【ネヴァーダイズ 2:アイスエイジ・ステイシス】
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上記の書籍に収録されています。現在第2部のコミカライズがチャンピオンRED誌上で行われています。
第3部最終章「ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ」より
【2:アイスエイジ・ステイシス】
冬のネオサイタマは灰色に沈み、重金属の粒子を含む雪が風に舞う。ネオンサイン広告看板はそれでも昼夜を問わず蛍光色のライトを明滅させ続けるが、それがかえって霊的な景観を助長することになった。ピンクに光る「プーレク宿原」の看板を掲げたカワイイ・カフェ。オープンテラスは当然稼働せず。
「ネオサイタマ・カワイイ・ウェザー!」店内TVに映るのは、楽しげなBGMを伴うオイラン天気予報。「雪雲くんは、今日はどれくらいネオサイタマを覆うかな?」「ぼくはたっぷり雪を降らせちゃうよォ……」戯画化された雪雲キャラクターが憂鬱そうに表情を曇らせた。「通勤は問題無し。ガンバロ!」
「今朝の映像」というテロップとともに、地下鉄へ向かう路上で氷に滑って転倒するサラリマン達がフォーカスされる。「ネオサイタマ市民は雪に慣れていません。油断せず、スノーシューズ等で備えてくださいね」「観光どころじゃないな」店内、テーブルで向かい合う男と女。「これが冬のネオサイタマか」
「わかってて聞いてンの?」男を睨んだ女は、特異な外見の持ち主だ。短く刈ったアシンメトリーの赤い髪。永久脱毛した眉のかわりにイバラのようなタトゥー。「地獄お」のマフラー。男はややたじろぎ、「いや、まさか……」「じゃあさっきからニュースの音は聞いてないのか?記録的寒波!記録的寒波!」
「温度というか、冬の装い全体の……」「いいや、観光どころじゃないって言ってた。嫌味で言ったんだね。わかる」男は救いを求めるようにカウンター方向を見た。男とそっくりな顔のもう一人の客が、トレーに人数分のコブチャとスシ・クレープを乗せてテーブルに向かって来る。「それぐらいにしておけ」
「ンン」女は椅子にもたれ、伸びをした。赤い髪を火花のような微細な熱の波が走った。そのさまを目に止めたのはニンジャ動体視力の持ち主だけだ。店内にニンジャは、この二人の非常によく似た男と、この女。彼らはそれ以上の無駄口は叩かず、黙々とスシ・クレープを口に運ぶ。
「約束の時間まで、あと5分」クレープを食べ終えると、トレーを持ってきた男が時計を確認した。「とっとと済ませて……」女は呟いた。「……まあ、その後やる事もないけどさ……どこのライブハウスが営業してるのかも、全然わかりゃしないし……そもそも、どうせむちゃくちゃ面倒だし」
「あれ、どう思った」男の一方がもう一方に問うた。問われた方は肩をすくめてみせた。「尋常じゃないって事だけは」「マジで?それだけ?」女が片眉をあげた。男は言い直した。「いや。そうだな……ポータルで繋いだ通路と特徴が似ているのは確かだ」「どうにか出来そうか?」「試す他ない」
「そう何度もやれそうにない」一方が呟いた。「この天候で、路上をうろつく人間は通勤時間を除くとほぼ無し。それなのに例のハイデッカーの巡回は偏執的だな……まるで戒厳令だ。誰何されればただでは済むまい」「ぶっつけ本番ね」女は言った。「アタシだってこんなクソ寒い中でダラダラしたくない」
「詳しい流れは彼らともう一度打ち合わせる必要があるが……」店員が口を開けてテレビを見ている事を確認した後、一方は机の上で両手を近づけた。手の平の間の空気がジワリと歪み、超自然の小さな靄が生じた。もう一方も合わせるように手をかざした。靄の境目が0と1のノイズを伴って震動し、波打つ。
ポータルは二重になることでくっきりと安定し、謎めいた暗黒に繋がる奇妙な穴を虚空に固定した。「何度か試して、コツは掴んだ。あとは、これであの『壁』に風穴が穿てるかどうかというところだ。彼が言っているのだから、恐らく可能なのだろう……」「言っている、ッてのも伝聞ね」女は眉をしかめた。
「気に入らない事ばっかだ。後何分だよ?」女は虚空に固定された小さな穴にクレープをちぎって投げ入れながら、不服げだ。双子は同時に時計を見、同時に呟いた。「「待とう」」「アーッ!」女は衝動的にクレープを穴に投げ捨てた。「それイラつく!」「ワザとじゃない」「その通り……」ドアが開いた。
「イラッシャ……」店員がアイサツしかけて息を呑む。双子はポータルをかき消した。白い制服を着たサイバーサングラスの男達がドカドカと入店した。「お、おつとめご苦労様で」店員がひきつった笑顔を浮かべた。男達は店員を無視し、テーブルの三人を無表情に見た。「市「イヤーッ!」KABOOOM!
「「「グワーッ!」」」ハイデッカー隊員の制服が突如炎を発した。彼らは怯み、燃えながら叫んだ。女の赤い髪に炎が波打つ。かざした両手に力を込める。「イヤーッ!」KABOOOM!炎が爆ぜる!「ちッくしょう!時間を守らない奴らが悪りィんだぞ!」「クソッ!」双子も椅子を蹴り、立ち上がった。
「ア、アッコラー市民!」「スッゾ市民!」生き残ったハイデッカー隊員は果敢に三人を銃撃する。「イヤーッ!」女は両手で振り払うような仕草をし、胸を反らせた。銃弾は三人に届く寸前で赤く燃え、散った。「イヤーッ!」燃え残った隊員の一人が制服を脱ぎ捨てる。現れたのは装束姿の男。ニンジャだ!
「早速、反秩序ニンジャ存在を発見」ニンジャは喉を鳴らして笑った。「流石アルゴスネットといったところだな。ドーモ。ウェアジャッカルです」オジギを繰り出す。頭を上げた時には、その顔は人のそれではなく、その名の通りジャッカルめいた怪物であった。女は舌打ちした。「ドーモ。イグナイトです」
「ドーモ。アンバサダーです」双子の一方がアイサツし、もう一方が続けた。「ドーモ。ディプロマットです」KRAAAASH!彼らの背後、カフェのウインドウを破砕し、強引に更なるニンジャがエントリーしてきた。天井をつく偉丈夫で、鬣めいた長髪を振り乱す。「ドーモ。ゴールドライオンです!」
「アババーッ!?」カウンターの奥に隠れていた店員は恐る恐る騒ぎを垣間見、計五人のニンジャの力の緊迫を目の当たりにした事で急性NRSを発症。嘔吐失禁して床に転がった。「イヤーッ!」イグナイトが炎をさらに浴びせる。「「グワーッ!」」ハイデッカー隊員は焼死!ウェアジャッカルは床を蹴る!
「イヤーッ!」ウェアジャッカルのジャッカル・カラテがイグナイトを襲う!「イヤーッ!」イグナイトは眼前の空間に炎を噴出させて迎え撃とうとするが、チョップの到達が一瞬速い。「グワーッ!」ウェアジャッカルは床に叩き伏せられたイグナイトへの追撃を敢えて止め、飛び下がった。警戒の為だ。
「チィーッ」アンバサダーは両手をかざしながら眉をしかめた。生じかかったポータルが歪んで消えた。「何らかのジツがある!やはりな」ウェアジャッカルは舌なめずりした。「注意せよゴールドライオン=サン!」「ハッ!ジツ頼りか」ゴールドライオンは丸太めいた腕を振り上げた。「カラテを受けよ!」
その眼前に炎の輪が閃き、イグナイトが出現した。ゴールドライオンは目を見開いた。「イヤーッ!」イグナイトはゴールドライオンの厳つい鼻面にジャンプパンチを叩き込んだ。その肘からはジェットめいて炎が噴出し、拳速を高めている!「グワーッ!」ゴールドライオンが壁に叩きつけられる!
「おのれ!」ゴールドライオンは四角い顔に怒りを滾らせて牙を剥き出し、両手の鋭利な爪を打ち鳴らした。彼女はビッグニンジャ・クランのニンジャソウルを宿した冷酷な戦士であり、なおかつ何らかの剣呑なサイバネ手術で戦闘力を強化している。「イヤーッ!」イグナイトは反動で後ろに宙返りを打つ。
「イヤーッ!」ディプロマットがイグナイトに手をかざすと、彼女は円い穴に飲み込まれた。「イヤーッ!」一方、アンバサダーはウェアジャッカルに両手のひらを向けている。カラテ警戒するウェアジャッカルの斜め後方に開いた円い穴から、イグナイトが飛び出し、とび蹴りを見舞った。「イヤーッ!」
「グワーッ!?」真後ろから蹴られたウェアジャッカルは前へ倒れこむ。アンバサダーは彼の装束を掴み、背負って投げた。「グワーッ!」ゴールドライオンがウェアジャッカルを受け止める。「コシャクな!」「カラテ、どうだよ?」イグナイトが不敵に笑う。その横を双子が走りぬけ、店外へ飛び出す。
「チィーッ」ゴールドライオンがウェアジャッカルを叩きつける。ウェアジャッカルは受け身前転し、双子を追って店外に走り出るイグナイトを追った。「イヤーッ!」ゴールドライオンは割れていない窓ガラスを叩き割り、彼らを追って出た。カウンターの奥では店員が失禁しながら痙攣していた。
「鬼ごっこもよかろう!」走りながらウェアジャッカルは笑った。網膜にアルゴスからの提供情報が映るが、この状況であれば彼自身のニンジャ嗅覚に頼るのが手っ取り早い。彼の走法はやがてジャッカルめいた4足歩行形態を取る。「ヒヒヒハハハハ!」涎を撒き散らし、彼は凍てつくアスファルトを蹴った。
雪降るAMのネオサイタマで物騒な狩猟が始まった!「イヤーッ!」イグナイトは回転ジャンプを繰り出し、路上駐車されて凍てついたクルマのボンネットに拳を打ち下ろした。殴りつけた場所から車体全体に火が走り、燃料タンクが爆発した。KABOOOM!後方に爆発を残し、三人は駆ける!
「ああもう!寒い中はさァ、疲れンだよ!」走りながらイグナイトは毒づいた。「どっかショートカットで飛べねェの?」「見ての通り、入り口と出口が一緒だ」併走するアンバサダーがディプロマットを示した。「わかってるッつうの!」走りながら、イグナイトは駐車車両を爆発させてゆく。KABOOM!
爆発するクルマがせめてもの足止めとなる事を期待しての行動だが、気休めに過ぎないことは承知のうえだ。「行き先ワカル?」イグナイトは尋ねた。「念の為、第三候補まで集合ポイントを設定してある」とアンバサダー。「合流しよう」「ヤモトちゃんが居りゃ、だいぶ楽になる」イグナイトは呟いた。
一方、そのヤモトが彼らと合流できなかったのは、まさにこのアマクダリ・セクトが理由だ。プーレク宿原に道一つ挟んだ地点で彼女とフィルギアはセクトの尖兵に行く手を阻まれた。ゴールドライオンとウェアジャッカルは数名を率いて店へ向かい、残るハイデッカーと共にチリングブレードが襲いかかった。
「何を企んでおるか知らぬが!」走りながらチリングブレードは頭上で氷の大剣を振り回した。「このアマクダリ秩序下のネオサイタマで貴様ら胡乱者が目的を達成できる事など何ひとつも無し!クレープ一つも無しという事。俺のコリ・ケンも女王の祝福を得ていよいよ極まる切れ味、試し切り待ったなし!」
「イヤーッ!」ヤモトはオリガミを飛ばし、チリングブレードに叩きつける。「イヤーッ!」チリングブレードは難なくそれをはたき落とす。「見える見える!俺のイクサの経験が、お前の苦境を伝えてくるぞ。舐めて味わうが如く詳細に!忌々しいオリガミの残弾は少なかろう。満足に補給出来ておらぬ筈!」
「スッゾオラー!」「イヤーッ!」銃撃をカタナで防ぎながら、ヤモトは走り出す。「あいつ、うるッさい……イヒヒヒ」足元でコヨーテのフィルギア。前方に別れ道。下り坂と上り坂だ。「君は下。俺は上といこうか……不本意だけど、しばしの別れだね。第二ポイントで落ち合うって事で」「わかった!」
「動物を追え!」「「「ヨロコンデー!」」」ハイデッカー集団は走ってきた装甲車に飛び乗り、坂を下る。一方でチリングブレードはヤモトを執拗に追った。「……」彼らの追跡劇をハイウェイからトレースしていたアマクダリニンジャが、タクティカルゴーグルを下ろし、部下を振り返って片手を上げた。
その名はブラックダート。黒い忍者装束に刻み込まれたUNIX紋様が光を放つさまは呪術的だ。フイイイ……フイフイイイ……彼の指示下、黒いエアロバイク達が一斉にアスファルトから数インチ浮上する。「狩る」ブラックダートのフルメンポがUNIX光を放つ。彼と彼に従う乗り手達が一斉に発進した。
「反天下分子」「追跡者」「区域」「寿司量」等のHUD漢字がブラックダートの網膜フィルムに浮かんで消える。最適のルートがハイウェイ上に緑の線でARガイド表示される。乗り手達は冷徹な隊列を維持する。彼らのエアロバイク「サヨナキドリ」は旧時代オーバーテックの残滓から構築された試作機だ。
アマクダリのニンジャたちはアルゴスのネットワークによって大なり小なりニューロンをリンクし、迅速な情報共有を行う。ブラックダート隊は特にそれが深い。速度が上がる程に彼らの走行音は呻くユーレイの行列めいて鳴り響き、耳にした者達の身をすくませ、消しがたいトラウマを刻みつけるのであった。
ネオサイタマ全域の監視カメラ映像情報が割り出した二人の正体は、ニチョーム・ヨージンボーのヤモト・コキと、サークル・シマナガシのフィルギアだ。前者はイアイのカラテに長け、ヤクザ・クランにカチコミをかけて壊滅させた事もある。後者は変身能力を持つ。単独行動の痕跡も幾つか残している。
彼らは隔【天下検閲】象で現在アクセス不能となっているニチョームの住人であり、【天下検閲】【天下検閲】の詳細なレポートを得るため、可能であれば身柄の確保が必要となる。彼らが秘密裏に合流せんとした三名もまたニンジャだ。イグナイト、アンバサダーはザイバツのニンジャとして記録されている。
ライブラリを遡及すると、イグナイトとアンバサダーは10月10日以降にネオサイタマへ入り込んだようだ。その後、もう一名……アイサツ情報からライブラリが更新される……ディプロマットの姿がネオサイタマに確認されたのはつい最近の事。アルゴスの推察によれば三名と二名は以前に一度接触済。
おそらくはアンバサダーとフィルギアが直接の会話をかわした。彼らは天下網の監視を避け、非ネット手段でコミュニケートしたのだ。アンバサダーはその後ディプロマットを呼び寄せた。アンバサダーのもちいるジツは【天下検閲】しており、ニチョームの【天下検閲】【天下検閲】能性が高い。
乗り手をふた手に分けるか?ブラックダートは沈思黙考する。彼が率いる乗り手達は全員が論理ニンジャソウルを憑依させたペイガンであり、性能はニンジャのそれだ。クローンヤクザとは比べるべくもない。アンバサダーらに関してはもう少し戦闘データを採取したいところだ。ゲートまであと2キロ。
◆◆◆
雪が届かぬとはいえ、アーケード街の人通りもまばらだ。ブンブンブンズー……ブンブンブンズー……「崑」と書かれたショドーを垂らしたスピーカー一体型違法移動式DJブースが鳴らす違法ビートに乗せ、神がかり男はマイクに叫んだ。「ディジタル風の声を聞け!」市民は横目で見ながら歩き過ぎる。
「よいか!時来たれり!カルティストの神聖冒涜!天から睥睨する黄金を軽視すべからず。これはケオスの先触れ、望ましき前進か?……否!騙されるなかれ!これは一時的な揺り戻しだ。門は開かれた。刈り取るために開いたのだ!神聖冒涜!最後には永遠の停滞……スイスチーズ停滞世界インシデントが!」
「ヤバイぜ」「イッテルヨ」若者達は囁いた。「あッぶないヨね」然り、二重の意味で危険である。説法者のニューロンは恐らく重度のネットワーク汚染を受けて現実とモニタ内の区別を失っている。何をするかわからない。もう一つの危険は、ハイデッカーだ。巻き添え逮捕を避け、若者達は足早に通過する。
しかし一人、ブースの前で足を止め聞き入る中年男性がいる。買い物袋を両手に下げ、薄汚れたマフラーを幾重にも巻いた痩せた男は、訝しげに眉根を寄せながら、時に頷き、ときに視線を彷徨わせ、説法の内容を真剣に検討しているようだった。オーディエンスの存在が説法者をより饒舌にした。
「門はじきに閉じられるのだ!なぜわからぬ!」「磁気嵐が消え、コトダマ空間が、エテルが近くなった」中年男性は呟いた。「これは一時的なものだと?」「……」説法者は目を見開き中年男性を見た。彼はブース越しに指差した。「聖痕をお持ちだ!」ウミノの胸元の「禅」の漢字刺青を。
「アイエエエ!」ウミノは拷問の記憶をフラッシュバックさせ、買い物袋を取り落として後ずさった。それから周囲を見渡し、再度の悲鳴を上げた。「アイエエエエ!」今度は過去ではなく現実の脅威に対する恐怖だった。「ザッケンナコラー市民!」「ザッケンナコラー違法音楽!」「スッゾ無届説法!」
数名のハイデッカーがたちまち現れ、説法者を棒で殴りつけた。「アイエエエ!」「連行!」説法者の腕に電子手錠!「アイエエエ!」「私は関係ない……」「署でしっかりご主張いただければ権利は保障されます。ご協力ありがとうございます」「アイエエエ!」周囲の市民も巻き添えだ!ウミノは退避!
ウミノのジツはそれなりに強力であり、ハイデッカーの追求を逃れることができる。それでも今の行動は危険であり、ウカツであった。買い出しを済ませたら、隠れ場所へ注意深く帰還するべきだった。彼はやや反省しながら路地のより深い奥へ身を潜める。市民達は連行される者達を遠巻きに見つめる。
「やめてくれ!」「私は違う……」「ケオス!」乗り付けた護送バンに押し込まれる者たちを、市民は足を止めて見守った。ハイデッカー隊員が咎めるように振り返った。「……」市民はそれでも、その場を離れない。秩序遂行者たちを、じっと見ている。彼らは従順であったが、無言でじっと見つめていた。
「終了です。ご協力ありがとうございます。気をつけてご通行ください」ハイデッカー隊員がやや声のトーンを高めると、市民達はゆっくりと歩き出した。隊員は護送バンに乗り込み、エンジンをかけた。走りだそうとしたその時、アーケード天蓋を突き破り、炎の尾を引きながら女のニンジャが落ちてきた。
「クッソ!」イグナイトは毒づき、アーケードの穴を見上げる。「早く来いッてのに……」埃を払い、クルマを見る。「ア?ハイデッカー?」「ザッケンナコラー市民!」「スッゾオラー市民!」護送バンから再びハイデッカー隊員が降りてきた。「騒乱罪!」「イヤーッ!」「アバーッ!」一人が火ダルマ!
「いつもいつも邪魔ッくせえんだよ!」イグナイトは吠えた。「もう何十秒か遊んでいいみたいだしさァ」「スッゾオラー市民!」ハイデッカー隊員BとCが鎮圧銃を構える。「イヤーッ!」KABOOOM!「「アバーッ!」」カトン・ジツで生じた炎が腕ごと銃を破裂させた!
「イヤーッ!」イグナイトはそのまま車体に燃える手を突き刺し、メリメリと焼き切りながらフロントドア、リアドアを水平に裂いていった。「ザッケ……」「イヤーッ!」振りぬいた手のカトン・パンチで最後の一人を殴り飛ばすと、イグナイトは衝動のままに護送車両のバックドアのロックを焼き飛ばした。
KBAM!バックドアが開くと、市民達が怯えた目で見返した。「アンタら何やらかした?」「何も」「ハァ、やっぱり」イグナイトは外を示した。「じゃあ出なよ」市民はお互いを見た後、ぞろぞろと護送車両から這い出した。「注意せよ」説法者がイグナイトに言った。「今更何を!」彼女は鼻を鳴らした。
「イヤーッ!」遅れて更に一人、落下してきた。ディプロマットだ。「遅いンだよ!撒けてないンだぞ!」「君のようにはいかない」彼は言い、損壊車輌と焼死体を見た。「なんだ、これは」「スカッとした。それに、いいこと思いついた」「何?」「御用!御用!」応援車輌がアーケードに走りこんできた。
「騒ぎを起こせば即増援か」ディプロマットは息を吐いた。「かえって好都合」イグナイトが答えた。反対の道から、追っ手が走りこんできた。ウェアジャッカルとゴールドライオンである。ナムサン、ハイデッカー車輌とニンジャの挟み撃ちである!だがイグナイトは笑い、ハイデッカー車輌に両手を向けた。
「そっち、頼むぞ!」イグナイトは両手を炎に輝かせながらディプロマットに言った。「そう長く保たせられはしないからな」走り来るウェアジャッカルの鼻先めがけ片手を突き出す。「イヤーッ!」ウェアジャッカルの進行方向にポータルが出現!「イヤーッ!」ウェアジャッカルは横へ跳躍して回避する!
「イヤーッ!」ディプロマットは素早くポータルを閉じ、新たなポータルをウェアジャッカルの跳躍方向に出現させた。「何!?」ウェアジャッカルは予想外の速さに目を見開く。「イヤーッ!」ゴールドライオンが追いつき、空中のウェアジャッカルを蹴飛ばして強引に方向を修正した。「グワーッ!」
シャッターに叩きつけられ、ウェアジャッカルは毒づく。「乱暴者め!」「イヤーッ!」ゴールドライオンはディプロマットにボディブローを叩き込んだ。ガードは間にあったが、ボディブローは極めて重かった。「グワーッ!」身体が宙に浮く。ゴールドライオンは蹴りを放つ!「イヤーッ!」「グワーッ!」
ディプロマットは車体に叩きつけられた。「グワーッ!」「ンンーそうか。キョートか」ゴールドライオンはアルゴス情報を参照して片眉を上げ、四角い無骨な顔にせせら笑いを浮かべる。「柔らかいボディよのう」その時ハイデッカー車輌が射程範囲内に入り、イグナイトのジツが火を噴いた。「イヤーッ!」
KABOOOOM!「「「アバーッ!」」」ハイデッカー車輌のガソリンタンクにカトンが引火し、巨大な爆発を伴って鉄の塊が宙に浮いた。ディプロマットはゴールドライオンの第二撃をイグナイト側に転がって躱す。「イヤーッ!」イグナイトは護送車輌に同様にカトンを流し込んだ。KABOOOOM!
「ヌウーッ!」ゴールドライオンは炎にまかれる。彼女の身体は頑強であり、至近距離の爆発程度ではびくともしない。しかしイグナイト達は十分に時を稼いだ。二人は宙に浮いたハイデッカー車輌をスライディングでくぐった。イグナイトは振り向きざまに落下する車輌にカトンを叩き込んだ。「イヤーッ!」
KABOOM!炎で弾かれたハイデッカー車輌は炎上する護送車両に衝突し、ビリヤードめいて弾いた。「グワーッ!」ゴールドライオンは体当たりを受けて後ろへ転がった。ウェアジャッカルは飛来するゴールドライオンを躱し、走りだしたイグナイト達めがけ襲いかかった。「GRRRR!」
KABOOM!KABOOOM!熱された車体破片が四方八方へ飛び散る中、ウェアジャッカルが襲いかかる。「イヤーッ!」ディプロマットは走りながら両手をかざした。彼らの前方にポータルが出現した。「チイーッ!」ウェアジャッカルは反射的に身体にブレーキをかけた。獲物はポータルに飛び込んだ。
唖然とするウェアジャッカルの眼前でポータルはおのずから塞がり、大事故の現場めいた無人のアーケードが残された。「ウヌーッ」ゴールドライオンが苦労して起き上がり、ススを払った。「ウェアジャッカル=サン?何を呆けている。怠慢か?追え!」「奴ら自殺した」我に返り「いや、そんなワケねえ!」
「……」ゴールドライオンが腕を組み、冷たく言葉を待った。ウェアジャッカルは地団駄を踏んだ。「出したり入れたり!だからもう一匹がコソコソ隠れやがった。抜け目のない奴らだ……経験を積んでいやがる……訓練されてやがる!入り口の奴まで!閉じる前に!」「お前は支離滅裂だ。とにかく逃がした」
ゴールドライオンはアルゴスネットを参照する。「監視カメラを通してアルゴスがトレースしておる。遅かれ早かれ尻尾を掴むだろう」「そうだ」ウェアジャッカルがむっつりと頷く。「……ブラックダートどもが手柄を総取りか」「見るからに即席のジツだ。長距離移動可能な規模とは思えん。近くにおる筈」
……然り。数ブロック程度離れた地点に、ディプロマットとイグナイトは降り立った。アンバサダーは出口のポータルを閉じた。「無事か」「散々だ」ディプロマットは首を振って気絶を耐えた。イグナイトが肩を貸した。「あのゴールドライオンとかいう奴、バケモノだ。兄貴ボコられたぞ」「伝わったよ」
三人は歩き出した。「合流地点が近い。休むのは……少なくともそこで」ディプロマットは言葉を切り、激しく咳き込んだ。「畜生……」イグナイトは顔をしかめた。聞いたことのないエンジン音が高速で接近してくるのを彼女のニンジャ聴力が捉えていた。標的は自分たち以外にはあり得ない。
「しつこい奴ら!イヤーッ!」イグナイトは垂直跳躍した。炎の輪をくぐると、彼女は付近のビルディングの「女サロン」のネオン看板上に着地していた。西のハイウェイを睨むと、列をなして滑る剣呑な光が見える。微かにニンジャソウル特有のアトモスフィアを感じることができた。「乗り物かよ」
「どうするつもりだ!」下では慌ててディプロマットを支えながら、アンバサダーが問いかけた。「ンなもん、決まってンだろ!ライオン女だってじきにやって来るんだ」イグナイトは叫び返し、大通りに展開した何らかのハイデッカー検問ユニットを見た。赤灯と装甲車両。「ちょうどいいじゃん」
「何を……」「イヤーッ!」イグナイトは屋上から屋上へ跳びながら叫んだ。「足をいただくンだよ!」「そうなるか」アンバサダーは溜息をついた。他に合理的な選択肢は思いつかない。「ついて来られるか」ディプロマットは頷いた。双子は大通りに出た。道沿いのビルを燃える軌跡が先導する。
「市民。悪天候に注意。一定以上の時間を路上で費やす場合は事前の申請が必要です」「そんな事言ったって……」ハイデッカーは浮浪者を軒下から引きずり出し、網膜をスキャンした。「アイエエエ!」「温かいシェルターが用意されています」「う、嘘だ!キボ=サンが帰ってこねえ!」「スッゾ市民!」
「ちょっと横暴では?」電機店の店主が軒先に顔を出した。ハイデッカーは無機的に見返した。『ネオサイタマ全域で、外出制限が検討されています』街頭モニタからオイランキャスターが呼びかける。『すみやかに勤務先に移動してください。移動を行わず路上に待機する市民は保護される可能性があります』
「今の放送が聞こえていますね市民」「そ、その人は、私の友達ですよ」店主は浮浪者を指差した。「連れて行くのはやめてやってくださいよ。しょうがないんで、ウチの店の中に入れてあげ……」「ザッケンナコラー市民!」ハイデッカーが凄んだ。コワイ!「イレギュラー行為は非推奨オラー市民!」
「アイエエエ!」「スッゾ市民!」もう一人のハイデッカーが店主の腕を荒っぽく掴んだ。三人目のハイデッカーが巡回車輌を振り返った。「二名連行」「ハイヨロコンデー!」ナムサン!車輌のバックドアが開く!路上に設置された発光パイロンと「楽しく味方ハイデッカー」のホログラフィ電飾が虚しい。
「やめてください!」「アイエエエ!」「アンタ!」店主の妻が奥から現れた。「連れて行かないで!」ハイデッカーの無機質なサイバーサングラスが彼女を一斉に見た。「イヤーッ!」その時だ!斜め上から炎の矢めいて飛び降りたイグナイトがハイデッカーの脳天を掴み、路上に叩きつけた!「グワーッ!」
たちまちうつ伏せのハイデッカーは炎に包まれ焼死!「スッゾオラー!」「チェラッコラー!」「ザッケンナコラー!」一斉に構えるチャカ・ガンが炎を発して暴発!「「「アバーッ!」」」「イイイイイヤアーッ!」KRAASH!KABOOOM!イグナイトは軒先もろともハイデッカーを吹き飛ばした。
「アイエエエ!」火の粉に悲鳴を上げる店主と浮浪者に構わず、イグナイトはハイデッカー車輌の運転席に乗り込み、運転ハイデッカーを雪の中へ蹴りだした。「アバーッ!」運転ハイデッカーは燃えながらのたうつ!イグナイトは店内に退避する三人を見ながら車輌のエンジンをふかした。双子が追いついた。
「早く入れ!」スライドドアを引き開け、双子が滑りこむと、イグナイトはまずバックして設置されたパイロンとホログラフィ看板を薙ぎ倒し、それから発進した。「よくわかんねえけど、ザマァ見ろだ」イグナイトはカラカラと笑った。「文句あるか」「別に」アンバサダーは肩をすくめた。
「運転かわってくンない?アタシが迎撃役やる」ミラー越しにイグナイトが言った。「だいたい、バランス悪りィんだよな。カラテができるやつが一緒にいりゃあ、もっとうまくいくのにさァ」「贅沢言うな」アンバサダーが身を乗り出す。「かわる」「ヨロシク」イグナイトはドア窓からルーフによじ登った。
蛇行気味に走る車輌の上、イグナイトはルーフを踏みしめて立ち、迫ってくる光を見る。あと数秒。「寒いッつうの……」マフラーをグルグルと巻きつけると、炎がバチバチと音を立てて布の表面を走った。フイイイイ!黒いエアロバイクがみるみる接近する!「イヤーッ!」イグナイトのかざす右手が燃える!
KBAM!車輌の真後ろのアスファルトが火を噴く。エアロバイクは機敏に真横へスライドして炎を躱す。接近する黒いエアロバイクは三機!彼らは車輌に追いすがりながら、独特の無言のアイサツを繰り出す。イグナイトは眉根を寄せ、アイサツを返した。「気色悪い連中だな!ドーモ、イグナイトです」
黒いエアロバイクの乗り手達は漆黒のニンジャ・タントを構えた。一機が車輌に迫り、横腹を斬りつけた。火花が散り、鋼のスライドドアがバターめいて切り裂かれる。「イヤーッ!」イグナイトは炎を飛ばした。乗り手は急減速して炎を躱し、再加速する。紛れも無きニンジャの操車術である。
「「イヤーッ!」」その隙を突き、他の二機がイルカめいてエアロバイクごとジャンプし、車上のイグナイトへ両側から斬りつけた。「「イヤーッ!」」イグナイトは危うくブリッジ回避!「イヤーッ!」KRAASH!一機は再び車体の横腹を斬り裂いた。スライドドアが跳ね跳び、遥か後方でバウンドした。
ギャルルルル!車輌は右カーブを曲がりきれず、店舗シャッターを大きく凹ませ、擦りつけながら再び走りだした。イグナイトはルーフパネルを掴み、振り落とされぬようこらえた。「ファック!殺す気かよ!」「うるさい!」アンバサダーが叫び返した。乗り手が黒のタントを構え、再度の攻撃を仕掛ける。
「イ…」突き動作の最中で乗り手の声は断たれた。エアロバイクはコントロールを失い、キリモミ回転しながらガードレールに衝突して爆発した。腰から上が削り取られたニンジャの残骸が振り落とされ、バイクとともに爆発四散した。雪の吹き込む車内から身を乗り出したディプロマットがポータルを閉じた。
◆◆◆
フイフイフイフイ……エアロバイクは残骸を乗り越えて車輌に追いすがる。「イヤーッ!」イグナイトがカトンで攻撃する。黒い機影は造作もなく攻撃を回避した。「イヤーッ!」エアロバイクは自律走行すらも可能なのか、乗り手は跳躍してルーフ上に着地、イグナイトと向かい合った。
「イヤーッ!」イグナイトは近接カラテで迎え撃つ。乗り手はイグナイトのカトン・パンチをチョップでいなし、前蹴りを食らわせた。「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに身体を回転させ、横斬撃を仕掛けた!「イヤーッ!」アブナイ!
イグナイトはクルマの縁にしがみつき、致命的斬撃を回避した。ギャギャギャ!クルマはガードレールに車体をこすりながらカーブをまがる。イグナイトの身体が大きくブレた。「アアア畜生!」「イヤーッ!」乗り手はイグナイトの手の甲をタントで突き刺そうとする。「イヤーッ!」素早く手をずらし回避!
「イヤーッ!」さらなる突きを回避!「イヤーッ!」さらなる突きを回避!イグナイトはニンジャを見上げ、その目の空虚さにゾッとなった。壊れていて、最悪なことに、その壊れた状態がこいつらの正常なのだ。「……」イグナイトは進行方向を見やる。手をかざす。「イヤーッ!」KBAM!
縦長のネオン看板の縦書き「電話王子様」の「王子様」が焼き切れ、その穴をイグナイトは通過した。車体が看板方向へ幅寄せし、ガードレールもろとも突入した。「グワーッ!」敵ニンジャは「電話」部分に頭部を接触し、回転しながら転落した。「イヤーッ!」イグナイトはルーフ上に復帰!
彼女はルーフをコツコツと叩いた。「クソ運転バンザイ!」「うるさい」アンバサダーの叫び声が返った。ディプロマットは断続的にポータルを開閉し、エアロバイクの破壊を試みる。相手は徐々に彼のジツに対応しつつある。「クオオオー」「クオオオー」特徴的な咆哮音が交差点で合流してくる。ナムサン。
洗練された黒く鋭角的なシルエットの無人バイクが柔軟に稼働するタイヤでアスファルトを擦り、イグナイトらの車輌を追ってくる。可変型の武装二輪車ヤミヨだ。その数、四機。黒いエアロバイクのニンジャと合流を果たす。「何だよ?数が増えた!」イグナイトは叫んだ。「合流ポイント越えッちまうぞ!」
「考える」アンバサダーはガタガタとブレるハンドルと格闘した。サスペンションまわりの損傷か。第二ポイントに固執するか。それとも時間を稼ぎ、第三ポイントを目指すか?バサバサと羽音がうるさく聞こえた。ありえないほど近い。「何……」ルームミラーを見て息を呑んだ。慌てる兄と、フクロウだ。
「合流ポイント、やめ」フクロウはいきなり黒髪の痩せた男に姿を変え、シートに身をもたれさせた。「フィルギア=サンか」アンバサダーは呻いた。男はディプロマットの襟を掴んだ。「悪りィ。ちと狭いね。転げ落ちンなよ」車内には今やビュウビュウと雪が降り込んでくる。後ろを見る。「厄介だなァ」
「どうやってこのクルマを」ディプロマットは尋ねた。フィルギアは上を指差した。「空から。ドッカンドッカンやってたから、わかりやすい」BRATATATATATA!ヤミヨの機銃掃射によってバックドアのガラスが砕けた。フィルギアは後部へ滑り込み、車内の武装に手を出した。ショットガンだ。
「ウォーホー。こんな物騒なモン、LAでも触ったことない。イケるかな……」弾を込めたショットガンをポンプし、窓越しに撃つ。BLAM!最接近していたヤミヨは散弾を浴びて転倒、後方に消えていく。「ビギナーズラック!」「この後は?」アンバサダーが叫ぶ。「ヤモト=サンを拾う」とフィルギア。
「簡単なことさ。今追っかけてきてるこいつらを……ええと……」BLAM!「まあ、どうにかやり過ごしながら、ヤモト=サンをピックアップして、戦力になってもらってさ」BLAM!「勿論ヤモト=サンは別働隊の連中とやりあってるから敵も増えるが……そんでニチョームの壁まで行って、穴を開ける」
「完璧な計画だ」アンバサダーが言った。「イヒヒヒ、そうだろ?」フィルギアが歯を見せて笑った。ルーフのハッチが開き、イグナイトが車内を覗き込んだ。「あの娘、どこだ」「遠くはないよ!」BLAM!撃ちながらフィルギアは上を見る。「皆揃えばどうにかなるさ」「アンタも働け」「そりゃ勿論!」
ショットガンを撃ち尽くしたのち、フクロウが車内から再び飛び立つ。ディプロマットがジツを用いると、アスファルトに黒いポータル穴が生じ、ヤミヨの二機が立て続けに呑み込まれた。BOOM!車輌のエンジン部が火を噴く。アブナイ!「見ろ!」イグナイトが叫ぶ。別のハイデッカー検問に差し掛かる。
「備えろ!」アンバサダーは叫び、半壊の車輌を前方のハイデッカー部隊に突っ込ませた。KRAAAAASH!「「グワーッ!」」ハイデッカー隊員が吹き飛び、追走してきたヤミヨに轢かれて無惨にアスファルトの染みとなった。ナムアミダブツ!「アイエエエ!」連行されようとしていた市民が逃走!
「アッハハハ!便利な連中!」イグナイトは新たなハイデッカー車輌のルーフに飛び移った。双子もクルマを移ると、半壊の車輌は壮絶に爆発炎上し、ヤミヨ二機を巻き添えにした。「「アバーッ!」」その横を走り過ぎるエアロバイクの乗り手は死角からのフクロウの体当たりを受けて転落!「グワーッ!」
イグナイトは両手を払って「クルマ、出せ!」と叫んだ。ドルルルルル!エンジンが唸りを上げ、ハイデッカー車輌がロケットスタートした。KRAAAAASH!発進直後に急停止!「グワーッ!」イグナイトが前方に投げ出される。何が起きた?ナムサン!車体を受け止めたのはゴールドライオンだ!
「ンンンンンーッ!」縄めいた筋肉を背中から肩、腕にかけて盛り上がらせ、むなしくタイヤを回転させる車輌を押し戻しながら、ゴールドライオンはほとんど恍惚とした目で運転席のアンバサダーを睨んだ。一方、受け身を取ろうとするイグナイトを、もう一人のニンジャが襲う。ウェアジャッカルだ!
「イヤーッ!」イグナイトのカトン迎撃よりもウェジャッカルのカラテが速い!「グワーッ!」蹴りを食らって吹き飛んだイグナイトを、斜めに跳躍した四足獣が噛んで受け止め、着地した。「グワーッ!」「文句言わない」コヨーテは優しく言い残し、人間の姿に戻った。「ドーモ。フィルギアです」
「イイイイヤアーッ!」ゴールドライオンが……ナムサン……車体を持ち上げた!浮き上がる車体後部!「エッ!?オイ、マジかよ」フィルギアは度を失い、ゴールドライオンを見た。「ヤメロって!」「グワーッ!」ディプロマット、アンバサダーはすんでのところで車外へ転がり出た。ナムサン!
「イイイイヤアーッ!」ゴールドライオンはハイデッカー車輌を道路へ叩きつけた。KRAAASH!「盛り上がってきたぜ」ウェアジャッカルは唾を吐き捨て、アイサツした。「ドーモ、フィルギア=サン。ウェアジャッカルです」「ゴールドライオンです」バキバキと指関節を鳴らす。コワイ!
「自信たっぷりかい?ゴールドライオン=サン」フィルギアは数歩下がった。「ホラ、4対2だぜ。アンタらが不利……もっと楽しいことしようよ」「ハ!ハ!ハ!」ゴールドライオンは吠えるように笑った。「貴様らごとき柔肉、私一人で十匹二十匹と相手してやる」「訂正!5だ!」フィルギアは指差した。
「イヤーッ!」放物線を描く桜色のマフラーの軌跡とともに、スクーターが飛んできた。ヤモトはゴールドライオンに空中から体当たりをかけた。「ヌウーッ!」ゴールドライオンは胸板でタイヤを受けた。「イヤーッ!」ヤモトは垂直跳躍でスクーターを乗り捨て、回転しながら脳天へカタナを振り下ろした。
「ヌウーッ!」ゴールドライオンは回避不能!首を傾け、肩で受ける。筋肉が刃を半ばで止めた。ヤモトは肩を蹴って飛び離れ、サクラ・キネシスでカタナを呼び戻した。アンバサダーはゴールドライオンの足元にポータルを作り出そうとしたが、ウェアジャッカルの蹴りに阻まれた。「グワーッ!」
「ドーモ。ヤモト・コキです」カタナ「カロウシ」を構え、ヤモトはアイサツした。「あのさ、追って来てるよな」「来てる」ヤモトはフィルギアの問いかけに頷いた。「やるしかねえか」フィルギアは前傾姿勢を取った。ミシミシと音を立て、その姿が歪み始める。「出し惜しみしちゃいられねえ……!」
「イヤーッ!」ウェアジャッカルは地を蹴り、フィルギアに襲いかかった。フィルギアは青銅色の鉤爪でジャッカル・チョップを止めた。そこにもはや黒髪の痩せた男の姿はなく、梟頭の神秘的な魔人が立っていた。「イヤーッ!」逆の手のジャッカル・チョップを防御し、頭突きを叩き込んだ。「グワーッ!」
「GRRR!」ウェアジャッカルは涎を撒き散らし、フィルギアに食らいつく。フィルギアは力を込めてその顎を引き剥がすと、首を掴んで吊り上げた。「イヤーッ!」ウェアジャッカルは吊り上げられながら蹴りを繰り出し、フィルギアを攻撃する。ディプロマットが片手を翳すと、虚空にポータルが生じた。
「イヤーッ!イヤーッ!」ウェアジャッカルは次第に焦りを強め、フィルギアの脇腹に蹴りを繰り返し叩き込む。梟頭に表情は乏しい。「何されるかわかるな。数を減らしたい」「ヤメ……」「イヤーッ!」フィルギアはウェジャッカルをポータルに向かって力任せに投げつけた。「サ……」ナムアミダブツ!
一方、ゴールドライオンのビッグビーストカラテはヤモトのイアイを体格差で圧倒していた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」繰り出される拳を柄で受けると、ヤモトの小柄な身体は2メートル後ろに弾かれた。ゴールドライオンは加勢してくる梟頭のフィルギアに向き直り、前蹴りを繰り出す。「イヤーッ!」
「イヤーッ!」フィルギアは蹴りを掴み、捻るように投げた。ゴールドライオンはキリモミ回転しながら逆の足で蹴りを放ち、フィルギアの延髄を狙った。「グワーッ!」フィルギアは吹き飛ばされ、車体に叩きつけられた。ゴールドライオンは手をついて側転し、仕掛けられたポータルをも回避した。
「言った筈だ」ゴールドライオンはカラテを構え直した。「柔肉が何十匹束になろうと支障無し」ドウ!その眼前で炎が円形に爆ぜ、イグナイトが出現した。「イヤーッ!」そして腹部に拳を叩き込んだ。ゴールドライオンは腹筋で受けた。その目が見開かれた。「アバーッ!」開いた口から炎が噴出する。
「もう一発やる!」イグナイトが燃える目でゴールドライオンを睨んだ。「アタシの事、タカくくってンだろ?エエッ!」「ヌウーッ!」ゴールドライオンは鼻と口から炎を吐きながら両腕を振り上げ、手を組んだ。ハンマーめいて叩き潰そうというのだ。「グワーッ!」そこへ礫めいてオリガミが降り注いだ。
イグナイトの後ろ、ヤモトの目は桜色に燃えた。なけなしのオリガミだが、出し惜しみすれば、この眼前の敵とのイクサを損ねる。イグナイトは二発目のボディブローを叩きつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ゴールドライオンの身体は再び内側から橙色に光り、火が噴き出した。
ヤモトが走りこんだ。ゴールドライオンが繰り出した断頭チョップをイグナイトは跪いて躱す。ヤモトは跳ね、イグナイトの肩を蹴って跳んだ。ヤモトの網膜に必殺の太刀筋が焼き付く。カロウシを鞘走らせる。イアイだ!「イヤーッ!」ゴールドライオンの頭が首から離れて飛んだ。「サヨナラ!」爆発四散!
「よォし!」イグナイトは立ち上がった。「間に合った?」「勿論」イグナイトはヤモトの手を叩いた。「アタシも調子出てきたぞ。幾らでも相手してやるさ」フイイイイ……フイイイイイ……不吉なエアロバイク音と共に、敵の増援が接近してくる。「……できる範囲で」「来たな」アンバサダーが呻いた。
「来た、来た」フィルギアは力を奮い、車体にめり込んだ身体を苦心してもぎ離す。「1.2.3.4……」ノシノシと歩きながら、前方のバンクを降りてくる機影を数えていく。「……沢山」先陣を切るニンジャが片手を上げ、フィルギアらを指し示した。サヨナキドリの群れが一斉に推進剤を噴射した。
◆◆◆
視界内に標的ニンジャ達を捉えた。ブラックダートは指示を出し、乗り手達を解き放った。サヨナキドリを駆るペイガン達が煌めく推進剤を雪の中に散らし、スロープをくだってゆく。その一騎一騎がいわば、ブラックダートの投げるクナイであり、眠ることのないニンジャの狩人たちだ。
アルゴスが標的ニンジャの情報を逐次更新していく。梟頭のニンジャは完全なアルゴス・ネットワークが構築される以前のニチョーム包囲戦において数名のアマクダリ・ニンジャが遭遇し、殺害されている。あれがフィルギアの戦闘形態だが、実際データは乏しく、警戒が必要だ。
少ないながらも蓄積された情報から、あの梟頭形態を長時間続けることでフィルギアにとって何らかの無視できぬデメリットを引き出す可能性が高く、それゆえ通常時に秘されていることは間違いない。デメリットの仮説は、生命力の減衰、知性の不可逆の低下、活動限界を迎えた際の長時間の戦闘不能などだ。
ブラックダート隊の先陣が梟頭のフィルギアと接触した。ブラックダートは目を細める。無敵のニンジャなどそうそう存在しない。極限まで追い詰めればボロを出す。ペイガン達はブラック・タントで梟頭とヤモト・コキに斬りかかった。あの二名が集団の近接カラテを担う。
ヤモト・コキは先程チリングブレードと交戦し、これを退けた。チリングブレードはブラックダートと情報を共有したのち帰還、現在は応急治療を受けている。戦闘能力の低下を防ぐため、ケジメは見送られるだろう。彼は決して弱体なニンジャではないが、ヤモトの厄介さがそれを上回った。
地域の交通封鎖が完了した旨が網膜に表示された。ブラックダートはサヨナキドリを静止させ、やや高い地点から戦闘の推移を見守る。8機のブラックダート隊が標的の周囲を旋回し、執拗な攻撃をかける。フィルギアとヤモトは敵ながらよく対応している。後衛の者達も油断ならない。しかし優位は覆るまい。
彼ら反アマクダリ・ニンジャのこのささやかな動きは、【天下検閲】ニチョーム地域の勢力【天下検閲】目的としたものであろう。裏で糸をひくのは、いまだネオサイタマのどこかに潜伏を続けるフジキド・ケンジだ。彼がこのいっさいを指揮している事はほぼ間違いないが、所詮無意味な反抗に終わるだろう。
ネオサイタマ市街の電子ネットワークは既に掌握下にあり、今や物理的にも閉ざされつつある。冷気は短期間のうちに市街を封じ込め、好ましい停滞に否応なく導く。10月10日の動乱によって指導者たるべき者達を失った事で、ハイデッカーによるやや強引なシステム構築が必要となったが、市民は従順だ。
ブラックダートの脳はセクトの中でも特にアルゴスに「近い」。彼は全てに繋がっている。IRCひとつ満足に行えぬ敵とは対照的に。首を巡らし、カスミガセキ・ジグラットを、【天下検閲】ニチョームを、成田宇宙港を見た。あの日ニンジャスレイヤーが残した爪痕は想定外に深かった。だが、克服できる。
ペイガンは包囲アルゴリズムを調整。三機同時にフィルギアへ攻撃をかける。ヤモトは他の者らへの防戦で手一杯だ。フィルギアはペイガン一体の頭部を鉤爪に捕らえ、地面に叩きつけた。それと引き換えに背中を刺された。刺したペイガンは炎に呑まれ、弾け飛んだ。ブラックダートは虚ろに笑み、発進した。
膠着状態が崩れた。ブラックダート隊が圧倒的に数でまさる。フィルギアは手近のペイガンを殴りつけ、掴み、叩きつける。タントが切り裂く。ブラックダートは加速する。彼は専用の無骨なニンジャメイスを振り上げ、突進をかけた。この急襲で二人、少なくとも一人の敵ニンジャを殺すことが可能だ。
「ドーモ。ブラックダートです」ブラックダートはサヨナキドリの上に立ち、ニンジャメイスを構える。「イヤーッ!」ヤモトが斬りかかる。既にオリガミ・カラテ・ミサイルの残弾が無い事は、彼女のアルゴリズムから計測済みである。「イヤーッ!」ブラックダートはニンジャメイスをカタナに叩きつけた。
KRAASH!カタナはカラテ要素でエンハンスされており、ニンジャメイスの打撃に耐えた。ヤモトは弾かれながら身体を回し、着地点付近のペイガンに斬りつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ブラックダートは構わず、無防備状態のディプロマットに向かう。イグナイトが庇う。この者でもまずはよい。
「イヤーッ!」ペイガン二人の頭を両手に掴んだまま、フィルギアが垂直に高く跳んだ。巨大な翼を羽ばたかせ、真下めがけ急加速した。彼はアスファルトに体当たりをかけた……KRAAAASH!道路が破砕し、亀裂にそってメチャクチャな凹凸が生まれた。大規模な破壊!エアロバイクがバランスを崩す!
「イヤーッ!」ブラックダートは機上から宙返りで脱出した。フィルギアにペイガン達がタックルをかける。ブラックダートは身体を捻り、無防備状態のアンバサダーを狙った。このまま回転踵落としを脳天に叩き込み、一撃で葬る……無防備状態?『出現予兆』アルゴスが警告した。転倒車輌の影が沸騰した。
ゴアアアオオン!沸騰する影の中から確固たる質量が斜めに飛び出し、ブラックダートに体当たりを食らわせた。「グワーッ!」ブラックダートは腕からワイヤーを射出、歪んだ街路灯に巻きつけて、ガードレール上にあやうく着地した。質量の正体は黒いモーターサイクル。獣じみて唸り、後輪を滑らせる。
「アマクダリ・セクト!」車上の黒影がブラックダートを見据えた。システム・アルゴスはその者のアイサツよりも早く固体情報をブラックダートに伝えた。シャドウウィーヴ。その場の全てのニンジャのニューロンが泥めいて鈍化し、一秒はまるで一分もの長さに引き延ばされた。あらゆる出来事が起こった。
アンバサダーはジツを完成させた。彼が翳す両手の先に、強固なポータルが出現した。この乱戦下で無防備状態の危険を冒し、ジツに集中したか。ブラックダートはニンジャメイスをアンバサダーめがけ投擲した。しかしその時、道路が更に深く沈み込んだ。フィルギアが道路を再び全力で殴りつけたのだ。
衝撃が高架を伝い、崩落を始めた。回転するニンジャメイスはアンバサダーの頭上数インチを通過した。ヤモトがポータルへ飛び込み、消えた。「ここは行かせねえ」フィルギアの叫び声だった。ペイガンの叫びがそれを覆った。シャドウウィーヴがバイクをウイリーさせて跳んだ。ブラックダートも跳んだ。
ブラックダートはタントを引き抜き、空中でシャドウウィーヴの逆手クナイと切り結んだ。アルゴスの高速演算分析がブラックダートのニューロンに懸念を伝える。シャドウウィーヴの一連のピンポイント出現は的確に過ぎる……何らかの手段によって、アルゴス・ネットの焦点を……盗み見てでもいなければ!
火花がゆっくりと散る。雪まじりの風の中、ブラックダートは崩壊するアスファルトを蹴って、アンバサダーを狙う。そこへクナイが飛来し、ブラックダートの行動を阻む。「貴様の相手は俺だ」シャドウウィーヴ。イグナイトはアンバサダーの襟首を荒っぽく掴み、ともにポータルへ飛び込んだ。
「ハッハハハハハハ!」笑いながら、フィルギアは崩壊の中心で落ちていく。アスファルト塊とともに。周囲にペイガンを巻き添えにしながら。「運試しと行くぜ!ハハハハハァーッ!」ペイガンの一騎が乱戦を飛び出し、開いたままのポータルへ、一直線に飛び込んだ。
ブラックダートはクナイを躱しながら走った。滑り落ちるサヨナキドリの一機をピックアップしてまたがり、崩落するアスファルト上で急発進する。シャドウウィーヴがアイアンオトメで襲いかかる。二者は閉じゆくポータルを後に残し、ぶつかり合いながら遠ざかる。DOOOM……粉塵が雪と混じりあった。
◆◆◆
……ザザッ…ザリザリ……。スピーカーから発せられたノイズが、キリシマの目を覚まさせた。彼はちょうどコブチャを飲み終えたところだった。たいして腹も減らず喉も渇かない、虚ろな場所であったが、そうした嗜好品がほしくなる時もある。キリシマはカップを横へ置き、耳を澄ませた。……こちら……。
「来たか!」キリシマはマイクを掴んだ。「モシモシ!」『モシモシ。こちら、ヤモト』「フィルギアにかわれるか」『……今、いない』ヤモトはつらそうに言った。キリシマは察した。「一人か。それとも他に」『アンバサダー=サンとディプロマット=サンが合流した。それからイグナイト=サン』「よし」
「通信か」戸口にシルバーキーが立った。キリシマは頷いた。「真ん前だとよ。例の双子と一緒だ。ここまでは手筈通り」キリシマの緊迫した表情から、シルバーキーは何かを読み取る。マイクを借りた。「ヤモト=サン。俺が行く。準備始めてもらってくれ……」ノイズが混じり、叫び声が聞こえた。戦闘音!
「マジかよ」シルバーキーは引き続きのモニタリングをキリシマに頼み、路外へ飛び出した。ニチョームの通りは超自然の天蓋で覆われ、天の川の星々めいた密度で0と1が頭上を流れていた。やはり黄金の立方体は冷たく自転しているのだった。彼は他の者へ知らせる時間を惜しみ、単独で正門方向へ駆けた。
あの日、シルバーキーはニチョームを「切り離した」。可能な限り避けるべき最後の手段だった。ヤモトとフィルギアが外界へ残された事は大変な不本意であった。ニチョームの住人はアノヨともコトダマ空間ともつかぬ海を漂う浮島と化した。攻められる事はないが、出ることも出来ない、いわば牢獄だった。
それは到底シルバーキーの制御しきれる手段ではない……ジツともいえぬ儀式だった。僅かな時間でフィルギアにボトルシップめいて託した示唆が希望だった。フィルギアとヤモトは最大限の努力を重ねたはずだ。最終的にウミノを経て通信が確立、限られたセッションを通して、双子との合流すらも達成した。
アンバサダーとディプロマットが互いのポータル・ジツを重ねることで、オヒガンを貫く道が開く。かつてその道がシルバーキーをキョート城へ送り込んだ。今はこのニチョームを再び現世と繋げるために、彼らのジツが必要なのだ。シルバーキーは息を切らし、正門の境界を前に、磨かれた鉱石を取り出す。
シルバーキーはこめかみに指を当てた。彼の視野はニチョームの領域を超えて拡大し、ニューロンにフィードバック・ダメージをもたらす。シルバーキーはただ耐える。やがて彼はディプロマットとアンバサダーを見つけ出した。彼らは今まさにポータルを重ねようとしていた。認識が二つの地点を繋いだ。
極度に集中するシルバーキーは、物陰からじっと観察する編笠の影……フォレスト・サワタリに気づかなかった。当然、身を翻した彼の暗く据わった目を見ることもなかった。シルバーキーはフィードバックによる脳損傷、ひいては発狂の運命から逃れるべく、全ニューロンを動員して戦っていたのだから。
やがて誘導された座標に二重のポータルが穴を穿った。すなわちシルバーキーの眼前に。彼はたまらず地面に手を突いた。ポータルの向こうから、ディプロマットとアンバサダーが彼を見た。「ドーモ。オジギ省略ですまねえ。シルバーキーです。久しぶりだな」シルバーキーは言った。「いや。わからねえか」
フイイイイ!その横をすり抜け、黒いエアロバイクの影が突っ込んできた。「グワーッ!」シルバーキーはあやうく轢殺されるところを、同時に飛び込んできたヤモトのタックルに救われた。エアロバイクは困惑気味に数度ドリフトしたのち、なにか合点を得たか、一直線に走り始めた。
「イヤーッ!」続けてイグナイトが飛び込んできた。「あいつアマクダリだろ!止めねえと!」そしてシルバーキーを二度見た。「ア……」「ゲートは安定している。じきにアマクダリが来るぞ!どうする!閉じるか!」アンバサダーが叫んだ。シルバーキーは叫び返した。「とりあえず中へ来い!二人共!」
一方、ブラックダート隊のペイガンはアルゴスへのセッションリクエストを繰り返しながら、サヨナキドリを加速させる。紛れも無く、これはニチョーム。敵はこの超自然の天蓋の中に逃れ、隠れ潜んで……「アバッ!」飛来した矢が彼のこめかみを貫き、首を吹き飛ばして「墓標地」の看板に縫い止めた。
「……」弓を背負ったフォレストは無言のハンドサインを繰り出し、走りだした。彼の後に、影めいてバイオニンジャ達が付き従う。ムーヴムーヴムーヴ。彼らは閉じかかるポータルに躊躇なく飛び込み、現世へ飛び戻ってゆく。フォレストは去り際、シルバーキーに言い残した。「今の敵は殺した。餞別だ」
「待……」振り返ったシルバーキーは、元の様相を取り戻したおぼろな境界を呆然と見つめ、やがて手を下ろした。「……そんな義理もねえか……」「再び開くのは無理だぞ」アンバサダーはしゃがみこんだ。ディプロマットは仰向けに倒れ、ぜえぜえと息をしている。「少なくとも、今すぐには」
「ああ」シルバーキーは頷いた。「感謝する。あんたらが居てくれれば、こっちから出ていく事ができる」「君は」多少の余力があるアンバサダーが尋ねた。尋ねながら顔を青くした。「君は……まさか」「ウーッ」シルバーキーは唸った。「そういう事。そういう事」「ここは何だ」「アー、話せば長くなる」
「アーとかウーとか、なんだよ」イグナイトがしかめ面で促した。「ここは?アノヨ?」「その……俺も全部説明できるわけじゃねえ。俺はジュエルの力で肉体を取り戻したわけ。で、その時の力の残滓ってのか、そういうものが圧縮されて俺の中に在って。で、それを触媒に切り離しを」「100%わかった」
「フィルギア=サンが。戻れなかった。敵を引き受けて」ヤモトが言った。シルバーキーは息を吐いた。「アイツ、殺して死ぬような奴じゃねえさ。付き合いは短いけどよ」「サヴァイヴァー・ドージョーの皆は」「……奴らのイクサをやりに行ったンだろう。それしかわからねえ」彼は先に立って歩き出した。
「案内するよ。住めば都……じゃ全然ねえけどな。だからこそアンタらの力を借りるんだし」シルバーキーは言った。「状況の摺り合わせをして、作戦を立てようぜ、ヤモト=サン」「うん」「ここから出て、それからフィルギア=サンやウミノ=サンと合流して、それから……」
イグナイトが前に出、シルバーキーの横に並んだ。「何だ」シルバーキーはイグナイトを見た。「何でもない」彼女は肩をすくめた。「実物、どんなかと思ったけど、代わり映えしねえ顔だなッて」「そりゃそうさ」とシルバーキー。「元気そうで何よりだ」「クソみてえに元気」イグナイトは鼻を鳴らした。
歩きながらアンバサダーは頭上の闇を見上げ、足を止めた。ヤモトはアンバサダーを振り返り、視線を追って上を見た。彼女も同様に立ち止まった。超自然の帳の中にも、0と1のノイズ風は吹きすさぶのだった。
【2:アイスエイジ・ステイシス】終わり。3に続く
N-FILES
凍てついた暗黒管理体制下のネオサイタマに、キョートのニンジャたちが到着する。さらにヤモト、サワタリ、シルバーキーと、最終決戦の役者たちが徐々に集い、熱を帯びる……! このエピソードはシリーズ最終章のため、これまでの各部のシリーズ最終章と同様、フィリップ・N・モーゼズとブラッドレー・ボントが交互でシーンを担当するリレー執筆形式となっている。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?