【ラグナロク・オブ・ピザ・タキ】#2
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薄暗いバーガー・ショップの隅で、三人は闇に紛れるようにテーブルを囲んでいた。
「ピザタキを潰す……それが社の意向……つまりグルヤマ本部長の意向というわけだな?」
ディーン・ノミタケが電子制御された声帯でしゃべるたび、鉄仮面めいた顔面のLEDアイが点滅した。ピザスキ・エージェントのマトウとタナパシは目配せをした。二人は恐怖を覚えていた。ディーンのアトモスフィアは異様であった。だが、彼が提示した社員IDは間違いなく本物だった。
「あんたの所には、本部長の指示の話は行っていないのかね?」
タナパシは躊躇いながら尋ねた。ディーンの無感情なLEDアイに殺気がこもった。キュイイイ。指先のモーター駆動音が響いた。一瞬後にはディーンはタナパシの首を掴んで威圧していた。
「グワーッ!?」
「この俺に意見する気か」
「アイエエエ……! そんなつもりは……!」
「そ、そうとも! 我々は情報を交換して今後に備えねばならないわけで……同じ会社のサラリマンなのだから、部署違いといえど、お互いを知るべきで……!」
マトウは焦ってディーンを制止した。ディーンは手の力を緩めた。
「ゴボーッ!」
タナパシはテーブルに突っ伏し、窒息寸前状態で震えた。ディーンの冷たいLEDが彼らを見据えた。
「……いいか。俺はジゴクをくぐり抜けた。炎に焼かれ、センパイを失った。俺は復讐のために生きる影だ。ゴーストだ。そんな俺の使命を疑うというのは、最大の侮辱だ。二度と俺を侮辱するんじゃない」
「わかっている!」「も、も……もちろんだ……!」
マトウとタナパシはホールドアップして同意した。
「それで? 貴様らは、どうするつもりだ?」
「どう、とは……」
呻いたマトウを見て、ディーンは目を光らせた。タナパシが慌てて身を乗り出した。
「あ、ああ、それはな! 無論、アイデアをまとめている!」
これ以上この男の不興を買えば命に関わる、そう判断したのである。タナパシはビジネス端末を開き、モニタをディーンに見せた。
「計画としては、ピザタキを排除する地ならしと、この地区におけるピザスキのブランディング・プロモーションを同時に行う事を考えている。両面展開というわけだ」
プレゼンテーション資料映像が展開し、「圧倒的な進出」「味の効果」「テキにカツ」「ピザタキは自信を無くし店仕舞いする」などの高揚感ある文言が飛んできて固定された。
「奴らの営業は慣れないピザワゴンだ。一方で、我がピザスキは移動店舗のノウハウが完全に蓄積されており、集合知において圧倒している。つまり……」
「奴らと同じ広場に、ピザワゴンを出店するんだ!」
マトウが言葉を継いだ。
「これにより全ての客をピザスキが奪う。奴らを絶望させて力を奪い、間髪入れず、急ピッチで新規出店を進め、万にひとつの営業再開すら出来なくさせる。これこそがピザスキの志すマーケット王者の進軍といえる方策だと思わないか!?」
「フッ……」
ディーンのLEDアイが嘲笑的に明滅した。マトウとタナパシは唾を飲んだ。
「つくづく、甘い。貴様らはピザタキを侮っている」
「しかし……!」
「奴らはカタナ・オブ・リバプールによるジアゲ工作にすら屈することはなかった。それだけではない。ソウカイ・シンジケートやキモンとのコネクションもチラつかせている。裏では闇情報の取引すらも行っているのだ」
「キモン……ソウカイヤ……!?」「そんな次元の連中なのか?!」
「ゆえに徹底的に絶望させ、叩き潰す必要がある。手段を問わぬやり方でだ」
「ま……待ってくれ」
マトウが躊躇いがちに言った。
「手段を問わぬといっても、地域法をあからさまに逸脱すれば、KATANAの攻撃が我々に向かってくる。悪しざまに報道されれば株価にだって影響が出てしまうんだ!」
「そうだよ。我々はあくまでピザチェーンだから」
タナパシが和した。
「暴力的な法の逸脱というのは……その……上席の判断マターになるし……」
「……まあいい」
ディーンは立ち上がった。
「ここで押し問答をしたところで、貴様らの魂には響くまい。貴様らも一度、俺のようにジゴクを見る必要があるのだろう……」
彼は懐に手を入れた。マトウとタナパシは震え上がった。しかしディーンが懐から取り出したのは一枚の名刺であった。それをテーブルに滑らせ、言った。
「取っておけ。俺の連絡先が暗号化されている」
「ア、アイエエエ」
「まずは一度、貴様らのその甘ったるい戦術で戦ってみるがいい。それは俺自身にとっての戦闘データ収集の役にも立つ。……いいか……貴様らは必ず俺を必要とするだろう……」
電磁波を受けて、店内の照明がバチバチと音を立てて明滅した。照明が復帰すると、既にそこにディーン・ノミタケの姿はなかった。マトウとタナパシはしめやかに同時失禁していた。
◆◆◆
ダンモン・ディストリクト、「夢のあと広場」!
ハイスピードBPMのスケーターパンクがタフなラジカセから流れ、スケーターのトリック音が鳴り響くコンクリート公園に、ニット帽を目深に被ったタキは足を踏み入れ、なるべく物陰から物陰、人の集まりから人の集まりへと移動しながら、様子をうかがった。
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