S3第5話【ドリームキャッチャー・ディジタル・リコン】全セクション版
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「ドッソイ!」「ドッソイ!」「ドッソイ!」「ドッソイ!」リベットつきの革マワシを身に着けたスモトリが人力操作するエレベーターが、二人のニンジャを迎え入れ、チャリチャリと鎖の音を立てて上昇を始めた。「これはこれは何とまあ」不快なニヤニヤ笑いのニンジャは眼下の光景を見下ろし、驚嘆した。
城塞都市カメヤマ。かつてレジャイナと呼ばれた地に築かれた、武の城。スモトリ達の手押し車を動力インフラとして、様々な歯車機構が絶えず駆動し、煙突からは黒煙が吐き出され続ける。歯車、ハンマーの鍛冶音に混じって、鞭打つ音や悲鳴も聞こえてくる。まこと武の城、カラテの城であった。
「なんと無駄……いやシツレイ……雄々しく畏怖すべき、筋肉の神殿とでもいうべき城塞であることか」そのニンジャ……クローザーは、まわりくどく煙に巻くような語調で、城下町の感想を述べた。同乗の者は、キモノの下の身体を包帯で覆ったニンジャである。彼の名はクセツ。アケチ・シテンノが一人。
紫の火を燃やす彼の目が、クローザーのニヤニヤ笑いを、じっと見つめた。「その軽口を閉じておいたが身の為だ」「クキキ……勿論だ」クローザーはオジギした。「君は僕の最大の理解者! そんな君の不利益となる言動は、当然、親王様の御前においては厳かに慎むからして。今だけだよ、今だけ。ムフ!」
「ジョウゴ親王は地獄耳であらせられる」「オット! ならば気をつけた方が良いか。君と共にカマユデのスープになるのは御免被りたし。なに、たとえばあのティアマト=サンの魅惑的肢体とともに入浴するならばカマユデもやぶさかでないが……」ガゴーン。人力エレベーターが目的階に到達した。石と鉄の城の天守フロアに。ゆっくりと鋼鉄フスマが開く。
廊下にはロイヤルガードが待機しており、厳かにオジギした。クローザーはクセツと一瞥をかわす。天守フロアに立ち込めている、皮膚を刺すような敵意。確かめるまでもなく、城主が放つニンジャアトモスフィアだ。(ここまで漂ってくるとは、たしかに中々)クローザーは目を細める。
通路の壁には水晶ガラスの窓がある。クローザーはそこから城下、城壁外に配置された青銅の逆関節巨大甲冑を垣間見た。しなやかで、長い首を持ち、まるでツルのようでもある。(アレが、アレかね?)クローザーは歩きながらクセツに目で問うた。クセツは頷いた。
「オナーリー!」シャン、シャン、シャン……。飾りフスマが開かれ、二人の眼前に、タタミが敷き詰められた広大な広間が広がった。空を背に、ジョウゴ親王がアグラで座していた。彼の肘置きはウルシ塗りで、奇怪な棘で飾られ、黒から紫のグラデーションで絶えず色を移り変わらせている。
ジョウゴ親王の傍らには美少年のコショウが緊張の面持ちで立ち、大ウチワで絶妙な風を送っていた。ジョウゴ親王はエボシの下、青ざめた痩せ顔を俯かせ、黒く長いあごひげを長い指でしごいていた。やがて吊り上がった目を上げ、その恐るべき三白眼で、クセツとクローザーを睨んだ。「来おったな」
クセツはゆっくりと最オジギした。クローザーは彼らを見比べた後、そのオジギに続いた。「ヘヘェ……」「ワシがアケチ・ジョウゴ。偉大なるタイクーンの唯一の子じゃ」ジョウゴ親王はアイサツした。「ゴキゲンヨ。クセツです」「クローザーと申します。以後お見知りおきをば……」「汚らわしい」
「汚らわし、エッ? 何と?」クローザーはパチパチと瞬きした。ジョウゴ親王の手にはいつの間にか長弓が構えられていた。「汚らわしきは貴様のクネクネがましい陰謀のニオイじゃ」「そんな! さすがに酷い……」「ゆえに運を試してやる! エイッ!」ジョウゴ親王は矢をつがえ、ケイトーを射た!
ハッシ! 放たれた矢はクローザーのこめかみの横にあった。……あった。然り。静止していた。クローザーはわずかに顔を左へ傾け、親指と人差指で、空中に静止した矢を支えていた。雑作もなく、受け止めたのである。何たるカラテか。クセツの燃える目が警戒の光を帯びた。
クローザーは笑顔になった。「運はともかく、我がカラテのいくばくかの真摯は示せましたかな、親王殿下」矢に緋色の稲妻がパチパチと走った。クローザーはその場で正座し、膝の上に矢を置いた。「……フン」親王は鼻を鳴らし、大弓をコショウに投げつけた。オジギ継続のクセツに問う。「それで。献策とは何ぞ。申せ」
「……かの、オベリスクについてでございます」クセツは厳かに切り出した。「あれの話とは思うたわ」親王は顔をしかめた。クセツは続けた。「このクローザーと共に、ホンノウジにて文献を求め、一定の事実に至りましてございます。……あれはギンカク。間違いなし」「それだけか?」
スウーッ……。クセツは息を深く吸い、座して、前に身を傾けた。「あれを直接調べる許可をいただきたいのです。さすれば、親王陛下に無限のカラテと栄光を、必ずや」「……クセツゥ……」親王の目がギラリと光った。その輝きには無数の感情が込められていた。敵意。猜疑心。残忍。そして、不満!
【ドリームキャッチャー・ディジタル・リコン】
サスカチュワン東南部、エステバンには現在、タイクーンによって「ヤガミ」の名が与えられている。その先にはサンドストーン丘陵と呼ばれる奇岩地帯が広がる。岩山から抉られ、天から投げつけられたような巨石が、丘のあちこちに突き刺さり、荘厳な景観を作り出しているのだ。そして見よ。その丘の一つ。岩陰に不気味な馬が二頭、横並びに、じっと静止していた。
大きく、黒く、鬣は炎めいて定かならぬ輪郭、じつに奇妙な馬であった。実際それは尋常の馬ではなく、黒帯を締めた単なるカラテ馬でもない。ネザーメアと呼ばれる超自然の馬であった。馬の傍らには「明智」の旗が突き立てられており、二人のニンジャが焚火を囲んでいた。
彼らが食する火炙りの串刺しのダンゴは、内なる残虐性を暗示しているように思えた。「おい」一人がダンゴの咀嚼を終え、切り出した。「感じるぞ」「……そうか」もう一人が立ち上がり、焚火を蹴り散らした。旗に手をかける。竿に吊るされた恐るべき青銅のウインドチャイムを凝視する。
……リーン……リーン。彼らが耳傾けるうちに、ウインドチャイムの響きが徐々に大きくなる。「お前の予感が当たったぞ、クロスファイア=サン」ナギナタを背負ったニンジャ、ディヴァイダーが言った。「予感ではない。確信だ」クロスファイアが答えた。「そして、やはりな。インターネットは近い」
彼らの会話、ウインドチャイム、そして傍らのネザーメアが示す恐るべき事実。それは、彼らがかの悪名高きWi-Fi狩りの黒き斥候部隊、「テツバ・ドラグーン」のニンジャであるという事だった。揃いの黒いニンジャ装束に身を包み、特別な訓練を受け、ネザーメアを賜った精鋭集団……!
皆さんがご存知の通り、ネザーキョウにおいてインターネットは惰弱と見做され、厳かに禁止されている。「Wi-Fi狩り」。それは偉大なるタイクーン、アケチ・ニンジャ自らが全土に投げた号令だ。地下に埋没した無数のIPアドレスにプロキシ接続してネット行為を行う者達の根絶……至上の命令であった。
このサンドストーン丘陵地帯は広大な無人の荒野であるが、依然、インターネット行為が強く疑われていた。丘陵地帯に点在する巨大なパラボラアンテナの遺跡が、領主であるジョウゴ親王の疑いを呼んでいるのである。市街地であればヒケシによるダウジングでネット探知が可能。荒野ではそうはゆかぬ。
テツバ・ドラグーンの探知能力は、ヒケシのダウジングの比ではなかった。ヒケシは所詮はゲニンである。一方、テツバを構成するのは強力なセンシのニンジャ達だ。持ち合わせるニンジャ第六感の、モノが違う。加えて、旗に結ばれた異様なウインドチャイムの力がある。
吊るされた複数の金属のチューブがオシベだとすれば、メシベじみて中心に吊られた菱形の重りが、この超自然探知機の肝だ。インターネットのデータ・ストリームを感じ取ると、この菱形が変色。特定の周波数でチューブを揺らす。皆さんが日頃触れているインターネットが超自然の産物である事の証明だ。
「もう少し手間がかかると思っていたが、幸運に恵まれたな」ディヴァイダーが呟いた。現在、テツバ・ドラグーンはサンドストーン丘陵に散らばり、広大な荒野を探し続けている。「ファーネイス=サンやナウジア=サンに連絡を取るか?」クロスファイアが問う。
「バカを言うな。手柄だろうが」ディヴァイダーは不敵な笑みを浮かべた。「奴らには時限発火のノロシの一つでも上げておいてやればよい。狩りの初手は我らがいただく。そのうえで、おこぼれをくれてやろう」「フフッ。確かにな」クロスファイアは目を細める。彼らは支度を整え、焚火に時限ノロシを投げ込むと、ネザーメアに跨った。
テツバ・ドラグーンはこの広大極まる丘陵に、彼らを含め8騎が散らばっている。彼らには特別な水晶アミュレットのオヒガン・スピリットを媒介した通信が許可されている。仕組みはインターネットに類似しているが、タイクーンはそのような細かい事は気にしない。彼らは惰弱やSNSとは程遠いセンシ故。
二人は今回、アミュレットの通信を使う事をやめた。時限式ノロシが、時を置いて、他のドラグーン達に彼らの発見を伝えるであろう。「ハイヤーッ!」二人はネザーメアに拍車をくれ、丘を駆け下りる。チャイムが示す方角は廃アンテナの巨影の一つ。超自然の蹄鉄痕が丘の斜面に黒く燃え、彼らの瞳は狩りの高揚に不穏な光を強めた!
◆◆◆
ウォルルルル! マスラダが急にシグルーンをドリフト停止させた為、並走していたコトブキはオフロード・バイクをつんのめらせた。「グエーッ!」コトブキの後ろにしがみついたザックが背中に顔面をぶつけて悲鳴を上げた。コトブキのバイクは道中に調達し、丁寧に錆を落として修理した代物である。
「どうしました?」「……嫌な感じだ」マスラダは頭を押さえた。「頭の奥を撫でられたような……チッ……」「穏やかではありませんね」「ネオサイタマでも、時々あった事だ。初めてではない」「……対処可能ですか?」「ああ。タキの奴と調べた事がある。出力の強い無線探知を受けると、感じるんだ」
「ッて事はさ。ここ、もうネザーキョウだろ。こんな……誰もいない荒れ地だけど……」ザックは奇石の散らばる丘を見渡した。「ヒケシの奴らがインターネットを取り締まってるのかな……?」「大丈夫でしょうか?」コトブキは確認した。マスラダは頷いた。「ああ。閉ざすのは簡単だ。だが……」
マスラダは二人を黙らせると、ニューロンを研ぎ澄ませた。広い空の下で、彼は探知の波が飛んできた方角に注意を向けた。この地に人の姿は無い。ゆえに、ニンジャソウルの蠢きがあれば……。「……」彼が険しい目を向けた方向には、巨大な廃パラボラの影があった。
◆◆◆
眠りは浅く、不安だった。見た夢の内容は思い出せないが、嫌な夢だった。身体は鉛のように重く、起き上がることもできなかった。「ア……」ナインの視界には、ずんぐりした白い防護服を着た見知らぬ誰かの姿があった。ナインは寝袋に寝かされていた。武器を探す。「ン。目が覚めた?」女の声だった。
防護服で頭から爪先まですっぽり覆った女は、ナインのもとに歩いてきた。ナインはパニックに陥りかかったが、暴れる力は無かった。記憶が戻ってくる。彼女は旅の中で熱病に罹患し、意識不明の状態に陥ったのだ。では彼女の上司は……ヨロシサン・インターナショナルのCEO、ヨロシ・サトルはどこに?
「そうか。今まで貴方、意識もなかったから……」防護服の女は気遣わしげに言った。ナインは警戒を緩めた。「これは……私は。貴方のその格好は?」「ああ、これは平気。この場所が汚染されているという意味ではないから」「……」「私はルシール」女は自身を指差した。
ナインが反応する前に、ルシールは彼女を指差した。「そして貴方はナイン・トオヤマ。ヨロシサン・インターナショナルの秘書で、ヨロシ・サトルCEOに同行している」「……!」「大丈夫。CEOが貴方を私達に紹介してくれたのよ。ほら」ルシールは名刺を示した。確かにそれはヨロシ・サトルCEOの名刺だった。
「覚醒したのか」戸口に防護服の男が現れた。ルシールは頷いた。「ええ、パット」「それは何よりだが……」「う……」ナインは呻いた。起きられない。ルシールは手袋を外し、彼女の額に触れた。「そうね。ただ休むだけでは、よくならない。もう少し辛抱して」「CEO……」「彼は出かけている」
ルシールは経口補水液のパックにストローを刺し、差し出した。「私達の仲間と貴方のCEOは "谷" に向かった。ファストストリームが直接の面会を求めたの」「CEOは嫌がっていたが、結局は従ってくれた。申し訳ないが、この地では我々も用心を重ねている。ルールは守ってもらわねばならない」「……」「私はパトリックだ」「……ドーモ」
「君の罹患した病はサンドストーンの一種の風土病だ」パトリックは説明した。「谷に行けばワクチンの備蓄がある。君をこのまま動かすのは危険だから、我々と残ってもらった」「貴方達は……ネザーキョウの市民の方ですか?」「フフフ。否、お尋ね者だよ」パトリックは笑った。「我らはリコナーだ」
「リコナー……」ナインはその事実を歓迎したものかどうか、はかりかねた。ナインは有能な社長秘書であり、ジュドー28段、ショドー30段、オコト45段のワザマエを持ち、世界情勢にも極めて明るい。当然、ネザーキョウに潜伏するインターネット利用者「リコナー」の存在も、知識として持ってはいた。
「リコナーは特徴的な認識番号を名乗ると聞いていますが」「ええ、その通り」ルシールは頷いた。「私はDD-022。パットはLL-004。でも、互いに呼び合うには、ちょっと冷たいでしょう?」ルシールは肩をすくめ、パトリックを見た。彼らの間には仕事仲間以上の親密さが共有されているのがわかった。
「その……ありがとうございます」ナインは言った。「感謝が遅れてすみません……」「混乱するのも無理はない。横になりなさい」パトリックはやさしく促した。ナインは従いながら、なお問うた。「貴方がたはこの丘陵地帯に隠れ住んでいるという事なのでしょうか。ネザーキョウの監視を避けて……?」
「そんな所ね」ルシールが答えた。「我々は "谷" に住む。谷の長はファストストリーム……彼はA-1、つまりリコナーの始祖であり、"谷" は我らリコナーが帰る場所なのよ」「そこにはインターネットがあるのだ」パトリックが頷いた。「この地にもネットは生きている。本当はね。真実はそこにある」
「そうか……」ナインは呟き、ぼんやりした頭で、考えを巡らせる。国民の移動の自由を禁じ、インターネットを禁止するネザーキョウで、リコナーは迫害されながら生きている。そこに暗黒メガコーポのCEOその人が現れたとなれば、接触をはかろうとするだろう。そして何らかの助力を乞うのではないか。
「"谷" は隠されている?」「ええ。この丘陵から、さらに奥にね。かつてはこのアンテナ地帯にもリコナーの村はあった。でも滅ぼされてしまったわ」「……以来、幾つかの物資はヤガミの街に求めにいかなければならない。定期的に、旅が必要なのだ。我らが君達と出遭ったのは、その途上においてだった」
「さあ、もう少し眠りなさい。じきに彼も戻ってくる。ワクチンを携えてね」パトリックが言った。ナインはひとまず納得し、眠るために目を閉じようとする……。
「ワンワー! ウォーワワワ!」三人は驚いて、戸口の叫び声を見た。部屋に飛び込んできたのは、ナムサン! 黒帯を締めたナキウサギ、カラテナキウサギである!「アイエエエ!」ナインは悲鳴を上げた!
彼女の脳裏にフラッシュバックしたのはモミジの森で襲いかかってきた獰猛なカラテムースやカラテビーバーであった!「アイエエエエ!」「待て! 落ち着きなさい!」「彼は仲間なの!」二人が説明した。「彼!?」
「ウォーワワー」カラテナキウサギはジャンプし、手振りで伝える。ずんぐりした120センチほどの生き物は、しきりに外を示している。ナインは呆気にとられた。だが、説明を待たず、更に一人、防護服の男が入ってきた。どうやらこの建物の外で、このカラテナキウサギと共に哨戒をしていたようだ。「まずいぞ! ネザーキョウの騎士だ!」「騎士だと!?」
「どういう事!」ルシールが血相を変え、壁に立て掛けてあったライフルを掴んだ。外に居た防護服の男は「わからん!」と叫び返した。「白装束のゲニンではない! あんな連中は見たことがない。一直線にこの施設をめがけて来……」BLAMN! 彼の頭は後ろから撃ち抜かれた! 倒れ込む男!
「ウォワー! ワルワルワル!」カラテナキウサギが叫び、跳ねた。BLAMBLAM!「アバーッ!」毛皮にくるまれたこの不思議な生き物をも銃弾は容赦なく撃ち抜き、黒帯を弾け飛ばせて絶命させた。ナムアミダブツ! たちまち作られた二つの死体を蹴りのけ、黒いニンジャがズカズカとエントリーする! 手には二挺拳銃!
「ア……アイエエエ!」ナインは悲鳴をあげ、鉛めいて鈍い体を強いて、寝袋から這い出した。ルシールとパトリックが叫び声をあげ、ライフル銃を向ける。ニンジャは銃口を前に少しも怖じず、二挺拳銃を指先でクルクルとスピンさせた。そして撃った! BLAM! BLAMN!「グワーッ!」「ンアーッ!」
銃を取り落しうずくまるルシールとパトリックを前に、ニンジャは再び拳銃をスピンさせる。「ドーモ。我はアケチの恩寵賜りしテツバ・ドラグーンのセンシ。クロスファイアです」彼は高圧的にアイサツした。「まだ殺してはおらん。貴様ら、インターネットのニオイがするな」
ナインの心臓が早鐘めいて打つ。この状況。この体調。いかに動くべきか。いかにして切り抜ければよいのか……!「ルシール!」パトリックがルシールを庇うように動き、彼女の膝元のライフルに手を伸ばした。クロスファイアの両手が霞んだ。BLAMBLAMBLAMBLAM!「アババーッ!」連射! パトリック即死!
「なにゆえ抵抗する? 愚かなのか? やはりインターネットに頭をやられているな」クロスファイアは抑揚の薄い声で呟いた。スピンさせた拳銃はピタリと止まり、銃口が、ルシールと、その後ろのナインに定まった。「パッ……ト……?」ルシールが震えた。撃ち抜かれた彼女の肩と、返り血を浴びた膝が真っ赤だ。
「これ以上わずらわしい真似をするな、リコナーよ。そして……」クロスファイアは眉根を寄せる。防護服を着たリコナーと違った佇まいのナインを訝しんだのだ。その一瞬のうちに、ルシールは覚悟を決めた。「窓よ!」ルシールは叫び、立ち上がり、クロスファイアに掴みかかろうとした! ナムサン!
「チッ……!」BLAM! BLAM! BLAM!「ンアアーッ!」銃声、悲鳴を聞きながら、ナインは窓をめがけて全力を振り絞った。カジバチカラ! 幸運にも窓は開いている! ナインは窓を乗り越え、向こう側へ落ちた!「ンアーッ!」天地がグルグルと回転し、吐き気が迫り上がり、心臓が乱れ打つ!
窓の外は屋外! 丘陵地帯を、転びながら、ナインは走った。「裏だ! 一匹逃げるぞ!」建物内のクロスファイアが叫んだ。それに応ずるまでもなく、ナインの視界に、黒い鬣を振り乱す凄まじい馬が飛び込んできた。馬上ではクロスファイアの仲間と思しきニンジャがナギナタを携えていた……!
馬は嘶き、仰け反って、前肢の蹄を打ち下ろした。「ンアーッ!」倒れ込むナイン! その頭の横の地面に、「イヤーッ!」ナギナタの刃が突き刺さった!「シューッ……」馬上のニンジャの無慈悲な眼光が、呻くナインを射抜いた。ナインの頭は真っ白だった。死を覚悟する暇すらなく……。
「Wasshoi!」
泥と混乱と熱病と間近な死の只中、ナインは確かに目撃した。邪悪な馬に跨ったニンジャに、別のニンジャが……モーターサイクルで体当たりを仕掛ける瞬間を。「C……EO……」ナインは朦朧と呻いた。だが、そのニンジャはCEOではなかった。赤黒の装束に身を包む、ジゴクめいた、全く違う存在だった。
KRAAAAASH!「AAAARGH!」モーターサイクルの凄まじい衝突! 超自然の邪悪な馬が恐るべき咆哮を放つ! 敵意溢れる二人のニンジャは各々の乗騎から瞬時に離脱し、空中でカラテを打ち合わせた!「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ノック・バックで飛び離れた二つの影は、着地と同時にアイサツを繰り出す!「ドーモ。ディヴァイダーです」「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」カラテを漲らせ向かい合った彼らの目は、呼応するように、激しく燃え上がった!
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「ニンジャスレイヤー?」ディヴァイダーは不吉な名前に眉根を寄せる。「何だか知らぬが貴様、ネザーキョウのニンジャではないな。ネザーキョウにおいて、タイクーンのコクダカを受け入れぬトザマの権利は著しく制限されている事、知らぬわけもあるまいな」「知らん。感謝する。どうでもいい」
「イヤーッ!」ディヴァイダーはナギナタを頭上で振り回し、先制攻撃をしかける!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは側転して斬撃を回避! ディヴァイダーは回し蹴りで隙を補い、風車めいて回転させながら後退した。ニンジャスレイヤーはカラテを構え直し、間合いを調節した。
ドルルオオン! 丘を跳ね、オフロード・モーターサイクルが走り込んだ。コトブキだ。斜めに車体を傾ける危険な操車術を駆使し、滑り降りたコトブキは、睨み合う二者の後方、倒れているナインを掴んで引きずり上げようとシミュレートし、却下し(この女性はニンジャではないゆえに)、横に停車した。
「無事ですか! 何があったのですか? ニンジャの狼藉ですね!?」コトブキとザックはバイクを降り、ナインの様子を確かめた。ザックは心配した。「この人大丈夫かよ?」「目立った外傷は無いようですが体温が……」ナインは震える手で指差す。「あの廃墟に……別のニンジャが……」
「別のニンジャ!」コトブキは素早く環境判断した。巨大な廃パラボラアンテナの傍に、観測小屋らしき建物が確かにある。建物の付近に不吉な黒い馬が佇んでいる。さきほどニンジャスレイヤーがシグルーンの体当たりで倒した馬と同種のものだ。建物の窓は割れており、中に蠢く影がある。
「いけない!」コトブキはナインを抱え起こし、声をあげた。「シグルーン=サン! オイデ!」『理解可能』付近にいたシグルーンがコトブキに応えてすぐに走り来た。コトブキはぐったりするナインをシートに座らせ、ザックも乗り移らせると、馬の尻を叩くようにAIモーターサイクルを促し、退避させる。「行きなさい!」
ゴアアアオオン! 走り去るシグルーンを見送る間もあらばこそ、コトブキはオフロード・モーターサイクルに再び跨り、挑発的にアンテナ小屋の方向へ走り、キツネ・サインを掲げて挑発した。「ココマデ、ヤメテダゼ!」屋内の影が動き、返答がわりの銃撃が襲った。BLAM! BLAM! フルスロットル回避!
「銃撃タイプのニンジャですね」走りながらコトブキは呟く。「わたしがやられるまでにニンジャスレイヤー=サンが……」彼女は激しいカラテをぶつけ合うニンジャスレイヤーとディヴァイダーを一瞥した。「……あっちを片付けて、その後どうにかしてくれる筈」BLAM! BLAM! ジグザグ走行で銃弾を回避!
「チィッ……」銃をスピンさせながら、クロスファイアが屋外に飛び出した。彼は相棒が戦闘するさまを睨んだ。「どういう事だ? リコナーではないようだが……気に入らん状況だ。イヤーッ!」彼は宙返りし、走り来たネザーメアに跨り、コトブキを追って駆け出した。BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!
そしてニンジャスレイヤーはディヴァイダーの連続攻撃を繰り返し回避する中で、この黒衣のニンジャの得物、ナギナタの間合いを把握していった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」横薙ぎの斬撃をかいくぐり、彼はワン・インチ間合いに踏み込んだ。「イヤーッ!」ディヴァイダーの蹴りが襲い来る!
ニンジャスレイヤーの目が赤黒く輝いた。ナギナタは広範囲を攻撃する恐るべき武器だが、最接近間合いは不得手。それゆえ敵は間合いを詰めに来る相手を嫌い、踏み込みを潰しに来る。ディヴァイダーの蹴りはもはや規定の反撃であり、見切ることは容易だった。「イヤーッ!」「グワーッ!?」
ニンジャスレイヤーはディヴァイダーの蹴りをとらえ、逸らし、軸足に強烈な蹴りをくわえた! だが、折れぬ。いっぱしのニンジャか。ナラク・ニンジャのソウルが伴えば、この打撃で相手は地に倒れ、もはや勝負がついていたところであろう。「イヤーッ!」ナギナタが襲い来る!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは垂直にキリモミ跳躍し、胴体を断つ恐るべき斬撃を回避していた。今のニンジャスレイヤーには理不尽なまでのナラクのカラテは無い。ならば、この旅の中で積み上げてきた彼自身のカラテを、ニンジャソウルの残り火にさらし、燃え上がらせるべし!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中から蹴りを振り下ろす。ディヴァイダーは対空斬撃で応じる! ニンジャスレイヤーはナギナタの刃の平面部を瞬時に捉え、蹴り、再び跳び、空中で高速回転、高速落下!「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ディヴァイダーは目を血走らせた。軸足のダメージが攻撃を制限しているのだ!
再度の反撃よりも早く、ニンジャスレイヤーの蹴りがディヴァイダーの肩を捉えた。ニンジャスレイヤーは左右の足で連続ストンピングを繰り出す!「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」膝をつくディヴァイダー! ナムサン! この時、既に勝負は……!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは身体を捻り、横ざまに水平チョップを繰り出し、ディヴァイダーの首を刎ねた!「サヨナラ!」クルクルと飛び離れた首が叫び、ディヴァイダーは爆発四散した。ニンジャスレイヤーは地面に焼け跡を作りながら受け身を取り、起き上がった。そこにバイクが走りくる! コトブキだ!
「ニンジャスレイヤー=サン!」コトブキが叫んだ。後方を追ってくるのは今一人の黒衣のニンジャ、クロスファイア! 馬上でガン・スピンを行い、リボルバーをリロードする! コトブキは横へ身を乗り出し、手を差し伸べる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはその手を掴み、跳ねた!
空中に跳ね上がったニンジャスレイヤーは、コトブキがドリフトさせるバイクのリア部に着地、見事なニンジャバランス感覚で直立する。そして、BLAMBLAMBLAM! 撃ち込まれる銃弾をチョップで弾いてゆく!「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
「ホホォウ……」撃ちながらクロスファイアは目を細める。馬の脇腹を脚で締めて操りながら、彼は淡々と二挺拳銃射撃を継続する。BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! 放たれる弾丸の数割は奇妙な螺旋回転を伴い、ニンジャスレイヤーのチョップをくぐり、脇腹に、肩に命中する!「グワーッ!」
「フフフ……これがニンジャの曲射よ」クロスファイアは舌なめずりした。然り、これは引き金を引く際に微細な手首のしなりを加える事で、奇怪な弾丸軌道を実現するテッポウ・ニンジャ・クランのワザマエ!「ディヴァイダーは不運であったが、久しぶりに骨のある獲物……差し引きでやや幸運が勝つか」
「ニンジャスレイヤー=サン! 無事ですか!?」走りながらコトブキが声をかける。ニンジャスレイヤーは身体にカラテを込め、筋肉の動きで弾丸を摘出し、止血を試みた。「走り続けろ」「はい!」ドルルルル! モーターサイクル加速! クロスファイアはガンスピン・リロードし、追う!
BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! クロスファイアの銃撃が襲いかかる! ニンジャスレイヤーはかろうじて防御しながら、スリケンの反撃チャンスをうかがう。今の彼は速度とカラテでスリケンを生み出す事ができない。予め携えた貴重なスリケンで……一瞬の隙を……一瞬の隙を捉えねばならない。
BLAM! BLAMN!「グワーッ!」弾丸が肩をかすめる! コトブキとバイクは無事だ。馬とバイクは8の字を描くように互いに旋回する……その時だ! ゴアアアアオオオン! 突如、横からクロスファイアめがけて体当たりをかける質量あり! 無人のシグルーンだ!「ヌウーッ!」「ネエエエエイ!」竿立ちになるクロスファイアの馬!
「アニキ!」丘の上でナインと共にうつ伏せになったザックが、グッと拳を握った。「頼むぜ……!」ニンジャスレイヤーはスリケンを……投げた!「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ギャリイイン! クロスファイアの銃身を掠め、こめかみを僅かに裂き、スリケンは飛び去った。
「チイッ」クロスファイアは指先を伝う違和感に顔をしかめた。リボルバーがジャミングを起こした事を、撃つまでもなく感じ取ったのである。もう一方の銃を向ける。ニンジャスレイヤーは空中だった。「イヤーッ!」もう一枚のスリケンを投げて牽制し、シグルーンに着地する! ゴウランガ……!
「ホホォ……! まあいい。ならば機会は次だ。万全にな!」クロスファイアは瞬時に状況判断し、馬首をかえした。ニンジャスレイヤーは敵の突如の撤退を訝しんだが、すぐに理由がわかった。装甲バギーが走り来たのである。そしてどうやらそれは、クロスファイアの敵対勢力だった。
BLAM! BLAM! 牽制の射撃を行いながら、クロスファイアは走り去った。去り際、彼とニンジャスレイヤーは互いに激しい視線をぶつけた。……ドルルルン……。走り来た装甲バギーが安全距離で停車した。ルーフの機関砲が油断なくニンジャスレイヤーに狙いを定めたが、撃っては来なかった。
「……!」ニンジャスレイヤーとコトブキは訝しんだ。機関砲の後ろにいるのが、明らかに人間では無かったからだ。それは鉄のヘルメットを被っているが……明らかに、黒帯を締めたカラテビーストであった。大柄な、カラテナキウサギである!「獣です!」コトブキが呻いた。「一体……!?」
すかさず、装甲バギーのドアがはね開き、「ウォールー!」「ウォウォーン!」カラテウッドチャックとカラテクズリが横っ飛びに飛び出して、爆発矢を構えたのである!「貴方がたは、何だ!」運転席ドアが開き、防護服に身を包んだ男が現れた。これは恐らく人間だ。そしてもう一人。助手席ドアが開く。
「待ってください!」ニンジャスレイヤー達の後ろで声を振り絞ったのは、彼らが助けた女性だった。ザックと支え合うようにして、寄り添って立っている。「敵ではありません!」それはニンジャスレイヤー達と、バギーの集団、双方に対して発せられた言葉だった。
「ナイン=サン!」助手席から現れた男が女性の名を叫んだ。泥に汚れたシャツとスラックス。サガサマめいたサラリマンかと一瞬思えたが、服の仕立ては素人目にも明らかなほどに高級であった。「無事なのか!」「ハイ、CEO……」ナインは消え入るような声で呟き、気を失い、ザックにもたれかかった。
「エエイッ、どいたがいい!」カラテウッドチャックを荒っぽく押しのけ、彼は前に出た。ニンジャスレイヤーはシグルーンを降り、先手を打ってアイサツした。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」「ニンジャ……スレイヤー……?」青ざめた男は更に表情を強張らせた。「ニンジャスレイヤーだと?」
「アイサツしろ。おれは貴様を知らない」ニンジャスレイヤーは彼を睨み返した。青ざめた男は唾を呑み、一瞬の高速思考の後に咳払いし、威厳に溢れるアイサツを返した。「ドーモ。私はヨロシサン・インターナショナルのCEO、ヨロシ・サトル。サブジュゲイターです」
「エッ? ヨロシサン? CEO?」コトブキが至極当然の反応を返した。ヨロシサン・インターナショナルといえば暗黒メガコーポの中でもオムラ・エンパイアやカタナ・オブ・リバプールのような巨大企業に比肩する支配的企業なのだ。「それは、ありえません。絶対にブルシット野郎ではないですか?」
「な……」ヨロシ・サトルを名乗った男は口に手を当て、目を見開き、言葉を失った。防護服の男が駆け寄った。「いや、本当なのだ! 彼は本当にヨロシサンのCEOだ。ブルシット(デタラメ)ではない!」「なぜ? ここはネザーキョウの真っ只中です。想像がつきませんが」だが、その時、ザックが叫んだ。「この人の身体、スゲェ熱いんだ!」
◆◆◆
大きな揺れを感じ、ナインは覚醒した。彼女は装甲バギーの後部で眠っていた。ひどく汗をかいているが、それもワクチンが効いている証拠のように思えた。意識は澄み渡り、身体感覚が共にあった。滲む落日が、並走する装甲バギーとモーターサイクルの長い影を投射していた。
隣ではヨロシ・サトルCEOが腕を組み、しかめ面で俯いている。逆隣には獣臭いカラテクズリが腰掛け、ナイフを研いでいた。助手席にはカラテウッドチャック。窓から身を乗り出し、フンフンと風を嗅いでいる。運転するのは防護服のリコナー。
……記憶がじんわりと戻ってくる。
あの廃屋で処置を受け、ナインは一命を取り留めたが、ルシールは助からなかった。ニンジャスレイヤー達の到着によって、ルシールはクロスファイアによるカイシャクこそ免れたが、銃の傷は重く、致命傷を覆す事はできなかった。(怖くない)ワクチン処置を受け横たわるナインの隣で、彼女は言った。
(我々はデータストリームに魂の舟を浮かべ、かの地に帰る。これは、真実。貴方も、ドリームキャッチャーに会えば、それがわかる)ナインはルシールが差し伸べた手を握り返した。手の力はすぐに失われた。一行はすぐに出発しなければならず、死者の弔いも満足に行えなかった。追手は必ず来る。
バギーを運転するのはリコナーの「LL-033」アーロン。並走するふたつのモーターサイクルには、ニンジャスレイヤー。そしてコトブキという名のウキヨ。ザックというネザーキョウ人の少年。この風変わりな旅人達と、やや緊張したやり取りがあった。
サトルCEOは特にニンジャスレイヤーを警戒した。月破砕以前に彼は同名の別のニンジャと敵対関係にあったからだ。しかし最終的に、ニンジャスレイヤー達は "谷" への旅に同行する事になった。ナインは窓越しに、ニンジャスレイヤーの横顔を見た。カラテウッドチャックはナインを見、頷いた。ナインは恐れた。
ナムサン……信じがたい事に、ニンジャスレイヤーは、このカラテビースト達と明確に意思疎通する事ができるのだった。カラテビーストと協力関係にあるリコナーのアーロンでさえ、漠然としたコミュニケーションを取るだけだというのに。
何故リコナーはカラテビーストと共に行動しているのか? アーロンはナイン達に最小限の説明をしただけだった。ドリームキャッチャーはカラテビーストを従え、"谷" に逃れてきたリコナー達と共存させているのだという。(谷に行って、理解したほうが早い)彼はそう言った。
ナインは隣のCEOを見た。「目覚めましたか」CEOは抑揚の少ない声で確かめた。「ハイ。申し訳ありません。本当に、私が至らぬばかりに……」「そう卑下したものでもない」ヨロシ・サトルはしかし、驚くほどに前向きだった。「この地のリコナーとの邂逅は、まさにサイオー・ホース。カナダ地域における我が社の領域拡大を睨んでいく時が来たのです」
「CEO!?」「案ずることはない。お忘れですか? 私は既に "谷" の支配者と一足先に名刺交換を済ませてきました。私は状況を把握しきっている。もはや勝ったも同然です」「CEO……!」ナインは一点の曇りもないサトルの眼差しに驚嘆した。「では……ドリームキャッチャーについても?」
「フン。アーロン=サンの言葉通り、その目で確かめるのがよいでしょう」「では、そのドリームキャッチャーがニンジャスレイヤー=サンに直接語りかけたという件については……信憑性があるのですか?」「……」CEOは無言で頷いた。
3
「ウォーワワー!ワワーウォー!」銃座のカラテナキウサギが前方を指差し、マスラダに語りかけた。((( "谷" の入り口だ。隠されている))) 彼のニューロンに声が響いた。マスラダは頷いた。並走するコトブキはマスラダのその様子が気になってならない。「コミュニケーションしています。動物と」
「できるさ。アニキだからな」ザックは頷く。バイクが岩に乗り上げ、高く跳ねたので、慌ててコトブキにしがみついた。マスラダは二人を一瞥する。コトブキが思い切ったように尋ねた。「どうしてカラテ動物と話ができるんですか」「いや、違う」マスラダは言った。「こいつの声ではない」
「どういう事です?」「こいつらを中継して、話しかけてきている奴がいる。多分な」「IRC通信の端末めいています」「さあな……」「わたしも受信できればいいのに」「鬱陶しいだけだ」「でも、動物と相互理解できるんですよ」「俺もやってみてェ!」「ウォワー! ワンワーワー!」見よ、前方!
峡谷は不意に先が細り、行き止まりが見えた。切り立った崖の亀裂から水が落ち、飛沫を作っている。だがバギーは停止するそぶりを見せない。スワ、衝突! ザックは目を閉じる。しかしその一秒後、彼らはディジタル・ノイズの霧を突き抜け、棚田めいた景色を見下ろしていたのだ。
「ス……スゲェ」ザックが驚嘆した。バギーの中ではヨロシ・サトルが、さも平常時めいて、狼狽えるナインに対して自信に満ちた説明を行っていた。何しろ彼は先程一度この信じがたい迷彩領域に招かれているのだ。一行は段状の大地を巡りながら、徐々に底部を目指していった。
道の脇の棚田では実際、痩せた農作物が栽培されている。速度を落とし進む彼らを、農作業中の二足歩行カラテビーストがじっと見つめる。彼らは黒帯を締め、手には農機具を持っている。「ウォンウォー」銃座のカラテナキウサギが手を振ると、彼らも手を振り返した。
「さすがにこれは奇妙ではないですか?」コトブキが訝しんだ。「ここは一体……? 彼らは積極的に人間を襲撃する危険なビーストである筈です」「おれに訊くな。じきにわかる」マスラダはしかめ面で答えた。「ここにおれ達を呼んだ張本人が出てくるだろう」
ドンポコ、ポコポコ、ポココ……。要所要所に建てられた物見櫓の上にはカラテビーストと防護服姿のリコナーがペアで居り、下へ来訪者の到着を伝えるように、櫓に垂れ下がった粗末な打楽器を棒で叩いた。奇妙なリズムがマスラダ達に寄り添う。やがて彼らは底に辿り着いた。円い湖を囲む家々に。
「ウォーワンワワ」「ワンワー!」車両を停止させた彼らのもとに、カラテウォンバット達が駆け寄った。バギーのドアが開くと、カラテウォンバット達は用意した担架に手際よくナインを寝かせた。CEOがナインの手を取り、安心させる。「彼らはよき隣人だ。信頼できます。今は休みなさい。働くために」
カラテウォンバットと入れ替わるように、防護服姿のリコナーが二人現れアイサツした。「よくぞ戻った、アーロン=サン」「報告は既に、ドリームキャッチャーとファストストリーム=サンを通じて」「ああ」二人はうなだれるアーロンに近づき、ハグした。「彼らは残念だった」「死は終わりではない」
それからアーロンを含めたリコナー達はあらためて、CEOとマスラダ達に向き直り、オジギした。「ようこそ。ドリームキャッチャーの谷へ。歓迎いたします」コトブキとザックはアイサツに応じたが、CEOは彼らリコナーに対して尊大であったし、マスラダもいまだ彼らに心を許してはいなかった。「それで? おれを呼びつけた奴はどこにいる」
「ウォルー」カラテナキウサギが銃座から飛び降り、マスラダの腕をポンと叩いた。(((この者が案内しよう。私も、君の物理姿に対して、直接アイサツしたいと思っているのだ))) 「こいつらも同行させる」マスラダはコトブキとザックを示した。(((勿論だ。構わない))) カラテナキウサギが歩き出した。
「貴方も来るのですか?」コトブキは後ろをついてくるヨロシ・サトルに尋ねた。サトルは頷いた。「無論です。私はなにも、ここにリゾートしに来たわけではありません。あらためてビジネスの話をせねば」「ワンワー」彼らは湖畔の桟橋から、エンジンつきのボートに乗り込んだ。
ドッドッドッドッ……。うるさいエンジン音のボートは、湖上の影に向かう。近づくにつれてその詳細がわかる。水没しかかった、データセンターじみた建造物だ。最上階部分が湖上に露出しているのだった。「それで、何故ヨロシサンのCEOがネザーキョウに居るのですか」コトブキがサトルに尋ねた。
「ああ、それはちょっとした手違いです」サトルは答えた。「プライベート・ジェットがネザーキョウの領内に墜落しましてね。おかげで重大なビジネス会合が数件延期となってしまいました」「まあ! 大変なのでは?」「ハッハッハ」サトルは新鮮な反応に寛大な笑いで応じた。「どうという事はない」
「遭難というわけか」マスラダはCEOを鋭く見た。ザックが感心した。「俺、詳しいぜ! ヨロシサンって超デカイ暗黒メガコーポなんだ。そこの社長でも、そんな風にボロボロになっちまう事あンだな!」「いえ、手違いです」CEOは言った。「既に救難信号も発信し、応答を確認している。遭難ではありません」
「え! だってさあ……」「坊や、君にはわからない複雑な物事が、世の中にはあるんですよ」サトルはザックの肩を強めに叩き、微笑んだ。「旅程を変更し、急遽、私CEO自らが、未開の地であるネザーキョウ内で健気に文明活動を行っている皆さんとの、力強い協力関係を築く事になった。普通ですよ」
「ウーン」コトブキは眉根を寄せた。マスラダは「株価だ」と言った。サトルは微笑み、否定しなかった。「不用意な流言飛語で世界恐慌を招きたいとは思わないでしょう。そして実際、いかにネザーキョウを切り崩すかは、UCAにとって重要事項です。今回はリコナーとのホットラインを築くチャンスと言えます」
「俺、リコナー詳しいぜ。俺達、前に、リコナーの世話になっててさ。尊敬できるやつだった。……ゲニンどもに、殺されちまったけど」ザックは伏し目がちに言った。「この谷に住んでるのは、皆リコナーなのか?」「そのようですね」サトルは頷いた。「彼らは獣と共存している」
「それが気になるんです」コトブキは勢いこんだ。「どうやるんでしょうか?」「……その答えが、ドリームキャッチャー」と、CEO。「この谷のいわば心臓は、最初のリコナーであるファストストリーム=サンと、ドリームキャッチャーだ。彼らが通じ合う事で、リコナー達とカラテビーストの共存関係が生まれているわけです……」
「待って! 最初って事はさ、俺の知ってるXX-002のセンセイのXX-001の、そのまたセンセイの、ええと、そのまた、そのまたセンセイって感じの奴なのか!?」「フフッ、そういう事になりますね」CEOは認めた。「彼は別名A-1。カナダを旅し、プロキシを伝導し、やがてこの地に辿り着いたようです」
「スゲエ! アンタ俺より詳しいな!」「当然です。私は責任あるヨロシサン・インターナショナルのCEO。特にネザーキョウは文明社会にとって目下の重大な懸念だ。リコナーに関しては以前より目をつけていました。私は相当に詳しいのです。ゆえにA-1との遭遇は、ちょっとした驚きで私を感動させました」
「ウォワー、ワン」ボートが停止した。彼らはデータセンター廃墟の最上階ベランダに飛び移り、屋内に侵入した。オフィスの廊下には麻の絨毯が敷かれており、壁には色褪せたパソコン雑誌の表紙や、Wi-Fiルーターの化石が飾られていた。廃墟ではあるが、今もよく手入れされている。神殿めいていた。
「ウォンウォンワワー」カラテナキウサギが飛び跳ね、先導する。突き当りのエレベーターは生きていた。電力があるのだ。カラテナキウサギはジャンプして呼び出しボタンを押し、マスラダを見た。(((私はこの下であなた達を待つ。歓迎しよう。ニンジャスレイヤー=サン)))
エレベーターに乗り込みながら、マスラダはパラボラアンテナ廃墟で飛び込んできたドリームキャッチャーからの言葉を思い出していた。
…… (((ニンジャスレイヤー=サン。応答してほしい。私はドリームキャッチャー。今、貴方の目の前のカラテビーストを通じて話しかけている))) それが第一声だった。
(何者だ。おれはお前を知らない)(((当然だ。私も貴方を知らない。だが、貴方の強い力を感じるのだ。私は貴方に協力する事ができる)))(「取引き」の間違いではないのか)(((実際その通りだ。だが、騙す意図はない。私は貴方と、ギンカクについて話したい……)))(……何を知っている)
(((ここでは話せない。傍受の危険があるからだ。私の谷に来てほしい。そして……私の友人達を助けてほしいのだ)))(友人?)(((そうだ。私の谷で暮す者達だ。私を守り、支えてくれた。彼らは今、危険に晒されている。私は彼らに報いたい……)))
……エレベーターが底部に到達し、マスラダの物思いを破った。「行きましょう」コトブキが囁いた。エレベーターから降り、通路を抜けると、そこはエントランスホールじみた、数階分の大いなる吹き抜けだった。建物の外は土砂に没し、足元の床はひたひたと濡れていた。何らかの機構で水没を免れている。
ホールの中央に黒い山があった。山の麓に、うすぼんやりと光る小さな姿があった。その者自身が発する光ではない。最小限の照明が生きている。その姿は、片手杖で身を支える、アルビノの少年だった。歳はザックより少し上。だが、見た目通りの年齢なのだろうか?
「よくぞ来た」少年は手をひろげ、歓迎の仕草をした。「私はA-1、ファストストリーム。原初のリコナーだ」彼の傍らには小さな円柱状のUNIXが生きており、柔らかい光を明滅させている。「貴方がニンジャスレイヤー=サンだな。このたびは私的な問題に貴方を巻き込む事となり、お詫びしたい」
「私も同席させていただいてよろしいかな?」ヨロシ・サトルが言った。「何故なら私は力あふれる隣人として必ずお役に立てようから。貴殿らリコナーと我が社が今後、共に歩み、ネザーキョウの暴政を覆し、文明を取り戻す道のりの第一歩となるでしょうからね」「好きになさってよろしい」
「取り引きに応じると決めたわけではないぞ」マスラダが言った。「まず話せ」(((勿論だ、ニンジャスレイヤー=サン))) その場にいる全員のニューロンに、自我ある声が響き渡った。コトブキ達はこの瞬間、マスラダが応じていた呼び声を理解したのである。
(((だが……こうして谷に来てくれたという事は、実際あなたは助力の意志を固めてくれている筈だ。ニンジャスレイヤー=サン))) ZZZZTTTTT……。エントランスホールが鳴動した。(((私はこの地を、テツバの蹂躙に任せたくはない……私と共に生きてくれる者らに、報いたい)))
GRRRRRRR……唸り声が聞こえた。ファストストリームは後ろの山を見た。山が身じろぎした。そして、縦長の瞳孔をもった目が、ギョロリと開いた。その瞳はアルビノの少年の身体よりも大きかった。GRRRRRR……黒い山は体表の苔や土をパラパラと落としながら、ゆっくりと、毛むくじゃらの身をもたげた。
それは……なんと形容すべきだろうか。鹿めいた角を生やし、クマめいた爪と牙を生やし、長い毛は誇り高く揺れていた。コトブキやザックは、悲鳴をあげるよりも、むしろ驚嘆し……美しく、だが歪で、どこか悲壮なアトモスフィアに心打たれていた。巨大な獣は黒帯を締め、ジュー・ウェアを着ていた。
いちど高く直立した巨大な獣は、その姿勢を維持できぬのか、ゆっくりと前傾し……オジギをした。(((ドーモ。ドリームキャッチャーです ))) 高度な自我を持つ、強大なるカラテビーストの、アイサツであった。
4
A-1がドリームキャッチャーの呼び声を受信したのは、インターネット接続時の混線だった。そのとき用いたファイアウォールは負荷に耐えかね爆発したが、A-1は謎の声に興味を持った。ある意味ではそれがA-1の苦難と、旅の始まり……リコナーの興りでもあった。
始まりは子供らしい好奇心に過ぎなかった。A-1は今よりもなお若かった。発掘ジャンクからくすねた機械が、プロキシだった。プロキシを使うと、遺棄されたUNIXが、何かに繋がり、インターネット出来てしまったのだ。無限再生されるヘンタイに恐怖し、発熱し、寝込んだ。
インターネットそのものが禁じられ、それが何なのかすら知らぬ子供が、突如として暴力的な情報の奔流に晒された……その強烈な体験は、彼を一夜にして大人に変えてしまった。しかも大人への階段はさらなる試練で彩られていたのである。熱に浮かされた彼の譫言は、翌日のうちに村を駆けた。
……やって来たのは、ニンジャだった。それも、威張り散らすゲニンの憲兵とは違う連中だった。その夜、彼はファイアウォールの必要性を知った。高い勉強代だ。村は焼かれ、村人は皆殺しにされ、家は破壊された。生き延びたのはA-1ただ一人だった。両親は命を賭して彼を逃した……。
街道を、道道の廃墟を彷徨いながら、彼は己の行いを後悔し、従順な非ネット市民になったか? 否。悲しい成長を強制された彼の魂を満たしたのは、激しい怒りだ。彼は一箇所に留まらず、プロキシを探し、ネット接続を繰り返した。自らをリコナーと呼び表すようになったのは、仲間が出来てすぐだった。
繰り返す出会いと別れの中で、怒りは使命感に変わる。伝導の旅。それが自身の為すべき事だと、彼は考えるようになった。この地にモミジが乱れ咲いても、ネットワーク・インフラそのものは、地中深く、過去と変わらず生きている。タイクーンの支配より、ずっと前から。それを蘇らせる旅だ。
やがて彼はしばしば、正体不明の呼び声を受け取るようになる。あの日、時間感覚が圧縮されるほどの情報体験の中で耳にした声。忘れようはずもなかった。ネット接続を繰り返す中で、徐々に彼は電子的なつながりを感じるようになった。彼の名はドリームキャッチャー。呼び声はSOSだった。
湖上の廃墟……つまりこの場所で、A-1は、鉄骨に背中を貫かれた巨大なカラテビーストを見出した。それがドリームキャッチャーであり、A-1がファストストリームの名を得た場所であり、旅の終着点であった。彼はドリームキャッチャーを助け、多大な労苦で鉄骨を引き抜き、電力を復活させた。
ドリームキャッチャーはカラテビーストである(そしてその成れの果てである、と、ドリームキャッチャー自身は自称する)。タイクーンのコクダカによって黒帯を締め、身体は巨大化し、もはや自ら動くことはかなわない。そして異常発達した角がアンテナの役割を果たし、無線Wi-Fiのスポットともなる……。
この地は古来より神秘の宿る場所であり、インターネットのインフラと結びついて、非常に強い力を形成している。おそらくそれが、ドリームキャッチャーがこのような力を身に着けた理由でもあり……サンドストーン丘陵を挟んだエステバンの住人達の特殊な症例の理由でもあった。
エステバンの市民は他地域よりも感受性が強く、それゆえ、インターネット禁止が彼らの精神に強いストレスを与えていた。ファストストリームはドリームキャッチャーが育てた知性カラテビーストを周辺に誘導し、リコナーの技術力によってデータを中継、市民に秘密の安らぎをもたらした。
(((我々カラテビーストは、タイクーンによって生み出された。人間を襲い、喰らい、そして、より強い戦士の糧となること。それがタイクーンの意図した事だ。だが、タイクーンのコクダカは、オヒガンの辺境、ネザーの地よりもたらされたもの。私のようなイレギュラーも生まれよう)))
ドリームキャッチャーが口をもぐもぐ動かすと、このホールの者たちのニューロンに声が響く。(((私は孤独だった。強く、巨大で、他の獣たちとは違う。孤独の中で、傷つき、動けぬままに死ぬところを、ファストストリーム=サンが救ってくれたのだ)))
(((ファストストリーム=サンとの会話を通して、私は心優しい獣に語りかけるすべも学んでいった。リコナーがこの地を求め、心優しい獣たちが集まり、谷に生活が出来ていった。私の生に意味があるとすれば、それは、命を救ってくれた者たちに報いる事だ。ファストストリーム=サンと、リコナー達に)))
「エステバンの住人の心を安らがせているという事ですが、ネザーキョウの干渉は無いのですか? 危険では……?」コトブキが心配した。A-1は首を振った。「少なくとも、街の住人には。なぜならネット接続は遠隔でもたらされる。人々は夢を見るのだ。ヒケシがいくら探そうが、UNIXは街に無い」
「でも、この谷が見つかれば」「隠されている。物理的な迷彩を体験しただろう? ……そして、これだ」ファストストリームは足元のUNIXらしきものを示した。「これはVPNと呼ばれている。旅の中で見出した祭器……プロキシを統べる強力なレリックだ。ヒケシやハッカーの探知を乱し、逸してしまうのだ」
「たいしたものだが、それはボランティアで行っているのかね?」サトルCEOが質問した。「貴殿らは株式会社化していない以上、慈善行為に見返りもないわけですが。これでは相当なリスクを踏んでいるように思えますね。その胡乱な機械があったとしても」「確かに、そうだ」A-1は認め、肩をすくめた。
「己の利益と安全を考えるならば、ただ隠れ、潜んでいるだけでよいかも知れない。だが、私は私の知り得たことを誰かに役立てねばならないと考えている。私がインターネットに触れたことでタイクーンは村を滅ぼした。私だけが安穏と暮らしてはならないと、私自身が決めたのだ」
「成る程。同意はしないが納得はできました」CEOは頷いた。「ともあれ、その努力はヨロシサン・インターナショナルによって報われる事でしょう。ご安心なさい。この地は文明の拠点たりうる。蛮族の蹂躙に任せはしません」「……その蛮族が、だいぶ本腰を入れてきているようだな」マスラダが言った。
(((然り))) ドリームキャッチャーの目が光った。(((ファストストリーム=サン。VPNの力は確かに素晴らしいものだ。だが、それを以て、この度の奴らの追求を逃れ得るものか、私にはわからぬ。……テツバ・ドラグーンがこの地に集っている。一騎や二騎ではない。ネザーキョウのWi-Fi狩りが、全力を傾けてくる)))
「楽観はしていない」A-1が眉根を寄せた。「しかし……」(((足りないのだ。力が。守るには)))「……それで、おれを呼んだのか。ドリームキャッチャー=サン」マスラダが睨んだ。「おれをお前たちの頭数に入れようというのか」ドリームキャッチャーはゆっくりと頭を動かした。(((力を貸してほしい)))
「マスラダ=サン」コトブキが義心溢れる目で見た。マスラダは表情を動かさない。「ギンカクについて知っている……お前はそう言って、おれを呼んだ。わかっているな」(((然り)))「そもそも、おれは大した役には立ちはしない。ニンジャの一人二人を殴って殺す、それでこの谷がどうにかなるのか?」
「ハハハハ! もう少し猶予があれば、我が社のスペシャル・タスク・フォースが合流できる筈です! 彼の実力はどうあれ、我が社が極めて高い貢献をしますよ! UCAにヨロシサンあり、その意味を……」(((あまり時間が無いのだ。ファストストリーム=サン)))「ドリームキャッチャー=サン……?」
(((私は多くの事象を見通す。テツバは現在、パラボラアンテナを虱潰しにしている。戦闘の痕跡を辿りもするだろう。彼らはタイクーン直属の精鋭だ。数十時間のうちに、この谷を見破る。残された時間は決して長くない)))「何が言いたいのだ」A-1の表情が曇った。ドリームキャッチャーは静かに頷いた。
(((君達を安全に逃がし、谷を閉ざす)))「待ってくれ。ドリームキャッチャー=サン。それは……君は」(((どのみち私はこの身体だ。他に行くべき所もない)))「……ダメだ……!」(((私は、君達に報いたい。これは私の願いだ。頼む。ファストストリーム=サン)))
「……」A-1は呻き、俯いて、拳を握った。その時だけ、彼は年相応の存在のように見えた。「要は、テツバの尖兵を蹴散らせばいいんだな」マスラダが言った。「いいだろう。代価に、ギンカクの事を話してもらう。そこから先は、お前らで納得の行くようにしろ」
◆◆◆
「ブルルルーッ!」「ブルルルルル!」邪悪な黒馬ネザーメアの嘶きが丘に響き渡り、黒く滲む軌跡が斜面を駆け上がった。地面に突き立てられた「明智」の旗印の周囲数十フィートには超自然の力場が生じ、集合する騎士達の旅の疲れをたちまち癒やしてゆく。
一騎、また一騎。旗印に集まるのはテツバ・ドラグーンの精鋭ニンジャ達だ。「ディヴァイダー=サンが死んだと? まことに?」襤褸をまとったカエルじみた佇まいのナウジアが呟く。クロスファイアが頷いた。「奴はひとかどのセンシではあるが……俺ほどではないゆえに」
「お前はお前で、その現場からおめおめ逃げて来たのだろうよ」大弓を背負ったニンジャ、サウンドスティングが厳しい目で指摘した。クロスファイアは手を広げ、指先で銃をクルクルと弄んだ。「俺は古強者にあらず。情報を持ち帰るのが仕事だ。違ったかね?」
「銃など弓矢のカラテの足元にも及ばん、そういう話だ」サウンドスティングは強調した。クロスファイアは笑った。「逐一そうやって俺に確かめなければ不安なのかね?」「まあまあ、おのおのがた」笑顔のニンジャが制した。彼の名はファーネイス。「テツバのセンシが集まる機会は稀だ。めでたいぞ」
「命拾いしたな、クロスファイア=サン」サウンドスティングは既に大弓を構え、クロスファイアに定めていた。ファーネイスは笑顔のまま言った。「よせ」「……」サウンドスティングは無言でうなずき、大弓を再び背負った。ファーネイスの手のひらには小さな火の球が浮かび、不規則に舞っている。
それらの火の粉の幾つかが、バチバチと音を立てて爆ぜた。「ほほ。よい兆しだ」「見当はついたのかね?」「うむ」ファーネイスはクロスファイアににっこり笑い、火の粉が爆ぜた方角を見た。「楽しい狩りになる事を祈ろうではないか。のう、おのおのがた!」
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