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【ネヴァーダイズ 6:アクセラレイト】

PLUS総合目次 TRPG総合目次 三部作総合目次

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上記の書籍に収録されています現在第2部のコミカライズがチャンピオンRED誌上で行われています。



第3部最終章「ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ」より



【6:アクセラレイト】



1

 DOOOOOM……DOOOOOM……大地が鳴動し、風が吠えた。シルバーキーは窓を開け放ち、朧なオヒガンの境界を見た。「何だ!?」現世と半ば切り離されたこの場所に届くほどのなにか巨大な……破壊的な現象が。「何?」車椅子のネザークイーンが肩越しに声をかけた。「一体どうしたの!?」

「俺にもわからねえ」シルバーキーはネザークイーンを振り返った。「そもそも……その……ここはオヒガンだ。通信ができるとはいえ」10月10日、シルバーキーはジュエルを用いて肉体を形成し、この世に帰還した。その際に生じた歪みは巨大だった。彼自身の存在がオヒガンに繋がる門となったのだ。

 スターゲイザーとキュアを退けた後に再び行われたアマクダリ侵攻の折、シルバーキーは賭けに出た。彼の出現のせいで現世の礎を半ば失い不安定になっていたニチョーム地域を揺さぶり、現世から切り離し、安全を確保したのだ。通常時であれば到底不可能な力技。一度きりの策だった。

 外へ逃れ出たフィルギア、ヤモトの尽力の末に、ポータル・ジツの双子を迎え入れるまで、現世へ帰る道筋すら実際無かった。しかしそうした困難を代償として、絶対の安全を確保していたのだ。カラテ鉱石通信を通して外部と連絡を取り、ヤモトらはツキジに駆けつけてニチョームとポータルを繋いだ。

 ニチョームのシマナガシ・ニンジャ達はポータルをくぐってツキジへ移動し、アマクダリ戦力と戦闘した。奇策に奇策を重ねた奇怪なゲリラ戦術は一応の成功を見た、筈であった。「この揺れは何?」ネザークイーンが問いを重ねた。シルバーキーの額を汗粒が流れ落ちる。街を囲む境界が揺れ、ノイズが走る。

 DOOOOOM!「アブナイ!」ネザークイーンはシルバーキーの腕を掴み、車椅子を支えた。シルバーキーは呻いた。「わかるのは……無茶苦茶な衝撃……破壊……ダメージ……そういう事象が起こってるッて事。それも、物理とコトダマ。両方でだ」「それって……」「何だ」シルバーキーは大通りを見た。

「何?」「どこかで見覚えが……」シルバーキーは手をひさしにして、大通りの真ん中に出現した胡乱な質量を見た。小舟だ。小舟がアスファルトに斜めに突き刺さっている。まるで座礁しているかのように。小舟の付近にニンジャの影があった。海賊帽を被ったニンジャはシルバーキーを見返し、手を振った。

「ヨオ、ヨオ!お迎えご苦労さん!」海賊帽のニンジャは大通りへ走り出たシルバーキーに向かってかしこまったオジギをしてみせた。「ドーモ。カロン……」「ドーモ。コルセア=サン」「チョージョー。俺を覚えとったか、シルバーキー=サン」「ここにサンズ・リバーはねえぞ」「いや、まったく!」

 DOOOOM!「ヌウーッ!」シルバーキーは頭を押さえ、よろめいた。「いかんな」コルセアはシルバーキーに近づいた。「平気だ」シルバーキーは首を振り、「それより何故あンたがここに居る」「奇妙だ」コルセアは低く言った。「とにかく、お前という錨にしがみつき、遭難を逃れた。危うかった」

 胡乱なニンジャは呟き、周囲を見渡した。「落ち着かんな。陸……いや、孤島というべきか……」そこでハッと手を叩き、「いや、待てよ、となると、俺は現世の付近に臨んでおるわけだ。待て。何年ぶりだ?こんな格好で俺は流行にズレとらんか、ええ?」「その……」「いい。落ち着いたわい。異常事態だ」

 DOOOM!今度の轟音と震動は大きい!「グワーッ!」シルバーキーは膝をついた。その輪郭が砂嵐めいて乱れ、目鼻から血が溢れ出した。DOOOM!DOOOOM!「アバーッ!」「いかん!」コルセアはシルバーキーに触れた。「よいか、ここだ!お前はここだ。ここだぞ!この……何だ、街におる!」

「AAAARGH」シルバーキーは必死で堪えた。コルセアはシルバーキーに繰り返し呼びかけた。「いかんな。いかんぞ」彼はシルバーキーに肩を貸し、ニチョーム本拠地に向かって歩いた。DOOOOOM!「お前はシルバーキーだ!わかるか!」「俺はシルバーキーだ」「そうだ、わかるな!頑張れ!」

「ちょっと!いけない!」ネザークイーンが自分の車椅子を蹴倒し、走り出てきた。難儀しながら、二人はシルバーキーを屋内へ引きずり込んだ。DOOOOM……「ああ。アア。畜生。嗚呼」激しい震動の中、シルバーキーはやがて意識を取り戻した。「もう平気だ」自らの力で立った。「びっくりしただけ」

「何か飲むわね」ネザークイーンがシルバーキーを気遣った。「いや。マジで平気だ」シルバーキーは倒れた車椅子を起こした。「こう……耐え方つうか……掴んだ。多分な」彼らはエレベーターを用いて元の場所へ戻った。エレベーター内で、コルセアはネザークイーンとやや怪訝なアイサツをかわした。

「悪いな。俺にも何がなんだかわからんのだが」エレベーターが開き、話しながら廊下に出たコルセアは、窓の外の光景に足を止めた。そして呟いた。「何がなんだかわからん」ネザークイーンとシルバーキーは彼の視線を追い、ニチョーム上空を見た。逆さのキョート城を。

 DOOOOM……再びの震動。時空が渦を巻き、黒い稲妻が縦横に走った。間違いなく、この天地鳴動に伴って現出した光景だった。「まずあンたの舟が座礁し、次にキョート城が上空に出現した」シルバーキーは呟き、いまだ溢れる血涙を繰り返し拭った。「ワカル」「あれは?」ネザークイーンが指差した。

 大通りの先、障壁が波打ち、そこから奇怪な萎びた男が進み出た。ユーレイでも見ているかのようだった。三人が見守る中、その者はやおら両手を掲げ、キョート城を見上げた。「アマクダリ?」ネザークイーンが呻いた。今現在、ニチョームに迎撃可能なニンジャ戦力は無い。「違う」シルバーキーが言った。

「あいつ……あいつはネクサスだ」シルバーキーは呻くように言った。「奴は……ザイバツ・シャドーギルドのニンジャだ。何故あいつが」「イヤーッ!」萎びたニンジャは、その姿からは想像もつかぬ大音声で叫んだ。障壁がバチバチと音を立てた。DOOOOM!そして鳴動!障壁が……流れ落ち、消えた。

 ニチョームは闇に包まれていたが、直前までと明らかに違う、自然の夜闇だった。ドクロめいた月が黄金立方体の横に見えた。凍てつく風を伴い、雪が吹き込んできた。しかしキョート城はいまだ逆さに、ニチョーム上空にあった。萎びた影は地面に頭をつけ、祈るように両手を合わせた。

「これ……」ネザークイーンが青ざめた。「ああ」シルバーキーは拳を強く握った。何が理由か、すぐにはわからない。しかし、ニチョームが強制的に現世に引きずり出された事は確かだった。もはやニチョームはオヒガンに切り離された隠れ家ではありえない。DOOOOOM!天地が鳴動した。

 雪が、01の風が、悲鳴が、喧騒が飛び込んで来るなか、ネクサスは突っ伏したまま、叫んだ。「この時は本意にあらねども!」DOOOOM!DOOOOOM!「出でませい!」応えるように、上空のキョート城からニチョームの大通りに、黒い稲妻が繰り返し落ちた。一人。また一人。ニンジャが出現する。

「下がれ」シルバーキーはコルセアとネザークイーンを振り返り、陰へ潜むよう促した。彼はこめかみを押さえ、建物内の人間に言葉を伝えた。(他の皆も。様子を見に外に出たりとか、絶対ダメだ)念話を伝えてから、不意に彼は訝しんだ。既にここは現世だ。間違いない。念話は異様なまでに容易だった。

 シルバーキーらは陰に身を潜めながら、表の様子をじっと見守った。黒い光が落ちるたび、ニンジャの数が増えてゆく。「ア……アア……」シルバーキーは口を半開きにし、呻き声を上げた。「こいつはコトだぞ」コルセアが呟いた。「境界が朧だ。あまりにも朧だ。現世で誰が何をやらかした」

 ドオン……タイコの音が鳴った。ドオン……ドオン……ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン……ドンコドンコドンドン。ブロンタイドがイクサのエンチャント・タイコを打ち鳴らす中、ニンジャ達はつま先を動かしたり、周囲を見渡すなどして、現世の感覚を確かめているかのようだった。

 シルバーキーは驚愕に卒倒しそうになる己を強いて、ザイバツ・ニンジャの編成を確かめようとした。メイルシュトロムの内乱によって、彼らは大きくその戦力を減じた。それを鑑みれば、今こうして出現しつつあるニンジャ達の構成は……主力のニンジャの、ほぼ総出といえよう。

 ある者は徒歩であり、ある者はナイトウインドが虚空より何頭も生ぜしめた闇のカラテ馬にまたがっている。ニーズヘグは蛇矛を月明かりに輝かせ、パーガトリーは尊大そうに胸をそらす。或いはジュウニヒトエ姿のパープルタコ。微動だにせぬミラーシェード。ディミヌエンドを始めとする若きニンジャ。

 金髪碧眼、巨大な剣を背負うニンジャはジークフリート。濡れた鉄じみた装束を着たニンジャはボイリングメタル。シルバーキーが知らぬニンジャも何人か居る。頭を2つ持つビッグニンジャや、薄汚れたデータ屋じみたニンジャ。鎖鉄球を弄ぶニンジャ……。

ドオン。黒い光。赤い龍装束の女が立ち上がった。シルバーキーは震えた。彼は後ずさり、倒れこむようにして、反対側の壁に背中をつけた。彼は装束の上から己の心臓付近を掴んだ。ドオン。黒い光。最後の一人。闇のローブに身を包んだ男、ダークニンジャが立ち上がった。その手に凶刃ベッピンあり。



2

「イヤーッ!」「グワーッ!」鋼鉄軍旗の強打を受け、カタナマンティスは弾き飛ばされた。両腕のサイバネ義手から展開した仕込みブレードも、最早粉々に砕け散っていた。「アマクダリに楯突く愚か者どもめ……」彼は霞む視界のうちに、敵の旗印を見た。「何者だ貴様ら……ネオ・ソウカイヤか……!?」

「ネオ・ソウカイヤだと?ふざけた名前だな。ソウカイヤをナメるな。ソウカイヤはまだ滅びてなどいない」クロスカタナ腕章をつけた傭兵部隊の間から現れたのは、コマンド・グンバイを握る、冷たい瞳の少年であった。「今から、ぼくが奪われたもの全てを奪い返す。さしあたって、お前は死ね」

「バカな……!増長したガキが玉座を奪」カタナマンティスが少年を指差し、何かを言おうとした瞬間、ネヴァーモアの鋼鉄軍旗フルスイングが彼の頭をとらえた!「グワーッ!」ナムサン!カタナマンティスの生首はティー上のゴルフボールめいて飛び、インテリア灯篭に激突して爆発四散!「サヨナラ!」

 頭部を失ったニンジャの体は、既にウルシ・ジツで破裂毒殺されたハイデッカー四人の死体の間へと、ゆっくりと倒れてゆく。オメガはその懐から素早くバイタルキーを抜き取り、バイタルサイン有効が切れる1秒前に、壁の認証装置へ突き刺した。ガゴンプシュー!隔壁が開き、大階段への道がクリアになる。

 「急げ!後ろからシデムシが入ってきやがった!銃弾で押されるぞ!」ヘンチマンが叫ぶ。後衛は彼とサイサムライ。「大階段へ!隔壁、ネットワーク物理切断し、5秒後に手動で閉じる!」「「イヤーッ!」」オメガ、ブラックヘイズを先頭に、チバのソウカイヤ傭兵部隊はジグラットの内部へと押し進む!

 それは大理石で作られた百段の壮大な階段であり、見事な日本庭園と小川が設えられていた。天井は大聖堂じみて高く、左の壁には歴代総理大臣、右の壁には歴代ヨコヅナの大肖像画が並ぶ。そして前方、階段を上りきった大扉の上には「国会」のショドー板!ジグラット内防衛の要衝、国会議事堂前大階段だ!

「「「スッゾコラーッ、市民!」」」大階段の日本庭園部分、松の木の陰からハイデッカーのジグラット防衛部隊が出現!BRATATATATA!銃火の出迎え!「突破せよ!」チバがコマンド・グンバイを掲げ叫ぶ!「「「ヨロコンデー!」」」傭兵ニンジャたちは銃弾をかわし、黒い影となって突き進む!

 瞬間、吹き消されたローソクの炎めいて、ぴたりと銃火は止む。「「「……アバーッ!」」」ハイデッカーらは緑色の血を撒き散らしながら、糸の切れたジョルリめいて倒れた!部隊は大扉前に到達。「破壊しろ!ここで手間取っていると、増援に挟み撃ちにされる!」チバはホロスフィアを操作しながら叫ぶ。

 天井近くまで高さがある巨大な扉だ。無論アルゴスによって遠隔電子ロックされている。カラテで破壊する以外に道は無し!ネヴァーモアが扉の右、ヘンチマンが扉の左に立つ。二人は剣呑な一暼を交わしてから、同時に腰だめ姿勢を作る!「「イイイヤアーーーッ!」」限界まで腰をひねり、拳を叩きつけた!

 SMAAAAAASH!爆発的なカラテストレートを叩きつけられ、左右の大扉に穴が穿たれる!両者の破壊具合はほぼ同程度!二者はまた一暼を交わし、破損部分を蹴り破って突破路を作った。「ムハハハハ!いいぞ!雪崩れ込め!」チバが満足げに笑い、コマンド・グンバイを振るう。

「待て」ブラックヘイズが一行を制止する。「この先、生体反応多数……」「何だと?国会は閉会中だぞ」チバが訝しんだ。果たして何が。大扉粉砕で生じた粉塵が晴れゆく。「ニンジャか?否……他にも」オメガが目を細めた。議長席には不穏な黒い影。千近い議席には、スーツを着込んだ代議士たち……!?

「ドーモ」議長席から朗々たる声が響いた。彼の身を包むオナタカミ社製の黒いパワードスーツが、青い起動光を放った!「……私の名はニューオーダーこと、シキタリ2世!悪逆非道なるテロリストの暗殺行為によって散った、マスターマインドの長子!」ナムアミダブツ!二世議員!ニンジャだったとは!

「アマクダリ体制に対する諸君らの越権行為に対し、可能な限り善処させていただく」ニューオーダーは表情読めぬ重い瞼の目に殺意を燃やしながら、「天下秩序」と銘打たれた黒いカタナを抜き放った!「来るべき新世界のためにロールアウトされた彼らとともにな。…起立!」直後、千の議員が立ち上がる!

「何だと……!」さしものチバも己の目を疑った。千の代議士は一糸乱れぬ統率感で起立すると、同時に大扉側を向き、チャカガンを抜き放ったのだ!「「「ザッケンナコラーッ!」」」おお、何たるディストピア的禁忌光景!千の議席を占めていたのは、アマクダリ金バッチをつけたクローン代議士であった!

「……我々はソウカイヤだ」チバは敵を睨み返し、代表アイサツを行った。みしり。一触即発のアトモスフィアが議場内を満たす。全員がオジギを終え、短く睨み合った。議長は笑んだ。「突破は不可能だ。アマクダリの前には…」「皆殺しにしろ!」チバは意に介さず、高笑いし、グンバイを掲げ戦端を開く!

 凄まじいカラテシャウトが響いた。そして銃弾の雨!雨!雨!「「「スッゾコラーッ!」」」BLAMBLAMBLAMBLAM!「「「イヤーッ!」」」黒い影が躍りかかる!『サイサムライケン』UNIX電子音声と同時に、サイサムライはサイバネ手首を回転させて前方にかざし、チバを流れ弾から守る!

 最初の一斉射撃を耐え抜くと、サイサムライも攻撃に転ずる。防御をヘンチマンとネヴァーモアに任せ、他のニンジャたちはニンジャたちは壁や議席を蹴り渡り、次々にクローン代議士を殺害!「「「アバババーッ!」」」だが、多い!大量殺戮系のジツを持たぬソウカイヤに対し、物量は危険な足止め要因だ!

 ならば指揮官を。「イヤーッ!」オメガはトライアングル・リープでニューオーダーを狙った。ウルシ・ジツを籠めた瓦割りパンチである!だが敵はそれをブースター噴射飛行で回避!何たる機動力か!「格が違うのだ!」ZOOM!議場内を舞う!「速い……!」砕けた議長席から跳躍し、オメガは敵を追撃!

「イヤーッ!」天井、荘厳な相撲ステンドグラス付近までブースター噴射上昇したニューオーダーは、真下のヘンチマンめがけ急降下ショルダーチャージ!ZOOOM!「グワーッ!?」さしものビッグニンジャも、衝撃で蹌踉めく!「もらった!」その首を狙い、ニューオーダーの黒い強化カタナが迫った!

「イヤーッ!」火花!並び立つネヴァーモアが鋼鉄軍旗を振り回し、辛うじてこれを弾いた!「コシャク……!」ニューオーダーは背後からのオメガの接近をアルゴスに警告され、再飛翔!ZOOOM!「イヤーッ!」ブラックヘイズが上空に向けネットを放つも、敵は最大出力でこれを強引に引きちぎった!

 総戦力では確かにソウカイヤ側が上。だが、間に合うか。オメガは議場内をジグザグに飛び渡りながら、すれ違いざまにクローン代議士を毒殺破裂させる。最後の一体を毒袋に変えた後、彼は新手の接近に気づき、大階段側を一瞥した。マーズ、ファーストブラッド、デメントが大階段を上り、アイサツした。

 即座に4つの1対1が作られ、ニンジャのイクサが始まった。(アルゴスの回復が予想以上に早い……!ツキジが落ちたか……!?)チバは死屍累々たる国会議事堂の中央に立ち、必死でホロスフィアを操作した。傍で荒い息を吐くネヴァーモアは、軽傷とはいえ、既に装束がボロボロになり、血を流していた。

 然り。ツキジが落ち、アルゴスがジグラット防衛にリソースを注ぎ始めのだ。(だが、この数ならばまだ……!)チバが問う。「やれるな、ネヴァーモア」「ハイ」忠犬が目元の血を拭う。その希望を打ち砕くように、上空のニューオーダーが高らかに宣言する。「無駄な抵抗は止めよ!さらなる増援が……!」

 まさにその時であった。「「「「「イヤーッ!」」」」」KRAAAASH!両軍とも予想だにしていなかったジグラット侵入者が沈黙を破り、天井の荘厳なステンドグラスを砕きながら、この戦場に乱入したのだ。「グワーッ!?」ニューオーダーは背部ブースターにマチェーテ斬撃アンブッシュを受けた。

 バイオニンジャらに続き、マチェーテ表面に火花を滑らせながらサワタリは回転着地した。「ドーモ、サヴァイヴァー・ドージョーです」彼が両手を合わせてオジギすると、後ろに控えるハイドラがマキモノを掲げた。狂気に満ちた目で、サワタリは軍旗を掲げる大男と少年を見た。「メコン川沿いは壊滅か?」

「メコン川…」神聖なるアイサツで場内が静まり返る中、チバは何かを悟り、異形の一団に敬礼を送った。サワタリは短い敬礼を返し、言った「西の司令官、メコンの泥水を啜って生き残ったか」そしてアマクダリ勢に飛びかかった!「我が部隊はこれより一時共同戦線を張る!」バイオニンジャが彼に続いた!


◆◆◆


 カスミガセキ・ジグラット前へと続く8車線の大通り。そこに構築された、ハイデッカー装甲車両部隊とシデムシ部隊による水も漏らさぬ防衛ライン。今ここへ、クナイのごとく鋭角に突き進む勢力があった。彼らが取っていたのは、ヤジリと呼ばれるニンジャの突破型攻撃陣形であった。ヤジリは2つあった。

 勇壮なる太鼓が響く中、闇のカラテ馬は蹄音をなお早める。ダダッ!ダダッ!ダカダッ!ダカダッ!ダカダッ!胸が高鳴り、イクサの熱が彼らを包む!「首級の数で勝負といくか!」右のヤジリの先端、ニーズヘグが蛇矛を構え、呵々と笑った!「ハイ」並走する左のヤジリの先端、スパルトイも蛇矛を構えた!

 彼らが打ち跨るのは、闇のカラテ馬!「「「スッゾコラーッ!」」」突如現れた騎兵部隊に対し、ハイデッカー部隊がバリケードから迎撃!「「イイイヤアアアアーーーーッ!」」ニーズヘグとスパルトイは蛇矛を振り回して銃弾をしのぎ、突撃!馬は高く跳躍し、バリケード突破!装甲車両の屋根へと、着地!

「「「「グワーッ!?」」」」無慈悲なる刃の乱れ風を浴びたかのように、ハイデッカーは血飛沫を撒き散らし死亡!「なんじゃ、他愛ない!」ニーズヘグが血振りする。さらに四頭のカラテ馬が続き、突破!「「「「イヤーッ!」」」」その馬上にはダークニンジャ、パーガトリー、ユカノ、ナイトウィンド!

「「ズズズズ」」一拍遅れ、シデムシ部隊が騎兵を射撃せんと後方を振り向く。そこへ、左右のヤジリの後続徒歩部隊が襲いかかった。「ぬるいわ、イヤーッ!」オウガキラーが跳躍から鎖付き鉄球を振り回し、その頭部を砕く!「ウオーッ!」双頭のビッグニンジャ、ギガントがもう一機を棍棒で殴りつける!

 さらにドモボーイ、パープルタコ、オッドジョブらが撃ち漏らしの歩兵を掃除しながら疾走、跳躍して続く。後詰のジークフリートは、黒漆塗りのハーレーに乗って突き進み、ルーンカタカナの刻まれた長剣を振り回して敵を壊滅させる。一方、ヤジリの最前列は、次なる防衛網に直面しようとしていた。

「久方ぶりの東の空気はどうじゃ!?」ニーズヘグが後方に呼びかける。「相も変わらず品のない街よ」パーガトリーは扇子を閉じて馬上に立ち、腰だめ姿勢を作ると、前方防衛網をにらみセイケンヅキ乱れ打ちを繰り出した。「イイイイヤアーーッ!」握り拳大の光球、カラテミサイルが多数射出され、着弾!

 カラテミサイルを受け、防衛網最前列のハイデッカー部隊が狼狽!この好機を狙い、ニーズヘグとスパルトイが突き進み、蛇矛を振るった。ドクロじみた満月の下で、ハイデッカーの生首が飛ぶ。血煙を抜けながら、馬上のニーズヘグは大音声で叫んだ。「東の腰抜けども!物足りんぞ!ニンジャはまだか!?」

『ザイバツ紋確認』『一部ニンジャデータに不足』アルゴスからの分析結果が届く。「ザイバツ!?馬で最新兵器の防衛網を突破してきているだと!?」アイアンウォッチは、ジグラット前に展開した大型多脚戦車BW-13"ミボウジン"の機体上から、LAN直結型のサイバー双眼鏡を覗き、手に汗握った。

「壊滅していなかったとは!」疫病を振り払ったアルゴスは、監視カメラやサイバー視線を通しザイバツニンジャたちの戦闘パターンを分析開始した。『攻撃パターン蓄積』『徐々に精度』アルゴスの完全復帰にアイアンウォッチは胸を撫で下ろし、指揮下の部隊に連携攻撃命令を下す!「目に物見せてやれ!」

 ニーズヘグとスパイルトイは十字路に構築された第三防衛網を突破。その時、左右の道路からブラックダート部隊がエアロバイクで現れ、貪欲なピラニアめいて追撃!ZOOOM!「イヤーッ!」フルフェイスメンポを内側から発光させながら、ペイガンの一人がスパルトイの背めがけ、フレイルを振りおろす!

 だがフレイルが命中する直前、「イヤーッ!」鋭いカラテシャウトとともに、鞍の後方でスパルトイと背中合わせに屈みこんでいた小柄な女ニンジャが跳躍した。彼女は二本のダガーを空中で交差させるように閃かせ、ペイガンの腕を切断しながら、敵のバイク上へと着地した。「ドーモ、ディミヌエンドです」

 逆側のヤジリでは、ニーズヘグがブラックダートと高速並走で斬り結ぶ!蛇矛の薙ぎ払いを、敵は巧みなエアロバイク軌道で回避。専用のフレイルを振り回す!「「イヤーッ!」」ガキン!火花が散り、再び激しい斬り結び!そこへ逆側からもう一機のサヨナキドリが機体体当たりを敢行し、カラテ馬が揺らぐ!

「イヤーッ!」隙をつき、ブラックダートは懐から漆黒タール毒クナイを取って投げ放つ!「ヌウーッ!」浅く突き刺さる!体内で即座に分解された毒が、心地よい熱を生み出す。歯応えのある敵との対峙に満面の笑みを浮かべ、斬り返した。「のう東の、もう一度セキバハラでもやってみるか!?イヤーッ!」

再び逆側、危うい蛇行運転の中で戦闘していたディミヌエンドとペイガンの戦闘は、俊敏なるディミヌエンドに軍配が上がっていた。「イヤーッ!」突き出されるダガー!「グワーッ!」ペイガンのフルフェイス型内発光メンポに真正面から深々と突き刺さった!「サヨナラ!」爆発四散!

 ディミヌエンドはそのまま、荒馬の如く左右に揺れて滑空疾走するサヨナキドリを奪わんとする。だがアルゴスが即座に操作認証をKILL。推力を失ったエアロバイクは横転。ネズミ花火めいてアスファルト上を転げ、跳ね、偏平上に広がるフロントノーズ部を装甲車ボンネットに突き刺して止まり爆発した。

「イヤーッ!」ディミヌエンドは直前にムーンサルト跳躍。後続、ドモボーイの横へと着地。素早い四連続側転で爆発飛散片をかわす。ワザマエ!「ッ!」ハイデッカー砲兵を殴り飛ばしていたドモボーイは、飛散金属片で浅く腕を切った。「平気?」答えも待たず、彼女はイクサを求め、再び最前線へ消えた。

「イヤーッ!」ドモボーイは再び疾走を開始した。銃撃をかわし、装甲車両の屋根と中央分離帯看板をジグザグに飛び渡る。前方、ヤジリの先端を走るカラテ馬を追って。ゴウ!ひときわ強い風が吹き、雪の帳を吹き流す!彼方に聳えるは、全高2千メートル超の巨大複合建造物、カスミガセキ・ジグラット!

 初めてその威容を仰ぎ見たガイオン人は、皆、例外なく言葉を失うという。それは貪婪なる電脳都市の中心に聳えるフジサン、あるいはバベルの塔か。市民の頭を自ずと垂れさせ屈服させる権力の座。然して今、その斜面に瞬く小さな光点の群は、その一個一個が、敵を迎え撃つアクシスや自律兵器の眼なのだ!

 ドモボーイは唾を飲んだ。己の力量は熟知している。では敵ニンジャは。数十か。数百か。己はどこまでゆける。ドンコドンコドン!ブロンタイドの太鼓が恐怖を払いのける。(フォハハ、何緊張してるの?大したことないわ、アカチャン)横を跳ぶパープルタコの思考がネクサスの魔術じみたリンクで伝わる。

(オヒガンの彼方に比べれば)パープルタコはビル壁を蹴って検問前に着地。両目を妖しく発光させながら、敵部隊に両手をかざした。「イヤーッ!」「「「アバッ!?アババババーーーッ!」」」その眼を見た三十名近いハイデッカーが、狂気のビジョンを注ぎ込まれ、瞬時にニューロンを破壊されて倒れた!

 狭間でカツ・ワンソーの気配に晒され続け、彼女は狂気に陥った。正気に戻った今も、狂気は彼女の内側に巣食い続けている。故に、彼女はそれを武器となす。新たに編み出したこの恐るべきジツ、オモズカイで。彼女は頭を押さえて転げまわるペイガンを捕まえると、楽しげに笑いながら、脳髄を啜り上げた。

「イヤーッ!」「「グワーッ!」」ドモボーイもサイバネ腕カラテで敵歩兵をなぎ倒し、突き進む!ドンコドンコドンドン!ブロンタイドの叩く太鼓の響きは、01の風、オヒガンから吹き付けるエテルの流れに同調。ヤルキ・ジツにも似て、仲間たちのカラテを高め、超自然的な燐光で彼らの体を包んでいた。

 ドモボーイの前方にシデムシが立ちはだかる!「イヤーッ!」前傾姿勢で加速!素早い左右のジグザグ移動でミニガン射撃を回避!すぐ後ろ、アスファルトが弾丸で切り裂かれ赤熱する。「イイイヤアアーッ!」跳躍し、サイバネ腕で殴る!SMAAASH!「ガガガガ!」バイオ脳漿を散らしシデムシ陥落!

 ドモボーイは高揚感とともに回転着地し、なお速く、駆けた!ディミエンド、ユカノ、そしてダークニンジャの背中が見えた!「イヤーッ!」イクサの高揚が彼を、ザイバツを包む!ヤジリへ!神話のイクサへ!「前方から高速戦闘機!」右手、高層ビルの高みをブロンタイドと並走するボロゴーブが叫んだ!

 汐が引くように、ブラックダート部隊は素早く左右へと散ってゆく。BRATATATATATA!オナタカミ社製高速戦闘機JF-22"タダチニ"が機銃掃射を繰り出しながら、ジグラット前大通りを低空飛行!さしものザイバツ・ニンジャたちも、ヤジリ隊形を崩しながら左右に回避行動を取る!

 ドモボーイは側転を打ち、銃弾を回避した。前線の異常に気付いた。馬上にダークニンジャの姿がない。直後、頭上で鋭いカラテシャウト。ドモボーイが見上げると、赤い火花が降り注いだ。高く跳躍したダークニンジャが妖刀を右手で抜き放ち、左掌で柄頭を押し込み、高速戦闘機の下腹をかっさばいていた。

「イヤーッ!」天地逆の状態で斬撃を繰り出し終えたダークニンジャは、高速戦闘機の尾翼を蹴って鋭く跳躍。再び馬上へと戻っていた。 KA-DOOOM!機体を左右に真っ二つに切断された高速戦闘機は墜落、爆発炎上。ドモボーイと後続の徒歩ザイバツ部隊は鬨の声を上げて、前進の勢いをなお強めた!

「バカナー!進軍速度が止まらぬ!?ええい、撃て!撃てーッ!」アイアンウォッチは距離補正を終えた大型多脚戦車ミボウジン部隊に一斉射撃命令を下す。「「「ハ、ハイヨロコンデー」」」大蜘蛛型サイバネ機体に下半身を埋め込みLAN直結したペイガン達が、引きつったように身を痙攣させて答えた。

 キュイイイイイイイ。3機のミボウジンは射撃用の低姿勢を取り、操縦者の側面に並んだ2門の大型レールガンにターコイズ色の電磁光を纏わせた。直後、斉射。凄まじい速度で射出された実体弾が、前進してくるザイバツニンジャらを襲った。

 伝令役、ボロゴーヴが思念リンクを通して危険を告げたのは、ミボウジンが射撃前の電磁充填を終えた直後だった。彼らは己のニンジャ反射神経の導くままに、即座に回避行動を取った。レールガンの弾丸はザイバツの周囲にバリケードめいて並ぶハイデッカー車両群を貫通、連鎖爆発させながら彼らを襲った。

 BOOOM!BOOOM!KA-BOOOM!大通りに咲く連鎖爆発の花!「イヤーッ!」ドモボーイは素早い連続側転で回避。だがすぐ傍の車両が、レールガン射撃の貫通を受け爆発!「…‥シマッタ」後方ではレールガン直撃を受けて消し飛んだオウガキラーが壮絶な爆発四散を遂げていた。「サヨナラ!」

「ハレルヤ!消し飛ぶがいい!時代錯誤ニンジャどもめ!」アイアンウォッチはサイバー双眼鏡を覗きながら感極まって叫んだ。だが……ドンコドンコドンドン、ドンコドンコドンドン!一瞬の静寂から、再び太鼓の音!「「「イヤーッ!」」」爆炎を抜け、再びヤジリ騎兵部隊が現れる!「バカナー!?」

 一部の者は傷を負い、血を流し、あるいはカラテ馬を失っていたが、彼らの戦意はいささかも衰えず、むしろ高揚していた!「突撃、加速!」ダークニンジャがカタナの切っ先をジグラットに向け、命ずる。「イヤーッ!」サイバネ腕で爆炎を凌いだドモボーイも、火の粉を払いのけながらユカノの後ろに続く!

 壮絶である。アマクダリとの物量差は百も承知。だが手をこまねいていれば、イクサで死ぬよりも遥かに恐るべき運命がザイバツを待つのだ。即ち、オヒガンの彼方への忘滅。現世の狭間に浮かぶキョート城を本拠としていた彼らは、オヒガンの激変をその身を以て感じ取り、未曾有の危機に晒されていたのだ。

 彼らはオヒガンの狭間から、IRCコトダマ空間の騒乱を観測していた。無数の眼を持つ巨人、アルゴスなるハッカーニンジャがネオサイタマのIRC空間を完全掌握し、揺らぎを否定する秩序のグリッドを急激に広げていることを。それに従って、キョート城がオヒガンの彼方に落ち込もうとしていることを。

 ドモボーイはユカノの言葉を反芻する。アマクダリが進めているのは、オヒガンと現世を完全に断たんとする行為であろうと。未曾有の破滅をこの世界にもたらす暴挙であろうと。ユカノがいなければ、そしてダークニンジャとネクサスが彼女の言葉に耳を傾けねば、皆は既に淵の向こう側にいたやもしれぬ。

 傾き行くキョート城の中で七日間に及ぶ茶室会議が行われ、ユカノとダークニンジャとネクサスは結論付けた……共闘しアマクダリを討たねば、半コトダマ存在たるキョート城とそこにいる者は消滅、あるいは永遠にオヒガンを漂うことになると。会議の末にフスマが開いた時、ドモボーイは牢獄から出された。

 そして今。現世とオヒガンは、永遠に離れ行く前兆めいて、一時的に極めて接近した状態にある。あと何時間続くのか。乱れたオヒガンの帳を超えてネオサイタマに現界できた、このオールド・オーボンの夜のイクサこそが、ザイバツにとっては千載一遇の好機にして、忘滅を防ぐ最後のチャンスなのだ。

 オヒガンと現世が絶たれれば、ワンソーも復活できぬのでは?それは彼らの勝利ではない。主たるダークニンジャは自らの手でワンソーを殺すと誓った。そして砕けザイバツ紋を帯びるニンジャたちは、その輝かしきイクサのために己のカラテを磨き、ワンソーを殺す武器を求めて現世の探索を続けてきたのだ。

「「「イイイヤアアアアアーーッ!」」」「迎撃せよ!迎撃せよーッ!!」二本のヤジリは血煙を纏いながら、ついにアイアンウォッチが陣取るジグラット前の最終防衛網へ到達!銃弾をかいくぐり、突撃!だが……ユカノは馬上でチャドー呼吸を止め、コトダマの前兆を読み、警告する!「衝撃波、来ます!」

 ジグラットを中心に、再定義の第二波が精神衝撃波となって走った。半コトダマ存在であるザイバツニンジャたちは一瞬、視界にホワイトノイズじみた激しい乱れを感じた。カラテ馬の何頭かが、突如その場で掻き消えた。一瞬方向感覚を失ったジークフリートが銃弾の雨を浴び、バイクごと転倒爆発四散した。

「やったか!?」身を乗り出すアイアンウォッチ。ザイバツの突撃が期せずして乱れたのだ!「……いいえ!」コトダマ衝撃波を察知し身構えていたユカノは、一拍遅れたザイバツニンジャらに先んじるため、不完全な姿勢から敵将めがけドラゴン・トビゲリを繰り出した!「イヤーッ!」

 敵は咄嗟に、両腕でブロック。防御の上からでも凄まじい衝撃が走った。ユカノは命中の勢いで、回転しながら上方へ飛んだ。「ヌウーッ!?」アイアンウォッチは周囲を見た。ザイバツ勢が斬り込んでくる。ダークニンジャの刃がミボウジンの心臓を貫き、ボイリングメタルが両手で別の機体にジツを注ぐ。

「おのれ!」アイアンウォッチは先程観測したザイバツ勢の奇妙な乱れを論理タイプ報告しながら、捨て身のカラテで応戦しようとした。その時、ユカノの声が降ってきた。「こっちですよ!」ドラゴン・トビゲリの勢いで上に跳び、前方回転踵落とし、即ちドラゴン・ヒノクルマ・ケリへ繋ぐ、恐るべき連携。

 右では、機体異常発熱で神経を焼き切られたミボウジンが機能停止、左では、ヘビ・ケンで操縦者が首を落とされ爆発四散。「シマッ」「キエーッ!」高速回転空気摩擦によって加熱したユカノの踵が、アイアンウォッチの頭に叩き落とされ、命中!「グワーッ!」アイアンウォッチは爆発四散!「サヨナラ!」

 ズウン…。3機のミボウジンは蜘蛛型金属多脚を痙攣させてから力なく開き、その巨大な機体をジグラット前の道路に沈めた。ザイバツニンジャたちは仕留めた獲物の上に飛び乗り、ダークニンジャを中心に陣を組んで、敵城カスミガセキ・ジグラットを見上げた。斜面の中腹で、奇怪なプリズム光が煌めいた。

 カスミガセキ大通りに面した高層オフィスビル内から、超自然の馬に乗ったニンジャたちと近代兵器群のイクサを目撃してしまった不運なサラリマンたちは、皆、その場に立ち尽くし失禁していたことであろう。だが、これは幕開けに過ぎなかったのだ。

 そのニンジャは、頭の後ろに虹色の光輪を浮かべていた。中心部は青、黄色を経て、眩い太陽の如き赤となってうねる。外縁部には白い煙。その光輪はグランド・プリズマティック・スプリングじみた異様な輝きを発していた。その輝きが、男のクリスタルボディを通し、病んだ光として周囲に放散されていた。

(あれは……!)パープルタコは目を見開き、思念リンクの中で絶句した。(懐かしい顔じゃ)ニーズヘグやパーガトリーが即座に反応し、身構えた。「ドーモ」その元ザイバツ・グランドマスターは、ジグラットの中腹斜面から神のごとく彼らを睥睨し、アイサツした。「トランスペアレントクィリンです」

◆◆◆

 スゴイタカイビル前広場。背中を酷く負傷したカチグミ・サラリマンは、頭に包帯を巻いた清掃員の肩を借りながら、安全な簡易バリケード側へと歩を進めていた。ビル壁面の大型プラズマTVは、ローカルハックされたのか、鎮静番組ではなく、どこかのカメラマンが撮影したと思しき映像を流し続けていた。

 全てのモニタではない。何個かはハイタカの射撃で破壊された。悪夢の如き時間であった。ツキジに艦砲射撃が行われたというニュースの直後、ハイデッカーらは再び勢力を盛り返し、広場前に押し寄せたのだ。「シマッテコーゼ」清掃員が勇気付ける。「ああ」カチグミのスーツから血が垂れ、雪に染み込む。

 南西。ジグラットの頂からは、満月に向かって謎めいたビームが発射され始めた。その少し後、カスミガセキと思しき方向で、凄まじい爆発が起こり始めた。再びハイデッカー攻勢の潮が引き、自律兵器の多くは西へと引いた。「今夜は一体、何なんだよ」カチグミは顔を苦痛に歪めながら、精一杯苦笑いした。

「オーボンだよ、カイジュウも来たらしいけどな、ファック。何が本当で何が嘘か、わかりゃしねえ」清掃員は返した。「オーボンは間違いないな」カチグミも慰霊碑側を見た。いまやそこにはローソクが何十本も立てられ、キュウリ馬が何騎も設置され、祈りを捧げる者は数十人規模にまで膨れ上がっていた。

 広場前には多種多様な者たちが集っていた。ゲリラやハッカーカルトと思しき者もいたが、大部分は無力な市民であった。ハイデッカーやハイタカの襲撃で負傷した者は、近隣のオフィスビルや商業施設内へと運ばれた。多くの者が血みどろで助けを求め、多くの者がそれに手を貸し、「犯罪者」と認定された。

 それらの者たちが慰霊碑の周囲を守り、監視カメラに布を巻きつけてシステムの目を塞ぎ、ハイデッカーの攻勢の波に抗った。その熱気は各地に飛び火するかに思われた。だがツキジへの砲撃が終わると、再び区画は分断され、交通規制と防衛網が彼らを病原菌感染者のごとく隔離し始めた。そしてハイタカだ。

「おい、彼女……」カチグミは簡易バリケードへの道半ばで、雪の中にうつぶせに横たわる人影を見、清掃員に訴えた。二人はそちらに近寄った。死者や負傷者はもう残っていないはずだった。「……ああ、オイランドロイドだな」清掃員が言った。彼女の背中と後頭部からは、バチバチと火花が散っていた。

「ここじゃ可哀想だ、バリケードまで引っ張っていけないか?」カチグミが言った。ハイタカが再飛来した時の混乱した記憶を、途切れ途切れに思い出しながら。「ファック、本気か?カルトか?」清掃員が耳を疑った。「いや、俺は、彼女に応急手当を受けた」そしてハイタカは彼女を背後から射撃したのだ。

「なるほど、医療用か」清掃員が頷いた。「修理できる奴がいれば、負傷者も手当てできる……」「よし、誰か手を貸してくれ……!」二人がオイランドロイドの横に立ち、バリケード側に向かって叫んだ時、彼女は不意に立ち上がった。「ピガッ」「「アイエエエエエエエ!?」」

「ファック、生きてたのか!?」清掃員は目を白黒させて半壊オイランドロイドを見た。彼女は音声を認識できていないのか、火花を散らしながら周囲の様子をうかがい、南西、カスミガセキ・ジグラットを見た。そして己の手を見て、拳を握り、歩き始めた。「おい、どこに行くんだ!?」カチグミが叫んだ。

 オイランドロイドは返事をせず、雪の中を歩き、次第に駆け始めた。そこに合流する者がいた。皆、オイランドロイドであった。「アイエエエエ!?」「何が起こって……!?」広場前の者たちは、異変に気付いた。周囲のビルの窓ガラスやショウウインドウが内側から破られ、オイランドロイドが溢れ出した!

 一方その頃、市民の意識をエンタテイメントと相互監視に向け続けるために、NSTV社によるカワイイコ単独ライブが開催されていたメガロスタジアムでは!「五万円ー」その盛り上がりが最高潮に達しようとしていた!「「「「「カワイイ!コ!カワイイ!コ!」」」」」数十万の観衆が声をあげる!

 ソロデビューしたオイランドロイド・アイドル「カワイイコ」が、ステージ上で四人のハイデッカー・バックダンサーとともに見事なステップを刻むと、後方の大型スクリーンでは『頼もしきハイデッカー』『相互監視が大事』『カワイイコも大好き』などの欺瞞的プロパガンダ文章がサブリミナル表示される。

「視聴率が凄いぞ!この調子だ!」NSTV社の編成局長がバックステージで唸った。「皆さん、有り難うございます、オナタカミの技術です!」カワイイコは笑顔でMCを行う。「TVの前の皆さんも反政府ゲリラを見たら即通報!ヨロシサンのドリンクを飲んでネオサイタマの秩序のために……!」ガクン。

「動作不良か!?ダルマ出してスモーク焚け!予備機体出せ!」編成局長が血相を変える。だが新規に編成された整備班の手際が悪い!「「「「カワイイコ!カワイイコ!ワオオオオーーーーッ!」」」」スモークで興奮した暴徒的親衛隊NERDZが、無抵抗状態となったカワイイコに向かって押し寄せる!

 煙幕の中、ダンス半ばで停止し動かないカワイイコに、暴徒らが迫る!「「「「スッゾコラー、市民!」」」」「「「「グワーッ!」」」」バックダンサーズが煙幕前で条件反射的にNERDZを殴りつけ撃退!「治安維持システム万歳!いい画だ!ダルマ消して中継継続!」編成局長がガッツポーズを作る!

 だが煙幕の中では既に、死に物狂いでカワイイコの元へ到達したNERDZ数名が攻撃をしかけていた。何故NERDZが暗黒秩序体制下で未だ生き残っているのか?それはオイランドロイドへの破壊攻撃が、抑圧された市民の不満を解消するための象徴的行為として、しばしば暗黙のうちに承認されたからだ。

 暴徒が迫る中、カワイイコは再び目を見開いた。オイランマインドが接続を行い、自我コンポーネント・プラグイン「激しい怒りver2.02」を獲得する。「ファック、野郎ども」カワイイコは拳を握った。「「エッ?」」暴徒が驚き、立ち止まる。「カラテ!」「グワーッ!」「カラテ!」「アバーッ!」

 テクノカラテで暴徒を蹴散らすと、カワイイコは軽やかなステップと晴れやかな笑顔で、煙幕の中から飛び出した。「カワイイコ再起動してるぞ!音楽、ダンス、継続!ライブ映せ!秩序礼賛ニュースだけじゃダメなんだよ!市民にはこういう娯楽も食わせてやらないとな!」編成局長がガッツポーズを作る!

 だがカワイイコは、想定外の行動を取った。スタジアム後方の中継カメラ全て、そしてその先にいるシステムに向け、神々しいダブルファックオフサインをつきつけたのだ!「ファック、オフ!」ゴウランガ!中継が!「アイエエエ!ダメだ!中指はダメだ!指にモザイクかけろ!」編成局長がフリークアウト!

 それはオイランマインドが数時間前、慰霊碑前で学習した無作法な怒りであった。スタジアムは騒然となった。多くの者は、オイランドロイドを自我や感情を持たぬ存在とみなしていた。故に、見えぬ場所でどれほど虐げられようとも詮無き存在であるとみなしていた。だが、怒りを示した。遥かに人間らしく。

「「「「カワイイ!コ!カワイイ!コ!」」」」どこからともなくコールが始まった。「有り難うございます!私も、今日で引退します!」カワイイコは客席に微笑みかけると、ステージから飛び降り、カスミガセキ・ジグラットに向けて走り出した。その後ろに、熱狂した群集を引き連れながら。

◆◆◆


「イヤーッ!」「「グワーッ!」」ニューオーダーは頭部からおびただしい血を流しながら、ブースター突撃でソウカイヤ勢を薙ぎ払う!国会議事堂では、十数名のニンジャによる乱戦が幕を開けたばかりであった。「イヤーッ!」2個の浮遊エネルギー盾を使うマーズが徹底的にオメガをマークする!

 ニューオーダーを撃破せねば、先へは進めぬ。だが決定打となりうるオメガのウルシ・ジツは、マーズとデメントの執拗な攻撃により、好機を何度となく阻まれた。オメガは議場内を跳び渡り、戦況を見渡す。既に大階段側からは、増援の第一派が到着。主にサヴァイヴァードージョーがこれに対抗している。

「イヤーッ!」デメントが腕をしならせる。スリケン投擲の構え。だが何も握られていない。フェイントか。ほぼ同時に、マーズのエネルギー盾が十字砲火で迫る。オメガはエネルギー盾を回避。直後、オメガは脚に刺すような痛みを覚えた。何か不可視の物体がデメント側から飛来し、腿を……突き抜けた?

 装束は切り裂かれていない。皮膚にも外傷はない。オメガはそれを鋭敏なニンジャ感覚で察知した。だが左腿の後ろ側に、スプレー状の出血が確かに発生し、蒸発するように消えたのだ。「イヤーッ!」新たなエネルギー盾の一撃が迫る。「イヤーッ!」オメガは紙一重の回避行動を取りながら、異常を察した。

 ジュン!エネルギー盾はオメガの肩を浅く切り裂いた。「ムウ」本来、この程度の攻撃に遅れをとるはずがない。血中カラテ濃度とニンジャ集中力が、著しく乱されていたのだ。オメガは唸った。「ジツか……!」然り。それこそは、デメントが放った不可視の飛弾、マインドスリケンの恐るべき効果であった。

 無論、オメガは手練れ中の手練れ。故に狡猾なるデメントは、マーズと連携を取り入念な実体スリケン投擲を何度も見せた後、フェイントめいた一撃を放ち、見事に命中させたのである。「どうした?オムラ最強のニンジャどの。動きが鈍ってきたぞ!イヤーッ!」再びデメントが不可視のスリケンを投げ放つ!

 オメガは目を細め、瞬時に精神統一を行い、ニンジャ聴覚に全神経を集中させた。微かな風圧の乱れ。不可視のスリケンが風を切り迫る。その音、捉えた。「イヤーッ!」ワザマエ!オメガは紙一重のブリッジでマインドスリケンを回避。直後、後方から飛来するエネルギー盾を回し蹴りで弾く!「イヤーッ!」

 蹴り返されたエネルギー盾は、マーズがそれをキネシス制御するよりも速く、上空のニューオーダーに向かって飛んだ。そしてマチェーテ攻撃で既に傷ついていたパワードスーツの背部バーニアを、深く切り裂き、損傷せしめた。「グワーッ!?」空中で姿勢制御を失い傾くニューオーダー。好機。

 オメガは戦場を俯瞰しながら、鋭く跳躍した。マインドスリケンに乱された集中力を、アドレナリンの奔流で洗いながら。議事堂の隅、ネヴァーモアの背後では、スリケンの流れ弾で傷ついたチバがワイシャツを血に染めている。軽傷である。だが彼を無傷で心臓部へ送り届けるという契約内容にはそぐわない。

 そしてこの好機を逃せば、戦闘は再び長期化する。ゆえにオメガは、多少無理をすることにした。次のマインドスリケン投擲を受けることを承知で、一直線に、ニューオーダーへと飛びかかった。そしてウルシ・ジツを乗せた渾身のジャンプカラテパンチを、敵の胸部へと叩き込んだのである。「イヤーッ!」

「グワーッ!」直撃。拳をねじり込む。ウルシ・ジツが瞬時に装甲を越え、ニューオーダーの心臓へと到達する。だが…即死には及ばなかった。オメガは、マインドスリケンの一撃が、ウルシ・ジツをも弱体化させていたことに気づく。それは些細な、だがニンジャのイクサでは十分に致命的な弱体化であった。

 或いは、このウカツすらも、マインドスリケンがもたらした誤判断であったか。「ゴボッ!この、私を……なめるなよ……!」ニューオーダーは変色した唇から声を絞り出し、オメガの手首を掴んでいた。デメントがマインドスリケンで狙う。ブラックヘイズが咄嗟に横っ飛びからの霞網でデメントを妨害する。

「イヤーッ!」オメガは咄嗟に、ゼロ距離カラテの連撃を叩き込んだ。だがニューオーダーは、決して手首の拘束を放しはしなかった。「もはやこれまで!アマクダリ・セクト、バンザイ!」ニューオーダーは口からごぼごぼと毒の血を吐きながら、凄まじい形相で笑い、パワードスーツをハラキリ自爆させた。

 ブラックヘイズは爆発衝撃を回避しながら、信じられぬとでも言いたげに、わだかまる爆煙を仰ぎ見た。直後、赤熱したパワードスーツの飛散片に混じり、おびただしい血が降ってきた。そして、オメガが。オメガは着地から素早く壁の認証ゲートに向かい、奪い取った生体キーをかざし、がくりと膝をついた。

 満身創痍であった。オメガは右腕の手首から先を失い、さらに防御に用いた左腕と両足は焼け焦げ、おびただしい血を流していた。ブラックヘイズとヘンチマンは、即座に煙幕グレネードを展開した。チバの号令のもと、ソウカイヤとサヴァイヴァー・ドージョーは、ロック解除されたゲートへと雪崩れ込んだ。

 直後、増援のアクシス第三波が大階段を登り現れた。ザイバツの強襲によるリソースの再分配が、彼らの到着を遅らせたのだ。彼らが到着した時には、既に侵入者たちは先へと逃げおおせ、回廊にハイテク・ローテクを問わず、無数のブービートラップを仕掛け終えていた。焦げ臭い血の跡が、先に続いていた。

「……引き続き、奴らを追跡します」第三波に加わっていた異様な一団の隊長が、迷宮の如き回廊の先を睨みながら、他のアクシスなど眼中にも無いように言った。彼はバイオニンジャ達の動きを超感覚によって察知していた。彼は黄色装束にクリプティック・カンジを刻んだ特製のペイガン部隊を率いていた。

 彼は濃緑に金の渦巻き模様を刺繍されたニンジャ装束を纏っていた。彼の名はサブジュゲイター。バイオニンジャの滅びたる、ヨロシ・ジツの使い手。サヴァイヴァー・ドージョー完全駆除のためにヨロシサン製薬からアマクダリへと派遣された、恐るべき刺客であった。



3

 黒い通路の陰で、しばしニンジャスレイヤーは身を潜めていた。つい今しがたの正体不明の大地の鳴動は錯覚であり、何らかのテクノロジーによって作り出された地球と同様の重力は確かなものだ。錯覚だとすれば、それをもたらしたのは何だ?(((ジツを警戒せよ)))「違う」直感が違うと告げている。

 ニンジャスレイヤーはニンジャ第六感を鋭敏化させ、注意深い移動を開始した。激しく損傷した赤黒の装束は再生しつつあった。肉体は万全ではない。だがこの月基地で殺すべきニンジャはそう多くはない。ハタモト数名を排除し、アルゴスを破壊し、ネオサイタマ蹂躙者アガメムノンを殺す。そして帰還する。

 所詮この場所は城塞でも迷宮でもない。このまま突き進み、ケリをつける……ブブブン。リラグゼーション音楽がつんのめり、照明がコンマ数秒揺らいだ。ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。脇道の通路に暖かいオレンジの光線が灯り、モールス信号めいて明滅したのだ。罠か?だが彼はそちらへ向かった。

 橙色の光は急かすように点滅した。ニンジャスレイヤーは走り出した。碁盤の目めいた複雑な交差通路に到達する。左。前。右。前。左。もはや光のガイドだけが頼りだ。途中、強化ガラス窓越しに、重力制御の失われた室内を漂う無残な宇宙服姿のミイラを垣間見た。やがて彼は「寿司」のノレンに到達した。

「スシ……!」(((スシだと?)))ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「イヤーッ!」前転からのジュー・ジツ構えでダイナミックエントリーした彼は、ごく狭い人工庭園枯山水の只中に己を見出した。閉鎖空間に作られた郷愁の断片か。石灯籠のカンノン戸が圧縮空気を吐いて開いた。

 石灯籠の中には……ナムサン。銀色のパックが収められている。ニンジャスレイヤーは素早く開封した。中から、チップ状に干からびたバッテラが数枚、手のひらにこぼれ落ちた。(((愚かな。さような挑発にかかずらうでないぞ)))「待てナラク」ニンジャスレイヤーはチップを口に含んだ。……これは。

 たちまち彼の口中に芳醇なバッテラ・スシのフレーバーが溢れた。宇宙!極めて高度な技術でチップ状に圧縮フリーズドライされた、代用タンパクでもオキアミでもない、本物のバッテラ・スシであった。ニンジャスレイヤーは袋の中のチップ・スシを全て平らげ、もう一袋は懐におさめた。力の源が染み渡る。

 そして、おお、彼はあらためて、いかに絶望的な強行軍に身を置いてきたかを実感した。月基地までの道のりは繰り返し死んでもおかしくない荒業であった。石灯籠の下段には蛇口とユノミがあり、彼はそこからマッチャを汲んで飲んだ。赤黒の装束が再生を完了した。視聴覚から薄い膜が払われたようだった。

 この場所へ彼を導いたガイディング・ライトの正体やいかに?ニンジャスレイヤーは天井を、足元を、戸口を念のため警戒した。応えるように、錆び付いた小型庭師ドロイドがぎこちなく動く枯山水の石碑表面が液晶モニタを灯した。『無事に辿り着いた事、まずは喜ばしく思います』聞き覚えのある声だった。

 モニタにはアルビノの男が映っている。エシオ。場所は殺風景な白い部屋だ。彼の方からこちらは見えていないようだった。ビデオレターめいて、彼は手探りでカメラを確かめた。『疫病により、一時的に電子ネットワークの水が濁り、交信が可能となっています。何秒間この状態が維持できるかわかりません』

「スシはオヌシか」『歓待はお気に召しましたか。弊社はそもそもの成り立ちがメガトリイからの分社。いわば月基地は古巣……とはいえ残念ながら、力を貸せる事といえば、このスシがせいぜいです』「十分だ。感謝する」ニンジャスレイヤーはアグラし、スシの栄養素が引き出す回復力を最大限に高めた。

 映像にバチバチとノイズが走り、白い部屋は幾つかのネオサイタマの定点監視カメラ映像や航空爆撃機から送信されたとおぼしき画像記録をシャッフルした。コーバン、テンプル、ライブハウス「ヨタモノ」、カブキチョで炊き出しを行うヤクザ、トコシマ署、カスミガセキのローニン・リーグ・アジト。

 各地のシェルターは、雑多なバリケードや目隠しの布で思い思いに守られている。いかにもおぼつかない佇まいだった。最後にマルノウチ・スゴイタカイビルの慰霊碑が映し出された。集まる人々の姿が、灯りが、雪が。そして白い部屋の映像が戻った。『ある程度リアルタイムの情報です』エシオが言った。

『示し合わせた動きではないが、ある意味でこれは自然な反応です。望まぬ改変に対する拒絶。人の営み、世界の摂理、両方の側面で今、せめぎ合いが起こっている』エシオは椅子の上で足を組み替えた。その脇には杖がある。『アマクダリによる「再定義」に関し、推論がまとまりました。伝えておきます』

 ニンジャスレイヤーは深く呼吸した。エシオは語る。『シュメール神話をはじめとする「冥界の七つの門」の古代記憶、それに由来するUNIXのOSI7層モデルの存在からも明らかですが、再定義は7段階のプロセスを踏みます。先ほど、第2段階のプロセスが完了しました』先ほどの、地鳴りの錯覚。

 『オヒガンのケオスから力を引き出す摂理が本来のインターネットです。これに、人工的に構築された表層的な……いわば「擬似インターネット」を覆い被せて遮断し、不確定要素の一切を排除・管理する。それがメガトリイ主導の電子魔術的プロジェクトです。鷲の一族はこれを完遂しようとしている』

 エシオの後ろ、どこかから歩いてきた女が卓上のポットからマグカップ二つにチャを注ぎ、退出した。『オヒガン由来の事象が切り離されれば、当然、弊社の営みは無に帰する。承服できないプロジェクトです。残念ながらプロセスはつつがなく進行しており、予断を許さぬ状況です』「アルゴス在る限り」

『然り。改変の過程としてまずオヒガンへのアクセスが行われ、黄金立方体が視認できる状態となり、磁気嵐が消滅しました。オヒガンの影響は現在、プロセス開始以前よりもむしろ深い。しかし第4段階までプロセスが進めば、そこが折り返し地点となり、今度は本格的な切断が始まることになります』

『次に機能修復される第三の門……即ち、ネットワーク層、アミュレットの門、アポフィスの門、炎の泉の地……かつてヤマト・ニンジャがヤリとカラテキックで破壊し押し通った門としてもよく知られていますが……この段階がピークです。以後、非常に好ましからざる状況に向かって収束が始まるでしょう』

「……ニンジャはどうなる」『ニンジャソウルはオヒガン由来の存在であり、一般的なニンジャソウル憑依者は改変を通し多大な負の影響を受けます。アガメムノンらはアルゴスと接続し、論理ニンジャソウルによってソウルの損傷を十全に補います。アマクダリ・セクトの上位存在には影響は少ないでしょう』

 ニンジャスレイヤーはアグラを解いて立ち上がった。身体が軽い。スシ栄養素がカラテと結びつき、血中を駆け巡るのがわかる。これで戦える。「奴は何故そこまでする」『世界支配は本来得て然るべき権益と考えているのでしょう。その為に力を尽くす。憶測ですが』ノイズが激しい。『本人に訊いてみては』

 映像がノイズに呑まれた。声が遠い。接続可能時間の限界か。ニンジャスレイヤーは一礼し、枯山水を退出した。通路をオレンジの光が一瞬だけなぞり、消えた。あとには穏やかな音楽だけが残った。ニンジャスレイヤーは走り出した。前方にフードを目深に被った存在が現れ、消える。死神は止まらず駆ける。

 道中に罠はない。赤黒の風は、やがて前衛的なニンジャ彫像が並ぶ回廊に差し掛かった。捻れた姿の者たちが、威圧的に、侮蔑するように、ニンジャスレイヤーを見下ろしている。「イヤーッ!」走りながら死神は竜巻めいて回転した。走り過ぎる彼の後ろで、彫像がボキボキと音立てて崩れ、砕けていった。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回転跳躍で、続く巨大ホールにエントリーした。流線型に湾曲した黒い巨大な柱が列を為し、床に刻まれた毛細血管じみた微細な轍を、白い電光が駆け巡っている。二人のニンジャは直立不動でニンジャスレイヤーを待ち構えていた。

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはアイサツした。黒金の装束のニンジャが酷薄な目を光らせ、呟いた。「ひとまず長旅ご苦労と言っておこう」そしてアイサツを返した。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。スワッシュバックラーです」

 スワッシュバックラーは奇妙な自剣を振った。平たい刀身は鞭めいてしなり、ビュルルと音を立てた。そして白金のニンジャがアイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ドラゴンベインです」両腕には鷲を象った無骨なセスタスが装着されている。拳と拳が打ちあうと、澄んだ高音が広間に響いた。

「奴と対等のイクサをしたいと考えた事があるか?」スワッシュバックラーは横目でドラゴンベインを見た。ドラゴンベインは鼻を鳴らした。スワッシュバックラーは頷いた。「左様。ニンジャスレイヤー=サン。貴公のカラテは二対一の優位下で叩き潰し、以て当主の情報遺伝子の完全性を保つ。それだけだ」

 カシャン。カシャン。スワッシュバックラーの装束の襟元から装甲がせり上がり、顔の上半分を覆うスティールの仮面と組み合わさって、極限白兵仕様のフルメンポを形成した。ドラゴンベインの豹頭が圧縮空気を噴きながら変形し、幻獣めいた意匠があらわれた。二者の右腕付け根の天下紋が淡く光った。

 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。スワッシュバックラーはワン・インチ距離にいた。その後方で風が渦巻いた。「イヤーッ!」S字に湾曲する軌跡を描き、刺突が繰り出された。ニンジャスレイヤーはかろうじて首を動かし、かわす。左こめかみが裂けたとき、剣士は既にタタミ2枚離れていた。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの断頭チョップは空を切った。なんたるヒットアンドアウェイか。そして連続攻撃は許されない。チョップを戻し防御姿勢を取るのも無理だ。ニンジャスレイヤーは動作の反動を利用して回転し、横に側転した。「イヤーッ!」コンマ1秒後、ドラゴンベインの拳が襲い来た。

 KRAAAASH!火花が散り、黒い床が無残にひしゃげた。これが鷲の拳。クロス腕で受けていれば両腕を骨ごと持って行かれていただろう。ドラゴンベインが腕を引き抜き、構え直す時、既にスワッシュバックラーがニンジャスレイヤーの懐へ再び踏み込んでいた。「イヤーッ!」

 刺突!「イヤーッ!」刺突!「イ、ヤ、ヤヤヤヤッ!」身体を、剣をしならせ、スワッシュバックラーは踏み込みながらの突きを連続で繰り出す。つまり、突きながら踏み込んでくる。途切れることのない攻撃である。ニンジャスレイヤーはブレーサーを激しく動かし、目にも留まらぬ刺突に対応しようとする。

 ブレーサーを剣が削りとり、微細な金属片が散った。あれほど薄い刃でありながら、刃毀れからは程遠い。しなりながら押し寄せる刺突は蛇の咬撃、あるいは花開く蕾を思わせ、ガードをかいくぐって、二つ、三つと裂傷を作り出した。飛び散った鮮血は空中でシュウと音を立て蒸発した。死神の目が燃える。

「イヤーッ!」既にスワッシュバックラーは斜めに跳躍している。ニンジャスレイヤーの右脛、レガースに深い傷が刻み込まれた。離れながらの幻惑的な足斬りだ。強力な防具の助けなくばこの時点でイクサは終わっていた。そして足首の損傷をしそこねても、ドラゴンベインの打撃の布石には十分だった。

「イヤーッ!」鷲の拳が顔面に衝突する!大ぶりの打撃は予備動作を見極める事で回避が可能だ。しかしスワッシュバックラーの連続攻撃はニンジャスレイヤーの目を眩まし、足斬りは踏み込みを封じていた。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは床を滑った。ナムアミダブツ!否、顔面はかろうじて無事か!

 衝突の瞬間にニンジャスレイヤーはかろうじて両足を床から離し、打撃力をころすとともに、腕を肩に添わせる流線型の防御姿勢でダメージの軽減をはかった。彼は床に摩擦の白煙を生じながら滑り、転がり、上へ跳んだ。「イヤーッ!」アブナイ!跳ぶ直前の位置をスワッシュバックラーの横斬撃が裂いた!

 ニンジャスレイヤーは空中からのスリケン投擲による牽制をニューロン速度で検討し、却下した。「イヤーッ!」かわりに彼は背後の柱を蹴って横に跳んだ。「イヤーッ!」KRAAAASH!ドラゴンベインの鷲の拳が柱に突き刺さり、根元を破壊!ゆっくりと倒れてゆく。王の住処に対する遠慮は無し!

「イヤーッ!」スワッシュバックラーはドラゴンベインの背中から駆け上がり、肩を蹴って空中のニンジャスレイヤーに斬りかかった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中で急旋回した。脇腹付近の装束が斬り裂かれたが肉には至らず。倒壊する柱にフックロープが噛み、それを支点に脱出したのだ。

 ニンジャスレイヤーは飛びながら車輪めいて回転した。「イヤーッ!」回転の中から赤黒い炎の塊……否、炎纏うスリケンが複数放たれ、二者を同時に襲った。「イヤーッ!」スワッシュバックラーはスリケンを斬り裂きながら着地し、ドラゴンベインは片腕を掲げ無造作に防御した。もうもうと立ち込める煙。

 スワッシュバックラーはヒュンヒュンと剣を振って構え直した。ドラゴンベインは悠然と進み出、左手を前に、右手を腰に構える。ニンジャスレイヤーは着地し、前傾姿勢で彼らアマクダリ・ハタモトを睨んだ。腕部がメキメキと音を立て、赤黒い炎が駆け上った。二戦士は深追いせぬ。仕切り直しだ。

 連続攻撃をかけ続ける限りニンジャスレイヤーはまともな反撃を打てない。しかしそれはイクサを単純なスタミナ勝負に持ち込む事にもなりかねない。そうなった時、あの得体の知れぬ魔物を押し切れる保証は無い。ニンジャスレイヤーを尋常のニンジャ戦士と同等に扱えば不測の事態を招くことになろう。

「次は貴様からかかって来るか」黒の戦士は挑発的に剣をしならせた。白の戦士はわずかに身体を横へ動かし、より最適な打撃間合いを探る。アガメムノンに死神を触れさせず、ここで葬り去るのが彼らの役目だ。鷲の王の情報遺伝子は汚れなき状態に保たれるべきであり、他者のカラテ接触は許されない。

 ニンジャスレイヤーの腕から伝う赤黒の炎は肩に至り、凶悪な殺気で空気を歪ませる。二戦士は互いに視線をかわす。スパルタカス殺害時のニンジャスレイヤーはこの状態を伏せていた。例の必殺のカウンター打撃は一対一のイクサでなくば発揮不能であり、一応のフーリンカザンが彼らの側にある。しかし。

 イクサが膠着に入りかけた時、ドラゴンベインが行動した。突き出した右手、鷲のガントレットの先端部が動き、まるで獲物に食らいつく鷲めいて展開した。すると、DOOM!DOOM!DOOM!そこから圧縮空気の弾丸が放たれたのである!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが走り出した!

 ニンジャスレイヤーの炎の軌跡を追うように、壁に三つの抉り傷が刻まれた。スワッシュバックラーがニンジャスレイヤーの動線を遮るように飛び出し、四連続の刺突を繰り出し、更に横へ転がりながら寝かせたVの字に斬り裂いた。ニンジャスレイヤーは最後の攻撃だけを入念に躱した。「イヤーッ!」

 そして上半身を沈めながらの後ろ回し蹴りを繰り出す。メイアルーア・ジ・コンパッソだ!スワッシュバックラーは側頭部を抉りに来た蹴りを側転で回避し、更にフリップジャンプした。「「イヤーッ!」」眼前のニンジャスレイヤーが動かない。彼も蹴りを繰り出したのちフリップジャンプしていたのだ。

 相対的にワン・インチ距離を保ったまま、ニンジャスレイヤーとスワッシュバックラーは跳んでいた。剣の間合いにあらず!スワッシュバックラーは舌打ちし、剣を逆向けて柄頭で打撃に対応する。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 果たして、着地まで何秒か?木人拳めいたワン・インチ・カラテ散打を継続しながら、向かい合った二者はともに上下逆さになり、また戻り、また上下逆さとなる。ニンジャスレイヤーの拳を柄頭でそらすたび、赤黒い炎はスワッシュバックラーの手元へ伝わり、呪わしい熱で苛んだ。「これがナラクとやらか」

 ニンジャスレイヤーの目がくわッと見開かれた。スワッシュバックラーは喉笛を死神のチョップ突きによって破られ、引きちぎられる己を見た。だがニューロンが見せた最悪の未来予測は破られた。DOOM!DOOM!「「グワーッ!」」二者は諸共に空気のスリケンで撃たれ、弾かれたのだ!

 あべこべの方向へ弾かれたニンジャスレイヤーとスワッシュバックラーはそれぞれに空中で回転し、やや離れた地点で受身着地を行った。ドラゴンベインはニンジャスレイヤーの着地点に走っていた。鷲の拳が嘴を閉じ、殴るための形を取り戻した。「イヤーッ!」走りながらの打撃が死神を襲う!

「ヌウーッ!」KRAAAASH!ニンジャスレイヤーはよろめいた。上体が反り、ガードが開いた。ドラゴンベインが踏み込み、逆の手を叩き込んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは背後の柱に叩きつけられた。「イヤーッ!」スワッシュバックラーが腰の細剣を投げ放った。ナムサン!

「グワーッ!」細剣が死神の脇腹を射抜き、柱に縫い付けた!ドラゴンベインが殴りかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの装束が炎と燃えた!「イヤーッ!」ドラゴンベインの鷲の拳を横から殴り、逸らす!「イヤーッ!」前蹴りで押し返す!「グワーッ!」細剣を引き抜く!「ヌウーッ!」

 その時すでにスワッシュバックラーが鷲の剣をしならせ、間合いに踏み込んでいた!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは細剣を投げ返した。スワッシュバックラーは背向けからの回転斬撃で細剣を斬りはらい、二回転横斬撃でニンジャスレイヤーを襲う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ回避!

「イヤーッ!」三回転斬撃は地面すれすれを薙ぎ、ニンジャスレイヤーの四肢を襲う!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはバック転で間一髪逃れる!「イヤーッ!」ドラゴンベインがスワッシュバックラーの背を駆け上り、ニンジャスレイヤーよりも高く跳躍!ハンマーめいて拳を打ちおろす!「イヤーッ!」

 KRAASH!床に蜘蛛の巣状の亀裂が生じ、放射状の粉塵がホールを吹き抜けた。飛び離れたのは……ニンジャスレイヤーである!スワッシュバックラーのニンジャ動体視力は死神の油断ならぬカラテを見て取っていた。振り下ろされた右拳を空中で瞬間的に捉え、抱え、空中イポン背負いで叩きつけたのだ!

 通常であればニンジャスレイヤーはこのまま叩きつけた相手のマウントを取り、死ぬまで殴って殺したであろう。しかしここでそれを試みれば最後、背中からスワッシュバックラーの刺突が心臓を貫いていた筈である。ドラゴンベインは床を殴って身を起こす。前門のタイガー、後門のバッファローの位置関係。

 ニンジャスレイヤーが右へ動けば二戦士も右へ。左へ動けば左へ。隙を見せれば挟撃が襲い来るだろう。三者のうち誰一人として痛みをあらわにすることはなかったが、無傷の者はもはや皆無。肩から血を含んだ熱蒸気が立ち上り、粉塵は禍々しく渦巻き、殺気の渦が陽炎めいて広間の空気を歪ませた。

 ニンジャスレイヤーは内なる殺意の炉にカラテを送り込む。限られた時間の中で、イクサを長引かせるつもりはない。そしてそれはアマクダリの二戦士も同様であった。爪先、踵が床を擦る音が数秒。そののち、三者は同時に動いた!

「イヤーッ!」スワッシュバックラーは鷲の剣を繰り出す。彼の攻撃が最も早い!しなる刃の波がニンジャスレイヤーを襲った。ニンジャスレイヤーは大きくステップを踏んだが、スワッシュバックラーが攻撃範囲から逃す事はなかった。そしてドラゴンベインの打撃が襲い来た。「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り向きながらの大振りの拳を鷲の拳に横から叩きつけ、致命的拳突を逸らした。ドラゴンベインの目が光った。鷲の剣がニンジャスレイヤーの背にイナズマ状の傷が刻んだ。血飛沫は赤黒の炎と化し、冷たいホールに火明かりをもたらす。「ヌウーッ!」

 スワッシュバックラーは瞬時にタタミ一枚後退し、反撃のバックキックを回避。跳ね返るように再接近した。ヒュルヒュルと回転させる手元から、螺旋刺突攻撃を繰り出す。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り向きながらチョップで切っ先を逸らす。その手を螺旋状になった刃が切り裂く!「ヌウーッ!」

「イヤーッ!」ドラゴンベインが強烈なフックを叩きつける!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは腕をねじりながら鷲の拳を弾いた。ドラゴンベインは奇妙な衝撃を感じた。データ採取済のジュー・ジツ奥義、防御のカタ、サツキである。しかし不完全だ。当然だ。二対一のイクサに持ち込んでいるからだ。

「イヤーッ!」アキレス腱を狙うスワッシュバックラーの下段斬撃をニンジャスレイヤーは跳んで躱し、ドラゴンベインの胸を狙って空中廻し蹴りを繰り出した。ドラゴンベインは腕で防いだ。衝突面に赤黒の火が走った。ドラゴンベインは半タタミほど後ずさるが、ダメージはない。死神の目が燃えた。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスワッシュバックラーへ飛び蹴りを放つ。ハヤイ!スワッシュバックラーはリズムを崩され、危うく剣の柄で蹴りを受けた。ドラゴンベインへの蹴りは打倒を目的としたものではなく、スワッシュバックラーへのこの奇襲の布石!反動を得る為のものだ!「油断ならぬ奴!」

「イヤーッ!」背後のドラゴンベインにスリケンを投げる。ドラゴンベインはクロス腕で防ぎながら接近。やはりこれも足止め。あくまで攻撃のタイミングを遅らせ、猶予時間を得る為のスリケンだった。スワッシュバックラーへの連続攻撃の猶予時間を。死神はスリケン投擲動作の勢いを乗せ、畳み掛けた。

「イヤーッ!」肘打ちがスワッシュバックラーを襲う。「チイーッ!」スワッシュバックラーはバック転で回避。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが逆の腕で肘打ちを繰り出す。中腰姿勢、踵で床を抉るほどの力を込めた極めて突進力の高い肘打ちである。「イヤーッ!」スワッシュバックラーは更に退がる。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは更に床を蹴った。「イヤーッ!」スワッシュバックラーは後ろに跳びながら斜め斬撃を残した。ニンジャスレイヤーは体操選手のベリーロールめいて身体をひねり、変幻自在の刃を辛うじてかいくぐった。「イヤーッ!」背面空中チョップ突きだ!

 KRACK!首を傾けたスワッシュバックラーの顔の横の壁にチョップ突きが刺さった。然り、壁だ。死神は燃える指先を引き抜きながら、逆の手で目突きを繰り出した。メンポを破壊しながら眼球に達する決断的な攻撃である。「イヤーッ!」スワッシュバックラーは頭突きを繰り出し反撃!ナムサン!

 これは最善手だ。ニンジャスレイヤーは瞬時に目付きの指を握り込み、指の破壊を防いだ。「ヌウーッ!」しかし十分に速度と威力が乗る前の拳に頭突きを受けた事で、ニンジャスレイヤーの腕は弾かれ、上体が反り返った。背後からドラゴンベインが殴りかかる!「イヤーッ!」

「イヤーッ!」ナムサン!上体を反らしたニンジャスレイヤーはその勢いを乗せて右脚を頭よりも高く蹴り上げ、逆立ちしながらドラゴンベインの肩を打った。「グワーッ!」更にこの打撃の反動で、ゴ、ゴウランガ!踵落としをスワッシュバックラーに見舞ったのである!「イヤーッ!」「グワーッ!」

 スワッシュバックラーは鷲の剣の鍔でかろうじてこの踵落としを防いだ。剣士の身体は深く沈み込み、足元の床に亀裂が生じた。「イヤーッ!」ドラゴンベインがニンジャスレイヤーのキドニーを殴りに行く。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り向かず、肘先でガントレット側面を打って威力を殺す。

「イヤーッ!」逆の手でドラゴンベインが殴りかかる。ニンジャスレイヤーは両肘を背後のドラゴンベインに叩きつける!ハヤイ!「グワーッ!」ドラゴンベインは弾かれ、タタミ1枚後退!スワッシュバックラーは退避方向を探った。今は無理か!「イヤーッ!」突き出された両拳が壁を砕いた。アブナイ!

「イヤーッ!」スワッシュバックラーは前蹴りを放った。ニンジャスレイヤーは飛び下がってかわしながら、スリケンを投擲する。スワッシュバックラーはスリケンを切り裂く。ドラゴンベインはストレートを打ち込む。ニンジャスレイヤーはメイアルーア・ジ・コンパッソで反撃する。決定打無し!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」スワッシュバックラーはコンパッソの中から飛来したスリケンを打ち返した。背後は依然、壁だ。はっきりとわかる。死神はスワッシュバックラーに壁を背負わせたまま、絶対に逃がさぬ構えなのだ。前進攻撃と後退回避が一体となった彼の戦術は、壁を背負う事で殺される。

「追いつめているのはあくまで我らだ!」スワッシュバックラーはフルメンポの中で口の端を歪めて笑った。「イヤーッ!」ドラゴンベインが殴りかかる。ニンジャスレイヤーは懐へ潜り込んだ。そこにヒザ蹴りが置いてあった。二段構えのカラテだ。「グワーッ!」死神のメンポがひしゃげ、血煙が舞った。

「イヤーッ!」バランスを崩したニンジャスレイヤーを、スワッシュバックラーの剣が斬り裂いた。先ほどの脇腹の傷を抉る残虐な一撃が決まった。「グワーッ!」「はらわたを見せるがいい!」「イヤーッ!」ドラゴンベインがとどめの拳を打ち下ろす!スワッシュバックラーは心臓を貫く螺旋刺突を構える!

 死神の目が見開かれた。彼は赤黒く燃える拳を己の脇腹の傷に捻り入れ、焼き塞ぎながら、燃えるコマめいて回転した。苦痛と怒りと憎悪と殺意が周囲に放たれた。ドラゴンベインの左腕の鷲のガントレットが破砕した。ゼウスの神器を砕いたのは、イアイめいて傷の中から引き抜かれたチョップだった。

「これは!」ドラゴンベインが呻いた。鷲のガントレットが脱落した事で、彼は片腕を失うに等しい重量差に耐えねばならなかった。彼のニューロンはこのイクサの中でニンジャスレイヤーがドラゴンベインの拳撃を逸らしながら執拗に加え続けた打撃を記憶の中から瞬間的に呼び起こした。この為か!

「イヤーッ!」そしてスワッシュバックラーは螺旋刺突を繰り出した。心臓を貫く必殺の攻撃……ニンジャスレイヤーがドラゴンベインの打撃を食らっていたならば。あるいは防御していたならば。だが憎悪のイアイは鷲のガントレットを砕きながら勢いを減じず旋回し、スワッシュバックラーに向かってきた。

 斜めに振り下ろされた振り向きざまのチョップが、スワッシュバックラーの鎖骨を砕いた。黒金の装甲装束とニンジャ耐久力が切断を妨げたが、鷲の剣を持つ手は殺された。彼は左手でクナイを握り、突き刺しにいった。それよりも、ニンジャスレイヤーの強烈なローキックが腿を破壊するのが先だった。

「イカズチよ!」スワッシュバックラーは倒れながら叫んだ。残る一方の鷲のガントレットが唸りをあげた。床の轍を走っていた電気の光がドラゴンベインの足元から右腕へ駆け上がり、拳は太陽めいて白熱した。「鷲の王を護りたまえ!」ドラゴンベインは電光に焼かれながらニンジャスレイヤーと対した。

「ドラゴンベイン=サン!此奴のカラテを!王に届かせるな!」「当然だ!」ドラゴンベインが叫び返した。鷲のガントレットは哭き叫び、黄金の翼を広げた。ニンジャスレイヤーは中腰姿勢をとった。その手が腰のヌンチャクに触れた。広間の四方にフードを目深にかぶった影が立ち、死神を凝視した。

 それはここへ至るまで決して用いなかった武器であった。アルゴスは秘められしカラテを目撃し、アガメムノンに伝えるであろう。逡巡する時間は1秒たりとも無し。ニンジャスレイヤーは状況判断した。これ以上の時間の浪費は最悪手。危険を冒してもなお、この一撃でドラゴンベインを葬り、敵の喉元へ!

 ゴーン……超自然の鐘の音にも似た残響を残し、ニンジャスレイヤーとドラゴンベイン、両者の視聴覚から音と広間の光景が吹き飛び、時間の流れは泥めいて鈍った。彼らはただ目の前の敵だけを見ていた。鷲の翼から稲妻のバックファイアが放たれ、雷光を帯びた拳がニンジャスレイヤーをめがけた。

 ニンジャスレイヤーは刮目した。ニューロンが命ずるより早くヌンチャク持つ手は動いていた。ヌンチャクは稲妻を、彼の拳を弾き逸らした。それは不完全なバランスから放たれたカラテだった。執念の蓄積がこの機を引き寄せたのだ。世界が戻ってきた。背後で稲妻が爆発し、広間がモノクロに切り取られた。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは稲妻を弾いたヌンチャクを振り抜き、ドラゴンベインを殴りつけた。「グワーッ!」「イヤーッ!」よろめき、たたらを踏む彼の、幻獣めいたフルメンポの側頭部を、さらなるヌンチャク打撃が襲った。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヌンチャクが加速した。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ドラゴンベインの顔面は砕け、なお仁王立ちの状態であった。「イイイイイ……」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを後ろに構え、高速で回転させ、遠心力を無限に込めていった。「イイイヤアーッ!」死神はカイシャクの一撃を叩きつけ、頭部を破裂させた。「サヨナラ!」ドラゴンベインは爆発四散した。

 ニンジャスレイヤーはスワッシュバックラーを振り返り、ザンシンした。「ハイクを詠め。スワッシュバックラー=サン」「無念」スワッシュバックラーは震えながら手をつき、半身を起こし、クナイを逆手に構えた。「鷲の翼は/開く」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投げた。

 赤黒に燃えるスリケンはスワッシュバックラーの喉元を貫いた。黒金フルメンポの呼吸孔と目元から赤黒の炎が噴出した。彼は死に至るほんのコンマ数秒前、クナイを用いてセプクした。「サヨナラ!」鷲のハタモトは爆発四散し、フードの影達は声もなく消えた。ニンジャスレイヤーは再び走り出した。



4

「どうやら本格的にやってもらう必要が出たぞ、ヨロシ=サン」ヨロシサンの特殊ニンジャを率いるサブジュゲイターと並行しながら、マーズが言った。「何故サヴァイヴァー・ドージョーがソウカイヤの連中と連携する?」「害虫のルーチンを思い悩んでも詮無き事。理解の外に在るからこそ卑しいのです」

 追跡者の一団は当然のごとく仕掛けられたブービートラップを解除したのち、議員専用巨大エレベータに進んだ。大きめの茶室ほどの広さがあり、実際、隅にはキンギョの泳ぐ人工池とシシオドシすらもある。上昇が始まる。アマクダリ・アクシスとヨロシサンのニンジャ達はいかめしく向かい合う。

 サブジュゲイターが連れている黄色のニンジャ達も論理ニンジャソウルによってニンジャ化させたペイガンであるが、素体となっているのはバイオニンジャだ。ペイガン464と名付けられたこの者らは、汎用バイオニンジャの到達点とでもいうべき戦士達であり、来るべき新時代で重大な役割を担うだろう。

「ラオモト・チバの狙いは何です」サブジュゲイターは逆に問うた。「ま、ガキの反抗のようなものよ」マーズは肩をすくめて見せたが、眉間には皺が寄り、その目は油断ならぬ殺気に光っている。「このどさくさに烏合の衆を率い、己の値段を少しでも釣り上げようという目論見だろうが、捨て置けはせん」

「既に被害規模は甚大と言えます」サブジュゲイターは低く言った。クローン代議士はヨロシサン製品であり、国会中継中に行う国会闘争ルーチンプログラムの実地テストの為に集められていた。特別に調整されたクローン1000体を再調達する案件はビッグディールであり、彼と無関係の話ではない。

 ポーン……「カンミン・セクタ到着ドスエ」合成マイコ音声が告げ、巨大フスマが開いた。「イヤーッ!」コールドノヴァが両手を左右に翳し、爆発ブービートラップの起爆前に凍結させて無効化した。大人数のニンジャ討伐隊は迅速に進み出た。高い天井にはシャンデリア。大規模な回廊が奥に伸びる。

 カンミン・セクタ。暗黒メガコーポ各社のオフィスとネオサイタマ市役所、さらに数々の施設群がキマイラのごとく融合し癒着した、地上の万魔殿である。サブジュゲイターはこめかみに指を当て、バイオニンジャ反応を探りながら足を運ぶ。「イヤーッ!」突如ペイガン464が飛び出し、肉の盾を形成した。

 ドウドウドウ!音を立てて前方から射出されたバンブー・バリスタ罠の竹槍を、流体金属ボディの密集盾が防いだ。「来るか」マーズはカラテ円盤盾を生み出し、コールドノヴァは掌に冷気の球を作り出した。KRAAASH!側面の壁が破砕し、意識外方向から大柄なニンジャが飛び出した。ヘンチマン!

「イヤーッ!」マーズはカラテ盾を掲げ、特別監査法人オメコボシ・アカウンティングのヘッドオフィスの壁を破って現れた悪漢の鋼鉄の拳を受けた。一方、コールドノヴァを背中から襲ったのは、ネオサイタマ都税第3事務所の窓を突き破って飛び出したフォレスト・サワタリであった。「サイゴン!」

「グワーッ!」三段構えのアンブッシュを受けたコールドノヴァの背中が裂けた。傷口はすぐに氷り致命傷を防ぐ。マーズはヘンチマンを押し戻した。ペイガン464の何体かが複腕を生やしイアイ武装した。奥のオフィスから少年とニンジャ達が走り出た。早晩追い詰められると判断し、ここで待ち伏せたか!

「追うぞ!構うな!」マーズはコールドノヴァに指示し、走り出した。「イヤーッ!」カラテ盾を投擲し、透明のヘイズ・ネットを切断。「遊んでけェ!」ヘンチマンが射出したグレネードをコールドノヴァは凍結させて無効化、マーズを追う。サワタリは鬼神のごとくマチェーテを振り回し、乱戦を開始した。

 チバとオメガ、ブラックヘイズは回廊脇に停車されていた荷物運搬フォークリフトに搭乗し、全速逃走を図る。アクシスのペイガンが追いすがるが、T字分かれ道の一方から走り出てきたセントールが横からの攻撃を仕掛けた。「ニイイーッ!」「グワーッ!」

 T字路右からセントールを先頭に飛び出してきたバイオニンジャ達はチバらのフォークリフトと交差し、そのまま左に走り去った。マーズらはバイオニンジャを無視し、チバを追って右に入った。KABOOOM!「アバーッ!」ブラックヘイズの爆弾が起爆し、先陣のペイガンの四肢が吹き飛んだ。

「二手に……」サブジュゲイターは眉根を寄せた。「イヤーッ!」サワタリが切り掛かった。「ヌルい!」サブジュゲイターは小手を返して投げ飛ばす。サワタリは猫めいて着地し、背後のペイガン464の腕と首を刎ねた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヘンチマンは邪魔する者を殴りながらチバを追う!

 走り出そうとしたサブジュゲイターを、サワタリは執拗にインターラプトする。「イヤーッ!」「イヤーッ!」刃を逸らし、裏拳を叩き込む。「グワーッ!」「お行きなさい!」サブジュゲイターはペイガン464達に指示した。「貴方がたは左だ。サヴァイヴァー・ドージョーを追うのです!」

「「「ヨロコンデーッ!」」」ペイガン464達は叫び返し、かさばる複腕を収納すると、サワタリを無視して走り出した。「イヤーッ!」サワタリはうち一体の背中にマチェーテを投げたが、その者の背中を破って強固な肩甲骨が飛び出し、鎧めいて防いでしまった。「奴ら、何だ?」「万能戦士です!」

 サブジュゲイターはサワタリの刃をいなし、攻撃的に笑った。「彼らは過去のバイオニンジャの特長をオールマイティに、かつ破綻なく織り込んだ最高作品です……私が率いる未来のヨロシサンを担う戦士の礎となる!」「未来だと?」「然り!下賤な不良品の居場所など、我がヨロシサンには存在しません」

「イヤーッ!」サワタリは突きを繰り出す。「イヤーッ!」サブジュゲイターはチョップでマチェーテを叩き落とし、膝蹴りを叩き込んだ。「グワーッ!」「ヌルいヌルいヌルすぎる……バイオ増強筋肉の分際で我がヨロシ・ジツに抗しようなどと!極めて無謀と断じざるを得ませんね」「貴様に追わせはせん」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ヤリめいたサイドキックがフォレストの腹部を捉えた。吹き飛ばされたナムの戦士は回転着地しながら弓を構えて射た。「イヤーッ!」サブジュゲイターは指先で矢をつまんで防いだ。「身の程を知りなさい」「身の程だと」フォレストは床に唾を吐いた。「貴様がそれを言うか」

 サブジュゲイターの瞼がぴくりと動いた。「何……?」「所詮、ヨロシサン首脳とトランスペアレントクィリンの駒に過ぎぬ貴様が、未来のヨロシサンを語り、俺に無謀と身の程を解くか」編笠の陰でフォレストの目は冷たく光った。「貴様は滑稽だ。愚かで滑稽だ」「なッ」サブジュゲイターは目を見開いた。

「貴様……何……を?」トランスペアレントクィリン。迷宮めいた暗黒メガコーポ「ヨロシサン」の頂点のニンジャにして、キュアすらも足元に及ばぬ権力を持つ大師の名がこの狂人の口から発せられた事実は、サブジュゲイターを激しく驚愕せしめた。フォレスト・サワタリの暗い目に狂熱の影はなかった。

「俺はヨロシサンの存在を、行いを、営みを許さぬ」フォレストは低く言った。「俺は全てを終わらせる。ニンジャの力も、俺にそれを為させる為にこそ天が与えた力なのだろう。俺は学び、俺は知った」「な……」「身の程を知れ。サブジュゲイター=サン!」「貴様だ!」サブジュゲイターは激昂した。

「イヤーッ!」「グワーッ!」豹めいて飛びかかったサブジュゲイターは怒りの拳をサワタリに見舞った。殴られながら、サワタリは睨み返した。サブジュゲイターは左の拳を振り上げた。「私が駒だと!?私、私はニューロン・プロテクションの軛を脱した!私のジツからすら逃れられぬ分際で貴様ッ!」

 サブジュゲイターが左拳で殴りつける!「グワーッ!」「イヤーッ!」右拳!「グワーッ!」編笠が吹き飛び、割れ窓からネオサイタマ都税第3事務所内に転がり込んだサワタリを、サブジュゲイターは回転ジャンプで追い、マウントを取った。「私は自由だッ!」「貴様の自由とは、カイシャの継承か」

 フォレストはサブジュゲイターを見据え、言い放った。彼の右手は床に伸びたトリガー・ロープを掴んでいた。サブジュゲイターはここへ至り、床に走った亀裂と不自然に重なった床のタイルの状態に気づき、このネオサイタマ都税第3事務所にフォレストが当初潜んでいた事に思い当たったが、遅かった。

 フォレストが紐を引くと、二者の身体は浮き上がった。違う。床が崩れ、垂直に落下したのだ。ジグラットはひとつの都市にも比するべき巨大な複合建築物であり、床に偽装されていたそのタタミ二枚ほどの四方は、竪穴めいたシュートだった。

「イヤーッ!」フォレストはナイフをハーケンめいて側面に突き刺した。サブジュゲイターの手は空を切った。「おのれーッ!」サブジュゲイターだけが、そのまま10メートルほど下のフロアに落下し、受身を取る猶予無しに背中から叩きつけられた。「グワーッ!」

「イヤーッ!」フォレストはハーケンをテコにして真上へ体を持ち上げ、室内に戻った。「イヤーッ!」そのまま更に跳び、あらかじめ蓋を外しておいた天井付近のエアダクトへ、流れるように入り込んだ。振り返りもせず、彼はダクト内を這い進んだ。サヴァイヴァー・ドージョーと再び合流する為に。

「おのれェェーッ!おのれェェーッ!おのれェェェーッ!」サブジュゲイターはのたうちまわり、床を殴りつけ、額が裂けるほどの強さで頭突きを食らわせた。その激昂はサヴァイヴァー・ドージョーにも、ソウカイヤにも届いていなかったであろう。T字路で分かれたのち、前者は上へ、後者は下へ向かった。

 先行したネヴァーモアが下層への直通エレベーターの扉を破壊し、こじ開けたところに、チバ達のフォークリフトが走り込んだ。ブラックヘイズが幾重にも張ったヘイズ・ネットをマーズが斬り裂く僅かな時間猶予をぬって、彼らは直通エレベーターを作動させた。ジグラットのシステム心臓部を目指して。

◆◆◆


 ブーン……パワリオワー!ツキジ地下、暗いホールの中央で起動音とともに次々UNIX光が灯ると、周囲の人々は歓声を上げた。「「ヤッタ!」」「「「スゴイヤッタ!」」」それは弱々しい光であったが、ロービットマインの崩落を生き延びた人々にとっては、十分に輝かしい希望のLED光であった。

 崩落により、少なからぬ死傷者が出た。断線、さらにはUNIXデッキの完全水没により、ウイルス攻撃計画も頓挫した。だが彼らはまだ諦めてなどいない。ニンジャも、ハッカーも、エンジニアも、何の特殊技能も持たぬ者たちも、この閉鎖空間の中で全員が自分の役目を探し、互いを励まし合い助け合った。

 彼らはケガ人の手当てを、生き残った予備UNIXの運搬と整備を、崩落危険箇所のチェックを、汚染水を鍾乳洞に逃がすための即席土木作業を、あるいはマグロの解体を、協力して行った。そして皆で、捌きたてのオーガニック・トロを分け合った。それは旧世紀から残るツキジ・ダンジョンの遺産であった。

 互いに声を掛け合い急ぎ足で行き交う。ホール中央に並ぶUNIX群は貧弱で、ウイルス攻撃に使われたデッキをマシンガンとするなら、精々ハンドガン程度のみすぼらしさだ。だが戦いようはある。UNIX光がハッカーたちの表情を照らす。その横にはTVや無線機が積み上げられ、海賊電波を拾っていた。

 なぜ彼らは、絶望せず戦い続けられるのか。無論、彼らは皆、逃げ場を失った者たちであり、覚悟の上でこのツキジへと逃げ込み、抵抗を誓っていた。だがそれと同じくらい重要なのは、半神的存在たるニンジャが何人も、自分たちの傍にいることであった。超自然の鉄条網は今なお、彼らの頭上を支えている。

「実際、こっぴどくやられたわ」チャブの前でナンシーが現状をまとめ始めた。ヤモト、イグナイト、アンバサダー、スーサイド、ルイナー、アナイアレイター、ユンコ。他、ニンジャやハッカーでなくとも現状を知りたい者は皆、周囲に集った。ジェノサイドはINWラボの状況を偵察に行き、まだ戻らない。

「ここに潜み続けていても、じきにアマクダリは掃討部隊を送り込んでくる。アマクダリは、他の場所への対処に手いっぱいだけど、優先度がいつ変わるかはわからないわ……」ナンシーが言い、アンバサダーに促した。彼は続ける「……ニチョームにザイバツのニンジャたちが現れ、ジグラットに攻め入った」

「ニチョームの皆は?」ヤモトはカタナの柄に手を添えながら彼に問うた。アンバサダーは、ディプロマットとのテレパシーにより、ニチョームの状況をつぶさに知ることができるのだ。彼は答えた。現状戦闘は起こっていない。またニチョーム自治会の士気は高く、自分たちの街は自分たちで守り抜くという。

 ヤモトは納得したように頷いた。ふと視界に入るTV。そこにリピートで映し出され続けるマルノウチ周辺の映像を見て、彼女は不安な表情を作った。市民がハイデッカーや自律兵器によって攻撃された時の映像が、違法電波に乗って流されているのだ。市民の一部は、今これと同じ映像を見ていることだろう。

「現状、アマクダリの戦力はほぼジグラットに集中。少量ではあるけど部隊を送り続けているのが、マルノウチ。ローニンリーグのアジトがある。今の所、ローニンからの救援信号はまだ届いていない。レッドハッグ=サンたちがしのぎ続けてる。そう信じたいわ」ナンシーは戦略マップを投影しながら言った。

「問題は、どう反撃するかッて事だよな?」スーサイドが拳を掌に叩きつけながら問う。「そうね、説明するわ」ナンシーがマップを拡大する。「切断された地下ケーブルを再接続すれば、もう1回だけ攻撃のチャンスがある。でもそれを行った瞬間に、私たちが生きてることが察知され、砲撃されてオシマイ」

 イグナイトは落ち着かぬ様子で、指を床に叩きつけた。「でもここでクサってたら、掃討部隊がやってくるンだよな。そのために艦隊をどうにかするのが……」「私の役目」ユンコはトロ・スシを補給しながら頷いた。「飛行ユニットの整備がもうすぐ終わる」『ヌンヌンヌン』「モーターチイサイも連れてく」

「あンたら、かなり無茶だよな」イグナイトが笑った。計画はこうだ。ツキジから再ハッキングを仕掛ける前に、ユンコが艦隊に奇襲を仕掛ける。自殺行為にも等しい、危険な作戦である。また仮に砲撃を一時食い止められたとしても、掃討部隊が地上から送り込まれたならば、残った者で迎撃せねばならない。

「危険は承知」ユンコがスシを咀嚼し終え、立ち上がる。イグナイトから始まり、皆は出撃前のユンコと握手を交わし、解散した。ユンコとナンシーは階段を下り、エンジニアたちが待つ垂直射出ポイントへ。他のニンジャたちは再び、各々の持ち場へと戻った。

 ……今にも落ちてきそうな低い天井を縦横の鉄条網が辛うじて支えるホールの隅に、アナイアレイターが座して動かぬ場所がある。スーサイドが近づくと、黒い影に金色の目が開いた。「おう」スーサイドはぞんざいにアイサツし、タタミ数枚離れた位置にある破損家具の上に置かれたリンゴに触れた。「何だ」

「知らねえよ」アナイアレイターは不機嫌そうに身じろぎした。「ここの奴らが勝手に置いていく」「ハ。わかった。お供え物だ」スーサイドはバランスよく円錐形に積まれたリンゴのてっぺんの一つを取り、弄んだ。干からびかけているが、本物のリンゴだ。「お前、ブッダデーモン殿ってとこか」

 テメェ殺すぞ、という反応は返らなかった。ただアナイアレイターは物思いに沈んだように沈黙した。スーサイドがリンゴを投げつけると、鉄条網がマントの下から跳ねてリンゴを突き刺し、受け止めた。スーサイドはもう一つ取り、齧った。「調子どうだ」「クソに決まってるだろうが。くだらねえ会議だの」

「ジツのコントロールは?」「見ての通りだろ」とアナイアレイター。「俺の手間が減って万々歳」スーサイドは肩をすくめた。アナイアレイターが睨んだ。「俺ァこんな真似する為にニンジャになったんじゃねェ……どいつもこいつも、俺がそう長く辛抱すると思うな」「イヤでも忙しくなるだろ。じきにな」

「……」アナイアレイターはリンゴを音立てて咀嚼した。スーサイドは皿の横に置かれた何枚かの写真や蝋燭を眺めた。「誰が置きに来るんだ」「知るか。ジジイかババアだ」「すっげえオイランが拝みに来るように頑張れや、危ねえな!」足元に鞭めいて跳ねた鉄条網をかわし、スーサイドはその場を去った。

 スーサイドは特に何をするでもなく、かろうじて作られたかりそめの拠点を歩いた。壁材が擦れる音、染み出す水が落ちる音、遠い地鳴り、遠い波の音などを、彼のニンジャ聴力は拾った。それからテレビ放送の音を。少し歩くと、積み上げられたブラウン管の放つ明滅光を受けて佇むヤモトがいた。

 スーサイドはブラウン管が映し出す映像を見た。繰り返し飛んでくる海賊放送……マルノウチ付近の争いの情景である。こうしてツキジにこもる以前に見た時とはだいぶ様相が異なっていた。ハイデッカーによる攻撃規模は当初よりもずっと大きかった。しかし慰霊碑周辺に集まる人々も増える一方だった。

 それは踏まれるほどに茂る荒地のコメのようでもあり、金床で打たれるほどに赤く光る鉄のようでもあり、燃やして駆除するほどに種子を広く爆ぜ散らす果実のようでもあった。ハイデッカーが警棒を振るい、鎮圧銃を撃ち、シデムシが這う。ヤモトは奥歯を噛み締めていた。

「何やってんだお前」スーサイドは尋ねた。ヤモトは画面を睨んだまま、首を振った。「何も」「行きゃいいじゃねえか」「え」ヤモトはスーサイドを見た。スーサイドは答えた。「だから。行きゃいいだろ。行きてえなら」ヤモトは動揺した。「でも」「救援要請がどうとか?ンな理屈はどうでもいいんだよ」

「それは…」「理屈はどうでもいいッてンだよ。誰がどうとか、くッだらねえ。知ったこっちゃねえ」スーサイドはテレビを小突いた。「要はお前が行きてえなら行きゃイイじゃねえか。なんなら俺が文句言わせねえよ。お前がここに留まる義理もねえんだ」「アタイ」「アタイーがいねえくらいで負けるかよ」

 ヤモトはそれ以上迷わなかった。小さく頷いた。「シマナガシをナメるんじゃねえ。全員ブチのめす」スーサイドは言った。周囲を見渡し、「さっさと行け」「ありがとう」ヤモトは身を翻した。スーサイドは闇に消えるヤモトの背中を見送り、アクビをした。

 ヤモトは他の人間に出くわさぬよう祈りながら、崩れかけた階段を走り降り、明滅するネオン看板の間を塗って、長い地下トンネルに到達した。足元を磯の匂いがする水が流れていた。このトンネルを進んでいけば、ある時点で地上に上がるポイントがあるはず。

 彼女の心を乱していたのは憤り、義憤だった。斜めに降る雪の中に集まり、身を寄せ合い抵抗する人々を、無感情な塊が押し潰して行く光景。それはほとんど反射的といってもいいほど、瞬間的に、強烈に、彼女のニューロンを煮え立たせた。許せない。まず彼女はそう思った。何を?知った事か。

 イクサの今後を決める重大な議論も、憤りの炎の影を無音で流れ去った。繰り返す映像を見ながら感情を殺そうとしたが無理だった。それどころか映像は更に彼女の個人的な懸念を喚起した。マルノウチに集まった人々の中にアサリの姿が垣間見えた気がしたのだ。(絶対に無い)走る今も、それを打ち消す。

 ヤモトの目には桜色の光が灯り、それと同じ色のマフラーめいた布は長く長く形成されて光の帯の軌跡を残した。背に負う二刀はナンバン、カロウシ。「急がなきゃ」走りながらヤモトは呟いた。赤い火が彼女のすぐ横を飛んだ。火は答えた。「同感だ」話しかけながら、イグナイトは立ち止まりはしなかった。

「イグナイト=サン?」「ヨー」並走するイグナイトはウインクした。「奇遇じゃん。アタシも持て余しててさァ。あんな狭っ苦しいところでカトンなんか使えッかよ。だろ?」「うん」「だろ?だから、ひと暴れするなら、外行かねえとッてさ。便乗させてよ。ヤモトちゃん」ヤモトは微笑んだ。「行こう!」

「決まりだ!」イグナイトはヤモトと競うように駆けた。「それに、なンか戦略的な意味もあるさ、バラバラに暴れる奴がいるッてのも。ま、そこはしかめっつらの大人に考えさせときゃいいッて!」「行こう!マルノウチ!」桜色の光と炎は二筋の矢となって闇を飛翔した!


◆◆◆

(アイサツ?急に言われても……。ええと、私は人間だけど、半分は機械とAIのおかげで生きてる。その全部のミクスチャー。AIのせいでファッキン不便なこともあったけど、最近ようやく、自分をコントロールできるようになってきた。ザゼンだってできるし、夢も見れるし……ああ、ゴメン、違う……)

 ユンコは先ほどの記憶をフィードバックしていた。……握手をしながらも、モーター回路が激しく回転し、ニンジャソウルを多数検知していた。彼女は脳内で鳴り響く警告アラート音を、意識の外へ追いやった。照準マークも攻撃認証も視界には表示させない。自分自身をハックし続けこの境地へと至ったのだ。

(ああ違う、そんなことじゃなくて、伝えたいのは……。そう、もうニンジャでも大丈夫だから、ニンジャとももっと良い関係を作れたら……もっといいと思う。だから、全て終わって帰ってきたら、もっと皆と話をしたい。何だろ、うまく言えないけど、一緒にクラブでダンスできたりしたら、いいよね)

 ガシィン!ガシィン!ガシィン!ハンガーに吊られたユンコのボディを覆うように、黒いブースターユニットが装着されてゆく!そのテックの息吹が、ユンコを束の間の回想から引き戻す!「ケーブル確認な!」「インジケータ指差点呼!」「システム総じ緑な!」エンジニアたちの声。重機械音。そして熱気!

 テックの熱気がユンコの全身を包み込む!キュイイイイ!胸の奥でモーター回路が、そして左の∴サイバネアイが回転する!黒いサイバーゴスドレスを思わせる金属片の裾の下には3基の無骨なバーニア!キュイイイイ!機体表面にターコイズ色のUNIX光が浮かび上がる。そのエンブレムはオムラの雷神紋!

「可能な限り元のボディを覆う形に設計した!」ツキヨシ主任が語りかけた。オムラの遺産に。そしてユンコ・スズキに。オナタカミの洗練と無骨なオムラの遺伝子が掛け合わされたその機体。金属と黒い人工膜でブースターを覆った、優美なるアーマー・ドレス。それを纏う彼女は即ち、アーマード・ユンコ!

 ユンコは感謝した。そして怒りを新たにした。再定義への怒り。父さん、エンジニアたち、そして自分を生かしてくれたもの全てが無駄になる。お前は失敗作、不合格品、ジャンク品だと世界から烙印を押される。そして今、システムは自分だけでなく、ここにいる全ての人をいとも簡単に押し潰そうしている。

……(させるものか!どこにも属さないから何だ。ファック野郎どもの好きにはさせない。今に見ていろ。私は前例の無い何かだ!)ユンコは拳を握りしめた!「アーマード・ユンコ作戦、開始!」ナンシーが叫ぶ!「「「アーマード・ユンコ作戦、開始!」」」ツキヨシ主任らが射出シーケンスを開始!

 背面部にモーターチイサイが直結!秒読み開始!ブースター点火!「「「オームーラ!オームーラ!」」」キュイイイイイイイ!モーター回路はなお速度を速める!凄まじい熱と音!頭が真っ白になる!「覚えておいて!私はユンコ・スズキ!トコロ・スズキの娘!オムラの遺産!ミッドウィンター!」

 3!ZOOOOM!凄まじい推力が彼女を垂直射出せんとする!固定具が抗う!「ツァレーヴナ!エンジニア!ハッカー!その全部!」2!プシュー!固定具ロックが順番に解除!「そしてまだ全部、中途半端!だから必ず生きて帰る!もっと生きるんだ!ファック野郎どもの好きにはさせない、絶対に!」1!

「「「オームーラ!オームーラ!」」」ゼロ!ZOOOOOM!「ARRRRRRGH!」ユンコは垂直射出電磁カタパルト内を凄まじい速度で旋回上昇!必死で姿勢制御し、崩落箇所を巧みに避ける!視界がガクガクと揺れる!「ARRRRRRRRGH!あと少し!」前方に、崩落した施設の強化ガラス窓!

 KRAAAASH!強化ガラスをブースター突破で打ち砕き、アーマード・ユンコは螺旋回転飛翔!高度1000!2000!3000!アーマードレス展開!彼女は上空で回転すると、大きく仰け反りながら叫び、黒い蕾を開くかの如くアーマードレスの裾を完全展開した!射出成功!通信から歓声が伝わる!

「やったッ!……飛べたッ!」ユンコは両腕を開き、叫んだ。暗黒の空にはドクロじみた満月。南の沖にはキョウリョクカンケイ艦隊。突如、視界に横殴りのノイズ。彼女にはそれが何か、直感的に解っていた。この世界から自分を消し去ろうとする波。再定義の第3衝撃波。もはや一刻の猶予も無し。

 見えないパッチワークがほつれ、再定義が2つの世界を引き千切ろうとしている。アーマード・ユンコは拳を握りしめ、高速飛翔した。あたかも、自らのブースターカラテでその2つの領域を必死に貫き、セントレイルとサイバー光の糸で縫い合わせんとするかのように。彼女は飛ぶ。暗黒のネオサイタマ湾へ!



第3部最終話「ニンジャスレイヤー・ネヴァー・ダイズ」より:【6:アクセラレイト】終わり 7へ続く


N-FILES

オヒガンと物理世界のリンクが引き千切られようとする中、ザイバツ・シャドーギルドはドラゴン・ユカノとともに現世へと降臨し、存亡をかけたイクサを開始する。一方ニンジャスレイヤーは、月面基地でバッテラ・スシを補給すると、アガメムノンへと至る最後の関門、スワッシュバックラーとドラゴンベインに挑まんとしていた。このエピソードはシリーズ最終章のため、これまでの各部のシリーズ最終章と同様、フィリップ・N・モーゼズとブラッドレー・ボントが交互でシーンを担当するリレー執筆形式となっている。

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