ですか」ガラスには雑多なチラシが貼り付けられている。「10枚1000円」「野菜」。ナインフィンガーが進み出た。「おやじ、『焼き』じゃない。『キンコ』だ。三時間」
しばしの沈黙。「……三時間ですと200万円。10万円ディスカウント。わかります?素子でも大丈夫です」老人が強化ガラス越しに答えた。ナインフィンガーは淀みなくクレジット素子を差し出す。「これで」「ハイ」ガラスの下の隙間からサイバネティック義手が現れ、素子をつかんで引っ込んだ。
「今認証してるから」「ハイ」ナインフィンガーは右手で拳を作ったり開いたりしながら無感動に答えた。オブリヴィオンはじっと無言である。
その道の手練れが歓楽街の奥深くを探れば、この手の店を一つか二つ、見つけ出せるものだ。屋形船のような移動密室でもなお不足な……スネに傷を持つ人々、あるいは企業の重要機密に触れるプレゼンテーション、そういった用途のために設けられた閉鎖空間。それが俗に言う「キンコ」である。
「いいよ、ドーゾ」老人が素子を返した。「ドーモ」ナインフィンガーは軽くオジギした。この素子も、トレスされぬようにゴンベモンが用意した今回限りのものだ。おそらくどこかの無用心なカチグミ・サラリマンの所持品をクラックしたものだろう。
「奥入って、エレベータね」「ドーモ」ナインフィンガーは顎で合図した。オブリヴィオンが先に立って進む。左右に日焼けカプセル室のパーティションの入り口が霊安室のように並ぶ。漏れ出る暗青色のUVボンボリに照らされた通路はユーレイめいている。
ユーレイ。実際、この通路はジゴクへ向かうサンズ・リバーのほとりと言えなくもない。「ヤケルー」傍のカプセルの中から恍惚とした声が聞こえてくる。この声はさながらモウジャか。そして地下のジゴクに待つのは、金棒とサスマタで死者を断罪するエンマ・ニンジャではなく、瀕死のダークニンジャだ。
突き当たり、エレベーターは開いた状態で待機していた。二人のニンジャは無言でそこへ乗り込む。「いらっしゃいませ」合成マイコ音声が歓迎し、エレベーターのドアが閉まった。
階数表示の「地下四階」の押しボタンがLEDで点滅している。これは店の指示である。このフロアのキンコを借りた事になっているのだ。だがナインフィンガーは迷わず一番下の「地下十三階」のボタンを押した。ギュグン!重苦しい軋み音を伴い、エレベーターが下降を始める。
ナインフィンガーは右手をキツネ・サインの形にした。なにも相棒のオブリヴィオンを挑発しようというのではない。キツネ・サインの形をとった右手の皮膚が内側から開き、歯医者道具やヨネミ・デューティー社の「ジュットク・ベンリ」を思わせる無数の細かい棒状金属ツールが現れた。
コマカイ!この右手のサイバネティック義手がナインフィンガーのコードネームの由来であった。地下一階、地下二階……LEDが点灯してゆく。ナインフィンガーはオブリヴィオンを見た。オブリヴィオンは頷いた。
「イヤーッ!」ナインフィンガーは細密サイバネティック義手を操作盤に突き刺した。突然のショックに困惑したかのように、階数表示のLEDが目まぐるしくデタラメに点灯する。
地下三階……地下四階……エレベーターの下降速度が一際速くなり、直後、静止した。階数表示のLEDの全部が点灯したままになった。ナインフィンガーはオブリヴィオンに頷いて見せた。「ハッキング完了だ。地下12階と13階の間だ。下降するぞ」「うむ」「お前の出番は、じきだ。もうすぐだ」
「任せておけ。殺る!おれのディスインテグレイト・ツカミは必殺だ!」オブリヴィオンは決然と言い放った。ギュグン!決然たる速度でエレベーターの再下降が始まった!
「「「必要ない……」」」
「「「本気を出せニンジャスレイヤー……」」」
「「「セプクさせるまでもない」」」
「「「八つめのニンジャ・ソウルが……」」」
「「「折れたる剣を……」」」
「「「やめろ、やめろ、わかっておるのかカタクラ、そのベッピンには」」」
「「「かつてのキンカク・テンプル」」」
「「「ヌンジャ…」」」
「「「目を覚ませ、フジオ!」」」
「「「これは驚いた。お前はあの時のサラリマンだというのか」」」
「「「目を覚ませ!フジオ・カタクラ!」」」
「イヤーッ!」
襲撃者の鋭い突きを、フートンの上のダークニンジャは素早く寝返りを打ってかわした。彼の身体中に固定されていたチューブ類が寝返りの際にブチブチと外れた。襲撃ニンジャの右手の突きはフートンを貫通し、おそらく床をうがったであろう。
「イヤーッ!」ダークニンジャは両脚を振り回し、襲撃ニンジャの脚を払う!朱色の装束を着た襲撃ニンジャは不意をつかれ転倒しかかる。ダークニンジャはスプリングキックでその胴体を蹴り飛ばした。
「グワーッ!」吹き飛びながら朱色のニンジャはバク転を三連続で決め、ジュー・ジツの構えで着地した。「イヤーッ!」フートンから斜めに飛び出しながら、冷静なダークニンジャは覚醒したばかりの自分が置かれた状況把握につとめていた。
目の前のニンジャはオブリヴィオン=サンだ。彼の武器はディスインテグレイト・ツカミ。つかんだ生体を振動で分解するジツだ。ここは?四角いサップーケイな部屋だ。部屋の中央のフートンにダークニンジャは寝かされ、なんらかの治療を受けていたようである。
オブリヴィオン=サンの背後のカーボンナノチューブ・フスマは半開きになっている。その近くにもう一人ニンジャの生体反応。ツーマンセルで現れたか。この部屋はおそらく己のために用意された治療施設……。
「イヤーッ!」オブリヴィオンが右腕を振り上げ、再び襲いかかる。「イヤーッ!」ダークニンジャは懐へ潜り込むと、左手の甲でオブリヴィオンの上腕部を打ち、反らした。オブリヴィオンのディスインテグレイト・ツカミの手を直接に止めてはいけない。つかまれればすなわち、死だ。
「イヤーッ!」ダークニンジャは両手の平をオブリヴィオンの胸に当て、力強く踏み込んだ。「グワーッ!」衝撃を叩き込まれたオブリヴィオンがよろめく。本来であればここでさらに一撃加えてトドメを刺すところだが、ダークニンジャはそれを見送った。スタスタと大きく二歩後退する。
覚醒したばかりのダークニンジャは用心深い防御姿勢を取り、己の現在の負傷状況を読み取ろうとした。首筋に蓄積したダメージが最も大きい。首を骨折した可能性がある。ニンジャスレイヤーのあの恐るべきカラテの衝撃がフラッシュバックし、ダークニンジャは思わずうめいた。
敵は一人ではない。戸口にもう一人潜んでいる。トドメを焦れば横からアンブッシュされる可能性もあるのだ。「ドーモ、ダークニンジャ=サン。オブリヴィオンです」「ドーモ。オブリヴィオン=サン。ダークニンジャです」ダークニンジャは防御姿勢を崩す事を嫌い、イナズマのように素早くオジギした。
「後で尋問する」ダークニンジャは無感情に告げた。「誰の差し金かを話してもらおう」オブリヴィオンが一笑に伏した。「果たして今のお前にそれができるか、ダークニンジャ=サン。フートンの中でプロジェクト住まいのネタキリ老人のように無力で無防備だったお前に。悪運は二度無いと知れ」
ダークニンジャはオブリヴィオンの挑発に乗らず、思考を続ける。この部屋に「ベッピン」は無い。ソウカイ・シンジケートはベッピンを回収しただろうか。ではラオモト=サンのもとに?あるいは、鎮守の森に放置された可能性もある。あるいはニンジャスレイヤーの手に渡ったか?
……いや。ただ粛々と回収するのみ。折れたるベッピンを手にしたのが協力者であろうと、敵対者であろうと。ヌンジャを知る者はこの世に数えるほどしかいないのだから。むしろ厄介なのはドリームランド埋立予定地に廃棄されてしまう事だが……ダークニンジャはそれ以上の思考は不要と判断した。
「ゆくぞ」ダークニンジャは防御姿勢を解除し、小刻みなステップでオブリヴィオンへ接近を開始する。ジュー・ジツの高等技術、コバシリだ。ダークニンジャの防御をいかに崩すかをシミュレートしていたオブリヴィオンが判断を切り替えた時には、既に彼はオブリヴィオンの懐であった。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」オブリヴィオンが振り上げた右手を振り下ろし、ダークニンジャをつかもうとする。だが遅い!懐から繰り出されたダークニンジャのワン・インチ・パンチがオブリヴィオンの脇腹を捉えた!
「グワーッ!」オブリヴィオンは背後の壁まで吹っ飛んだ。浅い。さきのニンジャスレイヤー戦での負傷のせいだ。まともに受ければ口から内臓が飛び出すほどの打撃力をもつダークニンジャのワン・インチ・パンチであるが、あれではダメージが外に逃げる。しかしダークニンジャが向き直るのは戸口。
体を九の字に折って苦しむオブリヴィオンを一瞥し、ダークニンジャはカーボン・ナノチューブ・ショウジ戸へコバシリする。そこから室内へ突入・アンブッシュしようとしていた第二の敵対者の懐へ、一呼吸で到達していた。「な!?ハヤイ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
ジゴクめいたワン・インチ・パンチが突入ニンジャの腹部に命中!藍色の突入ニンジャは回転しながらオブリヴィオンの反対の壁に激突する。やはり浅い。致命傷にならず!
「そのニンジャ装束。ナインフィンガー=サンか。なるほど」ダークニンジャは突き進んだ。「貴様がロックを解除しつつ、直接の白兵戦はオブリヴィオン=サンというわけだな」ナインフィンガーは震えながら血を吐いた。「……ソウカイヤを私するヨタモノめ……」
「私怨が動機なのか?」ダークニンジャはナインフィンガーの首をつかんだ。「だが、お前達二人でイチから計画を立てたという事もあるまい。指示を出したのは誰だ?」「……」「……ボスか?」「知らぬ……」「イヤーッ!」
背後!予想外に早く回復したオブリヴィオンがつかみかかってきた。「イヤーッ!」ダークニンジャは右手の握力でナインフィンガーの首をへし折ると同時に、真後ろに鋭い蹴りを繰り出した。「イヤーッ!」「グワーッ!」オブリヴィオンはまともに蹴りを受けるが、その攻撃は止まらない!
「グワーッ! ソウカイ・シンジケート、バンザイ!」肋骨をネコソギ砕かれながら、オブリヴィオンはダークニンジャの肩を掴んだ。「もとより命など惜しくない! このまま貴様をディスインテグレイトするのみだ!」「イヤーッ!」ダークニンジャの突きが心臓を貫通した!
「グワーッ! ラオモト=サン、バンザイ!」朱のニンジャ装束よりも濃い血を吐きながら、オブリヴィオンは残る手でダークニンジャの顔面を掴んだ。ナムアミダブツ! なんたる執念か! 「こ、これで、これで終わり、ディスインテグレイトして……」
オブリヴィオンは血泡まじりの不明瞭な言葉を呟きながら、ダークニンジャを壁に押しつけた!
3
ナムサン!言わばこれは王手。
オブリヴィオンが叫びとともにニンジャ気合いを込めれば、ジツが発動、対象はカツオブシ・ダストのようにカサカサの塵芥へ分解するのだ!「イ…イ……」ゴボゴボと血泡を吹きながら、オブリヴィオンが両手に力を込めようとする。
オブリヴィオンは失われつつある命をいまいちど振り起こそうとした。最後に、最後にこのダークニンジャ=サンだけは。ダークニンジャ=サンだけは道連れに。
シックスゲイツに属さない、ラオモト=サン直属のエージェント……出自不明……あの怪しいカタナ「ベッピン」もそうだ。あれはソウカイヤで手配したものではない。
自らの事はほとんど語らず、一方でソウカイヤのニンジャの事は不気味なほどに把握しきっている……不気味なほどに有能……ネコソギ・ファンド副社長の社葬の時も不在……こいつには、表に現れる「私」が無さすぎる。こいつ自身の目的が必ず存在する。
その目的が、必ずソウカイ・シンジケートへの災いとなって……ゴンベモンもそれを危惧すればこそ……ゴンベモン、しかしそもそも、あいつは誰だ?少なくとも「シックスゲイツの六人」の一人でなければ、ダークニンジャの所在情報など……。
ニンジャスレイヤーのせいで「シックスゲイツの六人」は入れ替わりが早すぎる……誰だ……いや、とにかくダークニンジャを……今はダークニンジャ……こいつが災いを……災い……?根拠は何だ?
致命傷を受けたオブリヴィオンの思考は混濁する。根拠は……とにかくダークニンジャを殺せ……ダークニンジャを道づれに!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」オブリヴィオンはダークニンジャの頭を掴んだ左手に力を込めようとする。力がこもらない?
「グ、グワ……?」オブリヴィオンは己の左腕の肘骨が、腕を突き破って飛び出している事に気づいた。今か?ダークニンジャが裏拳でオブリヴィオンの左腕を破壊したのか?
左手がダークニンジャの顔から外れ、垂れ下がった。ナムサン!では肩を掴む右手に力を!「イヤーッ!」「イヤーッ!」力がこもらない!
オブリヴィオンの右手がダークニンジャの肩を離れ、だらりと垂れ下がった。今や右腕の肘骨も左腕同様に、腕を突き破って飛び出している。裏拳でオブリヴィオンの左腕を破壊したのち、ダークニンジャはその手で右腕をパンチし、同様に破壊したのだ。
「グワ……」もはやオブリヴィオンの目はなかば暗闇であった。自由になったダークニンジャがオブリヴィオンの額を指で押した。もはや抗う力など無く、そのわずかな力によってオブリヴィオンは仰向けに倒れ、死んだ。
「アカチャン。ソダッテ。アカチャン。」電子広告音声が水面を波立たせる。ホロヨイ・サラリマンが運河へ嘔吐する横を、ダークニンジャは無造作に通り過ぎる。
彼がゆく路地の空は淫靡なネオン看板が醜く切り取っている。「マイコ」「今日は二倍量。」「高くはないし、色気」「ヨイデワ・ナイカ・パッション重点」。月は無い。重金属酸性雨こそ降らないが、夜空を覆う雲は厚い。
淫靡なマイコセンターの建ち並ぶ中を歩み進んだダークニンジャは、やや広く開けた運河に出た。飛び来たったバイオ鴨の群れがジャブジャブと音を立てて着水する。道に横付けして停止する屋形船のひとつを彼は迷いなく選び取り、音もなく跳び乗ると、ショウジ戸を引き開けた。
「ドーモ。はじめましてダークニンジャです」茶の間の奥で正座するニンジャへ、ダークニンジャはアイサツした。「……しくじったか」正座ニンジャはシツレイにもアイサツを返さず、毒づいた。
「チャでもいかがですか」正座ニンジャはチャブダイの上のキュウスと、アサガオ柄の電気保温ポットを指差した。「オハギもあるしヤツハシもあります」
「……お前は誰だ」ダークニンジャは戸口で立ったまま問いかけた。正座ニンジャははぐらかした。「こうも容易に私を見つけられてしまうとは、お手上げです。拷問に折れるとは、あの方々もなんとも情けない限りだ」
「オブリヴィオン=サンとナインフィンガー=サンは戦って死んでいった。二人の足跡のニンジャソウルの痕跡をトレスしただけのこと」ダークニンジャは無感情に答えた。正座ニンジャが笑う。「ホホホ……さすがはダークニンジャ=サン、一筋縄では行かないことだ……」
正座ニンジャは哄笑した。「ホホホ!ホホホ!」その笑いがどんどん大げさになり、肩を震わせ、やがて不自然なほどの痙攣となった。ダークニンジャは目を細め、一瞬の判断でショウジ戸を突き破って船外へ跳び出す。正座ニンジャが電子音めいてディストーションのかかった声で叫んだ。「サヨナラ!」
ナムアミダブツ!自爆である!屋形船は正座ニンジャの巨大な爆発に飲み込まれた!
「アイエエエエ!」運河に面したマイコセンター「ドスエ」から、爆発に驚いたホロヨイ・サラリマン数人と半裸のマイコ、店員が飛び出し、路地裏へ逃げ去った。爆炎が吹き去り、片膝をついて着地したダークニンジャは、埃を払って立ち上がった。
ごうごうと燃え盛る屋形船が、暗い水面を不吉なオレンジに照らす。ダークニンジャは別の気配を感じ取り、そちらへ向き直った。「ドーモ。ダークニンジャ=サン」
路地裏から現れアイサツしたのは、8フィートはあろうかという巨躯のニンジャである。ニンジャ装束には毛筆体のカタカナで「カメ」と描かれ、頭部はシシマイめいた巨大なマスクで覆われている。「マスター・トータスです、ダークニンジャ=サン」
「……ドーモ、マスター・トータス=サン。ダークニンジャです」ダークニンジャは隙の無いアイサツを返した。マスター・トータスは右手に持った紫色のフロシキ包みを差し出した。「ご無事でなによりでした。ダークニンジャ=サン。無駄足になるところでした」
「……」ダークニンジャはマスター・トータスを睨んだ。マスター・トータスは電子的に増幅された不気味な音声で説明した。「ベッピンです。刀身と、柄。現場から回収しました。これはあなたのものです」
ダークニンジャは油断なく、差し出されたフロシキ包みを受け取った。その場でフロシキを取り払うと、言葉通り、折れたるベッピンの柄と刀身が現れた。刀身に平安時代の文字で刻み込まれた禍々しいハイクは他と間違えようが無い。「……ドーモ」
「サンダーフォージ=サンを探しなさい。ダークニンジャ=サン。彼ならばベッピンを鍛え直すことができましょう。そこらの刀鍛冶ではいけませんぞ、災いが来たります」「サンダーフォージ?聞いたことの無い刀鍛冶だが」ダークニンジャが眉根を寄せる。
「じきにわかります」マスター・トータスはそれだけ言い残すと「では、また!オタッシャデー!」信じ難いニンジャ跳躍力で垂直にジャンプ。マイコセンター「ドスエ」の瓦屋根の上に飛び移り、さらに跳躍、夜の闇に消えて行った。
ダークニンジャは折れたるベッピンを丁寧にフロシキで包み直し、自分の体にタスキがけに結んだ。燃え盛る屋形船は火の粉を曇り夜空に吹き上げている。
遠くからノビドメ・シェード消防隊が打ち鳴らすファイヤーベルと、「火の用心!火の用心!」という警告音が聞こえてくる。ダークニンジャは素早く身を翻し、路地裏の影へ走り去った。
「火の用心!火の用心!」けたたましい警告音声は、今宵、闇の中で人知れず死んでいったニンジャ達へのネンブツめいて、鳴り響いていた。
【コンスピーラシィ・アポン・ザ・ブロークン・ブレイド】終わり
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