【ネヴァーダイズ 7:ポラライズド】
この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上記の書籍に収録されています。現在第2部のコミカライズがチャンピオンRED誌上で行われています。
第3部最終話「ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ」より
【7:ポラライズド】
1
電柱から無数に伸びて空を切り取る電線ケーブル類は吹雪によって凍りつき、白いツララを無数に垂らしていた。しかも、その寒さにはまだ底がなさそうだった。雪や氷が街路灯照明を反射して、不夜城ネオサイタマのこの日の夜はむしろ常よりもなお明るかった。
エンガワ・ストリートは普段から人通りが少ない。治安の極度の悪化によってもとの住人から半ば打ち棄てられ、繰り返される掃討作戦によって、スクワット犯罪者の類も姿を消した。しかし今、エンガワ駅の地下道から地上に上がってきた者が二人いた。ヤモト・コキ。そしてイグナイトだ。
焦げ臭さと硝煙臭が雪混じりの風に乗って届き、二人の顔をしかめさせる。ハイデッカー部隊の気配はこの付近には無かった。この天候下・騒乱下でゴーストタウンを取り締まる意味も余力も無かったと見える。そして二人は跳躍し、付近の雑居ビルの屋上に上がった。背後がオレンジ色だ。火災である。
闇の中に恐るべき無差別破壊の光景が浮かび上がる。ツキジを襲った執拗な艦砲射撃はエンガワ付近にまで被害を及ぼしているのだ。地図上の周辺海岸線を引き直すほどの破壊だった。正気の沙汰ではない。「「イヤーッ!」」二人は示し合わせるわけでもなく、同じように隣接ビルへ飛び移った。
「「イヤーッ!」」更に跳んだ。どちらも相当に敏捷なニンジャだ。二つのマフラーがなびいて並走する。「「イヤーッ!」」屋上に胡乱な調度品の焼け焦げた残骸が寄せ集まった雑居ビルを通過し、「「イヤーッ!」」電柱に飛び移り、電線の上を駆ける。二人はまっすぐに北上した。目的地はマルノウチ。
すぐに二人はエンガワから離れる。ビルが高くなり、生きた広告ネオンの密度が増し、空にはマグロツェッペリンの機影も見え始めた。押し潰されそうな地下の闇を脱した二人にとって、本来ならばホッと胸を撫でおろすような、雪にも負けぬ人の営みの証の明かりだった。だがそれは警戒すべきものでもある。
二人は屋上の「スプレンダーサイダ」の広告看板の陰に隠れ、マグロツェッペリンのサーチライトをやり過ごした。ハイデッカーの監視船であるにもかかわらず、マグロの横腹には「オイルと石油」「カラオケ寺」などの広告が堂々とペイントされていた。官民の形だ。
ツェッペリンはサーチライトで街を照らしながら西へ流れていく。さらにもう一機。「ッたく、何の用だよ」イグナイトは顔をしかめた。やがて思い至り、ヤモトの肩に触れた。「わかった。アレだ」イグナイトが指差した先、キョート大使館付近の交差点が一際明るく照らされ、蟻めいて人々が蠢いている。
ニンジャ視力は雪の風を透かし、ハイデッカー部隊がジュラルミンシールドで市民をブロックし、警棒で叩く姿を見せる。そして怒声と抗議の声だ。理由まではわからない。市民が投石を行い、ハイデッカーが鎮圧銃で応える。人々が崩れ立ち、バリケードを薙ぎ倒す。
「あそこはダメかもな」イグナイトは呟いた。市民は追い立てられ、散り散りになった。だが数区画離れた場所に、また別の集まりがある。拠点が潰されても、市民は他のそうしたポイントへ逃げ込み、集まる。人そのものを根絶する事はできない。やがてハイデッカーは武器を持ち替え、シデムシも現れる。
「行くか」サーチライトが逸れたのを見計らい、イグナイトが呟いた。そして付け加えた。「それとも……やっちまうか?せっかくだから」「やろう」ヤモトは頷いた。イグナイトは心底嬉しそうな笑顔になり、キツネ・サインでヤモトのマフラーに触れた。二人は振り向きざま、空に手をかざした。
「「イヤーッ!」」KBAM!イグナイトのかざした手の先、さきほどのツェッペリンのエンジンが火を噴き、機体が大きく傾いだ。「行け!」ヤモトが両手を振り下ろした。桜色のオリガミが螺旋を描いて飛翔、ツェッペリンに追い打ちをかけた。ツェッペリンは斜めに落ちてゆき、アスファルトに衝突した。
KADOOOM……ツェッペリンは道路を這うシデムシを巻き添えにした。市民掃討にかかろうとしていたハイデッカーは墜落の状況確認に人員の半数を裂き、人の流れはとどまらない。キュイキュイキュイ……警告音と思しき高い周波数のサウンドが響き渡る。二人はすでに北上を再開していた。
ドォン……ドォン……さらにやや離れた地点で何らかの火の手が上がった。人々の悲鳴が聞こえて来る。シデムシが、装甲車が、ときには戦車がバリケードを叩き潰し、追い立てられた者達はまた別の場所を指して逃げてゆく。高所を飛び渡る二人には、その人々のうねりが幾つもの道筋のように見えた。
雨粒が集まって水溜まりとなり、風に吹かれて流れたそれが小さなせせらぎに、それが川となり、風に、土地にあおられて、一箇所に集まっていく。この夜の路上の人々の動きはそうした否応のない連鎖を思わせた。雪とネオンの光の中で大部分が沈黙するネオサイタマで、そうした動きはひどく目立った。
結局彼らは軍隊でもなく、統率されたレジスタンスでもなく、絶対数も多くはなく、言って見れば烏合の衆に過ぎない。アルゴスはそうした動きを容易に対処可能なモータル反抗と見なしたし、実際、よりクリティカルな問題はもっと西、カスミガセキ・ジグラットで始まっているニンジャのイクサだった。
ヤモトとイグナイトは北上を続けた。ニンジャをして肺が痛むほどの全速力だった。地図の類はほとんど必要なかった。眼下の道路を、まるで追い立てられる小動物群めいて動いてゆく少人数のうねり。そこにも、あそこにも。それらの集束する先を目で追えば、それはマルノウチの慰霊碑の方向であったのだ。
アルゴスにとって、マルノウチ慰霊碑前に向かってくる市民はまるでスタンピードであり、そのランドマークひとつを叩き潰せば全てが事足りるという点で好ましかった。現在アマクダリはニンジャ戦力をジグラットの防衛とツキジ・ハッカー最終殲滅に向けねばならない。ハイデッカーが慰霊碑前を制圧する。
「「イヤーッ!」」ヤモトとイグナイトはネオロポンギを通過し、巨大マネキネコ・ビルの屋上で足並みを揃えた。目を凝らせばスゴイタカイ・ビルが視認可能だ。こんな深夜、こんな悪天候下でも、ネオサイタマの夜景は綺麗だ。スゴイタカイビルの足元に光が溢れている。そこが彼女らの目的地だ……。
二人がビルから跳ぼうと踏み出したとき、それは起こった。ドクン。二人は共に、極めて強い鼓動の音を聴いた。彼女らはそれを自分の心臓音だと思った。「ちょ、っと、待った」イグナイトは手を上げてヤモトを留め、たまらず膝をついた。しかしヤモトも同様に跳べていなかった。彼女は頭を押さえた。
01010010100111101101……010100101111110101010101。0100101010101001011101011110100101011……010101001010101111010101001101010101010。空一面が0と1で満たされた。
それはほんの一瞬の出来事であり、0と1のノイズは吹き払われて、もとの黄金立方体が……おお、ナムサン、ゴウランガ。もとの黄金立方体?否、それは今や無限の色彩を放射しながら、呼吸するかのように収縮と拡大を繰り返していた。二人は悲鳴をあげた。制御できぬ無数のオリヅルと火柱が天を衝いた。
「アアアアア!」「アアアアア!」二人は巨大マネキネコにしがみつき、暴れ狂う力をやり過ごそうと必死に堪えた。まず制御を取り戻したのはイグナイトだった。「大丈夫か……」「アアアアア!」ヤモトは桜色に輝く瞳を見開き、巨大マネキネコに繰り返し拳を叩きつける。「大……大、丈夫!」
ヤモトは巨大マネキネコから拳を引き抜き、嗚咽しながら、握った拳で溢れる涙をぬぐった。西の空が唸っている。二人は見た。カスミガセキ・ジグラット。極彩色の恐るべき多層光。ヤモトは目を細めた。視力が極めて鋭敏だ。(あれはアテン・ニンジャ)(アテン?何だ?)イグナイトが心に話しかけた。
(わからない)ヤモトはテレパシーを返した。(アタイのシ・ニンジャが知っていたのかも)(アマクダリのニンジャか?ヤバイんじゃねえの?)(今のこの全体の出来事は違う、深くて恐ろしい事が…あれ?)ヤモトは瞬きした。イグナイトを見る。「どうして心で話せるんだろう」「だよな。ヤバくねえか」
考えを巡らせる暇もあらばこそ、再びカスミガセキ・ジグラット頂上付近、凍てつくオーロラが同心円状に空を駆け抜けた。キンカクの異様な光に照らされながら、二人は呆然と見上げた。空に浮かぶ氷の蜃気楼を……荒ぶる戦女神、あるいはジゴクの姫君めいて、無慈悲な美貌を怒らせた胸像のビジョンを。
「ドーモ」そのアイサツは彼女らに向けられたものではなかった。しかし彼女らは否応なしにアイサツに曝された。「ホワイトドラゴンです」氷の蜃気楼は猛吹雪となって散り、ヤモトとイグナイトはビルからの転落を必死で堪えた。アルゴスによる再定義第三段階が為り、キンカク・テンプルは無限に輝く。
強風が駆け、雪嵐が渦を巻いて、西のカスミガセキへ流れていく。ジグラットの頂上付近にアテン・ニンジャ憑依者が立ち、上空にも、同様に極めて強大なニンジャ存在がある。信じられぬ事に宙に浮いているのだ。それが恐らくホワイトドラゴンだった。女王はネオサイタマの吹雪を己のもとに集めていた。
ニューロンを焼くような狂熱が過ぎると、ヤモトにもたらされた異常なニンジャ知覚力は弱まり、カスミガセキ頂上の存在にも焦点が合わせられなくなっていた。「大丈夫か。マジで」イグナイトがヤモトを気遣った。ヤモトは血の涙を拭い、頷いた。「行こう。マルノウチ。アタイ達の出来る事をしよう」
「同感」イグナイトは短く頷き、跳んだ。「イヤーッ!」二人は垂直落下し、ビルの真下、干し草を満載したコンテナに飛び込んで落下衝撃を無効化すると、すぐさま飛び出し、走り出した。雪は小休止めいて止んでいた。「イヤーッ!」二人のすぐそばで、斜めから飛んできたスリケンが跳ねた。
「イヤーッ!」フリップジャンプで回避したイグナイトを、更に数枚のスリケンが立て続けに襲った。彼女は炎でスリケンを焼き払い、電柱を蹴って斜めに跳んだ。「イヤヤヤーッ!」スリケンを投げながら大ジャンプで二人を飛び越えたニンジャは信号機の上でアイサツした。「ドーモ。スリケニストです」
「ドーモ。イグナイトです」「ヤモト・コキです」ヤモトの頭上に十数枚のオリガミが浮かび上がった。スリケニストは10枚のスリケンを指の間に挟み、身構えた。彼はスリケン投擲のために指を一本ずつサイバネ増設しているのだ。「ヤモト=サン……ニチョームのニンジャがチョロチョロと」
ドオン!そのとき夜空で立て続けに爆発が起こった。それは花火だった。異常発光するキンカク・テンプルを誤魔化すかのようなデモンストレーション花火の開始がイクサの火蓋となった。「イヤヤヤヤ……」スリケニストが投擲開始!「イヤーッ!」カトン・ジェットで高速跳躍したイグナイトが襲いかかる!
「グワーッ!」四肢をカトン加速して生み出す強力なエリアル・カラテが投擲中のスリケニストを横から襲った。彼は側面ビルに叩きつけられ、粉塵に飲まれた。前方交差点に次々にハイデッカー装甲車両が走り込んで来る。ドオン!花火の逆光を受け、付近のビル屋上にニンジャのシルエットが浮かび上がる。
「奇遇奇遇なりィー……」氷の大剣を背負ったニンジャは凶暴な復讐嗜虐意志を白く光る目に漲らせた。「ここで会ったが百年目だ、ヤモト=サン。チリングブレードです!」傍にしゃがみ込んでいたニンジャが立ち上がり、彼のアイサツに続く。「レネゲイドです」ドオン!花火が上空で爆ぜる。
「高速移動しておるニンジャ存在を捨て置けず追っておれば実際貴様だ」チリングブレードは言った。「つくづくネオサイタマ治安秩序を乱して悦ぶ胡乱ニンジャよ!」「イヤーッ!」返答がわりにヤモトはオリガミ・ミサイルを飛ばした。「イヤーッ!」チリングブレードは回転跳躍!
「イヤーッ!」レネゲイドはビル上を並走しながらグレネード・バクチクを次々に投げ込んだ。ヤモトとチリングブレードが斬り結び、イグナイトは爆発の中をジグザグに駆けた。「クオオー」「クオオオー」唸りを上げて襲い来るヤミヨに炎を叩きつけ、装甲車列を突破する。「邪魔すンな!」
KABOOOOM!「アバーッ!」装甲車のひとつが明らかに不自然な巨大爆発を起こし、ハイデッカーを巻き添えにイグナイトを呑み込んだ。「イヤーッ!」イグナイトは炎を制御し、叩き返した。「アバーッ!」ヤミヨ数機が燃えて爆ぜた。そこへレネゲイドが襲いかかった。「イヤーッ!」
「グワーッ!」アンブッシュじみた空中踵落としを受け、イグナイトはアスファルトをバウンドした。道路脇を素早く走りきたスリケニストが連続スリケン投擲で追い打ちをかける。「イィーヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!」「グワーッ!」イグナイトは路上を転がる。血飛沫が燃えて散る!
「邪魔は貴様らだ」レネゲイドは受身を取って起き上がったイグナイトに接近、断頭チョップを繰り出す。「グワーッ!」イグナイトは燃える左腕でかろうじて防ぐ。嫌な音がした。「予定を崩すな。向かえ」装甲車両群に指示を下した。「「ハイヨロコンデー!」」ハイデッカーが走り去る。北へ!
「イヤッイヤッイヤイヤイヤヤヤヤヤーッ!」スリケニストはイグナイトにスリケンを投げ続けた。イグナイトはカトン・バリアで焼き払おうとするが、到底防ぎきれはしない。「ああああ!」噴き出す血が燃え上がり、爆炎となってスリケニストに飛んだ。
「イヤーッ!イヤヤヤヤヤーッ!」スリケニストは側転で回避しながら投げ続ける。一方ビルの上ではヤモト達が斬り合いの最中!「わかるか!今の俺はコリの女王の覚醒にまみえ、決して折れることのない忠誠決意の氷刃そのものだ!」「イヤーッ!」ヤモトはコリ・ケンをカタナで打ち、反動で下に飛んだ。
「逃がすかッ!イヤーッ!」チリングブレードは大剣を振り上げ、追って跳んだ。ヤモトはさらさら逃げるつもりはなかった。彼女は空中で回転し、天地逆さになると、頭上に呼び寄せたオリガミ・ミサイルを蹴って、地上めがけ急加速した。「イヤーッ!」「イヤヤヤ、グワーッ!」スリケニスト!
斜めに斬られたスリケニストは緊急回避を試みる。「イヤーッ!」「グワーッ!」しかし跳ぼうとした彼の傷口が炎を噴いた。イグナイトだ。彼女はレネゲイドの打撃を炎によって押し戻し、そのままそれを旋回させて、スリケニストに叩きつけたのだ。スリケニストは炎に耐えたが、生じた隙は致命的だった。
「イヤーッ!」ヤモトはスリケニストと交差し、斜めに跳んだ。二刀目はスリケニストを横に裂いた。十字傷がスリケニストの身体に深々と刻まれた……「サヨナラ!」爆発四散するスリケニストを後ろに、チリングブレードはヤモトをなお追った。構えた刃が白く冷たく光を放つ。「絶対に逃がさんぞ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者は再び斬り結び、北へ、北へと移動していく。一方のイグナイトは道路を挟んでレネゲイドと向かい合い、かざした両手にカトンを集めていた。「なんか知らねェけど、めちゃくちゃ調子いいんだ、今のアタシはさ!」頭上に極彩色のキンカク。
「成る程、アルゴスに秘密はあっても嘘は無しか」レネゲイドはバクチクをホルスターに戻し、素手のカラテを構えた。「ただでさえ俺のカラテはお前のようなカトン・サイキッカーとの食い合わせが悪いというのにな」「尚更ブン殴ってやるよ」「消え失せる寸前の派手な花火、派手に楽しめ。未来など無い」
「うるッせェーんだよ!」イグナイトは仰け反り、身体の数倍サイズの巨大なカトン・リングを作り出した。レネゲイドは走り出した。北へ。「イヤーッ!」KRA-TOOOOOM!「イイイヤアアアーッ!」KABOOOM!KABOOOM!爆発が北へ伸びる。イグナイトは力の充填の為に膝をついた。
「クッソ……」イグナイトは頭を振って立ち上がる。街路は己の破壊的なジツによって抉れ、積雪が消し飛んでいた。レネゲイドを倒した手応えがなかった。制御の利かないカトンをかいくぐるようにして、逃れたか。彼女はヤモトと合流すべく走り出した。己の中に再び湧いてくるカトンの力は不気味だった。
◆◆◆
廃ビルの高層階から外を見たナラキは衝撃に打たれた。「本当なのか。こんな」青年は呟いた。慰霊碑前はさながらネコネコカワイイのゲリラライブ会場だった。膨れ上がる人々はいまだにその数を増し続けていた。集まった人々は身を寄せ合い、ざわめき、無数の蝋燭は橙色の光を放ち、空には花火が弾ける。
『モシモシ。正直、バリケードの補強と負傷者の収容で手一杯だ』ブチタの通信が無線機に入ってきた。『ハイデッカー連中は、じっと黙ってる。不気味だ』「ああ」ナラキは唾を飲んだ。張り詰めた空気は痛いほどだ。このマルノウチで何が起こっている?状況の全貌を把握している者は居るのだろうか?
当初はひっきりなしに続いていた小競り合いは、次第に散発的な頻度となって、今は一旦の膠着状態に至っている。ハイデッカーは始めは「火消し」に躍起だった。だが、外部から集まってくる者達の数に際限はなく、彼らをその都度排除する事も不可能だった。彼らは徐々に方針を変更したようだった。
それは人々の勝利を意味するだろうか。到底そうは思えなかった。空では極彩色のキンカク・テンプルが自転している。尋常の光景ではない。なにかひどい出来事が慰霊碑前の人々に襲いかかる前触れに思えてならなかった。だがこの状況下で何ができるというのか。「どうにか。せめて朝まで」ナラキは呟く。
カメラマンのタダマキはおそらく今も慰霊碑前で人々の姿を撮影し、定期的にそれを電波に乗せているだろう。朝になれば眠っていた人々の目にもそれらの光景が届く。今この時を乗り切れば……闇に紛れた非道行為さえやり過ごすことができれば。(アイエエエ!)ニューロンに知らぬ誰かの悲鳴が届いた。
(アイエエエ!)(アイエエエエ!ヤバイ!)ナラキは当惑した。他者の声が聞こえるのだ。(誰だ?何だ?)ナラキは呼びかけた。(戦車が……!)それから実際にどよめきが起こった。ナラキはふらつき、壁に手をついた。目を閉じても極彩色のキンカクは見えていた。キンカクの下、戦車の列が迫り来た。
ナラキはそれが他の誰か、バリケード付近の市民のリアルタイム視界であると理解した。道路一杯にひろがった戦車は、粛々と、じわじわと前進を開始した。戦車はバリケードにぶつかり、押し潰しながら乗り上げ始めた。悲鳴と怒号が伝染した。(助けてくれ!)(助け!)(アイエエエ!)「アイエエエ!」
ナラキは悲鳴をあげ、頭を押さえて床に突っ伏した。「ダメだ!ダメだ!」彼は勝とうとした。何に。わからない。気を失ってはダメだ。「ダメだ!」ナラキは叫んだ。(ナラキ=サンか!)輪郭のはっきりした声が思いがけず応えた。その声に少し覚えがあった。ローニンの人間だ。(クロマ=サン?)
クロマは収容施設アケガを脱出し、ローニンの一員となったキョート人である。(やはりそうなんだな?声が届く)クロマは言った。(どうなってる。急に、悲鳴が)(バリケードだ。南東のポイントで動きがあった。奴ら戦車で押し潰しに来た!)(何だと?)(他のポイントでも恐らく同様の攻撃が始まる)
ナラキは鼻血を拭った。(この声……無茶苦茶に押し寄せる。どうにか……)(声の輪郭を捉えると、うまくいく)クロマが伝えた。(知っている奴の声と、手を繋ぐようにして、自分を保つ)ナラキは深く呼吸し、試みた。(皆、聞こえるか)(ナラキ=サンか)(アンタ、ナラキか)幾つかの声が返った。
(押し寄せるぞ!戦車が!)ブチタが叫んだ。考えろ。考えろ。ナラキは必死で思考を巡らせた。(マルノウチ駅のB8出口に近い奴、いるか)(私が今、近くにいる!)(あそこ、塞がっているだろう。シャッターを破って、地下に人を逃せないか?今のままじゃ逃げ場もない。潰される)(俺も向かう)
(僕はどうすれば)(誘導を頼む。他に動ける奴がいれば)ナラキは窓から身を乗り出した。阿鼻叫喚の惨劇が始まろうとしていた。一方で、バリケード内の人々に流れが生じつつあった。地下鉄のシャッターが破られ、人が流れ込み始めた。ローニンによる誘導だ。察した市民達が協力し、人の流れが速まる。
(いけるか……)(引いてるぞ!)(無茶をするな!ぶつかるなよ)引き潮めいて、人々の集まりがじわじわと形を変えていく。(クロマ=サン?ナラキ=サンか?)新たな声。レッドハッグだ。(声。声。どうにもうまくない。状況はわかった。こっちも今、塞がってンだ)(身動きが取れんな)フェイタル。
戦闘するニンジャの視界が混線し、ナラキは怯んだ。クロマのニューロンが彼を支えた。他の者達よりも慣れているのだ。レッドハッグとフェイタルはビル屋上でニンジャを相手にしていた。(こいつらをチャチャッと片付けて、向かうからな!)
……「イヤーッ!」レッドハッグはバーサークの蛮刀を鞘で受け、後ずさった。「イヤーッ!」バーサークは横へ回り込み、蛮刀で続けざまに斬りつけた。防戦を強いられ、レッドハッグは顔をしかめる。屋上もう一方の端では白い怪物と化したフェイタルが二人のペイガンを相手取ってカラテを振るっている。
「妨害者め!死んで退け!」バーサークは唸り、血なまぐさい息を吐いた。レッドハッグは圧力を押し戻しながら敵を睨んだ。「できない相談だね……!ニンジャの相手はニンジャがするのがフェアってもんだろ。死ぬのもまっぴらだ!」一瞬の力の緩急を捉え、脇腹を切り裂く!「イヤーッ!」「グワーッ!」
バーサークは後ずさり、はみ出た腸をねじ込み、押し戻した。「カタナなど所詮は細く貧弱な武器だ。痛くも痒くも無し」「アンタがバカなだけだ」「GRRRRR!」その肩越し、フェイタルがペイガンの脚をくじき、のしかかって胸板を食いちぎった。下の悲鳴がいや増す。時間がない。
「そっち、そろそろ片付かないか?」「AAARGH!」フェイタルはペイガンを真っ二つに引き裂き、もう一人に向き直った。バーサークがレッドハッグに再び襲いかかった。「俺がお前を殺し、次にあの獣を討つ!」刃と刃がぶつかり合う。レッドハッグは膂力を振り絞る。そのとき彼女は桜色の光を見た。
「イヤーッ!」マフラーめいた桜色の光の軌跡とともに、新たなニンジャは斜めに落下し、垂直に構えた二刀を戦車に深々と突き立てた。KRAAAASH……どよめき、悲鳴が堰を切った。「ヒョウタンから」レッドハッグがバーサークの胴体を柄頭で突き、吹き飛ばした。「オハギかねえ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」フェイタルは掴んだペイガンを振り回し、足元に力任せに叩きつけた。「アバーッ!サヨナラ!」ペイガンを爆発四散させた彼女に、吹き飛ばされたバーサークが背中から衝突した。「グワーッ!」「イヤーッ!」追って跳んだレッドハッグが彼の首を刎ね飛ばした。「サヨナラ!」
フェイタルは変身を解き、鼻を擦った。「最後のは、どういう了見だ」「不可抗力」「ふうん、そうか」「きっついねェ、しかし」レッドハッグはカタナを鞘に戻し、懐を探る。「タバコも切れちまった」「あれはヤモト・コキだな。ニチョームの」フェイタルは下を見下ろし、戦車を破壊するヤモトを見る。
「いや、もう一人……もう二人?イグナイト?」フェイタルは眉をしかめた。「アマクダリの増援とやりあいながら来たか?ンンー……!」「下に降りてナラキと連携しな」レッドハッグはフェイタルに言い、上を見た。マグロツェッペリンが二人を射程距離に捉え、鬼瓦形態に変形する。一機。二機。三機!
「イヤーッ!」ヤモトは戦車のガトリング砲を叩き壊し、主砲砲身を掴んで捩じり上げ、役立たずに変えた。オリガミが渦巻いて飛び、アサルトライフルを構えたハイデッカーに降り注いだ。「グワーッ!」「グワーッ!」「ギチチチ!」シデムシが走り抜ける。「イヤーッ!」フェイタルが落下し、踏み潰す!
(西のポイントからも戦車…!)(これ以上来られると!)フェイタルは頭の中に飛び交う声を聞きながら、次の敵を求めて見渡した。変身するわけにはいかない。この状況下で何も知らぬ市民があの姿を目撃すれば、手のつけられぬ恐慌に発展する可能性がある。KRAASH……西のバリケードが破砕した。
「ここを手伝いに来たのか?お前!」フェイタルがヤモトに問うた。ヤモトの目から桜色の光が溢れた。「もっと来る……!」西から戦車群が押し寄せる。上からはハイタカの群れ。市民が悲鳴をあげる。必死で地下への誘導を進めるものたち。ヤモトはアサリを見つけた。アサリもヤモトを見た。
「ア……」ヤモトは走り出そうとした。そこへチリングブレードが風車めいた高速縦回転からの落下斬りで襲いかかった。「イヤーッ!」ヤモトの防御はコンマ数秒遅れ、左肩が凍りながら裂けた。「ンアーッ!」「イヤーッ!」チリングブレードが畳み掛ける!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
ヤモトは撃ち込みを必死で防ぎ、抗った。フェイタルは戦車列に向かっていく。上空にハイタカ。戦車に続くハイデッカー。「ヤモト=サン!」アサリが絶叫した。イグナイトがほとんど転がるようにバリケード残骸を飛び越え、その場に到達した。彼女は全てが叩き潰される瞬間に居合わせていた。
「どうにか……」イグナイトは呟いた。(どうにかなれよ!)(どうにかって、オイ)イグナイトのニューロンに困惑気味の声が返った。イグナイトは驚愕した。血液が逆流するような感覚を覚え、主観時間が泥めいて鈍った。彼女は頭上で異常に輝くキンカク・テンプルを意識した。
(さっきから、どうなってやがンだ。だいたい、なんでこんな……ここ、マルノウチだろ?どうなってんだ……繋がる……!)シルバーキーは唸った。(やれるだけやってみるけどよォ……!)(やれよッ!)イグナイトは頭を押さえ、叫んだ。ニューロンが真っ白に爆発した。
その瞬間、マルノウチ慰霊碑周辺を包囲するクローンヤクザ生体脳の有機AIを使用する機体、すなわち、ハイデッカー、シデムシ、ハイタカ、ヤミヨ達は、イグナイト経由でシルバーキーが発動したユメミル・ジツにとらわれ、瞬間的な機能障害に見舞われた。
地下へ逃れようとする市民達を掃射する寸前だったハイタカは飛行機能に異常を来たし、互いにぶつかり合いながら墜落した。ハイデッカーは嘔吐しながら倒れ、のたうちまわった。ヤミヨは痙攣しながら転倒し、電柱や建物に衝突した。シデムシは裏返って無数の脚をわななかせ、電解液を吐き散らした。
「GRRRR!」フェイタルは怪物めいた姿に変身し、戦車に襲いかかった。やるしかないと判断した。チリングブレードは突然の異変に驚愕し、大剣の打ち込みが一瞬遅れた。ヤモトはただ目の前のチリングブレードを倒し、アサリを守ることだけを考えていた。カロウシが閃き、コリ・ケンにぶつかった。
KRAAAASH!大剣が弾かれ、チリングブレードが仰け反った。「まずい……」「イヤーッ!」ヤモトは返す刀でチリングブレードに斬りつけた。両手が自由ならばここで必ず殺せていた。手応えが薄かった。チリングブレードはバックフリップで逃れ、全速力で飛び離れた。ヤモトは全力で追った。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」チリングブレードは逃げながら刃を打ち返し、攻撃を防いだ。二者はビル屋上にあがり、飛び移り、徐々に包囲網を離れ始めた。ヤモトは頭上の空にオリガミを竜巻めいて旋回させた。「来い!お前達!」ヤモトは激昂して叫んだ。「アタイが全員倒す!」
「待て!マッタ!」チリングブレードは必死で刃を防ぎながら逃げ続ける。「背中から切り掛かるのはサムライのオナーにもとるであろうが!」「イヤーッ!」「イヤーッ!マッタ!」「イヤーッ!」ヤモトは叫び、攻め続けた。「来い!ニンジャ!来い!」
ヤモトは吠え、チリングブレードを攻め続けた。彼女は接近してくる幾つかの色つきの影を感じていた。ヤモトはマルノウチ周辺のニンジャを引きつけ、市民達、そしてアサリのもとから引き離すつもりだった。黄金立方体はこの世ならぬ色彩をいよいよ狂ったように放射し続けていた。
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カスミガセキ・ジグラット。平時、その最上階層は汚染雲よりもさらに高みに位置し、暗黒メガコーポのCEOらが清浄なる空気と日光を享受して、汚濁のネオサイタマに浮かぶ楽園のごとき屋上庭園に遊ぶ。
だがいまや、超自然の吹雪により最上階層から雲は完全に打ち払われている。そしてキャップストーンの如き頂上部の覆いは四方に展開し、電磁バリア柵によって守られたコアユニットを露出させているのだ。その中心にある三連複合トリイ型装置からは、眩い通信レーザーが発射されている。月面に向かって。
この屋上コアユニット周辺に、アマクダリの本営がある。ザイバツにとっては、落とすべき本丸である。最終防衛網を突破し、ジグラットの斜面を駆け上ってカラテ乱戦に持ちこむことに成功したザイバツは、一方的に射撃を受けねばならなかった大通りでの不利から一転、個々の力でしばし優位に立った。
先陣を切りジグラット南から攻め上るニーズヘグ。やや後方、南西からはパーガトリー。戦端が開かれるやいなや、この二人の巻き起す刃の嵐と暗黒カラテミサイルの乱射だけで十近いペイガンが爆発四散を遂げた。アマクダリは斜面中腹、トランスペアレントクィリンを中心に防衛網を構築、敵の勢いを削ぐ。
まとわりつく死衣を払うように、ここでダークニンジャとユカノを中心とする精鋭部隊が斬り込んだ。左右に広く展開した敵の守りを突き破り、中腹を越え、敵本丸めがけ猛然と突き進んだ。アマクダリの高所の有利など何するものぞとばかりに、敵の血飛沫と爆発四散の跡を残しながら斜面を駆け上ったのだ。
中腹。ドモボーイとディミヌエンドは、空中で互いの足裏を蹴って飛び分かれ、トランスペアレントクィリンが放射する死の光を辛うじて回避し、仰ぎ見た。ドラゴン・ニンジャとハガネ・ニンジャが並び立って進軍し敵を蹴散らすさまを。それはフジサン裾野のニンジャ大戦伝説を想起させる勇壮さであった。
ザイバツの破竹の勢いの進撃は、一方で、迫る破滅への焦燥感に突き動かされた無謀なる突撃でもあった。早期にイクサを決着させねば、彼らは忘滅の彼方に消し飛ぶのだ。そして今、第3の衝撃波と冷気が走り、ヤジリの前にホワイトドラゴンが立ちはだかったことで、趨勢は再び大きく変わろうとしていた。
「イヤーッ!」砕けザイバツ紋のニンジャ装束を纏ったニンジャ、デッドスプリントが、黒い爆発によって生み出された空中での飛行起動変更を以て、鋭い水平突進カラテチョップを繰り出した。「グワーッ!?」心臓を貫かれ、ペイガンは即死。爆発四散する寸前に、デッドスプリントはその死体を蹴り渡る。
「イヤーッ!」「サヨナラ!」爆発四散のエネルギーすらも新たな跳躍の勢いに変えて、デッドスプリントは敵将トランスペアレントクィリンの背後を狙った。前方には視界を歪めるほどの極彩色プリズム光。クィリンの周囲には、クィリン自身が背負う虹色の光輪と同様の病んだ光が、常時放散されている。
トーガ風ニンジャ装束を纏ったクィリンは、タタミ8枚の距離からニーズヘグが繰り出す鞭状のヘビ・ヘン斬撃を、目にも留まらぬカラテで弾き返していた。ニーズヘグですらも中距離の戦いを余儀なくされる。クィリンの放つ病んだ太陽光線に至近距離で晒され続ければ、それだけで細胞が崩壊し死ぬからだ。
「イヤーッ!」デッドスプリントは黒い爆発を生み出し、真空トライアングル・リープを決め、敵の死角から突撃チョップ突きを繰り出した。はずだった。次の瞬間。視界は眩い光に覆われ、何も見えなくなった。チョップ突きは回避され、彼は顔を片手で掴まれたまま、無防備な人形めいて引きずられていた。
恐るべきカラテであった。クィリンは敵の奇襲に気づいていた。ヘビ・ケン鞭の猛攻を弾きながら、後方へと手をかざし、扇状に収束したプリズム光のシャワーを放って視界を奪うと、即座に片手で敵の顔面を拘束したのだ。「太陽の恵みを与えて進ぜよう」表情の読めぬクリスタルの顔で、クィリンは言った。
「アバッ!アババババババババーッ!」デッドスプリントは全身をガクガクと痙攣させ出血した。末端体組織は内側から発光しながら崩落して足元にこぼれ落ち、白いトーフ・ユバ状の原始生物じみてうごめいた。凄まじい速度で遺伝子変異が引き起こされていた。そこへ、ドモボーイがインタラプトを試みた。
(無茶!)ディミヌエンドの念話が飛んだ。(生き残っても、負けイクサなら死んだも同然!サイバネなら少しは持つ!)ドモボーイはサイバネ腕をかざし、挑みかかる!「イヤーッ!」クィリンはデッドスプリントを放り捨て、両手を円状に動かす。「イヤーッ!」
ドモボーイの連続カラテパンチは紙一重でいなされ、最後は拳を掌握された。歯を食いしばり拳に力を込めるが、押しも引きもできぬ。目の前に神の如き彫像の顔が見えた。ドモボーイは鼻血を垂らしながら、咄嗟に目を閉じ、闇雲に応戦した。腕をねじり上げられ跪いた。サイバネ接合部から崩壊が始まった。
(アホウが!)ニーズヘグの念話が飛んだ。ゆえにドモボーイは備えられた。「イヤーッ!」「グワーッ!」次の瞬間、痛烈な連続斬撃がドモボーイの腕の付け根を襲った。引き戻されたヘビ・ケン鞭がノコギリめいてサイバネ腕を切断したのだ。ドモボーイは死に物狂いで側転、飛びのいて死の光から逃れた。
「ハァーッ!ハァーッ!」ドモボーイは片腕で側転を決め、カラテを構えた。横にディミヌエンドが立った。「心意気は悪くない!その調子で派手にやれ!カカカ!どうじゃ、楽しかろう!?」ニーズヘグは周囲に群がってきたペイガンを蹴散らし、哄笑しながら、再びクィリンを狙う!「最高のイクサじゃ!」
ドンコドンコドンドン!弓矢の狙撃を受けてしばし鳴り止んでいたブロンタイドの太鼓が、再び高層ビル屋上から届く!「イイイヤアアーーッ!」ニーズヘグは凄まじい速度でヘビ・ケン鞭を振り回し、間合いを詰めてクィリンとの打ち合いに入る!「おう!パーガトリー=サン!そっちはまだ片付かんか!?」
その怒声が届けられた、南西の斜面。「ハエどもが五月蝿くての……!」パーガトリーは上空から射撃してくるツェッペリン編隊めがけ、歩く砲台の如くに、応戦の連続カラテミサイルを叩き込む。「イイイヤアーーーーッ!」BOOM!BOOM!BOOM!ツェッペリンが揺らぎ、爆発!KA-DOOOM!
「ざまを見よ。汚い花火よな、タマヤ!」パーガトリーは短いザンシンを決めながら笑った。再定義の第3波が吹き抜け、オヒガンが接近したことで、いまや彼のカラテミサイルは戦略兵器じみた猛威を振るう。故に、アマクダリの物量が彼を押し止めるのだ。ゴウン、ゴウン、ゴウン…!さらなる編隊が接近!
「妙な」パーガトリーはそれを睨め上げ、目を細めた。本来は小回りの利かぬ巨大飛行兵器が、異常な速度で回頭し、押し寄せてくるとは。「どこぞから操っておるな……!」然り。これぞアマクダリ・ニンジャ、サーヴィターのジツである。パーガトリーはニンジャ第六感を研ぎ澄まし、ジツの出処を探った。
無論、落ち着き払っている暇などない。ツェッペリン第二波の襲来を待たずして、周囲からスリケンと銃弾が襲う!BRATATATA!アルデバラン、ヘヴィレインらに率いられたペイガン部隊である。「イヤーッ!」護衛役スパルトイは、パーガトリーとともに動きながら、蛇矛で銃弾とスリケンを凌ぐ。
だがアマクダリ側の圧倒的な物量と連携。しばしば弾き損ねたスリケンが、スパルトイ本人だけでなく、カラテミサイル連射を続けるパーガトリーの肌をも掠める。「守りが甘い!下賤な重金属弾がこの身を貫こうものなら、どうなるか分かっておろうな!?」「ハイ!」「ええい、他の者らは何処へ……!」
両目にこぼれんばかりの狂気を湛え、メンポから粘液を滴らせながら、彼女は回転着地した。「フォ、ハハハハ!」衝撃波で恐慌状態に陥り、戦線離脱していたパープルタコが、再び乱戦に飛び込んだのだ。両手を広げジツを繰り出す!「シテンノ!」狂気の眼光!ペイガン部隊が錯乱!「「「アバーッ!」」」
その隙をつきスパルトイはアルデバランに挑む。「イヤーッ!」「ヌウーッ!」パーガトリーはジツの出処を探り、強化されたネクサスの思念リンクへと繋ぐ。(ジツの使い手が重ツェッペリン上に陣取っておる)(ぬしのカラテミサイルで撃墜できんのか)(高度が高すぎる)(ファイアウィルムを回させろ)
一方、アマクダリ本営。ハーヴェスターはピストルカラテを構え、手勢とともに最終防衛ラインを構築しながらザイバツ勢を待ち受ける。ここを突破されれば、後方にはアルゴスとの高速通信を維持するための重要なコアユニット。コア周辺は電磁バリアで四方を守られているといえど、敵は全て、ニンジャだ。
「「「イヤーッ!」」」カラテ馬に乗った時代錯誤の一団が、斜面を駆け上ってくる。敵将ダークニンジャの気配を感じ取り、ホワイトドワゴンとブリザードは一足先に動いた。ハーヴェスターの目には、ホワイトドラゴンがオーロラを纏って宙を舞い、敵部隊めがけ凄まじい冷気の竜巻を浴びせるのが見えた。
このアンブッシュを受け、何人かのニンジャが氷漬けになりながら上空へ巻き上げられ、再び斜面に叩きつけられて砕け散り、爆発四散した。その一人は、危険な石化ジツの使い手、ザイバツのペトリファイズ。ペイガンも数名含まれていたが、この程度の犠牲で手練れを道連れにできるならば、戦果は上々だ。
「突撃の勢いをくじいたか!だが敵も見事な采配よ!散開し、攻め上ってくるぞ!」ハーヴェスターは激突の予感で口元に笑みを隠しきれぬ。アルゴスの眼により収集された情報が瞬時に伝わる。彼は手勢に臨戦態勢を取らせた。同時に、新たな異変を察知する。ジグラットに迫る人の波を。いや、人形の波を。
「これは何の騒ぎだ。暴動にしては……」彼は眉根を寄せた。カルトのハッカーが報告する。『い、一斉蜂起です!ドロイドが……オイランドロイドが、ツナミめいて押し寄せてきます!ジグラットへ!』「やりおるわ!」老将は痛快そうに笑い、命令を下す。「砲撃を開始せよ!ジゴクの蓋を開けてやれ!」
DOOM!DOOM!DOOM!ジグラットの裾野で、ハイデッカーと湾岸警備隊の兵器群による砲撃が始まった。東手では、ミボウジンの二連装レールガン一発の射撃で数十体ものオイランドロイドが破壊され宙を舞ったが、彼女らは恐怖も躊躇も抱かぬ。後続が次々押し寄せ、ジグラットを登ろうと試みた。
外部からだけではない。オイランドロイドはそこかしこに存在していた。ジグラット内部でソウカイヤを追っていたヴァニティ部隊は、これらのドロイドを片端から破壊して進まねばならなくなった。同じく、キョウリョクカンケイ艦上でも、積まれていた数体のオイランドロイドが同時に行動を起こしていた。
アルゴスは即座に、この事態に対する分析を行った。彼はネコチャンAIと同化してはおらず、下位のデーモンとして使役しているため、オイランマインドには辿り着けていないのだ。だが今、事象を観察した彼は、オイランマインド存在の可能性を知り、一時的なオヒガン接近がこの事態を招いたと推測する。
オイランドロイド一体一体の戦闘能力は低い。ニンジャとは異なり、重火器で容易く一掃できる。だが一体でも打ち漏らせば、再定義に関わる重要なUNIXデッキに直結され、ハッキング攻撃を受ける危険性がある。結論、一体も打ち漏らさず凌ぐべし。再定義が進めば、かくの如き混沌は完全排除されよう。
ハーヴェスターはアルゴスと協調し各方面へと指令を飛ばしながらも、その隻眼を下の乱戦から片時も離さぬ。この世ならざる輝きを発する刃が三百メートル先で夜を切り裂く。妖刀ベッピンか。ごくりと唾を飲む。ダークニンジャはホワイトドラゴンを相手取り、凄まじい勢いで戦場を跳び回る。化物どもだ。
DOOOM!DOOOM!盛大な再砲撃で、ジグラットの四方が地鳴りめいて揺れる。ほぼ同時に、下の乱戦の中から、いくつかの影が抜け出してくる。カラテ馬に乗ったユカノ、同じく馬上のナイトウィンド、さらに双頭の巨漢ギガントが、棍棒でペイガンを軽々と払いのけ迫る。「来るぞ!総員!備えよ!」
「ドーモ、ドラゴン・ニンジャです!」ユカノは竜の瞳を輝かせながら、馬上でマストダイ・ブレイドを抜く。敵の数およそ十。ユカノの狙いは無論、敵将ハーヴェスター!カラテ馬の使い手ナイトウィンドと並走し、銃弾とスリケンを弾きながら、敵部隊中央へ突き進む!「大将首、貰い受ける!キエーッ!」
「「「「イヤーッ!」」」」両部隊は真正面から激突した。目にも留まらぬカラテが飛び交い、衝突の勢いで四人のアクシスがまず弾き飛ばされた。敵も、カラテ馬に致命的なカラテと銃弾を叩き込み、雲散霧消せしめた。ユカノらの刃は敵将には届かなかった。熊頭巾の側近が、身を挺してこれを防いだのだ。
ユカノとナイトウィンドの二人は乱戦の中へと回転着地し、互いの獲物を構え並び立った。ギガントも遅れて突き進み、後続のアクシスと激しいカラテをぶつけた。一方、ユカノとナイトウィンドによって深々と斬りつけられたそのアクシス、ベアハンターは、致命傷と思われながらも、なお立ち続けていた。
「GRRRRR……」ベアハンターは異常興奮状態で涎を垂らし、満月を見上げていた。「イヤーッ!」ナイトウィンドがカイシャクすべく斬り掛かった。(アブナイ)ユカノが危険を察し、警告した。次の瞬間、ベアハンターは身をよじりながらヘンゲヨーカイ・ジツを行使し、巨大なワーベアへと変身した。
「GROWL!」ベアハンターは爪の一振りでナイトウィンドを弾き飛ばし片腕を奪った。「グワーッ!」「GRRRR!」彼はオーロラに抱かれる月を見上げ、咆哮した。アクシスとして死の淵を彷徨い会得したこのジツは、第3波でなお力を増していた。アマクダリもまたこの戦争に全てを賭けているのだ。
ベアハンターの胸からはシュウシュウと湯気が立ち上り、その傷を塞いでゆく。この手合いを満月の夜に殺すのは、至難の技である。「一筋縄では行きませんね」ユカノは龍の眼で敵を睨みながら、ナイトウィンド、ギガントと陣形を組み直した。ザイバツ側の突撃の勢いは、ここで一度断たれることとなった。
3
玉座の間は宇宙に対し開かれた。キーラー・ヘヴィサイド盆地の断崖に接する巨大な広間、その奥側の壁は五重のシャッターであり、アルゴスによる世界再定義の3段階目を経由した今、それらは全て開放された。真空と宮殿内の清浄な空気を隔てるのは水晶めいて美しいダイヤモンド硬度の月ガラスだ。
ターン……。迎え入れるように「天下」の宇宙フスマが上下左右に開いたまさにその瞬間、ニンジャスレイヤーは再定義第3段階を肌で感じ取った。目眩に似ていた。致命的な隙になりえたやもしれぬ。だが恐らくその瞬間に平然と振舞うことのできた者などいなかったのではなかろうか。
アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……アイエエエ……
彼の鼓膜に渦巻き、ニューロンを侵食にかかったのは、声なき声……ニンジャによって虐げられ、顧みられることなく屍を野にさらしたモータル達の怨嗟の声であった。彼はギンカクを間近に感じた。それは無限の色彩を放つキンカク・テンプルの光を受けていよいよ銀一色の輝きに染まった立方体である。
ギンカクは地球・日本・ネオサイタマ・マルノウチ・マルノウチ・スゴイタカイ・ビル地下深くに座標を置く。ニンジャスレイヤーのニューロンに、ギンカクを抱く地下空間が、スゴイタカイ・ビルが、石碑前広場が、バリケードが、人々の争いが、ニンジャの争いが、市街の光景が、カスミガセキが去来した。
かつてのネオサイタマは失われた。既にわかっていた筈の事だ。しかしこの瞬間、不意に彼は、あらためて、ニューロンの深奥で、すとんとそれを理解した。彼の視線の真っ直ぐ先に、それを為した者が背を向け、佇んでいた。赤黒い血の涙は瞬時に火と化して煮え、蒸発し、彼が背に負う赤黒い炎に同化した。
白くゆったりとした衣を身にまとう彫像めいた男は悠然と振り返り、ニンジャスレイヤーの凝視を真っ向から受ける。黒く滑らかで美しく巨大な広間はこれ自体が一個の宇宙のようだ。最奥には銀河めいてUNIX光を明滅させる正体不明の複合デッキと、流線型の無機質肉体を持ったニンジャの姿。
「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン」鷲の王はアイサツを行った。「アガメムノンです」「ドーモ。アガメムノン=サン」死神はアイサツを返した。「ニンジャスレイヤーです」互いにオジギした二者は静かに頭を戻した。スリケンの投擲もアンブッシュも為されなかった。彼らはただお互いを見据えていた。
「オヌシを殺しに来た」死神は蹂躙者を瞬き一つせずに凝視し、言い放った。蹂躙者の眉が不快そうに微かに動いた。「遺憾だ。ここはもっとも真実に近い地。君に侵犯の権利は無い」彼の肩越し、最奥では、今も複合UNIXが再定義プロセスの途上。身体を不可逆にうずめたキルナインの身体も確認できる。
キルナインは幸福である。彼はいよいよもって神聖にして単一の存在に抱かれようとしている。彼に……複合デッキに手をかざす無機物のニンジャも幸福である。シーカーはアルゴスの指に……物理肉体の礎になることができたのだから。だがニンジャスレイヤーはアガメムノンを凝視する。蹂躙者を。
「復讐者の残滓よ。今の君はこの世界に必要とされない存在だ」アガメムノンは嘆いた。「私は、復讐に狂い、地べたを這いずって苦悩する君をこそ応援し、楽しんですらいたが。ラオモト・カンを殺し、ロード・オブ・ザイバツを滅ぼし、なおのさばる君は、私のささやかで無害な娯楽としては不完全だ」
ニンジャスレイヤーはアガメムノンを凝視した。アガメムノンを凝視した。アガメムノンを凝視した。アガメムノンは両手に青白い雷光を走らせた。「狂人らしく、ただニンジャを殺し、狂い、嘆いてのたうっておれば、私に討たれる事も無かったであろうにな」ニンジャスレイヤーはアガメムノンを凝視した!
「もはや君は生きているべきではないのだ、フジキド・ケンジ君。死にたまえ。我が世界は君という存在を許容しない。実際、私はこれまで君という不純物に幾度も煮え湯を飲まされてきた。君の筋違いのイクサによって」「……ここへ至っても己自身はどこまでも傍観者の体か」ニンジャスレイヤーは言った。
アガメムノンの言葉が止まった。彼は死神の言葉を理解しようと努めているようだった。だが苦笑めいてアルカイックな笑みの口角が微かに上がった。「つまり?」「私はオヌシをこそ殺す為に、ここまで来た」死神の拳がミシミシと音を立て、その目は怒りと憎悪に赤かった。「これは当事者同士のイクサだ」
「当事者。なるほど。確かに君はこうして月まで私を追ってきた。その執念には実際敬服もしよう」アガメムノンの答えはそれだけだった。地べたを這いずる虫の思考を、イーグルが理解する事はできない。ニンジャスレイヤーは蹂躙者を見据えたまま、微かに腰を落とした。最後のイクサの火蓋は切られた。
「イヤーッ!」アガメムノンは両手をひろげた。彼の身体は稲妻をまとって数メートル宙に浮かび上がり、上下左右に雷光が迸った。KABOOOM!神の雷、デン・スリケンがニンジャスレイヤーを捉えた。……KABOOOOM!死神の斜め後方の壁が丸く融解した。死神は無傷。ヌンチャクを構え。
ゴウランガ……ニンジャスレイヤーはヌンチャクの一閃を以って、致命的な雷のスリケンを弾き、逸らした。デン・スリケンに防御や回避は役に立たぬ。稲妻は対象のもとに落ち、電気エネルギーは対象の身体をかけめぐり、内外を焼き焦がしてしまう。ゆえにニンジャスレイヤーはヌンチャクで逸らしたのだ。
一方、アガメムノンにとって、このデン・スリケンは、命を賭して彼とニンジャスレイヤーのカラテ接触を阻もうとした二人のハタモトがもたらした最後の情報の裏付けを取るための行動だった。残念ながら彼らは死神に敗れ、カラテの接触が不可避のものとなったが、そのイクサは無駄ではなかった。
「成る程」アガメムノンが呟いた時、既に彼はメガトリイ複合UNIXシステムのある最奥に移動していた。彼が一瞬前まで居た地点で稲妻の花弁が爆ぜた。それらはそれぞれに放電を繰り返しながら、じわじわとニンジャスレイヤーを追尾する!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは連続で側転した。
放電する光の塊は計八つ。じわじわと緩慢な速度でニンジャスレイヤーを封殺にかかる。それらは、おお、ナムサン……それぞれが稲妻でできたアガメムノンの似姿だ。恐らく彼が対ニンジャにこのデン・ブンシンを仕掛けた事はかつて無かった。ニンジャスレイヤーは側転を繰り返す。ブンシンは追い詰める。
それらは熱エネルギーによって敵を融解殺するべく、それそれが最適な包囲軌道をとって退路を断ちにかかる。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを激しく振るいながらキリモミ回転跳躍を行う。跳躍地点で白い光が爆ぜた。着地した彼のもとへ残る五体のブンシンが迫る。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはさらに一度バックフリップした。着地際に彼は豆粒めいて身を縮め、解き放つ勢いを乗せたヌンチャクを振るった。KABOOOOM!彼の斜め後方、逸らされたデン・スリケンが爆発した。アブナイ!「イイイイヤアアーッ!」彼はタツマキ・ヌンチャクで再び跳ぶ!
ZMZMZMZM!白い閃光爆発をほんの僅か後ろに引き連れるようにして、ニンジャスレイヤーは反対の壁側へ着地した。「イヤーッ!」彼はさらにスリケンを投擲し、一体残っていたデン・ブンシンを爆発四散せしめた。その時点で既にアガメムノンやアルゴスUNIXは遮られていた。白い光の壁に。
それは広間を真っ二つに断ち割り、こちらとあちらを隔てる稲妻のフィールドだった。「ヌウウーッ……!」ニンジャスレイヤーは眉をしかめ、ヌンチャクを構えた。「イヤーッ!」KABOOOM!壁の向こうから放たれたデン・スリケンをニンジャスレイヤーは弾き逸らした。僅かに遅い。肩が焦げる!
『さらばだ、ニンジャスレイヤー=サン』厳かな声が響き渡る。「イヤーッ!」KABOOM!ニンジャスレイヤーはデン・スリケンを弾き逸らす。僅かに遅い!「ヌウウーッ!」赤黒の装束が激しく燃え、崩れた箇所の修復に努める!アブナイ!「イヤーッ!」KABOOM!ジリー・プアー(徐々に不利)!
ニンジャスレイヤーは今や非常に厳しい状況に置かれていた。彼は白い壁を前にしている。デン・ブンシンによって時間を稼いだアガメムノンは、その隙にこの防壁を作り出した。ナラク・ニンジャのニンジャ洞察力はこの壁の致命的な威力を見て取り、命を賭けて一か八か突入するような愚行を制した。
デン・スリケンは巨大な白壁の任意の地点を貫通し、正確無比にニンジャスレイヤーを狙ってくる。決して近寄らせず、同じドヒョー・リングに立つ事を許さず、奥では粛々と再定義プロセスを進行し、ただこの異物を封じて葬り去る、冷酷な処刑手段であった。「イヤーッ!」KABOOM!「ヌウウーッ!」
攻撃の糸口を見出せぬまま、単なる白壁と対峙する無益、精神的な重圧も相当なものである。たとえ仮にデン・スリケンにしばらく耐えうる手段を備えていたとて、そこによほどの覚悟と意志なくば、ほんの数十秒この状況に置かれただけで発狂は免れない。引き伸ばされた時間は永遠に等しい!
「イヤーッ!」KABOOOM!何度目のデン・スリケンを防いだ?あと何度逸らせば攻撃の機会は巡ってくる?己は何故戦っている?何故?復讐の為。蹂躙者を殺す為に。ニンジャスレイヤーは白い壁の向こうで悠々とデン・スリケンを紡ぐ蹂躙者の姿を幻視する。そして再定義プロセスを進めるアルゴスを。
鋭敏化を極めた彼のニューロンに、エシオの言葉が去来する。既にプロセスの第3段階が完了している。これはアポフィスの門が開かれた状態。メガトリイ・ネットがオヒガン全体に喰らいついた状態。ピーク。最も「近い」状態だ。切断が始まる。切断が始まる前に。始まる前にどうする。彼は耳を澄ませた。
アイエエエ……アイエエエ……怨嗟と嘆きの声は鼓膜にぴったりと張り付いている。声は列なり、螺旋の渦を巻いて、ギンカク・テンプルの輝きに至る。無限の色彩を跳ね返し、銀一色に光るマルノウチ・スゴイタカイビルの大地下に。この地点に今、一人のニンジャが、いかようにしてか存在を繋いだ。
000010101やれるだけやってみるけどよォ0101001011やれよッ0101001001ギンカク・テンプル付近で銀色の波しぶきが生じ、放射状に拡散した。それはギンカクに似た幾つかの怨嗟の溜まりを照らした。たとえばセキバハラ。たとえばデス・ヴァレイ・オブ・センジンの黒い沼を。
銀色の飛沫の枝葉は、死と悲嘆に汚れきった黒い沼に繋がった。ナラクは引き寄せた。いや、ナラクが飛翔したのか。同じ事だ。オヒガンの相対距離を縮めると、黒い沼に幾つかの命の粒が見える。無益な供養の石を積む片腕のボンズ、或いは主の復活を信じ彷徨う不可視の狂者。だがそれらではない。
黒い沼の底の底、死の渦を遡って、三本足のカラスが羽ばたいた。それはギンカク・テンプルに繋がり、ニンジャスレイヤーに至った。目の前の白い壁に、カラスが足跡を刻む。蛇行するように、順を追って、白い壁の表面を、余すところなく。ニンジャスレイヤーは網膜に焼き付くカラスの歩みを追った。
カラスの歩みは何を示唆しているのか?ニンジャスレイヤーはニューロン速度で推理し、結論に至る。壁はその実、隙間なく蛇行する白光の線がうねり走る事で維持されるもの。一枚の壁に見えて、それは線の集まり。残光の線が塊となって面を作っているのだ。繰り返し、一定の道筋で、右の壁から左の壁へ。
ZZZZZAPPPPP!光の壁を突き抜け、デン・スリケンが飛来する。ニンジャスレイヤーはヌンチャクを繰り出している。「イヤーッ!」ヌンチャクは稲妻を逸らし……否、弾き返し、白い壁に向かって飛んだ。蛇行する光の先端部に、極めて精密なタイミングで弾き返されたデン・スリケンが衝突した。
KRA-TOOOM!閃光が世界をモノトーンに切り取った。ギンカクへの接続の過負荷によって、ニンジャスレイヤーの両目から血涙が溢れ出た。それらはただちに蒸発し、「忍」「殺」のメンポと混じり合った。既にニンジャスレイヤーは次の行動に出ていた。アガメムノンは己の周囲にバリアを張った。
「イヤーッ!」だが!この時のニンジャスレイヤーの狙いはアガメムノンではなかった!ほんの一瞬開かれた活路に彼がねじ込んだもの、それは!懐から滑らせ、それこそ稲妻めいた疾さで掴み取った一枚のディスク……フロッピー・ディスクであった!ヌンチャクと並ぶ切り札、アルゴスを殺す致命の矢だ!
「貴様ッ!」アガメムノンはニンジャスレイヤーの狙いを雷撃的速度で完全に理解した。だが、己の周囲に張り巡らせた雷のバリアを解いたうえでそれを阻止する事は不可能だった。フロッピー・ディスク・スリケンは決断的カーブを描き、最奥の複合UNIXめがけて飛んだ!
「何!?」シーカー=アルゴスが反応しようとした時にはもはや遅く、フロッピー・ディスク・スリケンは投擲速度の空気摩擦熱で自ら耐衝撃ケースを焼き捨て、剥き出しの一枚となって、かつてキルナインの顔面部であったメインフレームUNIXデッキのディスク・スロットに突き刺さった。「グワーッ!」
ナムアミダブツ!途端に複合UNIXデッキのキルナインであった部位は小刻みに痙攣!「アバババーッ!ビゴゴゴゴガゴゴアバッ!サヨナラ!」KBAM!……煙を吐き、機能停止した。KBAM!KBAM!KBAM!微細な爆発が複合UNIXを伝う。致命毒プログラムがメインフレームを焼きにかかる!
「ペケロッパ!」シーカー=アルゴスは自我の残滓を呼び集め、殉教的な叫び声をあげると、複合UNIXの誘爆部位に右腕を突き刺した。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは赤黒に燃えるスリケンをシーカー=アルゴスめがけ投擲!「イヤーッ!」アガメムノンが割って入り、スリケンを焼き切る!
「ペケロッパ!」シーカーの全身が錆び水を漏らし機能停止!「これほどまでに!」アガメムノンは白熱する双眸を見開き、怒りに吠えた。「これほどまでに執拗に貴様は!黄金の鷲の道に!汚濁と血反吐と死肉を撒き散らさんとするかーッ!」身体を包む雷光のバリアがいよいよ強まり、その姿を覆い隠す!
「鷲?黄金だと?笑止!所詮思い上がった腐れニンジャよ!」ニンジャスレイヤーの目は赤黒の炎と化して空気を焼き焦がし、「忍」「殺」のメンポは憤怒によって禍々しく歪み、一時それはジゴクの狂獣めいて牙を剥いた!「儂のイクサに桟敷席なぞ無いわ!そッ首叩き落とし、恥辱の底に晒してくれよう!」
対峙する二者の身体は等しくメキメキと音をたてて軋んだ。彼らの後ろではシーカーの殉教行為によって致命毒の侵食を中途で留めたメインフレーム複合UNIXが再定義プロセスの強行にかかった。シーカーはデッキに刺さった腕だけを残して腐食し果て、床に堆積する残骸と化した。ナムアミダブツ!
アガメムノンは電光のバリアを質量を備える密度にまで凝縮して装束と化し、恐るべきニンジャの姿を現した。黄金のパルスが装束の表面を絶えず駆け巡り、見開かれた目の光と熱は天上の雷を鍛える炉のそれであって、ブレーサーとメンポの意匠の威容はオリュンポス12忍の頂点に立つ者にふさわしかった。
だがその雷光を受けてなお染まらず、黒く赤い姿があった。憤怒に任せ、ひととき怪物めいて2倍にも膨れ上がった姿は、極限のイクサを前に、刃めいて引き締まった戦士の姿を再び取った。「忍」「殺」のメンポ文字が赤く脈打ち、人の鍛えた手甲で守られた拳を固めた。それがニンジャスレイヤーだった。
「望み通り、神の拳で直々に滅ぼすまで」アガメムノンは隙の無い構えを作った。両手が稲妻に白く染まった。ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。センコめいた赤黒の眼光が揺れる。「「イヤーッ!」」二者は同時に地を蹴り、カラテをぶつけあった!
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アガメムノンはニンジャスレイヤーのチョップをいなし、電光で白く染まったショートフックで脇腹を抉りに行った。ニンジャスレイヤーは左手を打ち下ろして逸らし、心臓に突きを繰り出した。アガメムノンは身をひねりながら沈めて躱し、メイアルーア・ジ・コンパッソを繰り出した。
「イヤーッ!」メイアルーア・ジ・コンパッソの回転の中から偃月刀めいたデン・スリケンが生じ、ニンジャスレイヤーの胴体を水平切断しようとした。ニンジャスレイヤーはブリッジからのバック転で回避し、ヌンチャクのイアイで二発目のデン・スリケンを弾き逸らした。KABOOM!背後の壁が抉れた。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャク・ワークの中から数枚の赤黒スリケンを生み出し、アガメムノンに連続投擲した。アガメムノンは雷光の盾を虚空に生じ、それらを防いだ。「イヤーッ!」雷光の盾は四つの花弁となって飛散し、それぞれが恐るべきデン・ブンシンとなって襲いかかった。
「イイイイヤアアーッ!」ニンジャスレイヤーはヌンチャクを振り回してデン・ブンシンを迎撃する。アガメムノンは高く掲げた右手に稲妻をまとい、足元の床に叩きつけた。KRA-TOOOOOM!アガメムノンを中心として、半球状のデン・スフィアが急速に育ってゆく。ニンジャスレイヤーは走る。
「イイイイイヤアアアーッ!」ニンジャスレイヤーはデン・スフィアにスリケンを連続投擲しながら間合いを離し、飲み込まれまいとする。デン・スフィアは無慈悲に拡大してゆく。ニンジャスレイヤーは回避を諦め、腕を交差し、中腰になって待ち構えた。アガメムノンは哄笑した。DOOOOM……。
◆◆◆
「イヤーッ!」手勢のペイガン464と共に回転ジャンプで着地したサブジュゲイターは、十字陣形をつくって全方位からのアンブッシュに備えながら、ヨロシ・ヘッドオフィスのクリアリングを行った。数名のペイガン464は高速匍匐前進をしながら広がり、ブービートラップの解除を行っていく。
ガオン!鉄パイプを加工したバンブー・トラップが天井の穴から降り注ぐ。「イヤーッ!アバーッ!」ペイガン464の一人がサブジュゲイターの頭上へ回転ジャンプし、ハリネズミめいた死体と化して主人を守った。「サヨナラ!」爆発四散を振り返りもせず、サブジュゲイターは重セキュリティ区域へ進む。
バイオニンジャの気配はない。当然のようにオフィスにはヨロシ駐在社員の惨殺体が散乱し、酸鼻な光景が広がっていた。血塗れのパンチシートやオフィス用紙類、マキモノ類。「何が狙いだ?そして、どこへ向かった?」サブジュゲイターは眉根を寄せ、数秒間沈思黙考した。やがて彼はハッと目を見開いた。
黒漆塗りのUNIXデッキがマチェーテで破壊されている。サブジュゲイターはペイガン464に指示を出した。その者がハンドヘルドUNIXのセットアップを行う間に、彼はデッキのカバーを引き剥がし、ハードディスクを摘出した。無傷だ。「獣め」彼は呟き、ハードディスクをペイガンの腕に繋いだ。
腕部モニタにウサギとカエルの進捗バーが展開する。結果を待つまでもない。サブジュゲイターには既に彼らが向かった先の見当がついていた。「7分11秒前にアクセスされたデータファイルがあるドスエ」合成マイコ音声が報告した。「盗みとったな。何をだ?」だが今はまだその内容は知らずともよい。
ZZOOOM……ヘッドオフィスが揺れた。破壊を免れたモニタが、ジグラットの最重要区域、空中庭園の状況を映す。今まさに戦闘の最中か。トランスペアレントクィリンの極めて禍々しいスペクトル光は、ただ映るだけでモニタに不可逆の焼けつきを作る。サブジュゲイターは目を細めた。「これはこれは」
彼はペイガン464を振り返り、命令を下す。「イヤーッ!」一体が即座に複腕を生やし、クアドラプル・イアイドで強化ガラス窓を瞬時に切断した。サブジュゲイターは凍てつく空の下へ飛び出した。去り際、彼はトランスペアレントクィリンの方向を一度振り返った。激烈な戦闘。ここからでもわかる。
大師のイクサの趨勢をこのまま見届ける時間はなく、まして加勢に出る気など、露ほども無し。「フォレスト・サワタリめ」ビルからビルに飛び渡りながら、サブジュゲイターは心中呟く。「結果的に私と同じ地へ向かうか。不快ではあるが、どちらにせよ貴様は地下のセキュリティを破らねばなるまい」
◆◆◆
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ヤモトは狂ったようにチリングブレードに打ち込んだ。捨て鉢ともとれる攻撃だったが、真にカラテにタツジンしたニンジャであれば、それが両刀の相互の重みによってぎりぎりのバランスをとる大胆かつ精密なワザマエと判る。チリングブレードもその次元のニンジャだ。
彼はマッタを繰り出しながらヤモトの攻撃をいなし、時間を稼いだ。異常気象下、空気中に漂うコリ・ニンジャ・クランのカラテ粒子はコリ・ケンを再び強靭な刃に鍛え直し、氷で塞いだ傷をじわじわと癒し、イクサに臨む力を取り戻させた。チリングブレードには今、覚醒を果たした女王の愛が共にある。
彼らの現在のミッションは、マルノウチに集まった衆愚の粉砕だ。ニンジャ数名の力をもってすればそれは容易い筈だった。ローニン・リーグにはニンジャのヨージンボがいたが、人数で勝り互角のカラテを備えたアマクダリの精鋭によって任務遂行の妨げにならないレベルに抑えられる。その筈だった。
しかし予想は覆された。様々な要因がアマクダリを阻んでいる。アルゴスに関わる高次の機密もあれば、チリングブレードの目の前で生じた明らかな問題もあった。ハイデッカーの機能障害は何だ?そして何よりこのヤモト!いきなり加勢に現れたこのニンジャだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」
チリングブレードの肩が裂けた。ヤモトの二刀にまとわりつくオリガミの蝶は斬撃軌道を隠し、対応を困難にしている。チリングブレードは裂けた肩を押さえ、凍らせて止血した。「つくづく邪魔な女、厄介なジツよ……だが増援を待つ俺の仕事は……成ったぞ!」
「ドーモ」頭上から飛び降りた白い髪のニンジャがアイサツした。「サクリリージです」ニンジャは己の胸に手を突き刺し、血塗れの肋骨を引き抜いた。ナムサン。これが彼のカタナなのか!「二対一……これをどう戦うかのォー……」「……カラテだ!」ヤモトの瞳が桜色に燃えた。
チリングブレードは獰猛に目を見開く。「いや、三対一!」「ドーモ。アンブレラです」桜吹雪の舞い散る夜空から、カラカサを開いたニンジャがゆっくりと降り来たった。今やこの地点の周囲にはヤモトのオリガミが乱れ狂い、キンカク・テンプルの色彩と相まって、アノヨじみた乱気流を作り出していた。
「役者は揃った。もはやフーリンカザン我にあり」チリングブレードは苛立たしげにオリガミの風を一瞥する。「チィー、何だ?貴様のこのジツは……このふざけたジツもすぐに止めてやる……」しかしヤモトは叫び返した。「三人でも!四人でも!五人でも!十人でも連れてこい!来い!ニンジャ!」
「根拠の薄い自信ッて寸法よォー!」チリングブレードは刃を叩きつける!「イヤーッ!」「イヤーッ!」ヤモトの刃が加速!「グワーッ!?」ヤモトはチリングブレードの胸板薄皮一枚をナンバンで切り裂きながら、背後のサクリリージをカロウシで斬りつける。サクリリージは肋骨剣で応戦!「イヤーッ!」
刃が火花を散らし、瞬時に飛び離れた二者と入れ替わるように、アンブレラが弧を描いて空中から襲いかかった。ナムサン、ヘリコプターめいて回転させるカラカサを用いたエアリアル・カラテ!致命的な廻し蹴りと縁に刃を仕込んだカラカサの二連撃だ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「ええい!邪魔!邪魔だッ!」チリングブレードはヤモトの背中から斬りかかろうとしたが、まとわりつくオリガミに阻まれる。彼は泡を食ってオリガミを叩き落とし、破裂させた。「蚊トンボめが!何だこれは!」キンカク・テンプルの無限の色彩!ヤモトのジツ!「「ウオオーッ!」」更には後方で怒号!
「な……」垣間見たチリングブレードは己が目を疑った。この地点はマルノウチから既に相当距離、離れている筈だ。だが間違いなかった。それは怒り狂った市民の逆流だった。ハイデッカー検問が雪崩めいた人の流れに呑まれ、押し潰される。「「ウオオーッ!」」「まず……」「イヤーッ!」「グワーッ!」
チリングブレードは刃を受け損ねた。心臓のやや横が縦に割れた。傷を凍らせようとするが、そこに複数のオリガミが襲いかかった。「グワーッ!?」桜色の爆発に呑まれながら、彼は屋上から足を滑らせ、真っ逆さまに転落!「アバーッ!」「「ウオオーッ!」」満身創痍のニンジャは殺到市民に呑まれた!
DOOOM!ハイデッカーの武器か、あるいは物騒な武装をした危険市民が紛れていたものか、近いブロックで爆発、火の手があがった。「ギュイイギュイイイ!」鎌首をもたげたシデムシに十人を超える市民がすがりつき、よじのぼる。シデムシは殺戮しながら再び人の波の間に消えた。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」眼下のマッポー的光景を見渡す隙もあらばこそ、ヤモトはサクリリージとアンブレラの連続攻撃と戦い続けた。彼らが切り結ぶビル屋上にはオリガミが渦を巻き、桜色の柱にも見えたことだろう。「イヤーッ!」サクリリージの骨刃がヤモトの首に伸びる!
「イヤーッ!」その真横に火の輪が生じ、くぐって現れたイグナイトがサクリリージを殴りつけた。「グワーッ!」受け身をとるサクリリージにカトンで追撃する!「イヤーッ!」「イヤーッ!」アンブレラが割って入り、カラカサを盾に炎を受け、ヤモトに炎を叩きつける!「イヤーッ!」
「イヤーッ!」ヤモトは真上に跳んで回避し、周囲のオリガミを集めてアンブレラに飛ばした。「イヤーッ!」アンブレラはカラカサを回してそれらを拡散させる。KBAMBAMBAMBAM!周辺ビルで桜色の爆発!「イヤーッ!」更に一人新たなエントリー者!アマクダリのスコージである。
「シューシュシュ!」イグナイトに強烈な蹴りを浴びせる!「グワーッ!」イグナイトの炎の守りを破る強烈な蹴りだ!「イヤーッ!」ヤモトは着地ざま、竜巻めいて二刀を回転させて斬りかかる。「イヤーッ!」サクリリージが止める。「イヤーッ!」更に一人!アマクダリのミゼリコルドがエントリーした。
「イヤーッ!」アンブレラがヤモトに畳んだカラカサを振り下ろす。「イヤーッ!」新手ニンジャがヤモトを押しのけ、朱塗り鞘でカラカサを受けた。「加勢してやるよ、お嬢ちゃん!」レッドハッグ!「イヤーッ!」ミゼリコルドがダンビラで斬りつける!イグナイトが炎を浴びせる!「グワーッ!」
DOOOM……離れたブロックで粉塵!今やマルノウチに押し込められた人々は急反発して溢れ、その怒りは各地のシェルターに呼応して、ネオサイタマ全域に相乗効果を拡げようとしていた。交差点に走り込んだ軽トラックの背に立つ胡乱な男達が黒い布の塊をバラ撒くと、人々は勢いでそれらを頭に巻いた。
或いはトコシマ署、そのバリケードは他を圧する程に強靭だった。立てかけられた板はマッポたちが自ら放棄したバッヂによって怒りの勲章めいて補強され、中年のデッカーは相棒の若いデッカーの援護射撃のもと、旧式のショックブラスターをシデムシの頭部に命中させ、捨て鉢なガッツポーズを決めた。
或いはムコウミズ・ストリート、艦砲射撃で抉れた傷跡をごく近くにしながら、まるでそれを気にせぬがごとく、ダブル・モヒカン、トリプル・モヒカン、トロージャン、ブッダヘアー、文字ヘッド、アシンメトリー・ヘアの者達が釘バットやギターを振り上げてついに検問に打って出た。「アンタイセーイ!」
鎮圧ハイデッカーの数は到底足りなかった。制圧機械の動きも鈍かった。ニンジャの最精鋭はジグラットでイクサの最中。機敏に立ち回るべき制圧ニンジャ達は、マルノウチの南西に離れた区域、驚異的なエンハンスド夜桜のもと、次に何をするかわからぬ危険なニンジャを抑えに行かねばならなかった……!
「イヤーッ!」「アバーッ!」レッドハッグの剣がミゼリコルドの頭を刎ね飛ばした。サクリリージはその脊髄を引き抜いて剣を作り、更に臓器を爆発させた。「GRRRR!」加勢者フェイタルは巨軀で爆発衝撃を抱え込み、他者を護った。カイシャクに向かうアンブレラにイグナイトがインターラプトした。
「イヤーッ!」カラカサが炎に呑まれ、そこへオリガミが降った。「グワーッ!」「シュハーッ!」「ンアーッ!」スコージがヤモトの脇腹に蹴りを見舞った。「イヤーッ!」アマクダリのレキシコンがエントリーした。「イヤーッ!」野球帽を被ったニンジャがエントリーし、レキシコンを背中から刺した。
「アマクダリとの戦争だろうが!」野球帽のニンジャ、スカラムーシュは帽子のツバをずらして見渡し、カタナと鉤爪を構えた。「俺ァここがイクサの分水嶺と見たぜ!そうだろう、なあ!」「イヤーッ!」サクリリージが脊髄剣で襲いかかる!「イヤーッ!」レッドハッグが遮る!「なら、気ィつけな!」
◆◆◆
ネオサイタマ市街で超常の桜が舞い狂う一方、カスミガセキ・ジグラットの中枢、人工の桜が植えられた人工芝庭園もまた、別の決戦の舞台となっていた。日本政府のハナミ儀式に用いられるこの庭園において、ラオモト・チバが率いる手負いのニンジャ傭兵達は正面突破を余儀なくされる事となった。
「ドーモ、ラオモト=サン。ご機嫌麗しゅう」ヴァニティは慇懃にオジギした。頭を上げた時、彼女は既にアマクダリ・ニンジャの装束に身を包んでいた。「迷子になられましたか?ここは政府要人であってもそうそう立ち入りが許される場所ではありませんが。まして今の貴方のような、フフ……」
チバはピシャリと扇子を閉じ、ヴァニティに向けた。「笑っておる場合ではないぞヴァニティ=サン。このまま押し通る。ぼくがハーヴェスターならばこの時点でお前はセプクだな」「まあ、辛辣な」ヴァニティはぶらぶらと手を振ってほぐし、カラテを構える。マーズ、コールドノヴァ、ファーストブラッド。
「まだいけるか?」オメガはヘンチマンを見た。「まだいけるぜ」ヘンチマンはオメガに答え、そのあと場違いに吹き出した。「おめェが逆に大丈夫かよ、ブハハハハ!」「うむ」オメガは平然と頷いた。焼失した右手首から先にはダクトテープがきつく巻かれ、両足の応急処置跡も痛々しい。
「いつでも構わんぞ」ブラックヘイズは十数名のアクシスを率いるヴァニティに、眠たげな目を向けた。「始めてくれ」彼はしゃがみ込んで吸っていた葉巻を指で弾いた。ネヴァーモアはチバのタタミ一枚以内の距離を保ち、血に塗れた両拳をボキボキと鳴らした。葉巻が芝を焦がした。「「イヤーッ!」」
KBAM!「アバーッ!」いの一番で殴りかかったオパビニアが爆発で吹き飛び、無残に焼け焦げて宙を飛んだ。「ただの吸い殻のワケがないだろう。正気か?」ブラックヘイズは天井から逆さにぶら下がり、平然とコメントした。「イヤーッ!」「グワーッ!」ヘンチマンがグロウダガーを殴り飛ばした。
「イヤーッ!」サイサムライはローラー前進しながらサイサムライケンの鞘を縦に構え、ファーストブラッドのトビ・タテを防いでいた。「私に同じワザは二度通用せんぞ」「……!」目を見開いたファーストブラッドが宙を飛んだ。「グワーッ!?」逆さのブラックヘイズがヘイズネット絞首刑に処したのだ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ヘンチマンはグロウダガーの右頬に続いて左頬を殴り飛ばした。「ハーッハハハハ!」凶悪バウンサー・ニンジャはエプスタインを裏拳で跳ね飛ばし、そのままマーズに拳を叩きつける。マーズは極めて重い拳撃をカラテシールドで防いだ。その脇を影がスライディングで抜けた。
「何?」瞬きするデメントは次の瞬間、その身を高く跳ねあげられていた。スライディングで瞬時に足元に潜り込んだオメガが下から上に高く蹴り上げたのだ。「グワーッ!?」マインド・スリケンの投擲姿勢は途中で封じられた。天井でブラックヘイズが手首にスナップをきかせた。既にヘイズ・ネットが!
デメントは硬い糸が幾重にも絡み付いた己の右手を絶望的に見た。「さきのイクサで最も厄介だったのは貴様だ」顔の横でオメガが呟いた。「ゆえに最初に潰す」「な……」「イヤーッ!」「グワーッ!?」天地反転!アラバマ・オトシ!「アバーッ!」逆さに杭打ちされたデメントの身体中から毒が溢れる!
「イヤーッ!」飛び離れたオメガをヘイズ・ネットが抱えて反発させ、コールドノヴァのもとに送り込んだ。「イヤーッ!」巨大な白い氷の球体を生み出すコールドノヴァに、オメガは一直線に切り込む!「うまくいきすぎて怖えェくらいだぜ!」ヘンチマンがマーズに繰り返し拳を叩きつけながら言った。
イクサの開始直後にデメントとファーストブラッドを墜とした。セットプレーの産物だ。厄介なニンジャは初撃で排除する事で、その後のイクサの主導権を握ることができる。「イヤーッ!」氷の爆発を間一髪、潜り抜けたオメガが飛び出し、コールドノヴァに飛び蹴りを食らわせた。「グワーッ!」
終わりか?否。コールドノヴァは冷気を己の身体中に駆け巡らせ、毒化を封じ込めた。「イヤーッ!」二発!三発!白い氷結球体を立て続けに繰り出す。オヒガンへの接近とホワイトドラゴンの覚醒が、彼のジツに恐るべき力を与えていた!
「イヤーッ!」「グワーッ!」サイサムライは氷結爆発をスライド移動で躱しながら、シンクレアを横ざまに斬りつけた。更に、斬りつけた手首を高速回転させて盾とし、飛来してきたスリケンを防いだ。「イヤーッ!」マーズはサイサムライにカラテ盾を投擲!サイサムライはブリッジローラー移動で回避!
「イイイイ……」そこへ、メキメキと軋み音。「イヤーッ!」次の瞬間、丸太めいた……否、丸太そのもの!人工桜の大木を引き抜いたヴァニティが、横ざまに幹で殴りつけた!「グワーッ!」グロウダガーとエプスタインを薙ぎ倒し、そのままサイサムライを、ヘンチマンを殴り倒した!ナムサン!
「イヤーッ!」「グワーッ!」返す刀でもう一撃!巨木に殴りつけられ、ヘンチマンはかろうじてクロス腕で弾かれながら防いだが、サイサムライは大きく跳ね飛ばされた。「イヤーッ!」砲丸投げ選手めいてヴァニティは巨木を投擲!その先に天井のブラックヘイズ!「イヤーッ!」かろうじて回避!
ZZZOOOM!茶室が揺れ、天井材が崩落する。「そしてェ……!」ヴァニティは八重歯を見せて笑い、瞬間移動めいたニンジャ瞬発力で、走り抜けようとしたネヴァーモアに立ちはだかり、出会い頭のサイドキックを見舞った。「イヤーッ!」「グワーッ!」「なァにが目的かしら……!?」
「イヤーッ!」インターラプトをかけたオメガの廻し蹴りをガードし、ヴァニティは腿を蹴った。「グワーッ!」毒化の時間を与えない!さらには、おまけとばかり、ネヴァーモアの顔面に軽い裏拳すらも叩き込んでいた。「グワーッ!」「ネヴァーモア!」陰に移動しながらチバが叱責した。「ヌルいぞ!」
「スンマセン!」ネヴァーモアは己の顔を拳で何度も殴った。「チャルワレッケオラー!」「雑魚どもにはハナから期待しちゃいない!」ヴァニティはせせら笑った。先手を取られ一気に押されたのはアルゴスの情報同期が切れている事が原因だが、彼女自身のカラテに何の影響があろうものか!
アルゴスの同期リカバリは数分で完了する。それを待つつもりはない。一方、ヴァニティの攻撃を避けて天井から降りたブラックヘイズ、ぎこちなく受け身を取ったオメガにはコールドノヴァとマーズが迫り、チバのカバーを許さない。サイサムライは遠く奥の壁にめり込み、UNIX再起動をかけている。
ヘンチマンはグロウダガーとエプスタインの頭を掴んでカチ合わせたのち、向かってくるハイカウンセラーを睨み据える。チバを守れるものはネヴァーモアのみ。だがそれは彼の本懐だ。ネヴァーモアとヴァニティは拳を固めて互いに向き合い、踏み込み、真正面からのパンチを繰り出した。「「イヤーッ!」」
◆◆◆
ギャリギャリと鋭い音。空中に熱と煙。金属の大蛇が目にも留まらぬ速度で空中をのたうつ。その鱗は刃。後に続くは血の霧!「イヤーッ!」「グワーッ!?」クィリンと戦うニーズヘグの側面を狙い飛び掛ったレーヴァテインは、鞭状のヘビ・ケンによって身体を七つに切断され爆発四散!「サヨナラ!」
ニーズヘグはそのまま、クィリンとの一対一を維持せんとする。両腕は病んだプリズム光に晒され続け、出血を始めていた。なお間合いを詰め、剣状のヘビ・ケンを振るう。クィリンがかわす。それだけで周囲に滅びを撒き散らす。「チィーッ!殺しきれんわ!」メンポからも血が垂れ、ニーズヘグは一旦退く。
(早うせんか!戦列が伸びきった上に、押されておるぞ!)(そやつのジツで先ほどから目が痛い!相性が悪いゆえ、さほど近寄れぬ!ツェッペリン操作ニンジャもおるでな。ええい!ファイアウィルムは何をしておるか!?)分断されたパーガトリーは、カラテミサイルで猛攻を凌ぎながら上空を一瞥する。
ギラリ。鋭い嘴がサーチライト光の中で照り返し、即座に急旋回を打つ。闇の中を滑るように舞う一匹のプテラノドン。その背に打ち跨るは、キョート城より飛来したザイバツニンジャのファイアウィルム。翼のすぐ横を矢が掠める。ジグラット中腹へと接近を試みるも、執拗な弓の狙撃が飛行を制限していた。
ジグラット上層の斜面、数週間かけて構築した狙撃ポイントを数射ごとに惜しげも無く飛び渡る、たった独りの狙撃兵。名はソリティア。「イヤーッ!」大弓から放たれた矢は、一直線に獲物を狙う。強力な一撃。あるいは制圧用の連射。自由自在。闇の中、彼女は神がかり的な狙撃でザイバツの機動を封じる。
(ファイアウィルムを飛び立たせよ!)ドンコドンコドンドン!ドンコドンコドンドン!高層ビルの屋上で、ブロンタイドは再び立ち上がった。既にソリティアによる狙撃を受け、おびただしい血を流す。「イヤーッ!」彼方から弓矢!「イヤーッ!」ブロンタイドの横に控えたボロゴーヴが間一髪これを弾く。
ファイアウィルムが再び中腹へと近づく。降り注ぐ弓矢が、なおこれを阻む。ブロンタイドが太鼓を叩き、ザイバツを盛り立てる。落とさねばならん。ソリティアは二点に対して恐るべき正確性で射撃を続けた後、一気に勝負をつけるべく、ギリギリと限界まで大弓を引き絞り、ブロンタイドに向けて放った。
それはボロゴーヴよりも速い。「グワーッ!?」ブロンタイドの心臓に、長い弓矢が突き立った。「イサオシあれ!バンザイ!」彼は猛牛めいて口から血泡を吐き、後ろ向きに倒れながらもなお太鼓を叩き続け、爆発四散した。「サヨナラ!」目標排除。彼女が狙撃ポイントを変更しようとした時、胸から、刃。
「ンッ…」ソリティアは息を詰まらせながら己の胸を見た。まさか己が、背後から、接近を許すとは。「ガハッ!シマッ…」「ドーモ」ジツで強化されたステルス残影を揺らしながら、ザイバツの恐るべきアサシンが姿を現した。彼は思念リンクから狙撃ポイントを類推し、迫ったのだ。「ミラーシェードです」
「サヨナラ!」ソリティアは狙撃ポイントから落下しながら爆発四散。それを横目に見ながら、ファイアウィルムは滑空姿勢に入っていた。「イヤーッ!」きりもみ回転しながら中腹の乱戦の中へ!狙いは遥か上空の重マグロツェッペリン。落とすために必要なニンジャは2人。翼を開き一瞬の減速!(乗れ!)
乱戦の中から飛び出したのは、小柄な二人のニンジャ、ディミヌエンドとボイリングメタル。翼竜の背に着地!「くそったれめ、なんて乱戦だ!」ファイアウィルムは翼竜の爪でペイガンを切り裂き、飛ぶ。斜面ギリギリを滑空し、揚力を得んとする。だがそこへ、ブラックダートのエアロバイクが鋭角に突撃!
首領機に跨るブラックダートは、カラテミサイル弾幕を巧みな蛇行で抜け、加速接近!フレイルを振りかぶる!「滅びよ!イヤーッ!」「テメエの相手は!俺だ!」スパルトイ!先程そのフレイルで左肩を砕かれた彼は、蛇矛の柄を己の右脇と右手で挟み強く固定しながら、刃付きのコマめいて回転跳躍介入!
「イヤーッ!」交差!「グワーッ!」蛇矛の一撃が、ブラックダートの首を撥ねた。火花と血飛沫。フレイルの一撃は空を切る。「イヤーッ!」ファイアウィルムは急速上昇を開始。首を失ったブラックダートがその下を矢の如き速度で滑り抜け、倒れ、オーバーテック乗機ごと爆発四散した。「サヨナラ!」
サーヴィターとツェッペリンを狙い、舞い上がるファイアウィルム。「まるでフジサンだな」ボイリングメタルがジグラット斜面中腹を一瞥すると、自分が今まで身を置いていたアビ・インフェルノ・ジゴクの如きイクサ場が目に入り、ごくりと唾を飲んだ。押していたと思ったが、俯瞰すれば劣勢は未だ明白。
巨大なイクサ。白い波の如く押し寄せるアマクダリの圧倒的物量。波間に浮かぶ岩めいて、仲間たちはカラテの火花を散らす。「急げ、ファイアウィルム!」今を力の頂点に、亡滅へ転げ落ちて行かんとするザイバツニンジャたちは、己のカラテで世界の片隅を切り取り我が物にせんと焦燥していた。「急げ!」
一時乱れたアルゴスの指揮リンクは復活し、敵は再び統制を取り戻した。「おうおう!次はニンジャの警察か!?兵隊か!?揃いの制服でめかしこんで、粋がっとるだけか!?雑兵なりにニンジャの気概を見せい!」ニーズヘグはヘビ・ケンを振るい、辛うじて凌ぐ。クィリンを拘束し続けねば、総崩れとなる。
だがアクシスは挑発に乗らず、アルゴスの指令の下、クィリンと冷徹な連携をとって攻め寄せる。「チィーッ!」再び圧倒されかけたその時、自ら血路を切り開きながら、パーガトリー側から彼女が到着した。「師父!」彼女の目には、武器たるオヒガンの狂気と、クィリンとの再会の"喜び"が溢れていた。
その声に、彼は反射的に視線を向けた。狂気のヴィジョンを脳に投射されてのたうち回るアクシスらの頭を蹴り渡り、パープルタコが高く跳躍して姿を現した。かつての師父と目を合わせるや否や、彼女は両手をかざし、瞳を妖しく輝かせた。クィリンの視界全域に、無数の青白いクラゲめいたものが漂った。
ジツを注がれ、クィリンの精神が軋む。(師ィイイ父ゥ!)(お前のジツか)両者はニューロンの速度で思念を交わす。(私たちがどんな思いをしてきたか、たっぷり思い知らせてあげる。私が、最後の、一人!)(太陽の恵みは等しく降り注ぐ。私は恵みを与えた全てのものを、お前たちの事も愛していた)
(でも興味が失せたから放り捨てて、滅ぼす!?フォハハハ!)パープルタコは両手の指をこわばらせジツを強めた。(爆発的豊穣の先には、無慈悲な自然淘汰が待つ。枝を剪定するのは私ではない……)持ちこたえるクィリン。パープルタコは狼狽した。なぜ狂気に落ちぬ。師父はそれほどまでに強大なのか?
(狂い、死ね…!)再び押し返された。反動で、彼女の精神を恐怖が塗りつぶした。(お前たちを愛していた。だがお前は、その愛を知らず太陽に自ら飛び込む、哀れなモスキートだ)ジツを脱したクィリンは、手をかざし、のたうつ極彩色の収束光線を照射した。「ンアーッ!?」パープルタコは発火した。
「アアアアアーッ!?」パープルタコは燃え盛るジュウニヒトエとともに、狂い踊るように回転した。「土くれに戻り、また生まれよ」カイシャクを行うべく、クィリンは後光を輝かせながら、彼女に向かって手をかざした。その時。
(シテンノ!)鋭いトビゲリの一撃が、パープルタコへのカイシャクをインタラプトした。黒い筋肉の塊の如き肉体が、斜め上方へと飛んでゆく。クィリンも、パープルタコも、一瞬、虚を突かれ、あるいは狂気から解かれて我に返り、その黒い物体を見上げた。ブラックドラゴンが。影のブラックドラゴンが。
ゴウアオオオオン!竜の咆哮の如き、凄まじいモンスターバイクの唸り声がそれに続いた。そして接地面に火花を散らしながら、円弧を描き、回頭した。オイランドロイドの軍勢とともに攻め寄せたアイアンオトメは、怒りのまま一直線に屋上を目指そうとしていた。だが彼はここでハンドルを横に切ったのだ。
そこにかつての師がいたからだ。そして傲慢な太陽があったからだ。バイクは極彩色太陽の周囲を一周した。「黒の龍/赤の狒々/象牙の鷲…‥!」その間に乗り手は、魂の奥底から絞り出すようにハイクを詠んだ。編み上げられ、死の闇の中から現れたのは、影のレッドゴリラ。影のアイボリーイーグル。
「これは……!」影のシテンノは変異も崩壊も恐れず、クィリンをカラテ拘束する。「イヤーッ!」狂気を脱したパープルタコは、回転しながら燃え盛るジュウニヒトエを脱ぎ、炎を払ってカラテを構えた。そして隣に停車した弟子を見た。「ドーモ、シャドウウィーヴです」「アカチャン。大きくなったわね」
「イヤーッ!」クィリンと影のブラックドラゴンが、真正面から素早いカラテパンチの応酬!ブラックドラゴンのチョップをクィリンが回し受けで弾けば、クィリンの正拳突きを逆に薙ぎはらう!バッ!バッ!バッ!目にも留まらぬカラテ!「シテンノ!」パープルタコがスリケンを投擲してこれを支援する!
「忘滅な/オーボンの夜に/死の影躍る……!」彼は滝のような汗を垂らしながら、暴走しかねぬジツと影の腕をハイクで堪え制御する。アイボリーイーグルが空中から爪で襲いかかり、レッドゴリラが体当たりを繰り出す。シャドウウィーヴは全精神を影のブラックドラゴンに投射し、カラテを叩き込む!
バッ!バッ!バッバッバッ!ブラックドラゴンは、クィリンと腕を押さえ合い、膂力比べに入る。一瞬動けぬクィリン。その額へと、パープルタコの触手投擲した粘液スリケンが、突き刺さった。「グワーッ!」神の如きその体に、ヒビが刻まれた。勝機。だが(師父……!)パープルタコは、躊躇した。
(アホウが)「イヤーッ!」パープルタコの後方から一直線に繰り出されたヘビ・ケン水平先端伸ばしの一撃が、クィリンの腹を貫通した。クリスタルボディの砕ける凄まじい音が鳴った。彼方から、ホワイトドラゴンは冷気の波動でインタラプトせんとしたが、対峙するダークニンジャがベッピンで制した。
「バカナ」クィリンは貫通したヘビ・ケンの先端を引き抜こうとしたが、かなわぬ。「イヤーッ!」ニーズヘグは獲物を一本釣りするようにヘビ・ケン・ムチを高く引き戻し、振り回し、情け容赦なく叩きつけた。KRAAAAAASH!クリスタルの頭と肩が砕け散り、凄まじい極彩色の光爆が発せられた。
ほぼ同時に、上空に君臨していたウォーマグロ重ツェッペリンTT-11の巨大な機体が、ボイリングメタルの接触点を中心に急速赤熱。連鎖爆発炎上を開始した。直後、「サヨナラ!」サーヴィターの叫び声が響く。滑空退避するプテラノドンの背に、見事首級を奪った傷だらけのディミヌエンドが着地した。
サーヴィターとトランスペアレントクィリン。ジグラット中腹の守りの要を突き崩したザイバツの中衛および後衛は、分断されていた部隊同士で合流を果たし、パーガトリーを中心に戦線を大きく押し上げはじめた。「これは……!」ユカノたちは、後方から届き始めた暗黒カラテミサイルの援護射撃に気づく。
熟れた果実めいて赤熱していたツェッペリンが空中爆発。凄まじい轟音が周囲を圧する中、暗黒カラテミサイルが屋上コアユニットの電磁バリア部へと着弾し始めた。本丸を落とす好機。ナイトウィンドは闇のカラテ馬を生み出し、跨ると、ベアハンターを食い止めるギガントの後ろを抜け、単身駆け上った。
暗黒のカラテ馬が包囲を破り、ジグラットの斜面を鋭角に駆け上る。ZZZZZT!ZZZZZT!暗黒カラテミサイルが着弾し、電磁バリア柵の発生が一時阻害される。進入路が作られる。「イヤーッ!」ナイトウィンドはカタナを片手で構え、なお馬を速めた。そしてバリアを潜り、コアユニット部ヘ突入。
彼がそのまま三連トリイ型ビーム発生装置に斬りかかろうとした直後、電磁バリア内部にいたアマクダリの伏兵、キルスウィッチが、マス・ステルス・ジツを解いて姿を現し、立ちはだかった。「イヤーッ!」四名のアクシスを伴って。(シマッタ……!)ナイトウィンドは血みどろの形相のまま、突撃した。
「イヤーッ!」アクシスの一人、クレイモアの振るう大剣が、カラテ馬の首ごと、イサオシに逸るナイトウィンドの胴体を切断した。「グワーッ!」上半身を捩じ切れられように回転しながらも、ナイトウィンドは空中で新たなカラテ馬を生み出し、巨大なレーザー射出口に向かって自ら身を投げた。
それがいかほどの戦果をもたらすかはわからぬ。だが、彼は止めなかった。ZZZZZT。わずか十数秒のアルゴス・ジグラット間通信障害を引き起こしながら、ナイトウィンドは真っ白な光に包まれ、爆発四散した。「サヨナラ!」
◆◆◆
ツキジ地下。鉄条網に支えられた大広間。攻撃用のUNIXデッキに直結したナンシーたちは、そのわずか十数秒間の通信ノイズを見逃しはしなかった。既にケーブルは復旧され、彼女らは最後のハッキング攻撃を仕掛ける瞬間を待ち続けていたのだ。『艦隊を、頼んだわ』ナンシーは祈り、ダイヴを開始した。
ブガー!ブガー!ブガー!ジグラット屋上、アマクダリ本営の電算施設でアラートが鳴る。既にアルゴスは全タイプ速度を再定義第4波のために集中している。ハッカーカルトは狼狽した。『システム攻撃下な!』『直接的ハッキング検知!』『これは何の騒ぎだ!?』ハーヴェスターが前線からIRCで問う。
『接続ポイント、IP分析完了!』『ツキジ地下!』『YCNANらのハッキング検知!』『あのアバズレどもめが、死んだふりをしていたというわけか……!』ハーヴェスターはキョウリョクカンケイ艦隊への通信チャネルを開いた。『掃討部隊は上空へ退避!全砲門、再度開け!ツキジを跡形もなく……!』
その時、キョウリョクカンケイの舷側部に巨大な水柱が生じた。SPLAAASH!立ち上がったのは、鋼鉄の雷神。ただそう呼ぶしかない人型巨大兵器が忘却から覚め、暗黒のネオサイタマ湾から姿を現したのだ。それこそはオムラ・インダストリ社の最後の遺産。最終決戦兵器、モーターオムラであった。
「ARRRRRRRRRRRRRGH!」その胸部コックピットに座り、直結しながらレバーを操作するのは、ユンコとモーターチビ!「モーターユンコは、賢く強い!」彼女は叫び、同じオムラの大量殺戮兵器を睨んだ。そして右レバーの攻撃ボタンを倒し、駆逐艦ほどもある巨大な腕を振るう!「カラテ!」
KBAMN!右肘部分の炸薬ピストンが爆発!凄まじいスピードが生み出され、モーターオムラの拳が敵艦の主砲を砕く!「カラテ!」叫び、左レバーの攻撃ボタンを倒し、巨大な腕を振るう!KBAMN!炸薬ピストン!仲間たちを傷つけた卑怯者どもの兵器を、砕く!砕く!砕く!「カラテ!」KBAMN!
「カラテ!」KBAMN!「カラテ!」KBAMN!「カラテ!」KBAMN!アーマードレスで沖へと高速飛翔したユンコは、むろん、単身艦隊に空戦を仕掛けるような自殺的作戦を立てていたわけではなかった。いや、ある意味ではそれよりもはるかに現実味の少ない、ある狂人の妄執に全てを賭けたのだ。
彼女は、ナンシーの解析していたタイサノートの秘密座標へと飛び、海中へとダイヴ。アーマードレスで潜水し、この機体を格納する海底工廠に到達したのだ。そこに残されていたオムラ的狂気の数々、そしてモーター回路と同調して暴走衝動をもたらす制御システムに抗いながら、ここに到達したのである!
「イイイヤアアアーーーーッ!」KBAM!KA-DOOM!モーターオムラによって左右の連続カラテパンチを受けたキョウリョクカンケイから、ついに巨大な爆発と火柱が上がった!
『何故砲撃が始まらん!?』ハーヴェスターがIRCで叫ぶ!『艦隊が!艦隊が!巨大ロボットに!』カルティストハッカーが狼狽する!『このままではYCNANらのハッキングが、アバッ!アババババーッ!』アマクダリ本営でハッカーのニューロンが焼き払われ始めた!ツキジ勢の決死の電子攻勢である!
ネオサイタマにおけるアルゴスの統制が崩れ始めた。ナンシーたちはシステムを深く掘り、攻め続ける。アクシスの連携が乱れ、戦闘効率を欠き、ザイバツとソウカイヤが一気に防衛網を突破してゆく。ハイデッカーや自律兵器群が、反乱勢力やオイランドロイドたちを抑えきれなくなってゆく。
だが、月面の機械神は未だ動じなかった。アルゴスは地上の混沌を平定すべく、全タイプ速度をインターネット再定義へと注いだのだ。彼方の領域で、第四の門が閉ざされた。ジグラットを中心に、凄まじい精神衝撃波が走った。その風が吹き抜けると、反乱オイランドロイド軍団はその場にバタバタと倒れた。
ダークニンジャは身体制動に異変をきたし、本意ならず眼下の空中庭園に着地した。闇のカラテ・ローブの裾がふわりと降りた。彼はたった今まで死闘を繰り広げてきた強大なニンジャ、ホワイトドラゴンを見上げた。然り。ホワイトドラゴンはいかにしてか、いまだ空中にあり、かわらずその力を行使する。
ホワイトドラゴンの背後の空には、消えかけの電球めいて弱々しくまたたくキンカク・テンプルの姿があった。ダークニンジャのニンジャ洞察力はごく自然に悟らせた。死が。現世からの切断と消滅が近い。「アアアアア!アアアアアア!」パープルタコの叫び声が聴こえた。「駄目……駄目なの……!」
『人の子らよ』ホワイトドラゴンが初めて声を発した。『ただ畏れよ』「イヤーッ!」ダークニンジャは跳んだ。極めて敏捷な反応だったが、ホワイトドラゴンの次の攻撃を妨げるには足りなかった。かざした白い手から放たれた氷の矢は、ボイリングメタルを、ディミヌエンドを貫いた。
ホワイトドラゴンの高さに跳び上がったダークニンジャの背後を、撃たれた二人のニンジャが、傷口の周囲を白く凍らせながら落下してゆく。「イヤーッ!」ダークニンジャはベッピンを繰り出す。「イヤーッ!」ホワイトドラゴンは瞬時に細腕に似つかわしくないほどの氷のガントレットを作り、刃を受けた。
キンカクが極めて近かったつい先程まで、ベッピンの刀身からは溢れんばかりの呪気が放射され、ダークニンジャ自身すらをも害さんばかりだった。今は違う。刃の不満気な軋みを彼は聞いた。「イヤーッ!」斬りつける。ホワイトドラゴンは氷の手甲で受ける。ダークニンジャの輪郭に時折0と1が混じる。
否、まだ戦える。ダークニンジャは激しく攻撃しながら思考する。再びカラテ斥力を働かせ、空中で再跳躍して高度を保ちながら、この恐るべきニンジャに攻撃を加え続けた。パーガトリーが再びカラテミサイル射出を開始した。当然先程のような流星群は望めず、平常時よりなお少ないが、撃てはする。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」攻め続けねば、強大なこのニンジャはすぐさま部下を一人ずつ手にかけるだろう。ダークニンジャは力を込める。刃と氷の籠手がせめぎ合う。キンカクの明滅に同調し、ふいにホワイトドラゴンの髪が漆黒に染まり、白かった瞳に人の眼差しが戻った。女がダークニンジャを見た。
ダークニンジャは目を見開く。瞬時に昔のあの血と粉塵の記憶がフラッシュバックした。目の前に、彼が殺めた女がいた。否。同じではない……「イヤーッ!」「グワーッ!」逆の手がダークニンジャの鳩尾を捉えた。彼は回転して受け身をとり、宙を蹴って再接近する。ホワイトドラゴンはカラテを構え直す!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」その時すでに黒髪の女の面影はなく、白く流れる雪めいた髪と冬の嵐のような瞳がダークニンジャを睨み据えていた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ダークニンジャは攻め続けた。空の上でキンカク・テンプルが苦しげに明滅していた。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」カラテを応酬する彼らの下へ、アマクダリ戦力を徐々に押しながら、彼の配下の者達が近づきつつあった。ブリザードは全身にコリのカラテを漲らせ、ニーズヘグらと向かい合った。ダークニンジャはベッピンに己の殺意を送り込み、邪悪な刃の力を呼び覚ます。カタナ。カラテ!
【7:ポラライズド】終わり。【8:オヒガン・シナプシス】に続く
N-FILES
月面でニンジャスレイヤーとアガメムノンの最終決戦が開始される。一方、カスミガセキ・ジグラットではザイバツとアマクダリの戦闘が激化。さらにツキジへの砲撃を阻止すべく、モーターオムラが深海より立ち上がった! このエピソードはシリーズ最終章のため、これまでの各部のシリーズ最終章と同様、フィリップ・N・モーゼズとブラッドレー・ボントが交互でシーンを担当するリレー執筆形式となっている。
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