【ジ・インターナショナル・ハンザイ・コンスピラシー】#6
ダッダズーバシバシ。無機質な駆動音で満たされた薄暗い部屋に、真新しい合成革と埃のにおい。UNIXデッキと無数のフェーダーが光を放つモニタ室、気絶したエンジニアと警備員が転がっている。エラボレイトは彼らを後ろ手に拘束し、転がした。口笛を吹きながら、仕掛けの開始だ。
LANケーブルを引き出し、首の後ろのソケットとデッキを繋ぐ。両目に「接続」の漢字が光ると、エラボレイトは武者震いめいて震動した。彼はニンジャであり、ハッカーである。特に、潜入工作の場面でハッキング能力を持ちながらカラテ白兵戦をこなせる存在はパラディンとも呼ばれ、希少価値を認められている。そこに彼がのし上がる道があった。
潜入において、彼は無駄な殺戮を控える。無意味だからだ。攻撃対象たるカタナ社との将来的なビズの可能性も閉ざしたくない。やり過ぎれば深淵に落ちる。それがネオサイタマの闇稼業だ。ペイルシーガルの何やら「犯罪芸術」とやらは、エラボレイトの方針と結果的に合致してもいた。
UNIXモニタではウサギのピッチャーがカエルのキャッチャーめがけ電子剛速球を投擲。ストライクすると「100%」の表示が灯り、博物館メインフレームへのアクセスが開通した。「フン……暗黒メガコーポ……巨獣は油断ならぬが……油断ならぬアマチュアといったところだ」エラボレイトは呟いた。
古代リアルニンジャの君主すらも打ち倒した今のK.O.Lには、この上ない傲慢さがある。報復の苛烈さを想像すれば、自分たちに挑める無法者など居ない、という尊大さだ。確かにロンドンは彼らの手で奪還され、その結果、古代リアルニンジャの君主、ケイムショが滅びた。彼らにはもはやインガオホーすら恣にできるという自信がある。
だが、たとえば先程の「カニ野郎」達の行動は、カタナの傲慢な確信を端的に否定している。企業の上層部はスマートに過ぎ、企業の末端には有機的な判断能力が与えられていない。能力を備えた無軌道犯罪者の無謀な心理など、予測できはしない。そこにプロのつけいる隙があるのだ。
0100101001……緑色の格子模様の地平が広がり、円柱状のサーバーが方々に隆起。遠方には銀河渦めいた密度の光源が眩しい。ここから離れたネオサイタマ中央の密集ネットワーク群の輝きだ。寒さ。頭上には静止自転する黄金立方体の圧力。エラボレイトは電子深呼吸し、座標をキャリブレートする。
己のニューロンが、博覧会のネットワークに重なり合い、染み込む感覚。快い。暗黒メガコーポにここまで大胆に仕掛ける事はそうはない。解析されれば即座に指名手配となり御用。だが今回はハンザイ・コンスピラシーの後ろ盾がある。今この瞬間の犯罪に全力を傾ける事ができる。それは危険な誘惑だ。
01001……壁を隔てたオークションハウスの俯瞰映像の小窓が、そして着席する主観視点の小窓が、コトダマ空間に浮かぶエラボレイトの眼前に開いた。前者は監視カメラのハッキング。後者は変装したペイルシーガルの通信機を通した映像だ。事前情報の見取り図が、現実の情報に上書きされてゆく。
美女に変身したペイルシーガルは、それらしく物憂い仕草で、オークションハウスの面々を流し見る。エラボレイトの網膜に、VIP達の情報が表示される。ヨロシ・サトル:ヨロシサン・インターナショナルCEO。カーク・コシカタ:コシカタ・ファブリック社筆頭。いわゆる闇カネモチとして知られる本業不明のビリオネア、ピット・ゴー。
あるいは、露出度の高いセットアップからメタリックな外皮を露出させ、能面を装着したオイランドロイド「ノー・メン」は、実際のところ、キョート共和国からリモート操作されている存在だ。キョート共和国の元老の一人、あるいはその息子であるとも。ここは相当なVIPでなければ立ち入れぬ場所だ。
ペイルシーガルの視線はその後、空中の浮遊ガラスケースの数々に向いた。至宝の数々。ゲルマン様式の鎧甲冑、古めかしいショドー、ポップな現代アートオブジェ、ゴテゴテと宝石の散りばめられたエメラルドの首飾り、ドードーの剥製、東インド会社の株券……。古今東西から集められた品々だ。
そして壇上にマークフォー。今回のオークショニア。彼の手元にはUNIX端末が置かれており、ネットワークに繋がっている。「聞こえるかペイルシーガル=サン」エラボレイトは呼びかけた。『リラックスしているぞ』美女からの応答が返った。
「フン。だろうな」エラボレイトは壇上のUNIX端末に電子マーカーを打ち込んだ。「確認だ。マークフォーの手元のデッキがわかるな。あれで出品物を管理している。お前が例のデス・ライユーのデバイスを挿すなら、一番確実なのがアレだ」『容易い』ペイルシーガルは答えた。『貴様の首尾はどうだ?』
「上々」エラボレイトはコトダマ空間で首を巡らせ、黄金立方体の光の下、緑のグリッド、幾重にも偽装された方角からこの博覧会場まで根を伸ばしてくる「侵食」を見た。コンスピラシーの根城たるハンザイVPNから引き込まれてくる触手だ。本能的に、ぞっとさせられる光景だった。それを導く轍を、エラボレイトは今、必死で構築している。
エラボレイトが仕掛けているモニタ室は、オークションハウスからさほど離れていないものの、隔たっている。デス・ライユーを正しい地点に誘導するには、現地のペイルシーガルが「物理的に」仕掛ける必要がある。とはいえ、それもこれもブギーマンとやらが出現しなければ全て無意味であり、そこにエラボレイトの懐疑が残っていた。
しかしペイルシーガルはプロフェッサーのお告げを信じて疑わない。プロフェッサーのカリスマ性が、あの油断ならぬ犯罪者をして、功名に焦らせ、危ない橋を躊躇なく渡らしめている。そしてエラボレイト自身もまた、そこにぶら下がる無謀な犯罪者ではある。エラボレイトのニューロンにさざなみが走る。スリル。危険。絶望。その先に、カネ、高揚、成功が無限に待つ。
処刑人デス・ライユーはハンザイVPNからネットワークを通じて瞬間移動を果たす。この博覧会場のように強固なネットワークセキュリティが構築されている場所に於いては侵入とソーシャルハックを絡めた攻撃で道を開く必要がある。準備は上々。後は神秘の来訪を待つだけというわけだ……!
『皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます! これより、選りすぐりの美術品を限られた皆様にのみお分けいたします!』オークションハウス壇上、オークショニアのマークフォーがハンマーを打ち鳴らした。イヨォー! 電子合いの手音声が響き、電子オコトがかき鳴らされた。
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?