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S3第6話【エスケープ・フロム・ホンノウジ】全セクション版

◇総合目次 ◇初めて購読した方へ 


1

 空は赤い。廃墟の一角、トム・ダイスは岩のような背中をまるめ、木の枝をナイフで削る作業に没頭していた。もともとあまり喋らない男ではあったが、昼に周囲を偵察してきたフィルギアが、「俺らの後をついて来ている奴が居るようだ」と伝えてから、ますます言葉数が少なくなった。

 トムの要請で当初の進路を外れ、ヨークトンに近いゴーストタウンで夜を待つ事になった。「そろそろ教えてくれよ」フィルギアは血抜きしたカラテラビット肉を投げ、問いかけた。「何かピンと来た事があるのかい……」「ああ、そうだ」トムは頷いた。「ここで待つ」「ついてきてる奴を?」「そうだ」

「誰だ? その話、初耳なんだけど」フィルギアは口を尖らせた。「俺達、信頼関係を築いたと思わない……?」「必要充分の信頼はな」トムはフィルギアを見て、すげなく言った。「……まあいいや」フィルギアは背中を向けて寝転がった。やがてトムが言った。

「"俺たち" は、ホンノウジから脱出してきた」


ニンジャスレイヤー:エイジ・オブ・マッポーカリプス

シーズン3第6話【エスケープ・フロム・ホンノウジ】


 少なくとも、シャワーの水は文明社会と変わらない。止まりがちで、湯になったり水になったりイマイチだが。トム・ダイスは念入りに髪を洗う。彼の肉体はローマ彫刻めいて屈強であり、無数の古傷、新しい傷が刻まれている。彼は自分の脇腹から腰にかけてを手で確かめ、溜息をついた。……大丈夫だ。

 これは毎日のルーチンになっている。黒帯が生じていない、という事は、カラテ汚染されていないという証だ。出撃前、ヌーテックに「潜入者たち自身がカラテ汚染される危険性はないのか?」と質問したが、「100%ない」とだけ答えられた。それはヌーテックでは「未確認」を意味する。

 この狂った土地にいて、ある日突然黒帯が生じて、ニンジャになる……それは果たして、どんな事態なのか。ニンジャといっても、まず間違いなく、クレイグ隊長のような英雄的な存在とは程遠い筈だ。忌まわしいカラテビーストのように、邪悪な人外の存在となるのではないか。

 クレイグ隊長はトムの所属する強行偵察隊で、唯一人のニンジャである。彼は10年前、燃え盛る鉱山街の調査任務で市民を救出し、唯一人生還を果たした真の英雄だ。ヌーテックの作戦名は「オペレイション・ファイアストーム」。だから、クレイグ隊長のニンジャとしての名は、ファイアストームだ。

 シャワーを浴び終えたトムが部屋に戻ると、偵察隊の奴らは半分寝ぼけたツラでトランプに興じていた。「黒帯生えたかよ、トム?」ホルヘがからかった。トムは首を振った。「いや、大丈夫だ」「気にし過ぎなんだ、お前は」隅でプランクをしているのはジェフ。ハッカーだが筋骨隆々の男だ。

「ンンン!」ジェフと向かい合ってプランク時間を競っているアフリカ系の女はアシュリー・ウェスト。アルカナム社から参加している。彼女とヒロ・イイダ博士だけがアルカナムの人間で、他は皆、ヌーテックに所属する兵士だ。アシュリーはヒロ博士の護衛が主任務で……ヒロが、この作戦の要だ。

「アアア! ダメだ」レザが嘆き、カードを頭上に撒いた。ブレインは頭を掻いた。「ま、また勝った。なんかピンとキちまう」痩せてヒョロ長く、落ち窪んだ目で、いかにも弱そうだが、奇妙な勘の鋭さがあった。それこそ隊長以上に。「だから止めようって言ったんだよ」ホルヘもうんざりしてカードを伏せた。

 ジェフのプランクが潰れた。「バケモノめ」「お前が、なってない」アシュリーは言った。「……」「ハァ……」「ハァ」彼らは誰ともなく溜息をついた。何度もループしたやり取りだった。「いつだ。お前の勘で、わからねえか」ホルヘがブレインを見た。「え、そ、そんな、急に……そろそろじゃない?」

 その2秒後、階段を上がってくる音が聞こえたので、ある者は顔をしかめ、ある者は苦笑した。ドアが開き、クレイグ隊長が顔を見せた。「時間だ、お前たち」灰色の髪を肩まで伸ばし、短い顎髭を生やして、哀しげな青い目の持ち主だ。右目は包帯で覆われている。先日の負傷だ。視力は失っていない。

「すまんね、君達。待たせた」彼の後ろから顔をのぞかせたのが、ヒロ・イイダ。小柄で丸顔の、アルカナム科学者である。「だが非常に大きな収穫があった。」「つまり、時間だ。すぐに行く」「留守番はレザです」ホルヘが指差した。レザは寝ぼけ眼で手を挙げた。「負けちまったんで」「よし」

 彼らは数十秒で支度を整え、階段を降りていった。一階の喧騒が出迎える。屋号は「だのや」。ドンブリ食堂の二階を、強行偵察隊はアジトに使っていた。「おやおや。どうしたよ。大所帯で」鉄鍋を振るいながら、おやじが欠けた歯を見せて笑いかけた。隊長は頷いた。「いよいよでな」「ははあ。いよいよか」

「アレ! よそ行きかい」レジ作業を終えたおやじの息子が、前掛けで手を拭きながら彼らを見た。おやじが隊長に近づき、耳打ちした。(……無事で帰ってきてくれねえと。俺もセガレも、賭けてんだ。アンタ達によ。こんな国はもう……)隊長は無言で、再び頷いた。

 アジト提供の彼らへの見返りは、UCA帰還の際、彼らを共に連れて行く事だ。ネザーキョウにうんざりする気持ちにトムは100%共感する。偵察隊はモミジ色の布を身にまとい、ボンズ団を装った。フードを目深に被り、合掌しながら歩けば、実際ありがたい。おやじが小走りに戸を開き、彼らを外へ送り出した。

 彼らの前に広がる世界は、ギラついた太陽、枯れた真鍮色の街並み、埃っぽくだだっ広い道、肋の浮いたイヌ、ひび割れた塀によりかかって座り込み、彼らをじっと見つめる物乞い……そしてあちこちにそびえ立つ黒い五重塔の威容であった。旧エドモントン……ネザーキョウ首都ホンノウジ。弱肉強食の都。

「ネギー……ネギー……ネギ、いらんか。精魂込めた、ネギ……」痩せた男が背中にネギ満載の大かごを背負い、行き過ぎる。「ボンズ様ァ……功徳めぐんでくだせえ……」絡みに来る老人。「誰か、鉄を買わないかね。イクサ支度できない奴はバチが当たるんだ」リアカーを引く鉄屑屋。

 凄まじいありさまである。だが、下町を離れ、幾つかゲートを越えれば、たちまち現れるのは屈強壮麗な建築物群なのだ。ネザーキョウは……トム達にとって腹立たしいことに……国としては十分に潤っている。これまでタイクーンはカナダ諸都市に勝ち続けてきた。イクサに勝つ限り問題無しというわけだ。

 しかしその富は、カラテなき者の手には少しも零れてゆかない。イクサに出られぬ者は栄養を得られずやせ細り、ますますイクサには不適格となって、都の路外に溢れる。それでもよいという事だ。センシは国の内外、幾らでも集まる。カラテビーストを狩り、喰らい、カラテを積む者たち。国の外からは、インターネットに溢れる希望に満ちた魅力的な噂話に呼び寄せられて、荒くれ者や命知らずの若者が集まってくる。

「とんでもねえ数の五重塔だぜ、それにしたってよ。こんなの無理だろ」ホルヘが毒づいた。ヒロは囁き返した。「そう、全くナンセンスな話です、ネザータワー理論など。ですが心配いりませんよ。弟の仮説は誤っている。私は幾つもの実証データを握っているんです」「まあ頼んますぜ、先生様よ」

 後ろを歩くトムは、ヒロの興奮気味の横顔を見る。ヒロ・イイダ博士はサクタ・イイダ博士の兄。彼ら兄弟は揃って、アルカナムの誇るオヒガン理論研究者として知られている。UCAがネザーキョウと渡り合えているのも、彼らの研究成果が大いに寄与するところだが……この兄のライバル意識はやや過剰だ。

 彼らが共通して警鐘するのは、ネザーキョウがもたらす「汚染」である。タイクーンの支配地の生態系は歪んでいる。異常なモミジがメイプルに置き換わり、動物たちは黒帯を締め、小麦はねじれて、謎の穀物ネザーマイに駆逐される。これ即ち、ネザー汚染と言うべき超自然侵食である。

 ネザーキョウの進軍を止め、汚染を食い止める事は、宇宙船地球号の指導者たる暗黒メガコーポ各社の緊急の義務と言えた。いかにして汚染を止めるのか? サクタ博士はネザータワー理論を提唱した。汚染はタワーを中継して全土に蔓延する、タワーを壊せば生態系を徐々に正常化できると考えたのだ。

 一方、ヒロ博士によれば、タワーは結局ネザー化を加速しているだけであり、汚染の元凶はホンノウジのポータルにある。この汚染源を叩くことでネザー要素の供給源は絶たれる……あらゆる観測データが、ホンノウジのポータルの実在を示している。ヒロはそのように強く主張し、強行偵察に自ら同行するに至った。

 誰も実在を確かめていないポータルを汚染の要と断定するヒロ博士は、狂気に片足を突っ込んでいる。トムは忌憚なくそう思った。アルカナムとヌーテックがそれでも実証の機会を与えたのは、ヒロ博士がこれまで積み上げてきた実績と、実際様々な気象観測に現れる奇妙な数値データの裏付けだった。

 真実であってほしいと心底思う。ブルシットでは困る。トムは苦々しく考えた。兄弟喧嘩の出汁に命がけの強行偵察を企画されたのだとしたら、死んでも死にきれない。部隊の連中は皆、そのように考えているだろう。こうして敵の腹中に潜り込めただけでも、ほとんど奇跡の連続なのだから……。

 ……そのとき、大通りの先から突然タイコの音が聞こえた。軍事パレードらしきものが始まった。市民たちは道の両側に寄り、オジギする。怪しまれないよう、ボンズ姿の部隊もオジギの列に混じり、合掌した。「明智光秀」「ネザー京」などの旗を掲げた中古の白いトラックが、パレードの先頭だ。

 黒馬にまたがったジョーニンらしき存在、華々しいハーレーオイラン、それに続くのは4列になった徒歩のゲニントルーパーだった。ゲニンに軍隊のような規律正しさはなく、足並みも揃っておらず、各々のトルーパーは一人一人が王のように、周囲の市民らを見て居丈高に闊歩していた。

「貴様! モータルの分際で俺と目を合わせたな!」「アイエエエエエエエ!」ジョーニンに対して粗相をした市民がいたらしく、カラテチョップによって首を撥ねられた。テウチである。市民たちは声ひとつあげず、そのまま10分間ほどずっと頭を下げ、パレードが行き過ぎるのを待っていた。

 こうして理不尽に踏みにじられる者がいるかと思えば、万札束を掲げてジョーニンに何事か耳打ちし、露骨なワイロ行為におよぶ者もいた。全ての無法が、恐ろしいまでに公然と、何の躊躇も恥じらいもなく行われた。トムは恐怖のせいか、あるいは怒りか、合掌手を震わせ、埃っぽい足元を睨み続けていた。

「本当にクソじゃねえか」ホルヘが呟いた。「全くだ。ヘドが出るぜ」ジェフが同意した。怒りに滲む声だった。トムは救われる思いだった。この狂った都にあって、少なくとも彼の属する強行偵察隊は、トムが感じる事を、彼以上に感じてくれている、それを彼に示してくれている。

「……行くぞ」パレードが行き過ぎると、クレイグ隊長は道の先を指し示した。トムはテウチされた死体に群がる民草から目を逸らし、隊長に続いた。「もっと酷いものは幾らでも見てきた筈だ」「……そうです」「こいつらをブチのめす為に我々が居る。UCAがある。そういう事だ」「私の研究もね!」

 ヒロは法衣の下でハンディカムを揺らして見せた。「任せておきたまえ。私の仮説が正しければ、もっとものすごいものを見ることができるよ。このカメラでしっかりと記録して、世界に投げかけよう。……ア、無論今のバカバカしいパレードも撮っているからね! こっそりとね」博士はウインクした。

 大通りをしめやかに進んだ一行は、やがて巨大なアーチ門を通過した。吹けば飛ぶような下町のジャンク街と壮麗な真鍮壁はあまりにギャップがあるものだ。槍を構えたゲニンがふんぞり返って見張る前を、ボンズ姿の彼らは摺り足で通過した。「ハンニャーハンニャー……」ブレインがチャントを暗唱した。

 街区をまたげば、景色も唐突に変わる。城壁内であるにもかかわらず、そこには切り立った丘が連なり、岩山が城壁の一部を補っていた。「ンッ!? 何だ?」ヒロ博士が背伸びした。「アイエッ!」ブレインが青ざめ、縮こまった。本能的な恐怖を感じたようだった。トムは訝しんだ。

「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」禍々しいカラテシャウトが聞こえた。トムは双眼鏡で岩山を見上げ、思わず息を飲んだ。『明智光秀』『ネザー』『征服する』等の旗が掲げられた岩山。階段状に削り取られた斜面には、それぞれがゴルフコースほどもある無数のトレーニング場が築かれていた!

「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」おお、何たる冒涜的光景か! 太鼓の音に合わせ、数百……いや、数千人規模の白装束ニンジャ達が、一斉にトレーニングを行っていたのである!「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」それはセイケン・ツキと呼ばれる情け容赦ない殺人カラテのムーブメント!

 響き渡る無数の掛け声のユニゾンと同期するかのように、岩山の左右の五重の塔からは激しいパイロ火柱が吹き上がっていた!「アイエエエ!」ブレインが頭を抱え、しゃがみ込んだ。ヒロ博士のカメラ持つ手が痙攣した。「……この世の……終わりだ……」トムは胸元の十字架ネックレスを握り、呟いた。


2

「心を平静に保て」クレイグ隊長が低く言った。「恐れたり、おかしな動きをすれば、たちまち誰何される」隊長の声がトムの精神をあるべき位置に戻してくれた。彼らは合掌チャントを再会し、再び歩き始めた。「奴らは一心不乱だ」と、ヒロ博士。「市中で乱暴狼藉をするが、カラテを畏れている……」

 岩山から降ってくるカラテシャウトに怯えながら、彼らはボンズらしく穏やかに進んだ。騎馬のゲニンと一度すれ違ったが、ゲニンは合掌して通過した。ありがたいのだ。やがて彼らは岩山に穿たれたトンネル路に辿り着いた。紫の松明に照らされた恐ろしい道だ。「場所が深すぎる。ヤバイぜ」とホルヘ。

「博士、本当に問題ないんで?」アシュリーが尋ねた。彼女はヒロ博士の護衛であり、文字通り壁として銃弾を受けながら随行してきた。現場にあっては鋼の意志を持つ彼女でさえ、確かめずにはいられない。博士は請け合う。「ホンノウジ・テンプル城への間違いない侵入ルートだ。機会は今しかない」

「ホンノウジ・テンプル」と口に出す時、博士の声には緊張が伴った。当然だ。中心も中心、アケチ・ニンジャの居城なのだから。「……君らの懸念はわかる。だが私も当てずっぽうで冒険させるワケではない。クレイグ隊長と共に汚染カウンターを用いて発信源の特定の為のデータを集め、確信に至ったのです」

「そういう事だ」クレイグ隊長は認めた。「時期が早まっただけだ……」彼らは暗い紫に照らされるトンネルを進んだ。「ははは! 大丈夫ですよ」ヒロ博士は安心させるように声を出して笑ったが、緊張を深めただけだった。「なに、天守閣まで攻め上るわけじゃない。中庭、あるいは外堀あたりでしょう」

 長い長いトンネルを抜けると、目の前には運河。エンジンつきの艀が横に並び、灰色の水面を揺れている。上流には、黒い煙を方方で立ち昇らせ、五重塔群の頂上からパイロを噴き上げる威容。ホンノウジ・テンプル城……! 艀にゲニンの姿はない。彼らは鎖を素早く切断し、二組にわかれて乗り込んだ。

 ヒロ博士はトムと同じ艀に乗り込んでいた。彼はガイガーカウンターじみたポータブル装置を両手で持ち、瞬きせずに凝視していた。やがて電子音が鳴り始める。テン、テ、テテテテテ……「やはりだ! 敵はホンノウジ・テンプルにあり!」ヒロ博士は城のホンマルやクルワを囲む、恐るべき真鍮城壁を示す。

「ボートの速度をあげよう! 早く、早く見たい! ネザーキョウの汚染の源を! 急ごう、隊長! 頼むよ!」ヒロ博士はカメラを構え、興奮して叫んだ。トムは法衣の下でライフルを構え、灰色の川をすれ違う船舶を警戒した。アシュリーが「静かにしなさいよ、博士! アンタの態度、危ねンだよ」と小突いた。

 その時だ! 前方! SPLAAAASH!「サフォス……サフォスソ」水を割り、岩めいた何かが飛び出した。否、岩ではない!岩のはずがない!「アイエエエエエ!?」ブレインが叫び声を上げ、川に飛び込もうとして、ホルヘに止められた。「死ぬぞ! 何やってる!」「モウダメダー! カワイイ! カワイイんだァ!」

「右へ迂回だ!」クレイグ隊長がホルヘ、ブレイン、ジェシーの乗る艀に向かって叫んだ。「ヤダァー! カワイイ! カワイイんだァー!」「黙れェ!」ボートを運転するジェシーが怒鳴った。「カワイイわけがあるか! 何だってんだ……!」「大変だ。まさに」博士は "のたうつ岩" にカメラを向けた。

「サフォスソ……ソソサフォス」岩は黒紫とピンクの不快なスペクトルに色彩を脈打たせ、呟き、歌いながら、川面で膨張と収縮を繰り返し、その輪郭を不定形に泡立たせていた。「サフォスソサ……」「アイエエエ!」ブレインが泣いた。バチチッ!カメラがノイズを発し、博士は慌てて手をひっこめた。

 ナムサン……のたうつ岩は空へ、水面へ、膨張収縮する自部位を撥ね付け、歌い続けた。「スゴイ!なんて厭わしい生き物だ! ま、まさにネザーの産物」博士が笑顔で額の汗を拭った。「私と弟の仮説は、ああした存在すらもしっかりと織り込んであるのだから、正気にはいっさい問題ない筈だよ!」欺瞞!

「サフォサフォス……」邪悪な肉塊は何らかの器官をとおして部隊の艀の存在を知覚したようだった。震える塊が触手を生じた。「アイエエエエ! ヤーアア!」ブレインが目から出血し悲鳴! その時である!「イヤーッ!」対岸から一斉に投げかけられた肉鈎縄が塊に次々に食い込み、岸に引きずり始めた!

 岸に並んでいるのはスモトリゲニン達だ。「「ホーレイ、ドッソイソイ」」彼らが歌いながら肉鈎縄を引くと、もがく肉塊はゆっくりと岸に引き寄せられていく。「いまだ!」「カカレ!」スモトリゲニンの陰から、イタマエゲニンの集団が走り出た。彼らは……ナムサン! オオ、ナムサン! 肉塊に包丁で!

「イヤーッ!」「サフォサフォスソ……」「イヤーッ!」「ソソサフォスソ……」イタマエゲニン達はもがく肉塊に包丁を繰り出し、邪悪な肉塊をスライスしてゆく。スライスされた肉は、巨大な壺にリズム良く投げ込まれてゆく。タツジンの手腕である事は確かだが……これは一体何を意味するのか!

 2隻の艀は惨劇の岸辺を後方に置き去りに、さらに加速する。「カワイイ! コワイ! コ……カ……カワイソウだよォ! カワイソウだよォ、アハァ、アハァ」ブレインは泣き叫び、笑いながら涎を垂らした。ナムアミダブツ。彼らはほとんど、陸に衝突するようにして、城壁前の練兵場前に上陸を果たした。

 彼らは岩陰に走り込み、身を隠す。「いやあスゴイ」ヒロ博士は満足して言った。反射的にホルヘが博士の頬を張り、アシュリーに止められた。「ナメるんじゃねえ。ファッキン怪物だ。何なんだ!」「い、痛い。大丈夫ですよ。遺伝子を極限まで歪められたバイオ生物でしょう。ネザーの汚染の果てです」

「バイオ生物か、そうだよな。本当の地獄があってたまるか。地球外生物って言われた方がまだ納得いくぜ」「ニンジャとドラゴンを見た後でもそう言えるお前の精神がうらやましいよ」「ヌーテック式の筋力トレーニングで鍛え上げたからな」「貴様ら、黙れ。どうやら、あれだ」隊長が銃口で示した。

 ゲニンの集団が行き来する練兵場の一角に、珪素質の石柱がストーンヘンジめいて並ぶ場所が見えた。そこに……黒紫色のポータルが口を開けていた。「ネザーポータルです」博士の表情がえもいわれぬ輝きに満たされた。ブレインは静かにクスクス笑っていた。「大丈夫か」「うん」ホルヘに笑いかける。

 トムは岩陰から身を乗り出し、練兵場を窺う。ゲニン達は4人1組のユニットとなって、3人が手と肩を組んだ土台を組み、1人がその上に乗って、陣取り合戦じみた激しいぶつかり合いを繰り広げていた。「ファッキン何なんだ。もうやめろ」ジェシーは呻いた。隊長は博士を見た。「データは採れたか」

「まだだ! まだ時間がかかる。だが順調だ!」ヒロ博士はアシュリーが地面に設置した組み立て型UNIXに計測デバイスを繋ぎ、ウサギとカエルが荷物をやり取りするシークタイム映像と睨み合っていた。ファイアストーム部隊は彼を守るため、岩を盾に武器を構え、全方位警戒を継続した。

「クソッ、どうなんだ、博士殿! 1分1秒毎に死が近づいてンだぞ! こんな敵の腹ン中で待機……!」ホルヘが毒づく。博士は黒紫のポータルに焦点を合わせ、歓喜した。「凄い数値が出ている。全く比較にならない。私の説が確かめられた瞬間は今だ! サクタのやつめ、悔しがりつつも喜ぶだろうな……」

「……それでよ、俺は言ったんだよ」「何て?」

 歓談しながら近づいてくる声に、隊員たちは表情を凍らせた。クレイグ隊長は彼らを目で黙らせ、全身にカラテをみなぎらせた。……「それはママの……」「ギャーッハッハッ……」川で顔でも洗いに来たか、岩陰にやってきたゲニン2人が、部隊を見た。 

 クレイグ隊長は既に動いていた。隊員達がアサルトライフルを向け終わるまでに、隊長は右のゲニンの首に取り付き、両手で抱え、へし折りながら、左のゲニンの頚椎を蹴りで破壊していた。「……!」「……!」更にカバーしたのはトムだった。逆手に構えたナイフを、倒れ込む左ゲニンの首に突き刺した!

「……!」「……!」隊員は顔を見合わせた。「……2人、客が増えた」クレイグ隊長は彼らに指示し、死体を岩陰に引きずらせた。「見たところコイツら、少しテンションが低いが……俺たちの遊びはこれからが本番だ」「首がおかしな方向に曲がっているタイプの友達だ。やったな」ジェシーが呟いた。

「川にでも流してやるか?」ホルヘが死体を寝かせた。「後でな」と、ジェシー。トムはUNIX画面をチラチラ見た。シークタイム……92%。「ネザー汚染の源はあのポータル、間違いないか」クレイグ隊長が博士に尋ねた。博士は勢いよく頷いた。「議会を説得するに十分な材料ですよ……!」

「じゃあこれで帰れるッてわけか」ホルヘが笑った。だが隊長の表情は厳しい。「あれをどうする。どうやって閉じる」「それは……」絶望的な推察である。このポータルはなぜ練兵場に無雑作に開かれている? このような、だだっぴろい広野に? トムは思った。動かせない、閉じられない、守る必要もない。

「汚染を止める為にニュークを落とさねばならんようでは、この調査は無意味だ。いや、ニュークを落として消せる保証すらない」「……大丈夫、数値を持ち帰り、サクタや優秀なクルーと共に結論を出します。我らの文明科学の可能性を信じて欲しい!」「オイ、待て。見ろ。ポータルを」ホルヘが示した。

 ブオウー! 法螺貝が鳴り、それまでポータル周囲で訓練を行っていたゲニン達が一列に整列して、遠いホンノウジ・テンプル城門をめがけて走り去っていった。川岸の岩陰に隠れる彼らには好都合であったが……問題はポータルだ。黒紫の穴は激しく脈打ち……中から、トラックが走り出た。ネザーキョウの人員輸送車だ。

「見ろ、あのトラック!」ホルヘが言った。「荷台に誰も乗ってねえ。どういうことだ。向こう側に人を置いてきたのか?」キャバアーン! UNIXモニタに「100%」の文字が灯った。データは十分に集まった。クレイグ隊長は状況判断した。「……撤退する」「いえ。いけない。確かめましょう」博士が言った。

「ふざけるな!」食って掛かるホルヘを、アシュリーが阻んだ。博士は激しく首を横に振った。「隊長、今なら無警戒です。あのポータルの向こうに何があるのか確かめませんか?」「落ち着け、冷静になれ」「私は冷静です。危機感から言っている! トラックですよ。向こう側が文明国の可能性がある」「騒ぎになるぞ」「訓練ゲニンは離れたんだ!」

「隊長。俺はコイツをファックするかブチのめす。懲罰をくれ」ホルヘは博士に銃を向けた。アシュリーが盾になり、ホルヘに銃を向け返した。「やめろ!」隊長が制する。「アシュリー=サン。博士にNRS用キットを使え」「私は正気だ! 安全保障と、科学的興味の問題だ!」博士はいきなり走り出した!

「何だ!?」トラック運転席に乗っていたチューニン・トルーパーが、ポータルを一直線に目指す不審者に気づいた。彼は車載マイクに向かって叫ぼうとする!「ちッ……!」隊長は一瞬の逡巡の後、博士を守るように走り出した!「撃つな!」トムはホルヘを、ジェシーはアシュリーを抑えつけた。

「イヤーッ!」クレイグ隊長はスリケンを投擲し、運転席のチューニンを即死させた!「アバーッ!」トラックの荷台は無人であり、見咎めた者は他にいない!「今しかない! 今しかないぞーッ!」ヒロ博士はカメラを構えてポータルに飛び込んだ! クレイグ隊長は叫んだ!「貴様ら! 10分待機しろ!」

「隊長!?」トムは叫び返した。博士はポータルに消えた! クレイグ隊長はそれを追う!「10分経っても戻らなければ……貴様らでネザーキョウから脱出しろ! 必ず、データを……持ち帰るのだ!」「隊長ーッ!?」「隊長ーッ!」

 クレイグ隊長が……消えた。

 ホルヘも、アシュリーも、もはや争っている場合ではない。彼らは絶望的に顔を見合わせた。トムは呻いた。一瞬で起こった破滅に打ちのめされる。ポータルは何事もなかったように、ストーンヘンジの中央に開いたまま、静止している。「博士は……」アシュリーは顔をしかめた。「止めたって聞かない」

「クソが……クソッ」ジェシーは毒づきながらUNIX後処理を行う。「10分待機だと? こんなところでか?」ホルヘが声を荒げた。「さっきのクソッタレ訓練野郎が戻ってきたら速攻オシマイだぜ! そうしたらどうすンだ。ダイヤモンドフォーメーションか? 笑わせるな、隊長……俺ら全滅するぜ!」

「ダメだ。待つ」トムは言った。「ギリギリまで待つ。待機だ。隊長は俺らが待てると判断して、命令したんだ」「待機するしかない」アシュリーが同意した。「博士はUCAの希望だ」「もとはと言えばクソ博士が……」ホルヘが食ってかかる。「ア、アイエエエ!」ブレインが悲鳴をあげ、ポータルを見た!

 ZANKZANKZANK……脈打つポータルの中から出現したのは……ニンジャだった。

「隊……」トムは歓喜しかかった表情を凍りつかせた。現れたのはどう見てもネザーキョウのニンジャであり……その手に持っていたのは、血を滴らせる手首の先だった。ヒロ博士の手首は、ビデオカメラを掴んだままだった。


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