【ジ・インターナショナル・ハンザイ・コンスピラシー】#7
6 ←
「な」「に」「が」「起き」「た」「のですか?」オークション会場の者達が呻くように訝しんだ言葉が、ドミノ倒しじみて連なった。呆然とするもの、身をすくめるもの、反射的にカラテを構えるもの。視線を集めながら、ブギーマンはゆっくりと歩いた。着実な、邪魔を許さぬ歩み。ミモキの死体に屈む。
「……」ブギーマンは恐怖に凍りついたミモキの顔に手を当てる。その表情は窺いしれない。その仕草に何の意味があったのかもわからぬ。だが、そうして立ち上がったときには、床に転がっていた銃は、ザ・ビーストは、既にその手の中にあった。滑らかに。
BLAM! BLAMBLAM! 発砲音はしかし、ブギーマンが発したものではなかった。ビル・モーヤマが、接近しながら斜めに構えたハンドガンで躊躇なく銃撃したのだ。ブギーマンは身を屈めながらグルリと回転し、襤褸上衣を翻して弾丸を避けた。長椅子に銃弾が命中し、市民が悲鳴をあげた。「アイエエエ!」
「ロウゼキダ!」壇上のマークフォーが美しい声で叫び、腰に帯びたプラズマブレードを抜き放って、ブギーマンに向けた。VIP達それぞれが困惑・警戒・恐怖しながら外側に離れるなか、たちまち会場の四方から完全武装のKOLエージェントが現れ、ブギーマンとビルを制圧すべく行動を開始する。
「アイエエエ!」「アトラクションじゃないの? ノンサプライズ? ノンフラッシュモブ? 聞いてないよ!?」ピット・ゴーがせわしなく顔を動かし、腰を抜かしながら後退すると、KOLエージェントがすぐさま前に立って電磁フィールドを展開した。「皆様のご安全を最優先致します。一切問題ありません」
「私は敵ではない!」ビル・モーヤマは長椅子で身を守りながら叫んだ。「私はアルカナムのハイエージェント、ビル・モーヤマだ。奴だ! 御社のレリックを狙って出現した! 我々は御社に再三の警告を行っていたぞ!」BLAMN! ビルは再度発砲。ブギーマンは軽々と跳んで躱し、付近の長椅子に立った。
「イヤーッ!」KOLエージェントの一人が勇み足めいて回転ジャンプし、ブギーマンに襲いかかった。鎮圧フル装備を着込んだニンジャなのだ。ニンジャであろうと焼殺せしめる電圧を帯びたショック・ジュッテを打ち込もうとする……「イヤーッ!」ブギーマンは身を翻し、生木のトマホークを投げた。
「アバーッ!?」KOLエージェントは胴体断裂し、上下に別れて散った。芽吹いた柄のトマホークは高速回転しながら飛翔し、オークションハウスの上方を飛翔。浮遊するガラスケースを、ひとつ、ふたつ、みっつと粉砕してゆく。マークフォーは呻き、次の一手を迷う。「か……構えよ! 警戒! 油断するな!」
「……」ブギーマンは上衣をざわめかせ、両手をひろげた。上方を旋回するトマホークが、小台風めいた風の渦を生ずる。ナムサン。宙を舞うのはオークション後に勿体つけて開陳される予定であった品々。ロゼッタストーン、ドードーの剥製、ミヤモト・マサシのリング・オブ・ウィンド、マグナカルタ。
風はブギーマンをめがけて収束してゆく。そしてブギーマンはそれらレリックを呑み込んだ。呑み込んだと言うほかない。それら全てを受け止め、謎めいた襤褸上衣と歪んだダスターコートの狭間、己が内へと、取り込んだのだ。「……HAHAHA……」怪異は嘲笑した。「ドーモ……ブギーマンです」
KA-DOOOOM! ドームのガラス天井の外で稲妻が閃き、凄まじい雨が叩きつけられるバタバタという音が世界を満たした。「……」ブギーマンは己の右腕を見た。微かに首を傾げた。そこには帯状の01ノイズがまとわりついている。0101。0と1は絡み合い、鎖を生じてゆく。鎖は壇上から伸びている。
ビル・モーヤマは目を眇め、鎖を目で追った。壇上にはオークション管理用のUNIXデッキが放置されたままだ。その傍らに今、プラチナブロンドの女――否、今その輪郭が歪み、眼帯をしたスーツ姿の男となる――が立ち、何らかのデバイスをソケットに挿していた。アブストラクトな輪郭が形を成そうとしている。新たなニンジャの。
『アアアア!?』ジョンが叫び、ザルニーツァが頭を押さえる。ゴーン。鐘めいた異様な音をビルは聞いたように思った。壇上に出現したニンジャが身をもたげると、長いローブの裾から無数の鎖がジャラジャラと音を立てて溢れた。顔はフードの中の闇。双眸の、燃える殺意だけが鮮やかに。
「ドーモ。ブギーマン=サン。……デス・ライユーです」ローブ姿のニンジャは眼前で掌を合わせ、太い腕に凄まじいカラテを漲らせた。「月の石を渡せ。それは、貴様が持っていても何の価値もないものだ……」「……価値……」ブギーマンは応じた。「……俺を……知って、いる……のか……」
次の瞬間、デス・ライユーはブギーマンのワン・インチ距離に居た。繋がる01の鎖を辿るかのように、出現したのだ。ブギーマンは鎖を崩し、軍刀に手をかけた。「イヤーッ!」デス・ライユーが拳を叩きつけた。拳、腕、肩には、名状しがたいノイズが纏わりついている。その力がブギーマンを捉えた。
『VPN……あれはVPNのチカラです!』ザルニーツァに抱えられるジョンが、息も絶え絶えに叫んだ。『VPNオーラだ! 信じられない! 何らかのVPNがブギーマンに直接干渉しているという事ですよ! 隔……隔絶され堰き止められたネットワークのエネルギーを、その暴力的データ・ストリームを、カラテで注ぎ込む!? 嗚呼! しかしそれではまるで、我が社でない何かが、ブギーマンを相手に、仕掛けているという……アバーッ!?』
脳だけとなり感受性を極限まで高めたジョンは、眼の前で起こっている事を知覚し、そして限界を迎えてシャットダウンした。ビルは凍りついたように見ていた。デス・ライユーがブギーマンの胸元を破壊し、紫色の肋骨を叩き折り、引きずり出すのを……他でもないアルカナム最重要機密、「月の石」を!
◆◆◆
「デカシタ。デス・ライユー=サン。ペイルシーガル=サン」プロフェッサー・オブ・ハンザイは脚を組み替え、握るステッキに確信と微かな愉悦を乗せた。ハンザイVPNの伽藍に今も電子的に座する彼の眼前には電子小窓が開き、オークションハウスの状況が映る。「まさにその圧縮体が月の石だ」
遠目にはペンダントめいて見えるチェーンつきの装飾物は、光を反射し、キラキラと輝く。デス・ライユーは右手で確かにそれを掴み、ブギーマンから引き剥がす。凄まじい不可視の干渉が生じた。だがデス・ライユーはそれを振りほどいた。干渉を引きちぎる瞬間、コトダマの天地が鳴動し、黄金立方体が照った。
「ここまではよし……だが……」プロフェッサー・オブ・ハンザイはステッキの上で手を重ね、やや身を乗り出す。「完璧な計略、完璧な準備、そのうえでやはり、スタンドプレーの運というものは不可欠。コインは表と出るか裏と出るか……フフフフ……ハゲミナサイヨ!」
◆◆◆
『あれが……月の石とやらか!?』何処かから見ているエラボレイトが、壇上のペイルシーガルに通信した。答える余裕はない。ペイルシーガルはデス・ライユーが確かに月の石を奪取する瞬間を見た。天地が張り裂けるような異様なアトモスフィアが去来すると、デス・ライユーの鎖が、消えていた。
ペイルシーガルのニンジャ第六感が「なにかまずい」と告げた。あの理解の域を超えたブギーマンとかいうバケモノに、デス・ライユーが真正面からいけた事に快哉したい気持ちが最初にあった。だが、月の石を奪う事で、鎖が失われ……?
答えはすぐにもたらされた。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?