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スシ・ナイト・アット・ザ・バリケード

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は、上記リンクから購入できる物理書籍/電子書籍「ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上2」で読むことができます。

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「ハッピー、マブ、ラッキーアワー。U、つきぬけろ、このネオサイタマを走るクルマ、お前の城、俺2KEWLリリックが今夜11時をお知らせ、ダイヤルを回せ、今すぐマッポー、勝ち抜け、トミクジ・サプライ、実際安い」

 カーラジオが流すノイズ混じりのトミクジ放送をBGMに、重金属雨がフロントガラスを叩くねばついた深夜のハイウェイ、仮眠を終えたカマタイ・タキオはシートで大きくのびをした。

 仮眠をとっても、己の脳に蜘蛛の巣が張ったような不快感は引かない。活力バリキ・ドリンクにも頼れない。これ以上の服用はハート・アタックを誘発するからだ。タキオは諦めたように首を振ると、マイコ・ポルノ雑誌を助手席へ投げ捨て、トラックを発進させた。

 タキオはネオサイタマと中国地方を一日に二往復する過酷な甘栗運送トラッカーである。仮眠を取るか、マイコ・ポルノ雑誌を読んでいるか、マイコ・サービスセンターでマイコとファックする時以外は、常にハイウェイを走行している。

 甘栗運送トラックの仕事は半年続けばいいほうだ。その期間、奴隷以下の過酷な労働に自らをおいて、まとまった賃金を手にして、そのカネを元手に開業するのだ。タキオもそのクチである。何しろカネを使う場所が無い、道路沿いのマイコ・サービスセンター以外には。それとて週に一度行くかどうかである。

 もう一月ほど働けば、タキオはテリヤキ・ラーメンの屋台を開業する事ができるだろう。男なら一国一城のアルジとなれ、か。それが正しいのかどうかも、もはやわからない。流されて生きるだけだ。フロントガラスに張り付く重金属雨のように。

 単調な直線を三十分ほど走行しただろうか。タキオは渋滞に出くわした。Oops。道路脇の電光掲示板に「少し事故です」と点灯している。最近多いな、ついてねえ。タキオは気を紛らわすために茶ガムを噛んだ。

 ……それから四十分は待った。渋滞はまったく動かない。おいおい、どうなってる。タキオは舌打ちした。バリキ・ドリンクの空き瓶に茶ガムを吐き捨て、車外に出た。雨は止んでいる。車列を少し歩いて進み、下り坂の前方に目を凝らす。空がオレンジに染まっている。「なんだ、ありゃ?」

「暴動だとよ!」トラックの窓から男が身を乗り出し、タキオに声をかけた。「迷惑な話だぜ!」「暴動?」「ああ、暴動だ!オムラの都市開発計画で、このへんの町をダムに沈めるんだとよ。それに反対する住人がハイウェイを封鎖した」「マジかよ?」タキオは絶望的な気分になった。

 下手をすればこのまま車中泊だろうか?スーパーバイザーのアサヒ=サンに電話しないといけない。事情が事情だけにペナルティは無いだろうが、アサヒ=サンは自分の朝食のエビに殻が残っていた事ですら嫌味の理由にできる男だった。気が重い。

「だが、もうちっとでカタがつくらしいぜ?」男が言った。「どうして?」「空の色、あれはな、燃えてるんだとよ。さっき俺も前まで行って聞いてきたんだ。なんでもオムラが鎮圧のために新兵器を投入するとさ」「新兵器ねえ。物騒だな」「物騒、物騒。オムラは恐ろしいからな。ナムアミダブツ!」

 男が言い終えるか終えないかという時、闇夜をジェット機のキイイインという飛行音が切り裂いた。「何だあ?」タキオが天を仰いだ。「来たんじゃねえのか……」トラックの男は最後まで話せなかった。ズシン、グシャ、という質量音と衝撃に、タキオは吹っ飛ばされた。

 タキオは尻餅をつき、目を白黒させながら、「それ」を見た。トラックの車両部分は、降って来た鉄の塊に押し潰され、ぺしゃんこになっていた。男も即死だろう。

 ピピピピ、チチチチという電子音を発しながら、鉄の塊がサーチライトを点灯した。巨大な頭部が高速で回転し、周囲の状況を走査している。「着地点、座標補正、ありがとうございます、ご迷惑おかけします」不快な合成音声が聞こえた。胴体部分から蒸気を吹き上げ、ごつい脚部がボディを持ち上げた。

 無骨な脚部はカンガルーを思わせる逆関節になっている。ひっきりなしに回転する頭部の赤いLEDが残忍そうに光る。背中にはオムラ・インダストリの家紋がレリーフされ、カタカナで「モーターヤブ」と書かれていた。

「モーターヤブ」は一瞬身を沈め、その脚部で潰れたトラックの車体を蹴り、大きくジャンプした。タキオは呆然と、車を飛び石のように踏み潰しながら下り坂を降りて行く鉄製の悪魔を目で追っていた。タキオが死なずにすんだのは、ほんの数メートルの落下誤差のためだ。震えが止まらない。

 オレンジ色の空に跳ね上がっては降りる影が、他にも二つほど確認された。数分後、前方で激しい銃撃音と阿鼻叫喚の悲鳴が届いて来た。「モーターヤブ」がおっぱじめたのだ。タキオは恐怖すると共に、ああ、これで渋滞も解消されるだろう、と安堵し、そのあと、そんな自分の利己的な感情を少し恥じた。

「アイエエエエエエ!」カブラ・アキモは、すぐ隣りのサイモト=サンが一瞬にして血煙に変わった事に絶叫した。バリケードを飛び越えてきた殺戮マシーンは全くの無慈悲であった。

 鋼鉄のボディ、カンガルーのような逆関節の脚。右腕にはサスマタを持ち、左腕はガトリング砲になっている。頭部が回転し、サーチライトでレジスタンスの顔をつぎつぎ照らす。

 カブラ=サンは鋼鉄の悪魔に向けてアサルトライフルの引き金を引いた。バチバチと音が鳴り火花が散るが、殺人マシーンはガシャガシャと足踏みしただけだった。頭部が回転し、チチチチと走査が鳴る。「ドーモ、ハジメマシテ、モーターヤブです。今なら投降を受け付けています。オムラは寛大です」

「本当か!」後ろから一人、身を投げ出すように飛び出した。「やめろ、キンザミ=サン!諦めちゃいかん……」「だって、もう無理だろう?こんな!」キンザミ=サンはよろよろとモーターヤブに近づいた。「投降します!タスケテ!」

「ポジティブ!」モーターヤブの不快な合成音声が聞こえた。「投降を受け入れました」ガトリング砲がキンザミさんに狙いを定めた。「え……」「投降を受け入れました。ありがとうございます」ガトリング砲が火を吹いた。叫ぶ時間すら与えられず、キンザミ=サンは理不尽も血煙に変えられていた。

 ズシン、ズシンと音が響く。もう2体のモーターヤブがバリケードを飛び越えて着地したのだ。「投降を受け付けています。ドーモ」「アイエエエエエエ!」

 カブラ=サンは己の死を覚悟した。その時!光の尾を引きながら、ロケット弾がモーターヤブの1体に命中、爆発した。ヤマキタ=サンがRPGを構えて膝立ちになっていた。「行け!」ヤマキタ=サンが叫んだ。「カブラ=サン、早く行け!ここは俺がやる、本部に伝えろ、こいつらの事を!」

 ナムサン!カブラ=サンは一目散に駆け出した。他の2体のモーターヤブが左腕のガトリングでヤマキタ=サンを狙う。彼は数秒後には血煙になるだろう。彼の犠牲を無駄にするわけにはいかない。カブラ=サンはバイクに飛び乗り、フルスロットルで逃走する。

「アイエエエェェェェ…」ヤマキタ=サンの無残な断末魔を背後に微かに聞きながら、カブラ=サンはバイクを走らせた。泣きながら。

 ハイウェイを降りて林道を下ること数十キロ。ネオサイタマ郊外の廃村「トットリ村」が、地域レジスタンスの拠点である。

 レジスタンスの構成員は100人足らず。オムラ・インダストリという巨大企業からすれば、所詮は象にたかる蟻でしかない。絶望的な戦いであった。しかし彼らは悲壮な決意で銃をとった。

 オムラの計画を受け入れれば、トットリ地域がまるごと水没する事になる。オムラが提示する「保障」とは、すなわち、プロジェクトへの強制収容を意味する。要介護の老人たちはトットリ地域の人口の実に八割を占める。彼らにそれが耐えられるわけがない。レジスタンスの戦いは自分のためではないのだ。

(老人?知りませんよ、そんな事は)自治会へ条件を提示しに来たオムラの出っ歯のサラリマンは、四角いメガネをクイクイと直しながら高慢に言い放った。(厄介払いができて、あなた方もメリットがあるでしょう?Win・Winの取引です、これは)……自治会は彼をスマキにし、オムラへ送り返した。

 その日から、自治会はレジスタンスとなったのだ。トットリ上空を覆う磁気嵐と密林がこれまでの抵抗運動の大きな助けとなっていた。そして、アンタイ・コーポレーション組織「イッキ・ウチコワシ」の支援。

 イッキ・ウチコワシの首領「バスター・テツオ」は、町内会の重鎮の古い友人であった。打診に応えたテツオ=サンは二人のエージェントをトットリへ送り込み、半月のうちに、自治会メンバーを訓練されたゲリラ戦士に育て上げたのである。

 エージェントの一人はラプチャーという名の背の高い男だった。もう一人はラプチャーにつき従う寡黙な女で、アムニジアと呼ばれていた。カブラ=サンが消耗し切って深夜のアジトに帰還した時も、二人は寝ずに外の様子に目を光らせていた。

「スミマセン、封鎖が破られた……」カブラ=サンは泣きながら床にへたりこんだ。磁気嵐のため無線類は使えない。伝達は口頭である。「皆、やられてしまった。モーターヤブというとんでもないロボット戦士が出て来た。銃も効かない。サスマタとガトリング砲……もう、おしまいだ……」

「ついに出たな、モーターヤブ」ラプチャーはニヤリと笑った。「知っているのか」レジスタンスのリーダーは額の汗を拭った。寝巻き姿である。ラプチャーは頷いた。「オムラが開発中のロボ・ニンジャだ。最近ロールアウトしたという情報は掴んでいた」「なんて事だ…」リーダーは頭を抱えた。

「どうするんだ。奴らはきっとこのままモーターヤブでトットリに襲撃をかけてくるぞ。今までの様にはいくまい」「訓練は裏切らない」アムニジアは冷たく言った。目の下を灰色の布で覆面した彼女の瞳は、ぞっとするほどに無感情だ。ラプチャーはリーダーに言った。「皆を起こせ。ケース4で配備しろ」

「落ち着かねえなあ!」助手席のニンジャが大声をあげた。そう、ニンジャである。カーキ色の装束、メンポ。まぎれもないニンジャだ。異様な肥満体のシルエットであったが、よく見ると、それは身にまとうボムディフェンス・ニンジャ装束によるもので、実際の体格ではないとわかる。

「それにめんどくせえなあ!」ニンジャはまた大声をあげた。「まあ、そうおっしゃらずに、エクスプロシブ=サン」運転ヤクザが、おっかなびっくりという様子で答える。二人が乗る装甲ジープは林道を走り抜けていく……三体のモーターヤブに囲まれながら。

 三体のモーターヤブはカンガルーのように逆関節の脚で飛び跳ねながら装甲ジープを護送している。跳ねるたびに、ドシンドシンと地面が鳴り、車体が揺れる。「落ち着かねえ!」エクスプロシブが繰り返した。「こんなもん、要らねえだろ?俺一人で十分だろ」「実戦データを取らねばいけないので…」

 運転ヤクザが言った。「それにですね、ソウカイヤのヘルカイト=サン情報で、どうもトットリ側にもニンジャがいるようでして。より万全を期するためにという、本社判断でして」「そのニンジャに俺が不足を取るってえのか!」「い、いえ、万全です!本社です!もちろんあなたは強い!」

「まったく、イライラするぜ!」エクスプロシブが吐き捨てた。「メチャメチャにしてやるからな……トットリを地図から消してやる」トットリ村の背後には巨大ダムがそびえる。村を強襲し、そのままダムを爆破する作戦であった。だがエクスプロシブはもうすこし色々と楽しむつもりでいた。

「おい、生きてるか?ヤマキタ=サン」エクスプロシブは後部シートを振り返った。「ムガガガ」猿轡をかまされたレジスタンスの男が呻いた。彼の体はなんと、バクチク・ホルダーでぐるぐる巻きにされていた。なんたる無体!

「綺麗な花火を打ち上げてやるからな?ん?嬉しいだろ?」「ムガガガ」エクスプロシブはオムラ・インダストリ専属のニンジャである。それゆえ、社の最新テクノロジーの恩恵を授かっていた。「イチコロ」「スットコ」「カチコミ」。純金よりも高額な最新式バクチクは彼の思いのままであった。

 装甲ジープが停止した。「では、よろしくお願いします」運転ヤクザがエクスプロシブに頭を下げた。眼前に広がるのは棚田である。その先に、レンガを固めた防壁があった。防壁を越えればトットリの村である。そしてさらにその後ろに、巨大ダムだ。空は明け方を前に、少しずつ白みはじめていた。

 エクスプロシブはヤマキタ=サンを抱えあげた。「ムガガガ」「故郷に帰らせてやるってんだよ!喜べ!グッハハハハ!グハハハ!」エクスプロシブはヤマキタ=サンを抱えたまま駆け出した。密林を抜け、棚田をひょいひょいと渡り登っていく。その後を、鈍重なモーターヤブが跳びはねながら続く。

「ようし、はじめようじゃねえか!」レンガ防壁の前までくると、 エクスプロシブは槍投げ選手のように上体をねじり、蓑虫の様にバクチクを巻き付けられたヤマキタ=サンの体を……投げた!すさまじいスピードで宙を飛び、防壁の内側へ投げ込まれるヤマキタ=サン。「3、2、1、」

 エクスプロシブは、ポン、と手を叩いた。「ハイ!」ヤマキタ=サンが爆発した。

 ヤマキタ=サンが、爆発四散した。超爆発は明け方の闇を真昼のように照らしあげた。「アイエエエエ!」カブラ=サンは閃光に目をやられ、地面を転がった。「まずいな」ラプチャーがアジトを飛び出した。アムニジアもそれに続く。彼らが会話をして、さほどの時間が開かずの襲撃であった。

 ズシン、ズシン、ズシン、三体のモーターヤブが塀の内側に着地した。アムニジアは手に持った照明弾を投げた。モーターヤブが前進を始めると、家々の陰に待機していたレジスタンスが仕掛けヒモを引っ張った。途端に、土の下に仕掛けてあった霞網が野球場のネットのごとく立ち上がった。

 前進を開始していたモーターヤブの一体は止まりきれず、霞網に飛び込んで、そのまま絡め取られた。家屋の窓々から顔を出したレジスタンス達が、網を破ろうともがきながらガトリングを乱射するモーターヤブにグレネードを投げつけた。立て続けの爆発の直撃を受けては流石のロボ・ニンジャもたまらない。

 装甲がひしゃげ虫の息となったモーターヤブの関節部に羽根飾りのついた矢が飛び来たり、容赦なく突き立った。村の火の見ヤグラで弓を構えるアムニジアの精確無比な狙撃であった。これがトドメとなったか、センコ花火のような火花を散らしたのち、そのモーターヤブは動きを停止した。

「いいぞ!ガンバレ!気を抜くな!」メガホンで激励の言葉を叫びながら、リーダーが走り回る。だが、モーターヤブは一体でも一軍に匹敵する殺戮マシンである。それが二体も残っているのだ。さらに二度の僥倖は期待できるのだろうか?

 突如、家屋のひとつが砂煙をあげて根元から爆発四散した。中に隠れ、窓からライフルでモーターヤブを銃撃していた数人のレジスタンスが、根こそぎ犠牲となった。悠々とその側を歩くのは肥満したシルエットのニンジャ。エクスプロシブである。

 たちまち他の家屋から銃撃が浴びせられる。しかしニンジャ反射神経の持ち主に通常の銃撃は無効だ。エクスプロシブはブリッジからバク転、そのまま宙を飛び、手近の建物の陰へ隠れてしまった。「ニンジャだ!」「ニンジャだと?」「どうしてニンジャが…」「アイエエ!」さらに一軒、爆発四散した。

 数人のレジスタンスが建物から飛び出し、エクスプロシブを狙う。だが、無残!その横からモーターヤブが機銃掃射を行い、なぎ払った。皆殺しであった。

 ニンジャの登場により、微かに見えていた勝利の二文字は手の届かない高さへ持ち去られたかのようだった。「ラプチャー=サンは?ラプチャー=サンはどこに…」リーダーが空しくさけんだ。そこへ一体、モーターヤブが襲いかかった。弾の切れたガトリング砲を廃棄し、右手のサスマタを振り上げる。

「アイエエエ!」リーダーはモーターヤブの刺突を横飛びに避け、倒れこんだ。地面から生える仕掛けヒモに気づき、それへ手をのばし、引いた。リーダーの足元近くで落とし穴が口を開く。サスマタでさらなる攻撃を加えんとしていたモーターヤブがその穴へ落ちかかる。しかし、ナムサン!

 モーターヤブはただのマシンではない、ロボ・ニンジャなのだ。よろけながらも、モーターヤブは器用にバランスを取って穴の淵に踏みとどまる。今度の刺突は避けようがない!「イヤーッ!」

 横から飛んで来たニンジャの飛び蹴りがモーターヤブの頭部を直撃した。モーターヤブは体勢を崩し、今度こそ落とし穴に転落した。飛び蹴りの主は青紫の装束を着た長身のニンジャであった。「あ、あんた」リーダーは震えた。「ドーモ、ラプチャーです」「ニンジャだったのか!」

 リーダーを助け起こすラプチャーの足元に、バクチクの束が転がって来た。「イヤーッ!」ラプチャーはリーダーを抱えて跳び、爆発を危ういところで回避した。砂煙の中からエクスプロシブがゆらゆらと歩いて来る。「お前がニンジャか!グッハハハハ!」屋根の上に着地したラプチャーに向かって哄笑した。

「ドーモ、ハジメマシテ、エクスプロシブです」「ドーモ、エクスプロシブ=サン。ラプチャーです」「ほれ!」エクスプロシブはバクチクをアンダースローで投げつけた。「イヤーッ!」ラプチャーが掌を突き出した。空気が波打った。

 奇怪!空気の波はバクチクを空中に押しとどめた。空中で虚しく爆発するバクチク。「コシャクなジツを。だが無駄だ。なぜというに」エクスプロシブが指を鳴らした。ラプチャーが足場にしていた建物が、爆発四散した!「グワーッ!」

「注意一秒、怪我一生。もはやこのトットリは俺の庭も同然だ。この意味がわかるな?」地面に投げ倒されてうめくラプチャーとレジスタンス・リーダーのもとへ、悠々とエクスプロシブが歩み寄る。「他人を庇うなど、愚の骨頂!ロクにチカラも見せられず退場する気分はどうだ、ラプチャー=サン?」

「キエーッ!」斜め後ろからの飛び蹴りがエクスプロシブを襲う。「グワーッ!」エクスプロシブは側頭部に蹴りを受け、よろめいた。カイシャクを阻止したのはアムニジアであった。「もう一人ニンジャだと?……いや、違うな」エクスプロシブはズレた顎の骨を直しながらひとりごちた。

「女、お前にはニンジャソウルが入っていない。ニンジャの真似事か?」エクスプロシブは冷静にバクチクを手に取った。「キエーッ!」アムニジアがスリケンを投げた。エクスプロシブに当たるはずもない。流麗なブリッジでスリケンを避けると、次の瞬間には彼はアムニジアの目の前に立っていた。

「設置完了!グハハハ!グッハハハハ!」エクスプロシブは哄笑した。「アイエエ!」アムニジアのたわわな胸元に、首輪の如くバクチク・ベルトが巻き付けられていた。タツジン!一瞬の事である。エクスプロシブは爆風の届かぬ距離へあらかじめ後退した。「花火を見せてもらおう!まとめてオダブツだ!」

「なるほど、それはなかなか面白そうではあるな」この場にいる誰のものでもない声が答えた。「ナニヤツ!」エクスプロシブは周囲を見回した。聞こえてくるのは、遠くでレジスタンスと銃撃戦を繰り広げているモーターヤブの戦闘音だけである。

「だが、花火になるのはお前一人で十分だ。エクスプロシブ=サン」声はエクスプロシブの背後で聴こえた。「グワーッ!」エクスプロシブは反射的に前方へ大きくジャンプし、元いた場所を振り返った。そこには新手のニンジャがいた。赤黒いニンジャ装束、「忍」「殺」のメンポ。

「お…お前は……」エクスプロシブは後ずさった。赤黒のニンジャは片手でバクチクを弄んでいた。女の首筋に設置したはずのバクチクである。「お前は、ニンジャスレイヤー!?」「ハジメマシテ。エクスプロシブ=サン、ラプチャー=サン。そして」そして、女に向かって言った。「ドーモ、ユカノ=サン」

 ニンジャスレイヤーはアムニジアを見据えた。「ユカノ……?」アムニジアはこめかみを押さえ、苦しげに繰り返した。「ユカノ…その名前は……」「記憶が無いのだな。ユカノ。話は聞いている」「お前は私を知っているのか?」「そうだ」ニンジャスレイヤーは頷いた。「迎えにきたぞ」

「イヤーッ!」エクスプロシブが叫んだ。両手の指にシコタマ挟み込んだバクチクを、彼らに向けて投げつける。「イヤーッ!」「キエーッ!」ニンジャスレイヤーはラプチャーを、アムニジアはレジスタンスのリーダーを抱え上げ、ジャンプして爆発を回避した。

 モーターヤブが転落した落とし穴を挟み、ニンジャスレイヤー達はエクスプロシブと睨み合った。「さあて、どうするニンジャスレイヤー=サン?」エクスプロシブは余裕ある態度で問いかけた。「ところでお前が抱えるラプチャー=サンには、さっきバクチクを仕掛けておいた」「何!」「3,2,1…」

「イヤーッ!」息も絶え絶えだったラプチャーが、ニンジャスレイヤーを振りほどいた。「俺はもうダメのようだ。何も話せず残念だ、ニンジャスレイヤー=サン。エクスプロシブを倒してくれ!」「ラプチャー=サン!」アムニジアが叫んだ。

「サヨナラ!」ラプチャーは誰もいない方向へ高くジャンプした。その瞬間、彼の体は無残に爆発四散した。「グハハハ!グッハハハハ!感傷的な眺めだな!」エクスプロシブが拍手して挑発した。ニンジャスレイヤーはエクスプロシブに向き直った。

「ユカノ。そのリーダーを連れていけ。他のレジスタンスを助けるのだ」ニンジャスレイヤーがアムニジアに言った。アムニジアは一瞬ためらったが、言われた通りにした。「キエーッ!」リーダーを抱えたアムニジアが飛び離れたのち、ニンジャスレイヤーはカラテの構えをとった。「ニンジャ殺すべし」

「さあこい、ニンジャスレイヤー。正々堂々と……」落とし穴から無骨な影が飛び出し、着地した。それは先ほど落とし穴に転落していたモーターヤブである。なんたるしぶとさ!エクスプロシブは邪悪に笑った。「正々堂々と、二対一でお相手しよう!」

 モーターヤブの頭部がスイカを割ったように開き、中から機関銃が展開した。ナムサン!左腕のガトリング砲の他に、こんなところに重火器を隠していたのである。どうする、ニンジャスレイヤー!

「Wasshoi!」ニンジャスレイヤーはくるくると回転しながら大きく跳躍した。モーターヤブの機関砲の射線がニンジャスレイヤーを追いかける。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはエクスプロシブへ向けてスリケンを投げつけた。バクチクを投げさせないためだ。

「オノレー!」エクスプロシブはブリッジでスリケンを避ける事にかかりきりとなり、バクチクへの点火ができずにいた。ニンジャスレイヤーはモーターヤブの頭頂部へ着地した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは機関銃の銃身を掴み、マンリキのような力をこめた!

 発砲直後の銃身はマグマのように熱い。しかしニンジャスレイヤーのニンジャ耐久力はそんなものを蚊ほどにも感じなかった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは上体を極限まで反らし、機関銃の銃身を、力任せにねじり切った!

 チチチチ、ピピピピ。電子音が悲鳴のように鳴る。「投降を認めます。オムラ・インダストリは皆さんの権利を最大限に」「イヤーッ!」「ピガガー!」ニンジャスレイヤーの掘削機のように鋭く重い直突きがモーターヤブの頭部内部に直撃した。右手で突き、左手。さらに右手。左。右。左。

「イヤーッ!」「ピガガー!」「イヤーッ!」「ピガガー!」「イヤーッ!」「ピガガー!」「イヤーッ!」「ピガガー!」「イヤーッ!」「ピガガー!」「イヤーッ!」「ピガガー!」「イヤーッ!」「ピガガー!」「イヤーッ!」「ピガガー!」

 突かれるほどに、モーターヤブの鋼の巨体は下へと沈み込んでゆく。やがて関節部からは火花が上がり、ボキボキとフレームが軋む音が聞こえ始めた。「イ、イヤーッ!」エクスプロシブは呆然としている場合では無い事を思い出した。モーターヤブの脚部に飛びかかり、バクチクをセット、点火した。

「この鉄クズごと花火になりやがれー!」罵りながら、バクチクの設置を終えたエクスプロシブはバク転して飛び離れた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはモーターヤブを飛び降り、巨体の周囲を回転した。まるでコマに糸を巻きつけるような按配である。エクスプロシブは指先の起爆スイッチを押した。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが両腕で何かを大きく振る動作をした。なんと!ニンジャスレイヤーはモーターヤブの全身にドウグ社のザイルを巻き付け、遠心力でその巨体を、ハンマー投げのように振り回している!「バカナー!」エクスプロシブは絶叫した。「起爆、起爆はどうした!」

 エクスプロシブは何度も親指を鳴らすが、モーターヤブが爆発する事はない。「なぜだ!」読者の皆さんは目撃している。ニンジャスレイヤーは信じがたいスピードでモーターヤブにザイルを巻きつけながら、設置されたばかりのバクチクの信管を、コンマ数秒の速度で残らず外してしまっていたのである!

「……イイイイヤアーーッ!」極限に遠心力を乗せたモーターヤブ=ハンマーが、エクスプロシブに投げつけられた。「グワーッ!」逃げるすきも無く、直撃を受けたエクスプロシブはモーターヤブごと吹っ飛び、建物と鉄塊に思い切りプレスされた。「グワーッ!」

 エクスプロシブはしかし、鉄クズに挟まれながら、虫の息で生存していた。痩身のエクスプロシブの体を肥満体に見せるほどのボムディフェンスニンジャ装束の厚みは伊達ではなかった。「そんな……こんなバカな事が…まだ何も攻撃できていないのに……」エクスプロシブは毒づきながら逃げようともがいた。

 ニンジャスレイヤーはエクスプロシブのもとへツカツカと歩み寄る。「ロクにチカラも見せられず退場する気分はどうだ、エクスプロシブ=サン?」「盗み聞きしていたのか。卑怯者め!」自身が発したのと同じ言葉で嬲られるというあまりの屈辱に、エクスプロシブは気絶寸前であった。

「な、何をするニンジャスレイヤー=サン」動けずにいる自身の体へ屈みこんだニンジャスレイヤーに、エクスプロシブは必死で問うた。「決まっている」ニンジャスレイヤーはエクスプロシブの身体中に隠されたバクチクに逐一点火しているのだった。「やめてくれ!もう勝負はついたハズだ。死にたくない」

「親指で起爆スイッチを押していたようだが、時間が経てば押さずとも起爆するのだろうな?」「やめてくれ!何でも話す!」「あいにく聞きたい事は何も無い」「死にたくない!」ニンジャスレイヤーはエクスプロシブを見つめた。「……慈悲はない。ニンジャ殺すべし」

 ニンジャスレイヤーは立ち上がり、その場を離れた。「サヨナラ!」エクスプロシブが絶叫し、そして、爆発した。極大の爆発の中心にあっては、ボムディフェンスニンジャ装束もひとたまりもない。エクスプロシブは跡形もなく爆発四散した。ニンジャスレイヤーは振り返らなかった。

 トットリ村の反対側へニンジャスレイヤーが駆けつけた時、すでに最後のモーターヤブは引きずり倒され、生き残ったレジスタンス達は歓喜の只中にあった。動きを停めたモーターヤブの関節という関節に、無数の飾りつきの矢が突き立っていた。ニンジャスレイヤーの姿を認めると、一同に緊張が走った。

「ニンジャ…」「また別のニンジャだ…」「敵なのか……」「この人は、味方だ!」レジスタンスのリーダーが人々を制して進み出た。「ドーモ、助かりました、オカゲサマでした。これで我々はまだ戦える」「スミマセン、ユカノ…いやアムニジア=サンはどこに?」ニンジャスレイヤーは礼儀正しく聞いた。

 リーダーは火の見ヤグラを指差した。ヤグラで弓を持って警戒するアムニジアをニンジャスレイヤーが見上げると、彼女も視線を返した。しかし言葉は無い。リーダーがニンジャスレイヤーにオリガミ・メールを差し出した。「アムニジア=サンはあそこで警戒を続けるとの事です。貴方にはこれを、と」

 ニンジャスレイヤーはキツネの形に折られたメールを開いた。毛筆でしたためられた手紙を読み、彼は感情を押し殺す。

「ハイケイ ニンジャスレイヤー=サン。私の名前をユカノと呼んだ貴方ですが、あいにく私には記憶が無いのです。私の帰るべき場所は、私を救い、受け入れてくれた、イッキ・ウチコワシという組織です。ラプチャー=サンとは、将来を誓い合う仲でした。ヒトメボレでした」

「私はこのトットリで、イッキ・ウチコワシの増援エージェントを待ちます。そして、ラプチャー=サンの喪に服します。スミマセンが、今の私は昔の私とは別人です。貴方が私にできる事は無いのです。重ね重ね、今回は助けていただき、また、ラプチャー=さんのカタキを討っていただき……」

 ニンジャスレイヤーはオリガミ・メールを四角く畳み、懐にしまい込んだ。そして代わりに自分のオリガミを取り出し、素早く携帯毛筆で返事の手紙を書くと、亀の形に折り曲げた。「これをユカノ…アムニジア=サンに」リーダーにメールを手渡すニンジャスレイヤーの声は、虚ろで、痛々しかった。

 リーダーはヤグラで地平線を睨むアムニジアを見上げた。「アムニジア=サン、手紙を受け取った……ヤヤッ!」リーダーはおどろき、声を失った。レジスタンスの人々は皆、驚きにざわついていた。ニンジャスレイヤーの姿は一瞬のうちに消え失せていたのである。

「太陽だ……」カブラ=サンが東の空を指差した。オレンジ色に滴る朝日が、フジサンの麓から、ゆっくりと昇ってきつつあった。明け方に雲が途切れる事など、一年に何度も無い。これは、吉兆だろうか、凶兆だろうか。疲れ果てたレジスタンスの人々は、言葉を失い、ただ、太陽を見やるのだった。

【スシ・ナイト・アット・ザ・バリケード】完


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