S5第7話【トレイス・オブ・ダークニンジャ】#5
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正午。その日のキタノ・ストリートは晴れていた。キタノスクエアビル、「ピザタキ」の前で、ニンジャスレイヤーとダークニンジャは対峙した。獲物に襲い掛からんとする獣めいたカラテと、研ぎ澄まされたカタナめいたカラテ。空気が歪み、陽炎めいて二者の背中が烟る。
半透明のゴミ袋が風に乗り、タンブルウィードめいて転がってゆく。動けば、仕掛ける。一触即発の空気のなか、ピザ配達バイクが停まり、明るいオレンジの髪の娘がヘルメットを脱いだ。コトブキだ。彼女は明るくニンジャスレイヤーに声をかけようとして、止めた。無言で視線をかわし、彼女は店内へ。
「どうやってこの場所を見つけ出した」やがてニンジャスレイヤーは尋ねた。ダークニンジャは答えた。「博覧会の事件と、散逸レリックの問題を追っている。そのなかで、お前の存在が浮かび上がった」「……」「レリックを集めているな。ニンジャスレイヤー=サン」
「……だとすれば、どうする」問いに答えながら、ニンジャスレイヤーは敵意を緩めはしない。「いつぞやのように、おれを狙って現れたか。貴様らには面倒をかけられた。手下共を呼ぶなら呼べ。後悔させるぞ」「今ここで、お前とイクサを構える気はない」ダークニンジャは言った。
「ザイバツの目的はお前の抹殺ではない。お前のソウルに同化していた太古のレリックを抽出する必要があった。結果的にそれは今、お前から剥がされて、ケイトー・ニンジャの手に落ちている」「標的が変わったから許せ、と? おめでたい奴だ」「……」ダークニンジャは手を動かした。
ニンジャスレイヤーはチョップを繰り出しかけ、止めた。ダークニンジャが懐から取り出し、カラテ念動で浮かべたのは、スリケンでもクナイでもなかった。それは黒い直方の紙箱で、表面には金の箔押しの豹が描かれている。「へウヤの……ヨーカンだと」ニンジャスレイヤーは低く呟いた。名店である。
詫びの菓子折りでも持参して出直せ。数秒前に脳裏に構築した言葉を、ニンジャスレイヤーは飲み込まざるを得ない。「詫びる気はない。為すべき事を為すまでだ」ダークニンジャは言った。「だが、敵対したままでは、事が進まん。一時のテウチとして受け取れ。そのうえで、あらためて取引がしたい」
「チッ」ニンジャスレイヤーは舌打ちした。所在なく浮かんだままのヨーカンを掴み取る。「ならば、その取引とやらを話せ。博覧会の展示品に何の用だ。おれが集めていると知って近づいたと言ったな」「然り」ダークニンジャはニンジャスレイヤーを凝視する。「お前はカツ・ワンソーの痕跡を感知する」
ダークニンジャは端的に言った。「散逸からさほど日を経ていないにも関わらず、レリックを集める動きの軌跡が確信的だ。お前は感じ取っている。カツ・ワンソーの影に汚染されたレリックの気配をな」「……」ニンジャスレイヤーの視線は反射的に動いた。
「やはり判るか」ダークニンジャはニンジャスレイヤーの視線を見逃さず、己の懐を親指で叩き、言った。「俺のクロークの中は感知に長けたニンジャであろうとも知覚できはしない。お前の特異な感覚の為せるわざだ」
「……続けろ」「懐にあるのは、あの日以降に回収した二つのレリックだ。だが、それらは俺が望むものではなかった」「望むものだと?」「ブラックブレード・オブ・クサナギだ」ダークニンジャは明かした。「……いまだお前の手の内にも無いようだが。ニンジャスレイヤー=サン」
ニンジャスレイヤーの険しい目の微かな瞳孔の動きから、彼はそれを読み取った。「俺が探すレリックはそれだけだ。他の品に用はない。クサナギと引き換えに、俺が集めたものを引き渡そう」「要らん、と言ったら」「そうは言うまい」ダークニンジャは頷いた。
「クサナギに関しても、目的を果たした後にお前に返却してもよい。返却と言うべきかはわからんが」「……その目的とは何だ」「ニュースを見ているか。キルゾーンのキョート城。あれは呪いで囚われている。クサナギがそれを解き放つ」
「包囲の暗黒メガコーポにニュークやら何やら喰らわされる前に、という事か。貴様らも切羽詰まっているだろうな」「察しが良い事だ」ダークニンジャは無感情に鼻を鳴らした。「そして、問おう。ニンジャスレイヤー=サン。お前はなぜレリックを集めている。なぜブギーマンを追っていた?」
ダークニンジャの言葉には古事記じみた神秘的な誘導力があった。ニンジャスレイヤーは己の回答を得た。ゆえにダークニンジャの問いに答えるのは自然のやり取りのように思われる。ニンジャスレイヤーは沈思黙考し……「クンクンクンッ」二人の視界の端に、這いつくばって地を嗅ぐ異様な男の姿あり。
四つん這いの男はソクシンブツめいて痩せており、皮の腰布とサンダルを身に着け、犬の頭めいた形状の鉄兜で鼻から上を覆っていた。マズルの先端の網状の穴を地面に擦り付け、だらりと垂らした舌からヨダレを垂らし、嗅いでいる。「クンッ。クンクン……ハヒッ……ゼエッ……ゼエッ……」
異様な男の背には八方向に飛び出す矢を意匠化した刺青。そして首輪。首輪には鎖がついている。鎖を掴んでついてくるのは、恰幅のよい、真鍮塊に覗き穴を無数に開けたフルフェイスメンポを装着した存在だった。「ボォーイ。グッボオーイ……そこか? その店だなテセム=サン?」ピザタキを指差す。
「アフッ! アフフッ!」テセムと呼ばれたニンジャ(明らかにニンジャである)は繰り返し頷き、恍惚を期待して痙攣した。「グッボーイ、マイボーイ」革帯半裸鎧と真鍮仮面のニンジャは身をかがめてテセムを褒め、懐からスシを取り出し、咀嚼させた。「よォしよし……」「ヘヘヘイン! ヘヘヘイン!」
「何? 何だと?」真鍮仮面のニンジャはテセムに顔を近づけ、聴いた。「ここには混沌の御子の福音レリックがそんなにも集まっていると? なんたる僥倖。それはキンボシだ。この地は因果が強い! ではこのビルを、御子をお迎えする場所と決めよう!」「ヘイン!ヘインヘイン!」「はははハハッ!」
真鍮仮面の剣闘士じみたニンジャはニンジャスレイヤーらに少しも構わず、身を反らせて歌い出す。「オーオオー讃えよ混沌の御子! 我、ムルミッロを大司祭に任じ給え! ケオス! サマ! サマ!」真昼のキタノ・ストリートは濁ったアトモスフィアに呑まれた。ニンジャスレイヤーは叫んだ。「コトブキ!」
「ハイッ!」ピザタキの上階、鎧戸で封鎖された窓が内側から叩き開かれ、コトブキが顔を出した。「投げろ!」ニンジャスレイヤーは叫んだ。「ハイッ!」一も二もなく、コトブキは窓から投げた。奇妙なフロシキ包みを。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはフックロープを投じ、絡め取った。
「ハヒッ!?」テセムはフロシキ包みを目で追い、憤慨じみて唸り叫んだ。初めて存在を知覚したかのように、ムルミッロがニンジャスレイヤーの動きを咎めた。「貴様!? 何をするかッ! 福音を!」「イイイイイイヤアアアアーッ!」ニンジャスレイヤーは引き寄せ回転の動作からスリケンを投擲!
ナムサン! 高速回転の中から四方八方にスリケンを投げ放つ恐るべきワザ、ヘルタツマキ!「グワーッ! グワーッ!?」ムルミッロはスリケンを受けてたたらを踏み、血飛沫を迸らせた。「グワーッ!」「グワーッ!」距離の離れた周辺から幾つかの叫びがあがった。来訪ニンジャはこの二名のみではない!
「忌々しい反インガのカスめが! 祝福盗むべからずーッ!」テセムが涎を吐きながら罵り、ニンジャスレイヤーに飛びかかった!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは回し蹴りでテセムを蹴り払った。くの字に身体を折り曲げ吹き飛ぶ先には、不敵な傍観姿勢のダークニンジャ!
「イヤーッ!」「アバーッ!」ダークニンジャは振り抜いたカタナを鞘に戻した。テセムは二つに分かれて地面を転がり爆発四散した。「サヨナラ!」「マイボーイ!」憤怒と共にカラテを高めてパンプアップしたムルミッロに、ニンジャスレイヤーは躊躇なく襲いかかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」
顔面を捕まれ、地面に叩きつけられたムルミッロを見下ろし、ニンジャスレイヤーはアイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ……ムルミッロです」見上げる剣闘士、満身創痍! ニンジャスレイヤーはダークニンジャを睨んだ。「"取引き"の始まりだ。動け。ダークニンジャ=サン」
「フン……」ダークニンジャの目がぎらりと光った。その背後タタミ1枚距離に、2人の新手ニンジャが迫っていた。ダークニンジャはコートの裾を翻した。「イヤーッ!」斬光が閃く!「アバーッ!」「グワーッ!」一人は胴体切断、一人は切り裂かれながら後ろに跳ねて雄叫びをあげた。「此奴らを逃がすな!」
ダークニンジャは赤黒の影を振り仰いだ。ニンジャスレイヤーがムルミッロを高く投げ上げ、「おマミ」の電子看板にトビゲリで釘付けにした瞬間だった。「グワーッ!」バチバチと火花が散り、ムルミッロが痙攣する。ニンジャスレイヤーは蹴り上がり、隣接ビルの屋上にのぼった。
「奴だ!」「祝福!」集まるニンジャ達が口々に叫び合い、追う。ニンジャスレイヤーはピザタキから彼らを引き離そうとしているのだ。ダークニンジャは短く頷き、高く跳躍。看板で痙攣するムルミッロの心臓にカタナを突き刺して「サヨナラ!」爆発四散させ、追って跳んだ。「イヤーッ!」
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