【ジ・インターナショナル・ハンザイ・コンスピラシー】#4
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「これらのハイクは尊大なるブギーマン自身を歌っているように思えます。しかし……」
画面の中で、イイダ博士の手元が動き、ふたつの不穏なブラック・マキモノの実物を指し示した。
「ブギーマンは実際、西から東ではなく、東からやってきた形ですので、これら二つのマキモノの連歌の内容にそのまま当てはめるには違和感があります。読み直すと、ひとつめのハイクは大英帝国の継承者を自認するカタナ・オブ・リバプール社を暗示する可能性がある事に気づきます」
「二つ目のハイクの"西から東へ"は古い謎かけで、スペルのLをRに置換せよという指示です。cLoudをcRoudへと置換します。これは古語の"雲"であり、違和感があります。よって、同じ音であるcrowd「群衆」を当てはめます。カタナ社、そして群衆の集まるところ。……それは間違いなく、博覧会会場です」
ビル・モーヤマとザルニーツァの緊迫した表情に、端末モニタのバックライトが、蛍光色のディジタル輪郭を付与した。
◆◆◆
ネオサイタマの湾岸地帯、ヨコハマから臨むドリームランド埋立地の南端域に、デジマ・アイランズと呼ばれる新興埋立群島が存在する。周辺水域に高機能迫撃ブイが浮かび、オスプレイ・ツェッペリンや迎撃ドローンが24時間体制で領域警備を行うデジマへの進入路は、ただ一本の巨大橋「ブリッジ・オブ・デジマ」のみ。
落日が美しく湾岸を染め上げるなか、風を切ってブリッジを走る、白いクラシック・カーの姿あり。平たく鋭角的で、後部のテイルフィンは宇宙時代を夢見るがごときロケット尾翼めいている。電子戦争以前の名高きクルマ、カモメハヤイのハンドルを握る眼帯の男は、ハンザイ・コンスピラシーの一員だ。
彼、ペイルシーガルは、助手席に油断ならぬ「相棒」を伴っていた。これから共にアタックを仕掛ける仲間である。背中を預けられるだけの実力と、ビジネスの重大さを理解する最低限の知能、しかも緊急時には容易に切り捨てられる繋がりの薄さが必須。ネオサイタマにおける現地登用の傭兵だ。
PVCクロームコートを着たその男は、ツーブロックヘア側面に、自身のニンジャネームを剃り込んでいる。「エラボレイト」。サイバネアイの表面には01のディジタルが滝めいて流れ、デザイナーズじみて切り込まれたコートの腕部スリットからは、サイバネ置換された腕のUNIXライトがのぞく。
エラボレイトはニンジャであり……UCA出身だ。その点も重要だった。ペイルシーガルと故郷を同じくするゆえに、ものの考えの機微を擦り合わせるまでもない。そこには無形の信頼とでもいうべき素地があり、扱い易いといえた。今回のミッションはある意味、突貫工事だ。真の信頼を培う時間的余裕は、ハナから無い。
――(博覧会オープニングセレモニーへの潜入? デジマだと? フン……)彼らが顔を合わせたのは99マイルズ・ベイの廃屋だった。ブラインドの影が、対峙する彼らの姿に縞模様を刻んだ。(バカげた話だ。KOLの偏執的セキュリティを知らんのか)(……ゆえにこそ、ハンザイ・コンスピラシーは行動する)
ペイルシーガルはUNIX端末にデータを挿し込んだ。エラボレイトのサイバネアイが「解析」の漢字を灯し、口元が歪んだ。(回りくどい真似だ。正体不明のブギーマンとやらを待ち構える……その為だけに、わざわざ獅子身中へ身を投ずると?)(その通り。ゆえにこそ、これだけの報酬額を用意した)(フン……面白い)
(ブギーマンは、端的に言えば、神出鬼没の怪盗だ。だがプロフェッサー・オブ・ハンザイはその超数学的頭脳とやらで怪盗の動向を予測し、確定させた。KOLの博覧会には幾多のレリックが集められる。そこに奴は必ず現れる、と)(予想が当たらずとも、報酬の3割は頂くぞ)(構わん。必ず当たる)
(なんとも厚い信頼だな。プロフェッサーが標榜する "犯罪芸術" とやらのロマンを信奉しているのか?)(信奉ではない。プロフェッサーの言葉に興味はない。結果だ。俺はハンザイ・コンスピラシーのニンジャとして、彼の行いを見続けてきた。ロマンなど不要。奴に近づけば、カネとチカラが手に入る。それだけだ)
(それを信奉というのだ、ペイルシーガル=サン)エラボレイトは低く笑った。(まあ、いい。俺はそんなお前のおこぼれに預かり、マネーを頂く。それ以上でも以下でもない。……俺は真のプロフェッショナルだ)差し出された手を、ペイルシーガルは握った。その姿がエラボレイトの鏡写しとなった。
(成る程)エラボレイトは微かに表情を動かした。(それがお前の変身能力。ツツモタセ・ジツか)(そうだ)ペイルシーガルは頷いた。(触れた相手の姿を盗む。対象には、必要に応じ、眠るなり死ぬなりしてもらう)(……どの程度、持続する?)(俺自身の集中次第だ。自ら変身を解くか、あるいは、対象から一定の距離を離せば無効となる)
ペイルシーガルは手を離し、変身を解いた。エラボレイトは鼻を鳴らす。(随分とあけすけに手の内を明かすじゃないか?)(契約は既に成立した。今後、契約不履行は全コンスピラシーへの敵対を意味する。その行き着く先はデス・ライユーの手による処刑だ。貴様は既に選択肢を持たぬゆえ、躊躇なく教えるのだ)
――「飛んでいるな。カモメ(シーガル)が」エラボレイトが呟いた。たしかに水上にカモメの群れがわきあがっている。ペイルシーガルは「嫌いな鳥だ。虫唾が走る」と言った。「妙なアイロニーもあったものだ」と、エラボレイト。「セキュリティ・システムは鳥を撃墜せんのだな?」「鳥獣ゆえにだ。区別している」
オレンジ、赤のグラデーションが夜の青に遷移するなか、カモメハヤイは橋上の検問所に辿り着いた。一時停止。スキャナの光が車体を撫で、エラボレイトのサイバネのUNIXが明滅する。一秒の沈黙。係官が詰め所のドアを開けて出てきた。そしてマグライトを向けた。「ちょっといいですか? 貴方がた」
キュウイイイ。エラボレイトは備えた。その腕の奥で不穏な駆動音が響いた。ペイルシーガルは彼を一瞥し、そのまま係官が近づくのを待った。「確認しなければいけない事項がありまして……」「ああ」ペイルシーガルは頷いた。すると係官は身を屈め、しめやかに、手の甲を差し出した。係官の指には、蜘蛛の指輪。
ペイルシーガルは規定事実めいて、自身の指輪を見せた。係官は頷き、一歩下がった。「オタッシャデ」「オタッシャデー」ペイルシーガルはクルマを発進させる。エラボレイトは口笛を吹いた。「俺が昨晩抱いたオイランもハンザイだったか?」「そうかも知れんぞ」ペイルシーガルは真顔で答えた。
彼らの行く手に、カジノ・デジマ入口、最初の陸地のきらびやかな威容があらわれた。サーチライトじみた光が上空のスモッグに「カジノ」「王様」「貴方」などの壮麗な文字を投射し、「巨大な歓迎」というグリッターネオン看板がそびえ立つ。カモメハヤイは駐車エリアでドリフト停車し、恭しいスタッフが出迎えた。
◆◆◆
カモメが舞う空の下、デジマ群島を繋ぐ周遊屋形船は、LEDランタンが浮かぶ洋上で揺られている。ビル・モーヤマはタタミの上でスシを口にし、熱いチャを飲んだ。『ウップ! 船酔いしそうです』傍らのシリンダーが光り、ジョンの脳髄がスピーカーで発言した。『でも先日の絶体絶命に比べれば天国ですよ。我慢できます』
ビルは甲板に佇むザルニーツァを見た。彼女は上空を旋回するカモメを見上げている。ビルは立ち上がり、シリンダーを掴んで屋根の外へ出た。「故郷を思い出すかね?」「そうかも知れません。感慨はありませんが」「バイオカモメは時として凶暴だ」『どうか、僕が盗まれないようにしてくださいね』ジョンが光る。
『僕は実際、オペレーションの要であると自負しています。なにしろ博覧会場は広いですし、僕の感知能力が必要となりますよ。ブギーマンの存在をいち早く知覚できるわけですから。もしあのとき僕が死んでいれば、作戦進行上、かなり問題があった筈です』「心配せずとも、君は必要だ」ビルはジョンを黙らせた。
屋形船はゆっくりと、だが着実に、目指す島へ近づきつつあった。マジェスティック・エキジビションの会場となるハクラン・アイランドへ。KOL社は今回の「戦勝記念博覧会」開催の為に、わざわざ人工島をひとつ作り上げてしまった。「何かといえば威信を持ち出す。実にカタナ的だ」ビルは呟いた。
「知っての通り、KOL社は先日、ロンドンを "ケイムショ" の手から奪還した。リアルニンジャとの戦争に勝利し、死都を蘇らせる。その悲願達成をネオサイタマにおいても大々的に行い、企業の力を誇示する狙いだ。そのために、この地へ大英博物館所蔵の至宝を運び込んでいる。博物館の品々を自由に出来るようになったのも、ロンドン奪還が為されたからだ」『非常にマジェスティックというわけですね』ジョンが感嘆した。
「KOLはオムラ・エンパイアと並び、国家崩壊後のネオサイタマ分割統治に特に積極的なメガコーポだった。かつてそれが御破算となって以来、忸怩たる思いを抱えて来た筈。お膝元たるロンドンの問題が解消された今、あの手この手で、ネオサイタマにおける更なる影響力拡大を画策してくるだろう」
「それゆえの……」ザルニーツァは進行方向に浮かび上がった島影と、ライトアップされた建物を見た。いかめしい十字型建造物。中央部にはドーム屋根があり、ドームの上に……ゴウランガ……巨大なカタナのモニュメントが設置されていた。エクスカリバーを模した巨大モニュメントは無数のワイヤーで支えられている。
「あの中に、大英博物館のレリックの数々が……」ザルニーツァは眉根を寄せた。ビルは頷いた。「そうだ。それがブギーマンの欲望の向かう先だ。レリックの意味を、単なる歴史的・美術的価値の観点だけで論ずることはもはや出来ない。君たちは先日の作戦で、身を以てそれを知っただろう」
『嗚呼、とても』ジョンがシリンダーを光らせた。『とても不吉な予感がします』「その不吉の先にこそ、我らの目的達成がある」ビルは言った。「当然、KOLは我が社の行動に対して非協力的だ。だがたとえここがKOLの領域であろうとも、我々は必要に応じ、強硬策を躊躇しない」
彼の眼差しは、黒いサイバーサングラスの奥で決断的であったことだろう。「凶運の泉にダイブし、一粒の成果を持ち帰るのだ。命にかえてもな。それが我々アルカナム・エージェントに課された使命だ……!」
◆◆◆
KA-BOOOM! BOOOOM! 号砲が打ち鳴らされ、無数の花火が空を染めた。ハクラン・アイランド、マジェスティック・エキシビション! 初日たるこの夜は、特別な招待者のみが来訪を許されている。暗黒メガコーポ各社の上級サラリマン、CEO、カネモチ、IRCセレブリティ、アーティスト……!
十字形建造物の巨大な正門が音立てて開かれると、人々はクラッカーを鳴らし、拍手をし、笑いさざめいて、会場内に足を踏み入れる。出迎えるのはユニオンジャック柄の布を着た、獅子めいたバイオアニマル……ブリットケモチャンであった。「ケモエール」ブリットケモチャンは行儀よく鳴いた。
然り、まずはパブ&レストラン・ブースである。そこではケモエールがフリーで振る舞われ、フィッシュ・アンド・チップスとキドニーパイが食べ放題となっている。コンサート会場ではこの後、カタナ・オブ・リバプールが推すバンドの演奏が予定されている。最新テック展示のブースも豊富だ。
招かれたVIPたちは心得たもので、開場と同時に全速力で走ってゆくような者は皆無。そのようなことをすれば即座にムラハチとなり、IRC-SNSに醜聞があふれる。貪婪の都ネオサイタマといえど、カチグミの間では奥ゆかしさが当然のごとく求められる。そして知的なクールさが。
「フン……まったくもって、おめでたいものだ」エラボレイトはペイルシーガルと並び歩き、ゆったりと余裕ある会場内の様子を見定めてゆく。二日目以降は一般客も殺到し、こうした眺めとはゆかぬだろう。「コンサートは何が出るんだ。KOLのアピールというからには、例のロイヤルニンジャどもか?」
「当然、その線だろう」ペイルシーガルは認めた。「エリザベートCEOのお気に入りのニンジャ連中は、祖国においては大衆のカリスマとしての振る舞いも求められると聞く。ネオサイタマの連中にも大々的に打っていきたい筈だ……」「"マークフォー" だろうな」エラボレイトは言った。彼はニンジャにしてハッカー、そして情報盗賊である。彼のデータベースには、世界中の手練れたニンジャやエージェントの情報が網羅されているのだった。
二人は当然、物見遊山じみてうろついているわけではない。事前入手した会場図と、実際の展示を摺合せ、キャリブレートしていく行程が必要だ。エラボレイトの網膜にワイヤフレーム三面地図が展開し、視界と重なり合う。十字の建物に配されたフェスじみたブースの数々。行き交うVIPたち。
早速エラボレイトの一瞥が捉えたのは、エメツ反重力によって浮遊する最新型の掃除機を前に首を傾げている緑のスーツの男だ。網膜に投影されるデータが視界に重なり合う。ヨロシ・サトル。ヨロシサン・インターナショナルのCEO。ニンジャであり、高い戦闘能力を持つ。傍らには秘書。ナイン・トオヤマ。推定年収がカウンターじみて躍る。さらに護衛ニンジャの姿。
KOL社による先端エメツ反重力テックの誇示は、浮遊する反重力掃除機のような超高額の趣味的製品ばかりではない。最新型のハコブ級反重力キャリアーVTOLのような巨大なプロダクトも誇らしく展示されている。油断なくそれらを一瞥し、通り過ぎたのは、ソウカイ・シンジケートの当主、ラオモト・チバその人である。
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