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【ジ・インターナショナル・ハンザイ・コンスピラシー】#5

🔰ニンジャスレイヤーとは?  ◇これまでのニンジャスレイヤー

S5第1話【ステップス・オン・ザ・グリッチ】

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「薄い!」キモノ姿の中年男性は渋面でケモエールを飲み、呆れたように首を振った。「これでは実際、ワシのような美食家を唸らせる事はできんぞ。食事も……これは本国では新聞紙で包んで出されるようなシロモノだ。せめてアフタヌーンティーは無いのか? ナメているかね?」「貴殿」ペイルシーガルが彼に近づいた。

 やや離れた地点で、エラボレイトは味のしないバイオ鱈のフライを咀嚼しながら、骨伝導IRC越しにペイルシーガルに通信した。「そいつの名はカナスーアだ。いけ好かない文化人で、ニンジャ――フン、ここはニンジャばかりだ――戦闘能力は低い。VIPスコアもある。与し易いぞ。えり好みはできんだろ」「その通り」ペイルシーガルは通信機に囁き返し、頷いてみせた。

「アー、わかりますぞ、御仁」「ん? 何だねキミは。ワシに話しかけるアポはあるのかね?」「今の御高説を私は聞き逃しませんでした。かの地のエールを標榜するなら、上面発酵ならではの芳醇な香気を纏っていてもらわなければ。遺憾ながらケモエールはその水準に達しているとまでは言えません。パブ文化の魂がない」「それを言おうと思っていたのだよ」

 カナスーアはディスプレイ樽に手をつき、鼻を鳴らした。ペイルシーガルは彼をじっと見つめ、魅力的に独眼を細め、その手に軽く触れた。「しかしですな、企業努力というものもあります。ここは結局、本場のパブではない以上、どれだけネオサイタマ市民が親しめるかという観点もお持ちにならねば」

 カナスーアは咳払いした。「それは当然……」「いや、差し出がましい口をききました。大変なシツレイを。ブッダに講釈という言葉もありますな」ペイルシーガルは微笑んだ。カナスーアは、やや気圧されている。エラボレイトはその様子を眺め、通信機に囁く。「いいぞ。そいつはカネ次第で何でも褒める太鼓持ちで、企業のいいピエロだ。世渡りで二階への入場権まで得た」

「ンン……なにか……見過ごせぬ香りを感じた気がする」ペイルシーガルはカナスーアの眼前でエールを口に含み、言葉に重みをもたせた。「貴殿ほどの大家であれば、私よりも感じられる筈」「本当かね?」カナスーアは半信半疑めいてエールを飲んだ。ペイルシーガルは感嘆してみせた。「おお、いけますな。もっとどうぞ」「ングッ、ングッ……ハアーッ」

「よい飲みっぷりです。では私も」ペイルシーガルはカナスーアの横で自らもエールをイッキした。「ンン……喉越しで感じ取ってこその、奥深い味要素が……確かに……ケモエール……侮れんやも」「わかるかね。ワシはさっきそれを感じた。当初は侮ったが、なかなかこれは」カナスーアは差し出された二杯目をイッキした。

「素晴らしい勢いだ! エールを語るにこれほどのタツジンはない。噂に違わぬ風流ですな、カナスーア=サン」「ン? 当然だ。美食には正しきプロトコルがある。ビールはね、飲み干すのだ!」「ではさらにオカワリを」「うまいねキミ! ケモエールの社員かね?」「恐縮の至り!」「ングッ! ングッ……!」

 ――数分後、ふらつくカナスーアを支え歩くペイルシーガルを数メートル後方から追いながら、エラボレイトは舌を巻いていた。プライドの高い相手にするりと滑り込み、ペースを握ってしまう手管が実際きわめて巧みだ。

 博覧会の十字建造物は、外側を通路が囲う形となっている。その一画にトイレがある。大理石めいて奥ゆかしい化粧室。ペイルシーガルはカナスーアを連れて個室に入った。他に客の姿はない。エラボレイトは鏡に向かい、喜怒哀楽の表情筋を動かし、瞑想した。仕掛けはここからだ。ネオサイタマ。派手なビジネス、派手な危険、派手なマネー。

 やがて個室ドアが開く。入るは二人、出るのは一人といったところか。「……」「……」カナスーアは……否、ペイルシーガルは、エラボレイトに頷いて見せる。「平和な奴だ。良い夢を見るだろう」「平和で何より」「ここからは物騒になるぞ。恐らくは」「それこそ望むところだ……」彼らは化粧室を後にし……立ち止まった。廊下の壁が、モコモコと泡を噴いている。

 エラボレイトはこめかみに指を当て、サイバネ・アイのスキャニングを行う。「状態異常」「泡:酸性」「融解しています」というミンチョ文字が点滅した。壁が融けて、泡……? エラボレイトはペイルシーガルを見た。ペイルシーガルは頷き、泡から一歩離れる。警備員は居ない。二人はカラテを構えた。

「ブン……ブウン!」SPLAAASH! くぐもった唸り声とともに、泡が弾けて飛び散り、周囲の壁や床で蒸気を噴いた。壁に開いたいびつな円形の穴から進み出たのは、ナムサン! 蟹めいた甲殻ニンジャ装束で身を鎧ったニンジャである! エラボレイトの視界に「ニンジャ:ディゾルヴァー」の名が点灯!

 ディゾルヴァーは後方を振り返った。「オイ、本当に大丈夫なんだろうな!」「当然だ! 俺の計画に漏れはない」穴を乗り越え、もう一人が踏み込む。額に「幸運」と書かれたハチマキを巻いたバラクラバの男だ。「ニンジャ:サクセサー」。どちらにも「ステータス:指名手配犯」の補足が灯った。

「お前が泡で、こうやって壁を溶かす! そして俺が真空吸引器を用いて、ガラスケースの中のお宝をネコソギだ!」「見られたらどうする?」「俺等はニンジャだ。カネモチ文化かぶれ野郎どもは全員殺す、楽勝だろ」「確かにな。俺のハサミは無敵だ」泡を蹴散らし、意気込む。そしてエラボレイトらに気づいた。

 エラボレイトとペイルシーガルは電撃的に相互意思疎通した。視界内に博物館の警備員が居ない。面倒だ。否、警備員に見られ、此奴らが通報されれば最悪の事態。一般客の騒ぎに火が付けばVIPは避難、2階への侵入機会が断たれてしまう。「これだからネオサイタマは」ペイルシーガルは唸った。

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