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S5第5話【ダイハンジョウ・グッド・ビジネス】

🔰ニンジャスレイヤーとは?  ◇これまでのニンジャスレイヤー

S5第1話【ステップス・オン・ザ・グリッチ】

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 ダイハンジョウの創業は江戸時代。現在の2049年のネオサイタマまで古物業を営み続けてきた、誇り高き一族経営の店である。幾度もの苦境と移転を経て、現在は、バイオウナギのカバヤキの香り高いナバ・ストリートに店を構える。建物は実際小さく、ガラスは曇り、通行人を見守るフクスケの目つきは不穏だ。

 店主の名はカワダ・イチロク。カワダ家の婿養子であり、二人の子を設け、妻には先立たれた。カウンターで黙々とUNIXデッキでインターネットする彼の頭髪はさびしく、瞼は厚く、口元の皺は深い。ダイハンジョウが経てきた幾度もの苦境……その最新バージョンが、今この時であった。

 ミャオーウー。軒先のマネキネコがセンサー感知し、来客を告げた。イチロクは一瞥もせず、キータイプを続けている。バンドマン風の男と、退屈している大学生風のガールフレンドの二人連れは、薄暗い店内に所狭しと積まれた品々を、さほど興味なさげに確認してゆく。「なんか面白えもの無いかなあ」

「これスゴーイ」ガールフレンドがノーム陶器を持ち上げた。ノーム陶器はチョンマゲ・スタイルで、うつろな目をしている。バンドマンは「デケーだろ」と諌め、色褪せたプラモデル箱を物色する。一瞬の思考の後、彼はイチロクに声をかけた。「あのさあ、ギターの買い取りって、してるッスか?」

 イチロクはインターネットに集中している。「どうだこれは……どうする……」ブツブツと呟いている。バンドマンは顔をしかめ、声のトーンを高めた。「あのさあ、カネ欲しいんスよね! 必要なんスよね。買い取ってほしいンスよ!」「すみませんお客様!」若い男が店に入ってきて、慌てて謝罪した。

「ギターの買い取りですねお客様? していますよ! ちょっとですね、取り込んでまして」男はイチロクを睨み、バンドマンに名札を見せた。カワダ・ナゴヤ。「背負ってらっしゃるお品物ですか?」「そうそう。俺の魂のギターよ。かけがえねえス」「7本も持ってんだからさあ」ガールフレンドが睨んだ。

「バッカお前……曲ごとに、弦のチューニングとかサウンドとか、ちげえし。全部、魂だし」「その話はもうケリつけただろ! まずアタシにカネ返せよ!」「お客様……?」ナゴヤは弱々しい笑顔で促した。バンドマンは渋々、背負ったケースを開けて、中から古びたエレキギターを取り出した。「これス」

「これは……エート……」ナゴヤはカウンター横の査定スペースにギターを運んだ。イチロクを睨む。イチロクは引き続きインターネットに夢中だ。「……一般流通品で、状態はよろしいですね。ですので」ナゴヤはUNIXデッキが塞がっているので、自身の携帯端末で値段表を見る。そして指三本を示した。

「30万? マ?」バンドマンは表情を輝かせた。ナゴヤは首を振った。「勉強して3万です」「マ? ファック!」バンドマンは声を荒げた。「手放せねえスわ!」「ウルセーヨ!」ガールフレンドが肩を殴った。「それでいいんで。売ります。また持ってきます」「アリガトゴザイマス」ナゴヤは頭を下げた。

 ――「おやじ」二人連れが言い争いをしながら退店すると、ナゴヤはテーブルに手をつき、イチロクに顔を近づけ、凄んだ。「いい加減にしろよ」「うるさいぞ。ちょっと黙れ。重大な局面だ」イチロクは目を見ず答える。「お前はしょうもないギター買い取りやがって。まあいい。そんなの吹っ飛ぶビズだ」

 ナゴヤは苦虫を噛み潰したような渋面を作った。「何がビズだ。拾い物売ろうとする時点で終わってるよ」「アレは拾い物じゃない。天の恵みだ。コツコツ真面目にやってきた俺に、遂にブッダが報いた。そういう話だろうが!」今この時も、イチロクは膝の上に「それ」を置いている。そのカタナを。

「絶対ただものじゃねえぞ、これは」イチロクは赤漆塗りの鞘に納められたカタナをカウンターに置いた。鞘には黄金の龍が巻き付いており、見事な「龍」「皇」「天」「刃」「破」の漢字が刻まれている。「タマリバーの浅瀬に落ちていた。俺はズブ濡れに」

「もうその話はいいよ」ナゴヤは悲しげに首を振った。「おやじ、ずっとそうだよ。現実を見ないで、誤魔化して、毎回、一発逆転とか言いながらさあ。そんな風だから兄貴は……」「ソメイの話は今はしとらん。カタナの話だ!」イチロクはUNIXモニタをナゴヤに向けた。個人売買SNS!「見ろ! 200万でも速攻で売れた!」「エ!?」

 ナゴヤは瞬きした。間違いなかった。イチロクがIRC-SNSの個人売買サービスを使って出品していた事を、実際ナゴヤは知っている。その後、カタナはすぐに売れて……出品者都合によるキャンセルが行われていた。「当然、俺はキャンセルした」イチロクは目をギラリと輝かせた。

「そんな事して大丈夫なのかよ」「ア? 知ったことか。200万なんてはした金で、売るかッつうんだ。ナメるなよなあ」「おやじ……」「俺の勘……審美眼は間違っとらんかった。ビッグディールだ」

 イチロクはカタナをゆっくりと鞘から抜いてみせた。刀身にも鞘と同様の見事なエッチング装飾が施されており、角度によっては炎のような刃紋がホログラムめいて浮かび上がる。「見ろ。こいつはどう考えても大業物だ。あらためてこいつは、オークションにかける。値段を釣り上げて、一攫千金してやるんだ」

「クソオヤジ!」ナゴヤは大声を出した。「200万ですぐ買い手がついたからいい気になって、一攫千金がどうとか。無茶苦茶だよ。本業をもっとちゃんとやれよ!」「その本業がピンチなんだろうが!」埃を被った品々。「店の収支見てンのか? カワダ家の土地の賃貸アパート物件も、老朽化して改装できねえ。収入ねえンだぞ」

「そんなの……」「そんなの、だと? 何だ! 言ってみろ! カネをナメてんのか? カネがなければ店は終わり、カワダ家は終わり、俺等は終わりだ。なにが、"そんなの" だ。ナゴヤ、お前も今からでもカイシャを探して、一族の為に働いたらどうだ! 覚悟がわかってンのか!」

「お……おやじが俺にそれを言うのかよ!」温厚なナゴヤは凄まじい怒りで顔を真赤にした。イチロクはカタナを強く握りしめた。刃が光る。 空気が泥めいてこごった。親子は荒い息を吐きながら、殺気立って睨み合った。

 ミャオーウー。マネキネコが来客を告げ、イチロクは慌てて抜き身のカタナを鞘に納めた。二人は元気よくアイサツした。「「イラッシャイマセ!」」「取込み中か?」くすんだ色のキモノを着た尊大な中年男性だ。

「ンンッ、ンッンッ」咳払いをしながら、かけていたサングラスを額にあげて店内を冷たく見回した男は、飾られた武者鎧やフクスケ、プラモデルの類にひどく冷たい一瞥をくれた後、イチロクが持つカタナを見て、口元をぴくりと動かした。ナゴヤは恐る恐る応対した。「何か……お探しで?」「名物を」

「名物……」「そう、名物だ。ワシはいわば、探求者。富豪の所蔵品であろうと場末の骨董商であろうと、別け隔てなく足を運び、精力的に探し求める……古今東西の得難きアーティファクト達がワシを待っているゆえにな」「ええと……」「カナスーア。人はワシをそう呼ぶ。当然、ご存知よな?」

 親子はこの男、カナスーアに気圧され、憎悪をひととき忘れて、互いに視線をかわした。なんということだ。カナスーアがこれみよがしに懐から出してはしまう革手帳は、確かにネオサイタマ古美術評論組合委員の証であった。「へ、弊店に一体どんなご興味が」「いや、散歩がてらだよ」

「へえ……」イチロクは愛想笑いを浮かべ、カタナを奥に持っていこうとした。それをカナスーアは指さした。「待て、待て。それは何だね?」「あ、その、カタナ……ですね」「そんなものは見ればわかる」「まだ調べきっておらず」「ワシの嗅覚が今、何かを告げた。そこへ置け。これも縁だ。ワシが見てあげよう」

「その……では、よろしくお願いします」イチロクは頭を下げた。「どうか!」「うむ。まずは……」カナスーアは懐からルーペを取り出し、鞘の表面の細工を見てゆく。「ンンッ。そうだな。これはよく出来ている」「本当ですか!」「フーン、フン……」勿体つけるようにじっくりと。そして刀身。

成る程な……」薄暗い店内に再び、白刃がギラリと光を放つ。「保存状態も……フム……よくわかった」カナスーアは頷き、カタナを鞘に戻す。「よく出来た、贋作だなこれは。贋作としてはなかなか精緻だ」「贋作!?」「フン。そりゃそうだろう。ソード・オブ・セレスチャルドラゴンの模造品だ」

「模造……品」イチロクは青褪め、ナゴヤは唸った。カナスーアは咳払いした。「ソード・オブ・セレスチャルドラゴンは平安時代以前に鍛えられた古代刀だ。ホンモノであれば大したものだがね。残念ながら……わかるか? ここのところだ。柄の、ここ。目釘穴が位置する箇所だ。ここの処理が怪しい。このカナスーアの目は欺けん!」

「つまりこれはダメって事ですか」ナゴヤは少し安堵し、念を押そうとした。カナスーアはブッダめいたアルカイックな笑顔で頷いた。「ただ、模造された年代としては、電子戦争よりやや昔。その歴史的興味という観点から……そうだな……」指を一本と五本立てて見せる。「個人的に150で引き取ろう」

「うあッ……」イチロクは頭を抱えた。IRC-SNSの出品を強引にキャンセルしなければ、そうと知らぬ人間に200万で売れたものを。一方ナゴヤは、イチロクとカナスーアを交互に見、言葉を探していた。カナスーアは間髪入れず、黒いカバンから新円の万札の札束を取り出し、カウンターにドンと置いた!

「見ての通り、キャッシュ即決だ。電子トークンだのオムロ決済だの、そういうしょうもない事はしたくない」「キャッシュ!」イチロクは目を白黒させた。カナスーアは胸をそらす。「ワシはな! こういう時にダラダラしたくないタチでな。タイムイズマネーというだろう。買ってあげよう」

「た、助かる……即金は助かる」イチロクは額から吹き出す汗を拭う。「仕方ねえが……いや違うな。儲けたんだ……」「贋作に150も」ナゴヤは呆然と呟いた。カナスーアがナゴヤを見た。ナゴヤはおずおずと、「カバンには……そんなキャッシュをいつも? 危なくないのですか……?」

「何だと」カナスーアは気分を害したように溜息をついた。そして額のサングラスをかけた。「ワシはね。多少カラテがあるんだ。ごろつきなんぞ、拳だよ。やれやれ……何を勘ぐっているのか知らんが」そして万札をしまい始めた。「あ! 何を!」イチロクが慌て、ナゴヤの頭をはたいた。「スミマセン! 息子が!」

 カナスーアは万札をしまう手を止めた。「教育をちゃんとしなさいよ。店主。150も出すんだ。現金だよ。今日日、こんな両客は居ないと思うがね?」「本当にその通りです!」「ほら。早速契約書を」「クソッ……おやじ……」ナゴヤは言葉を呑み込んだ。「オヤジ!」

 ミャオーウー。マネキネコが鳴いた。

 店内の三人が戸口に視線を向ける。街明かりの逆光となって、新たな来客が大股歩きで入り込んできた。ダボダボのPVCコートを着た、ピンクと緑のモヒカンの男。肩の上の空気が陽炎めいて歪んでいる。「ようオヤジ! フン、ナゴヤも居るな。相変わらず辛気臭えツラしてやがる」男はメンポをしていた。

「ア……」イチロクは目を見開いた。ナゴヤは震えた。「まさか……」「俺だよ、俺」男はメンポをオープンし、傷痕の残る薄い唇を歪めて笑みを浮かべた。「ソメイだ。ま、普段はそんな名前は使わねえがな」再びメンポを閉じる。そして手を合わせ、アイサツした。「ドーモ。ジャンクマンティスです」

「ジャンク……お前」イチロクは動揺する。「何だお前……今更何しに」「今更何しに来たんだ、兄貴!」ナゴヤが詰め寄った。ジャンクマンティスは笑った。「ハハッ! 決まってらァ。カワダの跡取りとして、正当な権利主張をしに来たぜェ!」「バ、バカ息子!」イチロクが掴みかかった。

「ダメだろォ」ジャンクマンティスは無造作にイチロクの顔面を掴んだ。「跡取りは大切にしなくちゃよォ!」「アイエエエ!?」イチロクは悲鳴をあげた。ジャンクマンティスはイチロクを荒く押し、転倒させる。「俺はニンジャだ。殺されちまうぞ?」「アイエエエ! ニンジャ! ニンジャナンデ!?」

「俺はなァ」ジャンクマンティスは語ろうとした。そこへカナスーアが食って掛かった。「オイッ! なんだか知らんが、ワシが取引の最中だ。ゴロツキめ! ワシが先……」「イヤーッ!」「グワーッ!」ジャンクマンティスの右拳がカナスーアの顔面に叩き込まれた。カナスーアはスピンしながら転倒!

「ブッ殺すッつったろ」ジャンクマンティスは這いつくばるカナスーアに詰め寄り、脇腹を蹴り上げた。「イヤーッ!」「グワーッ!」KRAAASH! 陳列物が落下! カナスーアはプラモデル箱にまみれ、鼻血を押さえて手をあげ、マッタした。「や、やめろ……これ以上はワシも本気を出す、訴訟……」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ジャンクマンティスはカナスーアの顔面を蹴り、黙らせた。ナムアミダブツ!「殺すつもりでやったけどなァ。こいつニンジャか? まあいいや」ジャンクマンティスは悶絶したカナスーアを見下ろし、あらためて、呆然と立ち尽くすイチロクとナゴヤを振り返った。

「なにがダイハンジョウだよ、オヤジ。しみったれた店だぜ。ナゴヤ。お前もこんな店に縛られやがってよォ」「あ……兄貴が」ナゴヤは言葉を搾り出した。「兄貴が……出ていったからだろ……!」「アア?」ジャンクマンティスは顔をしかめた。「なんでも人のせいかよ、お前。お前も出て行きたきゃ出ていきゃいい。いちいち面倒見れッか」

 ジャンクマンティスは戯れに買取品のギターを取り、骨董アンプにジャック・インしてディストーション・サウンドを鳴り響かせた。イチロクとナゴヤは見ている事しかできない。「クソ家を飛び出した俺はよォ、明日をも知れねェ、リアルな人生を始めた。奪い、奪われ……ニンジャになっていた」

「ニンジャ……ナンデ……」「知らねェよ。ニンジャってのはな、ある日、急になっちまうらしいぜ。俺はブッダに選ばれたッてわけだ。俺はカス野郎をブチのめした」「今は何をやってるんだよ」ナゴヤが問う。ジャンクマンティスはギターをかき鳴らした。「ヨージンボに傭兵、フリーランスだぜ」

「勝手に死ねばいい」イチロクは吐き捨てた。「なんで今ノコノコ戻ってきた!」「そう、それだよ!」KRAASH! ジャンクマンティスはギターを投げ捨てた。耳障りなハウリング音を骨董アンプが鳴らす。彼はカウンターに置かれたカタナを手に取った。「コイツに決まってンだろうが」「アアッ!?」

「クソオヤジ。テメェ、チョーシこいて周りにバラしまくってただろうが。"流れ星" 拾ったッて、駄法螺をよォ。見たぜ。IRCに200万で売りに出してたのもよォ」「ア、アイエエエ……」「で、俺は思った。こりゃ、跡継ぎとして、相続重点だよなあッつってよォ。オヤジ、どうせ200万じゃ効かねンだろ」

「それは贋作なんだ」イチロクは狼狽え、明かした。「150しか価値もつかず……」「それがこの万札か、ア?」ジャンクマンティスは札束を掴み、懐に入れながら、気絶するカナスーアを見た。「じゃあ万札は迷惑料としていただくとして。このカタナはあらためて俺がカネに換えるわ」ナムアミダブツ!

「カネに困ってるのか?」ナゴヤが言った。ジャンクマンティスは睨んだ。ナゴヤは負けず、言葉を続けた。「兄貴、今カネに困ってるのか。それでダイハンジョウの事や、おやじの事……調べたのか」「……」ジャンクマンティスの目が細まった。ナゴヤは言った。「ウチもヤバイんだ。カツカツなんだ」

「知らねェよ」ジャンクマンティスは冷たく言った。「どうでもいいんだよ。店なんてよ。俺はビジネスでアゲ・アゲだ。依頼は引っ切り無し。腕ひとつでビッグマネーを稼ぐ。サイバネ手術やハッカーの外注。色々と仕込みに当座の費用が要るんだよ。負け犬の死に金、俺が有意義に使ってやンよ」

「やめてくれよ……」ナゴヤが肩を震わせた。「兄貴……兄貴が急に出ていって……俺が店で働いてさ……恨んだよ」「アア? お前はいつも人のせい……」「だけど」ナゴヤはニンジャの言葉を遮った。「兄貴の事、それでも俺、尊敬してたよ。家出した兄貴がうまく行ってりゃいいなと、思ってたよ……」

 ナゴヤは言葉を詰まらせた。ジャンクマンティスは沈黙した。イチロクは俯いていた。やがてジャンクマンティスは言った。「……なら、よかったじゃねえか。俺はうまくいってるぜ。だからよォ、跡継ぎとして、カネになるものは……」

 ミャオーウー。マネキネコが鳴いた。

 店内の三人が戸口に視線を向ける。街明かりの逆光となって、新たな来客が大股歩きで入り込んできた。黒いコートに腕章をつけ、高圧的なアトモスフィアを身にまとった男。肩の上の空気が陽炎めいて歪んでいる。「なにやら修羅場だな。外までやり取りが聴こえてきたぞ」男はメンポをしていた。

「な」「ア……」「アア?」三人の凝視を前に、男はアイサツした。「ドーモ。KOLカタナ・オブ・リバプールのエージェント、ディカスティスです」然り。男の腕章はKOL傘下の治安部隊であるKATANAのものであり、有無を言わさぬ威圧感を放っていた。「この訪問はKATANAとしての権限行使だ」

「ドーモ。……ジャンクマンティスです」ジャンクマンティスはアイサツを返した。KOLのニンジャは強力な存在であり、緊張の糸が張り詰める。ディカスティスは不敵に鼻を鳴らした。店の隅で気絶しているカナスーアを見る。ジャンクマンティスは手を広げた。「アア。ソイツはほっとけ。個人の問題だからよ。俺はこの店の身内だ」

 ディカスティスは興味なさげに騒乱の痕を一瞥し、そして手を差し出した。「そのカタナを引き受けに来た」「何!?」「そのカタナ、ソード・オブ・セレスチャルドラゴンはKOL社の正当な所有物である。先日の有事の際に我が社のレリックが散逸し、回収業務に追われている」

「チッ」ジャンクマンティスは鞘を握りしめる。イチロクは一瞬呆然とする。「ホンモノなのか……」すぐに表情を強張らせ、「いや、何の権利があって。俺はタマ・リバーで凍えるような思いをしたんだぞ。拾ったものは俺のものだ!」「そういう道理は通らんのだよ」ディカスティスは呆れたように肩をすくめてみせる。

「このカタナは俺のだ!」ジャンクマンティスは鞘を強く握りしめた。「ナメんじゃねェ!」「フー……」ディカスティスは嘆息した。「さっきのやり取りはストリートまで聴こえてきた。低レベルな家族の諍いには興味がないのだよ」ディカスティスは携帯端末を操作した。「当然、タダとは言わん」「何!?」

 ディカスティスは指を一本立てた。そして携帯端末の画面を示した。【100,000新円】。「10万……!?」「権利のない取得者に、破格の提示金額だという事は理解いただけるな。諸君は……フン」ディカスティスは笑う。「家族内での分配の比率は、後で決めてくれ給え。私がいない場所で願いたいものだが」

 困惑、畏怖、怒り。様々な感情がダイハンジョウを満たした。ジャンクマンティスはカタナを得物めいて手にかけ、鞘走らせようとした。だが躊躇した。KOLのニンジャは強力であり、一般のフリーランスニンジャが相手にできる存在ではない。「いいじゃないか。10万で……」ナゴヤが言う。

 ミャオーウー。

 店内の者達が戸口に視線を向ける時間はなかった。それはあまりにも素早く、稲妻めいていた。街明かりの逆光となって入り込んだ影は、滑るように接近した。ディカスティスはかろうじて振り返り、防御姿勢を取ろうとした。その腕が刎ね飛ばされ、さらに脇腹が斬り裂かれた。男はメンポをしていた。

 薄暗い店内を、噴き出す鮮血の粒が舞う。カタナによるアンブッシュを仕掛けたニンジャは、怯むディカスティスの肩越し、ジャンクマンティスの手にある宝刀を確かに視界に捉えた。そして愉悦に目を細め、歯擦音混じりの低い声を発した。「そのカタナ……貰い受ける」


2

「クセモノ!」ディカスティスは向き直り、切断された腕の筋肉に力を込めて止血しながら、襲撃者を凝視した。不気味な漢字がショドーされた無数の短冊を重ねたズタズタの上衣を纏う異様なニンジャだった。アンブッシュを仕掛けたうえ、アイサツでも先手を打った。「ドーモ。ブレイドレイスです」

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