S4第3話【マスター・オブ・パペッツ】#4
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明け方のネオサイタマ、ピザタキの窓の外、キタノの薄汚れたストリートでは、よく肥ったバイオドブネズミが投棄ゴミに群がり、それらを狙うバイオスズメが電線に群がって、チュンチュンと鳴き声を発していた。店内においては酒気を帯びた重だるい空気の中、床やテーブルで寝る客の寝息とイビキだ。
「グオゴゴゴ、ガオゴゴゴ」ウシミツ・アワー頃に入ってきたシスターD3のイビキと、基板屋のピョンヤマの歯軋りがミニマルなビートを形成し、「だからアタシは言ったんだよ……」レッドハッグの寝言が真に迫るなか、マークスリーは埃の舞う店内で頭を動かした。そしてハッと息を呑んだ。
啓示的な光景であった。コトブキは窓際の安楽椅子に座り、手を組んで、穏やかに眠っている。斜めに差し込む光が彼女の輪郭を柔らかく浮かび上がらせている。マークスリーは声にならぬ呻きをあげ、打ちのめされたように立ち尽くした。だが神秘的瞬間はすぐに終わる。彼以外に起きている者が一人いた。
ニンジャスレイヤーはカウンター席で腕組みして座り、マークスリーを見ていた。マークスリーは怯まず、睨み返した。カッ。カッ。カッ。カッ。ひととき、寝息やイビキが静まり返り、柱にかかった骨董時計の音だけが鳴っていた。互いに交わす言葉はなかった。マークスリーは埃を払い、出口に向かった。
ニンジャスレイヤーは動かず、マークスリーを目で追った。マークスリーは戸口で立ち止まり、口の端を歪めて挑戦的に微笑んだ。振り向きざまに、彼は床に叩きつけるように投げ捨てた……己の白手袋を。ニンジャスレイヤーは席を立ち、手袋を拾い上げた。マークスリーは言った。「次の相手は僕だ」
ニンジャスレイヤーの手の中で、白手袋は赤黒く燃焼し、たちまち炭化した。マークスリーは窓際で眠るコトブキを一度見た。そして、ベルを鳴らさぬよう、奥ゆかしくゆっくりとドアを開け、しめやかに出て行った。
◆◆◆
高級住宅街タケミチノウエ・ディストリクトの植樹された坂がちな石畳を入っていった先に、カタナ・オブ・リバプールの所有するカテドラル・データセンターはひっそりと佇む。入り口にはカタナ社の武装社員が二人組でプラズマ銃剣を構え、警備にあたっていた。彼らはマークスリーを見咎めた。
「キミ、どこの……」「ア……」警備員はマークスリーの美しい顔を見てまず顔を赤らめ、それから、網膜ディスプレイに表示された「不可侵」「シャナイ」という畏れ多き文言に怯んだ。マークスリーは彼らに冷たい一瞥をくれ、門扉を通過した。石造りの建築物は英国からそのまま輸送した物だ。
荘厳で奥ゆかしい外観を持つカテドラルは、実際カタナ社のハイテクノロジーを内包しており、その名の通りデータセンターとしても役立てられていた。礼拝堂ではステンドグラスを前に祈り続けるネオサイタマ市民が数名いた。マークスリーは彼らを流し見た後、告解室に足を踏み入れた。
四角い闇が彼を受け入れる。そしてUNIXライトの脈動がたちまち取り囲んだ。マークスリーの美しい瞳に緑の光が反射し、神秘的反響を伴う声が彼を迎えた。マークスリーのニューロンがチリチリと反応した。『変わりはなくて? マークスリー=サン』「勿体なきお心遣いを。偉大なるエリザベートCEO陛下」
電子の無限地平が広がり、そこには彼が敬愛してやまないKOLのCEO、エリザベート・バサラ陛下と、奥ゆかしく腰掛けた彼女に日傘を差す老紳士、バトラーの姿があった。そしてその横に立ち、マークスリーにいやらしく笑いかける三人目。リアルニンジャのコンサルタント。ギャラルホルンである。
マークスリーが本国に報告を行う場合、KOLとギャラルホルンは常に同時接続状態にあった。互いにマークスリーに対する排他的通信を行わず、透明性を確保する為だ。『ドーモ、マークスリー=サン。白磁めいたその美貌には一点の曇りも……ムフ……無いようで、なによりであるな』「……ドーモ」
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