S5第7話【トレイス・オブ・ダークニンジャ】#7
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落ち着かない様子で周囲に注意を配るオッドジョブは路上に一人。そこに、走り来たハンザイ・リムジンが停車した。しめやかに防弾ドアが開き、ハットをかぶったハンザイクローンヤクザが手振りで合図した。「受け取れ」オッドジョブはアタッシェケースを投げ渡した。
「オタッシャデー」ハンザイクローンヤクザはドアを閉め、早々に走り去った。オッドジョブは鼻を鳴らした。走り去るハンザイリムジンはクロームの蜘蛛型エンブレムを掲げている。ハンザイ・コンスピラシー。オッドジョブが籍を置く謎めいた犯罪組織の意匠だ。
オッドジョブは周囲を睨み、歩き出す。ウシミツ・アワー。ストリートに遠い鐘の音が反響している。ダークニンジャは秘密の竹林とやらに単独で赴いた。ニンジャスレイヤーとなにやら遣り取りし、そののちキョート城へ超自然的手段によって一時的に帰還するのだという。「ご苦労なこったぜ」
随行を命じられなかった事に、彼は心底ホッとしていた。行けば間違いなく酷い事になる。ザイバツは時代錯誤の戦闘狂の集まりだ。ザイバツからの離脱以後の10年で、かつての生業たるローグ・ウィッチの流儀に染まりきったオッドジョブには、吸える空気などないだろう。「さあて命の洗濯。オンセンサウナにでも行くとするかよ」
前方、「にしん」のネオン看板が薄桃色に明滅。路上にはバニーオイランが「1時間フリー飲み放題な」と書かれたホワイトボードを持って佇んでいる。オッドジョブを見て手を振る。「オニイサーン、シャッチョしよ」「散れ、散れ。俺はそんな安い男じゃねえ……」だがオイランはボードを裏返した。
「……」オッドジョブは渋面でボード裏面の走り書きに目を走らせた。バニーオイランは「読んだ? 見せろッて言われたんだよね」と確認した。オッドジョブは頷いた。オイランは首を傾げる。「これ、手紙~?」「さあな。知らねえほうが身のためだよ」ボードを手で擦り、文面を消す。
「回りくどい真似しやがって。商品受け取りのヤクザに伝達すりゃいいだろうが……」歩きながらオッドジョブは携帯端末を取り出し、見せられたIPアドレスにコールした。「モシモシ」『モシモシ。それはね。オッドジョブ=サン。セキュリティの為だよ。断片化がカギなのだ』
プロフェッサー・オブ・ハンザイ。わかっていても、背筋が凍る。『君の働きによって、先日のKOL戦勝博覧会では満足のゆく犯罪芸術を為す事ができた。より信頼が高まった形だ』「そりゃ何よりだ。あのブギーマンについてもお見通しッてか? レリックはバラ撒かれちまっただろう」『フフフ……』
「今日はじゃあ、信頼の確認の為の連絡か?」『当然それもあるが、もうひとつ』「何だ」『彼との関係を引き続き維持したまえ』「……!」オッドジョブは呻き声を殺した。やがて言った。「誰の事なのか、わからんが……」『君を信頼している。オッドジョブ=サン』プロフェッサーは低く言った。
ガビガビガガ。通信に雑音が混じる。『なお君のIRC端末はこの通信でウイルス汚染された。痕跡除去の為だ。そこの雑居ビルの郵便受け808を開けば、解毒ドングルが入っている。手間を掛けるが、それを用いてほしい。以上だ……』「何ッ!」バチバチと音を立てる端末を手に、オッドジョブは慌てた。
雑居ビルの入口、郵便受け808! カギはかかっていない。確かにそこにはエッチ・チラシや出前チラシに紛れ、小指大のドングルが置かれていた。表面には蜘蛛の刻印! 一瞬の躊躇!「ナムサン……!」オッドジョブは携帯端末にドングルを挿そうとする。その時、脇腹に振動! 腰に吊るした六文銭が!
「エッ! ア、何ッ!」オッドジョブは六文銭アミュレットを掴んだ。ダークニンジャに渡されたそれが、今、紫色の色彩を帯び、熱を持って微振動しているのだ。「クソッ! 前門のバッファローの後は後門のタイガーと来やがる!」慌ててアミュレットを取り外し、首にかける……「アアアア!」
ドングルを挿す自分の姿を離人症めいて捉えたオッドジョブの視界には、黄金立方体と緑の格子地平のビジョンが去来した。彼は雑居ビルの片隅に座り込み、悲鳴をあげた。「アイエエエエ!」見開かれた両目にはオヒガンの光が溢れている……!
◆◆◆
「お前が勘づいた通りだ。おれにはレリックの場所がわかる」ニンジャスレイヤーはダークニンジャに言った。「博覧会で散ったレリックに染みついたブギーマンの痕跡を感じる。奴にカラテを喰らわせた時、おれははっきりとわかった」「あれがワンソーの影であるという事をだな」
「汚染の痕跡を辿り、レリックを集めていけば、三日月のペンダントにもいずれ辿り着く。そう考えていたが、面倒が増えた」ニンジャスレイヤーは拳を握りしめた。「サツガイと同様の力に、サンズ・オブ・ケオスが群がる。散らばったレリックを放置は出来ない」
「ならば、我らは取引できるだろう」ダークニンジャは言った。「我らザイバツは反ワンソーのニンジャ。利害においてお前と衝突する事はない。我らにネオサイタマ侵略の意図はなく、ただクサナギを求めるのみだ」「……取引に、取引だ」ニンジャスレイヤーは呟く。「取引ばかりの日だ」
ゴーン。ウシミツ・アワーの鐘は鳴り続けている。ダークニンジャはおもむろにカタナを大地に突き立てた。その瞬間、頭上には黄金立方体が出現し、ニンジャスレイヤーはこの地点を中心にして、ボンボリライトが何らかの図形を描くように竹林に配置されている事を感じ取った。視界にノイズが走った。
ダークニンジャは突き立てたカタナの柄頭のやや上の空間に向かって右手をかざし、捻じるような仕草をした。「イヤーッ!」ウシミツ・アワー。霊的な竹林。ダークニンジャの力。時間的・物理的・カラテ的要因が一体となり、そこに黒い亀裂がこじ開けられた。ゴウランガ……!
ニンジャスレイヤーは目を眇めた。虚空に生じた円い亀裂は、大陸間を移動するウキハシ・ポータルを思わせる。亀裂の向こうに、切り離された土地が霞んで見える。ダークニンジャはカタナを引き抜き、鞘に納めた。そして振り返った。「すぐに戻る。お前に用がある時は、あの店へ行けばよいか?」
「簡単に戻れるのか?」ニンジャスレイヤーは尋ねた。ダークニンジャは答えた。「容易くはない。オヒガンでスシを口にした我らザイバツは、オヒガンに結ばれている。ゆえに、その軛を破り、現世に着地する為には、命がけの困難な行動が必要となる」
「オヒガンでスシを食っていない人間は?」「……現世の者は当然、現世に強く結びついている。短時間の滞在ならば、容易く戻れるだろう」ダークニンジャは質問の意図を測るようにニンジャスレイヤーを見返した。
「よし」ニンジャスレイヤーは頷いた。「ならば、おれも行く。キョート城とやらに」「……何?」「おれは貴様らの行いに散々迷惑させられてきた。貴様らザイバツが一体何なのか。おれ自身がこの目で見て確かめれば、話は早い。取引するかどうかは、それから決める」
ダークニンジャは沈思黙考した。やがて頷いた。「よかろう。ならば、来い」亀裂を踏み越える。ニンジャスレイヤーは続く。「これをまたいだ先が……キルゾーンの……010100101キョート010001010……010010011」……010001010100101……010001001001……
010100101010……0100101001……01000101……010001010010100101……0101001010010101000000001……ニンジャスレイヤーがダークニンジャと共に立ったのは、桟橋じみて「陸地」から水平に飛び出した巨大な足場だった。真っすぐ伸びるこの足場の先には、禍々しい鉄門がある。城郭だ。見渡すと、城は巨大なひとかたまりの岩石の上部にあるといえる。
桟橋の下には確かに荒野が霞んで見える。キルゾーンだ。即ちここは、浮遊する巨大な岩石。だが実は岩石ではない。目を凝らすと、岩に見えたそれは、得体のしれぬ質量を凝縮して成り立っているのだった。ドリームランド埋立地を丸ごと宙に浮かべたような……否……もっと禍々しい堆積集積物だ。
エメツ、鉱石、金属、泥、謎めいた巨大な骨、スクラップされた建物や車、戦艦……そうしたものが圧縮され、表面には巨大な鎖が巻き渡され、無数のクナイが突き刺さっている。クナイのサイズは、巨大なものから小さなものまで実にバラバラだ。何を以てこのようなものが作り上げられたのか。
「この地の座標は、現在はほぼキルゾーンの荒野の上空だ」ダークニンジャが言った。夜空には星が瞬き、割れた月の姿がある。と同時に、黄金の立方体の輪郭が微かに感じられる。空も眼下の荒野も、靄か霞に隔てられているような覚束なさがある。しかしそれらは確かに存在するのだ。
ニンジャスレイヤーは桟橋の下を再び見下ろした。ダークニンジャが横に立った。「見えるだろう。現在も暗黒メガコーポが陣を敷いている。あれはロクハラとヤルキ重工の戦力だ。城の出現までは彼ら同士が争っていたが、出現直後、彼らは即座に停戦。イクサの矛先を変え、城への攻撃を共同で企図している」
「歓迎されているな」「その通りだ」ダークニンジャは頷いた。「もともと我らザイバツは暗黒メガコーポにとって秩序外の存在。彼らにとっては頭痛の種であった筈。その本拠が突如現れたとなれば、キンボシにも沸き立とうというもの」「城への攻撃は実際可能なのか?」「……可能だ」
二人は歩き出した。その背後で、先程開かれた超自然のポータルがしめやかに閉じた。「ギルドのセンシ達は城を離れる事はできぬ。さきも述べたが、ひとたびオヒガンのものを口にすれば、その身はオヒガンに属するものとなる」「現れては消える連中だったな」ニンジャスレイヤーは記憶を手繰った。
「ならば、なぜ貴様はネオサイタマに居座る事ができる?」「我がカラテ。そして……」ダークニンジャは携えたカタナを示した。「我がカタナ。ベッピンの力だ。それゆえ、今回の探索は俺自身が行う必要があった。配下のニンジャ達には迎撃戦が可能だが、あくまで城に縛られている」
巨大門に近づくと、胸壁を行き来するニンジャの姿が見えた。彼らの顔はおぼろである。「ギルドのゲニン達には自我はない。憑依する肉体を得なかったニンジャソウル、フェイスレスだ。ギルドは兵士としてあれらを用い、現世、"凍てつく山岳" のプランテーションではコメを育てさせている」
だが、門の上を走る一人は明らかな狼狽を見せていた。フェイスレスではないニンジャだ。その者は携えた法螺貝を咥え、吹き鳴らした。ブオウー。やがて巨大な門がゆっくりと開かれ……ゲニン達を引き連れたニンジャが現れた。「あるじ! これは……その者は……これは一体!?」
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